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ひと、くらし、みらい のために 総合職入省案内 2014 Ministry of Health, Labour and Welfare 厚生労働省 〒100-8916 東京都千代田区霞が関1-2-2 中央合同庁舎第5号館 TEL.03-5253-1111(代表) http://www.mhlw.go.jp/ 丸ノ内線 霞ヶ関駅 千代田線 霞ヶ関駅 財務省 外務省 経済産業省 日本郵政ビル 中小企業庁 国土交通省 総務省 裁判所 農林水産省 弁護士会館 B3b C1 B3a 日比谷公園 厚生労働省 (中央合同庁舎5号館) 検察庁 法務省 警視庁 東玄関 Ministry of Health, Labour and Welfare ひと、くらし 、みらい の ため に 厚生労働省 総合職入省案内 2014

厚生労働省 - mhlw...Challenge of MHLW 挑戦2 挑戦4 挑戦1 挑戦3 厚生労働省の挑戦 命を守る、 仕事とは 絶対に、救う 行政官が 魅せる、 国家百年の計

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Page 1: 厚生労働省 - mhlw...Challenge of MHLW 挑戦2 挑戦4 挑戦1 挑戦3 厚生労働省の挑戦 命を守る、 仕事とは 絶対に、救う 行政官が 魅せる、 国家百年の計

ひと、くらし、みらいのために総合職入省案内 2 0 14Ministry of Health, Labour and Welfare

厚生労働省

〒100-8916東京都千代田区霞が関1-2-2中央合同庁舎第5号館TEL.03-5253-1111(代表)http://www.mhlw.go.jp/

丸ノ内線 霞ヶ関駅

線谷比日

 

関駅

り通門田

り通田

千代田線 霞ヶ関駅

財務省

外務省

経済産業省

日本郵政ビル中小企業庁

国土交通省

総務省

裁判所

農林水産省

弁護士会館

B3b●

●C1

●B3a

日比谷公園

厚生労働省(中央合同庁舎5号館)

検察庁

法務省

警視庁

東玄関

Ministry of Health, Labour and Welfare

ひと、くらし、みらいのために

厚生労働省総合職入省案内 2014

霞ヶ

Page 2: 厚生労働省 - mhlw...Challenge of MHLW 挑戦2 挑戦4 挑戦1 挑戦3 厚生労働省の挑戦 命を守る、 仕事とは 絶対に、救う 行政官が 魅せる、 国家百年の計

これまでを駆け抜けてきた世代のために、最期まで寄り添う温かい社会を実現する。いまを生きる人々のために、この社会になるべく多くの笑顔を咲かせる。これからの世代のために、日本の持続可能性を追求し、将来のグランドデザインを描く。

この社会は連続した時間軸のなかにあり、それを支えてきたのは、いつの時も「ひと」そのものだった。そして、その「ひと」を支え、時代の架け橋の基盤となるのが、この省の使命だ。いままでも、これからも。

この使命を十分に果たし、未来に渡って責任を担い続けていくことには、時に大きな困難を伴う。しかし、それらを乗り越える過程では日々新たな発見があり、その先には飛躍的な成長が待っている。困難に立ち向かう気概と勇気を持ち、乗り越えるだけの想いと能力を持った人材を、我々は求めている。

厚生労働省の職員として公務に邁進する価値を、皆さんと共有する時を待ち望んでいる。

厚生労働省総合職事務系採用チーム

日本中の子どもたちが、笑顔で明日を夢見る社会を

ワーク・ライフ・バランスを実現し、誰もが生き生きと働ける環境を

適正な社会保障財政を実現し、未来を支える国家の礎を

世界をリードする社会保険制度や、最先端の医療技術を

困難な環境にある者を支え、この社会の隅々まで広がる絆を

この空の下に生きる1億3千万人の、ひと、くらし、みらいのために

1 Ministry of Health, Labour and Welfare 2014 2Ministry of Health, Labour and Welfare 2014

Page 3: 厚生労働省 - mhlw...Challenge of MHLW 挑戦2 挑戦4 挑戦1 挑戦3 厚生労働省の挑戦 命を守る、 仕事とは 絶対に、救う 行政官が 魅せる、 国家百年の計

日本の未来をつくろう。

CONTENTS

第一部 厚生労働省の挑戦 ……………………………………p5挑戦 1 命を守る、仕事とは挑戦 2 絶対に、救う挑戦 3 日本を、世界の最先端にする挑戦 4 行政官が魅せる、国家百年の計

第二部 Message from MHLW ………………………… p19●キャリアストーリー●省外で活躍する職員

特 集 ワーク・ライフ・バランス ………………………… p37●子育てママ&パパにインタビュー●厚生労働省のワーク・ライフ・バランスと女性の活躍●職業と家庭の両立を支援する様々な制度●若手職員の一日

採用実績/採用に関するQ&A ………………………… p41

キャリアステップ/待遇・制度等 ………………………… p42

職員の活躍の場 ……………………………………………… p43

History of 厚生労働省 ……………………………………… p45

3 Ministry of Health, Labour and Welfare 2014 4Ministry of Health, Labour and Welfare 2014

Page 4: 厚生労働省 - mhlw...Challenge of MHLW 挑戦2 挑戦4 挑戦1 挑戦3 厚生労働省の挑戦 命を守る、 仕事とは 絶対に、救う 行政官が 魅せる、 国家百年の計

C h a l l e n g e o f M H LW

挑戦2 挑戦4挑戦3挑戦1

厚生労働省の挑戦

命を守る、仕事とは

絶対に、救う行政官が魅せる、国家百年の計

日本を、世界の最先端にする

日本の基盤、 「人材」を守る

労働基準局労働条件政策課長

村山 誠p9

食の「リスク」と向き合う食品安全部監視安全課 課長補佐

先﨑 誠p10

感染症に国境はない健康局総務課 課長補佐

竹内 尚也p10

愛されるべき、 すべての子ども達へ雇用均等・児童家庭局総務課長

定塚 由美子p11

「優先席」に 頼らない社会を 目指して社会・援護局 障害保健福祉部企画課 課長補佐

高鹿 秀明p12

face to faceで 進化する、

厚生労働行政の 国際貢献

大臣官房国際課長

堀江 裕p15

アジアの フロントランナーとして

老健局総務課 企画官

吉田 一生p16

世界の最先端となる 再生医療の実用化のために医薬食品局医薬品副作用被害対策室

室長補佐

乃村 久代p16

後世代への責任を果たす ─ 年金という

DNAを受け継ぐ─年金局年金課長

度山 徹p17

21世紀の日本を 支えるために政策統括官付社会保障担当 参事官室 室長補佐

水谷 忠由p18

日本の 未来の姿を作る雇用均等・児童家庭局 少子化対策企画室 室長補佐

福井 香月p18

この国に潜む 「貧困」と闘う社会・援護局保護課 課長補佐

米丸 聡p12

第一部

5 Ministry of Health, Labour and Welfare 2014 6Ministry of Health, Labour and Welfare 2014

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挑戦1挑戦2

 人の命を守る-この社会に生を授かり、一人のアクターとし

て活躍する上で当然に必要なのは、まさに「命」そのものだ。こ

の世に存在し続ける命がある限り、それは「使命」を持っていつ

か社会に貢献することとなるだろう。

 「命」を守ることは誰にでもできることではない。身近な人を

支えるのは家族であり、友人だ。そして、国民全員の命を守るこ

と、それが厚生労働省の「使命」だ。労働者の使い捨てを阻止し、

ウイルスや未知の病気のリスクから人を守り、日々の食事の安

全を確保する。そんな、安全・安心の基盤を作る厚生労働省の

仕事を紹介する。

命を守る、仕事とは

 あなたは想像したことがあるだろうか。路上で雨に打たれな

がら段ボールで寒さをしのぐ人。生まれながらに難病を抱え、

身体の激痛から逃れられない運命にある人。誰からも愛情を受

けることのできない子ども。同じ空の下に生まれ、ただ必死に

生きてきただけなのに、なぜここまで他の人と違うのか。

 おそらく、その問いに答えきることはできないだろう。一人

ひとりの苦難に寄り添い、思いを馳せ、肩を貸して、共に前を向

いて歩くことしかできないかもしれない。それは決して華やか

な仕事ではない。しかし、そんな静かで強い想いを持って戦い

続けている厚生労働省職員の姿がここにある。

絶対に、救う

7 Ministry of Health, Labour and Welfare 2014 8Ministry of Health, Labour and Welfare 2014

Page 6: 厚生労働省 - mhlw...Challenge of MHLW 挑戦2 挑戦4 挑戦1 挑戦3 厚生労働省の挑戦 命を守る、 仕事とは 絶対に、救う 行政官が 魅せる、 国家百年の計

ガイドラインの整備、医療体制やサーベイランスの整

備、治療薬の備蓄、ワクチン開発や接種体制の整備、

国際社会との連携強化等の総合的な対策に、日夜取

り組んでいる。

 施策のフィールドは国内だけではない。「食」の問題

は国家の一大関心事であり、先進国・途上国を問わな

い国際交渉を通じて、我が国の食品安全を守っている。

 「食」に対しゼロリスクを求める声は強い。しかし肉

であれ魚であれ野菜であれ、顕微鏡レベルでは何らか

のリスクが存在しており、我々はそれを前提として「安

全」に「安心」して食べる術を身につけてきた。規制介

入によってモラルが低下すれば、それ自体が「食」に

対するハザードとなる。求められるのは、リスクの大

きさに応じた規制とそのコミュニケーション。そんなこ

とを考えながら日々仕事をしている。

 昨年末には冷凍食品への農薬混入事件が発生した。

正確な毒性情報の発信と商品回収のため、危機管理

対応に奔走しつつ、世の中の「当たり前」のために自

分が出来ることを考えていた。

 子供を連れてスーパーで買い物をするときに、「食べ

る」ことへの見方が変わったとふと感じる。日々の業

務や国際交渉を通じて守っているものは、確かに次世

代につながっている。思考力と決断力とフットワーク、

そして気概ある皆さんと一緒に仕事ができることを期

待している。

感染症に国境はない健康局総務課 課長補佐

竹内 尚也

 医学・医療の進歩や衛生水準の向上によって多くの

感染症が克服されてきたが、新たな感染症の出現や

既知の感染症の再興により、感染症は今なお人類に

脅威を与えている。

 平成21年にメキシコで発生した新型インフルエンザ

A(H1N1)は、わずか2か月間で50か国以上に、約

1年間でほぼすべての国へと感染が拡大し、世界的な

大流行(パンデミック)となった。昨年 3月には中国

で初めて鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルスのヒト

への感染が報告された。感染症との戦いは、すなわち

この国を守ることであり、常に緊張を伴う。

 新型インフルエンザや新興/再興感染症は大多数

の人に抗体がないため、ひとたび発生すれば多くの人

が感染し、命を奪う可能性がある。発生時に備えた平

時からの対策が極めて重要だ。

 感染症に国境はない。そのため、法律や行動計画・

食の「リスク」と向き合う食品安全部監視安全課 課長補佐

先﨑 誠

 東京オリンピック開催が決まり、和食がユネスコ無

形文化遺産に登録された。日本の「食」への期待は内

外問わずますます高まっている。私達は、食品の安全

確保のために、農薬の残留基準、放射性物質、遺伝

子組換え食品など様々なトピックについてルールを定

め、その遵守を推進している。

これからの時代の「働き方」を創造する 他方、時代の要請に合わなくなったルールを見直し

ていくこともまた、重要な仕事だ。例えば、サービス経

済化や企業活動のグローバル化が進み、働く人の意識

が多様化する中で、健康や生活を損なわれないような

措置を講じつつ、労働時間をめぐるルールの弾力化を

図ることが求められている。これまでも、日本の労使

関係に責任を持つ立場にある労使の代表者を参集し

た議論の場で、時代のニーズに即した見直し方針を取

りまとめ、その結論を踏まえて変形労働時間制や裁量

労働制など新たな選択肢を設けてきた。

 国としての成長戦略の推進とともに、仕事と生活の

調和の一層の実現が求められる今日、どのような労働

時間法制が求められるのか。

 現在、私が在籍する課では、若手・中堅の職員が連

日、データや法令集とにらめっこし、労使団体等の関

係者と意見交換しながら、時代のニーズに即した制度

づくりに向けて検討を深めている。彼らとともに、労働

基準行政に課される役割の重さを感じながら、充実感

をもって仕事に向かっている。

 日本は人材を基盤とする国。働く人を支えるこの仕

事に、多くの官庁志望者の皆さんに目を向けていただ

ければと思う。

日本の基盤、「人材」を守る労働基準局労働条件政策課長

村山 誠

全国の働く人の声に正面から向き合う 労働基準局の使命は、最低労働基準の履行を確保

するとともに、労働条件に関するルールを時代の変化

に即して見直していくことにある。

 「若者の『使い捨て』が疑われる企業を重点監督」

─ 昨年、新聞やインターネットニュースに見出しが躍っ

た。「月80時間超の時間外労働が行われ、割増賃金

不払い」、「月100時間超の時間外労働が行われながら

健康確保措置が図られていない」等の実情を訴える声

が、全国の若者から寄せられた。声を受け止めたのは、

全国の労働基準監督官。1件1件を吟味し、厚生労働

省として「過重労働重点監督月間」と定めた平成25年

9月、全国の5111事業場に赴き、4189事業場で労働

基準関係法令違反の是正を図った。

 働くことは生活の糧を得る手段であるだけでなく、

社会とつながりながら自己実現を図るかけがえのない

営みだ。同時に、賃金を払う企業と、一人ひとりの労働

者の間には、厳然とした交渉力の格差がある。だから

こそ、働く人を守り、その意欲と能力を十分に発揮で

きるようにするためのルールは欠かせないし、その履

行をしっかり図っていくことが必要である。法令に照ら

して問題がある事案については、果断に、かつ公平・

公正に対処していかなければならない。

PROFILE 平成 2年労働省入省。厚生労働省各局のほか、北海道、経済企画庁(当時)、岡山県、静岡県等の勤務を経て、平成17年労働安全衛生法等改正、平成18 年職業能力開発法改正等に従事。その後、出向先の内閣官房で国家公務員法等改正法案策定業務に従事し、現職(2年目)。

PROFILE 平成10年厚生省入省。その後、環境省環境保健部、社会保険庁運営部、和歌山県庁、健康局疾病対策課を経て、現職。

PROFILE 平成15年厚生労働省入省。その後、労政担当参事官室、社会保障担当参事官室、内閣官房、労働基準局、情報政策担当参事官室などを経て、現職。

第一部

挑戦1

命を守る、仕事とは

9 Ministry of Health, Labour and Welfare 2014 10Ministry of Health, Labour and Welfare 2014

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て分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重

