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847 ●症 要旨:症例は 75 歳男性.2009 年 5 月に右頬粘膜腫瘍と診断され,その際に塵肺と間質性肺炎を指摘され た.右頬粘膜腫瘍切除術後から間質性肺炎の増悪をきたし副腎皮質ステロイド剤による治療中であったが, 治療開始 38 日後より著明な低酸素血症を認め入院となった.胸部 CT では,新たに全肺野にすりガラス状 陰影と多発性空洞性病変を認めていた.入院時,血中アスペルギルス抗原が陽性で気管支肺胞洗浄液の培養 検査にて糸状菌,細胞診にて Pneumocystis jirovecii が検出され,肺アスペルギルス症とニューモシスチ ス肺炎の合併と診断し,ボリコナゾール,ST 合剤とステロイドパルス療法にて治療を開始した.第 20 病 日から再度呼吸状態の悪化と血痰の出現を認め,入院時の検体から接合菌(のちに Cunninghamella bertholletiae と判明)が分離同定されたため,抗真菌剤をアムホテリシン B のリポソーム製剤へ変更した が,第 38 病日に永眠された.病理解剖にて,空洞内の壊死組織や空洞壁に接合菌の増生を確認した.接合 菌症は生前の培養同定が困難であり,またニューモシスチス肺炎との合併例は,これまでに報告がなくきわ めて稀な症例と考えられたので報告する. キーワード:接合菌症,ニューモシスチス肺炎,間質性肺炎,ステロイド治療 Zygomycosis,Pneumocystis pneumonia,Interstitial pneumonia,Steroid therapy 接合菌は,土壌・穀物・果物などに腐生する所謂「ケ カビ」であり,自然界に広く分布する真菌である.接合 菌症(Zygomycosis)は,従来ムーコル症と呼ばれてき たが,実際にはムーコル以外の菌種が同定されることも あり,最近では接合菌症と呼ばれることが多い )~.通 常は,日和見感染症として鼻脳型,肺型,皮膚型,全身 播種型として発症するが,健常人での発症も報告されて いる .接合菌症発症のリスクファクターとして,白血 病治療や造血幹細胞移植後の好中球減少,副腎皮質ステ ロイド(以下ステロイド)投与,コントロール不良の糖 尿病,輸血後の鉄過剰症に対するデフェロキサミン投与 などが知られているが,生前に分離同定されることは稀 であり,通常は菌の形態学的特徴にて病理診断される. また,最近ではボリコナゾール投与中のブレイクスルー 感染症としての報告が散見されており )~,治療として アムホテリシンB(AMPH-B)製剤のみが有効であるが, 予後不良であり致死率は 80% という報告もある. 今回,我々は,間質性肺炎に対してステロイド剤投与 中に接合菌症とニューモシスチス肺炎を発症した剖検例 を経験したので報告する. 症例:75 歳,男性. 主訴:発熱,呼吸困難. 既往歴:50 歳,高血圧,糖尿病,前立腺肥大症. 家族歴:特記事項なし. 嗜好歴:喫煙歴;Ex. smoker,BI 350,飲酒歴;焼酎 1合! 日. 職業歴:トンネル工事(30~50歳). 現病歴:2009 年 5 月に右頬粘膜腫瘍と診断され,そ の際に塵肺と間質性肺炎を指摘された.右頬粘膜腫瘍切 除術後から労作時呼吸困難を自覚し,近医にて間質性肺 炎の急性増悪と診断され,ステロイド剤(プレドニゾロ ン(PSL)) 60mg! 日の投与が開始された.その後,症状 は改善しステロイド剤を漸減中であった.ステロイド剤 投与開始 38 日後より発熱と呼吸困難が出現し,近医を 受診したところ SpO2 が 50% 台と重篤な低下を認めたた ステロイド投与中に接合菌症とニューモシスチス肺炎を 合併した間質性肺炎の 1 剖検例 向笠 洋介 一安 秀範 赤池 公孝 岡本真一郎 菰原 義弘 興梠 博次 〒8608566 熊本県熊本市本荘 1―1―1 1) 熊本大学医学部附属病院呼吸器内科 2) 細胞病理部 (受付日平成 22 年 4 月 6 日) 日呼吸会誌 48(11),2010.

