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国際関係論 コミットメント問題,争点の分割不可能性と国内政治 伊藤 岳 富山大学 経済学部 2018 年度前期 Email: [email protected] July 12, 2018 伊藤 岳 (Univ Toyama) 国際関係論 July 12, 2018 1 / 57

国際関係論 - コミットメント問題,争点の分割不可能性と国内政治 · 3 争点の分割不可能性(issue individuality) 問題 情報の問題と不確実性:情報の不確実性が戦争につながり得る.いくつかの

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国際関係論コミットメント問題,争点の分割不可能性と国内政治

伊藤 岳

富山大学 経済学部2018 年度前期

Email: [email protected]

July 12, 2018

伊藤 岳 (Univ Toyama) 国際関係論 July 12, 2018 1 / 57

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Agenda

1 戦争の交渉モデル:コミットメント問題コミットメント問題:論理コミットメント問題:類型コミットメント問題:交渉ゲーム

2 戦争の交渉モデル:争点の分割不可能性

3 国内政治と国際紛争:単一主体の仮定と国内政治二層ゲーム陽動戦争論利益団体

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戦争の交渉モデル:コミットメント問題

交渉論における戦争原因は,3つに分類できる

1 情報の問題 (information/informational problem)2 コミットメント問題 (commitment problem)3 争点の分割不可能性 (issue individuality)

問題

▶ 情報の問題と不確実性:情報の不確実性が戦争につながり得る.いくつかの方法によって,私的情報を伝達できる可能性もある

▶ 問い:では,情報の不確実性を払拭できれば (完全完備情報 perfect andcomplete information ならば),戦争は「必ず」回避されるのか? たとえば,「将来の有利不利」を考えた場合は?

▶ 回答:交渉可能領域の範囲・位置について情報の不確実性が存在しなくても,交渉は失敗し得る

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戦争の交渉モデル:コミットメント問題

コミットメントとコミットメント問題

▶ 広義のコミットメント ≡ 自らの将来行動の事前予告▶ 狭義のコミットメント ≡ その内,信憑性 (credibility) のあるもの

▶ コミットメント = {威嚇型, 約束型 }▶ コミットメント問題 ≡ 何らかの要因で将来生じる自らの優位を背景に,「相手に譲歩を迫らないという約束の信憑性」を確保することが困難なために,戦争 (交渉の失敗) が生じる

▶ (多くの場合) 情報の問題では威嚇の信憑性,コミットメント問題では約束の信憑性が問題になる

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戦争の交渉モデル:コミットメント問題

2つの「合意」の必要性

1 係争対象の財を,どのような水準で配分するかという合意 (e.g., (0.5, 0.5)なのか (1, 0)なのか)

2 一旦合意した財の配分水準を,将来において覆さないという合意 (約束型のコミットメント)

根本的な問題

▶ 国際システムのアナーキー性故に,自動的な/強制的なコミットメントの履行は期待できない (合意は,それが近郊になる場合にのみ維持・執行される)

▶ 2つの「合意」と誘因:(1) ある主体がある時点 t1においてある財の配分水準に合意し,それを遵守する誘因をもっていたとしても,(2) 次の時点 t2では配分水準の合意・約束を反故にする誘因 (incentives to renege on prioragreements) をもつかも知れない

▶ 関係主体がこの構図を理解していれば,「分かり切っている将来の不安」のために,今日の交渉が失敗する可能性が生じる (完全完備情報の交渉ゲーム)

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戦争の交渉モデル:コミットメント問題

コミットメント問題の類型

1 力の源泉を巡る交渉 (bargaining over a source of future power)例 軍事的要衝,大量破壊兵器

2 勢力バランスの急激な変動と予防戦争 (preventive war)▶ パワー・シフト

3 先制攻撃/攻撃の優位 (first-strike advantage/preemptive war)例 奇襲攻撃の優位性

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コミットメント問題:力の源泉を巡る交渉

問題の構図

▶ 現在における係争解決の合意が,将来における S1 と S2 の間の勢力バランスに影響を与える

▶ 「今日」交渉による係争解決に合意 (x, 1− x) が可能でも,勢力バランスが変われば,将来その合意が反故にされるかも知れない

=⇒ 「今日の合意」が「明日の (自らの) 不利」につながる可能性▶ 数式で表現すれば,t− 1期の配分 (xt−1, 1− xt−1)が,w1t = p(xt−1)− c1のように,t期の戦争の期待利得を規定する状態

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コミットメント問題:力の源泉を巡る交渉

問題の構図 (承前・補足)

▶ 数式で表現すれば,t− 1期の配分 (xt−1, 1− xt−1)が,w1t = p(xt−1)− c1のように,t期の戦争の期待利得を左右する状態

▶ つまり,「パイ」の配分が xのとき,S1 は p(x)の確率で勝利する▶ 他方,S2 の勝利確率は p2 ≡ 1− p(x)

▶ ただし,今日の交渉によるパイの配分が,明日の勢力バランスを「急激に」変動させる場合のみ戦争が生じ得る (Fearon, 1996; Powell, 2006)

▶ 「徐々に」変動させるにとどまるなら,「サラミ戦術 (salami tactics)」による勢力バランスの変動・「パイ」の逐次的な再配分が生じるのみ (Fearon, 1996)

▶ 厳密に言えば,xの変動について “continuous” (「徐々に」) と“discontinuous” (「急激に」) いずれを仮定するかということ

▶ 教科書の FLSでは,この点がやや不明瞭なので注意

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コミットメント問題:力の源泉を巡る交渉

t+ 1 期における交渉可能領域

t 期における交渉可能領域

0S2 の理想点

1S1 の理想点

p(xt−1)− c1 p(xt−1) + c2

p(xt)− c1 p(xt) + c2

典型例

▶ 軍事的な要衝地を巡る領土紛争 (e.g., 第三次中東戦争におけるゴラン高原)▶ 地下資源・経済発展の基礎となる領土を巡る領土紛争 (e.g., ラインラント)▶ 大量破壊兵器 (weapons of mass destruction, WMD) 開発計画の継続・破棄