し合いながら共生する社会」の実現が掲げられている。

 これを実現するまでの道のりには、幅広い国民の理

解、財源の確保など、越えるべき大きな山が多くある。

様々な意見を聞きながら、頭を捻って、「優先席」に頼

らない社会の実現に一歩でも半歩でも近づけていく。

障害者福祉に携わる行政官の醍醐味だと思う。

 各制度は、その財源が限られる中、制度の対象と

対象外の2 つに振り分けられる。その結果、どの制

度の網にも引っかからず、憲法第25条が謳う「生存権」

の保障すら危ぶまれる人が出てくる。

 そのときのラスト・リゾートが生活保護だ。どうあれ、

この制度がなければ、人は死んでしまう。

 人はよく「自己責任」という言葉で片付けたがるが、

必ずそう言えるのだろうか。要因は様々であるが、例

えば、生活に困窮する親の下に生まれた子どもはどう

だろうか。この子どもを目の前にし、貴方は、「貧困は

自己責任だ」と言えるだろうか。

 この子どもは、貧困にあえぎ、しっかりとした就学

機会を得られず、貧困の再生産が起きる可能性は小

さくない。これは、その親の下に生まれた本人のせい

なのだろうか。我が国は世界的にみて裕福ではあるが、

厳然として貧困は存在する。そして、誰かが何かをしな

ければ、その人の生命が危ぶまれる。その蓄積は、ひ

いては日本の経済社会の発展をも曇らせるだろう。

 さて、ここまで読んでいただいた貴方は、どう考え

るだろうか。

 そういう世界に身を投じてみてもいい、と少しでも思

えた人には、厚生労働省という職場は向いている。同志

と一緒に汗を流せる日を楽しみに待ちたい。

「優先席」に頼らない 社会を目指して社会・援護局障害保健福祉部企画課 課長補佐

高鹿 秀明

 電車の中で、義足と太ももの擦れの痛みに耐え、杖

と手すりにしがみついていたら、目の前に座っている人

に「優先席はあっちですよ」と言われた。─これは、あ

る新聞に載った、事故で片足を失った女性が義足を使

い始めた時に体験した出来事だ。

 障害者福祉行政の歴史を振り返ると、昔は、障害

者は特別に守るべき対象であり、同じ障害のある人と

一緒に生活する─「優先席」に座れればよしとする─

という考え方に基づいて施策が講じられてきた。今で

は、障害のある人も地域で障害のない人と共に生活を

送りながら、障害の特性に応じて必要な支援を受ける

-状況に応じて「一般席」にも「優先席」にも座れる─

という考え方に変わってきている。現行の障害者総合

支援法でも、基本的理念として、「障害の有無によっ

この国に潜む「貧困」と闘う社会・援護局保護課 課長補佐

米丸 聡

 みなさんは、生活保護についてどんなイメージをお

持ちだろうか。私が見聞きする限りでは、「頑張って働

く人がいるのに税金で生活なんて」、「不正受給がけし

からん」など、否定的な考えを持つ人も少なくないよう

に思う。

 これらの主張はもっともだと思うが、一方で、考え

てもらいたい。

子どもを守り、育てられる社会をつくるという責任 これまで、女性の活躍促進や子育て支援の仕事に

多く関わってきた。自らも子育てしながら仕事を続け

た、その体験が子どもにかかわる仕事をする上での想

いや企画につながり、育児・介護休業法の改正やファ

ミリーサポートセンターほか多くの両立支援策の充実

に力を尽くしてきた。

 子育て支援の課題の中で、今最優先で取り組むべ

きことは、虐待や児童養護、貧困家庭の子どもの支

援だ。愛されるべき存在である子どもたち。虐待を受

けている子も、親をなくした子も、貧困家庭の子も、

児童養護施設の子も、すべての子どもたちを守り、育

てることのできる社会と家庭。それをつくるのは厚生

労働省の責任だ。

 残念なことに、日本は他のOECD諸国に比べて子

育てに投入している財源が少ない。日本の未来を支

える子どもたちすべてを守り、育てることの大切さを、

いろいろな人に説き、理解を得て、必要な施策・事業

を立案して、予算もつける。やるべきことはまだまだた

くさんある。

 目的は明確だ。子どもたちが笑顔で未来を切り開け

るようにすること。

 すべての子どもたちを、私たちが、守る。

愛されるべき、すべての子ども達へ雇用均等・児童家庭局総務課長

定塚 由美子

一つひとつの事例から浮き彫りになる解決の糸口 「児童虐待」は「特殊な家庭の特殊な問題」ではな

い。児童相談所では、年間 6万件の児童虐待に対応

している。子どもが泣きやまないことにいらだって暴力

をふるってしまう親。妊娠が望まないものであったた

め、誰にも相談できないまま一人で出産し、放置によ

る死に至った事件。性的虐待やネグレクト。

 どうすれば虐待を防げるのか。虐待対策チームは総

出でその答えを探した。過去の事例を丹念に検証する

と、いくつものヒントが見つかった。虐待に至る前の

いくつかの共通点。それは、出産直前の産婦人科へ

の駆け込み、乳幼児検診や予防接種の未受診など。

見えてくるのは、出産や子育てに戸惑う孤独な親の姿

だ。一人ぼっちで頼れる人もなく、子どもをどうやって

育てていいかわからず、追い詰められ虐待に走ってし

まう、そんな現実がある。

 必要なのは虐待の兆候を見逃さないこと。現場の

職員と本省の職員が肩を突き合わせ、議論の末、全

国の全市町村に虐待防止のためのネットワークを構築

した。市町村と児童相談所だけでなく、学校も、警察も、

病院も、子どもに関係する機関はすべてが関わり、地

域全体で子どもたちを見守っていく仕組みができた。

PROFILE 昭和59年労働省入省。省内、岡山県庁、自治省等の勤務を経て、平成16年内閣府男女共同参画推進課長、平成19年雇用均等・児童家庭局職業家庭両立課長、平成24年より現職。

PROFILE 平成10年厚生省入省。社会・援護局、 社会保障担当参事官室、年金局、 医政局、在パリOECD日本政府代表部などを経て、現職。

PROFILE 平成18年厚生労働省入省。老健局老人保健課、労働基準局賃金時間室、職業安定局雇用保険課などを経て、現職。1児の父であり、一昨年、約1か月の育児休業を取得。

第一部

挑戦2

絶対に、救う

11 Ministry of Health, Labour and Welfare 2014 12Ministry of Health, Labour and Welfare 2014

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挑戦3挑戦4

 様々なデバイスを駆使すればリアルタイムで地球上のすべて

の情報が手に入れることができる現代において、日本と世界各

国との距離はゼロに等しい。この時代をリードするのは、革新

的な技術とそれを支えるルール、そして将来を見据えた国家施

策だ。

 日本には素晴らしい医療技術やそれを生み出す人材、そして

今後世界のスタンダードとなる「少子高齢化」に取り組んできた

経験という宝がある。これからの我が国のプレゼンスは間違い

なく世界から求められることになるだろう。その可能性を信じ、

グローバル・スタンダードを築いていく仕事を紹介する。

日本を、世界の最先端にする

 国家を100年後も持続させること。それは、国家公務員に課

せられた使命の一つである。自分たちの子どもの世代、その孫

の世代までもが安心して暮らすことができる社会的基盤を整備

し、ミクロとマクロの両面から将来世代への投資を行う。100

年後の未来が明るいものであるためには、厚生労働省が大所高

所に立って制度を設計していく必要がある。もちろん、「全てを

実現する」、「誰も痛みを負わない」政策は出現させられない。行

政官は魔法使いではないのだから。

 それでも、100年後の未来を見つめる眼差しと信念があるから、

私たちは諦めない。未来を支える「ザ・システム」を作り、人を

育て、支えていく、そんな厚生労働省職員の声に耳を傾けてみる。

行政官が魅せる、国家百年の計

13 Ministry of Health, Labour and Welfare 2014 14Ministry of Health, Labour and Welfare 2014

Page 9: 厚生労働省 - mhlw...Challenge of MHLW 挑戦2 挑戦4 挑戦1 挑戦3 厚生労働省の挑戦 命を守る、 仕事とは 絶対に、救う 行政官が 魅せる、 国家百年の計

つ、元気な高齢者が増えることで地域の支え手になる

こともできる。これらは、もはや介護の問題にとどま

らず、地域づくりである(我々はこれを「地域包括ケア」

と称している)。

 高齢化は何も日本に限った問題ではない。今後、ア

ジアでは日本以上に高齢化が進む。多くのアジア諸国

が日本の施策を学びに来たり、厚生労働省の職員も

派遣されたりしている。介護保険制度はドイツなどに

学ぶべき先例があった。次は日本が地域包括ケアでア

ジアのフロントランナーとなる番である。

には、薬事法の規制がネックとなっていることが指摘

されてきた。

 そのような中で与えられたミッションは、薬事法の規

制を見直し、再生医療製品を迅速に医療現場に提供で

きるような仕組みをつくること。

 再生医療製品の特性とは? 医薬品や医療機器と比

べて、なぜ薬事承認が遅れているのか? 未知のリスク

も指摘されている再生医療製品を安心して使えるよう

にするための安全性確保の方法は? ─ 専門家や患者

の方々、製品の開発・製造を担うメーカーなど様々な立

場からの意見を聴きながら、再生医療について一から勉

強し、法改正に向けた議論を積み重ねていった。

 その作業は容易ではなかったが、国会で法案が通っ

た時、難病患者の方々に一日でも早く革新的な再生医

療製品を提供するための一歩を踏み出せたことに、大き

な充実感を感じた。

 我が国の医療の質の向上につながり、さらには世界の

最先端を牽引する分野として、経済成長の原動力としても

期待されている再生医療。その土俵が整いつつある今、

安全かつ迅速に再生医療製品を提供するという目標に

向けて、弛むことなく奔走する日々が続いている。

アジアのフロントランナーとして老健局総務課 企画官

吉田 一生

 2000年に導入された介護保険制度は国民に無くて

はならない制度として定着した。そして今高齢化の更

なる進展にどう対応するか、特に大都市部の高齢化を

どうするかという問題に直面している。

 導入当時約900万人であった後期高齢者数は、

2025年には約2200万人となっていくが、その増加数

の半分以上は大都市で占められている。要介護となる

割合が高い後期高齢者数の激増は、介護ニーズの激増

を引き起こすのだが、一方で、都市部は地価も高く用

地確保が困難な地域があるため、高齢者数の増加に単

純比例する形で介護施設を作れるわけでもない。

 問題解決の糸口は、都市部の特徴を活かすことだ。

都市部は高齢者が狭い範囲に密集して住んでいること

から、高齢者の住まいに効率的にサービスを提供し、

ケア付きのコミュニティを実現することで、施設同様

の安心感を確保できる。高齢者は急増するが、「予防」

と「生活支援」により介護ニーズの伸びを適正化しつ

世界の最先端となる 再生医療の実用化のために医薬食品局医薬品副作用被害対策室 室長補佐

乃村 久代

 京都大学の山中教授のノーベル賞受賞や、iPS細胞

を使った臨床研究が世界で初めて日本で承認を受ける

など、再生医療に対する注目は近年飛躍的に高まって

いる。一方で、日本が世界をリードする再生医療研究

の成果を医療現場での迅速な実用化につなげるため

ロジェクトの日本側責任者を務めた。それ以前に、厚

生労働省で法律改正に携わった経験、自治体で高

齢化対策の担当課長をした際に得た経験などが役に

立った。ただ実際には、自分の知識を活用しただけ

ではない。むしろ、日本の外に出て、初心に返って日

本とタイの制度とその歴史を勉強した。こうして両国

の制度を比較しながらアドバイスができるようになっ

た経験は大きな財産となったように感じる。現在、

ASEAN10カ国と日本とで行う会合への出席も多い

が、日本とタイを比較して考える経験を通じて、どう

やったらASEAN各国に通じるメッセージを準備でき

るか、どの国と予め相談しておくと話が進みやすいか

が分かるようになった。タイにせよ国際機関にせよ、

人間関係も発展すれば、直接に懇意の担当者と Eメー

ルや電話、面会で相談し、各々の発言や文章の背景

を教え合ったり、国際会議でサポートし合う作戦を立

てたり、人的パイプをフルに活用する。

アジアで花咲く日本の経験 日本の高齢化は、世界最先端。しかし、ASEAN

諸国の高齢化のスピードは、その日本をも凌ぐものが

ある。この共通のテーマを手がかりに、保健、雇用、

福祉の国際協力を強化し、アジア地域の人間の安全

保障の充実に寄与したいと考えている。

 国際分野では特に、様々な職種の職員が協力し合っ

て、明日の政策づくりを考えている。皆さんが加わる

日を、楽しみにしている。

face to faceで進化する、 厚生労働行政の国際貢献大臣官房国際課長

堀江 裕

国際舞台で求められる厚生労働省職員の活躍 厚生労働行政の国際分野は大きく広がっている。

WHO、ILO、OECDでの国際会議はもちろん、TPP

など経済連携協定の交渉、ASEAN諸国を中心とした

ODA(政府開発援助)の企画と実施─ その形は様々だ。

 先日、WHO事務局の幹部から言われた。厚生労働

省の職員には、もっと多くの人にWHOで働いて欲し

いと。日本人は、初めのうちは言語に不自由を感じる

場合があるが、コンセンサスづくりが大事との国際機関

での基本をよく理解しているので、一旦慣れると、力を

発揮する、だから、日本人職員への期待が高いのだと。

 日本国内では、外務省や財務省の国際担当とも協力

しながら、国際保健、Universal Health Coverage

(全国民に医療を保障すること)、高齢化といったテー

マで国際協力の案件を作ったり、実際に、ASEAN

各国に対策の推進を働きかけたりしている。厚生労

働省職員には具体的な社会保険の仕組みや法制度に

ついての知識や経験がある。国際協力の話が進展し、

協議が具体化すればするほど、厚生労働省職員の出

番が求められるのだ。

現場から得る外交戦略 私自身、2007年から 3 年間、タイの保健省に派

遣され、高齢化についての日本初の長期国際協力プ

PROFILE 平成8年厚生省入省。保険局、大臣官房総務課、三重県健康福祉部長寿社会室長などを経て現職。

PROFILE 平成15年厚生労働省入省。その後、労働基準局安全衛生部、雇用均等・児童家庭局、職業能力開発局、英国留学などを経て、現職。

PROFILE 昭和60年厚生省入省。その後、米国留学、環境庁、和歌山県出向。平成19年タイ王国保健省、社会開発・人間の安全保障省に派遣(JICA専門家)。健康局生活衛生課長等を経て現職。

