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COVID-19と凝固線溶異常 / DIC
丸藤 哲 先生(札幌東徳洲会病院 顧問 兼 救急センター長)
【監修医師】
第6回
2020 年 11月掲載
DIC のエキスパートの視点コ ラ ム
掲載略歴丸藤 哲 ( がんどう さとし )■ 略 歴 1978 年北海道大学医学部 医学科卒業 1999 年北海道大学大学院医学研究科 侵襲制御医学講座 救急医学分野 教授 2018 年北海道大学 名誉教授 札幌東徳洲会病院 顧問 兼 救急センター長 (現在に至る )■ 所属学会 ・日本救急医学会 ・日本集中治療医学会 ・日本臨床救急医学会 ・日本血栓止血学会 ・Society of Critical Care Medicine (FCCM) ・European Society of Intensive Care Medicine ・International Society on Thrombosis and Haemostasis■ 著書・論文・Gando S, Wada, T. Disseminated intravascular coagulation. Moore HB, Moore EE, Neal MD, eds. 2nd ed. Springer International, Switzerland, pp 217-242, 2020. ・Gando S, Levi M, Toh CH. Disseminated intravascular coagulation. Nature Review Disease Primer 2016; 2:16037. ・Gando S, Wada T. Disseminated intravascular coagulation in cardiac arrest and resuscitation. Journal of Thrombosis and Haemostasis 2019; 17:1205-1216.
「コラム」は下記の URL もしくは QR コードから閲覧できます。https://www.jbpo.or.jp/med/jb_square/covid-19/
COVID-19と多臓器病変、MODS
関連製剤︓アコアラン、ノイアート新型コロナウイルス感染症(COVID-19)
コラム DICエキスパートの⽬線「COVID-19と凝固線溶異常/DIC」
第6回 COVID-19と多臓器病変、MODS札幌東徳洲会病院
顧問 兼 救急センター⻑
丸藤 哲 先⽣
全⾝で暴れ回っている︕爆⼼地は肺だ、さらに脳から⾎液に⾄るまで破壊され尽くした1)。COVID-19はまさに全⾝病変を引き起こす。この原因となるのが全⾝臓器に分布するACE2受容体であり、サイトカインストームからcytokine release syndromeに⾄った場合には、systemic inflammatory respiratory syndrome(SIRS)を伴い発症する播種性⾎管内凝固症候群(disseminated intravascular coagulation, DIC)が多臓器障害(multiple organ dysfunction syndrome, MODS)を発症させる。
中枢神経系では⾮特異的症状として頭痛、眩暈、意識低下、痙攣、失調等が報告されており、脳⾎管内⾎栓形成による虚⾎性脳梗塞も合併する2)。脳の病理学的検討では低酸素性変化のみであり脳炎等ウイルス関連所⾒を認めない報告もあるが3)、SARS-CoV2による全脳炎、髄膜炎、脳幹神経細胞傷害を認める6剖検症例が報告された4)。
呼吸器病変は既述したが肺炎とacute respiratory distress syndrome(ARDS)の発症が重要である。SARS-CoVおよびインフルエンザA感染によりangiotensin converting enzyme 2(ACE2)発現低下・ダウンレギュレーションが起こり5)6)、その結果増加したアンジオテンシン(Ang)IIが肺病変を悪化させることはよく知られている6)7)。また、遺伝⼦組換えACE2によるインフルエンザ肺病変のみならず敗⾎症性肺傷害の改善も報告されている6)8)。これらの結果をどのようにSARS-CoV2肺炎およびARDS治療に応⽤するかが今後の課題である。
重症症例において⾼感度⼼筋トロポニンIの⾼値が確認されたが9)10)、同⾼値に加えてNT-proBNP値上昇を伴い発症したSARS-CoV2による急性⼼筋炎が報告された11)。病理検査でも⼼筋炎、⼼外膜炎12)、局所性⼼筋変性・壊死13)が観察され、SARS-CoV2は⼼臓病変を起こす。この原因として、ウイルス感染・敗⾎症によるSIRSに伴う⼼筋症、あるいはACE2受容体・Ang IIを介したSARS-CoV2による直接的⼼筋障害・⼼筋炎が想定されている14)。
重症症例に著しい肝機能異常(AST/ALT値上昇)が報告されているが15)、その他にもCOVID-19症例の肝機能異常の報告は多い16)。ACE2受容体発現の豊富な胆管細胞に感染したSARS-CoV2による直接的肝細胞傷害、炎症性サイトカイン⾼値に伴う免疫・炎症性変化、肺傷害による低酸素⾎症性傷害などが肝機能異常の原因と想定されている16)17)。
