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京都教育大学教育実践研究紀要 第 16 2016 41 マイクロスケール実験による反応熱に関する教材実験の開発と授業実践 ―高等学校化学におけるエネルギー概念に着目して― 中神 岳司 *A ・芝原 寛泰 *B ・田内 浩 *C ・向山 昌二 *D A:京都府立田辺高等学校・B:京都教育大学・C:京都府立山城高等学校・D:京都府立南陽高等学校) Development of Teaching Materials and Report of Class on Microscale Experiments of Heat of Reaction Understanding of Energy Concept on Chemical Reaction for Senior High SchoolGakushi NAKAGAMI, Hiroyasu SHIBAHARA , Hiroshi TAUCHI and Syoji MUKAIYAMA 2015 11 30 日受理 抄録:高等学校化学において,エネルギー概念に着目し,2 1 組の個別実験でヘスの法則を検証するマイ クロスケール実験の教材開発を行った。 PP 製反応容器の側面から容器内での反応の様子を指示薬の色変化を 介して容易に観察できるようにした。また,溶解,中和の反応過程についての観察と考察を通して,物質の 変化に伴うエネルギーの変化を捉えられるようにした。 開発した教材実験を用いて,高校生を対象に授業実践を行い,ワークシート及びアンケートの分析を行っ た。ワークシートでは,粒子の模式図を含むエネルギー図の作成を考察に設け,物質の変化とエネルギーの 変化の関係を視覚的に捉えられるように工夫した。開発した器具を用いて,相対誤差 6%未満でヘスの法則 を十分に確認できることが分かった。また,アンケート結果では,本実験方法により,74%の生徒が反応の 様子を観察しながら温度測定ができたと回答した。2 1 組の個別実験を通して,1 人ひとりが物質の変化 を観察しながら,反応に伴う熱の出入りを実感し,ヘスの法則を検証できたと言える。 キーワードヘスの法則,反応熱,マイクロスケール実験,高等学校化学 Ⅰ.はじめに 1.研究の背景 平成 21 年度に改訂された高等学校学習指導要領では,「化学」の「(2)物質の変化と平衡 ア 化学反応とエ ネルギー(ア)化学反応と熱・光」の単元のねらいとして,「化学反応における熱及び光の発生や吸収は,反応 の前後における物質のもつ化学エネルギーの差から生じることを理解すること」(文部科学省,2009a)と記述 されている。つまり,物質の変化とエネルギーの変化との関連及びエネルギーについては,質量と同様に保存さ れることを含むエネルギー概念が重要であることが分かる。また,高等学校学習指導要領解説理科編においては, 「化学反応に伴う熱,光,電気エネルギーなどの出入りについて観察,実験を行い,化学反応とエネルギーの関 係を理解させることが主なねらいである」(文部科学省,2009b)と記述されており,実験を通しての理解が求 められている。 以上より,本単元では,物質の変化とエネルギー変化との関係を定量的な実験を通して理解することが重要で あると言える。しかし,現行の教科書(井口ら,2012;齋藤ら,2012;竹内ら,2013;山内ら,2013)を調査 すると,定量的な実験として,水酸化ナトリウムと塩酸を用いたヘスの法則の検証実験が記載されているが,温 度を測定する際,実験器具の材質及び構造により,化学反応の様子を観察できない。化学反応とエネルギー変化 との関係を理解するためには,化学反応の様子を直接に観察しながら,温度変化を捉えることが重要である。そ こで,個別の生徒実験を目指して,半透明の PP 製のカップ(20 mL)を反応容器として,測定中の化学反応の 様子と温度変化を同時に捉えながら,ヘスの法則を検証するマイクロスケール実験の教材を開発した。

マイクロスケール実験による反応熱に関する教材実 …マイクロスケール実験による反応熱に関する教材実験の開発と授業実践 43 図1.実験器具の概観

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Page 1: マイクロスケール実験による反応熱に関する教材実 …マイクロスケール実験による反応熱に関する教材実験の開発と授業実践 43 図1.実験器具の概観

