7
1 ● 原 著 要  旨 反対側に内頸動脈高度狭窄あるいは閉塞性病変を合併した症候性内頸動脈閉塞患者に対し STA-MCA bypass を施行した連続 4 症例について,周術期合併症や治療成績について検討した.4 例すべての周術期に何らかの 神経学的悪化を生じていた.周術期脳梗塞を生じた 3 例のうち 2 例では前大脳動脈領域に生じており, watershed shift」の病態が関与したと考えられた.また術後の過灌流症候群も 2 例で生じていた.周術期合併症 は高頻度であり,決して満足できる成績ではなかった.術前と術後 3 カ月時点の予後評価では,改善が 1 例, 不変が 1 例,悪化が 2 例であった.追跡期間中に脳卒中再発は認めていない.反対側の内頸動脈高度狭窄ある いは閉塞性病変を合併した症候性内頸動脈閉塞に対する STA-MCA bypass においては,周術期脳梗塞や術後過 灌流に関する詳細な病態把握および管理に努めなければならない. (脳循環代謝 25172014キーワード : 両側内頸動脈病変,内頸動脈閉塞,STA-MCA bypasswatershed shift,過灌流 はじめに 内頸動脈閉塞性病変に対する extracranial-intracranial EC-ICbypass 術に関しては,その有効性が否定され た過去がある 1.本邦においては Japanese EC-IC Bypass Trial JET Study)による脳血管反応性が低下している症 例を対象とした浅側頭動脈-中大脳動脈吻合術 superficial temporal artery to middle cerebral artery bypass; STA-MCA bypass)の手術適応が確立されてお 2,この criteria に合致する症例は熟練した術者およ び施設において STA-MCA bypass で治療されることが 多い.しかし Carotid Occlusion Surgery Study randomized trial COSS study)では,misery perfusion を持つ脳循環 不全患者に対する STA-MCA bypass にも関わらず,そ の周術期合併症の多さが故に内科的加療単独との間に は差が認められなかった 3.その後の研究では,手術 の技術的な問題よりもむしろ内頸動脈閉塞による血行 力学的な重度の脳循環不全が周術期合併症に寄与して いた可能性が指摘されている 4.そこで本報告では, とくに血行力学的な問題が生じやすい反対側の内頸動 脈に高度狭窄あるいは閉塞性病変を合併した症候性内 頸動脈閉塞に対して STA-MCA bypass を外科治療の一 部あるいは全部として施行した自験例について,その 周術期合併症や治療成績について検討した. 対象および方法 2008 1 月から 2013 4 月までに,反対側の内頸 動脈に高度狭窄あるいは閉塞性病変を合併した症候性 内頸動脈閉塞病変に対して STA-MCA bypass にて治療 した連続 4 症例を検討した.内訳は男 3 例,女 1 で,年齢は 60 歳から 78 歳(平均 71.3 歳)であった.術 側となる内頸動脈閉塞側が症候性であり脳循環代謝 PET positron emission tomography)による評価で misery perfusion が示された場合に STA-MCA bypass にて治療 反対側の内頸動脈高度狭窄あるいは閉塞性病変を合併した 症候性内頸動脈閉塞に対する STA-MCA bypass の治療成績 小林 慎弥,石川 達哉,師井 淳太,吉岡正太郎,引地堅太郎 竹中 俊介,岡田  健,齋藤 浩史,田邉  淳,鈴木 明文 受付日:2014 2 12 日,受理日:2014 3 10 秋田県立脳血管研究センター脳神経外科 010-0874 秋田県秋田市千秋久保田町 6 10 TEL: 018-833-0115 FAX: 018-833-2104 E-mail: [email protected]

反対側の内頸動脈高度狭窄あるいは閉塞性病変を合 …cbfm.mtpro.jp/journal2/contents/assets/01_原著_小林...ACA まで描出されていた(Fig. 2B,C).周術期以後に

