12
1 大矢根淳ゼミ卒業論文講評 劇的な生活環境変容のインテンシブな実証研究を中心とする 「災害社会学」を中心とするゼミナール 担当 大矢根 淳 ゼミの構成・運営 今年度のゼミ運営は、4年生 13 名、3年生 12 名、これにベトナム国家大学ハノイ人文社会 科学大学東洋学部日本学科からの留学生(特別 聴講生)が一名加わり 26 名で構成された。また、 ほぼ毎回、外部講師として小野宗幸氏 ( 箱根 正眼寺 しょうげんじ 住職:前・まちコミュニケーション代表) が参加してくれた。これと深く関連しているの だが、今年度は、人間科学部社会学科の選択必 修科目「社会学特殊講義 C()NPO・まちづく り論」の非常勤講師として、神戸のまちコミュニ ケーション代表・宮定章氏が就いてくれ、前期・ 木曜日 2 時間目の同授業の後、課外で、宮定氏 には、日頃の研究実践の成果を披瀝いただき、 ゼミ生もこれを深く学ぶ機会を得た。宮定氏の 課外授業等については、以下を参照のこと。 専大社研 HP、「最近の活動:2015 6 18 ( ) http://www.senshu-u.ac.jp/~off1009/rireki.ht ml それではここで、例年のように、まずはゼミ の運営体制について簡単に記しておきたい。卒 論作成に際して、ゼミ生によって遵守されてき た、執筆の体制やプロセス、諸約束事などを記 しておこう。 卒論執筆の体制について。 3 年ゼミに入ると、 ゼミでの勉強仕方、具体的にはレジュメ書き方、 報告・質疑の作法やテクニックなどが 4 年生よ り伝授される。これは give & take(というより は、その意義・手法を体得していく過程で学生達、 特に 4 年生が、 give & given であることに気づ くようであるが)の関係で、 3 年生は 4 年生の卒 論執筆に関わる各種作業 (例えばコピー取りや 図表の清書など)を手伝いながら、いわば OJT これを身につける。この先輩・後輩関係(グルー プ学習)を当ゼミでは「ユニット」と称している。 そして、3 年生の段階で春秋 2 回の報告、4 生になって同じく春秋 2 回の報告を経て、最終 的な執筆許可がおりる(10 月中旬)。この 4 回の 報告以外に、34 年生合同のサブゼミ (ユニッ ト単位 )が様々に実施されていた。 次に卒論の内容に関する諸約束事ついて。ま ず、各自の関心に関連して必ず 1 冊はいわゆる 古典といわれもの(あるいは将来、古典と称され ることになるであろう、きちっとした専門文献 =例えば学位論文など)を読破しなくてはなら いとうこと。2 つ目は、必ずオリジナルなデー タを収集して解釈して見せなくはならいとうこ と。 ユニットやサブゼミの場で、皆あるいは該当 する数人で、こうしたことを毎日遅くまで作業 部屋 (研究室前の社会調査実習室 6 や、 4 号館 3 階の PC 端末室:通称・「社パソ」など)で議論し ながら進めていた。 以下、このようにして作成 された卒論を学籍順に講評していこう。 卒論講評 小川論文「被災後も続く陸前高田市高田町のう ごく七夕まつりにおける駅前組の『ナンバンを 立て、山車を動かす』という意地-京都の山鉾 祭礼における伝統的共同の枠組みから考察する -」は、自らが取り組んだ東日本大震災のボラン ティア活動の現場で出会って衝撃を受けた(らの「意地」を読み解いた)地元祭礼復活の過程

大矢根淳ゼミ卒業論文講評 - senshu-u.ac.jpoff0065/2_shakaigakka/2.5... · 論作成に際して、ゼミ生によって遵守されてき た、執筆の体制やプロセス、諸約束事などを記

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1

大矢根淳ゼミ卒業論文講評 劇的な生活環境変容のインテンシブな実証研究を中心とする

「災害社会学」を中心とするゼミナール

担当 大矢根 淳

ゼミの構成・運営

今年度のゼミ運営は、4年生 13 名、3年生

12 名、これにベトナム国家大学ハノイ人文社会

科学大学東洋学部日本学科からの留学生(特別

聴講生)が一名加わり 26 名で構成された。また、

ほぼ毎回、外部講師として小野宗幸氏 (箱根

正眼寺しょうげんじ

住職:前・まちコミュニケーション代表)