京都教育大学教育実践研究紀要 第 16 号 2016 41

マイクロスケール実験による反応熱に関する教材実験の開発と授業実践

―高等学校化学におけるエネルギー概念に着目して―

中神 岳司*A・芝原 寛泰*B・田内 浩*C・向山 昌二*D

(A:京都府立田辺高等学校・B:京都教育大学・C:京都府立山城高等学校・D:京都府立南陽高等学校)

Development of Teaching Materials and Report of Class on Microscale Experiments of Heat of Reaction

-Understanding of Energy Concept on Chemical Reaction for Senior High School-

Gakushi NAKAGAMI, Hiroyasu SHIBAHARA , Hiroshi TAUCHI and Syoji MUKAIYAMA

2015 年 11 月 30 日受理

抄録:高等学校化学において,エネルギー概念に着目し,2 人 1 組の個別実験でヘスの法則を検証するマイ

クロスケール実験の教材開発を行った。PP 製反応容器の側面から容器内での反応の様子を指示薬の色変化を

介して容易に観察できるようにした。また,溶解,中和の反応過程についての観察と考察を通して,物質の

変化に伴うエネルギーの変化を捉えられるようにした。

開発した教材実験を用いて,高校生を対象に授業実践を行い,ワークシート及びアンケートの分析を行っ

た。ワークシートでは,粒子の模式図を含むエネルギー図の作成を考察に設け,物質の変化とエネルギーの

変化の関係を視覚的に捉えられるように工夫した。開発した器具を用いて,相対誤差 6%未満でヘスの法則

を十分に確認できることが分かった。また,アンケート結果では,本実験方法により,74%の生徒が反応の

様子を観察しながら温度測定ができたと回答した。2 人 1 組の個別実験を通して,1 人ひとりが物質の変化

を観察しながら,反応に伴う熱の出入りを実感し,ヘスの法則を検証できたと言える。

キーワード: ヘスの法則,反応熱,マイクロスケール実験,高等学校化学

Ⅰ.はじめに

1.研究の背景

平成 21 年度に改訂された高等学校学習指導要領では,「化学」の「(2)物質の変化と平衡 ア 化学反応とエ

ネルギー(ア)化学反応と熱・光」の単元のねらいとして,「化学反応における熱及び光の発生や吸収は,反応

の前後における物質のもつ化学エネルギーの差から生じることを理解すること」(文部科学省,2009a)と記述

されている。つまり,物質の変化とエネルギーの変化との関連及びエネルギーについては,質量と同様に保存さ

れることを含むエネルギー概念が重要であることが分かる。また,高等学校学習指導要領解説理科編においては,

「化学反応に伴う熱,光,電気エネルギーなどの出入りについて観察,実験を行い,化学反応とエネルギーの関

係を理解させることが主なねらいである」(文部科学省,2009b)と記述されており,実験を通しての理解が求

められている。

以上より,本単元では,物質の変化とエネルギー変化との関係を定量的な実験を通して理解することが重要で

あると言える。しかし,現行の教科書(井口ら,2012;齋藤ら,2012;竹内ら,2013;山内ら,2013)を調査

すると,定量的な実験として,水酸化ナトリウムと塩酸を用いたヘスの法則の検証実験が記載されているが,温

度を測定する際,実験器具の材質及び構造により,化学反応の様子を観察できない。化学反応とエネルギー変化

との関係を理解するためには,化学反応の様子を直接に観察しながら,温度変化を捉えることが重要である。そ

こで,個別の生徒実験を目指して,半透明の PP 製のカップ(20 mL)を反応容器として,測定中の化学反応の

様子と温度変化を同時に捉えながら,ヘスの法則を検証するマイクロスケール実験の教材を開発した。

Page 2: マイクロスケール実験による反応熱に関する教材実 …マイクロスケール実験による反応熱に関する教材実験の開発と授業実践 43 図1.実験器具の概観

42 京都教育大学教育実践研究紀要 第 16 号

マイクロスケール実験は,「グリーンサステイナブルケミストリー(GSC)」の考え方を,理科教育に取り入れ

