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1 燃料電池二輪車 「バーグマン フューエルセル スクーター」 の開発 山本 友晴(スズキ株式会社 開発本部 開発企画部 第一プロジェクト) 1.は じ め に CO 2 削減が地球規模で叫ばれている現在,走行時CO 2 を排 出しない車両として,電気自動車,そして燃料電池車が脚光を 集めている.当社は,2007年に燃料電池二輪車として「クロスケ ージ」(Fig.1)を開発し東京モーターショーで発表した.採用し た空冷式燃料電池システムは構成がシンプルかつ小型軽量で あり,困難と考えていた二輪車への搭載が,技術やコスト面で 可能であることを確認できた. そして,単に地球環境にやさしいだけではなく,より実用性の ある車両を目指してスクータータイプの燃料電池二輪車「バー グマン フューエルセル スクーター」(以下,バーグマンFCS)を 実現した.本稿では,その特徴およびシステムの概要について 紹介する. Fig.1 燃料電池二輪車「クロスケージ」 2.燃料電池二輪車「バーグマン FCS」の特徴 燃料電池二輪車バーグマンFCSの外観写真をFig.2に示す. バーグマンFCSは,燃料電池が発電した電力で,モータを駆動 して走行する電動二輪車である.燃料電池は空冷式で,高圧 水素タンクの水素と空気中の酸素を反応させることにより発電し, そのとき発生する熱は空気によって冷却される.モータを駆動 するパワートレインは,この空冷式燃料電池とリチウムイオン二 次電池によるハイブリッドシステムである.二次電池は主に車両 の加速時のアシストと,制動時の回生電力の吸収を行う. また燃料電池二輪車としての早期実用化を図るため,欧州 の法規を満足し,公道での実証試験に参加が可能な車両の開 発を目指した.欧州を選択した理由は,①燃料電池二輪車のラ イセンスプレート取得が可能なこと,②英国での実証試験プロ グラムへの参加が可能であったことによる.燃料電池二輪車の 型式認定を取得するための欧州での法規および規準を調査し, バーグマンFCSをこれに適合させた.これによって欧州で実証 試験が可能となり,そして,環境性能と安全性能が認められ, 「欧州統一型式認証:WVTA」を取得した. Fig.2 燃料電池二輪車「バーグマンFCS」の外観 以下に,本車両の特徴と主要諸元(Table1)を示す. 燃料電池システムは,国際電気標準IEC62282準拠 電動および車両システムは,EU指令2002/24/EC準拠 水素燃料システムは,EU規則 No79/2009準拠 燃料電池四輪車と共通の安全思想に配慮した水素安全お よび高電圧安全思想(道路運送車両法の保安基準別添 100および101を基に二輪車に適用) 部品点数が少なくシンプルかつ小型・軽量な空冷式燃料 電池システム ベース車のフレームワークを活かし,水素タンク,燃料電池, 二次電池,モータなどの部品を効率よくレイアウト(水素タ ンクを強固な車体フレームで保護) 70Mpa高圧水素タンク採用による実用的な航続距離 燃料電池とリチウムイオン二次電池による最適な電力分配 制御(ハイブリッドシステム) 優れた車両効率による低燃費性能(空気ブロアを使用し補 機電力の省電力化) 部品点数を最小限にすることで高い車両信頼性を確保 数秒レベルのストレスを感じないシステム起動の実現 Motor Ring No.34 2012 自動車技術会 http://www.jsae.or.jp/motorring/

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燃料電池二輪車

「バーグマン フューエルセル スクーター」

の開発

山本 友晴(スズキ株式会社 開発本部 開発企画部 第一プロジェクト)

1.は じ め に

CO2削減が地球規模で叫ばれている現在,走行時CO2を排

出しない車両として,電気自動車,そして燃料電池車が脚光を

集めている.当社は,2007年に燃料電池二輪車として「クロスケ

ージ」(Fig.1)を開発し東京モーターショーで発表した.採用し

た空冷式燃料電池システムは構成がシンプルかつ小型軽量で

あり,困難と考えていた二輪車への搭載が,技術やコスト面で

可能であることを確認できた.

そして,単に地球環境にやさしいだけではなく,より実用性の

ある車両を目指してスクータータイプの燃料電池二輪車「バー

グマン フューエルセル スクーター」(以下,バーグマンFCS)を

実現した.本稿では,その特徴およびシステムの概要について

紹介する.

Fig.1 燃料電池二輪車「クロスケージ」

2.燃料電池二輪車「バーグマン FCS」の特徴

燃料電池二輪車バーグマンFCSの外観写真をFig.2に示す.

バーグマンFCSは,燃料電池が発電した電力で,モータを駆動

して走行する電動二輪車である.燃料電池は空冷式で,高圧

水素タンクの水素と空気中の酸素を反応させることにより発電し,

そのとき発生する熱は空気によって冷却される.モータを駆動

するパワートレインは,この空冷式燃料電池とリチウムイオン二

次電池によるハイブリッドシステムである.二次電池は主に車両

の加速時のアシストと,制動時の回生電力の吸収を行う.

