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海 外 の 動 向(1) フランスの語用論研究 東郷 雄二 0.はじめ に 語 用 論 が 言 語 学 に お い て 、 具 体 的 に どの よ う な 研 究 領 域 を カ バ ー す る の か は 難 し い 問 題 で あ るe例 え ば 最 近 の 例 で はVerschueren(1999:1)が 語用論を次のように定義し ている。 "Atthemo8telementaryIevel ,pmg皿ati£scanbedefineda8thestudy{ザ 故 ηg顕g召use,or, な〕cmployasomewhatmorecomplicatedphrasing,挽 已 ∫m吻qf伽g口 此Pみ 朗o耀 ηαJpom 功epo加 ゴv匡εwげ £嬢r姻 α9εprqp已rfゴ 召sandprocess召 オ." これは語用論の定義としてはかなり広い定義であり、これでは言語の使用に関わるす べ て の 現 象 を 包 括 す る こ と に な りか ね な い.語 用 論 が しば し ば"waste-basketof 血guistics"と 呼 ば れ る 所 以 で あ る 。 一 方 、Mey(1993:42)に よ れ ば 、 語 用 論 の 目標 は 次 のようになる。 "pragmaticsisthest皿dyofthecondition且ofhumanlanguageusesasthesearedetermi bythecontextof田 〕det]匹" こ の 定 義 で は 言 語 使 用 の 社 会 的 側 面 が 強 調 さ れ て お り、 そ れ に 呼 応 す る よ う に 、Mey の 本 に は"SccietalPragmatics"な る一章が設けられている。 ‥ と1こ の よ う な 広 い 定 義 と は 対 照 的 な 狭 い 定 義 の 代 表 はL evinson(1.983:9)の それであろ う。 `Trag皿aticsisthe呂tudyofthoserelationsbetweenla皿guagea皿dcontextthatare grammaticalized,oIe皿codedinthe副mc加ureofalanguage." こ のLevinsonの 定義には、言語と文脈 ・状況との関係のうちで、言語的マーカーとし -IZ4

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海外 の動向(1)

フランスの語用論研究

東郷 雄二

0.は じめ に

語用論が言語学 にお いて、具体的 に どの よ うな研究領域 をカバー するの かは難 しい

問題で あるe例 えば最近の例 ではVerschueren(1999:1)が 語用論 を次の ように定義 し

てい る。

"Atthemo8telementaryIevel,pmg皿ati£scanbedefineda8thestudy{ザ 故ηg顕g召use,or,

な〕cmployasomewhatmorecomplicatedphrasing,挽 已 ∫m吻qf伽g口 証 此Pみ 朗o耀 ηαJpom

功epo加 ゴv匡 εwげ £嬢r姻 α9εprqp已rfゴ 召sandprocess召 オ."

これ は語用論 の定義 としてはかな り広 い定義であ り、 これでは言語 の使用 に関わるす

べて の現象 を包括 する ことにな りかねない.語 用論が しば しば"waste-basketof

血guistics"と 呼 ばれ る所以であ る。一方、Mey(1993:42)に よれば、語用論の 目標 は次

の ようにな る。

"pragmaticsisthest皿dyofthecondition且ofhumanlanguageusesasthesearedetermined

bythecontextof田 〕det]匹"

この定義で は言語使用 の社会的側面 が強調 されてお り、それ に呼応 す るよ うに、Mey

の本 には"SccietalPragmatics"な る一章 が設け られている。

‥ と1こ のよ うな広 い定義 とは対照 的な狭 い定義 の代表はLevinson(1.983:9)の それであろ

う。

`Trag皿aticsisthe呂tudyofthoserelationsbetweenla皿guagea皿dcontextthatare

grammaticalized,oIe皿codedinthe副mc加ureofalanguage."

このLevinsonの 定義 には、言語 と文脈 ・状況 との関係の うちで、言語的マーカー とし

-IZ4

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て文法化されたもの(す なわち構造化されたもの)の みを扱うという態度が明瞭に見