た実験法である。特徴として,①実験器具のスケールを通常よりも小さくする,②試薬と経費の節減と廃棄物の

少量化,③試薬の少量化に伴い事故防止に役立つ,④実験操作の簡略化による実験時間の短縮,⑤1~2 人の個別

実験が可能で,グループ実験とは異なる学習効果,などが挙げられる(芝原・佐藤,2011;荻野,1998;荻野,

2001;荻野・竹内・柘植,2009)。高等学校学習指導要領解説理科編には,「マイクロスケール実験など,実験

に使用する薬品の量をできるだけ少なくする工夫も考えられる。」(文部科学省,2009b)と記述があり,教育現

場でもマイクロスケール実験は推奨されている。

これまでに,ヘスの法則を検証するマイクロスケール実験としては,発泡ポリスチレン製の容器を 2 重にして,

それを 100 mL ビーカーにおさめた器具や,プラスチック製のふた付カップを 2 重にした容器を用いた報告例が

ある(Singh,Pike,& Szafran,1995;Ehrenkranz & Mauch,1996)。また,少量の試薬で反応熱を測定す

る実験では,発泡ポリスチレンにフィルムケースを埋め込んだ簡易熱量計を用いた報告例もある(妻木,2009)。

しかし,これらの実験方法では,容器内における反応の観察が難しく,温度変化のみに着目した実験となる。本

実験では,半透明で側面から反応の様子が観察可能な PP 製のカップを採用し,カップを 6 セルプレートにおさ

めることで,断熱性を高めるだけでなく,反応容器や温度計の安定した固定が可能となった(中神・田内・芝原,

2012a)。本研究では,多数の教科書にも記載されている,水酸化ナトリウムと塩酸の反応系を対象にして,さ

らに,指示薬の色の変化より反応過程を追跡しやすくした(中神・田内・芝原,2012b)。

2.研究の目的

物質の変化とエネルギーの変化をむすびつけた上で,ヘスの法則を検証する授業が可能となるように,マイク

ロスケール実験による個別実験の教材開発を目的とした。また,高校生対象の授業実践により,個別実験を主と

した授業展開の可能性を検証した。

Ⅱ.教材実験

1.実験内容

本教材は,固体の水酸化ナトリウムの溶解に伴う熱の測定,水酸化ナトリウム水溶液と塩酸による中和反応に

伴う熱の測定,及び固体の水酸化ナトリウムと塩酸による反応熱の 3 種類の測定結果から,ヘスの法則を検証す

る実験である。

2.実験器具

本教材で用いる器具とその作製に関して述べる。

(1)デジタル温度計及び固定するための支持具

温度測定には,分解能が 0.1℃で,マイクロスケール実験に適したサイズで安価な小型デジタル温度計を採用

した(井田,1991)。また,6 セルプレートに温度計を固定するための支持具を Thompson (1989)の方法を

参考に,2 種類のプラスチック製ストロー(φ10 mm,φ6 mm)を用いて作製した。2 種類のストローに穴を

あけ,そこにφ6 mm のストローを差し込んだ。この方法で作製した支持具を用いて,温度計を固定した(図 1)。

(2)反応容器の作製

反応容器には,内部の観察が容易で目盛付きの PP 製のカップを用いた(図 1)。また,ふた(PE 製)には,

温度計を通す穴(φ4 mm),撹拌棒を通す穴(φ5 mm),溶液の注入口(φ4 mm)及び固体の投入口(φ8 mm

程度)をあけた(図 2a,b)。

(3)撹拌棒の作製

固体の溶解及び溶液の混合が十分にできる撹拌棒として,先端にたこ足状の切り込みを入れ,回転及び上下運

動により撹拌できるようにした PP 製のストロー(φ4 mm)を用いた(図 3)。

Page 3: マイクロスケール実験による反応熱に関する教材実 …マイクロスケール実験による反応熱に関する教材実験の開発と授業実践 43 図1.実験器具の概観

マイクロスケール実験による反応熱に関する教材実験の開発と授業実践 43

図 1.実験器具の概観 図 2.a)溶液用のふた,b)固体用のふた

図 3.先端をたこ足状にしたストローによる撹拌棒

3.反応熱の測定

(1)概要

1)固体の水酸化ナトリウムの溶解熱

固体の水酸化ナトリウムの溶解に伴う温度変化を記録し,反応熱を算出する。また,溶解していく様子も,

温度上昇の測定と併せて着目した。

