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構造工学論文集 Vol.58A(2012 3 ) 土木学会 無機ジンクリッチペイント面とそれと異なる接合面処理がなされた 高力ボルト摩擦接合継手のすべり耐力試験 Friction test for high strength bolted joints between the surface of the inorganic zinc rich paint and the different surfaces 丹波寛夫*,木村聡**,杉山裕樹***,山口隆司**** Yoshio Tamba, Satoshi Kimura, Hiroki Sugiyama and Takashi Yamaguchi * 修士(工学),財団法人阪神高速道路管理技術センター企画研究部(〒541-0054 大阪市中央区南本町 4-5-7** 大阪市立大学大学院,工学研究科都市系専攻前期博士課程(〒558-8585 大阪市住吉区杉本 3-3-138*** 修士(工学),阪神高速道路株式会社,技術部技術開発課(〒541-0056 大阪市中央区久太郎町 4-1-3**** 博士(工学),大阪市立大学大学院教授,工学研究科都市系専攻(〒558-8585 大阪市住吉区杉本 3-3-138On the site of the maintenance and strengthening work for steel bridges, the high strength bolted friction type joints are often applied. But, the surface preparation of the existing steel member may not be able to be processed adrasive blast-cleaning depending on site conditions. Therefore, the slip tests were carried out using splice plates processed the inorganic zinc rich paint on surfaces and connected plates varied surface preparation and the kind of painting specification on surfaces. As a result of the slip test, it was found that the slip coefficient of 0.4 or more can be ensured by the surface preparation with the power tool. Key Words: high strength bolted friction type joint, slip coefficient, the inorganic zinc rich paint, different kind of surface condition キーワード:高力ボルト摩擦接合,すべり係数,無機ジンクリッチペイン ト,異種接合面 1.はじめに 鋼橋の補修・補強工事において,ブラケットやあて板 等の鋼部材を追加設置する場合,その接合には高力ボル ト摩擦接合が用いられることが多い.道路橋示方書(以 下,「道示」という.)では,高力ボルト摩擦接合継手部 の接触面について,黒皮を除去した粗面,または,ある 条件を満足する厚膜型無機ジンクリッチペイント面に おいては, 0.4 以上のすべり係数が得られるものと考えて よいとされている 1) また,その他の接合面処理におけるすべり係数につい ては,森らにより接合面の処理状態が異なるタイプの継 手試験体のすべり耐力試験を行った結果が報告されて おり,ブラスト処理面,赤錆面,無機ジンクリッチペイ ント面,および有機ジンクリッチペイント面のそれぞれ の接合面処理に対してすべり係数が提案されている 2) ここで,鋼橋の補修・補強工事の現場においては,新 たに設置する鋼部材の既設鋼部材との接合面について は,製作工場から現場への運搬期間や架設期間における 防錆対策等を考慮して,無機ジンクリッチペイント面と することが多い.一方,既設の鋼部材側の接合面の処理 については,狭隘な施工空間での素地調整となることや 近隣住居等への騒音等の問題から,ブラスト処理が困難 な場合が多い.そのような場合,電動工具を用いた 2 ケレン程度の素地調整としている 3) が,2 種ケレン面に 対しては,無機ジンクリッチペイントを塗布することは 困難 4) である. そこで,補修・補強工事における現場施工の制約条件 を考慮した,異なる接合面処理におけるすべり係数の評 価を行うため,無機ジンクリッチペイント面と異なる接 合面処理の組み合わせを対象にすべり耐力試験を実施 した. 一方,鋼橋の補修・補強工事において,閉断面部材に 鋼部材を通常の高力ボルトを用いて添接する場合,裏側 に手を入れるためのハンドホールを設置する必要があ る.ハンドホールを設置すると,ハンドホール欠損部の

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構造工学論文集 Vol.58A(2012 年 3 月) 土木学会

無機ジンクリッチペイント面とそれと異なる接合面処理がなされた

高力ボルト摩擦接合継手のすべり耐力試験

Friction test for high strength bolted joints between the surface of the inorganic zinc rich paint and the different

surfaces

丹波寛夫*,木村聡**,杉山裕樹***,山口隆司****

Yoshio Tamba, Satoshi Kimura, Hiroki Sugiyama and Takashi Yamaguchi

* 修士(工学),財団法人阪神高速道路管理技術センター企画研究部(〒541-0054 大阪市中央区南本町 4-5-7)

** 大阪市立大学大学院,工学研究科都市系専攻前期博士課程(〒558-8585 大阪市住吉区杉本 3-3-138)

*** 修士(工学),阪神高速道路株式会社,技術部技術開発課(〒541-0056 大阪市中央区久太郎町 4-1-3)

**** 博士(工学),大阪市立大学大学院教授,工学研究科都市系専攻(〒558-8585 大阪市住吉区杉本 3-3-138)

On the site of the maintenance and strengthening work for steel bridges, the high

strength bolted friction type joints are often applied. But, the surface preparation

of the existing steel member may not be able to be processed adrasive

blast-cleaning depending on site conditions. Therefore, the slip tests were carried

out using splice plates processed the inorganic zinc rich paint on surfaces and

connected plates varied surface preparation and the kind of painting specification

on surfaces. As a result of the slip test, it was found that the slip coefficient of 0.4

or more can be ensured by the surface preparation with the power tool.

Key Words: high strength bolted friction type joint, slip coefficient, the inorganic

zinc rich paint, different kind of surface condition

キーワード:高力ボルト摩擦接合,すべり係数,無機ジンクリッチペイン

ト,異種接合面

1.はじめに

鋼橋の補修・補強工事において,ブラケットやあて板

等の鋼部材を追加設置する場合,その接合には高力ボル

ト摩擦接合が用いられることが多い.道路橋示方書(以

下,「道示」という.)では,高力ボルト摩擦接合継手部

の接触面について,黒皮を除去した粗面,または,ある

条件を満足する厚膜型無機ジンクリッチペイント面に

おいては,0.4以上のすべり係数が得られるものと考えて

よいとされている 1).

