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免疫グロブリンFc受 容体を介した 免疫 ... - JST

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Page 1: 免疫グロブリンFc受 容体を介した 免疫 ... - JST

【解説】

免疫グロブリンFc受 容体を介した免疫抑制機構細胞膜表面受容体を介して伝達される抑制性シグナルのパラダイム

小野栄夫, 高井俊行*

“正常値 (状態) が定められ, これが安定値 (状態) として推移

する. 仮にストレスで異常値 (状態) になったとしても, 原因

のス トレスさえ取り除かれれば再び正常値 (状態) に戻 る”.

これは, 明らかに恒常性の概念を表現したもののようにみえ

るが, 元来は免疫現象を表現した文章を少 し変えたものであ

る. すなわち, 免疫現象にも恒常性の一面があると言ってよ

い. 恒常性の支柱となるのは, 負のフィードバック制御シス

テムである. では, このシステムを免疫現象の中に指摘でき

るだろうか? 実はこれが難 しい. あまりに複雑な系だから

であろうか. 本稿は, Fc受 容体の一つFcγRIIbの 機能の

全体像を最新の知見に基づいて解説する. FcγRIIbは 免疫

抑制機能に特徴があり, 抗体産生系に対 して負のフィー ドバ

ック制御を行なう過剰感知受容体として機能し, 免疫系の恒

常性の一面を支えていることが理解されるであろう.

Fc受 容体 とは

抗体の構造は大 きく定常領域抗原の性質によって変化

する可変領域に分 けられる. 定常領域 には抗原結合性 を

もたないFc部 分があ り, また可変領域 には抗原 と結合

するFab部 分が存在する. このうち, 定常領域のFc部

分を結合す る細胞表面受容体分子群, それがFc受 容体

である. 抗体は可変領域で抗原を認識する一方で, その

定常領域でFc受 容体により免疫・炎症細胞な どの細胞

表面 に捕捉される. すなわち, 免疫応答系において, 異

物 (抗原) が存在するとい う情報は, 抗体を介 してFc受

容体発現細胞へ と伝達 され, 細胞 に免疫実効機能 を発揮

させる方向に導 く (図1). こうしたFc受 容体 を経由す

る異物認識の流れは, 補体系, T細 胞系 と並んで獲得性

免疫 システム (acquired immunity) の根幹 を成 してお

り, 現在ではFc受 容体欠損マウスが様々な免疫不全を

示す事実からも, この点は実証 されている.

図1■ 二Fc受容体 の主 な機 能

抗原の存在 は, 抗体 とFc受 容体 を介 して細胞系に伝達 される.

Signal Transduction and Rolein Immune Responses for

Inhibitory Fc Receptor*Masao ONO, Toshiyuki TAKAI, 東 北 大学 加 齢 医 学研 究所, 科

学 技術 振 興 事 業 団CREST, JST

154 化学と生物 Vol. 38, No. 3, 2000

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ヒトではIgE, IgG, IgA (Ig: 免疫グロブリン) 抗体 ク

ラスに対応す る13種 以上のFc受 容体遺伝子が同定 さ

れてお り, それらは主 として免疫・ 炎症細胞 に発現 して

いる (図2). 構造的には, 免疫グロブ リン様構造 をとる

もの, レクチン分子に属するもの, またサブユニ ット会

合の有無など, 多様化 した分子群である. また機能的に

も, 抗体 クラスに対応 した認識特異性の分化や結合親和

性の強弱の他, Fc受 容体か らのシグナルで惹起 され る

細胞応答様式の点で, 細胞活性化, 細胞の抑制, エ ンド

サイ トーシスなどの多様化がみられている.

