3
めまいはプライマリーケアの代表的な症候の 1 つで ある。その中でも頭位性めまいの頻度は第一線の診療 所や病院では最も多い。代表的な末梢性障害である良 性発作性頭位めまい症( benign paroxysmal position vertigo: BPPV)は頭位の変化によって誘発される短時 間のめまい発作を特徴とする末梢性めまい疾患で頭位 変換療法が有効であることなどから病態に関心が集 まっている。また,めまいを来たす疾患のなかでも BPPV の診断は容易であり診断直後に理学療法による 治療が可能である。 国内における疫学調査では人口 10 万人当たり 10.7 人との報告がある。海外では人口 10 万人当たり 64 と報告されている。しかし,近年の BPPV に対する病 態の究明,診断基準の確立,検査機器の進歩,さらに 疾患概念が臨床家へも広がってきたことを考慮する と,現在ではもう少し高い罹患率の可能性がある。性 差は多くの報告で 2:1 から 3:2 で女性に多いとしてい る。年齢分布では,患者数のピークは 50 60 歳代に あり高年齢層に多い疾患であるといえる。各年齢層の めまい疾患に占める割合をみても 40 60 歳代までの 年齢層で特に BPPV の割合が高い。 病態としては耳石障害,後半規管障害,水平半規管 障害,循環障害などが考えられていたが,典型例では 頭位変換によって眼振が逆転することから前庭感覚上 皮に機械的刺激が加わったと推定できる。眼振の打ち 方が激しいことから,耳石器よりも前庭眼反射に関与 の大きい半規管由来と考えられる。眼振に回旋成分が 強く垂直成分が混じることより後半規管に主原因があ るとされ,後半規管の病態もクプラ結石症,半規管結 石症 1とが考えられている。半規管結石症は後半規 管内に浮遊耳石が存在している状態である。Epley 21992 年に報告した理学療法は,頭位を連続的に変 換することによってこの浮遊耳石を卵形嚢内に戻すこ とを目的としている。 診断基準 1.空間に対し特定の頭位変化をさせたときに回転 性めまいが誘発される。 2.めまい出現時に眼振が認められるが,以下の性 状を示す。 回旋性成分の強い頭位変換眼振である。 眼振の出現には潜時があり,めまい頭位を維持 すると次第に増強し,ついで減弱ないし消失す る。 眼振はめまい頭位を反復して取らせることによ り,軽快または消失する。 めまい頭位より座位に戻したときに,反対方向 に向かう回旋性成分の強い眼振が出現する。 3.めまいと直接関連を持つ蝸牛症状,頸部異常お よび中枢神経症状を認めない。 BPPV の診断には上記の診断基準(厚生省研究班) を使用する。聖マリアンナ医科大学東横病院耳鼻咽喉 493 21 聖マリアンナ医科大学 耳鼻咽喉科学教室 良性発作性頭位めまい症における理学療法について 渡辺 わたなべ 昭司 しょうじ あずま 肥塚 こいづか いずみ 索引用語 良性発作性頭位めまい症,BPPV,理学療法 シンポジウム「各科におけるめまい疾患ならびにその取り扱い」 聖マリアンナ医科大学雑誌 Vol. 30, pp.493–495, 2002

良性発作性頭位めまい症における理学療法についてigakukai.marianna-u.ac.jp/idaishi/www/305/04watanabe.pdf2)Epley JM. The canalith repositioning procedure: For

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めまいはプライマリーケアの代表的な症候の 1つで

ある。その中でも頭位性めまいの頻度は第一線の診療

所や病院では最も多い。代表的な末梢性障害である良

性発作性頭位めまい症( benign paroxysmal position

vertigo: BPPV)は頭位の変化によって誘発される短時

間のめまい発作を特徴とする末梢性めまい疾患で頭位

変換療法が有効であることなどから病態に関心が集

まっている。また,めまいを来たす疾患のなかでも

BPPVの診断は容易であり診断直後に理学療法による

治療が可能である。

国内における疫学調査では人口 10万人当たり 10.7

人との報告がある。海外では人口 10万人当たり 64人

と報告されている。しかし,近年の BPPVに対する病

態の究明,診断基準の確立,検査機器の進歩,さらに

疾患概念が臨床家へも広がってきたことを考慮する

と,現在ではもう少し高い罹患率の可能性がある。性

差は多くの報告で 2:1から 3:2で女性に多いとしてい

る。年齢分布では,患者数のピークは 50~ 60歳代に

あり高年齢層に多い疾患であるといえる。各年齢層の

めまい疾患に占める割合をみても 40~ 60歳代までの

年齢層で特にBPPVの割合が高い。

病態としては耳石障害,後半規管障害,水平半規管

障害,循環障害などが考えられていたが,典型例では

頭位変換によって眼振が逆転することから前庭感覚上

皮に機械的刺激が加わったと推定できる。眼振の打ち

方が激しいことから,耳石器よりも前庭眼反射に関与

の大きい半規管由来と考えられる。眼振に回旋成分が

強く垂直成分が混じることより後半規管に主原因があ

るとされ,後半規管の病態もクプラ結石症,半規管結

石症 1)とが考えられている。半規管結石症は後半規

管内に浮遊耳石が存在している状態である。Epley 2)

