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卒業論文 「リプロダクティブ・ヘルスと HIV/AIDS から見え てくる現代日本の性教育」 学生番号 20327206 平野遼子 1

卒業論文 「リプロダクティブ・ヘルスと HIV/AIDS …...卒業論文 「リプロダクティブ・ヘルスとHIV/AIDS から見え てくる現代日本の性教育」

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Page 1: 卒業論文 「リプロダクティブ・ヘルスと HIV/AIDS …...卒業論文 「リプロダクティブ・ヘルスとHIV/AIDS から見え てくる現代日本の性教育」

卒業論文

「リプロダクティブ・ヘルスと HIV/AIDS から見え

てくる現代日本の性教育」

学生番号 20327206

平野遼子

1

Page 2: 卒業論文 「リプロダクティブ・ヘルスと HIV/AIDS …...卒業論文 「リプロダクティブ・ヘルスとHIV/AIDS から見え てくる現代日本の性教育」

<目次> はじめに 3 第 1 章 リプロダクティブ・ヘルスについて 4 第 1 節 リプロダクティブ・ヘルス 4 第 2 節 リプロダクティブ・ヘルスの歴史的背景 5 第 3 節 世界のリプロダクティブ・ヘルス 7 第 4 節 日本のリプロダクティブ・ヘルス 9 第 2 章 HIV/AIDS(母子感染)について 11 第 1 節 HIV/AIDS について 11 第 2 節 HIV/AIDS の歴史的背景 11 第 3 節 HIV 感染から発病の過程 15 第 4 節 HIV/AIDS の予防対策 17 第 3 章 日本の若者の性の異常 18 第 1 節 調査データから見えてくる若者の現状 18 第 2 節 蝕まれる若者たちの性の健康 23 第 3 節 なぜ若者に性の異常が生じたのか(日本社会の持つ脆弱性) 24 第 4 章 予防教育 26 第 1 節 予防教育の現状 26 第 2 節 WYSH(ウィッシュ)プロジェクト 27 第 3 節 WYSH プロジェクトのメッセージと授業 28 終 章 おわりに 29

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はじめに 筆者は、2006 年の夏休みにカンボジア NGO 研修に参加した。その 3 週間で、本や、イ

ンターネットでは伝わらない、行かなければ知ることのできなかったことや、感じること

のできなかったことをたくさん吸収して帰ってきた。特に衝撃的だったことが、女性や、

こどもたちの置かれている現状である。女性や、こどもたちの多くは、人身売買や強制売

春、DV、性暴力などを受け、その結果、望まぬ妊娠など性的搾取を受けている。筆者がお

世話になったシェルターでもレイプをされ 13 歳で中絶をした女の子や、父親のわからない

こどもを育てる 18 歳の女の子、エイズ孤児の女の子もいた。彼女たちは、一見、元気な 10代の女の子のように見えるが、彼女たちと接していくうちに、トラウマを抱える子、メン

タル面に問題を抱える子、無気力の子など、一生消えることのない問題を抱えて生きてい

るということがわかってきた。 このような問題は、カンボジアだけでなく、現代の日本においても児童虐待、DV、性暴

力、買売春、ぺドファイル(小児性愛者)、援助交際、セクシャルハラスメントなど、女性

や、こどもの心や体が侵害され、搾取されるという状況があると筆者は考える。また、セ

ックスの低年齢化や、人工妊娠中絶の増加、性感染症(STD)、HIV 感染者の増加が叫ばれ

るなか、学校でも家庭でも十分な性や男女の体の仕組み、避妊、性病の正しい知識を教え

るということが、行われていないように思う。実際、筆者自身もそのような教育を受けた

記憶がなく、今現在、自分の持つ薄っぺらな知識に自信がないのが正直なところである。

また、これらの問題は、性に関することのため、男女、またはパートナーと話しにくいこ

ともあり、男女やパートナーとの性規範にも大きな隔たりがあったり、意識の違いも大き

な問題である。しかし、私たち人間にとって性は、避けて通れる問題ではないため、男女

がお互いに、自分の体を理解し、相手の体や、性について考え、正しい知識を身につける

ことが大切だと考える。 筆者は卒業論文で、「リプロダクティブ・ヘルスと HIV/AIDS」を取り上げ、そこから見

えてくる、性教育の実態や、今後どうあるべきなのか、考えたい。

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第1章リプロダクティブ・ヘルスについて 第 1 節リプロダクティブ・ヘルス 現在のリプロダクティブ・ヘルスの定義としては、「身体の中で生殖に関係するシステ

ム・機能・過程のすべてに関して、単に病気にかかっていない、病的状態が存在しないと

いうだけでなく、身体的、精神的および社会的観点からみて完全に良好な状態

(well-being)[我妻 2002:3]」が広く用いられている。 この定義は、1948 年世界保健機関(WHO)が「健康」について「健康とは、単に病気にか

かっていない、病的状態が存在しないというだけでなく、身体的、精神的および社会的観

点からみて完全に良好な状態 (well-being)をいう [我妻 2002:3]」と定義したものを

Dr.M.Fathalla1がリプロダクティブ・ヘルスの領域にも拡大適用しようと考えたものであ

る。 その後、1994 年にカイロで開催された「人口と開発に関する国際会議(ICPD)」でこの概念

関係を向

た際には、次の条件を満たすことがリプロダクティブ・ヘルス

性を調節して希望す

い。

感染するおそれなしに性的関係をもつことが

連する疾病、障害、不全状態を避け、必要なときに適切な

が重要視され、日本にもマスコミを通じて広まった。 カイロ会議の頃から概念が拡大され、sexual and reproductive health といわれる場合が

多くなった。それに関して世界保健機関(WHO)も「人々は安全で満足できる性生活をおくり、

子供を産むかどうか、産むとすればいつ、何人まで産むかを決定する自由を持つべきであ

る。さらに人々は生殖に関連する適切な情報とサービスを受ける権利を有する。その対象

はまた、性に関する健康も含まれており、その目的は、リプロダクションや性感染症に関

するカウンセリングやケアを受けられるに止まらず、個人と他人の生活との相互

上させることを目標としたものである[我妻 2002:3]」と定義を拡大している。 最初に Fathalla が提唱し

の理想であると定義した。 1. 人々は子供をもつことが可能であると同時に、自分達自身の妊孕

る数の子供を希望する時に持つことができなければならな

2. 女性は安全に妊娠・出産を経験できなければならない。 3. 妊娠・出産は母児の生命・健康にとって安全でなければならない。 4. すべての夫婦は望まない妊娠や、病気に

できなければならない[我妻 2002:4]。 この概念は、その後次第に拡大されて現在では次のような考え方になっている。 1. 健康な性的発育と成熟を経て、生殖に関し妥当で責任ある実行能力をもつこと。 2. 人々が希望するときに、希望するだけの子供を安全に健康に産むことができること。 3. 性とリプロダクションに関

ケアを受けられること。

1 WHO の Special Program of Research,Development and Research Training in Human Reproduction の 1988 年の局長。

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4. 性とリプロダクションに関連する暴力やその他の有害な措置を避けることができるこ

るが、単に医学だけでなく、社会環境因子も

慮すべきであるとした点が重要である。

ティ

スをめざす道のり』の中に書かれている 35 年にわたる政策の進展である。

れ、決議が採択され

下させ、人口の数値目標を達成することで経済成長を促進するこ

と[我妻 2002:3]。 これらの条件は従来の母子保健の概念とはかなり大きな違いがある。アフリカに多い不

妊症を含めたこと、エイズ問題の影響で性感染症が重視され、男性の性に関する役割も強

調した点が特に新しいと言える。したがって、その目的とするところは、従来の母子保健

や周産期医学・医療の水準向上そのものであ

第 2 節リプロダクティブ・ヘルスの歴史的背景2 以下の文章は(財)家族計画国際協力財団(ジョイセフ)の発行した『世界のリプロダク

ブ・ヘル

リプロダクティブ・ヘルスをとりまく問題は、異なる国連の部門を横断し、人権、

開発、保健から、人口、若者、女性に至るまで幅広い分野に関連している。そのた め、ここ何年にもわたり、様々な国連会議でこの問題が議論さ

てきた。その間に、使われた用語や重点は変化してきた。 家族計画と母子に対するサービスを提供するための政策も急速に変化を遂げた。 初期の頃、これらの政策は、人口統計を中心とした人口計画と結びつけられてきた。

各国は出生率を低

とをねらった。 今では、個人の選択と自由を尊重した健康と人権が原動力である。

2以下の年表はリプロダクティブ・ヘルスの歩んできた歴史を筆者がまとめたものである。 《歴史的背景》 1968 年 第1回国際人権会議(テヘラン) 1974 年 世界人口会議(ブカレスト) 1975 年 第 1 回世界女性会議(メキシコ・シティ) 1979 年 女性差別撤廃条約 1984 年 国際人口会議(メキシコ・シティ) 1992 年 国連環境開発会議(リオデジャネイロ) 1994 年 国際人口開発会議(カイロ) 1995 年 第 4 回世界女性会議(北京) 2000 年 国際連合特別総会(ニューヨーク) 2001 年 国連 HIV/AIDS 特別総会(ニューヨーク) 2002 年 世界子どもサミット(ニューヨーク) 持続可能な開発に関する世界サミット(ヨハネスブルグ)

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現在、最も重要視されている国連の文章は、1994 年、カイロで開催された国際人

開する上で大きな力となった[(財)家族計画国際協力財団(ジョイセフ) 2004 :2]。

きる権利を明確にしたのは、1968 年、

給拡大

間を、「国連婦人の 10 年」と宣言した[(財)家族計画

正するこ

権に寄与するものであり、人口学的手段として

ない

口開発会議で採択された行動計画である。これがその後の世界のリプロダクティブ ブ・ヘルス政策の青写真となっている。その他、国連の政策にとってどのような主 要な契機があったかは以下に述べるが、その多くは当時非常に重要とされ、国際的 課題を打

