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<16 ITS シンポジウム 2018> 権限移譲後におけるヘッドアップディスプレイ画像の焦点 距離別と立体音響の効果 黄黎 *1 貝塚勉 *1 楊波 *1 永田英記 *2 浜田鉄平 *2 根上卓也 *2 川原禎弘 *3 中野公彦 *1 東京大学 *1 パイオニア株式会社 *2 ジェイテクト株式会社 *3 自動運転から手動運転へ権限移譲後におけるドライバの認知性について、実車を用いたテストコースでの 試験を実施した。被験者は助手席側にダミーでゲーム用のハンドルを使って、自動運転と手動運転の操作を 模擬する。走行中の周辺偶発事象に対してヘッドアップディスプレイ(HUD)または音声警報を用いた HMI 効果を検証した。権限移譲直後の手動運転中に、隣車線から他車の追い越し、前方車の急減速、及び横断し そうな歩行者の状況を想定した。 HUD 画像の焦点距離別の認知処理の差と立体音響の運転行動への影響を評 価した。 Effect of Head-up Display with Different Focal Distances and Three-dimensional Audio after Takeover Request Li Huang *1 Tsutomu Kaizuka *1 Bo Yang *1 Hideki Nagata *2 Teppei Hamada *2 Takuya Negami *2 Sadahiro Kawahara *3 Kimihiko Nakano *1 The University of Tokyo *1 Pioneer Corporation *2 JTEKT Corporation *3 For the cognition of the driver after take over request from automatic driving to manual, a field experiment was conducted. The subjects simulated the operation of automatic driving and manual driving by using a game handle as a dummy at the passenger side. We examined the effect of HMIs using head-up display (HUD) or warning sound for peripheral contingencies during driving. During the manual operation right after the authority transition, we assumed the situations of overtaken by another car from the adjacent lane, sudden deceleration of a leading vehicle, and pedestrians likely to cross over the road. We evaluated differences in cognitive processing by focal distance of HUD images and influence of three-dimensional audio on driving behavior. Keyword:head-up display, three-dimensional audio, takeover request

権限移譲後におけるヘッドアップディスプレイ画像 …...HMI の運転行動への効果を調査している。 本研究は、ドライバが自動運転から手動運転へ権

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Page 1: 権限移譲後におけるヘッドアップディスプレイ画像 …...HMI の運転行動への効果を調査している。 本研究は、ドライバが自動運転から手動運転へ権

<第 16回 ITSシンポジウム 2018>

権限移譲後におけるヘッドアップディスプレイ画像の焦点

距離別と立体音響の効果

黄黎*1 貝塚勉*1 楊波*1 永田英記*2 浜田鉄平*2 根上卓也*2 川原禎弘*3 中野公彦*1

東京大学*1

パイオニア株式会社*2

ジェイテクト株式会社*3

自動運転から手動運転へ権限移譲後におけるドライバの認知性について、実車を用いたテストコースでの

試験を実施した。被験者は助手席側にダミーでゲーム用のハンドルを使って、自動運転と手動運転の操作を

模擬する。走行中の周辺偶発事象に対してヘッドアップディスプレイ(HUD)または音声警報を用いた HMI の

効果を検証した。権限移譲直後の手動運転中に、隣車線から他車の追い越し、前方車の急減速、及び横断し

そうな歩行者の状況を想定した。HUD 画像の焦点距離別の認知処理の差と立体音響の運転行動への影響を評

価した。

Effect of Head-up Display with Different Focal Distances and

Three-dimensional Audio after Takeover Request

Li Huang*1 Tsutomu Kaizuka*1 Bo Yang*1 Hideki Nagata*2 Teppei Hamada*2 Takuya Negami*2 Sadahiro Kawahara*3

Kimihiko Nakano*1

The University of Tokyo*1

Pioneer Corporation*2

JTEKT Corporation*3

For the cognition of the driver after take over request from automatic driving to manual, a field experiment was

conducted. The subjects simulated the operation of automatic driving and manual driving by using a game handle as a

dummy at the passenger side. We examined the effect of HMIs using head-up display (HUD) or warning sound for

peripheral contingencies during driving. During the manual operation right after the authority transition, we assumed the

situations of overtaken by another car from the adjacent lane, sudden deceleration of a leading vehicle, and pedestrians

likely to cross over the road. We evaluated differences in cognitive processing by focal distance of HUD images and

influence of three-dimensional audio on driving behavior.