こうしたFc受 容体機能の多様化 は, サブユニッ トを

含めた細胞内領域 の属性 に よる. た とえば, 免疫活性

化物質の分泌などを惹起するFc受 容体は, ITAM (im-

munoreceptor tyrosine-based activation motif) と称

される活性化アミノ酸配列 を細胞内領域にもつ. ITAM

は, CD3分 子群やB細 胞受容体複合体など, 免疫系細胞

に発現する活性型受容体分子に広 く認 められるアミノ酸

モチーフで, src型 チロシンキナーゼやsykな どのチロ

シンキナーゼ と結合して細胞内シグナルを起動する. 一

方, ITIM (immunoreceptor tyrosine-based inhibi-

tory motif) と称される抑制性ア ミノ酸配列をもつFc受

容体 もある. これは近年, ITAMか らの活性化シグナル

のブレーキ役 を果たしていることが明 らかにされた. し

たがって, Fc受 容体群 は活性化 と抑制 という相反する作

用 を免疫・炎症系に及ぼしなが ら, この系の合理性 (異物

の排除 と恒常性) に寄与することになる. 活性 と抑制の

バ ランス機構 に, Fc受 容体の生理学の焦点の一つがあ

る.

さて本稿 では, Fc受 容体機能の一つである抑制作用

解析の現状 を紹介 して, Fc受 容体や抑制系への興味 を

喚起 したいと考えている. 特に, Fc受 容体群の中では,

唯一抑制機能 を果たすFcγRIIbに 関 して, その抑制性

シグナルの実体 を中心 に解説する.

FcγRIIbの 特徴

FcγRIIbの 特徴は, 細胞内領域 にITIMが 存在す る

という構造面 と, 免疫・ 炎症抑制作用を発揮するという

機能面にある. ヒ トで もマウスで も. FcγRIIB遺 伝子か

ら, 最長のb1お よび細胞内領域 の1エ クソン分 を欠 く

b2の2種 のアイソフォームが主 に作 られ る. 2種 とも

ITIMを もち, 抑制機能 を発揮す る. 現在 では, MHC

図2■ ヒ トFc受 容 体 の 多 様 性

γはFcεRIγサブユニット, βはFcεRIβサブユニット. GPI: glycosyl phosphatidylinositol

化学 と生物 Vol. 38, No. 3, 2000 155

Page 3: 免疫グロブリンFc受 容体を介した 免疫 ... - JST

クラスI分 子 を認識 してNK細 胞 の 自己傷害 活性 の

抑制 に関係するKIR (killer cell-immunoglobulin like

receptor) 群や, CD22やCTLA4な ど, 欠損マウスの解

析で明 らかにされた抑制性膜表面タンパ ク質の細胞 内

領域 にも共通 にITIMが 認 め られてい る. ITIMと 抑

制作用の関係 は後述する. また, ITIMに 含 まれ る形で

dileucine motif(LL)も みられる. これは抑制機能 には

関係ないが, FcγRIIbの 抗原抗体複合体 のエ ン ドサイ

トーシス機能に必要な配列であることが示唆されている(1, 2

).

一方, FcγRIIbの 細胞外領域 には特徴 は認め られな

い. 2つ のIg様 ドメインか ら成 り, IgGのFcに 対 して

は低親和性の結合特性 を与えている. 活性型受容体であ

るFcγRIIIの 細胞外 と一次構造が酷似 (相同性89%) し

てお り, 各IgGサ ブクラスに対する結合特性 もFcγRIII

と同じとされる. すなわち, リガン ドを共有 しなが ら相

反する機能 をもったFc受 容体セ ッ トが, ヒ トにもマウ

スにも存在することになる.

FcγRIIb抑 制の合理性 と重要性

FcγRIIbは, 成熟T細 胞, NK細 胞以外の血球系細

胞に広 く発現する. IgG-Fcと の結合 は低親和性である.

これは, FcγRIIbは モノマーのIgG分 子は結合せず,

ポリメ リックなIgG-Fc, すなわち抗原抗体複合体や細

胞膜上 に固相化 されたIgGに 対 してのみ結合活性 を示

すことを意味する. 高親和性Fc受 容体であるFcγRI

やFcεRIが, IgGやIgEを モノマーの状態で恒常的に

細胞膜表面に保持しながら機能する場合 とはリガンドの

状態が異なる.

