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はじめに 子宮腺筋症は子宮内膜組織が子宮筋層内でび 漫性に増殖する疾患であり,その一部が限局性 に出血を繰り返し,囊胞形成することが稀にみ られるとされている.この疾患は囊胞性子宮腺 筋症(cystic adenomyoma)と呼ばれ,強い月 経痛を伴い一般的には治療抵抗性である.画像 所見では卵巣チョコレート囊胞と鑑別困難な例 もあり,手術時に確定診断されることも少なく ない.今回,われわれは腹腔鏡下で cystic ade- nomyoma と診断した症例を経験したので報告 する. 36歳,3経 妊,2経 産(帝 王 切 開2回),既 往手術に子宮筋腫核出術がある.近医にて婦人 科検診時に卵巣チョコレート囊胞を指摘され当 科紹介となった.2ヵ月前より月経痛が出現し てきた.内診所見では子宮後方左側に腫瘤を蝕 知し,可動性は良好であった.経腟超音波検査 では子宮筋層内には adenomyosis の所見はな く,子宮左側に長径8cm 大の卵巣囊腫の所見 があり,やや高輝度で粗雑顆粒状であった(1).MRI 所見は T 1強調画像で子宮左側に高 信号を呈する囊胞を認め,T 2強調画像では囊 胞内に不均一な高信号を混ずる低信号腫瘤であ った(図2).MRI 画像で悪性を疑う所見は認 めなかった.月経痛は鎮痛剤で抑制可能であっ たが,増強してきているため本人が手術を強く 希望した.手術は腹腔鏡手術を予定した.開腹 歴が3回あり,前医にて強度の癒着を指摘され ており,開腹手術に変更になる可能性も説明し た.入院時所見は身長164 cm,体重62 kg,体温 36.9℃,血圧132 / 85 mmHG,血液検査では貧 血,腎機能,肝機能など異常はなく,腫瘍マー カーは CA 125:41.2 U/mlCA 19 9:26.2 U/ml であった. 腹腔鏡手術所見では腹腔内はほとんど癒着は なく,腫瘤と診断した左卵巣は正常所見であっ た.子宮左後方に広間膜内に発育する腫瘤を認 め,cystic adenomyoma の所見であった.腫瘤 〔一般演題/症例2〕 卵巣チョコレート囊胞との鑑別に苦慮した cystic adenomyoma の1例 豊見城中央病院産婦人科 前濱 俊之 エンドメトリオーシス会誌 2014;35:179-182 子宮筋層内に adenomyosis は認めなかった. 左側に囊腫あり,やや高輝度で粗雑顆粒状であった. 図1 経腟超音波所見(初診時) 179

卵巣チョコレート囊胞との鑑別に苦慮したcysticadenomyomaの1例 · 2014-08-08 · では子宮筋層内にはadenomyosis ... the corpus uteri with dysmenorrhea. Tohoku

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はじめに子宮腺筋症は子宮内膜組織が子宮筋層内でび

漫性に増殖する疾患であり,その一部が限局性に出血を繰り返し,囊胞形成することが稀にみられるとされている.この疾患は囊胞性子宮腺筋症(cystic adenomyoma)と呼ばれ,強い月経痛を伴い一般的には治療抵抗性である.画像所見では卵巣チョコレート囊胞と鑑別困難な例もあり,手術時に確定診断されることも少なくない.今回,われわれは腹腔鏡下で cystic ade-

nomyomaと診断した症例を経験したので報告する.

