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〈論 説〉 責任能力判断と精神鑑定 最高裁平成 20 年月 25 日判決を契機として 美月子 はじめに 最高裁平成 20 年月 25 日判決の意義 差戻し後控訴審判決の意義 最高裁平成 21 年 12 月日決定の意義 総合判断と精神鑑定 限定責任能力者と刑の減軽 限定責任能力者の処遇 はじめに わが国でも本格的に裁判員裁判がはじまった。これからは次第に困難な問題 を抱える事案の解決を迫られることになろう。その一つが,責任能力の問題で ある。とくに,責任能力判断にあたって精神鑑定にどのような比重を置いて判 断するかは,重大な問題である。最高裁判所は平成 20 年月 25 日に精神鑑定 を重視すべきであるとの判断を示した。しかし,その後,この判決の意義を減 殺するような高裁及び最高裁の判断も出されている。このような流れの中で, 本稿ではこの最高裁判所の平成 20 年月 25 日判決の意味をあらためて検討す る。また,精神鑑定を重視せずに,規範的に責任能力を判断するとした場合, 行為者の処遇にどのような問題が生じるかにも触れたい。 最高裁平成 20 年月 25 日判決の意義 事案は,統合失調症を患う被告人に,以前に働いていた塗装店の経営者から 「仕事で使ってやるから電話しろ。」などと話しかけてくる幻視・幻聴がとくに 286 (1)

責任能力判断と精神鑑定 - 立教大学 · 2015-09-01 · )前田巌「 責任能力判断の前提となる精神障害の有無及び程度並びにこれが心理学的要素に

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〈論 説〉

責任能力判断と精神鑑定

最高裁平成 20 年�月 25 日判決を契機として

林 美 月 子

Ⅰ は じ め に

Ⅱ 最高裁平成 20 年�月 25 日判決の意義

Ⅲ 差戻し後控訴審判決の意義

Ⅳ 最高裁平成 21 年 12 月�日決定の意義

Ⅴ 総合判断と精神鑑定

Ⅵ 限定責任能力者と刑の減軽

Ⅶ 限定責任能力者の処遇

Ⅰ は じ め に

わが国でも本格的に裁判員裁判がはじまった。これからは次第に困難な問題

を抱える事案の解決を迫られることになろう。その一つが,責任能力の問題で

ある。とくに,責任能力判断にあたって精神鑑定にどのような比重を置いて判

断するかは,重大な問題である。最高裁判所は平成 20 年�月 25 日に精神鑑定

を重視すべきであるとの判断を示した。しかし,その後,この判決の意義を減

殺するような高裁及び最高裁の判断も出されている。このような流れの中で,

本稿ではこの最高裁判所の平成 20 年�月 25 日判決の意味をあらためて検討す

る。また,精神鑑定を重視せずに,規範的に責任能力を判断するとした場合,

行為者の処遇にどのような問題が生じるかにも触れたい。

Ⅱ 最高裁平成 20 年�月 25 日判決の意義

事案は,統合失調症を患う被告人に,以前に働いていた塗装店の経営者から

「仕事で使ってやるから電話しろ。」などと話しかけてくる幻視・幻聴がとくに

286(1)

Page 2: 責任能力判断と精神鑑定 - 立教大学 · 2015-09-01 · )前田巌「 責任能力判断の前提となる精神障害の有無及び程度並びにこれが心理学的要素に

頻繁に現れ,被告人が,その呼び掛けに応じて被害者に電話をして再就職を申

し出ると,断られるということを繰り返すうちに,被害者が自分のことをばか

にしていると憤りを覚えるようになり,この経営者の顔面等に暴行を加えて死

亡させたというものである1)。

捜査段階での佐藤簡易精神鑑定は,被告人は,本件行為当時,統合失調症に

よる幻覚妄想状態の増悪期であったが,行動経過は合目的的で,著明な残遺性

変化もないことなどから心神耗弱相当とした。第一審段階での坂口鑑定は,統

合失調症による幻覚妄想状態の直接の影響下での犯行であり,心神喪失の状態

にあったとした。

第一審判決は,坂口鑑定に依拠し,無罪を言い渡した2)。

控訴審段階では,医師保崎意見が,統合失調症が慢性化して重篤化した状態

ではなく,心神耗弱にとどまるとした。深津鑑定は,統合失調症の急性期の異

常体験が活発に生じる中で次第に被害者を「中心的迫害者」とする妄想が構築

され,幻覚妄想に直接支配された行為とはいえないが,統合失調症が介在しな

ければ本件行為は引き起こされなかったことは自明で,事物の理非善悪を弁識

する能力があったということは困難であり,弁識に従って行動する能力は全く

欠けていたと判断した。

控訴審判決は,動機,行動経過,犯行態様,通行人が来たことから犯行現場

からすぐに立ち去ったという経緯,「殴り付けろ。」という作為体験はなく,幻

聴や幻覚が犯行に直接結び付いていないこと,詳細な記憶,意識の清明,本件

犯行が犯罪であることの認識,自首,それなりの社会生活,仕事の意欲等の諸

事情にも照らして,せいぜい心神耗弱の状態にあったものというべきとし

た3)。

最高裁は控訴審判決を破棄し,差し戻した。本最高裁判決の意義は次のよう

にまとめることができよう。

� 精神鑑定の尊重

まず,責任能力判断における精神鑑定の尊重の姿勢を示したことである。こ

れは「生物学的要素である精神障害の有無及び程度並びにこれが心理学的要素

責任能力判断と精神鑑定(林 美月子)

285(2)

�)最決平成 20 年�月 25 日刑集 62 巻�号 1559 頁。

�)東京地判平成 16 年 10 月 29 日刑集 62 巻�号 1592 頁。

�)東京高判平成 18 年�月 23 日刑集 62 巻�号 1604 頁。

Page 3: 責任能力判断と精神鑑定 - 立教大学 · 2015-09-01 · )前田巌「 責任能力判断の前提となる精神障害の有無及び程度並びにこれが心理学的要素に

に与えた影響の有無及び程度については,その診断が臨床精神医学の本分であ

ることにかんがみれば,専門家たる精神医学者の意見が鑑定等として証拠とな

っている場合には,鑑定人の公正さや能力に疑いが生じたり,鑑定の前提条件

に問題があったりするなど,これを採用し得ない合理的な事情が認められるの

でない限り,その意見を十分に尊重して認定すべきものというべきである」と

する部分に現れている。

とくに,裁判員が責任能力を判断する際には,基本的に精神鑑定が重視され

るべきであるとすることは,裁判員に判断のよりどころを明らかにするという

意味で,判断を容易にするものである。

もちろん,責任能力判断は法律的判断である。精神鑑定が行われてもそれ

が,精神医学的知識の水準を満たさないものであるとか,前提事実が裁判所の

認定事実と異なるといった場合には,これを排斥すべきである。しかし,精神

鑑定はやはり責任能力の判断の基礎である。合理的な理由のない限りこれを排

斥できないことを明らかにした本判決は高く評価される。

生物学的要素の判断のみが鑑定の対象なのではなく,心理学的要素も鑑定の

対象である。したがって,生物学的要素である精神障害の種類や程度のみでは

なく,心理学的要素である弁識能力と制御能力に対する精神障害の影響や程度

についての判断も,精神鑑定を基礎とすることになる。本判決は,とくに,こ

れらの判断を臨床精神医学の本分としてとらえ,心理学的要素の判断も経験科

学的に実証可能なものであることを明らかにしている点でも意義がある4)。そ

して,これらの判断はあくまで証拠に基づく判断であり,その証拠の評価は合

法則的に行われなければならないことを明らかにしている5)。

立教法学 第 87 号(2013)

284(3)

�)前田巌「�責任能力判断の前提となる精神障害の有無及び程度並びにこれが心理学的要素に

与えた影響の有無及び程度について,精神医学者の鑑定意見等が証拠となっている場合におけ

る,裁判所の判断のあり方 �統合失調症による幻覚妄想の強い影響下で行われた行為につい

て,正常な判断能力を備えていたとうかがわせる事情があるからといって,そのことのみによ

って被告人が心神耗弱にとどまっていたと認めるのは困難とされた事例」ジュリスト 1367 号

(2008 年)115 頁。

�)前田巌「�責任能力判断の前提となる精神障害の有無及び程度並びにこれが心理学的要素に

与えた影響の有無及び程度について,精神医学者の鑑定意見等が証拠となっている場合におけ

る,裁判所の判断のあり方 �統合失調症による幻覚妄想の強い影響下で行われた行為につい

て,正常な判断能力を備えていたとうかがわせる事情があるからといって,そのことのみによ

って被告人が心神耗弱にとどまっていたと認めるのは困難とされた事例」法曹時報 63 巻 12 号

(2011 年)3098 頁。

Page 4: 責任能力判断と精神鑑定 - 立教大学 · 2015-09-01 · )前田巌「 責任能力判断の前提となる精神障害の有無及び程度並びにこれが心理学的要素に

� 総合判断における病状の重視

本判決は,責任能力は総合判断であるとする昭和 59年最高裁決定に従って

いる。被告人の犯行当時の病状,犯行前の生活状態,犯行の動機・態様等を総

合して責任能力を判断すべきであるというのである。

最高裁昭和 59年決定は,統合失調症を患う被告人が好意を寄せる女性の家

族等�名についての殺人と�名の殺人未遂事件に関するものである。第一審,

第二審は完全責任能力とした。第一次上告審判決6)は病歴や病状,動機の了解

不可能性等を指摘し,第二審判決には心神耗弱を認めなかった限度で事実誤認

があるとして破棄差し戻した。この判決は,破瓜型の統合失調症の病状を重視

したように見えるが,もともと統合失調症に基づく犯行について完全責任能力

とした判例は例外的であり,とくに精神障害の病状を重視して心神耗弱とすべ

きであったとしたとまでは言えない7)。差戻し控訴審は心神喪失とする鑑定を

排斥し,心神耗弱として無期懲役を言い渡した。心神喪失との鑑定があっても

心神耗弱との結論を是認するために登場したのが総合判断であった。

本判決は,この総合判断の中で,被告人の犯行当時の病状,具体的には統合

失調症の程度と行為への影響を重視して,犯行前の生活状態,犯行の動機・態

様等の事情を評価すべきとした点に意義がある8)。

これは,本件では一般には正常な判断能力を備えていたことをうかがわせる

事情も多いことを認めながらも,しかし「訂正が不可能又は極めて困難な妄想

に導かれて動機を形成したと見られるのであるから,動機形成等が了解可能で

あると評価するのは相当ではなく,このような幻覚妄想の影響下で,被告人

が,本件行為が犯罪であることも認識していたり,記憶を保っていたりして

も,これをもって,事理の弁識をなし得る能力を,実質を備えたものとして有

していたと直ちに評価できるかは疑問である。被告人の本件前後の生活状況等

も,被告人の統合失調症が慢性化した重篤な状態にあるとはいえないと評価す

る余地をうかがわせるとしても,被告人が,幻覚妄想状態の下で本件行為に至

ったことを踏まえると,過大に評価することはできず,少なくとも『二重見当

識』によるとの説明を否定し得るようなものではない」とする点に明らかであ

る。

責任能力判断と精神鑑定(林 美月子)

283(4)

�)最判昭和 53 年�月 24 日刑集 32 巻�号 408 頁。

�)拙稿「責任能力の判定基準」刑法判例百選Ⅰ総論(第�版・2008 年)69 頁。

)前田・前掲論文・ジュリスト 117 頁。前田・前掲論文・法曹時報 3104 頁。

Page 5: 責任能力判断と精神鑑定 - 立教大学 · 2015-09-01 · )前田巌「 責任能力判断の前提となる精神障害の有無及び程度並びにこれが心理学的要素に

精神障害の程度が重篤な場合にはたとえ,犯行前の生活状態や犯行態様等が

一見すると健常人と異ならない事情が存在しても,生物学的要素である精神障

害からその意味が分析されなければならず,それら健常人と異ならない事情の

意義は相対的に低く,心神喪失とすべきであるということである。本判決は精

神障害の種類や程度という視点から心理学的要素,犯行への影響を考えるべき

であるとしているのである。第二審判決は,被告人の母親や親族,交際してい

る女性に対する気遣い,行動経過の合目的性,動機は了解不可能ではないこと

等を認め,そこから犯行時の病状は重いものではなかったとしていたが9),こ

れとは逆の思考方法をとっているように思われる。

このような本最高裁判決の意義を不明確にしているのは,過去に犯行を思い

止まったことがあることや自首について,二重見当識で説明できるかについて

さらに審理するために破棄差戻しとしたことにある。これはいったいどのよう

に考えるべきであろうか。最高裁は二重見当識によって動機や記憶については

説明可能であるが,自首や犯行及び犯行に密接に関係する場面での相応の判断

能力を示すように見える事情についても説明が可能かについて,精神医学的見

地からの説明を求めたもの,生物学的及び心理学的要素にどのようにかかわる

のかについての検討を求めたものと言える。

� 生物学的要素を重視する鑑定の許容

本判決は生物学的要素を重視して,一見すると健常人と異ならない要素のウ

エイトを相対的に低く見る立場からの鑑定を許容している。

これは「坂口鑑定及び深津鑑定を見ると,両医師とも,いずれもその学識,

経歴,業績に照らし,精神鑑定の鑑定人として十分な資質を備えていることは

もとより,両鑑定において採用されている諸検査を含む診察方法や前提資料の

検討も相当なもので,結論を導く過程にも,重大な破たん,遺脱,欠落は見当

たらない。また,両鑑定が依拠する精神医学的知見も,格別特異なものとは解

されない」とするところに明らかである。

また「両鑑定は,本件行為が,被告人の正常な精神作用の領域においてでは

なく,専ら病的な部分において生じ,導かれたものであることから,正常な精

神作用が存在していることをとらえて,病的体験に導かれた現実の行為につい

立教法学 第 87 号(2013)

282(5)

)岡田雄一「責任能力判断と精神鑑定についての若干の考察」司法精神医学�巻�号(2007

年)80 頁以下。

Page 6: 責任能力判断と精神鑑定 - 立教大学 · 2015-09-01 · )前田巌「 責任能力判断の前提となる精神障害の有無及び程度並びにこれが心理学的要素に

ても弁識能力・制御能力があったと評価することは相当ではないとしているに

とどまり,正常な部分の存在をおよそ考慮の対象としていないわけではない

し,『二重見当識』により説明されている事柄は,精神医学的に相応の説得力

を備えていると評し得るものである」との部分にも現れている。

現在では極端な可知論と不可知論の対立はないようであり,また,全くの不

可知論であるとすればそもそも鑑定は行えないことになろう。したがって,鑑

定人の基本的発想はどちらの立場に近いかという違いに過ぎないといえる。責

任能力判断における生物学的要素のウエイトの置き方は鑑定人によって異なる

ということである。

最高裁昭和 59年決定の事案では,差戻し後控訴審は心神喪失とする鑑定を,

統合失調症による犯行は原則として責任無能力とする立場からのもので裁判実

務上承認された考え方とは言えないこと等を理由として排斥し,通常の社会生

活が可能であったとする鑑定を採用して心神耗弱とした。最高裁はこの判断を

是認したのである。たしかに,この事案での心神喪失とする鑑定には,良好な

寛解状態であることを認める等,説明が十分ではない面もあった。しかし,お

よそ統合失調症と犯行の関係について説明していないわけではなかった。生物

学的要素を重視する鑑定として排斥されたのである。

本判決が拠とする両鑑定の立場も生物学的要素を重視するものである。本判

決が,このような立場を排斥しなかったことは重要である。本件行為が専ら病

的な部分において生じ,導かれたものであることから,正常な精神作用が存在

していることをとらえて,病的体験に導かれた現実の行為についても弁識能

力・制御能力があったと評価することは相当ではないとしているにとどまり,

正常な部分の存在をおよそ考慮の対象としていないわけではなく,両鑑定が依

拠する精神医学的知見も,格別特異なものとは解されないとするのである。す

なわち生物学的要素を重視する立場もアプリオリには排斥できないことを明ら

かにしている。

� 責任能力の実質的欠如

弁識能力又は制御能力を欠く場合が心神喪失であり,それらの能力の著しい

減弱が心神耗弱であるとするのが判例である10)。しかし,その先,どの程度

の責任能力の障害が心神喪失に当たるかについては判例上,明らかにされてき

責任能力判断と精神鑑定(林 美月子)

