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本稿は、資本取引の自由化へのIMFの姿勢の推移を概観した上で、IMFスタッフにより昨秋公表 された、金融グローバリゼーションが途上国の経済成長とマクロ経済の不安定性に与えるインパクト に関する実証結果のサーベイ論文のポイントを紹介するものである。 金融グローバリゼーション(個別国の資本取引の自由化による国際資本市場への統合と密接に関連) は、理論的には国際的な資金の最適配分を可能とし途上国の経済成長にもプラスに働くとされるが、 かかる理論上の利益と最近の相次ぐ危機およびそれに伴う深刻な経済後退の現実との間には大きな ギャップがある。 本稿の前半で示すように、IMFは従来途上国のコンテクストにおいても資本取引自由化に基本的 に好意的であったと見られるが、近年の危機の経験を経て、その姿勢は自由化の理論的利益を評価し つつもそれに伴うリスク管理の重要性を強調する慎重なものへと変化してきている。こうした中で、 IMFの経済顧問・調査局長(当時)であるケネス・ロゴフ氏を含む4人のIMFスタッフにより執筆 され、IMFのoccasional paperとして2003年の秋に公表された本サーベイ論文は、金融グローバリ ゼーションの途上国への影響に関する最近の実証結果を包括的にレビューし、その結果として、資本 取引の自由化の理論的利益は実証的には基本的に確認されないとの結論を示した。かかる結論は、こ の分野における国際社会の知識がかなり不十分なものにとどまっていることを示したものであるとと もに、資本取引自由化の理論的利益を中核に据えているIMFの現在の基本スタンスにも関わり、潜 在的には非常に重要なインパクトを持つものであるといえよう。 Abstract This paper first briefly reviews the evolution of the IMF’ s stance on liberalization of capital transactions and then presents a summary of the main findings of a recent paper by IMF staff which surveyed empirical evidence regarding the impact of financial globalization on economic growth and the macroeconomic instability of developing countries. Financial globalization, which is closely related to an individual economy’ s integration with international capital markets through liberalization of capital transactions, is claimed to be theo- retically beneficial to developing countries by, for example, enhancing their economic growth through a more efficient international allocation of capital. However, there is a sharp contrast be- tween such theoretical benefits and the reality of recent repeated financial crises and subsequent severe economic setbacks in developing countries. As explained in the first part of this paper, it is observed that the IMF has been basically in favor of liberalization of capital transactions even in the context of developing countries. However, drawing on experiences of the recent crises, the IMF’ s stance on the issue has been tilted towards 金融グローバリゼーションが途上国の成長 と不安定性に及ぼす影響 IMFスタッフによる実証結果のサーベイ開発金融研究所主任研究員 荒巻 健二 114 開発金融研究所報

金融グローバリゼーションが途上国の成長 と不安定 …...要約 本稿は、資本取引の自由化へのIMFの姿勢の推移を概観した上で、IMFスタッフにより昨秋公表

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Page 1: 金融グローバリゼーションが途上国の成長 と不安定 …...要約 本稿は、資本取引の自由化へのIMFの姿勢の推移を概観した上で、IMFスタッフにより昨秋公表

要 約

本稿は、資本取引の自由化へのIMFの姿勢の推移を概観した上で、IMFスタッフにより昨秋公表

された、金融グローバリゼーションが途上国の経済成長とマクロ経済の不安定性に与えるインパクト

に関する実証結果のサーベイ論文のポイントを紹介するものである。

金融グローバリゼーション(個別国の資本取引の自由化による国際資本市場への統合と密接に関連)

は、理論的には国際的な資金の最適配分を可能とし途上国の経済成長にもプラスに働くとされるが、

かかる理論上の利益と最近の相次ぐ危機およびそれに伴う深刻な経済後退の現実との間には大きな

ギャップがある。

本稿の前半で示すように、IMFは従来途上国のコンテクストにおいても資本取引自由化に基本的

に好意的であったと見られるが、近年の危機の経験を経て、その姿勢は自由化の理論的利益を評価し

つつもそれに伴うリスク管理の重要性を強調する慎重なものへと変化してきている。こうした中で、

IMFの経済顧問・調査局長(当時)であるケネス・ロゴフ氏を含む4人のIMFスタッフにより執筆

され、IMFのoccasional paperとして2003年の秋に公表された本サーベイ論文は、金融グローバリ

ゼーションの途上国への影響に関する最近の実証結果を包括的にレビューし、その結果として、資本

取引の自由化の理論的利益は実証的には基本的に確認されないとの結論を示した。かかる結論は、こ

の分野における国際社会の知識がかなり不十分なものにとどまっていることを示したものであるとと

もに、資本取引自由化の理論的利益を中核に据えているIMFの現在の基本スタンスにも関わり、潜

在的には非常に重要なインパクトを持つものであるといえよう。

Abstract

This paper first briefly reviews the evolution of the IMF’s stance on liberalization of capital

transactions and then presents a summary of the main findings of a recent paper by IMF staff

which surveyed empirical evidence regarding the impact of financial globalization on economic

growth and the macroeconomic instability of developing countries.

Financial globalization, which is closely related to an individual economy’s integration with

international capital markets through liberalization of capital transactions, is claimed to be theo-

retically beneficial to developing countries by, for example, enhancing their economic growth

through a more efficient international allocation of capital. However, there is a sharp contrast be-

tween such theoretical benefits and the reality of recent repeated financial crises and subsequent

severe economic setbacks in developing countries.

As explained in the first part of this paper, it is observed that the IMF has been basically in

favor of liberalization of capital transactions even in the context of developing countries. However,

drawing on experiences of the recent crises, the IMF’s stance on the issue has been tilted towards

金融グローバリゼーションが途上国の成長

と不安定性に及ぼす影響―IMFスタッフによる実証結果のサーベイ―

開発金融研究所主任研究員 荒巻 健二

114 開発金融研究所報

Page 2: 金融グローバリゼーションが途上国の成長 と不安定 …...要約 本稿は、資本取引の自由化へのIMFの姿勢の推移を概観した上で、IMFスタッフにより昨秋公表

はじめに

近年の国際金融市場の発展に伴い、途上国は成

長に必要な資金の一部を国外市場から調達しうる

(潜在的な)チャネルを得ることとなったが、そ

の一方で、アジア危機の例をあげるまでもなく、

a more cautious approach which emphasizes the importance of management of relevant risks

while still keeping intact positive evaluation of theoretical benefits of financial globalization.

Against such a background, the above-mentioned survey paper, which was written by four IMF

staff members, including the then Economic Counselor and Director of Research Department Ken-

neth Rogoff, and published as an IMF Occasional Paper in last autumn, comprehensively reviewed

recent empirical evidence regarding the effects of financial globalization on developing countries

and concluded that it is difficult to find robust evidence in support of the theoretical benefits of fi-

nancial globalization. This paper has shown that knowledge of the international community in this

field still remains at a rather insufficient level and potentially has a very important implication

which may influence the basic policy stance of the IMF in which the theoretical benefits of liberali-

zation of capital transactions hold the core position.

目 次

はじめに

1.資本取引規制とIMF―これまでの経緯― ……………………………………………………………116

(1)IMF協定上の資本取引規制の位置付け…………………………………………………………116

(2)先進国と途上国の資本取引規制の自由化とIMFのスタンス…………………………………117

� 先進国における資本取引の自由化 ………………………………………………………117

� 途上国における資本取引の自由化 ………………………………………………………118

� IMFのスタンス ……………………………………………………………………………118

(3)資本取引自由化に関するIMF協定改正の検討…………………………………………………119

(4)アジア通貨危機を契機としたIMFの姿勢の変化………………………………………………120

� アジア通貨危機の深刻化とIMF批判 ……………………………………………………120

� ケルン・サミットに向けたG7蔵相会議における合意 …………………………………121

� IMFの姿勢の変化 …………………………………………………………………………121

� 今回のIMFスタッフによるペーパーの位置付け…………………………………………122

2.資本取引自由化の経済効果に関する最近の実証結果―IMFスタッフによるサーベイ論文の

ポイント― ………………………………………………………………………………………………122

(1)近年の途上国への資金フローの状況……………………………………………………………122

(2)金融グローバル化と経済成長……………………………………………………………………124

(3)金融グローバル化とマクロ経済の不安定性……………………………………………………129

(4)不安定性に関するその他の実証結果……………………………………………………………131

(5)受容能力・ガバナンスとグローバリゼーションの利益・リスク……………………………133

(6)IMFによるサーベイ論文の結論…………………………………………………………………135

3.まとめと結論 ……………………………………………………………………………………………136

2004年2月 第18号 115

Page 3: 金融グローバリゼーションが途上国の成長 と不安定 …...要約 本稿は、資本取引の自由化へのIMFの姿勢の推移を概観した上で、IMFスタッフにより昨秋公表

…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………

グローバル化された国際金融市場の活用には資本

移動の不安定性という大きなリスクが伴う。理論

的には金融市場のグローバル化(個々の国にとっ

ては資本取引の自由化によるグローバル市場への

リンク)は国際的な資金の最適配分を可能とし途

上国の経済成長にもプラスの効果を有するとされ

るが、かかる理論上の利益と近年の相次ぐ危機と

それに伴う経済後退の現実との間にはなお大きな

ギャップがある。

こうした中、2003年秋、IMFの経済顧問・調

査局長(当時)であるKenneth Rogoff氏*1を含む

4人のIMFスタッフは、金融グローバリゼー

ションが途上国に与える影響についての最近の実

証結果を包括的にレビューするサーベイ論文を

IMF occasional paperとして公表した*2。その結

論は、資本取引自由化の理論的利益は実証的には

基本的に確認されないとするもので、occasional

paperの形ではあるが*3IMFがこうした論文を公

表することを含め、極めて興味深い内容となって

いる。このため、本稿ではこのIMFスタッフの

サーベイ論文のポイントを紹介することとした。

本稿の構成は次のとおりである。まず、IMF

スタッフのサーベイ論文の紹介に先立ち、IMF

と資本取引規制との関わりに関するこれまでの経

緯を簡単に振り返る。そこでは、IMF協定上の

資本取引規制の位置付けに触れた後、先進国・途

上国における資本取引自由化のプロセスと資本取

引自由化に対するIMFのこれまでの姿勢を簡単

にレビユーする。その上で、90年代半ば頃から検

討された資本取引自由化をIMF協定の目的に据

えるという協定改正の動きとアジア危機に続く国

際金融市場の混乱の中でそうした検討が中断さ

れ、資本取引自由化に対するIMFの姿勢もより

慎重な方向に変化してきたことを紹介する。次い

で、今般のIMFスタッフのサーベイ論文のポイ

ントを若干詳しく紹介し、最後に本稿の要点をま

とめ結論を述べる*4。

1.資本取引規制とIMF―これまでの経緯―

(1)IMF協定上の資本取引規制の位置付け

IMF協定は、加盟国が、貿易などの経常取引

に関する支払いに対して制限を課すことを原則と

して禁止している*5。しかし、この禁止は経常取

引に適用されるもので、資本移動を目的とする取

引に適用されるものではない。逆にIMF協定第

6条第3項は、「加盟国は、国際資本移動の規制

に必要な管理を実施することができる。」とし、

加盟国に資本取引規制の明確な権能を付与してい

る*6。さらに、IMF協定第6条第1項(a)は、

「加盟国は、……巨額な又は持続的な資本の流出

に応ずるために基金の一般資金を利用してはなら

(ない)」と定め、「基金はその一般資金のこのよ

うな利用を防止するための管理(筆者注:資本取

引規制)を行うことを加盟国に要請することがで

きる」との規定を置いている*7。すなわち、現行

IMF協定は、貿易などの経常取引に係る資金移

転に対する制限の撤廃を目的としているが、資本

移転を目的とする取引(資本取引)については原

則として規制を認容し*8、その自由化を図るとい

*1 同氏は2003年9月をもって退任している。

*2 Eswar S. Prasad, Kenneth Rogoff, Shanj-Jin Wei, and M. Aynan Kose“Effects of Financial Globalization on Developing