また燃料電池二輪車としての早期実用化を図るため,欧州

の法規を満足し,公道での実証試験に参加が可能な車両の開

発を目指した.欧州を選択した理由は,①燃料電池二輪車のラ

イセンスプレート取得が可能なこと,②英国での実証試験プロ

グラムへの参加が可能であったことによる.燃料電池二輪車の

型式認定を取得するための欧州での法規および規準を調査し,

バーグマンFCSをこれに適合させた.これによって欧州で実証

試験が可能となり,そして,環境性能と安全性能が認められ,

「欧州統一型式認証:WVTA」を取得した.

Fig.2 燃料電池二輪車「バーグマンFCS」の外観

以下に,本車両の特徴と主要諸元(Table1)を示す.

・ 燃料電池システムは,国際電気標準IEC62282準拠

・ 電動および車両システムは,EU指令2002/24/EC準拠

・ 水素燃料システムは,EU規則 No79/2009準拠

・ 燃料電池四輪車と共通の安全思想に配慮した水素安全お

よび高電圧安全思想(道路運送車両法の保安基準別添

100および101を基に二輪車に適用)

・ 部品点数が少なくシンプルかつ小型・軽量な空冷式燃料

電池システム

・ ベース車のフレームワークを活かし,水素タンク,燃料電池,

二次電池,モータなどの部品を効率よくレイアウト(水素タ

ンクを強固な車体フレームで保護)

・ 70Mpa高圧水素タンク採用による実用的な航続距離

・ 燃料電池とリチウムイオン二次電池による最適な電力分配

制御(ハイブリッドシステム)

・ 優れた車両効率による低燃費性能(空気ブロアを使用し補

機電力の省電力化)

・ 部品点数を最小限にすることで高い車両信頼性を確保

・ 数秒レベルのストレスを感じないシステム起動の実現

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Table1 車両の主要諸元

全長 2,055mm

全幅 725mm

全高 1240mm

車体重量 約170kg

形式 交流同期電動機原動機

出力 定格1kW未満

形式 固体高分子型(空冷)燃料電池

出力 定格1.6kW

貯蔵方式 高圧水素タンク燃料(水素)

圧力 70 Mpa(700気圧)

種類 リチウムイオン電池二次電池

容量 約0.5kWh

3.車体構造および部品レイアウト

Fig.3にバーグマンFCSのシステム構成・基本レイアウト図を

示 す . 本 車 両 は , ベ ー ス 車 両 ( 欧 州 仕 様 「 SUZUKI

Burgman125」)のフレームワークをそのまま使用し,転倒や車両

前突・後突の際でも,水素タンクおよびその周辺部品へのダメ

ージを受けにくいレイアウト構成とした.

Fig.3 車両のシステム構成・基本レイアウト

燃料となる水素ガスは,シート前方下の充填口から水素タン

クに注入される.水素タンクに充填された高圧水素は,圧力調

整弁により約500mbar(ゲージ圧)に減圧され,車両後部シート

下に位置する燃料電池モジュールに送られる.一方,酸素(空

気)は燃料電池モジュール上部に開口した空気取り入れ口から

吸入され,排風は燃料電池モジュール後方に位置する排気口

より車外へ排出される.

燃料電池の発電電力は,燃料電池モジュール前部に位置

する電力管理装置を経てモータコントローラに供給され,後輪

スイングアームに搭載されたモータを駆動する.駆動モータと

駆動輪との間には,固定減速機を備える.

またシート前部の下方には,加速時の電力アシスト用および

減速時のモータ電力の回生用二次電池として,電気エネルギ

ーバッファの役目をになうリチウムイオン電池を搭載する.

以上のように,オリジナルの「Burgman125」の外観を変えずに

レイアウトできたことは,本空冷式燃料電池システムの二輪車へ

の搭載自由度が大きいことを立証した.

バーグマンFCSでは,今後水素システムの搭載方法が多様

になることを想定し,カウル内への全システム搭載を前提に安

全なシステム構築を試みた.テールランプ上方の最高部に水

素洩れ時の排出口を設けると共に,水素を敏感に感知するた

め,閉空間となるシート下の最高部と水素タンクのバルブ上部

に水素センサを設置した.

4.空冷式燃料電池

4.1. 燃料電池の基本原理

燃料電池は,空気中の酸素と車両に搭載の水素を反応させ,

化学エネルギーを電気エネルギーに直接変換するいわゆる発

電機であり,水の電気分解の逆反応が装置内では進行する.

一般に現在の燃料電池四輪車の燃料電池は水冷式である.

水冷式燃料電池ではラジエータなどの補機の占有する容積も

大きなものとなるため,二輪車などの小型車両では搭載が困難

とされる.一方,出力が数kW以下の空冷式燃料電池の場合,

大掛かりなシステムを必要としないため,軽量・コンパクトが求め

られる二輪車に最適なシステムである.