281(6)

10)大判昭和�年 12 月�日刑集 10 巻 12 号 682 頁。

Page 7: 責任能力判断と精神鑑定 - 立教大学 · 2015-09-01 · )前田巌「 責任能力判断の前提となる精神障害の有無及び程度並びにこれが心理学的要素に

たとは言えない。

本判決は「被告人は,同種の幻聴等が頻繁に現れる中で,しかも訂正が不可

能又は極めて困難な妄想に導かれて動機を形成したと見られるのであるから,

動機形成等が了解可能であると評価するのは相当ではなく,このような幻覚妄

想の影響下で,被告人が,本件行為が犯罪であることも認識していたり,記憶

を保っていたりしても,これをもって,事理の弁識をなし得る能力を,実質を

備えたものとして有していたと直ちに評価できるかは疑問である」とした。本

件の被告人は,人を殺すことは悪いことであるとの認識を行為の表面的な意味

としては有している。しかし,本判決は,弁識能力を実質的に備えていなけれ

ば表面的な違法性の認識では足りないとしたのである。

わが国の従来の判例において心神喪失とされた事例でも,例えば,統合失調

症の症状下での強姦未遂で,被告人は人目につきにくい竹藪の中を犯行場所と

して選び,通行人に気づかれることを恐れて泣き叫ぶ被害者の口を押さえて声

を立てさせないようにし,発見されたら大変だと思って逃走するなどしている

のである11)。重篤な妄想型統合失調症で,妄想に関係する場合に全く正常な

弁識能力及び制御能力がないとされた強盗致傷の事例においても,被告人は巡

査の拳銃を強取して銀行強盗をしようと決意し,犯行用に子供用バットを買い

求めてコートの下に隠し持ち,「私は前に鎌倉警察にお世話になった者だが,

今日はそのお礼に来た」と被害者である巡査に語気強く申し向けている12)。

最近では,統合失調症の病勢の著しい時期にあり心神喪失とされた現住建造物

放火事件で,被告人は,ティッシュペーパーを導火材とし,これを食用油に浸

した上,燃えやすい布団を選んで火を放っており,犯行態様は一見すると合理

的かつ合目的的で,犯行当時の意識もほぼ清明である13)。また,統合失調症

により変化した人格に基づいて兄を殺害し,心神喪失とされた事案において,

犯行当時の記憶は明確で,犯行直前に被害者が屋外に逃げ出した際には,缶コ

ーヒーを飲んで気持ちを落ち着けたり,逃げ出した被害者を屋外まで追いかけ

なかった理由についても,近所に恥ずかしいという気持ちから屋外まで追いか

けなかったと供述しており,合理的な理由に基づく自然な行動もとっているの

である14)。弁識能力や制御能力の全くの欠如を心神喪失に要求するならば,

立教法学 第 87 号(2013)

280(7)

11)京都地判昭和 33 年月 25 日第�審刑集�巻号 1552。

12)横浜地裁昭和 33 年 12 月 26 日第�審刑集�巻 12 号 2172。

13)釧路地判平成 19 年�月 26 日 TKC28135133。

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犯罪行為を行えない者のみがその適用を受けることになりかねない。

アメリカの模範刑法典 4.01条は,自己が行っていること又は行為の反倫理

性を知ることが全く不可能であるという場合は稀であるとして,責任無能力を

弁識能力又は制御能力の実質的欠如としている15)。アメリカ法曹協会は責任

能力を欠く場合を責任無能力とするが,責任能力の実質的欠如を責任無能力と

することには変わりなく,ただそのことを弁識能力の appreciateという表現

の中で考慮しようとするにすぎない16)。

この意味で,本判決の後,妄想型統合失調症の被告人が,ラジオで自分を茶

化すような放送がされているとの幻聴に悩まされ,ラジオ局に抗議に行くなど

したが,行き詰って絶望的な気分で,自宅に放火した事案について「自己の行

動の意味について規範的な理解をした上で,それに従って行動することができ

たかどうか」を判断基準として,責任無能力を認めたのは妥当である17)。

Ⅲ 差戻し後控訴審判決の意義

東京高裁は心神喪失とする鑑定の信用性に問題があるとして,心神耗弱を認

め,懲役�年�月の実刑判決を言い渡した18)。二重見当識について検討し,

最高裁が坂口及び深津両鑑定を信用したことに疑問があるとする。その意義は

次の点にある。

� 生物学的要素への偏りへの批判

これは,坂口・深津両鑑定の「統合失調症にり患した者の病的体験の影響下

にある認識,判断ないし行動は,一方で認められる正常な精神作用により補完

ないし制御することは不可能である」との前提は,現在の精神医学的知見の現

状から見て,必ずしも一般的であるとはいえないとの指摘に現れている。

差戻し後控訴審判決は,両鑑定が,統合失調症の急性増悪期の病的な症状に

よる犯行は無条件で責任無能力とするとする不可知論にたつものであると捉え

責任能力判断と精神鑑定(林 美月子)

279(8)

14)大阪地判平成 20 年�月 26 日 TKC28145413。

15)American Law Institute, Model Penal Code, Official Draft and Explanatory Notes, 1985, p. 61.

16)American Bar Association Standing Committee on Association Standards for Criminal

Justice, Proposed Justice Mental Health Standards, 1984, p. 334.

17)神戸地裁尼崎支部判平成 22 年�月 19 日判タ 1360 号 246 頁。

18)東京高判平成 21 年�月 25 日判時 2049 号 150 頁。

Page 9: 責任能力判断と精神鑑定 - 立教大学 · 2015-09-01 · )前田巌「 責任能力判断の前提となる精神障害の有無及び程度並びにこれが心理学的要素に

ている。「分析・推論過程は,生物学的要素に偏りすぎているとの疑問を持た

ざるを得ない。」また,本件犯行時の幻覚妄想状態を重視するあまりに,「本件

行為自体又はこれと密接不可分な場面において,相応の判断能力を有していた

と見る余地のある事情」を相応の考慮要素とすることもなく,心神喪失の結論

を導き出しているとする。

この点について,最高裁判決は両鑑定が依拠する精神医学的知見は格別特異

なものではないとしていたのであった。たしかに,差戻し後控訴審で岡田,五

十嵐両意見は両鑑定の依拠する見解は現在一般的とはいえないとした。しか

し,司法精神医学に携わる医師の間でも,価値論が一般的とは捉えられてはい

ない19)。また,一般的とはどのようなことを言うのであろうか。一般的でな

ければ責任能力の鑑定として排斥すべき見解となるのであろうか。一般的でな

くても合理的であれば排斥できないのではないだろうか。ICDや DSMといっ

た操作的診断が主流となった現在でも,その診断基準に該当することがすなわ

ち責任能力の生物学的要素としての精神障害の要件を充たすことにはならな

い20)。精神障害の存否やその程度の判断に当たっては,従来の狭い病的概念

の助けを借りることもあるのである21)。また,責任能力の判断に当たって,

生物学的要素と心理学的要素のうち,生物学的要素に重きを置くという立場を

否定する合理的な理由はない22)。もちろん,わが国では責任能力判断に当た

っては,生物学的方法ではなく,混合的方法をとり,心理学的要素も判断しな

ければならず,また,責任能力は個別の犯行時の能力の判断であるから,それ

立教法学 第 87 号(2013)

278(9)

19)中谷陽二・岡田幸之・中島直・高岡健「座談会・裁判員裁判下の刑事精神鑑定はどうあるべ

きか」精神医療 66 号(2012 年)17 頁以下。

20)三好幹夫「責任能力の基礎となる考え方―平成 20 年判例に示唆を得て」新しい時代の刑事裁

判(原田國男判事退官記念論文集・2010 年)252 頁��。裁判官や精神医学者が協力して策定

したドイツの責任能力鑑定についての最少要件においても,精神障害の分類は,原則として,

DSM や ICD を用いることとしている。Boetticher, Nedopil, Bosinski, Sass, Mindestanforder-

ungen fuer Schuldfaehigkeit, NStZ 2005 S. 58. しかし,精神障害の程度については,ICD, DSM

への分類はそれのみでは障害の程度を示すものではなく,障害が非常に軽いとはいえないこと

を示すにすぎないとされている。S. 58. また,理由を示せば ICD, DSM 以外の分類を用いるこ

とも認められている。S. 60.

21)ドイツ刑法 20条,21条は責任能力の生物学的要素について,病的な精神障害,根深い意識

障害,精神遅滞,その他の重大な精神的変倚をあげているが,病的な精神障害の判断にあたっ

ては,身体的原因に基づくあるいは身体的原因が仮定される精神病を意味するとされている。

�野章五郎「精神医学の鑑定人による鑑定に対する要求 StGB§§ 20,63; 244Ⅳ 2」比較法

雑誌 42 巻�号(2008 年)259 頁。

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に影響を与え得る要素を全く考慮しないとすることはできない。この意味で,

両鑑定と同様の立場からの鑑定には,生物学的要素が重篤な場合に,健常人と

異ならない行動等があっても心神喪失とするのかについての説明が十分ではな

い場合も見かけられる23)。本件でも自首などについての両鑑定の説明は十分

とはいえない。しかし,最高裁判決が指摘するように,両鑑定は正常な精神作

用が存在することを考慮しても,精神障害の程度からして,その比重は非常に

小さいと考えたのであるから,自首などについても,同様に考えたのであろ

う。坂口鑑定は差戻し後控訴審で犯行後の事情を過度に考慮すべきではないと

しているのであって,全く考慮していないのではない。

� 精神障害の重篤性の評価

差戻し後控訴審判決がより問題視し,両鑑定に判断の誤りがあると考えてい

るのは生物学的要素の統合失調症の症状の重篤性の判断である。とりわけ,

「本件被告人の病型は妄想型であって,既述のように,強い幻覚,妄想状態が

発現し,その影響下で本件犯行に及んだとする場合に,その直後あるいは程な

くして正常に戻ることは,そもそも臨床的にも考え難い」とする。妄想型統合

失調症の急性増悪期の妄想状態ではないということである。両鑑定が精神障害

の重篤性の程度の判断を誤ったとすると,それは,ひいては,自首や犯行後の

状況などの要素の評価にも影響を与えることになる。

ただ,従来の裁判例では,例えば,統合失調症に罹患し,幻聴と関係被害妄

想に支配されて,妻と情交関係にあった男を殺害した事案においても,犯行直

後に警察署に自首したとしても心神喪失を認めている24)。

責任能力判断と精神鑑定(林 美月子)

277(10)

22)浅田教授は,鑑定結果を不可知論的であるということだけで否定することに疑問を示される。

浅田和茂「一 責任能力判断の前提となる精神障害の有無及び程度並びにこれが心理学的要素

に与えた影響の有無及び程度について,精神医学者の鑑定意見等が証拠となっている場合にお

ける,裁判所の判断の在り方 二 統合失調症による幻覚妄想の強い影響下で行われた行為に

ついて,正常な判断能力を備えていたとうかがわせる事情があるからといって,そのことのみ

によって被告人が心神耗弱にとどまっていたと認めるのは困難とされた事例」判例評論 610 号

(判時 2054 号・2009 年)189 頁。岡田教授は,本件は可知論と不可知論の両方向からのアプロ

ーチがちょうど突き当たる場所がはっきりと出たケースであるとされる。山口厚・佐伯仁志・

橋爪隆・井田良・今井猛嘉・岡田幸之・河本雅也・座談会「責任能力」(第�回現代刑事法研究

会)ジュリスト 1391 号(2009 年)104 頁。

23)前述の最高裁昭和 59 年決定の差戻し後控訴審判決も心神喪失とする武村鑑定は統合失調症は

原則として責任無能力とする立場のものであるとして排斥している。高松高判昭和 58 年 11 月

�日刑集 38 巻号 2790 頁。

Page 11: 責任能力判断と精神鑑定 - 立教大学 · 2015-09-01 · )前田巌「 責任能力判断の前提となる精神障害の有無及び程度並びにこれが心理学的要素に

この点は,近時では,大阪地判平成 19年�月 28日判タ 1278号 334頁で詳

しく示されている。統合失調症の幻聴に支配された殺人であるが,この事件で

も,本件の自首と同様に,犯行後の母や妹への謝罪といった事情がある。とす

ると,犯行直後に現実を認識した行動をしているので犯行時に重篤な状態では

ないことになるのであろうか。鑑定は,幻覚,妄想は,24時間続いているわ

けではないので,犯行の最中は病的世界に支配されていたからと言って,その

直前直後,ずっと支配され続けているわけではないとしている。また「大きな

事件を起こしてしまった後で,少しはっと気がつき,少し言い訳しようと心理

が働くのは,当然あり得る話であり,それと犯行時の判断能力なりとは別であ

る。」「幻覚,妄想の中で,ひどい事態を引き起こしても,その直後から,しば

らくしたら,少しは落ち着いたり,(現実が)見えることは,臨床的にしばし

ばある話で,それが,幻覚,妄想の中に正常な判断力が残っていた証拠となる

わけでは全くない」としている。この鑑定に依拠して心神喪失とした大阪地裁

判決は控訴審でも是認されているのである25)。

最高裁判決は本件犯行を急性に増悪した統合失調症による幻聴,幻視,作為

体験のかなり強い影響下での犯行,少なくともこれに動機づけられて敢行した

犯行,病的異常体験のただ中での犯行と捉えている。

差戻し後控訴審判決も,動機の了解不可能性は認めている。本件は病的異常

体験のただなかでの犯行である。まず,動機は幻覚・妄想に基づくものであ

る。本件の被害者の店を被告人は犯行の 10 年以上前に辞めている。勤めてい

た時もほとんど接点はなく,被害者との間にトラブルもほとんどない。差戻し

後控訴審判決は,被告人は幻聴等が頻繁に現れる中で,訂正が不可能又は極め

て困難な妄想に導かれて動機を形成し,被害者に対する葛藤は全く現実的基盤

を持たないのであり,動機は了解不可能であるとし,動機は了解可能とする差

戻し前控訴審判決を論駁している。差戻し後控訴審判決も,本犯行が病的異常

体験のただ中での犯行であることも認めているのである。仮に,妄想状態が急

性増悪期のものでないとしても,動機の了解不可能性,病的異常体験のただ中

での犯行ということから,生物学的要素の重篤性,その心理学的要素への影響

を導き出す方向も探るべきであったように思われる。

立教法学 第 87 号(2013)

276(11)

