24
1 合同研究班参加学会 日本循環器学会 日本心臓病学会 日本心電学会 日本不整脈学会  班長 井上 博 富山大学第二内科 班員 新 博次 日本医科大学 多摩永山病院 奥村 謙 弘前大学循環器内科 鎌倉 史郎 国立循環器病研究センター 心臓血管内科 熊谷 浩一郎 国際医療福祉大学大学院 是恒 之宏 大阪医療センター 臨床研究センター 杉 薫 東邦大学医療センター 大橋病院循環器内科 三田村 秀雄 国家公務員共済組合連合会 立川病院 矢坂 正弘 九州医療センター 脳血管内科 山下 武志 財 ) 心臓血管研究所付属病院 循環器内科 協力員 里見 和浩 東京医科大学八王子医療センター 循環器内科 外部評価委員 大江 透 心臓病センター 榊原病院 小川 聡 国際医療福祉大学 三田病院 児玉 逸雄 名古屋大学 筒井 裕之 北海道大学 循環病態内科学 (五十音順,構成員の所属は 2013 6 月現在) 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2012 年度合同研究班報告) 【ダイジェスト版】 心房細動治療(薬物)ガイドライン(2013 年改訂版) Guidelines for Pharmacotherapy of Atrial Fibrillation JCS 2013目次 再改訂にあたって ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥2 I. 疫学 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥3 II. 心房細動の病態生理 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥4 1. 心房細動の病態‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥4 2. 基礎疾患‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥4 3. 病型と臨床的意義 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥4 III. 心房細動の電気生理学的機序 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥5 1. 心房細動の発生機序‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥5 2. 電気的リモデリング,構造的リモデリング ‥‥‥‥5 3. 遺伝的リスクと電気生理学的変化 ‥‥‥‥‥‥‥5

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合同研究班参加学会

日本循環器学会 日本心臓病学会 日本心電学会 日本不整脈学会 

班長

井上 博富山大学第二内科

班員

新 博次日本医科大学多摩永山病院

奥村 謙弘前大学循環器内科

鎌倉 史郎国立循環器病研究センター

心臓血管内科

熊谷 浩一郎国際医療福祉大学大学院

是恒 之宏大阪医療センター臨床研究センター

杉 薫東邦大学医療センター大橋病院循環器内科

三田村 秀雄国家公務員共済組合連合会

立川病院

矢坂 正弘九州医療センター脳血管内科

山下 武志財 ) 心臓血管研究所付属病院

循環器内科

協力員

里見 和浩東京医科大学八王子医療センター

循環器内科

外部評価委員

大江 透心臓病センター榊原病院

小川 聡国際医療福祉大学三田病院

児玉 逸雄名古屋大学

筒井 裕之北海道大学循環病態内科学

(五十音順,構成員の所属は 2013年 6月現在)

循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2012年度合同研究班報告)

【ダイジェスト版】

心房細動治療(薬物)ガイドライン(2013年改訂版)Guidelines for Pharmacotherapy of Atrial Fibrillation (JCS 2013)

目次

再改訂にあたって ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥2 I. 疫学 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥3 II. 心房細動の病態生理 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥4 1. 心房細動の病態 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥4 2. 基礎疾患 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥4

3. 病型と臨床的意義 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥4III. 心房細動の電気生理学的機序 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥5 1. 心房細動の発生機序 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥5 2. 電気的リモデリング,構造的リモデリング ‥‥‥‥5 3. 遺伝的リスクと電気生理学的変化 ‥‥‥‥‥‥‥5

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循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2012年度合同研究班報告)

指針クラス I 手技,治療が有効,有用であるというエビデ

ンスがあるか,あるいは見解が広く一致している.

クラス II 手技,治療の有効性,有用性に関するエビデンスあるいは見解が一致していない.

クラス IIa エビデンス,見解から有用,有効である可能性が高い.

クラス IIa′ エビデンスは不十分であるが,手技,治療が 有効,有用であることにわが国の専門医の意見が一致している.

クラス IIb エビデンス,見解から有用性,有効性がそれほど確立されていない.

クラス III 手技,治療が有効,有用でなく,ときに有害であるというエビデンスがあるか,あるいは見解が広く一致している.

エビデンスレベルレベルA 400例以上の症例を対象とした複数の多施設

ランダム化比較試験で実証された,あるいはメタ解析で実証されたもの.

レベルB 400例未満の症例を対象とした複数の多施設ランダム化比較試験,よくデザインされた比較検討試験,大規模コホート試験などで実証されたもの.

レベルC ランダム化比較試験はないが,専門医の意見が一致したもの.

再改訂にあたって

現在のわが国における心房細動の標準的な薬物治療を提案するため,2008年に公表された本ガイドライン改訂版に,過去 5年間に得られた新知見を加味して再度の改訂を行った.心房細動の治療方針は,心拍数調節(レートコントロール),洞調律化・再発予防(リズムコントロール),および抗血栓療法からなる.心拍数調節に関しては,それほど厳密な目標心拍数でなくても数年の経過では予後に大きな差のないことが明らかになってきた.一方,洞調律化・再

発予防としての薬物療法に関しては大きな変化はみられていない.再発予防に大いに期待されたアップストリーム治療について,複数の前向き比較試験は否定的な成績を示した.カテーテルアブレーションは,わが国でも広く行われるようになり,薬物治療に勝る成績が集積されてきている.カテーテルアブレーションは,今や心房細動の治療には欠かすことのできない手段であり,本ガイドラインでも扱うこととした. 旧改訂版からの大きな変更点は以下のとおりである.ま

再改訂にあたって

IV. 臨床像 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥6 1. 心房細動の分類 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥6 2. 初発心房細動 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥6 3. 発作性心房細動 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥6 4. 持続性心房細動 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥7 5. 永続性心房細動 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥7V. 治療 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥7 1. 治療方針の立て方 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥7

2. 抗血栓療法の適応と方法 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥9 3. 心拍数調節の適応と方法 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 15 4. 洞調律化・再発予防の適応と方法 ‥‥‥‥‥‥ 17 5. アップストリーム治療 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 21 6. 非薬物療法 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 22付表 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 24

(無断転載を禁ずる)

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心房細動治療(薬物)ガイドライン(2013年改訂版)

ず新規経口抗凝固薬の追加である.経口直接トロンビン阻害薬や第Xa因子(FXa)阻害薬は,ワルファリンの持つ問題点を解決すべく開発された薬剤であるが,まだ使用経験が少なく,これらを使いこなすには,今後,多くの経験の蓄積が必要である.個々の薬剤の推奨度は,大規模試験の結果や,2013年 12月の時点までに得られた情報に基づいた.この領域では新知見が短期間のあいだに数多く報告されてきているので,新しい情報には十分な注意を払っていただきたい. 次にワルファリンの至適抗凝固レベルである.日本人向けの目標 PT-INR(プロトロンビン時間 -国際標準比)レベルについてはこれまで少数例の検討に基づく成績しかなかった.7000例を超す集団についての前向き研究(J-RHYTHM Registry)の結果が明らかになり,欧米とは異なる PT-INRレベル(1.6~2.6)が日本人,とくに70歳以上の例にはふさわしいことが改めて示された. 旧改訂版では心原性塞栓症のリスク層別化にCHADS2スコアが利用されてきた.本改訂作業までに得られた前向き比較試験はリスク層別化法として CHADS2スコアを採用しており,これらの成績を参考にした本改訂版では,リスク層別化法に新たなスコア(CHA2DS2-VASc)ではなく,CHADS2スコアを基本的に用いることとした.また用語

の定義に若干の変更を加えた.「弁膜症性」は人工弁置換(機械弁,生体弁とも)とリウマチ性僧帽弁膜症(おもに狭窄症)を指し,僧帽弁修復術後は「弁膜症性」から外すこととした.リウマチ性ではない僧帽弁閉鎖不全症は非弁膜症性として扱う.「孤立性」心房細動の定義は研究者により異なり,時代とともに変遷してきている.「孤立性」の定義を厳密にすると,臨床現場では治療法の選択にかえって混乱が生じる恐れがある.そこで本改訂版では「孤立性」という表現を原則使用せず,「臨床上明らかな器質的心疾患のない」心房細動という記載にした.器質的心疾患とは肥大心,不全心,虚血心をさす.本改訂ではこれらの最近の進歩を加味し,現時点における標準的な日本人向けの診療指針となるよう努めた.ガイドラインは医師が実地診療において治療法を選択するうえでの「指針」であり,最終的判断は各症例の病態を個別に把握したうえで主治医が下すべきものである.ガイドラインに従わない治療法が行われたとしても,個々の症例での特別な事情を勘案した主治医の判断が優先されるものであり,決して訴追されるべき論拠をガイドラインは提供するものではない.

I. 疫学

心房細動の有病率は加齢とともに増加する.欧米の疫学調査の成績では,60歳までは有病率の上昇は緩やかで,60代前半では一般人口のせいぜい2 %までである.それ以降,有病率は急激に増大し,80歳以上になると人口の 9~14 %を占めるに至る.有病率に男女差を認めない報告もあるが,多くの報告では男性のほうが有病率は高い.わが国の疫学調査として全国から対象を抽出した検討および日本循環器学会疫学調査では,欧米同様に心房細動有病率は60代までは緩やかに 1 %程度に増大し,それ以降の増大は欧米に比べると軽度である.80歳以上でも人口の 3 %程度を占めるにすぎない.わが国では有病率は明らかに男性で高い.韓国,台湾からの報告もわが国と似た有病率を示している.

心房細動の基礎疾患も欧米とわが国では分布が異なる.欧米の最近の報告では高血圧が約 60 %に,虚血性心疾患が 25~33 %に認められ,弁膜症の頻度は低い.わが国では高血圧が 60 %,虚血性心疾患が 10 %,弁膜症が 10~20 %程度であり,欧米と比べて虚血性心疾患の割合が少ない.心房細動発症の危険因子としては,欧米では加齢,糖尿病,高血圧,心疾患(虚血性,弁膜症),心不全,多量の飲酒,肥満などが抽出されている.久山町研究では加齢,心疾患(虚血性,弁膜症),飲酒があげられている.最近のわが国の検討で,メタボリック症候群は将来の心房細動発生の危険因子であることが示された.また慢性腎臓病,喫煙も心房細動発生の危険因子であることがわかってきた.

I. 疫学

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循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2012年度合同研究班報告)

II. 心房細動の病態生理

1.

心房細動の病態

心房細動では,統率のない速い不規則な心房興奮のため心室充満に対する心房収縮の寄与は消失し,心拍出量が減少する.これは血行動態を悪化させ,心不全の増悪因子となる.頻脈性心房細動が長く続くだけでも頻脈誘発性心筋症をきたす.心房内の血流速度は低下し,血栓形成の原因となる.

2.

基礎疾患

心房細動を好発する基礎疾患がある.一般的に心房細動の発症には,①左房の機械的負荷,②自律神経活動,③心房筋のイオンチャネルの変化などが同時にあるいは経時的に組み合わさり,心房細動の発生基質を形成する.心房細動の新規発症因子のなかでも,とくに高血圧は罹患頻度が高い.十分な降圧には心房細動発症予防効果がある.甲状腺機能亢進症や家族性心房細動では,Kチャネルの遺伝

子発現の変化や異常が心房細動発症を促進する.心疾患を伴わない孤立性心房細動では,遺伝子異常による家族性心房細動の病態とともに,最近では一塩基多型(SNPs)との関係が注目されている.