また,その他の接合面処理におけるすべり係数につい

ては,森らにより接合面の処理状態が異なるタイプの継

手試験体のすべり耐力試験を行った結果が報告されて

おり,ブラスト処理面,赤錆面,無機ジンクリッチペイ

ント面,および有機ジンクリッチペイント面のそれぞれ

の接合面処理に対してすべり係数が提案されている 2).

ここで,鋼橋の補修・補強工事の現場においては,新

たに設置する鋼部材の既設鋼部材との接合面について

は,製作工場から現場への運搬期間や架設期間における

防錆対策等を考慮して,無機ジンクリッチペイント面と

することが多い.一方,既設の鋼部材側の接合面の処理

については,狭隘な施工空間での素地調整となることや

近隣住居等への騒音等の問題から,ブラスト処理が困難

な場合が多い.そのような場合,電動工具を用いた 2種

ケレン程度の素地調整としている 3)が,2 種ケレン面に

対しては,無機ジンクリッチペイントを塗布することは

困難 4)である.

そこで,補修・補強工事における現場施工の制約条件

を考慮した,異なる接合面処理におけるすべり係数の評

価を行うため,無機ジンクリッチペイント面と異なる接

合面処理の組み合わせを対象にすべり耐力試験を実施

した.

一方,鋼橋の補修・補強工事において,閉断面部材に

鋼部材を通常の高力ボルトを用いて添接する場合,裏側

に手を入れるためのハンドホールを設置する必要があ

る.ハンドホールを設置すると,ハンドホール欠損部の

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補強を行う必要があり,施工手間も生じる.そこで,補

修・補強工事の現場では,裏側に手を入れなくても,専

用シャーレンチを用いて片面から締結できる高力ワン

サイドボルトを使用することもある.そこで,本研究で

は,通常の高力六角ボルトだけでなく,高力ワンサイド

ボルトを用いた場合も検討の対象とした.

2.試験供試体

2.1 試験供試体の形状

本試験で使用した鋼材の鋼種および材料特性,高力ボ

ルトの種類を表-1 と表-2 にそれぞれ示す.試験供試

体の母板には25mmと28mmの鋼材を,連結板には12mm

と 16mmの鋼材をそれぞれ使用した.

試験供試体の形状および寸法を図-1と表-3に示す.

図-1 に示すように,試験供試体はボルトを応力の作用

線上に 2本有する 2面摩擦継手とし,母板を 2枚の連結

板ではさむ構造とした.また,試験供試体の寸法は,高

力ボルト摩擦接合継手の設計・施工・維持管理指針(案)

5)を参考に,すべり係数を 0.4 と仮定して,すべり/降伏

耐力比 βdが 0.65 程度となるように,(1)式を用いて決定

した.

y1

dt d)-(W

Nnm

・・

・・・ (1)

ここで, :すべり係数 m:接合面の数

n:ボルト本数 N:設計ボルト軸力

W:板幅 d:孔径

t1:母板の板厚

y:鋼材の降伏点(規格値)

2.2 試験供試体の内訳

試験供試体の内訳を表-4 に示す.一般的に,新たに

設置する鋼部材については,製作工場から現場への運搬

期間や架設期間における防錆対策等を考慮して,既設鋼

部材との接合面を無機ジンクリッチペイント面とするこ

表-1 使用鋼材の鋼種および材料特性

板厚 降伏点 引張強度 ヤング係数

(mm) (MPa) (MPa) (MPa)

母板 SS400 28 287.0 463.9 2.10×105 0.305

連結板 SS400 16 265.0 443.1 2.12×105 0.299

母板 SS400 25 263.1 430.1 2.12×105 0.297

連結板 SS400 12 285.6 457.1 2.09×105 0.291

試験シリーズ

HB

OB

種別 材質ポアソン

表-2 使用ボルト

試験シリーズ

ボルトの種別ボルトの

等級ネジの呼び

首下長さ(mm)

有効断面積

(mm2)

HB 高力六角ボルト F10T M22 100 303

OB 高力ワンサイドボルト 97.6 235MUTF24

100

(a)平面図

(b)側面図

200 2005

図-1 試験供試体の形状

表-3 試験供試体の寸法

母板 t 1 連結板 t 2

HB 24.5 55 80 28 16 205 0.66

OB 26.0 60 90 25 12 177 0.65

板厚(mm) 設計ボルト軸力(kN)

すべり耐力比

β d(μ =0.4)試験シリーズ

孔径 d(mm)

縁端距離 e(mm)

ボルトピッチ p(mm)

表-4 試験供試体の内訳

素地調整 表面処理

1 2種ケレン(動力工具) - HB 5

2 1種ケレン(ブラスト処理) - HB 5

3 1種ケレン(ブラスト処理) 無機ジンクリッチペイント 75m HB 3

4 2種ケレン(動力工具) 有機ジンクリッチペイント 75m HB 5

5回転式動力工具

(ブリストルブラスター)- HB 2

6 2種ケレン(動力工具) - OB 3

type 連結板 試験シリーズ 供試体数

素地調整:1種ケレン(ブラスト処理)表面処理:無機ジンクリッチペイント 75m

母板

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とが多いことから,連結板については,新設の取り付け

部材を想定した 1 種ケレン(ブラスト処理 ISO Sa2

1/2)の後に厚膜形無機ジンクリッチペイント(以下,無

機ジンクという.)を 75m 塗布するものを標準とした.

なお,本試験では,接合面表面の違いがすべり係数に与

える影響を把握するため,両側の連結板とも同様の処理

としている.