第一部

挑戦3

日本を、

世界の最先端にする

15 Ministry of Health, Labour and Welfare 2014 16Ministry of Health, Labour and Welfare 2014

Page 10: 厚生労働省 - mhlw...Challenge of MHLW 挑戦2 挑戦4 挑戦1 挑戦3 厚生労働省の挑戦 命を守る、 仕事とは 絶対に、救う 行政官が 魅せる、 国家百年の計

時々の世代が生み出す生産(付加価値)であり、現役期

に先世代の扶養に貢献した実績もしくは後世代の生産の

基盤となる資本を残し、高齢期にはその実績を根拠に後

世代の生み出す生産の配分により年金給付を受け取る。

年金給付の行く末は、私たちが後世代に何を引き継ぐこ

とができたかに依存する。

 「年金は将来大丈夫ですか?」という質問に、いつも

こう答える。ビスマルク宰相が創設したドイツの年金制

度は、二度の世界大戦での敗戦とその後の経済の混乱、

さらには国家の東西分裂を乗り越えるという苦労を重ね

つつ、今日までしっかりと機能している。人間の社会を

大きな一つの生物に喩えると、年金制度とは、長期間

の社会経済の変化という人知を超える問題に対応する

ために埋め込まれたDNAではなかろうかと考えている。

環境変化に対応しながらDNAを受け継ぐ努力 時を超えて万能の制度は存在しないし、生物も環境

変化に対応できたものが生き残って繁栄する。社会環

境の変化が激しければ、それだけ制度構築も手を加え

続けなければならない。同時に、それが人々の行動や

経済活動にきちんと刻み込まれなければ、世代を超え

て受け継いでいくことは難しい。

 制度の根本原理を制度の歴史や果たしてきた機能か

ら学びつつ、世界の研究内容や改革動向から日々の報

道やその反応までアンテナを張り、自分の頭で考え、

同僚と意見交換しながら議論を組み立て、資料に表現

し、発信し、様々なステークホルダーとコミュニケーショ

ンを重ねて改革案を形作る─ 後世代への責任を果たす

という終わりなき仕事に取り組む毎日である。

後世代への責任を果たす ─年金というDNAを受け継ぐ─年金局年金課長

度山 徹

人知を超える問題に挑む 私たちの社会は一世紀近くもの時を生きる「長寿」

を獲得したが、それは同時に、一世紀近くもの時間を

超えた保障の仕組みをどう構築するかという困難な課

題を私たちに突きつけた。

 今から100年前というと第一次世界大戦が勃発した

年である。戦争が勃発したときに多くの人はあれだけの

大戦争になるとは予測していなかった。ましてや、100

年後の今日の世界を想像できた人はいない。

 長寿を達成した私たちは、100年後の世界が今の私

たちの人知が及ばないことを深く自覚しつつ、その時を

生きるであろう、これから生まれてくる子どもたちへの

責任をどう果たすかというparadoxicalな課題に向き

合わなければならない。

将来は誰にとっても不確実、だから支え合う 今保険料を払ってもいくら年金がもらえるのかわから

ない、だから保険料は払わないという考え方を持つ人が

少なからずいる。この素朴な言葉の中に、年金制度の

本質的な問題が潜んでいる。政府が関与する公的年金

制度の存在意義は、将来は誰にとっても不確実というと

ころにあるからだ。わからないから払わない(支え合い

に参加しない)のではなく、わからないから支え合う。

 年金給付の財源は、財政方式の如何を問わず、その

役割が期待されているのはどの分野かを考え、厚生省

の門を叩いた。年金、医療、介護、子ども・子育て支

援など我々の生活に密接に関わる社会保障は、自分・

親・子どものこととして考えれば、もっともっと手厚く

していきたいと思う。一方で、制度や日本の将来に思

いを致せば、困っている人を前に涙をこらえながら「で

きない」と言わざるを得ないこともある。

 そんな矜恃と責任感を持ってこれからの社会保障に

向き合ってくれる人を待っている。

近年は出生率が改善するなど一定の効果をあげてき

たが、未だ「少子化の流れが変わった」と言える状況

には至っていない。引き続き、国、地域、企業など社

会を挙げた取組を、計画的、集中的に行うことが求

められる。

 一方で、少子化の問題を個人の立場で考えてみる

と、「子どもを産み育てたい」という希望が十分にか

なえられていなかったり、子育てに不安や孤立感を

感じている人が多いなどという状況が見えてくる。

 これらの課題に対応するため、早ければ平成27年

4月から新たな子ども・子育ての制度が始まる予定

である。現在、自治体、事業者、子育て当事者など関

係者の意見を聞きながら、消費税を活用してどのよ

うな改善を行うのか、また就学前の子どもが過ごす

場所はどのような場所であるべきか、などの議論が

行われている。

 少子化対策は、日本の未来の姿を作る仕事だ。今

行動を起こして、結果が出るのは数十年後。この非

常に大きく困難な課題を、皆さんと本気で議論して

みたい。

21世紀の日本を支えるために政策統括官付社会保障担当参事官室 室長補佐

水谷 忠由

 今や日本経済は社会保障抜きには語れない。2014

年度予算では社会保障関係費は30兆円を超え、一

般歳出の54%を占めた。急速に少子高齢化が進む中、

税金や借金で賄う費用は、毎年 1兆円規模で増加し

ている。

 社会保障は、国民の安心の礎だ。持続可能な仕組

みとして、次世代にしっかり引き渡していかなければな

らない。社会保障と税の一体改革は、消費税率の引上

げで安定財源を確保しつつ、社会保障の充実・安定化

と財政健全化の同時達成を目指している。私は今、こ

の一体改革で厚生労働省の司令塔となる部署にいる。

 昨年 8月の社会保障制度改革国民会議報告書の中

で、清家篤会長は「学者は国の奴雁なり」という言葉

を引用した。雁の群れが一心に餌を啄んでいるとき、

一羽首を高く上げて遠くを見渡し難に備える雁に学者

を例えた福沢諭吉の言葉である。

 思い起こせば17年前、21世紀の日本で真に官僚の

日本の未来の姿を作る雇用均等・児童家庭局少子化対策企画室 室長補佐

福井 香月

 消費税率が8%に上がった。「高齢者3経費」に加

えて新たに「少子化対策」にも消費税が充てられ、現

役世代への支援が拡充される。

 少子化が経済社会に与える影響は深刻だ。我が国

では「1.57ショック」以降、累次にわたる対策を行い、

PROFILE 昭和63年厚生省入省。平成13年から16年まで年金局に在籍し、平成16年年金制度改革に従事。その後、雇用均等・児童家庭局、社会保障担当参事官室、内閣府、老健局で、少子化対策や困窮者支援、社会保障・税一体改革の業務に従事し、平成24年より現職。

PROFILE 平成9年厚生省入省。その後、健康政策局(現医政局)、在米企業福祉研究所、老健局、保険局、社会・援護局、医薬食品局、在米国日本大使館、障害保健福祉部などを経て、現職。

PROFILE 平成14年厚生労働省入省。年金局、職業安定局、社会保険庁などを経て、現職。

第一部

挑戦4

行政官が魅せる、

国家百年の計

17 Ministry of Health, Labour and Welfare 2014 18Ministry of Health, Labour and Welfare 2014

Page 11: 厚生労働省 - mhlw...Challenge of MHLW 挑戦2 挑戦4 挑戦1 挑戦3 厚生労働省の挑戦 命を守る、 仕事とは 絶対に、救う 行政官が 魅せる、 国家百年の計

厚生労働省は、社会保障制度を守り、進化させ、受け継いでいくために、少子高齢化の進展、雇用環境の変化、

貧困・格差の問題といった社会の変化や時代の流れを感じながら、様々な政策に取り組んでいます。

20年以上もの時間を日本の厚生労働行政の維持・発展に捧げてきた幹部職員をはじめ、

様々なフィールドで活躍する厚生労働省の職員を紹介します。

■ キャリアストーリー ……………………………………… p21

■ 省外で活躍する職員 ……………………………………… p27●官邸・他府省庁●地方自治体●国際機関・大使館●留学●民間・研究機関

■ ワーク・ライフ・バランス ……………………………… p37●子育てママ&パパにインタビュー●厚生労働省のワーク・ライフ・バランスと女性の活躍●職業と家庭の両立を支援する様々な制度●若手職員の一日

Message from MHLW

第二部

19 Ministry of Health, Labour and Welfare 2014 20Ministry of Health, Labour and Welfare 2014

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厚生労働事務次官

村木 厚子(昭和53年入省)

た。「問題の重要性は理解できた。しかし『セクハラ』は週刊誌ネタだ。週刊誌ネタに国の予算をつけるわけにはいかない。今夜中に、要求書に一文字もセクハラという文字が出てこないように作り直したら予算を付けてやる。」という。とにかく知恵を出すしかない、課員が額を突き合わせて、うんうん唸った。できた要求書は「非伝統的分野への女性労働者の進出に伴うコミュニケーションギャップに関する研究会」という表題。無事予算がつき、約10年後の男女雇用機会均等法改正では、セクハラ対策が事業主の責務として盛り込まれることとなった。

1999年 2月 26日障害者のトライアル雇用開始 この日、アジア経済危機に対応した雇用対策の一環として、知的障害者をもつ方などを対象としたトライアル雇用がスタートした。1か月の実習と 3か月のトライアル雇用終了後、企業、本人の双方が望めば、そのまま雇用が継続される、どちらかが気に入らなければそこで雇用は終了だ。業務の一部を日経連(現経団連)に委託し、官民で実施体制を組んだ。 この仕組みのもとは、大阪で労使が協力して始めた障害者のインターンシップだ。この事業がいかに有効か熱く語る地元の企業や就労支援機関の人たちの言葉に心を動かされた。当初、省内は大反対。障害者が一生安心して働ける職場を見つけるのが自分たちの仕事、3か月で首を切られる職場に障害者を紹介することはで

きないという。大阪の人たちは「3か月企業で働いた実績は彼らの誇りになる。それに、実際に働いてもらえば、雇用し続ける企業は多いはず。」と断言した。結局1年目の実績は、8 割以上が継続雇用につながった。制度は障害者雇用施策の重要な柱となった。

2012年 6月7日 国会の廊下で怒鳴りあい 消費税率引き上げに伴う社会保障制度改革を進める中、消費税を高齢者施策だけではなく、少子化対策に使うための法案を厚生労働省、内閣府、文部科学省で国会に提出した。私は、3 省合同チームのリーダーだ。野党第一党だった自民党の責任者は、田村憲久議員。折衝が平行線をたどっていたある日、国会の廊下で議員と鉢合わせ、「○○はあきらめろ ! ××と▲▲は、ダメだからな。」と怒鳴るように言う議員に「○○と××と▲▲をやめればいいんですね。わかりました。」と大声で言い返して、役所にとって返し突貫工事で法案の修正作業を始めた。「これでまとまる !」そう思い始めたとき、同じチームの某局長が国会の廊下で田村議員と喧嘩を始め、記者が取り巻いていると連絡が入った。「ああ、壊れたか…」と頭を抱えた。結局、議員の大人の対応で、無事与野党の合意が成立したが、私と某局長は厚生労働大臣となった田村議員から「喧嘩をした仲だよね。」といまだにからかわれている。

1987年 4月1日 子連れ赴任 この日、2 歳になったばかりの娘を連れて島根労働基準局(現島根労働局)に監督課長として赴任した。東京の公務員宿舎には同じく労働省(現厚生労働省)に勤務する夫が一人残され、宿舎では「奥さんが子どもを連れて家を出たらしい」という噂が流れた(笑)。娘をかわいがっている夫に申し訳ないと思い、恐る恐る「どう思っている?」と聞くと、「夫の単身赴任なら世間に山のようにあるだろう。」と言う。確かに、結果としては別れて暮らす「夫」と、「妻と子」の組み合わせ。夫の冷静な目に感謝した。島根では「女性の課長が子連れでやってき た」と、ちょっとした騒ぎになった。保育所探しやさまざまなことで、みんながとても親切にしてくれた。職場の飲み会は子連れで参加させてもらった。娘はすっかり出雲弁になり、元気に育った。たまに夫が訪ねてくると、箸で夫の口に食べ物を詰め込むほど歓迎した。別居生活は 2 年半続いた。その娘は今29歳、父親をとても敬愛しているようだ。

1990年 12月 予算一次内示前夜「週刊誌ネタ」に予算はつけられない 1986年に施行された男女雇用機会均等法を担当する課長補佐時代のこと。米国で、日系大手企業がセクハラで訴えられ、高額の賠償金の支払いを命じられた。この問題は、日本でも早晩、政策課題になると思い、調査研究の予算を大蔵省(現財務省)に要求した。予算案が示される日の前日、突然大蔵省から電話が入っ

昭和53年 労働省入省昭和56年 外務省国際連合局企画調整課 国連の社会政策

関係業務を担当昭和62年 島根労働基準局監督課長 労働条件の確保・労

働時間短縮の推進を担当昭和63年 婦人局婦人政策課長補佐 男女雇用機会均等法

定着、セクハラ対策を担当平成 7 年 総理府大臣官房男女共同参画室企画官 男女共

同参画基本計画の策定を担当平成 9 年 職業安定局高齢・障害者対策部障害者雇用対策

課長 トライアル雇用の導入を担当平成13年 雇用均等・児童家庭局雇用均等政策課長 ポジ

ティブ・アクションの推進を担当平成15年 社会・援護局障害保健福祉部企画課長 障害者

自立支援法制定を担当平成20年 雇用均等・児童家庭局長 育児・介護休業法改

正を担当平成22年 内閣府政策統括官 共生社会政策を担当平成24年 社会・援護局長 生活保護法改正・生活困窮者

自立支援法制定を担当平成25年 現職

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これまでのキャリアを振り返って 役所に就職が決まった時、恩師が「国家公務員の仕事は『翻訳』だ」という言葉を贈ってくれた。国民のニーズを制度や法律に翻訳するのが公務員の仕事だというのだ。35年間公務員をやってみて、この言葉は本当に的を射ていると思う。現場にある多くのニーズを現場の人たちと一緒に知恵を出し合って解決する、社会にある大きな構造的な課題を時間をかけて大きなチームで解決する、様々なプロセスがどれもやりがいがあった。これだけのことができたという満足と、まだまだ課題が残っているという焦りを常に同時に抱えてきた。仕事を通じ自分を発見し、仲間を得てきた。志のある人が新たに仲間として加わってくれることを心から期待している。