3.

病型と臨床的意義

心房細動は,持続時間から発作性,持続性,および永続性に分類される(IV. 臨床像〈6㌻〉参照).発作性心房細動から慢性化し,やがて永続性心房細動に移行する.心房細動では,心房収縮が消失するため心拍出量は低下する.このため動悸以外にも労作や運動時には易疲労感などの症状をもたらす.心機能低下例や肥大型心筋症などでは,心不全を急激に悪化させ,肺うっ血をきたす.頻脈性の心房細動が持続して心筋症様の病態をきたす例もある.WPW症候群ではまれに心房細動から心室細動に移行する例など特徴的な病態を示す場合もある.心房細動では,心房内血流速度の低下,心房内皮の障害,血液凝固成分の変化が生じるため,左房に易血栓性をきたし脳塞栓の原因となる.心房細動の治療は病型と病態を考慮して行われる.

II. 心房細動の病態生理

1.

心房細動の病態

2.

基礎疾患

3.

病型と臨床的意義

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心房細動治療(薬物)ガイドライン(2013年改訂版)

III. 心房細動の電気生理学的機序

1.

心房細動の発生機序

心房細動中では心房の多くの部位で,不規則で非常に速い,無秩序な興奮が記録される.その成因として,局所の異常興奮(自動能)の亢進(focal mechanism)と,複数興奮波(multiple wavelets)の不規則な旋回運動(random reentry)が実験的かつ臨床的に示されている.

1.1

focal mechanism

局所の高頻度の異常発火と,心房内の細動様伝導(fibrillatory conduction)を機序とする.電気生理学的には心房頻拍に近い.臨床的には,心房または大静脈内の局所を起源とする心房細動が focal mechanismにより発生すると考えられる.一方,発作性心房細動例に認められる頻発性心房期外収縮の約 90 %は肺静脈を起源とし,これが連発して高頻度発火となり,細動様伝導を生じて心房細動が発生する.また期外収縮が引き金となってリエントリーが誘発され,心房細動となることもある.肺静脈起源の期外収縮,高頻度発火の機序として,撃発活動や左房肺静脈接合部のリエントリーが示唆されている.

1.2

複数興奮波のリエントリー

Langendorff灌流心臓標本においてアセチルコリン投与下に誘発された心房細動中の興奮を解析すると,3~6個以上の複数の興奮が心房内に同時に認められた.興奮波のあるものは消滅し,またあるものは分裂しながら不規則にリエントリーし,これが持続して心房細動が維持される.複数興奮波のリエントリーは,無菌性心膜炎モデルで誘発された心房細動でも認められている.リエントリーは必ずしも解剖学的に規定されたものではなく,不応期や異方向性伝導などの機能的障壁により形成される.実験的にはleading circle reentry,anisotropic reentry, spiral reentryな

どが示されている.

2.

電気的リモデリング,構造的リモデリング

複数興奮波のリエントリーが成立するためには,興奮波長が十分に短いか,心房自体が拡張している必要がある.興奮波長は伝導速度×不応期で決定されるため,伝導速度が遅いか不応期が短いことが心房細動持続の必要条件となる.「atrial fibrillation(AF) begets AF」という概念は,心房細動(頻脈)により心房の不応期が短縮し(電気的リモデリング),複数興奮波のリエントリーが可能となるもので,心房細動の慢性化の要因として重要である.電気的リモデリングの機序として,高頻度興奮による細胞内Ca2+蓄積と膜Ca電流の減少,活動電位持続時間の短縮が考えられている.頻脈が持続するとチャネル自体のダウンレギュレーションが生じ,Na電流の減少による伝導速度の低下も加わり,興奮波長はいっそう短縮する.心房細動が長期に持続すると心房筋の肥大や線維化,ギャップ結合の変化などが生じる(構造的リモデリング).線維化により伝導速度が低下し,不均一伝導を生じリエントリーを起こしやすくする.器質的心疾患合併例では心房の構造的リモデリングが進行し,心房細動がより発生しやすく,より持続しやすくなる.

3.

遺伝的リスクと電気生理学的変化

若年の,いわゆる孤立性心房細動にはしばしば家族内発症を認める(15~30 %).Framingham Studyによると,両親のいずれか一方に心房細動を認めると心房細動発症リスクが1.85倍高まり,75歳以下での発症例に限ると3.23倍高まる.常染色体性優性遺伝を示す家族性心房細動が報告され,候補遺伝子としてKCNQ1 遺伝子変異(S140G)が見いだされた.Naチャネル(SCN5A),ギャップ結合

III. 心房細動の電気生理学的機序

1.

心房細動の発生機序2.

電気的リモデリング,構造的リモデリング

3.

遺伝的リスクと電気生理学的変化

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循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2012年度合同研究班報告)

蛋白(GJA5),Na利尿ペプチド(NPPA)をコードする遺伝子変異も報告されている.4q25に心房細動発症関連遺伝子多型(rs220073および rs10033464)が認められ,それぞれ 1.71倍,1.42倍リスクが高まる.4q25多型は,

SCA5A,KCNQ1,NPPA,NKX2.5 遺伝子変異の各フェノタイプ発現の調節因子として作用する可能性が示唆されている.

IV. 臨床像

1.

心房細動の分類

心房細動は基本的に慢性進行性疾患としてさまざまな臨床像を呈するうえ,その診断には手法や時間的要因による不確実性が存在するため,厳格な分類は臨床適応を困難にする.長期的視点でみた場合,心房細動は発症後やがて自然に停止し,このような発作を何度も繰り返しながら,次第にその持続時間や頻度が増大し,やがて停止しなくなるという自然歴を考え,本ガイドラインは以下の分類を採用する.初発心房細動:心電図上,初めて心房細動が確認されたもの.心房細動の持続時間を問わない.

発作性心房細動:発症後 7日以内に洞調律に復したもの.持続性心房細動:発症後 7日を超えて心房細動が持続しているもの.

長期持続性心房細動:持続性心房細動のうち発症後 1年以上,心房細動が持続しているもの.

永続性心房細動:電気的あるいは薬理学的に除細動不能のもの.心房細動の持続時間は,病歴や症状,心電図所見から臨床家が総合的に判断する.

2.

初発心房細動

心房細動が心電図上で初めて確認されたものであり,必ずしも真に初発であるかどうかを問わない.病歴,症状,過去・現在に記録された心電図所見,診断後の経過から,改めて分類し直すことが必要である.初発心房細動が一過性で自然停止している場合,約半数の症例で数年間は再発しない.なお,心筋梗塞や心臓手術後の急性期にだけ観察された心房細動や,甲状腺機能亢進症など心房細動の誘因,原因が除去,是正されるものは,継続的な抗不整脈薬投与は不要である.初発心房細動が 7日を超えて持続している例では,自然停止することはない.除細動すべきかどうかについては,患者の背景因子やQOLから総合的に判断する.

3.

発作性心房細動

薬物療法,非薬物治療の有無にかかわらず,7日以内(多くは 48時間以内)に洞調律に復するものであり,長い心房細動の経過からみると早期の病期に相当する.多くの場合,発症初期には薬物療法に対する反応性は良好であるが,長期的にみた場合,薬物療法に抵抗性となりがちである.わが国での平均 15年にわたる長期観察データでは,発作性心房細動を I群薬で治療した場合,1年あたり平均5.5 %は治療抵抗性を示し持続性心房細動に移行した.持

IV. 臨床像

1.

心房細動の分類2.

初発心房細動

3.

発作性心房細動

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7

心房細動治療(薬物)ガイドライン(2013年改訂版)

続性心房細動移行に関連する独立因子として,わが国では年齢や左房径,心筋梗塞既往,弁膜症,心不全,糖尿病などがあげられており,欧米では予測スコアとしてHATCHスコアが提示されている.発作性心房細動によるQOL低下がある例では,抗不整脈薬による発作予防を図る.しかし,薬物療法による洞調律維持をいつまで行うかについては,治療期間,患者背景因子,さらにカテーテルアブレーションによる非薬物治療の可能性を含めた総合的判断が必要である.洞調律維持,心拍数調節治療のいずれを選択した場合にも,脳梗塞リスクに応じた抗凝固療法は継続する.

4.

持続性心房細動

持続が 7日を超える心房細動を指すが,薬理学的・電気的除細動を行わない場合,永続性心房細動との区別は不可能である.一部の抗不整脈薬を除いて,薬物による除細動は不可能であるが,電気的除細動により 94 %の患者で洞

調律に復する.その後の再発率は比較的高く,通常の薬物療法では 1年後の洞調律維持率は約 50 %,2年後約 40 %,3年後約 30 %と低い.再発率は患者背景因子により異なり,高齢,高血圧,心不全,心房細動持続時間がリスク因子としてあげられている.

1年以上持続している心房細動は長期持続性心房細動と呼ぶが,一般的に洞調律維持治療は容易でない.

QOLが低下し,リスク因子がない例では,除細動とその後の洞調律維持を図ることは妥当である.逆にそれ以外の場合には,心拍数調節治療と脳梗塞リスクに応じた抗凝固療法も十分に許容可能な治療方針である.

5.

永続性心房細動

薬理学的,電気的に除細動不能な心房細動をいう.心房細動を受容し,心拍数調節治療と脳梗塞リスクに応じた抗凝固療法を行う.

V. 治療

1.

治療方針の立て方

不整脈以外の補正可能な病態の改善を優先する.心機能低下,虚血などがあればそれらの改善を優先し,その後,抗不整脈薬による治療が必要か否かを考える.同時に塞栓症への適切な対応を考慮する.これまで心房細動治療の目標は,洞調律を維持することに向けられてきたが.2000年以後の大規模試験 PIAF,AFFIRM,RACE,STAFの結果,洞調律維持(リズムコントロール)が心拍数調節(レートコントロール)に勝るものではないことが示され,抗不整脈薬の使用状況にも

大きな影響を与えた. 心房細動治療方針の決定では,初めに抗凝固療法の適応の有無を評価し,その後,状況に応じ洞調律維持あるいは心拍数調節を選択する.心房細動では洞調律が維持されても,塞栓症高リスク例には抗凝固療法を終生継続することが必要である.心拍数調節は予後を悪化させることなく,抗不整脈薬の副作用などを考慮するとむしろ安全な治療法である.抗不整脈薬には無視しえない重篤な副作用があり,長期的展望に立つと洞調律維持には限界がある.実際,多くの症例で持続化,慢性化が認められ,慢性化した症例では心拍数調節と抗凝固療法だけで満足なQOLが得られる症例も多い.しかし,心房細動発作が再発するたびに不快な自覚症状で苦しむ例には,心拍数調節がほとんど無力なことは多くの臨床医の実感である.

4.

持続性心房細動5.

永続性心房細動

V. 治療

1.

