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94 JULY 2008 放送用語に関する質問から 1 年に 12 回開催する放送用語委員会のうち,地 域拠点局で開かれる 8 回の委員会では,各局の放 送現場から「放送用語」についての疑問や質問を 受け,回答している。今回は,第1308回放送用 語委員会(関東甲信越)で寄せられた中から,質 問とそれに対する回答を,いくつか紹介する。 50cc のバイクの表現─ 「ミニバイク」 50ccのバイクは,NHKの放送では「ミニバイ ク」と表現することにしているが,日常会話でよ く使う「原付きバイク」「スクーター」は認められ ないのか,という質問である。 道路交通法によると「2輪車」は次の2つに分 類される。 ①原動機付き自転車(総排気量 50cc 以下) ②自動 2 輪車(総排気量 50cc を超えるもの) ①には,「ミニバイク」「原付き」などと呼ばれ るものが入り,②には「オートバイ」「バイク」が 含まれるが,「バイク」は,一般には①の意味で も使われる。 では,①を,放送でなんと表現するかだが,法 律上の名称は「原動機付き自転車」である。この ため,「原付きバイク」という言い方は,造語と もとれるので,放送では使わない。では「スクー ター」はどうか。「スクーター」というと,一般に は上記の①にあたる50ccクラスのものを連想す る人も多いが,実際には,排気量に関係なく,前 後輪の間に低くえぐられたスペースを設け,足を そろえて置ける床板を備えている形のバイクを指 す。50cc以上のクラスのものも含まれる名称で あるため,使えない。 以上の理由から,①の「原動機付き自転車」を 指す放送用語としては,「バイク」のうち小さい クラスもの,という意味で,「ミニバイク」を使っ ている。 JR の路線「~本線」を,なぜ「~線」とするか 鉄道の「本線」とつくものの呼び方については, 1976(昭和51)年の第850回放送用語委員会での 次の決定がある。 (決定) 国鉄の線路名称のうち「本線」の付くもの の呼び方は次のようにする。ニュースでは, 原則として「本」を省いて「~線」とする。 ただし,番組によっては,必要に応じて「~ 本線」を用いてよい。 (理由) ①「~本線」を「~線」と呼ぶ習慣は,す でに一般化していると考えられる。また, そうすることによって混乱の生じることも ない。 ②「本線」と「支線」の区別は,鉄道創設 当時の事情を反映したものであって,今日 の路線の重要度などには必ずしも対応して いない。 たとえば,常磐線や高崎線は,今ではきわめて 重要な路線であるが,名称上は東北本線の支線 扱いになっている。このため,NHK の放送では, 今も,上記の決定のとおり,「~本線」「~線」の 区別をせずに,「~本線」も「~線」としている。 民営化後の会社では,「職員」か「社員」か 民営化した「JR」で働く人々は,「職員」か「社 員」か,という質問である。「職員」とは,官庁・ 学校のみならず,会社などにつとめて職務や事務 を受け持つ人のことを指す。JRについて「職員」 ということばを使ってもまちがいではないし,も ちろん「社員」でも問題ない。 一 方,2007(H19)年 10 月 に 民 営 化 さ れ た JP (日本郵政)については,民営化されてから間も ないため,まだ「社員」という呼び方には違和感 がある人が多いと考えられる。放送では今のとこ ろ,「社員」ではなく,「職員」を使ったほうがよ いだろう。 複数を意味する「たち」と「ども」の使い分け 「たち」は,「公達(きんだち)」のように古くは 尊敬の意をこめて使ったことばである。一方,「ど も」は,「子分ども」のように見下した気持ちを伴 う使い方があり,また,一人称代名詞などに付 いてへりくだった気持ちを表す。このことから, “「わたしたち」というのは自分を含む人間に敬語