国際的に初めて、生殖の問題において女性が選択で

テヘランで開催された第1回国際人権会議である。 1974 年には、世界人口会議がブカレストで開催された。この会議が、最初の国連人口会

議である。1974 年は、世界人口年に指定され、意識の高揚、人口政策およびプログラムの

開発・推進、国際協力・援助の拡大が図られた。この会議の結果が「世界人口行動計画

(WPPA)」としてまとめられた。WPPA は、人口問題に関する国際協力を大いに促進し、そ

の後 20 年にわたって、政府、国際機関、NGO の行動の青写真として使われた。また、家

族計画の必要性を国際的議論の土俵に載せることに成功し、人口政策への関与の増大、訓

練された家族計画ワーカー(または、家族計画指導員)の増大、物資その他の資源の供

など、多くの副産物を産んだ[(財)家族計画国際協力財団(ジョイセフ)2004:3-4]。 1975 年、第 1 回世界女性会議がメキシコ・シティで開催された。この会議では、男女平

等を確立するために家族計画の権利が必須であることが明記され、新たな視野が持ち込ま

れた。また 1976 年から 1985 年の 10 年

国際協力財団(ジョイセフ)2004:3-4]。 1979 年、「国連婦人の 10 年」の中で、男女平等に向けて大きな国際的取り組みが行われ、

女性差別撤廃条約が採択された。条約の中では、あらゆる形態の差別撤廃のための法律の

制定、改正、廃止を含めた方策と、男女の社会的、文化的な思考や行動の型を修

とを締約国に義務づけている[(財)家族計画国際協力財団(ジョイセフ)2004:3-4]。 1984 年、国際人口会議がメキシコ・シティで開催され、1974 年以降、家族計画に関する

知識も情報・手段へのアクセスも一段と普及したことが認められた。各国政府は、家族計

画が母子保健や個人ならびにカップルの人

も有効であるとして、これを支援した。 しかし、途上国における「世界出産力調査」のデータによると、もう子供は欲しくないと考

えている妊娠可能な女性のうち、避妊薬(具)を入手できるのは半分にすぎなかった。このデ

ータは「満たされないニーズ」、つまりカップルが避妊を望んでも避妊薬(具)が手に入ら

という問題を初めて明らかにした[(財)家族計画国際協力財団(ジョイセフ)2004:4]。 1992 年、国連環境開発会議(UNCED)がリオデジャネイロで開催され、「男女が子供の数

と産む間隔を自由にかつ責任をもって決め、これを行うために適宜、情報・教育・方法へ

のアクセスを得る権利を保障する」ことと、「家族規模の責任ある計画に対する入手が容易

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で利用可能なサービスを提供できる保健施設の設置」を成果文章で確認した[(財)家族計画

しい概念を確立した。この時、リプロダクティブ・ヘルスは以下のように定義された。

を利用できる権利が含まれる[(財)家族計画国際協力(ジョイセフ) 2002:7-8]」。

と性的関係を管理し、男性と等しくこれらの事柄を決定する権

、性虐待、あらゆる形態の家庭内暴力に対処する法律の制定や強化につ

IDS を

リプロダクティブ・ヘルスは生まれ、現在でも変化しな

こではまず、世界の妊産婦死亡率と障害について述べたい。

上の母親が命を失い、この数値は過去数十年にわ

で合併症の危険にさらされるが、

国際協力財団(ジョイセフ)2004:7]。 1994 年、国際人口開発会議がカイロで開催され、リプロダクティブ・ヘルスという全く

「リプロダクティブ・ヘルスとは、人間の生殖システム、その機能と(活動)過程のす

べての側面において、単に疾病、障害がないというばかりでなく、身体的、精神的、

社会的に完全に良好な状態にあることを指す。したがって、リプロダクティブ・ヘル

スは、人々が安全で満ち足りた性生活を営むことができ、生殖能力をもち、子供を産

むか生まないか、いつ産むか、何人産むかを決める自由を持つことを意味する。この

最後の条件で示唆されるのは、男女とも自ら選択した安全かつ効果的で、経済的にも

無理がなく、受け入れやすい家族計画の方法、ならびに法に反しない他の出生調節の

方法についての情報を得、その方法を利用する権利、および、女性が安全に妊娠・出

産でき、またカップルが健康な子供を持てる最善の機会を与えるような適切なヘルス

ケア・サービス

1995 年、第 4 回世界女性会議が北京で開催され、これまでの内容にプラスして「女性は、

自分自身のセクシャリティ

をもつ」ことを認めた。 2000 年、国際連合特別会議がニューヨークで開催され、女性に対する暴力の問題に関し、

各国政府はレイプ

て同意した。 2001 年、国連 HIV/AIDS 特別総会がニューヨークで開催され、思春期の HIV/A

予防することが確認された[(財)家族計画国際協力財団(ジョイセフ) 2004:3-14]。 このような歴史的背景を経て、

がら、世界中に広まっている。 第 3 節世界のリプロダクティブ・ヘルス こ

妊産婦死亡率と障害の割合は貧困とジェンダーの不公正がリプロダクティブ・ヘ

ルスに及ぼす影響を際立たせる。妊娠関連の原因で毎分 1 人の割合で女性が死亡し

ている。各年ごとに計 50 万人以

りほとんど改善していない。 これに加えて、800 万人以上が妊娠の合併症によって生涯にわたる障害を負う。

貧富を問わず、どんな女性も出産時には15%の割合

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うことができるはずである[(財)家族計画国際協力財団(ジョイセフ) 2005:34] 。

対し

て 100~200 件、国によっては 1000 件に達する地域もある[我妻 2002:104-106]。

表 1 い の国の妊産婦死亡 産 10 万人当たり)

産婦死亡は先進諸国では事実上皆無に等しい。 多くの国で妊産婦死亡に改善がみられないことは、女性の生命が軽んじられてい

る事実を浮き彫りにし、また公共政策の優先事項を決めるうえで女性が発言力をあ

まりもたないことを示す。豊かな国では当たり前になっているリプロダクティブ・

ヘルス対策があれば、開発途上国の女性の命を救

表 1 を見てもわかるように、先進国と開発途上国の妊産婦死亡率の差は歴然としている。

WHO の推計では 1 年間に約 50 万~60 万人の妊産婦が死亡しており、その 99%は開発途

上国の女性である。先進国の母体死亡率は出生 10 万件に対して 10~15 件、国によっては

ひと桁のオーダーにまで低下している。これに対して、開発途上国では出生 10 万件に

くつか 率(生日本 英国 米国 スウェーデン

7.1 7.9 8.3 3.9

バングラデシ

ネパール ュ

シア カンボジア インドネ

インド 437

300 531 473 371

(厚生労働省統計及び母子保健セミナー参加者報告、2000 による)

、非合法妊娠中絶(堕胎)の合併症による死亡が大き

であるために望まない妊娠が多く、堕胎も頻繁

昇させることが母子保健の向上に間接的に大きな寄与をすることが確認され

妊産婦死亡の主な原因は先進国と途上国でそれほど大きな差異があるわけではなく、主

な死因は、子宮破裂、弛緩出血、分娩停止、敗血症、妊娠中毒症などである。子宮破裂は、

女性が若くて未熟なうちに結婚させられ、骨盤が発達しないうちに妊娠・出産することに

よって起こる。開発途上国の特徴は

比率を占めていることである。 大部分の先進国でも1960年代までは妊娠中絶が法律で禁止されていたために堕胎の合併

症による死亡が多く、英国、次いで米国で中絶が合法化されてから減少した。多くの開発

途上国では妊娠の知識・手段の入手が困難

行われている[我妻 2002:106-107]。 妊産婦死亡率低下の対策としては、次の 5 つのような対策が考えられる。

第 1 に、女性の教育、社会的地位の向上があげられる。開発途上国の女性の教育を援助し

て識字率を上

つつある。

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第 2 に、地域住民が参加する保健活動の推進があげられる。インドネシアでは村全体を巻

き込んだ地域保健活動が推進され、成果をあげつつある。特に農村社会で効果が期待され

技術を再教育し、出産介助のキットなど

政府の経済的負担を増加させるという悪影響をおよぼしたことを認識する

というアイデアもある[我妻 2002:110-112]。

・ヘルスの現状と課題について特に問題になっているも

を取上げて簡単に紹介する。

日本既婚女性の避妊方法(

る。 第 3 に、TBA(伝統的出産介助者)の再教育があげられる。開発途上国の田舎では、TBAによる介助が広く行われ、住民に対する影響も強い。したがって、彼女らの活動を排除す

るのではなく、彼女らに対して清潔な出産介助の

を配布することも重要な対策である。 第 4 に、妊婦検診の普及があげられる。妊娠異常や合併症を予防し、ハイリスクの妊婦

を選別するために、妊婦検診は重要である。しかし、そのためには、施設を整備し人材

集めるとともに、住民に健康教育を行って検診の必要性を理解させなければならない。 第 5 に、医療施設・設備の充実と輸送手段の確保があげられる。上記の 1~4 までの対策

を行ってはじめて医療施設・設備の充実が意味を持つようになる。しかし、従来、援助を

する上で、相手国の医療施設水準を自国と同じにすれば問題は解決する、といった誤った

発想に基づいた協力が行われ、上記の諸条件を無視し、単に効果が薄いばかりでなく、時

としては相手国

必要がある。 緊急事態時の妊産婦の輸送手段や輸血用の血液確保なども必要になるが、これは費用の

かかる問題である。救急車を供与しても、維持費の問題、道路の問題が残る。そのため、

医療施設の周辺に妊婦のための仮収容小屋を設け、分娩開始まで周辺の遠い地域からすべ

ての妊婦をあらかじめそこに収容しておく

第 4 節日本のリプロダクティブ・ヘルス 次に、日本のリプロダクティブ

表 2 2000 年) 方法 %

オギノ式 6.5

基礎体温法 9.8

膣外射精法(性交中断法) 26.8

コンドーム 75.3

洗浄法 0.4

殺精子剤 0.5

子宮内避妊具 2.7

経口避妊具(ピル) 1.5

避妊手術(女性) 5.3

避妊手術(男性) 1.1

毎日新聞社「第 25 回全国家族計画世論調査」(2000 年)から既婚女性の各種避妊法(複数

答)[Women’s Online Media HP 2005] 回

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まず、避妊についてだが、日本の避妊の選択肢は、これまで非常に限られてきた。ピル

