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Vol. 52 No. 6 2016 ファルマシア 539 1 2 3 はじめに 胃酸が関連し,胃酸分泌抑制により臨床的効果が 得られる疾患群は酸関連疾患と呼ばれ,その原因や 治療法が明確ではなかった時代を含め,長年の間, 人類を苦しめてきた歴史がある.例えば,胃炎潰瘍は人類最古の疾患の1つとも言われるが,その 主な原因とされるピロリ菌(Helicobacter Pylori H. pylori )に人類が最初に感染したのは,人類がまだア フリカにしかいなかった約5万8000年前とする研 究成果なども発表されている. 1) また歴史上の記録 を見ると,古代ギリシャのヒポクラテスが著書の中 で胃潰瘍に言及した記述があり,マケドニアのアレ キサンダー大王に攻め込まれたギリシャ兵たちが胃 潰瘍に苦しんだという記録がある.本稿では,新し い酸分泌抑制薬として2015年に登場したカリウム イオン競合型アシッドブロッカー ボノプラザンの 創製に至った経緯を酸関連疾患に対する治療薬の貢 課題克服の歴史とともに振り返ってみたい. 胃酸と酸関連疾患 胃酸は胃底部・胃体部の粘膜に存在する胃底腺の 壁細胞から分泌され,タンパク質分解酵素であるペ プシンの活性化や,カルシウム,鉄などの無機質の 吸収に寄与すると同時に,経口で侵入する病原微生 物などを殺菌する効果を有する.その一方で,胃酸 は強力な組織傷害性を示し,消化性潰瘍や胃食道逆 流症などを引き起こす病的因子としての一面があ る.「No acid, no ulcer (酸なきところに潰瘍なし)」 に象徴されるように,胃酸と酸関連疾患の関係につ いては以前より様々な検討が進められ,攻撃因子を 抑制する観点からは,胃酸分泌を抑制することが最 も有効な治療手段と認識されるようになった.臨床 研究の結果,酸関連疾患の治療には,胃・十二指腸 潰瘍で pH3以上, 2) 逆流性食道炎で pH4以上, 3,4) H. pylori 除菌で pH5以上 5) に胃内 pH を一定時間以 上,上昇させる必要があるとされている. そのような背景から,酸関連疾患の治療薬につい ては,より強く,より長く胃内の pH を制御できる 薬剤を求めて研究開発が行われてきた. 酸関連疾患治療薬の変遷 1.制酸薬の時代 古代ギリシャ時代には,今でいうストレス性潰瘍 を避けるためには旅行に出るとか,海を見るなどの 気分転換が推奨され,薬物としては,貝殻を粉末に して服用していたと記載されている.また古代エジ プト時代のパピルスにも同じような記載が確認され ていることから,かなり古い時代から貝殻,すなわ ち炭酸カルシウムで,胃酸を中和し,胃の痛みを押 さえていたと考えられる. しかしながら,胃酸を中和する古典的な制酸薬 は,症状を軽減させる効果があるが,作用時間が極 めて短時間であり,潰瘍治癒効果はかなり限定的と いう大きな課題があった. 2.ヒスタミンH 受 容 体 拮 抗 薬(histamine H receptor antagonist:H RA)の登場 1960年代後半に酸を胃内に送り込む胃プロトン ポンプの存在が明確となり, 6) 胃酸分泌機構の解明 が加速された.胃酸の分泌を刺激する生理活性物質 としては,現在までにヒスタミン,アセチルコリ ン,ガストリンが知られており,壁細胞基底の側面 細胞膜に存在するヒスタミン H 受容体,ムスカリ ンM 受容体,ガストリン CCK 受容体にそれぞれ 作用する.壁細胞への刺激をブロックするタイプの 薬剤としては,最初にムスカリン受容体を遮断する 抗コリン薬などが使用されたが,その臨床効果は満 足できるものではなかった.しかし,ヒスタミン受 新規カリウムイオン競合型アシッドブロッカー ボノプラザンの創製 日本発次世代の酸分泌抑制薬 西田晴行 Haruyuki NISHIDA 武田薬品工業(株)医薬研究本部化学研究所主席研究員 創薬科学賞

新規カリウムイオン競合型アシッドブロッカー ボノプラザン …...Vol. 52 No. 6 2016 ファルマシア539 1 2 3 はじめに 胃酸が関連し,胃酸分泌抑制により臨床的効果が

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  • Vol. 52 No. 6 2016 ファルマシア 539

