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1 まず自己紹介からはじめます。現在私 は高等教育開発推進センターで、主に九 州大学の21世紀プログラムのお世話 をしています。もともと専門としては物 理学をやっています。物理学といっても 領域は様々ですが、特に、皆さんには馴 染みの無い言葉ですが物性物理学と呼 ばれる領域を専門としています。つまり、 物の成り立ちの理屈を明らかにしたい のですが、物の性質を分子や原子の並び 方、つまり構造から解き明かす研究に取 り組んでいます。 今日は、物を「観る」ということを物 理学あるいはサイエンスという立場か らお話していこうと思います。「見る」 ことの原理と、見たことを私たちがどの ように認識したり理解しているか、すな わち「観る」について一緒に考えてみま しょう。 まず原理について考えてみましょう。 物を「見る」には何が必要ですか?どな たか、考え付いたことを言ってみてくだ さい。…そうですね。目が必要ですね。 でも、目さえあれば物が見えますか?… そうです。脳も必要です。見たものを視 神経を通して解釈しなければなりませ ん。しかし、目と脳があれば物は見える のでしょうか。・・・そうです、光がな ければそもそも物を見ることができま せん。光について考えてみましょう。 高等教育開発推進センター 副島 雄児 H180803 観るー自然現象を認識すること 専門:物性物理学(回折物理学) スライド 01 contnts ☆”観る“と言うことは? -原理- ☆“観る”と言うことは? -認識- スライド 02 ○目の構造と可視光 ○光の波長と物のサイズ ○光の性質 ○人間と光 ○認識 ☆“観る”と言うことは?ー原理ー スライド 03

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まず自己紹介からはじめます。現在私

は高等教育開発推進センターで、主に九

州大学の21世紀プログラムのお世話

をしています。もともと専門としては物

理学をやっています。物理学といっても

領域は様々ですが、特に、皆さんには馴

染みの無い言葉ですが物性物理学と呼

ばれる領域を専門としています。つまり、

物の成り立ちの理屈を明らかにしたい

のですが、物の性質を分子や原子の並び

方、つまり構造から解き明かす研究に取

り組んでいます。 今日は、物を「観る」ということを物

理学あるいはサイエンスという立場か

らお話していこうと思います。「見る」

ことの原理と、見たことを私たちがどの

ように認識したり理解しているか、すな

わち「観る」について一緒に考えてみま

しょう。 まず原理について考えてみましょう。

物を「見る」には何が必要ですか?どな

たか、考え付いたことを言ってみてくだ

さい。…そうですね。目が必要ですね。

でも、目さえあれば物が見えますか?…

そうです。脳も必要です。見たものを視

神経を通して解釈しなければなりませ

ん。しかし、目と脳があれば物は見える

のでしょうか。・・・そうです、光がな

ければそもそも物を見ることができま

せん。光について考えてみましょう。

高等教育開発推進センター

副島 雄児

H180803

観るー自然現象を認識すること

専門:物性物理学(回折物理学)