Fig.4に空冷燃料電池モジュールの外観を示す.燃料電池

下部に埋め込まれた吸込み式の低圧ブロアファンによって,空

気中の酸素を吸入すると共に大流量の空気で冷却される.燃

料電池モジュールの補機は低圧ブロアファンだけという,非常

にシンプルなシステム構成である.また有害な排出物を一切出

さず,生成する水が水蒸気となって排出されるのみで,常温で

は結露することもない.

Fig.4 空冷式燃料電池モジュールの外観

4.2. 空冷式燃料電池システム

Fig.5に,バーグマンFCSに採用した空冷式燃料電池システ

ム図を示す.またFig.6に,燃料電池四輪車一般的に採用され

ている水冷式燃料電池システム図の例を示す.比較すると空冷

式燃料電池システムが如何にシンプルであるかがわかる.

バーグマンFCSは,空冷の燃料電池システムを採用し,独自

の工夫・制御を行うことで,ラジエータ,冷却水ポンプ,リザーバ

タンク,加湿器,水素ポンプ,配管類を省略し,システム構成部

品数の大幅な削減と,小型・軽量化を図った.

システムの単位体積あたりの発生電力をパワー密度と定義

すると,水冷式燃料電池システムは,コンプレッサで空気圧を

上げ,ポンプで水素を循環させることで,このパワー密度を向上

させている.反面,コンプレッサおよび水素循環ポンプが大きな

電力を消費する.また,多くの熱が燃料電池内で発生するため,

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冷却能力の高い水冷システムが必要となる.

一方、空冷式燃料電池システムでは数kW出力レベルであれ

ば補機類を必要とせず,水冷式に比較して燃料電池システム

でのパワー密度が高い.また空冷式燃料電池システムは部品

数が少ないことから,信頼性やコスト面で有利である.

Fig.5 バーグマンFCSの空冷式燃料電池システム図

Fig.6 一般的な水冷式燃料電池システム図

5.高圧水素タンク

バーグマンFCSの水素貯蔵システムには,限られた容積に多

くの水素を搭載する必要性から,70MPaの高圧水素タンクを採

用した.Fig.7にその外観図を示す.

本タンクは,バーグマンFCS用に専用設計し新規開発したも

ので,カーボンコンポジットライナのタイプⅣ(非金属ライナ・全

周巻き)容器である.バルブはオンタンク式の電磁弁である.

Fig.7 高圧水素タンクの外観

6.車両システム

バーグマンFCSは,燃料電池と二次電池の双方からの電力

供給によりモータを駆動して走行するハイブリッド二輪車である.

Fig.8に,バーグマンFCSの電気系システム構成図を示す.

本空冷式燃料電池では,駆動モータからの要求電力,リチウ

ムイオン電池の充電状況に応じて0~1.6kWの範囲で電力を発

生させ,電力要求がないときは発電を停止する.

また,本システムにおける出力分配制御は,①巡航時など低

負荷時には,燃料電池出力のみによってモータを駆動する,②

さらに負荷が小さく燃料電池出力に余剰がある場合には,二次

電池の充電を行う,③加速など高負荷時には,燃料電池に加

え二次電池からもモータに電力を供給する,④減速時には,回

生電力を二次電池に受け入れる,という設定となっている.

Fig.8 電気系システム構成図

7.実証試験概要と今後の課題

2009年2月から英国ラフバラ(ロンドンから北に約200km)にて,

また,2011年5月から北九州市にて,実証試験にバーグマン

FCSを参加させている.燃料電池二輪車の実用化を図るために

は,当社テストコースでの試験はもちろんのこと,テストコースに

はない走行環境を求めて,公道にて実用上の課題抽出するこ

とが必要なためである.

また,これまでの開発過程で抽出された主な課題は以下の

通りであり,実用化に向けて今後改善を図っていく.

1) 吸排気ダクトの圧損と,冷却用空気量不足の改善

2) 高温および氷点下での燃料電池システム動作の安定化

3) 燃料電池のさらなるパワー密度の向上,小型化

8.まとめ

地球温暖化などの環境問題に直面する今日,大掛かりな冷

却システムを用いない空冷式燃料電池システムは,小型移動

体に最適な動力源であり,今回のスクーターへの適用を通して,

実用化に一歩近づいたことを確信した.

燃料である水素の生成方法が取りざたされることもしばしばあ

るが,実は製鉄や化学工場などで副生水素として産出され,燃

料電池による有効活用を望まれている状況もあり,水素を利用

した燃料電池の実現は決して遠い未来のものではない.

今後もテストと改善を続け,早期実用化を目指していきたい.

最後に,ご協力頂いた社内外の関係者の皆様に,この場を

お借りして深く感謝の意を表します.

参 考 文 献

(1) 真柴岳彦,太田徹,水谷和彦,池谷謙吾,江口徹,袴田修,

渡邉智典:SUZUKI TECHNICAL REVIEW,Vol.37,p.76-81

Motor Ring No.34 2012 自動車技術会 http://www.jsae.or.jp/motorring/