1980年 代 より, このような性質を示すFc受 容体がB

細胞上 に存在 し, それがB細 胞抗原受容体(BCR)を 介

した活性化 シグナル を強 く抑制することが培 養系の実

験で示されていた(3). そこでは, B細 胞をBCRに 対する

IgG抗 体で架橋刺激 して増殖誘導をかける実験に際し,

用いるIgGク ラスの抗体をFc部 分 を除いたF(ab')2に

する とよく誘導がかかるが, Fc部 分をもつ intact な抗

体ではB細 胞が効率 よ く活性化 しない現象が観察 され

ていた. その後, IgG-Fcに 対するB細 胞上のFc受 容

体は, 唯一FcγRIIbで あることが明 らかにされ, FcγR

IIbがBCRを 介 したB細 胞活性化 シグナルを抑制 して

図3■FcγRIIbと 抗原 受 容体 の凝 集様 式 と抑制 作用

A: 抗BCR抗 体 を用 いた実験 的モー ド, B: 免疫応答の過程にお

いて推定 され る, 抗原抗 体複合体 に よるFcγRIIbを 介 したフ ィー ドバ ック制御. PTK: protein tyrosine kinase

用語解説

FcγRIIB(b):低親和性のIgGのFc部 分を認識する

Fc受 容体遺伝子(翻訳産物)の 一つ.

ヒ トの も の は染 色 体1q23領 域 に 存 在 し, FcεRIα,

FcεRIγ, FcγRIIA, FcγRIIC, FcγRIIIA, FcγRIIIBに

隣 接 す る. マ ウス の もの はヒ トの相 同領域 に当た る第1染

色 体92.3cM領 域 に存 在 し,FcεRIα, FcεRIγ, FcγRIII

が 隣 接 す る.IgGサ ブ ク ラ ス に よ ってFcγRIIbと の親

和 性 は異 な り, ヒ トで はIgG3≫IgG1>IgG4>IgG2の

順 で, マ ウスで はIgG1>IgG2b>IgG2a>>>IgG3順 で強

く結合 す る.

ITAM:Immunoreceptor tyrosine-based activa-

tion motif の 略. CD3やB細 胞 抗 原 受 容 体 サ

ブユ ニ ッ トな どの免 疫 系活性 型 受容 体, また は その サ ブ

ユニ ッ トの細胞 内領 域 に共通 して見 い だ され るア ミノ酸

モチ ー フ配 列. その配 列 は, (D/E)xxYxx(L/I)x6-8Yxx

(L/I)(xは 任 意 のア ミノ酸). ITAMは, 活性 化 サー ク

型 チ ロ シ ンキ ナー ゼ に よって リン酸化 され た 後, sykや

ZAP70な どの2個 のSH2領 域 を もった 細 胞 質 チ ロ シ ン

キナー ゼ と結合 す る. 活 性型 受容 体 を介 す る シグナ ル伝

達 の起 点 とな る.

ITIM: Immunoreceptor tyrosine-based inhibition

motif の 略. FcγRIIbを は じ め, NK細 胞 抑 制

性 受容体 群, CD22, CTLA4な どの抑制 性 受容体 に共通

して見 い だ され るア ミノ酸 モ チー フ配 列. その配 列 は,

(V/I)xYxx(L/I) (xは 任 意の ア ミノ酸). ITIMは, 活

性 化src型 チ ロ シ ン キ ナー ゼ に よって リン酸 化 され た

後, SHIPやSHP-1な どのSH2領 域 を もった細 胞質 脱 リ

ン酸化 酵素 と結 合 す る. 抑制 性 受容体 を介す るシ グナ ル

伝 達 の起点 とな る.