スライド 01

contnts

☆”観る“と言うことは?-原理-

☆“観る”と言うことは?-認識-

スライド 02

○目の構造と可視光○光の波長と物のサイズ○光の性質○人間と光○認識

☆“観る”と言うことは?ー原理ー

スライド 03

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はじめに波の基本をおさらいしてお

きましょう。図は正弦波と呼ばれる波形

です。例えば谷から谷まで、繰り返し波

形の 1 つ分の長さを波長と言います。ま

た 1 秒間に波が走る距離に何個の波形が

たっているか、つまり 1 秒間に何回波が

振動しているか、その数を振動数と呼び

ます。例えば音波の場合、高い音は振動

数が高く(大きく)低い音は振動数が低

い(小さい)わけです。振動数は Hz(ヘ

ルツ)という単位で表し、1000Hz は 1秒間に 1000 回振動する波を表します。 光が物に当たると光は散乱します。散

乱されて飛び散った光を目で捉えて網

膜に映った像を視神経で認識していま

す。物によって散乱された光を捉えるこ

と、これが物を見るということの本質で

す。 光とは何でしょうか?電磁波を発見

した物理学者たちは、電磁波の速度が光

の速度と同じであることに気づきまし

た。実は光は電磁波の一つだったのです。

表には左から右へ波長の長い方から短

い方へ電磁波の名称を示しました。ラジ

オ放送に使われている電波(電磁波)は

意外と長いのですね。また、病院で使う

X 線(レントゲン)はとても短いですね。

波長

振動数

スライド 04

光 散乱

スライド 05

○目の構造と可視光

スライド 06

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ラジオ放送の電波(電磁波)の波長を

計算してみましょう。例えば福岡では

NHK の第 1 放送は 612 kHz です。一方

電磁波の速さは約 3.0×108 m/s です。今

計算を簡単にするためにラジオ放送の

電磁波の振動数を 1000 kHz とすると、

この電磁波の波長は 300 m になること

がわかります。ラジオやテレビの電磁波

は意外と長い波長を持っています。なぜ

なのかは次の話を理解するとわかりま

す。 光(電磁波)で物を見るということの

本質を考えてみましょう。左上図は、海

に浮かぶ船を上から眺めたところです。

意地悪なことに、船は海の色と同じに塗

られていて見分けがつきません。でも海

の波の様子をみてみましょう。黒い線は

船のサイズよりも長い波長のゆったり

とした波です。(例えば実線は波の山、

破線は谷とみてください)こんな波が来

ても、船は波に揺られてドンブラコドン

ブラコっと波に乗っているだけでしょ

う。私たちはそこに船があることを観る

ことはできません。では、船のサイズよりも波長の短い赤い波ではどうでしょうか。この

波はきっと船によって散乱されるでしょう。ついまり、赤い波は船にぶつかって飛び散り、

この波を観れば、私たちはそこに波を散乱させる何かが“在る”ことに気づきます。光に

よって物を見ることも全く同じなのです。物体に光が当たり散乱される、散乱された光を

目で捉えて物を見るということが、物を見ることの本質です。私たちの目が認知できる可

視光は、その波長が10-6 mくらいですから、これより大きいものは可視光を散乱させます。

すなわち目で見ることができます。しかし、これよりも小さい物はどんなに性能の高い顕

微鏡を使っても原理的に目で見ることはできません。原子の世界を見るには原子のサイズ

よりも波長に短い X 線と呼ばれる光を使わなければならないのはこのためです。建物や地

形などで散乱されては困るラジオの放送に用いる電磁波の波長が長いのもこのためです。

○光の波長と物のサイズ

可視光

X線

スライド 08

光の速さ c=3.0×108 m/s

ラジオの電磁波 例えばAM放送1000 kHzですと、

1000 kHz=1000×1000 Hz=106 Hz

波長=速さ÷振動数=3.0×108÷106

=3.0×102

=300 m

スライド 07

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光の性質について少し私たちの経験

を 1 つ確認しましょう。スライド 09 の

屈折は皆さんよくご存知ですよね。屈折