治療方針の立て方

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循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2012年度合同研究班報告)

J-RHYTHM Studyは,発作性心房細動の治療では「忍容性」が重要であることを示した.すなわち,発作性心房細動例,とくに比較的若年の,症状の強い発作性心房細動例への洞調律維持治療の妥当性が示された.抗不整脈薬による重篤な副作用の発現率は海外の臨床試験と比較してきわめて低く,血栓塞栓症の低リスク症例が大多数を占めていたが,ワルファリン使用率は高く,脳梗塞の発症率は平均観察期間で 2.3 %と低率にとどまった.抗不整脈薬を使用することは,死亡率の改善や脳梗塞の予防を目的に洞調律維持を図るのではなく,目的はあくまでもQOL改善である.J-RHYTHM Studyは,平均年齢64歳,基礎心疾患のない心機能正常例での成績であることを忘れてはならず,Naチャネル遮断薬の使用ができない心機能低下例にいかに対処していくかは依然として課題である.

1.1

各疾患別の治療法の特異性

1.1.1

弁膜疾患心房細動を併発すると血行動態はさらに悪化し,塞栓症合併のリスクが高まる.したがって,心房細動発症を未然に防止することが重要であり,各病態に応じた手術適応を考慮し,心房リモデリングが進行する以前に弁置換術など外科的対応を行う.すでに心房細動の合併があれば,手術時にメイズ手術,ラディアル手術を併せて行い,洞調律維持を試みることも推奨できる.I群薬の長期使用は勧められない.むしろ,心機能改善による心房リモデリング防止を目標としたアップストリーム治療を積極的に用いることが勧められる.1.1.2

高血圧高血圧治療を早期から十分に行い血圧管理が行き届くことにより,心房細動の発症を未然に防止できる可能性がある.心房細動の基質に対するアップストリーム治療として,高血圧に起因する心房ならびに肺静脈リモデリング防止が重要である.心房細動の病型にかかわらず血圧管理が重要であり,高血圧のまま心房細動管理を継続することは勧められない.高血圧は心房細動の発症や持続を容易にするだけでなく,塞栓症のリスクも高める.治療薬としてはアンジオテンシン II受容体拮抗薬(ARB), アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬が勧められるが,十分な降圧作用を得るために他の降圧薬の併用も必要である.心機能低下をみないものでは I群薬による心房細動再発予防は効果が期待できる.

1.1.3

冠動脈疾患心房細動だけに注目し治療を行うことは危険であり,治療の原則は心筋虚血の改善を目指すことである.急性冠症候群に合併する心房細動に対して必要に応じ除細動を行うが,I群薬を使用することは勧められない.ソタロール,アミオダロンなど III群薬が勧められるが,わが国では保険適応はない.とくに左心機能低下を合併するものでは,左室だけでなく左房のリモデリングに対し積極的にACE阻害薬,ARBを早期から使用することが勧められる.塞栓症予防のための抗凝固療法を施行する際には,抗血小板薬との併用により出血性合併症のリスクが高まることに注意する.1.1.4

心不全(左心機能低下)心機能低下例で心房細動を合併すると,さらなる心機能低下を助長することになり好ましくないが,Naチャネル遮断薬で予防することはかえって予後を悪化させるため勧められない.塞栓症合併の頻度が高いため禁忌がない場合には,すみやかに抗凝固療法を開始し,心機能改善を目標とした治療を優先する.左心機能低下例ではACE阻害薬,ARBによる心房細動発症抑制効果が期待される.1.1.5

拡張型心筋症心房細動の合併は心不全を助長し,塞栓症リスクを高め予後を悪化させる.心房細動合併例では心機能維持のため心拍数調節を優先し,心不全の進行防止に努める.慢性心不全例では血行動態の安定化と塞栓症予防が必要となる.1.1.6

肥大型心筋症左室流出路狭窄合併例では,心房細動発症により急激に心拍出量の低下をきたし,心室細動への移行をみることがある.緊急時には電気的除細動の適応となるが,再発防止も重要であり確実な効果が求められる.発作性ないし持続性心房細動に対してはアミオダロンが使用できる.I群薬の陰性変力作用が肥大型心筋症の進行防止に効果的であると考えられるが,心房細動予防効果は十分に検討されていない.1.1.7

慢性呼吸器疾患気管支拡張薬が心房細動発症の要因となることがある.低酸素血症やアシドーシスを補正し,ベラパミル,ジルチアゼムを使用して心拍数調節を行う.原疾患を悪化させるβ遮断薬,心房細動発症を助長するテオフィリンなどの使用は避ける.

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心房細動治療(薬物)ガイドライン(2013年改訂版)

1.1.8

甲状腺機能亢進症甲状腺機能の正常化を優先し,心房細動の治療はβ遮断薬を使用して心拍数調節に努める.β遮断薬が使用できない場合はベラパミル,ジルチアゼムを使用する.甲状腺機能の正常化後に心房細動の自然停止をみることが多い(約 70 %).心房細動の罹病期間が長いものや甲状腺機能が正常化したあと 3か月以上洞調律化しないものは除細動の対象となる.1.1.9

WPW(Wolff-Parkinson-White)症候群副伝導路の順行性不応期が短い場合,心房細動発症後すみやかに心室細動に移行するものがある.WPW症候群に心房細動を合併する率は 15~30 %とされるが,心房細動時の最短RR間隔が 250msec以下と短いものは高リスクである.心房細動合併例では原則としてカテーテルアブレーションによる副伝導路遮断が第一選択となる.房室結節伝導を抑制するジギタリスや非ジヒドロピリジン系 Ca拮抗薬は,副伝導路の伝導を促進させる可能性があるので使用しない.抗コリン作用の少ない I群薬を使用する.1.1.10

洞不全症候群原則として徐脈に対する治療を優先し,必要に応じたペースメーカ植込みが望まれる.頻脈としての心房細動に対する治療には,ペースメーカ植込み後に抗不整脈薬を使用する.適切な心房ペーシングにより心房細動の発生頻度を低下させることが期待できる.塞栓症のリスクが高く,抗凝固療法が必要である.1.1.11

高齢者の心房細動高年齢それ自体が塞栓症のリスクであり,原則として抗凝固療法が必要となる.1.1.12

小児の心房細動小児期には心房細動はまれであるが,先天性心疾患の術後などに認められる.心房負荷が顕著な状態で発症することが多く原疾患,心機能の管理治療が重要となる.1.1.13

妊婦の心房細動心房細動に用いる薬剤で,妊婦に対し安全性が確立している薬剤はない.心不全を合併していれば心不全の改善,管理に努め,心房細動の治療としては心拍数調節に努めることが望まれる.心不全の治療薬としてACE阻害薬,ARBは選択すべきではない.基礎疾患にもよるが発作性心房細動であれば原則として再発の予防治療なしで分娩

可能である.抗凝固療法には特別な配慮が必要である.1.1.14

孤立性心房細動孤立性(lone)心房細動は,臨床所見,心エコー検査で心・肺・甲状腺疾患などの基礎疾患,高血圧の認められないものをさすが,定義は必ずしも統一されているわけではない.一般に予後は良好であるが,脳血管障害のリスクはとくに年齢が 60歳を超えると高くなる.孤立性心房細動を60歳までに限定すべきとの考えもある.将来的には潜在する病態が明らかになると考えることもでき,この名称を使用すべきではないとの考えもある.本改訂版では,本項以降の治療方針の解説において「孤立性心房細動」という分類は原則使用せず,「臨床上有意な器質的心疾患を認めない心房細動」と表現することとした.器質的心疾患とは具体的には肥大心,不全心,虚血心をさす(V.4「洞調律化・再発予防の適応と方法」〈17㌻〉参照).1.1.15

腎機能障害,肝機能障害安全域が狭い抗不整脈薬は,腎機能障害例や高齢者では腎排泄型薬剤の排泄が遷延し,肝機能障害例で肝排泄型薬剤の代謝が遷延し,容易に中毒症状が発現する.このような事態を回避するには,腎機能障害例,高齢者には肝排泄型の薬剤,肝機能障害例には腎排泄型の薬剤を選択することが望まれる.しかし,薬剤の代謝,排泄臓器に障害のある場合には,厳重な監視下で用量調節を行う必要がある.

2.

抗血栓療法の適応と方法

本項は日本循環器学会の『心房細動治療(薬物)ガイドライン』,『循環器疾患における抗凝固・抗血小板療法に関するガイドライン』および『心疾患患者の妊娠・出産の適応,管理に関するガイドライン』をもとに,2006年から 2012年にかけて欧州や北米で発表されたガイドラインや,これまでの国内外の研究報告を加えて改訂した.

2.1

心房細動における脳梗塞発症のリスク評価と抗血栓療法

クラス I

・脳梗塞や出血のリスク評価に基づいた抗凝固療法の実施. レベル A  ・CHADS2スコア 2点以上の場合,適応があれば新規経

2.

抗血栓療法の適応と方法

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循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2012年度合同研究班報告)

口抗凝固薬の投与をまず考慮する. レベル A  ・CHADS2スコア 2点以上の高リスク患者へのダビガトラン( レベル B ),リバーロキサバン( レベル A ),アピキサバン( レベル A ),エドキサバン *1( レベル A ),ワルファリン( レベル A )のいずれかによる抗凝固療法.・CHADS2スコア 1点の中等度リスク患者へのダビガトラン( レベル B )か,アピキサバン( レベル A )による抗凝固療法.・ワルファリン療法時の PT-INRを 2.0~3.0での管理.レベル A  ・70歳以上,非弁膜症性心房細動患者へのワルファリン療法時の PT-INR 1.6~2.6での管理. レベル B  ・腎機能中等度低下例への新規経口抗凝固薬の用量調 節. レベル A  ・ワルファリン療法中の定期的な PT-INRモニタリング.

レベル A

クラス IIa  ・CHADS2スコア 1点の中等度リスク患者へのリバーロキサバン,エドキサバン *1もしくはワルファリンによる抗凝固療法. レベル B

・心筋症,65~74歳,もしくは心血管疾患(心筋梗塞の既往,大動脈プラーク,末梢動脈疾患など)のリスクを有する患者への抗凝固療法. レベル B  ・抗凝固療法の適応に関する定期的再評価. レベル A  ・心房粗動患者への心房細動に準じた抗凝固療法. レベル B

クラス IIb  ・冠動脈疾患を合併する患者で,経皮的冠動脈インターベンション(PCI)や外科的血行再建術を行う際の抗血小板療法と抗凝固療法の併用. レベル C  ・60歳未満の孤立性心房細動患者*2への抗血栓療法.