症 例36歳,3経妊,2経産(帝王切開2回),既往手術に子宮筋腫核出術がある.近医にて婦人科検診時に卵巣チョコレート囊胞を指摘され当科紹介となった.2ヵ月前より月経痛が出現してきた.内診所見では子宮後方左側に腫瘤を蝕知し,可動性は良好であった.経腟超音波検査では子宮筋層内には adenomyosisの所見はな

く,子宮左側に長径8cm大の卵巣囊腫の所見があり,やや高輝度で粗雑顆粒状であった(図1).MRI所見は T1強調画像で子宮左側に高信号を呈する囊胞を認め,T2強調画像では囊胞内に不均一な高信号を混ずる低信号腫瘤であった(図2).MRI画像で悪性を疑う所見は認めなかった.月経痛は鎮痛剤で抑制可能であったが,増強してきているため本人が手術を強く希望した.手術は腹腔鏡手術を予定した.開腹歴が3回あり,前医にて強度の癒着を指摘されており,開腹手術に変更になる可能性も説明した.入院時所見は身長164cm,体重62kg,体温36.9℃,血圧132/85mmHG,血液検査では貧血,腎機能,肝機能など異常はなく,腫瘍マーカーは CA125:41.2U/ml,CA19―9:26.2U/ml

であった.腹腔鏡手術所見では腹腔内はほとんど癒着は

なく,腫瘤と診断した左卵巣は正常所見であった.子宮左後方に広間膜内に発育する腫瘤を認め,cystic adenomyomaの所見であった.腫瘤

〔一般演題/症例2〕

卵巣チョコレート囊胞との鑑別に苦慮した cystic adenomyomaの1例

豊見城中央病院産婦人科

前濱 俊之

日エンドメトリオーシス会誌2014;35:179-182

子宮筋層内に adenomyosisは認めなかった. 左側に囊腫あり,やや高輝度で粗雑顆粒状であった.図1 経腟超音波所見(初診時)

179

内容はチョコレート様であり,腫瘤核出を進めていった.核出は当初は容易であったが,奥に進むにつれて剥離困難となり,尿管および子宮動脈周囲の出血が持続し,強出血となった.止血と合併症を避けるため,小切開の開腹に切り替えた.止血を施行し,核出を進めるも骨盤底部で周囲組織と強固な癒着があり,完全摘出は困難と判断した.可能な限り腫瘤摘出して手術終了とした.摘出標本は内腔に出血所見を伴う囊胞状の

7.5×5cmの腫瘤であり,囊胞壁はやや硬かった(図3).病理組織学的所見は図4に示した.子宮平滑筋の増生の中に間質細胞を伴う子宮内膜組織を認めた.術後経過は問題なく,月経痛も消失している.術前には卵巣由来の腫瘤として診断したが,

術後診断は子宮由来の腫瘤であり,術前MRI

を見直してみた(図5).MRI横断像で断面を変えて検討すると,左のMRIT2強調像では子宮後方下部より発生していることが認められた.また,右のMRIT1強調像では子宮筋層と連続する腫瘤壁の肥厚がみられた.このように,腫瘤形成が子宮に近接増大すると卵巣チョコレート囊胞と cystic adenomyomaとの鑑別が困難であることが示された.したがって,注意深い術前の画像分析が必要である.

考 察子宮体部に発生する囊胞性病変は稀であり,

全子宮腫瘍の0.35%とされている〔1〕.そのなかで,Cystic adenomyomaは子宮腺筋症が囊胞状に腫大する非常に稀な疾患であり,5mmを超える囊胞例は少ないと報告されている〔2〕.Cys-

MRI T1強調像左側にチョコレート囊胞像(8cm)を呈する高信号が認められた.

MRI T2強調像不均一な高信号を混ずる低信号腫瘤が認められた.

図2 MRI所見

Cystic adenomyoma内腔面 Cystic adenomyoma外側面図3 摘出標本

180 前濱

tic adenomyomaは発生部位よりintramyometrial,

submucosal, subserosal typeに分類されており,本症例は subserosal typeであった.この疾患の成因はまだ不明であるが,年齢によって若年型と成人型の2つのカテゴリーに分けられている〔3―5〕.若年型は初経開始後早期から強度の月経痛を訴え,囊胞形成がみられるため,何らかの先天的形成異常のような要因が関与していることが示唆される.しかし,その詳細なメカニズムは解明されていない.また,鑑別すべき病態として,先天性非交通副角子宮の月経貯留がある.この場合も月経痛や下腹部痛が主訴となるが,症状の発現が初経後1~2年であるという報告が多く,これは月経血の逆流によるものと考えられる.鑑別の検査として子宮卵管造影が有用と報告されている〔6〕.一方,成

人型は臨床的に通常の子宮腺筋症の病態と類似した稀な特殊型で,30歳以上の経産婦に多く,一部の異所性内膜腺に断裂が生じ,月経血性貯留が進展した結果,発症したものと推定されている.また,本症例は子宮筋腫核出術の既往があり,筋層への外科的侵襲が発生要因の1つとなっているかも知れない.