既設部材を想定した母板は,補修・補強工事の現場で

は,狭隘な施工空間での素地調整となることや近隣住居

等への騒音等の問題から,ブラスト処理が困難な場合が

多く,そのような場合,ディスクサンダーなどの動力工

具を用いた 2 種ケレン程度の素地調整としている 3)こと

から,type1は,鋼材表面の黒皮をブラスト処理で除去し

た後に無機ジンクを塗装し,その後,写真-1 に示す動

力工具(ディスクサンダー)で 2 種ケレンを行ったもの

とした.なお,既設部材表面の塗料は,鉛系さび止め塗

料等が用いられているものもあるが,ここでは,現在第

1 層目に用いている無機ジンクを使用し,それを素地調

整で除去することとした.type2 は,ブラスト処理が施工

可能な場合に標準となる 1種ケレンを行ったもの,type3

は,新設工事との比較のために 1 種ケレンの後に無機ジ

ンクを塗布したもの,type4 は,type1 と同様に 2 種ケレ

ンを行った後に処理可能な塗装仕様として,厚膜形有機

ジンクリッチペイント(以下,有機ジンクという.)を塗

布したものとした.一般的な有機ジンクでは,すべり係

数 0.4 以上を確保できないため,高摩擦有機ジンクリッ

チペイントが開発されている 6)が,高摩擦有機ジンクリ

ッチペイントは最近あまり使用されておらず製造量が尐

ないため,ここでは,通常の有機ジンクでは,どの程度

のすべり係数を得ることができるのかを把握するために,

一般的な有機ジンクを使用した.

type5 は,1 種ケレン相当の素地調整が可能とされる 7)

回転式動力工具(ブリストルブラスター)を使用したも

のを,type6 は,閉断面部材の裏側に手を入れなくても,

専用のシャーレンチを用いて片面から締結できる高力ワ

ンサイドボルトを使用するものとした.なお,type6の母

板の素地調整は動力工具(ディスクサンダー)による 2

種ケレンとした.母板の表面処理状況の例を写真-2 に

示す.

なお,無機ジンクまたは有機ジンクの塗装をする試験

供試体は,素地調整終了後,すぐに塗装を開始し,2 時

間以内に塗装を終えた.一方,塗装をしない試験供試体

は,素地調整後 2 時間以内に防錆紙で包装し,試験を開

始するまで保管した.

2.3 試験供試体の接合面の処理

母板について,それぞれの試験供試体毎に,2 種ケレ

ン,1 種ケレンまたは回転式動力工具を用いて接合面の

素地調整を施工した直後に,小形表面粗さ測定機((株)

ミツトヨ製,サーフテスト 3A)を用いて,接合面の表面

粗さ(十点平均粗さ 8))を測定した.なお,表面粗さの

パラメータとしては,文献 5)において算術平均粗さRa

が推奨されているが,本試験では土木工事共通仕様書 9)

において,塗装施工時の素地調整後の表面粗さを管理し

ている十点平均粗さRz JISを用いることとした.測定位置

を図-2 に示す.鋼材の表面処理方法や塗装の有無によ

って計測位置を変えており,塗装をしない試験供試体

(a) type1(2種ケレン) (b) type2(1種ケレン)

(c) type3(無機ジンク) (d) type4(有機ジンク) (e) type5(回転式動力工具)

写真-2 type毎の母板の接合面処理状況の例

写真-1 動力工具(ディスクサンダー)

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(type1,type2,type6)は表面粗さの違いが直接試験結

果に影響を及ぼすため1枚の母板につき片面4 点×両面

の計 8 点の表面粗さを計測し,塗装をする試験供試体

(type3,type4)は塗装による影響が大きいと考えられる

ため塗装をする試験供試体より測点数を減らし,片面 1

点×両面の計 2 点の表面粗さを計測した.回転式動力工

具を使用した試験供試体 type5 については,片面 3 点×

両面の計 6点を計測した.

表面粗さ(十点平均粗さ)の計測結果を表-5に示す.

これより,1種ケレン後の表面粗さの平均は 71.0m Rz JIS

で,変動係数も 0.036 と非常に安定したものとなった.

一方,2種ケレン後の表面粗さの平均は34.1m Rz JISで,

変動係数は 0.069と,1種ケレンに比べて表面粗さはやや

小さな値で,ばらつきはやや大きくなった.なお,回転

式動力工具による素地調整後の表面粗さは38m Rz JIS程

度であった.道示 1)に摩擦接合面に対する表面粗さの既

定値はないが,鋼道路橋塗装・防食便覧 4)によれば,塗

装面に使用する表面処理は,塗装の膜厚を確保しやすい

ように,表面粗さは 80m Rz JIS以下とするように規定さ

れており,今回の素地調整はいずれもそれを満足する結

果となった.

次に,type3 と type4の母板には,素地調整後に塗装(無

機ジンクまたは有機ジンク)を施工する.また連結板に

はすべて 1種ケレンの後に,無機ジンクを塗装している.

そこで,塗装施工後の乾燥膜厚を電磁膜厚計((株)ケツ

ト科学研究所製,LM-100H)を用いて測定した.なお,

測定位置は,図-3 に示すボルト孔近傍において,ボル

ト孔端から約 10mm程度の箇所とした.母板は 1枚につ

き片面 4 点×両面の計 8 点,連結板は 1 枚につき片面 8

点×両面の計 16点の塗装膜厚を計測した.塗装膜厚の計

測結果を表-6 に示す.これより,母板の塗装膜厚は,

無機ジンク,有機ジンクとも,設計膜厚 75m に対し,

平均 82m 程度であり,変動係数も小さく,良好な結果

であった.一方,連結板の塗装膜厚は平均で 92.9m と

母板の膜厚に比べてやや大きい値であった.