てとれる。

Ducrat&Schaeffer(1995:112)は 、語用論 を意味論 と区別 する困難 さを指摘 した うえ

で、語 用論 を便 宜的にi.1皿atique、 とpragmatiqueユ とに分けてい る。彼 らによれ ば、

pragmatiquetと は、 「文の意味 の うち、 その文が使用 され た状況 に由来 し、単 に言語の

構造 のみに よって決定 されない もの を扱 う」 ものであ る。・一方、pragmatiquezと は、

「言葉の意味に状況が及ぼす効果 を扱 うのではな く、 逆に言葉 が状況 に及ぼす効果 を

扱 う」 もの とされてい る。前者 には指示 ・ダイクシス ・時制 ・前提 ・発話意図な どの

問題 が含 まれ、後者 には発話行為 ・会話の含意eホ ライ トネスな どの問題 が含 まれ る

と考 えて よかろう。伝統的 にフラ ンスでは、pragmatique、 に属す る問題が広 く研究対象

とされて きた。それは フランス 言語学 が6皿anciatian「 発話 」1と い う視点 を重視 して

きたことに深 く関係 す る。

1.6nanciatian「 発話 」

言語研究 にお けるenunciationの 重要性 をいち早 く示 した のはE血leBenven拍teで あ

る。Tbdorov(1970)はenanciatianを 次のよ うに簡潔 に定 義 してい る。"1'eaonciationest

Pactemdividueld'utili呂ationdelala皿gu巳"「 発話 とは言語(ラ ング)を 個 々に使用す る行

為 をい う」。ラ ングは発話以前 には、単にラ ングの可能性で しかない。ラ ングは、個々

の発話者 が聞 き手を前 に して、あ る状況 において何 かについて語 る とい う、 一回一回

の使用に よって、初 めて肉化 され実現され るのであ る.従 ってenonciatianの 言語学

とは、潜在 態 と しての ラング が、具体的状況 においていかに実現 され るか とい う問題

を解明す ることにな る。Benveniste(1956)は 、 このよ うな視 点か ら人称 の問題 を考察

し、発話者であ る一人称や、共発話者で ある二人称 とは異な り、 三人称は実は

non-personne「 無 人称 」である とい う分析 を提示 した。 またBenveniste(1959)は 、 フラ

ンス語の動詞時制組織 は、発話者 のegoを 中心 と したdiscaursと い う発話 レベル に属

する時制 と、egaと は関わ りを切 断 された時 間軸 に依拠す るhistou'eと い う発話 レベル

∵∵・ 嘱 する時制 とに 分 され るこ とを明 らかに した・ この研究 はW・Illl1・h(・97・)に引 き

継がれ、 テキス ト言 語学の流 れ を形成 するこ とになった画期 的論文である。

1970年 までのフラ ンスにおけ る語用論 の流れ を跡づけたNerlich(1986)に よると、 フ

ランスにおいて6nonciationと い う概念 が確実 に市民権 を得 たのは1970年 で あるとい う。

この年 にTodoxo の編 集に よるLangagesp誌 の6nonciation特 集号 が刊行 されたのであ

る。その後、enunciationの 視点 に立つ言語研究 は、 フランス言語学の顕著な特徴のひ

とつ とな ってい く。 この視点 に立つ研究は、た とえ 「語用論 」を標榜 していな くて も、

発話者や状況 を通 しての言語の使用の問題 を考え ることで、語用論的研究 にな ってい

一125一

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るといえ るだ ろう。

2,指 示 とダイクシス研究

6nonciationに 密接 に関係 するのは、指示 とダイクシス(直 示詞)研 究で あろう。ダ

イクシスの問題 について の近年 の最大 の成果 はMore1&Danon-Boileau(1992)で あ る。

1990年 に50rborineで 開催 され たシンポ ジウムの論文集であ る本 書には、58に ものぼる

論文 が収録 され ている。全体 は、 「通時 的視点 」 「様 々な言語にお けるダイ クシス」

「ダイクシス、空 間、時 間」 「ダイクシスに現れ る主観性」 「心理 言語学 」 「ダイ ク

シス と指示」 「ダイク シス と談話構築」の7部 門 にわかれてお り、現在の ところフラ

ンスにお け るこの問題 の最 も包括 的な研究 書 となって いる。

指 示に関 しては、ス トラス ブール大学のlqeiber(1994)と レンヌ大学 の〔brblin(199S)

