5
1 ハーモニカ工法の施工事例について 小林 一三男 1 ・石井 竜太 2 ・門脇 直樹 3 ・石井 啓介 2 1 正会員 大成建設株式会社 千葉支店(〒260-0028 千葉市中央区新町1000番地センシティタワー17F) 2 正会員 工修 大成建設株式会社 千葉支店(〒260-0028 千葉市中央区新町1000番地センシティタワー17F) 3 正会員 大成建設株式会社 本社(〒163-0606 東京都新宿区西新宿1-25-1新宿センタービル20F) 近年都市部では,主要幹線道路の交差点や踏切部で交通渋滞が数多く発生しており,渋滞を解消すべく 立体交差事業が進められている.しかしながら市街地におけるアンダーパス等の建設工事は開削工法が多 く,夜間工事で行わざるを得ない.また非開削工法で施工する場合,従来の外殻先行型では直線施工に限 定され,また全断面の大口径シールド工法では土被りに制限を受ける他,コスト面でも劣っている.その ような背景の中,上記課題を解決する新しい工法としてハーモニカ工法が開発され,その特徴を生かし低 土被り,曲線施工といった条件下での施工実績を積み重ねている.本稿は成田国際空港内で施工したハー モニカ工法について,支障物撤去に伴い開放型の刃口推進方式を採用した施工事例を報告するものである. キーワード : ハーモニカ工法,刃口推進,支障物撤去 1.ハーモニカ工法の概要 ハーモニカ工法とは,矩形の大断面トンネルを複 数の小断面に分割し,小型の掘削機により繰り返し 掘削した後,その内部に構造物を作りあげることで, 大断面トンネルを構築する工法である.掘削断面を 小さくすることにより,掘削機械及び立坑仮設備を 小規模にすることができ,工事費,環境負荷の低減 が可能となる.掘削を完了した坑口の形状が,ハー モニカの吹き口に似ていることからこの工法を「ハ ーモニカ工法」と名付けた. (1) ハーモニカ工法施工手順 ハーモニカ工法の施工手順を図-2に示す.断面の 分割数は,構築される躯体の寸法,現場条件,掘削 機等の運搬条件などによって決定される.分割数を 増やすと,掘削機械が小型になり安価になるが,段 取り替えの回数が増し工期が長期化し,鋼殻の重量 も増える.ここではトンネルの断面を上下に2分割横 方向を3分割,合計6分割した断面について説明する. まず始めに下段の基準トンネルを掘削する.この 基準トンネルは後続トンネルの基準となるため慎重 な施工が要求される.引続き基準トンネルに隣接す るトンネルを掘削する(STEP1~STEP2).次に構台を 組み立て,上段トンネルを順次掘削し,トンネル全 体の掘進を完了する(STEP3).トンネル間の隙間に 止水処理をした後(STEP4),鋼殻(スキンプレート・ 縦リブ)を部分的に解体しながら鉄筋を組み立て, コンクリートを打設し大断面のトンネルを構築する (STEP5~STEP7).コンクリートの養生後,内部の鋼 殻(主桁・縦リブおよびスキンプレート)を切断・ 撤去し仕上げを行う(STEP8) 1) 図-2 ハーモニカ工法施工手順 図-1 ハーモニカ工法概要図 -55-

ハーモニカ工法の施工事例について - JSCElibrary.jsce.or.jp/jsce/open/00984/2011/2011-0055.pdf1 ハーモニカ工法の施工事例について 小林 一三男1・石井

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1

ハーモニカ工法の施工事例について

小林 一三男1・石井 竜太2・門脇 直樹3・石井 啓介2

1正会員 大成建設株式会社 千葉支店(〒260-0028 千葉市中央区新町1000番地センシティタワー17F) 2正会員 工修 大成建設株式会社 千葉支店(〒260-0028 千葉市中央区新町1000番地センシティタワー17F)

3正会員 大成建設株式会社 本社(〒163-0606 東京都新宿区西新宿1-25-1新宿センタービル20F)

近年都市部では,主要幹線道路の交差点や踏切部で交通渋滞が数多く発生しており,渋滞を解消すべく

立体交差事業が進められている.しかしながら市街地におけるアンダーパス等の建設工事は開削工法が多

く,夜間工事で行わざるを得ない.また非開削工法で施工する場合,従来の外殻先行型では直線施工に限

定され,また全断面の大口径シールド工法では土被りに制限を受ける他,コスト面でも劣っている.その

ような背景の中,上記課題を解決する新しい工法としてハーモニカ工法が開発され,その特徴を生かし低

土被り,曲線施工といった条件下での施工実績を積み重ねている.本稿は成田国際空港内で施工したハー

モニカ工法について,支障物撤去に伴い開放型の刃口推進方式を採用した施工事例を報告するものである.

