26
(c) 湛水馴化処理 苗畑の日当たりの良い場所で、プールの寸法に整地した後、コンクリートブロックとレンガで枠(4 m × 2 m × 20 cm)を造り、プール底面になる地表面に砂を敷き、防水シートを敷いて水を満たし、 馴化処理用のプールとした(写真 5-28)。苗木の半数をプールに置いて 35 ヶ月馴化処理を施 し、残り半分はプール外で通常灌水をして育苗した後、植栽試験、空隙率測定とデンプン濃度測 定用のサンプリングに用いた(写真 5-29、写真 5-30)。 Calophyllum sclerophyllumSterculia gilvaSterculia macrophyllaVatica pauciflora 4 種は 2018 3 月に湛水馴化処理を開始し、同年 6 月に植栽試験やサンプリングに用いた。 Syzygium oblatumSyzygium kunstleriCalophyllum sclerophyllumVatica paucifloraMadhuca motleyana 5 種は 2018 6 月に湛水馴化処理を開始し、同年 10 月に植栽試験やサンプリング に用いた。 Mangifera foetidaStemonurus secundiflorusSyzygium nervosumSyzygium pyrifolium 4 については 2018 10 月に湛水馴化処理を開始し、2019 3 月に植栽試験やサンプリングに用 いた。このうち、Mangifera foetida は湛水馴化処理で多くが枯死したため植栽試験を中止した。 写真 5-28 湛水馴化処理用のプール(コンクリートブロック・レンガ製、防水シートで覆う前、タイ、 ナコンシタマラート県チャウアット) 147

通常灌水苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウ …...写真 5-29 通常灌水苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウアット) 写真 5-30 湛水馴化処理苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウアット)

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Page 1: 通常灌水苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウ …...写真 5-29 通常灌水苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウアット) 写真 5-30 湛水馴化処理苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウアット)

(c) 湛水馴化処理

苗畑の日当たりの良い場所で、プールの寸法に整地した後、コンクリートブロックとレンガで枠(4

m × 2 m × 20 cm)を造り、プール底面になる地表面に砂を敷き、防水シートを敷いて水を満たし、

馴化処理用のプールとした(写真 5-28)。苗木の半数をプールに置いて 3~5 ヶ月馴化処理を施

し、残り半分はプール外で通常灌水をして育苗した後、植栽試験、空隙率測定とデンプン濃度測

定用のサンプリングに用いた(写真 5-29、写真 5-30)。

Calophyllum sclerophyllum、Sterculia gilva、Sterculia macrophylla、Vatica pauciflora の 4 種は

2018年 3月に湛水馴化処理を開始し、同年 6月に植栽試験やサンプリングに用いた。

Syzygium oblatum、Syzygium kunstleri、Calophyllum sclerophyllum、Vatica pauciflora、Madhuca

motleyanaの 5種は 2018年 6月に湛水馴化処理を開始し、同年 10月に植栽試験やサンプリング

に用いた。

Mangifera foetida、Stemonurus secundiflorus、Syzygium nervosum、Syzygium pyrifolium の 4 種

については 2018 年 10 月に湛水馴化処理を開始し、2019 年 3 月に植栽試験やサンプリングに用

いた。このうち、Mangifera foetidaは湛水馴化処理で多くが枯死したため植栽試験を中止した。

写真 5-28 湛水馴化処理用のプール(コンクリートブロック・レンガ製、防水シートで覆う前、タイ、

ナコンシタマラート県チャウアット)

147

Page 2: 通常灌水苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウ …...写真 5-29 通常灌水苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウアット) 写真 5-30 湛水馴化処理苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウアット)

写真 5-29 通常灌水苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウアット)

写真 5-30 湛水馴化処理苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウアット)

(d) 植栽試験

2018 年 6 月と 10 月、2019 年 3 月に湛水馴化処理苗と通常灌水苗を実証試験地に植栽し、植

栽後の光合成速度の変化と、生残率を調べた(写真 5-31)。

実証試験地のM. cajuputiの灌木林を伐開し、伐倒木を除いた後、植栽間隔の 1 m × 1 mで

竹製の杭を、ブロックが長方形となるように規則的に打ち込んだ。 2018年 6月の植栽では、1列 5

本を単位とした小型プロットを、種を主要因とし、処理を入れ子の要因としたスプリットプロットデザイ

148

Page 3: 通常灌水苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウ …...写真 5-29 通常灌水苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウアット) 写真 5-30 湛水馴化処理苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウアット)

ンで配置した。2018年 10月の植栽では、1列 5本を単位とした小型プロットを、ランダマイズブロッ

クデザインで配置し、2019 年 3 月の植栽では、2×3 本を単位とした小型プロットをラテン方格デザ

インで配置した。余剰苗はデザインされた部分の西側に隣接した場所に小型プロットをランダムに

配置し、植栽した。植栽後に杭と植栽苗の茎上部を結束した。

写真 5-31 植栽の様子(タイ、ナコンシタマラート県クアンクレン湿地トンサイ地区)