は副作用や、性感染症の拡大を理由に長い間認可されず、ようやく低用量ピルが認可され

たのは、1999 年だった。また同年、女性用コンドームも認可されたが、表 2 を見てもわか

るように、避妊法の約 8 割はコンドームで、次に多いのが膣外射精ということがわかる。

情報不足のためピルを「危険な薬」と敬遠する女性はまだ多く、また医師の処方箋が必要な

こともピルの普及を妨げる一因になっているといわれる。そのため、正しい避妊とは呼べ

ない膣外射精や、基礎体温法、オギノ式を使う女性が多いことも表 2 を見てわかる。 これら間違った避妊方法の選択は女性だけではなく、男性の間違った知識からもおきやす

い。そのため、男女共に、性について、また保健教育の徹底を行うべきであると考えられ

ている[Women’s Online Media HP 2005]。 表 3 年齢階層別中絶届け出件数と中絶率 年齢 件数 % 15 歳以上 49 歳未満

の女性 1000 人当た

りの中絶率 20 歳未満 44.447 13.0 12.1 20-24 歳 82.598 24.2 20.5 25-29 歳 72.626 21.3 15.4 30-34 歳 61.836 18.1 14.5 35-39 歳 53.078 15.6 13.2 40-44 歳 24.117 7.1 6.2 45-49 歳 2.287 0.7 0.5 50 歳以上 42 0.0 - 不明 85 0.0 - 合計 341.146 100.0 11.7(平均) 「平成 12 年母体保護統計」厚生労働省大臣官房統計情報部編 厚生統計境界発行 次に、中絶についてだが、近年中絶は全体的には減少しているが、10 代、20 代では、増

加傾向にある。その背景には、盛んな性産業と氾濫する性情報の中で、思春期の若者の性

活動が活発になっていることがあるといわれる[Women’s Online Media HP 2005]。 次に、産みたいのに産めない環境についてだが、統計によると、日本では、わずかだが、

実際より理想の子供の数が多いといわれる。しかし、理想の子供の数を持たない理由とし

て、まず、あげられるのが、教育費など子育ての経済的負担である。その他には、育児の

精神的・身体的負担が重い、仕事と子育ての両立が難しいという理由もあげられる[Women’s Online Media HP 2005]。 次に、性感染症、HIV/AIDS について、現在、危険な性行動により、特に若者の間でク

ラミジアなど性感染症が急増している。また、日本は先進国で唯一、HIV/AIDS 感染率が

増加傾向にある[Women’s Online Media HP 2005]。 これらの問題に対し、気軽に情報・相談・サービスが得られる場は非常に少なく、また、

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教育の普及、施設の充実が必須とされている。また、補助金制度や、法の整備も重要課題

とされている。 第2章 HIV/AIDS(母子感染)について 第2章では、リプロダクティブ・ヘルス分野の中でも現在感染者及び、患者が世界規模

で増加傾向にある HIV/AIDS についてとりあげ述べていきたい。 第 1 節 HIV/AIDS とは 性感染症は、おもに性的な接触によってうつる病気で、梅毒、淋病、トリコモナス、ク

ラミジア感染症、性器ヘルペス、ケジラミ感染症などさまざまなものがある。HIV 感染も

性感染症の仲間の 1 つである。これらの病気のことを、STD(Sexually Transmitted Diseases)と呼ぶ。 HIV は非常に感染力が弱いが、他の STD にかかっていると HIV に感染する確率は数倍

から 100 倍にも高くなるといわれる。STD が大流行していることは、AIDS が特別な行為に

よる特別な人の病気ではなく、誰もが HIV に感染する可能性があることを意味している[五島 1995:104-105]。 AIDS(エイズ)とは、Acquired Immunodeficiency Syndrome の頭文字をとって AIDS(エ

イズ)と読み、日本語では、「後天性免疫不全症候群」という。その原因となるのが、Human Immunodeficiency Virus の頭文字をとった HIV である。日本語では、「ヒト免疫不全ウイ

ルス」という。 つまり、AIDS(エイズ)とは HIV に感染したために起こる病気を示す。よく混同され

るのは、「HIV 感染者」と「エイズ患者」である。「HIV 感染者」は、体内に HIV を持って

いるものの、病気が発症していない状態の人のことを指す。これに対し、「エイズ患者」は、

HIV の感染がもとで体を病気から守る免疫系が破壊され、体の抵抗力が弱まって、さまざ

まな病気を発症している人を指す。 人間には、カビやウイルスなどの病原体と戦う「免疫(抵抗力)」というものがある。HIVは免疫のひとつである「ヘルパーT細胞」に入り込み、その中で増殖していく。増殖した

HIV はヘルパーT細胞を破壊して外に飛び出し、また別のヘルパーT細胞に侵入する。ヘ

ルパーT細胞は、抵抗力を司る、いわば司令官のようなものである。それが次々と破壊さ

れていくと、体全体の免疫が働かなくなる。 その結果、健康なときにはなんでもない細菌、ウイルス、カビなどの攻撃に耐えられず、

さまざまな感染症に罹患し、神経障害や、カポジ肉腫、悪性リンパ腫など悪性腫瘍に侵さ

れることになる[health クリニック HP 2005]。 第 2 節 HIV/AIDS の歴史的背景

1981 年アメリカ防疫センター(CDC)が5人のカリニ肺炎患者を報告、これが世界初の

エイズ症例報告となった。1982 年、同センターは AIDS(エイズ)という名称を採用、翌

年 1983 年には、AIDS(エイズ)の病原ウイルスである HIV(ヒト免疫不全ウイルス)が

発見された。

11

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同年、日本では、家族間の日常的な接触による感染の可能性が「医学協会会報」で示唆

され、パニックが発生した。刑務所職員や救急隊員、警察官などがゴム手袋やマスクを着

用し、葬儀屋が遺体処理を拒否するなどのパニックが起こった。また、厚生省は「AIDS の

実態把握に関する研究班」を発足させた。帝京大学では血友病患者が死亡し、「エイズ日本

上陸」との報道が広まる。しかし厚生省はこれを否定した。 1984 年厚生省は「AIDS の実態把握に関する研究班」を解散させ、「AIDS 調査検討委員

会」を設置した。 そして、1985 年厚生省はアメリカ在住男性同性愛者を日本人初のエイズ患者と認定した。 同年、アメリカでは私立中学が感染者ライアン・ホワイト君の登校を拒否する事件がお

きた。家には銃弾が撃ち込まれるなどの嫌がらせや、差別行為が行われ、また、アメリカ

軍が入隊希望者にエイズ検査を実施し、感染者を入隊させない方針を固める。ここで初め

て、感染を理由にした初の雇用制限が行われた。 1986 年アメリカ政府がエイズは通常の接触では感染しないとの公式見解を発表した。 同年、日本では強制送還されたフィリピン女性が感染者だと報じられ、公衆浴場が外国

人の入浴を拒否したり、松本ナンバーの車が避けられるなど松本エイズパニックが発生し

た。 1987 年厚生省は日本国内初の女性患者を確認、発表し、患者の遺影を撮影し、関係した

男性への検査を呼びかけるマスコミが続出し、神戸パニックが発生した。また、HIV 感染

の主婦が妊娠と報道され、「中絶をしろ」との主張が連呼され、「当病院にはエイズ患者は

いない」との看板を掲げる病院が多発するなど高知エイズパニックが発生した。 同年 3 月には、エイズ予防法が国会に提出され、「1人の人権より、99 人の生存権」との

主張が展開された。アメリカではエイズ治療薬 AZT が認可され、また、アメリカ政府は移

民希望者にエイズ検査を義務化し、感染者の入国制限が行われた。また、世界保健機関

(WHO)が世界の HIV 感染者を 1,000 万人と発表した。 1988 年、赤瀬範保さんが感染者として実名を公表し、初の HIV 薬害訴訟を大阪地裁に提

訴した。12 月にはエイズ予防法が可決され、成立した。また、世界保健機関(WHO)が「世

界エイズ・デー」を提唱し、世界規模での活動が始められた。 1990 年、HIV 患者を含む全米障害者差別禁止法(ADA)に大統領が署名し、成立した。

また、世界保健機関(WHO)がアジアでの感染者の拡大を警告し、この時点でのタイの感

染者が2万人と発表した。 1991 年、アメリカ国家エイズ委員会が「エイズとともに生きるアメリカ」報告書を提出

し、「感染者の排除から共存へ」というスローガンがたてられ、各地で運動が起こった。 1992 年、平田豊さんが初めて性的接により感染したエイズ患者として記者会見が行われ

た。東京都は、増えつづける HIV 感染者、AIDS 患者を重く捉え、著名人を起用し、「スト

ップ・エイズ」のテレビ CM を放映することを決定した。これが日本初のマスメディア・

キャンペーンとなった。

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同年、アメリカでは、厚生省が男性 100 人に 1 人が感染者であると発表し、国内が騒然

となった。 1993 年、保健所でのエイズ検査が原則無料になり、関西医大に診療を拒否された感染者

が日弁連に人権救済を申し立てした。10 月には来日した感染者の宿泊を都内のホテル 10数件が拒否するなど、日本国内での差別、人権問題が深刻化した。 1994 年8月、アジアで初の第 10 回国際エイズ会議が横浜で開催された。 1995 年、川田龍平さんが 10 代の感染者として初の実名公表記者会見をおこなった。7 月

には薬害エイズ抗議に約 3,500 人が終結し、薬害エイズ運動の盛り上がりをみせた[五島

1995:156-158]。 1996 年、薬害エイズ訴訟の和解が成立した。アメリカではアメリカ大統領が「国家エイ

ズ戦略」を発表し、エイズ研究に本腰を入れる。また、この年、国連エイズ合同計画(U

NAIDS)は、世界のHIV感染者が 2,180 万人と推定した。 1997 年、エイズ治療・研究開発センターが東京にオープンした。この年、厚生省エイズ

サーベンランス委員会は、1996 年 1 年間で、HIV 感染者、AIDS 患者の対前年度比 37%増

の 610 人で 1985 年以降過去最多となり、一時減少していた女性の感染者、患者が再び増加

に転じ、累計数で 4,771 人(血液凝固製剤による感染も含む)と発表した。また、国連エ

イズ合同計画(UNAIDS)が世界の HIV 感染者が 3,000 万人突破と発表した。 1998 年 6 月末、国連エイズ合同計画(UNAIDS)が世界の HIV 患者の発生状況を発表、