COVID-19は軽症では蛋⽩尿、進⾏すると腎代替療法(renal replacement therapy, RRT)を必要とする急性腎傷害を引き起こす18)19)。剖検症例ではウイルス感染を認める腎⾎管内⽪細胞炎症(傷害)20)、急性尿細管壊死、⽷球体内フィブリン⾎栓形成21)が確認されている。サイトカインストームおよびSARS-CoV2による間接的・直接的⾎管内⽪細胞傷害、微⼩⾎管内フィブリン⾎栓形成、⼼腎症候群あるいはARDSによる腎傷害、ショックに伴う低灌流/低酸素状態などが急性腎傷害の原因である19)
22)。
⾷思不振、嘔気・嘔吐、下痢がCOVID-19で観察され9)15)、SARS-CoV2RNAが糞便から検出される23)24)。腹痛と下痢で受診した患者の内視鏡下⽣検では⼩腸粘膜下組織⾎管内⽪細胞のウイルス感染が確認された25)。これらに加えて、SARS-CoV2感染による腸内細菌叢の乱れ、即ちdysbiosisが消化管病変に関与している可能性も指摘されている26)。
⼼・肺・腎病変とACE2受容体の関連が指摘されているが27)、COVI-19においてもACE2受容体を介したAng II値の上昇が多くの臓器病変に関与していると思われ、今後の解明が期待される。
2020年11月掲載(審J2011378)
凝固線溶系異常の治療
COVID-19の凝固線溶系異常では、⾎栓症の予防と治療、そしてDICの治療を考慮する必要がある28)。
1. ⾎栓症の予防と治療静脈⾎栓塞栓症(肺⾎栓塞栓症、深部静脈⾎栓症)の発症頻度はわが国と欧⽶で異なり、COVID-19の静脈⾎栓塞栓症の予防と治療は本邦のガイドラインに準拠することが望ましい29)。しかし、COVID-19では感染発症から⾎栓形成の期間は⾮常に短く、動脈を含めた全⾝臓器で⾎栓症が発症する。さらに⾎栓症発症にACE2/Ang IIが関与するなど、COVID-19に特化した特徴がある30)-33)。国際⾎栓⽌⾎学会(International Society on Thrombosis and Haemostasis, ISTH)はCOVID-19凝固異常症(coagulopathy)に対する暫定ガイダンスに引き続き34)、COVID-19における静脈⾎栓塞栓症の予防・治療法ガイダンスを公表しているので参照されたい35)。
ARDSの肺微⼩⾎管フィブリン⾎栓形成、肺⾎栓症に対してt-PAによる⾎栓溶解療法が試みられたが、その効果は⼀過性であった36)37)。凝固亢進の結果であるフィブリン⾎栓溶解ではなく、凝固亢進の原因であるトロンビンの制御が理論的かつ実際的治療法と考えられる38)。
2. DICの診断と治療DICを発症する超重症COVID-19の病態はSARS-CoV2によるサイトカインストーム/SIRSを伴うウイルス敗⾎症である。⽇本救急医学会急性期DIC診断基準は敗⾎症症例のMODS発症と予後を予測し治療対象を効率良く診断可能である39)40)。治療は遺伝⼦組換え・⾎漿分画アンチトロンビン、遺伝⼦組換えトロンボモジュリンが主体となる薬物である。両薬物のDIC治療への応⽤に関しては、単独あるいは併⽤療法など多くの興味深い論⽂が多数公表されているので参照されたい。
COVID-19のDICは線溶亢進型DICと考えられ41)、⾎栓形成とともに出⾎が予後を規定するとした報告は、この仮説を⽀持している30)。線溶亢進型DICはDICの基礎疾患がDICと同時に病的全⾝性線溶亢進を来す病態であり42)、DICによるMODS発症に加えて線溶亢進による出⾎に対して⾎⼩板、新鮮凍結⾎漿などの補充療法が必要である。合成セリンプロテアーゼ阻害薬であるメシル酸ナファモスタットは抗トロンビン作⽤および抗プラスミン作⽤を併せ持ち線溶亢進型DICに使⽤されてきた43)。セリンプロテアーゼTMPRSS2がSARS-CoV2スパイク蛋⽩を切断・活性化して侵⼊効率を⾼めているが44)45)、メシル酸ナファモスタット※がTMPRSS2を阻害しSARS-CoV2の細胞内侵⼊を抑制する可能性が報告された46)。抗ウイルス作⽤を併せ持つDIC治療薬として抗凝固薬(ヘパリン、アンチトロンビン、トロンボモジュリン アルファ(遺伝⼦組換え)製剤等)を併⽤した線溶亢進型DICへの応⽤が期待される。
※COVID-19に対しては本邦未承認
⼩括
COVID-19は全⾝に発現するACE2を介して全⾝臓器が侵される全⾝病である。臓器細胞感染による傷害(肺炎、⼼筋炎、尿細管壊死等)に加えて、⾎管内⽪細胞炎症、活性化・傷害に伴う臓器傷害の可能性が⽰唆される。さらにCOVID-19は凝固亢進作⽤が⾮常に強く、静脈⾎栓塞栓症およびDICの予防と治療が必要である。前者の治療は本邦のガイドライン遵守が基本であるが、COVID-19に特化したISTHガイダンスも参考になる。DIC治療は⽣理的凝固阻⽌因⼦製剤が主体であり、線溶亢進型DICの可能性を考慮した治療薬、抗ウイルス活性の期待される治療薬の使⽤も考慮される。
本⽂内に記載の薬剤をご使⽤の際には、製品添付⽂書をご参照ください。
⽂献
1) Wadman M, et al. Science. 2020; 368: 356-360.
2) Asadi-Pooya AA, et al. J Neurol Sci. 2020; 413: 116832.
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7) Huang F, et al. Nat Commun. 2014; 5: 3595.
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2020年11月掲載(審J2011378)
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2020年11月掲載(審J2011378)