(e) 空隙率測定

湛水馴化処理による形状の変化として、茎と根の空隙率を測定した。植栽試験時に、湛水馴化

処理苗と通常灌水苗から各種 5 本ずつサンプリングした。苗の土を洗い落とし、茎や根を切り分け

て、地下 2.5 cmから地際までの根と地際から 2.5 cm高までの茎、15 cmから 17.5 cm高までの茎、

30 cmから 32.5 cm高までの茎を空隙率測定用の試料とした。サンプリングした後、直ちにチャック

付ビニール袋に入れて密封し、日本に持ち帰ってから空隙率を測定した。

空隙率は既往の方法 (Tanaka et al. 2011) を改変して測定した。試料の細根をその付け根から

切り落として円柱状にした後、表面の水分を拭き取り、生重 (FW) を測定した。その後、試料を完

全に水中に沈めたときの沈める前からの水の重さの増加量 (dWw) を量ることで浮力を測定した。

浮力の測定に要した時間 (T) を測り、別に蒸発速度 (E) も測っておき、蒸発の影響を補正した。

浮力測定後、脱イオン水を入れた容器に試料を入れて減圧して試料に水を浸透させた後、再び重

量 (Wf) を測定した。補正後の浮力 (B) と空隙率を次式により算出した。

B = dWw + E × T

149

Page 4: 通常灌水苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウ …...写真 5-29 通常灌水苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウアット) 写真 5-30 湛水馴化処理苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウアット)

空隙率 (%) = Wf − FW

B × 100

(f) 光合成測定

湛水馴化処理が苗の光合成生産に与える影響を評価するために、湛水馴化処理苗と通常灌水

苗の成熟葉の光飽和光合成速度を携帯式光合成蒸散測定装置(LI-6400, LI-COR)を用いて測

定した。植栽前に苗畑において、それぞれの苗について 5個体ずつ、1個体 1枚の葉の光合成速

度を測定し、植栽数日後のうちに同じ個体の葉の光合成速度を再度測定した。光合成測定条件

は、光強度(光合成有効波長光量子束密度)1000 μmol m-2 s-1、チャンバー温度 30℃、CO2 濃度

385 μmol m-2 s-1、相対湿度 65%の条件である。一部の処理苗について、気孔閉鎖等による二酸化

炭素の取り込み制限の程度を把握するために、光合成を測定した葉を採取して電子レンジで約 15

秒加熱した後、大学に持ち帰り、安定同位体比質量分析装置(Delta V Advantage, Thermo Fisher)

で炭素安定同位体比を測定した。

(g) デンプン測定

植栽試験時に、湛水馴化処理苗と通常灌水苗から各種 5 本ずつサンプリングした。苗の土を洗

い落とし、茎や根を切り分けて、地下 5 cmから 2.5 cmまでの根と地上 2.5 cmから 5 cm高までの

茎、17.5 cmから 20 cm高までの茎、32.5 cmから 35 cm高までの茎をデンプン濃度測定用の試料

とした。切り分けた試料を紙封筒に入れて、電子レンジに約 15 秒かけ、日本に持ち帰った後 80℃

の乾燥機に 48 時間以上入れておき乾燥させた。乾燥試料をミキサーミル(MM 400, Retsch)で粉

砕し、80%熱エタノール不溶画分をグルコアミラーゼで分解して得られたグルコースをガスクロマト

グラフで定量することにより試料のデンプン濃度を評価した。

(h) データ解析

苗畑での成長、空隙率に関しては、適宜変数変換をし、t 検定を用いて解析した。植栽後の生

残率や成長に対しては馴化処理と水位、植栽時の苗の個体サイズ(直径と樹高)の効果について、

一般化線形モデルの各種パラメーターを MCMC 法によってベイズ推定を行って解析した。ベイズ

推定の際、生残のリンク関数は logit もしくは cloglogを用い、樹高成長と直径成長に対しては線形

リンク関数を用いた。成長は、相対成長量を用い、枯れ下がりや誤測定によるマイナス値を記録し

た個体は解析から外した。生残率の解析は 2018 年 3 月と 6 月、10 月に植栽した苗の 2019 年 3

月時点の生残結果について行い、成長解析は 2018年 3月植栽の苗の植栽後 1年間の成長につ

いて行った。

150

Page 5: 通常灌水苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウ …...写真 5-29 通常灌水苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウアット) 写真 5-30 湛水馴化処理苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウアット)

30 年度の実証試験の結果と考察

(1) 2018 年 6 月植栽

(a) 湛水馴化処理中の成長

試験に供した 4 樹種中、Ster. macrophylla は通常灌水苗、湛水馴化処理苗ともにほとんど成長

しなかった(図 5-10)。C. sclerophyllum と V. pauciflora は湛水馴化処理によって樹高成長が抑制

されたが、直径成長は逆に促進されたのに対し、Ster. gilvaは湛水馴化処理によって樹高と直径の

成長が促進されていた(図 5-10)。枯死するほどの湛水耐性の無い樹種以外は、耐性の高低によ

らず、湛水によって茎下部の直径成長は通常促進されることから、 Ster. macrophylla は成長に季

節性があり、ほとんどが乾期である 3月から 6月の間はほとんど成長しなかった可能性がある。

図 5-10 2018 年 6 月期植栽の 4 樹種の湛水馴化処理期間(3 ヵ月)中の成長

直径は地上 20 cm 高。各棒は 5 個体の平均、各誤差棒は標準偏差、*は有意差(p < 0.05, t-test)を表す。

唯一樹高成長が低下しなかった Ster. gilva は 4 樹種中最も湛水耐性が高い樹種と考えられる。

00.20.40.60.8

11.21.41.61.8

2

00.20.40.60.8

11.21.41.61.8

2

151

Page 6: 通常灌水苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウ …...写真 5-29 通常灌水苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウアット) 写真 5-30 湛水馴化処理苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウアット)

樹高成長が湛水馴化処理によって低下した 2種は、今後半湛水にするなど、湛水強度を弱めた方

が良いと考えられる。

(b) 湛水馴化処理による空隙率の変化

湛水馴化処理後の空隙率は、地際茎、主根上部とも、C. sclerophyllum で 30%以上と最も高く、

次いで、Ster. gilva 、Ster. macrophylla 、V. pauciflora の順に高かった。V. pauciflora の地際茎の

み湛水馴化処理による空隙率の増加がみられた(図 5-11)。

図 5-11 2018 年 6 月期植栽の湛水馴化処理苗の植栽時の空隙率

各棒は 5 個体の平均、各誤差棒は標準偏差、*は有意差(p < 0.05, t-test)を表す。

*

通常灌水

湛水馴化処理

空隙

率 (

%)