197 カ国 1,893,784 人におよぶ HIV 感染者が確認された。また、1998 年に世界で新たに

HIV に感染した者は 580 万人で、半数は 15~24 歳の年齢層であると発表された。 日本では、第 12 回エイズ学会において、厚生省の研究グループが、1987~1998 年に全

国 1,234 施設で受診した HIV 抗体陽性妊婦 54 人中、出産した 39 人のうち、36 人を追跡

調査した結果、帝王切開 25 人中 1 人、経膣分娩 11 人中 6 人に母子感染が認められたと発

表した。 1999 年、米国商務省統計局は 1998 年の世界人口統計でアフリカ諸国の平均寿命がエイ

ズのために 25 年短くなっていると発表した。また、世界保健機関(WHO)と国連エイズ

合同計画(UNAIDS)はエイズによる世界の死亡者は 1,600 万人に達し、HIV 感染者は累

計で 5,000 万人になると発表した。日本では、エイズ動向委員会が異性間の性的接触で 10代の女性が初めて感染者として確認されたと発表した。 2000 年 9 月に国連総会の一環としてミレニアム・サミットが開かれ、ミレニアム開発目

標が採択された。このミレニアム開発目標の中に HIV/AIDS の蔓延防止も組み込まれた。

また、第 13 回世界エイズ会議が南アフリカ共和国で開催され、「先進国に安価な薬の提供

と社会基盤整備によるエイズ対策」を訴えた。 2001 年、南アフリカ共和国政府は、HIV 感染者が全人口の 9 人に 1 人にあたる 470 万人

に達したと発表した。また、ロシアの AIDS 患者は、1998 年に 1 万人、1999 年には 3 万

人、2000 年には 7 万人を超え、世界最高の伸び率となったことが国連の統計で判明した。

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そして、エイズが初めて報告されてから 20 年間で、世界 5,800 万人が HIV に感染し、す

でに 2,200 万人が死亡したと国連エイズ合同計画(UNAIDS)が発表した。 2002 年、国連エイズ合同計画(UNAIDS)はアフリカ諸国には 2,800 万人以上の HIV感染者が存在していると発表し、成人の感染率は最悪でボツワナ 35%で、ジンバブエ、ス

ワジランドでは 25%、レソトでは 24%と極めて深刻な状態にあると警告した。日本では、

厚生省の研究班が 10 代の性感染症が増加していることから、エイズ予防教育を行い、流行

を防ぐ必要があることを訴えた。 2003 年、国連エイズ合同計画(UNAIDS)は全世界の HIV 感染者は 4,000 万人を突破

し、毎日 1 万 4,000 人が世界のどこかで感染している計算になる、と発表した。 2004 年、厚生労働省によれば、2004 年 1 年間の新たな HIV 感染者は 780 人、新たな

AIDS 患者は 385 人と、共に過去最高となった。合計数は 1,165 人となり、初めて 1,000人を突破と発表した。特に、日本人男性の増加が顕著で、前年度を大きく上回り、先進国

で唯一の感染者が増加している国であると発表された。 2005 年、国連エイズ合同計画(UNAIDS)と世界保健機関(WHO)は世界の HIV 感染

者は、4,030 万人、2005 年の新規 HIV 感染者は、490 万人、2005 年の AIDS による死亡

者数、310 万人と発表された。

1980 年代に HIV/AIDS の犠牲となったのは圧倒的に男性であった。現在、この伝

染病は若い女性を中心に一段と拡がりを見せている。15-24 歳の女性は同年代の男

性に比べ、1.6 倍も HIV 陽性になりやすい。サハラ以南のアフリカでは、HIV と共に

生きる和解女性と男性の割合は 3.6:1 で、女性が男性を上回る。カリブ海諸国や中

東、北アフリカでは、HIV と共に生きる青少年の約 70%を女性が占める。 女性は男性に比べると、生物学的、社会的・文化的、経済的理由から HIV 感染の被

害を受けやすい。しかし、思春期の少女や若い女性はさらなるリスクを抱えている。

例えば、14 歳未満の女性の場合、生殖器官が十分に成熟していないために裂傷を受け

やすい。このことが、HIV 感染および他の性感染症のリスク増大につながる。若い女

性や女児は特に、性的暴力や搾取の対象となりやすく、性的関係を迫る男性に「ノー」

と言う権利やコンドームの使用を主張する権利を含め、性的関係の条件について交渉

するのには不利な立場にある。児童婚や、不衛生な器具による女性性器切除をはじめ

とする有害な因習によって、彼女たちはさらなるリスクにさらされている[(財)家族計

画国際協力財団(ジョイセフ)2005:51-52]。

日本国内で 2005 年に新たに報告された HIV 感染者は 778 人、新たな AIDS 患者は 346人で、合計数は 1,124 人となったと厚生労働省が発表した。

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第 3 節 HIV 感染から発病の過程 第 3 節では、まず HIV の感染力について述べたい。HIV の感染効率と感染状況を世界保

健機関は下記の表のようにまとめている。 表 1HIV 感染効率と感染状況 効率 世界全体の HIV 感染の中で

の割合 血液 <90% 3~5% 母子感染 30% 5~10% 性行為 膣 肛門

0.1~1.0%

70~80% (60~70%) (5~10%)

薬物注射 0.5~1.0% 5~10% 医療従事者 (針刺し事件等による)

<0.5%

<0.01%

(出典:WHO 資料[松岡 1994:12]) 表を見てもわかるように、血液には HIV が最も濃厚に存在する。したがって、感染者の

血液を注射すれば、その感染効率は 90%以上である。過去に、血液製剤で HIV 感染という

例が何件も報告されている。その後、日本では、安全対策が講じられ、現在では安全であ

る。世界では、全体の感染者に占める割合は 3~5%程度である。 次に、妊娠中の母親から子どもへの感染効率は約 30%で、全体の感染者に占める割合は

5~10%程度である。 次に、性行為による感染の危険性は 1%以下と言われている。しかし、他の STD(性感染

症)に感染していたり、性器に傷や出血がある場合には、はるかに高い危険率になる。近年、

その割合は増加しており、感染者全体の 70%~80%になっている。 次に、薬物注射の場合は、その効率は 0.5~1.0%と高いが、地域差が大きく世界全体に

占める割合は 5~10%となっている。 最後に、医療従事者の事故による HIV 感染の危険は、ごく低いが、皆無ではないと言え

る[松岡 1994:13]。 次に、HIV/AIDS の感染経路について述べたい。HIV は、血液、精液、膣分泌液、母乳

のいずれかによって感染する。したがって、感染経路は以下の 3 パターンである。しかし、

手に触ったり、キスしたり、食器を共用する程度の接触や、昆虫に刺されたくらいでは感

染しない。 第 1 に、性行為による感染があげられる。現在、異性間の性行為が HIV 感染の主な原因

であること、性活動の活発な若い男女の間で感染しやすく、複数のパートナーと性行為を

する男女ほど感染率が高いこと、他の性感染症(STD)に感染している者の感染率が高い

ことなどが世界中で判明している。

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また、HIV 陽性の男性から女性が感染する機会の方が、その反対に HIV 陽性の女性から

男性が感染する機会よりも大きい。これは、男性が接触する膣分泌液よりも、汚染された

精液に含まれるウイルスの量が多いこと、さらにこのウイルス(他のウイルスや細菌も同

じ)に接触する可能性のある性器粘膜の表面積は女性の方が広いためである。 また、男女を問わず性器に傷があると(通常他の STD による)、HIV 感染の可能性は高

くなる。 第 2 に、血液感染があげられる。ウイルスに汚染された血液や血液製剤によっても HIV感染が起きる。日本の初期の HIV 感染者の大部分は、米国や、その他の国から輸入された

血液製剤を投与された人々(主に血友病患者)である。エイズ対策の第一歩として、世界

保健機関(WHO)や先進各国で途上国に対する輸血血液の検査体制整備を援助したために、

現在では、多くの国で安全な輸血対策が行われている。しかし、現在でも世界の多くの地

域では、必ずしも検査済みの血液が入手できるとは限らない。 感染した血液が体内に入るもう 1 つの経路は、麻薬常習者の静脈内注射である。ヘロイ

ンやコカイン中毒者が麻薬を注射する場合には、全部の麻薬を注射するために、血液をい

ったん注射器の中に吸い込んでヘロインと混ぜてから注射する。麻薬中毒者が同じ注射器

を回し打ちすると、前に注射器を使用した誰とも知れない者の血液を注入することになる。

ヘロイン中毒者の間に HIV 陽性者が多いのは、針を再使用するためとも言われる。 第 3 に、母子感染があげられる。エイズはリプロダクティブ・ヘルスの重要な課題とさ

れているが、その中でも母子感染は特に重要なこととして取り上げられている[我妻 2002:134-135]。

エイズの母子感染の深刻さは次の数字に示されている。 15 歳以下の子どもの HIV 感染の主要原因は母子感染で、2000 年 6 月現在、境

全体で 60 万人の乳幼児が感染していると推定され、子ども全体では、100 万人を

超すと推計されている。その 90%はアフリカで生まれ、その他、インドと東南ア

ジアで感染児が増加しており、HIV 感染の多い地域では、5 歳未満の子どもの死

亡率がすでに 2 倍になったと言われる。 また、サハラ以南のアフリカにおける子どもの死亡原因には、エイズが大きな

影響を与えている。例えば、ジンバブエでは、1990~96 年の間に 1 歳未満の児死

亡率が 30/1.000 から 60/1.000 に増加、同期間に 1~5 歳の児死亡率は 8/1.000 か

ら 20/1.000 に増加した。このように、世界全体の乳幼児死亡率は予防接種拡大計

画や、下痢症対策で減少傾向をたどっていたのに、エイズのために逆転、上昇傾

向を見せ始めている。 感染の機序としては、妊婦の体内では血液、胎盤、羊水、膣・頸管分泌液、母

乳の中に含まれている。これらから胎盤・臍帯血流を介して、あるいは膣・頸管

分泌物の上行感染、胎児が産道を通過する際に皮膚、気道・消化器の粘膜からウ

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イルスが侵入するなどの機序で感染する。 感染頻度は、妊娠中 17%、分娩中 50%、分娩後(授乳中)33%といわれてい