2.4 試験供試体のボルト締め

(1) 高力六角ボルトのボルト締め

高力六角ボルトは,トルクレンチを用いて人力で締め

付けた.試験供試体のボルトの締め付けに先立ち,ボル

ト 5 本を用いて,ボルト軸部において対称となるように

ひずみゲージを 2 箇所貼り,ひずみの変化による軸力を

計測した.その結果をもとに試験供試体の軸力を導入し

た.なお,すべり側のボルト軸力は,設計ボルト軸力

205kNの1割増しの226kNを,固定側は2割増しの246kN

を,それぞれ目標として導入した.

連結板

母板母板

( :測定位置)

図-3 塗装膜厚の測定位置

表-6 塗装膜厚計測結果

平均

3-1 83.83-2 83.43-3 80.94-1 81.34-2 82.14-3 81.44-4 83.14-5 83.2

連結板 - 無機ジンク 8.32 0.09092.9

有機ジンク

塗装膜厚(m)type 塗装仕様

82.7無機ジンク

母板

種類標準偏差

変動係数

1.57 0.019

0.81 0.01082.2

(a) type1,type2,type6

(b) type3,type4

(c) type5

( :測定位置)

図-2 母板の表面粗さの測定位置

表-5 母板の表面粗さ計測結果

type別平均

全体平均

1-1 32.71-2 31.81-3 31.51-4 39.51-5 34.34-1 33.54-2 38.14-3 32.94-4 32.44-5 33.36-1 34.26-2 33.16-3 36.92-1 71.22-2 69.92-3 71.52-4 67.02-5 71.23-1 75.43-2 67.83-3 73.65-1 37.85-2 38.1

2.58 0.0361種ケレン

変動係数

37.9 0.15

34.0

72.3

34.0

Rz JIS(m)

34.1 2.37

70.2

type素地調整の

種類標準偏差

回転式動力工具

2種ケレン

0.004

34.7

0.069

71.0

37.9

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また,ボルトの締め付け作業完了後は,ボルト軸力の

リラクセーションを考慮し,すべり耐力試験終了までボ

ルトの軸力計測を行った.

(2) 高力ワンサイドボルトのボルト締め

高力ワンサイドボルトは専用のシャーレンチを用いて

締め付けた.高力ワンサイドボルトは,トルシア型高力

ボルトと同様に所定の軸力が導入されるとピンテールが

破断する構造となっており,ひずみゲージの貼り付けが

困難であった.そこで,キャリブレーション用のボルト

を別に 5 本用意し,専用のシャーレンチを用いて高力ワ

ンサイドボルトを締め付け,その後,ボルト軸力計(前

田金属工業(株)製,TMC-400)を用いて導入軸力の計

測を行った.軸力計測の状況を写真-3に示す.

高力ワンサイドボルトの軸力計測の結果を表-7 に示

す.今回使用した MUTF24 の設計ボルト軸力は 177kN

であることから,5 本のボルト軸力は,設計ボルト軸力

の 10~23%増しの 195kN~218kN,平均では設計ボルト

軸力の 17%増しの 208kN となった.

3.すべり耐力試験

3.1 試験方法

すべり耐力試験は,載荷能力 1,000kN のアムスラー型

万能試験機を用いて行った.なお,ボルト軸力のリラク

セーションを考慮し,締め付け完了から 24 時間後に試

験を行った.載荷方法は,載荷速度 0.1mm/min程度で試

験供試体を引っ張った.試験の実施状況を写真-4に示

す.

3.2 計測項目

載荷荷重の他,供試体の伸び,ボルト位置における母

板と連結板の相対変位,固定側とすべり側の母板間の相

対変位,並びにボルト軸力を計測した.相対変位の計測

位置を図-4に示す.

3.3 すべり荷重の定義

明瞭なすべり音が生じた場合は,すべり音の発生直後

に,荷重が低下もしくはほぼ一定の値を保つため,最大

の荷重をすべり荷重と定義した.

一方,明瞭なすべり音が生じない場合は,鋼構造接合

部設計指針 10)を参考に,母板と連結板の相対変位が

0.2mmに達した時の荷重をすべり荷重と定義した.

4.試験結果と考察

4.1 荷重と相対変位の関係

5 つのクリップ型変位計で計測された値と引張荷重と

の関係を,type1-2 と type2-2 を例に図-5 に示す.これ

より,2 例とも,固定側の 2 つの変位計の値は,ともに

荷重の載荷開始とともに線形的に増加し,その後,傾き

がやや緩やかになってから最大荷重を迎え,それほど大

きく変位することなく荷重が低下している.この最初の

写真-4 すべり耐力試験の実施状況

100

(a)平面図

(b)側面図

200 2005

●:クリップ型変位計

図-4 相対変位の計測位置図

(a) 締め付け状況 (b) 軸力計測

写真-3 高力ワンサイドボルトの軸力計測状況

表-7 高力ワンサイドボルトの軸力測定結果

ボルトボルト軸力

(kN)平均ボルト軸力

(kN)標準偏差

MUTF24-1 202

MUTF24-2 210

MUTF24-3 195

MUTF24-4 215

MUTF24-5 218

208 9.46

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線形的な増加は,クリップ型変位計の設置箇所間におけ

る鋼材の弾性変形と考えられ,その後,ある荷重から母

板と連結板間のすべりに伴う微小変位が加わっている

ものと考えられる.