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● 原 著

要  旨 反対側に内頸動脈高度狭窄あるいは閉塞性病変を合併した症候性内頸動脈閉塞患者に対し STA-MCA bypass

を施行した連続 4症例について,周術期合併症や治療成績について検討した.4例すべての周術期に何らかの神経学的悪化を生じていた.周術期脳梗塞を生じた 3例のうち 2例では前大脳動脈領域に生じており,「watershed shift」の病態が関与したと考えられた.また術後の過灌流症候群も 2例で生じていた.周術期合併症は高頻度であり,決して満足できる成績ではなかった.術前と術後 3カ月時点の予後評価では,改善が 1例,不変が 1例,悪化が 2例であった.追跡期間中に脳卒中再発は認めていない.反対側の内頸動脈高度狭窄あるいは閉塞性病変を合併した症候性内頸動脈閉塞に対する STA-MCA bypassにおいては,周術期脳梗塞や術後過灌流に関する詳細な病態把握および管理に努めなければならない.

(脳循環代謝 25:1~7,2014)

キーワード: 両側内頸動脈病変,内頸動脈閉塞,STA-MCA bypass,watershed shift,過灌流

はじめに

 内頸動脈閉塞性病変に対する extracranial-intracranial

(EC-IC)bypass術に関しては,その有効性が否定された過去がある1).本邦においては Japanese EC-IC Bypass

Trial(JET Study)による脳血管反応性が低下している症例を対象とした浅側頭動脈-中大脳動脈吻合術(superficial temporal artery to middle cerebral artery

bypass; STA-MCA bypass)の手術適応が確立されており2),この criteriaに合致する症例は熟練した術者および施設において STA-MCA bypassで治療されることが多い.しかし Carotid Occlusion Surgery Study randomized

trial(COSS study)では,misery perfusionを持つ脳循環不全患者に対する STA-MCA bypassにも関わらず,そ

の周術期合併症の多さが故に内科的加療単独との間には差が認められなかった3).その後の研究では,手術の技術的な問題よりもむしろ内頸動脈閉塞による血行力学的な重度の脳循環不全が周術期合併症に寄与していた可能性が指摘されている4).そこで本報告では,とくに血行力学的な問題が生じやすい反対側の内頸動脈に高度狭窄あるいは閉塞性病変を合併した症候性内頸動脈閉塞に対して STA-MCA bypassを外科治療の一部あるいは全部として施行した自験例について,その周術期合併症や治療成績について検討した.

対象および方法

 2008年 1月から 2013年 4月までに,反対側の内頸動脈に高度狭窄あるいは閉塞性病変を合併した症候性内頸動脈閉塞病変に対して STA-MCA bypassにて治療した連続 4症例を検討した.内訳は男 3例,女 1例で,年齢は 60歳から 78歳(平均 71.3歳)であった.術側となる内頸動脈閉塞側が症候性であり脳循環代謝PET(positron emission tomography)による評価で misery

perfusionが示された場合に STA-MCA bypassにて治療

反対側の内頸動脈高度狭窄あるいは閉塞性病変を合併した 症候性内頸動脈閉塞に対する STA-MCA bypassの治療成績

小林 慎弥,石川 達哉,師井 淳太,吉岡正太郎,引地堅太郎

竹中 俊介,岡田  健,齋藤 浩史,田邉  淳,鈴木 明文

受付日:2014年 2月 12日,受理日:2014年 3月 10日

秋田県立脳血管研究センター脳神経外科〒 010-0874 秋田県秋田市千秋久保田町 6番 10号TEL: 018-833-0115 FAX: 018-833-2104

E-mail: [email protected]

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脳循環代謝 第 25巻 第 2号

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した.周術期には,抗血小板薬は単剤で継続投与とし,抗けいれん薬の予防的投与を行った.輸液管理はnormovolemiaとし,血圧管理は normotensionを基本とした.術翌日および術後 7日目にMRI(T2,T2*,DWI,MRA)と SPECT(single photon emission computed

tomography)をルーチンで施行し,経過中に必要があれば適宜追加で施行している.術後は早期離床と早期のリハビリテーション再開を図った.