ステロイド投与中に接合菌症とニューモシスチス肺 …菌症(Zygomycosis)は,従来ムーコル症と呼ばれてき たが,実際にはムーコル以外の菌種が同定されることも

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Page 1: ステロイド投与中に接合菌症とニューモシスチス肺 …菌症(Zygomycosis)は,従来ムーコル症と呼ばれてき たが,実際にはムーコル以外の菌種が同定されることも

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●症 例

要旨:症例は 75歳男性.2009 年 5月に右頬粘膜腫瘍と診断され,その際に塵肺と間質性肺炎を指摘された.右頬粘膜腫瘍切除術後から間質性肺炎の増悪をきたし副腎皮質ステロイド剤による治療中であったが,治療開始 38日後より著明な低酸素血症を認め入院となった.胸部CTでは,新たに全肺野にすりガラス状陰影と多発性空洞性病変を認めていた.入院時,血中アスペルギルス抗原が陽性で気管支肺胞洗浄液の培養検査にて糸状菌,細胞診にて Pneumocystis jiroveciiが検出され,肺アスペルギルス症とニューモシスチス肺炎の合併と診断し,ボリコナゾール,ST合剤とステロイドパルス療法にて治療を開始した.第 20病日から再度呼吸状態の悪化と血痰の出現を認め,入院時の検体から接合菌(のちに Cunninghamella

bertholletiaeと判明)が分離同定されたため,抗真菌剤をアムホテリシンBのリポソーム製剤へ変更したが,第 38病日に永眠された.病理解剖にて,空洞内の壊死組織や空洞壁に接合菌の増生を確認した.接合菌症は生前の培養同定が困難であり,またニューモシスチス肺炎との合併例は,これまでに報告がなくきわめて稀な症例と考えられたので報告する.キーワード:接合菌症,ニューモシスチス肺炎,間質性肺炎,ステロイド治療

Zygomycosis,Pneumocystis pneumonia,Interstitial pneumonia,Steroid therapy

緒 言

接合菌は,土壌・穀物・果物などに腐生する所謂「ケカビ」であり,自然界に広く分布する真菌である.接合菌症(Zygomycosis)は,従来ムーコル症と呼ばれてきたが,実際にはムーコル以外の菌種が同定されることもあり,最近では接合菌症と呼ばれることが多い1)~3).通常は,日和見感染症として鼻脳型,肺型,皮膚型,全身播種型として発症するが,健常人での発症も報告されている4).接合菌症発症のリスクファクターとして,白血病治療や造血幹細胞移植後の好中球減少,副腎皮質ステロイド(以下ステロイド)投与,コントロール不良の糖尿病,輸血後の鉄過剰症に対するデフェロキサミン投与などが知られているが,生前に分離同定されることは稀であり,通常は菌の形態学的特徴にて病理診断される.また,最近ではボリコナゾール投与中のブレイクスルー感染症としての報告が散見されており5)~7),治療として

アムホテリシンB(AMPH-B)製剤のみが有効であるが,予後不良であり致死率は 80%という報告もある.今回,我々は,間質性肺炎に対してステロイド剤投与

中に接合菌症とニューモシスチス肺炎を発症した剖検例を経験したので報告する.