が参加してくれた。これと深く関連しているの

だが、今年度は、人間科学部社会学科の選択必

修科目「社会学特殊講義 C(Ⅲ):NPO・まちづく

り論」の非常勤講師として、神戸のまちコミュニ

ケーション代表・宮定章氏が就いてくれ、前期・

木曜日 2 時間目の同授業の後、課外で、宮定氏

には、日頃の研究実践の成果を披瀝いただき、

ゼミ生もこれを深く学ぶ機会を得た。宮定氏の

課外授業等については、以下を参照のこと。

専大社研 HP、「最近の活動:2015 年 6 月 18 日

( 木 ) 」

http://www.senshu-u.ac.jp/~off1009/rireki.ht

ml

それではここで、例年のように、まずはゼミ

の運営体制について簡単に記しておきたい。卒

論作成に際して、ゼミ生によって遵守されてき

た、執筆の体制やプロセス、諸約束事などを記

しておこう。

卒論執筆の体制について。 3 年ゼミに入ると、

ゼミでの勉強仕方、具体的にはレジュメ書き方、

報告・質疑の作法やテクニックなどが 4 年生よ

り伝授される。これは give & take(というより

は、その意義・手法を体得していく過程で学生達、

特に 4 年生が、give & given であることに気づ

くようであるが)の関係で、3 年生は 4 年生の卒

論執筆に関わる各種作業 (例えばコピー取りや

図表の清書など)を手伝いながら、いわば OJT

これを身につける。この先輩・後輩関係(グルー

プ学習)を当ゼミでは「ユニット」と称している。

そして、3 年生の段階で春秋 2 回の報告、4 年

生になって同じく春秋 2 回の報告を経て、最終

的な執筆許可がおりる(10 月中旬)。この 4 回の

報告以外に、3・4 年生合同のサブゼミ (ユニッ

ト単位 )が様々に実施されていた。

次に卒論の内容に関する諸約束事ついて。ま

ず、各自の関心に関連して必ず 1 冊はいわゆる

古典といわれもの(あるいは将来、古典と称され

ることになるであろう、きちっとした専門文献

=例えば学位論文など)を読破しなくてはなら

いとうこと。2 つ目は、必ずオリジナルなデー

タを収集して解釈して見せなくはならいとうこ

と。

ユニットやサブゼミの場で、皆あるいは該当

する数人で、こうしたことを毎日遅くまで作業

部屋 (研究室前の社会調査実習室 6や、4号館 3

階の PC 端末室:通称・「社パソ」など)で議論し

ながら進めていた。 以下、このようにして作成

された卒論を学籍順に講評していこう。

卒論講評

小川論文「被災後も続く陸前高田市高田町のう

ごく七夕まつりにおける駅前組の『ナンバンを

立て、山車を動かす』という意地-京都の山鉾

祭礼における伝統的共同の枠組みから考察する

-」は、自らが取り組んだ東日本大震災のボラン

ティア活動の現場で出会って衝撃を受けた(彼

らの「意地」を読み解いた)地元祭礼復活の過程

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大矢根淳ゼミ

2

について、これを都市祭礼研究および京都祇園

祭を扱った先行研究を注意深く読み込んで解読

してまとめた力作。

永峰論文「特定非営利活動法人アルデンテでの

参与観察とトンプーさんへの聞き取り調査から、

住みよい「まちづくり」を考える-麻生区区民会

議の取り組みを紐解きながら-」は、阪神・淡路

大震災の復興まちづくりを源流として多彩な展

開をみる川崎市麻生区の NPO 活動に参与しつ

つ、これを社会学の論文としてまとめようと、

参照すべき先行研究探索に呻吟した労作。

阿部論文「災害拠点病院に現れる組織内的特性

をグラウンデッド・セオリー・アプローチによっ

て明らかにする-医師へのインフォーマル・イ

ンタビューを通して-」は、自身に身近な病院と

いう組織の災害時における事情・課題を言説化

すべく、看護社会学など関連領域の先行研究を

果敢に紐解いて取り組んだ労作であるが、調査・

執筆により、身近な方々・仕事についての客観

的・主観的理解が一層進んだことと思う。

柳川論文「第一次集団としての理事会が大規模

な菅町会を成り立たせていることを考察する-

菅町会長への聞き取り調査を通じて-」は、自身

の居住地区における防災組織のありかた・来し

方・取り組みを、特にその役員経験者である家族

からの聞き取り調査から始めて、マンモス町内

会の会長への聞き取りまでを含めて詳述した労

作。地域社会学・組織論の社会学的先行研究を紐

解きつつ、足許の諸事情を丁寧に解釈してみせ

ている。

池田論文「柳田風景論に基づき解釈する富岡町

民(強制避難対象者)がもつ「さくら」と「浜」への

想いによって模索された生活の選択肢-聞き取

り調査、写真観察法により明らかにする-」は、

1F 災害で避難して帰還困難区域に屋敷・農地が

包摂されて、家族バラバラに過ごしたこの 5 年

を振り返り、帰郷の念を民俗学的に詳細に実証

的に検討して、フォトエッセーとしてもまとめ

上げた秀作。

椎名論文「旧 7ヵ町村における顔が分かる「横の

つながり」を共同性から考察する-花崎町・上町

自主防災組織の聞き取り調査から読み取る成田

祇園祭・女人講・成田小学校の維持する関係性

-」は、自らの生活領域における防災活動を精査

した秀作である。一般的に想起されうる仮説が

早々と棄却されたことを受けて、それでは現実

はいかに!? として丹念に現地調査を重ねた経

緯が詳細に記されていて、これが読者を惹きつ

けるダイナミックな論旨展開となっている。

國保論文「「みずべマルシェ in 北上川」において

「ニッチをモットーにするミズベリング」が形成

される過程を「心の外部性を伴う信頼・規範・ネ

ットワーク」から考察する」は、東日本大震災に

関心を深めて接する機会を得た被災地のイベン

ト企画組織の活動の解釈を試みた労作だが、そ

の検討の過程で、インフォーマントの生活歴、

認識履歴・価値観醸成過程の理解が不可欠なこ

とに気づき、そのバックデータをきちんと補強

する努力を重ねている。

井上論文「ローラーコースター・モデルと価値

付加理論を用いて震災(離)婚プロセスの基本形

を提唱する-東日本大震災・ヒューゴ台風の事

例から-」は、自身の就活・就労プランとゼミテ

ーマであるところの災害社会学をリンクさせて、

震災(離)婚をテーマ化したところであるが、巻