キャリアストーリー ❶

第二部

キャリアストーリー

21 Ministry of Health, Labour and Welfare 2014 22Ministry of Health, Labour and Welfare 2014

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保健医療局の精神保健課の課長補佐。ここで、精神保健指定医の必置問題や精神医療費の医療保険優先化(平成 7年法改正)の目鼻をつけてから、8月に企画課の法令審査委員となった。この間に、政権は村山総理の自社さ連立政権になった。自衛隊問題、日米安保問題とあって、次に横たわるのは戦後50年問題。その1丁目1番地は被爆者援護法の制定。反対する自民党と推進する社会党が鋭く対立してきた問題で、連立政権が分裂するならきっとこの問題だろうといわれていた。世間の注目度は高いが困難極まるテーマであり、やはり夏に始まった与党PTは弔慰金問題で行き詰まった。秋も深まっていよいよ決裂寸前という時に、遺族の方にお金を出すのではなく、現在被爆者の人で親御さんを亡くした方に給付金をだす(生存被爆者対策)という当時の課長の逆転の発想で危機を乗り越えた。11月20日過ぎに臨時国会に提出した法案は、12月 9日に成立した。当時は井出正一厚生大臣。厚生省とご縁の深かった村山総理から、総理執務室でお礼を言われた時は大変嬉しかったことを覚えている。

1997年 12月 9日介護保険制度の創設 ─世界に先駆けるダイナミックな新制度─ 平成 7年 6月から老人保健福祉局企画官になって、介護対策本部事務局次長を兼任。当時、私も含めて事務局には次長が 3人いて頭文字が YKK。介護事務局のYKK3 羽ガラスなどという人もいた。介護保険は、北欧の市町村中心主義、ドイツの社会保険システム、アメリカのケアマネジメントを総合した制度で、日本人

離れした世界に先駆けるダイナミックな制度。主に給付設計(サービスモデル)と費用推計(給付費と保険料・公費)を担当していたが、この分担も自然発生的。優れた組織は上意下達などではなく、大きな目的を共有しながら各現場が創造的に環境に適応する。介護事務局はそういう職場であった。平成 9 年 8月から介護事務局の専任次長となって、介護保険法案の参議院審議の事務を担当。毎日与党筆頭理事の所に行って、国会審議の打ち合わせ。60時間余りの長時間審議の上、12月 9日に法案が成立した。厚生大臣は小泉純一郎元総理。年が明けてからの仕事は、要介護認定システムの確定、ケアマネジャーの試験など。介護保険が創設されるまでには、無数の逸話があるけれど、最後まで支えてくれたのは、実際に介護で苦労している世の中の多くの女性たちの力だ。本当に介護保険を作ったのは彼女たちである。

2013年 12月 5日社会保障改革プログラム法成立 ─社会保障と税の一体改革─ 社会保障・税一体改革は大改革だ。消費税の増税は常に社会保障制度改革と一体である。昭和63年に官房政策課の税制担当補佐として竹下内閣の消費税導入に立ち会った。竹下総理は内閣の命運と引き換えに消費税を導入した。僭越ながら、実に腹の据わった政治家だった。今回の一体改革では、医療改革はもちろん担当だったが、厚生年金・健康保険のパート適用拡大も担当した。当時の大臣は小宮山大臣で、大臣は社会保障改革が若者のためでもあるとして、何としても実現

したいと言う。そこまで大臣に言われれば、何としても大臣を男にしなければならない(ちょっと違う意味だが)。大きな拡大はできなかったが、担当審議官として大臣のために頑張れたと思っている。その後、社会保障担当の政策統括官となり、社会保障制度改革国民会議の設置と報告書の取りまとめ、主管局長として社会保障改革プログラム法の成立に携わった。大臣は、現在の田村憲久厚生労働大臣。国民の皆さんに、大きな社会保障改革のスケジュールとその内容を明らかにすることができたが、本当の改革はこれからだ。

1986年 12月22日大義は無敵 ─老人保健法の抜本改正─ 厚生省老人保健部計画課の企画法令係長。老人保健部は現在の老健局の前身だが、メインの業務は老人医療と壮年期からの健康づくりの推進(老人保健制度)。だが、天地を揺るがす大問題が持ち上がっていた。退職者医療制度の加入者見込み数が異なり、国民健康保険に巨額の財源不足が発生。市町村長は怒り心頭。しかし、時は臨調行革路線の頂点の時期、国に財源はない。結果、老人保健制度を改正することになった。老人医療拠出金の保険者ごとの負担を公平化し、老人医療の窓口一部負担金を引き上げ、老人保健施設を創設する。法案取りまとめに向けて、審議会は荒れまくり、国会では国鉄改革法案と並んで2大与野党全面対決法案に。中曽根内閣解散ダブル選挙で与党300議席を超え、法案はようやく12月臨時国会会期末に成立。当時の厚生大臣は斎藤十朗元参議院議長。老人医療問題は、常に日本の医療問題の中心テーマだ。老人保健制度は今日高齢者医療制度になり、老人保健施設は今や35万床になった。当時、老人保健部は職員50人ほどの小組織で、その分、係長ながらも管理職と同等の仕事をしていた。大変だったが、政府の中では誰からも文句を言われたことがなかった。なんといってもこの法案が通らないと国全体の予算が組めないからであり、肩で風切って歩いていた。大義はいつも無敵である。

1994年 12月9日被爆者援護法の制定 ─逆転の発想で連立政権の危機を乗り越える─ 黄金時代を過ごした山形県庁から 4月に帰ってきて、

昭和55年 厚生省入省平成7年 介護保険制度準備室次長平成16年 保険局国民健康保険課長平成18年 保険局総務課長平成20年 大臣官房人事課長平成21年 大臣官房審議官(医療保険・医政・医療介護連

携担当)平成23年3月~同年9月まで、厚生労働省災害対策本部事務局次長(東日本大震災担当)を兼務平成24年 現職

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これまでのキャリアを振り返って 人々の生活に直接関わる幅広い仕事こそ価値ある仕事である。 介護保険担当以後はいろいろな仕事に携わった。この人々の生活に直接関わる幅広さが厚生労働省の魅力でもある。平成14年家庭福祉課長(母子家庭支援、児童虐待防止対策、社会的養護)、15年保育課長(幼保総合施設づくり。今日の認定こども園)、16年国民健康保険課長(三位一体改革、補助金の廃止と税源移譲)、18年保険局総務課長(高齢者医療制度創設と医療制度改革)など。東日本大震災のことも書きたいが、ここでは書き切れないので、知りたい人はぜひ厚生労働省を訪問して小生の所を訪ねて欲しい。若者よ、わが省に来たれ !

キャリアストーリー ❷

厚生労働省政策統括官(社会保障担当)

唐澤 剛(昭和55年入省)

第二部

キャリアストーリー

23 Ministry of Health, Labour and Welfare 2014 24Ministry of Health, Labour and Welfare 2014

Page 14: 厚生労働省 - mhlw...Challenge of MHLW 挑戦2 挑戦4 挑戦1 挑戦3 厚生労働省の挑戦 命を守る、 仕事とは 絶対に、救う 行政官が 魅せる、 国家百年の計

大臣官房 会計課長

吉岡 てつを(昭和60年入省)

えるための「次世代育成支援対策推進法」という新法の立案・調整・成立に取り組んだ。世論には、「子育ては家族がやるもの。子育て支援なんて言うと親をなまくらにする」、「結婚や出産は個人の自由。それを促進させるような政策はけしからん」という両極端な主張があり、これらに常に挟まれ、反発を受けながらも前に前に進んだ。同時に、議員立法で提案されていた「少子化社会対策基本法」の成立に、超党派の議員と共に力を注いだ。前者は厚生労働委員会、後者は内閣委員会で同時に審議が進められたため、息をつく暇もなかったが、2003年 7月30日、基本法が成立。厚生労働省だけでなく、内閣を挙げて少子化に対処する枠組みがスタートした。この間、土日を中心に全国を駆け巡り、2年間で150回程の講演を行った。そこで出会った多くのNPO、保育・教育関係者の、子ども達の未来を願う声と活動が支えとなってのことである。「10年後には、地域で子育て中の親子が誰でも集える場を1万か所つくり、東京ドームに集まろう」と言ったが、その約束はまだ果たせていない。

2007年 9月25日 年金記録問題と対決する 2007年 9月25日、与野党挙げての激しい追及、マスコミによる連日の報道。新聞・週刊誌各誌を含め、全方位から攻撃を受け続ける生活が始まった。第一次安倍内閣の時に総理の下で参事官をしていたが、総理の突然の退任に伴い、社会保険庁の管理官として年金記録問題の担当責任者となった。過去の経緯や現状の説明に追われながらも、解決に向けた新たな政策パッケージの立案・

調整を続けた。特に、当時、政権交代を目指す民主党にとっては、格好の追及材料だった。国会での答弁は大臣等が行うが、民主党の会議には、1年間にわたり毎週出席を求められ、数十人の議員と議論を交わし続けた。テレビカメラが常に回り続ける中、無理難題も言われたが、罵声を受けようとも臆することなく、できることは明確に方針を語り、できないことは論理的に理由を述べることに徹した。しばらく経った頃、民主党の議員からも、「お前、よくやるよな」と言われるようになった。官僚には、時にプロレスのような激しい討論をすることも求められるが、真っ直ぐに向いていれば、信頼は得られるものだと気付いたとき、この仕事もまた楽しいものになった。

2009年 9月16日高齢者医療制度を変える・創る・守る 年金記録問題に道筋がつき、次の大きな火種となっていた高齢者医療の担当課長になった。後期高齢者医療制度は各方面で批判されていたが、決して悪い制度ではない。ただ、配慮が足りない部分が幾つかあったので、制度がスタートしたばかりであったが、全国を回って保険者の理解を得ながら、矢継ぎ早に改善策を講じた。これで落ち着くかと思った矢先に、政権交代。この制度を廃止することは、民主党マニフェストの一丁目一番地。これに抗うことは不可能な中、新大臣から新たな制度案の検討を直接指示された。許容される狭い前提の下で、短期間でセカンドベストの新制度案を練り上げ、新たに立ち上げた検討会議で、紆余曲折はあったが何とかとりまとめ

た。結局、この案に沿って法案を提出することは、関係団体との調整が整わず、その後再び自公政権に戻る中、こうした議論を経たことも功を奏し、制度は定着していった。そして、新制度案に盛り込んだ国保の財政運営を都道府県に移すことなどは、現在の政権下で形を変えて実現に向けて動き出している。2009年 9月16日、政権交代の日を境に、「この制度はいい制度です」と胸を張っていた自分が、いきなり「この制度は廃止します」と高らかに述べることになったが、ずっと自分の気持ちにウソはついていない。

1996年 10月14日 原点 「あんた達は馬鹿者だ。でも、それを指をくわえて見ていたら俺はもっと馬鹿者だ。」1995年、滋賀県の障害福祉課長として着任。施設から在宅へという動きの黎明期であった。その数日後、信楽の入所施設の職員達が、公的な支援も受けずに非番の時に懸命に無報酬で在宅サービスを行っていることを知り、彼らと酒を飲みながら言った言葉だ。その日から彼らの取組を公的サービスにするために、昼夜を問わず議論を重ね、事業の具体案を固めた。共同で事業費を負担してもらう市町村の首長達には門前払いもくらったが、幾度となく足を運び頭を下げ続け、県庁の財政部局等も何とか説得し、我が国で初めての 24時間在宅で障害者の家庭を支える総合事業がスタートした。しばらくして他県から二人の障害児を抱える家庭が引っ越してきた。お母さんから、「あんたがこんなこと始めたから引っ越してきたんだよ」と言われ、感極まった。その後、活動的なお母さんは、すぐに団体の役員になったが、知的障害者スポーツ大会の引率で赴いた北海道で、突然、脳卒中で倒れ、他界した。涙が止まらなかった。1996年10月14日、葬儀の席で、二人の子を抱きかかえ途方に暮れるお父さんに、「この国のすべての人を守るために、俺は死ぬ気で頑張りぬく」と誓った。

2003年 7月30日 少子化の流れを変える 合計特殊出生率が1.3を下回るような状況になり、少子化問題がクローズアップされる中、少子化対策企画室長になった。国・地方・企業を挙げて少子化の流れを変

昭和60年 厚生省入省 援護局 中国残留孤児問題等を担当昭和63年 埼玉県狭山市に出向 財政・高齢者福祉を担当平成 2 年 大臣官房政策課 厚生行政の総合調整を担当平成 4 年 総務庁に出向 同和問題を担当平成 6 年 健康政策局 地域保健改革、阪神淡路大震災の

救急医療を担当平成 7 年 滋賀県に出向 障害福祉課長・企画課長平成10年 医薬安全局 HIV、CJD問題等を担当平成12年 大臣官房総務課 国会関係、労働省との統合を

担当平成14年 雇用均等・児童家庭局 少子化対策企画室長平成16年 社会保険庁 改革推進本部事務局次長平成18年 内閣官房特命室 安倍総理の下の参事官平成19年 社会保険庁 年金記録問題担当の管理官平成20年 保険局 高齢者医療課長平成23年 食品安全部 企画情報課長平成24年 医政局 総務課長平成25年 現職

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これまでのキャリアを振り返って 厚生労働省の仕事には、巨大な社会保険制度を国家財政・国民負担に配慮しつつ改革したり、経済の好循環にも資するようタイムリーな雇用政策を実行したり、障害者・難病患者・薬害被害者等の状況を踏まえたきめ細かな対策を進めたり、様々なものがある。いずれの政策であっても、今や、すべての国民・関係者が納得する結論は基本的になく、そのような中で、真実は何かを探求する。それは、自らの閃きで見出される場合もあるが、多くは当事者の声やそれを支える現場の人達の意見にヒントがある。それを我々の思いを込めて政策という形に昇華させる。国民との壮大な共同作業であり、絶妙なプロデュース力が求められる。どれだけ多くの人達がそのプロセスに関わるかで、政策の発展度や安定度は増してくる。だから、これからも心に心をしっかりと重ねて、この国を創っていきたいと思っている。

キャリアストーリー ❸

第二部

キャリアストーリー

25 Ministry of Health, Labour and Welfare 2014 26Ministry of Health, Labour and Welfare 2014

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「経済再生」と「経済財政」と「社会保障」 経済再生担当、社会保障・税一体改革担当及び内閣府特命担当大臣(経済財政政策)秘書官が、私の仕事である。これらは、内閣官房・内閣府に属し、アベノミクス、TPP、税と社会保障の一体改革等 、々内閣の最重要案件を担当している。日本の経済再生を目的とした「成長戦略」にしても、あるいは、国家予算の財政健全化などを目的とした「経済財政」にしても、真っ先に改革が求められるのは社会保障制度などの厚生労働分野である。例えば、前者の「成長戦略」ならば、医療や医薬品の規制改革、待機児童解消、多様な働き方のできる労働法制の見直し等がそれに当たる。後者の「経済財政」では、国の一般会計歳出の3 分の1を占め、年間1兆円ずつ増えていく社会保障費用は、今後、ますます効率的に無駄なく使うことが求められるだろう。今や、日本の「経済」は「社会保障」を無視できない状況にある。