(e.g., 北朝鮮,イラン,リビア)=⇒ いずれも交渉の帰趨が「明日」の勢力バランスを「劇的に」変える可能性

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コミットメント問題:大量破壊兵器開発を巡る交渉

https://www.cagle.com/

▶ 朝鮮半島核危機▶ イランの核兵器開発問題▶ リビアの大量破壊兵器開発問題▶ 米国・西側との交渉:一部の国家についての交渉の失敗・戦争の生起と,一部の国家についての交渉の継続

▶ 争点としての「体制の保証」の約束

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コミットメント問題:大量破壊兵器開発を巡る交渉

 制裁措置を受けることを半ば織り込んで核実験やミサイル発射で危機を演出.時期を捉えて米国との協議に応じ,従順ともいえる態度を示して見せ,ある時から一転,再び挑発に出る——.瀬戸際戦術を繰り返す北朝鮮の狙いは一貫している. 朝鮮半島で 1950年に始まった朝鮮戦争はなお国際法上は「終戦」に至っておらず,米朝は今も 53年に署名した休戦協定に基づく「敵国」の関係にある.北朝鮮が切望するのは,朝鮮戦争を終息させ,米国に不可侵を約束させて独裁体制への「保証」を得ることだ. だが,折から世界では,独裁体制への「保証」獲得が容易でないことを裏付ける動きが続く.中東民主化の波「アラブの春」の後,エジプトやリビアの独裁政権は崩壊.シリアのアサド政権も今,米欧の圧力の前に瓦解寸前の状態になった. こうした国々と北朝鮮との決定的な差が核・ミサイル技術だ.米本土にも影を伸ばす北朝鮮の脅威は,米国を直接交渉に誘う装置として機能しているのだ.

「北朝鮮、『核保有』で次は体制保証へ米と対話も」『日本経済新聞』2013 年 2 月 13 日

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コミットメント問題:大量破壊兵器開発を巡る交渉

 米国のマイク・ポンペオ(Mike Pompeo)国務長官は 11日、北朝鮮が「完全で検証可能かつ不可逆的な非核化」に着手するならば、同国に「他に類を見ない」安全を保証する用意があると言明した。 歴史的な米朝首脳会談を翌日に控え、ポンペオ国務長官は事前交渉が予想以上に速やかに進展したと明かした。 その上でポンペオ氏は、「非核化は、北朝鮮にとって悪い結末をもたらすものではないどころか、その正反対で、北朝鮮の人々のため明るくより良い未来に導くものであると北側が安心感を得られるよう、十分な確実性を提示するための行動を起こすつもりだ」と述べた。「米国務長官、北が非核化すれば安全保証の用意ありと言明」『AFP』2018 年 6 月 11 日

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コミットメント問題:勢力バランスの急激な変動と戦争

問題の構図

▶ 現在における係争解決の合意が,将来における S1 と S2 の間の勢力バランスに影響を与える

▶ 「今日」交渉による係争解決に合意 (x, 1− x) が可能でも,勢力バランスが変われば,将来その合意が反故にされるかも知れない=⇒「今日の合意」が「明日の (自らの) 不利」につながる可能性 (ここまでは先ほどと同じ)

▶ 「今日の交渉結果」だけでなく,外生的要因によっても,勢力バランスの急激な変動 (パワー・シフト power shift) が生じ得る

予防戦争の類型

▶ 「強者の予防戦争」:現在優位に立つが,他主体の台頭・勢力バランス逆転を予見する主体による予防戦争 (e.g., 普仏戦争,WWI)

▶ 「弱者の予防戦争」:現在劣位に立ち,かつ将来においてより大きな譲歩を求められることを予見する主体による予防戦争

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コミットメント問題:勢力バランスの急激な変動と戦争

t+ 1 期における交渉可能領域

t 期における交渉可能領域

0S2 の理想点

1S1 の理想点

p1 − c1 p1 + c2

p1 −∆p− c1 p1 −∆p+ c2

急激なパワー・シフトの効果

▶ シフト前 (t期):S1, S2 いずれにとっても「交渉による解決」⪰「戦争による解決」

▶ シフト後 (t + 1期):優位になった S2 にとって「戦争による解決」≻「t期の合意の遵守」

▶ 劣位になることを予見する S1は,(1)「t期の交渉による解決の利得×1」+「t + 1期の戦争の期待利得 ×1」と,(2)「t期の戦争の期待利得」×2を比べ,(2) の方が大きければ,t期での予防戦争に訴える誘因をもつ

▶ t + 1期において,S2 は「t期の合意を反故にする (優位を背景により大きな譲歩を迫る)」誘因をもつ

▶ S1 も,t + 1期において S2 が上記の誘因をもつことを知っている

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コミットメント問題:ゲームの構造

Wait

2(p1 − c1),2(p2 − c2)

Attack 1

0

Propose x

Reject

2q,2(1− q)

Accept

q + x,1− q + 1− x

Attack q + p1 −∆p− c1,1−q+p2+∆p−c2

S1 S1 S2

パラメータ

▶ 外生的要因によるパワー・シフトを想定 (S2 に有利な変動)▶ ∆p ∈ (0, p1]は「パワー・シフトの大きさ/急激さ」▶ p1は S1の t期の勝利確率,p2 ≡ 1− p1は S2の t期の勝利確率, ciは Siの戦争コスト, (q, q − 1)は現状の利得配分

