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リバーフロント研究所報告 第 25 号 2014 年 9 月 - 17 - 夕張川等の低平地における水循環に関する研究 -地域の暮らしを水循環の視点から考える- A study on water cycle in the Yubari and other rivers in the low plain -Life in local community through a water cycle perspective- 河川・海岸グループ 研 究 員 五十嵐 武 水循環・まちづくりグループ グループ長 柏木 才助 河川・海岸グループ 研 究 員 岩田 直人 明治 2 年(1869)の開拓当初、夕張川・千歳川低平地一帯は、泥炭分布域にあわせ湿地が広がり居住や営農に適 した環境にはなかった。今日では、湿原は広大な農耕地へと変貌し、西側縁辺には千歳市・恵庭市などの市街地 が発達し、北海道民の豊かな暮らしの基盤を成す地域となっている。既往文献や観測資料から、これら変貌は定 性的には水循環機構の変化が大きく影響し、結果として人々の暮らしを規定していると想定される。 このため本稿では、3 次元水循環解析モデルを用いて、地域経済の発展と水循環機構の関わりを推察するとと もに、身近な例として、夕張川高水敷に残る高位泥炭地において高層湿原植生の再生を行おうとする箇所での水 循環機構の分析を通して、水循環が地域の風土や暮らしに関わる重要な視点であることについて報告する。 検討では、この地を生産性の高い農耕地へと開拓し移住可能な地へと転換が図られた背景には、捷水路事業等 の治水事業により河川水位の低下とはん濫の防御がなされ、圃場整備と相まって地下水位の低下が進行した事が 寄与していることを明らかとした。また、夕張川の高層湿原植生再生箇所では、地下水位の高い湿潤な環境の形 成が重要とされるが、ほぼ域外からの地下水の供給はなく降雨に依存して地下水位が形成されるため、小雨の年 には蒸発散の影響が強く表れ湿潤な環境を維持できない恐れがあることが示唆された。これら一連の検討を通し て、通常では目に見えない水の循環が、自然と共存した豊かな暮らしと深い関わりを持つことを明らかとした。 キーワード: 経済発展、水循環、自然再生、湿地 At the beginning of the frontier era in the second year of Meiji Period (1869), in the low plain in Yubari and Chitose Rivers along with peat distribution area, wetland was expansive, and there was not an appropriate environment for human inhabitation and farmland. Today, the wetland was changed to farmland, and western edge of the area has been developed into the cities of Chitose and Eniwa, forming fundamental areas for better living for people in Hokkaido. Existing literature and field data help us estimate that these changes are impacted by the changes in water cycle mechanism qualitatively and estimated to form community life. Thus, this paper, by using a 3-dimentional water cycle model, estimates the relationship between development of the local economy and water cycle mechanism as well as reports water cycle as an important perspective that relates to community life and living through an analysis of water cycle mechanism at Yubari River Floodplain where upland bogs still exist and recover of naturally raised bogs are being attempted. The study revealed river management such as shortcut projects lowered river level and floods were under control along with growing development of farmland, groundwater level was lowered progressively and thereby contributing to this barren land turned into highly productive farmland and habitable place. Additionally, it is regarded important to create an environment that hosts high moisture with high groundwater level for the recovery of raised bog-plant community in Yubari River Foodplain. However, since groundwater is formed without groundwater supply from other areas, and the supply is dependent on rain water, it is indicated that when there is not much rain in a year, evapotranspiration impact is likely seen and the area might not able to maintain moist environment. It was shown from the series of findings, usually unseen water cycle has detailed relationship with living co-existing with natural environment. Key Words:economic development, water cycle, re-creating natural environment, wetland

夕張川等の低平地における水循環に関する研究 · 2019. 10. 18. · リバーフロント研究所報告 第25号 2014年9月 - 17 - 夕張川等の低平地における水循環に関する研究

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リバーフロント研究所報告 第 25 号 2014 年 9 月

- 17 -

夕張川等の低平地における水循環に関する研究

-地域の暮らしを水循環の視点から考える-

A study on water cycle in the Yubari and other rivers in the low plain -Life in local community through a water cycle perspective-