すべり側の 2つの変位計の値に着目すると,type1-2で

は,すべり側の内側ボルトの相対変位は,最大荷重時ま

では固定側と同じように線形的に増加し,すべり側の外

側ボルトの変位量はそれよりも大きく,最大荷重の後は,

両側のボルトともに大きく変位している.一方,type2-2

では,概ね type1-2 と同じ傾向であるが,最大荷重まで

に大きく変位するのが,type1-2とは異なり,すべり側の

内側ボルトとなっている.いずれの試験供試体において

も,最大荷重時までは,すべり側の片方のボルト側は固

定側と同じような微小変位にとどまり,最大荷重時に,

すべり側のもう一方のボルト側とともに,大きく変位し

ている.また,他の試験供試体においては,図-5 に示

した type1-2や type2-2のようにどちらかの相対変位が大

きくなるものの他,すべり側の内側ボルトの相対変位と

外側ボルトの相対変位がほぼ同じとなるものもあった.

なお,type1-2と type2-2において先行してすべった面と,

接合面の塗膜の破損状況の関係について,以下の 4.5で

検討を行っている.

母板同士の相対変位(開口変位)については,連結板

と母板の相対変位に比べ大きな変位となっており,最大

荷重の後に,大きく変位している.最大荷重時までの変

位量が大きいのは,母板同士の開口部に対応する連結板

の弾性変形が加算されているためである.

すべり側の内側ボルト位置での母板と連結板の相対

変位に着目し,荷重との関係を整理したものを,試験供

試体の type 別に図-6 に示す.なお,すべり時に変位計

がはずれたため,それ以降の測定値(相対変位)が一定

となっているものが含まれているが,同図にはそのまま

記載している.

試験の結果,母板に有機ジンクを塗布した type4 の試

験供試体は,5 つの供試体とも,試験載荷時に明瞭なす

べり音は生じず,最大荷重もこの type4 以外の type の試

験供試体と比べ小さく,緩慢なすべりであった.その他

の試験供試体については,明瞭なすべり音を生じ,その

後,荷重が低下もしくはほぼ一定の値を保った.

4.2 すべり係数

すべり耐力試験結果を表-8 に示す.なお,表中のす

べり係数は,ボルト軸力を,設計ボルト軸力としたとき

のすべり係数を1,試験前(締め付け 24時間後)ボルト

軸力としたときのすべり係数を2,すべり時ボルト軸力

としたときのすべり係数を3として,式(2)によりそれぞ

れ算出した.

Nnm

P

(2)

ここで, P:すべり荷重 m:接合面の数(=2)

n:ボルト本数(=2) N:ボルトの軸力

type6の高力ワンサイドボルトについては,ひずみゲー

ジによる軸力計測を行えないため,導入ボルト軸力は表

-7 に示す平均値を括弧書きで示している.また,ボル

ト軸力低下率は,文献 11)において通常の高力ボルトと

同様な傾向を示すとされていることから,ここでは同じ

接合面処理である type1 の平均値と同じ値(4.3%)を用

いて試験前導入ボルト軸力を算出した.さらに,高力ワ

ンサイドボルトのすべり時の軸力は不明であることか

ら,すべり時のすべり係数は算出していない.

表中のすべり荷重において,荷重値に*印を付記した

ものは,明瞭なすべり音が生じず 0.2mmの相対変位時の

荷重を,すべり荷重としたものである.

ボルト軸力として試験前(締め付け 24 時間後)ボル

ト軸力を用いた場合のすべり係数2を試験供試体の type

毎に整理した結果を図-7 に示す.母板が有機ジンクの

type4 以外は,すべり係数 0.4 を満足し,無機ジンクと 2

種ケレン(type1)のすべり係数は 0.53であった.無機ジ

ンクと 1 種ケレン(type2)のすべり係数は 0.68 と高く,

かつ変動係数が小さい安定したものであった.新設を想

定した無機ジンク同士(type3)のすべり係数は 0.65 と,

無機ジンクと 1 種ケレン(type2)に比べやや小さいが,

0

50

100

150

200

250

300

350

400

450

500

550

600

0 0.2 0.4 0.6 0.8 1 1.2

荷重

(kN

)

相対変位(mm)

すべり側外

すべり側内

開口部

固定側内

固定側外

(a) type1-2(2種ケレン)

0

50

100

150

200

250

300

350

400

450

500

550

600

0 0.2 0.4 0.6 0.8 1 1.2

荷重

(kN

)

相対変位(mm)

すべり側外

すべり側内

開口部

固定側内

固定側外

(b) type2-2(1種ケレン)

図-5 荷重と変位の関係の例

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値としては高く,また変動係数も小さく安定したもので

あった.無機ジンクと回転式動力工具による素地調整

(type5)のすべり係数は 0.57であり,2種ケレン(type1)

の 0.53と 1種ケレン(type2)の 0.68の間の値であった.

また高力ワンサイドボルト(type6)のすべり係数は 0.47

であり,同じ接合面処理(無機ジンクと 2種ケレン)で

ある高力ボルト(type1)の 0.53 に比べて低いが 0.4以上

を確保できている.

ボルト軸力として設計ボルト軸力を用いた場合のす

べり係数1は,母板が有機ジンクの type4 は 0.4を満たさ

ないが,それ以外の試験供試体は,すべり係数が 0.53以

上で高い値を示した.また,各試験供試体のすべり係数

の大小の順は,1を用いる場合と2を用いる場合で変わ

らなかった.

