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ロシアNIS調査月報201711月号 42 はじめに 「ユーラシア経済連合」(Eurasian Economic Union, EEU)を推進するロシアと、「シルクロ ード経済ベルト」( Silk Road Economic Belt, SREB)や「一帯一路イニシアチブ」(“Belt and Roadinitiative, BRI)の構想を具体化しつつあ る中国とは、中央アジアなどで利害が対立する 場面がみられる。この矛盾を止揚するためにウ ラジミル・プーチン大統領は「ボリショイ・ユ ーラシア・パートナーシップ」( Большое евразийское партнёрство, BEP)の創設といった 新しい概念を提唱するに至っている。本稿では、 中ロ協力の現状を考察するなかで、中ロ協力に 潜む問題点を指摘したい。といっても、この二 国間の協力は多岐にわたるため、本稿では①輸 送、②石油ガス資源、③北極圏、④軍事の4つ の分野を中心に分析することにする 1) 1.中ロ協力の全般的枠組み 2014年春に表面化したウクライナ危機、ロシ アによるクリミア併合、欧米中心の対ロ制裁と いったなかで、ロシアは中国との関係強化によ って政治・経済的危機からの脱却をはかった 2) その結果、ロシアの推進するEEUと、中国の唱 えるSREBBRIとの「連結」が課題となってい る。プーチンは201512月の年次教書のなかで、 「中国のSREBイニシアチブとユーラシア統合 をつなぎ合わせることで原則合意に達した」と 指摘している(これは同年5月の中ロ首脳によ る共同声明に基づく発言)。 201510月、カザフスタンのアスタナで開催 されたEEUサミットにおいて、アルメニア、ベ ラルーシ、カザフスタン、キルギス、ロシアの 5ヵ国首脳は中国との協力意向を確認し、翌年 5月のアスタナで開かれたEEUサミットで、 EEU委員会が加盟国政府の対中協力の調整に あたるよう求められた。実際に、中国首脳はカ ザフスタン首脳との間で2016年9月に杭州市 で、カザフスタン政府が20152019年の国家イ ンフラ発展プログラムとして定めた「将来への 道」(Nurly Zhol, Bright Path)とSREBとの連動 協力計画に署名した 3) 。ほかにも中国・カザフ スタン産業投資協力プログラムもある。特別経 済ゾーン「偉大なる石」(中国・ベラルーシの 産業パーク)はSREBにかかわるプロジェクト である。 興味深いのは、中国側が中国とEEU加盟国と のこうした既存の二国間協定に基づくプロジ ェクトをEEUSREBとの連結プロジェクトリ ストに含まれてはならないと考えている点だ。 それは個別のEEU加盟国も同じであり、それら の国々はEEUを中国との集団交渉の場として 利用しようとしているわけではないのである。 EEU のメンバーのなかには、世界貿易機関 WTO)のオブザーバーにすぎないベラルー 中ロ協力の現状と問題点 高知大学 人文学部 塩原 俊彦 ■ Research Report ■ 特 集 東方経済フォーラムと北東アジア国際関係

中ロ協力の現状と問題点db2.rotobo.or.jp/members/all_pdf/m201711No.07pkec.pdf2016年9月19日 天津市でのフォーラム「北東アジアにおける平和と発展-2016」

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ロシアNIS調査月報2017年11月号 42

特集◆東方経済フォーラムと北東アジア国際関係

はじめに

「ユーラシア経済連合」(Eurasian Economic

Union, EEU)を推進するロシアと、「シルクロ

ード経済ベルト」(Silk Road Economic Belt,

SREB)や「一帯一路イニシアチブ」(“Belt and

Road”initiative, BRI)の構想を具体化しつつあ

る中国とは、中央アジアなどで利害が対立する

場面がみられる。この矛盾を止揚するためにウ

ラジミル・プーチン大統領は「ボリショイ・ユ

ーラシア・パートナーシップ」(Большое

евразийское партнёрство, BEP)の創設といった

新しい概念を提唱するに至っている。本稿では、

中ロ協力の現状を考察するなかで、中ロ協力に

潜む問題点を指摘したい。といっても、この二

国間の協力は多岐にわたるため、本稿では①輸

送、②石油ガス資源、③北極圏、④軍事の4つ

の分野を中心に分析することにする1)。

1.中ロ協力の全般的枠組み

2014年春に表面化したウクライナ危機、ロシ

アによるクリミア併合、欧米中心の対ロ制裁と

いったなかで、ロシアは中国との関係強化によ

って政治・経済的危機からの脱却をはかった2)。

その結果、ロシアの推進するEEUと、中国の唱

えるSREBやBRIとの「連結」が課題となってい

る。プーチンは2015年12月の年次教書のなかで、

「中国のSREBイニシアチブとユーラシア統合

をつなぎ合わせることで原則合意に達した」と

指摘している(これは同年5月の中ロ首脳によ

る共同声明に基づく発言)。

2015年10月、カザフスタンのアスタナで開催

されたEEUサミットにおいて、アルメニア、ベ

ラルーシ、カザフスタン、キルギス、ロシアの

5ヵ国首脳は中国との協力意向を確認し、翌年

5月のアスタナで開かれたEEUサミットで、

EEU委員会が加盟国政府の対中協力の調整に

あたるよう求められた。実際に、中国首脳はカ

ザフスタン首脳との間で2016年9月に杭州市

で、カザフスタン政府が2015~2019年の国家イ

ンフラ発展プログラムとして定めた「将来への

道」(Nurly Zhol, Bright Path)とSREBとの連動

協力計画に署名した3)。ほかにも中国・カザフ

スタン産業投資協力プログラムもある。特別経

済ゾーン「偉大なる石」(中国・ベラルーシの

産業パーク)はSREBにかかわるプロジェクト

である。

興味深いのは、中国側が中国とEEU加盟国と

のこうした既存の二国間協定に基づくプロジ

ェクトをEEUとSREBとの連結プロジェクトリ

ストに含まれてはならないと考えている点だ。

それは個別のEEU加盟国も同じであり、それら

の国々はEEUを中国との集団交渉の場として

利用しようとしているわけではないのである。

EEUのメンバーのなかには、世界貿易機関

(WTO)のオブザーバーにすぎないベラルー

中ロ協力の現状と問題点

高知大学 人文学部

塩原 俊彦

■ Research Report ■

特 集 東方経済フォーラムと北東アジア国際関係

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ロシアNIS調査月報2017年11月号 43

■ Research Report 中ロ協力の現状と問題点

表1 2016年4月~2017年7月までの中ロの「ボリショイ・ユーラシア」をめぐる協力上の主要出来事 2016年4月28日 北京での第2回EEUとSREBの建設の連結に関する中ロワーキング・グループ会議

2016年5月19日 ソチでのロシアASEANサミット

2016年6月1日 中国との包括的経済パートナーシップ形成に関するEEUの決定

2016年6月25日 EEUと中国は貿易経済協力協定に関する交渉を開始

2016年7月9日 上海でG20加盟国の貿易相会談

2016年7月19日 モスクワでのEEUと中国との貿易協定に関する交渉

2016年8月24日 北京でのユーラシア経済委員会議長と中国副首相との会談

2016年9月19日 天津市でのフォーラム「北東アジアにおける平和と発展-2016」

2016年9月28日 EEUと中国の協力の見通しに関する円卓会議

2016年11月7日 第四回中ロEXPO実施問題に関する、ロシア連邦経済発展省、同産業・商業省、中華人民共和国商業

省、黒竜江省人民政府間の相互理解議定書

2016年10月20日 EEUとSREBの結合見通しに関する円卓会議

2016年11月8日 北京でのSREBのイニシアチブの枠内でのイノベーション問題に関する国際シンポジウム

2016年12月8日 北京での中央アジアに関する中ロ協議

2016年12月14日 モスクワで情報プログラム「シルクロード」のプレゼンテーション

2016年12月20日 モスクワでの第1回ユーラシア経済委員会とユーラシア経済連合実業会議の相互活動に関する協議会

2017年1月6日 東北地方での国境旅行シンポジウム、グレイト・ティー・ロード

2017年2月11日 サンクトペテルブルグでの第2回中ロ実業フォーラム

2017年2月 コンソーシアム(Aral Sea Operating Company, ウズベクネフチが株式の33.4%、ルクオイルとCNPCが各

33.3%を所有)は、このコンソーシアムの解散を決定。2006年にウズベキスタン政府と生産物分与協定を

締結したプロジェクトとして、マレーシアのPetronasや韓国のKNOCも参加して、アラル海のウズベキスタン側

の開発にあたり、一部で有望なガス鉱区が見つかっていた

2017年3月1日 EEUとSREBの結合の枠内でのインフラ・プロジェクト・リストの合意

2017年4月20~21日 アスタナで上海協力機構外相会談

2017年5月13日 パキスタンと中国、グワーダル港や東湾高速道路向け34億元相当の3協定の署名

2017年5月14~15日 「一帯一路」国際フォーラム シルクロードサミット

中国政府 ハンガリー政府と中国-ハンガリー共同協力計画の相互理解議定書に署名

中国政府 ラオス・カンボジア政府と一帯一路共同建設協力計画に署名

中国政府 ウズベキスタン・トルコ・ベラルーシ政府と国際輸送・調整戦略協定に署名

中国国家発展改革委員会 パキスタン計画・発展・改革省と、中国パキスタン経済コリドールのもとでのヘ

ヴェリアン・ドライ・ポートの建設などの実施相互理解議定書に署名

中国国家鉄路局 パキスタン鉄道省とヘヴェリアン・ドライ・ポートの建設などの実施に関する枠組協定に署

中国鉄路局 関係国と、中国・ベラルーシ・ドイツ・カザフスタン・モンゴル・ポーランド・ロシアの鉄道間の中

国-ヨーロッパコンテナ車輌に関する協力深化協定に署名

中国開発銀行 PT Kereta Cepat Indonesiaとインドネシアのジャカルタ-バンドン高速鉄道プロジェクトに関

する主要金融文書およびスリランカ・パキスタン・ラオス・エジプトの関連機関と港湾・電気・産業パークに関

する金融協力協定に署名

中国輸出入銀行 セルビア財務省とベルグラード・センター-スタラ・パゾワ向けハンガリー・セルビア鉄道

近代化・再建に関する融資協定などに署名

シルクロード基金 1,000億元(約145億ドル)増強

中国国家発展改革委員会 中国の北東とロシアの極東間の協力推進のための初期規模100億元で総規

模1,000億元の中国ロシア地域協力開発投資基金を設置へ

中国カザフスタン生産能力協力基金が稼働し、「Digital Kazakhstan 2020」プログラムに参加する中国の

通信会社の支援合意

シルクロード基金と上海協力機構インターバンク・アソシエーション パートナーシップに基づく相互理解議定

書に署名

シルクロード基金とウズベキスタン対外経済活動銀行 協力協定に署名

2017年6月9日 アスタナで上海協力機構サミット

2017年7月4日 中ロ共同声明でユーラシア経済連合と一帯一路の建設の連結を確認し、ユーラシア経済連合とその加盟

国および中国との間の貿易経済協力協定の締結を促進することに

(出所)Российско-китайский диалог: доклад № 33 (2017) Лузянин, С.Г.(рук.), и др.; Чжао, Х. (рук.) и др.; Иванов, И.С.(гл. Ред.); Российский совет по международным делам (РСМД), p. 104. (備考)2017年4月以降は筆者の判断で追加した。