地際茎

主根上部

空隙

率 (

%)

152

Page 7: 通常灌水苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウ …...写真 5-29 通常灌水苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウアット) 写真 5-30 湛水馴化処理苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウアット)

V. pauciflora では湛水馴化処理によって湛水環境への適応形態である通気組織が発達したと

考えられる。また、湛水馴化処理による空隙率の増加が見られなかった C. sclerophyllum、Ster.

gilva 、Ster. macrophylla は主根上部の空隙率が元々20%以上と高く、高い空隙率を持つ他の湿

地生の樹種と同じく湛水環境によって空隙率が変動しない樹種である可能性がある。

(c) 湛水馴化処理苗の光合成と植栽後の応答

苗畑において各前処理苗の葉の光合成速度を測定し、植栽後に同じ葉の光合成速度を再度

測定することにより、各前処理苗の光合成活性と植栽直後の応答を把握した(図 5-12)。

図 5-12 2018 年 6 月期植栽の種の植栽直後の光合成の応答

値は 5 個体の平均値。誤差棒は標準偏差。

供試した 4 樹種のうち、C. sclerophyllum と V. pauciflora は光飽和光合成速度が湛水馴化処理

苗で低い傾向があり、植栽直後の気孔閉鎖をともなう光合成の低下も通常灌水苗に比べて顕著で

あった。C. sclerophyllum では葉のδ13C の値が湛水馴化処理苗のほうが高かったことから(図

5-13)、通常灌水苗に比べて気孔の閉鎖などによる二酸化炭素の取り込みが光合成の制限要因と

して働いていると思われる。両種とも茎のデンプン濃度が湛水馴化処理によって増加していた。両

種での光合成の低下は根への光合成産物の枯渇をもたらすようなものではなく、むしろ湛水環境

下において根の活性が低下したことにより光合成産物は余剰状態にあると思われる。V. pauciflora

は、葉の窒素濃度が湛水馴化処理苗のほうが低かった(図 5-13)。両種については、湛水馴化処

Pn

(μm

olm

-2s

-1)

Gs

(mo

lm

-2s

-1)

SP

AD

va

lue

○ 通常灌水苗● 湛水馴化処理苗

Calophyllum sclerophyllum Sterculia gilva Sterculia macrophylla Vatica pauciflora

植栽後日数

光合成速度

気孔コンダクタンス

S

PA

D値

153

Page 8: 通常灌水苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウ …...写真 5-29 通常灌水苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウアット) 写真 5-30 湛水馴化処理苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウアット)

理の方法を再検討する必要があるように思われる。V. paucifloraについては、次項で述べるように、

植栽後初めての雨期後にあたる 2019 年 3 月時点の活着率が、湛水馴化処理苗で通常灌水苗よ

りも低めであったが、これは、前項の育苗期間中の樹高成長や本項の光合成活性で示されたよう

に、湛水馴化処理苗で通常灌水苗よりも植栽時の苗の状態がよくなかったために、植栽時の苗へ

のストレスがより強くかかったことが一因である可能性がある。そのような状態でありながらも湛水馴

化処理苗でも 60%以上の生残率を示したことから、湛水馴化処理方法の工夫によっては生残率の

さらなる改善をすることができる可能性がある。Ster. macrophylla は湛水馴化処理苗の葉も通常灌

水苗と同等の光合成活性を有していたが、植栽後にいずれの苗も同様に光合成活性が低下し、5

日後までに回復は認められなかった。Ster. gilva についても湛水馴化処理苗と通常灌水苗との間

に植栽前の葉の光合成活性に違いは認められなかったが、植栽後の気孔閉鎖をともなう光合成活

性の低下が湛水馴化処理苗のみで認められた。Ster. gilva の雨期後の生残率は、次項で述べるよ

うに前処理にかかわらず 70%前後であったことから、植栽直後の光合成の低下は一時的なもので

あったか、あるいは植栽後に新たに展開した葉が十分に光合成を行うことにより、雨期を迎えるま

でに十分な光合成産物を生産できるようになり、多くの個体が枯死することなく雨期を越えられたの

であろう。

図 5-13 2018 年 6 月期植栽の 4 種の葉の炭素安定同位体比(δ13C)と窒素濃度

値は 5 個体の平均値。誤差棒は標準偏差。

0

Calophyllum

sclerophyllum

Sterculia gilva Sterculia

macrophylla

Vatica

pauciflora

Calophyllum

sclerophyllum

Sterculia gilva Sterculia

macrophylla

Vatica

pauciflora

δ13C

N (

%D

W)

□ 通常灌水■ 湛水馴化処理

(‰)

154

Page 9: 通常灌水苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウ …...写真 5-29 通常灌水苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウアット) 写真 5-30 湛水馴化処理苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウアット)

(d) 植栽苗の生残

湛水する雨期前の 2018年 10月(植栽約 4ヵ月後)の時点でC. sclerophyllum、Ster. gilva 、Ster.

macrophylla 、V. pauciflora の通常灌水苗の生残率はそれぞれ、77、97、100、90%で、湛水馴化

処理苗では 72、85、82、66%であったが、湛水期を経て約 9 ヶ月経過した 2019 年 3 月時点での

生残率は、通常灌水苗でそれぞれ、13、74、9、77%、湛水馴化処理苗では 14、70、26、63%であ

った(図 5-14)。4 種とも 10 月では通常灌水苗の方が湛水馴化処理苗より生残率が高い傾向があ

り、植栽時に受ける傷害が湛水馴化処理苗でより大きかったと考えられる。湛水する雨期を経て、C.