156 化学と生物 Vol. 38, No. 3, 2000

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い る とす る仮説 が導かれ た. さらに, FcγRIIbに 対

す る抗体 を利用 して, BCRとFcγRIIbを 別々に凝集

する実験 も行なわれたが, この系ではB細 胞活性化 の

抑制はまった く起 こらなかった. したがって, BCRと

FcγRIIbがB細 胞上の一局面 に凝集す ることが, 抑制

機能の発現に必要であることが示唆された (図3-A). こ

の実験的モー ドを生体内反応系に当てはめると, IgGの

抗原抗体複合体が形成された とき (抗体量充分時) に,

cognate B細 胞 (その抗原特異的 な抗体 を産生す るB

細胞) においてFcγRIIb抑 制のスイッチがオ ンになる

ということであろう (図3-B). FcγRIIb欠 損マ ウスで

は, どの種の抗原刺激に対 して も抗体産生応答は高 く推

移する結果が得られていることからも(4, 5), FcγRIIb

は, B細 胞の抗体産生系 をフィー ドバ ック的に制御する

役割を果たしていると考 えられている.

さらに, FcγRIIb欠 損マウスの解析か ら, FcγRIIb

抑制はB細 胞応答に限 らない ことも示されている. マス

ト細胞やマクロファージが, 抗原抗体複合体で活性化す

る際にもFcγRIIb抑制が効いている (4~7). 抗原抗体 複

合体が刺激 となる免疫・ 炎症反応は, アレルギーや 自己

免疫性疾患などの病態の中に, あるいは多 くの実験系に

おいて再現 される現象である. FcγRIIbは, マス ト細

胞やマクロファージの場合, 活性型のFcγRIIIあ るいは

FcγRIIaと 一緒 に発現 している. これ らのFc受 容体

は, IgG-Fcに 対するリガン ド特異性の点ではFcγRIIb

と同 じであるため, 抗原抗体複合体の刺激は活性型Fc

受容体 とともにFcγRIIbも 凝集することになる. した

がって, これ までに観察 されて きた抗原抗体複合体刺激

による反応 は, FcγRIIb抑 制の分 を差 し引いた程度で

みて きた可能性がある. これは, FcγRIIb欠 損マウス

では, 抗原抗体複合体による病態に顕著な亢進がみられ

ることからも支持される(6, 7). FcγRIIb抑制は, 抗 体が

関与する免疫・ 炎症反応広範 に影響 を及ぼしていると結

論 されている.

FcγRIIb抑 制のメカニズム

それでは, FcγRIIb抑 制 の実体 とはいかなるもので

あろうか. ここまで, ITIMと 抑制作用の関係の伏線を

敷 いて きた. その関係 を明 らか にするため, FcγRIIb

図4■FcγRIIbの 抑 制 機 序 (A) と抑 制 シ グナ ル 伝 達 分 子 の 機 能 領 域 (B)

チ ロ シ ンキ ナ ー ゼlynは, 活 性 化 シ グナ ル と同 時 にITIMを リ ン酸 化 す る こ とで 抑 制 シ グ ナ ル を起 動 す る (第 一 ス テ ッ プ(1)). リ ン酸 化

ITIMはSHIPを 動員 して, 酵 素活 性 を その場 で発 揮 させ る (第二 ス テ ップ(2)). SHIPの 酵 素 活性 に よ り細 胞膜 のPIP3量 が 低 下 し, Btk

の 活 性 化 が抑 え られ る (第 三 ス テ ップ(3)). ア ミノ は一 字 略 記 で 示 す. PIP3: phosphatidylinositol(3, 4, 5)trisphosphates, PIP2: phos-

phatidylinositol(3, 4)diphosphates, BCR: B cell-antigen receptor, PTK: protein tyrosine kinase, pY: phospho-tyrosine, SHIP:

SH2-containing inositol phosphatase, Btk: Bruton's tyrosine kinase, PTB: phosphotyrosine binding, SH2/3: src-homology

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が どのような伝達分子 と標的分子を介在 させながら細胞

活性化シグナルを遮断するのかを, 時間軸に沿 って解説

する (図4-A).