症 例

症例:75 歳,男性.主訴:発熱,呼吸困難.既往歴:50 歳,高血圧,糖尿病,前立腺肥大症.家族歴:特記事項なし.嗜好歴:喫煙歴;Ex. smoker,BI 350,飲酒歴;焼酎

1合�日.職業歴:トンネル工事(30~50 歳).現病歴:2009 年 5 月に右頬粘膜腫瘍と診断され,そ

の際に塵肺と間質性肺炎を指摘された.右頬粘膜腫瘍切除術後から労作時呼吸困難を自覚し,近医にて間質性肺炎の急性増悪と診断され,ステロイド剤(プレドニゾロン(PSL))60mg�日の投与が開始された.その後,症状は改善しステロイド剤を漸減中であった.ステロイド剤投与開始 38 日後より発熱と呼吸困難が出現し,近医を受診したところ SpO2が 50%台と重篤な低下を認めたた

ステロイド投与中に接合菌症とニューモシスチス肺炎を

合併した間質性肺炎の 1剖検例

向笠 洋介1) 一安 秀範1) 赤池 公孝1)

岡本真一郎1) 菰原 義弘2) 興梠 博次1)

〒860―8566 熊本県熊本市本荘 1―1―11)熊本大学医学部附属病院呼吸器内科2)同 細胞病理部

(受付日平成 22 年 4月 6日)

日呼吸会誌 48(11),2010.

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日呼吸会誌 48(11),2010.848

Fig. 1 A chest radiograph on admission shows ground-glass opacities, cavities and nodular shadows in bilateral lung fields.

Table 1 Laboratory findings on admission

SerologyBiochemistryHematologymg/dl7.33CRPg/dl4.8TP/μl8,300WBCmg/dl842IgGg/dl2.3Alb%87.3Neutmg/dl324IgAmEq/l139Na%10.7Lymmg/dl43IgMmEq/l3.1K%0.1MoIU/ml<11RFmEq/l100Cl%1.7Baso3ANAmg/dl8.1Ca%0.2EosEU<10MP0-ANCAmg/dl1.5BUN/μl473×104RBCEU<10PR3-ANCAmg/dl0.52Crg/dl15.4HbU/ml2,028KL-6mg/dl0.7T-Bil%43.6Hctng/ml472SP-DU/l41AST/μl11.4×104Pltng/ml17.5CYFRAU/l48ALTng/ml3.1SCC-AgU/l481LDHInfection

ABG analysis(02 15L,Reservoir mask)

U/l305ALPpg/ml330β-D glucanU/l54γ-GTP(+)2.4Aspergillus-Ag

7.490pHU/l75LAP(-)Candida-AgTorr49.2PaCO2U/l132ChE(-)Cryptococcus-AgTorr60.4PaO2U/l33CK(-)CMVpp65-Agmmol/L34.4HCO3-mg/dl150Glu(-)QuantiFERON-TB2G mmol/L9.1BE%8.7HbA1c(-)HTLV-1 Ab

め,当科へ紹介され緊急入院となった.入院時現症:身長 168cm,体重 51kg,体温 37.6℃,

血圧 125�85mmHg,脈拍 90 回�分・整,呼吸数 30 回�分,SpO2 90%(リザーバーマスクO2 12L�分),JCS I-10,眼瞼結膜に貧血なし,眼球結膜に黄染なし,表在リンパ節は触知せず,両側中下肺野に fine crackles を聴取,心雑音なし,腹部所見に異常なし,四肢に浮腫なし,ばち指あり.検査所見(Table 1):血液生化学検査では,総蛋白 4.8

g�dl,アルブミン 2.3g�dl と低蛋白・低アルブミン血症

を認め,随時血糖値 150mg�dl,HbA1c 8.7%であり耐糖能異常も認められた.また,CRP 7.33mg�dl と炎症反応の上昇,並びに LDH 481U�l,KL-6 2,028U�ml,SP-D472ng�ml と間質性肺炎の血清マーカーの上昇も伴っていた.腫瘍マーカーでは,CYFRAが 17.5ng�ml と高値であった.一方,感染に関しては,血中 β-D グルカンが 330pg�ml と上昇し,血中アスペルギルス抗原が 2.4C.I.と陽性であった.動脈血液ガス分析では,リザーバーマスクO2 15L�分投与下で PaO2 60.4Torr,PaCO2 49.2Torr であり著明な低酸素血症と高炭酸ガス血症を認め,II 型呼吸不全を呈していた.画像所見:入院時の胸部レントゲン写真では,両側肺