sclerophyllum と Ster. macrophylla は生残率が激減したのに対し、Ster. gilva と V. pauciflora は生

残率の減少が僅かであった。全種で雨期中の生残率の減少は、通常灌水苗より湛水馴化処理苗

の方がより小さく、雨期を経て通常灌水苗と湛水馴化処理苗の生残率の差は縮小した。Ster.

macrophylla では、通常灌水苗の生残率が、湛水馴化処理苗よりも低くなるほどまでに低下した。

雨期後の生残率が高かった、Ster. gilva では通常灌水苗が 23 ポイント減少したのに対し、湛水馴

化処理苗は 15ポイントの減少、V. paucifloraでは通常灌水苗が 13ポイント、湛水馴化処理苗はわ

ずか 3 ポイントの減少であった。2019 年 3 月時点での生残率に及ぼす各種要因の効果は、C.

sclerophyllum で植栽場所の比高、Ster. gilva で植栽時直径、Ster. macrophylla で前処理と比高、

V. pauciflora で比高と直径に正の効果が認められた(表 5-3)。つまり、前処理以外に植栽場所が

高い(水位が低い)ことと太い苗を植栽に用いることが生残率を高くする条件であることがわかった。

供試した 4種のうち生残率が高かった Ster. gilva と V. paucifloraは前処理に正の効果が無かった

が、雨期中の生残率の減少が通常灌水苗より湛水馴化処理苗の方がより小さいことから、植栽時

のダメージを軽減することができれば湛水馴化処理効果が現れると考えられる。

図 5-14 2019 年 3 月時点の生残率

0

20

40

60

80

100

155

Page 10: 通常灌水苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウ …...写真 5-29 通常灌水苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウアット) 写真 5-30 湛水馴化処理苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウアット)

表 5-3 2019年 3月時点の生残に及ぼす、前処理と植栽場所の比高、

植栽時の直径および樹高の効果

(2) 2018 年 10 月植栽

(a) 湛水馴化処理中の成長

図 5-15 2018年 10 月に植栽した Calophyllum sclerophyllum (CS)、 Madhuca motleyana

(MM)、Syzygium kunstleri (SyK)、Syzygium oblatum (SyO)、Vatica pauciflora (VP)の湛水馴

化処理期間(4 ヵ月)中の成長

直径は地上 20 cm 高。各棒は 5 個体の平均、各誤差棒は標準偏差、*は有意差(p < 0.05, t-test)を表す。

00.20.40.60.8

11.21.41.61.8

2

00.20.40.60.8

11.21.41.61.8

2

通常灌水

湛水馴化処理

CS MM SyK SyO VP

相対

樹高

成長

相対

直径

成長

**

* * *

* **

樹種

効果

前処理 比高 直径 樹高

CS n.s. + n.s. n.s.

StG n.s. n.s. + (+)

StM + + n.s. n.s.

VP (-) + + n.s.

・CS: C. sclerophyllum、StG: Ster. gilva、StM: Ster. macrophylla、VP: V. pauciflora

・カッコ内は確率 90%以上での効果、n.s.は効果がある確率が90%未満。

156

Page 11: 通常灌水苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウ …...写真 5-29 通常灌水苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウアット) 写真 5-30 湛水馴化処理苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウアット)

試験に供した 5樹種中、M. motleyana、Sy. kunstleri、Sy. oblatumの 3種で湛水馴化処理苗の方

が通常灌水苗より樹高成長が大きく、他 2 種も成長が低下することはなかった。全ての種で通常灌

水苗より湛水馴化処理苗の方が直径成長が大きかった(図 5-15)。湛水馴化処理苗の樹高成長

が大きかった 3 種は湛水環境に馴化しており、湛水馴化処理苗の植栽後の活着率が高い可能性

がある。

(b) 湛水馴化処理による空隙率の変化

5 種のうち、茎、主根で湛水馴化処理による空隙率の増加がみられたのは V. pauciflora のみで

あった。C. sclerophyllum と M. motleyana の地際茎と主根の空隙率は 30%前後と大きかった(図

5-16)。

図 5-16 2018 年 10 月期植栽の湛水馴化処理苗の植栽時の空隙率

各棒は 5 個体の平均、各誤差棒は標準偏差、*は有意差(p < 0.05, t-test)を表す。

0

10

20

30

40

50通常灌水苗

湛水馴化処理苗

茎(15cm高)

空隙

率(

%)

*

0

10

20

30

40

50

地際茎

*

0

10

20

30

40

50

主根上部

*

空隙

率(

%)

空隙

率(

%)

通常灌水苗 湛水馴化処理苗

157

Page 12: 通常灌水苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウ …...写真 5-29 通常灌水苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウアット) 写真 5-30 湛水馴化処理苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウアット)

Sy. kunstleri と Sy. oblatumは 2018年 3月植栽時に用いた苗は、湛水馴化処理による空隙率の

顕著な増加がみられ、湛水馴化処理苗の地際茎の空隙率は 20%以上にも達していたが、今回の

苗は、湛水馴化処理による空隙率増加が不明瞭で、地際茎の空隙率が 15%以下にとどまってい

た。今回の植栽で、両種の湛水馴化処理効果が2018年3月植栽より不明瞭になる可能性がある。

図 5-17 2018 年 10 月期植栽の種の植栽直後の光合成の応答

値は 5 個体の平均値。誤差棒は標準偏差

○ 通常灌水苗● 湛水馴化処理苗

Calophyllum sclerophyllum Vatica paucifloraMadhuca motleyana

Pn

(μm

olm

-2s

-1)