河 川 ・ 海 岸 グ ル ー プ 研 究 員 五十嵐 武

水循環・まちづくりグループ グループ長 柏木 才助

河 川 ・ 海 岸 グ ル ー プ 研 究 員 岩田 直人

明治 2年(1869)の開拓当初、夕張川・千歳川低平地一帯は、泥炭分布域にあわせ湿地が広がり居住や営農に適

した環境にはなかった。今日では、湿原は広大な農耕地へと変貌し、西側縁辺には千歳市・恵庭市などの市街地

が発達し、北海道民の豊かな暮らしの基盤を成す地域となっている。既往文献や観測資料から、これら変貌は定

性的には水循環機構の変化が大きく影響し、結果として人々の暮らしを規定していると想定される。

このため本稿では、3 次元水循環解析モデルを用いて、地域経済の発展と水循環機構の関わりを推察するとと

もに、身近な例として、夕張川高水敷に残る高位泥炭地において高層湿原植生の再生を行おうとする箇所での水

循環機構の分析を通して、水循環が地域の風土や暮らしに関わる重要な視点であることについて報告する。

検討では、この地を生産性の高い農耕地へと開拓し移住可能な地へと転換が図られた背景には、捷水路事業等

の治水事業により河川水位の低下とはん濫の防御がなされ、圃場整備と相まって地下水位の低下が進行した事が

寄与していることを明らかとした。また、夕張川の高層湿原植生再生箇所では、地下水位の高い湿潤な環境の形

成が重要とされるが、ほぼ域外からの地下水の供給はなく降雨に依存して地下水位が形成されるため、小雨の年

には蒸発散の影響が強く表れ湿潤な環境を維持できない恐れがあることが示唆された。これら一連の検討を通し

て、通常では目に見えない水の循環が、自然と共存した豊かな暮らしと深い関わりを持つことを明らかとした。

キーワード: 経済発展、水循環、自然再生、湿地

At the beginning of the frontier era in the second year of Meiji Period (1869), in the low plain in Yubari and Chitose

Rivers along with peat distribution area, wetland was expansive, and there was not an appropriate environment for human

inhabitation and farmland. Today, the wetland was changed to farmland, and western edge of the area has been developed

into the cities of Chitose and Eniwa, forming fundamental areas for better living for people in Hokkaido. Existing

literature and field data help us estimate that these changes are impacted by the changes in water cycle mechanism

qualitatively and estimated to form community life.

Thus, this paper, by using a 3-dimentional water cycle model, estimates the relationship between development of the local

economy and water cycle mechanism as well as reports water cycle as an important perspective that relates to community

life and living through an analysis of water cycle mechanism at Yubari River Floodplain where upland bogs still exist and

recover of naturally raised bogs are being attempted.

The study revealed river management such as shortcut projects lowered river level and floods were under control along

with growing development of farmland, groundwater level was lowered progressively and thereby contributing to this barren

land turned into highly productive farmland and habitable place. Additionally, it is regarded important to create an

environment that hosts high moisture with high groundwater level for the recovery of raised bog-plant community in Yubari

River Foodplain. However, since groundwater is formed without groundwater supply from other areas, and the supply is

dependent on rain water, it is indicated that when there is not much rain in a year, evapotranspiration impact is likely seen

and the area might not able to maintain moist environment. It was shown from the series of findings, usually unseen water

cycle has detailed relationship with living co-existing with natural environment.

Key Words:economic development, water cycle, re-creating natural environment, wetland

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持続可能で活力のある流域社会の形成に向けた研究報告

- 18 -

1.はじめに

北海道道央地域に位置する石狩川下流左岸の支川夕

張川ならびに千歳川に挟まれた低平地一帯は、広大な

田畑で農業が営まれ、西側縁辺には江別市、北広島市、

恵庭市ならびに千歳市などの市街地が発達し、野幌丘

陵を挟んで札幌市と隣接する北海道民の豊かな暮らし

の基盤を成す地域となっている。

北海道の本格的な開拓は、明治 2年(1869)に開拓使

が設置されたことに始まるが、かつてこの地は、泥炭

分布域にあわせ湿原が広がり、地下水位が高い湿潤か

つ軟弱な土地となっていた。また、春の融雪出水、夏

の雨による洪水により、毎年のようにはん濫が起きる

不安定で湿潤な環境におかれていた。

図-1 対象地域

これらを踏まえ、本稿は、当該地域が経済発展をと

げた背景と発展の過程で失われた湿原との間には、水

循環機構の変化が深く関わりを持つことを示すととも

に、より身近な事例として、地域の暮らしをより豊か

にするため現在、北海道開発局にて構想している湿地

の再生と水循環との関わりを示すことによって、水循

環が地域の風土や暮らしに関わる重要な視点であるこ

とについて報告するものである。

2.開拓の歴史

対象地域の開拓の歴史に併せ、同時に生じていた事

象を整理・分析することで、経済発展と水循環機構と

の関係を推測する。

2-1 開拓の必要性

北海道の開拓は、明治初期に始まり、札幌市周辺は

明治 10 年に入殖が完了し、その後、土地選定の早かっ

た千歳川、夕張川沿いの入殖が始まり、江別(明治 11

年)、広島(明治 16 年)、千歳(明治 17 年)ならびに野幌

(明治 18 年)へと広がっていった。

開拓当初、原始河川であった石狩川沿川一帯は、河

岸の自然堤防と一面の低平な湿地であり、春の融雪出

水、夏の雨による洪水と、毎年のように洪水はん濫が

起きる湿潤な環境におかれていた。石狩平野への入殖

は概ね明治 20 年代に全域に広がっていた。明治 31年

9 月(1898)には、未曾有の大洪水に見舞われ石狩平野

の全域に亘り浸水が生じ(図-2)、この洪水を契機とし

て本格的に治水対策が進められることとなった。

図-2 明治 31 年 9 月洪水 1)

また、これまでの浸水被害が生じる要因としては、

河川が手つかずの原始河道であったことに加え、標高

10m 以下の範囲が本川で 50km 上流まで、千歳川では

60km 上流まで及ぶ低平な地形に起因していた。

図-3 石狩川地形図 1)