2)水酸化ナトリウム水溶液と塩酸による中和熱

中和により水と塩が生成する時の温度変化を記録し,反応熱を算出する。指示薬の変化に注目して,中和点

及びその前後の様子を観察しながら,温度変化を測定した。

3)固体の水酸化ナトリウムと塩酸による反応熱

固体の水酸化ナトリウムの溶解及び塩酸との中和に伴う温度変化を記録し,反応熱を算出する。この反応熱

は,溶解熱と中和熱を合算した熱であるため,溶解及び中和の様子を同時に観察し,それらに伴う温度変化に

注目した。

(2)方法

1)固体の水酸化ナトリウムの溶解熱 Q1 の測定

反応容器に純水を 10 mL,点眼瓶に入れたフェノールフタレイン溶液 4 滴を加え,撹拌棒を通したふた(図

2)をはめ込む。次に,6 セルプレートに反応容器をおさめ,ふたに支持具で固定した温度計を通した(図 1)。

精秤した NaOH(s)約 0.2 g を投入し,5 秒毎に 4 分間温度を記録した。グラフ作成後,反応容器と温度計等に

奪われた熱を補正するため,外挿して温度変化Δtを読み取り,(1)式により熱量 Q1 を算出した。なお,固

体の水酸化ナトリウムの純度は 100%と仮定した。

熱量 Q [kJ]=Δt [℃]×質量 [g]×4.2 [J/℃・g]÷1000 …(1)

2)水酸化ナトリウム水溶液と塩酸による中和熱 Q2 の測定

フェノールフタレイン溶液 4 滴を加えた反応容器に撹拌棒を通したふたをはめ込み,1)の実験同様に,温

度計を差し込んだ。ふたの穴から注射器(容量 5 mL)を用いて 1 mol/L HClaq 5 mL 加えた。次に,1 mol/L

NaOHaq 5 mL を注射器で,ふたの穴から加え(図 4),5 秒毎に 4 分間温度を記録した。測定値をもとに 1)

と同様に中和熱 Q2 を算出した。

デジタル温度計

支持具

6 セルプレート

カップ

固体投入口 温度計用

撹拌棒用 溶液注入口

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44 京都教育大学教育実践研究紀要 第 16 号

図 4.注射器による注入

図 5.反応容器内の溶解の様子

3)固体の水酸化ナトリウムと塩酸による反応熱 Q3 の測定

反応容器に純水を 5 mL,フェノールフタレイン溶液 4 滴を加え,撹拌棒を通したふたをはめ込み,1)の

実験と同様に温度計を差し込んだ。ふたの穴から注射器を用いて 1 mol/L HClaq 5 mL 加えた。さらに精秤し

た NaOH(s) 約 0.2 g を投入し,1)と同様に測定値をもとに反応熱 Q3 を算出した。

(3)結果・考察

1)では,フェノールフタレイン溶液を含む純水に固体の水酸化ナトリウムを加えると,固体の周りから赤色

に変化し,溶解していく様子を視覚的に捉えることができた(図 5)。指示薬の色の変化に伴い温度は上昇し,

全て溶解すると温度は一定になり,しばらくすると下降した。また,撹拌棒を回転及び上下運動させることで,

約 3 分間で固体を完全に溶解させることができた。

2)では,反応容器に水酸化ナトリウム水溶液を注入すると,指示薬により溶液が一瞬で赤色に変化し,それ

に伴い温度も急激に上昇した。溶液どうしの中和反応を視覚的に捉えることもできた。尚,注射器を使用するこ

とで,個別実験においても溶液がこぼれず,一定量を円滑に注入することが容易となった。

また,測定した最高温度は,反応が速いため外挿による補正後の最高温度との有意差は,先行研究の報告(島

原,1982)と同様に認められなかった。

3)では,反応容器に固体の水酸化ナトリウムを投入すると,固体の周囲が指示薬により赤色に変化するが,

再び無色へと変化した。この変化が数回繰り返されるうちに,赤色を示す時間が長くなった。溶解後の溶液は,

加えた固体の質量に依存して,赤色もしくは無色を示した。フェノールフタレイン溶液による色の変化を温度変

化とともに繰り返し観察することで,溶解及び中和を意識した測定が可能となった。

1),2),3)の測定における温度変化の様子を図 6 に示す。また,3 回の測定により,算出した熱量を表 1

にまとめる。

温度計

撹拌棒 注射器

カップ

図 6.温度変化の測定結果及び外挿した直線

温度計 撹拌棒

NaOH(s)