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94  JULY 2008

放送用語に関する質問から1年に12回開催する放送用語委員会のうち,地

域拠点局で開かれる8回の委員会では,各局の放送現場から「放送用語」についての疑問や質問を受け,回答している。今回は,第1308回放送用語委員会(関東甲信越)で寄せられた中から,質問とそれに対する回答を,いくつか紹介する。

50cc のバイクの表現─「ミニバイク」50ccのバイクは,NHKの放送では「ミニバイ

ク」と表現することにしているが,日常会話でよく使う「原付きバイク」「スクーター」は認められないのか,という質問である。

道路交通法によると「2輪車」は次の2つに分類される。

①原動機付き自転車(総排気量50cc以下)②自動2輪車(総排気量50ccを超えるもの)

①には,「ミニバイク」「原付き」などと呼ばれるものが入り,②には「オートバイ」「バイク」が含まれるが,「バイク」は,一般には①の意味でも使われる。

では,①を,放送でなんと表現するかだが,法律上の名称は「原動機付き自転車」である。このため,「原付きバイク」という言い方は,造語ともとれるので,放送では使わない。では「スクーター」はどうか。「スクーター」というと,一般には上記の①にあたる50ccクラスのものを連想する人も多いが,実際には,排気量に関係なく,前後輪の間に低くえぐられたスペースを設け,足をそろえて置ける床板を備えている形のバイクを指す。50cc以上のクラスのものも含まれる名称であるため,使えない。

以上の理由から,①の「原動機付き自転車」を指す放送用語としては,「バイク」のうち小さいクラスもの,という意味で,「ミニバイク」を使っている。

JRの路線「~本線」を,なぜ「~線」とするか鉄道の「本線」とつくものの呼び方については,

1976(昭和51)年の第850回放送用語委員会での次の決定がある。

(決定)国鉄の線路名称のうち「本線」の付くものの呼び方は次のようにする。ニュースでは,原則として「本」を省いて「~線」とする。ただし,番組によっては,必要に応じて「~本線」を用いてよい。

(理由)①「~本線」を「~線」と呼ぶ習慣は,すでに一般化していると考えられる。また,そうすることによって混乱の生じることもない。②「本線」と「支線」の区別は,鉄道創設当時の事情を反映したものであって,今日の路線の重要度などには必ずしも対応していない。

たとえば,常磐線や高崎線は,今ではきわめて重要な路線であるが,名称上は東北本線の支線扱いになっている。このため,NHKの放送では,今も,上記の決定のとおり,「~本線」「~線」の区別をせずに,「~本線」も「~線」としている。

民営化後の会社では,「職員」か「社員」か民営化した「JR」で働く人々は,「職員」か「社

員」か,という質問である。「職員」とは,官庁・学校のみならず,会社などにつとめて職務や事務を受け持つ人のことを指す。JRについて「職員」ということばを使ってもまちがいではないし,もちろん「社員」でも問題ない。

一方,2007(H19)年10月に民営化されたJP(日本郵政)については,民営化されてから間もないため,まだ「社員」という呼び方には違和感がある人が多いと考えられる。放送では今のところ,「社員」ではなく,「職員」を使ったほうがよいだろう。

複数を意味する「たち」と「ども」の使い分け「たち」は,「公達(きんだち)」のように古くは

尊敬の意をこめて使ったことばである。一方,「ども」は,「子分ども」のように見下した気持ちを伴う使い方があり,また,一人称代名詞などに付いてへりくだった気持ちを表す。このことから,

“「わたしたち」というのは自分を含む人間に敬語

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を使うという意味でまちがっていて,「わたしども」と言うべきだ”,という意見がある。

しかし,一般的に,ことばは,使っているうちに敬意やていねいさがすり減ってしまうという傾向がある。例えば,「めし」ということばは,もともとは「めしあがりもの」から派生したていねい語だったが,そのていねいさがすり減って,一般語になり,さらに,今では乱暴な響きをもつようになった。「たち」も同様に,古くは尊敬の意味がこめられ