が注 目に値 す る。照応的代名詞 が、Halliday&Hawn(1976)流 の、先行詞Paulと 照応

詞heの あいだのテキス ト的関係 だけでは十分 に扱 えない ことは、次第 に明 らかにな っ

一 て いるが、Kleiber(1994)は 談話 の構築 と照応 に問題 にさ らに一歩踏み込み、分析哲学

者Kaplan(1989)のcontextofuse/circumstancesafevaluationと い う概念 を用 い るこ とで

斬新な代名詞の理論 を提示 している。Iqeiberに とって重要なのは指示対象その もので

はな く1そ の対象 が談 話のなかで どのよ うに提示 されてい るか(madededonationde

1'abjet)で あ り、用い られ る照応表現はその提示方法 に依存す るのであ る。

Corblin(1995)はKleiberに 較べれば、 もう少 しテクス ト言語学的な枠組み に とどまっ

ているが、指 示の連鎖(chatneder6歓ence)と い う概念 を中心に据 えて、定 名詞句 と指

示形 容詞句 の差な どについて、詳細な観 察 を行 な っている。

R6canati(1979)は1フ ラ ンスでは比較 的早い時期の包括 的な語用論概説書であ り、

指 示の不透 明性 や遂行的発話の問題 を扱 ってい る。R6canatiは その後、Kripkeや

Do皿ella皿 らのライ ンの分析 哲学的な指 示の問題 に傾斜 しtR6canati(1997)を 出版 して

いる。題名の示す とお り、直接指示理論 を広範囲に論 じたもの だが、 この本 が英語で

出版 され たとい う ところが象徴 的であ る。分析哲学的指 示理論 は、 アングロ ・サクソ

ン、つ ま り英語 圏で盛 んに行 なわれてお り、 フランスではあ ま り読者 を持たないので

ある。

最後 に指示 の問題 で忘れ てはな らないのはFauconnierの 創始 したメンタル ・スペー

ス理論 であ る。Fauco皿ierは1987年 まで はパ リ第8大 学の教授であ ったが、1988年 か ら

はカ リフォルニア大 学サ ンデ ィエ ゴ校 に活 動の拠 点を移 して しまった。メンタル ・ス

ペース理 論に よる研 究は、主 にア メ リカ と日本で行 なわれてお り、本稿 の守備範囲 を

外れるので、 ここでは詳述 しない。

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3.ADL理 論 。】〕ucrutとA酪combre

ADLと はHEESS2のDucrotとAnscombreが 長年構築 をめざ して論究 を積み重ねてい

るlatheoriedeI'argumentatianBanslalangue「 言語 にお ける論証の理論 」のことであ る。

DucrotはDucr口t(1972)に よ り、 フランスにお ける語用論研究 のパイオニア と見なされ

ているが、実 はこの本 の副題 は 「言語 の意味理論の原理」 とな っていて1Ducrat本 人

は 自分 の研究 を必ず しも語用論 とは見 な していない 。 しか し1そ の論究 は一貫 して発

話 の意味 のメカニズ ムにおいて隠された もの(implicite)の 解 明をめざしてい る。ADL

理論についてはA皿scombre&Ducrot(1983),Ducrot(1981),Ducrat(i;.)Anscombre

(1995)な どの著書や、Ducrot(1993)な ど数多 くの論文がある。ADL理 論は、最初は

peu「 少 ししかC..)な い」,presque「 ほ とん ど」な どの操作子や、:mais「 しか し」,

pourtant「 にもかかわ らず」な どの結合 子の分析 が中心であ ったが、最近は動詞や形

容詞の語彙的意味論へ の拡張 が試み られてい る3。

ここではDucrotの 理論のな かで重要な役割 を占めるpolyphonie「 多声 」 とtopos「 ト

ボス」の概念 につい て簡単 に紹介 しよ う。Ducrotら が扱 うargumentation「 論証」 とは、

ふたつの発話AとBの 連鎖で1AがBのargument「 論拠」 と して提示 されている も

のである。例 えば、 姐faitbeau,Allonsalaplage‥ 「いい天気 だ。海へ行 こ う」とい

う連鎖で、 「いい天 気だ」 とい う発話 は、 「海へ行 く」 とい う行 為を提案す る論拠 と

して用 い られてい る。Ducrotが 問いかけ るのは、 なぜ 「いい天気だ」 とい う事実 は、

「海へ行 く」こ とを正当化 す る論拠た りうるのか という点であ る。Ducrotは そ こには

「隠された もの」(implicite)が 存在 す ると考 える。それは1「 好天は海水浴に適 してい

る」 とい う信念であ る。Ducrvtは これ を トボス と呼ぶ。 トポス とは、話 し手 と聞 き手

が属す る共 同体の メンバ・一に共有 され た信念の体 系であ り、多数の具体 的状況 に適用

可能な一般性 を持つ とされて いる。われれは 「いい天気 だ。海へ行 こう」の ような発