結  果

 全 4症例の臨床所見および経過を Table 1に示す.すべて血行力学的脳虚血による minor strokeで発症していた.反対側の内頸動脈病変が完全閉塞であったのは 2例で,これらの病変についてはいずれも外科的加療は要しなかった.反対側の病変が内頸動脈高度狭窄で あ っ た の は 2例 で,NASCET(North American

Symptomatic Carotid Endarterectomy Trial)法5)での狭窄率は 95%および 99%で,後にそれぞれ頸動脈ステント留置術(carotid artery stenting; CAS)と頸動脈内膜剝離術(carotid endarterectomy; CEA)を施行された. すべての STA-MCA bypass術は double anastomosis

で施行されており,各々において proximal MCAとcortical MCAの 1本ずつを recipientとして選択した.吻合手技における遮断時間は平均 24分であった.またすべての bypassは術中と術後急性期および術後慢性期にも開存していることが確認されている. 4例すべてで STA-MCA bypassの周術期に何らかの神経学的悪化を生じた.術後 1週間以内の脳梗塞を 3

例で生じており,うち 2例では前大脳動脈(anterior

cerebral artery; ACA)領域に生じていた.また SPECT

による一過性の過灌流所見も 2例で認め,それぞれ痙攣重積と一過性片麻痺の症候を生じた.すべての神経

学的悪化は周術期以降には完全回復ないし改善傾向を示したものの,STA-MCA bypassの術直前と術後 3カ月時点の modified rankin scale(mRS)6)による評価では,改善と不変がそれぞれ 1例で,2例では悪化を認めた.過灌流症候群による痙攣重積が契機となり廃用性萎縮から mRSの悪化に関与したと考えられるのが 1

例(症例 1)で,周術期脳梗塞により悪化したのが 1例(症例 4)であった.なお,反対側の内頸動脈高度狭窄性病変に対して施行された CEA/CASが予後に影響した症例はなかった.その後の追跡期間で脳卒中再発は認めていない. 周術期脳梗塞を生じて一過性の神経学的悪化を示したが,結果的には予後が改善された症例 3の臨床経過を提示する.本例は STA-MCA bypass後に「watershed

shift」による周術期脳梗塞を生じたが,術後には臨床的に明らかな高次脳機能障害の改善がみられた 1例である.<症例(Case 3)> 60歳女性,左片麻痺と構音障害にて発症した.両側内頸動脈閉塞と右基底核から右 ACA–MCA境界領域にかけての脳梗塞の出現を認めた(Fig. 1A,B).左の後交通動脈(posterior communicating artery; Pcom)を介したウィリス動脈輪による後方循環からの側副路によって左MCAさらに ACAまで灌流されており,両側の後大脳動脈(posterior cerebral artery; PCA)から軟髄膜吻合(leptomenigeal anastomosis; LMA)も発達していた(Fig. 1C,D;Fig. 3A).急性期の内科的加療およびリハビリテーションを施行した.脳梗塞の再発なく経過して左片麻痺も改善を認めたものの,発症時以降から生じて緩徐に増悪した意欲低下や注意障害を中心とする高次脳機能障害のために mRS:3の状態であった.脳循環代謝 PETによる評価で,完成した脳梗塞巣より広範囲にわたる右MCAおよび ACA領域において

Table1.Summary of clinical findings and course in four patients

Bypass Contralateral

Perioperative complication Treatment for    mRS f/u Recurrent

Case Age/Sex (symptom) IC stenosis

contralateral (months) stroke

side symptom infarction HP IC preop 3 mo

1 78/M Rt 100% status epilepticus none yes medication 2 3 12 none (occlusion)

2 76/M Lt 95% Rt. hemiparesis Lt. MCA none CAS 0 0 38 none territory (interval: 48 days)

3 60/F Rt 100% Lt. hemiparesis Bilateral. none medication 3 2 18 none (occlusion) ACA territory

4 71/M Lt 99% Rt. hemiparesis Lt. ACA yes CEA 0 1 12 none aphasia territory (interval: 28 days)

M, male; F, female; Lt, left; Rt, right; IC, internal carotid artery; MCA, middle cerebral artery; ACA, anterior cerebral artery; HP, hyperper-fusion; CAS, carotid artery stenting; CEA, carotid endarterectomy; mRS, modified rankin scale

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反対側の内頸動脈高度狭窄あるいは閉塞性病変を合併した症候性内頸動脈閉塞に対する STA-MCA bypassの治療成績

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misery perfusionの所見が示されたことから(Fig.