出典:捷水路/山口甲ら,1996

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リバーフロント研究所報告 第 25 号 2014 年 9 月

- 19 -

更に、泥炭層という特殊な軟弱層が広く基盤を形成

していたため(図-4)、地下水位が高く農耕地として適

さない環境にあった。

図-4 泥炭分布図 1)

これらの状況から、この土地を生産性の高い農耕地

に開拓し移住可能地とするためには、はん濫を防止す

るとともに、河川水位を下げ泥湿地帯の排水を促進す

ることが喫緊の課題であった。

以降、明治 43 年に本格的治水工事に着手され約 100

年が経過するが、今日の発展に至った地勢的変化につ

いて調査・分析する。

2-2 河川平面形の改変

入殖当時、原始河道で極端な蛇行河川であった石狩

川水系の河川は、現在までに捷水路事業、河床掘削、

築堤などの多数の事業が実施され河川の平面形状が改

変されてきている(図-5)。

・大正 7年以降、積極的に捷水路工事

(石狩川:河道延長約 60km 短縮)

・支川でも多数実施

(夕張川を千歳川から分離)

(千歳川を長都沼から分離)

図-5 夕張・千歳川周辺の地形改変を伴う主要事業

2-3 河道縦横断面の変遷

石狩平野のはん濫を防止し、河川の常時水位の低下

を図るため、主要河川は順次改修が進められた。

(1) 石狩川

対象地域を流下する石狩川下流 0~50km 間の河床は、

過去の測量資料より昭和 7年からの約 30 年間に、2~

3m 程度低下していることが確認される。また、石狩大

橋地点(石狩川26.5k)の横断図をみても昭和30年当時

から河積が大きく拡大していることが確認される。

図-6 河道断面の経年変化(石狩川)

(2) 夕張川

夕張川は、かつて千歳川へ合流していたが、大正 11

年(1922)に新水路事業に着手し、昭和 11 年(1936)には

直接石狩川に注ぐ新水路が整備され、千歳川から切り

離されている。その後も整備は進められ、現在の河床

は昭和 28 年(1953)から 50 年間に概ね 2~4m 程度低下

している。

図-7 平均河床高の変遷(夕張川)

(3) 千歳川

千歳川は、沿川のはん濫原が極端な低平地であり河

川勾配が 1/6,000 程度の区間が下流から中流にかけて

連続し、石狩川合流点から上流 40km 付近まで石狩川本

川の背水の影響を受ける特徴を有した河川である。

河道の変遷を見ると、現在の河床は昭和 27 年(1952)

から約50年の間に概ね2~3m程度低下しており(図-8)、

河積は 2倍程度に拡大している(図-9)。

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持続可能で活力のある流域社会の形成に向けた研究報告

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図-8 平均河床高の変遷(千歳川)

図-9 河道断面の経年変化(千歳川 28km 付近)

2-4 河川水位の変遷

これら河川改修が進められた効果は、河川水位の変

遷を調査・整理することにより目に見える形で顕在化

していることが確認できる。

以下に示す図-10 は、対象となる低平地を貫流する

千歳川に加え、千歳川に多分に影響を与える石狩川の

年平均水位を経年的に整理したものである。

図-10 河川水位の変遷(千歳川・石狩川)

これより千歳川の河川水位は経年的に大きく低下し

ていることが確認できるが、その変遷を治水事業の実

施時期と照らし合わせ分析することで下記のことが確

認された。

(1) 第Ⅰ期の変動[水位低下開始]

大正 7年(1918)~昭和 8年(1933)にかけて実施され

た石狩川本川の捷水路第一区工事(千歳川合流点より

下流の生振捷水路、対雁捷水路などの工事)の影響が大

きく、石狩大橋の水位が昭和 5年頃(1930)を境に低下

し、千歳川においても合流点に近い観測所ほどその影

響が顕著となっている。なお、その影響程度は、千歳

川下流1.5m~上流0.5m程度の水位低下となっている。

(2) 第Ⅱ期の変動[水位低下速度の増大]

第Ⅰ期とは理由を異として石狩川の水位変動は見ら

れない。昭和 30 年代には、石狩川の捷水路事業は夕張

川合流点より上流工区に進捗しており、急激な水位低

下は、千歳川の河道掘削・拡幅ならびに千歳川と長都

沼を分離させる新水路整備等の規模の大きな切り替え

工事の時期と合致し直接的な影響によるものであるこ

とが確認された。なお、千歳川の水位低下は、石狩川

の捷水路事業による効果も含めると、開拓当初の明治

時代から下流 4m~上流 3.5m 程度と大きく低下してい

る。

2-5 地下水位の変遷

本格的な治水事業が開始され、今日までに 100 年強

の時間が経過しており、過去の地下水位の観測記録に

ついては情報が限られた。北海道水理地質図幅説明書

[第 8号札幌]に記載がみられ時点の記録であるが、昭

和 30 年代の自由地下水位は G.L.-0~3m 程度であり、

地表付近に自由地下水位が位置していたと推定した。

また、近年の自由地下水位は、北海道開発局札幌開

発建設部にて経年的に記録がみられ G.L.-2~4m 程度

となっている。過去 15 年程度で 0.2~1m 程度の低下傾

向を示す観測井が多く確認され、今なお低下し続ける

河川水位に追随するように地下水位が低下しているこ

とが想定された。

2-6 土地利用の変遷

このように過去 100 年にわたり進められてきた治水

事業により、はん濫を防止し常時の河川水位を下げ、

圃場整備と相まって泥湿地帯の排水を促進したことに

合わせて土地利用も変化を見せた。

(1) 山裾の開発期[M29(1896)~T5(1916)]