る。また、母体中のウイルス量が多かったり、CD4 リンパ球が少ない場合、妊娠

中の麻薬静注者(IDU)や性感染症(STD)分娩遷延、前早期破水、羊水絨毛膜

炎、児の未熟性、母乳栄養などが、母子感染の危険因子と見なされている[我妻

2002:142-143]。

次に、感染から発病までを述べたい。感染から発病までは大きく分けて 4 段階あると言

われる。 まず、第 1 段階は血液検査陽性である。この時期は、HIV に感染していても、ほとんど

の人は、症状は出ない。ごくわずかな人に風邪のような症状が出ることがあるが、一過性

のものである。 血液検査は、HIV を発見するものではなく、このウイルスによってできる抗体を見る検

査である。したがって、抗体が現れるまでに通常 8~12 週間かかるので、感染の疑いがあ

る時点から 2~3 ヶ月後に検査を受けるのが正しい方法である。 次に、第 2 段階の HIV キャリアである。感染から発病までの期間は半年~20 年、平均し

て 8~10 年と言われている。この期間は無症状であり、潜伏期間とも呼ばれる。 次に、第 3 段階のエイズ関連症候群(ARC)である。無症状期が過ぎ、免疫機能が低下

すると、AIDS に似た症状が出現するようになる。主に、発熱、寝汗、倦怠感、リンパの腫

れ、体重減少などである。 最後に、第 4 段階の AIDS の発症がある。AIDS は、HIV 感染のうち、カリニ肺炎、カ

ンジダ症、カポジ肉腫、リンパ線の腫れ、ひどい下痢、持続的な体重減少、さらに神経症

状などの見られる重傷の状態を言い、多くの場合には数年以内に死亡にいたる[松岡 1994:10-11]。 第 4 節 HIV/AIDS の予防対策

エイズが地球上最大の公衆衛生上の問題であると認識された当時は、世界保健

機関(WHO)が対策の指導的責任をとり始めた。しかし、1990 年代半ばまでに

エイズ流行の速度は増加する一方で、単に医学問題に限らず社会的・経済的開発

面で各国に破壊的打撃を与えたことから、国連の一機関だけで対応することは不

可能と認識され、1996 年に国連エイズ合同計画(UNAIDS)が組織された。すな

わちユニセフ(UNICEF)、国連開発計画(UNDP)、国連人口基金(UNFPA)、

ユネスコ(UNESCO)、世界保健機関(WHO)、世界銀行、1999 年 4 月からは国

連薬物統制計画が参加した。 現在、国連エイズ合同計画の役割は各機関の有するそれぞれの専門知識、資金、

ネットワークなどを活性化、強化、調和させる調整的な役割を果たしている。し

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かし、各機関にも官僚主義的な部分があり、その活動の将来は、かなり困難が予

想される[我妻 2002:137-138]。 次に、世界各国におけるエイズ予防対策の 4 つ障害因子について述べたい。

第 1 に、偏見があげられる。多くの啓蒙活動に関わらず、エイズは先進国でも途上国で

ももっとも偏見に満ちた疾患である。したがって、検査により、もし陽性と判明した場合

の周囲からの目を恐れて、あえて検査を受けない人々が大勢いる可能性があり、特定の国

や地域における感染頻度を正確に把握することが困難である。特に、陽性者に対するカウ

ンセリングのシステムが無いか乏しい国や地域では、検査体制を整備すること自体を政府

が躊躇する。 日本でも HIV/AIDS に対して強い偏見がある。全国の保健所には検査体制が整っており、

匿名で検査を受けることができるが、検査の希望者が極めて少ないと言われる。偏見のた

めに検査を受ける人が少なければその国、地域の実態がわからず、将来の予測や、予防対

策も立てようがない。 第 2 に、無知と無関心があげられる。特に途上国では、エイズの特徴、感染経路などに

関する知識の不足が予防を困難にしていると言える。ウイルスに感染しても長い間症状が

ないが、性行為で相手に感染させてしまうことがあることや、他の性感染症(STD)と同

時に感染しやすいこと、妊婦が感染していると子どもに感染しやすいことなどの知識を教

育することから始めなくてはならない。 無関心は先進国でもあり得るが、特に日本に著しいと言える。2000 年 12 月に内閣府が

実施した世論調査では、エイズ問題に「関心がない」「あまりない」と答えたのは 15 歳以

上を含めた対象者全体で約 38%であったが、15~19 歳の未成年者層に限ると約 46%と高

く、未成年者層に関心の薄いことが示された。 この層では、「HIV に感染する不安はない」と答えた人が約 55%に達し、その理由の 1番は、「身近に AIDS 患者や HIV 感染者がいない」(約 60%)であった。この層に予防のた

めのコンドーム使用の有無について聞くと、「常に使用」が約 15%、「時々使用」は約 8%と低かった。日本では最近の傾向として、エイズは血液製剤による被害者の病気という誤

った知識や印象が強く、性感染症(STD)としての危険が認識されていない傾向があると

言える。 第 3 に、貧困があげられる。エイズの知識や予防手段を普及、教育し、自発的に検査を

受けることを促すカウンセリングや、陽性者のケア、治療者のためには費用がかかる。血

液検査設備、安全な輸血対策、治療対策の整備など、医学的な面に関しても、当該国にと

っては経済的に大きな負担である。貧しい途上国では、貧困のためにこれらの対策が進ま

ず、予防や治療対策の障害因子となっている。 第 4 に、生活習慣があげられる。先進国で問題になっている生活習慣病は食事、喫煙、

飲酒、運動不足などが原因であり、これらを予防するのは個人の生活習慣を変えなければ

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ならない点で、極めて困難な問題である。もう 1 つの本能である性欲と関係する生活習慣

病がエイズ、性感染症(STD)と言える。予防するには禁欲する、できなければ感染して

いない特定のパートナーとだけ性行為を行う、それが不可能なら不特定多数のパートナー

とは必ずコンドームを使用する。女性も女性用のコンドームを使用するなど、これらは生

活習慣、性行動を変化させてエイズを予防することであり、多数の人々に実行させるのは

容易ではない。その事実が多くの国におけるエイズ予防の障害であると言える。

第 3 章日本の若者の性の異常 第3章では、HIV/AIDS の拡大が近年急速に進む日本の若者たちに起こる性の異常につ

いてとりあげ、述べていきたい。 第1節調査データから見えてくる若者の現状 現在、日本の若者の性行動に「異常」がおきている。 東京都幼・中・高・心障性教育研究会が、1984 年以来 3 年おきに実施している調査によ

れば、高校 3 年生の性経験率は、1990 年代に入って急上昇を始めた。特に女性の変化が大

きく、1990 年代後半には、「男女逆転」と言う現象が起きた。2002 年の時点での性経験率

は、高校 3 年女子 46%、男子 37%にも達している[木原 2006 :2]。 日本で詳しい性行動調査が始まったのは、エイズを予防するためにはまず、本格的な実

態把握が必要とされ、1999 年の「国民性行動調査」3から始まった。 この調査で明らかになった現実は、目を見張るものであった。若い世代と高年齢の世代

の間には大きな違いが生じていて、若者では、初交年齢が早まり、性的パートナーの数が

増え、性行動が多様化し、性関係に至るまでの期間は短くなり、そして、日本で長い間存

在してきた男女差は、買春を除けば、ほぼ消滅、もしくは逆転しているなどということが

明らかになった。そして、売買春に関わる人の割合が、予想に反して、若い世代ほど高い

という事実も明らかになった[木原 2006:2-3]。 また、同年、国立大学生を対象に 1 万人規模の「全国国立大学性行動調査」4が実施され

3 「国民性行動調査」 正式名は、「日本人の HIV/STD 関連知識・性行動・性意識についての全国調査」。1999 年

度厚生省「HIV 感染症の疫学研究班」における調査で、日本初の全国規模の科学的性行動

調査。日本国民の平均的性行動像やピルへの認識を知ることを目的として、1999 年 6 月か

ら 7 月の 1 ヵ月間にわたって、18 歳から 59 歳の対象者 5000 人を、住民台帳、選挙人名簿

などから無作為抽出して実施した。予備サンプルを使用せず、回収数 3562 名、回収率 71%に達した[木原 2006:157]。 4 「全国国立大学性行動調査」 正式名は、「大学生の HIV/STD 関連知識・性行動・性意識に関する研究」。1999 年度厚生

省「HIV 感染症疫学研究班」における調査。大学生の性行動やピルへの認識を知る目的で、

1999 年 4 月から 6 月にかけて実施した、日本初の全国規模の大学生調査で、全国 96 の国

立大学保健管理施設に調査を依頼し、26 校(27%)から協力を得た。私立大学は調査できな

かったため、国立大学のみとした。参加者数は 1 万 364 人で、参加校全学生の 58%が参

加した。参加大学は、北は北海道から南は鹿児島まで、21 都道府県の大学が参加した[木原 2006:157-158]。

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た。この調査からは、国立大学生は性行動には活発だが、HIV/STD予防意識はとても低い

という憂慮すべき状況にあることがわかった。 1999 年に大きな調査が 2 つも行われたのは、その年に低用量経口避妊薬(ピル)が解禁さ

れることになったため、HIV 流行への影響に対する懸念から、解禁前の様子を記録してお

く必要があると考えられたためである。 翌年 2000 年からは、若者の中でも特に 10 代の若者に焦点をあて、まず首都圏の繁華街

を歩く 10 代のカップルを対象に調査を実施した5。この調査からは、お互いにこれまでの

性パートナーが 1 人というカップルはわずか数%であることがわかり、若者の間に非常に

発達した性的ネットワークが存在することが示唆された[木原 2006:5]。

2001 年には、若者を取り巻く環境を把握するために、保護者・教師・生徒の意識の比較

調査を行い、性に関して、大人と若者の間には大きな意識、認識のギャップが存在するこ

とが明らかになった6。 そして、同年、西日本 2 県で県下全域の小学校・中学校・高等学校を対象に若者の現状

にどれほど教育が対応し得ているか「性教育実態調査」7を実施した。その結果、全学年で

一応、予防教育は実施されているものの、1 年間の平均実施時間は 2~3 時間程度と短いこ

となどが明らかになった[木原 2006:5-6]。 2002 年からは、高校生の性行動調査に着手し、まず、西日本のA県、B県の県下の希望高

校の 2 年生男女を対象に各 5000~1 万人規模の性行動調査を実施し、地方高校生の実態を

把握しようとした8。この結果は、「都会ほどではないはず」という地方の教育関係者、保護

者の間の根強い意識を大きく裏切り、地方の高校生の性行動は都会とほとんど変わらず、2

5 「首都圏カップル調査」 正式名は、「首都圏 10 代カップルの日常生活・HIV/STD 関連知識・行動に関する調査」。

2000 年度厚生省「HIV 感染症の疫学研究班」における調査。若者における性的ネットワー

クの様子を調べる目的で、池袋と渋谷の街頭で 2001 年 1 月から 2 月にかけて 1 週間実施し

た。街頭を歩くカップルに無差別に声をかけ、女性が 10 代のカップルを対象とした。声か

けに応じ、条件を満たす 569 組中 301 組が調査に参加した。 6 「親・子・教師意識調査」 正式名は、「親・子・教師の知識・意識の違いに関する調査」。2001 年度厚生省「HIV 感染