Countries: Some Empirical Evidence”IMF Occasional Paper220(2003)。なお、当初本論文は2003年3月17日付でIMFの

web siteで公表されたが、これは2003年3月3日のIMF理事会の非公式セミナーに提出された本論文のearly versionに基づく

ものと思われる。early versionに対しては同セミナーでコメントが寄せられたとされている。今回公表されたoccasional pa-

perは3月17日付のpaperに若干加筆修正が加えられているが、基本的内容に変化はない。

*3 同ペーパーで表明された見解は執筆者のものであり、必ずしも加盟国の当局やIMF理事会の見解を反映するものではないと

されている(同ペーパー前書き)。

*4 本稿の記述のうち意見にわたる部分は、筆者の個人的見解であり、筆者が現在帰属する、あるいは過去に帰属したいかなる組

織の意見をも代表するものではない。本稿の作成に当たっては、中田亮輔国際協力銀行国際審査部第2班課長ほか国際審査部

の方々及び国際協力銀行開発金融研究所織井啓介氏より貴重なコメントをいただいた。厚く感謝する次第である。但し、言う

までもなく、本稿に誤りや分析の不十分な点がある場合にはその責任は全て筆者個人に帰属するものである。

*5 IMF協定第8条第2項(a)。なお、本条の禁止に対する例外には、�協定第14条に定める過渡的取決めにより、加盟国となっ

た日に実施されていた経常取引のための支払いおよび資金移動に対する制限を存続させることが認められる場合(いわゆる14

条国の場合)および�協定第7条第3項(a)、(b)(いずれかの加盟国通貨が不足する場合)に規定する特定の場合に該当

するときに、IMFとの協議のうえ制限を課す権限が与えられる場合がある。

116 開発金融研究所報

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う目的は有していないといえる。

(2)先進国と途上国の資本取引規制の自由化と

IMFのスタンス

� 先進国における資本取引の自由化*9

第2次大戦直後の時期においては、先進国にお

いても、米国、カナダ、スイスなど比較的自由な

資本取引規制の仕組みを有していた少数の国を除

いては、資本取引の自由化のプロセスはゆっくり

としたものであった。これは、資本取引規制が及

ぼすネガティブな経済効果が貿易制限に比べてか

なり小さいと見られていたことやブレトンウッズ

体制の下で各国は名目為替レートを防衛する必要

性に曝されていたことなどによるとされる。

1961年にはOECDが国際資本移動自由化コードを

定め、60年代前半には、(英国が資本流出制限を

強化したという例外はあるが)ドイツ、日本を含

め徐々に資本取引規制の自由化が進んだ。しか

し、64年に米国が国際収支の悪化、ドル不安を背

景に金利平衡税を導入するなど資本流出抑制を行

うと、多くの欧州諸国や日本で資本流入規制が強

化され、自由化の動きは一時停滞することとな

る。71年にブレトンウッズ体制が崩壊し固定相場

の防衛手段として資本取引規制を維持する必要性

が減少することとなっても、引き続く石油ショッ

クや世界的景気低迷が自由化プロセスを遅らせる

こととなった。しかし、その後金融市場の急速な

発展、金融技術の進歩による規制回避の容易化、

多国籍企業による国際的資本移動規制の緩和要求

などにより、自由化圧力が高まり、70年代末から

は自由化への動きが具体化し、80年代には市場志

向の経済政策への全般的シフトとあわせ先進国に

おける資本取引規制の自由化がグローバルな現象

となる。具体的には79年に英国が残されていた規

制を撤廃し、80年には日本が自由化プロセスを完

了、81年にはドイツが残存する資本流入規制を廃

止した。その後もEU諸国で自由化が進められ、

92―93年の欧州通貨危機でスペインなどによる一

*6 IMF協定がかかる定めを置いた背景として、IMF協定の起草に当たり、投機的な資本移動が固定相場制を不安定化するリス

クが主張されたことが指摘されている。すなわち、古城圭子「資本移動の増大と国際関係―「国家の自立性」の低下をめぐる

議論を手がかりとして―」(東京大学社会科学研究所紀要『社会科学研究』第50巻第2号、1999年)によれば、IMF協定原案

が検討されたブレトンウッズ会議において、イギリスのケインズが投機的な資金移動が固定相場制を不安定化することをおそ

れ資本移動規制を支持したのに対し、アメリカのホワイトは自由な貿易を支えるには自由な資本移動が必要として規制は極力

排除すべきであると主張したが、結局各国に規制を行う裁量が与えられたとしている。また、島平三郎「国際通貨の歩み―歴

史の教訓と将来への示唆―」(日本関税協会、1974年、P. 144―146)によると、戦後の国際通貨体制の検討の過程で、ケイン

ズは、「秩序的な為替統制が利益となることを主張し、」「一般的には、……外国通貨の私的保有、為替取引もしくは……国際

資本移動の私的取引の統制ないし禁止を主張している」としている。また、ケインズは、「『資本移動の統制は、その流入と流

出とを問わず、戦後制度の恒常的特質であることは広く主張されるところである。』、『かかる統制は、これを絶対に必要とす

る諸国の側の一方的措置によるのみでは、……実施がより困難であろう。従って、合衆国が……イギリスの為替統制が今や完

成に近づいたと同様の機構を採用するならば、極めて有益であろう』と述べ……資本規制を何ら有していないアメリカに対し、

資本統制の採用を勧めているのである」としている。ただし、「ケインズは……『資本移動統制の擁護は、国際投資の時代は

終了すべきだという意味にとってはならない。』、『均衡の維持および世界資源の開発に資する債権国による長期貸付を、財源

に欠乏している赤字国からの資金移動と区別する手段、および赤字国からのものと黒字国相互間のものとを問わず、通貨の短

期投機移動または逃避を統制する手段』を有することが重要であると述べ、最適資源配分に合致する長期資本移動は規制され

てはならないと述べているのである。」としている。

*7 このような協定の規定に照らすと、資本勘定型の通貨危機であったメキシコ危機やアジア通貨危機へのIMFの巨額融資の位

置付けが問題となる。島(1974年、P.163)によると、資本取引によって生じる国際収支問題は既に1940年代後半から生じて

おり(1947年の英国ポンドの自由交換性の一時的回復による大量のポンド売りと自由交換性の再停止)、1950年の朝鮮動乱を

契機とするカナダへの投機資金の流入、50年代半ば以降のスエズ動乱勃発前後のポンド危機の連続発生などの経験を経て、

1960年にIMF理事会でこの問題について対応が行われたとされている。すなわち、「IMFは、資本取引によって生じる国際収

支対策については、原則として融資を行いえなかったのであるが、1960年、IMF理事会は協定の拡大解釈を行って、『資金流

出に直面した国がIMFに資金援助を求めるときは、IMFはその国が資本の流出に対し適当な措置を講じ、かつ供与資金が3

年ないし5年の期間内に返済されることを条件として、引出し申請を受理する用意がある。』との理事会決議を行った」とさ

れている。

*8 ただし、協定第6条第3項は、資本取引規制を行う場合、加盟国は、協定に定める場合を除き、経常取引のための支払いを制

限し又は契約上の資金移動を不当に遅延させるような方法でこれを実施してはならないとしている。

*9 本項および途上国に係る次項の記述は、主としてAge Bakker and Bryan Chapple“Advanced Country Experiences with

Capital Account Liberalization,”2002, IMF Occasional Paper214, P. 1―3およびBarry Eichengreen, Michael Mussa et.al.

“Capital Account Liberalization―Theoretical and Practical Aspects―�

,”1998, IMF Occasional Paper172, P.35―40による。

2004年2月 第18号 117

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時的な規制の再導入があったが、90年代前半のう

ちにこうしたEU諸国で自由化に向けた最終ス

テップがとられ、先進国については今や資本取引

規制はほぼ撤廃されるに至った。

� 途上国における資本取引の自由化*10

これに対し、途上国における資本取引の自由化

の経験は国により大きな相違がある。具体的に

は、80年以前は、資本取引の自由化は国際収支の

強い国(例えば、マレーシア、シンガポールなど)

で進められたが、より最近では、国際収支がそれ

ほど好調でない状況下でも行われる。また、途上

国の資本取引自由化は典型的には徐々に進むが、

最近は急速に自由化した国(アルゼンチン、ベネ

ズエラ、バルト諸国、キルギスなど)も多い。

また、自由化パターンは、地域により大きな違

いがある。中南米諸国は60年代には相対的にオー

プンであったが、70年代にブレトンウッズ体制の

崩壊および第2次石油ショックにあたって規制を

有する国が増えたこと、さらに80年代には債務危

機への対応で資本流出規制を行った重債務国が

あったことから規制が増加し、80年代後半ないし

90年代初めになって自由化が再開された。アジア

では中南米とは異なり70年代以降着実に規制を有

する国が減少しており、(これは各地域に共通で

あるが)90年代に明らかに自由化の加速が見られ

る。中東や欧州の途上国では90年代初めまで明確

な自由化傾向は見られず、アフリカでも同様で

あった。90年以降、移行国では資本取引の自由化

は速やかに進んだ。

� IMFのスタンス*11

IMFは、近年にいたるまで、資本取引自由化

について加盟国全体に向けたガイドラインを作成

するために包括的検討を行うといったアプローチ

はとらず、主としてサーベイランス*12、融資、

技術支援(technical assistance)の中で個別にそ

の考えを示してきた。これは上述のように、協定

が資本取引規制について加盟国の権限を認めてい

ることを踏まえたものであるが、その一方で、

IMFはマルチのサーベイランスや個別の政策ア

ドバイスの中で、加盟国の資本取引自由化措置を

歓迎し、またより広範な構造改革の不可欠の要素

であると認められる場合には自由化を促す傾向が

あったとされる。

先進国、途上国別に見ると、先進国の資本取引

自由化については、IMFは4条コンサルテー

ションのコンテクストにおいて、先進国の資本勘

定の自由化を支持してきた。ただし、IMFはこ

の分野での各国における進展に主要な役割は果た

してはおらず、自由化の主な原動力は、OECD

コードとEU directiveのフレームワークにあった

*10 本項の記述における資本取引自由化の進展度は、為替規制に関するIMFの年次報告(Annual Report on Exchange Arrange-

ments and Exchange Restrictions)に示される指標によるとされている。

*11 本項の記述は、IMF Occasional Paper214, P.1―2およびPeter J. Quirk, Owen Evans et. al.“Capital Account Convertibility―

Review of Experience and Implications for IMF Policies”October1995, IMF Occasional Paper131, P.5―10,22―26による。

なお、一般的にOccasional Paperは筆者の見解を示すもので必ずしもIMFの見解を反映するものではないとの位置付けである

が、例えば後者のペーパーはIMF部内の複数の局をまたがるリサーチ・プロジェクトの成果としてIMF理事会で議論された

いくつものペーパーに基いて書かれたものであり、その意味で個人のものであるとはいえIMFにおける業務経験やIMFス

タッフとしての考えを反映するものであると考えられる。

*12 IMFのサーベイランスとは、IMF加盟国の経済政策の持つ国内的および国際的影響について、IMFがモニターし、加盟国と

協議を行う対話(dialogue)のプロセスをさす(IMF公表のfactsheet�IMF surveillance�(April 2003)による)。IMF協定第4条第3項(b)は、国際通貨システムの効果的な運営を確保するため、IMFは加盟国の為替レート政策のサーベイラン

ス(surveillance、監視)を行うとし、各加盟国はサーベイランスのために必要な情報をIMFに提供し、またIMFが要求する

ときは自国の為替レート政策についてIMFと協議しなくてはならないとしている。IMF理事会決議により、加盟国は、協定

第4条の規定に基き、IMFと定期的に協議(consult)することとされた(IMF4条コンサルテーション)。この協議はバイラ

テラル・サーベイランスと呼ばれることもあるが、原則として年1回開催されている。サーベイランスの対象は、協定上は為

替レート政策とされているが、1977年のIMF理事会決議により、為替レート政策の評価には全般的な経済状況および政策の

包括的分析が必要であるとされ、その内容は、上記のIMF factsheetによると、サーベイランスの中核である為替レート政策、

財政金融政策から、80年代に構造政策が追加され、90年代に金融セクター問題が加わり、さらに、中央銀行の独立性やコーポ

レート・ガバナンスなどの制度問題や大規模かつ不安定な国際的資金移動に伴うリスクと脆弱性の評価までをもカバーするよ

うになっているとされている。なお、IMFは、こうしたバイラテラルのサーベイランスに加え、世界経済の趨勢やその動向

について、半年ごとに刊行する「世界経済見通し(World Economic Outlook)」や「Global Financial Stability Report」など

により継続的に評価を行っているが、これはマルチラテラル・サーベイランスと呼ばれ、バイラテラルのサーベイランスへの

重要なインプットとなっている。

118 開発金融研究所報

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…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………