明治 29 年(1896)当時は、低平地一帯を湿地が占めて

東光

裏の沢

南6号樋門

舞鶴

西越

-3

0

3

6

9

12

15

0 4 8 12 16 20 24 28 32 36 40 44

平均

河床

高(T.

P.m

河道距離 (km)

千歳川昭和27年 (1952)

昭和38年 (1963)

昭和46年 (1971)

昭和58年 (1983)

平成17年 (2005)

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リバーフロント研究所報告 第 25 号 2014 年 9 月

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図-11 土地利用の変遷

いたが大正 5 年(1916)にかけて農地が急増してい

る。一方で湿地の減少は緩やかである。これは、は

ん濫被害のリスクが少なく地下水位が比較的低い

「山裾」の開拓から始まっていることによると考え

られる。

(2) 低平地への開発進行・促進期

[T5(1916)~S28(1953)]

農耕地の拡大と湿地の減少にほぼ同率で反比例の関

係がみられるが、これは大正 7年(1918)から昭和 12

年 (1937)にかけて実施された石狩川下流の捷水路工

事、昭和 11 年(1936)に通水した夕張川新水路などに伴

う河川水位の低下時期が含まれ、浸水リスクの低減と

地下水位の低下が低平地への進出を可能にしてきた結

果と考えられる。

(3) 湿原消失期[S28(1953)~S60(1985)]

圃場整備による排水路等の整備と相まって、昭和 40

年(1965)には農耕地が現在の状況に近づくまでに拡大

している。残された湿地は、長都沼周辺の僅かとなっ

ていたが、昭和 36 年(1961)には、千歳川と長都沼を分

離する「長都新水路」が通水し、昭和 60 年(1985)まで

には、かつて低平地を埋め尽くしていた湿地はほとん

どが農耕地や宅地へと変貌している。

これら既往の文献や観測資料から定性的には、明治

の開拓当初に低平地一帯に広がっていた泥湿地が、生

産性の高い農耕地へ開拓され、移住可能な地へと転換

が図れた背景には、捷水路事業等の治水事業により河

川水位の低下とはん濫の防御がなされ、圃場整備と相

まって地下水位の低下が進行した事と因果関係が強い

と考えられた。

なお、昭和 28 年度の低平地横断測量と現在の地形測

量とを比較したところ、道路、市街地以外の部分は標

高に大きな変化は見られなかったことから、圃場整備

により土質改良、排水改良は行われたが、大規模な盛

土は成されていないと推察された。

図-12 土地利用の変遷 1)

3.地域経済の発展と水循環機構の関わりの把握

過去の記録から定性的に推定した地域経済の発展と

水循環機構の関わりを、3 次元水循環解析を行うこと

で定量化しかつ、視覚化する。

3-1 水循環モデルの概要

解析では、河川改修や土地利用変化等が反映できる

とともに、かつて広がりを見せていた湿原とその消失

に深く関わる地表付近の自由地下水の追跡が重要と考

えられることから、以下の条件を勘案できる「統合型

水循環シミュレータ」を用いた。

・ 地形、地質ならびに土地利用変化等を物理モデルと

して 3次元的に表現可能である。

出典:捷水路/山口甲ら,1996

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持続可能で活力のある流域社会の形成に向けた研究報告

- 22 -

・ 表流水、地下水間の伏没、湧出などの相互関係を完

全連成で一体として解くことができる。

・ 不飽和帯の地下水流動を気相と液相の 2 相以上の

流れとして解析でき、地表付近の不飽和特性を的確

に表現できる。

・ 降雨、日照時間、気温に伴う蒸発散量の変化など、

気候変動に伴う影響を考慮できる。

また、解析では低平地の事象の再現性に主眼を置く

ため、やや空間解像度の粗い山地流域まで含んだ「広

域モデル」と、空間解像度を高めて再現性を高めた「低

平地モデル」を組み合わせた。なお、低平地モデルの

境界条件は、広域モデルから与え、広域に水収支を整

合させるものとした。

図-13 解析対象範囲

図-14 低平地モデル(3次元地層)

3-2 モデルの構成

かつて湿原が残存していた昭和 30 年代の環境と開

発が進行した現在との水循環機構の変化を比較するも

のとした。このため、下記の物理環境にて「過去」と

「現在」をモデル化した。なお、収集できた 古の河

道測量資料を用いることで物理的に妥当性を確保する

としたため、過去を昭和 30 年代とした。

表-1 モデルの構成

3-3 モデルの検証

定量的な検証資料が得られる現状においてモデル検

証を行った。検証要素は、夕張川、千歳川の河川流量・

河川水位ならびに、低平地部の主要地点における地下

水位とし、概ね良好な再現性が得られた。

図-15 河川流量の検証結果(千歳川筋)