ボルト軸力としてすべり時ボルト軸力を用いた場合

のすべり係数3は,1,2と同じ傾向であり,母板が有

機ジンクの type4 は 0.4を満たさなかった.また,すべて

の試験供試体において,すべり時のボルト軸力は試験前

ボルト軸力より低下しているため,3は2より大きくな

っているが,特に無機ジンクと 1種ケレン(type2)と無

機ジンク同士(type3)は,その他の試験供試体に比べて,

ボルト軸力の低下が大きいため,3と2の差が大きい結

0

50100

150

200250

300

350400

450

500550

600

0 0.2 0.4 0.6 0.8 1

相対変位(mm)

荷重

(kN

)

type1-1

type1-2

type1-3

type1-4

type1-5

0

50100

150

200250

300

350400

450

500550

600

0 0.2 0.4 0.6 0.8 1

相対変位(mm)

荷重

(kN

)

type2-1

type2-2

type2-3

type2-4

type2-5

(a) type1(2種ケレン) (b) type2(1 種ケレン)

0

50100

150

200250

300

350400

450

500550

600

0 0.2 0.4 0.6 0.8 1

相対変位(mm)

荷重

(kN

)

type3-1

type3-2

type3-3

0

50100

150

200250

300

350400

450

500550

600

0 0.2 0.4 0.6 0.8 1

相対変位(mm)

荷重

(kN

)type4-1

type4-2

type4-3

type4-4

type4-5

(c) type3(無機ジンク) (d) type4(有機ジンク)

0

50100

150

200250

300

350400

450

500550

600

0 0.2 0.4 0.6 0.8 1

相対変位(mm)

荷重

(kN

)

type5-1

type5-2

0

50100

150

200250

300

350400

450

500550

600

0 0.2 0.4 0.6 0.8 1

相対変位(mm)

荷重

(kN

)

type6-1

type6-2

type6-3

(e) type5(回転式動力工具) (f) type6(2種ケレン,ワンサイド)

図-6 荷重とすべり側内側ボルト位置での相対変位の関係

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果となった.なお,type2 と type3 のすべり時のボルト軸

力の低下が,その他の試験供試体と比べて大きい理由に

ついては,本試験結果からでは不明である.

4.3 ボルトのリラクセーション

ボルトの締め付け完了後から載荷試験前(締め付け 24

時間後)までの,ボルトのリラクセーションによる軸力

の減尐率は,母板,連結板ともに塗装した type3,type4

が平均で 5.4%に対し,連結板のみに塗装した type1,type2

および type5 は 4.0~4.3%と,前者の方が約 1%大きくな

った.これは接合面の塗装の合計膜厚の違いが軸力減尐

率に影響を及ぼしているものと考えられるが,その差は

小さくすべり係数に影響を及ぼすほどの差ではないと

考えられる.

4.4 すべり係数と表面粗さ

すべり係数と表面粗さの関係については,文献 12)に

おいて,ブラスト処理を施した鋼材表面のすべり係数を

整理するためのパラメータとしては,Ra2/RSm(Ra:算

術平均粗さ,RSm:平均長さ)が適しているとされてい

る.ただし,それは鋼材表面が粗面同士の結果であり,

本試験の片側が無機ジンクの場合とは異なっている.そ

こで,基礎的研究として,母板に塗装をしていない試験

供試体のすべり係数と表面粗さ(十点平均粗さ)Rz JIS

の関係を整理したものを図-8 に示す.なお,同図には,

文献 12)から収集したデータも加えている.

文献 12)は,母板と連結板を同じ接合面処理を行い,

表-8 すべり耐力試験結果

減少率 平均

(kN) (kN) (kN) (kN) (%) (%) (m) (m) (kN)

1-1 221.7 212.2 199.9 4.3 32.7 - 456.1 0.56 0.54 0.57

1-2 223.8 214.9 200.4 4.0 31.8 - 466.1 0.57 0.54 0.58

1-3 228.1 217.9 203.8 4.5 31.5 - 471.6 0.58 0.54 0.58

1-4 234.5 223.9 200.3 4.5 39.5 - 478.9 0.58 0.53 0.60

1-5 222.2 212.4 202.5 4.4 34.3 - 419.6 0.51 0.49 0.52

2-1 223.4 213.1 189.5 4.6 71.2 - 583.0 0.71 0.68 0.77

2-2 225.6 215.7 184.7 4.4 69.9 - 575.8 0.70 0.67 0.78

2-3 223.5 214.8 191.4 3.9 71.5 - 591.3 0.72 0.69 0.77

2-4 220.1 211.8 182.9 3.8 67.0 - 561.2 0.68 0.66 0.77

2-5 226.0 215.2 191.9 4.8 71.2 - 593.0 0.72 0.69 0.77

3-1 221.5 208.6 188.8 5.8 75.4 83.8 537.3 0.66 0.64 0.71

3-2 222.8 212.1 188.7 4.8 67.8 83.4 568.9 0.69 0.67 0.75

3-3 223.5 210.9 195.1 5.7 73.6 80.9 538.0 0.66 0.64 0.69

4-1 223.5 211.7 206.8 5.3 33.5 81.3 294.6* 0.36 0.35 0.36

4-2 226.7 215.4 206.7 5.0 38.1 82.1 323.6* 0.39 0.38 0.39

4-3 225.1 212.2 207.3 5.7 32.9 81.4 314.6* 0.38 0.37 0.38

4-4 221.6 209.1 202.5 5.6 32.4 83.1 290.7* 0.35 0.35 0.36

4-5 224.5 212.4 207.3 5.4 33.3 83.2 319.4* 0.39 0.38 0.39

5-1 222.7 214.2 200.2 3.8 37.8 - 504.4 0.62 0.59 0.63

5-2 224.2 214.6 200.4 4.3 38.1 - 466.3 0.57 0.54 0.58

6-1 (208) (199.1) - (4.3) 34.2 - 356.8 0.50 0.45 -

6-2 (208) (199.1) - (4.3) 33.1 - 390.4 0.55 0.49 -

6-3 (208) (199.1) - (4.3) 36.9 - 370.9 0.52 0.47 -

33

平均

0.61 0.040

- -

変動係数

すべり係数

11

平均

変動係数

2

0.37 0.038

設計ボルト軸力

導入ボルト軸力

試験前ボルト軸力

すべり時ボルト軸力

塗装膜厚

すべり荷重

2

平均

変動係数

0.57 0.048

0.77 0.005

0.72 0.037

0.56 0.045

0.71 0.020

表面粗さ

Rz JIS

0.037

0.67 0.027

4.0 0.57

5.4 0.65

177 (4.3) 0.47 0.037

0.59 0.039

0.53

5.4 0.36 0.0360.38 0.043

0.040

0.53 0.034

4.3 0.68 0.016

type

リラクセーション(24時間後)