とされる。

他方、途上国に対しては、IMFは4条コンサ

ルテーションにおいて資本取引自由化について

ケースバイケースで選別的なアプローチをとった

とされるが、一般的には途上国による資本取引自

由化措置を歓迎し、その一方で規制強化をdis-

courageし、こうした政策を通じてIMFは途上国

の資本取引の自由化を個別に推進してきたと考え

られる。その際、IMFの基本スタンスは急速な

自由化要求は回避し漸進的な自由化を支持するも

のであったとされるが、ケースによっては途上国

に対し資本流入を含めた資本取引の自由化の加速

を促してきた*13。また、IMFの考えが特に前面

に出てくるのは資本移動が相当の規模となり、マ

クロ経済政策の調整が必要とされる状況において

であるが、大量の資本流入が問題となった近年の

いくつかのケースでIMFは財政・金融・為替

レート政策の適切な組合せによる対応を適当と

し、資本移動規制の強化は一般的にdiscourageし

たこと、また、国際収支の悪化に対して資本規制

の再導入で対応することに対しては一般的に好ま

なかったこと(general distaste)が指摘されてい

る。融資のコンテクストでは、IMFプログラム

は一般的には資本取引の自由化にかかる明確な勧

告やパフォーマンス・クライテリアは含んでこな

かったが、移行国のプログラムにおいては、当初

は対内直接投資の積極的な推進が行われたとされ

ている*14。

なお、外国為替市場を育成するためのIMFの

技術支援においては、かつては経常勘定の交換性

を促進することに焦点が当てられていたが、80年

代半ばからはその焦点は経常勘定と資本勘定の完

全な交換性の採用を促すことへとシフトしたとさ

れている。

(3)資本取引自由化に関するIMF協定改正の検

このように、IMFは資本取引の自由化に対し

て全体的な指針を示してこれを推進することはな

かったが*15、その一方でマルチとバイのサーベ

イランス、技術支援、さらに場合によっては融資

プログラムを活用して個別に資本自由化に対し基

本的に前向きに対応してきたといえる。しかし、

90年代に入ると、個別国の資本自由化と金融市場

のグローバル化の進展を背景として、その中で

IMFがよりフォーマルにいかなる役割を果たす

べきかが検討されるようになる*16。例えば、途

上国への資本流入の増大を取り上げた94年9月の

IMF「世界経済見通し」に係る作業の中で、IMF

理事会は、適切な健全性規制や監督システムの重

要性を指摘しつつ、資本移動の自由化の動きは世

界経済のパフォーマンスを向上させる歓迎すべき

ものであると強調したとされ、さらに95年の

IMFのリサーチペーパー*17は、この問題に対し

IMFの管轄権を資本取引規制の自由化に拡大す

ることにより対処することを1つの選択肢として

検討した*18。その後96年9月のIMF暫定委員会

はそのコミュニケでIMF理事会に対し資本フ

*13 Occasional Paper131P.6。その例として同ペーパーは中東欧諸国のケースをあげている。

*14 移行国についても、当初よりも後の時期においては、また他の資本類型については政策勧告はより一般的なものであったとす

る(IMF Occasional Paper131, P.7)。ただし、移行国への技術支援報告書においては、時にさらに歩を進め完全自由化の根

拠と実際の採用の仕方について議論が行われているとしている。

*15 IMF Occasional Paper131, P.5―8によると、IMF理事会は1970年代以来資本取引規制自由化の問題を広範に検討したことは

ないとしている。このペーパーは95年に出版されていることから70年代以来90年代前半までは理事会レベルでの本格的検討が

なかったことになる。なお、同ペーパーによれば、資本規制に関するIMFの役割は、ブレトンウッズ協定の検討の過程で集

中的な議論の対象となったが、その後は固定相場制の下でこの分野における国際的責任の問題は、さほど議論を呼ばなかっ

た。1970年代初めに一般的フロートが出現すると、新たな国際金融システムの下での加盟国の責任が大きな議論となり、そ

の結果、1977年にIMF理事会は為替相場政策に関するサーベイランスについて決議を行った。当該決議は、加盟国との議論

を要する動きの1つとして、国際収支目的での資本の流入ないし流出に対する制限ないし促進措置の導入又は大幅な変更をあ

げた。本決議は1995年のサーベイランスの隔年レビューに際し民間資本フローの重要性をさらに十分に考慮するように改正

されたとされる(P.5―7)。

*16 例えば、IMFは1993年に先進国と途上国の資本取引自由化の経験と関連問題を分析するOccasional Paper(Donald J. Mati-

eson and Liliana Rojas―Suarez“Liberalization of the Capital Account―Experiences and Issues―”IMF Occasional Paper

103, March1993)を公表している。

*17 Occasional Paper131(October1995)

2004年2月 第18号 119

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ローとそのimplicationの分析を継続し、ありうべ

きIMF協定の改正につき検討を行い、次回の暫

定委員会に報告することを要請した。翌97年4月

の暫定委員会は、自由な資本移動が世界経済に利

益をもたらすものであるとの認識を明確に示し、

IMFは資本移動の秩序だった自由化の促進のた

め中心的な役割を果たすべきであるとし、IMF

協定を改正し、資本取引の自由化の促進をIMF

の目的とするとともに、資本移動に対する適切な

権限をIMFに付与することに合意し、IMF理事

会に対し次回会合までに協定改正の重要な要素に

つき具体的な提案を行うよう要請した。

その後、97年7月にタイ・バーツが暴落し近隣

アジア諸国に通貨下落の波が波及し始めたが、97

年9月のIMF・世銀香港総会の際に開催された

IMF暫定委員会では、4月の会合の考えが再確

認され、IMF理事会に対して協定改正案作成作

業を完成させ、IMF総会に改正提案を提出する

ように要請が行われた。しかしながら、その後ア

ジア通貨危機は深刻さを増し、98年を通じて国際

金融市場の緊張と混乱が続く中で、資本取引自由

化の利益とリスクに対する慎重な見方が次第に優

勢となる。98年4月の暫定委員会では、香港会合

の考えが再確認され、IMF理事会に対し改正提

案をできるだけ早期に提出すべく作業を進めるよ

う要請が行われたものの、98年10月の暫定委員会

は、資本取引の自由化は当該国の自由化の結果に

対する耐久力の強化と歩調を合わせ秩序だって

徐々に行う必要があるとし、IMFに対しサーベ

イランスや調整プログラムのコンテクストにおい

て各国が適当な措置を採用することを促していく

ことを求めるにとどまった。これは資本取引規制

の自由化に対する従来のIMFの関わり方の確認

に他ならず、ここにおいて協定改正に向けた推進

力は少なくとも当面失われることとなったといえ

る。

(4)アジア通貨危機を契機としたIMFの姿勢の

変化

� アジア通貨危機の深刻化とIMF批判*19

97年夏のアジア危機の勃発後、IMFは世銀な

ど他の国際機関および日本などのバイのドナーと

ともに危機に陥ったアジア諸国に対して巨額の金

融支援を行ったが、周知のようにかかる支援にも

関わらず危機は日を追って深刻化の度合いを深

め、翌98年にはインドネシアの政治的社会的混乱

の激化とスハルト政権の崩壊、ロシア危機の発生

や米国大手ヘッジファンドの経営危機の表面化に

よる世界の金融市場の異常な緊張、99年1月まで

続くブラジル危機の深刻化といった形で国際金融

市場の混乱は世界的な拡大を見せた。かかる状況

の下で、アジア危機への対応を主導したIMFに

対する厳しい批判が展開されることとなった。

IMF批判は多岐にわたったが、資本取引規制と

の関連で見ると、危機の本質の捉え方が大きなイ

シューとなった。IMFは危機の主因は危機に

陥ったアジア諸国の金融セクターとガバナンスの

脆弱性にあった(従って危機対応のためには構造

改革が不可欠である)としたが、例えば、ジェフ

リー・サックス・ハーバード大学教授やジョセ

フ・スティグリッツ・世銀上級副総裁・チーフエ

コノミストは、これら諸国のファンダメンタルズ

には大きな問題はなく、この危機を開放的な資本

市場を持つ経済への国際的な取り付けと見た。日

*18 Occasional Paper131(October1995)P.6―10参照。同ペーパーは、資本取引自由化に係る先進国と途上国のそれまでの経験

とIMF政策へのimplicationを論ずるものであるが、その中で、同ペーパーの筆者は、その時点(ペーパー公表は95年)まで

資本取引自由化促進に関するIMFのアプローチは控え目(modest)なものであったが、全ての先進国といくつかの途上国が

資本取引を自由化し資本市場がグローバル化している現在この分野でIMFがより積極的な役割を果たすべきか否かという問

題が提起され得るとし、その観点から次の3つの選択肢を提示した。�従来のアプローチを継続する、�資本取引の自由化を

より積極的に推進するため現在のサーベイランス手続きと技術支援の仕方を変更する、�IMFの管轄権を資本取引にまで広

げる。最後の管轄権拡大のオプションの根拠として、同ペーパーは、原協定は資本取引量が限定的であるため投機的資本移動

と生産的資本移動との区別に伴う困難がそれほど決定的でなかった時代に形成されたものであり、グローバル化された市場と

大量の資本移動からなる現在の国際金融システムと調和していないこと、実効性のある規制が今や困難であること、多国間の

ベースで考えると資本取引の自由化には明白なシステマティックな利益があることなどが挙げられている。

*19 アジア危機の進行とIMFの対応、およびIMFへの批判については、拙著「アジア通貨危機とIMF」(1999年、日本経済評論社)

および拙稿「1997―98年国際金融危機とアメリカの対応」(渋谷博史、井村進哉、花崎正晴編「アメリカ型経済社会の二面性」

(2001年、東大出版会)参照。

120 開発金融研究所報

Page 8: 金融グローバリゼーションが途上国の成長 と不安定 …...要約 本稿は、資本取引の自由化へのIMFの姿勢の推移を概観した上で、IMFスタッフにより昨秋公表

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本政府も、98年10月のIMF・世銀総会における

宮澤大蔵大臣(当時)の演説に示されているよう

に、この危機を主に短期資金の急速な流出入によ

りもたらされたものであると性格付け、IMFが

融資にあたり求めた政策条件の内容と各国の状況

を十分に考慮しないままに急速な資本自由化を求

めることに対し強い批判を展開した*20。

� ケルン・サミットに向けたG7蔵相会議にお

ける合意

国際社会は97年から98年にかけ危機への対応に

追われ続けたが、その一方で国際金融システム改

革への議論が進められ、その中で、日本政府は、

資本取引については性急な資本自由化の回避、危

機時の資本規制などを強調した。こうした検討を

経て99年6月にはケルンサミットに向けて開催さ

れたG7蔵相会議で「国際金融システムの強化」

と題する報告書がまとめられ、ケルン経済サミッ

トに報告された。この報告書はそれまでの議論を

集大成するもので危機の予防と解決に向けた方策

を網羅的に掲げたものであるが、資本取引規制に

関して特筆すべき内容を含むものであった。すな

わち、同報告書は、過度の借入れ、特に外貨建て

の借入れに著しいリスクと脆弱性が伴うことを明

確に認識し、資本取引の自由化を注意深く、秩序

だって進める必要性を強調した。その上で、資本

流入規制が国内金融システムが強化されるまでの

過渡的な期間において正当化されうることを認

め、資本流出規制についても例外的な状況で必要

となり得るとした。これらは、前述のように途上

国についても基本的に資本取引自由化を好意的に

捉えてきた従来のIMFの考え方(あるいはそれ

を支持してきたと思われる米国などの市場志向的

な考え方)とは明らかに異なるものであり、世界

的な危機がそれだけ衝撃的なものであったことを

示しているといえる。

� IMFの姿勢の変化

こうした世界的議論の中で資本取引自由化に対

するIMFの姿勢もその対外発信に示されるよう

に徐々に慎重なものに変化を見せ始める*21。そ

の基本的考え方は、資本取引の自由化は大きな利

益をもたらすものであるとの基本的スタンスを維

持しつつも、自由化に伴うリスク管理の重要性に

対し従来と比べ格段に大きな力点を置き、自由化

を進める上で必要とされる条件の明確化とその整

備を図っていこうとするものであると考えられ

る。かかる観点からIMFは加盟国の資本取引規

制の採用とその自由化の経験をレビューするなど

この問題の理解への努力を払う一方*22、2000年

5月に新IMF専務理事に就任したケーラー氏よ

りスタッフに対し資本取引の自由化の順序付けに

関する現実的な助言を作成するよう指示が出され

たこと*23や国際通貨金融委員会 (旧暫定委員会)

からの同様の要請*24を受け、IMFは資本取引の

秩序だった自由化のあり方について分析・検討を

進めた。その後、IMF理事会セミナーに提出さ

れたペーパーをベースとして2002年に公表され

たIMFペーパー*25では、自由化の順序付けに関

し長期資本、特に直接投資の自由化を先行させる

*20 インドネシア向け融資のコンテクストでのIMF処方箋の批判的検討については、拙稿「インドネシア危機とIMF改革」(黒岩

郁雄編『アジア通貨危機と援助政策―インドネシアの課題と展望』アジア経済研究所2002年3月所収)参照。

*21 例えば、国際金融システム改革の進捗状況についてIMFスタッフがまとめ公表した文書(IMF“Reforming the International

Financial Architecture―Progress Through2000”March9,2001)は資本勘定の問題について、次のように述べている。「国

際金融システム改革の最も重要な目的の1つは、国際的な資本フローが生み出すリスクを最小化しつつ、各国がその利益を享

受することを助けることである。これには金融セクター開発と資本勘定自由化の注意深い管理と順序付けが必要である。不安

定性を避けようとするのであれば、資本勘定の完全自由化に先立ち一定の前提条件を満たすことが重要である(筆者注:この部分は原文太字)。IMFは、各国が必要な制度を構築するに当たり、実際的な助言や技術支援を提供する自身の能力を強化し

ている。IMFは、サーベイランスにおいて資本勘定の動向により注意を払っており、またその助言の質を改善するため個々

の国の経験に基く追加的調査分析を実施している。」

*22 例えば、IMF“Country Experiences with the Use and Liberalization of Capital Controls,”January2000

*23 IMF“The IMF in the Process of Change: Statement by Horst Kohler Managing Director of the International Monetary

Fund on the Occasion of the Spring Meeting of the International Monetary and Financial Committee,”April29,2001.