1E,F),発症の約 4週後に右 STA-MCA double bypass

を施行した.術後に一過性の左片麻痺の悪化を生じ,両側の前頭葉に梗塞巣が出現した(Fig. 2A).術後 1週間のMRAでは,double bypassによりMCAが良好に描出され,逆行性に右の前大脳動脈水平部(A1)およびACAまで描出されていた(Fig. 2B,C).周術期以後に左片麻痺はすみやかに改善し,術前に認められていた高次脳機能障害も著しく改善を認めた.術後 3週間での脳循環代謝 PETにても安静時脳血流量の改善と酸素摂取率の低下が確認された(Fig. 2D,E).mRS:2の独歩にて自宅退院となった.

考  察

 単一の病変と比較して多発性脳血管病変は,一般には自然経過が悪いと考えられ,頸動脈病変でも片側性より両側性の方がより自然経過が悪いと考えられる.しかし病変が多彩であるためか,詳細に分析された報告も少ない.反対側に内頸動脈高度狭窄あるいは閉塞性病変を合併した内頸動脈閉塞症に対し,STA-MCA

bypassを必要とする症例も少なからず存在するが,そ

の治療成績について必ずしも詳細に分析報告された論文は認められなかった.本報告では,こういった病態を持つ連続 4症例の自験例を分析した. 反対側に内頸動脈高度狭窄あるいは閉塞性病変を合併していることで,より重度な脳循環不全かつ低い予備能にある症例が多く全身麻酔管理,術中の recipient

の一時遮断,さらに術直後の血圧管理などによる脳梗塞の発生リスクは高い.CEAや CASで順行性血流の再開通を行いうる高度狭窄病変では,脳循環が正常に保たれている無症候性の側から治療することも可能ではあった.しかし一時遮断の影響などを考えて,症候性の脳循環の悪い側から STA-MCA bypassにて治療したが,結果的には全 4例のうち 3例で周術期の脳虚血が出現した.ただし,我々の症例では周術期脳梗塞を生じた 3例のうち 2例では ACA領域に脳梗塞を認めていることに注目すべきであり,単純な灌流圧低下のみでは説明し得ない.実際に,これらの脳梗塞の発生部位は,症例 3でも示しているように,術前の脳循環代謝 PETによる評価では,必ずしも各症例において脳循環不全が最も重度である領域ではなかった.一方,我々は抗血小板薬の継続投与下に手術を施行しており,術中に吻合部のトラブルも認めなかったことか

Fig.1.Case 3の術前画像所見A:MRI(DWI).右の前大脳動脈-中大脳動脈の境界領域に急性期脳梗塞を発症した.B:3D-CTA.両側内頸動脈の閉塞を認める.C・D:頭部MRA.DSA(右 VAG).脳梁周囲動脈を含む両側後大脳動脈からの軟髄膜吻合が発達しており,左の後交通動脈を介した側副路からは左中大脳動脈および前大脳動脈まで灌流される.E:脳血流 PET(CBF).梗塞巣より広範囲の前大脳動脈および中大脳動脈領域において CBF(脳血流量)の低下を認める.F:脳血流 PET(OEF).ほぼ同領域において OEF(酸素摂取率)の増加を認める.