末資料として先行研究レビューの一環で、当該

領域の代表的な英語論文の全訳を付しており、

その緻密な論文執筆・構成力は高く評価できる。

金丸論文「生活防災から考察する実践共同体の

構築により回復する地域的連帯-宿河原合同防

災訓練への参与観察より-」は、大学近隣町会と

ゼミとの積年の関係性を踏襲してこれをさらに

深めるべく、そこに参与観察的に関わりながら、

災害社会学の重要な概念の一つ・生活防災を駆

使して、地元の発言であるところの「顔の見える

関係」の意義を読み解いて見せた労作。自身の就

職先・市消防において取り組まなければならな

い地域防災について、この機にこれを実証的理

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2015 年度 卒業論文講評

3

論的に読み解いた。

齋藤論文「原子力発電所が立地地域にもたらす

影響を考察する-茨城県那珂郡東海村の原子力

発電関連会社従業員のインタビューをもとに再

構築するライフヒストリー-」は、東日本大震

災・1F 災害を経てあらためて、地元・東海村にお

ける原発の意義の解釈に取り組んだ労作。当該

生活者の原子力エネルギー産業に対する認識形

成過程、職業選択指向などを生活史研究によっ

て再構成して明らかにし、身近な方々の認識過

程を理解することで、自らの生活履歴・立ち位置

の理解を確たるものとした。

滝元論文「家庭内・地域社会関係資本から考察

する子どもの「新しい貧困」-足立区でのフィー

ルドワークより-」は、当該問題を扱う先行研究

の枠組みを確認しつつそれらを丁寧に吟味して

いる労作であるが、何より、対象地区のまちあ

るきで得た地域居住環境についての実感、すな

わち住居の密接、公営住宅の多さなどについて、

これを古典を紐解くことで解読してみせて、さ

らにその上で、各地で試行されている関連対応

策を当てはめて考えてみるという論文展開とな

っている。

池野論文「希望の牧場・ふくしま」における家畜

の経済価値に代わる新たな使用価値を考察する

-吉沢正巳代表への聞き取り調査を通して-」

は、そもそもペットロスに関心を抱いていた筆

者が、震災研究に触れるところから接点を見い

だして「希望の牧場」に対象を措定してまとめた

力作で、これを対象とした論文が巷には多くあ

るところをそれらとの的確な差別化をはかるべ

く、経済的価値論に基づき分析してみせた。

大熊論文「日本の再生資源回収業の発展過程か

ら、発展途上国の新たな産業形成の同一性を考

察する-古着屋での参与観察とインタビュー、

カンボジアでの現地調査から-」は、自身の学生

生活の履歴(古着屋でのアルバイトとカンボジ

アでのスタディーツアー)から、検討対象とすべ

き論点を抽出して組み上げた労作。途上国で新

産業が醸成される過程を、日本の近代化過程の

アナロジーとして例証してみせた。

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大矢根淳ゼミ

4

ゼミ内査読・代表論文-卒論展示会

例年、12 月 15 日に提出

された卒論は数日中にゼミ

生によって査読され、そこ

から当該年度のゼミ代表論

文が選出される。査読では

おおよそ、以下の項目に即

して採点が行われる。まず、

「論文の内容構成」について、

①先行業績のレビューが十

分なされているか、②基本

的な概念が先行業績より抽

出されているか、③調査方

法論、その組み合わせが明

確に記されているか、④論

文で扱われている事柄に関

する一般的傾向について既

存データで概説してあるか、

⑤自身が実施した調査プロ

セスが漏れなく記さている

か、⑥調査データが過不足

なく提示されているか、⑦

800 字の概要は適切に記さ

れているか。次いで、「論文

の書式」について、⑧論文構

成図は明確か、⑨論文構成

図に盛り込まれている用語

は本文中で明確に定義され

位置づけられているか、⑩

本文中、図表が適切に提示

されているか、⑪引用文献等の提示法は適切か、

⑫タイトルには領域・対象・方法が過不足・重複

なく表現されているか。最後に「読後感」につい

て、⑬他の学生に卒論の仕上げ方の例として紹

介する気になったか、⑭執筆者の人となり、取

組み具合等を勘案して加点してあげるところが

ったか、⑮授業中の報告を聞いて関心・理解が深

まったか、⑯ゼミ運営への寄与は十分であった

か、の計 15 項目。これらを勘案して集計する。

今年度は、池田、井上、椎名の三論文が選出さ

れた。これをゼミ代表論文として学科内の地域

エリアスタディーズ系スタッフにはかり、

今年度は池田論文が選び出され、2016 年 1 月

28 日午後に開催される専修社会学会大会で、そ

の概要報告が行われた。

また、これに先だって、今年度は 2016 年・年

明け早々の 1 月 13 日~18 日、卒論展示報告会

が向ヶ丘遊園駅前・サテライトキャンパスで行

われた。同展示については、『東京新聞』『朝日

新聞』『ニュース専修』に取り上げられて評価を

得た。

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2015 年度 卒業論文講評

5

おわりに

例年のごとく今年も「大矢根ゼミ卒論のタイ

トルは長すぎる」と、編集担当には不評となるこ

とであろう。しかしながら、かくもタイトルが

長くなってしまうのは、私の指導の至らなさも

さることがら、

卒論に真摯に取り組んだゼミ

生が、その成果を少しでも正

確に伝えたいとの思いから、

そうさせてしまうということ

をここに特記しておきたい。

ゼミでは、タイトルにその研

究の「領域」「対象」「方法」が漏

れなく盛り込まれ、メインタ

トル、サブタイトルにそれら

が効果的に割り振られ、そし

て決して言葉が重なるなどの

ミスを犯さないように、との

指示がユニットを通じて語り

継がれている。こうした長い

タイトルのゼミがあることが

影響して、昨年度あたりから、卒論提出用ファ

イル(通称: 緑のファイル)の背表紙には、メイ

ンタイトルだけとすることでも「可」となってき

たが、当ゼミ生は、あの小さなスペースに長い

タトルを苦心しつつどうにか収めている

ようだ。ということで、今しばらくこうたタイ

トル事情は続くことになると思われるのでご勘

弁を!!