*24“Communique of the Interim Committee of the Board of Governors of the International Monetary Fund”April27,1999お

よび“Communique of the International Monetary and Financial Committee of the Board of Governors of the International

Monetary Fund”April29,2001.

*25“Capital Account Liberalization and Financial Sector Stability”IMF Occasional Paper211,2002

2004年2月 第18号 121

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ことが望ましいことなどいくつかの具体的考え方

が示される一方で、資本取引自由化はマクロ経済

の安定、適切な為替相場制度の採用、国内金融セ

クター改革などの他の分野の政策と密接にかかわ

り、しかも個別国の政策環境や脆弱性に関する初

期条件を踏まえる必要があることなどから、その

順序付けの実務的なプランについて単純な方式を

示すことが難しいことが示唆された。現在の姿勢

が維持される場合には、今後は、資本自由化が利

益をもたらすことを理念上は前提としつつ、個別

国の実状に即しリスクを適切にコントロールしな

がら慎重にこの問題へのアプローチが図られてい

くものと考えられる*26。

� 今回のIMFスタッフによるペーパーの位置

付け

こうしたIMFの全般的な姿勢の変化の中で、

今回資本取引自由化が途上国経済の成長と不安定

性にどのような影響を与えるかについての実証結

果のIMFスタッフによるサーベイ論文がIMF Oc-

casional Paperとして公表された。これは資本取

引自由化の理論上の利益が実際に確認されるか否

かを検証したものであるが、同ペーパーの結論

は、これまでのところ資本取引自由化のポジティ

ブな経済効果は基本的に確認されないというもの

であり、潜在的にはIMFの基本スタンスにも関

わりうる非常にインパクトの強い内容となってい

る。このため、次章ではその要点を若干詳しく紹

介することとしたい。

2.資本取引自由化の経済効果に関する最近の実証結果―IMFによるサーベイ論文のポイント―

本項では、IMFの法律顧問・調査局長 (当時)

を勤めるKenneth Rogoff氏を含む4人のIMFス

タッフにより執筆されたIMF Occasional Paper

「金融グローバリゼーションの途上国への影響―

若干の実証結果―(Eswar Prasad, Kenneth Ro-

goff, Shang―Jin Wei and M. Ayhan Kose,“Ef-

fects of Financial Globalization on Developing

Countries: Some Empirical Evidence”IMF Oc-

casional Paper220(2003))」(以 下、「本 ペ ー

パー」ないし「原ペーパー」と呼ぶ)のエッセン

スを紹介する*27。本ペーパーは、金融グローバ

リゼーションが途上国に与える影響、特に�金融

グローバリゼーションは途上国の経済成長を促進

するか、�途上国のマクロ経済の不安定性にどの

ようなインパクトを与えるか、�金融グローバリ

ゼーションの利益の確保に寄与する要因は何かに

焦点を当て、関連する実証結果の包括的評価を行

うものである。

(1)近年の途上国への資金フローの状況

途上国は90年代に急速にde factoの金融グローバ

ル化が進展(図表1*28)

本ペーパーの図表1は、金融グローバル化*29

の2つの尺度、即ち、各国がIMFに報告する対

外資本フローに対する公的な規制のあり方に基く

金融グローバル化の度合いの計測(規制尺度)と

対外総資産および総負債の推計額のGDPに対す

る比率に基く事実上の金融グローバル化の度合い

*26 こうしたIMFの姿勢の変化とは対照的に、米国はチリやシンガポールとの自由貿易協定(FTA)締結交渉に関し報じられて

いるように、FTA締結相手国に対し資本取引の完全な自由化を求める従来のスタンスを変えていないと見られる。

*27 本論文は基本的にOccasional Paper220に基づくが、図表については一部読みやすさの観点から2003年3月17日付のearly

versionのものを用いている。

*28 以下、本文に掲げる図表は全て原ペーパーからのものである。脚注24で述べるように、原文で金融統合(financial integra-

tion)という表現が用いられている場合もここでは金融グローバル化に統一している。図表番号は原ペーパーのものとは異な

る場合がある。なお、本章の本文中の太字の見出しは筆者によるものである。

*29 本ペーパーP. 2によれば、金融グローバリゼーション(financial globalization)と金融統合(financial integration)は異なる

概念であり、前者がクロス・ボーダーの資金フローを通じた世界的リンケージの高まりを指す集合的概念であるのに対し、後

者は国際資本市場への個別国のリンケージを指すとされる。本ペーパーではこの2つの用語を相互に代替可能なものとして使

用しているが、本稿では金融グローバル化ないし金融グローバリゼーションに統一した。

122 開発金融研究所報

Page 10: 金融グローバリゼーションが途上国の成長 と不安定 …...要約 本稿は、資本取引の自由化へのIMFの姿勢の推移を概観した上で、IMFスタッフにより昨秋公表

10

Bank lendingPortfolioFDI

高度金融グローバル化経済(MFI)�

7.5

5

2.5

01970 1974 1978 1982 1986 1990 1994 1998

5低度金融グローバル化経済(LFI)�

3.75

2.5

1.25

01970 1974 1978 1982 1986 1990 1994 1998

Bank lendingPortfolioFDI

1.0 1.5

0.8

0.6

0.4

0.2

0.0

1.2

0.9

0.6

0.3

0.01970 1974 1978 1982 1986 1990 1994 1998

工業国�

規制尺度(左目盛り)�開放度尺度(右目盛り)�

1.0 0.50

0.8

0.6

0.4

0.2

0.0

0.40

0.30

0.20

0.10

0.001970 1974 1978 1982 1986 1990 1994 1998

途上国�

規制尺度(左目盛り)�開放度尺度(右目盛り)�

…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………

の計測(開放度尺度)という2つの尺度*30によ

る各国の金融グローバル化度の工業国・途上国別

の単純平均を示したものである。これによると、

これらいずれの尺度によっても、工業国と途上

国*31の金融開放度(financial openness)には大き

な差があるが、工業国では1980年代央以降*32、

特に90年代に急速な金融グローバル化を経験して

いる。これに対し、途上国は規制尺度で見ると、

70年代の自由化の後、80年代には開放トレンドが

逆転し、90年代初めになってゆっくりしたペース

で自由化が再開されたが、開放度尺度で見ると、

80年代に緩やかに上昇した後、90年代に急激に上

昇したことが認められる(すなわち、途上国は、

de jureで捉えられるよりも急速にde factoで金融

グローバル化している)。

90年代の途上国への資本流入の大半はde factoの

高度金融グローバル化経済に流入(図表2)

途上国を実際の資本フローに基く金融グローバ

図表2 途上国への民間資本流出入(グロス、GDP比)

出所 WEO、IFS原注 2つの図は目盛りが異なることに留意筆者注 本図は、de factのグローバル化度により、途上国を高度金

融グローバル化経済(More Financially Integrated econo-mies:MFI)と低度金融グローバル化経済(Less FinanciallyIntegrated economies:LFI)に分類し、これらへの民間資本流出入(グロス)を類型別に示したもの

図表1 金融グローバル化度の計測

出所 IMF“World Economic Outlook”(Oct.2001, Sept. 2002),Lane and Milesi―Ferreti(2003)

*30 本ペーパーP. 6は、フォーマルな実証研究のほとんどは各国がIMFに報告した資本取引に対する公的規制(前者の手法)を

用いているが、この手法は規制の強度を捉えていないと指摘している。また、本ペーパーは、工業国の多くが規制尺度と開放

度尺度の両方の意味で高度の金融グローバル化を遂げているが、途上国では両尺度によるグローバル化度の判定は異なるもの

となりうるとする。例えば、1970年代、80年代のいくつかの中南米諸国からの資本逃避のケースは、法的には閉ざされた経

済が事実上は金融グローバル化されている例を示し、他方、アフリカには法的規制はほとんどないにも関わらず資本フローが

ごくわずかである国もある。また、法的にも事実上も金融的に閉ざされている国の例を探すことも難しくない、としている。

*31 本ペーパーで用いられるデータは、原則として76カ国を対象とし、うち21カ国は工業国、55カ国は途上国である。対象から除

かれているのは、ほとんどの重債務貧困国(基本的に公的資金を受入れている)、東欧・旧ソ連の移行経済(データの欠如に

よる)、極めて小さな国(人口1.5百万人未満)および中東の石油輸出国である。データの対象期間は1960―99年で、韓国、

シンガポールなど現在工業国と定義されるいくつかの国は途上国グループに含まれている(本ペーパーP. 7脚注5およびP.

45AppendixⅥ参照)。

*32 80年代には、当時のEC(現EU)諸国による資本取引自由化によって特に急速な規制の減少が生じた(本ペーパーP. 7脚注6)。

2004年2月 第18号 123

Page 11: 金融グローバリゼーションが途上国の成長 と不安定 …...要約 本稿は、資本取引の自由化へのIMFの姿勢の推移を概観した上で、IMFスタッフにより昨秋公表

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ル化度(いわばde factoのグローバル化度)の過

去40年間の平均(および金融グローバル化に関す

る他の指標の評価)により、22の「高度金融グロー

バル化経済(More Financially Integrated econo-

mies:MFI)」と33の「低度金融グローバル化経

済(Less Financially Integrated economies:

LFI)」に区分し、これらへの民間資本流出入(グ

ロス、GDP比)の推移を資本類型別に示したの

が、図表2である。これによると、途上国への民

間資本の流出入(グロス)の大半が、特に90年代

には、高度金融グローバル化経済(MFI)に向

かっており、これに対し低度金融グローバル化経

済(LFI)への民間資本の流出入(グロス)は過

去10年間非常に少なく(図表2の上図の目盛りは

下図の2倍である)、特に銀行融資は70年代後半

の水準に比べ減少していることが示されている。

FDIは不安定性が低く、ポートフォリオ投資は不

安定性が高い(図表3)

図表3は、途上国への民間資本流入の類型別に

不安定性(volatility)を示している。FDIは不安

定性が最も少なく、ポートフォリオ・フローはは

るかに不安定で突然逆流しかねないことが示され

ている。

途上国への資本流入の増加の要因

本ペーパーは、MFIへのネット民間資本流入

の増加とその構成の変化は、「プル」要因と「プッ

シュ」要因とに分けられるとし*33、前者はMFI

における政策などの動向(株式市場自由化、国有

企業民営化、金融セクターへの外資参入規制の緩

和など)に関連し、後者はグローバルな金融市場

の変化(投資信託、年金基金、ヘッジファンド、

生命保険などの機関投資家の成長、工業国におけ

る高齢化など)に関連すると整理している。

(2)金融グローバル化と経済成長

本ペーパーの中心的分析対象の1つである金融

グローバル化の経済成長への影響については、理

論上の利益と実証的な証拠が示される。

� 理論―金融グローバル化は経済成長にプラス

である―(図表4)

本ペーパーは、まず金融グローバル化が途上国

の経済成長を促進するチャネルとして、理論モデ

FDI/GDP Loan/GDP Portfolio/GDP

変動係数(CV)(各グループの中央値)MFILFI

特定のMFIの変動係数(CV)インドネシア韓国マレーシアメキシコフィリピンタイ

0.6961.276

0.8200.5910.4900.4520.9210.571

1.2451.177

0.7172.0394.3972.0480.9560.629

1.7512.494

1.7221.3383.5442.0881.9791.137

出所 Wei(2001)原注 1980―96年の期間について算定。この期間内に3つの変数の全てについて少な

くとも8つのデータが得られ、かつ1995年の人口が100万人以上である国のみがサンプルに含められている。総対内FDIフロー、総銀行ローン、総対内ポートフォリオ投資はBalance of Payments Statistics(IMF)の各号による。

筆者注 原ペーパーTable1より抜粋

*33 本ペーパーは、この部分の参照文献として、Calvo, Guillermo, Leonardo Leiderman, and Carmen Reinhart,1993,“Capital In-

flows and Real Exchange Rate Appreciation in Latin America: Te Role of External Factors,”Staff Papers, International

Monetary Fund, Vol.40(March), pp.108―151を示している。以下、この項において本文中ないし脚注に掲げる参照文献は、

特記なき限り、本ペーパーに示された文献をそのまま示したものである。

図表3 民間資本流入の類型別の不安定性

124 開発金融研究所報

Page 12: 金融グローバリゼーションが途上国の成長 と不安定 …...要約 本稿は、資本取引の自由化へのIMFの姿勢の推移を概観した上で、IMFスタッフにより昨秋公表