野にすりガラス状陰影,空洞性病変を示唆する透過性亢進,結節性陰影が出現しており(Fig. 1),胸部 CTにおいては,両側肺のびまん性すりガラス状陰影に加えて多発性空洞性病変が認められた.空洞壁は不整で厚みがあり結節様の内容物が観察されたが,空洞内のニボー形成や空洞周囲の気道散布性陰影は認めなかった.また,一部に結節性病変があり,肺底部には蜂巣肺所見が認められた(Fig. 2).入院後経過:本症例は間質性肺炎に対してステロイド

剤投与中に,糖尿病の合併,重度の低酸素血症,胸部画像所見,β-D グルカンの上昇からニューモシスチス肺炎などの日和見感染症が合併したものと考えた.入院時に気管支鏡検査を施行し,左B3b の気管支肺胞洗浄液の細胞診にてグロコット染色で黒褐色に染まる Pneumocystis

jiroveciiのシストが多数検出された(Fig. 3).以上よりニューモシスチス肺炎と診断し,スルファメトキサゾー

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接合菌症と PCPを合併した間質性肺炎の剖検例 849

Fig. 2 A chest CT image shows diffuse ground-glass opacities, multiple cavitary formations and nodules in bilateral lung fields. CT also shows honeycomb formations in both lower lobes, and left pleural effusion.

Fig. 3 BAL fluid cytology stained with Gomori's methenamine silver (GMS) shows dark spherical cysts, which are typical findings of Pneumocystis jirovecii.

ル�トリメトプリム(ST)合剤 9g�日経口投与とメチルプレドニゾロン(M-PSL)1g�日による治療を開始した(Fig. 4).また,気管支肺胞洗浄液の培養検査で糸状菌も同定されており,肺アスペルギルス症の混合感染を考えボリコナゾール(VRCZ)400mg�日→300mg�日の経静脈投与も行った.その他,敗血症性肺塞栓等の細菌感染症も考えられタゾバクタム�ピペラシリン(TAZ�PIPC)も併用した.その後,胸部レントゲン写真上,すりガラス状陰影の減少に伴い酸素化能の改善を認め,β-D グルカンも減少したためステロイド剤の漸減中であった.CRPも低下傾向でTAZ�PIPC をレボフロキサ

シン(LVFX)に変更し,最終的に細菌感染症の可能性は低いと考え抗細菌薬は一旦中止とした.しかし,第 20病日頃から呼吸状態の再増悪をきたし,血痰も出現した.同時期の胸部CTでは,肺野のすりガラス状陰影は減少していたが,空洞性病変はむしろ拡大傾向を示した(Fig.4).第 22 病日になり,気管支肺胞洗浄液中に同定されていた真菌が,Sabouraud dextrose 寒天培地では 25℃で急速に発育し,シャーレ内に充満する雲の様な白色調の培養形態を示していた(Fig. 5A).形態学的には,菌糸幅が広く菌糸壁が薄く隔壁もほとんどみられず菌糸が直角に分岐すること,先端に球形の頂囊とその表面の小胞子囊が認められることから,接合菌の一種である Cun-

ninghamellaが原因菌として推定された(Fig. 5B,C,D).従って,抗真菌剤をVRCZからアムホテリシンBのリポソーム製剤(L-AMB)へ変更し治療を継続した.また呼吸状態の悪化の原因として細菌感染の可能性も否定できないためメロペネム(MEPM)も併用した.その後も治療効果はなく,血痰は持続し胸部レントゲン写真上の肺野の透過性低下がみられ徐々に酸素化能が悪化し,第 38 病日に永眠された.千葉大学真菌医学研究センターに菌種同定の精査を依頼し,後日,Cunninghamella