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ロシアNIS調査月報2017年11月号 44

特集◆東方経済フォーラムと北東アジア国際関係

シがあり、カザフスタンも2015年11月30日にメ

ンバーになったばかりという事情がある。EEU

としてまとまって中国と集団交渉すること自

体が難しいのが実態なのだ。

事態を複雑化させているのは、中ロの思惑が

異なるなかでBRIという曖昧な概念が登場し、

2017年5月には北京で国際フォーラム「一帯一

路」が開催されるに至ったことである。一帯一

路という概念自体は、2013年に国家主席になっ

た習近平中国共産党中央委員会総書記が2014

年11月のアジア太平洋経済協力(APEC)首脳

会議でアピールして人口に膾炙した4)。「アジ

ア-中東-アフリカ-ヨーロッパ」を陸路の

「一帯」(SREB)と、海路の「一路」(21世紀

海上シルクロード)で結び、中国の権益拡大を

ねらっている5)。

これに対して、ロシアは前述した「ボリショ

イ・ユーラシア・パートナーシップ」(BEP)の

アイデアを環太平洋パートナーシップの創設

に関する米国のイニシアチブや中国のBRIへ

の対応策として推進するようになる6)。いわば、

アジア重視の強調であり、それは2017年8月、

東南アジア諸国連合(ASEAN)事務局のあるジ

ャカルタでセルゲイ・ラヴロフ外相がレ・ルオ

ン・ミン事務局長と会談し、ASEAN、SCO、EEU

の間の関係強化を提案したことによく現れて

いる7)。

2016年6月、プーチンはサンクトペテルブル

グ国際経済フォーラムの席上、「ロシアおよび

EEUのその他諸国は中国、インド、パキスタン、

イラン、独立国家共同体諸国、その他一連の

国々の参加したBEPの創出に賛成する」と述べ

ている。一説には、このBEP構想については、

同年5月に中国側の理解を得て公表されたと

みられている8)。

BEPとBRIとの関係が判然としないまま、

EEUとSREBとの連結は進展をみせる(表1を

参照。表では、こうした動きもBEPに関連する

ものと捉えられている)。2016年6月25日、ユ

ーラシア経済委員会と中国商業省はEEUと中

国の貿易・経済協力に関する包括的協定の準備

についての交渉過程開始の共同声明に署名す

る。その検討項目には、関税・技術・衛生・獣

医学・植物衛生上の規制、知的所有権の保護、

競争、同じく電子取引が含まれている。同年8

月、EEUとSREBの連結への一般的アプローチ

が正式に合意され、北京で 初の交渉ラウンド

が開かれる。その後も、2ヵ月に一度のペース

で、ワーキンググループのレベルで交渉が継続

されている。

2016年8月24日には、ユーラシア経済委員会

幹部会議長のティグラン・サルキシャンと中国

国務院副総理の張高麗との会談で、EEUと中国

の計画・既存プロジェクトに関する一般データ

バンクの創設が合意された。データバンクの創

設作業はすでにスタートしている。2017年3月

には、ユーラシア経済委員会は同連合地域内で

実現予定の優先的インフラプロジェクトの洗

い出しを終え、SREB形成の支援にもつなげる

ことになっている。EEU加盟国によって実施さ

れ、SREBの形成に資するとされる優先プロジ

ェクトリストのうち、39件は新しい道路建設や

既存道路の近代化、輸送ロジスティクスセンタ

ーの設置、輸送結節点(ハブ)の開発にかかわ

っている。

こうして、ロシア主導のEEUと中国の主導の

SREBについては、たがいの連結に向けて進展

しているようにみえる。だが、ロシア主導の

BEPと中国主導のBRIについては、まだその相

互間の調整がはっきりしない(2017年7月4日

の中ロ首脳共同声明には、BEPという言葉自体

が存在しないが、同年9月6日のウラジオスト

クでの東方経済フォーラムにおいてはBEPの

セッションが開かれた)。一説には、SREBは

EEUとASEANとの間の自由貿易圏創出といっ

た目的をもっているわけではないし、BEPは

BRIの枠内で協力ポイントとされている政治

的接近、インフラ協力、自由貿易、資本の自由

な移動、人文関係の発展のすべてを推進しよう

としているわけではない。BEPはまだ形成過程

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ロシアNIS調査月報2017年11月号 45

■ Research Report 中ロ協力の現状と問題点

にあり、いまのところ、この概念はまだ固まっ

ていないとみられる。

いずれにしても、一方のロシアには、EEUの

SREBやBRIへの接近ないし連結で、ユーラシ

ア全体の強力な地域センターを形成すると同

時に、シベリアや極東のインフラプロジェクト

への投資誘致につなげるねらいがある。他方で、

中国はEEUとSREBやBRIの接近ないし連結で

ユーラシア地域における輸送コリドール機能

を強化し、さらに、EEUと上海協力機構

(Shanghai Cooperation Organization, SCO)との

間に自由貿易圏(FTZ)を設け、中国のユーラ

シア全域での影響力の拡大をめざしている。ロ

シアの主導のBEPについては、まだその概要が

不明確なため、中国側は対応策を決めかねてい

るようにみえる。

中国はASEANとの間で自由貿易圏創設協定

を結ぼうとしている。EUとの間でも自由貿易

圏創設のための技術・経済的根拠づけに向けた

交渉と同時に、二国間投資協定の締結を進めて

いる9)。同じように、中国はEEUとの間でも、

貿易・投資制度の整備を進め、将来の自由貿易

圏創設につなげようとしているように思われ

る。

2.輸送協力について

すでに説明したように、BRIは陸上において

はSREBと関連している。具体的には、①経済

コリドール(「中国-モンゴル-ロシア」)、②

新ユーラシア陸路(「中国新疆ウイグル自治区

-カザフスタン-ロシア-ベラルーシ-西ヨ

ーロッパ」)、③「中国-中央アジア-西アジア

(新疆ウイグル自治区-カザフスタン[ないし

キルギス、ウズベキスタン])-トルクメニス

タン-イラン-トルコ-地中海ないしイラン

経由ペルシャ湾」、④「中国-インドシナ半島」、

⑤「中国-パキスタン」(中国のカシュガルか

らパキスタンのグワーダルまで約3,000km)、⑥

「中国-ミャンマー-バングラデシュ-イン

ド」――という6プロジェクトが注目されてい

る。これらには鉄道網や道路網の整備によって

中国との貿易を促進するねらいがある。

①、②、③はロシアからみてEEUとSREBの

連結に重要な意義をもつプロジェクトだ10)。①

は、中国のSREBのイニシアチブとモンゴルの

「ステップロード」プロジェクト11)、さらにロ

シアの「トランス・ユーラシア・ベルト」構想

や北方海洋航路の連携という面をもっている。

①に関連して2014年9月、タジキスタンのドゥ

シャンベでのSCOサミットに際して中ロ蒙3

ヵ国大統領が経済協力で合意し、2015年7月に

は3ヵ国間協力発展ロードマップが採択され

た。2016年6月、SCOサミット(ウズベキスタ

ン・タシケントで開催)時に、3ヵ国大統領は

3ヵ国経済パートナーシップ協定に署名し、

EEUとSREBの連結という側面を強くもつよう

になる。

②には、西中国と西欧を結ぶ新自動車道路で

ある国際輸送ルート(約8,445km)が含まれる

ほか、道路以外にも、モスクワ-カザン間の高

速鉄道建設(レール幅は1,520mm)計画が含ま

れている。鉄道は中国からカザフスタン、ロシ

ア、ベラルーシ、ポーランドへとつなげられる。

2014年10月、李克強首相の訪ロ時に、ロシア運

輸省、ロシア鉄道、中国国家発展改革委員会、

中国鉄道はユーラシア高速輸送コリドール「モ

スクワ-北京」創設のための高速鉄道部面協力

に関する議定書に署名した。ヨーロッパと中国

を鉄道で結ぶ計画については、2012年、「重慶

市-デュースブルク」(「重慶市-新疆-ヨーロ

ッパ」ラインに基づく)間を初の貨物(コンテ

ナ)列車が結んだ12)。2016年現在、17の中国の

都市からヨーロッパの39地点に列車が運行さ

れているという情報もある13)。2017年8月には、

2018年に建設開始予定の「モスクワ-カザン」

間の高速鉄道の建設後、「ベルリン-モスクワ」

や「カザン-エカテリンブルグ-チェリャビン

スク-カザフスタン-北京」までを完成させて、

旅客だけでなく貨物も高速幹線「ユーラシア」

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ロシアNIS調査月報2017年11月号 46

特集◆東方経済フォーラムと北東アジア国際関係

で輸送するプロジェクトが中ロワーキングル

ープによって協議された(といっても難題山積

で、実現可能性はまったく不透明だ)。

③に関連しては、2015年11月、中国、カザフ

スタン、アゼルバイジャン、ジョージア、トル

コは中国から欧州への貨物輸送コンソーシア

ムの設立で合意したほか、同年12月には、トラ

ンスカスピ輸送コリドールと呼ばれる、「中国

-カザフスタン-アゼルバイジャン-ジョー

ジア-トルコ-ヨーロッパ」の定期鉄道運行が

開始された。「中国-キルギス-ウズベキスタ

ン」の鉄道を中東諸国まで延長する計画がある

ほか、アルメニアからイラン経由でカザフスタ

ン、中国へとつなげる鉄道構想もある。

鉄道レール幅、ロシアの1,520mmか中国の

1,435mmか ここでは、鉄道敷設に際して問

題になるレール幅(ゲージ)をめぐる問題につ

いてだけとりあげたい。国によってゲージが異

なる場合、車輪部分を交換したり、貨物を積み

替えたりする必要が生まれるため、戦車などの

武器輸送が簡単にできなくなる。つまり、この

問題は各国の安全保障面からもきわめて重要

な意味をもっているためである。

やや古い資料だが、図1は国連が調査したユ

ーラシア大陸で運航されている鉄道網を示し

ている。旧ソ連を構成したロシア、カザフスタ

ン、ウズベキスタン、トルクメニスタン、アル

メニア、ウクライナなどのほか、モンゴルのゲ

ージは1,520mmである(ロシア帝国時代のゲー

ジは1,524mmであったが、1970年5月から

1,520mmに改められた)。他方で、中国、イラン、

トルコなどのゲージは1,435mmだ。インドやパ

キスタンのゲージは1,676mm、東南アジアのゲ

ージは1,000mmであることがわかる。このよう

にゲージが地域ごとに異なっているため、国を

またぐ国際列車を運行する場合、ゲージをどの

ように決定するかがきわめて重要な政策判断

となる。安全保障にかかわるだけでなく、貨物

の積み替えにかかるコストなどにかかわるか

ら、このレール幅をめぐる問題はユーラシア大

陸における中ロの影響力を探るうえでも無視

できない問題なのである。

2014年10月、モンゴル議会は中国とモンゴル

間の国境通過協力協定に付随した、石炭選鉱工

場から中国国境への鉄道に1,435mmのゲージ

を許可する法案を承認した。具体的には、中国

の国際ゲージは「タバントルゴイ-ガシュンス

ハイト」、「サインシャンド-ザミンウード」、

「フート-ビチグト」の間で採用された一方、

ロシアの1,520mmゲージは「アルツ・スウリ-

エルデネト」、「タバントルゴイ-サインシャン

ド-バルーン・ウルト-フート-チョイバルサ

ン」、「フート-ヌムルグ」間で認められた14)。

別の情報では、中国国境まで300km弱のタヴァ

ン・トルゴイ炭鉱からガシュンスハイト、フー

ト-ビチグト間に中国の1,435mmゲージの適

用が議会で認められたという15)。2016年5月に、

中国のゲージを適用する鉄道建設が着工した。

他方で、モンゴルを南北に貫く既存の1,520mm

の内側に1,435mmレールを敷設するというdual

track構想があることも知られている16)。

中国は「キルギス-ウズベキスタン-トルク

メニスタン-イラン」への鉄道ルート建設を模

索している。2017年5月の国際フォーラム「一

帯一路」に、キルギスのアルマズベク・アタン

バエフ、ウズベキスタンのシャヴカト・ミルズ

ィヤエフ両大統領が参加したため、この構想に

なんらかの進展があったかもしれない。「北京

とビジケクは中国-キルギス-ウズベキスタ

ンの鉄道建設推進を決めた」との報道もある17)。

しかし、確認はできない。ましてや、中国の

1,435mmのゲージを採用するかは判然としな

い。

他方で、イランが2010年に提案した「イラン

-アフガニスタン-タジキスタン-キルギス

-中国」というルート敷設の可能性も残存して

いる。2014年12月にはドゥシャンベで同計画の

予備協定が署名された。他方で、同月、「イラ

ン-トルクメニスタン-カザフスタン」を結ぶ

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ロシアNIS調査月報2017年11月号 47

■ Research Report 中ロ協力の現状と問題点

図1 ユーラシア大陸で運航されている鉄道のレール幅

(出所)Development of the Trans-Asian Railway: Trans-Asian Railway in the Southern Corridor of Asia-Europe Routes (1999) United Nations, p. 2.

鉄道の開通式が行われたが(「トルクメニスタ

ン-カザフスタン」間は2013年に開通)、全長

925kmのほとんどのゲージは1,520mmで、イラ

ンのゴルガーンから国境までは1,435mmが使

用されている。

さらに、アフガニスタンとトルクメニスタン

間には、2016年11月、アフガニスタンから西方

に延びるラピスラズリ・コリドールの一部とし

て、トルクメニスタンのアタムラートからアフ

ガニスタンのアキナまでの鉄道が開通した。こ

のように、この地域の鉄道網は錯綜としており、

中国の思惑通り、1,435mmのゲージを採用する

中国とイランがそのままのゲージを拡張でき

るかどうかが注目される。

興味深いのは、中国は極東でもロシア内部に

1,435mmのレール敷設を認めさせたことであ

る。中国の琿春市からロシアのザルビノ港まで

の鉄道のレールを中国の1,435mmのままロシ

ア側に延長することにしたのだ。ロシア軍や国

境警備隊を管轄する連邦保安局はこの計画に

当初、猛反対していたが、ロシア政府は中国と

の友好のためにロシア国内での1,520mm適用

という原則を断念したわけである18)。なお、極

東での中ロ輸送協力として、国際輸送コリドー

ル「沿海-1」、「沿海-2」というプロジェク

トがあり、2017年7月、アレクサンドル・ガル

シカ極東発展相と何立峰・中国国家発展改革委

員会議長はこの両プログラムの発展協力議定

書に署名した。

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ロシアNIS調査月報2017年11月号 48

特集◆東方経済フォーラムと北東アジア国際関係

表2 2016年春~2017年7月までの中ロの石油ガス資源協力をめぐる主要な出来事

2016年3月3日 ガスプロムと中国銀行(Bank of China)は期限5年の20億ユーロの融資協定に署名

2016年春 CNPCとロスネフチは天津製油所建設プロジェクトを承認

2016年4月29日 ヤマルLNGは中国輸出入銀行および中国開発銀行との間で総額93億ユーロと98億元にのぼる15年間の

融資協定に署名

2016年5月11日 プロジェクト「ヤマルLNG」に対する中国の持ち分増加

2016年6月2日 西ルートでのロシア産ガスの供給に関するCNPCとガスプロムの交渉

2016年6月 ロスネフチとSinopec、東シベリアでのガス加工・石油ガス化学コンプレクス建設プロジェクトへの参加に関す

る暫定協定に署名

2016年6月25日 ガスプロムとCNPCは中国領内でのガス地下貯蔵所とガス発電所の部面での相互理解議定書に署名

2016年9月2日 ロスネフチとSinopecは東シベリアにおけるガス加工・石油ガス化学コンプレクスの建設・稼働に関するプロジ

ェクトの共同フィージビリティスタディ準備義務協定に署名

2016年11月 中国の北京ガスはロスネフチが支配するヴェルフネチョンスクネフチガス(ヴェルフネチョンスコエ鉱区[天然

ガス埋蔵量1,150億m3、石油ガスコンデンセート1億7,300万t]開発権をもつ)株20%を11億ドルで購入。

ロスネフチは中国へのガス供給への足掛かりとする

2016年11月7日 ガスプロムとCNPCは活動評価の国際技術標準創出の共同作業協力協定やガス燃料部面での協力可能

性の調査実施議定書に署名

2016年11月7日 ガスプロムと中国開発銀行は相互理解議定書に署名し、ことにアムールガス加工工場建設プロジェクト実

現に伴う資金調達などの協力の一般原則を定める

2016年12月30日 ロスネフチとCNPCは、2013年6月に締結した原油供給契約(年3,500万t[2017年1月から年7,000万t]