キーワード : ハーモニカ工法,刃口推進,支障物撤去

1.ハーモニカ工法の概要

ハーモニカ工法とは,矩形の大断面トンネルを複

数の小断面に分割し,小型の掘削機により繰り返し

掘削した後,その内部に構造物を作りあげることで,

大断面トンネルを構築する工法である.掘削断面を

小さくすることにより,掘削機械及び立坑仮設備を

小規模にすることができ,工事費,環境負荷の低減

が可能となる.掘削を完了した坑口の形状が,ハー

モニカの吹き口に似ていることからこの工法を「ハ

ーモニカ工法」と名付けた.

(1) ハーモニカ工法施工手順

ハーモニカ工法の施工手順を図-2に示す.断面の

分割数は,構築される躯体の寸法,現場条件,掘削

機等の運搬条件などによって決定される.分割数を

増やすと,掘削機械が小型になり安価になるが,段

取り替えの回数が増し工期が長期化し,鋼殻の重量

も増える.ここではトンネルの断面を上下に2分割横

方向を3分割,合計6分割した断面について説明する.

まず始めに下段の基準トンネルを掘削する.この

基準トンネルは後続トンネルの基準となるため慎重

な施工が要求される.引続き基準トンネルに隣接す

るトンネルを掘削する(STEP1~STEP2).次に構台を

組み立て,上段トンネルを順次掘削し,トンネル全

体の掘進を完了する(STEP3).トンネル間の隙間に

止水処理をした後(STEP4),鋼殻(スキンプレート・

縦リブ)を部分的に解体しながら鉄筋を組み立て,

コンクリートを打設し大断面のトンネルを構築する

(STEP5~STEP7).コンクリートの養生後,内部の鋼

殻(主桁・縦リブおよびスキンプレート)を切断・

撤去し仕上げを行う(STEP8)1).

図-2 ハーモニカ工法施工手順

図-1 ハーモニカ工法概要図

-55-

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2

第2ターミナル整備区間

ハーモニカ施工部

第2ターミナル

第1ターミナル

至上野

至東京

JR線

京成線

(2)ハーモニカ工法の特徴

ハーモニカ工法は,既存のアンダーパス構築技術

である外殻先行掘削方式などと比較した場合,以下

の特長がある.

① 100mを超える距離の掘削が可能である.

② 構造物の線形を包含した曲線施工が可能である.

③ 鋼殻が土留め支保工の役割を果たすため,支保

工の架設,撤去が不要である.

④ トンネルの掘進が完了した段階で,大断面の掘

削作業が完了する.

また,全断面のシールド工法と比較した場合,以

下の特長がある.

① 小型のシールドマシンを使用するので,機械費

が安価である.

② 掘削時のトンネル単体が小断面のため,低土被

りでの施工が可能である.

③ 小型のシールドマシンを使用するので,施工時

の作業基地占用が小規模となる.

2.ハーモニカ工法による施工事例

成田空港への新アクセスルートとして北総線の終

点駅である印旛日本医大駅から成田市までの鉄道を

延伸し,成田空港に至る成田スカイアクセス線が

2010 年 7 月に開業された.

本工事は,上記整備事業のうち成田空港第 2 ター

ミナル駅の北側工区(450m)における駅施設の増築

工事であり,空港内幹線道路下においてハーモニカ

工法を採用し,鉄道トンネルの一部を構築したもの

である.