24)広島高判昭和 45 年 11 月 24 日判タ 261 号 358 頁。

25)大阪高判平成 20 年�月 24 日 TKC25420384。

Page 12: 責任能力判断と精神鑑定 - 立教大学 · 2015-09-01 · )前田巌「 責任能力判断の前提となる精神障害の有無及び程度並びにこれが心理学的要素に

� 二重見当識という概念の用い方

それでは,このように,動機が了解不可能な病的異常体験中の犯行と二重見

当識はどのような関係にあるのであろうか。二重見当識については,妄想等に

よる誤った見当識と正しい現実的な見当識の併存をいうようであり26),たし

かに,坂口,深津両鑑定の概念の用い方が適切かは疑問の余地がある。差戻し

後控訴審判決の指摘するように,病的な体験と正常な精神作用が色々なバラン

スで総合的に現れるということを意味するだけで,静的な状態説明概念にすぎ

ない。

したがって,この静的状態についてどのように考えるかが問題となる。両鑑

定は,生物学的要素を重篤なものと考えて,一見健常に見える点があっても,

心神喪失であることは否定されないということを指摘したものと解することも

できる。最高裁判決はそのように捉えていた。この立場が,二重見当識という

用語の使用法の不正確性から直ちに排斥されるものかには疑問がある。

前述の,大阪地判平成 19年�月 28日判タ 1278号 334頁では,この点につ

いても問題となり,鑑定が詳しく論じている。統合失調症を患う被告人が,犯

行当日まで新聞配達の仕事をしていたことや,犯行前には特別問題を起こして

おらず,合目的犯行態様,母と妹の殺害は思いとどまったという殺害の対象の

選択,犯行後に母と妹に犯行について謝罪していること等の一見すると責任能

力の存在をうかがわせる事情が存在した。鑑定は,対象の選択は非常に原始的

なレヴェルであり「家族を対象としなかったのは,被告人にとっては,家族の

みが情緒的な対人交流の相手であり,かつ家族への愛情を持ち続けていたこと

が,情緒の激しい動揺,衝動性,攻撃性などをかろうじて沈静化したのではな

いか。一部にせよ,自由な意思が残っていたから対象選択をしたという考え

は,誤りであろう」とした。犯行態様の合目的性については,犯行態様に合目

的性があると言うなら殺害に刃物を選択すれば責任能力は常に認められてしま

うこと,幻覚,妄想は,24時間続いているわけではないので,犯行の最中は

病的世界に支配されていたからと言って,その直前直後,ずっと支配され続け

ているわけではないとした。判決も,被告人が一見して殺害という目的に沿っ

た行動をとったこと,犯行前の生活状況や犯行後の行動に,通常人と異ならな

い部分が存在することは,被告人に犯行時是非善悪の判断能力や行動制御能力

責任能力判断と精神鑑定(林 美月子)

275(12)

26)加藤正明ほか編・精神医学事典(新版,1993 年)600 頁以下,安田拓人「責任能力の法的判

断」刑事法ジャーナル 14 号(2009 年)98 頁。

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があったことを示すものではないとした。控訴審判決も心神喪失とする原判決

を正当とした27)。

総合判断の中でも精神障害の種類・程度は決定的重要性を持ち28),その他

の事項はその病状との関連の中で意味づけが判断されねばならない。このこと

は本件最高裁判決が示したところである29)。差戻し後控訴審判決の言うよう

に,本件の生物学的要素である統合失調症の重篤性はそれほど強いものではな

かったとすると,通常人と異ならない要素の比重は高く考慮されることになろ

う。但し,それはあくまで,精神医学的見地からの基礎を以って判断されなけ

ればならない。本最高裁判決の意義はまさにこの点を精神医学的な証拠を重視

して判断すべきとしたことにある。差戻し後控訴審判決は,岡田幸之医師及び

五十嵐禎人医師の見解に依拠して,重篤な妄想状態であれば犯行後に直ちに自

首する等の行為は見られないはずであるとして,本件妄想状態の程度は重篤で

はないとしている。たしかに,上記の大阪地判の事案の被告人は殺人を命じる

幻聴に従って行動したのであり,統合失調症の程度は本件の被告人の統合失調

症の程度よりも重いとも考えられる。

しかし,本件の被告人の統合失調症についても,差戻し後控訴審判決も動機

の了解不可能性及び病的体験のただ中での犯行であることは認めているのであ

り,軽いものとは考えられていない。そうだとすれば,前述の大阪地裁判決の

鑑定の見解も考慮すると,この点についての精神医学的説明をなお求めてから

判断すべきであったように思われる。そうでないと,最高裁が破棄した控訴審

判決と動機の了解可能性以外の点では異ならない判決を差戻し後控訴審判決は

下したことになってしまうように思われる。犯行後の合理的な行為でも精神障

害の支配の下,あるいは圧倒的影響下で行われた可能性もあるのであり,その

合理的な疑いがあるかを,まさに,精神科医の意見を聞いて判断しなければな

らないのである30)。本件においても,過去に犯行を思い止まったことがある

ことや自首を切り分けるのではなく,行為の総体について,疾患の重篤性を判

断すべきである31)。

立教法学 第 87 号(2013)

274(13)

27)大阪高判平成 20 年�月 24 日 TKC25420384。

28)松藤和博「責任能力(�)―統合失調症」小林充・植村立郎編・刑事事実認定重要判決 50 選

(上)(補訂版・2008 年)95 頁。

29)前田・前掲論文・ジュリスト 1367 号 117 頁。

30)河本判事の座談会における発言参照。山口厚・佐伯仁志・橋爪隆・井田良・今井猛嘉・岡田

幸之・河本雅也・前掲座談会「責任能力」104 頁。

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� ま と め

差戻し後控訴審判決は,総合判断の意義について,とくに裁判員制度を念頭

に置いて,責任能力は一般人の納得性を考えて規範的にとらえるべきとの前提

から,その中で様々な考慮要素を取り上げるべきとする。

このような前提から,最高裁判決の意義のうち,生物学的要素を重視する鑑

定の許容を否定し,それに伴って,精神鑑定が排斥される合理的理由がある場

合を広く解釈することによって精神鑑定の尊重の意義を限定した。

具体的には,生物学的要素の重篤性を重視して,病状から心理学的要素や精

神障害の犯行への影響を判断し,一見健常人と異ならない事情を精神医学的鑑

定という証拠に基づいて意味づけするという最高裁判決から離れてしまった。

さらに,責任能力の実質的欠如によって責任無能力とする本件最高裁判決の

考え方についても,周囲の状況を全く認識できないほどではなかったから,被

告人の精神症状は「重篤で正常な精神作用が残されていない」ということはで

きず,「善悪の判断能力及びその判断に従って行動する能力は,全くない状態

ではなかったと認められ」心神喪失ではないとした。責任無能力とするには弁

識能力を全く欠く必要があると判断しているのである。

なお,この差戻し後控訴審判決は,判決からおよそ�年半を経た後,平成

23年 11 月 28日に最高裁の上告棄却決定があり,12 月�日に確定した。

Ⅳ 最高裁平成 21 年 12 月�日決定の意義

最高裁はその後,最高裁平成 20 年�月 25 日判決の差戻し後控訴審判決をさ

らに一歩を進める形で,判断を下した。

事案は,統合失調症の疑いと診断され,措置入院となるといった病歴を持つ

被告人が,精神状態が悪化し,隣家に住む本件被害者の長男が盗聴し,家の中

をのぞきに来ているなどと言い出し,被害者方の家族から嫌がらせを受けてい

ると思い込んで,無断で被害者方�階に上がり込んだり,被害者方の玄関ドア

を金属バットでたたいたりし,警察官の聴取を受ける等したが,再度被害者宅

責任能力判断と精神鑑定(林 美月子)

273(14)

31)吉岡隆一「裁判員制度と責任能力―平成 19 年度司法研究『難解な法律概念と裁判員裁判』の

検討―」法と精神医療 25 号(2010 年)16 頁以下。とくに 29 頁,41 頁,43 頁。吉岡医師は旧

来の不可知論的な診断論を否定され,他方で,個々的な症状に重きを置く症状論ではなく,症

状よりも精神状態総体と行為の関連を問う正当な診断論=個別的具体的相対的な精神障害の評

価を唱えられる。

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に入り,被害者をナイフで刺殺し,その長男に傷害を負わせたものである。

捜査段階での中山鑑定は被告人は統合失調型障害で,心神耗弱とみることに

異議は述べないとした。

第一審判決は,完全責任能力を認め,懲役 18年を言い渡した。

原審での佐藤鑑定は,被告人は統合失調症で,犯行時には一過性に急性増悪

しており,本件犯行は統合失調症の病的体験に直接支配されて引き起こされた

もので,是非弁別能力及び行動制御能力をいずれも喪失していたとした。

原判決は,被告人は心神耗弱の状態にあったとして,第一審判決を事実誤認

を理由に破棄し,被告人に対し懲役 12 年を言い渡した。佐藤鑑定により,被

告人は本件犯行当時,統合失調症に罹患していたと認められるが,諸事情を総

合考慮すると,本件犯行は暴力容認的な被告人の本来の人格傾向から全くかい

離したものではなく「その病的体験と上記のような被告人の人格傾向に,以前

に警察を呼ぶなどした被害者方に対する怒りが加わり,本件犯行に及んだもの

であって」心神耗弱の状態にあったとした。

最高裁はこの原判決を是認した。その意義は次のようにまとめることができ

る。

� 鑑定の尊重の例外の範囲

本決定は「専門家たる精神医学者の精神鑑定等が証拠となっている場合にお

いても,鑑定の前提条件に問題があるなど,合理的な事情が認められれば,裁

判所は,その意見を採用せずに,責任能力の有無・程度について,被告人の犯

行当時の病状,犯行前の生活状態,犯行の動機・態様等を総合して判定するこ

とができる」とする。最高裁平成 20 年�月 25 日判決は専門家である精神医学

者の意見が鑑定等として証拠となっている場合には,鑑定人の公正さや能力に

疑いが生じたり,鑑定の前提条件に問題があったりして,採用しえない合理的

事情がない限り,その意見を十分尊重して責任能力判断をすべきであるとして

いた。本最高裁決定は本件がこの鑑定を採用しない合理的事情が存在する場合

であるとする。すなわち,原審は,佐藤鑑定は情況を正しく認識していること

をうかがわせる犯行前後の言動の検討,犯行の直前・直後には症状が改善して

いるように見えるのに犯行時に妄想が増悪して犯行を直接支配したとの機序,

幻覚妄想の内容の切迫性等についての説明が明らかではないとしていたのであ

り,最高裁は,これを鑑定の前提資料や推論過程に問題のある場合として,鑑

定を尊重しなくてよい場合としたのである。

立教法学 第 87 号(2013)

272(15)

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しかし,最高裁平成 20 年�月 25 日判決が鑑定を尊重しなくてよい場合とし

てあげた場合は,より限定的なものである。本決定は上記鑑定の意見部分以外

の点では佐藤鑑定等をも参考にしつつ責任能力を判断しているのであるから,

鑑定人の能力や前提条件に問題がある場合とは言えない。前提資料や推論過程

に疑義がある場合にはまず,公判で説明を求め,それでも十分な説明がなされ

ない場合でも,それが,鑑定人の能力や前提条件に問題がある場合と同程度に

不合理な場合にはじめて採用できないのである。最高裁平成 20 年�月 25 日判

決は鑑定の内容が裁判所の判断と異なる場合に尊重しなくてよいとしているの

ではない32)。

最高裁平成 20 年�月 25 日判決は坂口,深津両鑑定について前提資料も推論

過程にも重大な欠落はなく,高い信用性があるとしていた。差戻し後控訴審判

決は,犯行後の正常な判断能力を備えていたとみられる事情を考慮していない

として,両鑑定には推論過程と信用性に大きな問題があるとした。両鑑定は分

析・推論過程が生物学的要素に偏りすぎているともしている。しかし,すでに

述べたように,両鑑定は犯行後の事情を全く度外視しているのではない。ま

た,生物学的要素を重視する立場が精神医学として欠陥があるものでもない。

このような立場からの鑑定の説明が十分でない場合もある。鑑定人は鑑定書に

おいて十分説明すべきであるし,裁判官,裁判員も公判で納得のいくまで説明

を求めるべきである33)。すでに述べたように,この立場からの鑑定を前提資

料や推論過程に問題があるとすると,精神鑑定が病的な部分と犯行の関連性を

重視する場合には排斥され,正常と見られる部分と犯行との関係を重視する鑑

定のみが採用されることになってしまう34)。

責任能力判断と精神鑑定(林 美月子)

271(16)

32)これに対して,三好判事は,最高裁平成 20 年判決は,最高裁昭和 58 年月 13 日判決(裁判

集刑事 232 号 95 頁)が,裁判所が鑑定内容に拘束されることなく責任能力を判断でき,精神医

学に対して裁判所がオールマイティであるかのような読み方をされるおそれがあったので,そ

れを限定して拡張的解釈の余地を封じたものとされ,それまでの最高裁判例と基本的には異な

らないとされる。三好・前掲論文 261 頁,262 頁。

33)最高裁平成 20 年�月 25 日判決の差戻し後控訴審では,坂口鑑定人は被告人の統合失調症を

当初の破瓜妄想型から破瓜型に訂正している。

34)安田拓人「法的判断としての責任能力判断の事実的基礎」町野朔他編・刑法と刑事政策と福

祉(2011 年)49 頁は,病的な部分と犯行の関連性を重視する精神鑑定はわが国の判例理論を前

提とすると,精神鑑定としては役割を果たしていないとされる。

大阪刑事実務研究会も可知論的な鑑定を前提としているといえるが,了解可能と思われる犯

行であっても,精神障害が出発点として動機が形成されているような場合に精神医学的に機序

を説明することは精神医学者の本分であるともする。大阪刑事実務研究会「責任能力 1(5)」判

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� 鑑定の排斥と再鑑定

上記のように鑑定を排斥した上で,次に,本最高裁決定は裁判所は再鑑定を

経ずに,責任能力判断ができるとする。このことは「裁判所は,特定の精神鑑

定の意見の一部を採用した場合においても,責任能力の有無・程度について,

当該意見の他の部分に事実上拘束されることなく,上記事情等を総合して判定

することができるというべきである」とすることから明らかである。具体的に

は原判決が,佐藤鑑定について,本件犯行時に一過性に増悪した幻覚妄想が本

件犯行を直接支配して引き起こさせたという機序について十分納得できる説明

がされていないとして犯行時に心神喪失の状態にあったとする意見は採用せず

「責任能力の有無・程度については,上記意見部分以外の点では佐藤鑑定等を

も参考にしつつ,犯行当時の病状,幻覚妄想の内容,被告人の本件犯行前後の

言動や犯行動機,従前の生活状態から推認される被告人の人格傾向等を総合考

慮して,病的体験が犯行を直接支配する関係にあったのか,あるいは影響を及

ぼす程度の関係であったのかなど統合失調症による病的体験と犯行との関係,

被告人の本来の人格傾向と犯行との関連性の程度等を検討し」心神耗弱の状態

にあったと認定したのは,その判断手法に誤りはないというのである。

しかし,仮に鑑定を尊重しないことが合理的な例外的場合であったとして

も,統合失調症の病的体験と犯行との関係や,被告人の本来の人格傾向と犯行

との関連性の程度を精神医学の助けなしに,原審が裁判所のみで判断し,最高

裁がその手法を是認している点には疑問がある35)。これはまさに最高裁平成

20 年判決のいう精神医学の本分とされる分野の問題であり,再鑑定が必要な

のではないだろうか36)。精神障害の症状や機序について鑑定に矛盾があるか

は本来は,精神医学の知見がなければ判断できない。機序についての再鑑定を

不要としたことは,その機序についての精神医学的経験的判断に基づく知見を

基礎としなくても,裁判所は他の証拠等37)の総合判断によって,規範的に責

立教法学 第 87 号(2013)