レベル C  ・PT-INR 2.0~3.0で,治療中に虚血性脳血管障害や全身性塞栓症を発症した場合の抗血小板薬の追加や,PT-INR 2.5~3.5でのコントロール. レベル C  ・経口抗凝固薬を投与できない場合の抗血小板薬の投 与. レベル C  クラス III  ・機械弁に対するダビガトラン療法. レベル B

*1:2013年12月の時点では保険適応未承認.*2:臨床上有意な器質的心疾患(肥大心,不全心,虚血心)を認めない場合(詳細は本文〈9㌻〉を参照)

2.1.1

脳梗塞発症のリスク評価非弁膜症性心房細動では,脳梗塞のリスク評価を行った

うえで適切な抗血栓療法を選択することが奨励される(図1).「弁膜症性」心房細動とはリウマチ性僧帽弁疾患(おもに狭窄症),人工弁置換(機械弁,生体弁とも)の既往を有する心房細動で,僧帽弁修復術後の例や非リウマチ性僧帽弁閉鎖不全症は非弁膜症性とする.「孤立性」心房細動の定義は研究者によって異なるので,「臨床上有意な器質的心疾患を認めない」心房細動という表現を採用した.器質的心疾患とは肥大心,不全心,虚血心をさす.非弁膜症性心房細動では脳梗塞発症のリスクが集積すると脳梗塞の発症率が上昇することが注目され,CHADS2スコア(0~6点)が提唱されている(表 1).本スコアは簡便で有用であることから脳梗塞のリスク評価としてまず行うべき評価法である.同スコアの点数が高いほど脳梗塞発症のリスクが高くなり,2点以上で年間脳梗塞発症率が 4 %以上と高くなることから,ワルファリン療法が「推奨」される.1点の症例へワルファリン療法を行った場合,脳梗塞予防効果が出血性合併症発症率を十分に上回ることが明らかでないため,ワルファリン療法は「考慮可」にとどまる.新規経口抗凝固薬(ダビガトラン,リバーロキサバンおよびアピキサバン)は,それぞれの第 III相試験でワルファリンと比較して脳梗塞予防効果は同等かそれ以上,重大な出血発症率は同等かそれ以下,頭蓋内出血が大幅に低下することが示されたことから,CHADS2スコア 2点以上ではワルファリンと同様に「推奨」される.その優れた特質から,腎機能低下がなく,抗凝固療法の適応である場合はワルファリンよりも新規経口抗凝固薬のほうがより強く勧められる.第 III相試験のサブ解析から,ダビガトランとアピキサバンはCHADS2スコア 1点で「推奨」に値すると判断した.リバーロキサバンとエドキサバンは第III相試験にCHADS2スコア1点の症例を含まないため「考慮可」との記述にとどめた.

CHADS2スコアの危険因子以外の危険因子として,心筋症,年齢(65~74歳)および心筋梗塞の既往や大動脈プラーク,末梢動脈疾患を含む血管疾患がある.これらの因子を有する症例では抗凝固療法の有用性が十分には検討されていないので各抗凝固療法を「考慮可」とした.従来のガイドラインで記していた「女性」は,65歳未満でほかに有意な器質的心疾患を伴わない場合には単独の危険因子とならないこと,65~74歳は性別に関わらず考慮可となりうることから,単独の因子として記載しないこととした.甲状腺疾患も単独ではリスクとして十分に検証されていないので削除した.発作性心房細動も持続性・永続性心房細動と同等の抗凝固療法が勧められる.僧帽弁狭窄症や人工弁(機械弁,生体弁)は塞栓症のリ

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心房細動治療(薬物)ガイドライン(2013年改訂版)

スクが高く,PT-INR 2.0~3.0でのワルファリン療法が推奨される.現時点では,弁膜症性心房細動に対する新規経口抗凝固薬の適応はない.機械弁置換術を対象としたRE-ALIGN Trialにおいて,ダビガトランはワルファリンに比べ有効性,安全性ともに劣ることが示された.生体弁に合併した心房細動への新規経口抗凝固薬の有効性は報告されていない.2.1.2

CHADS2スコアと CHA2DS2-VAScスコア非弁膜症性心房細動患者の半数がワルファリン療法の有効性が確立していないCHADS2スコア 0点や 1点に該

当する.CHADS2スコア 1点以下の群の脳梗塞発症率は2点以上に比べて低いが,絶対数が多いため脳梗塞発症絶対数は相当数に達する.CHADS2スコアはワルファリン療法を考慮する際の高リスク群の評価には適するが,低リスク群の抽出には限界がある.

CHADS2スコア 1点以下の群から高リスク群やきわめて低リスクの群を抽出することを目的に導入されたのが,CHA2DS2-VAScスコアである.65歳以上のリスクや心筋梗塞の既往などの血管疾患合併例のリスク,女性のリスク,75歳以上でリスクがさらに大きいことを勘案したものである(0~9点)(表 2).本スコアも点数が高くなると脳梗塞発症のリスクが上昇する.「女性」は 65歳未満で有意な器質的心疾患がない場合にはリスクとならない点に注意する.

CHA2DS2-VAScスコア 0点(低リスク)では塞栓イベント発症率は,ワルファリン療法中の頭蓋内出血発症率と同程度に低いため,抗凝固療法を行わないことが原則である.2点以上で抗凝固療法を選択するが,1点では抗凝固療法は考慮可にとどまると考えられる.

CHA2DS2-VAScスコアは脳梗塞リスクの評価方法として,とくに低リスク患者の評価に優れているが,評価方法が煩雑であることや,現在の臨床現場ではCHADS2ス

CHADS2スコア 心不全 1点 高血圧 1点 年齢≧75歳 1点 糖尿病 1点 脳梗塞やTIAの既往 2点

1点

非弁膜症性心房細動

ワルファリン INR 2.0~3.0

推奨

ワルファリン 70歳未満 INR 2.0~3.0 70歳以上 INR 1.6~2.6

ワルファリン 70歳未満 INR 2.0~3.0 70歳以上 INR 1.6~2.6

ワルファリン 70歳未満 INR 2.0~3.0 70歳以上 INR 1.6~2.6

推奨 ダビガトラン

考慮可 ダビガトラン

考慮可

ダビガトラン 推奨

リバーロキサバン アピキサバン アピキサバン

僧帽弁狭窄症人工弁*2

その他のリスク

 心筋症 65≦年齢≦74 血管疾患*1

≧2点

リバーロキサバン アピキサバン

エドキサバン*3 リバーロキサバン

エドキサバン*3

エドキサバン*3

図 1 心房細動における抗血栓療法同等レベルの適応がある場合,新規経口抗凝固薬がワルファリンよりも望ましい.*1:血管疾患とは心筋梗塞の既往,大動脈プラーク,および末梢動脈疾患などをさす.*2:人工弁は機械弁,生体弁をともに含む.*3:2013年 12月の時点では保険適応未承認.

表 1 CHADS2スコア危険因子 スコア

CCongestive heart failure/LV dysfunction

心不全, 左室機能不全

1

H Hypertension 高血圧 1

A Age≧ 75y 75歳以上 1

D Diabetes mellitus 糖尿病 1

S2 Stroke/TIA 脳梗塞,TIAの既往 2

合計 0~6

TIA:一過性脳虚血発作 .(Gage BF, et al. JAMA 2001; 285: 2864-2870より)

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循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2012年度合同研究班報告)

コアですら十分に広まっていないこと,新規経口抗凝固薬のサブ解析がCHADS2スコアで示されていることを考慮に入れ,CHADS2スコアを中心にCHA2DS2-VAScスコアで新たに加わった項目をその他のリスクとして追加する形で,本ガイドラインの抗血栓療法の指針を作成した(図 1).CHA2DS2-VAScスコアに心筋症は含まれていないが,わが国の複数の研究がそのリスクを示していることからその他のリスクに加えた.

2.2

抗凝固療法中の出血リスクの評価と対策

2.2.1

HAS-BLEDスコア HAS-BLEDスコア(0~9点,表3)では,出血リスクは 0点を低リスク(年間の重大な出血発症リスク 1 %),1~2点を中等度リスク(2~4 %),3点以上を高リスク(4~6 %) と評価する.リスクの高い症例では徹底的なリスク管理が求められる.2.2.2

注目される重大な出血関連因子抗凝固療法中の重大な出血関連因子として,75歳以上の高齢や 50 kg以下の低体重,腎機能障害(クレアチニンクリアランス 50 mL/min以下),抗血小板薬の併用が指摘されている.

2.2.3

頭蓋内出血関連因子これまで脳内出血発症関連因子として高血圧や喫煙,アルコール摂取過多,東アジア人,低コレステロール,肝炎・肝硬変,高齢,脳梗塞の既往,MRI上の微小出血(microbleeds)信号が,また脳内出血の血腫増大因子として高血圧や脳梗塞の既往,肝炎・肝硬変,高血糖,抗血栓薬療法が報告されている.RE-LY Trialのサブ解析では,年齢や脳卒中・一過性脳虚血発作(TIA)の既往,アスピリンの服用,ワルファリン投与,白人でないことが,頭蓋内出血関連因子として指摘された.頭蓋内出血を避けるためには,頭蓋内出血発症率の低い新規経口抗凝固薬の選択や脳内出血関連因子の血圧と血糖の十分なコントロール,禁煙,アルコール摂取過多を避けること,できるだけ抗血小板薬の併用を避けることが重要である.

2.3

ワルファリンの用量設定と管理

ワルファリン療法を行う場合は PT-INR 2.0~3.0でのコントロールが推奨される.70歳以上ではPT-INR 1.6~2.6でのコントロールが勧められる.ワルファリン療法導入期には慎重な PT-INR測定,維持期には定期的な PT-INR測定を行う.PT-INRを治療域内に保つことが重要である.一定の期間のうち PT-INRが治療域内にある期間の割合をtime in therapeutic range(TTR)と呼び,ワルファリン療

表 3 HAS-BLED スコア頭文字 臨床像 ポイント

H 高血圧 *1 1

A 腎機能障害,肝機能障害(各 1点) *2 2

S 脳卒中 1

B 出血 *3 1

L 不安定な国際標準比(INR) *4 1

E 高齢者(> 65歳) 1

D 薬剤,アルコール(各 1点) *5 2

合計 9

*1:収縮期血圧> 160mmHg.*2: 腎機能障害:慢性透析や腎移植,血清クレアチニン 200μmol/

L (2.26 mg/dL)以上 . 肝機能異常:慢性肝障害(肝硬変など) または検査値異常(ビリルビン値>正常上限×2倍,AST/ALT/ALP>正常上限×3倍).

*3:出血歴,出血傾向(出血素因,貧血など).*4 :INR不安定,高値または TTR(time in therapeutic range)< 60 % .

*5 :抗血小板薬や NSAIDs併用,アルコール依存症 .(Pisters R, et al. Chest 2010; 138: 1093-1100より)

表 2 CHA2DS2-VAScスコア危険因子 スコア

CCongestive heart failure/LV dysfunction

心不全,左室機能不全

1

H Hypertension 高血圧 1

A2 Age ≧ 75y 75歳以上 2

D Diabetes mellitus 糖尿病 1

S2 Stroke/TIA/TE脳梗塞,TIA,血栓塞栓症の既往

2

V

Vascular disease (prior myocardial infarction, peripheral artery disease, or aortic plaque)

血管疾患(心筋梗塞の既往,末梢動脈疾患,大動脈プラーク)

1

A Age 65-74y 65歳以上 74歳以下 1

ScSex category (i.e. female gender)

性別(女性) 1

合計 0~9*

*:年齢によって 0,1,2点が配分されるので合計は最高で 9点にとどまる .

TIA:一過性脳虚血発作 .(Camm AJ, et al. Eur Heart J 2010; 31: 2369-2429より)

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心房細動治療(薬物)ガイドライン(2013年改訂版)

法から益を得るためには,これを 60 %以上に保つ.

2.4

抗血小板療法の位置づけ

抗血小板療法は,発作性心房細動でも持続性心房細動でも大梗塞の予防効果はなく,ラクナ梗塞やアテローム血栓性脳梗塞に伴う小梗塞の予防効果だけが推定されているので,第一選択としては勧められない.抗凝固療法が行えない場合に限りその使用を考慮する.