▶ q ∈ [p1 − c1, p1 + c2]と仮定 (「今日の合意」はできている)▶ 上の例に照らすと,S1 の最初の手番が t期,それ以降が t + 1期

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信憑性の「ない」威嚇 (再掲,これにパワー・シフトを入れる)

交渉可能領域

0

S2 の理想点

1

S1 の理想点

qp1p1 − c1 p1 + c2

S1 の戦争の期待利得

S2 にとって交渉 ≻ 戦争の範囲

S2 の戦争の期待利得

S1 にとって交渉 ≻ 戦争の範囲

Case 1

▶ 状況:1− q ≥ p2 − c2 ⇐⇒ q ≤ p1 + c2: S2 にとって,現状 ⪰ 戦争▶ 均衡:S1 は最適提案 x∗ ≡ q (あるいは x ∈ [q, 1]) を提案し,S2 は x ≤ qならば受諾 (“Accept”), x > qならば拒否 (“Reject”)

▶ 解釈:現状維持.S2 の利得が現状よりも悪化する結果につながる武力による威嚇 (“Attack”の選択肢) には信憑性がなく,S1から譲歩を引き出せない

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コミットメント問題:ゲームの結果・利得と解釈

生じ得る結果と利得の解釈

1 予防戦争:t期に S1 が戦争に訴えた場合,そこで確定した利得が 2回獲得できるので,(2(p1 − c1), 2(p2 − c2))の利得ベクトル

2 現状維持:t期に S1 が戦争に訴えず,かつ t + 1期に S2 が提案 xを拒否した場合,現状の利得が 2回獲得できるので,(2q, 2(1− q))の利得ベクトル

3 パワー・シフト後の平和的現状変更 (交渉による解決):t期に S1 が戦争に訴えず,かつ t + 1期に S2 が提案 xを受諾した場合,現状の利得と変更後の利得を 1回ずつ獲得できるので,(q + x, 1− q + 1− x)の利得ベクトル

4 パワー・シフト後の戦争:t期に S1 が戦争に訴えず,かつ t + 1期に S2 が戦争に訴えた場合,現状の利得とパワー・シフト後の戦争の利得を 1回ずつ獲得できるので,(q + p1 −∆p− c1, 1− q + p2 + ∆p− c2)の利得ベクトル

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コミットメント問題:均衡

1

∆p

0

No revision

Preventive war

Peaceful revision

∆p = −q + p1 + c2

∆p = q − p1 + 2c1 + c2

p1 p1 + c2p1 − c1Status Quo, q

c1 + c2

Sizeof

pow

ershift,∆p

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コミットメント問題:均衡

均衡クラス

1 現状維持均衡:∆p ≤ −q + p1 + c2 のとき2 平和的現状変更均衡:∆p > −q + p1 + c2 かつ ∆p ≤ q−p1 + 2c1 + c2 のとき3 予防戦争均衡:∆p > −q + p1 + c2 かつ ∆p > q − p1 + 2c1 + c2 のとき

補足 ∆p はパワーシフトの上限値 (∆p ≡ p1)Kydd. International Relations Theory, Chap. 5

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コミットメント問題:均衡

▶ ∆p = −q + p1 + c2:「パワー・シフト後に,S2 が現状維持と現状変更のいずれを選好するか」を分ける線

▶ ∆p ≤ −q + p1 + c2 のとき:パワー・シフト後でも現状 q が交渉可能領域の内側にあるので,現状維持を選好する

▶ ∆p > −q + p1 + c2 のとき:パワー・シフト後には現状 q が交渉可能領域の外に出てしまうので,現状変更を選好する

▶ ∆p = q − p1 + 2c1 + c2:「パワー・シフト後に,S1 が (パワー・シフトを踏まえた)交渉による現状変更と,パワー・シフト前の予防戦争いずれを選好するか」を分ける線

▶ ∆p > −q + p1 + c2 のとき:S1 の選択は,「∆pを踏まえて t + 1期に(“propose x”のときに) 譲歩する」か,「シフト前の t期に打って出るか (予防戦争)」になる

▶ ∆p ≤ q − p1 + 2c1 + c2 のとき:パワー・シフトが「大き過ぎない」ので,シフト後に譲歩した方が,予防戦争に打って出るよりも「得」

▶ ∆p > q − p1 + 2c1 + c2 のとき:パワー・シフトが「大き過ぎる」ので,予防戦争に打って出た方が「得」

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コミットメント問題:均衡現状維持均衡の考え方

▶ 発想:パワー・シフト後,S2 は (1) 現状を受け入れ (“reject”を選択) て 2(1 − q)の利得を得るか,(2) 戦争に訴えて 1 − q + p2 + ∆p − c2 の利得を得ることのいずれが「得」かを考える

▶ S1 は,S2 が (1) と (2) いずれを選好するかを踏まえ,自分 (S1) の利得を最大化できる xを提案する (S2 の選好に合わせ xを設定する)

▶ 計算:S2 にとって戦争 ≻現状維持の条件を求める (図の青線の関数)1 − q + p2 + ∆p − c2 = 1 − q + 1 − p1 + ∆p − c2 > 2(1 − q) (1)2 − q − p1 + ∆p − c2 > 2 − 2q

∆p > p1 + c2 − q (2)

▶ (2) 式が成り立たないとき,つまり ∆p ≤ −q + p1 + c2 ならば S2 はパワー・シフト後にも現状維持を選好する (青線の下の領域)