厚生労働省の感度と思考 大臣秘書官は、国会答弁でも、マスコミ対応でも、日頃、大臣をお支えすることが仕事だが、大臣に正しい判断をしてもらうためには、時宜を得て、いかに公平無私に正しく的確な情報(判断材料)を入れるかがもっとも重要な業務である。大臣の判断・言動が世の中の方向性を大きく変えてしまうことが多々あるからである。 今の大臣室には、厚生労働省出身の私のほか、内閣府、財務省及び経産省といった経済官庁出身の秘書官がいる。同じ秘書官、国家公務員ではあるが、出身官

庁により、少しずつ情報源のアンテナも違い、感度も違う。経済官庁には、経済成長を第一に、優先する思考を強く感じる。ある意味では、その思考は長けており、厚生労働省の役人に不足している思考かもしれない。一方、どちらかというと、厚生労働省では、経済的・社会的弱者を始め国民との直接窓口を担当する行政が多い。したがって、経済成長ばかりというわけにはいかない。経済成長のための規制緩和をした場合の国民の健康などへの影響、規制緩和へのソフトランディングをするための施策、他の制度との整合性等々…、様々な角度からの感度、微妙なバランス感覚が求められる。 今後、人口減少、少子高齢化が進む日本。「経済成長」、「財政再建」、「国民のセーフティネット構築」のトライアングルのバランス感覚は、ますます重要になって来るだろう。

先輩の教訓を胸に 最後に、厚生労働省にいた、一人の先輩の教訓を紹介したい。『志を高く保ちつつ、心を空しうして、国民のことを考える』。私は、今でもこの教訓を胸に刻み、日夜、仕事に励んでいる。所詮、一人で出来ることはたかが知れている。しかし、先輩から自分へ、自分から後輩へと、各人が「時代の歯車」として引き継ぎ、一歩一歩、未来へと前進することが必要だ。皆さんも、厚生労働省に入省すれば、背中で語ってくれる先輩をきっと見つけることができるだろう。私も、大志あふれる皆さんと厚生労働省でお会いできることを楽しみにしている。

政策を異なる視点から眺めてみる “より経済成長に資する政策手段はないか?” 現在の私の職場である内閣府規制改革推進室での仕事は、そのような視点から現在の制度を見つめ直す作業である。社会保障をはじめ政府が必要な政策を実施するための財源確保には経済成長が不可欠である。しかし、現在の財政状況下で、予算や税といった政策手段には限界があり、経済成長のための規制改革への期待は大きい。

新しい経験から得たもの 自動車メーカー、通信事業者、化学品メーカーの担当者、大規模農家や新規就農者など、今まで接したことのない人たちと、また法学や経済学の専門家と、新たなビジネスや産業の成長の可能性を議論する。そこで出てくるアイディアを実現するためには、具体的に制度のどの部分を変える必要があるのか。 他方、規制は何らかの目的で導入されているものであり、何でもやみくもに規制緩和したらよいわけではない。その規制が担っている役割は現在も必要か、新たなビジネスを可能としながら従来の目的を担保できるアイディアがないか。厚生労働分野以外を担当することも多いが、これまで厚生労働省で具体的な制度設計に関わってきたからこそ、貢献できることも多い。

 企業や個人といったプレーヤーは、現在の制度(ルール)を前提として活動しており、必ずしも、ルールへの強い問題意識を抱いているとは限らないが、ルール変更は新たなビジネスへの挑戦や創意工夫意欲を引き出し得る。ソチ五輪のフィギュアスケートでは日本の選手が活躍したが、大技に対する点数を引き上げ、失敗した場合の減点を緩和するという採点方法の変更があったから 4 回転ジャンプ等に挑む選手が増え、より華麗な演技に変わっていったと聞く。

厚生労働省の役割の可能性 厚生労働行政は国民一人ひとりの安心を支える仕事である。同時に、社会保障行政や労働行政の実施に必要な財源を支える国の経済成長にも無頓着であってはいけないのだと思う。 医療、年金、介護、労働など、厚生労働省は我が国の経済成長に支えられると同時に貢献もできる分野を担当している。視点を高く持ち、安心・安全という政策目的を維持しながら、企業のビジネスや個人の経済活動の可能性を広げる仕組みを生み出していくことが、厚生労働省に求められている。答えは簡単には出ない。だからこそ、考えに考え、そして答えを出す意志のある方々が厚生労働省の門を叩いてくれることを期待している。

志を高く、ともに進もう !

改めて感じる厚生労働省の仕事の可能性

内閣官房 甘利国務大臣秘書官

巽 慎一

内閣府規制改革推進室 参事官補佐

喜名 明子

PROFILE 平成 5 年厚生省入省。その後、生活衛生局、大臣官房、保険局、林野庁、社会援護局、和歌山県福祉保健部、老健局、国会連絡室、健康局等を経て、現職。

PROFILE 平成14 年厚生労働省入省。労働基準局、社会保障担当参事官室、医政局、国際課などを経て、現職。この間、2児を出産。

省外で活躍する職員[官邸・他府省庁]

第二部

省外で活躍する職員

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熊本県 健康福祉部長寿社会局長

山田 章平

厚生労働行政を熊本の形に 2 年前に熊本県に赴任し、厚生労働省の2つの局(老健局と社会・援護局)を合わせた業務の責任者として、高齢者や生活困窮者と向かい合う仕事をしている。局内には多くの職員がおり、別室にゆったりとした席があり、秘書がコーヒーを運んでくれる。会議でも懇親会でも真ん中に座ることが多く、偉くなったと勘違いしてしまいそうなほどだ。 特に厚生労働行政は人の生活に密着しているから、地方で働く機会はとても貴重だ。厚生労働省が考えた大きな方針をいかにして熊本に合うように工夫するか、これが県にいる私の仕事である。

地域を知り、地域を創る そのためにはまずは熊本を知ることが大切だ。県内には人口70万人の都市から1200人の村まで、45もの基礎自治体がある。役場を回り、町長や担当者から話を聞く。自治体ごとに、また自治体の中でも地域によって、状況が異なる。若者が増え、保育所待機児童が課題である地域もあるが、どちらかというと人口減少・過疎化に悩む地域が多い。 高齢化率 6 割超というある限界集落には、小学生が1人しかいない。その親に話を聴くと「本当は他の子どもと一緒に遊ばせてあげたい」と言う。一方でその場所は高齢者ばかりであるにも関わらず、介護が必要になった場合に暮らし続けるためのサービスがなかった。介

護が必要になっても地元で暮らせるような高齢者向けサービスの誘致に取り組む。東京とは違うから、小規模なサービスで十分だ。同時に地元の若者が働く場にもなる。若者が住めば、そのうち子どもが産まれ、いつか小学校に友達ができるかもしれない。

共感し、寄り添う 他にも世の中には様々な状況に置かれた人がいる。就職できない若者、認知症の親と暮らす子ども、難病を抱える人、障害のある人、虐待される子ども、ひきこもっている人、ホームレス、刑務所出所者、自殺を考えている人などなど。 私たちの限られた人生経験では、これらの人がどのような生活をしているのか、どのようなことで苦しみ、何を支えに生きているのか本当の意味で知ることは難しい。しかし、厚生労働省の職員は、絶えず彼らの生活を想像し、彼らの生活に思いを寄せて仕事をしなければならない。 様々な困難を抱える人に共感し、寄り添い、ひとつずつ解決していく、そのような仕事に取り組む厚生労働省という職場に飛び込んでみないか。

人の生活を想像し、 人の生活に思いを寄せる熊本熊本熊本熊本熊本熊本熊本熊本熊本熊本熊本本本本熊本本熊本本県 県 県 県 県 県 県 県 県 県県県 県県県 県 健健康健康健康健康健康健康健康健康健康健康健健康健健康健康福祉福祉福祉福祉福祉福祉福祉福祉福祉福祉祉福祉祉祉祉福祉祉部長部長部長部長部長部長部長部長部長部長部長部長部長部長長部長寿社寿社寿社寿社寿社寿社寿社寿社寿社寿社寿社寿社寿社寿社寿社寿社寿社寿社会会局会局会局会局会局会局会局会局会局会局会局会局会局会局会局会会局長長長長長長長長長長長長長長長長長長

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山田 章平

久留米市 子ども未来部長 渡邉 由美子

PROFILE 平成10 年厚生省入省。その後、社会・援護局、環境省総合環境政策局、社会保障担当参事官室、米国研修、保険局などを経て、現職。

最前線で 厚生労働省で10年をすごし、福岡県の県南の市、 久留米市に出向しています。 本省在職中は担当したことのない、子育て支援の最前線。私はその担当部局の責任者ですが、赴任して1年、とにかく「ひとに支えられる毎日」を実感しています。 一つには、子育て支援は行政以外の多くの人に支えられています。たとえば保育園・幼稚園・こども園・学童保育の園長先生や職員さん。子育てひろばで親子を迎えるボランティアの方や地域の皆さん。自分たちで子育てを楽しく乗り越えようとするママ・パパたち。国全体の方向性である「子ども・子育て新制度」を通して、こういう皆さんに頑張ってもらえる仕組みを作り、担い手を増やしていくことが市の仕事です。 一方で、私の部には200人を超える職員がいます。その多くは公立保育所の保育士や給食の先生で、約1,300人の子どもの保育を担当しています。その他には、子育てに困っている家庭の相談に乗って各種サービスを案内したり、虐待をしてしまう親に寄り添う相談員もいます。経済的に困窮した子育て家庭の支援、発達に課題のある子どもの療育や、非行防止の見守りなどもあります。こうした、行政として責任を持たなければならない部分を担うのが市職員。往々にして、支えを求められるのは、「○○さんという市民の子育て」ではなく、「○

○さん家という家庭の在りようそのもの」だったりします。子育ては、家庭やその人の生き様と離れては存在せず、ゆえにその支援もまた広がりと重みのあるものです。「ワンストップ・切れ目のない支援」という言葉の、多様かつ厳しい現実に、部下の皆さんとともに向き合う毎日です。

振り返ってみると 霞が関にいた頃、厚生労働省の仕事を人のいのちやくらしを支える仕事だと思ってきました。しかし、市の子育て支援行政の最前線に立ってみると、自分が、あるいは自分たちが支えているという実感よりも、多くのひとに支えられてこの行政が成り立っているという思いの方を強く持ちます。厚生労働省は、そうした支え手がしっかりと活躍できるような、縁の下の力持ちでありたいと思います。

皆さんへ 久留米に来て学んだ保育実践理論の本の中に「子どもは頭一つ背伸び、いつもここに止まっていたくないという思いでいっぱいだ」という内容があります。厚生労働省の仕事は、大人がやる仕事ではありますが、そのような「いまこの瞬間も、一歩でも先に行こうとする思い」が必要です。我こそはと思う方の挑戦を歓迎します。

ひとに支えられるこの仕事

PROFILE 平成15年厚生労働省入省。食の安全、非正規労働対策(パート労働法)、戦没者遺族の援護、ワーク・ライフ・バランスなどの担当を経て、平成25年4月から現職。一女(4歳)の母、子連れで赴任中。筆者は写真右から5人目。

息子のタクミと

省外で活躍する職員[地方自治体]

第二部

省外で活躍する職員

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在スウェーデン日本国大使館 一等書記官

小園 英俊在ス在ス在ス在ス在ス在ス在ス在ス在ス在ス在ス在ス在ス在ス在ス在スウェウェウェウェウェウェウェウェウェウェウェウェウェウェウェウェーデーデーデーデーデーデーデーデーデーデーデーデーデーデーデーデン日ン日ン日ンンンン日ン日ン日ン日ン日ン日ン日ン日ン日ン日本本本本本本国本国本国本国本本本本国本本国本 大使大使大使大使大使大使大使大使大使大使大使大使大使大使大使大使館 館館館館 館 館 館 館館館 館 館 館 館館 一等一等一等一等一等一等一等一等一等一等一等一等一等一等一等一等書記書記書記書記書記書記書記書記書記書記書記書記書記書記官官官官官官官官官官官官官官官

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小園 英俊

在中華人民共和国日本国大使館 一等書記官

西川 昌登

「ミニ霞が関」における役割 中国に来て早半年が過ぎた。初の海外勤務で、当初は様々な面で戸惑ったものの、今では中国人に間違えられるほど、それなりに溶け込んでいると思う。中国語は全く駄目だが、それでも受け入れてもらえるのは、中国の人の大きさなのだと思っている。 中国は、今や日本を抜いて世界第 2 位の経済大国となり、今もまだ成長し続けるこの国は、半年の経験では計り知れないほどのエネルギーと、一言では語り尽くせない魅力をもっている。そうした中国と我が国との結節点となるここ大使館には、各省庁からも多くの出向者が在籍し、「ミニ霞が関」の様相を呈す。その中で、鳥インフルエンザをはじめとする感染症などの医療・衛生情報の収集や邦人への情報提供、医療・介護分野などにおける日系企業の活動支援、両国政府・企業間の交流促進などを担当している。

これからの中国と日本 経済成長を続けている中国では、現在、その恩恵を広く国民が享受し、生じた格差を是正するため、社会保障制度の充実・強化に努めている。具体的には、年金・医療などの社会保険の整備や、医療の質の向上と量的整備、今後加速する高齢化に対応した介護提供のあり方が大きな課題となっている。 我が国の社会保障制度の歴史を振り返れば、日本の

経済成長とオーバーラップする。国民皆保険・皆年金や高齢者福祉といった社会保障は、経済成長初期にその基礎ができ、経済成長とともに発展してきた。経済成長とバランスをとりつつ、社会保障制度が経済成長を下支えし、誰もが安心して暮らせる社会を実現してきたといえる。世代間の支え合いや国民連帯を礎として、老後を支えるための年金を、誰もが等しく受けられる医療を、要介護となっても自立した生活を続けられるような介護を、国民が築き上げてきた歴史なのだと思う。 こうした日本の経験に対し、中国からは高い関心が寄せられている。日本の経験を共有しながらも、高齢化に対応した介護提供のあり方など共通する課題をともに解決するため、今後両国の交流を一層深めていきたいと考えている。また、そうした交流が日中関係の改善のきっかけになればとも考えている。

日本の経験を活かし、世界で活躍する 今後、中国をはじめとしてアジア諸国も高齢化が進展するといわれている。日本の社会保障の経験が活かされる機会は、今後ますます増えていくことは間違いない。日本のそうした経験を活かして、国際舞台で活躍する思いを持ち、今、日本の社会保障が抱える持続可能性という大きな難題に立ち向かってくれる皆さんと一緒に働けることを願っている。