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    3

    はじめに

    胃酸が関連し,胃酸分泌抑制により臨床的効果が

    得られる疾患群は酸関連疾患と呼ばれ,その原因や

    治療法が明確ではなかった時代を含め,長年の間,

    人類を苦しめてきた歴史がある.例えば,胃炎/胃

    潰瘍は人類最古の疾患の1つとも言われるが,その

    主な原因とされるピロリ菌(Helicobacter Pylori:H.

    pylori)に人類が最初に感染したのは,人類がまだア

    フリカにしかいなかった約5万8000年前とする研

    究成果なども発表されている.1) また歴史上の記録

    を見ると,古代ギリシャのヒポクラテスが著書の中

    で胃潰瘍に言及した記述があり,マケドニアのアレ

    キサンダー大王に攻め込まれたギリシャ兵たちが胃

    潰瘍に苦しんだという記録がある.本稿では,新し

    い酸分泌抑制薬として2015年に登場したカリウム

    イオン競合型アシッドブロッカー ボノプラザンの

    創製に至った経緯を酸関連疾患に対する治療薬の貢

    献/課題克服の歴史とともに振り返ってみたい.

    胃酸と酸関連疾患

    胃酸は胃底部・胃体部の粘膜に存在する胃底腺の

    壁細胞から分泌され,タンパク質分解酵素であるペ

    プシンの活性化や,カルシウム,鉄などの無機質の

    吸収に寄与すると同時に,経口で侵入する病原微生

    物などを殺菌する効果を有する.その一方で,胃酸

    は強力な組織傷害性を示し,消化性潰瘍や胃食道逆

    流症などを引き起こす病的因子としての一面があ

    る.「No acid, no ulcer(酸なきところに潰瘍なし)」

    に象徴されるように,胃酸と酸関連疾患の関係につ

    いては以前より様々な検討が進められ,攻撃因子を

    抑制する観点からは,胃酸分泌を抑制することが最

    も有効な治療手段と認識されるようになった.臨床

    研究の結果,酸関連疾患の治療には,胃・十二指腸

    潰瘍で pH3以上,2) 逆流性食道炎で pH4以上,3,4)

    H. pylori 除菌で pH5以上5)に胃内 pHを一定時間以

    上,上昇させる必要があるとされている.

    そのような背景から,酸関連疾患の治療薬につい

    ては,より強く,より長く胃内の pHを制御できる

    薬剤を求めて研究開発が行われてきた.

    酸関連疾患治療薬の変遷

    1.制酸薬の時代

    古代ギリシャ時代には,今でいうストレス性潰瘍

    を避けるためには旅行に出るとか,海を見るなどの

    気分転換が推奨され,薬物としては,貝殻を粉末に

    して服用していたと記載されている.また古代エジ

    プト時代のパピルスにも同じような記載が確認され

    ていることから,かなり古い時代から貝殻,すなわ

    ち炭酸カルシウムで,胃酸を中和し,胃の痛みを押

    さえていたと考えられる.

    しかしながら,胃酸を中和する古典的な制酸薬

    は,症状を軽減させる効果があるが,作用時間が極

    めて短時間であり,潰瘍治癒効果はかなり限定的と

    いう大きな課題があった.

    2.ヒスタミンH2受容体拮抗薬(histamine H2

    receptor antagonist:H2RA)の登場

    1960年代後半に酸を胃内に送り込む胃プロトン

    ポンプの存在が明確となり,6) 胃酸分泌機構の解明

    が加速された.胃酸の分泌を刺激する生理活性物質

    としては,現在までにヒスタミン,アセチルコリ

    ン,ガストリンが知られており,壁細胞基底の側面

    細胞膜に存在するヒスタミンH2受容体,ムスカリ

    ンM3受容体,ガストリンCCK2受容体にそれぞれ

    作用する.壁細胞への刺激をブロックするタイプの

    薬剤としては,最初にムスカリン受容体を遮断する

    抗コリン薬などが使用されたが,その臨床効果は満

    足できるものではなかった.しかし,ヒスタミン受

    新規カリウムイオン競合型アシッドブロッカーボノプラザンの創製 日本発/次世代の酸分泌抑制薬

    西田晴行 Haruyuki NISHIDA 武田薬品工業(株)医薬研究本部化学研究所主席研究員

    創薬科学賞

  • 創薬科学賞

    540 ファルマシア Vol. 52 No. 6 2016

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    容体に異なるサブタイプが存在することが分かった

    ことで薬剤の開発が加速し,1970年代後半に経口

    投与で強力な酸分泌抑制作用を示すH2RAが登場し

    た.H2RAは,消化性潰瘍の治療効果を劇的に向上

    させ,多くの消化性潰瘍患者に福音をもたらした.