bertholletiaeと同定された.ご家族の同意のもと病理解剖を行った.病理解剖所見(Fig. 6):肉眼所見では,全肺野に多数

の炭粉沈着と塵肺結節を認め,さらに気腫性変化や下肺野の蜂巣肺所見,上中肺野主体に 2~3cm大の薄壁の空

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日呼吸会誌 48(11),2010.850

Fig. 4 Clinical course after admission

洞性病変を数カ所認めた.病理組織学的検討では,UIPパターンの間質性肺炎像に加え硝子膜形成を伴う or-ganizing DADの所見を認めており,急性炎症が持続していたと考えられた.また,空洞性病変については,内部の壊死物質や空洞壁にAlcian-blue PAS染色で陽性に染まる真菌を認め,空洞壁には巨細胞を伴う肉芽腫が形成されていた.病理解剖時の肺組織および肺空洞内貯留物の培養検査においても,C. bertholletiaeと共にMRSA,Stenotrophomonas maltophiliaが分離同定された.真菌病変の他の臓器への播種は認めなかった.また,頬部粘膜腫瘍再発・転移の所見も認められなかった.

考 察

接合菌症は,一般に易感染状態で好発する日和見感染型の深在性真菌症のひとつである.そのほとんどは,吸入された胞子の気道への定着・増殖によって肺接合菌症として発症し,菌糸が血管内侵襲をきたすと血行性に脳や肝臓などの全身に播種する.肺接合菌症の症状は,侵襲性肺アスペルギルス症と同様に初期は発熱や咳嗽であるが,進行すると血痰,呼吸困難,胸膜炎による胸痛をきたし,時に血管侵襲により致死的な肺出血を認めることもある1)2)8)9).ヒトに感染する接合菌種は,ムーコル目とエントモフ

トラ目であるが,ムーコル目病原菌種による感染が大半

を占めるため,ムーコル症と接合菌症はほぼ同義語として使われている.ムーコル目はムーコル科,カニングハメラ科,サクセネア科,モルティエレラ科,シンセファラストラ科,サムニジア科からなるが,臨床的にはムーコル科,カニングハメラ科が原因となることが多い2)10).病型としては鼻脳型,肺型,皮膚型,全身播種型などに大別され,日和見感染症として発症することが多い.経過は急速で,菌の血管侵襲性が高く,梗塞や壊死性病変を作り予後不良とされている.接合菌症はほとんどの場合,免疫不全症例に発症し,そのリスクファクターとして白血病を含む造血器悪性腫瘍・造血幹細胞移植後,コントロール不良の糖尿病,ステロイド剤投与,臓器移植後,鉄キレート剤のデフェロキサミン治療などが挙げられるが,何ら基礎疾患を有さない症例もまれに認められる.接合菌症は,β-D グルカンやガラクトマンナン抗原などの血清診断が陰性を示す点が特徴としてあげられる.また,喀痰培養検査も通常陰性であり菌が分離・同定できたケースは少なく,診断には病変局所からの積極的な生検が必要である8)10).臨床病型やリスクファクターが類似している侵襲性アスペルギルス症との鑑別が問題であるが,接合菌の菌糸は,菌糸の幅が広く直角に不規則に分枝し,隔壁はほとんどみられず,このような菌の形態学的特徴にて病理診断される.さらに C. bertholletiae

は,胞子囊の先端が膨らんで小囊となり,小囊はトゲの

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接合菌症と PCPを合併した間質性肺炎の剖検例 851

Fig. 5 (A) Mycelial growth was observed after culturing of his BAL fluid on Sabouraud dextrose agar plate, and had a white and cottony appearance. (B) Microscopic finding of the fungus shows broad hyphae without septa and right-angled branches. (C, D) The swollen vesicle was located at the end of a sporan-gium and was covered by denticles and attached, round sporangiolum, which is characteristic of Cunninghamella bertholletiae.