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ら,吻合部に生じた血栓が逆行性に塞栓性脳梗塞を生じた可能性なども考え難い. このようなことから,STA-MCA bypassによる血行動態の変化にともない,灌流圧の低い領域,いわゆるwatershedといえる領域が,bypassからの血流により押し流されるように移動したために,術前評価では必ずしも脳循環不全が重度はない領域に脳梗塞が生じたのではないかと考えられる.この「watershed shift」の概念は,Herosらによって初めて報告されており,またbypassからの逆行性の血流が経時的に増加するにつれて改善するとしている7).近年ではとくにもやもや病に対する直接バイパスにおける「watershed shift」の報告が散見される.Hayashiらの報告では,MCAへの直接バイパスによる逆行性の血流と中枢側からの順行性の血流とのせめぎ合いの結果,この部位を跨いで吻合部から遠いMCAの領域において灌流圧が低下して脳梗塞が生じることを報告しており,術前の TIA発作が頻回である症例においてこの「watershed shift」による脳梗塞が有意に多かったとしている8). 具体的に我々の症例 3における STA-MCA bypass直後では,反対側では後方循環から Pcomを介して内頸動脈の終末部(IC terminal),A1へと灌流し,術側ではdouble bypassからの血流がMCAから IC terminalさら

に A1へと逆行性に灌流し,前交通動脈(anterior

communicating artery; Acom)近傍でこれらのせめぎ合いが生じた可能性があること,posterior pericallosal artery

を介した後大脳動脈から ACAへの逆行性の血流とぶつかったこと,などにより脳梗塞に陥った部分の灌流圧が低下したのではないかと考えた(Fig. 3B).このように STA-MCA bypassの前後ではウィリス動脈輪を介した側副路や LMAの分布も変化し得る上に,症例によっては眼動脈などを介した外頸動脈系からの側副路が関与する可能性もあり,術前にこの病態がどの領域に発生し得るかを正確に予想することは困難である.一方で,我々は片側性の内頸動脈閉塞病変に対する同様の手技での STA-MCA bypassにおいてはこのようなACA領域の脳梗塞を経験していない.したがって,対側からの Acomを介した cross flowが存在するものの,その灌流圧が比較的低い症例における STA-MCA

bypassに限って生じ得る特徴的な病態である可能性が考えられる. SPECTによる術後一過性の過灌流所見も 4例中の 2

例と高頻度に認めており,1例では痙攣重積,もう 1

例では一過性の片麻痺を生じた.従来は low flow

bypassによる過灌流は稀とされてきたが,近年では比較的高率に生じるとの報告もみられるようになってき

Fig.2.Case 3の術後画像所見A:術翌日のMRI(DWI).両側の前大脳動脈領域に周術期脳梗塞を生じた.B・C:術後 7日のMRA.2本のバイパスは開存良好で右中大脳動脈の描出も改善し,バイパスからの逆行性の血流により右前大脳動脈水平部以遠まで描出される.D:術後 3週の脳血流 PET(CBF). 術前と比較して CBF(脳血流量)の改善を認める.E:術後 3週の脳血流 PET(OEF).術前に増加していた OEF(酸素摂取率)の低下を認める.

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反対側の内頸動脈高度狭窄あるいは閉塞性病変を合併した症候性内頸動脈閉塞に対する STA-MCA bypassの治療成績

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た.Yamaguchiらは,術後の SPECTによる評価で対側より 50%以上の局所脳血流量の増加を過灌流所見とした場合 24%の症例に認められたと報告し,術前のダイアモックス負荷 SPECTでの盗血現象の存在がリスク因子であるとしている9).我々が今回の検討の中で示したように,反対側の内頸動脈高度狭窄あるいは閉塞性病変も同時に有する症例においては,これを凌ぐ頻度で過灌流が生じており,一過性ではあるが症候化にまで至っている.測定値の定量性の限界を考えると,片側性病変と両側性病変では SPECTによる評価での過灌流を厳密に同一に論じることは困難かもしれない.しかしながら,この事実はむしろ,術前の脳循環不全が重度である症例ほど術後過灌流のリスクが高いことを支持する有力な根拠の一つであるといえるかもしれない. 症例 1および 2は,それぞれ 78歳と 76歳であり,73歳以下とする JET study2)の criteria外であるが,冠動脈疾患をはじめとする全身合併症を十分に評価し管理した上で手術を施行した.結果的に,周術期にも高齢であるが故の全身合併症などは併発することなく,慢性期にも脳卒中の再発なく経過した.ただし,症例1において過灌流症候群を契機に廃用性萎縮に至った点については,高齢のために筋力の予備能が低下していたことが,これに寄与した可能性は考えられる.また症例 3の術前 mRSは 3であり,これも mRSは 2以下とする JET study2)の criteria外である.しかし,そのADL低下の主な原因は進行性に生じた重度の高次脳機能障害であったことから,脳卒中の再発予防効果の