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大矢根淳ゼミ

6

被災後も続く陸前高田市高田町の うごく七夕まつりにおける駅前組の 『ナンバンを立て、山車を動かす』

という意地 -京都の山鉾祭礼における伝統的共同

の枠組みから考察する-

HS23-0068J 小川 修平

東日本大震災後も続く陸前高田のうごく七夕ま

つりの継続要因に疑問を抱き、伝統を保持すため

に祭に関わる行為(伝統的共同)を明らかにするこ

とを課題とした。そして、「『ナンバンを立て、山

車を動かす』という伝統的共同は駅前組の祭礼継

続要因である」という仮説を立てた。第 1 章では

研究課題と方法論、文献調査について説明し、第

2 章では陸前高田市の概要を説明し、当地域の産

業や人口、地理的環境と文化等の特徴を説明する。

第 3章ではおもに陸前高田市内の七夕祭りについ

て説明し、うごく七夕まつりの歴史や山車構造、

東日本大震災後の祭の状況を踏査等から説明する。

その上で「ナンバン」と呼ばれる赤い短冊をつけ

た笹竹を立てることについて説明する。社会的な

祭の生まれた仕組みを松平(1983)から説明し、祭

礼の実現に向けた「祭縁」のネットワークが紡ぐ

共同のしくみも説明する。そして本論文の視座で

ある樋口(2012)の「山鉾と立てて、動かす」行為

を保持する伝統的共同を生み出す祭縁の先行研究

についてまとめ、祭礼の実現を支える役割への関

わりから生まれる運営・企画側と技能・実働側の

相補的な祭縁と詳しい役割について概観し、伝統

的共同の生まれるしくみを明らかにする。第 5 章

では高田町のうごく七夕まつりの祭準備の起点と

なる「会館」を説明した上で、駅前祭組の重要な

役割である「製作部長」から始まる役職名称と役

割内容を概観し、山鉾祭礼の役割と諸団体の祭礼

を中心として形成される縁の関係性を参考にお花

の収集や七夕山車の準備過程における類似点から

伝統的共同の存在を明らかにして、うごく七夕ま

つりの伝統を継続させる伝統的共同のメカニズム

を説明する。

特定非営利活動法人アルデンテでの参与観察とトンプーさんへの聞き取

り調査から、 住みよい「まちづくり」を考える

-麻生区区民会議の取り組みを紐解きながら-

HS24-0100D 永峰 沙綾

本論文は、神奈川県川崎市麻生区の「まちづく

り」について、2 つの角度から考察する。1 つ目

は地域活動団体や区長からの推薦や公募による

20 名で行う麻生区区民会議の報告書から考える

住民参加の「まちづくり」である。2 つ目は麻生

区下麻生に所在し、障害者自立支援を目的として

花園芸や大工祭事出店等を行う NPO アルデンテ

代表の矢野淳一さん(通称トンプーさん)が行う災

害対策から考える都市計画分野の「まちづくり」

である。

まず、本論文の方法論は 3つの手法を採用した。

1 つ目は区民会議の報告書をもとにした文献調査、

2 つ目はアルデンテでの参与観察、3 つ目はトン

プーさんへの聞き取り調査であり、概説した(第1

章)。次に麻生区の地域特性(例:ひな壇状の地形)

について述べた(第 2 章)。区民会議とトンプーさ

んの取り組みから「まちづくり」を理解するため

に、山崎(2000)と名和田(2009)、佐藤(1975)を先

行文献に用いた(第 3 章)。区民会議の第 1 期から

第 5 期にわたる報告書から、話し合いのテーマや

課題解決への審議の流れを抽出した(第 4 章)。そ

して参与観察と聞き取り調査からアルデンテの活

動やトンプーさんの取り組みをまとめた(第5章)。

「なつやすみ野外上映会」を例にあげ、区民会議

は区民主体で進める芸術・文化の「まちづくり」

を目指す取り組みの一環として、トンプーさんは

アルデンテの人などと出店して盛り上げるという

2 つのアプローチがあることを抽出した。またト

ンプーさんの取り組みに区民会議の広報を組み合

わせることで、都市部で起こりうる利害対立の表

面化(佐藤,1975)を防げる可能性を筆者は見出し

た(第 6 章)。区民会議とトンプーさんの取り組み

について、同じ事例(例:なつやすみ野外上映会)