ような小歯状突起に覆われ,各突起の先に円形~卵円形の小胞子囊がついておりユニークな形態を呈していており診断の際に有用である9).一方,PCR検査や血清学的診断法が検討されつつあるが,現在のところ一般的ではない11)12).特徴的な菌の形態にもかかわらず,肺接合菌症の発症時には,全身状態や呼吸状態不良により気管支鏡検査等での検体採取が困難であることもしばしばあり,生前診断は困難と言われている.本症例は,気管支肺胞洗浄液にてカニングハメラ科の C. bertholletiaeを分離・同定でき,生前に診断できた稀な症例であったと考えられた.本症例は,間質性肺炎の増悪に対してステロイド剤投

与が開始され,それに伴いコントロール不良な糖尿病を認めており,前述のリスクファクターを有していた.最近,VRCZ投与症例でブレイクスルー感染症として接合菌症の発症の増加が報告されており,VRCZ投与がリスクファクターのひとつとして認識されている5)~7).本症例の肺内の多発性空洞性病変と急性呼吸不全の原因として,病理学的に証明されたニューモシスチス肺炎の発症に加え,血中アスペルギルスガラクトマンナン抗原が陽性であったことから肺アスペルギルス症の合併も考え

た.従って,抗菌化学療法として ST合剤とVRCZ投与による治療を開始したが,これにより C. bertholletiae

感染症の進展が助長された可能性があると思われた.肺接合菌症の画像所見は,浸潤影や結節・腫瘤影,胸

水貯留,halo sign,air crescent sign など多彩な所見を示し,本症例のような空洞性病変も約 40%に認められる11)13).最近の肺接合菌症と侵襲性アスペルギルス症の臨床背景の比較検討による解析では,副鼻腔炎の合併に加え,初診時の胸部CT検査において 10 個以上の肺内結節性陰影や胸水貯留が,接合菌症に有意に高率に認められたことが報告されている7).また,特に糖尿病合併症例では,気管や気管支内の接合菌症感染が認められ,気道閉塞による肺の虚脱や肺門部血管への浸潤により喀血をきたすことも知られている11).本例での気管支ファイバースコピーでは明らかな気管・気管支病変は認めなかった.接合菌症の治療は,本邦ではAMPH-B 製剤が唯一の

有効な抗真菌剤であり,これ以外の抗真菌剤は無効であり治療薬選択に注意が必要である9)14)15).AMPH-B の投与量は 1日量として 1.0~1.5mg�kg で総投与量 2.5~3.0g が推奨されている.本症例では L-AMB 2.5mg�kg�day

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Fig. 6 (A) Macroscopic findings of the lung obtained on autopsy shows multiple dust macules and cystic changes in the lower lung fields. Cavitary formations can also be seen in the upper lung fields. Microscopic examinations show (B) silicotic nodules with acellular collagen lamellae, (C) honeycomb changes and (D) organizing diffuse alveolar damage, and (E, F) examinations of the cavity wall and necrotic tissue showing numerous wide fungal hyphaes with 90° branching and accumulation of inflammatory cells.

より投与を開始したが,一般に L-AMBによる接合菌症の治療としては 5mg�kg�day 以上の高用量かつ長期投与が推奨されており投与量が不十分であった可能性がある.また,Cunninghamellaでは,AMPH-B のMICが<1~100μg�ml と幅があり,高用量 L-AMBでも治療抵抗性の症例が報告されている.最近,本邦では未承認であるが新規の広域トリアゾール系抗真菌剤であるポサコナゾールが,AMPH-B 製剤による治療無効例で有効性が認められており,接合菌症のサルベージ治療として注目されている16).しかし,内科的治療のみでは根治が困難であり,限局性の肺病変や副鼻腔炎合併症例では,外科的切除や壊死組織のデブリドメントが予後の改善に寄与

する.補助療法として,高気圧酸素療法や鉄キレート剤である deferasirox 投与の有効性がAMPH-B との併用で報告されており,さらに interferon-γや granulocyte-macrophage colony-stimulating factor,granuloytecolony-stimulating factor の治療効果やスタチン製剤の予防効果が期待されている8)9)13)14).本症例が治療抵抗性であった原因として,L-AMB投