を5年間)を年9,100万tとしたさらなる5年契約(2023年末まで)を締結

2017年2月15日 北京でのロシア企業「ガスプロム」トップと中国副首相、中国共産党中央委員会政治局常務委員会メンバ

ーとの会談

2017年5月2日 ロスネフチと中国化工集団公司(ChemChina)の子会社(中国昊华化工集团股份有限公司, Haohua

Chemical Corporation)はポリマーコーティング工場建設プロジェクト発展協定に署名

2017年5月15日 ロスネフチとCNPCは共同調整委員会の創設協定に署名。過去に2社で達成された合意の実現を助成する

ために設立。石油の長期供給やLNGプロジェクトの発展、石油ガス鉱区の探査・採掘、石油加工、設備生

産、研究のような戦略的方向での協力プロジェクト推進も助成する

2017年5月15日 ガスプロムとCNPCはガスパイプライン「シーラ・シベリア」の中国側到着地でロシア・アムール州に接する黒

竜江省など3カ所にガス地下貯蔵所を建設するための事前調査実施契約に署名

2017年7月4日 ガスプロムとCNPCはガスパイプライン「シーラ・シベリア」に基づく2019年12月20日からの天然ガス供給開

始をめざす追加協定に署名

2017年7月4日 ロスネフチと中国華信能源有限公司(CEFC, China Energy Company)はロスネフチのもとからガソリンスタン

ド網での小売業を営む下流持ち株会社持ち分の取得オプションをCEFCが得る協定に署名

(出所)各種資料。

3.石油ガス資源協力について

つぎに、石油ガス資源をめぐる中ロ協力につ

いて考察したい。表2は、 近1年半程度の状

況を示している。ロスネフチの場合、中国石油

天然気集団(CNPC)と間で、2009年2月、20

年間(2011~2030年)、年1,500万t(総量は3

億t)の原油供給協定に署名した。その時の条

件の一つはロスネフチとトランスネフチが250

億ドルの融資を中国開発銀行から受けること

であった。東シベリア太平洋石油パイプライン

(PL)建設のためだ。2013年6月、ロスネフチ

とCNPCは25年間にさらに3億6,500万t(年

1,460万t)を供給する新しい契約に署名した19)。契約総額は2,700億ドルで、約700億ドルを

前払いとする。このような経過があって、表2

の2016年12月30日の契約に至る。大幅な原油輸

出が可能となった背後には、2016年10月、ロス

ネフチによるバシネフチ株50.08%の買収でバ

シネフチの原油を融通することが可能となっ

たことがある20)。ロスネフチがカザフスタン北

東部にあるパヴロダル製油所に原油を供給す

る代わりに、カザフスタン側が「アタス-アラ

ンシャンコー(中国、阿拉山口)」を結ぶ石油

PLで中国に原油を供給するスキームの活用な

どが考えられている。

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ロシアNIS調査月報2017年11月号 49

■ Research Report 中ロ協力の現状と問題点

これは中ロ関係の深化を物語っている。しか

し、その関係が順調であることを意味している

わけではない。中国政府はロスネフチとの関係

強化をテコにロシアの石油上流部門への進出

をはかろうとしてきたが、それがうまくいって

いるとは言えないからである。石油採掘への参

加可能性を 初に得たのは中国石油化工

(Sinopec)で、2006年にロスネフチとともに合

弁会社ウドムルトネフチ(原油確認埋蔵量は

2005年末で7,840万t)を設立した(51%はロス

ネフチが所有)。Sinopecはロスネフチの関連す

る他の鉱区開発にも参加するため、2015年9月、

ユルブチェノ-トホムスコエ鉱区(原油埋蔵量

3億5,000万t強)やルースコエ鉱区の共同開

発協力協定の基本条件をロスネフチとの間で

署名した。それによると、東シベリア石油ガス

会社(VSNK)とチュメニネフチガスの株式

49%までの取得が見込まれていた。

しかし、経営の主導権を握れない条件に中国

側は不満をもち、ヴァンコル鉱区(原油・コン

デンセート埋蔵量5億t、天然ガス埋蔵量

1,820億㎥)の開発権をもつヴァンコルネフチ

株への投資には応じなかった。その結果、2016

年3月16日、ロスネフチとインドのONGC

Videshがヴァンコルネフチ株26%までの持ち

分増加可能性を前提とする、ヴァンコル鉱区協

力問題に関する相互理解議定書に署名する一

方、ロスネフチとOil Indiaなどがヴァンコルネ

フチ株23.9%までのインド会社グループによ

る取得を基本条件とする協定に署名した。ロシ

ア側は外国企業に石油ガス鉱区の開発会社の

過半数を握らせない方針をとっており、中国は

ヴァンコルネフチ株の取得を断念せざるをえ

なかった。他方で、インド企業が一部の株式で

あっても同株取得に応じたわけである。

Sinopecは採掘部門だけでなく、原油輸入で

も協力関係を結ぶ。2013年10月、ロスネフチと

中国石油化工(Sinopec)は10年間(2014~2023

年)、年1,000万tの石油供給契約に署名するの

である。850億ドル規模の取引だ。Sinopecはさ

らに、2016年末、ロシアの化学メーカー、シブ

ル株10%を13億ドル(11.5億ドル説も)で買収

する(政府外国投資委員会は20%までの株式取

得を許可した)。だが、こうした協力関係が成

果につながるかどうかは未知数だ。

図2 中国におけるガス供給の基本ルート

(注)下線:ガスPL 点線:計画中ないし可能性のあるガスPL

♦:主要なガス鉱区 タンカーマーク:主要LNGターミナル

(出所)Коммерсантъ, Jun. 3, 2016

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ロシアNIS調査月報2017年11月号 50

特集◆東方経済フォーラムと北東アジア国際関係

表3 中国の3ヵ国別ガス資源へのアプローチ トルクメニスタン 2006年4月、トルクメニスタン閣僚会議と中国国家発展改革委員会はトルクメニスタン-中国ガスPLプロ

ジェクト実現およびトルクメニスタン産ガス販売に関する一般協定に署名。2007年7月、トルクメニスタン国

家石油ガス資源管理利用庁、国家コンツェルン・トルクメンガス、中国のCNPCはアムダリヤ川右岸のガス

探査・開発に関する生産物分与協定を締結。30年間、トルクメニスタンは毎年、中国に300億m3を供給

することに。同年8月、グルバングル・ベルディムハメドフ大統領はCNPCにバグトィヤルィク鉱区の探査・開

発権を分与。2011年11月、年250億m3の天然ガス追加供給協定がトルクメニスタンと中国政府間で調

印。それを受けて、ルートDの建設計画がスタート。2012年6月、トルクメンガスとCNPCは年650億m3まで

ガス輸出量を増加させる協定に署名。2013年9月、第4ルートD(年間輸送量300億m3)の通過するトルク

メニスタン、ウズベキスタン、タジキスタン、キルギス、中国の協定締結。2014年9月、トルクメンガスと

CNPCはガルキニシュガス鉱区での年産300億m3の商品ガス生産施設建設契約に署名。同じく2社は年

250億m3の売買契約を締結

カザフスタン 2009年11月、Central Asia Petroleumはマンギスタウムナイガス株100%をMangistau Investments B.V.

(MIBV)に売却。MIBVを共同支配しているのはカズムナイガス(株式100%は国民福祉基金に属す。同基

金は政府に属している)とCNPC Exploration and Development Companyで、各社が50%ずつの株式を保

有。CNPC-アクトベムナイガスやBuzachi Operating Ltd.など複数の中国系企業の出資事例がある。2007

年8月、カザフスタン-中国ガスPL建設・稼働における協力に関する中国・カザフスタン政府間協定締

結。同年11月、カズムナイガスとCNPCはカザフスタン-中国ガスPL建設・稼働の基本原則に関する協定

に署名。2008年2月、カザフスタンと中国の合弁会社、Asia Gas Pipelineが登録。2011年9月、カズムナ

イガスとCNPC、カザフスタン-中国ルートC設計・資金調達・建設・稼働の基本原則に関する協定に署

名。2017年6月、カズムナイガスとCNPC、50億m3までのカザフスタン産天然ガス売買契約署名に向けた

相互理解議定書署名

ウズベキスタン 2005年5月、国家ホールディング会社・ウズベクネフチガスとCNPCはウズベキスタン領内の石油鉱区開

発や地質探査作業の実施のための合弁企業UzCNPCを設立。2006年6月、ウズベクネフチガスと海洋探

鉱開発中心の中国石油天然气勘探开发公司(China National Oil and Gas Exploration and

Development Corporation)はウズベキスタンのフェルガナ石油ガス地域などの5つの投資ブロックでの地

質探査作業実施協定に署名。2013年9月、2社はカラクリ投資ブロックの鉱区探査・開発の合弁会社を

設立。2007年4月、ウズベクネフチガスとCNPCはミングブラク鉱区の共同探査・開発協力の区本原則に

関する協定に署名。2008年、2社は合弁会社、ミングブラクネフチ設立協定に署名。大統領の同鉱区探

査・開発投資プロジェクト実現措置に従って、2017年7月から探鉱開始。2007年4月、ウズベキスタン-

中国ガスPL建設・稼働原則に関するウズベキスタン・中国政府間協定が調印。同年7月、ウズベクネフチ

ガスとCNPC、ウズベキスタン-中国ガスPL建設・稼働原則協定に署名。2008年1月、ウズベクネフチガス

とCNPC、ウズベキスタン-中国ガスPLプロジェクト実施のための合弁会社、Asia Trans Gas設立文書を締

結。2010年6月、2社は天然ガス売買協定調印。ウズベキスタン産ガスを中国に毎年100億m3供給する

ことに。2011年9月、2社は中央アジア-中国ガスPL・Cルート建設・稼働協定に署名。2014年8月、イス

ラム・カリモフ大統領(当時)の訪中時、ムバレクガス加工工場でのガス化学コンプレクス建設プロジェクトの

共同実現に関する暫定協定が締結

(出所)各種資料。 ガスプロムの対中協力 よく知られているよ

うに、ガスプロムとCNPCは2014年5月11日、

ガスプロムはCNPCとの間で年380億㎥、30年

間のガス供給契約に署名した21)。いわゆる「東

ルート」である幹線ガスPL「シーラ・シベリア」

(ヤクーチヤ-ハバロフスク-ウラジオスト

ク幹線ガスPL)に基づく輸出が前提とされた。

他方で、同年11月には、年300億㎥の規模の「西

ルート」(アルタイルート、のちのシーラ・シ

ベリア-2))に関する暫定供給条件が締結さ

れる。図2に示したように、この2つのルート

以外にも、既存のガスPLの「サハリン-ハバロ

フスク-ウラジオストク」を北朝鮮経由で韓国

にまで延長する構想の一環として図2の 右

翼のルートも構想されていた。

中国側からみると、トルクメニスタン、ウズ

ベキスタン、カザフスタンから中国への「中央

アジア-中国」ルートがすでに稼働しているこ

とから、中国北東部へのロシアからのガス供給

に関心が強かった。このガスを東部の人口の多

い都市部に輸送するにはコストがかさむ。太平

洋岸の都市部については、液化天然ガス(LNG)