症の動向と予防介入に関する社会疫学研究班」における調査。保護者や教師と子どもとの

間にある意識のずれの有無を調べることを目的として、2001 年 10 月から 12 月にかけて B県で実施した[木原 2006:159]。 7 「性教育実態調査」 2001 年度厚生省「HIV 感染症の動向と予防介入に関する社会疫学研究班」における調査。

性教育や、エイズ教育がどのような時期にどのような内容で行われているかを知る目的で、

2001 年 1 月から 5 月に A 県で、2001 年 11 月に B 県で実施した[木原 2006:159]。 8 「2002 年度地方高校生性行動調査」 正式名は、「地方の高校生の日常生活・性意識・性行動に関する調査」。2002 年度厚生省「HIV感染症の動向と予防介入に関する社会疫学研究班」における調査で、地方高校生に対する

初めての大規模性行動調査[木原 2006:158]。

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~3 割に経験があり、経験者の間で無防備な性的ネットワークが発達していることが明らか

になった[木原 2006:6]。 次に、これらの調査から見えてくる若者の現状を 4 つの問題に分けて述べていきたい。 第 1 は、「高まる性交率」である。2002 年度地方高校生性行動調査と東京都幼・小・中・

高・心障性教育研究会のデータを比較したところ、性経験率は都会と地方で差はなく、高

校 2 年生の段階で 20~30%の生徒に性経験があることがわかった。また、それぞれに共通

する現象は、女子生徒の方で経験率が高いことである。以前は男子生徒の性経験率の方が

高かったが、前述したように、東京都では 1990 年代半ばで逆転現象が生じ、女子生徒が男

子生徒を追い越した。おそらく、地方でもこれと似たような現象が生じたと考えられる。 また、時代とともに女性の性意識が変化してきたこともあり、初交年齢は早まり男女差が

縮まっていったとも言える。さらに、これまでの相手が 5 人以上という人の割合を見ても、

女性では、若い層ほど、その割合が高くなっていて、35 歳以上の年齢層では 30~40%もあ

る男女差が、18 歳から 24 歳の年齢層においては、ほぼ消失していることがわかった。この

データからも女性に生じた変化がいかに大きいものであったかがわかる。 次に、性関係に至るまでの期間を見てみると、年齢の若い層ほど短い期間に性関係に入

る人の割合が大きくなっている。特に、18 歳から 24 歳の年齢層が突出していて、性経験者

の 5~6 割の人が付き合って 1 ヵ月以内に性関係に入っていることがわかった。また、それ

と同時に、実際の交際期間も短くなっている。 また、相手の数が多いというデータも出ている。これは、性関係をせかす性情報の氾濫

や、仲間同士の圧力(ピアプレッシャー)に曝され、心のつながりを深めることが苦手なため

に、愛情確認として、急ぐように身体の関係に入っていくように思われる。しかし、身体

の関係を持っても、やはり「間が持たない」ため、もっと自分に合う相手を探す、こうし

たことを繰り返すうちに、結果として、相手の数が多くなっていく。 さらに、交際相手も多様化してきている。男子生徒の場合、約 90%は同じ高校である。

しかし、それに対して女子生徒の場合、約 70%は同じ高校だが、あと 4 分の 1 は社会人や、

大学生、あるいはフリーターと多様な相手が登場する。つまり、女子の場合、その性的ネ

ットワークは一部大人社会とつながっていることに注意が必要である[木原 2006:7-15]。 第 2 は、「間違った性知識」である。これほど、性行為の情報が蔓延し、中学生ではほと

んどの子が何であるかを知っているのに、中絶について知っているのは、男子は半数にも

満たず、女子でも、3 年生でやっと 70%台で、特に男子の知識の低さが際立っている。ク

ラミジアに至っては、それが性感染症であることを知っていたのは、男女とも 30%にも満

たないというデータも出ている。 つまり、色々な性情報を知っているのに、予防に必要な情報は持っていない。これは、

情報源に問題があると言える。何から情報を得たか、という質問に対して男女共に 1 番多

かったのが「友達」である。男子の場合、2 番目に保健体育の先生、3 番目に漫画本だが、

女子の場合は、2 番目に漫画本、3 番目にテレビドラマという順序になる。ここで、保健体

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育の先生を除けば、情報源がまともなものではないことがわかる。 特に、女子の漫画本は、漫画といっても、成人雑誌コーナーに置かれている漫画を指す

のではなく、少女漫画を指す。いわゆる有害図書は条例で定義されており、一般にそうし

たページが20ページ、もしくは全ページの5分の1のいずれか以上である場合に指定され、

それ未満であれば規制対象外となる。つまり、その基準に満たなければ、いかがわしい内

容のものでも、小学生ですら手に取れるところ(本屋、コンビニ)で売ることができるのであ

る。こうして子どもたちは、色々な性情報を手にしていく。 また、若い世代の中では、唖然とするような知識が口コミや、携帯電話、インターネッ

トを通して広まっている。例を出すと、「花粉症の人はエイズに感染しない」(理由:免疫力

が強いから)、「生理と生理の間だったら妊娠しない」、「性行為の後、すぐに洗浄すれば、病

気にも感染しないし、妊娠もしない」などである。こんなとんでもない誤解をしているの

に、性行為をしている若者たちが現実には少なくなく、大切な自分の身体のことなのに、

肝心なことは何も知らないのである[木原 2006:16-24]。 第 3 は、「無防備な性行動」である。2001 年度地方高校生調査(高校 2 年生)によれば、毎

回コンドームを使用していたのは、性経験者の 30%程度にすぎず、ピルを使用している様

子もない。避妊器具を何も使わない性行為が頻繁に行われているのが実態である。そして、

これが最近の 10 代の人工妊娠中絶や性感染症増加の背景にある。しかも、相手を多く経験

した人ほど使わないという傾向も現れている。これは、高校生だけに限らず、国立大学生

調査でも、首都圏街頭カップル調査でもこの傾向は現れ、日本の若者にかなり普遍的な現

象であることが示唆された。この傾向は欧米とは対照的で、欧米では、逆に、相手が多い

ほど使うか、少なくとも相手の数によってコンドーム使用率が低下するようなことはない。 では、なぜ相手の多い人ほどコンドームを使用しないのか。面接データによれば、その

理由のひとつは、運良く妊娠しなかった経験を重ねるにつれ、そもそも避妊目的でしかな

かったコンドームを用いる理由が薄れてしまうからではないかと考えられる。例えば、国

立大学生調査のデータでは、コンドームの使用目的(複数回答)を避妊と答えた人は、98%に

ものぼったが、エイズや性感染症の予防と答えた人は、20%程度にしかすぎない。また、

これらの結果は、高校生にも同じである。 そして、無謀な性行動の盲点になっているのが、オーラルセックスである。国民性行動

調査によれば、この場合にコンドームが使用されることは、ほとんどない。しかし、性感

染症は、口腔や咽頭へ移り、またそこから性器に移っていく。これらが、現在、性感染症

蔓延の知られざるルートになっている。 また、最近では、携帯電話と性行動に深いつながりが見られる。携帯電話のサービスは、

1987 年に開始され、1995 年以降急速に普及していった。特に、若者の出会い系サイト利用

の頻度の高さは想像を越えるものである。それもただ単に、メル友として交信するだけで

はなく、実際 40%前後が連絡を取った相手と実際に会っているというデータもある。メル

友とメールを交換しているうちに、その相手と以前からの知り合いであるかのような錯覚

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に陥り、中には、初めてあった時に性関係を持ってしまう子どもたちも少なくない。携帯

電話による交際は、安易に「密室気分」を作り、相手との距離感を狂わせてしまいがちで

ある。そして、最近のいくつかの事件をあげるまでもなく、出会い系サイトには羊の皮を

かぶった犯罪者さえ潜んでいる。子どもたちには、一歩間違えば取り返しのつかないこと

になりかねないことを十分啓発することが必要である[木原 2006:26-32]。 第 4 は、「乏しいエイズ/性感染症の知識」である。エイズや、性感染症についての調査を

してみると、HIV が食事やお風呂、トイレでは移らないという、古典的な知識は比較的正

解率が高いのに、性感染症の種類や症状、その感染経路や HIV 感染との関係、また HIV の

検査に関する知識はとても低いことがわかる。つまりこれは、HIV や性感染症が他人ごと

で済んでいたころの知識からあまり進歩していないということがわかる。実はここに、日

本における予防啓発や教育の偏りが反映されている。エイズキャンペーンやエイズ教育で

は相変わらず、古典的な知識が中心で、現代の日本の若者のニーズに合った内容ではない。

もはや、現在の日本は、とっくに HIV や性感染症を「自分の問題」として捉えなければい

けない時代に入っており、そうした観点から、普及すべき知識の再点検を行う必要がある[木原 2006:32-34]。 第2節蝕まれる若者たちの性の健康 「エイズや性感染症は、性行為で流行するというのは必ずしも正しくない」と聞けば、

意外に思う人も多いはずだ。正確には、「エイズや性感染症の流行は性関係が網の目のよう

につながりあった場合にのみ生じる」というのが正しい表現である。言いかえれば、多く

の性関係が一対一の関係であるなら流行はおきないということになる[木原 2006:51]。 日本の若者の性行動を一言で言えば、無防備な「性的ネットワーク」が発達していると