に対してのアプローチや、筆者が見出した異なる

取り組み自体を組み合わせることで、住みよい「ま

ちづくり」が行えることを明確にした(第 7章)。

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2015年度 卒業論文要旨

7

災害拠点病院に現れる組織内的特性をグラウンデッド・セオリー・アプロ

ーチによって明らかにする -医師へのインフォーマル・インタビュー

を通して-

HS24-0035K 阿部 恭也

本論文は筆者が災害拠点病院の浸水に関する新

聞記事へ関心を持ったことから始まっている。本

論文では「災害拠点病院に現れている問題は日本

の医療組織の内的特性が原因である」という仮説

を立て、文献調査と現職の医師 2 名への調査をも

とにグラウンデッド・セオリー・アプローチによ

り分析した。

まず、本論文における論文課題である「災害拠

点病院に現れている問題とは何か」を取り上げ、

仮説と方法論を記述した(第 1 章)。次に病院と

いう医療組織についての制度などの概要と、医療

組織に内在する、多種類の専門職から構成されて

いるため組織が複雑性を持つなどの特性について

確認した(第 2 章)。そして、今回のテーマとし

た災害拠点病院についての制度的な概要と、今回

の論文の執筆のきっかけの事例を紹介した(第 3

章)。次に、グラウンデッド・セオリー・アプロー

チのデータとして、災害拠点病院を目指す病院で

働く A氏と、災害拠点病院で働く B氏にインフォ

ーマル・インタビューを行い、以下のように分析

した(第 4章)。

まず、概念 1:予測不能な第三者、概念 4:不揃

いな備えの意識、概念 6:未熟な災害拠点病院、な

どの概念を形成した。次に、それらの概念を共通

点などから、カテゴリー1 病院と災害、カテゴ

リー2 病院の組織的特性、カテゴリー3 災害拠

点病院の制度としての未熟さ、の 3つのカテゴリ

ーにわけ、カテゴリー間を統合するものとしてカ

テゴリー間を統合するものはカテゴリー2 の領域

の中で強く表れている日本の医療組織の組織内的

特性であると考察した(第 5 章)。その結果から

災害拠点病院に現れている問題とは、病院志向、

職能部門制、組織の複雑性などの日本の医療組織

の組織内的特性が原因となっている問題であると

結論をまとめ、本論文とした。

第一次集団としての理事会が 大規模な菅町会を成り立たせている

ことを考察する -菅町会長への聞き取り調査を通じて-

HS24-0052H 柳川 絵里

本論文では、菅町会が約 9,100 世帯という大規

模な町会であっても分裂せずに存続していること

を、C.H.クーリーの第一次的集団論から考察する。

本論文の対象を菅町会とその自主防災組織とし、

文献調査と聞き取り調査を行った。第 1章におい

て調査方法を説明し、調査から執筆までを述べた。

第 2 章では、川崎市多摩区菅地区の地域特性と

被害想定について述べた。菅地域内では多摩丘陵

地帯と多摩川流域地区があり、地震による被害も

違うことを調べた。また、消防庁や川崎市が考え

る自主防災組織を説明した。

第 3章では町内会の源流は隣保団結の地域団体

にあり、第 2次世界大戦後には 1 度解体されたが

存続してきたという歴史を述べた。そのような町

内会を「住縁アソシエーション」とした。

第 4章では菅町会は 2分割されても大事態には

菅で 1つだったという歴史と、細かい地区分けの

構成を文献調査した。さらに、地区ごとの問題を

まとめている理事会と防災会議の役割が重要であ

ることを濃沼会長への聞き取り調査から抽出した。

第 5 章では C.H.クーリーの第一次集団論につ

いて述べた。第一次集団は顔をつきあわせている

活動であり、近隣が日本の町内会にあてはまると

した。また集団の中の個人の責任は拡大するが失

われず、個人の目的より集団の目的が優先される

のは人間性によって保たれるためであると述べた。

第 6 章では第 4 章と第 5 章から、理事会と防災

会議がそれぞれ第一次集団となり、その集団とし

ての菅町会や防災菅町会が成り立つと考察した。

大規模でも第一次集団があれば成り立つが、生活

の危機に対抗するという公共意識は薄れているた

め他の意識を形成する必要があると結論づけた。

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大矢根淳ゼミ

8

柳田風景論に基づき解釈する 富岡町民(強制避難対象者)がもつ 「さくら」と「浜」への想いによって

模索された生活の選択肢 -聞き取り調査、写真観察法

により明らかにする- HS24-0011D 池田 和希

筆者のふるさとである福島県双葉郡富岡町は、

2011年 3月 11日に発生した東北地方太平洋沖地

震に伴う福島第一原子力発電所事故によって強制

的に全町避難となり、現在も富岡町民は避難生活

を余儀なくされている。原発事故から 4 年経ち、

筆者自身の富岡に対する心境の変化を顧みた時に、

他の町民はふるさとである富岡にどのような想い

を抱き募らせているのかと気になり始めたのが本

論執筆のきっかけである。

本論文では柳田國男の風景論に着目し、例証を行

っている。第 1章では、例証のために必要な文献

調査、インフォーマル・インタビュー、写真観察

法についての方法論をまとめ、第 2章で福島第一

原子力発電所事故により町民が強制的に避難を余

儀なくされた経緯をまとめた。第 3章では、全町

避難により荒廃化している町の地域的特性を四季

の彩りを添えて紹介している。第 4章では、町民

の避難生活の様子をまとめ、避難経路と生活様態、

避難指示区域の 3 つのカテゴリーに分けて、「慣

れない土地や文化での生活への不安」「富岡に帰り

たい」という選択理由と想いを抽出し、第 5章で

なぜ富岡に帰りたいのかを明らかにするために、

司馬遼太郎をはじめとするいくつかの指標からふ

るさとを定義している。第 6章では、現在の町の

様子を一時帰宅で撮影した写真をもとにまとめる

とともに、写真の風景から筆者のふるさと観を象

徴する記号の抽出を試みている。第 7 章では、町

民のふるさとを象徴する記号的要素の抽出を行い、

風土的価値・歴史的価値・人の営み的価値という

価値分類にあてはめて町民のふるさと観について