(1)工事概要

工事名称:第 2 ターミナル駅増築工事(北側)

施工場所:千葉県成田市成田国際空港内

発注者名:成田国際空港株式会社

施工:大成,五洋特定建設工事共同企業体

工期:平成 18 年 11 月 4 日~平成 22 年 3 月 31 日

工事数量:①土留壁工 11,071 ㎡

②路面覆工 4,440 ㎡

③掘削工 69,500 ㎥

④土留支保工 1,698t

⑤構築工 16,519 ㎥

⑥ハーモニカ工 延長 38m

(2)ハーモニカ工法の選定

ハーモニカ施工部の状況を写真-2に示す.道路の

構成は空港関係者専用道路が1車線,第2ターミナル

から第1ターミナルへ向かう一般道路が2車線の合計

3車線からなる.このような条件のもとで,

① 開削工法での施工では車線規制や通行止めが発

生し、空港運用機能に支障をきたす.

② 従来の非開削工法では全体工程が遅延する.

などの理由から,非開削工法のハーモニカ工法を採

用した.

写真-1 ハーモニカ掘削機械の一例

(H3.89m×W3.83m)

図-3 全体工事概要図

写真-2 施工箇所状況写真

空港関係者専用道路 至 第 1 ターミナル

発進側到達側 ハーモニカ施工箇所

-56-

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3

203

72

203

3322

203

3322

72

203

7600

7060

7050

6500

7777

3800

3800

203 3047 203203 3047 203

3530 3530

B1 B2B1

U2U1

600

5750

700

600 5300 600本設構造物寸法

鋼殻寸法

4227

7449

30@1250=

(3)ハーモニカ施工部の支障物撤去

ハーモニカ施工部の平面図,縦断図を図-4に示す.

当該区間には,掘進断面内に擁壁基礎杭(PHC杭φ

500)が発進側に9本,到達側に9本支障物として存在

する.そのため密閉型の掘削機が使用できないこと

から,刃口推進方式による施工を行った.なお杭の

撤去は上部擁壁への影響を少なくするため,杭に衝

撃を与えないように,函体内の杭の上下をコアボー

リングにて縁切りし,撤去搬出した.

(4)ハーモニカ施工部土質概要

当該付近一帯は,千葉県の北半部を占める下総台

地で形成され,当該土質はN値30の砂質土及びN値20

の粘土質微細砂を主として構成される.地下水位(自

由水)についてはGL-7.0m(上段刃口天端付近)に

存在するが施工時はスーパウエルポイントにより鋼

殻下まで低下させた.

また掘削断面は過去に施工された深層混合処理に

よる地盤改良範囲を一部含み,地山及び改良体を有

する混合層となっている.図-5にハーモニカ工法区

間付近の土層縦断図を示す.

(5)ハーモニカ工法の施工計画

a)全体計画

計画躯体の 終出来形寸法高さ7.05m×幅6.5m

に対して,高さ3.8m×幅3.53mの函体を縦に2段,

横に2列配列の4分割とした.またハーモニカ区間延

長は37.5mであり鋼殻は,1リングの長さを1.25mと

し,30リングに分割して施工を行った(図-6).

なお, 少土被りは約4.2mである.

b)ハーモニカ掘削機械および推進設備

ハーモニカ掘削機械は開放型での掘削となるため,

高さ3.8m×幅3.53m×機長1.8mの刃口を使用した.

また推進設備は,1500kNジャッキを4本設置し,総推

力6000kNとした.

図-5 土質縦断図(ハーモニカ工法付近)

図-6 ハーモニカ工法断面図

写真-3 刃口写真

図-4 ハーモニカ施工部の縦断図,平面図

施工箇所

擁壁基礎杭

-57-

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4

推進推力

0

500

1000

1500

2000

2500

3000

3500

0 5 10 15 20 25 30 35 40

推進延長 [m]

総推力

[kN]

B1

B2

U1

U2

計画推力:3,250KN

U1

U2

B2 B1

c)計測計画

擁壁基礎杭を撤去しながらの推進であり,また道

路部の直下を横断するため,擁壁と道路部の変状計

測を行った.擁壁に関しては,水盛式沈下計と傾斜

計を擁壁上部に設置して常時モニタリングし,道路

部は,地表面の路面沈下測量を2回/日行った.

(6)ハーモニカ工法の施工実績

ハーモニカ工法における施工実績を記す.

a)進捗実績

進捗実績を表-1に示す.