205

4.3

0.022

0.53

0.68 0.65

0.36

0.57

0.47

0

0.1

0.2

0.3

0.4

0.5

0.6

0.7

0 1 2 3 4 5 6

すべ

り係

type

2種ケレン+無機ジンク 1種ケレン+無機ジンク

無機ジンク+無機ジンク 有機ジンク+無機ジンク

回転式動力工具+無機ジンク 2種ケレン(ワンサイド)+無機ジンク

平均値

図-7 type 毎のすべり係数2の比較

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すべり耐力試験を行った結果であり,すべり係数の算出

には設計ボルト軸力を用いているため,ここでは比較の

ため,設計ボルト軸力を用いたすべり係数1を用いて比

較検討する.なお,本試験結果では,1を用いる場合と

2を用いる場合で各試験供試体のすべり係数の大小の順

は変わらないことは確認されている.

本試験結果から,2 種ケレン(type1)と 1 種ケレン

(type2)と回転式動力工具による素地調整(type5)を比

較すると,2種ケレンは 31~40m Rz JISですべり係数1

=0.51~0.58に対し,1種ケレンは 67~72m Rz JISで1

=0.68~0.72,回転式動力工具は 38m Rz JIS程度で1=

0.57~0.62 と,十点平均粗さが大きいほどすべり係数1

が大きい結果となった.この理由として,無機ジンク面

に対して,表面の凹凸が大きい接合面処理の方が,すべ

り時に接合面の凹凸での引っ掛かりが大きく,それがす

べり耐力の増加に寄与しているものと考えられる.

次に,本試験結果と文献 12)との比較を行う.十点平

均粗さが 30~40m Rz JISの範囲では,本試験結果と文献

12)の試験結果のすべり係数は 0.5~0.6 と,同じような

値を示しているが,70m Rz JIS程度のすべり係数は,文

献 12)の試験結果は本試験結果に比べて小さな値となっ

ている.また,文献 12)の試験結果では,70m Rz JISの

すべり係数が40m Rz JISのすべり係数に比べ小さくなっ

ているが,これらは同じ素地調整を施工した後の接合面

における結果であり,本試験とは異なっている.すなわ

ち,本試験のように片側を無機ジンクとした場合,鋼材

と比べて相対的に軟らかい無機ジンク面にケレン面の

凹凸が引っかかりやすくなり,表面粗さの影響が大きく

なると推定される.

したがって,無機ジンク面と接する接合面の表面処理

は,表面粗さが粗い方がすべり係数が大きくなるものと

考えられ,十点平均粗さ Rz JISを大きくすることができ

れば,0.4 以上のすべり係数を使用できる可能性がある.

ただし,今回の試験の無機ジンク面は,塗装膜厚が平均

で 92.9m(設計膜厚は 75m)の場合の結果であり,無

機ジンクの膜厚がこれとは異なる場合については,今後

検討する必要がある.また,表面粗さが 80m Rz JIS以上

の場合についても,今後検討する必要がある.

4.5 すべり面の状況

すべり耐力試験終了後,試験供試体を解体してすべり

面の観察を行った.すべり面の状況を,type 毎に整理し

たものを写真-5に示す.なお,写真の上段が連結板を,

下段が母板を示しており,母板を写真の右方向に引っ張

ったものである.

これより,すべての試験供試体において,連結板のボ

ルト孔周辺においては,塗膜の損傷が見られた.母板に

塗装のない type1,type2,type5,type6 では,それぞれ程

度の差はあるものの,いずれも連結板の塗装が母板に付

着している様子が分かる.特に type2 の母板には,無機

ジンクが円形に付着している.そこで,type2 に着目する

と,連結板のボルト孔周辺においては,ボルト孔の端部

から35mm程度までの範囲において塗膜の損傷が見られ

た.そこで,type2の連結板の塗膜損傷が見られる範囲に

おいて,電磁膜厚計を用いて残存塗膜厚を計測したとこ

ろ,一部で無機ジンクがほとんど剥がれたと推定できる

箇所があるものの,概ね 60m 以上の膜厚となっており,

塗料の大部分は連結板に付着したままであった.これよ

り,塗装のない試験供試体のすべり面は無機ジンク層内

にあるため,連結板の無機ジンク層が内部で破壊する凝

集破壊であることがわかった.

連結板,母板ともに塗装されている type3 と type4につ

いては,type3は母板が,type4 は母板と連結板の両方が,

ボルト孔を中心に塗膜がはく離しているのように見え

る.これらの塗膜損傷は,いずれも塗装と鋼材の界面で

はなく,塗装内における凝集破壊であった.ただし,type4

において,無機ジンク内と有機ジンク内のどちらで破壊

したかはわからなかった.

以上より,本試験では,すべての試験供試体において,

塗装内ですべりが生じていることが確認された.したが

って,塗装(無機ジンクと有機ジンク)のすべり強度を

向上すると,0.4以上のすべり係数を使用できる可能性が

あると考えられる.