国際的金融グローバル化�

直接的チャネル� 間接的チャネル�

より高い経済成長�

・国内貯蓄の補完�・リスク配分の改善による資本コストの低下�・技術移転�・金融セクターの発展�

・特化(specialization)の促進�・より良い政策の促進�・より良い政策のシグナル効果による資本流入の増加�

…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………

ルが示す多くの直接的・間接的チャネルを紹介し

ている(図表4)。直接的チャネルとしては、外

国資本による国内貯蓄の補完(国内投資の増大)、

リスクのグローバルな配分を可能とすることによ

る資本コストの削減*34、FDIを通じた技術と経営

ノウハウの移転*35、国内金融セクターの発展の

促進*36があげられ、間接的チャネルとしては、

金融グローバル化により国際的なリスクシェアリ

ングが可能となることによって生産の特化(spe-

cialization)(これは成長促進的である)が促され

ること*37、投資をディスカレッジするような不

適切な政策の採用を抑制すること(金融グローバ

ル化の規律)*38、将来にわたる投資フレンドリー

な政策の採用をシグナルする効果があること*39

があげられている。

� 実証―金融グローバル化と成長との間に堅固

な因果関係を見出すことは困難である―

金融グローバル化は高成長の必要条件でも十分条

件でもない(図表5)

成長への効果について本ペーパーは、70―99年

の間に、MFIの1人当たり生産高の平均がLFIに

比べはるかに高い伸び(LFIの伸びのほぼ6倍の

伸び)を示したものの、この結果はより仔細な分

析には耐えず、また因果関係を示すものではない

可能性があるとし、直感的な印象を得るため、途

上国のうち1980―2000年に最も高成長であった

国と最も低成長(あるいは最も大きなマイナス成

長)であった国を、金融グローバル化の状況とと

もに示し、そこから次が読み取れるとした(図表

5)。

(�)金融グローバル化は高成長の必要条件では

ない(この間高成長を遂げた中国、インド

では資本勘定の自由化はやや制限的・選別

的である。モーリシャス、ボツワナは金融

フローに対し比較的閉ざされている)

(�)金融グローバル化は高成長の十分条件でも

ない(ヨルダン、ペルーはこの間国際資本

フローに対して比較的オープンとなった

が、経済は後退した)

図表4 金融グローバル化が経済成長を高め得るチャネル

*34 Henry, Peter,2000,“Stock Market Liberalization, Economic Reform, and Emerging Market Equity Prices,”Journal of Fi-

nance, Vol.58, pp.301―34, Stulz, Rene,1999,“International Portfolio Flows and Security Markets,”International Capital

Flows, NBER Conference Report Series, pp.257―93(Chicago and London: University of Chicago Press), ……,1999, Globali-

zation of Equity Markets and the Cost of Capital,”NBER Working Paper7021(March)

*35 Borensztein, Eduardo, Jose De Gregorio, and Jong―Wha Lee,1998,“How does Foreign Direct Investment Affect Growth?”

Journal of International Economics, Vol.45(June), pp.115―35, G.D.A. MacDougall(1960)“The Benefits and Costs of Pri-

vate Investment from Abroad: A Theoretical Approach”Economic Record(March)pp.13―35, Grossman, Gene M., and El-

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*36 Levine, Ross,1996,“Foreign Banks, Financila Development, and Economic Growth,”International Financial Markets: Har-

monization versus Competition, pp.224―54(Washington: AEI Press), Capio, Gerard, and Patric Honohan,1999,“Restoring

Banking Stability: Beyond Supervised Capital Requirements,”Journal of Economic Perspectives, Vol.13, No.4(Fall), pp.43

―64

*37 Brainard and Cooper(1968), Kemp and Liviatan(1973), Ruffin(1984), Imbs and Wacziarg(2002)

*38 Gourinchas, Pierre―Oliver, and Oliver Jeanne,2002,(forthcoming)“On the Benefits of Capital Account Liberalization for

Emerging Economies,”IMF Working Paper(Washington: International Monetary Fund)

*39 Bartolini, Leonardo, and Allan Drazen,1997,“Capital―Account Liberalization as a Signal,”American Economic Review, Vol.

87, No.1(March), pp.138―54, Mathieson, Donald J., Liliana Rojas―Suarez,1993,“Liberalization of the Capital Account: Ex-

periences and Issues.”IMF Occasional Paper No.103(Washington: International Monetary Fund), Laban, Raul. M., and Fe-

lipe B. Larrain,1997,“Can a Liberalization of Capital Outflows Increase Net Capital Inflows?,”Journal of International

Money and Finance, Vol.16, No.3, pp.415―31

2004年2月 第18号 125

Page 13: 金融グローバリゼーションが途上国の成長 と不安定 …...要約 本稿は、資本取引の自由化へのIMFの姿勢の推移を概観した上で、IMFスタッフにより昨秋公表

一人当たりGDP成長率、1982―97 資本勘定の開放度の変化、1982-97

-.5

-1

-22.7 65.5

coef=.002、(robust)se=.003、t=.671

.5

0

一人当たりGDP成長率、1982―97 資本勘定の開放度の変化、1982-97

-.5

-10.5 18.0

coef=.006、(robust)se=.004、t=1.421

.5

0

7

(�)マイナス成長国は金融的に閉ざされている

ことが多いが、因果関係は不明である

de factoの金融開放度と成長との間には基本的に

何の相関もない(図表6、7)

上記の分析には限界があることから、よりシス

テマティックな分析によりこれを補完するため、

本ペーパーは、82―97年の間の金融開放度((総

民間資金流出+総民間資金流入)/GDP)の変化

と1人当たり実質GDPの成長率をプロットし、

「これらの変数の間には基本的に何の相関もない

(There is essentially no association between

these variables.(P.27para. 60))。」としている

(図表6)。

さらに図表7は、各国の所得と教育の初期値、

平均投資/GDP比率、政治的不安定性、地理的ロ

ケーションの影響を考慮に入れた上で、上記の2

つの変数をプロットしたものであるが、「本図は、

金融グローバル化と経済成長との間の正の相関関

図表6 金融開放度の上昇と1人当たり実質GDPの成長(単純相関、1982―97)

出所 Wei and Wu(2002b)のデータに基くIMFスタッフによる算定

原注 資本勘定の開放度は、(総民間資本流入+総民間資本流出)/GDPに よ り 計 測。Coef=0.002, Robust SE=0.003, t-statistics=0.67

図表7 金融開放度の上昇と1人当たり実質GDPの成長(conditional relation-ship、1982―97)―当初所得、当初教育、平均投資/GDP、政治的不安定性(革命と反乱)

および地域ダミーでコンディショニング―

出所 Wei and Wu (2002b)のデータに基くIMFスタッフによる算定

原注 資本勘定の開放度は、(総民間資本流入+総民間資本流出)/GDPに よ り 計 測。Coef=0.006, Robust SE=0.004, t-statistics=1.42

最も成長の速い国(1980―2000年)

1人当たりGDPの総変化(%)

金融グローバル化度は高いか?

最も成長の遅い国(1980―2000年)

1人当たりGDPの総変化(%)

金融グローバル化度は高いか?

123456789101112

中国韓国シンガポールタイモーリシャスボツワナ香港マレーシアインドチリインドネシアスリランカ

391.6234.0155.5151.1145.8135.4114.5108.8103.2100.997.690.8

Yes/NoYesYesYesNoNoYesYes

Yes/NoYesYesNo

ハイチニジェールニカラグアトーゴコートジボワールブルンジベネズエラ南アフリカヨルダンパラグアイエクアドルペルー

-39.5-37.8-30.6-30.0-29.0-20.2-17.3-13.7-10.9-9.5-7.9-7.8

NoNoNoNoNoNo

Yes/NoYesYesNoNoYes

出所 世界銀行のWorld Development Indicator(WDI)のデータベースに基いたスタッフによる算定原注 1人当たりGDP成長率は、constantな現地通貨での実質成長率

図表5 成長速度の最も速い国と最も遅い国(1980―2000年)とその金融開放状況

126 開発金融研究所報

Page 14: 金融グローバリゼーションが途上国の成長 と不安定 …...要約 本稿は、資本取引の自由化へのIMFの姿勢の推移を概観した上で、IMFスタッフにより昨秋公表

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係を示唆しない(the figure does not suggest a

positive association between financial integra-

tion and economic growth.(P.31para.60))。」

とし、この結果は、この問題に関するリサーチ

ペーパーの広範なサーベイに反映されているよう

に、期間の選択、国のカバレッジには関わらない

としている。

近年の最も包括的な研究によっても金融グローバ

ル化の経済成長に対する堅固な効果は何ら見出さ

れていない

さらに、本ペーパーは、金融グローバル化の成

長への寄与をシステマティックに調べた最新の14

の研究をリスト化した(図表8)。本ペーパーに

よると、うち3つは金融グローバル化が成長にプ

ラスの影響を与えるとしているものの、多数の

ペーパーは、途上国について、何ら影響はない、

あるいはどちらともいえない(mixed)との結果

を見出しているとする。14のペーパーの中でおそ

らく最も徹底的で包括的であるEdisonなどの

ペーパー(2002)*40においても、全体として、金

融グローバル化の経済成長に対する堅固で重要な

効果は何らないとの結論が示されたとしている。

� 実証結果の解釈

成長は資本/労働比率でなく全要素生産性で決ま

るとの見方

理論的なベースが強いにも関わらず、途上国の

金融グローバル化が経済成長に及ぼす強く堅固な

効果を見出すことが困難である理由について、本

ペーパーは、多くの研究者は、国ごとの1人当た

り所得の相違は、そのほとんどが資本/労働比率

の違いからではなく、TFP(全要素生産性)の

違い、すなわちガバナンス、法の支配、財産権の

尊重といったソフトな要因ないしソフトなインフ

ラにより説明されることに由来するとしていると

する*41。

金融グローバル化過程における銀行危機・通貨危

機が成長への効果を観察し難くしたとの見方

もう1つの説明は、金融グローバル化の過程で

いくつかの途上国が経験したコストの大きな銀行

危機が金融グローバル化の成長への因果関係を見

出し難くしたというものである。すなわち、ある

研究*42によれば、順序付け(sequencing)に問

題のある国内金融自由化が資本勘定の自由化を伴

う場合、国内銀行危機および/又は通貨危機の可

*40 Edison, Hali, Ross Levine, Lucca Ricci, and Torsten Slφk,2002,“Capital Account Liberalization and Economic Performance:

A Review of the Literature,”IMF Working Paper02/120(July),(Washington: International Monetary Fund)。このペーパーは、資本勘定取引に対する政府規制と対外資本フローの大きさという2つの尺度によって金融グローバル化度を計測して

いること、2000年までのデータをカバーしていること、高成長国は資本勘定自由化を行う可能性が高いという逆の因果関係

の問題に対処しうる統計手法を採用していることに特徴があるとされている。

研 究 対象国数 対象期間 成 長 へ の 効 果

Alesnia, Grilli, and Milesi―Ferretti(1994)Grilli, and Milesi―Ferretti(1995)Quinn(1997)Kraay(1998)Rodrik(1998)Klein and Olivei(2000)Chanda(2001)Arteta, Eichengreen, and Wyplosz(2001)Bekaert, Harvey, and Lundblad(2001)Edwards(2001)O’Donnell(2001)Reisen and Soto(2001)Edison, Klein, Ricci, and Slφk(2002)Edison, Levine, Rici, and Slφk(2002)

20615811795

Up to9211651―5930629444

Up to8957

1950―891966―891975―891985―971975―891986―951976―951973―921981―971980s1971―941986―971973―951980―2000

なしなし有りなし/どちらとも言えないなし有りどちらとも言えないどちらとも言えない有り貧困国について、なしなし、もしくは、せいぜいどちらとも言えないどちらとも言えないどちらとも言えないなし

出所 IMF“World Economic Outlook”(Oct.2001)およびEdison, Klein, Ricci, and Slφk(2002)からスタッフが拡張筆者注 成長への効果に係る原文および訳語は次の通り。No effect(なし)、Positive(有り)、Mixed(どちらとも言えない)

図表8 金融グローバル化と経済成長に関する最近のリサーチの概要

2004年2月 第18号 127

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能性が増大することが示唆される。これらの危機

はしばしば生産の崩壊を伴い、結果として金融グ

ローバル化のbenefitsがデータ上明確ではなく

なった可能性があるとしている*43。

貿易の開放性は成長促進的であるとの圧倒的多数

の実証結果がある

金融グローバル化の効果に係る実証研究と貿易

統合の効果に係る実証研究とを比較すると、若干

の懐疑的見方*44はあるものの、圧倒的多数の

ペーパーが貿易開放性(openness)は成長促進

的であると結論しているとしている。例えば、こ

の問題に関する全ての優れた実証研究をサーベイ

した最近のペーパー*45で、BergとKruegerは「貿

易の開放性が成長に大きく寄与するとの見解を、

多様な証拠が支持している」との結論を得たとし

ている。

健康水準の改善にも貿易開放に比べ金融グローバ

ル化の効果は観察されず

WeiとWu(2002)*46は、途上国79カ国のデータ

を用い、より早い貿易の開放性の向上(特に関税

率の削減で計測した場合)は、所得、制度などの

要因を勘案した後でも、平均寿命のより早い伸び

や幼児死亡率のより早い低下と相関していること

を示唆するいくつもの証拠があると報告してい

る。これに対し、より高度の金融グローバル化は

健康水準のより早い改善とは相関していない。す

なわち、成長のみならず、健康の次元でも、貿易

面の統合に比し、金融面のグローバル化が途上国

にとって利益をもたらすものであることを見出す

ことは困難であるとしている。

金融グローバル化の利益を確保するには相当の前

提条件具備が必要か

本ペーパーは、こうした貿易統合と金融グロー

バル化とのコントラストは、貿易開放性から利益

を引き出すための前提条件が比較的少ないと見ら

れるのに対し、金融グローバル化の利益を確保す

るにはかなりの条件を満たす必要があるという非

常に重要な政策的教訓を示すものかもしれないと

する。すなわち、強く堅固な効果が認められない

ということは、必ずしも理論が誤っていることを

示すものではなく、ほとんどの理論は、理論上の

チャネルが機能するために必要な制度構築、ガバ

ナンス改善などのソフト要因を勘案しておらず、

長期的効果を示していると議論することもできる

としている。

*41 Hall, Robert E., Charles I. Jones,1999,“Why Do Some Countries Produce so Much More Output Per Worker Than Oth-

ers?”Quarterly Journal of Economics, Vol.114, No.1(February), pp.83―116, Senhadji, Abdelhak,2000,“Sources of Eco-

nomic Growth: An Extensive Growth Accounting Exceise,”Staff Papers, International Monetary Fund, Vol.47, No.1, pp.