話 を行な うときに、暗黙の うちに第三 の隠れ た要素である トポスを発動 してい るのだ

とい うがDucratの 考 えであ る。

同 じ文脈 で ≪IIfaitbeau,mai3jesulsfatigu6>・ 「いい天気だが、疲 れてい るんだ」 とい

う発話 には、polyphonieの 現象が認め られ るo話 し手 は前半の 「いい天気 だ」の発話

に際 しては、先の例 と同 じく 「好天は海水 浴に適 してい る」 とい う トボス を発動 して

い る。 ところが、 後半の 「疲れてい るんだ」の発話 では、 これ とは異なる もう一人の

発話者6nanciateurを 導入 している。 これは もうひ とつの 「視点」 を登場 させてい る と

い うの と同値で ある。 ここで発動 された トボスは 「疲 れていると きには海水 浴は適 さ

ない 」 というもので あ ろう。このように一連 の論証において、 ひ とりの話 し手が複数

の発話者 を登場 させる現 象をpolyphonieと 呼 んでい るのであ る。

最 近の研究で は、 トポスは語彙 的意味論 にまで応用 されて、<pierreestunparent,

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mais(unparent)610ign6♪,「 ピ エ ー ル は 親 戚 だ が 、 遠 い 親 戚 だ 」 は 可 能 な 発 話 な の に 、

≪Pierreestunparent,mais(unparent)prache.〉}「 ピ エ ー ル は 親 戚 だ が 、 近 い 親 戚 だ 」 は 不

自然 な の は な ぜ か と い っ た 語 彙 的 問 題 の 解 明 も 試 み られ て い る 。

4談 話研究

談話discoursと いうスタンスは話 し手 ・聞き手と発話の場を想定 し、語用論が様々

に研究してきた領域である。ところがフランスでは談話研究は少な くとも近年までは

あまり盛んであったとは言えない。それは 「談話は言語学者にとって常に問題のある

対象であった」4か らであ り、 「談話は大部分それを構成する言表に還元することが

でき、このため談話分析は語用論に還元される」sか らであり、 「現在のところ談話の

言語学は明確に規定された研究対象を持つひとつの分野ではない。互いに密接に関係

する複数の学問分野の総体なのであ り、言語をその単位 と規則に閉 じこめることな く、

社会的 ・心理学的 ・歴史的連関において考察 しようする」6も のだと見なされている

からである。

談話研究はその対象 の規定の難 しさに加 えて、談話 固有 の特性 を抽 出す るためには

具体性の海 に漕 ぎ出 して、例 えばGiv6n(1983)が 試みた ような統計的手法 に訴える必

要がある。 しか し、そ こか ら抽 出され るものは、傾 向であ り規則 ではない。私見 にな

るが、抽象 的な規則の体系 を描 くこ とを好む フラ ンス人の精神的傾向 には、 これは余

り魅 力的な道 とは映 らないので はないだろ うか。

そんななかでも精 力的に談話研 究を展開 してい るのは1Moeschlerら のグルー プであ

る。Moeschlerは ジュネー ヴ大学教授で7、Moeschler(1985,1996),Rebou1&Moesch.ler

(1998)な どの著 書があ る。ナ ンシー大 学出版局 の 《processusdisc日面D・シ リーズか らは1

Charollesetal.(1990}Moeschleretal.(1994)な どの論文集が出版 されて いる・Moeschler

らの グルー プの研究 は、談話構 築 に関わ る指 示 ・照応 ・時制な どを取 り上 げることが

多 く、談話研究のな かで もテ クス ト言語学 的色彩 が強い。 これ もまたフランス におけ

る談話研究のひ とつの特徴で ある。

南仏の エクス ・ア ン ・プロヴァンス大学では、Blanche-Benvenisteを 中心 として、会

話フラ ンス語 のコー パス研究 が行 なわれ ていて、雑 誌Rε砺rc畑3ぱ 軒 テαncαi∫坪 漉 が

刊行されている。その成果 の一部はBlanche-Benveniste(199,].997)に 見 ることがで き

る。会話 コーパスの研 究においては、話 し言葉 という言語 レベ ルに特有の現象が観察

されてお り、伝統 的に書 き言葉 を中心 として展開 して きたフラ ンスの言語学にお いて

は、 この グル・一プの研究は異色 と言え よう。ただ、 グループの リーダーのBlanche-

Benvenisteの 関心は1会 話 コーパ スを通 して現れ るフラ ンス語の文法構造 に向いてお

り、談話の構築を解 明す るための独 自の理論 がない点 が残念であ る。

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さ き にDucrot&Schaeffer(1995)の 示 したpragmatique、 とpra8matique2の 区 別 を 紹 介