▶ S2 の最適戦略:x ≤ q ならば “accept,” それ以外ならば “reject”▶ S1 の最適戦略:第 1の手番では “wait,” 第 2の手番では x∗ ≡ q▶ 仮定 q ∈ [p1 − c1, p1 + c2]より 2q ≥ 2(p1 − c1)なので,予防戦争より現状維持の方が S1 にも「得」.また,2(p1 − c1) > q + p1 − ∆p − c1

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コミットメント問題:均衡

(2) 式が成り立つときの S1 の最適行動の求め方 (1)

▶ 発想 (1):S1 は,前スライドで考えた S2 の最適行動を踏まえ,自分の利得を最大化できる xの水準を考える

▶ 計算:(2) 式が成り立つとき,S2 はパワー・シフト後には現状変更を選好する (青線の上の領域)

▶ このとき,S2 は 1 − xを受諾することによって戦争の期待利得以上の利得が得られれば xを受諾するが,そうでなければ “attack”を選択し戦争に訴える

▶ そこで,S2 の行動が分かれる水準を計算する1 − q + 1 − x ≥ 1 − q + p2 + ∆p − c2 = 1 − q + 1 − p1 + ∆p − c2 (3)

1 − x ≥ 1 − p1 + ∆p − c2

x ≤ p1 + c2 − ∆p (4)

▶ (4)式が成り立つとき,S2 は “attack”を選択する誘因をもたない

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コミットメント問題:均衡

(2) 式が成り立つときの S1 の最適行動の求め方 (1) 承前

▶ したがって,S1 は 2つ目の手番 (xを提案する手番) において x∗ ≡ p1 + c2 − ∆pを提案することが最適行動

▶ 「S2 の取り分は,S2 の戦争の期待利得と同じ (1 − x∗)」とすれば,S1 は自分の利得を最大化できるから

▶ 1 − x∗ = 1 − (p1 + c2 − ∆p) = 1 − p1 + ∆p − c2 = p2 + ∆p − c2▶ つまり,S2 も x∗ を受諾すれば「パワー・シフト後の戦争の期待利得」を得られるため,わざわざ戦争に打って出る誘因をもたない

▶ S2 の最適戦略:x ≤ p1 + c2 − ∆p ならば accept, それ以外ならば attack▶ 後出の表の通り,S2 の最適戦略は平和的現状変更均衡でも予防戦争均衡でも同一

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コミットメント問題:均衡

(2) 式が成り立つときの S1 の最適行動の求め方 (2)

▶ 発想 (2):続いて,前スライドまでの発想 (1) を踏まえ,パワー・シフト前の予防戦争とパワー・シフト後の平和的現状変更のいずれが「得」か考える

▶ 計算:S1 が予防戦争に訴えるのは,パワー・シフト前の予防戦争 ≻パワー・シフト後の x∗ による平和的現状変更のとき (図の赤線の関数)

2(p1 − c1) > q + x∗ = q + p1 + c2 − ∆p (5)∆p > q − p1 + 2c1 + c2 (6)

▶ (6)式が成り立つとき,S1 は最初の手番で “attack”を選択する (予防戦争に打って出る) 誘因をもつ

▶ S2 の最適戦略:次 2スライドの表を参照

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コミットメント問題:部分ゲーム完全均衡と条件 (1)

均衡クラス 現状維持均衡

S1 の戦略 1 つ目の手番では “wait” を選択2 つ目の手番では x∗ = q を提案

S2 の戦略 x ≤ q ならば accept, それ以外ならば reject条件 ∆p ≤ −q + p1 + c2

結果 (交渉による) 現状維持(S2 は x = q を受諾するので,利得配分はそのまま)

直感的な解釈 パワー・シフトが小さく,「何も起こらない」

均衡クラス 平和的現状変更均衡

S1 の戦略 1 つ目の手番では “wait” を選択2 つ目の手番では x∗ = p1 + c2 − ∆p を提案

S2 の戦略 x ≤ p1 + c2 − ∆p ならば accept, それ以外ならば attack条件 ∆p > −q + p1 + c2 かつ

∆p ≤ q − p1 + 2c1 + c2

結果 平和的現状変更直感的な解釈 パワー・シフトはそれなりに大きいが,「まだ交渉で解決できる」

S1 はこの程度のパワー・シフトなら,それに合わせて S2 に譲歩する.S2 はパワー・シフト分の現状変更を x∗ を受諾することで得られるので,パワー・シフト後にも戦争に訴える誘因はない.

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コミットメント問題:部分ゲーム完全均衡と条件 (2)

均衡クラス 予防戦争均衡

S1 の戦略 1 つ目の手番では “attack” を選択2 つ目の手番では x∗ = p1 + c2 − ∆p を提案

S2 の戦略 x ≤ p1 + c2 − ∆p ならば accept, それ以外ならば attack条件 ∆p > −q + p1 + c2 かつ

∆p > q − p1 + 2c1 + c2

結果 予防戦争直感的な解釈 パワー・シフトが大き過ぎるので,S1 による予防戦争が生じる.

S2 はパワー・シフト分の現状変更を x∗ を受諾することで得られるので,パワー・シフト後にも戦争に訴える誘因はない.しかし,S1 はこれ程のパワー・シフトが生じるなら,それに合わせて S2 に譲歩するよりも,予防戦争の方がマシ.