129―57, Acemoglu, Daron, Simon Johnson, and James A. Robinson,2001,“Reversal of Fortune: Geography and Institutions

in the Making of the Modern World Income Distribution,”MIT Working Paper01/38(Cambridge, Massachusetts: MIT,Department of Economics), Eastery, William, and Ross Levine,2001,“It’s Not Factor Accumulation: Stylized Facts and

Growth Models,”World Bank Economic Review, Vol.15, pp.177―219, Gourinchas and Jeanne(2002), Rogoff, Kenneth,2002,

“Rethinking Capital Controls: When Should We Keep an Open Mind?”Finance and Development, December, Vol.4, No.3

(August), pp.261―73

*42 Kaminsky, Graciela, and Carmen M. Reinhart,1999,“Bank Lending and Contagion: Evidence from the Asian Crisis,”in Re-

gional and Global Capital Flows: Macroeconomic Causes and Consequences, ed. By T. Ito, and A. Krueger(Chicago: Uni-

versity of Chicago Press fro the NBER), pp.73―99

*43 この点に関する個別国のケースについては、Ishii, Shogo, Karl Herbermeier, Bernard Laurens, John Leimone, Judit Vadasz,

and Jorge Ivan Canales―Krilenko,2002,“Capital Account Liberalization and Financila Sector Stability,”IMF Occasional Pa-

pre No.211,(Washington: International Monetary Fund)参照。

*44 Rodriguez, Francisco, and Dani Rodrik,2001,“Trade Policy and Economic Growth: A Skeptic’s Guide to the Cross―National

Evidence,”in NBER Macroeconomics Annual2000, ed. By Ben S. Bernanke and Kenneth Rogoff(Cambridge, Massachus-

sets: The MIT Press)

*45 Berg, Andrew and Anne O. Krueger,2002,“Trade Growth, and Poverty: A Selective Survey, presented at the Annual

Bank Conference on Development Economics in April

*46 Wei, Shang―Jin, and Yi Wu,“002,”Negative Alchemy? Corruption, Composition of Capital Flows, and Currency Crises,“in

Preventing Currency Crises in Emerging Markets, ed. By Sebastian Edwards and Jeffrey Frankel(Chicago: University of

Chicago Press), pp.461―501

128 開発金融研究所報

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(3)金融グローバル化とマクロ経済の不安定性

� 理論―金融グローバル化は消費の不安定性を

減少させるはずである―

次いで、本ペーパーは金融グローバル化がマク

ロ経済の不安定性に与えるインパクトをとり上げ

ている。本ペーパーによれば、途上国はその生産

構造において先進国と比し多様化の度合いが小さ

い(従ってより不安定性が高い)ため、グローバ

リゼーションは途上国にとってリスクを分散し不

安定性を減らすより良い機会を提供するはずであ

るが、実際は金融グローバル化が不安定性を増加

させた可能性があることが近年の金融グローバル

化度の高いいくつかの途上国における危機により

示唆されるとする。

本ペーパーは、グローバリゼーションのマクロ

経済の不安定性への影響を検討するに当たっては、

生産の不安定性と消費の不安定性を区別すること

が重要であるとする。理論モデルでは、グローバ

ル化が生産の不安定性に及ぼす直接の影響は明確

なものではなく、金融グローバル化は資本貧困国

に資本を供給し生産ベースの多様化に寄与する反

面、比較優位に基く生産の特化を促進し産業に特

有なショックへの脆弱性を高めるとしている。

他方、生産の不安定性に対する影響に関わら

ず、理論によれば金融グローバル化が消費の不安

定性を減少させるはずであることが示唆されてい

る。すなわち、生産の変動は国をまたいで完全に

は相関していないので、理論は、金融資産の取引

により、その国に特有の生産変動からその国の消

費水準を切り離すことができるとされる*47。

� 実証―金融グローバル化は消費水準の相対的

な不安定性を増大している―

金融グローバル化の進んだ国の消費水準の不安定

性は90年代に上昇した

金融グローバル化がマクロ経済の不安定性に対

して有する影響に係る実証的証拠は限定的であ

り、しかも決定的なものはない*48ことから、本

ペーパーは次のような新たな証拠を提供している。

本ペーパーの図表9は、過去40年間におけるマ

クロ経済諸変数の不安定性を、工業国、MFI、

LFIについて示したものであるが、平均的にMFI

はLFIに比べ生産の不安定性は低いことが示され

*47 Obstfeld, Maurice and Kenneth Rogoff,1998,“Foundations of International Macroeconomics,”(Cambridge, Massachussets,

London, England: MITPress)Chapter5および原ペーパーAppedixII参照。

*48 本ペーパーは、Box3でグローバリゼーションの不安定性への影響に係るこれまでの実証分析結果を紹介している。そのポイ

ントは次の通りである。

Razin, Assaf and Andrew K. Rose,1994,“Business―Cycle Volatility and Openness: An Exploratory Cross―Sectoral Analy-

sis,”in Capital Mobolity: The Impact on Consumption, Investment, and Growth, ed. By Leonardo Leiderman and Assaf

Razin, pp.48―76(Cambridge: University Press)は、1950―88年の期間を対象とする138カ国のサンプルを用い、貿易と金融

開放度の生産、消費、投資の不安定性に対するインパクトを調査した結果、両者の間に何ら重要な実証的リンクは見出さな

かった。

Easterly, William, R. Islam, and Joseph E. Stiglitz,2001,“Shaken and Stirred: Explaining Growth Volatility,”Annual World

Bank Conference on Development Economics, ed. By B. Pleskovic and N. Sternは、1960―97年の期間を対象に74カ国のサン

プルを用い生産の不安定性のソースを調べた結果、国内金融セクターの発展度合の高さがより低い不安定性と相関しているこ

と、他方で、貿易開放度は特に途上国において生産の不安定性の上昇と結びついていることを見出した。

Buch, Claudia M. Jorg Dopke, and Christian Pierdzioch,2002,“Financial Openness and Business cycle volatility,”Working

Paper, Kiel Institute for World Economicsは、OECD25カ国のデータを用いて金融開放度と生産の不安定性とのリンクを調

べ、両者の間に何ら一貫した実証的関係はないと報告している。

Gavin, Michael, and Ricardo Hausmann, 1996,“Sources of Macroeconomic Volatility in Developing Economies,”IADB

Working Paper(Washington: Inter―American Development Bankは、1970―92年の間の途上国の生産の不安定性のソース

を調べ、資本フローの不安定性と生産の不安定性との間に重要な正の相関があることを見出した。

O’Donnell, Barry,2001,“Financial Openness and Economic Performance”(unpublished; Dublin: Trinity Collegeは、1971―

94年の期間を対象に93カ国のデータを用い、金融グローバル化の生産の成長の不安定性に対する効果を調べ、より高い金融グ

ローバル化は、OECD諸国(非OECD諸国)ではより低い(より高い)生産の不安定性と相関していることを見出した。この

研究は、より発展した金融セクターを持つ国は金融グローバル化によって生産の不安定性を減らすことができることを示唆する。

Bakaert, Geert, Campbell R. Harvey, and Christian Lundblad,2002,“Growth Volatility and Equity Market Liberalization,”

Working Paper,(Duke University)は、1980―2000年を対象に株式市場の自由化が生産と消費の不安定性に与える影響を調

べ、株式市場の自由化後に生産と消費の不安定性が大きく減少したこと、資本勘定の開放性は生産と消費の不安定性を減少さ

せるがそのインパクトは株式市場の自由化に比べ小さく、新興市場国については資本勘定の開放が生産と消費の不安定性を増

大させることを見出した。

2004年2月 第18号 129

Page 17: 金融グローバリゼーションが途上国の成長 と不安定 …...要約 本稿は、資本取引の自由化へのIMFの姿勢の推移を概観した上で、IMFスタッフにより昨秋公表

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ている。ただ、工業国とLFIでは生産の不安定性

は90年代に大きく減少したが、MFIではこの時

期わずかの減少にとどまっている。これは所得で

見ても類似している。図表9の上から3番目のパ

ネルに示す消費の不安定性の平均は、90年代に

は、工業国とLFIについては生産と同様に減少し

たが、MFIについては上昇した。これは公的消

費を含めた総消費(4番目のパネル)でみても同

じ傾向である。5番目のパネルは、総消費の不安

定性の所得の不安定性に対する比率を示すが、80

年代から90年代にかけ、工業国とLFIについては

この比率は基本的に変らなかったが、MFIにつ

いては上昇した。これは、これらの国については

金融グローバル化は消費をスムーズなものとする

機会を提供しなかったことを示唆しているとされ

る。

金融グローバル化が工業国の域に達すると消費の

不安定性は減少する(threshold effect)

Kose、Prasad、Terrones(2003a)*49によるよ

りフォーマルな研究によると、マクロ経済変数に

加え、貿易開放性や産業構造などの国の特徴を制

御した後でも、より大きな金融フローを有する国

の消費の不安定性は上昇したことが確認されてい

る。他方で、同研究では、金融グローバル化が特

定の水準を超えると、不安定性を大きく減ずると

いうthreshold effectがあることを認めているが、

MFIを含めほとんどの途上国はこのthreshold未

満であるとされている*50。

*49 Kose, M. Ayhan, and Eswar S. Prasad, and Marco E. Terrones, 2003,(forthcomig),“Financial Integration and Macro-

economic Volatility,”Staff Papers, International Monetary Fund

サンプル全体(1960―99)

60年代 70年代 80年代 90年代

生産(Y)工業国MFILFI

2.183.844.67

1.913.313.36

2.463.224.88

2.034.054.53

1.613.592.70

所得(Q)工業国MFILFI

2.735.447.25

2.183.604.42

2.995.439.64

2.545.457.56

1.914.784.59

消費(C)工業国MFILFI

2.375.186.61

1.474.575.36

2.164.527.07

1.984.097.25

1.724.665.72

総消費(C+G)工業国MFILFI

1.864.346.40

1.383.954.85

1.844.196.50

1.583.436.34

1.384.104.79

総消費(C+G)の不安定性の所得(Q)の不安定性に対する割合工業国MFILFI

0.670.810.80

0.750.920.95

0.560.740.68

0.610.760.82

0.580.920.84

原注 一番下のパネルについては、総消費の成長率の不安定性の所得の成長率の不安定性に対する割合が、まずそれぞれの国について計算され、表に掲げられた数字は各グループ内でのこの割合の中央値(median)である。(これは、消費の成長率の不安定性の中央値の所得の成長率の不安定性の中央値に対する割合と同じではないことに留意。)。

筆者注 原ペーパーTable4より抜粋。MFIは途上国のうち“More Financially Integrated economies”を、LFIは同じく“Less Financially Integrated economies”をさす。

図表9 特定の変数の年間成長率の不安定性(percentage standard deviation、各グループごとの中央値(median))