可能性だけでなく,血行再建による高次脳機能障害の改善も潜在的に期待された.実際に STA-MCA bypass

後には高次脳機能障害の著明な改善により予後まで改善された.一方で,最近になって報告されたRandomized Evaluation of Carotid Occlusion and

Neurocognition(RECON)trialの 結 果 で は,misery

perfusionの症例に対する STA-MCA bypassによる高次脳機能障害の改善ないし予防効果の優位性は認められなかった10).ただし,この trialについては対象症例が極めて少ないこと,さらに軽度から中等度の高次脳機能障害を呈する症例しか対象になりえていないことに留意すべきで,我々の経験した症例 3のような主に重度の高次脳機能障害のために術前 ADLが低下している症例は対象に含まれていない.また,完成した画像上の脳梗塞によらない高次脳機能障害は選択的神経細胞障害(selective neuronal damage)との関連が推察されているが,この selective neuronal damageは misery

perfusionと関連し,さらには経時的に進行することも示されている11).したがって,STA-MCA bypassによる高次脳機能障害の改善効果を評価するにあたっては,misery perfusionが生じてから,もしくは高次脳機能障害が生じてから手術施行までの時間的 intervalも考慮するべきであろう.我々の経験した症例 3における高次脳機能障害は発症時から生じ始め,入院後も脳梗塞の拡大がないにも関わらず徐々に悪化する経過であった.PETによる misery perfusionが証明された後にはすみやかに STA-MCA bypassを施行した結果,高次脳機能障害が生じ始めてから約 4週で血行再建が施

Fig.3.Case 3における血行動態の概念図A:バイパス術前.B:バイパス術直後.ACA, anterior cerebral artery(前大脳動脈);Acom, anterior communicating artery(前交通動脈);A1, anterior cerebral artery horizontal portion(前大脳動脈水平部);BA, basi-lar artery(脳底動脈);LMA, leptomenigeal anastomosis(軟髄膜吻合);PCA, posterior cerebral artery(後大脳動脈);Pcom, posterior communicating artery(後交通動脈);MCA, middle cerebral artery(中大脳動脈)

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行できた.この intervalが適切であるかどうかに関しては今後もさらなる検討は必要であるが,同様の臨床経過を辿る症例の手術時期の決定や術後経過の予測において,参考の一つにすべき症例である. 反対側の内頸動脈高度狭窄あるいは閉塞性病変を合併した症候性内頸動脈閉塞症例に対する STA-MCA

bypassの周術期には,一過性であることが多いものの,神経学的悪化を伴う合併症を高頻度に生じており,決して満足できる成績ではなかった.これは両側性病変であることによる灌流圧低下に対する単純なリスク増大だけでなく,STA-MCA bypass直後には「watershed shift」の病態が関与する脳梗塞発生リスクがあること,さらに術前の重度な脳循環不全に起因する術後過灌流リスクも高いことに起因するといえる.この両者に対する周術期の血圧管理は相反するものであり,詳細かつ正確な病態の把握が必要である.さらには,我々の症例 4のように「watershed shift」による周術期脳梗塞と術後過灌流の両病態を併発する症例も存在し(Fig. 4),周術期管理に難渋することも少なくない.しかしながら,周術期合併症を可能な限り軽減させることで,反対側に内頸動脈高度狭窄あるいは閉塞