いうことになる。「性的ネットワーク」とは、同時に相手がたくさんいたり、交際期間が短

いために相手の数が増え、知らないうちにお互いが、過去現在を含め、多数の相手と性関

係でつながってしまうことを意味する。例えば、彼女に以前彼氏がいて、その彼氏が性感

染症にかかっていたら、彼女を介して自分も感染する可能性があるということである。 2001 年に行われた 301 組のカップルに同じ番号のついた別々のアンケートに答えてもら

う首都圏街頭カップル調査によれば、驚いたことに、これまでの相手がお互いに 1 人とい

うカップルはわずか 17%で、お互いにこれまでの相手が 5 人以上というカップルが 12%、

そして、少なくとも片方が 5 人以上というカップルは、43%にものぼった。こうした驚く

べき「性的ネットワーク」は、都会だけではなく、日本全体に急速なスピードで拡大して

きている[木原 2006:25-26]。 また、「性的ネットワーク」は一般に魚を採る網のような均等な網目構造ではない。魚網

なら 1 つの点に集まる線はどこも同じだが、この「性的ネットワーク」は、きわめて不揃

いで、一部の人に多くの線が集まり、多くの人はその線でつながれているにすぎない。そ

して、前で述べたように現在の関係だけでなく、過去・現在・未来のパートナー全てが含

まれている。

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「性的ネットワーク」において、多くの線が集中する一部の人のことを「コア」と呼び、

「コア」となる少数の人々の性行動がネットワークの形成に大きな役割を持ち、したがっ

て、ネットワークの安全性を左右することにもなる。つまり、「コア」が安全な性行動をと

れば、流行はおきにくくなる。「コア」は、予防の最大のターゲットとなる対象であると言

える[木原 200651-52]。 第3節なぜ若者の性に異常が生じたのか(日本の脆弱性) HIV や性感染症の流行の原因として、社会的脆弱性という言葉が使われることがある。

途上国では、貧困や社会文化的問題が根本にあり、それが教育の機会を奪い、また安全な

性行為をする自由さえ奪っている。例えば、貧困で教育を受ける機会が無かった女性たち

は、売春を余儀なくさせられ、紛争や戦争は、状況を悪化させる。HIV 流行の促進につな

がるこうした社会的・文化的条件を示す言葉を社会的脆弱性という。 しかし、日本には、それほどの貧困もなければ、紛争もない。それなのに HIV や性感染

症が増加しているのはなぜなのか。日本の持つ社会的脆弱性とはなにか、3 つの主な問題を

述べたい。 第 1 は、「増殖するポルノ社会」である。前でも述べたように、現在日本では、小学生に

すら簡単に手に取れる女性のヌードを表紙にした雑誌や、漫画が存在する。そして、それ

らが野放し状態になっていると言える。また、アダルトビデオも 1990 年代に入って、ビデ

オレンタルショップで公然と貸し出されるようになり、現在では、インターネットからダ

ウンロードや購入が可能となってきた。「アダルトビデオ等通信販売」9と呼ばれる業種は、

1999 年は 462 軒であったものが、2003 年には、2485 軒と短期間に 5 倍に増えている。こ

うして、あらゆる性的映像が簡単に手に入るようになり、性の商品化は、年々低年齢化す

るとともに、拡大し続けている。 このように、1990 年代に、日本社会はポルノ化を強め、2004 年からは、インターネット

を介した性情報が急速に低年齢層へと浸透し始めている。インターネットは、その性情報

の多さと過激さとアクセスの容易さから、究極のポルノメディアと言え、今後の更なる影

響が懸念される。インターネットなどによってポルノ映像を提供する業種は、「映像送信型

性風俗特殊業」と呼ばれ、1999 年には、229 軒であったものが、2003 年には、1334 軒と、

6 倍にも増加している。 こうして、現代社会で、若者は幼いときから、強い性情報の風圧に曝され、その風圧は、

今後ますます強まっていく一方である。こうした社会的圧力は、若者社会の間では、ピア

プレッシャー10に転化し、「みんながしている」という錯覚を生み出し、遅れまいとする意

識が性行動へと駆り立てていくことになる。こうした性情報の垂れ流しに、政治家、教育

者、保護者は声をあげる必要があると考える[木原 2006:58-63]。

9 「アダルトビデオ等通信販売」 正式名は、無店舗型風俗特殊営業第 2 号営業と言う。 10 仲間同士の圧力

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第 2 は、「乏しい社会的サポート」である。まず、ここで、マスメディアの無責任があげ

られる。性の問題に関する限り、表現の自由と責任のバランスが狂っている。加えて、日

本のマスメディアには、薬害エイズ問題の和解以来、エイズ問題に対する持続的な関心が

見られない。それらが、日本で政治、行政、国民においてエイズ問題に対する関心が低い

大きな原因の 1 つとなっている。また、ときおり流れる即席番組では、派手な容姿や言動

の若者を登場させることによって、性の問題がそうした「特別な若者」の問題であるかの

ような錯覚を生み出している。しかし、実際には、限りなく「普通化」しつつある性行動

の問題を「特別化」してみせることによって、それが身近な問題であることを社会が認識

することを妨げている。 また、次にあげられるのが、乏しい政治的リーダーシップである。若者の性の問題が、

このまま放置されたとき、日本社会が被る損失は計り知れないものがある。お金だけの問

題ではないが、例えば、10 万人がエイズの治療を受けるようになれば、1 人 1 年間 250 万

円ほどかかるため、毎年、2500 億円もの医療費が使われることになる。しかも、エイズは

完治することがないため、その負担は何十年も続き、莫大な国家予算が費やされることに

なる。HIV 問題は、潜在的に流行し、気づいたころには取り返しのつかない規模に拡大し

ているという歴史を繰り返してきた。だからこそ、流行の初期に優れたリーダーシップを

発揮しなければならない。 また、学校での予防教育が現実のニーズに対応しきれていないという問題もある。これ

までの教育では、感染者との共生、つまり、人権面での教育に重点が置かれてきた反面、

性感染症や、HIV 感染を自分に関係ある問題として教える観点が不足している。しかし、

もうとっくにそれだけでは済まない時代になっているにもかかわらず、その軌道修正がま

だ十分にできていないのが現状である。その最大の理由は、学校としての現状認識の遅れ

や、生徒と教師などの世代間ギャップが考えられる。このように、若者たちを取り巻く社

会のサポートは乏しい。このように、性情報の氾濫を許してしまったのが大人社会である

なら、未来を支える若者のためにも、予防行動の障害となる条件を改善し、予防しやすい

社会作りをする責任を大人たちが果たさなければならないと考える[木原 2006:64-72;浅井 2003:69-76]。 第 3 は、「弱まるつながり」である。まず、家庭を考えてみる。家庭は本来、愛情、しつ

け、教育、保育、休息、娯楽など様々な機能をもつ場である。しかし、最近、「弧食」とい

う言葉を耳にする。これは、家庭でひとり食事をする子どもたちを表す現代語である。1990年代に入ってから増え始め、その割合は、小学校高学年から急激に増加し、中学 3 年生で

は、30%にのぼるとも言われている。また、弧食とまではいかなくとも、家族が揃って食

事をする機会、家族が会話をかわす機会は確実に減ってきている。 こうした家庭のつながりの衰えは、大人の残業や、子どもの習い事、塾などによって家

族の構成員の生活に大きな時間差が生まれたことが主な原因と考えられるが、携帯電話の

普及で、家族が個々に独立した通信手段を持ったことも大きな影響があると考える。家庭

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に 1 台しか電話が無かった時代に比べると、子どもが一体どのような仲間と付き合ってい

るのか、今ではその気配すら感じることができなくなってしまった。 このような現状では、家族の求心力や規範力は衰え、子どもに対する家族のコントロール

は低下せざるを得ず、夜遊びや、プチ家出など様々な問題が起こる。 次に、地域社会の衰えを考える。近年、地域社会も大きく変化してきている。かつて、

地域には、村や町内会などの行事などがあり、地域は子どもたちにとって社会性を涵養す

る重要な場として機能してきた。多少の煩わしさも伴いつつも、地域社会の有機的な人間

関係は、子どもが成長する上で重要な意義を持っていたと考えられる。 しかし、そうした人間関係も、個人主義的なライフスタイルや、マンションに代表される

居住条件の変化などによって、急速に衰えつつある。 また、子供同士の人間関係も変化してきた。かつて、子どもたちは、地域や学校で群れ

て遊ぶことが多かった。そして、強い者、弱い者の存在するその群れの中でおのずと社会

性を身につけていった。遊びとは単に楽しみであるだけではなく、社会行動でもあった。 しかし、1980 年代以降、テレビゲームが登場し、それが遊びの主役になっていく中で、

子どもたちは生身の人ではなく、画面という非現実に向き合うため、遊びはバーチャルな

空間における閉ざされた営みに変わり、社会行動としての側面が急速に衰えてしまったの

ではないか、と考えられる。また、塾通いが日常化し、子どもたちに遊ぶ時間が少なくな

ったという事情も考えられる。 最後に、学校も明らかに変化してきている。以前は、学校は知識の伝達の場という以上

に、子どもたちにとっては社会であり、子どもたちが、子どもたち同士あるいは教師との

人間的つながりの中で、切磋琢磨しながら社会生活における規範やルールを学ぶ場であっ

た。しかし、最近珍しくなくなった「学級崩壊」は、そうした情景が一変してしまったこ

とを意味する。教師と生徒の人間的つながりが失われ、教師のコントロールがもはや効か

なくなったのが原因にあげられる。しかし、それだけで生じる現象ではなく、学校外の環

境、つまり家庭や地域社会の規範力の衰えも作用していると考えられる[木原 2006:73-79]。 第 4 章予防教育 第 1 節予防教育の現状 これまで、学校では実際どのような予防教育がなされてきたのか。それを鏡のように映