▶ なお,S1 の戦略について,「(予防戦争均衡では) 回ってこないはずの 2つ目の提案する手番」のことまで考えている

▶ これは,部分ゲーム完全均衡の定義による (これを書かないと均衡を特定したことにならない)

▶ ここでの仮定の下では,「パワー・シフト後の戦争」という結果は,均衡としては生じない (均衡経路上にない) ことに注意

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コミットメント問題:均衡

均衡の整理と解釈

▶ 平和的現状変更均衡:パワー・シフトが「(小さくはないが) 大き過ぎない」とき (青線と赤線の間の領域),S1 は (t + 1期における) 平和的現状変更の方が「得」なので,最初の手番で S1 が予防戦争を起こすことはない

▶ 現状維持均衡:パワー・シフトが「小さいとき」 (青線の下の領域),現状が維持される

▶ 予防戦争均衡:パワー・シフトが「大き過ぎる」ときには (赤線の上の領域),予防戦争の方が「得」なので,S1 は最初の手番で “attack”を選択し,予防戦争が生じる

▶ 均衡を分けるのは,∆p (パワー・シフト) の大きさ▶ ∆pが十分大きければ,t + 1期において,S2 は t期の合意 (q) を反故にし,より大きな譲歩を迫る誘因をもつ (信憑性のある威嚇ができる)

▶ S1 もそれを知っているので,(予防戦争均衡においては) ∆pというパワー・シフトが生じる (自らが不利になる) 前に戦争に打って出る誘因をもつ

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コミットメント問題:先制攻撃の優位 (first-strikeadvantage)

S2 が先制攻撃の場合の交渉可能領域

S1 が先制攻撃の場合の交渉可能領域

0S2 の理想点

1S1 の理想点

ppreempts(1)

− c1 ppreempts(1)

+ c2

ppreempts(2)

− c1 ppreempts(2)

+ c2

問題の構図

▶ 軍事・兵器システムの特性・技術の特性上,先制攻撃 (first-strike,preemption) が優位になる場合

▶ 先制攻撃の優位性が十分大きければ,実質的に急激なパワー・シフトと同じ効果をもつ

▶ 特定の軍事・兵器システムの運用による先制攻撃が,相手側の軍事力を無効化するなど,圧倒的な効果をもつ場合

▶ 「先制攻撃をしない」という約束型のコミットメントの信憑性?▶ 解法 (?):「良い」核兵器論

伊藤 岳 (Univ Toyama) 国際関係論 July 12, 2018 28 / 57

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コミットメント問題:先制攻撃の優位 (first-strikeadvantage)

相手国の不安を掻き立てることなく,当該国の不安を払拭することはできないのか......リアリストは,潜水艦発射弾道ミサイルのように,当時の軍事技術をもってすれば必ずしも命中精度は高くないために,「報復のための兵器を確実に破壊することはできないものの,非戦闘員には十分な損傷を与えることのできる兵器」こそがそれに該当する,という議論を展開した.というのは,そのような性格を具備した兵器は,先制攻撃を自制するという約束の信頼性を損なうことなく,攻撃に対しては反撃するという威嚇に信頼性をもたらすと考えたからである.相手国の兵器 (先制攻撃に対する反撃に使用される「第二撃」兵器) を破壊することなく,人間 (都市の住民) だけを殺傷する兵器こそが,安全保障のディレンマを深刻化させないという意味において「良い兵器 (good weapon)」だ,とする倒錯に論理があるとすればこれである (Tucker 1960: 140).

中西・石田・田所本 159頁

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コミットメント問題:整理

約束型のコミットメントと交渉の失敗

▶ 3つの類型:力の源泉を巡る交渉,外生的要因によるパワー・シフト,先制攻撃の優位

▶ 具体的な状況は異なるが,背後にある論理は同一=⇒「将来,優位な立場を背景に現在以上の譲歩を迫らない」という約束の信憑性が,パワー・シフト (とアナーキー性) のため欠如

▶ 前提条件としての国際システムのアナーキー性と強制力の不在▶ 緩和条件としての第三国による介入 (third-party intervention) や国際制度,また兵器システムの「改善」

▶ しかしながら,介入それ自体も,新たなコミットメント問題や情報の問題を伴う可能性もある

▶ 当事者間の合意・約束が反故にされたとき,「本当に」第三国による介入が実行されるのか?

▶ 自国の兵士を犠牲にしてまで介入するのか?▶ 国内・国際政治状況が変わっても,コミットメントは変わらない?

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争点の分割不可能性:発想

交渉論における戦争原因は,3つに分類できる

1 情報の問題 (information/informational problem)2 コミットメント問題 (commitment problem)3 争点の分割不可能性 (issue individuality)

問題

▶ ここまでのモデルは,そもそも係争対象の「パイ」が自由に分割可能なことを前提にしてきた

▶ 問い:そもそも,政治的・心理的に「分割できない」財もあるのでは?その場合も,交渉は妥結できる?

▶ 回答:一部の問題は物理的に分割できても,政治的・心理的に分割できないかも知れない.ただし,情報の問題・コミットメント問題に比べると,説得力が弱い (「2 + α」の意味)

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争点の分割不可能性:発想

「争点の分割可能性」という大前提の是非

▶ ここまでのモデルで配分案 x ∈ [0, 1]を「提案できる」という設定自体が,争点を自由に分割 (財の再配分) が可能という暗黙の仮定

▶ しかし,世の中には「分割できない」争点もあるのでは? 配分案 x ∈ {0, 1}しかできない場合?

▶ 例:「子供」「聖地」▶ Cut the baby in half. . . ???!!

▶ こうした財の性質を許容すると,交渉の帰趨も変化する?