輸入で対応できるため、競合関係が生まれる。

このため、中国政府は黒竜江省の大都市ハルビ

ンなどへのガスをシーラ・シベリアで輸入する

ことに前向きであったわけだ。

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ロシアNIS調査月報2017年11月号 51

■ Research Report 中ロ協力の現状と問題点

中国のガス資源開発はトルクメニスタン、カ

ザフスタン、ウズベキスタンで積極的に行われ

てきた(表3参照)。後述するように、ロシア

のガス資源への中国企業の探査・採掘事業への

参加は遅れている。実は、中国は採掘権をもつ

会社への出資や融資を通じてその会社の採掘

する石油ガス資源の中国への輸出を義務化し、

輸出代金から融資返済を義務づけるスキーム

を構築したり、現地会社の探査・採掘などの開

発に必要な設備の建設請負や中国製品の利用

を義務づけたり、中国人労働力の活用を促した

りしている。石油ガス資源では、中国へのPL敷

設事業に融資したり設備供給したりしながら、

中国の影響力拡大に利用している。

ロシア側からみると、シーラ・シベリアのガ

ス供給源となるチャヤンダ鉱区とコヴィクタ

鉱区の開発と合わせて東ルートとしてシーラ・

シベリアを建設することには大きな問題点は

なかった。他方、西ルートについては、ガスプ

ロムに積極的に推進したいという目論見があ

った。それは、そのガス源泉が西シベリアにあ

るガス田だけなく、ヤマロ・ネネツ自治管区に

ある鉱区からのガスを想定しているからであ

る。これらはいずれも欧州向けガス供給の源泉

ともなりうるものであり、ガス価格の動向に応

じて、欧州に輸出するか、それとも中国に輸出

するかの選択権を得ることができる。とくに、

ヤマロ・ネネツ自治管区では、LNG工場の建設

が計画されており、スポット価格に応じた臨機

応変の対応が可能となるため、中国へのPL輸

送ルートをも確保しておくことは価格交渉上

も有利に働く。

実際には東ルート建設は進んでいるが、中ロ

の利害対立から西ルートについては交渉が難

航している。全長約4,000kmのシーラ・シベリ

ア関連プロジェクトは、PL建設費や東シベリ

ア鉱区の整備費を含めて2014年5月の段階で

550億ドルの投資が見込まれていた(その後、

ルーブル安で2016年夏段階の見積額は443億ド

ルまで低下)。興味深いのは、東シベリア・太

平洋石油PLとは異なり、中国側はシーラ・シベ

リア向けの建設資金を拠出しなかったことで

ある。ガス価格決定の難航などが影響している

かもしれない。

約2,600kmの西ルート(シーラ・シベリア-

2)については、中国政府はトルクメニスタン

において自ら採掘しPLも建設した経緯があり、

同じような条件を西ルートの敷設条件とする

ようロシア側に求めている(Нефть и капитал,

No. 6, 2017)22)。ガス供給源の共同開発を前提

にPL建設などを提案したとされる(「ヴェード

モスチ」紙、2016年6月15日付)。だが、ガス

プロムはガス田への外国投資家の関与を依然

として警戒している23)。加えて、中国はドナル

ド・トランプ米大統領の対中批判をかわすため、

米国からシェールガスで供給過多の米国産

LNGを長期に輸入する交渉をしており、これ

も西ルートへの関心をそいでいる24)。

なお、「サハリン-ハバロフスク-ウラジオ

ストク」の北朝鮮経由韓国への延長計画につい

て注意喚起しておきたい。この計画は一時期、

頓挫したようにみえたが、北朝鮮情勢の緊迫化

のなかでかえって脚光を浴びている25)。2015年

5月のプーチン・習会談で、北朝鮮を「従順に

させる」ための単一戦略が話し合われた際、北

朝鮮懐柔策の一つとしてこの計画が浮上した

ためだ。2017年9月5日のプーチンと文在寅韓

国大統領との会談でも、このガスPLのほか送

電網、鉄道でロシア-北朝鮮-韓国をつなぐ構

想が話し合われた(東方経済フォーラムでは、

ロシア本土とサハリン、サハリンと北海道を架

橋する構想も浮上したが、その実現可能性はま

ったくの未知数だ)。

他方で、ガスプロムとCNPCはシーラ・シベ

リアでのガス供給を拡大して極東から中国へ

の追加ルートによるガス供給プロジェクトを

議論している。そのなかで、図2の 右翼のル

ートを朝鮮半島につなげるような計画が浮上

している。2015年9月、ガスプロムとCNPCは

ロシア極東からの天然ガスの中国へのパイプ

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特集◆東方経済フォーラムと北東アジア国際関係

ライン供給プロジェクトに関する相互理解議

定書に署名した過去をもち、その際、サハリン

Ⅲでのガス開発が前提されていた。ガスプロム

の主導するサハリンⅡやⅢの動向が重要にな

る。

対ロ制裁で欧米市場からの資金調達が困難

となったガスプロムは中国への資金依存を強

めている。表2にあるように、2016年3月3日

にガスプロムは中国銀行(Bank of China)から

20億ユーロもの融資を受けることになった。5

年満期の金利は6ヵ月変動の「EURIBOR+

3.5%」であり、ガスプロムにとって特別に有利

な条件とは言えない。表2の2016年4月29日に

は、ヤマルLNGの2行からの融資が示されて

いるが、いずれもクレジットラインを設定する

もので、建設期間中の金利はどちらも同

「EURIBOR+3.30%」にすぎない。ガスプロム

は同年3月30日に、2018年11月末償還のユーロ

債(5億スイスフラン)を発行した。その金利

は年3.375%であったことを考慮しても、前記

の融資条件は必ずしも有利とは言えない。2015

年8月、ガスプロムはアジア系銀行のシンジケ

ートから15億ドルを5年間、「LIBOR+3.5%」

で借り入れたが、この時の金利と大差はないよ

うにみえる26)。

重要なことは中国が米国、カナダにつぐ世界

第3位のシェールガス採掘国である点だ。2016

年の採掘量は約79億㎥。中国のシェールガス採

掘可能埋蔵量は7,643億㎥にのぼり、そのうち

6,008億㎥が中国中央部の重慶市に近い涪ふ

陵りょう

区く

にある。シェールガス開発が進めば、海外か

らのガス輸入への依存度を下げることも可能

となるから、シェールガスの動向についても注

意を払う必要がある27)。

4.北極圏協力について

独立系のガス会社、ノヴァテク支配下のヤマ

ルLNGによるヤマル半島でのプロジェクトは

中ロの北極圏協力の一つとみなすことができ

る28)。同プロジェクトは南タンベイスコエ鉱区

の開発権をもつヤマルLNGがヤマル半島にお

いて年1,650万t(各550万tの生産能力をもつ

3つのライン)のLNG生産設備を建設する。ヤ

マルLNGの株主構成は、ノヴァテクが50.1%、

TotalとCNPCが各20%、シルクロード基金が

9.9%。CNPCの20%については、ノヴァテクと

CNPCの間で2013年9月に購入契約が結ばれ

たもので、後にCNPCはLNG年300万t(約39億

㎥)を供給されることになった29)。シルクロー

ド基金の9.9%については、2015年9月、ノヴァ

テクが売却したものだ。これを受けて同年12月、

ノヴァテクはシルクロード基金からプロジェ

クト資金として15年間、7億3,000万ユーロの

融資を受ける。さらに、2016年4月29日、表2

にあるようなクレジットライン設定が決めら

れるのである。

一説には、ヤマルLNGに2018年までに投じ

られる資金額は1兆3,000億ルーブル程度、200

億ドルを超えるとみられ、借入金7,172億ルー

ブル、出資者資金4,073億ルーブル、国民年金基

金1,500億ルーブルがあてられる30)。中国とし

ては出資や融資で、ヤマルLNG向け設備供給

などで優遇されるよう求めようとしている31)。

実は、これこそインフラ重視の中国の海外投資

戦略の根幹をなしている32)。といっても、それ

はかつての欧米諸国のほぼ繰り返しにすぎず、

それ自体を非難することに意味があるとは言

えない33)。

北極海航路 ドミトリー・ロゴジン副首相は

2015年12月に、北極海航路(ロシア語で北方海

洋航路[Northern Sea Route, NSR])を「コール

ド・シルクロード」と呼んで、北極圏開発と中

国のBRIを結びつける見解を示したことがあ

る34)。ここでは、この見解に従って、NSRをめ

ぐる中ロ協力を取り上げたい35)。

2017年3月30日、フランスのTotalの指導者で、

ヴヌコヴォ空港で事故死したクリストフ・ド・

マジェリの名前をつけたLNG輸送タンカーが

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ロシアNIS調査月報2017年11月号 53

■ Research Report 中ロ協力の現状と問題点

ヤマロ・ネネツ自治管区のサベッタ港に到着し

た。ヤマルLNG向けに予定されているARC7級

のLNG船16隻のうちの 初の一隻で、積載総

量は液化されたガス17万2,600㎥分にのぼる。

建 造 し た の は 大 宇 造 船 海 洋 ( Daewoo

Shipbuilding Marine Engineering)だ。商船三井

は中国海運(集団)総公司(China Shipping

(Group) Company)と合弁で設立した船主会社

を通じて、同船主会社とDSME間で新しく砕氷

LNG船3隻を建造する契約を2014年に結んだ。

ヤマルLNGとしては、LNG船運航会社として、

ロシアのソヴコンフロート、カナダのTeekay

LNG、商船三井を選定した。

まずNSR政策を概観したい(図3参照)。2012

年7月28日付連邦法「NSR水域における商用航

海への国家規制に関する個別ロシア連邦法令

への変更導入について」の第3条において、

1999年4月30日付制定の商用航海法典第5条

に5項からなる第5・1条を加えることでNSR

の空間範囲が定義され、同水域での航海ルール

が規定された(1項と2項)。3項で、NSR水

域での船舶航海の運行管理のためにNSR総局

を改組し、「NSR機構」が設置されることにな

った(2013年3月15日設立)。

NSRを実際に活用するには船舶の寄港地や

通信網などの整備が不可欠であり、政府はさま

ざまな計画を立案した。たとえば、2001年12月

5日付政府決定によって連邦特定目的プログ

ラム「ロシア輸送システムの発展(2010~2020

年)」が承認され、2008年2月21日付政府決定

で同「2009~2016年の民間海洋技術の発展」が

定められる。2009年12月28日付政令「2025年ま

での極東およびバイカル地域の社会経済発展

戦略」の承認後、2013年2月20日になって、プ

ーチンは「2020年までの期間におけるロシア連

邦北極圏発展戦略および国家安全保障」を承認

する。2014年4月21日付政府決定により国家プ

ログラム「2020年までの期間におけるロシア連

邦北極圏社会経済発展」が承認されるに至る36)。

2015年6月、運輸省が中心になって策定した

2015~2030年までの「NSR統合発展プロジェク

ト」が政府内で承認された。これにより、NSR

水域での船舶ナビゲーション整備に政府支援

措置がとられることになった。2017年2月には、

新しい国家プログラム案として2,097億ルーブ

ルの連邦予算資金の拠出を伴った「2017~2025

年の北極圏開発プログラム」案が経済発展省に

よって政府に提出された。しかし、同年5月に

なって、同省は拠出予定額を2,097億ルーブル

から509億ルーブルに削減する提案を検討して

いるとの報道があった(РБК-daily、2017年5月

12日付)。ウクライナ危機後の景気後退で、歳

入減に悩むロシアは歳出削減に取り組む必要

に迫られており、優先順位の必ずしも高くない

北極圏開発が後回しにされようとしているこ

とになる。

この削減には、原子力砕氷船「リーダー」の

建造費400億~800億ルーブルが含まれている。

「リーダー」は熱出力120メガワットの大型船

で、現在、建造中の熱出力60メガワットの原子

力砕氷船(プロジェクト22220)に比べるとド

ックの整備など、さまざまの準備が必要となる。

建造を担う3候補(統一造船コーポレーション

[OSK]傘下の「バルト工場-造船」[BZS]、

同北方造船所、「Akバルス」グループ傘下のザ

リフ)のうちどこが担当するかはまだ決まって

いない(「コメルサント」紙、2017年8月31日付)。

ここで、北極海での海運会社の動向について

簡単にふれておきたい。原子力砕氷船の就航に

合わせて1957年に設立された、連邦国家単独企

業「アトムフロート」(管轄が運輸省から国家

コーポレーション、ロスアトムに移行)は4隻

(1989、1990、1992、2007年建造)の原子力砕

氷船を就航している。2016年2月現在、同社の

発注に基づいて3隻がOSK子会社であるBZS

で建造中であった37)。ただし、2018年にも引き

渡される予定のデーィーゼル発電砕氷船「ヴィ

クトル・チェルノムイルジン」はBZSから、同

じOSK傘下の「海軍造船所」に移して完成させ

る(「コメルサント」紙、2017年7月25日付)38)。

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ロシアNIS調査月報2017年11月号 54

特集◆東方経済フォーラムと北東アジア国際関係

図3 NSRと北極圏開発

(出所)Эксперт, No. 47, 2016.