2.5

除細動時の抗血栓療法

クラス I

・発症後 48時間以上持続するか持続時間不明の心房細動に対する,除細動前 3 週間と除細動後 4 週間のワルファリンによる抗凝固療法(PT-INR 2.0~3.0,70歳以上では 1.6~2.6. レベル B :除細動は電気的あるいは薬理学的いずれの方法でも同様.・発症後 48時間以上続く心房細動で,血行動態的に不安定なため,ただちに除細動が必要な場合のヘパリン静注(ボーラス投与後は持続静注により活性化部分トロンボプラスチン時間〈APTT〉をコントロール時の 1.5~2倍とする). レベル C :その後は待機的除細動と同様,ワルファリン療法(PT-INR 2.0~3.0,70歳以上では 1.6~2.6)を少なくとも 4 週間行う.・発症後 48時間未満の心房細動で,血行動態的に不安定な場合(狭心症発作,急性心筋梗塞,ショック,肺水腫など)の抗凝固療法なしでの迅速な除細動.レベル C

クラス IIa  ・発症後 48時間未満の心房細動で,患者の血栓塞栓症リスクに応じた除細動前後の抗凝固療法. レベル C  ・除細動前の経食道心エコーによる左心耳・左房内血栓の有無の確認. レベル B  ・血栓が検出されなかった場合:ヘパリン静注(ボーラス投与後,持続静注により APTTをコントロール時の 1.5~2 倍)下での迅速な除細動.レベル B /その後,待機的除細動と同様,最低 4 週間のワルファリン療法(PT-INR 2.0~3.0,70歳以上では 1.6~2.6)を行う. レベル C  

・血栓が検出された場合:最低 3週間のワルファリン療法(PT-INR 2.0~3.0,70歳以上では 1.6~2.6)後の除細動と,洞調律復帰後の最低 4 週間のワルファリン療法. レベル C /一見,洞調律が

保たれていると思われる患者でも,血栓リスクに応じてより長期のワルファリン療法を行うことは妥当である.

・発症後 48時間以上持続するか持続時間不明の心房細動に対する,除細動前 3週間と除細動後 4週間のダビガトランによる抗凝固療法. レベル C :除細動は電気的あるいは薬理学的いずれの方法でも同様.・心房粗動の洞調律化時における心房細動に準じた抗凝固療法. レベル C  

クラス IIb   なし.クラス III   なし.

ケースコントロール研究によれば,除細動に伴う血栓塞栓症のリスクは 1~5 %とされ,このリスクは除細動前 3週間および除細動後 4週間ワルファリン療法(PT-INR 2.0~3.0)を行うことにより軽減する.臨床的には,48時間以上続くか持続時間不明の心房細動に対してこの方法が適用されている.48時間未満の心房細動でも左房内血栓や塞栓症が生じうるが,抗血栓療法の必要性については明らかではない.除細動前のワルファリン療法は維持量に到達してから 3週間であり,実際には除細動を行うまでにより長期間を要する.新規経口抗凝固薬では,服薬した日からその効果が発現するため除細動前の服薬期間は 3週間でよいと考えられる.48時間以上続く心房細動で,経食道心エコー法を用いた除細動戦略(経食道心エコーで血栓のなかった症例ではヘパリン投与後除細動を行い,除細動後 4週間のワルファリン療法を行う.血栓が検出された症例ではワルファリン療法を 3週間行い,経食道心エコー再評価のうえ,血栓がなければ除細動し,その後 4週間のワルファリン療法を行う)も,選択肢となりうる.

2.6

抜歯や手術時の対応

クラス I  なし.クラス IIa  ・至適治療域にPT-INRをコントロールしたワルファリン内服継続下での抜歯. レベル A /白内障手術.レベル C

・抗血小板薬の内服継続下での抜歯. レベル A /白内障手術. レベル C  

クラス IIa′

・新規経口抗凝固薬の継続下での抜歯や白内障手術.レベル C  

・消化管内視鏡による観察時の抗凝固療法や抗血小板療法の継続. レベル C  

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循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2012年度合同研究班報告)

・抗血栓薬単独投与例で出血低危険度の消化管内視鏡手技を行う場合,抗凝固薬も抗血小板薬も継続して行う.ただし,ワルファリン療法の場合は治療域内であることを確認して行う. レベル C  

・抗血栓薬単独投与例で出血高危険度の消化管内視鏡手技を行う場合,アスピリンは継続か 3~5日休薬,チエノピリジンはアスピリンかシロスタゾールへ置換し,それらの対応に準拠するか 5~7日間休薬する.アスピリンやチエノピリジン以外の抗血小板薬は 1日休薬する.ワルファリンや新規経口抗凝固薬はヘパリンに置換する. レベル C  

・抗血栓薬併用投与例で消化管内視鏡手技を行う場合,アスピリンは休薬しないかシロスタゾールへ置換,チエノピリジンはアスピリンやシロスタゾールへの置換か 5~7日間の休薬,チエノピリジン以外の抗血小板薬は 1日休薬かシロスタゾール置換を考慮する.レベル C /ワルファリンや新規経口抗凝固薬はヘパリンへの置換を行う. レベル C  ・術後出血への対応が容易な体表の小手術(ペースメーカ植込みを含む)時の抗凝固薬や抗血小板薬の内服継続. レベル C  ・出血が起こった場合に対処が困難な体表の小手術での大手術に準じた対処. レベル C  ・大手術の場合,術前 3~5日までのワルファリン中止,24時間~4日までのダビガトラン中止,24時間以上のリバーロキサバン中止,24~48時間のアピキサバン中止とヘパリンによる術前の抗凝固療法への変更.レベル C  

・大手術前 7~14日からのアスピリン,チクロピジンおよびクロピドグレルの中止,3 日前からのシロスタゾール中止. レベル C /その間の血栓症や塞栓症のリスクが高い症例では,脱水の回避,輸液,ヘパリンの投与などを考慮する. レベル C

・緊急手術時の出血性合併症時に準じた対処. レベル C クラス III  ・経口抗血栓療法の中断. レベル B /抗血栓療法の中断が避けられない場合は,ヘパリン,脱水の回避,輸液などの代替療法を考慮する. レベル C

抜歯や白内障の手術で安易に抗血栓療法を中止しないことや,改訂された日本消化器内視鏡学会のガイドラインには,抗血栓薬単剤投与下の生検時に抗血栓薬を中止しないと記されていることに注意を払う.抗血栓薬を休薬せざるをえない場合は,ヘパリンによる代替療法やインフォームドコンセントの取得を考慮する.ヘパリン代替療法で

は,ヘパリン(1.0~2.5万U/day程度)を静注もしくは皮下注し,リスクの高い症例では活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)が正常対照値の 1.5~2.5倍になるよう投与量を調整する.術前 4~6時間からヘパリンを中止するか,手術直前にプロタミンでヘパリンの効果を中和する.いずれの場合も手術直前にAPTTを確認する.術後は可及的すみやかにヘパリンを再開し,病態が安定したらワルファリン療法を再開して PT-INRが治療域に入ったらヘパリンを中止する.

2.7

出血時の対応

クラス I

・一般の救急処置. レベル C  ・ワルファリン療法中の出血性合併症の重症度に応じたワルファリン減量~中止(重症度が中等度か重度)と必要に応じたビタミン K投与. レベル C  

・ヘパリン投与中の出血性合併症の重症度に応じたヘパリン減量や中止,およびプロタミンによる中和.レベル C

クラス IIa  ・早急にワルファリンの効果を是正する必要がある場合の新鮮凍結血漿や乾燥ヒト血液凝固第Ⅸ因子複合体製剤の投与. レベル C /是正効果は乾燥ヒト血液凝固第Ⅸ因子複合体製剤のほうがはるかに優れている(保険適応外).・ワルファリンの効果を是正する場合,乾燥ヒト血液凝固第Ⅸ因子複合体製剤(保険適応外)によって是正された PT-INRの再上昇を避けるための,乾燥ヒト血液凝固第Ⅸ因子複合体製剤とビタミンK併用投与.レベル C

・新規経口抗凝固薬療法中の出血性合併症の重症度に応じた新規経口抗凝固薬の中止と,適切な点滴で利尿による体外排出の促進. レベル C  

クラス IIb  ・早急にワルファリンの効果を是正する必要がある場合の,遺伝子組み換え第Ⅶ因子製剤(保険適応外)の投与.レベル C

・早急に新規経口抗凝固薬の効果を是正する必要がある場合の,乾燥ヒト血液凝固第Ⅸ因子複合体製剤(保険適応外),遺伝子組み換え第Ⅶ因子製剤(保険適応外),新鮮凍結血漿の投与. レベル C  ・ダビガトラン投与中の透析. レベル C  ・新規経口抗凝固薬内服後早期の出血時の胃洗浄や活性炭投与. レベル C  クラス III   なし.

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心房細動治療(薬物)ガイドライン(2013年改訂版)

軽度の出血の場合は安易に休薬することなく,適切な抗血栓療法の継続を考慮する.新規経口抗凝固療法中の出血時の対処方法は確立していないが,効果が期待される方策を示した.

2.8

妊娠と出産

クラス I  なし.クラス IIa  なし.クラス IIa′

・妊娠初期 13週までのワルファリン禁止とヘパリン皮下注による代替. レベル C  ・妊娠 14~33週までのワルファリン療法. レベル C  ・妊娠 34~36週以降の胎児頭蓋内出血予防のため,入院でのワルファリン漸減とヘパリン点滴静注.レベル C  

・妊娠 34~36週以降の凝固能亢進による母体血栓症防止目的で,ヘパリン中止下での胎児の早期娩出とヘパリン点滴静注の早期再開. レベル C  クラス III  ・抗凝固療法中の妊娠や出産. レベル C  

抗血栓療法中の妊娠,出産にあたって最も重要なことは,たとえ現時点において適切な抗血栓療法管理下で心臓を含めた全身状態が良好であっても,母体の血栓塞栓症のリスクやワルファリン内服による胎児の催奇形性,頭蓋内出血などのリスク,適切な抗血栓薬の管理方法が確立していないことを,可能であれば妊娠,出産に先立って時間をかけて説明することである.新規経口抗凝固薬(ダビガトランやリバーロキサバンなど)の妊婦,授乳婦に対する臨床試験成績はなく,安全性は確立していない.動物実験で授乳中へ移行することが認められている.

2.9

新しい経口抗凝固薬

経口直接トロンビン阻害薬であるダビガトラン,FXa阻害薬であるリバーロキサバン,アピキサバンが承認され,使用可能となった.エドキサバンについては,ワルファリンを対照とした国際共同二重盲検比較試験(ENGAGE AF-TIMI48)の結果が報告された.エドキサバンは日本では股関節・膝関節手術後の深部静脈血栓症,肺血栓塞栓症予防に対し保険適応となりすでに発売されている.ワルファリンと比較した新規経口抗凝固薬のメリットは,効果判定のための定期的な採血が不要であることや患者により投与量の調整が不要であること,頭蓋内出血発症率がか

なり低いこと,食事の影響がほとんどないこと,他剤相互作用が少ないこと,効果がすみやかに現れ半減期も短いため,術前へパリンへの置換が不要ないしは短期間ですむことである.一方,デメリットとして,高度腎機能低下例では投与できないことや半減期が短いため服用忘れによる効果低下も速いこと,重大な出血の際の対策が十分確立していないこと,患者の費用負担増加の可能性があることなどがある.これらの新しい経口抗凝固薬については新知見が短期間のあいだに数多く報告される可能性があるので,それらの情報に注意を払う.