270(17)

タ 1377 号(2012 年)47 頁。

35)嘉門優「精神鑑定の拘束力」TKCローライブラリー速報判例解説刑法No.46(LEX/DB文献

番号 25441522)。

36)安田・前掲「法的判断としての責任能力判断の事実的基礎」50 頁も,本決定の言う幻覚妄想

による犯行の直接支配の「機序」について依拠しうる鑑定が存在しないまま責任能力を判断し

たことに疑問を示される。さらに,�野・前掲論文 268 頁参照。なお,ドイツ刑事訴訟法 244

条 4項では,再度の鑑定人尋問は先の鑑定人の知識に疑いのあるとき,先の鑑定が不適切な事

実上の前提に基づいているとき,鑑定に矛盾があるとき,新たな鑑定人がよりすぐれた調査手

段を用いることができる場合には却下できないとする。

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任能力を判断できると考えていることを示している。まさに,鑑定の内容の妥

当性は,鑑定それ自体の妥当性によってではなく,裁判所の総合判断と相容れ

るかによって決定されるのである38)。

� 病的体験の支配と人格

総合判断の枠組みについても,本最高裁決定はさらに,従来の総合判断を維

持しながら,その内容を具体化している。犯行当時の病状,幻覚妄想の内容,

被告人の本件犯行前後の言動や犯行動機,従前の生活状態から推認される被告

人の人格傾向等を総合考慮して,病的体験が犯行を直接支配する関係にあった

のか,あるいは影響を及ぼす程度の関係であったのかなど統合失調症による病

的体験と犯行との関係,被告人の本来の人格傾向と犯行との関連性の程度等を

検討するとしている。病的体験が犯行を直接支配する関係にあったのかという

判断方法は新たに示されたものである。また,従来の総合判断には被告人の人

格傾向は少なくとも明示的には入っていなかったのであって,人格と犯行の関

連性による判断方法も新たに示されたものである39)。

裁判員制度との関係で,司法研究は従来の判例をもとに,犯行が妄想に直接

支配されていたか否かが問題となる事案では「精神障害のためにその犯罪を犯

したのか,もともとの人格に基づく判断によって犯したのか」という視点で検

討することを提案している40)。すなわち,本最高裁決定は,平成 20 年�月 25

責任能力判断と精神鑑定(林 美月子)

269(18)

37)山口雅高「責任能力の認定手法に関する試論」現代刑事法の諸問題第�巻(植村立郎判事退

官記念論文集・2011 年)408 頁。

38)三好判事は,鑑定を尊重されるが,他方で,病気の程度の重篤性や,幻覚妄想に直接支配さ

れているとの精神鑑定があっても,その鑑定自体の正当性を検証するには総合判断の手法を用

いるしかないとされる。三好・前掲論文 264 頁。

39)拙稿「精神鑑定の意見の一部採用と責任能力の有無・程度の判定」平成 22 年度重要判例解説

(2011 年)202 頁以下,拙稿「精神鑑定の意見の一部採用と責任能力の有無・程度の判定」論究

ジュリスト�号(2012 年)258 頁以下。

40)司法研修所編・難解な法律概念と裁判員裁判(2009 年)32 頁以下。中川武隆「被告人が心神

喪失の状態にあったとする精神鑑定の意見を採用せず,総合判断により,被告人が心神耗弱の

状態にあったと認定した原判断手法に誤りがないとされた事例」刑事法ジャーナル 23 号(2010

年)96 頁は,本判決は,裁判員裁判を念頭に置いて,まず,裁判官に向けられた具体的指針な

いし準則としてその意義は非常に大きいとされる。町野教授は,本決定は最高裁平成 20 年�月

25 日判決の差戻し後控訴審判決が示す過度の可知論にミニコンヴェンツィオンによって歯止め

をかけたものと理解される。町野朔「刑事責任能力論の現段階」司法精神医学�巻�号(2012

年)71 頁以下。

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日判決の鑑定尊重の立場を限定して,裁判員裁判での裁判員への説明に沿うよ

うな方向を模索しているように思われるのである。裁判員には従来の総合判断

の枠組みも理解が難しく,事例毎にポイントとなる点だけを説明する方が裁判

員にわかりやすいという考慮による41)。しかし,なぜ精神障害と犯行の関係

ではなく,特定の症状と犯行の関係を問うべきなのか疑問がある42)。責任能

力は精神障害の弁識能力・制御能力への影響を問うものであるからである。妄

想の内容が直接に犯行に関係するものではなく,命令性の幻聴等がなくとも,

統合失調症の急性期で,疾患に著しく影響された精神状態での犯行であれば心

神喪失とされるのである43)。

また,人格との関係については,統合失調症では様々な症状から暴力的にな

る場合もあり,すでに発症していて暴力的なのか,もともとの人格が暴力的な

のか判断が難しい場合もある。このことは,統合失調症の場合には本来の人格

自体が変容してしまっているので比較は不可能ではないかとの疑問にもつなが

る44)。また,本件の被告人の従前の暴力傾向はどのようなものであるのか,

暴力傾向があれば本来認められるはずの責任無能力が認められない場合もある

のか,そのようなことが正当化される理由は何か,先に解決すべき問題があ

る。

Ⅴ 総合判断と精神鑑定

以上に検討したように,最高裁平成 20 年�月 25 日判決の精神鑑定の尊重や

病状に重きを置く立場にもかかわらず,判例は,結局,最高裁昭和 59年決定

が示した総合判断,病状もその他の諸要素と同列に扱う総合判断に戻ってしま

った。

立教法学 第 87 号(2013)

268(19)

41)もっとも,裁判員裁判実施後の裁判員裁判対象事件の責任能力判断では,多くの判決は従来

の総合判断の方式が採用されており,本判決の示すような方式によるものは比較的少ないよう

である。田岡直博「裁判員裁判における責任能力判断」刑事弁護 69 号(2012 年)59 頁以下。

42)吉岡・前掲論文 16 頁以下。

43)神戸地裁尼崎支部判平成 22 年�月 19 日判タ 1360 号 246 頁。さらに,慢性期の統合失調症に

ついて,心神耗弱とした原判決を破棄して,無罪とした判例として,福岡高判平成 23 年 10 月

18 日 TKC25443957。

44)浅田・前掲論文 189 頁。さらに,もともとの人格による犯行かを問うことについて,行為責

任との抵触,立証の問題等も指摘されている。大阪刑事実務研究会「責任能力�(�)」判タ

1375 号(2012 年)89 頁,90 頁。

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さて,最高裁が昭和 59年決定によって責任能力は総合判断であるとしてか

らは,判例は犯行方法や自首の存在,逡巡等の要素を重視して責任能力判断を

行うようになったことは精神医学者の研究でも明らかにされており,精神医学

の側からは,精神鑑定にあたってはそれらの要素の精神医学的意味についても

説明すべきであるとされているのである。

大澤達哉教授は,平成�年以降 10 年間に責任能力について公判鑑定が行わ

れ刑が確定した裁判例 50例の鑑定書 71例と裁判書 64 例を分析された45)。ま

ず,精神医学的診断に関しては,57 例(89.1%)で,裁判官は鑑定人の診断を

採用しており,診断を否定する場合も他の鑑定書又は精神科医の意見書によっ

ていた。これに対して,責任能力判断については,鑑定人と裁判官で判断が一

致したものは 40例(56.3%)であった。鑑定書の判断にかかわらず裁判官が

独自に判断していたものは 31例(48.4%)である。判断の差は,鑑定人と裁

判官が責任能力をどのような要素に基づいて判断しているかによる。指摘され

たのは,裁判官は鑑定人よりも犯行状況要素を検討する頻度が高いことであ

る。すなわち,逡巡・躊躇,方法・手段,通報・自首,隠滅・逃走,犯行前行

動,犯行中行動,犯行後行動,犯行後心理状態,供述状況,記憶障害等であ

る。このうち,とくに,記憶障害は高度の精神医学的診断が必要であるにもか

かわらず,裁判官が独自に判断しているものが多かった。大澤教授は,鑑定人

は,従来は精神医学的因子に依拠して責任能力を判断してきたが,裁判官の重

視する犯行状況因子46)についても精神医学的に検討し,より正確な責任能力

判断に寄与すべきとされるのである。

また,刑事精神鑑定の標準化を目的とした厚生労働科学研究の成果である,

刑事責任能力に関する鑑定書作成の手引き47)では,責任能力を考察する上で

有用な着目点として,最高裁昭和 59年決定で総合評価に挙げられた要素及び

精神科医が注目していた要素を合わせて,�つの責任能力評価の着眼点が示さ

れている。すなわち,A犯行前の精神状態と行動(①動機の了解可能性/不能

性,②犯行の計画性,③行為の意味・性質,反道徳性,違法性の認識,④精神障害

による免責可能性の認識),B犯行時の精神状態と行動(⑤犯行の人格異質性,⑥

犯行の一貫性・合目的性),C犯行後の精神状態と行動(⑦犯行後の自己防御・危

責任能力判断と精神鑑定(林 美月子)

267(20)

45)大澤達哉「鑑定人および裁判官の刑事責任能力に関わる要因の研究―裁判所等を通して実施

した全国 50 例の関係記録の分析より―」精神神経学雑誌 109 巻 12 号(2007 年)1100-1120 頁。

46)これは刑事事件を評価する際の一般的事項であるとされる。大澤・前掲論文 1112 頁。

Page 21: 責任能力判断と精神鑑定 - 立教大学 · 2015-09-01 · )前田巌「 責任能力判断の前提となる精神障害の有無及び程度並びにこれが心理学的要素に

険回避行動)をあげている。

これらの要素は,精神医学的知識・診断を基に判断されるべきものといえ

る。このことは,例えば,③行為の意味・性質,反道徳性,違法性の認識につ

いて,殺人一般に対して持っている善悪の判断と自己が行った殺人についての

立教法学 第 87 号(2013)

266(21)

47)岡田幸之他「刑事精神鑑定書の書き方―『刑事責任能力に関する鑑定書作成の手引き』の開

発―」精神科治療学 23 巻�号(2008 年)370 頁。総括版では,この�項目は評価基準ではな

く,着眼点,参考であるとされることになった。責任能力に関する鑑定書作成の手引き(平成

18− 20 年度総括版)http://www.ncnp.go.jp/nimh/shihou/kantei/tebiki40.pdf なお,岡田教授

は精神鑑定や責任能力判断の問題は精神医学の中心的課題ではなく,ごく一部の専門領域で扱

われているにすぎないとされ,法曹は,精神医学的に見た合理性を確認しつつ,より主体的に,

責任を持って判断すべきとされる。岡田幸之「刑事責任能力と精神鑑定―精神医学と法学の再

出発」ジュリスト 1391 号(2009 年)87 頁。

ドイツでも 2005 年に,連邦最高裁判所の裁判官をはじめとする法律家,Sass, Nedopil, Kroe-

ber といった司法精神科医,司法心理学者等が共同して,責任能力鑑定についての最少要件を

策定した。Boetticher, Nedopil, Bosinski, Sass, Mindestanforderungen fuer Schuldfaehigkeit,

NStZ 2005 S. 58. なお,その後,再犯予測を含む危険性の判断についても最少要件が示された。

Boetticher, Kroeber, Mueller-Isberner, Boehm, Mueller-Metz, Wolf, Mindestanforderungen bei

Prognosegutachten, NStZ 2006, S.537ff. この最少要件の紹介として山中友里「ドイツにおける

責任能力鑑定と触法精神障害者の処遇―人格障害者対策を中心に―」中谷陽二編・責任能力の

現在―法と精神医学の交錯―(2009 年)261 頁以下。

注目されるのは,精神障害の分類については,原則として,精神障害の国際分類である

ICD,精神障害の診断的統計的操作基準である DSMを用いるとしていること,どのような事

実(証言,捜査等),検査や専門的思考モデルを基礎に結論を導いたのかを明らかにする必要が

あること,診断された精神障害がもたらす機能障害の説明,この機能障害の犯行時の影響と程

度,精神医学的診断の生物学的要件への当てはめ,障害の程度の評価の透明性のある説明,弁

識能力と制御能力を区別した上での行為に関係する機能障害,異なる判断の可能性の説明が求

められていることである。

例えば,統合失調症の病理,そのような病理では思考能力がどのように害されるのか,また,

どのような確率でそのようなことが言えるのかを裁判官に伝えることになる。精神医学的経験

やデータに基づいて,一般的に一定の精神障害からどのような機能障害が生じるかというだけ

でなく,その行為者にどのような機能障害が生じているかが説明されねばならない。例えば,

ブロイラーは統合失調症の主症状としてAmbivalenzを重視したが,そのような病理によって

思考が障害されることについて説明されることになる。そして,精神障害と犯行の関係及び機

能障害の犯行への影響については,まさにAmbivalenzという症状を回避するための行動であ

るときは影響が強いといえる。しかし,これも過去の統合失調症患者について,経験的データ

からどのような場合にどのような犯罪行為が行われるかを基礎に判断されるべきである。した

がって,データからははっきりしない場合には,異なる判断の可能性,判断が困難な点の指摘

とそのような判断の困難さからもたらされる結論をはっきり裁判官に伝えなければならないこ

とになる。統合失調症の判断例に関しては,2007 年 12 月 15 日に東京医科歯科大学で開催され

た第 254 回司法精神医学懇話会での Nedopil 教授の講演,Schuldfaehigkeit und Risikoeins-

chaetzung bei psychotischen Patienten in Deutschland の当日の口頭説明を参考とした。

Page 22: 責任能力判断と精神鑑定 - 立教大学 · 2015-09-01 · )前田巌「 責任能力判断の前提となる精神障害の有無及び程度並びにこれが心理学的要素に