社会保障という 切り口からの外交

PROFILE 平成14年厚生労働省入省。その後、老健局、官房総務課、職業安定局、愛知県小牧市、高齢・障害者雇用対策部、社会保障担当参事官室などを経て、現職。

 人口、経済規模は日本の12分の1ほど。自他ともに認める小国だが、世界に冠たる社会保障制度を持ち、独特の存在感を放つ国。そんなスウェーデンにある日本大使館で、現在交渉中の社会保障協定をはじめとした様々な案件の政府間調整、社会保障や労働政策の動向に関する情報収集等を行っている。

チャンス×チャンス 執務室のテレビから流れる日本のニュースが、4月から消費税が 8%になることを伝えている。机の上には、秋の総選挙に向けて与党が増税方針に転じたと報じるこの国の新聞。増税してでも医療や福祉の充実を望む国民の声は大きい。この国とて理想郷ではない。選挙前に増税を打ち出す政治文化の違いに驚くと同時に、今なお悩み続けるその姿に親近感を覚える。 とある会合で立ち話をした女性。医者だという彼女は、今後この国は益々高齢化が進む、認知症対策が重要だと語った。この国の高齢化率は30年後に24%、今の日本と同じだ。日本のそれは今後 40%に達する見込みだと告げると驚き、日本の背中を見ていれば大丈夫ねと言って笑った。 この国には、厚生労働行政に携わる役人が、自らの引出しを増やすチャンスと日本のプレゼンスを高めるチャンスが広がっている。

国のカタチ×幸せのカタチ この国にきて、妻が、日本はいい国よねと口にする。例えば、日本では体調に不安を感じればいつでも医者

に診てもらえる。財政的な問題はともかく、生活の質を考えたときこの安心感は大きい。この国では、地方自治体が均衡財政の範囲内で医療を提供する。いつでも自由にとはいかない。確かに財政は健全であるし、それゆえ他の社会保障給付の充実も可能だろうが、妻は違和感を覚えているように見える。 逆もある。この国は女性の就業率も 8 割近く、男女が共に働く社会だ。事実、カウンターパートが女性であることも多い。個人単位の年金制度、充実した育児休業制度など働くことを前提に社会を作り上げてきた成果でもある。今にすれば、働かざるを得ないのではとも映る反面、活躍する女性の元気で自信に満ち溢れた姿、平日子供と過ごす男性のリラックスした姿を目の当たりにすると、これも一つの幸せのカタチだと納得する。

厚生労働省×使命 厚生労働行政に携わることは国のカタチを創ること―海外に身を置くと改めてそのことを実感する。そして、それは人々の幸せのカタチを創ることだということも。少子高齢化の進展の中で“日本らしい”国のカタチ、幸せのカタチをどうデザインし、どう創っていくのか。厚生労働省に課せられた使命は重い。 スウェーデン人はこの国が好きだ。たとえ若いときは海外にいても老後はこの国で暮らしたい、そう思う人が多いという。そんな魅力ある国のカタチ、幸せのカタチを目指して、日夜一緒に頑張れる皆さんとお会いできれば嬉しく思う。

遠く北欧、福祉国家と呼ばれる国で PROFILE 平成14年厚生労働省入省。その後、労働基準局、社会保険庁、年金局、職業安定局、内閣官房社会保障改革担当室、医薬食品局等を経て、現職。

省外で活躍する職員[国際機関・大使館]

第二部

省外で活躍する職員

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ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス

久米 隼人

 皆さんはなぜ国家公務員を職業として選択しようとしているのでしょうか。様々なサービスが民間においても提供され得る中で、国家公務員にできること、やるべきことは何だと思いますか。

米国から見る政府の役割・厚生労働省の役割 米国で社会政策を学ぶと、日々、政府の役割について自問自答させられます。米国は、ご承知のとおり、自由主義と小さな政府の伝統がある国です。クラスでどんな政策を提言するにも、それは必ずしも政府でなくてもよいのでは? と問われます。 例えば、米国では、146万の子供のいる世帯が一日2ドル以下で生活する 1極度の貧困状態にあります。「アメリカン・ドリーム」のイメージとは逆に、親から子へと世代を重ねても、社会的階層の上昇は困難です。他方、米国憲法には日本にあるような生存権の規定はなく、そのための国の責務も自明ではありません。福祉は、税によってではなく、個々人が自由に行う寄付により教会など民間団体が行うべきではないかという議論さえあります。 米国での自問自答の中で、政府が行うべき理由を突き詰めていくと、どのような社会が我が国のあるべき姿なのかという自分の社会観に辿り着きます。自由か平等か。何が社会的正義なのか。この点について、哲学者ロールズは、社会契約の際、自らの社会的立場について全く無知の状況で(「無知のヴェール」を被り)、個人が自由に選択をしたならば、人々は自分が社会の最も脆弱な地位に置かれる可能性を想定して、所得と富の分配を求める。そして、不平等があるとすれば、弱者の利益に資するような不平等だけを許容する、そのような正義の原理を選択するはずだ、としました。ロールズの言うように、

自由と平等のバランスを取りながら、どのような状況に生まれても生存が確保され、チャンスが与えられる社会を目指し、可能な限り効率的な再分配の最適解を模索することが、政府の、そして厚生労働省の役割なのではないでしょうか。

「無知のヴェール」を被る仕事 米国に比べると、我が国は、これまで社会の分断も少なく、他人の生活や困難に思いをはせることが比較的容易だったかもしれません。そのことがこれまでの社会保障・福祉政策を支えてきた側面があるといえましょう。しかし、今後、大きな人口構造の変化、景気変動の中で同様であり続けるとは限りません。絶えず国家の役割について自問自答を迫られる中で、自分が「無知のヴェール」を被って、もっとも困難な状況にある人に思いを馳せることができるかどうかが、厚生労働省の職員に求められている資質であると思います。 皆さんは自分が公務員になることで、どのような日本社会を作っていきたいですか。我々と一緒に考えていきませんか。

1 Shaefer, H. L., & Edin, K. (2012). “Extreme Poverty in the United States, 1996 to 2006” Policy Brief #28, Feb. 2012. The National Poverty Center. Gerald R. Ford School of Public Policy, University of Michigan. Retrieved from the web 3/25/2014, http://www.npc.umich.edu/publications/policy_briefs/brief28/policybrief28.pdf.

PROFILE 平成17年厚生労働省入省。保険局、内閣官房(国家公務員制度改革推進室)、雇用均等・児童家庭局、法務省入国管理局を経て、現在米国ミシガン大学ジェラルド・R・フォード公共政策大学院に留学中。

資本主義の光と影 世界第 2の都市であるロンドンでは、心から尊敬でき、優秀だと思える人々と出会うことがある。そうした人からしばしば尋ねられるのは、「なぜ厚生労働省で働くことにしたのか?」ということだ。確かに、ウォール街と並ぶ世界金融の中心、シティで働く金融マンや弁護士と比べれば、社会的評価や待遇などの面で、格差を感じないことはない。しかし、私がいつも彼らに問いたくなるのは、「あなた達がシティの一角のパブで飲んでいるとき、みすぼらしい格好をした母子がうつむいて足早に通りを過ぎるのを見たとして、この社会の矛盾に後ろめたさを感じませんか?」ということだ。 資本主義は一定の成功と失敗を許容するものだし、個人の努力により得られた成功は賞賛され、評価されるのが公平な社会だ。しかし一方で、資本主義社会は、格差と貧困を生み出し、それを増幅させる装置でもある。産業革命以降、イギリス政治の争点は常に、経済繁栄を支える貧者からの搾取を、いかに社会秩序が維持できる程度に止めるかという点だった。その社会保障政策の理論的支柱であり続けたのが、私の学ぶLSEの社会政策学部である。

日本に差し迫る二極化社会 日本は今、アメリカやイギリスが経験してきた社会分断の岐路に立たされている。主に企業や家庭が担って

きた所得保障と、これを支える雇用慣行・社会保険の仕組みが、少子高齢化、グローバリゼーション、低成長、財政悪化等の大波の中で機能不全となり、日本は今やアメリカに次ぐ貧困大国となってしまった。「勝者総取り」型経営手法によりスーパーリッチが増える一方で、貧困は家庭や教育を通じて次の世代に連鎖し、個人の努力だけではその運命に到底抗えない状況が生まれている。

何のため、誰のために生きるのか あなたの中の正義は、この社会の分断と貧困の連鎖を許容することができるか。あなたが幸運にも得られた知識と能力を、日本で声なき声を上げる誰かのために使いたいと思わないか。厚生労働省のフィールドは貧困だけではない。100兆円を超えて増え続ける社会保障費の運営も、人口減少・グローバル社会における労働問題も、医療・福祉等の成長分野の牽引も、未来の日本を支える子どもたちへの投資も、全て厚生労働省が担う重要施策だ。そしてこれらマクロ経済・財政に重要なインパクトを与える全ての分野において、国民一人一人の人生と命を思い浮かべながら、両方の視点から決断を下していかねばならない、極めて責任の重い仕事である。だからこそ、一度しかない自分の人生を賭ける意味がある。それが、「なぜ厚生労働省なのか」という問いに対する、私なりの答えだ。

あなたの正義が、社会を変えていく

PROFILE 平成18年厚生労働省入省。その後、保険局医療課、職業安定局障害者雇用対策課、厚生労働省改革若手プロジェクトチームリーダー、大臣官房総務課などを経て、現在ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)に留学中。

省外で活躍する職員[留学]

誰に思いを馳せるのかミシガン大学

新垣 真理

Integrated Policy Exerciseに参加している様子

第二部

省外で活躍する職員

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東京海上日動火災保険株式会社 企業商品業務部責任保険グループ担当課長

三好 圭

 厚生労働省の仕事は、政策をつくることではありません。政策を通じて、「より生きやすい社会」をつくることです。そして、いい加減やさぐれてもいいような42歳のおっさんが、個人的な利益を抜きに、このような青臭いことを恥ずかしげもなく全力で考える-これこそが、 「官僚の特権」です。

「法学」? としての社会保障 現在、私は「社会保障法」関係の講座を担当しています。私自身は、「法学」は社会保障に対するアプローチの1つに過ぎないと考えています。ゼミでは、「理屈だけ立派で現実を知らない人が、社会保障では一番軽蔑されるんだ」と言って聞かせるため、勝手に(?)福祉事務所、児童相談所などにインタビューに出向いて行くバイタリティのあるゼミ生もいます。法学の枠を超えて、学生の社会を見る目を育てることが、「事務屋」である私の教育における付加価値です。

学問・実践・政策の互変換 研究事業などで、学者の方々や実践に携わる方 と々ご一緒することも多いのですが、1つの事象を見て何を語るかは、その人の属性によって異なります。例えば、ケアの現場を見ても、学者の方は自分の専門分野の視点からの理論的考察、実践家の方はケアや事業運営の方法論、そして、私のような事務屋は政策・事業としての構築可能性…というように、異なる「思考・言語コード」でその事象を捉え、思考し、語ります。 社会保障は、多くの関係者の熱意に支えられています。また、理論や実践が、政策に先んじることもあります。学者や実践家の方々の「思考・言語コード」を事務屋の 「思考・言語コード」にもっとうまく変換できれば、より多くの政策・事業の「種」が見つかる可能性があります。この変換作業は、私のような「学者モドキ」こそが果たすべき役割なのかもしれません。

「社会契約」としての社会保障 社会保障を突き詰めて考えていくと、行きつく先は、政策の背後にある「こんな社会をつくりたい」という合意=「社会契約」です。努力した者が報われることは正しいのでしょう。しかし、生まれながら、又は一時的な事情で努力ができない人もいます。それを「他人事」として捨て置くのは、社会正義に適うのでしょうか。その一方で、人の「生きる力」を弱めるような過剰な給付を 「高福祉」と呼んでよいのでしょうか。特に、「各論」で合意点を探ることは、想像以上にハードです。

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東京海上日動火災保険株式会社 企業商品業務部責任保険グループ担当課長

三好 圭

PROFILE 平成 7年厚生省入省。その後、年金局資金管理課、大臣官房厚生科学課、大分県障害福祉課参事、同高齢者福祉課長、社会・援護局援護課などを経て現職。

広がる官民交流 私は現在、いわゆる「官民人事交流法」に基づき、 損害保険大手の東京海上日動火災保険㈱に勤務しています。この法律は、民間と国との相互理解、組織の活性化や人材育成を目的としていますが、近年、各府省でこの制度を積極的に活用する動きが広がっており、国から民間への派遣者数は 5 年前の 4 倍、146人に上るそうです(平成24年末現在)。 私が役所に入省する時にはこのような制度はなく、自分が民間で働く機会を得るとは想像もしませんでした。これを読む皆さんが働く時代には、キャリアパスの一環として民間勤務が当たり前になっているかもしれません。

ダイナミズムを感ずる 現在の部署では、主に企業向けの賠償責任保険について、保険の引受判断(アンダーライティング)をする 仕事に携わっています。個人向けの自動車保険や火災保険とは異なり、企業向けの保険商品は、お客様の要望に応じて補償内容をオーダーメードすることが少なくありません。時には営業部門と厳しい折衝をしながら保険を設計し、引受の収益性、適正性を判断しています。経済のダイナミズムを肌で感じられる仕事でもあり、大口案件が成約したときの高揚感などは、マクロ視点で物を見ることの多い役所では得がたい経験です。

官と民と 政府の成長戦略では、医療や介護、保育や年金などの社会保障関連分野を成長の原動力になり得る戦略的分野として位置づけており、他業界からのマーケットへの新規参入も続いています。どの企業の方にお会いしても、役所の動向、考え方を貪欲にリサーチし、自社の経営戦略に練りこんでいる印象を受けます。 役所の側でも、事後チェック型行政への転換や厳しい財政上の制約の中で、規制や予算だけで政策を完結させることは難しくなっています。厚生労働省のように、社会保険や就業支援など公的セクター内で完結する制度を多く持つ役所でもそれは同じです。その中で、保険を例に取れば、古くは自賠責保険に始まり、最近では住宅瑕疵保険制度や産科医療補償制度など、法律面、制度面のインフラを国が整備しつつ、民間がリソースを提供する官民連携の政策が数多く生まれています。 官も民も、「日本株式会社」という大きな船の乗組員であることには違いがありません。厚生労働省は、社会の成熟に伴いその主要なプレーヤーとなりました。役所に優秀な人材がいなければ船は沈みます。皆さんと厚生労働省で一緒に働けることを心から望んでいます。

「日本株式会社」を支える PROFILE 平成7年厚生省入省。その後、年金局、内閣官房内閣内政審議室、社会保障担当参事官室、医薬局、人事院短期在外留学(英国)、障害保健福祉部、鳥取県福祉保健局、医政局などを経て、現職。

省外で活躍する職員[民間・研究機関]

学問と実務の結節点で新潟大学 法学部准教授

白川 泰之

第二部

省外で活躍する職員

35 Ministry of Health, Labour and Welfare 2014 36Ministry of Health, Labour and Welfare 2014

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子育てママ&パパにインタビュー

特 集

「やりがいのある仕事も大事だけど、一度きりの人生! 楽しく色んなことに挑戦したい!」と考えている方も多いのではないでしょうか。厚生労働省では、ワーク・ライフ・バランス、特に仕事と家庭の両立を実現するため、様々な取組を行っており、まさに「公私」ともに充実した生活を送っている職員が数多くいます。ここでは、そんな職員の中から、「子育て」に全力投球な先輩たちをご紹介したいと思います。

● 現在の花咲さんのワーク・ライフ・バランスについて教えてください。

 現在3度目の育休中です。実際に仕事はしていませんが、気になる厚生労働省関連の施策はニュースなどでチェックしています。なので、ライフが95%、ワークが5%といったところでしょうか(笑)。● 厚生労働省の育児休業制度を利用して、どのように思いますか?