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争点の分割不可能性:発想

Source: FLS

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争点の分割不可能性:問題の所在

Source: FLS

とはいえ物理的には

1 領土は分割可能2 政策・政治体制も分割・交渉可能3 民族的・宗教的問題も棲み分けのような分割は可能

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争点の分割不可能性:問題の所在

争点の分割不可能性

▶ 争点の分割不可能性といった場合,物理的に財が分割できないことを意味しない

▶ 政治的・心理的な評価の問題として,「分割してしまうと価値が損なわれる」という意味

政策課題としての分割不可能性

1 現実の政策的問題としても理論的にも,争点リンケージ (issue linkage) やサイド・ペイメント,共同統治によって交渉を妥結する可能性もある

▶ 例:北方領土を巡る日露交渉2 ここまでの議論を踏まえると,威嚇のコミットメントの信憑性を確保するため,争点を「あたかも分割不可能なように」表明することで,自らの「手を縛る」という交渉上の戦略的誘因もあり得る

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争点の分割不可能性:事例

出所:「経済活動、「主権」が焦点 日ロ首脳会談」『日本経済新聞』2016 年 12 月 16 日

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争点の分割不可能性:事例

 北方領土交渉を打開するため,日ロ両国は 15 日の首脳会談で共同経済活動の実現に向けた協議開始を議論した.日本側は共同経済活動の実現に向け,日本の主権を害さない形のルール作りができれば,平和条約締結に必要な北方四島の帰属を解決する糸口になりうるとみる.ロシア側は共同経済活動は「ロシアの法律で」との立場を崩しておらず,主権の扱いが焦点になる (中略) 問題は日本の企業や技術者が 4島に入ってロシア側と交流するため,作業や日常生活のルールをどうするか.どちらの法制度を使うかは主権がどちらにあるかに直結する.4 島を実効支配するロシアは,共同活動する際もロシアの法制度の適用を求めており,日本がそれに従えば主権がロシアにあるのを認めたことになりかねない. 妥協案として共同委員会などの組織をつくり,そこで日ロどちらの法制度にもよらない特別な法的ルールをつくる方法がある.首相が言及した「特別な制度のもとでの共同経済活動」もその一例で,例えば日ロ双方の法制度の例外とする「特区」のようなイメージだ (中略) 日本側には共同経済活動が主権問題解決の突破口になりうるとの期待がある.仮に共同経済活動でロシアの法制度を直接使わない共通ルールづくりで合意できれば,北方領土での主権のあり方を示す一つの例になるからだ. 例えば国後島や択捉島で共同経済活動をする際,何らかの形で日本側に主権や管轄権があると読める共通ルールを設けられれば,帰属問題は「2 島返還+国後・択捉両島は共同統治」などに少しでも近づく形をつくる芽が生まれるかもしれない.「経済活動、「主権」が焦点 日ロ首脳会談」『日本経済新聞』2016 年 12 月 16 日

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争点の分割不可能性:交渉モデル

1

0

Propose x

Reject

q, 1− q (現状維持)

Accept

x, 1− x (交渉による解決)

Attackp1 − c1, p2 − c2 (戦争)S1 S2

「分割不可能なパイ」を巡る交渉

▶ p1 は S1 の勝利確率,p2 ≡ 1− p1 は S2 の勝利確率▶ 戦争の不合理を仮定:ci > 0▶ ただし,x ∈ {0, 1}とする (x ∈ [0, 1]ではない)▶ つまり,「パイ」は自由に割ることができず,“all or nothing”

伊藤 岳 (Univ Toyama) 国際関係論 July 12, 2018 38 / 57

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争点の分割不可能性:交渉モデル

1

0

Propose x

Reject

q, 1− q (現状維持)

Accept

x, 1− x (交渉による解決)

Attackp1 − c1, p2 − c2 (戦争)S1 S2

「分割不可能なパイ」を巡る交渉

▶ この場合,いずれかの主体が「戦争するぐらいなら 0でもよい」ときにのみ,戦争が回避できる

▶ すなわち,(1) 0 ≥ p1 − c1 あるいは (2) 0 ≥ p2 − c2 = 1− p1 − c2 なら,争点が分割不可能でも,戦争は回避可能

▶ (1) も (2) も成り立たない (いずれの主体も「0は受諾できない」),すなわち,c1 < p1 < 1− c2 (← (1) と (2) を不等号逆にして整理)のとき,戦争は回避できない

Kydd. International Relations Theory, Chap. 4

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争点の分割不可能性:交渉モデル

戦争が不可避の範囲

0S1 の勝利確率 0

1S1 の勝利確率 1

1− c2c1 p′1

S1 の勝利確率 (勢力バランス) p1

含意と議論

▶ x ∈ [0, 1]ではなく x ∈ {0, 1}のとき,交渉可能領域は制限される▶ このとき,勢力バランスがある程度「平等」であり,かつ戦争コストが十分大きくなければ,交渉が失敗 (x = p1 + c2 等は,争点が「割れない」からできない)

▶ しかし,交渉可能領域を残す pi と ci も存在する可能性もある▶ さらに言えば,戦争という「コストを伴うくじ (costly lottery)」ではなく,同じ確率で「コストを伴わないくじ (costless lottery)」を引けばいい

▶ 問題は「コストを伴わないくじ」の結果を反故にしないという約束のコミットメントに,信憑性がないことでは? (Powell, 2006)

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争点の分割不可能性:交渉モデル

交渉可能領域 (bargaining range) の存在 (Powell, 2006, 177)

Bargaining indivisibilities do not solve the inefficiency puzzle by rendering it moot.Even if the disputed issue is indivisible, there are still agreements both sides preferto resolving the issue through costly fighting. The problem is, rather, that thestates cannot commit to these agreements. More generally, the fact that fightingis costly implies that a bargaining range always exists even if the states arerisk-acceptant, the issue is indivisible, or there are first-strike or offensiveadvantages.