Cystic adenomyomaの診断はMRIが最も有用であり,卵巣チョコレート囊胞と同様の信号パターンである〔7―10〕.また,intramyometrial

と submucosal typeは形態学的に診断は容易であるが,subserosal typeは囊胞が増大すると卵巣由来との鑑別が困難である.本症例も sub-

serosal typeであり,当初卵巣チョコレート囊胞と診断した.術後MRIを見直してみると,子宮壁と連続する囊胞壁が認められており,さ

HE 染色 x100 HE 染色 x200図4 病理組織所見

子宮平滑筋の増生の中に間質細胞をともなう子宮内膜組織を認めた.

MRI T2強調像子宮左後方下部より発生した腫瘤がみられた.

MRI T1強調像子宮筋層と連続する腫瘤壁の肥厚がみられた.

図5 MRI所見(見直し)

卵巣チョコレート囊胞との鑑別に苦慮した cystic adenomyomaの1例 181

らに囊胞壁が厚いことが特徴である.当然ながら,内腔内に突出する充実部分の検索は悪性腫瘍を見逃さないためにも重要である.

Cystic adenomyomaの治療に関しては薬物療法と手術療法があるが,薬物療法では症状が改善しないことが多い.したがって,外科手術が選択されるが,特に若年者には低侵襲の腹腔鏡下囊腫核出術が望まれる.この手術においては囊胞の大きさ,発生部位により,手術難度が違ってくる.したがって,術前の高い診断精度が要求される.Intramyometrial typeにおいては,触診不可の腹腔鏡では切開部位の確定が困難であり,術中超音波検査などの工夫も必要であろう〔6〕.本症例では術前に卵巣由来の囊胞と診断されており,さらに cystic adenomyoma

が広間膜内発育をしていたため,手術難度はかなり予想を上回っていた.最終的に出血が増強したため,開腹に切り替えることとなった.しかし,予期せぬ尿管損傷や大量出血を回避するために途中で開腹することを躊躇しないことも肝要である.総括として,あらゆる状況に対応するためにも術前診断精度を高めることは重要である.

文 献〔1〕Dubrausky V. Submukose zyste. Zbl Gynak1936;

60:564-567〔2〕Slezak P et al. The incidence and clinical impor-

tance of hysterographic evidence of cavity in theuterine wall. Radiology1976;118:581-586

〔3〕Kataoka ML et al. MRI of adenomyotic cyst ofthe uterus. J Comput Assist Tomogr 1998;22:555-559

〔4〕Ho ML et al. Adenomyotic cyst in adolescentgirl. J Pediatr Gynecol2009;22:33-38

〔5〕Tamura M et al. Juvenile adenomyotic cyst ofthe corpus uteri with dysmenorrhea. Tohoku JExp Med1996;178:339-344

〔6〕Takeda A et al. Laparoscopic management of ju-venile cystic adenomyoma of the uterus : Reportof two cases and review of the literature. JMinim Invasive Gynecol2007;14:370-374

〔7〕茂木絵美ほか.激痛を伴った囊胞性子宮腺筋症の一例.日産婦沖縄会誌 2008;30:64-67

〔8〕吉村寿博ほか.Cystic adenomyosisのMRI.画像診断 2004;24:1372-1374

〔9〕Troiano RN et al. Cystic adenomyosis of theuterus : MRI. J Magn Reson Imaging1998;8:1198-1202

〔10〕Reinhold C et al. Uterine adenomyosis : endo-vaginal US and MR imaging features with histo-pathologic correlation. Radiographics1999;19:S147-160

182 前濱