次に,4.1 において,すべり側のいずれかのボルトが

先行してすべることがわかったが,どちらが先行するか

はわからなかった.そこで,その際に対象とした type1-2

と type2-2 のそれぞれの連結板の塗装損傷状況を比較し

たものを写真-6 に示す.なお,写真の右方向に引っ張

っており,左側がすべり側の内側ボルト,右側が外側ボ

ルトを示している.これより,塗装損傷が激しいのは,

type1-2では右側(外側ボルト),type2-2 では左側(内側

ボルト)であり,荷重と変位の関係から先行してすべっ

たと想定されるものと一致している.ただし,これは一

例であり,今後詳細な検討が必要である.

0.0

0.1

0.2

0.3

0.4

0.5

0.6

0.7

0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100 110 120

表面粗さRzJIS(μ m)

すべ

り係

数μ

1

2種ケレン(type1)

1種ケレン(type2)

回転式動力工具(type5)

2種ケレン(ワンサイド,type6)

文献12

図-8 すべり係数1と十点平均粗さの関係

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5.まとめ

鋼橋の補修・補強工事の現場においては,既設鋼部材

の素地調整について,現場条件等から 1種ケレン(ブラ

スト処理)できない場合も多い.そこで,新設取り付け

部材の接合面は無機ジンクリッチペイント面とし,既設

部材側の接合面の素地調整や塗装仕様の種類を変えて,

すべり耐力試験を行った.本研究で得られた結果は以下

の通りである.

(1) 動力工具による 2 種ケレン面と無機ジンクリッチペ

イント面のすべり係数は 0.53 と,0.4 以上を確保で

きることがわかった.

(2) ブラスト処理面と無機ジンクリッチペイント面,無

機ジンクリッチペイント面同士のすべり係数は,と

もに 0.65以上であった.

(3) 通常の有機ジンクリッチペイント面と無機ジンクリ

ッチペイント面のすべり係数は,0.4を確保すること

ができなかった.

(4) 回転式動力工具による素地調整面と無機ジンクリッ

チペイント面のすべり係数は,1種ケレンのそれと 2

種ケレンのそれとの間であった.

(5) 高力ワンサイドボルトを用いた 2 種ケレン面と無機

ジンクリッチペイント面のすべり係数は,0.4以上を

確保できたが,通常の高力ボルトを用いた場合と比

べて小さくなる結果となった.

(6) 無機ジンクリッチペイント面とそれに接する粗面と

のすべり係数は,十点平均粗さが 80m Rz JIS以下の

範囲において,Rz JISが大きくなるにつれて,すべり

係数が大きくなる傾向にある.したがって,十点平

均粗さRz JISは,上記の異種接合面においてすべり係

数に影響を与える重要なパラメータであることがわ

かった.

(7) すべり耐力試験終了後に,試験供試体を解体してす

べり面の観察を行ったところ,いずれの type も塗装

内で凝集破壊していた.したがって,本試験の範囲

(a) type1(2種ケレン) (b) type2(1種ケレン) (c) type3(無機ジンク)

(d) type4(有機ジンク) (e) type5(回転式動力工具) (f) type6(2種ケレン,ワンサイド)

写真-5 type毎の接合面の状況の例(上段:連結板,下段:母板)

(a) type1-2

(b) type2-2

写真-6 塗装損傷状況の比較

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においては,塗装内のすべり強度がすべり耐力に影

響を及ぼすことがわかった.

本試験では,試験供試体の数が尐ないものあり,また

素地調整ではばらつきも考えられるため,今後は,無機

ジンクの膜厚を変えた実験や,十点平均粗さを 80m Rz

JIS以上にした実験などを行い,データの蓄積を図る必要

がある.また,補修・補強の現場では,鋼部材が腐食し

て減肉している場合もあるため,そのような場合の摩擦

接合面の挙動について検討する必要があると考えてい

る.

謝辞

本試験の実施にあたり,試験供試体の製作は(株)駒

井ハルテック,高力ワンサイドボルトの施工にあたって

は(株)ロブテックスファスニングシステム,ブリスト

ルブラスターの施工にあたっては関西ペイント(株)お

よびゴトー電機(株)のそれぞれの関係各位にご協力頂

いた.ここに記して謝意を表します.

参考文献

1) 日本道路協会:道路橋示方書・同解説 Ⅱ鋼橋編,

2002.3.

2) 森猛,南邦明,井口進,山口隆司:接合面処理方法

と品質を考慮した高力ボルト摩擦接合継手すべり係

数の提案,土木学会論文集A Vol.64 No.1,PP.48-59,

2008.1.

3) 阪神高速道路公団:道路構造物の補修要領 第 1 部

鋼構造物 第 3編 鋼桁切欠部の補修要領,2005.4.

4) 日本道路協会:鋼道路橋塗装・防食便覧,2005.12.

5) 土木学会:高力ボルト摩擦接合継手の設計・施工・

維持管理指針(案),2006.12.

6) 藤原博,紫桃孝一郎,平野晃:高摩擦有機ジンクリ

ッチペイントを用いた高力ボルト摩擦継手のすべり

試験,橋梁と基礎 2004-10,PP.39-44,2004.10.

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による素地調整,Structure Painting Vol.38 No.2,

PP.38-43,2010.10.

8) 日本規格協会:製品の幾何特性仕様(GPS)-表面性

状:輪郭曲線方式-用語,定義及び表面性状パラメ

ータ,2001.

9) 阪神高速道路株式会社:土木工事共通仕様書,2009.2.

10) 日本建築学会:鋼構造接合部設計指針,2006.3.

11) 鈴木博之,川辺裕一,藤永政司,中島一浩:高力ワ

ンサイドボルト摩擦接合継手の基礎的特性,鋼構造

年次論文報告集第 15巻,2007.11.

12) 森猛,田坂康介,一宮充,小笠原照夫:鋼材の表面

粗さパラメータと高力ボルト摩擦接合継手のすべり

係数,土木学会論文集A1(構造・地震工学) Vol.67

No.2,pp.446-453,2011.

(2011年 9月 14日受付)