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遠地実体波解析によって得られた津波地震の震源過程 の特徴と地震活動変化 連絡先 齋藤 陽介  (岩石学 D1) [email protected] 池端 慶 (岩石学)   [email protected] 発表者② 地球変動科学分野 江崎隼輝 津波地震は、比較的短い周期の地震波の振幅から推 定したマグニチュードから予測される以上の大津波を 引き起こす地震である。津波地震の多くは沈み込みプ レート境界の浅部で発生していると考えられているが、 その詳細な震源過程について統一的に解析された例は まだ少ない。この津波地震が発生する海溝軸近傍のプ レート境界では不安定破壊が発生しにくいと考えられ ていたが、2011 年東北地方太平洋沖地震では多くの 研究者によってこの領域における大きな滑りの発生が 指摘されている (Yagi & Fukahata, 2011,GRL など )。 この領域で発生する海溝型大地震の震源特性を理解す ることはプレート境界に蓄積する応力・歪みを議論す る上でも重要である。 地震の発生メカニズムを明らかにするためには遠地 の観測点で記録される地震波を用いて震源過程を求め ることが一つの有力な手法であるが、浅い領域で発生 する大地震では構造の不均一や海底地形による多重反 射した波の影響のためグリーン関数の不確定性による モデリング誤差の影響が大きくなりやすい。この問題 を解決するために、本研究ではグリーン関数の不確定 性を考慮した波形インバージョン法 (Yagi & Fukahata, 2011,GJI) と Hybrid Back-Projection 法 (Yagi et al., 2012, EPSL/ 投稿中 ) を適用して津波地 震の詳細な震源過程の解析を試みた。波形インバージョ ン法では断層面上での滑り速度ベクトルの時空間分布 が得られるのに対し、Hybrid Back-Projection 法は断 層面上での波源の放出源を相対的な値として得ること ができる。この2つの手法はどちらも遠地実体波 (P 波 ) を用いるが、どちらの手法も浅い大地震の解析で厄介 となる後続波の影響を軽減する定式化がなされている。 この2つの手法を適用することで、海溝軸近傍におけ るプレート境界の地震滑りの特性の抽出を目指す。 本研究で解析した地震は、地震観測網が世界的に整 備された 1990 年以降に発生しモーメントマグニ チュードが 7.5 以上であった 4 つの津波地震と考えら れている地震である。波形インバージョン法による解 析により、1992 年 Nicaragua 地震、2006 年 Java 地 震、2010 年 Mentawai 地震の3つの地震で震源から 海溝付近で長い滑り継続時間が継続するという特徴を 得た。これは (Kikuchi & Kanamori, 1995,PGA) で報 告されていた結果と調和的である。また、これら3つ の地震は震源全体のモーメント速度関数が台形の様な 形となることも特徴的である。断層面上での個々の点 での滑り速度の挙動に着目してみると、滑り速度がピー クを過ぎた後なだらかに減速していく領域がこれら3 つの地震で確認できた。また、これら3つの地震の滑 り速度の値は最大で 0.1m/sec 程度と、一般的な地震 の 10 分の1程であるが、長い継続時間を持つために、 最終的な滑り量は 1-5m程度となる。このように通常 次回のお知らせ 日時:6月 20日(水) 17時より 発表者:渡邉翔太 (地球資源科学) 清水辰哉 (地史・古生物学) の地震よりも比較的ゆっくりと破壊が進行することで、 結果として励起する短周期の地震波放出は小さく海底 の地殻変動が大規模となることが考えられる。Hybrid Back-Projection 法による解析では、解析に用いる周 波数帯によって求まる波源が異なった。特に 2006 年 Java 地震では高周波の波源が低周波の波源よりも down-dip 方向にずれて求まる傾向が見られた。高周 波の波源はインバージョンで滑り速度が大きく得られ る領域と比べてもやや重ならず、これらの特徴は高周 波が津波地震でよく励起されないことを示していると 考えられる。 また、津波地震の特徴を理解するために、過去にプ レート境界で発生した巨大地震の震源域での地震活動 の活動変化も調べた。その結果、津波地震の領域で大 きく滑った地震の後には震源域付近で正断層型地震が 活発化し、アウターライズ域だけでなくプレート間地 震で大きく滑った領域の周辺でも卓越することが分 かった。このような地震活動の変化は東北地方太平洋 沖地震でも同様の現象を確認することができる。海溝 軸近傍において稀にしか発生しないプレート間地震に よる大きなモーメント解放やその後の地震活動のメカ ニズム変化は、プレート境界浅部に蓄積された絶対歪 みが部分的に解放された可能性があることを示唆する。 この 3 つの地震の平均応力降下は約 0.3MPa であるこ とを考えると、津波地震が発生する場の強度は他の領 域と比して一桁小さい可能性がある。 図:波形インバージョン法によって得られた 2006 年 Java 津波地震の滑り量分布 ( 左 ) と震源過程の スナップショット ( 右 )。