    しなしながら,H2RAは反復投与による作用の減弱

    や夜間の効果に比べて日中の効果が弱いという特徴

    があり,難知性潰瘍や胃食道逆流症に対しては十分

    な治療効果を発揮できないという課題があった.

    3.プ ロ ト ン ポ ン プ 阻 害 薬(proton pump

    inhibitor:PPI)の登場

    胃プロトンポンプの正体は,その後,膜タンパク

    質であるH+,K+-ATPase と判明したが,胃酸分泌

    の最終段階であるこの酵素を効果的/効率的に抑制

    することが最も優れた治療戦略と考えられた.その

    後,鋭意研究開発が進められ,1990年代になって

    PPIが登場した.PPIはH2RAよりも強力かつ持続的

    に胃酸分泌を抑制することで,消化性潰瘍だけでなく

    胃食道逆流症に対しても高い治療成績を示し,酸関

    連疾患治療の第一選択薬の地位を築くとともに多く

    の酸関連疾患患者のQOL改善に大きく貢献した.

    PPI は胃酸分泌の最終段階であるH+,K+-

    ATPase を阻害して酸分泌を抑制するため,「最強

    の酸分泌抑制薬」と考えられてきた.しかしなが

    ら,臨床データの蓄積とともに PPI で症状をコン

    トロールできない胃食道逆流症患者や PPI を用い

    た除菌療法で H. pylori の除菌率低下が報告される

    など,7)2000年頃から PPI による治療の限界や課題

    が明らかになってきた.

    なぜPPIによる薬物治療に限界があるのか

    PPI 治療では,単独あるいは複数の原因が重なり

    合って,十分な治療効果が得られないケースが生じ

    ると考えられたが,8) 代表的 PPI であるランソプラ

    ゾール(lansoprazole:LPZ)による薬物治療の課題

    を解析し,以下にまとめた.

    1.効果の発現時間がばらつく

    PPI(LPZ)は酸性条件下で活性本体に変換された

    後にH+,K+-ATPase に作用する.すなわち,酸に

    不安定な特性が阻害効果の本質である.したがっ

    て,経口投与で効果を発揮するためには腸溶性製剤

    にする必要があるが,消化管内の移動は胃の蠕動運

    動の状態や胃排出能に影響される.そのため小腸に

    達する時間にばらつきが生じ,9) 結果として薬効の

    発現時間が一定しない.

    2.効果の個人差が大きい

    現在処方されているPPIは,程度の差はある

    ものの,いずれも遺伝子多型のあるCYP2C19に

    よって代謝される特性を有しており,代謝酵素の

    欠損した poor metabolizer(PM)と正常な extensive

    metabolizer(EM)の患者で代謝速度が異なり,血中

    濃度や血中濃度―時間曲線下面積(area under the

    blood concentration-time curve:AUC)に差が出る.

    それに伴い酸分泌抑制効果,すなわち胃内 pHに差

    が認められ,結果として疾患の治癒率に個人差が認

    められる.10) 例えば,日本人の胃食道逆流症患者に

    LPZ30mgを8週間連日投与したときの治癒率は

    homoEM(代謝が速い),hetEM(中程度),PM(遅

    い)の患者でそれぞれ45.8%,67.9%,84.6%であ

    り,日本人の胃食道逆流症患者に対する LPZの治

    療効果とCYP2C19活性は有意に相関することが知

    られている.11)

    3.夜間の酸逆流を十分に抑制できない

    胃壁細胞のH+,K+-ATPase は酸分泌休止状態

    (休止期)と酸分泌活動状態(活動期)で形態が顕著に

    異なる.休止期にはその多くが管状小胞として細胞

    質に存在し,プロトンポンプとして機能していな

    い.12) 食事などの酸分泌刺激により活動期になる

    と,管状小胞が分泌細管の膜上に移動して分泌細管

    (acid space)側に露出し,初めてプロトンポンプと

    して働く(図1(A)).PPI(LPZ)は,腸から吸収さ

    れて壁細胞の acid space に到達後,酸性環境下で

    活性体へと変換され,H+,K+-ATPase と S-S 結合

    して阻害効果を発揮する(共有結合を形成).PPI

    (LPZ)は,血中濃度が高い状態では分泌細管膜上の

    ポンプを効果的に阻害して酸分泌を抑制するが

    (図1(B)),血中濃度が下がった状態で新たな刺激

    を受けた場合,新たに分泌細管膜上に移行した活性

    のあるポンプ(アクティブポンプ)は阻害できない

    (図1(C)).PPI(LPZ)は血中半減期が1.5時間程度

    と短い特徴を有しており,24時間にわたって作用

  • Vol. 52 No. 6 2016 ファルマシア 541

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    を持続することは難しい.このため,夜間の酸分泌

    が十分に抑制できないと考えられる.