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マイクロスケール実験による反応熱に関する教材実験の開発と授業実践 45

表 2.測定値と計算値との比較

1),2),3)の実験結果を用いてヘスの法則の検証を行った。また,各測定の平均値,及び以下に示す(2),

(3),(4)式の熱化学方程式の熱量(日本化学会,1994)より物質量を考慮して計算した値と比較した(表 2)。

NaOH(s)+aq=NaOHaq+44.52 kJ …(2)

NaOHaq+HClaq=NaClaq+H2O(ℓ)+56.40 kJ …(3)

NaOH(s)+HClaq=NaClaq+H2O(ℓ)+100.92 kJ …(4)

ヘスの法則を検証するために,測定による平均値と Q3 の計算値 0.505 kJ を用いて,(5)式の相対誤差をも

とめたところ,4%以内におさまることが確認できた。

相対誤差[%]=|{Q3-(Q1+Q2)}|÷0.505×100 …(5)

また,計算値と比較すると,小さい値を示すが,その減少の割合は,Q1 では 5.8%,Q2 では 8.1%,Q3 では

11%程度に抑えることができた。高橋・岩田(2009)による水熱量計を用いた測定では,減少の割合が 10%程

度であることが報告されているが,本実験でも同程度に抑えることができた。

4.授業実践

開発した教材を用いて,京都府立高等学校 2 校(A 高等学校,B 高等学校とする)で授業実践を行った。A 高

等学校では,3 年生 2 クラス計 73 名を対象に各クラス 50 分の授業を行った。B 高等学校では,2 年生 2 クラス

計 44 名を対象に各クラス 100 分で授業を行った。

両授業とも,4 人 1 班の 2 人 1 組で実験を行い,実験方法の説明はパワーポイントや動画を用いた。また,A,

B の両校では,授業時間が異なるため,それに合わせて授業の展開を工夫した。

(1)授業実践の流れと様子

A 高等学校では,50 分授業のため 2 人 1 組のペアをⅠ,Ⅱに分け,Ⅰ・Ⅱの両ペアで 1 つの班を構成した。

図 7 に示すようにペアⅠとペアⅡでは、中和熱の測定後,異なる実験内容を実施し,実験後に測定データを共有

することで時間短縮を図った。なお,十分に反応の様子を観察できるように 20 秒毎に温度変化を測定した。

班内で実験結果を共有することにより,班単位でヘスの法則を検証することができた。2 人による個別実験の

様子を図 8 に示す。

一方,B 高等学校では,100 分授業のため,2 人 1 組で溶解熱 Q1,中和熱 Q2,反応熱 Q3 を測定し,その後

ヘスの法則を検証する授業形態でおこなった。

熱量 [kJ] 1 回目 2 回目 3 回目 平均値

Q1 0.20 0.21 0.21 0.21

Q2 0.26 0.26 0.26 0.26

Q3 0.44 0.46 0.46 0.45

測定値 [kJ] 計算値 [kJ]

Q1 0.21 0.223

Q2 0.26 0.283

Q3 0.45 0.505

図 8.2 人で協力し,測定している様子

表 1.熱量の算出結果

図 7.A 高等学校での授業の流れ

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46 京都教育大学教育実践研究紀要 第 16 号

温度 [

℃]