判断には乖離があることに注意すべきであることや,⑥犯行の一貫性・合目的

性に関して,短期的な視点と長期的視点に分けて論ずる方が良い場合もあるこ

とが指摘されていることからも明らかであろう。

これら�つの要素は精神病の種類・程度と関連付けて総合的に判断されなけ

ればならない。精神障害の種類によって,例えば,統合失調症とうつ病や発達

障害とではこれらの要素の意味付けが異なる48)。さらに,統合失調症におい

ても,妄想型統合失調症では,犯行の計画性,一貫性,合目的性が認められや

すいが,弁識能力や制御能力が保たれているとは言えず,精神症状によって形

成された動機の了解不可能性を重視すべきである。破瓜型では,動機は了解可

能であるとしても,犯行の計画性,一貫性,合目的性が欠如していることもあ

る。また,統合失調症の急性期でも,多くは常識的な犯行の違法性・反道徳性

の認識が認められる。もっとも,当該犯行についての違法性の認識に欠けるこ

とが多いとされる49)。

しかし,このように,精神医学の側で,最高裁の総合判断に用いられる要素

をあらかじめ判断することは,精神医学が規範的判断を行う危険性を孕んでい

る。あるいは,犯行状況要素を責任能力判断に積極的に取り入れることにな

る。最高裁平成 20 年判決の差戻し後控訴審判決においても,五十嵐禎人医師

は「責任能力の判断の基礎に,当該被告人の行動が一般人の観点から見て特異

であるかという点は,可知論的考え方によれば,当然判断要素に入れるという

のが主流であって,それを考慮しないというのは一般的な考え方とは言えな

い」とされている。しかし,これは,精神医学的見地から,一般人の観点から

特異と見えることあるいは見えないことをどのように責任能力判断に取り入れ

るかを検討することを越えて理解される懸念がある。一般人に特異に見えない

ことはそのまま責任能力肯定の要素とされかねない。差戻し後控訴審判決は,

鑑定意見をいわば素人としての知見等で評価することは慎重であるべきとしな

がら,責任能力は犯人に対する非難可能性であり,この非難可能性について

は,共同社会あるいは一般人の納得性を考えて,規範的に捉えるべきものであ

るとする。総合的判断手法は裁判員の疑問に答え,その率直な意見や感覚を引

き出すことにもつながるとする。精神鑑定書作成の手引きもこのような視点か

責任能力判断と精神鑑定(林 美月子)

265(22)

48)田口寿子「気分障害(うつ病)」五十嵐禎人編・刑事精神鑑定のすべて(2008 年)102 頁以

下,安藤久美子「発達障害(Asperger)」五十嵐禎人編・刑事精神鑑定のすべて 160 頁以下。

49)平林直次「統合失調症(急性期)」五十嵐禎人編・刑事精神鑑定のすべて 78 頁以下。

Page 23: 責任能力判断と精神鑑定 - 立教大学 · 2015-09-01 · )前田巌「 責任能力判断の前提となる精神障害の有無及び程度並びにこれが心理学的要素に

ら意義があるとする。最高裁平成 20 年判決もそのような前提の上に立っての

判示であるとする。

これに対して,精神医学者からも,犯行後の自己防御的ないし危険回避的行

動といった要素の考慮は適用の行きすぎの危険が大きいとされている。鑑定自

体がこれらの要素を規範的にとらえることになれば,まさしく,判例のいう総

合判断は責任能力容認のための隠れ蓑になることに寄与してしまうであろ

う50)。この意味で,とくに,違法性の意識という評価項目は,事実ではなく,

規範的評価であり,鑑定人に対する「悪いことをした」といった被告人の陳述

を根拠に違法性の意識ありとされるのであれば,専門的知識を前提とした臨床

経験的事実とは異なるものが鑑定に混じり込むことになる51)。精神病理学的

に症状が重篤であっても,一般的には非難可能であろうとして,責任能力の判

断の基礎となる精神医学的症状を軽いものとして法律家に提示することは52),

精神鑑定の任務を超えるものである53)。

裁判官が責任能力判断を最終的に行うとしても,鑑定人も必要な知識を伝え

て,責任能力判断に協力することになる。責任能力が仮に規範的判断であると

しても,規範はつねに個々の事実との関係でのみ具体化されるのであり54),

鑑定人は責任能力がどのように害されているかについての事実を裁判官に伝え

なければならない。それは基本的には臨床経験との比較に基づくものであ

り55),裁判官が行う規範的判断であってはならない。司法精神医学は臨床経

験や専門知識によって精神障害の重篤さを中心に,心理学的要素への影響につ

いて確固とした診断を下すことがまさに,裁判官や裁判員の法律的判断に資す

るのである56)。

立教法学 第 87 号(2013)

264(23)

50)中田修「司法精神医学と患者の人権」こころの臨床 à・la・carte 28 巻�号(2009 年)471

頁。

51)吉岡・前掲論文 27 頁以下。

52)岡田幸之「責任能力論再考―操作的診断と可知的判断の適用の実際」精神神経学雑誌 107 巻

号(2005 年)920 頁。

53)町野朔「心神喪失・心神耗弱における心理学的要素」町野朔他編・刑法と刑事政策と福祉

(2011 年)頁。

54)Roessner, Strafprozessrecht, in: Kroeber, Doelling, Leygraf, Sass(Hrsg.), Handbuch der

Forensische Psychiatrie Band 1,2007, S. 405.

55)Schreiber, Rosenau, Die Kompetenzverteilung zwischen Richter und Sachverstaendigen bei

der Schuldfaehigkeitsbeurteilung , in: Venzlaff, Foerster, Psychiatrische Begutachtung, 5. Aufl.,

2009, S. 107. ドイツの責任能力に関する鑑定については,拙稿「責任能力と法律判断」松尾浩

也先生古稀祝賀論文集上巻(1998 年)318 頁以下参照。

Page 24: 責任能力判断と精神鑑定 - 立教大学 · 2015-09-01 · )前田巌「 責任能力判断の前提となる精神障害の有無及び程度並びにこれが心理学的要素に

上記の�項目は最高検察庁の精神鑑定書例にも取り入れられ,裁判員裁判で

の鑑定書の書式とされている57)。�つの項目は上記のように非常に注意して

検討しなければならないものであるにもかかわらず,あらかじめ精神科医が鑑

定の中で考慮しているとなると,裁判員にとっては大きな意味を持つことにな

る。非常に注意が必要である58)。

Ⅵ 限定責任能力と刑の減軽

わが国の判例は,責任無能力の判断をためらう傾向にある59)。最高裁平成

責任能力判断と精神鑑定(林 美月子)

263(24)

56)Roessner, a. a. O., S. 404. 中谷陽二「最高検察庁による精神鑑定書例に関する私見」精神神経

学雑誌 111 巻 11 号(2009 年)1367 頁参照。なお,鑑定人が事実に関する専門知識の伝達の中

で規範的判断を行う場合には,裁判官は優先的にそのような鑑定人に依頼する危険も指摘され

ている。

57)http://www.kensatsu.go.jp/saiban_in/kanteisho.htm 中谷教授は,医療観察法の鑑定で,体

系化された妄想からの殺人について,1 年前から殺意を抱き,被害者の居場所を突き止め,現

場を数回下見し,ビデオカメラで行動を事前調査し,犯行前夜から被害者の居宅前に車で潜み,

刺殺後,あらかじめ所在地を調べておいた警察に自首し,殺して当然だと主張して反省のない

事例では,犯行の計画性,行為の違法性の認識,犯行の一貫性・合目的性は存在することにな

るとして�項目に懸念を示される。中谷・前掲論文 1367 頁。

58)この�項目について,精神障害者の行動を正常心理の延長でしか捉えておらず,精神医学的

視点から乖離しているとするものとして,福井裕輝「弁護人の再鑑定請求が認められた事例・

協力医コメント」刑事弁護 69 号(2012 年)113 頁。また,�項目は厳罰主義的な思想に基づい

ているとして批判するものとして,吉岡和男「心神喪失のため不起訴となるも,医療観察法の

申立てが却下されたため起訴され心神耗弱が認定された事例・鑑定人コメント」刑事弁護 69 号

(2012 年)100 頁。

批判を受けて,�項目あるいは�つの着眼点作成に携わった岡田幸之教授も,改善を示唆さ

れるとともに,場合によっては取り下げることもありうるとされている。中谷陽二・岡田幸

之・中島直・高岡健・前掲「座談会」精神医療 66 号 26 頁。

高田医師は�つの着眼点が精神医学の射程を越えた判断であることと,犯行の了解性や一貫

性が過度に強調され,責任能力を認める方向へ結論が向かっていきやすいとし,裁判員には�

つの着眼点にとらわれない判断を求めている。高田知二・市民のための精神鑑定入門(2012

年)111 頁以下。

59)東京高判昭和 56 年�月 26 日東高時報 32 巻�号�頁,高松高判昭和 59 年 12 月�日判タ 545

号 305 頁等参照。

なお,比較のために,ドイツの責任能力判断について簡単に触れておこう。ドイツにおいて

も責任能力判断は法律判断であり,裁判所が決定すべき事柄である。したがって,鑑定に従う

場合も裁判官は自分で理由づけをしなければならない。不十分な鑑定にそのまま従うと,上級

審で破棄差戻しとされる。統合失調症を例にとると,病歴もあげていない鑑定にそのまま従っ

ている場合(BGH, Beshul. v. 14.09.2010-5StR229/10)や精神障害と行為の関係について全く簡

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立教法学 第 87 号(2013)

262(25)

単に述べる鑑定にそのまま従っている場合(BGH, Beshul. v. 18.05.2010-4StR169/10)である。

とくに,後者に関しては,次の事例が重要である。

公園でビールを飲む仲間に�カ月ほど前から被害者が加わった。被害者はひどく酔って暴れ

るので被告人は距離を置き,被害者がペッパースプレーで被告人を攻撃することを知ったのち

も同様にしていた。ある日,被害者がペッパースプレーで被告人を攻撃し,被告人は視力が

20%におち,さらに侮辱的な言動をされたことをきっかけに,被害者に危険な傷害を負わせた。

鑑定人は,被告人は 2002 年から妄想性統合失調症を罹患し,この世界を善と悪に分ける妄想体

系を構築し,自己は善で被害者は悪であり,公園の平和のためには悪である被害者と戦わねば

ならないと考えていたので,弁識能力がなかったとした。また,飲酒酩酊のために制御能力が

なかったとした。原判決はこの鑑定に従って責任無能力とし,精神医療施設収容(ドイツ刑法

63条)を命じた。連邦最高裁判所はこれを破棄し,新たな鑑定を行わなければならないとし

た。すなわち,原判決は診断された統合失調症と行為の間に必要な因果的及び症状学的関係が

存在するという鑑定の見解と対決していないのであり,被告人の精神障害と行為との内的関係

の必要性について原判決は独自の判断をしていないし,上訴審に再検討可能な形での理由づけ

もしていないとした。被告人は被害者を常に避けて(aus demWeg gegangen)いたのであり,

実際にペッパースプレーで攻撃を受けて初めて,被告人は傷害行為に出た。このことは被告人

が現実を見誤り,妄想体系の中で自己を被害者の犠牲者と感じていたことと矛盾する。原判決

は被告人が妄想性統合失調症の故に行為の際に弁識能力を欠いていたとの理由づけにおいて誤

っているとした。BGH, Beshul. v. 27.10.2009-3StR369/09. この判例の事案では,通常は被害

者を避けていた行為者が,被害者からの挑発を受けてはじめて犯行に及んだわけである。鑑定

はこれを妄想による行為とするが,その説明はかなり不十分なものである。このように,非常

に問題のある鑑定の場合には裁判所はそれにそのまま従うべきではないとされる。しかし,こ

こで注意されるべきことは,破棄差戻しの際に,BGHは新たな鑑定を求めていることである。

原審の鑑定が不十分な場合にも,別の鑑定の精神医学的判断を求めるのである。

裁判所が鑑定と異なる立場をとる場合には逐一鑑定を批判しなければならず,裁判所は十分

な専門知識を示さなければならない。拙稿「責任能力と法律判断」318 頁以下参照。近時のド

イツの判例を紹介したものとして,�野章五郎「事実審裁判官の鑑定とは異なる判断,無警戒

で無防備であることの利用 StGB § 21,211Ⅱ;StPO§ 261」比較法雑誌 45 巻 2 号(2011 年)

303 頁以下。

統合失調症では,急性期や増悪期では原則として責任無能力とされる。原判決が妄想や急性

期の爆発の可能性を見落としていたり(BGH, Beshul.v.16.5.2007-2StR96/07),計画的犯行であ

るとして破瓜型統合失調症の増悪期の犯行を限定責任能力とした場合には(BGH, Beshul. v.

14.07.2010-2StR278/10)BGH は破棄差戻しとしている。妄想と関係のない日常生活をコント

ロールできるとしても妄想による行為をも支配できることにはならないとされる。Maatz,

Wahn und wahhafte Stoerung-zur Schuldfaeihkeitsbeurteilung und Unterbringungsent-

scheidung aus rechtlicher Sicht, in: Wahn und Schizophrenie(Lammel, Suyarski, Lau, Bauer

(Hersg.))2011, S. 153ff.

急性期や増悪期においては責任無能力が,また寛解期においては完全責任能力が認められる

ことには比較的異論はないように思われる。この間,亜急性期においては行為時に近い時点で

どの程度の意味に満ちた合理的な行為支配の要素が認められるかによって責任無能力か限定責

任能力かが変わってくるとされる。Mueller-Isberner, Schizophrenie, in: Venzlaff, Foerster,

Psychiatrische Begutachtung, 5. Aufl., 2009, S. 177ff. あるいは,軽い残遺症状が認められる場合

には限定された制御能力が考えられる。Schoech, Die Schuldfaehigkeit, in: Kroeber, Doelling,

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21 年決定も,健常人と異ならない点がある場合には心神喪失とすることに疑

問を示している。また,既述の最高裁昭和 59年決定も,かなり重篤な統合失

調症症状の下での犯行について心神喪失を認めなかった。心神喪失ではなく心

神耗弱,限定責任能力とするのである。しかし,限定責任能力とされれば,と

にかく刑は必要的に減軽される。

このような限定責任能力の制度は旧刑法にはなかったものであり,現行刑法

制定過程で,明治 34年�月までに起草された法典調査会議案である刑法改正

案の 52条�項,明治 34年草案 49 条�項にはじめてあらわれたものである。

明治 34年草案の理由書は,第�項は責任無能力を規定する項の精神障害者

「ヨリ最モ軽キ」精神障害の状況にある者の行為に関する規定で,その場合に

は無罪者とはできないが,「多少其行為ハ之ヲ宥恕ス可キモノト認メ」その刑

を減軽するとしている60)。現行刑法 39 条の理由書は「心神喪失ニ比シ比較的

軽キ」精神障害の状況にある者の行為に関する規定であるとする。当時,同様

の主張をしていたのは古賀廉造であるが,彼は精神障害には大小軽重があり,

是非の弁別心を喪失させるに足るものもあれば,精神障害は「実ニ軽微ニシ

テ」未だ以て是非の弁別心を喪失させるに足りない場合もあるが,後者であっ

ても「到底之ヲ以テ普通人ノ犯罪ト同一視ス可カラサルハ論ヲ俟タサルヲ以テ

其障害ノ程度ニ応シテ犯人ノ責任ヲカルフスルハ之レ刑法上ノ必要ナル規定」

であるとしていた61)。ここでは,責任無能力とするほどの精神障害下の犯行

責任能力判断と精神鑑定(林 美月子)

261(26)

Leygraf, Sass(Hrsg.), Handbuch der Forensische Psychiatrie Band1,2007, S. 109f. さらに,中

谷陽二「重大事件の精神鑑定」司法精神医学�巻�号(2006 年)54 頁以下参照。

この急性期や増悪期と寛解期の間の統合失調症の段階と責任能力の関係については興味深い

研究がある。Felber, Reuster, Psychose-Rueckbildung und strafrechtliche Verantwortlichkeit,

in: Schizophrenie-forensisch-psychiatrische Aspekte(Hers. Lammel. Felber, Sutarski), 2006, S.