Keyword:head-up display, three-dimensional audio, takeover request

Page 2: 権限移譲後におけるヘッドアップディスプレイ画像 …...HMI の運転行動への効果を調査している。 本研究は、ドライバが自動運転から手動運転へ権

1. まえがき 平成 30 年度戦略的イノベーション創造プログラ

ム(SIP)の実施方針により、高度な自動走行システ

ムの実現に向け、産学官共同で取り組むべき課題に

つき研究開発を推進している。自動運転システムの

レベル定義(1)により、現在実現できているレベル3

自動運転では、システム機能限界や故障時には、手

動運転への権限移譲が必要である。自動運転システ

ムの開発には、自動運転から手動運転へ権限移譲後

におけるドライバとインタラクションについて人間

工学の課題が指摘されている。 近年、ヘッドアップディスプレイ(HUD)は、ドラ

イバの視線の移動調整量が少なく、優れた情報表示

ヒューマンマシンインタフェース(HMI)として注目

されている。岡林繁らの研究(2)では、HUD の焦点距

離が長くすることにより、焦点調整の負荷を軽減し、

表示情報の認識特性の改善が顕著であると報告され

ている。焦点距離が長いほうが HMI 情報の認知処

理の負担軽減に働くと仮定できる。従って、走行中

の周辺偶発事象に対する反応時間は、HUD の表示

や焦点距離別による認知性を明らかにする必要があ

る。 また、人間は左右の耳に到達する音波のわずかな

ずれを脳中枢が敏感に捉えて判断するにより、両耳

の聴覚で音源の方向や距離がわかる。つまり、立体

音響は人間に立体的な方向や距離の臨場感を与えら

れる。先行の研究(3)により立体音響の報知音は、方向

感や危険度の推測を高めるのに効果があると報告さ

れている。そこで、この研究は立体音響を含めた

HMI の運転行動への効果を調査している。 本研究は、ドライバが自動運転から手動運転へ権

限移譲後における走行中の周辺偶発事象の認知性の

評価を行い、HUD 画像の焦点距離別の認知性の差

と立体音響の影響について調査した。

2. 方法

2-1 警報 HMI HUD 装置

焦点距離の異なる 2 種類の HUD を使用してダッ

シュボードの上に装着した。長焦点 HUD の虚像距

離を 12m、短焦点 HUD の虚像距離を 5m とした。

HUD の拡張現実技術(AR)を利用したスコープから、

ドライバに状況を提示する簡易な記号を表現する。 立体音響 ダミーの運転席のヘッドレストの左右にスピーカ

を設置して、バイノーラル録音の立体音響で対象物

の距離感、方位感、移動感を再現できる。ガイダン

スが含まれない単純なサインによる音声警報で、イ

ベントが発生した方向を提示する。図 1 に示す用に

HUD と立体音響スピーカを運転席に装着した。

Fig.1 Driver’s seat equipped with HUD and

speakers

2-2 被験者 実験参加者は正常な視力または矯正視力や聴力を

有しており、日本の普通自動車免許を所持する 20 代

から 40 代までの 6 名 (平均年齢 34.3 歳、標準偏差

8.33)とした。実験参加者は男性 5 名、女性 1 名であ

った。この実験は、東京大学倫理審査専門委員会の

承認を受けて実施するものである。なお、被験者に

対しては、実験前に口頭と書面で説明を行い、実験

参加の同意を得た。

2-3 走行道路 本研究では、株式会社ジェイテクトの試験場で実

走実験を行った。走行テストコースは図 2 に示すよ

うな直線路を含める全長およそ 2.2km の自動車道

路である。直線路では 50km/h で走行した。

Fig.2 Testing course

2-4 実験条件 今回の実験では、普通の乗用車を用いた。運転席

には実験者が座り運転を行い、助手席をダミーの運

転席とみたてて被験者が座った。助手席にはダミー