 留学中にも感じたことですが、自分の所属する組織から少し距離を置いて外から客観的に眺める機会をもつことは重要です。育児休業期間は子育てに専念できるだけでなく、そういう意味でも有意義な時間だと思います。● 花咲さんは厚生労働省の短時間勤務制度も利用されていましたが、利用してみてどうでしたか?

 今回育児休業を取得する以前は、子どもが通う保育所の開所時間が短かったため、1時間勤務時間を短縮する一方で、少しでも長く仕事をするために早出勤務制度を利用して始業時刻を30分早めていました。時間の制約があるため、担当できる仕事が一部限られたり、同僚にその後の対応をお願いして帰宅しなくてはならなかったり正直心苦しく感じる場面が何度もありましたが、同僚に助けられて仕事をしていることに改めて感謝したり、情報共有を徹底するなど仕事の基本に立ち返るきっかけになったとも思います。

● 厚生労働省では同じように子育てをする女性の先輩や同僚に相談にのってもらったりしますか?

 御自身の経験を踏まえて適確なアドバイスをくださる先輩やリアルタイムで悩みや子育ての楽しさを共有してくれる同僚たちの存在は私にとってなくてはならないものです。近所のママ友も貴重な存在ですが、具体的な仕事の中身についての相談にものってもらえる職場の“ママ友たち”は最強です!● ご家族は仕事についてどのように応援していますか? 夫が休みの日は、保育園の送迎や洗濯、食事づくりなど家事を一手に引き受けてくれるので安心して残業することができます。また、0歳で保育園に入り、仕事に向かう私の背後で泣いていたこともある長男は、いつしか私の背中に「ママ~、お仕事がんばって!」と叫んでくれるようになりました。家族みんなの応援があって仕事を続けられています。● 最後に学生に向けてのメッセージをお願いします。 自分にとって最適なワークとライフのバランスは、時々刻々と変わっていくものだと思います。一時点での自身のイメージに固執することなく柔軟に対応していくことで充実した職業生活を送れるような気がします。厚生労働省はそれを可能にしてくれる職場だと思いますよ!

老健局総務課(育休中)

花咲 恵乃平成10年労働省入省。労働基準局、社会・援護局、職業安定局などを経て、現在3度目の育休取得中。老健局では、短時間勤務制度を利用しながら介護保険制度見直しに向けた検討を行うなど、職場でも家庭でも活躍中。

ワーク・ライフ・バランスWorkLifeBalance

● 現在の田中さんのワーク・ライフ・バランスについて教えてください。

 朝起きて、ベッドの上で大体20分くらい子どもと遊んでから会社に向かいます。“パパ見知り”防止のためですね。会社からの自宅に帰宅するのは時期によってまちまちですが、早い時間に帰宅したときは、お風呂後の子どもと遊んでいます。● 田中さんのワーク・ライフ・バランスは、結婚前と結婚後、お子さん誕生前と後とで、何か変わりましたか?

 私の場合、妻が同じ厚労省で、バリバリ働くタイプでしたので、結婚の前後ではあまり生活は変わりませんでした。ただ、子どもが生まれてからは少し変わって、やはり早く帰るようになりました。また、妻に負担にならないよう、家事に分担は作らないようにしています。● 厚生労働省の両立支援制度は利用しましたか? まだ、育休はとっていませんが、子どもを保育園に預け始めて、慣れてきたら、遅出制度を利用しようと思っています。● 子育てが仕事に与える影響について実感することはありますか?

 あります。身近な話で言えば、厚生労働省政策の一分野でもある「ワーク・ライフ・バランス」の重要性を意識するようになりましたし、子育てに限らず、働き方全般を含めた厚生労働省の仕事について、イメージだけではなく、リアルな実感をもって捉えられるようになったと思います。

● 厚生労働省で同じように子育てをする男性の先輩や同僚の存在の影響はありますか?

 ありますね。既に共働きで子どもを育てている男性の先輩が省内にいるという事実それだけで、まず励みになります。ちなみに、職場の子育て男子達の間での会話の8割は、子育ての話題ですよ。● 厚生労働省の子育てに関する職場環境はどのように感じますか?

 仕事は大変ではありますが、少なくとも子育てに対する周りの理解は、他と比べても圧倒的に高いと思います。妻も、今後、働きたがっているので、2人で工夫しながら仕事と家庭の両立に取り組んでいきたいです。● 最後に、学生に向けてのメッセージをお願いします。 ワーク・ライフ・バランスを良くする方法に絶対解があるものではなく、わが家も現在奮闘中です。ただ、子どもが生まれて一つわかったことは、『自分の子どもは絶対的にかわいい!!』ということ。ワーク・ライフ・バランスを良くする秘訣は、実はその気持ちが、何よりも大事なのかなと思っています。

職業安定局総務課 企画法令係長

田中 広秋平成19年厚生労働省入省。健康局、年金局を経て現職。昨年1児が誕生し、子どものかわいさに目覚める。現在、育児に奮闘中の毎日。

それを可

特集

ワーク・ライフ・バランス

37 Ministry of Health, Labour and Welfare 2014 38Ministry of Health, Labour and Welfare 2014

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厚生労働省のワーク・ライフ・バランスと女性の活躍

職業と家庭の両立を支援する様々な制度

育児休業制度の利用状況

■ 新規取得者数 (平成24年度)

男性職員 68人 女性職員 269人

■ 取得率 (平成24年度)

男性職員 11.3% ※全省庁平均は2.0%女性職員 93.7% ※全省庁平均は96.5%

■ 新規取得者の平均育児休業期間 (平成23年度)

男性職員 2.98月女性職員 12.96月

女性職員の活躍

■ 女性職員数(平成25年1月現在)6,209人(22.9%) ※全省庁平均は17.5%

■ 女性管理職の数国の地方機関課長・本省課長補佐相当職以上(平成25年1月現在)651人(9.4%) ※全省庁平均は5.3%

うち本省課室長相当職以上(平成25年10月1日現在)57人(6.7%) ※全省庁平均は3.0%

うち指定職相当以上(平成25年10月1日現在)6人(7.7%) ※全省庁平均は2.2%

産前産後休暇6週間以内に出産する予定の場合及び出産の翌日から8週間を経過するまでの期間に取得

育児休業子が3歳に達する日までの間、子を養育するために取得可能

男性職員の育児参加休暇妻の出産後8週間までの期間に子を養育するために5日以内で取得可能。上に小学校就学前の子がいる場合は、妻の出産6週間前から取得可能

育児短時間勤務子が小学校就学の始期に達するまで、子を養育するために取得可能

介護休暇配偶者、父母、子等であって負傷、疾病又は老齢により2週間以上にわたり日常生活を営むことに支障がある者の介護をする場合、それぞれの介護ごとに6か月以内で取得可能

子の看護休暇小学校就学前の子どもの負傷や疾病による看護に必要な時に取得可能

早出遅出勤務制度家族の育児又は介護を行う職員が、勤務時間帯をずらすことが可能

など

厚生労働省での 1日はどんなものでしょうか。

若手職員のとある 1日をのぞいてみました。

労働基準局 総務課企画法令係菅野 喜之

(平成25年度入省)

社会・援護局 障害保健福祉部 企画課企画法令係多田 静香

(平成25年度入省)

❷ 10:00電話対応

外部からのお問い合わせ。障害者総合支援法の解釈について、丁寧に説明します。

❹ 12:00ランチ

近くのおいしいイタリアンで先輩とランチ。たくさん食べて午後も頑張ります !

❻ 15:00講演

自治体職員の方に、障害保健福祉施策について講演。質疑では活発な議論が。

❶ 8:30登庁

職場に着いたらコーヒー片手に新聞を全紙チェック。関連記事は部内に情報提供。

❸ 11:30政策論議

これからの障害児支援の在り方について議論。

❺ 13:30国会傍聴

厚生労働委員会での法案審議に陪席。万一に備え、答弁者を後ろからサポートします。

❼ 17:30打合せ

来週の会議に向けて、部内で打合せ。内容や資料について、自分から提案します。

❽ 20:30退庁

明日の法制局審査で使う資料をセットして、今日は帰宅。お疲れ様でした!

❷ 9:30メールチェック職場に着いたら、まずはメールBOXの確認。1日の流れを整理します。

❹ 12:00ランチ

職場の食堂(26階)でランチ。眺めが良いので気分転換になります。

❻ 15:00調べ物

今日は局長に説明する案件があるので、労働基準法の細かな解釈を事前に勉強。

❶ 7:00ランニング

少し早めに起きて、ランニング。頭をスッキリさせて職場に向かいます。

❸ 10:30作業依頼

総務課の仕事は原課の方に仕事を依頼すること。指示が明快な依頼を心がけています。

❺ 14:00会場準備

局内幹部会議の準備。会場設営、資料セットも1年生の大事な仕事。

❼ 17:00局内幹部に説明局長に御説明。事前の勉強の成果もあり、了解をいただきました。

❽ 19:15飲み会

職場の先輩の送別会。幹事を仰せつかったので、素晴らしい会にしてみせます!

特集

若手職員 の 1 日

土日の過ごし方暇さえあれば、旅行に出かけます。旅先で美しい風景、美味しい料理に出会う度に、日本の良さを実感し、仕事の活力になります!

土日の過ごし方数ヶ月に1度の本番に向け、オーケストラの練習に励んでいます。最近は美味しいワインの開拓にもはまっています。

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~1月 1月超~3月 3月超~6月 6月超~9月 9月超~12月12月超~24月 24月超

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ワーク・ライフ・バランス

39 Ministry of Health, Labour and Welfare 2014 40Ministry of Health, Labour and Welfare 2014

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Q2

Q3

Q4

厚生労働省では、職員の知識・能力向上のため、研修に力を入れています。入省直後には、国家公務員及び厚生労働職員としての自覚と業務の基礎を身につけるため、外部講師を招いての講義や現場実習等を内容とする厚生労働省における「新規採用職員研修」と各府省合同の「国家公務員合同初任研修」が行われます。その後、キャリアパスに応じて、人事院が主催する研修(役職段階別研修、国内・海外派遣研修など)や、厚生労働省における様々な研修(都道府県労働局や福祉事務所等での現場研修、国会業務・統計・アプリケーションソフトの使用方法等の必要なスキルを学ぶ研修、各分野の外部有識者を招いた講演会など)に業務に替えて参加することができます。こうした研修を通じて、職員がその時々に応じて将来に向けたキャリアパスを構築する手助けをしています。

社会における厚生労働行政の重要性が高まるにつれ、省外における厚生労働省職員の活躍の場が広がっています。厚生労働省職員としてキャリアを築く中では、志望やキャリアパスに応じて、1~ 3年間の期間での出向の機会が、平均3~ 4回程度あります。現場を多く持つ厚生労働省職員として経験すべき地方自治体や都道府県労働局への出向や他府省庁への出向、キャリアパスや志向等に応じた留学や国際機関・大使館での勤務などの他、民間企業との人事交流や研究機関・大学への出向など、多様な機会があなたを待っています。

総合職事務系(行政、政治・国際、法律、経済)で採用された職員は、入省後は厚生労働省の中核を担うべき職員として、採用区分に関わらず業務を行っていきます。ただし、様々なキャリアを選択できますので、例えば経済職で採用され、経済分析等の専門的な分野を中心にキャリアを積み、自身の専門性を活かすこともできます。

1 係員、係長クラス厚生労働行政の経験を幅広く積み、法令業務など多様な業務に携わり、省の中核を担う職員として必要な資質を身につけられるよう、3~ 4ポストの業務を経験します。

2 課長補佐クラスこれまでの業務経験や能力を活かし、課題解決の最前線で制度改正などの中核を担い、組織のマネジメント役として、部局や省全体の総合調整を行う業務に携わります。また、地方自治体で管理職のポストに就いて、現場の指揮官として活躍したり、大使館や国際機関で日本政府の代表として、世界から求められる厚生労働分野の知見を活用します。

3 課室長、幹部職員クラスこれまで培った専門性と行政経験を活かして、担当政策分野の責任者として、制度改正にあたります。豊富な見識を活かして、省横断的な取組や民間企業・団体との連携にも注力し、日本の将来を見通した社会保障・労働政策の方向性の決定を行います。また、政策についての国会質疑における説明や政党とのやりとり等も担います。

初任給(平成25年度現在)〈院卒者試験採用〉 240,248円〈大卒程度試験採用〉 213,816円※東京都23区に勤務する場合の地域手当を含む

諸手当扶養手当、通勤手当、住居手当、超過勤務手当など

賞与(ボーナス)期末手当、勤勉手当として、1年間に棒給等の約3.95ヶ月分(6月、12月に支給)

昇給原則年1回

勤務時間9:30~ 18:15(ただし、部局、役職によって異なる場合がある)

休日土・日及び祝日等の休日、年末年始

休暇年次有給休暇20日※4月1日採用の場合、採用年は15日※残日数は20日を限度として翌年に繰越し

その他、病気休暇、特別休暇(夏季・結婚・出産・忌引・ボランティア等)、介護休暇、節目休暇、指定休暇等

福利厚生公務員宿舎、診療所、健康診断・検診事業、各種共済制度(医療給付、出産に伴う手当金の給付、育英資金や住宅資金の貸付、年金など)

採用に関するQ&A

採用実績 キャリアステップ

待遇・制度等

Q1A1

A2

A3

A4

どのような人材を求めていますか。

厚生労働省の業務は、1億3千万人の国民すべての命・生活に直結するものです。少子高齢化・グローバル化という前例のない難題の解決を求められる中で、長期的展望を持ち、あるべき国の姿に向けて舵を取ることは、時に難しく、骨の折れる仕事です。困難にぶつかっても諦めず人々の幸せを追い求める「志」、多様な意見に耳を傾け、人々の思いに心を寄せられる「共感力」、前例のない課題にも立ち向かう「勇気」と「創造力」、そして、仲間を大切にする「人間力」。これらを持つ人材を求めています。

■ 近年の採用実績

年 度 平成 20年 平成 21年 平成 22年 平成 23年 平成 24年 平成 25年 平成 26年

採用人数( )は女性

28(10) 30(9) 27(10) 25(8) 27(9) 20(7) 31(10)

採用実績は幅広く、新規採用職員の出身大学は、北は北海道から南は九州まで全国に広がっています。また、法学部卒だけでなく、経済学部、教育学部、外国語学部、医学部、薬学部などの学部卒、公共政策大学院、ロースクール、経営管理などの大学院卒、社会人経験者など、多様な人材が採用されています。

どのような研修制度がありますか ?