いずれの授業形態においても班内のペアで同じ実験をおこなったため,実験方法及び結果を確かめる会話が自

発的に生まれた。また,反応熱 Q3 の測定では,「色の変化が繰り返しおこり,それに伴い温度は上昇している」

といった物質の変化とエネルギーの変化との関連を捉えた発言もみられた

(2)ワークシート分析

授業実践では,生徒 1 人ひとりがワークシートにグラフや測定結果を書き込む方式をとった。授業後にワーク

シートに記載された結果及び考察を分析した。

測定した温度変化の結果を用いて,ワークシート上でグラフを作成し温度変化Δt を読み取り,(1)式により

各熱量を算出するが,実際に生徒がプロットしたグラフの例を図 9,測定結果を表 3 に示す。なお,測定結果は,

A 高等学校(a,b クラスとする)及び B 高等学校(c,d クラスとする)の各クラスの平均値を示す。

a b c d

Q1 [kJ] 0.21 0.23 0.22 0.22

Q2 [kJ] 0.26 0.25 0.25 0.26

Q3 [kJ] 0.46 0.48 0.48 0.45

相対誤差 [%] 1.9 0.0 1.9 5.9

表 3 の測定結果より,(5)式を用いて計算すると,相対誤差 6%未満で,ヘスの法則を十分に検証できること

が分かった。

授業では,生徒が物質の変化とエネルギーの変化を関連づけて考えることができるように,分子モデル等の粒

子の模式図を用い,エネルギーの変化を示すエネルギー図を作成する設問をした。粒子の模式図を用いることで,

粒子の存在を踏まえて,化学反応の本質である原子の組み換えとエネルギー変化を関連づけることが容易になる

と考えた。記入例を図 10 に示す。このエネルギー図を,①粒子の模式図の正確性,②物質のもつエネルギーの

大小関係,③熱量及びエネルギー変化を示す矢印の正確性,の 3 つを評価の観点として分析した。その結果,①

の観点では,異なる分子の大きさの違いについては曖昧なものが多く,分子内の原子の大きさの違いを意識して

いる記述は約 43%であった。②の観点では,エネルギーの大小関係に誤りは少なかったが,図 10 のようにエネ

ルギー図を上段、中段、下段に分けた場合,上段に塩酸の記入がない例も一部みられた。③の観点では,概ね熱

量及び矢印は正しく表記されていたが,上段から下段へのエネルギーの流れを示す矢印が欠如している記述もわ

ずかにあった。以上のエネルギー図の分析より,原子の種類による大きさの違いを意識したモデルは少ないもの

の,大半の生徒らは物質のもつエネルギーの大小関係を正確に把握し,化学反応による原子の組み換えとエネル

ギー変化を関連づけていることが分かった。

図 9.生徒によるグラフのプロット例

溶解熱 Q1

中和熱 Q2

反応熱 Q3

時間 [秒]

表 3.測定結果及び(5)式による相対誤差

Page 7: マイクロスケール実験による反応熱に関する教材実 …マイクロスケール実験による反応熱に関する教材実験の開発と授業実践 43 図1.実験器具の概観

マイクロスケール実験による反応熱に関する教材実験の開発と授業実践 47

(3)アンケート分析

授業実践の事前及び事後でアンケートを実施した。アンケートの質問内容と結果及び考察を以下に示す。

1)測定する反応熱に関する質問

A 高等学校で,授業の前後に「固体の水酸化ナトリウムを塩酸の中に入れて熱量を測定した。この反応熱は

何か」と質問した結果を表 4 に示す。質問内容から実験の内容及び粒子の存在を十分にイメージできた生徒は、

「溶解熱・中和熱」と回答したと考えられる。回答した人数を表 4 より比較すると,実験後には 19 人から 32

人へと増加していることが分かる。事後に「溶解熱・中和熱」と回答した生徒について,事前の回答結果を分析

すると(表 5),「溶解熱・中和熱」の他に「中和熱」,「分かりません及び無回答」の回答が多い。「中和熱」と

回答していた生徒は,実験を通して固体が溶解し,反応する様子を観察できたことが影響していると考えられる。

「分かりません及び無回答」と回答していた生徒は,個別実験で反応の様子を温度変化とともに観察できたこと

が「溶解熱・中和熱」へ回答が変化したきっかけになったと考えられる。

人数 [人]