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戦争の交渉モデル:整理

交渉論における戦争原因は,3つに分類できる

1 情報の問題 (information/informational problem)2 コミットメント問題 (commitment problem)3 争点の分割不可能性 (issue individuality)

それぞれの論理は,前掲の 3点に対応

▶ 武力による威嚇:武力による威嚇は,(正確に相手に伝われば) 自らの交渉上の立場を有利にすることもある

▶ 情報の問題▶ 時間の不在:時間的なパワーの変動や「奇襲必勝」は考えない

▶ コミットメント問題▶ 争点の分割可能性:争点あるいは係争対象の「パイ」(e.g., 領土) は自由に分割・配分することができると仮定

▶ 争点の分割不可能性

伊藤 岳 (Univ Toyama) 国際関係論 July 12, 2018 42 / 57

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国内集団

単一主体の仮定 (unitary actor assumption)

▶ ここまでのモデルは,いずれも国家 (あるいは武装勢力) を一枚岩的な主体と捉えてきた

▶ しかしながら,現実には,国家の意思決定は国内主体の選好・相互作用の帰結

▶ 政治家▶ 官僚組織・軍部・利益団体▶ 国民

▶ 国益 (national interest) と国内の個別利益 (particular interest) が一致するなら,単一主体の仮定に問題はない

▶ 一致しないなら,単一主体の仮定を緩め,その帰結を検討することも必要▶ 例:「戦争のコストを支払う国内主体」と「開戦の意思決定をする国内主体」の不一致と戦争の蓋然性?

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二層ゲーム

野党の「妥協範囲」S1 の「国内での」合意可能範囲

S1 (与党) の「妥協範囲」

S2 の「妥協範囲」0S1 の理想点

1S2 の理想点

国際政治と国内政治の相互連関

▶ 2つの交渉:▶ 国際政治における他国との交渉:青と緑▶ 国内政治における国内集団との交渉:青とオレンジ

▶ 政府・政治指導者は,2つの交渉を「同時に」行なう (二層ゲーム two-levelgame 論, Putnum 1988)

▶ それぞれの政治交渉は,他の政治交渉に影響を与える▶ 国際政治の国内政治的帰結:国際政治の動向が,国内政治に影響する▶ 国内政治の国際政治的帰結:国内政治の動向が,国際政治に影響する

▶ シェリングの直感:政府が直面する国内政治的制約が大きいほど,その交渉力は大きくなる

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二層ゲーム

シェリングの直感もし行政府が,最善の協定を自由に交渉することができるならば,固定した態度をとることができず,それゆえ争点となっている交渉について譲歩せざるをえなくなってしまう.なぜなら,相手国政府は,アメリカが交渉を打ち切るよりも譲歩しようとすることを知っている,あるいはそう固く信じるからである.しかし,もし行政府が立法府の監督下で交渉を行なっており,その立場が法律によって制約されているのであれば,また,その法律を変えるために必要な期間ないに議会を再招集することができないならば,行政府は交渉相手に対して目にみえるかたちで確固たる立場をとることができるようになる (シェリング 2008[1960]: 28–29).

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国内集団

国内集団と戦争

▶ 陽動戦争 (diversionary war) 論:政治指導者の国内政治的誘因▶ 官僚組織・軍部の誘因 (FLSで自習, 重要な論理は共通)▶ 利益団体の誘因

=⇒ いずれも,特定の国内主体の利益と戦争を結びつける「第二イメージ」的議論

陽動戦争

▶ 陽動 (戦争):自国民の政権に対する不満・不支持を顕在化させないように,あるいは支持を喚起するために国際危機を醸成すること,あるいはその危機から生じる戦争

▶ 国際危機を醸成することで,自らの国内政治的権力を確保するという誘因(diversionary incentives)

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陽動戦争の論理:旗下結集効果The Rally Effect and the Diversionary Incentive

Source: FLS, 137

旗下結集効果 (rally-round-the-flag effect)

▶ 国家の危機において,政権に対して国民の支持が高まる傾向▶ 政治家個人からすれば,国際危機を醸成することで支持率の上昇・政治生命の延長を望める (かも知れない)

▶ 例:スキャンダルから国民の目を逸らす▶ 例:「国家存亡の危機」によって国内問題の責任を他国やテロリストに「押し付ける」(スケープゴート)

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陽動戦争の論理:陽動の誘因とその帰結

交渉可能領域

0

S2 の理想点

1

S1 の理想点

pp+r1 − c1 p+ c2

S1 の戦争の期待利得

S2 にとって交渉 ≻ 戦争の範囲

S2 の戦争の期待利得

S1 にとって交渉 ≻ 戦争の範囲

▶ 国内政治的問題を「解決」する「起死回生のギャンブル (gambling forresurrection)」としての国際危機が生じ得る (?)

▶ 選好への影響:(政治指導者にとって) 戦争の期待利得が,p1 − c1 からp1 + r1 − c1 へ変化 (r1 > 0)

▶ 交渉 (= 二以上の主体の相互作用の類型) の帰結への影響:(各自考える)▶ ポイント:r1 が加わると,交渉可能領域はどのように変動する?

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陽動戦争:事例としてのフォークランド紛争 (1982)

www.westpoint.edu

▶ 英国・アルゼンチン間の戦争▶ 1833年の無血占領以降,英国が支配▶ 1980年代のアルゼンチンの軍事政権による弾圧と経済的失策 (インフレ)

▶ 領有権紛争の継続を経て,全面的な武力衝突へ▶ 他の事例:

▶ 米英によるイラク空爆やテロリスト根拠地攻撃(1998) と米国大統領 (当時) C氏の女性スキャンダル

▶ タイの国内政治的混乱とカンボジアとの国境紛争 (2008)

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陽動戦争の論理:陽動の誘因とその帰結

直感的論理の非直感的な実証結果

▶ 陽動戦争論は,直感的にアピーリングで,「何となく」首肯できる▶ 計量分析を主体とした実証分析は大量に蓄積▶ しかしながら,実証結果は陽動戦争論を支持しないものが大半