130 開発金融研究所報

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� 解 釈

国際投資家が消費ブームを後押ししたのか

金融フローに対してより開放的な途上国におい

て消費の相対的な不安定性が何故上昇したのかと

いう問題に対する1つの説明として、本ペーパー

は、80年代遅くと90年代初めにおけるこれらの国

での生産性の上昇と経済成長が消費ブームをもた

らし、それが国際的投資家によってファイナンス

されたという考えを紹介している。特にその時期

にこうした国の多くで国内金融自由化と資本勘定

自由化が進められたため、個人レベルと国家レベ

ルの双方で流動性制約が緩和されたことにより、

消費ブームが目立つこととなった。しかし、マイ

ナスのショックが襲った時にこれらの国は国際資

本市場へのアクセスを急速に失ったというもので

ある。

資本フローはpro―cyclicalな性格を有する

また、本ペーパーは、こうした説明と整合的で

あるが、資本フローのpro―cyclicalな性格が途上

国における消費の不安定性にマイナスの影響を与

えたとする研究結果が増えているとしている。そ

の1つの現われが、資本フローの「突然の停止

(sudden stops)」*51であり、より一般的に述べれ

ば、国際資本市場へのアクセスはpro―cyclicalな

要素を有し、生産の不安定性を高め、(所得の不

安定性に比し)消費の追加的な不安定性をもたら

す傾向があるとしている*52。

(4)不安定性に関するその他の実証結果

本ペーパーは不安定性に関するその他のいくつ

かの実証結果を紹介している。

� 危 機

危機は不安定性の特に劇的な出来事であるが、

金融危機の頻発は、しばしば過去20年間の金融グ

ローバル化の進行の不可分の側面の1つであると

見られ、また近年の危機が特にMFIに影響を与

えたことは、グローバリゼーションの利益とリス

クの配分が不公平である証拠であると見られてい

るとする。また、70年代と80年代の危機は工業国

と途上国双方に影響を及ぼしたが、90年代央以降

危機は全て途上国の領分となってしまったとして

いる。

「双子の危機」では銀行セクターの問題が通貨危

機に先行した

本 ペ ー パ ー は、Kaminsky and Reinhart

(1999)が、国際収支危機と銀行危機をともに含

む「双子の危機(twin crises)」を取り上げ、分

析対象としたケースにおいては銀行セクターの問

題が通貨危機に先行する一方、通貨危機が銀行危

機を深刻化させたことを指摘したとしている。

Krueger and Yoo(2002)*53は、90年代初めから

半ばの韓国の銀行の思慮を欠く貸付が97年の韓国

通貨危機において重要な役割を果たしたと結論し

たことを紹介している。

通貨危機は相当のネガティブな生産効果を持つ

Calvo and Reinhart(2000,2002)*54は、新興市

場国の通貨危機は、対外資本フローの突然の停止

又は逆流を伴い、相当のネガティブな生産効果を

伴うことを示したとする。また、通貨切下げに続

*50 本ペーパーでの金融グローバル化度の計測手法によると、thresholdはGDP比率で約50%の水準で起き、それを超えるのは全

て工業国であるとされる。

*51 Calvo, Guillermo, and Carmen M. Reinhart,1999,“Capital Flows Reversals, the Exchange rate Debate, and Dollarization,”

Finance and Development, Vol.36(September), pp.13―15参照。

*52 Reinhart, Carmen M.,2002,(forthcoming)“Credit Ratings, Default and Financial Crises: Evidence from Emerging Mar-

kets,”World Bank Economic Reviewは、sovereign bond ratingはpro―cyclicalであることを見出しており、スプレッドはrat-

ingにより強く影響されるので国際資本市場での借り入れコストもpro―cyclicalであることが示唆されるとしている。

*53 Krueger, Anne O., and Jungho Yoo,2002,“Chaebol Capitalism and Currency―Financial Crisis in Korea,”in Preventing Cur-

rncy Crises in Emerging Markets, ed. By Sebastian Edwards and Jeffrey Frankel, pp.461―5―1(Chicago: University of Chi-

cago Press)

*54 Calvo, Guillermo, and Carmen M. Reinhart,2000,“When Capital Inflows Come to a Sudden Stop: Consequences and Policy

Options”in Reforming the International Monetary and Financial System, ed. By P. Kenen and A. Swoboda, pp.175―201

(Washington: International Monetary Fund), ……,2002,“Fear of Floating”Quartely Journal of Economics, Vol.117, No.2

(May), pp.379―408

2004年2月 第18号 131

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くそうした景気後退は先進国に比べ途上国でより

深刻で、十分に機能するセイフティネットがない

場合危機の社会的コストは大きく悪化しうるとし

ている*55。

� 不安定性の伝播

さらに、本ペーパーは、金融チャネルを通じる

実物ショック(生産性、交易条件、財政などの実

物ショック)の伝達は実物チャネル(貿易、投資

など)を通じる伝達に比べ相当に速いことから、

金融リンケージの高まりにより、実物ショックの

国際的な伝染の速度と大きさは相当に高まること

を指摘している*56。

資本フローは工業国の状況も反映する

また、多くの途上国が、今や外国銀行からの借

入れや外国投資家のポートフォリオ投資に依存し

ていることから、グローバル資本の突然の停止や

逆流のリスクの重要性が増大したが、こうした資

本フローは受入国の国内状況だけでなく、工業国

のマクロ経済状況にもセンシティブであるとし、

例えば、Mody and Taylor(2002)*57は、1990―

2000年のブラジル、メキシコ、韓国、タイへの

債券、株式、シンジケートローンのフローを調

べ、工業国の状況を反映するサプライ・サイドの

資金割当てによる「国際的クレジットクランチ」

のケースを見出したとしている。

FDIは米国のビジネスサイクルと正相関、銀行融

資は逆相関との分析

工業国の状況は各種の資本フローに異なる影響

を与える。Reinhart and Reinhart(2001)*58は、

新興市場経済へのネットのFDIは米国のビジネス

サイクルと強い正相関があること、逆に銀行融資

は米国のビジネスサイクルと逆相関していること

を示し、Edison and Warnock(2001)*59は、米国

から主要な新興市場国へのポートフォリオ株式投

資は米国の金利と米国の生産成長の両方と逆相関

していること、この結果はラ米へのフローについ

て特に強く、アジアへのフローについてはそれほ

どではないことを見出したとしている。

グローバル化により新興市場は金融バブルに巻き

込まれるリスクが増大している

さらに、本ペーパーは、金融市場の国境を超え

た相関の増大は、新興市場が金融市場バブルに巻

き込まれるリスクを示しており、新興国と工業国

の株式市場の同時変動の増大(特に90年代遅くの

株式バブル期)はこの懸念がrelevantであること

を示しているとしている。

グローバル化はファンダメンタルズに関係しない

資本フローのリスクに曝す

また、本ペーパーは伝染(contagion)にはファ

ンダメンタルズ・ベースの伝染と純粋の伝染の2

つがあるとし、前者は、実物ないし金融リンケー

ジを通じてショックが国境を越えて伝播するもの

で、Van Rijckeghem and Weder(2000)*60およ

びKaminsky and Reinhart(2001)*61は、一国の

危機が、その国に大きなexposureを持つ銀行に

他国への融資の再調整によるポートフォリオのリ

バランスを強いるという銀行を通じた伝播のチャ

*55 Baldacci, Emanuel, Luiz de Mello, and Gbriela Inchauste,2002,“Financial Crises, Poverty, and Income Distribution,”IMF

Occasional Paper No.214(Washington: International Monetary Fund)参照

*56 例えば、1国の経済成長へのショックは貿易チャネルを通じて徐々に伝達されるが、株式市場の連動性を通じてはるかに速や

かに他国に影響を与え得る。

*57 Mody, Ashoka, and Mark P. Taylor,2002,“International Capital Crunches: The Time Varying Role of International Asym-

metries,”IMF Working Paper02/34(Washington: International Monetary Fund)*58 Reinhart, Carmen M., and Vincent R. Reinhart,2001,“What Hurts Most? G―3Exchange Rate or Interest Rate Volatility,”

NBER Working Paper No.8535(October)

*59 Edison, Hali, and Frank Warnock,2001,“A Simple Measure of the Intensity of Capital Controls,”International Finance Dis-

cussion Paper No.705(Washington: Board of Governors of the Federal Reserve, August)

*60 Van Rijckeghem, Caroline, and Beatric Weder,2000,“Spillover Through Banking Centers―A Panel Data Analysis.”IMF

Working Paper00/88(Washington: International Monetary Fund)*61 Kaminsky, Graciela, and Carmen M. Reinhart,“Bank Lending and Contagion: Evidence from the East Asian Crisis,”in Re-

gional and Global Capital Flows: Macroeconomic Causes and Consequences, ed. By T. Ito, and A. Krueger(Chicago: Uni-

versity of Chicago Press fro the NBER), pp.73―99

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ネルの存在を実証したことを紹介している。これ

に対し、純粋伝染は、ファンダメンタルズの変化

とは明確に関連していないもので、国内政策で影

響されにくく、そうした国際資本フローの急激な

振れは多く観察されているが、完全情報下の最適

化モデルでは説明困難であるとし*62、金融グ

ローバル化は、途上国をファンダメンタルズに関

係しない攪乱的な投資家行動に係るリスクに曝す

としている。

� 脆弱性

債務構造が危機の発生と深刻さに相関している

本ペーパーによると、実証研究により、国内投

資の各種のファイナンス・ソースの相対的重要性

が、通貨・金融危機の発生とその深刻さに正相関

していることが示されているとされる。その代理

指標は、銀行借入れなどの債務(debt)の外国

直接投資に対する比率、対外債務の期間構成の短

期性、外国通貨建ての対外債務のシェアであると

されている*63。

債務危機は短期債務を有する国で発生しやすい

また、本ペーパーによると、Detragiache and

Spilimbergo(2002)*64は、債務危機は対外債務が

短期の満期を有する国でより発生しやすいという

強い証拠を見出したとされる。ただ、弱いファン

ダメンタルズの国は長期融資にアクセスできない

のでしばしば短期借入れを強いられるため、満期

構成は完全に選択の問題というわけではない。

Carlson and Hernandes(2002)*65は、アジア危機

の最中に、円建て債務のより大きな国がより悪い

状況に陥ったことを指摘し、これをその国の通貨

の事実上のペッグとその債務の通貨建てとのmis-

alignmentに帰している。また、近年の通貨危機

は、比較的柔軟でない為替レートシステムを維持

しようとする途上国がしばしばその通貨への攻撃

を受けるリスクに直面することを明らかにしたと

される。

外国資本の流入は既存の非効率を悪化させ得る

また、本ペーパーは、世界の資本市場へのアク

セスにより、非生産的な政府支出に用いられる過

度の借入れがもたらされかねず、資本勘定が

openの時は規律なき財政政策のリスクは高くな

るとしている。

また、規制の弱い銀行システムや国内資本市場

に他のゆがみがある場合、外国資本の流入は既存

の非効率性を悪化させ得るとし、金融規制や監督

が不十分であるとき、時期尚早な資本勘定開放は

深刻なリスクをもたらすと指摘している*66。

(5)受容能力・ガバナンスとグローバリゼー

ションの利益・リスク

本ペーパーは、金融グローバル化と経済成長と

の関係におけるThreshold Effectの存在について

いくつかの証拠があること、また、国家のガバナ

ンスの良さが不安定性の低さおよび金融グローバ

*62 ファンダメンタルズの変化と必ずしも関連しない急激な国際資本フローの振れのケースにおける投資家行動は、時に「群衆行

動(herding)」又は「順張り(momentum trading)」と呼ばれる。前者は他者の模倣をする投資家であり、後者は価格の上

がっている(下がっている)資産を買う(売る)というストラテジーである。国際的な場面でのこうした行動に関する実証証

拠は未だ少ない。Kim, Woochan and Shang―Jin Wei,2002,“Foreign Portfolio Investors Before and During a Crises,”Jour-

nal of International Economics, Vol.15, No.2, pp.111―37は、アジア危機の前と最中の韓国におけるポートフォリオ投資家の

取引を調べ、居住者である外国投資家よりも非居住者である機関投資家がより多くのherdingやmomentum tradingに従事し

たことを見出したとしている。

*63 Frenkel, Jeffery and Andrew K. Rose,1996,“Currency Crashes in Emerging Markets: An Empirical Treatment,”Journal

of International Economics, Vol.41(3―4),(November), pp.351―66, Radlet, Steven and Jeffrey Sachs,1998,“The East Asian

Financial Crisis: Diagnosis, Remedies, Prospects,”Brookings Papers on Economic Activity, Vol.1, pp.1―74, Rodrik, Rodric,

and Andres Velasco,1999,“Short―Term Capital Flows,”Annual World Bank Conference on Development Economics,1999,

pp.59―90(Washington: World Bank)

*64 Detragiache, Enrica and Spilimbergo, Antonio,2001,“Crisis and Liquidity―Evidence and Interpretation,”IMF Working pa-

pers01/2(Washington: International Monetary Fund)*65 Carlson, Mark A., and Leonardo Hernandez,202,“Determinants and Repercussions of the Composition of Capital Inflows,”