与開始のタイミングや投与量の問題に加え,口腔内腫瘍術後で栄養状態不良であったこと,術後の間質性肺炎増悪のためステロイド剤が必要であり急速な減量が困難であったことが挙げられる.また,血中CYFRA値が著明に上昇しており,全身状態が不良であり精査は行って

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接合菌症と PCPを合併した間質性肺炎の剖検例 853

いないが口腔内腫瘍の再発も否定できていない.今回,ニューモシスチス肺炎は ST合剤投与により改善しており,接合菌症の早期診断・早期治療介入が可能であれば異なった臨床経過をたどったかもしれない.従って,いかに迅速に接合菌症の診断をするかが重要であり,今後の迅速診断法の開発に期待したい.また検査室と連携し培養形態から早期に疑っていくことも重要と考えた.今回,我々はステロイド投与中にニューモシスチス肺

炎と接合菌症を合併した間質性肺炎の 1剖検例を経験した.ニューモシスチス肺炎と接合菌の合併症例はこれまでに報告がなく,非常に重要な症例と考えられる.接合菌症の迅速診断法の確立が待たれるとともに,糖尿病やステロイド長期投与等のリスクファクターを有する症例において真菌感染症,特に原因菌として糸状菌が疑われた場合にはアスペルギルス感染症のみならず接合菌症も鑑別に挙げ早期の対応を行う必要があると考える.謝辞:真菌の同定・薬剤感受性検査を実施していただきました千葉大学真菌医学研究センター准教授矢口貴志先生に深謝致します.

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Page 8: ステロイド投与中に接合菌症とニューモシスチス肺 …菌症(Zygomycosis)は,従来ムーコル症と呼ばれてき たが,実際にはムーコル以外の菌種が同定されることも

日呼吸会誌 48(11),2010.854

Abstract

An autopsy case of pulmonary zygomycosis and pneumocystis pneumonia in a patientwith interstitial pneumonia treated by corticosteroid therapy

Yosuke Mukasa1), Hidenori Ichiyasu1), Kimitaka Akaike1), Shinichiro Okamoto1),Yoshihiro Komohara2)and Hirotsugu Kohrogi1)

1)Department of Respiratory Medicine, Faculty of Life Sciences, Kumamoto University Hospital,Kumamoto University

2)Department of Cell Pathology, Faculty of Life Sciences, Kumamoto University Hospital, Kumamoto University

We report a 75-year-old man with pneumoconiosis, interstitial pneumonia and diabetes mellitus, who had car-cinoma of the buccal mucosa. After resection of the carcinoma, he was given corticosteroids for the deteriorationof interstitial pneumonia, but 38 days after initiating steroid therapy, he was admitted to our hospital with severehypoxemia and multiple cavitary lesions superimposed on ground-glass attenuation in both lung fields. The Asper-gillus antigen was positive in his serum and examination of his bronchoalveolar lavage (BAL) fluid revealed mixedinfections with filamentous fungus and Pneumocystis jirovecii. Pulmonary aspergillosis and pneumocystis pneumo-nia with an immunocompromised state was diagnosed, and voriconazole, sulfamethoxazole-trimethoprim andhigh-dose corticosteroids were given. At 20 days after these treatments he developed bloody sputum, and Cun-ninghamella bertholletiae was isolated from the BAL fluid obtained at admission. A diagnosis of pulmonary zygomy-cosis was finally established. Amphotericin B therapy was started, and the dose was increased thereafter. Despiteintensive treatment he died 18 days later. Histological examination of lung tissue obtained at autopsy showed in-vasive growth of zygomycetes in the necrotic tissue and the cavity wall. To the best of our knowledge, this is thefirst report of concurrent Cunninghamella bertholletiae and Pneumocystis jirovecii infection during steroid therapy forinterstitial pneumonia.