し出しているのが、若者たちの知識の現状である。前述したように、中学生や高校生の知

識を見ると、お風呂、トイレ、食器、握手で HIV は移らないとか、人権、共生に関わる知

識は確かによく浸透していて、これまでの教育でその面では効果をあげてきたことがうか

がわれる。しかし、その一方で、性感染症や、HIV 感染の検査に関する情報の浸透度は低

く、学校におけるエイズ教育が、自らの性の健康についての予防教育としては限界があっ

たことを示している[木原 2006:112]。 共生や人権教育の重要性は言うまでもないことだが、それだけではもはや足りない時代

になっているのである。自分も性感染症や、HIV に感染したり、妊娠する危険があるとい

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うことを実感できる教育を伴わなければならない[木原 2006:112-113]。 状況はずいぶん変わってきたが、予防教育には抵抗もまだ少なくない。よく出てくる理

由のひとつに、「保護者の反対」というものがある。また、「同僚教師の反対」という意見

も多く、問題は、学校の内部にも存在していることがわかる[木原 2006:113-114]。 しかし、このような状況のなか、様々な予防教育の試みがなされてきた。その努力は評

価されるべきものと考える。ただ、問題は、科学的評価を伴ったものがなかったというこ

とである。ピアエデュケーション11、自己決定、ロールプレイ、ライフスキルなど、「欧米

産」のものが、しばしば直輸入されてきた。試みとしては理解できるが、個人主義を主と

する欧米と日本では文化的基盤が異なることに注意する必要がある。行動は文化現象であ

るため、日本で効果があるかどうかは、日本の社会文化環境の中で検討されなければなら

ないはずだが、残念ながら日本では、それらが行われてきた形跡がない。そのために、効

果が定かでないものが延々と繰り返される状況が生まれてしまった[木原 2006:114-115]。 第 2 節 WYSH(ウィッシュ)プロジェクト WYSH(ウィッシュ)プロジェクトとは、Well-being of Youth in Social Happiness の略で、

性行動調査の蓄積をもとに、2002 年から厚生労働科学研究の一環として行われている予防

プロジェクトである。現在主に、中学生、高校生を対象に展開しているこのプロジェクト

は、社会疫学と呼ばれる、疫学、質的方法、ソーシャルマーケティング、行動理論などを

統合した手法を用いて開発されたものである。 WYSH プロジェクトは、若者(オーディエンス)に対する徹底した調査に基づくこと、対

象者だけではなく、それを取り巻く人々(セカンドオーディエンス)をも対象とすること、そ

して、予防教育を知識技術教育の観点を超えて、人生の夢、希望や人としての生き方とい

う、より根本的な価値観の中に位置づけようとするところに特徴がある。WYSH プロジェ

クトお SH を social happiness としているのはその意味であり、WYSH プロジェクトで行

う教育を「希望教育」、「生きる教育(生教育)」と呼ぶ。 さらに、このプロジェクトのもう一つの重要な特徴は、明確な役割分担に基づく連携、

つまり、「社会分業」の実現を追求しようとしていることである。これまでの性教育や予防

教育のあり方を見ていると、分担・連携と言っては、外部講師に丸投げしている例や、保

健所が学校の出前授業を積極的に進めている例をよく見かける。どちらにも共通する問題

は、講師が学校の生徒の様子を知らないため不適切な場合があり得ること、内容や、メッ

セージが講師によってちぐはぐになる場合があること、そして持続する保証がないという

ことである。 しかし、このプロジェクトでは、地域の保健医療関係者、学校関係者、保護者などが、

それぞれ自分しか担えない、あるいは最も良く担える役割を明確にし、お互いに密接な連

携を持ちながらそれを果たしていくというやり方を進めている。つまり、分業ができて初

11 「ピアエデュケーション」 仲間や同僚など身近な人による教育のこと。「ピア」は、仲間という意味。

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めて、予防支援を包括的にかつ持続的に若者に提供していくことが可能となる[木原

2006:117-118]。 第 3 節 WYSH プロジェクトのメッセージと授業 WYSH プロジェクトで伝えようとしている基本メッセージは 2 つある。 第 1 は、「性生活を始めた人には誰にでも性感染症や、エイズに感染したり、予想外の妊

娠をする可能性がある」というメッセージである。これが徹底しないと、対象者の中に予

防が必要との意識は生まれてこない。そして、こうした意識は、世界や日本全体の情報を

いくら提供しても生まれてくることはない。いくら世界や日本全体の情報を提供しても、

自分には関係ないことと感じてしまうため、もっと身近に感じられる情報が必要である。 したがって、まず、その子どもたちが住む地域の情報、つまり地域の人の人工妊娠中絶

や、性感染症の情報を収集して提供する。また、エイズの多い地域であれば、その地域も

エイズ情報も提供する。次に、性的ネットワークの概念をわかりやすく説明する。相手の

性行動次第では、自分が知らないうちにネットワークに組み込まれてしまう危険があるこ

とを理解してもらい、「決まった相手=安心」という油断を取り除いていく [木原

2006:122-124]。 第 2 は、「時間をかけて、丁寧な人間関係を築いてほしい」というメッセージである。今

の若者たちの間には、性経験へと駆り立てる強い仲間同士のプレッシャーが働いており、

性経験がない子どもたちが、経験のないことを「遅れている」、「恥ずかしい」と表現する

ことがよくある。 この第 2 のメッセージを授業では、人間関係の素晴らしさを表現したビデオや、美しい

音楽、講師の経験談を交えて伝える。何もかもせわしいこの時代に、丁寧に人間関係を築

くことの大切さや、そこから得られる快楽ではない本当の喜びを伝える。そうすることに

よって、自然と性関係に入る時間が遅れ、相手の数も減っていくことにつながる。性行動

の活発でない学校や、高校の低学年、中学校の場合など、性経験者の少ない状況では、こ

のメッセージの比重を大きくし、また、そうした学校では、生徒たちに合わせ、使う言葉

も慎重に選んで授業を行う。 性行動の非常に活発な学校でも、同じ「時間をかけて丁寧な人間関係を」というメッセ

ージを送るが、感染や、妊娠のリスクをより強調するとともに、すぐに予防や検査行動が

とれる情報も提供する。このように、事前のアンケート調査やインタビューの結果によっ

て、その学校に合わせた授業をデザインしていく[木原 2006:124-125]。 ここで誤解のないように付け加えると、このメッセージは、「性関係は悪いこと」という

ネガティブなメッセージではない。禁じれば、「禁じられた行為=逸脱行為」となり、切り

捨てにつながるからである。この第 2 のメッセージは、性経験の有無に関わらず、「性を(薄い人間関係ではなく)豊かな人間関係の中に位置づけよう」というポジティブなメッセージ

であり、好きな人はいるけれど性関係は持ちたくないと思っている若者や、経験はしたけ

れどどこか気持ちがひっかかっている若者たちへの応援メッセージである [木原

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2006:125-126]。 終章 おわりに 性の問題や、悩みを両親や、先生、友達同士や、パートナーで気軽に話すことは大変難

しい。悩みを話して引かれてしまったらどうしよう、みんなに言われてしまったら私はど

うなってしまうのだろう、親に心配かけたくない、そんな不安を抱えて、相談できないま

まの若者がどれだけいるだろうか。また、私には関係ないから大丈夫、みんなだって同じ、

と考えている若者もどれだけいるのだろうか。きっと、著者が考える以上の若者たちが、

このように考えていると思う。 著者自身、性教育を受けたことが無いせいか、性については触れにくいもの、というよ

り、触れてはいけないものとして過ごしてきてしまった。また、当たり前のように、「私は

大丈夫」と考えていた。しかし、カンボジアに行ったことにより、人間にとって「性」と

いうのは、国籍や、世代、男女関係無く、尊いものであるということを実感した。そして、

きちんと知らなければいけない義務が私たちにはある、と考えるようになった。 そして、卒業論文を作成するに当たって自分自身についてもたくさん考えた。1 人の女性

として、いつか愛する人の子どもを妊娠し、健康に出産したい、当たり前のように聞こえ

るが、それが出来ない女性がたくさんいる。国によって女性の置かれる環境は様々だが、

日本は、貧困や戦争で健康な妊娠、出産ができない国ではない。そのような良い環境に生

まれたのだから、この尊い命を次の世代へと受け継がなければならない。そのためには、

男女ともに性についてきちんと学び、お互いを思い合う気持ちを持つことが大切である。 そして、このような気持ちを持つためにも、性教育が重要な役割を果たすということが

卒業論文作成を通じてわかった。性教育を、希望教育、生きる教育というように理解し、

地域社会や、学校、家庭など、自分達を取り巻く全てが関係しているということも知るこ

とが出来た。 また、性という大切な問題だからこそ、それを中学生や、高校生など、これからを担う

若者に伝える難しさも痛感した。しかし、ここで投げ出しては、HIV/AIDS や、人工妊娠

中絶、性感染症などの増加を止めることは出来ない。難しい問題だからこそ、希望も捨て

てはいけないと筆者は考える。そして、筆者自身、関心を持ち、学び続けたい。

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<参考文献> 浅井春夫・北村邦夫・橋本紀子・村瀬幸浩(2003)『ジェンダーフリー・性教育バッシング』

大月書店 江原由美子(2002)『自己決定権とジェンダー』岩波セミナーブックス 五島真理為(1995)『AIDS をどう教えるか』解放出版社 木原雅子(2006)『10 代の性行動と日本社会―そして WYSH 教育の視点』ミネルヴァ書房 松尾武(2002)『データブック NHK 日本人の性行動・性意識』日本放送出版協会 松岡弘(1994)『新エイズ教育』株式会社ぎょうせい 対馬ルリ子(2002)『女性外来が変える日本の医療』築地書館 我妻尭(2002)『リプロダクティブヘルス』南江堂 ヤンソン柳沢由実子(1997)『リプロダクティブ・ヘルスライツ_からだと性、わたしをい

きる』国土社 財団法人 家族計画国際協力財団(ジョイセフ)(2005)『世界人口白書 2005』 財団法人 家族計画国際協力財団(ジョイセフ)(2005)『目で見る人口・リプロダクティ

ブヘルス』 財団法人 家族計画国際協力財団(ジョイセフ)(2004)『世界のリプロダクティブ・ヘル

スをめざす道のり』 <参考 HP> AIDS SCANDAL HP www.t3.rim.or.jp/~aids

(財)家族計画国際協力財団(ジョイセフ)HP http://www.joicfp.or.jp

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