考察を行った。第 8章では、町民の生活拠点選択

の背景には「夜の森のさくらトンネル」と「仏浜

海岸」への想いがあり、町民はこれらの風景を保

存しようとしているために、富岡を近くに感じる

ことができる福島県内に生活拠点をおくという選

択をしたことを明らかにしている。

[旧 7 ヵ町村における顔が分かる「横のつながり」を共同性から考察する

-花崎町・上町自主防災組織の聞き取り調査

から読み取る成田祇園祭・女人講・成田小学校

の維持する関係性- HS24-0092C 椎名 彩賀

本論文では千葉県成田市にある成田山新勝寺

の門前町「花崎町・上町・仲町」を対象に、「顔が

分かる関係性を生かした自主防災組織の活動によ

り、防災力の高い共同性をつくりだしている」と

仮説を立てた。 まず筆者は対象地における防災を理解するため、

成田市総務部危機管理課に聞き取り調査を実施し

た。この調査で対象地の自主防災組織の存在を知

り、総務省消防庁,2011をもとに文献調査を進め、

自主防災組織と消防団とが連携することで防災力

が上がることを知った。成田市消防本部に成田市

消防団についての聞き取り調査を実施した後、調

査の内容を深めるため対象地を地元とする花崎町、

上町の各自主防災部長、成田市消防団を成田市と

消防本部に紹介していただいた。これらの調査後

に聞き取り内容の選定を行ったところ、筆者の仮

説が棄却されることが判明した。上町、花崎町で

は自主防災組織が防災力の高い共同性を作り出し

ているのではなく昔からの講や、成田祇園祭とい

った対象地に古くからある組織や行事が機能して

いることがわかった。さらに講や成田祇園祭で維

持される横のつながりは対象地を含む門前町成田

7町でのつながりにもなっていることがわかった。

このように仮説とは全く異なる現状が現場にあっ

たことを強調するため、仮説が棄却されるまでの

調査を第 1章から第 4章で概括し、講や成田祇園

祭、成田小学校の抽出によって維持されている横

のつながりが門前町成田にあることを第 5章で述

べた。聞き取りの抽出から筆者が見出した「近助」

という概念について第 6章で述べ、第 7 章で本論

文の中心概念である共同性(田中,2010)について

述べた 。これまでの調査と近助、共同性の概念を

用いて第 8 章で考察を行い、「門前町成田におけ

る顔のわかる横のつながりは講、成田祇園祭、成

田小学校によって維持されており、近助を含んだ

共同性を生み出している」と結論付けた (終章) 。

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2015年度 卒業論文要旨

9

「みずべマルシェ in 北上川」 において「ニッチをモットーにする ミズベリング」が形成される過程を「心の外部性を伴う信頼・規範・ネッ

トワーク」から考察する -森光雅さんへのインタビュー調査から-

HS24-0008E 國保悠

2011年 3月 11日に発生した東日本大震災で被

災し、地域活性化のイベント企画組織である「ア

クティ部」の代表である森光雅さんは、旧北上川、

北上川、石井閘門を対象とした川辺のまちづくり

組織「ミズベリング石巻」に所属し、旧北上川を

会場とするプロジェクト「みずべマルシェ in北上

川」の企画運営に携わった。「みずべマルシェ in

北上川」でのこれらの組織と人々のつながりを明

らかにして、「心の外部性を伴う信頼・規範・ネッ

トワーク」の要素を考察する。

まず、記録されていない「みずべマルシェ in北

上川」での人々のつながりを知るために、森さん

にルポルタージュ形式でインタビューを行い、そ

のつながりを「心の外部性」から明らかにするた

めに稲葉(2007)を先行研究として文献調査を行っ

た(第 1 章)。インタビューから考察する前提とし

て、森さんの価値観を理解するために、森さんが

過ごした石巻市の歴史、当日避難した日和山の被

災を説明した(第 2 章)。インタビューをもとに、

価値観の根本に「対面五百生」の思想があること

を述べ、「アクティ部」と「みずべマルシェ in 北

上川」を概説した(第 3 章)。ソーシャル・キャピ

タルの基本概念に加え「心の外部性」を採用し、

地域における稲葉(2007)の「小さなコミュニティ」

とトックビル(1840)の「アソシエーション」とい

う視点を説明した(第 4章)。3章と 4章から、「ア

クティ部」は「アソシエーション」としての効用

を持ち、「みずべマルシェ in北上川」の第 1 回会

議で森さんが既存の集客目的の企画に異議を唱え

ることで、「情けは人の為ならず」という「互酬性

の規範」が生じていることがわかった(第5章)。「み

ずべマルシェ in 北上川」では、「情けは人の為な

らず」という「互酬性の規範」が生まれた結果、

「ニッチをモットーにするミズベリング」という

「心の外部性を伴う信頼・規範・ネットワーク」

が形成された(終章)。

ローラーコースター・モデル と価値付加理論を用いて 震災(離)婚プロセス の基本形を提唱する

-東日本大震災・ヒューゴ台風の事例から-

HS24-0073J 井上由梨

震災婚や震災離婚と聞き震災と婚姻がなぜ繋が

るのか疑問に思い、どのような過程で結ばれ、離

れるのか、その過程は東日本大震災以外でも存在

するのかを解き明かすため、ローラーコースタ

ー・モデル(ヒル,1959)と価値付加理論(スメ

ルサー,1968)を用いて考察、例証する。

上記のように課題・仮説を挙げ、方法論として

白河(2011)などに掲載されている事例を分節化

し、震災(離)婚プロセスの基本形に当てはめる

ことを第一章で述べた。第二章で日米の多様化す

る婚姻・離婚の現状を比較し、第三章では夫婦の

関係性を流動的で主観的な家族と野々山(2009)

から仮定し、震災(離)婚を震災以前の家族関係

の良し悪しで分け、三類型を示した。第四章では

震災(離)婚の過程を明らかにするためローラー

コースター・モデルを採用し、家族がストレスを

受け解体へ向かい、再組織化する流れを震災(離)

婚と捉えた。第五章では筆者がローラーコースタ

ー・モデルで捉えた震災(離)婚のプロセスを価

値付加理論に基づき、「危機の発生⇒感情の変化⇒

心理的・物理的距離⇒法的手続き」となる震災(離)