図-16 河川水位の検証結果(夕張川筋)

配 色

下部層

非熔結部

熔結部

強風化部

弱風化部

新鮮部

盛土・埋め土

地質時代 水理地質区分

主要な水域

表層土層・耕作土

第四紀

完新世

泥炭層上部層

上部粘土層

上部砂層

中部粘土層

下部砂礫層

更新世

最上部更新統

支笏火砕流堆積物

第四紀

および

先第四紀

基盤岩類支笏火砕流等

を除く第四紀火山。新

第三紀以前の地層。火

成岩。

その他更新統

0

20

40

60

80

100

1200

20

40

60

80

100

120

2007/01/01 2008/01/01

降水

量(m

m/d)

河川

流量

(m3/s)

西越(国) 降水量:裏の沢(国) 計算値 観測値

0

20

40

60

80

100

1206 

10 

11 

12 

2007/01/01 2008/01/01

降水

量(m

m/d)

河川

水位

(TP. m)

清幌橋(国) 降水量:裏の沢(国) 計算値 観測値

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リバーフロント研究所報告 第 25 号 2014 年 9 月

- 23 -

図-17 地下水位の検証結果(低平地)

3-4 解析条件

気象条件を同様とし、湿原が残存していた過去と開

発の進行した現在で、どのように水循環機構が異なる

か相対比較するため、下記を解析条件とした。

なお、用いる気象条件は、近 10 ヶ年のうち平均的な

年となる 2005 年とした。また、蒸発散量の算出には気

温と日照時間を条件とするハーモン法を用いた。

表-2 解析条件

3-5 解析結果と考察

(1) 地下水位の分布

自由地下水位を面的に把握したうえで、過去と現在

の自由地下水位分布の差分[過去-現在]を図-18 に示

す(以降、単に地下水は自由地下水を指す)。

これより、全体的に湿原が残存していた昭和 30 年頃

の地下水位が高い傾向にあることが確認される。個別

には次の通りである。①千歳川は昭和 30 年以降に河川

改修が進捗し沿川の地下水位が低下した。②長都沼周

辺は、昭和 30 年以降に幅広水路や用排水路が整備され

地下水位が低下した。③夕張川新水路右岸では、昭和

30 年以降に幌向新水路や用排水路が整備され、境界に

位置する幾春別川の河川改修も進んだことから地下水

位が低下した。④夕張川新水路左岸では、昭和 30 年頃

には未開発の原野であったが、以降、圃場整備がなさ

れたことから特に地下水位の低下が大きい。

図-18 自由地下水位分布の差分(過去-現在)

(2) 地下水位の低減量

低平地に現存する複数の観測井位置において地下水

位の低減量を確認した。

観測井の位置により現況の観測値と計算値に多少の

ばらつきは見られるが、昭和 30 年頃から現在までの間

に、約 1~3m 程度の地下水位の低下が認められる。な

お、過去の観測は無い。

図-19 自由地下水位の低減量(過去→現在)

(3) 地下水の湧出環境

昭和 30 年代の土壌環境は表流水と地下水の交換が

盛んで、特に湿原が残存していた付近は湿潤な環境に

あったことが想定される。これは、地表面付近の水の

流れを視覚化することで確認できる。

図-20 には、表土層基底面に位置する水粒子を追跡

した軌跡を示す。図中の赤線は地下水状態での流れを、

青線は表流水としての流れを示すが、昭和 30 年代は旧

水位の増減高 (m)

5 ≦ 4 - 5 3 - 4 2 - 3 1 - 2 0 - 1-1 - 0-2 - -1-3 - -2-4 - -3-5 - -4 < -5

①千歳川沿川

②長都沼周辺

③夕張川右岸

④夕張川左岸

中央長都排水機場上流1号

千歳川左岸KP25.4上流2号

南9号排水機場上流2号

南9号排水機場地先2号

小学校跡地3号

南6号排水機場2号

幌達布小学校3号

幌達布No.2 3号

-5

-4

-3

-2

-1

0

-5-4-3-2-10

観測地下水位(G.L.m)

計算

地下

水位

(G.L

.m)

【過去】

【現況】

ストレーナTP.0m ~ -3m

0

20

40

60

80

100

1202

4

6

8

10

12

14

'07/01/01 '08/01/01

降水

量(m

m)

地下

水位

(TP.m)

根志越2699 2号 降水量:裏の沢(国) 観測値 計算値

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持続可能で活力のある流域社会の形成に向けた研究報告

- 24 -

図-20 過去と現在の流線軌跡(表土層基底面の水粒子の軌跡) 図-21 旧版地形図(S30 年代)