株式の100%を国家が保有し2017年内に株式

25%マイナス1株の売却が計画されている(遅

れる可能性が高い)、海運会社のソヴコンフロ

ートは2006年にハバロフスク地方のデ・カスト

リ港(サハリンⅠプロジェクトに含まれている)

からの原油輸送タンカーの運行に乗り出し、そ

の後、バレンツ海で3隻の石油シャトルタンカ

ーの運行も手掛けている。鉄板で補強された

NSRでも航行可能な3隻の石油シャトルタン

カーも活動中だ(「コメルサント」紙、付録、

2017年3月29日付)39)。

2017年6月、造船工場・ズヴェズダはフラン

スのエンジニアリング会社のGaztransport &

Technigaz(GTT)とLNG輸送船向けの設計・建

造問題に関する相互理解議定書を結んだ40)。こ

れにより、ズヴェズダはLNG船の建造技術の

移転により、LNG船建造能力の習得をねらっ

ている。

優先的国家プロジェクトの実現

新鉄道敷設

輸送ハブ 新港建設 LNG生産工場設立

造船技術クラスター開発 林業技術クラスター開発

ガスプロムネフチの石油採掘プラットフォーム

特恵税制つき「開発拠点地域」の創出

ウシンスク鉱区の新鉱山開発 新原子力砕氷船建造

最初の浮体原発配備 河川船舶造船所

船舶ナビゲーション海図保障

衛星による海上測位システム

NSRを新しい国際輸送ルートに転換

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ロシアNIS調査月報2017年11月号 55

■ Research Report 中ロ協力の現状と問題点

他方で、中国の海運会社、中国遠洋海運集団

有限公司(COSCO)は2013年にNSR経由でコン

テナ船を欧州に派遣することに世界で初めて

成功した41)。2016年に同ルートを運航した19隻

のうち、5隻はCOSCOの運航船だ。2017年6月

には、中国国家発展改革委員会と中国海運局は

共同で、「一帯一路・海上建設協力構想」を発

令した。共同建設対象とされた5ルートのなか

に、「中国-北極海(北冰洋)-欧州」も含ま

れている。

中国はNSRだけでなく北米大陸側を通る北

西航路をも活用してデンマーク王国グリーン

ランド自治国と中国間の航路開拓にも取り組

んでいる。中国にとって、鉄鉱石やウラン鉱石

の埋蔵するグリーンランドはきわめて重要な

場所であるからだ。

グリーンランド政府は2015年はじめ、首都ヌ

ークの北東150kmにあるイスア鉄鉱石鉱山の

開発権をもつLondon Miningの全株の、香港の

会社を通じて支配されている鉄鉱石などのト

レーダー、俊安集団(General Nice Development

Limited)への移転を認めた42)。その後、General

Niceは放置されてきたグリーンランドの基地

(グリーンランド語でKangilinnguit、デンマー

ク語でGrønnedal)の買収申し立てをするに至

る。だが2017年4月、グリーンランドを管轄す

るデンマーク政府はこの申請を安全保障上の

理由で却下する。他方で、2016年12月には、盛

和資源ホールディング(Shenghe Resources

Holding)の子会社がレア・アースやウラン鉱石

の鉱区(Kvanefield)開発権をもつオーストラ

リアのGreenland Minerals and Energy(GME)株

12.5%を買収した。GME株60%までの株式買い

増しオプション権が与えられているとみられ

ている。ザンビア、モンゴル、タイに進出済み

の中国有色砿業集団有限公司(中色集団、China

Nonferrous Metal Mining Group)は、オーストラ

リアのIronbarkが開発権をもつシトロネン・フ

ィヨルドでの亜鉛開発プロジェクトを支援し

ようとしている。

中国の一連のグリーンランドへの投資はデ

ンマーク支配のもとにあるグリーンランドの

独立を願う一部の人々にとって有益であるよ

うにみえる。ゆえに、「中国が秘密裏にグリー

ンランド独立運動を支援しているのもふしぎ

なことではない」といった指摘がある(Khanna,

2016, p. 252)。ここに中国の長期戦略の「した

たかさ」を感じざるをえない43)。

5.軍事協力について

すでに紙幅は残されていない。ごく簡単に中

ロ軍事協力について概観してみよう。表4から

わかるように、各種演習をはじめ、国防相間協

議など、広範な軍事協力関係が構築されようと

している。

武器取引でみると、2015年に結ばれた受注契

約のなかで、11月に24機のSu-35を中国に供給

する契約が締結された。少なくとも20億ドル規

模の大型商談だ。その 初のSu-35は2016年12

月末に引き渡された。中国との間では、このほ

かに、2017年3月から納入をはじめた防空ミサ

イル・コンプレクスS-400の輸出も決まり、2015

年の受注総額は50億ドル強となったとみられ

ている(2015年4月に 初のS-400の正式契約

が行われた)。2016年10月には、航空機エンジ

ンAL-31FとD-30KP2の中国への供給契約が国

家コーポレーション、Rostec傘下の統一エンジ

ン製造コーポレーション(ODK)によって締結

された。取引額は12億ドル前後とみられている

が、ほかには大規模な取引はなかった。

2016年の武器や軍事技術のロシアの輸出総

額は150億ドルを超えた。2015年の実績である

145億ドルを超えたことになる。2016年だけで

新規に結ばれた受注契約は約95億ドルで、2016

年末の受注残高は500億ドル程度だった。こう

した全体の傾向のなかで、中ロの軍事技術協力

が順調に推移していると言うには問題点が数

多くある。たとえば、2012~2013年に中ロ間で、

2隻の潜水艦、アムール-1650の中国への供給

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ロシアNIS調査月報2017年11月号 56

特集◆東方経済フォーラムと北東アジア国際関係

のレター・オブ・インテントの覚書が交わされ

るまでになったのだが、いまだに本契約に至っ

ていない。ライセンス生産を求める中国の要望

にロシア側がこたえていないためとみられる。

さらに、中国初の軍事重輸送機Xian Y-20(运-

20)や新しい大型爆撃機Xian H-6K(轟-6K)向

けのエンジン開発が難航しており、これらの航

空機を完成させるにはロシアからのエンジン

買付が不可欠との見方もある(Российско-

китайский диалог, 2017, p. 27)。だが、ロシア側

はこれを認めていない。

ロシアの軍事技術を転用したり、ロシア製エ

ンジンを搭載した戦闘機をパキスタンに輸出

したりしている。有名なのは、MiG-29とライバ

ル関係にあるJF-17(FC-1)をめぐる中ロ対立だ

が、もはやアフリカへの武器輸出では中ロが激

しい競争下にある。たとえば、2017年8月、モ

スクワ郊外で開催されたフォーラムで、ロシア

国防輸出はアフリカ中西部にあるブルキナフ

ァソとの間でヘリコプターMi-17、2機の輸出

契約を結んだ。中国との競争を勝ち抜いたもの

だとして、わずか約2,000万ドルの取引につい

てアレクサンドル・フォーミン国防次官が紹介

している(「ヴェードモスチ」紙、2017年8月

31日付)。

民間航空機についてはライバル関係と協力

関係が共存している。2008年に設立された中国

商用飛機有限責任公司(Commercial Aircraft

Corporation of China, COMAC)は、COMAC 919

(C-919)という、ロシアの「21世紀の幹線航

空機」(Магистральный самолет 21 века, MS-21)

のライバル機となる航空機を開発中だ。MS-

21-300は2017年5月28日、初飛行を実施した

(といっても、当初のエンジンは米Pratt &

Whitney製で徐々にRostec傘下のODKのエンジ

ンPD-14に)。座席数は181~211で、飛行距離は

6000km。対するC-919は5月5日に初飛行をし

た。座席数は168~174で、飛行距離は5,500km

ほどだ。

このようなライバル関係にもかかわらず、

2016年6月25日、公開株式会社・統一航空機製

造コーポレーション(OAK)とCOMACの指導

者は、北京で大型長距離旅客機の開発・生産・

販売のための合弁会社に関する協定に調印し

た44)。この航空機はロシアでは、ШФДМС、中

国ではC-929と呼ばれている(Ведомости, Dec.

19, 2016)。2019年に2社は契約に調印し、2023

年の初飛行、2026年の納入開始を準備している。

280人乗りの旅客機で、プログラムは2045年ま

で継続させる。OAKとCOMACの事前の見積も

りによると、2023~2041年の大型旅客機の世界

の需要は 小でも8,200機になり、うち中国だ

けで1,500機の需要が見込まれるとみている。

Boeingの2016~2035年の20年間予測では、大型

旅客機の需要を8,570機とみなしている。こう

したことから、中ロ共同開発による大型旅客機

は十分に採算に乗るものと予想されている45)。

結びにかえて

後に、中ロ協力をめぐる問題点をまとめて

おきたい46)。第1に、中ロの権力基盤の差を指

摘したい。第1節「中ロ協力の全般的枠組み」

で指摘したように、注1)に示した集団安全保

障条約機構による軍事協力を基本とするロシ

アのユーラシア戦略に対して、中国はインフラ

投資を中心にした経済的結びつきの強化から

さらなる関係強化をねらう中長期戦略に根ざ

している。中国の戦略は、いわば皇帝たる習近

平中国共産党総書記のもとに盤石な中央集権

的支配に基づいている。2017年10月18日からは

じまる中国共産党第19回全国代表大会(5年に

一度開催)で、「核心」とされる習近平がその

権力をさらに強固にできれば、この体制が中長

期に継続することになる。他方で、プーチンの

権力基盤は注46)に示したように、国内のバラ

ンスに依拠しており、決して盤石とは言えない。

この権力基盤の差が今後、具体的な中ロ協力の

場でほころびを生じることになるだろう。

すでにタジキスタンで中ロ協力の齟齬が現

れている。2016年10月20~24日までの5日間、

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ロシアNIS調査月報2017年11月号 57

■ Research Report 中ロ協力の現状と問題点

タジキスタン国防軍と中国人民解放軍の計1

万人が参加した演習がカザフスタン国境で実

施された。中国はタジキスタンへの経済支援に

加えて反テロ対策を理由に、パキスタン、アフ

ガニスタン、タジキスタンへとつづく「コリド

ール」を親中国政権のもとに構築し、その安定

的な維持・拡大をねらっている。中国としては、

すでに中国の権益が経済的にも軍事的にも構

築されつつあるパキスタンに加えて、経済権益

が形成されつつあるトルクメニスタンから中

国へと戻る形でタジキスタンやウズベキスタ

ン、さらにカザフスタンへと触手を伸ばそうと

しているのだ。もちろん、ロシアはこうした中

国の動きを警戒している。タジキスタンは集団

安全保障条約機構のメンバーであるばかりか、

2012年にロシア軍に軍事基地利用を2042年ま

で延長する協定を結んでいるからだ。タジキス

タンの基地には5,000人が駐留しており、その

数はロシアの外国駐留軍中 大である(シリア

に4,000人、アブハジアと南アセチアに各3,500

人、アルメニアに3,300人、沿ドニエストルに

1,500人、キルギスに500人(「ヴェードモスチ」

紙、2017年8月28日付)。しかし、タジキスタ

ンが経済的にも軍事的にも中国に徐々に傾く

可能性が高い。そうした事態になれば、中ロ協

力自体の見直しも必要となろう47)。

第2の問題点は経済優先の中国投資家の「ク

ール」で厳しい「そろばん勘定」である。本稿

第3節「石油ガス資源協力について」で指摘し

たように、中ロ協力の実現できていない交渉に

注目すると、中国の投資家(主に政府)が経済

的利益を優先して対ロ投資に慎重であること

に気づく。とくに、欧米諸国を中心とする対ロ

制裁がロシア経済におよぼす影響や、制裁を無

視した対ロ接近が引き起こす中国へのフリク

ションを懸念して、中国はすでにロシアとのエ

ネルギー分野での協力や投資に熱意を失いか

けているといった見方さえある48)49)。本稿で取

り上げなかった金融分野での中ロ協力も部分

的なものにとどまっており、中ロ関係が単純に

強化されているとみなすことはできない。おそ

らく中国経済の先行きが第1の問題点にも、第

2の問題点にも影を落とし、中ロ関係をより複

雑なものにする可能性が高い。

後に、中ロ協力の現状と問題点を踏まえた

日本の対応策について一言だけ指摘しておき

たい。それは歴史的視点の重視である。数千年

におよぶ中華思想への理解やロシア史が物語

るロシアの特殊性について理解することで、日

本の特殊な歴史を踏まえた対応策が検討され

るべきであると考える50)。その具体策を論じる

のは別の機会にしたい。

【注】 1)これまで何度か中ロ問題について考察したこと

がある。 後に著したのはロシアの対中依存に

ついて考察した部分(拙著『ウクライナ2.0』, 社

会評論社, 2015, pp. 129-149)であり、ほかに、「ユ

ーラシアの開発金融をめぐる諸問題」『ロシア

NIS調査月報』(2016年4月号)でも中ロ関係を

論じた。少し長くなるが、ここで簡単な復習をし

ておきたい。

ロシアは公式の「シルクロード戦略」と呼べる

ようなものをもっていない。ロシアのとってき

た外交戦略は将来的な「ユーラシア連合」

( Eurasian Union )に帰結する。欧州連合

(European Union)に倣い、少なくとも経済中心

のユーラシア大陸にわたる経済共同体といった

統合形態を創設することがロシアの戦略なので

ある。それは、ソ連時代の連邦構成共和国に含ま

れていた中央アジア5ヵ国などとの連携を取り

戻すことを 低限の悲願としたものと言える。

しかし、2007年10月の関税同盟創設条約に署名

したロシア、カザフスタン、ベラルーシが実際に

関税同盟をスタートさせたのは2010年7月1日

からであった(これ以前には、2000年10月10日に

調印されたユーラシア経済共同体創設条約に基

づいて、ロシア、カザフスタン、ベラルーシ、キ

ルギス、タジキスタンの加盟するユーラシア経

済共同体があった。同共同体は2001年に実際に

設立され、ユーラシア経済連合設立に伴って

2014年末に発展的に解消された)。その後、2014

年10月10日からアルメニアが加盟した。2015年

5月1日からキルギスが加盟。経済中心の統合

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ロシアNIS調査月報2017年11月号 58

特集◆東方経済フォーラムと北東アジア国際関係

を進める一方で、ロシア、カザフスタン、ベラル

ーシ、アルメニア、キルギス、タジキスタンの6

ヵ国は集団安全保障条約機構という軍事同盟に

加盟しているから、経済・軍事的結びつきをより

強固にしながら、より高次の協力関係を中央ア

ジアなどで築こうとしている。

中国との関係では、上海協力機構が「国境地帯

における軍事分野での信頼強化に関する協定」

が結ばれた会談を端緒として2001年6月に設立

され、中国、ロシア、カザフスタン、キルギス、

タジキスタンが原加盟国となった。その後、ウズ

ベキスタンの加盟が2001年6月に認められた。

軍事協力をきっかけに始まった同機構だが、そ

の後、経済協力を強めていく。2001年には、地域

経済協力の基本目的と方向性に関する議定書、

2003年には2020年までの多角的貿易経済協力プ

ログラム、2004年には同プログラム実施措置計

画、2005年には措置計画実施メカニズムが採択

されたほか、2009年10月、上海協力機構は経済的

な連携を強化するため、総額60億ドルにのぼる

35のプロジェクトについて、単一投資基盤を創

設することで合意した。ただ、中国側が同機構を

もとに中央アジアとの連携強化をはかっている

のに対して、ロシアはこうした動きには消極的

だ。たとえば、単一投資基盤として開発基金の創

設が計画されていたが、ロシア側はこれに反対

し、民間レベルでの交流強化を主張した。このよ

うな経緯からみて、中国の新シルクロード構想

は上海協力機構を活用した経済協力が思うよう

に進まない現状に対応した、中国側の新たな中

央アジア取り込み戦略という側面を有している

ことがわかる。だからこそ、こうした中国との利

害関係上の齟齬によく気づいているロシアはイ

ンドを上海協力機構に加盟させることで中国へ

の牽制として利用したのである。他方、中国はと

いえば、アジア・インフラ投資銀行(AIIB)の創

設に舵を切った。

2)ウクライナ危機およびその後のロシアの動向に

ついては、拙著『ウクライナ・ゲート』と『ウク

ライナ2.0』(いずれも社会評論社、2014, 2015)