IMF Working Paper02/86(Washington: International Monetary Fund)*66 Ishii et. al.(2002), Bakker, Bas, and Bryan Chapple,2002,“Advanced Country Experiences with Capital Account Liberali-

zation,”IMF Occasional Paper No.214(Washington: International Monetary Fund)参照。

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ル化のより大きな利益と相関しているとの見方を

支持するいくつかの暫定的な証拠があると述べて

いる。

� Threshold Effect

人的資源などの高い国については外国資本流入は

成長にプラスとなるとの証拠がいくらかある

本ペーパーによると、人的資源が一定の

thresholdを超える国については、直接投資は経

済成長を促進するとの証拠がいくらか(some evi-

dence)ある*67。すなわち、外国資本フローは、

absorptive capacity(これは、人的資源、国内金

融市場の深さ、ガバナンスの質およびマクロ経済

政策により構成されると考えることができる)が

相対的に低い国の企業に対してプラスの生産性の

spilloversを生まず、absorptive capacityが比較

的に高い国にはプラスのspilloverが認められやす

いとの暫定的な証拠がいくつかあるとされる*68。

� 吸収能力の重要な要素としてのガバナンス

FDIはガバナンスの良い国に行く傾向がある

本ペーパーでは、ガバナンス概念は一連の広範

な制度と規範を含むが、金融グローバル化に最も

関係するのは、透明性、汚職のコントロール、法

の支配、金融セクターの監督であるとした上で、

国内ガバナンスの質と外国直接投資をひきつける

能力とは密接に関係しているとしている。最近の

証拠によると、外国直接投資は、国の規模、労働

コスト、税率、法律、外国投資企業に関わるin-

centiveなどを一定とすると、良いガバナンスの

国に行く傾向があると示唆され、悪いガバナンス

のFDIへの定量的影響は大きいとしている。

汚職の増加は税率の大幅引上げに相当するFDIへ

のマイナス効果を持つ

また、いくつかの汚職の計測結果*69からは、

汚職が対内外国直接投資の額にマイナスの影響を

持つことが一貫して示されているとし、1標準偏

差分の汚職の増加は、FDIへのマイナスの影響で

見ると、税率の約30%ポイントの引上げに相当

する可能性があるとしている*70。

また、中東欧への直接投資の企業レベルのデー

タを用いた研究によると、ガバナンスの質の低さ

は、対内直接投資量を減らす上に、技術的により

進んだ、全額外国出資の企業をdiscourageする意

味でFDIの質も下げる可能性があるとしてい

る*71。

透明性は良いガバナンスのもう1つの側面であ

る。国際的投資信託からのポートフォリオ投資は

透明性の高い国に行く傾向があるとの結果がある

ことが紹介されている*72。

� 国内ガバナンスと国際資本フローの不安定性

資本フローの不安定性に途上国は全く受身という

わけではない

*67 Borenzstein, Eduardo, Jose De Gregorio, and Jong―Wha Lee, 1998,“How Does Foreign Direct Investment Affect

Growth?”Journal of International Economics, Vol.45(June), pp.115―35

*68 Aitken, Brian and Ann Harrison,1999,“Do Domestic Firms Benefit from Direct Foreign Investment?”American Eco-

nomic Review, Vol. 89’June) pp.605―18, World Bank,2001, Global Development Finance(Washington:World Bank),

Bailliu, Jeannine,2000,“Private Capital Flows, Financial Development, and Economic Growth in Developing Countries,”

Bank of Canada Working Paper No.2000―15)Ontario, Canada: bank of Canada), Arteta, Carlos, Barry Eichengreen, and

Chares Wyplosz,2001, On the Growth Effects of Capital Account Liberalization”(unpublished; Berkeley: University of

California), Alfaro, Laura, Areendam Chandra, Sebnem Kalemi―Azecan, and Selin Sayek,2002,“FDI and Economic Growth,

The Role of Local Financial Markets,”Working Paper,(University of Houston)

*69 Transparency International(汚職との闘いに専念する国際的NGO)のレーティング、企業サーベイに基く計測でGlobal Com-

petitiveness ReportにHarvard大学とWorld Economic Forumが合同で公表したもの、世界銀行の行った世界の企業のサーベ

イによる計測が含まれる。

*70 原ペーパーFigure10およびWei, Shang―Jin(1997),“Why is Corruption Much more Taxing Than Taxes? Arbitrariness

kills,”NBER Working Paper No.6255(November), 同(2000a),“How Taxing is Corruption on International Investors?,”

Review of Economics and Statistics, Vol.82, No1(February), pp.1―11, 同(2000b),“Local Corruption and Global Capital

Flows,” Brookings Papers on Economic Activity, Vol.2参照。Wei (2000a)では、調査された45ヶ国の汚職は1から10ま

でのレーティングがされ、平均レーティングは3.7、標準偏差は2.5である。法人税の最高限界税率は10%から59%、平均は

34%、標準偏差は11%である。

*71 Smarzynska, Beata K., and Shang―Jin Wei,2000,“Corruption and Composition of Foreign Direct Investment: Sharing Op-

portunities,”NBER Working Paper No.7969(October), pp.1―24

*72 Gelos, Reuven, and Shang―Jin Wei,2002,“Transparency and International Investor Behavior,”NBER Working Paper No.

9260(October), pp.1―36

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本ペーパーは、国際資本フローは非常に不安定

でありうるが、資本フローの突然の停止ないし逆

流に関しては、途上国は全くの受身というわけで

はなく、過大評価された為替レートと過度に長期

化した国内融資ブームがしばしば資本勘定危機に

先行することが示されているとしている*73。

国内金融規制の弱さと銀行危機・通貨危機の可能

性との関連を示唆する多くの証拠がある

また、国内金融規制と監督能力の弱さが銀行お

よび通貨危機を経験する可能性の高さと関連を持

つ傾向があることを示唆する多くの証拠があると

している*74。すなわち、十分な金融監督制度な

しに、資本勘定を時期尚早に開放する場合、国内

金融機関は過剰なリスクを積み上げ、金融危機の

リスクを高め得る。負債サイドでは国際市場から

過度に借入れ、資産サイドでは特に明示的ないし

黙示的な政府保証がある場合には過度にリスキー

な活動に貸し付ける可能性がある。結果として、

期間や通貨のミスマッチなどバランスシートの脆

弱さをもたらしうる。また、政府や企業のバラン

スシートの脆弱さも金融機関の健全性に影響しう

るとしている。

資本勘定の完全自由化には規制監督能力の強化、

経済政策の透明性の強化などが必要である

さらに、本ペーパーは、一国が完全な資本勘定

の自由化を行う前に、監督規制能力が十分に強化

されなくてはならないとの見解は、今や広く受け

入れられているとする。経済政策の透明性も

herding行動など資本流入の不安定性に影響を与

える可能性があるとしている*75。

また、通貨危機の研究によると、一国の資本流

入の構造が危機の可能性と関係していると指摘さ

れている。具体的には、外国銀行の融資への依存

が比較的高く、外国直接投資への依存が低い国は

国際資本フローの突然の停止への脆弱性が高く、

資本勘定危機に陥る可能性が高いとされる*76。

近年の調査によると、マクロ経済政策は資本フ

ロー構造の重要な決定要因であると示唆され

る*77。また、高い汚職のレベルで示される弱い

ガバナンス国は、FDIが相対的に少なく外国銀行

融資が相対的に多い資本流入構造を有する傾向が

あるとされる*78。

(6)IMFによるサーベイ論文の結論

今回のIMFペーパーの主要な結論は、次の記

述により要約できるであろう。

� 「今日に至る膨大な調査努力の客観的な解読

が示唆することは、金融グローバリゼーショ

ンそれ自体がより高い経済成長をもたらすと

いう理論的主張への、強く、堅固で統一的な

支持は何ら存在しない(there is no strong,

robust and uniform support for the theo-

retical argument that financial globalization

per se delivers a higher rate of economic

growth(P.3左欄、ll. 6~10))。」

� 「国際資本市場へのプロシクリカルなアクセ

スにより、金融的に統合された途上国は消費

の相対的な不安定性に対しマイナスの影響を

受けていると見られる(pro―cyclical access

to international capital markets appears to

have had a perverse effect on relative vola-

tility of consumption for financially inte-

grated developing countries.(P.3右欄、ll.

18~21))

� 「金融グローバリゼーションと成長又は消費

との間に単純な関係を見出すのは困難である

が、これらの関係における非線形性ないし

threshold effectのいくらかの証拠がある。

*73 Frankel and Rose(1996), Schneider, Martin, and Aaron Tornell,2001,“Boom―bust Cycles and the Balance Sheet Effect,”

Working Paper, UCLA(California: UCLA)

*74 Kaminsky and Reinhart(1999), Arteta, Eichengreen, and Wyplosz(2001)

*75 原ペーパーFigure12およびBox5参照。

*76 例えば、Frenkel and Rose (1996)

*77 Carlson, Mark A., and Leonardo Hernandez,2002,“Determinants and Repercussions of the Composition of Capital Inflows,”

IMF Working Paper02/86(Washington: International Monetary Fund)*78 原ペーパーFigure13参照。

2004年2月 第18号 135

Page 23: 金融グローバリゼーションが途上国の成長 と不安定 …...要約 本稿は、資本取引の自由化へのIMFの姿勢の推移を概観した上で、IMFスタッフにより昨秋公表

すなわち、良いマクロ経済政策および良い国

内ガバナンスを伴う金融グローバリゼーショ

ンは、成長促進的であるように見える(Al-

though it is difficult to find a simple rela-

tionship between financial globalization and

growth or consumption volatility, there is

some evidence of nonlinearities or thresh-

old effects in the relationship. Financial

globalization, in combination with good

macroeconomic policies and good domestice

governance, appears to be conducive to

growth.(P.4左欄、ll.27~33))。」

これに基き、同ペーパーは、次の提言を行って

いる。

� 金融グローバリゼーションは、注意深く、か

つ良い制度とマクロ経済フレームワークを前

提条件としてアプローチすべきである。

(P.4右欄、最終行~P.5左欄l.3)

3.まとめと結論

本稿においては、まずIMFと資本取引規制と

のかかわりに関するこれまでの経緯をまとめた上

で、金融グローバリゼーションの途上国への影響

に関するIMFスタッフによる実証結果のサーベ

イ論文のポイントを紹介した。

本稿の前半の資本取引自由化へのIMFの関わ

りに関するこれまでの経緯のレビューで示された

ことは次のとおりである。

1.現行IMF協定は資本取引自由化を目的とは

せず、むしろ加盟国に資本取引規制を課す権

能を明確に認めている。

2.先進国は80年代に資本取引自由化がグロー

バルな現象となり90年代前半までにはほぼ自

由化を完了し、途上国においても90年代に資

本取引自由化が加速した。

3.IMFは、資本取引自由化に基本的に好意的

であったと見られるが、全加盟国を対象とす

る指針を作成して全般的に自由化を図るので

はなく、ケースごとの対応を基本とした。先

進国の自由化については主要な役割を果たさ

なかったが、途上国の自由化に対しては場合

によっては積極的に自由化を促進したと見ら

れる。

4.資本取引自由化をIMF協定の目的とすると

の協定改正の動きがアジア危機の深刻化と

IMF批判の中で中断され、また最近の相次

ぐ危機を経て、IMFの資本取引自由化への

姿勢はリスク管理を強調するより慎重なもの

へと変化してきていると見られる。

本稿の後半で紹介したIMFスタッフのサーベ

イ論文の主要ポイントを再度示すと次の通りであ

る。

5.金融グローバリゼーションと経済成長との

間に堅固な因果関係は何ら見出されていな

い。

6.金融グローバル化は途上国の消費水準の相

対的な不安定性を増大している。

理論とは逆行するこれらの実証結果の解釈に関

して次の見方が提示されている。

7.人的資源などの高い国については外国資本

流入は成長にプラスとなるとの証拠がいくら

かある。

8.国内金融規制の弱さと銀行危機・通貨危機

(ネガティブな生産効果を持つ)の可能性と

の関連を示唆する多くの証拠がある。

9.金融グローバル化が工業国の域に達すると

消費の不安定性は減少する。

これらを踏まえ、IMFスタッフのサーベイ論

文は、結論的に次のように述べている。

10.金融グローバリゼーションは、注意深く、

かつ良い制度とマクロ経済フレームワークを

前提条件としてアプローチすべきである。

以上が本稿のポイントである。繰り返しになる

が、資本取引の自由化は成長や消費水準の安定性

にプラスの効果があるという理論上の利益がこれ

までの実証研究では基本的に確認されないという

評価は非常に重要なimplicationを持つ。というの

は、資本取引自由化の最大の推進力の1つがかか

る理論的利益であったからである。仮にこうした

利益が不確実であるということになれば、資本取

引自由化の推進自体が議論の対象となりうるとい

える。結局、ブレトンウッズ体制の創設者たちが

136 開発金融研究所報

Page 24: 金融グローバリゼーションが途上国の成長 と不安定 …...要約 本稿は、資本取引の自由化へのIMFの姿勢の推移を概観した上で、IMFスタッフにより昨秋公表

議論した問題は現代の金融市場においてもなお当

てはまるものであり、金融市場のグローバル化が

今後とも進展すると予想される現在、資本取引の

自由化が具体的にどのようなチャネルを通じて途

上国経済の成長と不安定性に関わるのか、これが

プラスに機能するためにはそのチャネルのそれぞ

れの部分についてどのような条件が満たされる必

要があるのか、今回のペーパーの示唆する

threshold effectは因果関係を示すものであるのか

など多くの論点に関し一層の研究と知識の積み重

ねが喫緊の課題となっており、こうした分析と個

別の途上国について必要とされる条件の理解と整

備なしに資本取引の急速な自由化を進めることに

は大きなリスクが伴うといえる。

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