第一ステップ: IgGの 抗原抗体複合体 は, B細 胞に

対 してはBCRとFcγRIIb, マス ト細胞, 顆粒球, マク

ロファージなどの細胞 に対 しては, FcγRIIIとFcγRIIb

の共凝集 をひき起 こす. すなわち, どの場合で も活性

型受容体 とFcγRIIbが 細胞膜表面上で隣接した位置関

係 をとる. そ うい った局面では, 活性型受容体の凝集

によ りlynやsykな どの非受容体型チ ロシンキナーゼ

群が活性化 し, 次々に基質をリン酸化 していく一方で,

FcγRIIbのITIM上 のチロシンも基質 として リン酸化

する. このITIMの チロシンリン酸化が, 抑制機能に必

要であることは, ITIMの チロシンをフェニルアラニ ン

に変異 させ ると, FcγRIIbの 抑制機能 を完全 に取 り除

けることから支持される(8, 9). また, ITIM上のチロ シン

をリン酸化する酵素はlynキ ナーゼであ り, lyn欠 損マ

ウス由来のB細 胞やマス ト細胞では, FcγRIIbを 介 し

た抑制現象の減弱や, ITIMの チロシンリン酸化が誘導

されない実験結果により支持される(10, 11). lynは活性 型

受容体のシグナル伝達初期に活性化 されるキナーゼでも

あ り, FcγRIIbが 活性化受容体の近傍 に位置すること

で, 抑制 シグナルが起動する仕組みになっている.

第二ステップ: FcγRIIbのITIMの リン酸化 にひ

き続 き, イノシ トール脱 リン酸化酵素 (SH2-contain-

ing inositol 5'-phosphatase: SHIP) がそこに結合す

る(12). この結合 は, ITIMの チ ロシン リン酸化依存性

にSHIPのSH2領 域 を介 して行 なわ れ る. SHIPと

FcγRIIbの 結合は, 免疫沈降法で簡単 にみることはで

きるが, SHIPが 抑制のシグナル伝達 に必要であること

は, SHIP欠 損B細 胞においてFcγRIIb抑 制が消失す

ることにより初めて示された(13). またSHIPは, イノシ

トール4-リ ン酸や膜成分のイノシ トール リン脂質 を基

質 にした脱 リン酸化酵素である と同時 に, SH3領 域や

PTB (phosphotyrosine binding) 領域 を介 しての分子

架橋の機能 も兼ね備 えている (図4-B)(14, 15). したが っ

て, 多様なSHIP特 性の中で, 何が抑制 シグナル伝達に

必要かが問題 となるが, この点 に関 しては, SHIPの 酵

素活性欠損の ミュータント分子な どを用いた実験か ら,

酵素活性 こそがFcγRIIb抑 制 に必要であることが示さ

れて い る(13). FcγRIIbの 抑 制 シ グナル は, SHIPが

FcγRIIbを 足場 に細胞膜直下 に移動 してきて, イノシ

トール脱 リン酸化酵素活性を発揮 して伝達 されるという

機序 にまとめることができる.

最近の知見 として興味深 いことは, SHIPのSH2領

域 は, FcγRIIbの リン酸化ITIMだ けではな く, Shc

分子の317番 目の リン酸化チロシン(pY317)も 結合 ター

ゲ ットにすることである(16). さらに, SHIP-SH2領 域

が リン酸化ITIMとShc-pY317に 結合する速度は同 じ

で あるが, 解離す る速度 はShcのpY317の ほ うが10

倍遅 く, したが って, SHIP-Shc結 合のほうがSHIP-

FcγRIIb結 合 より安定であることが示 されている. す

なわち, SHIP-SH2領 域 を介した結合には競合があり,

それによるFcγRIIb抑 制の活性 を減 じる機序が推定さ

れる点で興味深い. なお, SHIP-Shc2量 体の生理的機

能は不明である.