版地形図に示される開発の進んでいない湿原に該当す

る広い範囲で、地下水が容易に地表へ湧出する環境に

あったことが確認できる。

3-6 まとめ

これまでの検討により下記が確認された。

①治水対策としての石狩川や夕張川、千歳川などの河

道掘削が進められた結果、大幅に河川水位が低下し、

圃場整備による用排水路の整備と相まって地下水

位が全体的に下げられた。

②地下水位の低下が湿地への地下水流入(湧出)量を減

少させた結果、乾燥化が進み更に開発を促進させた。

③治水事業と土地改良事業が一体となって進められた

人為的改変が広域に水循環機構に変化を与え、地域

の発展を促すとともに豊かな暮らしを支えている。

4.地先の自然再生と水循環機構の関わりの把握

湿地の再生が構想されている地区において、水循環

機構の関わりを 3次元水循環解析を行うことで定量化

しかつ、視覚化することにより湿地再生を検討してい

く際の重要な基礎資料を得ることができる。

4-1 湿地再生を目指した試み

開拓の歴史の中で、かつての広大な湿原は消失し、

一方で地域経済は発展し人々の暮らしを豊かなものと

した。経済的な豊かさを得て人々の価値観は多様化し、

今日では自然との共生が尊ばれる時代となっている。

これらの時代的背景をもとに、北海道開発局では夕

張川の右岸高水敷上に残る泥炭地を活用して希少な高

層湿原植生(ほろむい七草、ミズゴケ属等) の再生を

構想している。

写真-1 湿地再生を行おうとする箇所の様子 2)

図-22 湿地再生を行おうとする箇所の断面イメージ

湿地再生を行おうとする箇所では図-22 に示すよう

に低水路側と堤防側の高水敷の間に、1m 程度の段差が

あり、堤防側の上段部から水分のしみ出しが発生(写真

-2)して乾燥化が進行しており、本来の泥炭地の植生で

はない乾性のオオアワダチソウ等がみられるようにな

っている。

湿地再生を 目指す箇所

※高水敷に高位泥炭が分布

夕張川

鶴沼など

幌向原野

長都沼など

出典:石狩川下流幌向地区自然再生実施計画書/2014,3

右岸堤防

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リバーフロント研究所報告 第 25 号 2014 年 9 月

- 25 -

写真-2 段差部からの地下水のしみ出しの様子 2)

このため以降では、3 次元水循環解析にて現況と問

題に対する対策を実施した際の検討を行うことで対象

箇所の水循環機構を解明し、今後踏まえるべき問題点

等について明らかとする。

4-2 水循環モデルの概要

解析には、統合型水循環シミュレータを用いた。ま

た、3次元モデルの地形は、LP データに基づき、地質

は既往の地質調査資料に基づいた。

図-23 平面格子モデルと地下水観測孔位置

図-24 3 次元モデル

4-3 モデルの検証

検証は、高層湿原植生の生育条件に密接に関係する

と考えられる泥炭層内の地下水位とし、主に透水係数

と不飽和特性を対象箇所での観測地下水位を再現する

よう調整した。地下水観測は、2012 年の半ばから行わ

れていたが、周辺の境界条件を定めるに必要な 2012~

13 年の水文観測資料が確定していなかったことから、

観測年の有効降雨と同等となる 2005 年を検証年とし

た。なお、2005 年は近 10 ヶ年の平水年に値する。

観測年と検証年が異なるため上下に分けて検証結果

を示す。これより観測と解析は、季節変動や降雨への

応答、地下水位の変動幅が積雪期を除き類似し、概ね

再現できたものと判断した。但し、観測でみられる地

下水位の下げ止まりや、積雪底面融水を考慮する必要

のある冬期の地下水位の再現には課題を残した。

図-25 地下水観測孔の水位変動[観測、計算]

4-4 解析条件

湿地性植物の生育にとってより厳しい環境となりや

すいと考えられる渇水時の流況を含む 2007~08(渇

水)年の連続 2ヶ年を対象に予測した。

なお、低平地モデルから境界条件を与えることで広

域な水収支と整合を図った検討とした。

表-3 解析条件

4-5 解析ケース

現況を基本モデルとし、対策案は初期検討として現

在想定されているものを基本とした。対策は、上段部

からの地下水流出を抑制し水位上昇を図ることを目的

上段

下段

泥炭土

出典:石狩川下流幌向地区自然再生実施計画書/2014,3

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持続可能で活力のある流域社会の形成に向けた研究報告

- 26 -

とし、段差部で遮水する場合の効果を検討することと

した。なお、対策工のイメージは図-26 の通りである。

図-26 対策工のイメージ(断面図)2)