海外・地方勤務や省外への出向の機会はありますか ?

総合職事務系は、法律、経済等の採用区分に分かれていますが、採用区分によって入省後の業務は異なりますか ?

係員クラス●他府省庁●福祉事務所●地方労働局●地方自治体

4年目~ 9年目~ 18年目~

係長クラス●他府省庁●海外留学●地方自治体

課長補佐クラス● 地方自治体・労働局●他府省庁● 在外公館・国際機関●民間企業

企画官、 課室長クラス● 地方自治体・労働局●他府省庁●民間企業●国際機関●大学・研究機関

部局長など 幹部クラス

11111111 1 1 1 係係員係員係員係員、係、係係、係係長ク長ク長ク長ク長ク長クラスラスラスララスラスラスラスラススラスラスラスラスラスラスラララ

22 2 222222222222 222 課長課課長課長課長課長課長課長課課長課長課長課 補佐補佐補佐補佐補佐補佐クラクラクラクラクララララクララスススススススス

3 3 3 333 課室課室課室課室長、長長、長、長、長長長、長、長、長、長長長長長長 幹部幹部幹部幹部幹部幹部部幹部幹部幹部幹部幹部幹部幹部幹部幹部幹部幹部幹部幹部職員職員職員職員職員職職員職員職員職員職員職員職員職員職員職員職員職員職員職員クララクラクラクラクラクラクラクラクラクラクラクラクラクラクラクラララクラクラ

41 Ministry of Health, Labour and Welfare 2014 42Ministry of Health, Labour and Welfare 2014

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青森県商工労働部労政・能力開発課長

埼玉県福祉部少子化対策局少子政策課長

千葉市保健福祉局次長

柏市保健福祉部福祉政策課長

静岡市子ども未来局子ども未来部理事

愛知県副知事

桑名市副市長

沖縄労働局職業安定部長

北海道保健福祉部地域医療推進局地域医療課長

新潟大学法学部准教授

広島市経済観光局雇用推進担当部長

吹田市医療まちづくり監

鳥取県福祉保健部参事官

愛媛県経済労働部管理局労政雇用課長

熊本県健康福祉部長寿社会局長

ストックホルム

ブリュッセルジュネーブ

バンコク

デリー

北京ワシントンニューヨーク

パリ

ロンドン ベルリン

在ブリュッセルEU日本政府代表部 一等書記官

在ドイツ日本国大使館 一等書記官

在スウェーデン 日本国大使館 一等書記官

在イギリス日本国大使館 一等書記官

在パリOECD 日本政府代表部 一等書記官

在フランス日本国大使館 一等書記官

在ジュネーブ国際機関 日本政府代表部 一等書記官

在中国日本国大使館 一等書記官

在インド日本国大使館 一等書記官

在タイ日本国大使館 一等書記官

ジェトロNYC

在アメリカ合衆国 日本国大使館 一等書記官

EBRI(企業福祉研究所)

職員の活躍の場

■ 全国の自治体、地方支分部局などで活躍中!

■ 在外公館や国際機関で活躍中!

全国の主な出向先

都道府県保健福祉局次長、知事政策局主幹、長寿社会局長、経済産業部就業支援局長、特命監、労政・能力開発課長

市町村 副市長、健康福祉部厚生政策課長、子育て支援課長

労働局 労働局長、総務部長、職業安定部長

民間企業 コンサルティング会社、保険会社、メーカー、大学院教授

海外の主な出向先ニューヨーク ジェトロ・ニューヨークセンター

ワシントン 在アメリカ合衆国日本国大使館、EBRI(企業福祉研究所)

ストックホルム 在スウェーデン日本国大使館

ロンドン 在英国日本国大使館

ベルリン 在ドイツ連邦共和国日本国大使館

ブリュッセル 在ブリュッセルEU 日本政府代表部

ジュネーブ 在ジュネーブ国際機関日本政府代表部

パリ 在パリOECD 日本政府代表部、在フランス日本国大使館

北京 在中華人民共和国日本国大使館

バンコク 在タイ日本国大使館、タイ保健省

主な留学先

ロンドン ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス、雇用年金省

ボストン 連邦労働省

ミシガン ミシガン大学

エジンバラ エジンバラ大学

ロサンゼルス 南カリフォルニア大学、カリフォルニア大学ロサンゼルス校

その他多数が全国で活躍中 !43 Ministry of Health, Labour and Welfare 2014 44Ministry of Health, Labour and Welfare 2014

Page 24: 厚生労働省 - mhlw...Challenge of MHLW 挑戦2 挑戦4 挑戦1 挑戦3 厚生労働省の挑戦 命を守る、 仕事とは 絶対に、救う 行政官が 魅せる、 国家百年の計

HistoryHistory生活保護制度改革、再生医療関連法、社会保障制

度改革プログラム法成立、待機児童解消加速化

プラン、イクメン企業アワードの創設

2013

ねじれ国会解消、アベノミクス、

2020年夏季オリンピックの東京開催決定

子ども・子育て新システム、年金各法改正、若者

雇用戦略、「望ましい働き方ビジョン」

2012

消費税の段階的引き上げ、社会保障改革国民会議

設置、生活保護受給者過去最多を記録

介護保険法改正、求職者支援法「日本はひとつ」しご

とプロジェクト」

2011

東日本大震災、「iPS細胞」ノーベル医学生理学賞

受賞

子ども・子育てビジョンの策定

2010

高齢化率23・1%に

労働基準法改正、割増賃金率の引き上げ

2009新雇用戦略、「緊急人材育成・就職支援基金」の創設

2008

リーマン・ショック、年越し派遣村、

社会保障国民会議設置

日本年金機構法、労働契約法、最低賃金法改正、生活

保護との整合性に配慮

2007

2007年問題(団塊世代の退職)、郵政民営化

改正高齢者雇用安定法、65歳までの継続雇用を促進

2006

災害医療派遣チーム発足

2005

合計特殊出生率が1・26に

次世代育成支援対策推進法、少子化社会対策基本法

2003

2002

失業率が過去最高の5.4%に

厚生労働省発足、社会保障改革大綱

2001

省庁再編、1府12省庁へ、9・11

社会福祉法、労働契約承継法、児童虐待防止法

2000

就業形態が多様化、個別労働関係紛争が増加

緊急雇用対策、新エンゼルプランの策定

1999

国際高齢者年、派遣労働の原則自由化

日独社会保障協定署名

1998

完全失業率の急上昇(有効求人倍率0.8)、

就職氷河期に突入

臓器移植法、介護保険法、男女雇用機会均等法改正、

女性に対する差別の禁止など

1997

社会保障構造改革、アジア通貨危機、

大手金融機関の破綻

育児・介護休業法

1995阪神・淡路大震災

21世紀福祉ビジョン、エンゼルプランの策定、新

ゴールドプランの策定、60歳定年義務化

1994高齢化率14%を超える、税制改正、

地方消費税の創設・消費税5%に

パートタイム労働法、労働基準法改正、週40時間労

働制原則化・変形労働制導入

1993

育児休業法、中小企業労働力確保法

1991

バブル崩壊、湾岸戦争、ロシア連邦など誕生

老人福祉等福祉関係8法改正、高年齢者等雇用安定

法、65歳までの再雇用の努力義務化

1990

イラク・クウェート侵攻、統一ドイツ誕生

ゴールドプランの策定、雇用保険法改正、パート労

働者への適用拡大

1989

改元、合計特殊出生率が1・57に

第二次国民健康づくり対策

1988

税制改革、消費税創設

労働基準法改正、週40時間労働制を目標

1987

旧日本国鉄道の民営化

労働者派遣法、男女雇用機会均等法

1985

プラザ合意

児童福祉法改正、延長・夜間保育の実施

1981

日米貿易摩擦

1980

ベビーホテル問題、第二臨調(財政再建)、

失業率が過去最低の2.0%に

薬事法改正、医薬品副作用被害救済基金法

(PMDAの前身)

1979

国際児童年、第2次オイル・ショック

老人福祉法・健康保険法・年金制度改正

1973

福祉元年、第1次オイル・ショック

1972

沖縄返還、日中国交正常化、「恍惚の人」出版、介護が

社会問題化

児童手当法、高年齢者等雇用安定法

1971

ドル・ショック、第2次ベビーブーム

廃棄物処理法、社会福祉施設緊急整備5か年計画、

水質汚濁防止法

1970

高齢化率7%を超える、日本万国博覧会開催

公害対策基本法、第一次雇用対策基本計画

1967

母子福祉法、特別児童扶養手当等法

1964

東京オリンピック開催

老人福祉法

1963

児童扶養手当法

1961

薬事法

1960

所得倍増計画

国民年金法、国民皆年金を実現、最低賃金法

1959

三井三池炭鉱争議、労働争議が最高潮に

国民健康保険法改正、国民皆医療保険を実現、職業

訓練法(現職業能力開発促進法)

1958

1956

厚生白書「国民の生活と健康はいかに守られているか」

創刊、徐々に公害問題が顕在化

厚生年金法改正、支給開始年齢を60歳に引き上げ

1954

国際職業訓練協議会設立

戦傷病者戦没者遺族等援護法、スト規制法

1952

サンフランシスコ講和条約

1950

朝鮮戦争(特需ブーム)

労働組合法

1949

予防接種法、医療法、医師法

1948

労働省創設、児童福祉法、労働基準法、労働者災害補

償保険法、失業保険法(現雇用保険法)、食品衛生法、

職業安定法、労働安全衛生規則

1947

第1次ベビーブーム

生活保護法、労働関係調整法

1946

日本国憲法公布、退役軍人の失業問題

厚生省復活、引揚者・退役軍人対策

1945

終戦、国際連合発足

厚生労働省の歩み

世界と日本の動向

1998グローバル化への対応1980年代以降、グローバル化の進展により、海外諸国との人的交流が増加するとともに、企業の国際競争力の向上が求められるようになる。そこで、公的年金制度への二重加入などの問題解決のため、1998年に日本初の社会保障協定である日独社会保障協定の署名を実現。国際競争を阻害しないよう、企業の合併の際に円滑に労働契約が承継されるよう新法を制定するなどグローバルな課題に対応。これらにより、人的交流の円滑化、経済交流を含めた両国間の関係の一層の緊密化に貢献するとともに、日本企業の国際競争力向上を下支えすることとなった。

2008「全員参加型社会」の 実現に向けて1990年代からの景気低迷に続き、2008年秋のリーマン・ショック以降の急激な雇用情勢の悪化により、いわゆる「派遣切り」など、派遣労働者の雇用環境をめぐる問題が社会問題化した。このため日雇派遣の原則禁止などを内容とした労働者派遣法改正など対策を実施。2012年には「全員参加型社会」、「人材立国」「ディーセント・ワーク」の実現などを盛り込んだ「望ましい働き方ビジョン」を取りまとめた。日本が成長期から安定期に移行し、働き方が多様化する中で、あるべき「働く」姿の再構築が求められている。

1946国家基盤の立て直し敗戦後、憲法にうたわれた最低限度の生活の保障、戦争孤児の保護、衛生的な食料の確保、各種疾病への対応、また、窮乏生活の中で「生活できる賃金」を要求して行われた生産管理などの過激な争議行為、退役軍人の失業対策など、山積した課題に対し、生活保護法、児童福祉法、職業安定法などの制定、労働関係調整法などによる労使間の合意・争議解決の促進など、一つひとつ施策を打ち、国家基盤の立て直しに大きな役割を果たした。

2013社会保障制度改革の道筋、 世界のフロントランナーとして世界でも類を見ない少子高齢化を迎えているこれからの日本において、緊迫する国家財政の立て直しとともに、持続的に安定した社会保障制度を確立していく必要がある。2013年に成立した、通称「プログラム法」には、社会保障制度の改革の方向性が明記され、医療、介護などの各分野での改革がはじまった。医療の最先端技術である再生医療分野の法整備も整い、今後の日本の維持・発展に向けた取組、そして日本から世界への発信はここから加速していく。

1952労働環境の改善と健全な 経済発展の促進、国民皆保険1950年代から、新産業の発展による新たな科学技術などの労働現場への導入により、労働災害が急速に増えるとともに、賃上げを求める労働争議が過激さを増し、電気、エネルギー産業などにおけるストライキは国民生活に重大な影響を及ぼした。そこで、労働安全衛生規則などの数十回にわたる制定改廃、スト規制法や最低賃金法の制定など、国民の労働環境の改善と健全な経済発展の促進に努めた。また、同時期に医療・年金の国民皆保険を実現。戦後まもなく、日本の社会保障の礎が築かれた。

厚生労働省内務省の社会局・衛生局を前身として、1938年に厚生省が創設された。戦前から保健所法、国民健康保険法、労働者年金保険法などを整備。戦後、1947年に労働省が創設され、2001年の省庁再編時に両省が統合されることとなり、現在の厚生労働省の姿となった。

厚生労働省はこれまで、その時々の国民生活に寄り添い、あるべき日本の姿を創造

するため力を注いできました。戦後復興から現在まで、私たちの存在意義は揺るぎ

なく、いまや、少子高齢社会の日本モデルは、世界が注目するものとなっています。

共に次代の厚生労働省の歴史を築いていきませんか。

戦後復興から現在、そして世界へ

※ 本パンフレットでの個人の文章は各個人の見解であり、本文の記述もあえて分かりやすい表現にしています。  また、本ページの沿革は主要な法令・出来事などを一部抜粋して作成しています。45 Ministry of Health, Labour and Welfare 2014 46Ministry of Health, Labour and Welfare 2014