Gs

(mo

lm

-2s

-1)

SP

AD

va

lue

植栽後日数

Pn

(μm

olm

-2s

-1)

Gs

(mo

lm

-2s

-1)

SP

AD

va

lue

○ 通常灌水苗● 湛水馴化処理苗

Syzygium kunstleri Syzygium oblatum

植栽後日数

光合成速度

気孔コンダクタンス

S

PA

D値

光合成速度

気孔コンダクタンス

S

PA

D値

158

Page 13: 通常灌水苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウ …...写真 5-29 通常灌水苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウアット) 写真 5-30 湛水馴化処理苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウアット)

(c) 湛水馴化処理苗の光合成と植栽後の応答

2018年 10月に植栽した 5種のうち、C. sclerophyllum と V. paucifloraにおいて、6月植栽と同様

に、植栽前の光合成活性の湛水馴化処理による低下、あるいは植栽直後の光合成活性の低下の

湛水馴化処理による顕在化が認められた。ほかの 3 種については、処理にかかわらず気孔閉鎖を

ともなう光合成の低下が生じてはいたが、C. sclerophyllumや V. paucifloraほど著しいものではなく、

Sy. oblatum の通常灌水苗では植栽 5 日後に回復傾向にある個体もみられた。雨期直前にあたる

この時期に植栽をする場合、植栽時にかかるストレスからいかに早く回復するかが重要であり、Sy.

oblatumに見られたような植栽直後の光合成の回復の傾向は雨期を乗り越えるのに大きく寄与する

と思われる。次項で述べるように、Sy. oblatum は雨期後の 2019 年 3 月時点の生残率が前処理に

かかわらず 100%を維持しており、これまでの実績からも低湿地での造林樹種として非常に有力な

候補樹種であると考えてきたが、これには植栽直後の早期の光合成の回復が寄与していると思わ

れる。

(d) 植栽苗の生残

植栽 5 ヵ月後の、湛水する雨期を経た 2019 年 3 月時点の生残率は C. sclerophyllum 以外の 4

種で高く、特にM. motleyanaの湛水馴化処理苗と Sy. oblatumの通常灌水苗と湛水馴化処理苗は

100%を保っていた(図 5-18)。C. sclerophyllum の通常灌水苗の生残率は非常に低く、残存個体

も葉色が悪く、早晩全個体枯死すると思われる。

図 5-18 2019 年 3 月時点の生残率

植栽した全個体が生残していた Sy. oblatum 以外の 4 種について解析を行った。M. motleyana

では全パラメーターを用いた解析では計算が収束しなかったため、パラメーターを減らし、ある程

159

Page 14: 通常灌水苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウ …...写真 5-29 通常灌水苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウアット) 写真 5-30 湛水馴化処理苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウアット)

度収束した湛水馴化処理と比高の 2 パラメーターのみでの解析を行った。2019 年 3 月時点で湛

水馴化処理に正の効果がみられたのは C. sclerophyllum と M. motleyanaであった(表 5-4)。全 4

種で比高に正の効果(Sy. kunstleriは不明瞭)があり(表 5-4)、Sy. oblatum以外の 4種は湿地では

地盤高の高い場所に植栽した方が成績が良くなると考えられる。苗のサイズに関しては、Sy.

kunstleriは樹高の高い個体、V. paucifloraは太い個体ほど生残する傾向がみられた。通常太い個

体ほど生残する確率が高くなると思われるが、Sy. kunstleriは逆に不明瞭ながら直径に負の効果が

みられた。湛水馴化処理中の直径成長は大きかったが、主根上部の空隙率の発達が乏しかったこ

とから、光合成産物が湛水馴化処理中に地下部へあまり供給されず、茎下部に貯まっていた可能

性がある。雨期の湛水期間に根が傷害を受けて機能が低下すると、雨期後の乾期にも枯死の確

率が上がると考えられる。V. paucifloraは湛水馴化処理に負の効果がみられたが、6月植栽同様、

植栽時のダメージによる可能性があり、その場合、乾期明けの時点での生残率への湛水馴化処理

効果が 3 月時点の生残率への効果と違ってくると考えられる。同様に、湛水馴化処理効果がみら

れた M. motleyanaや処理効果がなかった Sy. kunstleri も乾期明けの時点での生残率には処理効

果が明瞭になる可能性がある。C. sclerophyllum は湛水馴化処理効果があったが、生残率が低く、

湿地に生育する樹種の中では湛水耐性の低い部類の樹種であると考えられる。今後、現時点での

生残率が大幅に減少しなければ、湛水強度を落とした馴化処理を検討する。

表 5-4 2019 年 3 月時点の生残に及ぼす、前処理と植栽場所の比高、

植栽時の直径および樹高の効果

樹種

効果

前処理 比高 直径 樹高

CS + + n.s. n.s.

MM + +

SyK n.s. (+) (-) +

VP - + + n.s.