23ff. この研究によると,急性期と寛解期の間に関して,精神病によって支配されている状態

で,抗精神薬の影響で不眠などの身体的―vegetative な訴えをする場合,さらに,部分的には

別の考え方を受け入れるようになり,精神病学的事象から情緒的にAbblassung が見られるよ

うになった場合もなお多くの場合責任無能力とすべきであるとする。trugwahrnehmung が明

らかではなくなり,妄想の内容が nebuloes になる等して精神病のメルクマールが消失してくる

ようになれば,責任無能力ではなくなるであろうとする。しかし,急性症状が消失しても体験

された精神病学的内容に対して距離を置くことができない場合はなお責任無能力が疑われる。

統合失調症についてのわが国とドイツの責任能力判断の相違について,吉川和男「わが国の

責任能力判定の行方」前掲・責任能力の現在 71 頁参照。

60)「刑法改正政府提出案理由書」松尾浩也増補解題;倉富勇三郎・平沼騏一郎・花井卓蔵監修;

高橋治俊・小谷二郎編増補刑法沿革総覧(1990 年)2144 頁。

Page 27: 責任能力判断と精神鑑定 - 立教大学 · 2015-09-01 · )前田巌「 責任能力判断の前提となる精神障害の有無及び程度並びにこれが心理学的要素に

ではないが,なお,精神障害下の犯行について,責任非難に応じた軽い刑とす

べきことが示されている。しかし,その前提となる精神障害による弁識能力の

減弱が著しいものである必要性は読み取れない。心神喪失に比して「ヨリ最モ

軽キ」,「比較的軽キ」,「実ニ軽微ニシテ」とされているところからすると,よ

り軽い程度の精神障害下での犯行が考えられていたのではないかとも思われ

る。

現行刑法制定過程で限定責任能力制度の導入において最も重要な役割を果た

したと思われるのは東京帝国大学医科大学教授の片山國嘉医師であった。片山

医師は明治 30 年草案起草委員会に呼ばれて意見を述べている。精神障害とい

う精神病と一時的精神病的異常の発現を含む用語を用いることと,減軽責任能

力つまり限定責任能力を主張していた。限定責任能力は精神の健康と病を明確

に分けることができないことから必要であるとした62)。それでは,片山医師

はどのような場合を限定責任能力の対象と考えていたのであろうか。片山医師

はまず,常人でも精神病と分かるもの,俗眼には精神病者と見えるが実は真の

精神病者ではない場合,俗眼には異常なく見えるが真の精神病者である場合,

純然たる精神病者でも純然たる健康の者でもなくその中間の者を分ける63)。

俗眼には精神病と見えるが真の精神病者ではない場合とは詐病をさす。俗眼に

は異常なく見えるが真の精神病者である場合は本来は罰するべきでないのに

往々にして常人として罰している場合である。中間の者については十分に罪を

減軽すること至当であるとしていた64)。そして,現行刑法 39 条については,

犯罪行為が精神障害に基づくことが明らかな場合が心神喪失であり,予め計画

した通りの犯行である場合や精神病の初期の段階での犯行が含まれるとする。

心神耗弱は犯罪が精神障害に基づくことは明らかではないが,病理的にはいく

らか精神神経系統の異常があり,生理的には精神能力が普通健全で知情意が正

に備わっているものの,普通人に比して幾分の異常があるか,程度の低いとこ

ろがある場合であるとしている65)。多少精神に異常のある者,著しい精神病

立教法学 第 87 号(2013)

260(27)

61)古賀廉造・刑法新論初版(1898 年)447-461 頁,第 6 版(1903 年)293-315 頁。浅田和茂・

限定責任能力の研究下巻(1999 年)�頁以下に詳しい。

62)内田文明・山火正則・吉井蒼生夫・日本立法資料全集 21 刑法[明治 40 年](2)(1993 年)

253 頁以下,259 頁。

63)片山國嘉「法医ノ心」法医学説林:片山先生在職十年祝賀記念(1899 年)268 頁。

64)片山國嘉「法医ノ心」269 頁。

65)片山國嘉「精神病性人格と刑法」刑事法評林�巻�号(1910 年)�頁以下。

Page 28: 責任能力判断と精神鑑定 - 立教大学 · 2015-09-01 · )前田巌「 責任能力判断の前提となる精神障害の有無及び程度並びにこれが心理学的要素に

状態ではない場合の犯罪行為が念頭に置かれているところからすると,弁識能

力や制御能力の著しい障害といった状態は予定されていないように思われ

る66)。

ところが,昭和�年 12 月�日大審院判決67)が,心神喪失は精神障害に基づ

いて弁識能力又は制御能力がない場合であり,心神耗弱は精神障害に基づいて

これらの能力が著しく減退した状態であるとして以来,限定責任能力は責任無

能力に準じる著しい責任能力の減弱状態を指すことが前提とされるようになっ

た。その事案もまさに,重度の早発性痴呆の症状下での犯行について心神喪失

ではなく,心神耗弱とするものであった。最高裁平成 20 年�月 25 日判決の差

戻し後控訴審判決も,被告人は周囲の状況を全く認識できない状態ではなく,

精神症状は重篤で正常な精神作用が残されていないとは言えない,弁識能力又

は制御能力が全くない状態ではなかったとして心神喪失を否定し,心神耗弱と

している。つまり,かなり重篤な精神障害による犯行を心神耗弱とするのであ

る。

しかし,心神喪失とされる場合であっても,決して全く弁識能力又は制御能

力を欠くとは言えない。最高裁平成 20 年�月 25 日判決も,幻覚妄想の影響下

で,被告人が,本件行為が犯罪であることも認識していたり,記憶を保ってい

たりしても,これをもって,事理の弁識をなし得る能力を,実質を備えたもの

として有していたと直ちに評価できるかは疑問であるとしている68)。すでに

述べたように,わが国の従来の判例において心神喪失とされた事例でも,決し

て文字通り全く弁識能力又は制御能力を欠いていたのではないものも多い。

アメリカでは,実質的能力の欠如を責任無能力とする。そして,限定責任能

責任能力判断と精神鑑定(林 美月子)

259(28)

66)もっとも,片山医師も,俗眼には異常なく見えるが真の精神病者である場合について,限定

責任能力の対象と考えたことも窺える。明治 32 年の起草委員会で,片山医師は,医師が精神病

であると言っても裁判官が罰するという場合に少なくとも刑を減軽すべきと主張し,古賀廉造

もこれに同調した。内田他・前掲書 263 頁。そこで,精神障害に因る行為について罰しない場

合と刑の減軽の場合を法律上どのように区別するかということになり,片山医師は限定責任能

力の場合は処罰ではなく特別の扱い方が必要であると主張を修正した。さらに,倉富勇三郎委

員が「之ヲ罰セズ若クハ之ヲ軽減スル」ということは刑法の条文として書けないとした。ここ

で,片山医師は減軽ではなく監置を規定すべきだと主張した。この議論の中では,片山医師は,

本来は心神喪失とすべき場合が裁判で心神喪失とされなかった場合についての処置について主

張を展開しているので,片山医師が本来心神耗弱と考えている対象や範囲とは異なっているよ

うに思われる。内田他・前掲書 266 頁。なお,永井順子「『精神病者』と刑法第 39条の成立―

『主体ならざるもの』の系譜学・序説」ソシオサイエンス 11 号(2005 年)225 頁以下参照。

67)刑集 10 巻 12 号 682 頁。

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力の制度はない。責任能力を認めたうえで,単なる刑の減軽事由あるいは特別

故意を否定する制度としての Diminished Capacity, Guilty but Mentaly Illとい

った制度が存在するのみである69)。このように考えると,責任無能力とされ

る場合から,弁識能力又は制御能力が著しく減弱した場合を区別できるのかは

疑問になる。仮に区別できたとしても,そのような重篤な精神障害の影響下で

の犯行について刑罰を科すことができるのかに問題が生じる。

Ⅶ 限定責任能力者の処遇

� 治療施設での処遇

わが国の限定責任能力は刑の必要的減軽事由である。これは,責任非難に応

じた刑罰を科すべきであるという責任主義の見地からは妥当である。これに対

して,限定責任能力の制度を有しながら,刑の任意的減軽にとどめるドイツ刑

法 21条は責任主義上問題がある。他方で,ドイツでは限定責任能力とされて

も治療処分の対象となる。これに対して,わが国では,精神障害による責任能

力の著しい減弱下での犯行についても刑罰をもって臨むのが原則である。以下

では,精神障害によって限定責任能力とされた者がどのような処遇を受けるか

を見ていくこととする。

ドイツにおいては限定責任能力は刑の任意的減軽事由に過ぎない。しかし,

ドイツ刑法 63 条は 責任無能力とされた場合のみでなく,限定責任能力とさ

れた場合にも,その状態による重大な違法行為が予想される場合には精神病院

収容を規定する。処分前置主義であり,刑の三分の二までの処分期間の刑期へ

の算入,刑の二分の一の終了の場合の残刑の執行猶予が規定されている(ドイ

ツ刑法 67 条項・�項・�項)。つまり,責任能力の著しい減弱の場合には健康

立教法学 第 87 号(2013)

258(29)

68)河本判事は,本件の被告人は,殴って留置場に入って裁判にかけられるという事実過程を理

解しているが,それが規範的に悪だというようにわれわれと同じように思っているか問題があ

るとされる。例としては,妄想等のために別の理論・価値体系が出来上がっていて,本を殴っ

ても犯罪とならないのと同じように人についても思っている場合もあるし,個別のAを殴るの

は本を殴るのと同じだと思っている場合もあるとされる。山口厚・佐伯仁志・橋爪隆・井田

良・今井猛嘉・岡田幸之・河本雅也・前掲座談会「責任能力」100 頁。岡田教授は統合失調症

で,人を殺すのは悪いことだという定規はもっているが,自分が今行おうとしている行為が彼

にとっては人殺しという定規で測られる対象ではない場合があるとされる。前掲座談会・101

頁。

69)拙稿・情動行為と責任能力(1991 年)210 頁以下,312 頁以下。

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省管轄の精神病院での治療が優先されるのである。

1871 年のドイツ刑法典には限定責任能力の規定はなく,1933年に常習犯罪

人法の成立とともに刑法に導入されたものである。限定責任能力の制度は,そ

の対象とされる精神病質を背景とする常習犯罪人に対して保安処分に付すこと

と一体であった。現行刑法 20条,21条には生物学的要件として「その他の重

大な変倚」が規定され,精神病質はこのカテゴリーに入る。したがって 63 条

の精神病院収容の対象となる。現在では,改善,少なくとも単なる監置ではな

く,精神病院が必要な世話を提供できる場合に収容の対象となるのが本来であ

る。しかし,治療や世話が適切な改善効果をもたらさないことが判明しても,

刑法 63 条,67 条b第�項によって収容が続けられ,ドイツの精神病院の過剰

収容の一原因となっていることも確かである70)。このように負の部分を背負

っていることは否定できない。しかし,その他の治療可能な精神障害について

は,たとえ限定責任能力とされても,63 条の要件を満たす限り治療が優先さ

れるのである71)。

責任能力判断と精神鑑定(林 美月子)

257(30)

70)山中友里「ドイツ刑法 63条の精神病院収容の現状と課題」精神科医療と法(2008 年)195 頁

以下。

71)ドイツについては,山中・前掲「ドイツにおける責任能力鑑定と触法精神障害者の処遇―人

格障害者対策を中心に―」287 頁以下参照。

なお,責任能力と治療処分に関する鑑定例を挙げて,どのような鑑定を通して,限定責任能力

者が治療処分を受けることになるのかを見ておこう。ここで注目されるのは,第一に,違法性

の認識を示唆するように見える事情や私利的行為の存在に重点を置くのではなく,精神障害,

統合失調症の経過,重篤性を重視して責任能力が判断されていることである。第二に,治療処

分の要否を判断するために治療の必要性も同時に鑑定事項とされ,そして内容的にも拘置所で

ある程度適応していても,精神病院での治療を薦めていることである。

被告人は 1997 年 12 月 15 日に自動車の窓ガラスを壊して中の金目の物を盗もうとしたが,通

行人に見つかり,この通行人にガス銃を示して追撃を免れた。もっとも,ガス銃で脅すことは

しなかった。武器窃盗未遂である。レストランで働くなどしていたが,窃盗,傷害,薬物規制

違反等を犯した。最近では 1997 年から�カ月の自由刑となり,現在起訴されている犯罪でも

10週の拘置となっている。以前の刑事手続きでの鑑定では分裂思考と診断された。拘置施設で

鼻のみで呼吸するのを避けるためにゴムバンドを顔にかけて鼻の穴を塞いでいた。治療は受け

ていない。本鑑定人にも最後の出所後の生活は秘密であるとして話さない。生活保護を受け,

特定の住居はなく,車庫の車両の中で夜を過ごしている。犯行前日も車庫の列車に宿泊し,栄

養のある食事をしておらず,コンディションが良くなかったという。車荒しは計画的ではなく

散歩の途中で車に出くわし,一文無しだったので窓をたたいて完全な意識で犯行に及んだので

あり,責任能力はあるので鑑定は不要であるという。車荒しは真の重大犯罪であるという。ハ

ンマーはいつでも使えるので,また,ガス銃は犬が恐いので追い払うために所持しているとい

う。現在,コンディションは万全であるという。鑑定には協力的ではないので,限られた検査

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これに対して,わが国では責任無能力や限定責任能力とされた者について,

その後の治療を施す制度は刑法上は存在しなかった。明治 33年に相馬事件を

契機として成立した精神病者監護法が存在したが,精神病者を監置と隔離する

にとどまり,治療を目的とはしていなかった72)。精神障害の影響下で罪を犯

したことは注目されず,精神障害者一般についての監置が前面に出されていた

立教法学 第 87 号(2013)

256(31)

になるが,身体的,神経学的には問題はない。頭に鼻穴を塞ぐゴムバンドを付け,汚れたジャ

ケット,ズボンを着ている。クリニックの職員が着替えるように言っても受け付けない。入院

施設の職員には,犯行は�人の男性と�人の女性に 30m離れた車からテレパシーで命じられて

行ったと語った。誰かが自分を支配しているという不安を抱いている。病室で規則に反して喫

煙する。夕食時等に例えば�皿分のスパゲティをとってきて,そのまま放置する。長時間トイ

レにこもり,床をトイレットペーパーやペーパータオルで埋め尽くす。この食事のマナーとト

イレの話になると急に興奮する。

鑑定時には,意識明瞭,見当識もあり,時間的見当識も概ねある。表情は硬く,肩をいから

せている。鑑定をやりすぎだと批判するが,可能な範囲では協力しようとする。記憶力,注意

力,集中力は重大に害されている。把握力,抽象力も限定的で,思考が飛ぶ。妄想的思考があ

り,何かが自分に向けて準備されており,よくわからない力に支配されていると感じている。

不信感が強く,自分に関心が向き,周りには関心がない。表情や身ぶりに乏しい。アイコンタ

クトを避けるが,何も言わずに鑑定人を凝視したりする。病識はない。精神学的現象としては,

1992 年に刑務所ですべての受刑者がスパイに見えると職員に語り,パラノイド体験がある。こ

の体験から拒絶的態度が生じ,会話が非常に困難になっている。社会的能力は非常に限定的で,

態度は伝達不可能な内的体験によって支配されている。

責任能力鑑定としては,精神病理学的横断的所見と病歴からすると,分裂病圏の慢性精神病

ICD−10:F20 である。自動車窃盗を真の重大犯罪とみており,金目の物を盗もうとしたとい

うのであるから,正常心理学的である。しかし,彼は犯行を直前のチョコレート棒�本の飲食

と混乱して関連させて見ている。また,入院施設職員には,犯行は�人の男と�人の女性が離

れた車からテレパシーで命じたと語る。しかし,鑑定人にはこれを激しく争う。この表現だけ

でも,他人からの影響体験を持つ顕症的な精神病的症状が示されているといえる。行為時には

統合失調症によって行為能力及び制御能力は重大に限定されていたと確実に言える。また,入

院施設職員に語ったところが事実であるとするなら,制御能力はなかったとしなければならな

い。少なくともその可能性を排除できない。拘置所(Haftanstalt)の構造的環境が彼の内的精

神的混乱によい影響を持ち得,この環境で耐えて生活する能力を示しているとしても,精神病

院で相当な精神医学的治療をできるだけ早く行う必要がある。ドイツ刑事訴訟法 126a の治療の

要件を満たす。また,治療を行わないと,衝動的行為傾向からして将来,重大な違法行為を犯

す恐れがあり,ドイツ刑法 63 条の治療処分の要件をも満たす。Nedopil, Krupinski, Beispiel-

Gutachten aus der Forensischen Psychiatrie, 2001, S. 47ff.