を参照。

3)Reshaping Eurasian Space: Common Perspectives

from China, Russia and Kazakhstan Think Tanks

[2017] RDCY Research Report Series No, 25, p. 12。

Nurly Zholは新シルクロード・イニシアチブの開

発計画に対応するために2014年11月にヌルスル

タン・ナザルバエフ大統領によって公表された

もので、たとえばアルマトゥイ環状道路コンセ

ッションプロジェクト(ロシア語の略字で、

BAKADとして知られている)は「西中国-西ヨ

ーロッパ」越境ハイウェイの一部で、カザフスタ

ンだけでなく中央アジア全体の官民連携(PPP)

だが、カザフスタンではNurly Zholの一部となっ

ている(Guluzian, Christine [2017] Making Inroads:

China's New Silk Road Initiative, Cato Journal, Vol.

37, No. 1, p. 141)。

4)2012年12月、西安交通大学の李长久教授は「东

稳 北强 南下 西进」という戦略を提示した。「東

を安定化する、北を強化する、南下する、西に前

進する」というもので、この構想がSREBやBRI

の構想のもとになっていたとみられている。

5)SREBは2013年9月に、21世紀海上シルクロード

は同年10月に明らかにされたもので、この二つ

の概念を併せ持つのが「一帯一路」であると一般

に理解されている(Сазонов С.Л., Чэнь С. [2017]

Транспортный комплекс КНР превратился в

инструмент ускорения социально-

экономического развития, Общество и

государство в Китае, Том. 47, No. 22-1, p. 442)。

6)Российско-китайский диалог: модель 2017, доклад

№ 33 (2017) Лузянин, С.Г.(рук.), и др.; Чжао, Х.

(рук.) и др.; Иванов, И.С.(гл. Ред.); Российский

совет по международным делам (РСМД), p. 60。

7)ロシアはインドネシアに対して、軍事技術協力

を推進することでBEPを具体化しようとしてい

る。すでに両国政府はインドネシアでの戦闘機

スホイの部品製造工場の建設や弾丸生産工場の

建設を協議しているほか、8月、ロシアの国家コ

ーポレーション、Rostecとインドネシアの国営貿

易会社(PT. Perusahaan Perdagangan Indonesia,

Persero)は多目的戦闘機Su-35(インドネシアが

すでに保有しているSu-27/30の改良機)11機供給

契約の枠内でのロシアによるインドネシア商品

買い付けプログラムに関する議定書に署名した。

これでSu-35の代金の一部を石油・石油製品で支

払うことも可能となり、年内にもSu-35自体の納

入契約も締結される見込みだ。同じくASEAN加

盟のタイに対しては、武器輸出に従事するロシ

ア国防輸出がタイ政府と64台の 新式戦車の供

給やヘリコプターMi-8/17の輸出交渉中で、11月

にバンコクでの国防安全保障ショーで協定調印

が見込まれている(「コメルサント」紙、2017年

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ロシアNIS調査月報2017年11月号 59

■ Research Report 中ロ協力の現状と問題点

8月11日付)。ガスプロム、ロスネフチ、ノヴァ

テクなどがタイの国営会社PTTへのLNG供給交

渉をしていることが知られている(「ヴェードモ

スチ」紙、2016年5月18日付)。ガスプロム、ノ

ヴァテク、PTTは将来のタイ市場へのLNG供給

で協力する合意に達したという報道もある(「コ

メルサント」紙、2016年5月19日付)。

8)3)と同じ。上海国際研究所ロシア・中央アジ

ア研究センター長は、BEPが地政学上のプロジ

ェクトではなく地理上の経済プロジェクトの範

疇にとどまれば、摩擦を引き起こす中ロの発展

戦略の「結合」ではなく「連結」(ドッキング)

にとどまり、うまく調整できるとみている(「コ

メルサント」紙、2017年5月31日付)。

9)EU加盟国中で、英仏独伊などは、BRIの枠内で

推進された多国籍機関であるAIIBの創設メンバ

ーとなった(営業開始は2016年1月)。2016年6

月の第17回EU・中国指導者会談で、2014年11月

に提案されたBRIとEUの共同投資計画(ユンケ

ル計画)が承認された。計画は、BRIとEUの枠内

でのコミュニケーション網確立助成向けプラッ

トフォーム創設、デジタル経済協力の発展を見

込んでいる。中国は同じく、EUに入っていない

諸国ともユンケル計画に参加する協定を締結す

るまで至る。2016年1月、中国は中欧・東欧諸国

の発展を助成するための欧州復興開発銀行に入

り、29番目のメンバー国となった。

10)中国からみると、SREBの枠内にある、②、③、

⑥ が 優 先 プ ロ グ ラ ム で あ る と 思 わ れ る

(Перспективы развития проекта ЕАЭС к 2025

году. Рабочая тетрадь. Спецвыпуск [2017]

Российский совет по международным делам

(РСМД), pp. 32-33)。

11)「ステップロード」プロジェクトは2014年8月に、

モンゴルのツァヒアギーン・エルベグドルジ大

統領と習近平、同年9月に同大統領とプーチン

との間で理解を得ており、3ヵ国をつなぐイン

フラの発展を規定している。これにより、モンゴ

ルは中ロをつなぐ全長997kmの高速道路、全長

1,100kmの高圧電線網と電化鉄道、天然ガスや石

油のパイプライン(北部ロシア国境の「アルタン

ブラグ-ウランバートル-南部中国国境のザミ

ンウード」)などを発展させようとしている。そ

の投資総額は約500億ドル。

12)「2012年に2,500個しか中国から欧州へ鉄道輸送

されていなかったが、その後飛躍的に増えて

2020年までに750万個になると予想されている」

と の 指 摘 も あ る ( Khanna, Parag [2016]

Connectography: Mapping the Future of Global

Civilization, Random House, p. 199)。重慶に拠点

をもつヒューレット・パッカードなどがこの鉄

道網を活用している。

13)3)のp. 14。2017年6月には、ドイツのチュー

リッヒを根拠地とするAsstrA-Associated Traffic

AGとロシア・ベラルーシ・カザフスタンの鉄道

会社の設立した統一輸送ロジスティクス会社は

相互理解議定書を結び、カザフスタン、ロシア、

ベラルーシを経由した中国と欧州間の鉄道輸送

の発展で協力することになった(МОСКВА, 2

июня. /ТАСС/)。

14)Campi, Alicia (2014) Transforming Mongolia-

Russia-China Relations: The Dushanbe Trilateral

Summit, The Asia-Pacific Journal, Vol. 12, No. 1。

15)Otgonsuren, B. (2015) Mongolia-China-Russia

Economic Corridor: Infrastructure Cooperation,

Erina Report, No. 127, p. 6。

16)Pozzebon, Stefano (2014) Mongolia Has to Change

its Railroads to Account for an 85 Millimeter

Difference in Track Spacing,

http://www.businessinsider.com/mongolia-extends-

trans-border-railway-to-china-russia-2014-10/

17)http://new.ia-centr.ru/publications/kitayskaya-

finansovaya-petlya-zatyagivaetsya-na-bishkeke/

18)http://www.ng.ru/economics/2016-04-

25/1_knr.html/

19)取引量については3億2,500万t説もある。ロス

ネフチの2013年の年次報告書では、取引量を公

表していない。

20)2016年10月10日、ドミトリー・メドヴェージェ

フ首相は石油会社バシネフチ株50.08%のロスネ

フチへの売却を命じる政令に署名した。これを

受けて、翌日高騰したロスネフチの株価をもと

に、国有のロスネフチガスが保有するロスネフ

チ株19.5%の譲渡処分価格が決められた。これが

意味しているのは、2016年に大騒ぎしたバシネ

フチの支配株をめぐる問題とロスネフチ株売却

による国家歳入増(7,108億4,700万ルーブル)の

問題が深く関連していることである。その中心

人物はイーゴリ・セーチンロスネフチ社長だ。

2017年8月16日からスタートした元経済発展相

のアレクセイ・ウリュカエフの収賄容疑裁判で、

検察側は200万ドルの現金が、バシネフチ株の過

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ロシアNIS調査月報2017年11月号 60

特集◆東方経済フォーラムと北東アジア国際関係

半数をロスネフチが取得できたことに対する賄

賂としてウリュカエフに渡されたとしたが、こ

の言い分を信じる人は少ないだろう(ウリュカ

エフが裁判で明らかにしたところでは、プーチ

ンが個人的に電話してきて当局の「収賄作戦」

[囮捜査]を準備していた者が待ち受けるロス

ネフチのオフィスに姿を現すようにウリュカエ

フを説得したという)。この2つの案件はプーチ

ン大統領に近いセーチンが仕組んだスキームと

思われるからである。

実はロスネフチ株19.5%を中国企業が購入する

可能性もあったのだが、3年間の売却制限や国

家代表取締役の判断への従属といった制限がつ

けられた株式購入を受け入れる中国企業は見出

せなかったのだ。仕方なくロスネフチはスイス

のトレーダー、GlencoreとカタールのQatar

Investment Authority基金にシンガポールにQHG

Oil Venturesを設立させてロスネフチ株19.5%を

それに購入させる。その仕組みはイタリアの銀

行Intesa Sanpaoloや複数のロシアの銀行保証を

組み合わせた複雑なものであった。ところが、

2017年9月になって、QHG Oilの保有するロスネ

フチ株14.16%について、中国の中国华信能源有

限公司(China CEFC Energy Company)が購入す

ることが明らかになった。91億ドル規模の取引

が見込まれている。CEFCは叶简明によって創設

された民間会社だが、その裏に中国政府が関係

している可能性が強い。取引が実施されれば、ロ

スネフチの大株主の構成は、連邦国家資産管理

庁が株式100%を所有するロスネフチガスが

50%プラス1株、BPが19.75%、CEFCが14.16%、

QHG Oil Ventureが約5.3%となる。前述した株主

への制限がどうなっているかは不明。

ついでに、セーチンの「専横」が混乱に陥って

いるベネズエラへの過剰融資につながっている

ことも指摘しておきたい。ロスネフチは2014年

からPDVSAに累計65億ドル(2017年4月の10億

ドルを含む)の前払金を支払っている(同、2017

年9月1日付)。中国がベネズエラへの融資に慎

重になっている時期に、逆に融資を増やしてき

たセーチンの姿勢には疑問符をつけざるをえな

い。2017年8月の米国のベネズエラへの追加制

裁によって米国の企業などがベネズエラ政府や

PDVSAの新株発行や起債による資金調達取引

にかかわることが禁止されたため、2017年10月

に予定されている政府やPDVSAの資金調達が

滞る可能性が高い。ロスネフチが多額の不良債

権を抱え、セーチンの責任が問われる事態にな

りかねないのである。

上級者向けの補足として、オレグ・フェオクチ

ストフ元ロスネフチ副社長について紹介してお

きたい。ロシアの権力中枢における権力闘争を

知るためには、連邦保安局(FSB)や内務省の内

情に精通しなければならない(詳しくは筆者の

旧ブログの「閑話休題:≪上級者向け≫プーチン

政権の裏事情」を参照)。フェオクチストフは、

2016年7月8日付大統領令によってFSBの主要

内部機関である「経済安全保障サービス」(SEB)