・CS: C. sclerophyllum、MM: M. motleyana 、SyK: Sy. kunstleri 、VP: V. pauciflora

・カッコ内は確率 90%以上での効果、n.s.は効果がある確率が90%未満。

・MM のパラメーターは前処理と比高のみ。

160

Page 15: 通常灌水苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウ …...写真 5-29 通常灌水苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウアット) 写真 5-30 湛水馴化処理苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウアット)

(3) 2019 年 3 月植栽

(a) 湛水馴化処理中の成長

湛水馴化処理中、Sy. nervosum と Sy. pyrifoliumで湛水馴化処理苗の方が通常灌水苗より樹高成

長が大きかったが、Stem. secundiflorus では逆に成長が低下した(図 5-19)。Sy. nervosum の湛水

馴化処理苗は 5 ヶ月間で樹高相対成長が 1.7(樹高が馴化処理開始時の 1.7倍)になっており(図

5-19)、これまで供試したどの樹種よりも樹高成長が大きかった。全ての種で通常灌水苗より湛水馴

化処理苗の方が直径成長が大きかった(図 5-19)。湛水馴化処理苗の樹高成長が大きかった Sy.

nervosum と Sy. pyrifoliumでは湛水環境に馴化しており、湛水馴化処理効果が見込まれる。

図 5-19 2019 年 3 月期植栽の 3 樹種の湛水馴化処理期間(5 ヵ月)中の成長

直径は地上 20 cm 高。各棒は 5 個体の平均、各誤差棒は標準偏差、*は有意差(p < 0.05, t-test)を表す。

00.20.40.60.8

11.21.41.61.8

2

00.20.40.60.8

11.21.41.61.8

2

相対

樹高

成長

相対

直径

成長

通常灌水苗

湛水馴化処理苗*

*

*

*

**

161

Page 16: 通常灌水苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウ …...写真 5-29 通常灌水苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウアット) 写真 5-30 湛水馴化処理苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウアット)

(b) 湛水馴化処理による空隙率の変化

Sy. nervosum は湛水馴化処理によって地際茎と主根上部の両部位で空隙率が増加しており、Sy.

pyrifolium でも地際茎で増加がみられた(図 5-20)。両種の湛水馴化処理苗の地際茎で空隙率が

20%を超えており、湛水環境に適応した通気組織が良く発達していると考えられる。Stem.

secundiflorusはどの部位でも湛水馴化処理による空隙率の増加傾向がみられるが、不明瞭であっ

た(図 5-20)。成長だけでなく、形態からも、Sy. nervosum と Sy. pyrifolium の湛水環境への馴化が

推察された。

図 5-20 2019 年 3 月期植栽の湛水馴化処理苗の植栽時の空隙率

各棒は平均、各誤差棒は標準偏差、*は有意差(p < 0.05, t-test)を表す。

0

5

10

15

20

25

30

35

0

5

10

15

20

25

30

35

0

5

10

15

20

25

30

35

**

*

*

通常灌水苗

湛水馴化処理苗

茎(15cm高)

地際茎

主根上部

162

Page 17: 通常灌水苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウ …...写真 5-29 通常灌水苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウアット) 写真 5-30 湛水馴化処理苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウアット)

(c) 湛水馴化処理苗の光合成と植栽後の応答

2019 年 3 月に植栽した 3 種のうち、 Sy. nervosum の植栽前の光合成活性が湛水馴化処理で

低い傾向があるものの、苗畑での樹高成長が通常灌水苗に比べて大きく、また植栽後に無降雨が

続く中で、植栽後の気孔閉鎖が植栽 5 日目には回復傾向を示していることから(図 5-21)、今後の

生残、成長を期待したい。Sy. pyrifolium についても伐開区に植栽した個体で前処理にかかわらず

気孔閉鎖の回復を示す個体があった(図 5-21)。Stem. secundiflorusでは、前処理にかかわらず植

栽直後に気孔閉鎖をともなう光合成の低下が生じており、植栽 5 日後までには回復傾向が認めら

れず、一部の個体では光合成が呼吸に転じているものもあり、特に湛水馴化処理苗に多かった

(図 5-21)。上述の育苗期間中の樹高成長や空隙率の変化の結果からも、Stem. secundiflorus は

現状の湛水馴化処理に適応できていないことが示唆されるため、馴化処理方法の工夫の検討の

余地がありそうである。

(i) Syzygium nervosum

図 5-21 2019 年 3 月期植栽の種の植栽直後の光合成の応答

値は 5 個体の平均値。誤差棒は標準偏差。

Pn

(μm

olm

-2s

-1)

Gs

(mo

lm

-2s

-1)

SP

AD

va

lue

植栽後日数

○ 通常灌水苗● 湛水馴化処理苗

163

Page 18: 通常灌水苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウ …...写真 5-29 通常灌水苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウアット) 写真 5-30 湛水馴化処理苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウアット)

(ii) Stemonurus secundiflorus

(iii) Syzygium pyrifolium

図 5-21(つづき) 2019 年 3 月期植栽の種の植栽直後の光合成の応答

値は 5 個体の平均値。誤差棒は標準偏差。

Pn

(μm

olm

-2s

-1)

Gs

(mo

lm

-2s

-1)

SP

AD

va

lue

植栽後日数

○ 通常灌水苗● 湛水馴化処理苗

伐開区 林内区

光合成速度

気孔コンダクタンス

S

PA

D値

光合成速度

気孔コンダクタンス

S

PA

D値

164

Page 19: 通常灌水苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウ …...写真 5-29 通常灌水苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウアット) 写真 5-30 湛水馴化処理苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウアット)

(4) 2018 年 3 月植栽苗の空隙率と植栽後の光合成、生残、成長解析

2018 年 3 月に 7 樹種を植栽試験地に植栽した(写真 5-32)。3 月は乾期であり、雨期までに期

間が長いため、3 月期植えは、初期生残率が高ければ、最初の湛水期を耐えるのに最も有利に働

くと考えられる。

写真 5-32 2018 年 3 月期植栽試験

(a) 湛水馴化処理による空隙率の変化

植栽した7種中 I. grandifolia を除く 6 種の植栽時の空隙率を調べた(図 5-22)。Sy. kunstleri と

Sy. oblatumで湛水馴化処理苗の方が通常灌水苗より空隙率が高くなっており、特に地際茎では空

隙率が通常灌水苗の 2 倍以上になっていた(図 5-22)。他の 4 種の空隙率は馴化処理による変

動が乏しかったが、H. irya と M. motleyana は馴化処理、部位によらず高い空隙率を示し、残りの

N. maingayi、S. cinereum は逆に 5%前後の低い空隙率しか示さなかった。Sy. kunstleri と Sy.

oblatum は湛水馴化処理によって、目的どおりに湛水環境に十分馴化した苗木になっていたと考

えられる。

165

Page 20: 通常灌水苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウ …...写真 5-29 通常灌水苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウアット) 写真 5-30 湛水馴化処理苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウアット)