のステアリングとペダルを設置した。実験者が自動

運転モードと教示した間は、被験者はダミーの操作

系を操作せず、実験者が手動運転モードと教示した

間は、被験者は自分が運転している気持ちになって

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ダミーの操作系を操作した(実際には、常に運転席

の実験者が運転を行っている)。走行コースの直線路

部分を利用して、図 3 に示すように走行中の周辺偶

発事象として 3 種類のイベント状況を用意した。 状況Ⅰは隣の左車線から他車が追い越しをした。

自車がパイロンに到達したら、後続車が追い越しの

ために加速を開始し、かつ、HMI が動作を開始する

(HMI なしの条件でも、イベント時刻の記録のため

に、ダミーで HMI の動作スイッチを押す)。HUD の

表示は図 4 に示すような左側のハザードを示す表示

である。 状況Ⅱは前方車が急減速する場面とした。1 つ目

のパイロンに他車が到達したら、HMI が動作を開始

する(HMI なしの条件でも、ダミーで HMI の動作

スイッチを押す)。2 つ目のパイロンに他車が到達し

たら、他車が急減速を開始する。HUD の表示は図 5に示すような正面のハザードを示す表示である。 状況Ⅲは人形が突然に飛び出して横断しそうな場

面とした。自車がパイロンに到達したら、HMI が動

作を開始する(HMI なしの条件でも、ダミーで HMIの動作スイッチを押す)。また、自車が歩行者ダミー

の検知ラインに到達したら、歩行者ダミーが飛び出

す。HUD の表示は図 6 に示すような左側のハザー

ドを示す表示である。

状況Ⅰ 状況Ⅱ 状況Ⅲ

Fig.3 Peripheral situations

Fig.4 Warning of passing car

Fig.5 Warning of sudden braking

Fig.6 Warning of pedestrian

最初は自動運転として、被験者がハンドルやペダ

ルを握らず動画を視聴しながらリラックスする。実

験者が権限移譲を告げると、被験者は手動運転を行

う気持ちでダミーの操作系を操作する。実験中、自

動運転と手動運転を何度も繰り返した。各イベント

の発生を知らせる警報(HUD表示と音)が作動する。

ただし、比較のために、警報が作動しない条件でイ

ベントを体験してもらう場合もある。前方者の急減

速、歩行者の飛び出しに対しては、被験者がブレー

キ操作を行って減速するよう教示した。下表のとお

り全部で 9 回のイベントを体験した。奇数周は自動

運転の散漫状態をさせるためイベントなしとし、偶

数周はイベントありとして、合計で 18 周の走行を

行った。 Table 1 Experimental situations and HMIs

2-5 評価項目 視線反応 本研究は、自動運転から手動運転へ権限移譲後の

認知における HMI の有効性を検証するため、偶発

事象に対する視線の反応時間を分析する。具体的に

は、状況Ⅰの視線反応時間は HMI 動作スイッチが

ON になってから(HMI なしの条件でも、イベント

のタイミングを記録するために HMI 動作スイッチ

を ON にした。もちろん、HMI なしの条件では、ス

イッチを ON にしても HMI は動作しない)、左側サ

イドミラーの目視の有無やタイミングが、HMI の有

無により変わるかを分析する。状況Ⅱでは先行車の

ブレーキランプが点灯してから被験者がダミーブレ

ーキを踏むまでの反応時間(ブレーキ反応時間)が、

HMI の有無により変わるかを分析する。状況Ⅲでは

歩行者が飛び出してから、被験者が歩行者を目視の

有無やタイミングが、HMI の有無により変わるかを

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分析する。 主観評価 各状況の 1 条件の走行が終わる度に主観評価を行