は空気中と水中での光の速さが異なる

ために生じるものです。屈折という現象

がなかったらどうなるでしょう?まず

第 1 に私たちは物を見ることができない

でしょう。なぜなら、私たちの目は水晶

体での光の屈折によって、網膜に像を映

し出しているからです。 目はどうして光が屈折することを知

っているのでしょうか。考えてみると不

思議ですね。もう1つ、イルカショウで

イルカさんは水中からボールを見てい

ます。ボールの位置は、イルカさんから

見ると実際の位置よりも右にずれてい

ます。イルカさんは見事にボールを口で

突きますが、何て賢いのでしょう。イル

カさんは屈折を知っているのでしょう

か? さて、今までの話を頭に残して、もう

一度電磁波の波長の表を見てみましょ

う。可視光と呼ばれる領域がいかに狭い

ものであるかを認識できるでしょう。し

かし、私たちの目に直接見えないものを

見ることは可能なのです。見たい物のサ

イズによって、用いる電磁波の波長を選

ぶことになります。

屈折

イルカショー目

スライド 09

☆見えないものを観る

スライド 11

イルカに見えるボールの位置

屈折

ライド 10

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20 世紀の科学は、単純に言えば、私た

ちの目に見えない世界を明らかにして

きたと表現できます。そのきっかけは、

第 1 回ノーベル物理学賞を受賞したレン

トゲンの偉大な発見だったと言えます。

レントゲンは彼が発見した謎の光線を、

不明という意味で「X 線」と名づけまし

た。この光線は、レントゲンの奥さんの

手を通り抜けました。しかし、指輪や骨

については通り抜けられないために影

が映るのでした。 人類は X 線の発見によって、史上初め

て自ら電磁波、すなわち光を作り出すこ

とをはじめました。それまでは、自然界

にある光だけで生活をしていましたが

(炎による光もいわば自然界の光です)。

スライド 13 は X 線を発生させるための

装置です。真空容器ので電子を発生させ、

この電子を金属に当てると、金属から X線が飛び散ってきます。病院のレントゲ

ン写真撮影装置などは馴染みがあるで

しょう。 人類はもっと明るい光を作り出す努

力をしました。金属に電子をぶつけて出

てくる X 線よりもはるかに明るく、色々

な波長の電磁波を発生できる「シンクロ

トロン」という巨大な装置を作り上げま

した。電子を光の速さの 99%くらいの速

さまで加速し、円形の軌道を回します。

雨の日に傘をまわすと放射状に雨粒が

飛び散ってくるように、電子から放射状

に電磁波が出てきます。左の航空写真に

あるように巨大な装置です。写真を右端

X線の透過力

レントゲン1901年ノーベル物理学賞

スライド 12

X線の発生原理(1)

スライド 13

スライド 14

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から左端まで歩くと 20 分以上かかりま

す。 シンクロトロンの装置は世界のあち

こちに建設されています。日本は世界一

巨大な SPring-8 と呼ばれる設備を兵

庫県の播磨に持っています。これよりは

ずいぶん小型の装置になりますが、九州

では佐賀県鳥栖市にシンクロトロン装

置が稼動し始めました。 スライド 16 は佐賀県のシンクロトロ

ン装置の内部の写真です。左の 2 枚の写

真は電子を円形軌道に回す一部を見て

いるものです。右下の写真は円形軌道の

外に放射状に飛び散ってくる電磁波を

導き出している様子です。奥の壁から、

一直線に電磁波を導いているところが

わかるでしょうか。この電磁波を使って、

私たちは直接目にすることのできない

世界を研究しています。 実は、物を見るには電磁波だけが有効

なものではありません。つまり、波動で

あればよいわけです。原子核の中にある

中性子や、また、電子そのものも波動で

あることがわかっています。ある場合に

は、中性子や電子を使って未知の世界を

研究しています。研究用の原子炉や、電

子顕微鏡があります。

スライド 15

スライド 16

中性子を取り出す(京都大学原子炉実験所)

スライド 17

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X 線は最初は謎の光線でしたが、1914年、1915 年に相次いでその謎を解明する