図 5-22 2018 年 3 月期植栽の湛水馴化処理苗の植栽時の空隙率

各棒は平均、各誤差棒は標準偏差、*は有意差(p < 0.05, t-test)を表す。

(b) 湛水馴化処理苗の光合成と植栽後の応答

2018年 3月に植栽した7種(Horsfieldia irya、Ixora grandifolia、Madhuca motleyana、Nephelium

maingayi、Syzygium cinereum、Syzygium kunstleri、Syzygium oblatum)の苗の葉の光合成活性を植

栽 40 日後に調べたところ、多くの種で苗畑での光合成活性に比べて植栽地での光合成活性が低

かった(図 5-23)。Nephelium maingayi では、通常灌水苗の光合成が呼吸に転じている個体が多

く、湛水馴化処理苗(湛水深は通常の半分)も光合成活性が低かった。

*

*

*

*空

隙率

(%

)空

隙率

(%

地際茎

主根上部

湛水馴化処理

通常灌水 11

166

Page 21: 通常灌水苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウ …...写真 5-29 通常灌水苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウアット) 写真 5-30 湛水馴化処理苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウアット)

図 5-23 2018 年 3 月期植栽の種の植栽前と植栽 40 日後の光合成

値は 5 個体の平均値。誤差棒は標準偏差。

Ixora grandifoliaHorsfieldia irya Nephelium maingayiMadhuca motleyana

植栽前 植栽40日後 植栽前 植栽40日後 植栽前 植栽40日後 植栽前 植栽40日後

光合

成速

度(μ

mo

lm

-2s

-1)

気孔

コン

ダク

タン

ス(m

olm

-2s

-1)

SP

AD

□ 通常灌水■ 湛水馴化処理

植栽前 植栽40日後 植栽前 植栽40日後 植栽前 植栽40日後

光合

成速

度(μ

mo

lm

-2s

-1)

気孔

コン

ダク

タン

ス(m

olm

-2s

-1)

SP

AD

Syzygium kunstleriSyzygium cinereum Syzygium oblatum

□ 通常灌水■ 湛水馴化処理

167

Page 22: 通常灌水苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウ …...写真 5-29 通常灌水苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウアット) 写真 5-30 湛水馴化処理苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウアット)

(c) 植栽苗の生残、成長解析

7 樹種の植栽 1 年後の生残率は、全ての個体が枯死した N. maingayi 以外は総じて高く、特に

湛水馴化処理苗は 6 種全てで 90%以上であったのに対し、通常灌水苗は 63%(M. motleyana)か

ら 100%(H. irya、S. cinereum)と種によって生残率の高低差が大きかった(図 5-24)。H. irya と Sy.

cinereum、Sy. kunstleri、Sy. oblatumの 4種は通常灌水苗と湛水馴化処理苗のどちらの苗も 80%以

上の高い生残率であった(図 5-24)。

図 5-24 2018 年 3 月期植栽の 7 樹種の植栽 1 年後の生残率

H. irya と I. grandifolia、M. motleyana、Sy. kunstleri、Sy. oblatumの 5種について、生残率の解

析を行った。I. grandifolia、M. motleyana、Sy. kunstleriで湛水馴化処理による正の効果がみられた

(表 5-5)。H. irya に湛水馴化処理による負の効果がみられたが(表 5-5)、馴化処理苗でも 95%

と高い生残率であり、雨期後の乾期における生残率の増減によって処理効果は変わる可能性があ

る。植栽場所の比高に正の効果があったのは M. motleyanaだけであり(表 5-5)、この種は 5 種中

で最も湛水環境によって傷害を受けやすい種であると考えられる。Sy. oblatum では、枯死個体が

全てに 2018年 10月までに枯死しており、雨期中に枯死する個体が無かったことから、比高に負の

効果が出る傾向にあったのは(表 5-5)、湛水環境よりも植栽時に受ける乾燥や乾期中に受ける乾

燥による負の影響が大きかったことが原因と考えられる。I. grandifolia と M. motleyana は太い個体

ほど生残する傾向があったのに対し、Sy. kunstleri と Sy. oblatum は苗のサイズによる生残率への影

響がみられなかった(表 5-5)。比高が生残率に正の影響を与えることがなかったことからも、Sy.

kunstleri と Sy. oblatum にとって、試験地の湛水環境は生死に影響を及ぼすストレスになっていな

いと考えられる。

0

20

40

60

80

100通常灌水苗 湛水馴化処理苗

生残

率(%

168

Page 23: 通常灌水苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウ …...写真 5-29 通常灌水苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウアット) 写真 5-30 湛水馴化処理苗(タイ、ナコンシタマラート県チャウアット)

表 5-5 2019 年 3 月時点の生残に及ぼす、前処理と植栽場所の比高、

植栽時の直径および樹高の効果

植栽後 1年間の樹高成長と直径成長に関しても解析を行った。相対樹高成長は Sy. cinereumが

最も大きく、M. motleyanaが最も小さく、H. irya と I. grandifoliaで通常灌水苗より湛水馴化処理苗

の方が大きい値であった(図 5-25)。相対直径成長は樹高と同様に Sy. cinereum と M. motleyana

がそれぞれ最大と最小で、また、I. grandifolia で通常灌水苗より湛水馴化処理苗の方が大きい値

であった(図 5-25)。全ての種で、相対直径成長が相対樹高成長より大きく(図 5-25)、植栽前に

比べ、形状が変化して、高さの割に直径が太い植栽木になりつつある。

樹種

効果

前処理 比高 直径 樹高

HI -

IG + n.s. + n.s.