    4.効果の立ち上がりが遅い

    プロトンポンプは活動期においても全てが acid

    space 側に露出しているわけではなく,細胞質内の

    管状小胞に休止状態のポンプとして存在する(図1

    (A),図2(1A)).酸分泌刺激がなくなると膜上の

    ポンプは管状小胞に戻るが(図2(1B)),PPI(LPZ)

    の血中濃度が低くなった状態で,新たに次の酸分泌

    刺激を受けた場合,アクティブポンプが膜上に移行

    するため,酸分泌抑制効果は弱まる(図2(1C)).

    しかしながら,投薬を繰り返すことにより阻害され

    たポンプの数が徐々に増えてくる(図2(2C)).血

    中濃度が下がった状態の阻害ポンプ数が一定になる

    まで,すなわち最大効果が発揮されるまでに大体

    5日間くらい必要となる(図2(5C)).また,H+,

    K+-ATPase の半減期は約50時間で1日に約25%

    のポンプが新たに生合成されている.そのため,

    PPI(LPZ)が完全に胃酸を抑制することは難しいと

    言える.

    現在処方されている PPI は全て類似の化学構造

    (同じケモタイプ)であり,特有の共通構造を有して

    いる.様々な議論はあるが,作用機序や阻害の特性

    などは大きくは変わらないと考えられる(図3).

    PPI(LPZ)の課題をいかに解決するか

    これらの課題を解決して治療効果を上げるため

    に,我々はカリウムイオン競合型アシッドブロッ

    カー(potassium-competitive acid blocker:P-CAB)

    に着目した.PPI(LPZ)がH+,K+-ATPaseと共有結

    合を形成して構造的に酵素活性を阻害するのに対し

    て,P-CABはK+イオンと競合してH+,K+-ATPase

    とイオン結合を形成することにより機能的に酵素活

    性を阻害する(図4).1980年代から多くの製薬会社

    により開発が試みられてきたが,作用持続が不十分

    あるいは肝毒性が認められるなどの理由から,欧米

    図1 壁細胞のH+,K+-ATPase と PPI(LPZ)の作用図3 LPZの作用メカニズムと市販PPI の化学構造

    図2 PPI(LPZ)の阻害特性と最大薬効の発現 図4 P-CABの作用メカニズム

  • 創薬科学賞

    542 ファルマシア Vol. 52 No. 6 2016

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    や日本における開発の成功事例はなかった.13~16) し

    かしながら,既に複数のケモタイプが報告されてお

    り,分泌細管内に長く存在することができるP-CAB

    を上手くデザインできれば PPI(LPZ)の課題を一気

    に解決できる可能性があると考察した.

    シード化合物からボノプラザンの発見

    新しい酸分泌抑制薬を創製するための取組として

    2003年から自社化合物ライブラリーのハイスルー

    プットスクリーニング(high throughput screening:

    HTS)を開始し,56万化合物を評価した.その中の

    1つにH+,K+-ATPase の阻害活性は弱く(in vitro:

    IC50(50%阻害濃度)=540nM),Na+,K+-ATPase

    との選択性も低いが,酸に安定で P-CABとして報

    告例のない化学構造の特徴を有するピロール化合物

    1を見いだした(図5).17)

    周辺誘導体を合成したところ,3位塩基性部分の

    エチル基からメチル基への変換により活性が10倍

    以上向上し(化合物3),ラットにおいて有意な酸分

    泌阻害活性が認められた(1mg/kg 投与で66%の

    抑制作用).Na+,K+-ATPaseとの選択性も向上し,

    その阻害様式を調べたところ可逆的かつK+イオ

    ン競合型の P-CABと判明した.そこで化合物3を

    リード化合物(リード1)として周辺の構造活性相

    関を詳しく調べた.その過程において,物理化学

    的安定性およびヒト代謝安定性に優れ,1mg/kg

    で LPZ(約90%の抑制作用)よりも強い95%の酸

    分泌抑制活性を示す化合物4(リード2)を見いだ

    したが,細胞傷害性,human ether-a-go-go related

    gene(hERG)チャネル阻害,ホスホリピドーシス

    (phospholipidosis:PLsis)のポテンシャルなど,薬

    物動態/毒性面で毒性発現につながるリスクを抱え

    ていることが判明した(図6).18)