婚プロセスの基本形を作成した。東日本大震災時

の事例は基本形に一致した。第六章ではアメリカ

で起きたヒューゴ台風後の婚姻や離婚についての

論文から、災害と結婚の関係性を震災(離)婚プ

ロセスの基本形に当てはめることが出来た。なお、

Catherine,Steve(2002)の全文を翻訳し、巻末

に掲載した。第七章で震災婚と震災離婚の基本形

の構成が同じであること、諸構成素の違いにより

結果が異なること、個人の感情が婚姻や離婚に反

映されやすい現代社会では震災婚・震災離婚が生

じやすいということを考察した。

災害後に変容する家族関係という構造的誘発性

のもとに家族は震災が起き、感情、距離の変化を

経て震災(離)婚につながり、ヒューゴ台風にお

いても震災(離)婚が存在したという結論に至っ

た。

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大矢根淳ゼミ

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生活防災から考察する実践共同体 の構築により回復する地域的連帯 -宿河原合同防災訓練への参与観察より-

HS24-0095H 金丸隆史

本論文執筆のきっかけは地縁活動が防災に果た

す役割を知りたいと思ったことである。所属ゼミ

ナール OGの紹介で出会った宿河原町会は、防災

に力を入れ活発な町会活動を行っていることを知

り対象として定めた。そこで、「宿河原町会は生活

防災の実践共同体を形成し、地域的連帯を回復し

ている」という仮説のもと現地調査を行い、検証

した。

筆者は調査に参与観察、インフォーマル・イン

タビュー、文献研究を方法論として採用した。そ

こでそれぞれの手法とそれに至った経緯について

記述した(第 1 章)。次に、川崎市多摩区宿河原

の人口、地理、産業の歴史を分析し、多摩川梨の

栽培で有名だった宿河原地域は現在、その交通上

の利便性から住宅都市となっていることを述べた

(第 2 章)。続いて、日本における町内会の歴史

的変遷を概観した後、何らかの形で第 1次的な人

間関係を生み出し、都市化に伴って失われていっ

た地域的連帯を回復することが今日的課題である

ことを述べた。(第 3 章)。そこで、盆踊り大会や

合同防災訓練などへの参与観察(第 4章)と「顔

の見える関係」の構築を目指す宿河原町会の三竹

会長らへのインフォーマル・インタビュー(第 5

章)を行った。それらを分析する概念として、矢

守克也の生活防災を抽出し、防災とは無関係に思

われる諸活動が実践共同体を形成、再編の役割を

持つことを述べた(第 6 章)。以上から考察し、

宿河原町会の活動は防災と無関係の諸活動と防災

と関連を有している諸活動で構成されており、そ

こで実践共同体の重合が行われていることが分か

った。また、その中から敬老会の受付作業を抽出

し、避難所開設訓練における避難者受け入れ訓練

と同義で、生活防災を実践していることを示した。

(第 7 章)。ここで行われる生活防災や実践共同

体の形成、再編により第 1次的な人間関係を生み、

地域的連帯が回復できると結論付けた(第 8章)。

原子力発電所が立地地域にもたらす影響を考察する

-茨城県那珂郡東海村の原子力発電関連会社

従業員のインタビュー

をもとに再構築するライフヒストリー-

HS24-0089D 齋藤 郁

本論文は東海村にとっての原子力とは何かとい

う筆者の関心を出発点とし、東海村の原子力関連

会社の従業員へのインタビューから、東海村と原

子力の歩みについて描く、ライフヒストリー(生活

史)研究である。筆者の知人であり、東海村の原子

力関連会社で働く大竹氏は、1965 年に生まれ、い

わゆる原子力の創成期を過ごした。調査対象者は

現在、三菱原子燃料という原子力の燃料ペレット

を作る製造部で働いている。彼が幼少期から原子

力エネルギーに携わりたいと考え、現在の職に就

くまでの経緯について伺った。その話の中で“東

海村に住み続ける理由”、“原子力に関わり続ける

理由”について明らかにしていきたい。

ライフヒストリーとは、人々の個人的体験の具

体的な記録をその生涯にわたって要約し、記録し

たものの具体的集大成である。同時に、この具体

的な記録は、人々の共同的記録の集大成であり、

その人々の世代の歴史的な発展を、個人の側から

画きだしている世代史でもある。方法としては、

調査対象者の語りに調査者がなんらかの「編集」

を施し再構成する。

第 1章では、筆者の原子力への疑問点である論

文課題と、ライフヒストリーの解釈的客観主義を

使う執筆までの流れについて述べた。第 2章では、

原子力エネルギーの起源と日本の原子力政策、過

去の原子力事故について記した。第 3 章では調査

対象地である茨城県那珂郡東海村について地勢・

位置や沿革・憲章を説明し、原子力のむらと言わ

れる理由を探っていった。第 4 章はインタビュー

をもとに、東海村の沿革と照らし合わせながらラ

イフヒストリーを再構築した。第 5章ではまとめ

として彼の人生が原子力の歴史と深く関わってい

るかについて考察していった。

以上の過程で、1 人の人生をインタビューから

ライフヒストリーに再構築し、世代史を作り上げ

るという本論文の目的は達成された。

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2015年度 卒業論文要旨

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家庭内・地域社会関係資本から 考察する子どもの「新しい貧困」