MM + + +

SyK + n.s. n.s. n.s.

SyO n.s. (-) n.s. n.s.

・HI: H. irya、IG: I. grandifolia、MM: M. motleyana、SyK: Sy.

kunstleri、SyO: Sy. oblatum

・カッコ内は確率 90%以上での効果、n.s.は効果がある確率が90%未満。

・HI のパラメーターは前処理のみ 、MM は前処理と比高、直

径のみ。

169

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図 5-25 2018 年 3 月期植栽の 6 樹種の植栽後 1 年間の相対成長

直径は地上 20 cm 高。各棒は平均、各誤差棒は標準偏差を表す。

湛水馴化処理の相対樹高成長と相対直径成長に与える効果をより精細に明らかにするために、

各種のパラメーターが相対樹高成長と相対直径成長に与える影響について、N. maingayi 以外の

6 種で解析を行った。相対樹高成長では、I. grandifolia で湛水馴化処理の正の効果がみられ、H.

irya と M. motleyana でも正の効果がみられる傾向があった(表 5-6)。比高の効果は Sy. kunstleri

で正の効果がみられ、M. motleyanaでも正の傾向がみられた(表 5-6)。植栽時の樹高に 4種で負

の効果がみられたが(表 5-6)、これは樹高が高い苗の方が低い苗より成長量が小さいということで

はなく、 樹高の高さに見合った成長量に達しなかったために負の効果になったと考えられる。

相対

樹高

成長

相対

直径

成長

0

0.4

0.8

1.2

1.6

2

2.4

0

1

2

3

4

5

通常灌水苗

湛水馴化処理苗

170

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表 5-6 植栽後 1 年間の相対樹高成長に及ぼす、前処理と植栽場所の比高、

植栽時の直径および樹高の効果

相対直径成長では、I. grandifolia と Sy. kunstleri で湛水馴化処理の正の効果がみられ、M.

motleyana でも正の傾向があった(表 5-7)。比高は全ての種で効果が無く、植栽時の直径にほと

んどの種で負の効果又は傾向がみられた(表 5-7)。直径成長は特に湛水の強度(期間、水深)に

影響を受け、湛水期間中に促進されるので、比高の効果がみられなかったことは植栽地内の凹凸

の比高範囲では直径成長に影響を与えないということを示す。植栽時の直径の負の効果は、樹高

成長と同様に、苗の太さに見合った成長量に達しなかったために負の効果になったと考えられる。

表 5-7 植栽後 1 年間の相対直径成長に及ぼす、前処理と植栽場所の比高、

植栽時の直径および樹高の効果

樹種

効果

前処理 比高 直径 樹高

HI (+) n.s. (+) -

IG + n.s. n.s. n.s.

MM (+) (+) n.s. n.s.

SyC n.s. n.s. n.s. -

SyK n.s. + n.s. -

SyO n.s. n.s. n.s. -

カッコ内は確率 90%以上での効果、n.s.は効果があ

る確率が 90%未満。

樹種

効果

前処理 比高 直径 樹高

HI n.s. n.s. - n.s.

IG + n.s. - (+)

MM (+) n.s. n.s. n.s.

SyC n.s. n.s. - n.s.

SyK + n.s. - n.s.

SyO n.s. n.s. (-) n.s.

カッコ内は確率 90%以上での効果、n.s.は効果があ

る確率が 90%未満。

171

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期待される利活用と残された課題

泥炭湿地を含む熱帯低湿地の開発地、放棄地、荒廃地等での造林に適用できる技術である。

効果や適用範囲等は樹種によって異なるため、さらなる実証試験の成果の蓄積が必要である。

文献、その他

Tanaka, K., Masumori, M., Yamanoshita, T., Tange, T. (2011) Morphological and anatomical

changes of Melaleuca cajuputi under submergence. Trees 25, 695-704.

Béjaoui, Z., Albouchi, A., Lamhamedi, M. S., Abassi, M., El Aouni, M. H. (2012) Adaptation and

morpho-physiology of three Poplus deltoids Marsh. × P. nigra L. clones after preconditioning

to prolonged waterlogging. Agroforestry Systems 86, 433-442.

試験対象国における技術普及説明会

(1) 開催日時、開催場所、参集範囲、参加者数

開催日時:2018年 10月 8日 11:00~12:40

開催場所:タイ国ナコンシタマラート県クアンクレン湿地トンサイ地区 チャイパッタナー基金地域

開発プロジェクトサイト

参集範囲:タイ国チャイパッタナー基金 ピスット・ビジャルンソン博士

タイ国農業・協同組合省土地開発局職員 2名

タイ国天然資源環境省国立公園・野生生物保護局職員 4名

(2) 開催内容と状況

2017年 10月植栽および 2018年 3月、6月、10月植栽の実証試験および 2019年 3月の実証

試験のための育苗についての進捗状況の説明

成果品、学会・展示会等における公表および技術の利活用状況

日本森林学会第 130 回大会(2019年 3月 22日)において本調査の成果を発表した。

「湛水前処理した熱帯湿地林構成樹種の光合成の水位上昇応答と植栽後の応答」

則定真利子、山ノ下卓、小島克己

172