3.

心拍数調節の適応と方法

クラス I

・副伝導路のない持続性あるいは永続性心房細動へのβ遮断薬(メトプロロール,ビソプロロール,プロプラノロールなど),非ジヒドロピリジン系 Ca拮抗薬(ベラパミル,ジルチアゼム)の投与. レベル B

・副伝導路のない心不全例の心房細動へのジゴキシン,アミオダロン(経口あるいは静脈内投与*),ランジオロール,カルベジロール,ビソプロロールの投与.レベル B

・心不全患者または長期臥床患者へのジゴキシン(経口)の投与. レベル C

クラス IIa  ・安静時,運動時両方の心拍数調節のためのジゴキシンとβ遮断薬または非ジヒドロピリジン系 Ca拮抗薬の併用. レベル B

・薬物療法では十分に心拍数が調節できないか,副作用のために投与できない例への房室結節または副伝導路のアブレーション. レベル B

・他の方法が不成功か禁忌である例へのアミオダロンの静脈内投与. レベル B

・副伝導路を持つが,電気的除細動を行わなくてもよい例への Ia群薬(プロカインアミド,シベンゾリン,ジソピラミド),Ic群薬(ピルシカイニド,フレカイニド)の静脈内投与. レベル C

・緩やかな目標心拍数(安静時心拍数 110拍 /min未満)で開始し,自覚症状や心機能の改善がみられない場合はより厳密な目標(安静時心拍数 80拍 /min未満,中等度運動時心拍数 110拍 /min未満)とする. レベル A

3.

心拍数調節の適応と方法

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循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2012年度合同研究班報告)

クラス IIb  ・β遮断薬や非ジヒドロピリジン系 Ca拮抗薬,ジゴキシンの単独あるいは併用投与でも,安静時と運動時の両方で心拍数が適切に調節できない例へのアミオダロン経口投与. レベル C  

・薬剤では心拍数調節ができないか,頻脈誘発性心筋症が疑われる例への房室結節アブレーション. レベル C

クラス III  ・発作性心房細動へのジギタリスの投与. レベル B

・薬物療法を試みずに,心拍数調節目的で行う房室結節アブレーション. レベル C

・非代償性心不全例への,血行動態を悪化させる可能性がある非ジヒドロピリジン系 Ca拮抗薬の静脈内投与.レベル C

・副伝導路を持つ例へのジギタリス,非ジヒドロピリジン系 Ca拮抗薬の静脈内投与. レベル C

*:アミオダロン注は保険適応外.

心房細動中に 130拍 /min以上の心拍数が持続すると,器質的な心疾患がなくてもうっ血性心不全を惹起する.これを予防するために心房細動中の心拍数を 130拍 /min以上にしないことが重要である.RACE II Trialでは,安静時心拍数が 110拍 /min未満を目指す穏やかなコントロールでも,自覚症状や有害事象の発現率,心不全の重症度は,厳密なコントロール群(安静時心拍数 80拍 /min未満,中等度運動時心拍数 110拍 /min未満)と同程度であった.ただし,安静時心拍数が 100~109拍 /minでよいということではなく,自覚症状が軽快するところまで心拍数を低下させる必要がある.

2010年の欧州心臓病学会(ESC)のガイドラインでは,心拍数調節の目標は上述のRACE II Trialの緩やかな調節法を クラス IIa として採用しているが,2011年の米国心臓病学会 /米国心臓協会 /欧州心臓病学会(ACC/AHA/ESC)のガイドラインでは推奨度の記載なしで,安静時 60~80拍 /min,中等度運動時 90~115拍 /minを目標としている.本改訂では,ESCガイドラインにならい緩やかな調節法を クラス IIa として採用した.心房細動中の心拍数を調節するためには房室結節伝導を抑制する薬剤,すなわちβ遮断薬,非ジヒドロピリジン系 Ca拮抗薬(ベラパミル,ジルチアゼム),ジギタリス,アミオダロンを選択する.短時間のうちに心拍数を減少したいときには静脈内投与を選択する.β遮断薬で静脈内投与(手術時以外)ができるのはプロプラノロールとランジオロールである.左室機能が低下した例(駆出率 25~50 %)の頻脈性心房細動の心拍数調節に,ランジオロー

ルの点滴静注(1~10μg/kg/min)も選択肢となりうるが,手術後などで使用される場合に比べ投与量を減量する(J-Land Study).Ca拮抗薬ではベラパミルとジルチアゼム,ジギタリスではジゴキシン,その他にアミオダロンが静脈内投与できる.経口投与の薬剤として,β遮断薬ではメトプロロール,ビソプロロール,アテノロール,カルテオロール,プロプラノロール,カルベジロールなどが使用できる(保険適応のない薬剤もあるので使用時には注意).Ca拮抗薬としてベラパミルとジルチアゼム,ジギタリスとしてジゴキシン,その他にアミオダロンが選択できる.薬剤の選択は副伝導路の有無,心不全の有無に基づいて行う(図2).副伝導路を持つ心房細動患者で,血行動態が保たれていて電気的除細動を行わなくてもよいときには,Ia群薬(プロカインアミド,シベンゾリン,ジソピラミド),Ic群薬(ピルシカイニド,フレカイニド)の静脈内投与を行う.副伝導路がなく心機能が低下しているときには,ジギタリス,カルベジロール,ビソプロロールあるいはアミオダロン(経口投与)が使用される.アミオダロンやベプリジル,ソタロールは,心房細動が持続していても房室結節の伝導を抑制して心拍数を低下させる.ジギタリスは安静時の心拍数を減少させるが,運動時の心拍数減少効果は認められないので,運動時の心拍数調節にはジギタリスにβ遮断薬あるいはCa拮抗薬を併用するか,β遮断薬あるいはCa拮抗薬を単独で投与するか両者を併用する.ジゴキシンによる心拍数調節では死亡率が高くなる可能性が示唆されている.複数の薬剤を使用しても心拍数調節がうまくいかないか,抗不整脈薬あるいは肺静脈隔離術によっても洞調律維持がうまくいかない例では,房室結節のカテーテルアブレーションとペースメーカ併用による心拍数調節を考慮してもよい.心房粗動についても同様であるが,I群薬を投与すると心房興奮頻度が減少して 1:1房室伝導を可能にし,心室興奮頻度が上昇することがあるので注意する.

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心房細動治療(薬物)ガイドライン(2013年改訂版)

4.

洞調律化・再発予防の適応と方法

4.1

洞調律化・再発予防

4.1.1

洞調律化(除細動)心房細動の除細動にあたっては,心房内血栓のないことが確認されているか,十分な抗凝固療法が行われていることが重要である.とくに 48時間以上持続している心房細動や持続時間の不明な心房細動では,緊急性が高い場合を除き,血栓塞栓症の可能性を最小限に抑える配慮が求められる.a. 電気的除細動

クラス I

・遷延する心筋虚血や狭心症,症候性低血圧,増悪する心不全など,致死的危険が迫っている心房細動,あるいは速い心室拍数が薬物療法に迅速に反応せず,血行動態の破綻を伴う心房細動への R波同期下直流除細動. レベル C  ・早期興奮(preexcitation)を伴う心房細動で,非常に速い頻拍が生じたか,血行動態が不安定になった場合の即時の直流除細動. レベル C  ・器質的心疾患例に出現した心房細動で,容認できない

症状を伴い,血栓の存在が否定されている場合.レベル C

クラス IIa  ・抗不整脈薬に抵抗性の心房細動を,48時間以上持続させないで停止させる場合. レベル C  ・48時間以上持続するか発生時期が不明な有症候性心房細動で,経食道心エコーで血栓の存在が否定されているか,3週間以上の有効かつ十分な抗凝固療法施行後に行う場合. レベル C  ・直流除細動後早期に心房細動が再発し,容認できない症状を伴う場合に抗不整脈薬投与下での直流除細動の反復. レベル C  ・甲状腺機能亢進症が正常化したあとも心房細動が持続する場合や,心臓手術後で術前にはなかった心房細動が持続している場合に,抗不整脈薬による除細動が無効であるかそれを使用できない例への直流除細動.レベル C

クラス IIb  ・持続が 1 年未満で,左房拡大が著明でない無症候性心房細動への待機的直流除細動. レベル C  ・抗不整脈薬の予防投与と多数回の直流除細動を行っても,比較的短時間の洞調律後に再発を繰り返す心房細動への直流除細動の反復. レベル C  クラス III  ・ジギタリス中毒または低 K血症の患者での直流除細動. レベル C

・高度房室ブロックや洞不全症候群の存在が判明してい

4.

洞調律化・再発予防の適応と方法

副伝導路

あり

心不全あり

心不全なし

ピルシカイニドフレカイニドジソピラミドシベンゾリンプロカインアミド

ジゴキシン経口・静注アミオダロン経口・静注*

(*:静注は保険適応なし)ランジオロール静注カルベジロール(心拍数調節の適応なし)ビソプロロール なし

β遮断薬Ca拮抗薬:ベラパミル,

ジルチアゼム

図 2 心房細動の心拍数調節(薬物治療)

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循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2012年度合同研究班報告)

る例で,ペーシングによるバックアップがない状況下での直流除細動. レベル C  ・持続が 48時間以上の心房細動で,抗凝固療法が未施行で,経食道心エコーなどで血栓の存在が否定されていない例での待機的直流除細動. レベル C  

急速に血行動態が破綻し緊急性が高い場合には,麻酔下,QRS波同期下に 100J以上のエネルギーで直流除細動を試みるのが迅速で有効性も高い(図3).緊急性以外の除細動場面で電気ショックが選択されるのは,患者が希望した場合や抗不整脈薬による除細動が困難な場合,抗不整脈薬による除細動が電気的除細動よりも危険性が高いと判断された場合などである.とくに肥大心,不全心,虚血心など,器質的心疾患に合併した心房細動では抗不整脈薬の効果が弱いだけでなく,催不整脈作用が露呈しやすくなる.そこで器質的心疾患に合併した心房細動の除細動には,より安全,確実で効果も即時的に得られる電気的除細動を推奨した(図3).b. 薬理学的除細動

クラス I

・臨床上有意な器質的心疾患のない発作性心房細動で,持続が 48時間未満の例への Na チャネル遮断薬*1投与. レベル A  

クラス IIa  ・持続が 48時間から 7 日以内で,抗凝固療法を施行中か,血栓の存在が否定された心房細動への強力な Naチャネル遮断薬*1の投与. レベル C

・心機能,QT 間隔が正常な例で,7 日を超えて持続する心房細動へのベプリジルの投与. レベル B  ・洞不全や房室伝導障害,脚ブロック,Brugada症候群,器質的心疾患,心房粗動の既往のいずれもない例で,院外発症の症候性発作性心房細動に対するピルシカイニド,フレカイニド,プロパフェノン,シベンゾリンの頓服投与(ただし,一度は医師の監視下で同剤による頓服治療の有効性と安全性を確認すること). レベル B

クラス IIb  ・7日を超えて持続する心房細動で,ベプリジルによる除細動不能例へのアプリンジン併用. レベル C  ・心機能低下を伴う持続性心房細動へのベプリジル投 与. レベル C  ・器質的心疾患に伴う持続性心房細動へのアミオダロン投与. レベル B

クラス III  ・心機能低下例への強力な Naチャネル遮断薬*1の投与.