-足立区でのフィールドワークより-

HS24-0135D 滝元晴香

本論文は子どもの貧困が叫ばれている現代の日

本において、東京 23 区の中でも就学援助認定率

が最も高く、初めて全庁をあげて対策を行う足立

区を対象地とし「従来の経済学的な貧困だけでな

い子どもの貧困の問題点は何か」を探るべく『全

国家庭児童調査』と『足立区子どもの貧困対策実

施計画(案)』の指標を参考に分析する。子どもの

貧困の問題点として地域社会関係資本と家庭内社

会関係資本(露口,2011)の希薄化をあげ、これらを

増やすことによって、貧困の連鎖を断ち切ること

が出来るとした。

第 1章では論文課題として従来の貧困の改善点

を探り「新しい貧困」について考察するために貧

困や社会関係資本、主観的幸福についての文献研

究、また足立区でのフィールドワークを行った。

仮説としては、「足立区の子どもの貧困は、家庭内

及び地域社会関係資本が増えることで改善する」

とした。第 2 章では貧困の定義や絶対的貧困、相

対的貧困の概念について記述し、子どもの貧困率

や足立区の生活保護世帯数、保護率について『国

民生活基礎調査』等から分析した。第 3章では貧

困に対応する社会保障として生活保護をあげ、歴

史、生活保護捕捉率について述べてから、新たな

対策である「子ども食堂」や「学習支援教室」に

ついて言及した。第 4 章では社会関係資本の概念

の説明をした後、露口(2011)から教育の社会関係

資本の中の地域社会関係資本と家庭内社会関係資

本を抽出し、それぞれが子どもにプラスな効果を

もたらすことを説明した。第 5 章では主観的幸福

について述べ、経済的貧困が主観的幸福と関連し

ないことを古里他(2014)から読み解いた。第 6 章

では貧困と社会関係資本と主観的幸福のつながり

を説明し、「新しい貧困」のかたちを述べた。最後

に、足立区の子どもの貧困は橋渡し型の家庭内・

地域社会関係資本が増えることにより改善され、

貧困の連鎖を断ち切る可能性があることを提言し

た。

「希望の牧場・ふくしま」における 家畜の経済価値に代わる 新たな使用価値を考察する

-吉沢正巳代表への聞き取り調査を通して-

HS24-0099A 池野優香

本論文は 1F 災害によって、家畜としての価値

を失った牛の飼養を続ける「希望の牧場・ふくし

ま」の活動を調査対象とし、経済価値に代わる新

たな使用価値を見出すことで人間の手によって生

かす「第三の道」を考察するために執筆する。

第 1 章では「『災害廃棄物』とされた牛を汚染廃

棄物処理の過程に活かすことで『使用価値』を見

出し、原発被災地において復興の足掛かりとなる」

と仮説を立て、文献調査と「希望の牧場・ふくし

ま」の吉沢正巳代表へのインフォーマル・インタ

ビューを行った。第 2 章は東日本大震災と調査対

象地のある浪江町の概要をまとめた。また、原発

反対運動の歴史を紹介し、非原発立地市町村であ

るがために避難指示等に制度的な遅れが生じたこ

とを説明する。第 3 章では 1F 災害の起きた経緯

と福島県の主要産業である農業への影響を述べ、

畜産への被害と家畜の安楽死処分について説明す

る。第 4 章は「希望の牧場・ふくしま」の団体概

要とプロジェクトを説明し、吉沢代表の父のシベ

リア抑留と自身の学生運動の経験等から吉沢代表

が不屈の精神の持ち主であることを述べ、活動目

的やそこで使われる「決死救命」等の独特な用語

をまとめる。第 5 章ではフィールドワークから、

筆者が感じた浜通りの被害を示した上で、吉沢代

表への聞き取り調査から「牛を生かす意味」を抽

出する。第 6 章では経済価値とは何かを捉え、そ

れに代わる価値を見出すために岩崎(1979)を用い

てに価値を定義し、そこから「労働価値説」に着

目し「使用価値」と「交換価値」について説明す

る。第 7 章ではこれまでの記述をもとに、汚染牧

草を牛の飼料として与えることで牛と汚染牧草に

「使用価値」が生まれ、牛を生かし続ける「第三

の道」の意味になると考察した。結論として牛が

汚染牧草を食むことは原発被災地の汚染廃棄物を

合理的に処理することが可能となり、牛を生かす

意味になると結論づけた。

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大矢根淳ゼミ

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日本の再生資源回収業 の発展過程から、

発展途上国の新たな産業形成 の同一性を考察する

-古着屋での参与観察とインタビュー、

カンボジアでの現地調査から-

HS240023G 大熊夏輝

筆者は古着屋でアルバイトをする中で、店頭に

出せず故繊維業者に引き取られ、そして発展途上

国に送られる日本の古着は現地でどのような影響

を及ぼしているのか興味を持った。本論文は、日

本の古着が現在カンボジアで新たな産業を生み出

していることを調査する、ということを課題とし

た。 まず第 1章では筆者が本論文の対象を設定

した経緯と、文献調査、国内の古着屋の実状を知

るために行った筆者のアルバイト先での参与観察

と行きつけの古着屋のオーナーA さんへのインフ

ォーマル・インタビュー、発展途上国の再生資源

回収業について以前参加したカンボジアへのスタ

ディーツアー、それぞれの手法について概観した。

第 2章では都市下層や貧民街の状況とともに再生

資源回収業の成り立ちをみていき、建場の仕組み

やそこでの生活について説明する。次に故繊維業

に注目し、流通ルートや背景にある繊維工業の歴

史とともに産業として形成されていく流れを概観

し、古着の輸出のきっかけとなる工場での油拭き

などに使われるウエスの歴史を述べたのが第 3章

である。第 4 章では、現在日本において古着には

どのようなものがあるのか紹介し、古着の海外輸

出や国内での需要の発生の経緯、現在の古着屋に

ついてなど国内での古着の販売について説明する。

第 5 章では、カンボジアの再生資源回収業につい

てスタディーツアーで得た情報から、カンボジア

をはじめとする発展途上国が新たな日本の古着買

い付け地となりつつあることを述べる。第 6章で

は、日本の発展の構造とカンボジアのそれを比較

し、一致することを証明した。最後に、カンボジ

アでは現在日本から古着が入ることによって、古

着の市場や買い付け地という新たな産業を生み出

している、と結論づけた。