発見がありました。スライド 17 は、ラ

ウエがX線を物質に照射して写したX線

写真です。縦横に規則正しく点々の模様

が見えますか?これは、物質というもの

が原子の規則正しい配列で構成されて

いることを明らかにしましたし、X 線が

電磁波(すなわち波)であることを明ら

かにしました。ブラッグはこの模様がで

きる理由を見事に説明することに成功

しました。 ラウエとブラッグの成功を受けて、

1964 年には女性科学者ホジキンが、たん

ぱく質が 2 重らせん構造を持つことを明

らかにしました。ついに、20 世紀の科学

は生命の謎を追及していくことになり

ます。

ここまで、光で物を見ることの原理、それを知って、私たちには直接見えない世界どのよ

うに解明してきたのか、その概要をお話しました。人類が見るということで認知してきた

世界から脱却して、私たちの認識を超える世界の姿を明らかにしてきた、それが 20 世紀の

科学であったと言えます。いかがでしょうか?見るということに関して、皆さんが改めて

その意味をわかって下さったならば私の講義は成功!です。私たちは、生まれてこの方、

さまざまな自然現象を目の当たりにしています。これらは、五感による経験とし蓄積され、

私たちの生活の基盤をなしています。見ることは五感の一つにすぎませんが、見る経験を

通して、私たちは着実に自然界を「観る」ことを行っています。私たちは見た物を認識し、

解釈しているのです。科学者としては、わたしは、私たちが観たものは、私たちが存在す

るこの世界の「真の姿」であると思っています。私たちは科学によって世界の姿を明らか

にしてきたと思っています。

X線の回折現象

ラウエ1914年ノーベル物理学賞

結晶構造の解析

ブラッグ1915年ノーベル物理学賞

スライド 18

たんぱく質の構造解明ホジキン1964年ノーベル化学賞

スライド 19

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しかし、状況は少し違うと言う意見が

あるのも事実です。スライド 20 はあの

有名な養老孟司氏の本です。この本の中

には、科学者としてはとてもショッキン

グなことが述べられています。でも、養

老猛司氏も科学者であることを考える

と、無視するわけにはいきません。彼の

主張をきちんと捉え、解釈し、同意する

なり反論するなり、私の意見を持つこと

が必要だと思っています。 スライド 21と 22は気になる部分の抜

粋です。端的にまとめますと、人類は科

学によって「私たちが住んでいる私たち

の外にある自然界を理解した」と思って

いるが、それは思い込みだということの

ようです。第一、私たち自身が 30 億年

自然界の中で生きており、実は自然界は

私たち自身の体の中にあるものだとい

うことです。自然界を理解することは、

私たち自身を理解することであると考

えなければならないようです。 万有引力の発見は、実は、私たちの脳

がすでに知っていたことで、私たちはそ

れを理解(解釈)しているに過ぎないと

いうことです。確かに!そう考えると、

私たちの目が光の屈折を知っているの

も当たり前、ということでしょうか。む

ー!なかなかにわかには信じられない

ですね。皆さんはどう思われますか。私

はもっと良く考えてみたいと思います。 これで講義を終わります。

・・・人間を理解するということは、つまり

人間というシステムを理解するということで

す。それが理解できた分だけ、世界に対する

理解が進む。だって、その世界なるものを見

ているのは、人問なんですから。

これまでの科学は・外の世界は人間の外にあ

ると、仮定してきました。それを客観的とい

うわけです。でもそう仮定してきたから、い

ろいろ面倒なことが起こる。なぜなら、科学

が進むとは、外の世界の理解が進んだことだ

と思い込むからです。だから科咋技術で、環

境を操作しようとする。そうなると、なんだ

かうまくいかないのです。公害が起こる環境

破壊が起こる、子どもがいなくなる、教育が

おかしい。

そうじゃないでしょ。外の問題じゃない。

あんたの問題でしようが。

これは家庭でもよく起こりますな。女房の

せい、亭主のせいにする。傍から見ると、そ

うじゃない、お前のせいだろうが。

スライド 21

西欧風の科学の問題は、私の見るところでは、

ここにありました。物理学の例はすでに述べた通

りです。万有引力の法則は宇宙全体にある。それ

はそれでいいんです。でも人問がなぜそれを理解

できるんですか。その反省がない。

脳からみれば、それは当然です。だって、引力

の法則の中で、三十億年、生きてきてるんですか

らな、生物は。引力の法則を無視する脳がかつて

あったとしても、当然のことながら、もう滅びて

ますな。それなら脳の中に、引力の法則がなにか

の形で当然入っているはずです。だから人間は引

力を「理解できる」。なにしろ背骨ができてから

五億年、重力場の中で動き続けてきたんですから、

重力に関する法則が脳に入ってないはずがない。

てめえの脳の中に、なにかの形で入っている。そ

れだけのことでしょうが。でもそれは「脳に入

る」形でしかないはずです。われわれの世界への

理解は、基本的にはそこまでに止まるはずです。

脳が大きくなったら、それ以上のことが理解で

きるんじゃないか。そんなことは、私は知りませ

ん。いまだって、自分がどこまでわかっているの

か、わからないんですから。でもそういうふうに

考えていくなら、未来はまだまだ夢に満ちてます

な。

スライド 22

○養老孟司の脳○人間と認識の世界○自然現象を認識すること

☆“観る”と言うことは?ー認識ー

スライド 20