第三ステップ: FcγRIIbを 足場にしたSHIP活 性

が, 抑制シグナル として次に何に伝達されるのかを, 最

近の2つのグループからの報告をもとに説明する(17, 18).

B細 胞のBCRか らの刺激は, PI3キ ナーゼ活性上昇に

よるPtd Ins(3, 4, 5)P3の 増加を誘導する. その結果,

Ptd Ins(3, 4, 5)P3とBtk (Bruton's tyrosinekinase)

の pleckstrin homology(PH)領 域の結合 に よ り, Btk

キナーゼ活性が細胞膜へ と動員 される. この過程のB細

胞活性化に対す る重要性は, PI3Kの インヒビターであ

る wortmannin のカルシウムシグナル抑制効果や, Btk

にPH領 域の変異 (X-linked agammaglobulinemia:

XLA) をもつB細 胞やBtk欠 損B細 胞株 において, 細

胞内カルシウム応答が惹起されない事実からも支持され

る. 彼 らは, Ptd Ins(3, 4, 5)P3に 依存せずに, 恒常的に

活 性型 となるBtk (membrane-associated Btk) を強制

発現 したB細 胞において, FcγRIIbの 抑制効果 は消失

す ることを見いだ している. この結果は, FcγRIIb抑

制がBtk活 性の抑制に依存することを意味する. すなわ

ち, FcγRIIbを 足場にしたSHIPの 酵素活性がPtd Ins

(3, 4, 5)P3を 減少 させ, その結果, Btkの 活性化 を抑制

するという機序がFcγRIIb抑 制の本体であると考えら

れる.

FcγRIIbの その他の機能

FcγRIIb遺 伝子産物には, 全エクソンを翻訳 したb1

アイソフォームと, 細胞内領域で1エ クソンに相当する

45ア ミノ酸が抜けたb2ア イソフォームがある. B細 胞

とマス ト細胞はb1を 発現し, 一方, マクロファージは

b2を 発現している. ともにITIMを もち抑制機能は保

持するが, 抗原抗体複合体 を細胞内に取 り込む機能 に大

きな違いがみられる. この違いは, 発現細胞種によって

規定 されるものではなく, た とえば, b1とb2を 同じB

細胞株 にそれぞれ導入 した場合で も, b2だ けが抗原抗

158 化 学と生物 Vol. 38, No. 3, 2000

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体複合体 を細胞内に取 り込み, またMHCク ラスII上 へ

取 り込んだ抗原断片を提示する(19). すなわち, マクロフ

ァージではFcγRIIbは 抑制性受容体 としての他, 貧食

受容体 として も機能 してい る. Fc受 容 体の 中で は,

FcγRIIIaやFcγRIも 貧食受容体であ るが, これ らは

sykな どのチロシンキナーゼ依存性 に貧食機能 を果た

し, この機序はFcγRIIbの 貧食機序 とは大 きく異なる

と推定されている(20). FcγRIIbの 貧食機能に関 して明

らかにされていることは, ITIMの チロシンは必要 とし

ない こと, 細胞 内領域 の2つ な らんだ ロイ シン (di-

leucine motif) の存在が必要なことである(1, 2). b2に よ

る貧食機能が免疫応答にどう関わっているかは未だに不

明であるが, 抗原提示機能 と絡む興味深い問題点 として

注目される.

FcγRIIbの 強い凝集は, SHIP非 依存性にアポ トーシ

スをB細 胞 に誘 導 す る こ とが実 験 的 に示 されて い

る(21). その機序 は推測の域 を越 えていないが, FcγRIIb

の膜貫通領域が凝集する際 に生みだされる, 機械的なス

トレスがアポ トーシスの原因 として示唆されている. こ

のアポ トーシスは, SHIPがFcγRIIbに 結合 した状態

で誘導されない. すなわち, BCRとFcγRIIbを 共凝集

することができる抗原抗体複合体は, B細 胞にアポ トー

シス を誘導 しない こ とになる. したが って, BCRと

FcγRIIbの 凝集の組合せにより, B細 胞は活性化, 現状

維持, 死の3方 向が決められることになる.