のトップに就任したセルゲイ・コロリョフの副

官として有名な人物だ。コロリョフがFSBの「内

部安全保障サービス」の長官時、フェオクチスト

フは副長官を務め、2014年2月、内務省経済安全

保障・腐敗対抗総局長デニス・スグロボフやボリ

ス・コレスニコフ同副局長を収賄、権力濫用、犯

罪グループの組織化の容疑で逮捕した。スグロ

ボフはメドヴェージェフ大統領時代、「作戦実験」

(operative experiment)と呼ばれる囮捜査で大統

領に貢献していた人物だから、彼の逮捕は大統

領に返り咲いたプーチンによる権力基盤強化へ

の第一歩であったことになる。フォエクチスト

フは2016年9月にロスネフチに移り、会社の保

安担当の副社長となり、同年11月のウリュカエ

フ(当時の現職の経済発展相)逮捕を仕組んだと

されている。セーチン社長と協力して、囮捜査ま

がいの手法によってウリュカエフを収賄罪で逮

捕・起訴したのである。2017年春には、フォエク

チストフはロスネフチを辞め、FSBに戻ったと

みられていたが、結局、FSBで職務を得られず、

年金受給者となった模様だ。彼の去就はコロリ

ョフの動向にもかかわっているだけでなく、プ

ーチン政権内部の権力闘争の行方を占ううえで

きわめて重要である。日欧米の学界もジャーナ

リズムも、FSBに関連するロシアの権力闘争へ

の分析が足りない。その結果、ロシアの本質にま

ったく近づけていないとはっきりと指摘してお

きたい。

21)詳しくは拙著『ガスプロムの政治経済学(2016

年版)』(2016, Kindle版)を参照。

22)中国は2011年にPL建設向けにトルクメニスタン

に80億ドルを信用供与し、その返済代金として

トルクメニスタンから中国へのガス輸出代金の

ほとんどがあてられている(その平均価格は230

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ロシアNIS調査月報2017年11月号 61

■ Research Report 中ロ協力の現状と問題点

ドル/1,000㎥とみられている)。トルクメニスタ

ンから中国へのガスPLには、「トルクメニスタン

-ウズベキスタン-カザフスタン-中国」ルー

トの3本があり、総延長は約7,500km。2009年末

に 初の2本ができ、2010年末の段階の年輸送

能力は合計で300億㎥となった。その後、2014年

5月、第3番目のPLが稼働し、2015年の年輸送

能力は550億㎥にのぼった。トルクメニスタンと

中国は4本目として、今度は「トルクメニスタン

-ウズベキスタン-タジキスタン-キルギス-

中国」の年輸送能力250億㎥のガスPLの建設で合

意。2020年までの稼働をめざしているが、計画の

実現は遅れている。

23)ガスプロムは2014年11月に中国海洋石油総公司

(CNOOC)と相互理解議定書を締結し、探査・

採掘などの部面での共同活動の可能性を探る動

きをみせた。2016年3月には、2社間の共同調整

委員会会合が開催されたが、結局、成果は生まれ

ていない。ガスプロムの子会社、ガスプロムネフ

チも2016年になって、CNOOCとの間でロシアの

大陸棚での共同開発の可能性を協議しはじめた。

しかし、その成果もまだない。

24)米国本土からのLNG輸出は2016年2月ころから

開始された。米LNG輸出当局は中国を他の非自

由貿易協定(FTA)諸国より劣位に扱わないこと

を決めており、2016年にスタートしたLNGの対

中輸出は2017年1~5月にすでに約40万tにの

ぼる。

25)2011年8月24日、メドヴェージェフ大統領と北

朝鮮の金正日国防委員会議長(いずれも当時)が

会談し、北朝鮮を通過して韓国に至るガスPLの

建設で基本的に合意し、この協力のために特別

委員会を設置することになった。これを受けて、

同年9月、ガスプロムは韓国のKogasとの間でプ

ロジェクト実現意向に関する議定書に署名した。

この段階では、年100億㎥の輸送能力をもつ、全

長1,100kmのPLをウラジオストクから韓国まで

敷設することが計画されていた。ガスプロムと

Kogasは2012年にも正式契約したい考えだった

とされる。このPLは北朝鮮を通過するだけで、

同国での消費は想定されていない。このルート

の建設はウラジオストク以南のPL建設を意味し、

一部は中国向けガス輸送ルートとしても利用で

きるというものだった。しかし、この話は北朝鮮

を経由させると、ロシアから欧州へのガス輸出

が経由地のウクライナとの関係でもめてきたの

と同じ事態になりかねないことから、ロシア側

が消極的で頓挫したかにみえたのだ。

26)ライボー(LIBOR)はロンドン銀行間取引金利

と呼ばれてきたが、英金融規制機関の金融行為

監督機構(FCA)はLIBORを2021年に廃止する。

ユーリボー(EURIBOR)は欧州銀行間取引金利

である。LIBORの代替としては、ポンド建ての銀

行間翌日物金利(SONIA)の改革で対応しよう

としている。

27)石油ガス以外のエネルギーに注目すると、中ロ

の原子力発電所(核発電)建設をめぐる協力が注

目に値する。1997年12月、ロシアのアトムストロ

イエクスポルトと中国のJiangsu(田湾)Nuclear

Power Corporation(核电站)との間で田湾原子力

発電所建設契約が結ばれ、2007年に第1原子炉

が稼働し、現在、2基の原子炉が稼働している。

第3、第4の原子炉を建設中だが、同じ江蘇省に

別の新しい核発電所を建設する計画もあり、2

基をロシア側が建設する可能性がある。その取

引規模は130億ドルにものぼるとみられ、実現す

れば中ロ協力の目玉となるだろう(「コメルサン

ト」紙、2017年8月18日付)。

28)ロシア領北極圏では、2012年にロシアの北極圏

大陸棚開発協力で、ロスネフチ、米ExxonMobil、

伊Eni、ノルウェーStatoilが合意し2013年に協定

が発効した。しかし、対ロ制裁からプロジェクト

は頓挫している。ロスネフチは石油等価物換算

で340億tもの資源をもつ北極大陸棚にある28

鉱区の開発免許を有しており、北極鉱区の総面

積の78%強を占めている(Нефть и капитал, No.

5, 2017)。ほかに、ガスプロム主導で仏Totalや英

蘭Shellと共同でシュトクマン鉱区を開発するプ

ロジェクトもあったが、2012年に市場環境の悪

化から断念された。

29)CNPC以外にTotal(Total Gas & Power)へ年400

万t、Gazprom Marketing & Trading Singaporeへ

290万t、Novatek Gas & Powerへ240万t(286万

t説も)、スペインのGas Natural Fenosaへ250万

tを供給(「ヴェードモスチ」紙、2015年6月3

日)。

30)http://pro-gas.ru/gas/jamal/ ヤマルLNGのほかに、

「北極LNG2」というプロジェクトが進んでい

る。カラ海に接するギダン半島での計画だが、

「まだ計画段階にとどまっている」と筆者が9

月27日にノルウェーのオスロで取材したFridtjof

Nansen Instituteのアリルド・モエ主任研究員は指

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ロシアNIS調査月報2017年11月号 62

特集◆東方経済フォーラムと北東アジア国際関係

摘している。

31)一説には、ヤマルLNG向け設備の8割が中国の造

船所で生産されることになるという見方さえある

(https://lenta.ru/news/2016/05/05/yamallng/)。

32)パラグ・カンナの著書では、「まさに、中国はほ

ぼ全世界をサプライチェーンのレンズを通して

ながめている」と指摘されている(Khanna, 2016,

p. 183)。ニュージーランドを食料供給者、オー

ストラリアを鉄鉱石と天然ガスの輸出者、ザン

ビアを金属のハブ、タンザニアを船舶のハブ、グ

リーンランドをウラン鉱山とみなし、貿易を通

じて中国に足りない部分を補い、投資はテコと

して中国の影響力強化に使うのだ。

33)たとえば、「ボーイングの銀行」というニックネ

ームをもつ米輸出入銀行は外国企業にボーイン

グ社製の航空機を低利で買わせてその設備を供

給しているジェネラル・エレクトリックやキャ

タピラなどの会社を含めた米国企業の利益にな

るようにしてきたのである(Khanna, 2016, pp.

223-224)。もちろん、米国民の税金がそれに利用

されたことになる。

34)https://lenta.ru/lib/14159797/

35)北極圏の防衛について簡単に紹介しておこう。

まず気候変動によって北極海の氷が薄くなった

り溶けたりすることはロシアにとって大きな脅

威となっている(Pezard, Stephanie, Tingstad,

Abbie, Van Abel, Kristin, & Stephenson, Scott [2017]

Maintaining Arctic Cooperation with Russia:

Planning for Regional Change in the Far North, p.

Summary ⅺ)。北極海に展開する潜水艦にとって、

氷は物質的バリアの役割を果たしているからだ。

これまでロシアは6軍管区制であったが、これ

を2010年7月の大統領令で4軍管区制に改めた。

しかし、2014年11月、事実上の第5番目の軍管区

にあたる統合戦略司令部「北部」の創設が決めら

れ、2014年12月から北方艦隊が北極圏を防衛す

る指揮権をもつようになっている。2015年12月

までにすでに6軍事基地の配備・改修が完了し

た。北極海沿岸の警備が主たる任務だが、ムルマ

ンスクとヤマロ・ネネツ自治管区に歩兵からな

る旅団がつくられるに至っている。2014年12月

にプーチンが発表した新しい軍事ドクトリンは、

「2020年までの期間におけるロシア連邦・長期

社会経済発展概念」、「2020年までのロシア連邦

国家安全保障戦略」、「2020年までの期間におけ

るロシア連邦海洋ドクトリン」、「2020年までの

期間におけるロシア連邦北極圏発展および国家

安全保障の戦略」などが考慮されて構想されて

いる。

北方艦隊はムルマンスク州の閉鎖都市セヴェ

ロモルスクに基地をもち、ロシア海軍の核兵器

の3分の2が置かれているという(Laruelle,

Marlene [2014] Russia’s Arctic Strategies and the

Future of the Far North, M.E. Sharpe, pp. 119-120)。

その原子力潜水艦は大陸間弾道ミサイルを装備

した11隻のSSBN、巡航ミサイル装備の4隻の

SSGN、約20隻の多目的攻撃用潜水艦(SSN)に

分けられる。6隻のミサイル巡洋艦のほか、原子

力砕氷船ももっている。空母アドミラル・クズネ

ツォフも北方艦隊に属している。注意すべきこ

とはNSRが連邦保安局(FSB)所属の航空機によ

って空から支配されおり、FSB管轄下の北東国

境警備隊が陸と海を管制していることである

(同上、p. 84)。北極海での船舶運航はガスプロ

ム、ルクオイル(さまざまな船舶約200隻を運航)、

ノリリスクニッケルなどの企業の業務にもかか

わっているため、これらの企業と国防省との協

力関係も構築されつつある。

筆者自身が注目しているのは、ロシアによるク

リミア併合後、北極海をめぐる軍事協力は頓挫

したが、沿岸警備隊間の協力は維持されたこと

である。2015年に北極沿岸警備フォーラムが関

係する8ヵ国によって設立されるに至る

( Østhagen, Andreas [2016] High North, Low

Politics-Maritime Cooperation with Russia in the

Arctic, Arctic Review on Law and Policies, Vil. 7, No.

1)。この際、注目すべきはロシアの警備隊が連邦

保安局(FSB)、米国の警備隊が米国土安全保障

省の管轄下に置かれ、ノルウェーは海軍の分離

された部門(中国は中国海警局)が沿岸などの警

備にあたっていることだ。

36)2017年1月1日からは、国際海事機関(IMO)

が採択した、海上人命安全(SOLAS)条約、海

洋汚染防止(MARPOL)条約などの改正を反映

した「極海域で利用される船舶向け国際コード」

(極海コード)が発効した。北極や南極を航行す

る船舶の安全要件や環境保護要件が定められて

いる。このほか、経済発展省は2016年11月に「ロ

シア連邦北極圏開発法案」を政府に提出し、2017

年秋にも立法化をめざしている。いわゆる「開発

拠点地域」(опорный зон развтитя)の創設を通じ

た北極圏開発をねらっている。

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ロシアNIS調査月報2017年11月号 63

■ Research Report 中ロ協力の現状と問題点

37)Klimenko, Ekaterina (2016) Russia's Arctic Security

Policy: Still quiet in the High North?, SIPRI Policy

Paper No. 45, p. 25。

38)ロシアの砕氷船は2017年はじめの時点で全体と

して40隻あり、スウェーデンが7隻、フィンラン

ドが6隻、カナダとデンマークが各4隻(建造中

を含む)を有していた( https://reddevol.com/

articles/na_krayu_arktiki)。中国の砕氷船には1993

年建造の「雪龍」(Xue Long)、2016年就役の「海

冰」(Haibing)722がある。2012年に中国はフィ

ンランドのAker Arctic Technologyと新しい大型

砕氷船の設計について契約し、2016年末から国

有持ち株会社の中国船舶工業集団公司の子会社、

江南造船有限責任公司が建造を開始した。

39)造船については、拙著『ロシアの 新国防分析

(2016年版)』(Kindle版)を参照。

40)造船工場・ズヴェズダは2017年8月からウラジ

オストクの東、ボリショイ・カーメニ市でドック

建設をスタート(韓国の大宇造船海洋[Daewoo

Shipbuiding & Maritime Engineering, DSME]との

協力が模索された以前の段階については拙著

『ロシアの 新国防分析』を参照)。2024年まで

にロシア 大の民間造船センターが出現する。

貨物船、タンカー、掘削プラットフォームなどを

建造する。もともとは国家主導の統一造船コー

ポレーション(OSK)傘下の極東造船・船舶修理

センター(DTsSS)に基づいている。OSK保有の

DTsSS株75%が投資コンソーシアム(統一造船

技術)に譲渡されたところからはじまるからだ。

統一造船技術の持ち分89%はロスネフチの子会

社、RN-Trans、残りはガスプロム銀行に属する

GPB-産業投資が保有していた。1460億ルーブル

規模の投資資金は、ロスネフチガス(注20参照)、

ロスネフチガスが株式50.00000001%をもつロス

ネフチ、ガスプロム銀行が中心になって供与す

る。ズヴェズダは統一造船技術とDTsSSを通じ

てロスネフチ、ガスプロム銀行、OSKによって所

有されていることになる。ロスネフチはすでに

4隻の多目的補給船や5隻のタンカーをズヴェ

ズダに発注している(同社は41隻と12の掘削用

プラットフォームの発注を約束している)。ロス

ネフチ以外のロシアの会社では、ロスモルポル

トが1隻の砕氷船(3隻の追加オプション付き)