治療処分の現状については,山中・前掲「ドイツ刑法 63条の精神病院収容の現状と課題」

212 頁以下参照。性犯罪,殺人罪,危険な傷害罪等を犯した者が収容されているある病棟では,

治療スタッフとの面会,患者同士のミーティング,お茶会,遠足,調理実習,誕生会,�対�

のセラピー,作業療法等が実施されているとのことである。

72)浅田・限定責任能力の研究下巻 49 頁以下。

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といえよう。その後,刑法典に保安処分を規定する改正案は,昭和 49年の改

正刑法草案の治療処分,禁絶処分,昭和 56年の法務省案の治療処分などにお

いても,その保安的性格を理由とする反対が強く,成立には至らなかった。対

象者が自傷他害の危険性を示す場合に,行政的措置である精神保健福祉法の措

置入院などが用いられてきたのである。

しかし,平成 13年の池田小学校事件を契機に事態は急変し,「心神喪失等の

状態で重大な他害行為を行なった者の医療及び観察等に関する法律」(以下

「医療観察法」と略す)が平成 15 年�月 10 日に成立したのである。この医療観

察法は検察官が心神喪失や心神耗弱で不起訴にした場合と,裁判で心神喪失又

は心神耗弱で執行猶予が付された場合にのみ適用される(医療観察法�条�

項)。検察官が申し立て,対象行為を行った際の精神障害を改善し,これに伴

って同様の行為を行うことなく,社会に復帰することを促進するために医療を

施すことが必要な場合に,裁判官は入院又は通院の決定をする(医療観察法 33

条・42条)。医療観察法では対象となる犯罪行為が限定される。また,医療観

察法の処遇には,42条項に従い,対象行為を行った際の精神障害を改善す

るため,医療観察法の医療を受けさせる必要性,つまり,疾病性と治療可能

性,さらに,精神症状の改善に伴って同様の行為を行うことなく,社会に復帰

することを促進するため,医療観察法の医療を受けさせる必要性,つまり社会

復帰要件が必要である。人格障害などについては治療可能性が問題となるが,

統合失調症については,治療可能性は認められる場合が多く,また,そもそも

医療観察法は統合失調症によって犯罪行為を行った場合を主な射程としている

とも言えるのである。統合失調症を患う被告人が犯行時に非常に重症だったと

までは言えない場合に,心神耗弱とされても執行猶予が付されれば,医療観察

法の入院処遇とされうる73)。処遇要件を満たした対象者には手厚い医療と保

護がなされる。疾病への介入,発達障害や精神遅滞などへの介入,家族・生

活・職能等の機能不全問題への介入,そして人生の再統合へと回復モデルが示

され,急性期,回復期,社会復帰期に応じたスペースの割り当てがなされてい

る74)。医療観察法は触法精神障害者も治療を受ける権利があることを明らか

責任能力判断と精神鑑定(林 美月子)

255(32)

73)田口寿美子「起訴前正式鑑定が実施されたにもかかわらず再鑑定が実施された事例・鑑定人

コメント」刑事弁護 69 号(2012 年)79 頁。田口医師は有罪とされたことは被告人の罪悪感に

対して意味があると捉えておられる。

74)来往由樹「心神喪失者等医療観察法の運用の現状と今後の見直し―指定入院医療機関の立場

から―」法と精神医療 25 号(2010 年)54 頁以下。

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にしたとの評価もなされているほどである75)。

医療観察法は,入院医療に関して,スタッフや設備を充実させた入院指定医

療機関を設けることにしており,通院についても社会復帰調整官による継続医

療の確保に当たるなどしている。施行後�年になされた平成 17年�月 15 日か

ら平成 22 年�月 31 日までの状況に関する国会での報告では,入院医療を受け

た者の主病名は統合失調症圏が 84.4%と大部分を占め,また,平均在院日数

574日である。再入院は 10 件であった76)。平成 17年�月 15 日から平成 22 年

�月 15 日の間に国立精神・神経医療研究センター病院に入院した医療観察法

対象者に関する調査では,再他害行為や再入院事例はなく,医療観察法の医療

が有効に機能しているとされた77)。

もっとも,ごく少数の再他害行為が報告されている。統合失調症の対象者が

作為体験によって強制わいせつで入院の後,症状改善により通院となったが,

服薬を中断し,命令幻聴で傷害を行ったものである。リスペドリン持効性注射

剤の導入,詳細な危機対応計画の作成,早期介入体制の整備などを行い,その

後退院となった78)。

このように,医療観察法は概ね,順調に滑り出しているように思われる。も

ともと,要件として,治療可能性が掲げられ,対象者が絞られている。さら

に,十分な予算手当がある。そして,医療観察法の医療であれば,様々な医療

スタッフに支えられて手厚い看護を受ける。最近,治療抵抗性統合失調症に絞

って再開発された抗精神病薬であるクロザビンの処方も行われており,無顆粒

球症や心筋炎等の副作用に対して採血を頻繁にするなどして,注意を払わなけ

ればならないものの,著しい成果が報告されている79)。刑務所でこのような

薬を処方することは困難である。

立教法学 第 87 号(2013)

254(33)

75)町野朔「触法精神障害者処遇のシステム―若干の比較的考察」犯罪学雑誌 69 巻�号(2003

年)90 頁。

76)厚生労働省「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律

の規定の施行の状況に関する報告」(2010 年)34 頁。厚生労働省のHPによる。

77)永田貴子・大森まゆ他「医療観察法入院対象者の予後調査」司法精神医学�巻�号(2012

年)139 頁。

78)今井純司・大澤達哉他「再他害行為により�度目の医療観察法入院となった統合失調症の�

例」司法精神医学�巻�号(2012 年)137 頁。

79)田中貞和・来往由樹ほか「医療観察法対象者におけるクロザビン処方について」司法精神医

学�巻�号(2012 年)139 頁。

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� 行刑施設での処遇

被告人の犯した罪が医療観察法の対象犯罪ではないのはもちろんのこと,医

療観察法の対象犯罪事件で起訴されたとしても,完全責任能力あるいは心神耗

弱として実刑となって医療観察法の対象とならない場合は刑務所で受刑するこ

とになる80)。

刑務所でどのような精神科の矯正医療が行われているかを知ることは受刑者

のプライヴァシーの保護への配慮等もあり,容易ではない81)。このような困

難の中,日本精神神経学会,精神医学講座担当者会議,国立精神療養所院長協

議会,全国病院協議会,日本精神科病院協会,日本精神神経診療所協会,日本

総合病院精神医学会から成る精神科七者懇談会は,2003年 12 月から 2004年 2

月にかけて,矯正施設での勤務経験のある医師を対象としてアンケート調査を

行った。647 通郵送したが回答は様々な理由により 51通であった82)。スタッ

フ面では,精神科以外の 24 名の回答によると,常勤の精神科医無 22,非常勤

無は 12,両方無は 11 であった。診療面では,外来病院受診が必要であったが

受診できなかった事例 3,必要な検査ができなかった事例 18,病院移送が必要

だができなかった事例 5,執行停止が必要だができなかった事例 9,医療刑務

所移送が必要だができなかった事例 2,懲罰に精神症状が関与している事例 23

であった。全体としての精神医学診療は概ね十分が 13,不十分が 33である。

不十分な理由としては,検査が限られる 12,薬の種類が限られる 12,処遇が

反映できない 11,本人に治療意欲を持たせる治療ができない 10,作業療法が

できない 4,精神療法ができない 10,面接に施設職員が立ち会う 3,医師が施

設側の人間として動かなければならない 8,診療時間が不十分 7,患者の情報

が限られる 15,家族療法ができない 9,職員の精神医学的教育が不十分 15 等

となっている。すなわち,精神科医の不足や職員の精神医学的教育の不足が指

摘される。このことは精神医学的症状を理由に懲罰を科すといった,精神医学

的に疑問のある対処につながっているように思われる。

責任能力判断と精神鑑定(林 美月子)

253(34)

80)平野龍一「触法精神障害者の処遇」町野朔編・精神医療と心神喪失者等医療観察法(2004

年)�頁。

81)概要については,野村俊明他「座談会 矯正施設における精神医療の実際」こころの臨床

à・la・carte24 巻�号(2005 年)279 頁以下参照。

82)平田豊明他「簡易鑑定及び矯正施設における精神科医療の現状―精神科七者懇ワーキングチ

ームからの調査報告と提言―」精神神経学雑誌 106 巻 12 号(2004 年)1539 頁以下,とくに

1562 頁以下。

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医療刑務所の精神科医からも,検査や薬物の種類が限定されていること,精

神療法においても医師が施設側の職員であるという立場の問題,作業療法が困

難なことや集団療法にも制約があること,医務職員の数が限られていること,

薬物名,検査結果,病名の本人への開示が不十分であること,外部の病院での

診察や入院は職員が割かれるので歓迎されないこと,基本的に保安重視であ

り,治療の観点から処遇の変更が必要であっても受け入れられにくい,医療職

員は刑務官の許可なく患者と接触し,診察を行うことはできない,患者が受刑

者であるところから社会内の治療資源を利用できないといったことが指摘され

ている83)

統合失調症についてみると,他人との接触を嫌い,終日臥床,閉居して,懲

罰としての拘禁が意味をなさず,規律違反への懲罰としての軽屏禁も意味がな

いことが指摘されている84)。最近でも,喜連川社会復帰促進センターにおい

て,統合失調症であるが心神耗弱とされ懲役�年の実刑となった受刑者の事例

で,一切の作業をせず,終日独居房にいる者の例が報告されている。受刑の後

に精神保健福祉法の医療保護入院となったが,受刑に意味があったとはいえな

いとされる85)。また,佐藤医師は,統合失調症の受刑者で,基本的な生活技

能も失われ,排泄物を口にするなど症状が非常に重く,もともと責任を問うべ

きではなかったと考えられる例を挙げられる86)。

もちろん,医療刑務所においても,限られた人的・物的資源の中で,できう

る限りの治療が行われている。医療刑務所での治療は一般の精神病院と変わり

はないともされている。急性期には薬物療法が中心となるが,保安施設や人員

が確保されている分だけ,予防的鎮静が不要なため,投薬量は一般病院より少

なくてすむという利点もある。また,作業療法も一般病院とあまり変わらず,

立教法学 第 87 号(2013)

252(35)

83)中島直「精神障害者をめぐる刑事司法手続きとその問題点」犯罪と司法精神医学(2008 年)

48 頁以下,とくに 53 頁以下。中島「刑事施設における精神障害者の処遇」犯罪と司法精神医

学 57 頁以下,とくに 60 頁以下。黒田治「医療刑務所における精神科医療の現状と問題点」町

野朔・中谷陽二・山本輝之編・触法精神障害者の処遇(増補版・2006 年)160 頁以下。

84)松野敏行・林幸司「矯正施設における精神分裂病治療とその展開の可能性」林幸司編・司法

精神医学研究・精神鑑定と矯正医療(2001 年)91 頁以下。

85)野村俊明・奥村雄介「喜連川社会復帰促進センターにおける精神医療」司法精神医学�巻�

号(2012 年)131 頁。喜連川センターでは 500床のうち 36%を精神障害者が占め,その中の

17%が統合失調症である。

86)佐藤誠「刑事施設内での精神科医療」司法精神医学�巻�号(2012 年)57 頁。さらに,町野

朔・水留正流「北九州医療刑務所・岡崎医療刑務所」触法精神障害者の処遇 189 頁,172 頁。

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袋貼り等の軽作業である87)。病状が落ち着けば次第に軽い懲役作業につき,

工場出役に進むのであり,規則正しい生活は統合失調症の治療において必ずし

もマイナスではないとも主張されている88)。しかし,統合失調症の残遺とし

ての人格の硬直化は著しく,表面上,まじめに規則正しく生活していても,そ

れは刑務所の中での適応であり,病状がよいとはいえないとの指摘もあること

に注意しなければならない89)。

基本的には,医療刑務所は精神障害を改善して,通常の刑務所で刑の執行が

できるまでにすることに目的があり,医療観察法のように精神障害の治療によ

って対象者が同様の行為を行うことなく社会復帰することを目的とするもので

はない。医療刑務所は医療刑務所病院ではあるが,あくまで行刑施設であり,

スタッフは刑務所の職員としての立場を免れられない。刑務官が主体となって

医務にあたる。刑罰の執行は刑務官の専権事項であり,警備が必要であり,受

刑者と最も多く接触するからである90)。また,対象者の行動制限は精神病院

よりも厳しい91)。精神保健福祉法 37 条項の入院中の行動制限に関する基準

等の規定は医療刑務所には適用されない。このことが精神科医療の妨げとなっ

ているのである92)。

このように,わが国の行刑施設での精神障害者の処遇については,精神障害

のある受刑者は刑務所に拘禁されるべきではなく精神医療施設への移送手続き

が取られるべきであるとする 1955 年の国連被拘禁者処遇最低基準規則 82条

項,さらに,精神障害のある受刑者も一般の精神病者と同等の精神医療を受け

るべきであり,裁判所などが医師の助言に基づいて精神病受刑者を精神保健施

設に入院させる命令を下すことができるとする 1991 年の国連の精神疾患を有

する者の保護及びメンタルヘルスケアの改善のための諸原則第 20 との抵触が

問題となる93)。これらは条約ではなく,法的拘束力はないが充足に努めるべ

責任能力判断と精神鑑定(林 美月子)

251(36)

87)松野・林・前掲論文 89 頁。

88)松野・林・前掲論文 90 頁。

89)松野敏行「精神障害無期囚について」林幸司編・司法精神医学研究・精神鑑定と矯正医療

(2001 年)135 頁以下。

90)他方で,刑務官の規範意識は受刑者の治療によい効果をもつことや,処遇が困難な場合に自

己犠牲が必要になるが刑務官はそれに耐え得るといったことも指摘されている。佐藤・前掲論

文 54 頁。

91)岡崎医療刑務所でも,リラックスできる雰囲気作りにつとめているが,一般病院よりは拘束

的であることは否めない。2012 年�月�日の参観による。

92)黒田・前掲論文 154 頁以下参照。

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きものである。医療刑務所が精神医療施設や精神保健施設に該当すると言える

か,どのように改革したら該当すると言えるかという問題である94)。

立教法学 第 87 号(2013)

250(37)

93)さらに,大下顕監訳・拘置所と刑務所における精神科医療サービス 米国精神医学会タスク

フォースレポート(第�版・2005 年)参照。

ドイツにおいても治療処分の対象とならなかった精神障害者は行刑施設で処遇されることに

なる。ここでは矯正施設及び治療施設での精神障害犯罪者の治療について詳しい,ベルリンの

シャリテ病院のコンラッド教授の研究に従って,紹介・検討しておこう。

受刑者は入所前に健康診断は受けるが,精神科診断については規定がなく,刑務所の医師が

精神科医に精神障害のある受刑者を照会してはじめて治療が行われる。Konrad, The mentally

ill in the prisons of Berlin, International Journal of Prison Health 2005; 1(1), p.43. 行刑施設での精

神科医療については精神障害患者法(Psychisch-Krank-Gesetz)に比較しうるような根拠規定

はなく,逆に否定もされていない。Konrad Psychiatrische Probleme im Justizvollzug. In:

Venzlaff, Foerster, Psychiatrische Begutachtung,5. Aufl. 2008,S. 395ff., S. 398. 受刑者の入院

についても規定がない。バーデン・ビュルテンブルグ,バイエルン,ベルリン,ザクセンの�

州でのみが刑務所に精神科があり,他の州は外部施設で治療を行っている。もっとも,入院治

療の多くは治療処分を行う病院で行う。一般病院での入院は刑務所の保安の要求と相容れない

ことが多い。もちろん,フラットに拒否されるわけではないが,治療への意欲や治療的雰囲気

を損なうといった理由で受け入れられないことが多い。実際,病院に移送された受刑者は他の

患者を害し,規律上の問題を起こし,要求過多になることが指摘されている。Konrad, Ger-

many, in; Salize & Dressing, Mentally Disordered Persons in European Prison Systems-Needs,

Programmes and Outcome(EUPRIS), 2009, p. 155. 大学病院の精神科も受刑者の外来治療は行

うが,入院を受け入れていない。受刑者の慢性の精神病の治療施設がないために,一時的に独

居房にパーキングさせるようなことの繰り返しになっている。Konrad, The mentally ill in the

prisons of Berlin, p. 45. また,受刑施設の統合失調症の患者が出所する場合の治療の継続等も困

難である。Konrad, Entlassungssituationen von psychisch kranken Straftaetern, in: Kriminalpo-

litik Gestalten, 2010, S. 169.