【対策-A】:一面流出抑制案

現況の主な地下水流下方向である低水路方向(上段

→下段)への流出を抑制するため、上下段の境界付近を

遮水する。

図-27 対策範囲

【対策-B】:三面流出抑制案

対策-A の対策後の地下水流動方向を想定し、河川縦

断方向の上端及び下端も同時に遮水する。

図-28 対策範囲

4-6 解析結果と考察

検討では、浅層(地表から 0.5m 以内)の地下水に着目

することから冬期には凍結、融解による影響が想定さ

れる。しかし、今回モデルでは積雪底面融水の機構は

考慮していないため検証結果にも示されたように、積

雪期の予測に課題を残した形となっている。このため、

以降の予測結果は、4月~11 月を対象として評価した。

(1) 地下水位の時系列変化にみる対策効果

対象箇所の中央付近に設置された低水路側と堤防側

の観測孔の地下水位変動を示す(図-29)。

対策後の泥炭層内地下水位は上昇が認められ、その

低下も緩やかとなっており流出抑制効果が発揮されて

いる。なお、その効果は低水路側において顕著である。

図-29 地下水位の時系列変化

(2) 地下水位の変動幅の変化にみる対策効果

各観測孔における 2008 年の年間地下水位変動を平

均値と変動幅で示す(図-30)。

対策無しの各観測孔の水頭から泥炭層内の地下水は、

No.52 付近を頂点として概ね堤防→低水路、下流→上

流の方向へ流動している。

対策後の水位上昇は、低水路側、堤防側とも認めら

れるが、対策-A の段階では上下流端部において効果が

薄く、対策-B を実施することによって地下水が全域で

上昇する。これは、対象箇所の上下流端に存在する排

水路方向へと地下水が流出していることを示している。

図-30 地下水位の年間平均と変動幅

また、これら状況は、断面として視覚化することで

8

9

10

No.1 No.2 No.3 No.4 No.5 No.6 No.51 No.52 No.53 No.57 No.59 No.60

(T.P.m

)

最大 最小 全平均 地表標高

堤防側低水路側

2008年 対策無し

8

9

10

No.1 No.2 No.3 No.4 No.5 No.6 No.51 No.52 No.53 No.57 No.59 No.60

(T.P.m

)

最大 最小 全平均 地表標高

堤防側低水路側

2008年 対策A

8

9

10

No.1 No.2 No.3 No.4 No.5 No.6 No.51 No.52 No.53 No.57 No.59 No.60

(T.P.m

)

最大 最小 全平均 地表標高

堤防側低水路側

2008年 対策B

0

20

40

60

80

100‐1.5

‐1

‐0.5

0

0.5

1

2007/01 2007/04 2007/07 2007/10 2008/01 2008/04 2008/07 2008/10

降水

量(m

m/day)

地下

水深

度(GL‐m)

降水量 対策無し 対策A 対策B

0

20

40

60

80

100‐1.5

‐1

‐0.5

0

0.5

1

2007/01 2007/04 2007/07 2007/10 2008/01 2008/04 2008/07 2008/10

降水

量(m

m/day)

地下

水深

度(GL‐m)

降水量 対策無し 対策A 対策B

地表面

泥炭層下面

地表面

泥炭層下面

No.53

No.3

下流端部 上流端部 下流端部 上流端部

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リバーフロント研究所報告 第 25 号 2014 年 9 月

- 27 -

認識がより容易となる(図-31)。地下水位は無降雨が数

日続いた時の状況であるため、河川横断方向の動水勾

配は小さいが地下水位の上昇が認められ、河川縦断方

向では上下流端の排水路に向け地下水位が引き込まれ

ていたものが対策-B により抑制されている。

図-31 地下水の断面での視覚化(年平均水位時)

(3) 地下水流動の変化にみる対策効果

点や線の情報をつなぎ合わせ水循環機構を推定した

が、地表面付近の水の流れを面的に視覚化することで

より理解が容易となる。

図-32~図-34 には、表土層基底面に位置する水粒子

を追跡した軌跡を示す。現況では、上段と下段の段差

部において地下水が表流水へと変化し「しみ出し」が

確認される。また、対象箇所への域外からの地下水の

供給は認められず、地下水位は降雨に依存して形成さ

れる環境にあることが明らかとなった。

図-32 流線軌跡(現況)

上段と下段の境界に設置した対策-A を図中の黒太

線で示すが、対策工の上流側で地下水が地表面へと湧

出するようになっており、地下水位の上昇を確認する

ことができる。また、河川縦断方向の上下流端部での

排水路への地下水流出は抑止できていない。

図-33 流線軌跡(対策-A)

対策-B では、対象箇所を取り囲むように対策工を設

置するが、対策-A で認められた河川縦断方向の上下流

端部での地下水流出は抑止され地表面への湧出が認め

られる。

図-34 流線軌跡(対策-B)

(4) 気象変化に伴う地下水環境の変化

地下水が降雨に依存する環境にあることが確認され

たことから、気象変化の影響について検討する。

対象箇所では、2012 年の半ばから地下水観測が継続

されており、G.L.-0.1~0.5m 程度の変動幅の中で 2013

年まで地下水位が推移している。観測期間中の年間降

水量は、有効降雨量(降雨量-実蒸発散量)にして

660mm/年程度である。また、検証計算に用いた 2005

年の有効降雨量は 680mm/年程度とほぼ同等で、近 10

ヶ年で平均的な年となる(表-4)。

一方、解析を進めてきた 2007~08 年の気象条件は、

有効降雨量でみると、2007 年が 460mm/年、近 10 ヶ年

で渇水年となる 2008 年が 350mm/年となっており、200

~300mm/年程度少ない環境にあった。

そこで、平水年と渇水年程度となる 2つの気象条件

下における地下水環境を比較することでその影響を定

量的に把握する。

7.5

8.5

9.5

10.5

11.5

12.5

0 50 100 150 200 250 300 350

標高

・地

下水

位(T.P.m

水平距離(m)