を発注しているだけで、スヴコンフロートとの

5隻のタンカー契約は直前になって結ばれなか

った。2016年6月の段階で極東工場・ズヴェズ

ダ、中国船舶重要国際貿易有限公司(China

Shipping & Offshore International Company)と青

島北海船舶重工業責任公司(Qingdao Beihai

Shipbuilding Heavy Industry Company)との間で、

ズヴェズダ向け移送・駆動ドックの建設契約が

結ばれていた。中ロの指導的立場にあったセー

チンロスネフチ社長と胡问鸣中国船舶重工業集

団公司社長が署名したものだ。ズヴェズダを軌

道に乗せるには、受注以外にも鋼板提供企業を

どうするか、低価格の電力提供は可能かなど、多

くの課題が残されている。

41)COSCO所有の中国貨物船(Yongsheng, 永盛)が

2013年8~9月に33日間かけて中国の大連港か

らオランダのロッテルダムまで航海した。約2

週間の節約になったという。

42)General Niceは中国政府の別動隊のような組織で、

ロシアでの鉄鉱石開発に関係するIRC Limited、

西オーストラリアで鉄鉱石鉱山を運営する

Pluton Resources、南アフリカで鉄鉱石も産出す

る銅鉱山を運営するPalabora Mining Companyを

所有している。

43)中国は北極海をめぐる環境保護や持続可能な開

発のための国際協力機関、北極評議会のオブザ

ーバーになることに成功している。北極評議会

は北極海沿岸の米国、カナダ、デンマーク(グリ

ーンランドやフェロー諸島を含む)、ノルウェー、

ロシアの5ヵ国にその近隣のアイスランド、フ

ィンランド、スウェーデンを加えた8ヵ国で

1996年9月の「オタワ宣言」に基づいて設立され

たもので、8ヵ国以外の国々もこの評議会に参

加することで、北極海開発で自国の利益を反映

させようともくろんできた。日本も中国も、さら

にインドや韓国も2013年にオブザーバー参加が

認められた(2017年現在、その数は13ヵ国)。2010

年には、中国は北朝鮮とロシアとの国境に近い

羅津(ラソン)港の利用権を得て、直接、日本海

に出ることが可能となった(Laruelle, 2014, p.

ⅹⅶ)。その南の清津(チョンジン)港も2012年

に中国に開放されたとの情報もある。中国のも

う一つの「したたかさ」を感じさせるのは、2017

年9月に厦門(アモイ)で開催されたBRICSサミ

ットにギニア、エジプト、メキシコ、タジキスタ

ン、タイを招待したことである。将来、この5ヵ

国をBRICSに引き入れることをめざして、中国

は虎視眈々と画策しているようにみえる。

44)2017年9月1日、OAK、同社グループ内のコー

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ロシアNIS調査月報2017年11月号 64

特集◆東方経済フォーラムと北東アジア国際関係

ポレーション・イルクート、株式会社スホイ民間

航空機(GSS)の取締役会が開催され、OAKグル

ープ再編が決定された。これは2016年12月の

OAK取締役会で採択された決定にしたがって

OAKを単一株に基づく単一会社に移行する

OAK再編プログラムの実現の重要な一歩となる。

具体的には、OAKグループによって製造される

すべての民間航空機のマーケティング・販売・サ

ービスのセンターがGSSをもとに形成されるこ

とになる(「ヴェードモスチ」紙、2017年9月4

日付)。

45)中ロ間では、情報安全保障面での協力関係も構

築されつつある。表4にあるように、2016年6月

25日、中ロ首脳は情報空間の発展部面での相互

活動に関する共同声明を出した。2014年5月、ロ

シアのテレコミュニケーション会社、ロステレ

コムと中国の会社、華為技術有限公司(Huawei)

は総額6,000万ドルでロシア極東に海底コミュニ

ケーションライン建設契約に署名したという実

績もある。2014年8月には、ロシア連邦産業・商

業省と中華人民共和国産業・情報技術省との間

でロシアから中国へのプログラム・コンポーネ

ントの輸出増加協定が締結された。サイバー空

間の管理に対する中ロの国際的立場の合意は、

国際情報安全保障部面での国家行動ルールの創

出などにつながる可能性がある。

46)中ロ協力の具体的問題点を指摘する前に、いま

のロシアにとっての 重要問題について指摘し

ておきたい。それは、現在、回復が見込めない米

ロ関係の袋小路のなかで、欧州とロシアの関係

をどう再構築するべきかという問題だ(対中政

策の優先順位は決して高くない)。これまでのよ

うに北大西洋条約機構(NATO)を通じて米国の

傘のもとで欧州の安全保障を考えるのではなく、

欧州諸国がより自立性を強めた場合のロシアの

対応を検討し、それが中ロ協力におよぼす影響

を考える必要がある。多くの読者はもう忘れて

いるかもしれないが、1990年11月21日、米国、ソ

連など34ヵ国は人権、基本的自由、民主的に選ば

れた政府、法の支配、市場経済への移行といった

共通価値に基づく欧州での民主主義、平和、自由

の新時代を布告する「パリ憲章」に署名した。同

憲章は1975年8月、フィンランドで欧州諸国33

ヵ国と米国、カナダが署名したヘルシンキ 終

文書にしたがって生まれた欧州安全保障協力会

議(Conference on Security and Co-operation in

Europe, CSCE)の枠内で結ばれたもので、「欧州

の対立と分割の時代は終わった」と指摘され、

「これから我々の関係は尊敬と協力のもとに創

設される」と宣言した。ところが、この憲章は無

視され、実際には、米国の主導するNATOが中・

東欧諸国に拡大し、米国主導の欧州安全保障体

制が強化されるに至る。地政学上、これは米国に

よるハートランド(東欧およびロシア)への侵食

を意味していた。その周辺部(リムランド)であ

る西欧、中東、極東のうち、ロシアは上海協力機

構の設立により、中央アジアの「権益」を守ろう

とした。

ソ連崩壊後の米ロ関係が決定的に壊れたのは、

1972年5月に米ソ間で締結し、同年10月に発効

した、弾道弾迎撃ミサイル制限条約(Anti-

Ballistic Missile Treaty)を2001年12月に米国のジ

ョージ・W・ブッシュ大統領が一方的に脱退する

ことを決め、翌年6月に正式に脱退したことで

ある。2001年9月11日の同時多発テロを契機に

米ロが結束してテロ対策をはかる機運にあった

だけに、この離脱はミサイル防衛が技術的に可

能とする米国の技術重視を反映したもので、

NATOを主導する米国に欧州諸国は抵抗できな

かった。ロシア側は米脱退がロシアの戦略核抑

止力の無力化につながると恐れた。こうしてプ

ーチンは彼を認めてきたホワイトハウスから裏

切られたと感じるようになる(Clover, Charles

[2016] Black Wind, White Snow, Yale University

Press, p. 276)。その後2003年以降のジョージアや

ウクライナでの親米政権樹立がプーチンの対米

不信をより強め米ロ関係は悪化しつづける。

興味深いのは、この米国脱退前の段階で、プー

チンが「我々は米国、ヨーロッパ、ロシアのミサ

イル防衛システムを共同で運営するように提案

したと言わなければならない」と語っているこ

とである。オリバー・ストーン監督とのインタビ

ューで明らかにしたものだ。もし米国がこの提

案を受け入れていれば、ミサイル防衛をめぐる

対ロ、対イラン、対北朝鮮対策は現在とずいぶ

ん、異なる展開となっていただろう。

もう一つ指摘しておきたいのは、ロシアにおい

て近年、高まってきた「ユーラシア」概念がプー

チンによって便宜的に利用されている点である。

プーチンは2000年11月13日、「ロシアは自らをユ

ーラシア国家としていつも感じてきた」と発言

し、「ユーラシア主義」への理解を示すことで、

Page 24: 中ロ協力の現状と問題点db2.rotobo.or.jp/members/all_pdf/m201711No.07pkec.pdf2016年9月19日 天津市でのフォーラム「北東アジアにおける平和と発展-2016」

ロシアNIS調査月報2017年11月号 65

■ Research Report 中ロ協力の現状と問題点

自らの権力基盤の強化をはかろうとする。そも

そもプーチンは絶対主義的皇帝(ツァーリ)でも

なければ専制君主でもなく、いわば「近代貴族」

(ボヤーリン)層の結節点でバランスをとって

行動せざるをえない立場にいるにすぎない

(Clover, 2016, pp. 296-297)。ゆえに、クレムリ

ンは厳格なトップダウンの命令系統をもつ軍事

ユニットとみなすより、ネットワーク組織とい

う概念で考えるほうがより優れたメタファーと

いうことになる(Clover, 2016, p. 298)。つまり、

プーチンの権力構造は古典的な指揮命令の連鎖

ではなく、水平に緩く連結された構造なのであ

る。このような事情を理解したうえで、いまのプ

ーチンの対中政策をわかりやすく言えば、欧米

との関係が崩れるなかで相対的に重視されてい

るにすぎないユーラシアの中心国として中国が

あるだけなのだが、ウクライナ危機後の悪化す

る欧米関係のために中ロ重視に傾かざるをえな

い状況にあるということになる。こうした状況

をジャーナリストのユーリヤ・ラティニナは、

「弱いロシアの権力が、中国がその権力維持を

助けてくれると期待して中国の家臣(вассал)に

なろうと努めているように我々の目には映る」

と的確に指摘している(「ノーヴァヤ・ガゼータ」

紙、2015年No. 74)。

47)すでにロシアは軍事問題でも中国に追随せざる

をえない状況にあることを知らなければならな

い。2017年8月5日、国連安保理は満場一致で北

朝鮮への追加制裁措置として石炭などの禁輸を

決議(No. 2371)したが、これにロシアは批判的

であった。だが、中国が賛成に回る決定をしたの

でそれに追随せざるをえなくなったのである

(「ノーヴァヤ・ガゼータ」紙、2015年No. 96)。

おそらく9月11日の対北朝鮮追加制裁でも、事

情は同じであり、ロシアは中国に追随せざるを

えない状況にあるようにみえる。

48)Sørensen, Camilla, T.N. & Klimenko, Ekaterina

(2017) Emerging Chinese-Russian cooperation in the

Arctic: Possibilities and constraints, SIPRI Policy

Paper No. 46, p. 33。

49)トランプ大統領は2017年8月2日、「米敵対国制

裁法」に署名し、追加の対ロ制裁を決めた。2014

年からつづく欧米中心の対ロ制裁でロシアはと

くに軍事産業や石油ガス部門に悪影響があった

とみられるが、海軍向けの艦船のドイツ製部品

は中国やロシアの部品で代替できたとされる。

(「ヴェードモスチ」紙、2017年8月14日付)。一

方で、政府は輸入代替を政策的に進めている。た

とえば、政府調達に際して海外の商品・サービス

よりもロシアの商品・サービスに15%の優先権

を適用する(提示された契約価格を15%低く見

積もる)という2016年9月16日付政府決定が

2017年1月1日から施行されている。今回の追

加制裁では、ガスPL「ノルドストリーム-2」

建設に遅れが生じるなどの懸念がある。ロシア

の銀行への新規資金供給期間が30日から14日に、

石油ガス会社への同期間が90日から60日に短縮

されることで、調達リスクが高まってしまう。米

敵対国制裁法施行から180日以内に米財務省は

ロシア国債・デリバティブ投資における制裁拡

大効果を分析した報告書を提出しなければなら

ないことになっており、その結果、それらへの投

資規制が導入される可能性がある。注意喚起し

ておきたいのは、対ロ制裁が直接関係のないカ

ザフスタンなどのEEUメンバー国にも影響をお

よぼしている事実である。対ロ制裁は少なくと

も経済的関係においてじりじりと「ロシア離れ」

を引き起こしている。それがそうした国々の中

国への接近を促す結果につながっている。

50)ロシアを歴史的視点からながめてみると、その

特殊性に気づく。若い方々にロシアの本質を理

解してもらうために書いた拙著『ロシア革命100

年の教訓』(Kindle版, 2017)にまとめたことだが、

特殊な治安維持機関である「チェーカー」の果た

してきた役割がきわめて大きい。その傾向はプ

ーチン治世下で高まっている。問題は、ソ連当時

にあった「チェーカー」のネットワークがソ連崩

壊後に独立した国々でどうなったかにかかって

いる。このネットワークが強固なままであれば、

中国のBRIに対抗できる可能性が残されている。

しかし、この分野の研究は日欧米で決定的に遅

れている。この問題を探究することこそ筆者

期の課題であると述懐しておこう。