が 1992年に報告した理学療法は,頭位を連続的に変

換することによってこの浮遊耳石を卵形嚢内に戻すこ

とを目的としている。

診断基準

1.空間に対し特定の頭位変化をさせたときに回転

性めまいが誘発される。

2.めまい出現時に眼振が認められるが,以下の性

状を示す。

① 回旋性成分の強い頭位変換眼振である。

② 眼振の出現には潜時があり,めまい頭位を維持

すると次第に増強し,ついで減弱ないし消失す

る。

③ 眼振はめまい頭位を反復して取らせることによ

り,軽快または消失する。

④ めまい頭位より座位に戻したときに,反対方向

に向かう回旋性成分の強い眼振が出現する。

3.めまいと直接関連を持つ蝸牛症状,頸部異常お

よび中枢神経症状を認めない。

BPPVの診断には上記の診断基準(厚生省研究班)

を使用する。聖マリアンナ医科大学東横病院耳鼻咽喉

493

21

聖マリアンナ医科大学 耳鼻咽喉科学教室

良性発作性頭位めまい症における理学療法について

渡辺わたなべ

昭司しょうじ

東あずま

美み

紀き

肥塚こいづか

泉いずみ

索引用語良性発作性頭位めまい症,BPPV,理学療法

シンポジウム「各科におけるめまい疾患ならびにその取り扱い」聖マリアンナ医科大学雑誌Vol. 30, pp.493–495, 2002

Page 2: 良性発作性頭位めまい症における理学療法についてigakukai.marianna-u.ac.jp/idaishi/www/305/04watanabe.pdf2)Epley JM. The canalith repositioning procedure: For

科ではめまいを主訴として来院した症例の約 40%は

BPPVであった。聖マリアンナ医科大学耳鼻咽喉科で

は 2000年 4月から 2001年 9月までの 18ヵ月間にめま

いを主訴として来院した患者 611例のうち 74例

(12%)が BPPVであった。大学病院は専門性が強い

という特色があるためメニエール病などの疾患の占め

る割合が多く,BPPVは市中病院に比べると少ない傾

向にある。

Epley法の実際

患側が右側とした時の手技を図 1に示す。①頭位

を患側方向に 45度捻転して懸垂頭位をとる。②懸垂

頭位のままゆっくりと健側方向へ頭位を 45度捻転す

る。③体を捻転するとともに頭部はゆっくりと仰臥

位から 135度まで捻転する。④頭位は健側へ 45度捻

転したまま座位に戻る。⑤頭部は正面で顎を下方へ

20度下げる。

渡辺昭司 東美紀 ら494

22

図 1 Epley法の実際.患側が右の場合.

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BPPVは頭位変換によって引き起こされる後半規管

内の耳石片の移動に伴う内リンパ流動が原因のため,

上記の連続した頭位変換によって,後半規管内に浮遊

している耳石片を卵形嚢内に戻すことができるとめま

い症状をその場で消失させることができる。

市中の第一線病院であれば BPPVの頻度が高い。め

まい疾患の鑑別として BPPV,BPPV以外の耳性めま

い,中枢性めまいが重要である。BPPVは特徴ある頭

位変換眼振を観察すればほぼ診断のつく疾患である。

早期に自然治癒する例も多いので初診時には既に眼振

が消失していることも考えられるため,問診によって

BPPVの可能性を考慮することが必要である。

BPPVの頻度は高いが安易な診断にならないように

しなければならない。中枢性疾患で水平性で方向交代

性の眼振を示すものがあることを念頭において,誘発

される眼振の特徴をよく理解して診断にあたらなけれ

ばならない。問診から疑い診断した例はもちろん,眼

振から診断した例であっても眼振や症状が消失するま

では慎重な経過観察が必要である。

文  献1) Schuknecht HF et al. Cupulolithiasis. Acta Otolaryngol

1969; 90: 765-778.

2) Epley JM. The canalith repositioning procedure: For

treatment of benign paroxysmal positional vertigo.

Otolaryngology HNS 1992; 107: 339-404.

各科におけるめまい疾患ならびにその取り扱い 495

23