B1

B2

U1

U2

撤去工

4月 5月 6月

推進工

推進準備工

11月 12月 1月 2月 3月

段取替工

掘削速度は100㎜/h程度であり,平均1.7m

(1.3Ring)/日, 大2.8m(2.2Ring)/日の進捗で

あった.また擁壁基礎杭の撤去はφ200の連続コアボ

ーリングにて鋼殻端部で切断し,1本を2分割にして

搬出した.なお撤去に要した時間は平均して7h/本

であった.

基準函であるB1函体推進には,6週間の日数を費

やしたが,B2以降では,段取替えも含めた推進1函

体あたりのサイクルは,概ね1ヶ月であった.

b)推進推力

B1函体からU2函体の掘削推力の実績を図-7に示

す.掘削の結果,全函体において推進距離に伴い推

力の上昇が見られた.これは推進距離の増加に伴い

周面摩擦抵抗が増加したためと考えられる.しかし

大の推力は1,900KN程度に留まり,計画していた推

力(3,250KN)には達しなかった.これは今回の掘削

の地山の多くが改良体であり,地山の自立性が高か

ったためと考えられる.

また,函体同士が接する場合の推力が上がると予

想されたが,B1函体とU2函体のデータにさほど変

わりはなかった.このことからガイド材の競り等に

よる隣接函体推進の影響はほとんどないと考えられ

る.

なお,U1函体の掘削推力が他の函体と比較して大

きくなっている。これは擁壁基礎杭の撤去の際,擁

壁の基礎砕石等が切刃より確認され,地山の崩壊を

防止するためにグラウト注入を実施したことが原因

と考えられる.

図-7 ハーモニカ掘削推力図

表-1 ハーモニカ工法実施工程表

写真-4 擁壁基礎杭コアボーリング状況

写真-5 推進状況

-58-

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c)施工精度

図-8,図-9に各函体の施工精度を示す.

鉛直変位は管理基準値±40mmに対し 大で20mm,

水平変位は管理基準値±70mmに対し 大で29mmであ

り,管理基準値内の精度で施工を行うことが出来た.

B1及びB2函体とを比較すると,水平,鉛直変位共

に基準函となるB1の出来形に左右されている.この

ことから,基準函の精度がハーモニカ工法の全体の

精度に大きく影響することがわかる.

d)構築工

推進完了後、函体周囲の裏込め注入を行った後,

躯体を底版,側壁,頂版に分割して施工を行った.

頂板部は、バイブレータが使用出来ない事から,高

流動コンクリートを使用した.

構築完了後は,不要となる鋼殻を切断搬出し,躯

体を完成させた.

3.おわりに

ハーモニカ工法は,都市部における低土被り,埋

設物に近接した状況下でのアンダーパス工事を可能

にし,安全かつ低コストで構築できる技術である.

現在,ハーモニカ工法の適用実績は増え,曲線施工

や100mを超える長距離施工の技術開発もまた進化

している.今後,大断面,大深度等,更に厳しい環

境下においての採用を期待する.

参考文献

1)三木 洋人 他:ハーモニカ工法(大断面分割シ

ールド工法)による70mを越える曲線施工,土木学

会 土木建設技術発表会2009

図-9 鋼殻水平精度

図-8 鋼殻鉛直精度

写真-6 ハーモニカ推進完了後の状況

写真-7 ハーモニカ施工部共用前の状況

垂直蛇行出来形図

23.80

23.85

23.90

23.95

24.00

24.05

24.10

24.15

24.20

24.25

24.30

発進坑口30 29 28 27 26 25 24 23 22 21 20 19 18 17 16 15 14 13 12 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1到達坑口

セグメント№(R)

管底

高(TP)

設計管底高

実測管底高(B1)

実測管底高(B2)下限値

上限値

B2

B1

水平蛇行出来形図

-120

-100

-80

-60

-40

-20

0

20

40

60

80

100

120

発進坑口30 29 28 27 26 25 24 23 22 21 20 19 18 17 16 15 14 13 12 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1到達坑口

セグメント№(R)

蛇行

量(m

m)

設計値実測値(B1)実測値(B2)左限界値右限界値

B2

B1

左限界値

右限界値

-59-