免疫系において強いFcγRIIbの 凝集が起 こる場 は,

抗原抗体複合体が濾胞樹状細胞上に濃縮 している二次

リンパ濾胞の胚中心であろう. ここは, B細 胞が刺激 さ

れ, 抗体産生細胞や記憶B細 胞への分化が誘導され る

B細 胞の反応中心である. また, 一つの胚中心 をみると

BCRの 抗原特異性は絞られている (オ リゴクローナル).

これは, 胚中心にとって関係のないB細 胞が排除された

ためとも解釈で きる. そうすると, BCRとFcγRIIbの

凝集様式の組合せで起 こり得 るB細 胞の活性化, 現状維

持, 死が, 胚中心で実際に起 こると考えられているB細

胞の抗体産生細胞への分化, 記憶細胞の分化, 排除にそ

れぞれ当てはまり, 妙である. この実験的事実が生体の

免疫応答系に反映 してみ られるか どうかは今後示される

べき問題であるが, こうした免疫の場で, FcγRIIb抑 制

の一つの様式 としてB細 胞排除が起 こるとす る仮定は

興味深い現象である.

最近, FcγRIIbはIgGク ラスの抗体以外にCRP (C-

reactive protein) も認識す ることが示 された(22). CRP

の認識 は, 他 のクラスのFcγR (FcγRIIIやFcγRI) に

も認め られるとい う. CRPは 炎症に反応 して産生 され

る分泌タンパク質で, 炎症の血清マーカーとして古 くか

ら知 られるが, その機能 は未だに明らかではない. Fc受

容体の リガンドとしての機能が, 実際に生体内の免疫・

炎症の場で果たされているか どうかは不明であるが, 面

白い話題 を提供 しそうである.

*

以上, FcγRIIbは, Fc受 容体の中で も免疫抑制作用 を

発揮するユニークな受容体分子であ り, その抑制経路 は,

ITIMと 呼ばれる細胞内領域 を起点 として, SHIPを 介

在する積極的な伝達過程であることを紹介 した. FcγR

IIbか ら抑制経路は, 抗原抗体複合体によって活性型 シ

グナル とともに細胞内に導入された後, lynの ところで

活性化経路 と枝分かれし, Btkの ところでまた活性化経

路 と合流す ることになる. これでFcγRIIbの 抑制経路

のほぼ全貌が明 らかに された と思 われる. ITIMは,

FcγRIIb以 外の多 くの抑制性受容体 にもみ られ, 現在

では, ITIMを 起点 とするシグナルは, SHIP依 存性 と

チロシン脱 リン酸化酵素 (SHP-1とSHP-2) 依存性に分

類 されている(13).

FcγRIIbの 例 は, 細胞膜表面受容体 を介 した細胞抑

制機序の一様 式に過ぎないことを明言しておかなければ

ならない. 今後 は, 免疫・炎症系において, FcγRIIbが

実際に果たす役割 に興味の焦点が向けられるであろう.

これまでにも, FcγRIIb欠 損マウスにおいて, B細 胞の

抗体産生応答の亢進, 即時型のアレルギー反応の亢進,

コラーゲ ン誘導性の リウマチ性関節炎の感受性充進 な

ど, 抗体が関与する様々な免疫・ 炎症性の病態に異常が

認められている. いずれ も, FcγRIIbの 抑制系の重要

性を実感 させ る結果である. 今後 も, FcγRIIb欠 損マ

ウスの解析を通 して抑制系の役割が示され, 免疫・ 炎症

過程の理解が進展するもの と期待 される.

謝辞: 本稿執筆の機会をご紹介下さった東北大学大学院農学研究

科村本光二教授に感謝いたします.

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