レベル C  ・高度房室ブロックや洞不全症候群の存在が判明している例で,ペーシングによるバックアップがない状況下での薬理学的除細動. レベル C  

・Brugada症候群合併例への Naチャネル遮断薬*1の投与. レベル C  ・QT延長を伴う持続性心房細動例へのベプリジルの投与. レベル C  ・持続が 48時間以上の心房細動で,抗凝固療法が未施行で,経食道心エコーなどで血栓の存在が否定されていない例の薬理学的除細動. レベル C  

*1:ピルシカイニド,シベンゾリン,プロパフェノン,ジソピラミド,フレカイニド.

薬理学的除細動では安全性が優先される.したがって薬理学的除細動が試みられるのは,基本的に心臓に器質的異常の存在しない心房細動*2であり,その持続時間が薬剤の効果と密接に関係する.器質的異常のある例では,より専門的かつ慎重な判断が要求される.

*2:器質的心疾患のない心房細動このような心房細動を孤立性心房細動と呼ぶ(V.1 .1 .14

「孤立性心房細動」〈9㌻〉 参照).しかし,「孤立性」の定義は時代とともに,また研究者によって異なる.欧米のガイドライン(AHA,ESC)でも,左室肥大がない高血圧例は,塞栓症の予防は別として不整脈に関しては孤立性と同等に扱っている.そこで,本ガイドラインでは「孤立性」という分類は使用せず,「臨床上有意な器質的心疾患を認めない」と表現することとした.器質的心疾患とは,肥大心,不全心,虚血心をさす.

i. 発作性心房細動発作性心房細動は原則として自然停止をするものをさすが,症状が強い場合や除細動時の塞栓症の危険を回避するために,持続が 48時間未満で除細動を試みることがある.臨床的に有意な器質的心疾患のない心房細動例では,持続が短いほどNaチャネル遮断薬の効果が高く,7日以内であればこの目的で使用されることがある.即効性が求められるため,経静脈的に投与されることが多いが,患者に薬剤を持たせて発作時に自分で内服させる pill-in-the-pocketと呼ばれる投与法もある(V.4.2「抗不整脈薬単回経口投与法」〈21㌻〉参照).

Naチャネル遮断薬は slow kinetic(緩徐解離型)の薬剤ほど作用が強力で心房細動停止効果も高く,器質的心疾

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心房細動治療(薬物)ガイドライン(2013年改訂版)

患のない心房細動で治療の第一選択となることは,欧米のガイドラインと一致する(図3).わが国では強力なNaチャネル遮断薬が多数使用されているが,ピルシカイニドやシベンゾリン,プロパフェノン,ジソピラミド,フレカイニドが,有意な器質的心疾患のない発作性心房細動の停止には第一選択薬となる(図 3).これらの薬剤が心房細動を心房粗動に移行させ,1:1房室伝導による著しい頻脈を誘発する危険や洞結節機能不全を増悪させる可能性,Brugada症候群の ST上昇を助長して致死性不整脈を誘発する危険があるので注意する.ii. 持続性心房細動心拍数調節を第一選択とするが,心拍数調節が困難な場合や心拍数調節を行っても症状が続く場合,永続性心房細動に移行する前にアブレーション治療を行いたい場合などには,除細動+洞調律維持という選択肢も考慮される.持続性心房細動では,電気的除細動に比べて薬理学的除細動は成功率も即効性も劣り,また催不整脈作用のリスクも伴うため,その必要性を十分に吟味したうえで適応を判断する.心房細動が 7日以上持続しリモデリングが進行した心房筋では,急性期に奏効した薬剤が慢性期にも効くとは限らない.しかしアミオダロンやベプリジルには持続性心房細動を停止させる作用があり,とくに後者にはその目的で

の保険適応が認められている.わが国の臨床試験の結果から,器質的心疾患のない持続性心房細動に対する薬理学的除細動にはベプリジルを推奨した(図 3).しかしベプリジルにはQT延長から torsade de pointesを招く致死性催不整脈作用があることから,使用に際してはQT時間に十分に注意を払う.4.1.2

心房細動の再発予防

クラス I

・強い自覚症状を伴う発作性心房細動への抗不整脈薬の投与. レベル A  ・臨床上有意な器質的心疾患を認めない例の,再発する有症候性心房細動への Na チャネル遮断薬*の使用.レベル A  

・心機能低下あるいは肥大型心筋症に伴う心房細動へのアミオダロン投与. レベル B  

クラス IIa  ・持続性心房細動の停止に有効であった薬剤による再発防止. レベル C  ・心機能低下を伴わない器質的心疾患例(肥大型心筋症を除く)へのアミオダロンやソタロールの投与.レベル B

心房細動除細動

不安定 電気ショック

>7日

強力Nablockerピルシカイニドシベンゾリンプロパフェノンジソピラミドフレカイニド

ベプリジル

≦7日*3

*2

*1*1

抗血栓対策

安定

器質的心疾患肥大心不全心虚血心

あり

なし

血行動態

持続日数

図 3 心房細動の除細動点線は考慮を要する部分.Na blocker :Naチャネル遮断薬.*1: 以下の場合に海外ではアミオダロン投与も選択肢に含まれるが,わが国の保険適応に抵触する可能性がある.

①器質的心疾患例で薬理学的除細動を試みる場合. ②電気的除細動成功率を上げ,また除細動後の再発予防を目指す場合.

*2: 単剤で無効時にはベプリジルとアプリンジンや他の Ic群薬の併用が奏効することがある.またアプリンジン単独でも有効なこと がある.

*3: 有効性と血栓塞栓症合併を減らす観点からは 48時間以上にならないことが望ましい.

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循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2012年度合同研究班報告)

クラス IIb  ・無~軽症候性の再発性心房細動への Naチャネル遮断薬*投与. レベル C  ・心房細動に心房粗動を合併する例への強力 Naチャネル遮断薬*投与. レベル C  ・初発,アルコール性,または開胸手術後の心房細動への再発予防としての抗不整脈薬投与(β遮断薬を除く). レベル C  ・臨床上有意な器質的心疾患を認めない例で,Naチャネル遮断薬*に抵抗性の発作性心房細動へのアミオダロンの経口投与. レベル B  クラス III  ・徐脈頻脈症候群(ペースメーカ未植込み例)への抗不整脈薬投与. レベル C  ・臨床上有意な器質的心疾患を有する例への強力 Na チャネル遮断薬*投与. レベル C  ・抗不整脈薬投与下で再発を繰り返し,症状や持続時間などの改善がみられない例への抗不整脈薬の継続投与. レベル C  ・Brugada症候群例に合併する心房細動への Naチャネル遮断薬*投与. レベル C  ・QT延長症候群に合併する心房細動例への Kチャネル遮断作用を有する抗不整脈薬投与. レベル C  

*:ピルシカイニド,シベンゾリン,プロパフェノン,ジソピラミド,フレカイニド.

薬物治療が始められるのは発作が頻回に繰り返される場合である.有症候性の再発性心房細動で薬剤抵抗性の場合にはカテーテルアブレーションも考慮される.a. 臨床上有意な器質的心疾患を認めない心房細動図 4に示した薬剤から選択するが,発作の好発時間帯,持続時間などにより,再発予防効果に差がみられることがある.再発予防はしばしば長期的な維持療法となるため,患者の年齢や腎機能,肝機能などを考慮して薬剤を選択し投与量を加減する(表 4).安易に長期投与を続けることには慎重であるべきである.ベプリジルの長期的な再発予防効果については,限定的と考えられる.アミオダロンの効果は広く欧米で認められており,さまざまな基礎疾患を有する例だけでなく,治療抵抗性であれば器質的心疾患のない心房細動にも使用されている.わが国ではソタロールは保険承認されておらず,アミオダロンの心房細動に対する保険適応も肥大型心筋症や心不全に伴う場合に限られている.b. 基礎疾患を有する心房細動肥大心,不全心,虚血心では,心房細動の出現に伴う症状や血行動態への影響が大きく,その再発予防はより重要である.その一方で,抗不整脈薬,とくにNaチャネル遮

心房細動 再発予防

強力Na blocker ピルシカイニド シベンゾリン プロパフェノン ジソピラミド フレカイニド

アミオダロンソタロール

アブレーション

アップストリーム改善

あり

なし

器質的心疾患 肥大心 不全心 虚血心

*2

*2

*1

図 4 心房細動の再発予防点線は考慮を要する部分.Na blocker:Naチャネル遮断薬.*1:Naチャネル遮断薬以外に,持続性心房細動の除細動がベプリジルで成功した場合には同剤を再発予防に使用することもある.ア

ミオダロンやソタロールも除細動後の持続性心房細動の再発予防に有効なことがある.*2:アミオダロンは肥大型心筋症か心不全に伴う心房細動以外の例には保険適応が認められていない.ソタロールは虚血性心疾患に伴

う心房細動の再発予防に効果を示すが,保険適応は認められていない.またベプリジルやアプリンジンが心機能低下例において有効とする報告もある.

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心房細動治療(薬物)ガイドライン(2013年改訂版)

断薬による再発予防効果は低く,むしろ心室に対する催不整脈作用や陰性変力作用を示しやすくなる点が問題となる.基礎疾患のある例では,まずその原因を改善する治療

(アップストリーム治療)が施されるべきである.虚血心では虚血の改善が最優先されるが,肥大心や不全心ではACE阻害薬やARB,β遮断薬などの使用がまず検討されなければならない.器質的心疾患,とくに肥大心,不全心,虚血心に伴う心房細動に対して使用可能な薬剤は限られており,心不全例や肥大型心筋症例におけるアミオダロン(経口)と持続性心房細動に対するベプリジル以外には,心房細動に対する保険適応が認められていない.このなかでエビデンスが蓄積されている薬剤はアミオダロンであり,これを推奨薬とした(図 4).しかしアミオダロンには重篤な肺合併症を始め,肝臓,甲状腺,眼,皮膚など,さまざまな心外性副作用が知られており,長期にわたって全身の管理を怠らない配慮が求められる.またアミオダロンは他剤との相互作用を及ぼしやすく,とくに心房細動の管理中では,ジギタリスやワルファリン,新規経口抗凝固薬などの効果を増強するため注意が必要である.ソタロールとベプリジルについてはエビデンスがアミオダロンに比べて少ないが,Kチャネル遮断作用を有していることからある程度の効果は期待できる.いずれも徐拍化作用があるためQT延長をさらに増強する可能性があり,使用の際には torsade de pointesの発生に十分注意を払う.