した が 、 こ の う ちpragmatique2を 扱 っ た 研 究 は フ ラ ン ス で は 少 な い 。 リ ヨ ン 第2大 学 の

Kerbrat-Ore㏄hioniに は 、Kerbrat-Orecchioni(1990,1992,1994)の 著 作 が あ り、 相 互 行 為

と して の 会 話 分 析 の 研 究 を 行 な っ て い る が 、 い ず れ の 著 作 も 教 科 書 的 で あ り、 あ ま り

従 来 の 知 見 に 新 し い も の を 付 け 加 え る も の に は な っ て い な い 。

5,お わ り に

フラ ンスでは今 まで語用論 の名 を冠 した専門雑誌 はなか ったが、1997年 にR已v昭 出

置4脚癖 仔網 已fprαg卿藺卯εが創刊 されたe創 刊号 に掲載 されたNema&C:adiot(1997)は 、

意味論 と語用論 の守備範囲 をい かに区別す るか を論 じてお り、現在の フラ ンスの研究

者の問題 意識を反映 していて興味深い。彼 らは意 味論 と語用論 が扱 って きた諸問題 の

相関図 を1酷 している。X軸 の プラス方向にcommunication「 コ ミュニケーシ ョン」、

マイナ ス方 向にIangue「 ラング」、Y軸 のプラス方 向にinteraction「 相互行為 」1マ

ー イナス 方向にdenotation「 指 示」の4つ のキー ワー ドを配 し、X軸 とY軸 で区切 られた4

つの領域 に様 々な問題 を位 置づけている。第1象 限には 「会話、 ホライ トネス、会話

の公準 」、第2象 限 には 「談話、論証、polyphonie」 、第3象 限には 「意義素、 語彙的

意味、文、εnonciation」、第4象 限 には 「前提 、信念 の世界、 メンタル ・スペース、関

与性」な どを配 置 してい る。 この論文の結論は、意味論 と語用論はtそ れぞれの独 自

性 を保 ちつつ も協調 して発展 しな ければな らない とい う平凡 なもの だが、 それがかえっ

て未 だに語用論独 自の研究領域 について1言 語学者のあいだに意見 の一致がないフラ

ンス の現状 を露呈 して いるよ うに も受 け取れ る。

【注 】

(1)『 ラ ル ー ス 言 語 学 辞 典 』(大 修 館 書 店)で は1ennnciativnを 「発 話 行 為 」 と訳 し て い る が 、

本 稿 で は 単 に 「発 話 」 と す る 。Austi皿 洗 の 発 話 行 為 の 概 念 と の 混 同 を 避 け る た め で あ る 。

(2)HautesEtudcse皿Sde皿 ㏄sSociale5(社 会 科 学 高 等 研 究 院)の 略 。 こ の 機 関 は 研 究 活 動 を 主 目 的

と す る 一 種 の 大 学 院 大 学 に 近 い 。

(3)AD1理 論 の 手 際 の よ い 紹 介 と し て 、 喜 田 浩 平 「J.一〔].A皿sco皿bre"Dyna皿iqueduSenset

scalarite"の 紹 介 」 『フ ラ ン ス 語 学 研 究 』29号 、6牟69、 喜 田 浩 平 「語 彙 的 意 味 論 と 「論 証 」 理 論 」

『フ ラ ン ス 語 学 研 究 』30号 ,59-64が あ る 。

(4)文正cdiscour5atoujoursetepourlesli皿guistesunobjetproble皿atique.〉)(Charallesetal.1990:7)

(5)tc…ledisraursseTa皿 邑neIargenaentauxennncesquilecompos¢ 皿te皇que1,analysedudiscauxsse

ramp丑e,descars,alaprag皿atique、 》?(Re6au1&Mo¢sch]er1995:47)

(6)`∵ ・lalinguistiquedudiscouzsdesig皿eaujaurd'huinonunedisciplinequiauraitunobjethies

circonscrit皿aisllnensc皿bledediscipli皿es6to{tom巴 皿t1語esqui,aulieudereplierlela皿gagesur

J'arbitrairede5Csu皿fitesetdes{三sreples,1'apprehendee皿le正appo血 刀t註desaucragessociaux ,

一129一

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P苫ychologiques,historique5...≫(Ma皿gueneau1976:11)

(7)ジ ュネ ー ヴ は も ち ろん フ ラ ン ス とい う範 囲 か らは 外 れ るが 、Moeschle・ の協 力 者 は フ ラ ンス

人 が 多 く、 便 宜 的 に本 稿 の扱 う範 囲 に含 め て お く。

【参 考 文 献 】

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