Fig.4.Case 4の術前後画像所見A:術前MRA.左内頸動脈の閉塞を認める.B:頸部 3D-CTA.右内頸動脈の高度狭窄を認める.C:脳血流 PET(CBF[左],OEF[右]).左大脳半球に広範囲の misery perfusionを認める.D:術後MRA.左 STA-MCA bypassが施行され,術直後には神経脱落症状は認めなかった .E:術翌日MRI(DWI).麻酔覚醒から約 6時間経過して失語(換語困難)を発症し,左前大脳動脈領域に脳梗塞を生じた.軽度の失語を後遺して mRS:1となった.F:術翌日 SPECT.失語とほぼ同時に右上下肢不全片麻痺も発症し,左基底核を中心にした過灌流を生じた.この右上下肢不全片麻痺は約 24時間で回復した.

性病変を合併する症候性内頸動脈閉塞に対しても,STA-MCA bypassにより脳梗塞再発率の低下が期待できるのみならず,症例によっては高次脳機能障害の改善がみられる例もあることに留意すべきである.

結  語

 反対側に内頸動脈高度狭窄性病変を合併した症候性内頸動脈閉塞患者に対し STA-MCA bypassを施行した連続 4症例の自験例を報告した.その複雑多岐にわたる血行動態や重度の脳循環不全状態のために周術期合併症も決して少なくはない.その治療成績改善のためには,適切な症例選択や手術手技の研鑽に加えて,周術期脳梗塞や術後過灌流に関する詳細な病態評価および管理に努め,周術期合併症を少なくすることが必要である.

文  献

1) Failure of extracranial-intracranial arterial bypass to

reduce the risk of ischemic stroke. Results of an interna-

tional randomized trial. The EC/IC Bypass Study Group.

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反対側の内頸動脈高度狭窄あるいは閉塞性病変を合併した症候性内頸動脈閉塞に対する STA-MCA bypassの治療成績

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11) Yamauchi H, Kudoh T, Kishibe Y, Iwasaki J, Kagawa S:

Selective neuronal damage and chronic hemodynamic

cerebral ischemia. Ann Neurol 61: 454–465, 2007

Abstract

Outcomes of STA-MCA bypass for symptomatic internal carotid artery occlusion with

a contralateral severe stenotic or occlusive internal carotid artery lesion

Shinya Kobayashi, Tatsuya Ishikawa, Junta Moroi, Shotaro Yoshioka, Kentaro Hikichi,

Shunsuke Takenaka, Takeshi Okada, Hiroshi Saito, Jun Tanabe, and Akifumi Suzuki

Departments of Surgical Neurology and Stroke Science, Research Institute for Brain and Blood Vessels-Akita, Akita, Japan

We investigated the perioperative complications, clinical course, and outcomes of four consecutive

patients who underwent superficial temporal artery to middle cerebral artery (STA-MCA) bypass for

symptomatic internal carotid artery (IC) occlusion with a contralateral severe stenotic or occlusive IC

lesion. All patients experienced neurological deterioration in the perioperative period. Perioperative

cerebral infarction occurred in three patients. Among these patients, two developed cerebral infarction

in the territory of the anterior cerebral artery. It was considered that so-called “watershed shift”

hemodynamic phenomenon was involved. Moreover, due to severe cerebrovascular insufficiency,

postoperative hyperperfusion occurred in two patients. Prognostic evaluation just before the surgery

compared with that at 3 months after the surgery showed improvement in one patient, no change in

another, and worsening in two. None of the patients developed recurrent stroke during the follow-up

period. Outcomes were regarded as unsatisfactory due to frequent perioperative complications, although

most of the neurological deteriorations were transient. In patients undergoing STA-MCA bypass for

symptomatic IC occlusion with a contralateral severe stenotic or occlusive IC lesion, a better

understanding of the pathogenesis of perioperative cerebral infarction and postoperative hyperperfusion

might promote the development of measures to improve patient outcomes.

Key words: bilateral internal carotid artery lesions, internal carotid artery occlusion, STA-MCA bypass, watershed shift, hyperperfusion