ていたが,時間とともにその敬意の度合いは薄められ,後期江戸語では「おめえ」「てめえ」などにも「たち」がついて敬語ではなくなった。今では,人や動物の複数を表すニュートラルな表現になっていると考えられる。この点から,「わたしたち(わたくしたち)」がおかしい表現であると,一概には言えない。また,へりくだった気持ちを表したい場合には,「わたし(わたくし)ども」になる。

放送で,「今年」を「ことし」と表記する理由NHKでは,放送で使う漢字について,“「常用

漢字表」にある漢字,およびNHKが独自に使うことを決めた漢字を,決められた音訓の範囲内で使う”ことを原則としている。これは,放送が不特定多数を対象にしたメディアであるため,そこで使用する漢字は,義務教育を修了していればほぼ読める漢字の範囲内におさめよう,という理由によるものである。こうした漢字表記については,新聞社・通信社・放送局が加盟する新聞協会やマスメディア各社でも,それぞれ,若干の違いがあるもののほぼ同じような制限を設けている。「今年」については,「明日(あす)」「昨日(き

のう)」「今日(きょう)」「今朝(けさ)」などとともに,常用漢字表の付表に,漢字2字以上で構成されるいわゆる「熟字訓」(漢字表記を分割するとその読みが成り立たなくなるもの)として掲載されている。上記の原則からいえば,放送での漢字使用は可能な語である。しかし,「今年」と漢字で書いた場合,「ことし」と読んだらよいのか,

「こんねん」と読んだらよいのか,わからなかったり,迷ったりするおそれがある。そのため,放送では「ことし」と,ひらがな書きにすることに

している。同じように「今日(きょう/こんにち)」「明日(あす/みょうにち)」「昨日(きのう/さくじつ)」なども,「きょう」「あす」「きのう」と,ひらがなで表記するようにしている。

漢字の読みわけ①「末」 ~〔スエ〕〔マツ〕~

一般的に〔スエ〕と読む場合は数日の幅をもった意味と考えられ,月の末日を指すときは[マツ]と読む。例えば,「7 月(の)末〔スエ〕」と読めば,7月の終わり数日を指すし,統計上の数字をあげる場合など,月の末日そのものを指すときは〔マツ〕と読むことになる。ただし,年末〔ネンマツ〕などは数日以上の幅をもっているので注意が必要である。

また,“視聴者にわかりやすく”という点では,別の表現のほうが適切な場合もある。例えば,「9月末に閉店します」と書いた原稿であれば,「9月いっぱいで閉店します」や「9月30日に閉店します」のように具体的に言ったり,表記したりしたほうがわかりやすくなる。正しい「読み」をすることはもちろん大切だが,「わかりやすさ」も同時に検証し,“よりわかりやすい表現”にする努力も必要である。②助数詞の「棟」 ~〔トウ〕〔ムネ〕~

一般には,ビルは〔トウ〕,住宅は〔ムネ〕と読み分ける慣用もあるようだが,NHKでは助数詞で「棟」と書いた場合,すべて〔ムネ〕と読むようにしている。倉庫・工場・納屋など,住宅でない建物にも同様に使う。

ビルも含め,〔トウ〕でなく〔ムネ〕で数える理由は,①〔ムネ〕のほうが耳で聞いてわかりやすいこと,②ビルを〔トウ〕,住宅を〔ムネ〕などと使い分けた場合,災害での建物被害の数を伝えるときに混乱するおそれがある,などの理由による。

また,「ムネ」に付く数字の読み方は以下のとおり。

1 棟 / ヒトムネ, 2 棟 / フタムネ, 3 棟 / サンムネ(ミムネ),4 棟 / ヨンムネ(ヨムネ), 5 棟/ ゴムネ(イツムネ), 6 棟 / ロクムネ,7 棟 /ナナムネ, 8 棟 / ハチムネ, 9 棟 / キュームネ,10 棟 / ジュームネ(トムネ)。        太田眞希恵(おおた まきえ)