4.2

抗不整脈薬単回経口投与法(pill-in-the-pocket)

不整脈発作時に服用し,その効果と安全性が確認されている薬剤を症例ごとに検証し,患者自身に携帯させ,必要時に患者自身の判断で頓服することができれば,発症早期の薬剤使用を可能とし,効果を高めるだけでなく,夜間や

外出先での不整脈発作に際しても救急外来受診なしで自己管理とすることも可能となる.このような服薬方法を“pill-in-the-pocket”と呼ぶ.使用する薬剤としては,経口投与時に消化管からの吸収が良好で最高血中濃度到達時間が短く,頓用でも十分に有効血中濃度が得られるものが望まれる.ピルシカイニド,フレカイニド,プロパフェノン,シベンゾリンがこの目的で使用される.本治療を行うには,まず心電図監視下に投与し,効果があり,かつ顕著な洞停止や伝導障害をみないこと,過度のQT延長をみないこと,Brugada型心電図所見をみないことなど,あらかじめ効果と安全性を確認しておくことが必要である.本法を利用できる条件として,使用する薬剤の薬理学的特徴や,予想どおりの効果がなくても不用意に追加服用しないことなどを理解できることが求められる.

5.

アップストリーム治療

高血圧,心不全,炎症などによる心房筋のリモデリングを予防する,あるいは遅延させるアップストリーム治療により,心房細動の新規発生を予防(一次予防)あるいは再発や慢性化を予防(二次予防)しうる可能性がある.一次予防

クラス I  なし.クラス IIa  ・心不全や心機能低下例への,心房細動の新規発症予防を目的とした ACE阻害薬,ARBの投与. レベル A  ・左室肥大を伴う高血圧例への,心房細動の新規発症予防を目的とした ACE阻害薬,ARBの投与. レベル B

・心臓外科手術後に,心房細動の新規発症予防を目的としたスタチンの投与. レベル B  

クラス IIb  ・心不全などの器質的心疾患合併例への,心房細動の新規発症予防を目的としたスタチンの投与. レベル B  クラス III  ・心疾患を合併していない例への,心房細動の新規発症予防を目的とした ACE阻害薬,ARB,スタチンの投与.レベル C  

二次予防

クラス IIb  ・再発予防のための ACE阻害薬,ARBの投与. レベル B

5.

アップストリーム治療

表 4  臨床上有意な器質的心疾患を認めない例に対する治療薬とその投与法

経口1日量 投与法 静注投与法

ピルシカイニド 150mg 分 3 1mg/kg/10min

シベンゾリン 300mg 分 3 1.4mg/kg/2~5min

プロパフェノン 450mg 分 3 ̶

ジソピラミド 300mg 分 2(R*),3 1~2mg/kg/5min

フレカイニド 200mg 分 2 1~2mg/kg/10min

*:リスモダンⓇR(徐放錠)の場合.

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循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2012年度合同研究班報告)

5.1

ACE阻害薬と ARB

ACE阻害薬とARBは,アンジオテンシン IIによる心房の線維化,肥大,ギャップ結合の脱結合,Caハンドリングの障害,イオンチャネルの変化,酸化ストレス,炎症促進などの催不整脈作用を抑制する.5.1.1

一次予防心不全を対象としたVal-HeFTやCHARMなどの試験では,ACE阻害薬とARBが心房細動の新規発症リスクを減少させ,メタ解析では発症リスクを 30~48 %減少させた.高血圧に左室肥大を合併した患者を対象とした LIFE Studyでは,ロサルタンがアテノロールに比べ心房細動の新規発症を 33 %減少させた.メタ解析では,ACE阻害薬,ARBは新規発症を 25 %減少させた.降圧薬を服用中の高血圧患者を対象とした他の試験でも,Ca拮抗薬や利尿薬に比べてACE阻害薬やARBが心房細動新規発症リスクを有意に低下させた.5.1.2

二次予防電気的除細動後の心房細動再発が,アミオダロン単独よりも,ACE阻害薬やARBを併用したほうが有意に抑制された. しかし,GISSI-AF Trialでは,心血管疾患,糖尿病,左房拡大を基礎疾患とする心房細動患者において,既存治療にバルサルタンを追加しても,1年間の心房細動の再発予防効果は認められなかった.高血圧を合併する発作性心房細動患者を対象にした

J-RHYTHM II Studyでは,血圧はアムロジピン群のほうがカンデサルタン群より有意に低かった.心房細動発作の発生日数や症候性心房細動を両群ともに減少させたが,有意差はなかった.心房細動慢性化についても両群間に有意差はなかった.心房細動のアップストリーム治療としては,降圧薬の種類よりも十分な降圧が重要と考えられる.収縮期血圧 110mmHg以上の心房細動患者を対象にしたACTIVE I Trialでは,心血管イベントのリスクを有する心房細動患者で,既存の治療にイルベサルタンを加えても血栓性イベントを抑制できなかった.以上から,左室機能低下や左室肥大などの基礎心疾患がある症例では,ACE阻害薬やARBは心房細動の新規発症を抑制できるが,軽度の器質的心疾患例では心房細動の再発を抑制しうるというエビデンスは乏しい.

5.2

HMG-CoA還元酵素阻害薬(スタチン)

スタチンの心房細動予防効果として,抗炎症・抗酸化作用や内皮機能障害の抑制作用などがあげられる.5.2.1

一次予防左室機能低下や心不全例において,スタチンが心房細動の新規発生を 20~50 %減少させたという報告があるが,高血圧,冠動脈疾患,急性冠症候群では一定の見解は得られていない.ARMYDA-3 Trialなどの後ろ向き試験では,スタチンにより術後の心房細動が減少した.5.2.2

二次予防スタチンは持続性心房細動よりも発作性心房細動の予防により有効であることが報告されている.ランダム化試験では,電気的除細動後のスタチンの有用性は認められなかった.スタチンの有用性に関するメタ解析では一定の見解は得られていない.スタチンには,術後の心房細動を除いては,心房細動を予防しうるというエビデンスは乏しい.

6.

非薬物療法

6.1

心房へのカテーテルアブレーション

クラス I

・高度の左房拡大や高度の左室機能低下を認めず,かつ重症肺疾患のない薬物治療抵抗性で有症候性の発作性心房細動に,年間 50 例以上の心房細動アブレーションを実施している施設で行われる場合.

クラス IIa  ・薬物治療抵抗性で有症候性の発作性および持続性心房細動.・パイロットや公共交通機関の運転手など,職業上制限となる場合.・薬物治療が有効であるが,心房細動アブレーション治療を希望する場合.・開胸的外科手術に付随して行われるメイズ手術.クラス IIb  ・高度の左房拡大や高度の左室機能低下を認める,薬

6.

非薬物療法

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心房細動治療(薬物)ガイドライン(2013年改訂版)

物治療抵抗性で有症候性の発作性および持続性心房細動.・無症状あるいは QOL の著しい低下を伴わない,発作性および持続性心房細動.クラス III

・左房内血栓が疑われる場合.・抗凝固療法が禁忌の場合.

心房細動は,肺静脈入口部周辺で発生する巣状興奮をトリガーとして発生し,それらを標的とした通電で心房細動自体が消失することが報告されて以来,心房細動に対するカテーテルアブレーションが急速に発展した.現在では 3次元ナビゲーションシステムのCARTOなどを用いて,上下肺静脈と左房間との電気的結合を一括して遮断する解剖学的隔離法(肺静脈環状隔離法など)が欧米では主として行われている.また左房内の complexed fractionated atrial electrogram(CFAE)や自律神経節叢を標的とする通電法,左右肺静脈への通電ラインを結ぶ線状焼灼,僧帽弁峡部への線状焼灼なども追加的手法として施行されている.ただ,心房細動のアブレーションは再発が多いため,初回のアブレーションだけで発作性心房細動を抑制できる確率は 50~80 %,2回目で抑制できる確率は 80~90 %である.一方,持続性心房細動は発作性心房細動よりも根治が困難で,種々の追加的手法が必要とされる場合が多いが,これまでに複数回の肺静脈環状隔離で 60~75 %の成功率が報告されている.心房細動のアブレーションでは 2~6 %の頻度で脳梗塞や心タンポナーデ,肺静脈狭窄~閉塞,横隔神経障害,迷走神経障害,左房 -食道瘻などの重大な合併症が生じる.とくに左房 -食道瘻はその発生頻度が少ないとはいえ,ほとんどが致死的であるため注意を要する.薬剤無効で有症候性の発作性心房細動については,経験のある施設で行う場合, クラス I とした.ただし,どのような症例に対しても,心房細動の病態,予後,治療に関する適切な情報提供が同意取得の前提であることはいうまでもない.

6.2

房室結節アブレーション

左房でのアブレーションが困難または不成功で,かつ心室拍数が多いか,または不整脈時の症状の強い,薬剤抵抗性の心房細動例に,房室結節へのアブレーションが有効な場合がある.

6.3

ペースメーカ治療

心房細動を予防または停止させる種々のペーシング手法,またはアルゴリズムには限界があり,徐脈を伴わない心房細動例へのペースメーカ治療には信頼できるデータがない.

6.4

抗血栓薬

アブレーション後の抗凝固療法の中止時期に関しては,その長期予後が不明なためにいまだ明確な結論が出ていない.CHADS2スコア 2点以上の例では抗凝固療法を中止しないほうがよい.

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循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2012年度合同研究班報告)

付表 心房細動治療(薬物)ガイドライン(2013年改訂版):班構成員の利益相反(COI)に関する開示

著者雇用または指導的地位 (民間企業)

株主

特許権使用料

謝金原稿料

研究資金提供

奨学(奨励)寄附金 /寄附講座

その他の報酬

配偶者・一親等内の親族,または収入・財産を共有する者についての申告

班長: 井上 博

大塚製薬第一三共大日本住友製薬日本ベーリンガーインゲルハイムバイエル薬品

日本ベーリンガーインゲルハイム第一三共田辺三菱製薬大日本住友製薬

班員:新 博次

第一三共日本ベーリンガーインゲルハイムバイエル薬品大塚製薬エーザイ帝人ファーマ

日本ベーリンガーインゲルハイム

班員:奥村 謙

日本ベーリンガーインゲルハイムバイエル薬品第一三共ファイザー田辺三菱製薬ジョンソンエンドジョンソン日本メドトロニック

班員:鎌倉 史郎

日本ベーリンガーインゲルハイムバイエル薬品

班員:熊谷 浩一郎

日本ベーリンガーインゲルハイムバイエル薬品第一三共田辺三菱製薬MSD

日本ベーリンガーインゲルハイム第一三共

班員:是恒 之宏

日本ベーリンガーインゲルハイムバイエル薬品第一三共

第一三共 日本ベーリンガーインゲルハイム

班員:杉 薫

バイエル薬品日本ベーリンガーインゲルハイム

サノフィアベンティス持田製薬第一三共大日本住友製薬

班員:三田村 秀雄

日本ベーリンガーインゲルハイム第一三共

班員:矢坂 正弘

日本ベーリンガーインゲルハイムバイエル薬品ブリストル・マイヤーズスクイブ大塚製薬第一三共

班員:山下 武志

日本ベーリンガーインゲルハイムファイザーバイエル薬品田辺三菱製薬第一三共エーザイブリストル・マイヤーズスクイブ小野薬品工業

ノバルティスファーマ

日本ベーリンガーインゲルハイム田辺三菱製薬第一三共

協力員:里見 和浩

セント・ジュード・メディカルジョンソン・エンド・ジョンソン

法人表記は省略.