このような中で,ベルリンでは一般の精神科入院治療とできるだけ平等な治療を進めようと

している。ベルリン行刑施設病院の精神医学及び心理療法部は 40床を有するが,�つのユニッ

トから成り,�つのユニットが人格障害,適応障害等の受刑者を治療し,�つのユニットは統

合失調症受刑者に焦点が当てられている。精神障害による差し迫った自傷又は他害の危険のあ

る場合の他は,受刑者の同意によって初めて入院となる。�名の精神科医,�名の医師,�名

の職業療法師,27名の看護師,契約スタッフによって職業,芸術,音楽,スポーツの療法が行

われている。さらに,ベルリンでは完全な入院を必要としなくなった受刑者のために,半入院

のフォローアップユニットを設けている。Konrad, The mentally ill in the prisons of Berlin, p.

44. 外来治療のみを必要とする受刑者には�人の半日勤務の心理学者によって運営される心理

療法カウンセリング及び治療センターがあり,厳格な秘密保持の下,個人的行動療法や深層心

理セッションが行われている。Konrad, Germany, p.157.

なお,2007 年の保護観察(行状監督)制度の改変及び事後的保安監置に関する規定の改正法

によって,裁判所は必要な場合には犯罪者に,精神医学,心理療法,社会療法のケアと治療を

保護観察(行状監督)の条件として義務付け,治療命令を下すこととなった。司法外来センタ

ーが出所後の対象者の援助にあたることになる。センターは,従来の精神科あるいは心理療法

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刑の執行中の精神科医療の提供は,裁判段階のそれとともに喫緊の課題であ

る95)。

責任能力判断と精神鑑定(林 美月子)

249(38)

の仕事と異なり,患者の治療だけでなく,患者のモニターの役目を負うことになる。とくに,

リスク管理の点から患者の情報の開示が求められるので,患者と医師等との信頼を基礎とする

治療にとってはジレンマに陥ることになる。Konrad, Lau, Dealing with the mentally ill in the

criminal justice system in Germany, International Journal of Law and Psychiatry 33(2010)p.

238. 保安監置に関する欧州人権裁判所判決とそれを受けた刑法典の改正等及び連邦憲法裁判所

の判決の変遷について,渡辺富久子「ドイツにおける保安監置をめぐる動向―合憲判決から違

憲判決への転換―」外国の立法 249 号(2011 年)51 頁以下参照。

統合失調症についてみると,病気によってコミュニケーションや相互反応に問題を抱えてい

るのに,刑務所での受刑は知人との接触が制限され,生活場所も制限され,自己決定能力も制

限される環境で,ストレスを受け,病気の経過に悪影響を与える。ここから,自殺企図や他人

を危険にさらす行動が生じやすくなる。さらに,自己の犯罪との深い対峙や責任の感情も大き

なストレスとなってこれらの行動をもたらしやすくなる。Lohner, Lauterbach, Konrad, Sta-

tionaere Behandlung schizophrener Gefangener, Krankenhauspsychiatrie 2006; 17, S.149. ベル

リン行刑施設病院の精神医学及び心理療法部の統合失調症ユニットでは,投薬の他に,複合的

統合的な治療を重要と考え,心理教育(精神病教育),Verhaltens 療法,認知療法,深層心理

学,社会療法等を組み合わせた患者中心の治療を行っている。心理教育(精神病教育)は病気

の原因,症状,病識について学ぶ。Quendler, Konrad, Therapeutische Behandlungskonzepte

zur Verbesserung der Compliance psychisch kranker Haeftlinge, Forum Strafvollzug 58,2009,

S. 34. グループ療法を取り入れており,自己コントロールをめざす。Verhaltens 療法ではグル

ープの問題について話し合う等し,安定してきた受刑者については心理力動学的治療も行われ

る。認知や社会的能力の回復のために,芸術,音楽療法やスポーツ療法も行われる。スタッフ

の会議で個々の受刑者の治療計画を練り,この計画については受刑者自身とも相談する。

Lohner, Lauterbach, Konrad, Stationaere Behandlung schizophrener Gefangener, S. 151. もっと

も,受刑者の協力的態度の向上や自殺傾向の減少といった点で効果が認められるが,他の施設

での治療と明確な差は認められないとのことである。

このように,ドイツにおいても受刑施設での治療は困難である。しかし,受刑という治療上

好ましくない条件の下でも,できるだけ一般の精神科医療に近づけていこうとしているのであ

る。Lohner, Lauterbach, Konrad, Stationaere Behandlung schizophrener Gefangener, S. 153. 基

本的には,受刑させることによって,受刑者の健康に社会的責任を負っていることを自覚しな

ければならないのである。Konrad, Florez, Jager, Naudts, Taborda, Tataru, Prison Psychiatry,

International Journal of Prison Health 2007; 3(2), p.113.

なお,2011 年�月�日施行の精神障害を有する暴力犯罪者に対する治療と収容に関する法律

によって,刑事施設に収容された精神障害者の出所後の治療収容が行われることになった。こ

の点については,山中友里「ドイツにおける保安監置制度」法と精神医療 26 号(2011 年)31

頁,38 頁以下参照。

94)黒田・前掲論文 167 頁以下。

95)日本神経学会理事長佐藤光源「『心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観

察等に関する法律案』の国会審議再開にあたり重ねて意見を表明する」http://www.jspn.or.jp/

ktj/ktj_k/opinion14_11_16.html

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� ま と め

根本的な問題と思われるのは,やはり,限定責任能力について必要的に刑を

減軽するという制度である。限定責任能力は弁識能力又は制御能力が著しく害

される場合であるから,健常な場合に比して責任非難も軽くなり,刑の減軽が

必要的と考えられているのである。そのこと自体は理論的に妥当であろう。し

かし,限定責任能力も責任能力の有無という観点からすると,責任能力有りな

のであって,減軽は量刑が軽くなるにすぎないのである。

限定責任能力の刑の必要的減軽という制度は,他方で,被告人の精神障害と

その治療という質的な問題を解決していない。刑の減軽という量的な問題にす

り替えられてしまっている。そして,医療観察法も受刑する限定責任能力者の

治療を置き去りにしている96)。

昭和 59年の最高裁決定の事案においても,統合失調症の患者がかなり重篤

な状態で犯行を行っているが,殺人の被害者が複数であり,重大事件であっ

た。おそらく,今後もこのような事件は起訴される可能性が高い。検察官の起

訴裁量権が大幅に制限されて,検察審査会で起訴相当との判断が�回下される

と,起訴しなければならないという新しい制度の下では,いっそう起訴される

立教法学 第 87 号(2013)

248(39)

96)例えば,医療観察法施行前の事例であるが,吉岡医師が挙げられた事例に端的にこのことが

現れている。吉岡隆一「刑事手続きと治療提供をめぐって:起訴前簡易鑑定とその帰結」精神

神経学雑誌 105 巻�号(2003 年)795 頁以下。

被害者に冷遇されていると嫌悪の情を抱いていた被告人が,些細なことで注意されて殺害を

決意し,被害者の腹部などを刺した殺人未遂の事例である。簡易鑑定は被告人は行為時に自己

中心的人格障害で完全責任能力とした。公判鑑定は,犯行時は妄想型統合失調症の病勢推進期

で心神喪失とするもの,統合失調症に基づく家族否認症候群で心神耗弱とするものに分かれた。

両公判鑑定とも治療がなされるべきであるとし,検察官も判決言い渡しに先立ち精神保健福祉

法 25条による通報を行い,要入院加療とされた。すなわち,治療の必要性が高いとする点で,

医師のみならず,検察官も一致していたと思われる。しかし,判決は,凶器の性状や殺傷能力

の認識,動機の存在,妄想の内容は被害者から殺傷されるというような差し迫ったものではな

いこと,記憶の存在,逮捕時の罪悪感から,妄想は思考や行動を支配してはいないとして,心

神耗弱とし,懲役�年�月の実刑を言い渡した。精神医学の側からは,判決が冷遇等の妄想体

験を被告人の思い込みという正常心理に置き換えて解釈していることや,妄想内容が犯行と釣

り合わなければならないとする点について疑問が示された。吉岡・前掲「刑事手続きと治療提

供をめぐって」801 頁。

さらに,統合失調症での入院歴があり,交際していた女性に他の男性がいると思い込んで,

その男性を刺殺し,心神耗弱とされて,一般刑務所で服役中に,幻聴,妄想が悪化して医療刑

務所に移送された例について,藤丸靖明・林幸司「矯正施設におけるデイケア」林幸司編・司

法精神医学研究・精神鑑定と矯正医療(2001 年)108 頁以下。

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可能性が高いと思われる。しかしそうすると,責任主義に従って,刑は減軽さ

れても,重篤な患者に医療観察法上の治療は与えられないことになる。すでに

述べたように,医療刑務所での治療はありうるが,その手厚さはかなり異な

る97)。

最近,連続ホームレス襲撃事件で殺人・殺人未遂に問われた被告人につい

て,殺人の故意を否定して傷害致死罪の成立のみを認めるとともに,強迫的な

こだわりを持つ自閉性障害で,父親から聞いた悪口を元に身に付いた,ホーム

レスを殴ってよいとする考え方を修正できなかったこと等の特性を考慮して限

定責任能力を認めた判決がある。この判決はさらに,「被告人の社会適応能力

と精神的安定の向上がなければ,服役はなんらの効果もない」と精神科医が指

摘したことを受けて,「可能な限り被告人の障害に留意した処遇を工夫して実

施されるよう」矯正機関に要望した98)。監獄法が改正されて,刑事収容施設

及び被収容者等の処遇に関する法律となり,矯正施設では個別処遇が図られる

ようになっている。医療刑務所などでも法律上の根拠ができたことにより,対

象者の病歴などの照会,対象者との面接が容易になった。北九州医療刑務所で

も,少人数のグループミーティングによる薬物の断薬会等が行われ始めてい

る。動物療法なども個別の対象者に対して行われている99)。しかし,本格的

に個別の精神科治療を行うにはスタッフも経費も限られている。

治療の必要性が責任能力判断を決定するのではないとしても,症状を重視し

てその対象者の責任能力を判断し,処遇を考えるべきである。コンラッド教授

の言われるように,私たちは受刑者の健康,精神的健康にも責任を負っている

ことを自覚しなければならない。

責任能力判断と精神鑑定(林 美月子)

247(40)

97)中谷教授も,厳罰化の流れの中で,精神障害の罹患が明白であっても,いったん起訴される

と長期の実刑判決を受ける傾向が進むと予想され,その場合,受刑者として受ける医療は,医

療観察法の指定機関での医療と天と地の差であることを指摘される。中谷陽二「責任無能力制

度の意味」中谷陽二編・責任能力の現在(2009 年)17 頁。岡田教授は,医療と刑罰を同一次元

においた二分法は妥当ではなく,両者は二次元的で独立した関係にあるという整理が現実的な

ものになるためには,刑事施設における精神医療が一層充実されなければならないとされる。

岡田・前掲「刑事責任能力と精神鑑定―精神医学と法学の再出発」88 頁。

矯正医療施設での治療についても事例に応じた柔軟な踏み込んだ質的な司法判断が必要であ

るとの指摘もなされている。松野・林・前掲論文 96 頁以下。

なお,精神保健福祉法の措置入院における医療と医療観察法の医療の比較については,武井

満編・医療観察法と事例シミュレーション(2008 年)参照。

98)東京地裁立川支部判平成 23 年�月 30 日読売新聞 2011 年�月 31 日朝刊。

99)2012 年�月�日の筆者の参観による。

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責任能力の存否は責任主義の見地からそれ自体として判断されるべきである

ことは確かである100)。例えば,犯行時に一過性の意識障害にあった場合に,

治療の必要性がないから,刑罰を科すべきであるとは言えない。犯行時に意識

障害によって弁識能力・制御能力が実質的に欠けていたのであれば責任無能力

としなければならない。この意味で,治療と刑罰のどちらが適切かで責任能力

を判断することは誤りである。しかし,刑罰は刑罰を科すことによって再犯を

予防する制度であり,これを前提に,責任無能力の意義,責任無能力とされる

精神状態,あるいは限定責任能力とされて刑罰を科される精神状態を考えてい

かなければならない101)。

立教法学 第 87 号(2013)

246(41)

100)浅田・限定責任能力の研究下巻 97 頁。

101)Vgl., Nedopil, Forensische Psychiatrie, 3. Aufl., 2008, S. 153.

アイダホ州では周知のように 1982 年に責任無能力抗弁を廃止した。たしかに,その理由の一

つは,弁識能力を欠く責任無能力者も有罪とすべきだとの世論である。しかし,他の重要な理

由は,従来の責任無能力後の処分では治療も不十分なまま不定期の拘束になっており,他方で,

通常の刑務所に責任無能力とされなかった多くの精神障害者がやはり十分な医療を受けないま

ま収容されていることであった。すなわち,治療を充実させる制度へ移行しようとしたのであ

る。ここでは裁判所が精神疾患の程度や治療方法などを考慮し,被告人は自由刑ではなく,精

神科治療施設での治療を受けるのである。拙稿・情動行為と責任能力(1991 年)289 頁以下参

照。