地盤標高 対策無し 対策工A 対策工B

B断面(2008年平均)堤内地側低水路側

8.0 

9.0 

10.0 

11.0 

0 100 200 300 400 500

標高

・地

下水

位(m

)

水平距離(m)

対策無し 対策工A 対策工B 地盤標高

E断面(2008年平均)上流側下流側

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持続可能で活力のある流域社会の形成に向けた研究報告

- 28 -

表-4 気象条件の年次比較

対策無しの状況での地下水位の年間変動を図-35 に

示す。渇水年(2008)の 高水位は平水年(2005)の平均

水位に近く、平均水位においては 低水位程度となっ

ている。

図-35 地下水変動の年次比較

前述のように、対象箇所の湿地では、ほろむい七草

やミズゴケ属といった土壌が湿潤な環境を好む高層湿

原植生の再生を目指している。井上ら 3)4)が釧路湿原で

行ったミズゴケ群落をなす高位泥炭地の地下水位観測

によれば、年間変動は G.L.-0.1~0.2m 程度となってい

る。このため、地表面から-0.15m 程度の刻みで深度方

向にしきいを設け、対象箇所における地下水位が年間

(4 月~11 月)に何日上回るのかを把握した(図-36)。

先に述べたように 2007 年と渇水年となる 2008 年で

は、有効降雨量が年間で 100mm 程度の違いであるが、

この違いにより地下水位が G.L.-0.15m を上回る日数

に大きく影響を及ぼしている。

これらより、対策を行ったことで平年並みに降雨量

がある年は、泥炭層内の地下水位を地表面付近で維持

できる可能性が考えられるが、渇水年等の降雨量が少

ない年においては、対策を実施したとしても蒸発散の

影響が強く現れ、地下水位を高い位置で維持できない

可能性が示唆された。

4. おわりに

夕張川・千歳川低平地一帯を生産性の高い農耕地へ

と開拓し移住可能な地と転換が図れた背景には、治水

事業や圃場整備により水循環機構が変化したことがあ

ることを明らかとした。また、湿潤な条件にある泥炭

図-36 地下水深度の日数分布(対策-B;年次比較)

地、特にそこに生育する植生は、地下水(高位泥炭地は

貧栄養の降水涵養性)の影響を強く受け、湿原環境再生

や維持が必須の条件であり、水循環解析は、現状の水

循環機構の理解、再生手法の評価等に有効であること

を明らかとした。これは地域の発展から日頃目にする

道ばたの植物一つに対しても、目に見えない水の循環

が深く関わりを持ちながら我々の暮らしを支えている

ことを示してくれるものとなった。

平成 26 年 4月 2日、水循環基本法が成立した。今後

は目に見えない地下水も含め”水”の適正管理が求めら

れる。本検討と同様の手法で検討することにより、気

候変動に伴う水循環機構への影響をはじめ、河床での

伏没・湧出量変化や地下水揚水への応答まで把握可能

である。より一層、水循環機構を把握・予測する技術

を進化させ、豊かな暮らしを支える技術として普及す

ることを期待して研究を深めて行きたいと考えている。

後に、本検討にあたり札幌開発建設部ならびに江

別、千歳川両河川事務所の皆様には、多大なるご協力

とご指導を頂きました。ここに厚く御礼申し上げます。

<参考文献>

1)山口甲,品川守,関博之:捷水路(1996)

2)石狩川下流幌向地区自然再生ワークショップ:石狩

川下流幌向地区自然再生実施計画書(2014)

3)梅田安治,井上京:北海道における泥炭地湿原の保

全対策「農業土木学会誌」第 63 巻第 3号(1995)

4)井上京:泥炭地の地下水位変動による水文環境評価

に関する研究(1996)

50 

100 

150 

200 

No.1 No.2 No.3 No.4 No.5 No.6 No.51 No.52 No.53 No.57 No.59 No.60

日数

‐0.15m以上 ‐0.15~‐0.3m ‐0.3~‐0.5m ‐0.5以下

堤防側低水路側2007年 対策無し

50 

100 

150 

200 

No.1 No.2 No.3 No.4 No.5 No.6 No.51 No.52 No.53 No.57 No.59 No.60

日数

‐0.15m未満 ‐0.15~‐0.3m ‐0.3m以下 ‐0.5以下

堤防側低水路側

2007年 対策B

50 

100 

150 

200 

No.1 No.2 No.3 No.4 No.5 No.6 No.51 No.52 No.53 No.57 No.59 No.60

日数

‐0.15m未満 ‐0.15~‐0.3m ‐0.3m以下 ‐0.5以下

堤防側低水路側2008年 対策B

8.6

8.8

9.0

9.2

9.4

9.6

9.8

10.02007_予測値 2008_予測値 2005_再現値

地下

水位

標高

(T.P

.m)

平均水位 最高水位 最低水位

No.3

2007,2008最高水位と2005平均水位は同等

2007,2008平均水位と2005最低水位は同等