った。評価項目は次の 3 つで、回答は 0 点から 8 点

まで 9 段階評価とした。1 つ目は「イベントが発生

した時の切迫感は、どうでしたか?」という質問で、

「全く感じなかった」を 0 点、「とても感じた」を 8点とした。2 つ目は「イベントが発生した時の HMIの通知は状況理解に有効でしたか?」という質問で、

「全く有効でない」を 0 点、「とても有効」を 8 点と

した。3 つ目は「HUD の視認性は、どうでしたか?」

という質問で、「とても悪い」を 0 点、「とても良い」

を 8 点とした。ただし、HMI なしの条件では、1 つ

目の質問だけとした。

Table 2 Descriptive statistics of gaze reaction

Fig.7 Reaction time of checking side mirror

Fig.8 Reaction time of glancing at pedestrian

Fig.9 Reaction time of brake operation

3. 実験結果

反応時間 状況Ⅰと状況Ⅲにおけるイベントに対する被験者

の視線反応の有無を表 2 に示した。状況Ⅰにおける

サイドミラーを確認した時間を図 7、状況Ⅲにおけ

る飛び出した歩行者ダミーを目視した時間を図 8 に

示した。車の振動により Smart eye の視点情報が

取得できない場合があり、その反応時間データを

“×”で示した。状況Ⅰにおける他車が自車の真横

に来る前にサイドミラーを目視の有無について、

HMI なしの条件では目視ありが 1 人、目視なしが

3 人であった。短焦点 HUD の条件では目視ありが

5 人、目視なしが 0 であった。長焦点 HUD の条件

では目視ありが 4 人、目視なしが 1 人であった。

また、状況Ⅲにおける飛び出した歩行者を目視の有

無について、HMI なしの条件では欠損したデータ

以外に全ての被験者は目視があった。歩行者を目視

したタイミングは、HMI なしの条件が一番遅く

て、短焦点 HUD と長焦点 HUD がほぼ同じとなっ

た。 状況Ⅱにおけるイベントに対する被験者のブレー

キ操作の反応時間を図 9 に示した。HMI なしの条

件と比べて、短焦点 HUD と長焦点 HUD の条件の

反応時間が減少した。短焦点 HUD の条件により長

焦点 HUD の条件では、反応時間の中央値がやや小

さくなったところ、分散が大きくなった。

Page 5: 権限移譲後におけるヘッドアップディスプレイ画像 …...HMI の運転行動への効果を調査している。 本研究は、ドライバが自動運転から手動運転へ権

Fig.10 Tension to the situation

Fig.11 Effectiveness of situation understanding

Fig.12 Cognition of HUD

主観評価 「イベントが発生した時の切迫感は、どうでした

か?」という質問に対する回答を図 10 に集計した。

全ての状況において、HMI なしの条件より HMI ありの条件では切迫感が低くなった傾向がある。状況

Ⅰでは短焦点 HUD と長焦点 HUD の条件における

切迫感が変わらない、状況Ⅱと状況Ⅲでは短焦点

HUD より長焦点 HUD のほうが切迫感が低くなっ

た傾向がある。つまり、車の前方にイベントが発生

した時、短焦点 HUD より長焦点 HUD のほうは切

迫感が抑えられる傾向が見えた。 「イベントが発生した時の HMI の通知は状況理

解に有効でしたか?」という質問に対する回答を図

11 に集計した。全ての状況では、短焦点 HUD と長

焦点 HUD における状況理解の有効性の差が見られ

なかった。 「HUD の視認性は、どうでしたか?」という質問

に対する回答を図 12 に集計した。全ての状況では、

短焦点と長焦点 HUD における視認性の差が見られ

なかった。また、状況Ⅰより状況Ⅱと状況Ⅲのほう

が HUD の視認性が良い結果が見られた。つまり、

車の前方にイベントが発生した時、HUD の視認性

が良いと言える。

4. 結論 本研究では HUD と立体音響を利用した際、自動

運転から手動運転へ権限移譲後における走行中の周

辺偶発事象に対して、焦点距離が異なる HUD 画像

と立体音響を含めた HMI の認知性を評価した。3 つ

のイベント状況で実走して、以下の結果が得られた。

HMIの利用によりイベントに対する反応時間が短

くなったことが確認された。HUD の焦点距離別に

よる反応時間が大きく変わらなかった。また、長焦

点 HUD を利用した場合、反応時間の分散が大きく

なった。

主観評価により、HUD の利用により切迫感が軽

減した。特に車の前方にイベントが発生した場合、

短焦点より長焦点 HUD の利用により切迫感をさら

に軽減した傾向がある。また、イベントが発生した

時の状況理解の有効性は HUD の焦点距離による差

が見られなかった。HUD の視認性は焦点距離別に

よる差が見られなかった。

参考文献 (1) SAE International J3016, Taxonomy and Definitions for Terms Related to Driving Automation Systems for On-Road Motor Vehicle. 2016. (2) 岡林繁ら, "自動車用ヘッドアップディスプレイ (HUD) に見られる「3 次元的に空間に位置する視

距離が異なる視対象」 の認識." 映像情報メディア学

会誌 57.12 (2003): 1677-1683. (3) 貝塚ら, 車線変更時の後方死角検知の警報音の

評価, 第 15 回 ITS シンポジウム, 2017.