事前 事後

溶解熱・中和熱 19 32

溶解熱 4 4

中和熱 26 18

その他 3 7

分かりません・無回答 21 6

2)容器内の観察しやすさに関する質問

B 高等学校において,授業後に「溶解していく様子は,観察しやすかったですか。」と質問した。質問には,

①観察しやすかった,②やや観察しやすかった,③普通,④やや観察しにくかった,⑤観察しにくかった,の 5

つの選択肢を設け,理由は自由記述とした。結果を図 11 に示す。図 11 より,①観察しやすかった,②やや観察

しやすかった,と回答した割合は合計 74%である。理由として,「近くで色の変化を観察でき、2 人 1 組なので

集中できた。」,「どこからでも観察できたため。」,「色の変化を観察でき、温度変化も分かった。」といった肯定

的な意見が得られた一方で,今後の課題として,「撹拌棒で観察しづらい」といった意見があった。以上より,

反応に伴うフェノールフタレイン溶液による色の変化及び半透明の容器の使用,2 人 1 組による個別実験の 3 点

が,観察しやすい要因になったと考えられる。

事前結果 人数 [人]

溶解熱・中和熱 14

溶解熱 0

中和熱 9

その他 1

分かりません・無回答 7

図 10.エネルギー図の記入例

表 4.反応熱に関する事前・事後アンケート結果 表 5.「溶解熱・中和熱」と回答した生徒の事前の回答結果

図 11.観察のしやすさに関するアンケート結果

Page 8: マイクロスケール実験による反応熱に関する教材実 …マイクロスケール実験による反応熱に関する教材実験の開発と授業実践 43 図1.実験器具の概観

48 京都教育大学教育実践研究紀要 第 16 号

Ⅲ.まとめ

物質の変化とエネルギーの変化との関連,及びエネルギーは保存されることを含むエネルギー概念に着目して,

ヘスの法則を個別実験で検証するマイクロスケール実験教材の開発を行った。物質の変化を捉えやすくするため

に,容器内を観察できる半透明の PP 製のカップ及び 6 セルプレート,指示薬にはフェノールフタレイン溶液を

用いた。また,エネルギーの変化を捉えやすくするために,応答が早く,容易に温度変化を読み取ることが可能

な小型デジタル温度計を用いた。教材は,学校現場に導入できるよう,入手が容易で安価な器具を用いることに

も留意した。温度計の固定及び,撹拌棒には再利用可能な市販のストローを用い,小型デジタル温度計等を含む

実験器具 1 セットで約 3500 円となった。

開発した教材を用いて,京都府立高等学校 2 校で授業実践を行い,授業時間に合わせて授業展開を工夫した。

マイクロスケール実験の導入により,2 人 1 組の個別実験であったが,ペア同士の測定値の共有,班単位での話

し合いにより,相対誤差 6%未満で,ヘスの法則を検証することができ,また授業中には,物質の変化とエネル

ギー変化とを関連づけた発言もみられた。加えて,注射器での溶液の注入により安全性の向上,及び試薬量が

10 分の 1 になり廃液量の減少につながった。ワークシートにおいては,物質の変化の観点から粒子の模式図,

エネルギー変化の観点からエネルギー図を採用し,これら 2 つを組み合わせたエネルギー図の作成を通して考察

を促した。そのため,実験結果を踏まえて,原子の組み換えである化学反応とエネルギー変化とを視覚的にむす

びつけることができたと考えられる。以上より,エネルギー概念に着目できる実用性の高い教材実験を開発する

ことができた。

本稿は、平成 24 年~25 年の研究期間に実施された修士論文の研究をもとに再度,検討・加筆したものである。

本研究は科研費(平成 26~28 年度基盤研究 C 課題番号 26350233, 代表:芝原寛泰)により実施された。

参考文献

井田誠夫(1991)「小型デジタル温度計を使う反応熱測定」『化学と教育』第 39 巻,第 3 号,56-57

井口洋夫ら(2012)『化学』実教出版,160

文部科学省(2009a)『高等学校学習指導要領』55-56

文部科学省(2009b)『高等学校学習指導要領解説 理科編 理数編』実教出版,60-65

中神岳司,田内浩,芝原寛泰(2012a)「高校化学における「化学反応と熱」に関するマイクロスケール実験-

ヘスの法則を検証する実験を例に-」『日本理科教育学会第 62 回全国大会発表論文集』435

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