▶ 旗下集結効果については,支持する実証結果が蓄積 (特に米国)▶ むしろ,「政治的に安全な (権力基盤の比較的強い) 政治指導者」や,「選挙直前ではなく直後の政治指導者」による開戦の方が多い傾向

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陽動戦争の論理:陽動の誘因とその帰結

交渉可能領域

0

S2 の理想点

1

S1 の理想点

pp+r1 − c1 p+ c2

S1 の戦争の期待利得

S2 にとって交渉 ≻ 戦争の範囲

S2 の戦争の期待利得

S1 にとって交渉 ≻ 戦争の範囲

解釈 1: 相互作用・交渉の帰結という視点

▶ 前提:戦争は,ある主体が「単独で」行なう意思決定ではなく,複数の主体の相互作用・交渉から生じる政治的帰結

▶ p1 + r1 − c1, r1 > 0ならば,S1 の戦争の期待利得は確かに増加する▶ しかし,r1 によって範囲が小さくなるとはいえ,交渉可能領域は依然存在▶ 情報の問題・コミットメント問題のような,交渉という相互作用の論理を踏まえた戦争原因論とは言い難い

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陽動戦争の論理:陽動の誘因とその帰結The Political Costs of War

Source: FLS, 141

解釈 2: 戦争の国内政治的コスト

▶ 旗下結集効果という「利益」もあるものの,国際危機や戦争は国内政治的な「コスト」もかかる

▶ 戦死者の増加に反比例して,政治指導者の支持率は低下する傾向▶ 他の可能性:政治体制,他の政策手段.戦略的相互作用の帰結として「相手の陽動の誘因を分かっているから,戦争にならないよう譲歩する」可能性

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利益団体

国内集団と戦争

▶ 陽動戦争 (diversionary war) 論:政治指導者の国内政治的誘因▶ 官僚組織・軍部の誘因 (FLSで自習, 重要な論理は共通)▶ 利益団体の誘因

=⇒ いずれも,特定の国内主体の利益と戦争を結びつける「第二イメージ」的議論

利益 (ロビー) 団体と対外政策

▶ 利益団体:特定の経済的・民族的動機・利益に基づき組織され,行動▶ 経済的動機と民族的動機

▶ 自らの利益が他国の情勢や自国の対外政策にリンクされるなら,特定の対外政策をとるよう政府に働きかけるはず

▶ 例:多国籍企業,イスラエル・ロビー▶ 利益団体ではないが注意:「軍部」「軍人」「軍国主義」の違い,(元) 軍人の武力行使への「慎重さ」

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利益団体

Source: FLS, 129

「典型例」としての軍産複合体や帝国主義

▶ 軍産複合体 (軍部と武器企業の「同盟」) と攻撃的な対外政策 (Eisenhower)▶ 資本家・武器商人の利害と帝国主義政策 (Hobson)

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利益団体

交渉可能領域

0

S2 の理想点

1

S1 の理想点

pp− c1 p+ c2

S1 の戦争の期待利得

S2 にとって交渉 ≻ 戦争の範囲

S2 の戦争の期待利得

S1 にとって交渉 ≻ 戦争の範囲

利益団体の影響という神話?

1 そもそも,「利益団体の影響」をいかに操作化し,実証するのか?2 異なる政策を選好する複数の利益団体の存在3 戦争は,ある単一の主体 (e.g., 国家) の意思決定・選好ではなく,複数の主体間の相互作用から生じる政治的帰結

=⇒ では,攻撃的な政策を好む国内主体の「タカ派」的選好が戦争の期待利得を左右するとして,交渉の帰趨はどのように変化する?(各自図を書く)

伊藤 岳 (Univ Toyama) 国際関係論 July 12, 2018 55 / 57

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整理

国内集団と戦争

▶ 陽動戦争 (diversionary war) 論:政治指導者の国内政治的誘因▶ 官僚組織・軍部の誘因 (FLSで自習, 重要な論理は共通)▶ 利益団体の誘因

共通の限界

▶ 国内集団の利益と国家の対外政策をつなぐ因果経路が不明瞭 (なことが多い)▶ 確かに,タカ派的な国内集団が影響力をもてば,「新たな戦争のリスク」あるいは「交渉が失敗する余地」を大きくするかも知れない

▶ しかし,交渉可能領域は依然存在 (大きさは変わるかもしれないが)▶ 情報の問題・コミットメント問題のような,交渉という相互作用の論理を踏まえた「交渉失敗の論理」を提供できない

伊藤 岳 (Univ Toyama) 国際関係論 July 12, 2018 56 / 57

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次回の内容と課題文献

▶ 争点の分割不可能性,国内政治の役割▶ 課題文献 (必須):FLS (教科書) の第 3–4章▶ 副読本・論文 (推奨)

▶ 砂原・稗田・多湖,第 10 章▶ 河野 勝.2001.「『逆第二イメージ論』から『第二イメージ論』への再逆転? 国際関係と国内政治との間をめぐる研究の新展開」『国際政治』第 128 号: 12–29.

▶ Kydd. Chaps.4–6▶ Robert Putnam. 1988. “Diplomacy and Domestic Politics: The Logic of Two-Level

Games.” International Organization 42(3): 427–460.▶ シェリング,第 2, 5, 8 章▶ Kenneth A. Schultz. 1999. “Do Democratic Institutions Constrain or Inform?

Contrasting Two Institutional Perspectives on Democracy and War.” InternationalOrganization 53(2): 233–266.

▶ Glenn H. Snyder. 1984. “The Security Dilemma in Alliance Politics” World Politics36(4): 461–495.

伊藤 岳 (Univ Toyama) 国際関係論 July 12, 2018 57 / 57