遠地実体波解析によって得られた津波地震の震源過 …震、2010年Mentawai地震の3つの地震で震源から 海溝付近で長い滑り継続時間が継続するという特徴を

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遠地実体波解析によって得られた津波地震の震源過程の特徴と地震活動変化

連絡先 齋藤 陽介  (岩石学 D1)     [email protected]   池端 慶 (岩石学)       [email protected]

   発表者② 地球変動科学分野 江崎隼輝 津波地震は、比較的短い周期の地震波の振幅から推定したマグニチュードから予測される以上の大津波を引き起こす地震である。津波地震の多くは沈み込みプレート境界の浅部で発生していると考えられているが、その詳細な震源過程について統一的に解析された例はまだ少ない。この津波地震が発生する海溝軸近傍のプレート境界では不安定破壊が発生しにくいと考えられていたが、2011 年東北地方太平洋沖地震では多くの研究者によってこの領域における大きな滑りの発生が指摘されている (Yagi & Fukahata, 2011,GRL など )。この領域で発生する海溝型大地震の震源特性を理解することはプレート境界に蓄積する応力・歪みを議論する上でも重要である。 地震の発生メカニズムを明らかにするためには遠地の観測点で記録される地震波を用いて震源過程を求めることが一つの有力な手法であるが、浅い領域で発生する大地震では構造の不均一や海底地形による多重反射した波の影響のためグリーン関数の不確定性によるモデリング誤差の影響が大きくなりやすい。この問題を解決するために、本研究ではグリーン関数の不確定性を考慮した波形インバージョン法 (Yagi & Fukahata, 2011,GJI) と Hybrid Back-Projection 法(Yagi et al., 2012, EPSL/ 投稿中 ) を適用して津波地震の詳細な震源過程の解析を試みた。波形インバージョン法では断層面上での滑り速度ベクトルの時空間分布が得られるのに対し、Hybrid Back-Projection 法は断層面上での波源の放出源を相対的な値として得ることができる。この2つの手法はどちらも遠地実体波(P波)を用いるが、どちらの手法も浅い大地震の解析で厄介となる後続波の影響を軽減する定式化がなされている。この2つの手法を適用することで、海溝軸近傍におけるプレート境界の地震滑りの特性の抽出を目指す。 本研究で解析した地震は、地震観測網が世界的に整備された 1990 年以降に発生しモーメントマグニチュードが 7.5 以上であった 4 つの津波地震と考えられている地震である。波形インバージョン法による解析により、1992 年 Nicaragua 地震、2006 年 Java 地震、2010 年 Mentawai 地震の3つの地震で震源から海溝付近で長い滑り継続時間が継続するという特徴を得た。これは (Kikuchi & Kanamori, 1995,PGA) で報告されていた結果と調和的である。また、これら3つの地震は震源全体のモーメント速度関数が台形の様な形となることも特徴的である。断層面上での個々の点での滑り速度の挙動に着目してみると、滑り速度がピークを過ぎた後なだらかに減速していく領域がこれら3つの地震で確認できた。また、これら3つの地震の滑り速度の値は最大で 0.1m/sec 程度と、一般的な地震の 10 分の1程であるが、長い継続時間を持つために、最終的な滑り量は 1-5m程度となる。このように通常

次回のお知らせ日時:6月 20日(水) 17時より発表者:渡邉翔太 (地球資源科学)    清水辰哉 (地史・古生物学)

の地震よりも比較的ゆっくりと破壊が進行することで、結果として励起する短周期の地震波放出は小さく海底の地殻変動が大規模となることが考えられる。Hybrid Back-Projection 法による解析では、解析に用いる周波数帯によって求まる波源が異なった。特に 2006 年Java 地震では高周波の波源が低周波の波源よりもdown-dip 方向にずれて求まる傾向が見られた。高周波の波源はインバージョンで滑り速度が大きく得られる領域と比べてもやや重ならず、これらの特徴は高周波が津波地震でよく励起されないことを示していると考えられる。 また、津波地震の特徴を理解するために、過去にプレート境界で発生した巨大地震の震源域での地震活動の活動変化も調べた。その結果、津波地震の領域で大きく滑った地震の後には震源域付近で正断層型地震が活発化し、アウターライズ域だけでなくプレート間地震で大きく滑った領域の周辺でも卓越することが分かった。このような地震活動の変化は東北地方太平洋沖地震でも同様の現象を確認することができる。海溝軸近傍において稀にしか発生しないプレート間地震による大きなモーメント解放やその後の地震活動のメカニズム変化は、プレート境界浅部に蓄積された絶対歪みが部分的に解放された可能性があることを示唆する。この 3 つの地震の平均応力降下は約 0.3MPa であることを考えると、津波地震が発生する場の強度は他の領域と比して一桁小さい可能性がある。

図:波形インバージョン法によって得られた 2006 年 Java津波地震の滑り量分布 ( 左 ) と震源過程のスナップショット ( 右 )。