    化合物4(リード2)の最適化検討は薬物動態/毒

    性改善面で難航し,一時は本ケモタイプを断念する

    一歩手前まで追い込まれたが,脂溶性の1つの指標

    である実測 LogD値を大きく下げることにより,薬

    物動態/毒性特性は改善可能という仮説から突破口

    を開き,詳細なデータ分析とデザインにより,低い

    LogD値と強い活性を両立し,優れた薬物動態/毒

    性特性を有する化合物6(TAK-438,ボノプラザン

    フマル酸塩)を見いだすに至った(図7).19)

    ボノプラザンの非臨床試験および臨床試験成績

    各種動物モデルによる評価において,ボノプラザ

    ンは LPZよりもはるかに強力かつ持続的な酸分泌

    図6 合成展開とリード化合物4の課題

    図7 リード化合物の最適化,ボノプラザンの発見

    図5 HTSヒット化合物と他のP-CABs

  • Vol. 52 No. 6 2016 ファルマシア 543

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    抑制作用を示し,効果的に標的部位である胃に移行

    していること,また,24時間後も残存しているこ

    とが分かった.20,21) ボノプラザンは LogD値が0.39

    (pH7.4),側鎖アミノ基部分の pKa 値(酸解離定

    数)が9.3の塩基性化合物に設計されており,生体

    内では大部分がイオン型として存在する.pHが中

    性付近の環境下では非常に良好な膜透過性を示す一

    方で,pHが低い酸性環境下では非イオン型の存在

    比率が下がることにより更に脂溶性(LogD)が下が

    り,膜透過性が低下する.したがって,ボノプラザ

    ンは我々の狙い通りに,酸性環境下の分泌細管に速

    やかに移行し,そこで長時間留まることができると

    考えられる.

    ボノプラザンは臨床薬理試験において,①薬物動

    態に及ぼす食事の影響はほとんど認められず,②血

    中濃度とCYP2C19遺伝子型に明確な関係は認めら

    れなかった.また,③20mg投与で強力かつ24時

    間持続する酸分泌抑制作用を示し,投薬初日からほ

    ぼ最大の酸分泌抑制作用を示した.22~24) これらの特

    性は実際の治療成績にも反映され,逆流性食道炎

    (治癒)検証試験において,LPZ30mg投与群の重

    症患者(LA分類のグレードC/D)における治癒率が

    2週間で63.9%であったのに対して,ボノプラザ

    ン20mg投与群の治癒率は88.0%を示した.25) ま

    た,H. pylori 除菌検証試験において,LPZ30mgを

    含む3剤併用投与群の一次除菌率が75.9%であっ

    たのに対して,ボノプラザン20mgを含む3剤併

    用投与群の一次除菌率は92.6%であった.24) これ

    らの成績は,酸関連疾患患者に対する新しい治療オ

    プションとして,今後,大きな貢献が期待されるも

    のである.

    おわりに

    PPI(LPZ)の課題を克服する「究極の酸分泌抑制

    薬」を目指して創薬研究を続けた結果,酸に安定で

    水溶性に優れ,作用発現の遅さ,効果の個人差およ

    び食事の影響などの改善が期待でき,強い胃酸分泌

    抑制効果と長い作用持続を有するボノプラザンの創

    製に成功した.2003年の研究開始からほぼ理想的

    な期間で,本薬の創製に至った背景には PPI(LPZ

    およびその光学活性体デクスランソプラゾール等)

    の創薬経験がある.現ケモタイプの PPI を改良す

    ることに限界を感じながら,治療成績を大きく向上

    させる新しいタイプの薬剤を創製したい/患者に貢

    献したいという強い思いがあったように思う.ま

    た,社内の研究体制がプロジェクト制となる移行期

    に研究が始まり,パイロットプロジェクトに選ばれ

    て,部門を越えたチームビルディングなどに積極的

    に取り組むことで一体感が醸成され,意思決定が早

    められたこともプラスに働いた.

    ボノプラザンは武田薬品ではHTSヒットから生

    まれた初めての医薬品となったが,初期のシード探

    索から最適化研究,開発研究に至るまで多くの研究

    者が活躍できたプロジェクトであった.今後,日本

    のみならず世界中でボノプラザンが酸関連疾患で苦

    しむ患者の役に立てることを期待したい.

    参考文献

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    キーワード

    ボノプラザン,カリウム競合型アシッドブロッカー(P-CAB),酸関

    連疾患,酸分泌抑制薬,ピロール

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