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63 2016 IFRS の利益概念に関する一考察 2013年討議資料, 2015年公開草案に関する ASBJ の提案 大倉 学・鈴木基史・藪下保弘 キーワード:「包括利益」「純利益」「OCI」「財政状態」「財務業績」 .はじめに .ED2015 2015年公開草案) .DP2013 2013年討議資料) DP2013の概要 日本の主たる機関の対応 .ASBJ の提案 むすび .はじめに IASB は,概念フレームワークを改訂するデュープロセスとして, 2013月に討議資料 『「財務報告に関するフレームワーク」の見直し(以下,「DP2013 」)』, 2015月に公開草 案『財務報告に関する概念フレームワーク(以下「ED2015 」』を公表している。ED2015は, 会計または財務報告の本丸ともいえよう利益概念に「純利益」の主要な役割を明示しており, 一見して「純利益回帰」ともとれる議論が提起されている。 ところが,「実務面では実現した利益を会計上の利益と認識すべきであり,金融商品のト レーディングや一定のデリバティブ取引のように公正価値の測定値を直ちに純損益に含める会 計処理は限定的で,US GAAP でも同様の取り扱いになっているため,OCI のリサイクリング 強制は堅固のようにうかがえるが,米国においては長期的な基準開発にどこまでも OCI リサ 81

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経 営 論 集63巻 第3・4号2 0 1 6 年 3 月

IFRS の利益概念に関する一考察2013年討議資料,2015年公開草案に関するASBJ の提案

大倉 学・鈴木基史・藪下保弘

キーワード:「包括利益」「純利益」「OCI」「財政状態」「財務業績」

目 次

1.はじめに

2.ED/2015(2015年公開草案)

3.DP/2013(2013年討議資料)

3―1 DP/2013の概要

3―2 日本の主たる機関の対応

4.ASBJ の提案

むすび

1.はじめに

IASB は,概念フレームワークを改訂するデュープロセスとして,2013年1月に討議資料

『「財務報告に関するフレームワーク」の見直し(以下,「DP/2013」)』,2015年5月に公開草

案『財務報告に関する概念フレームワーク(以下「ED/2015」』を公表している。ED/2015は,

会計または財務報告の本丸ともいえよう利益概念に「純利益」の主要な役割を明示しており,

一見して「純利益回帰」ともとれる議論が提起されている。

ところが,「実務面では実現した利益を会計上の利益と認識すべきであり,金融商品のト

レーディングや一定のデリバティブ取引のように公正価値の測定値を直ちに純損益に含める会

計処理は限定的で,US GAAP でも同様の取り扱いになっているため,OCI のリサイクリング

強制は堅固のようにうかがえるが,米国においては長期的な基準開発にどこまでも OCI リサ

81

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イクリングを前提としているわけではなく,国際的な議論の場でも容易に理解が得られない

(西川[2015],p.225)」,との指摘もある。

また,最近の実証研究では,米国会計基準 SFAS130公表以降に包括利益の価値関連性を例

証したものとして,「純利益を所与としてもその他の包括利益およびその個別項目(有価証券

の未実現利益や為替換算調整勘定の期中変化額)が株価形成に織り込まれている(若林[2009],

p.134)」など,包括利益に有用性が認められる結果が報告されている。

このように,「純利益 vs 包括利益」の構図から一歩踏み出した議論が求められる会計のパラ

ダイム・シフトの渦中にあって,わが国の会計基準設定主体である ASBJ の見解を中心に利益

概念に関するトレンドについて検証する。

2.ED/2015(2015年公開草案)

ED/2015のうち,「財務業績に関する情報」すなわち純損益とその他の包括利益(OCI)を

分類して表示する提案が大きな関心事となろう。 ED/2015のパラグラフを追って咀嚼すれば,

次のとおり要約できる。

(1)財務業績に関する情報を効率的かつ効果的に伝達するために,収益および費用は(a)純

損益計算書(純損益にかかる小計または合計が含まれる)(1)(b)その他の包括利益のい

ずれかに分類される(Ibid., par.7.19)。

(2)純損益計算書の目的は,(a)企業が当期中に自らの経済的資源に対して得たリターンを

描写する,(b)将来キャッシュ・フローの見通しおよび経営者の受託責任の評価に有

用な情報を提供する(Ibid., par.7.20)。

(3)純損益計算書に含められる収益および費用は,企業の当期の財務業績に関する情報の主

要な源泉(Ibid., par.7.21)。

また,資産および負債の再評価から生じる差額項目のうち,純損益計算書から除外すること

で当該計算書の目的適合性が高まるなら OCI として計上し(Ibid., pars.7.23―7.24),OCI を

将来の期間において純損益計算書に振り替える処理(リサイクリング)を認めている(Ibid.,

par. 7.26)。ただし,目的適合性を高める期間の識別に明確な基礎がない場合は OCI に含める

べきではないことを示唆している可能性があるとしており(Ibid., par.7.27),純損益計算書と

OCI を完全に分離する点については含みを残している。さらに,ED/2015は収益および費用

は企業の財務業績の構成要素であり(Ibid., par. 4.52),当該項目を「資産・負債の変動(2)」と

―― 経 営 論 集 ――82

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して定義している。

純損益とリサイクリングについて,より詳しくは ED/2015/BC(公開草案/結論の根拠)に

依拠して確認すれば,図表2―1に整理できる。

なお,IASB は単に純損益計算書を記述するだけでは,純損益の定義を要望する人々を満足

させる可能性は低いであろうことを承知しており(Ibid., par. BC7.41),概念フレームワーク

において純損益の堅牢かつ適切な定義は実行可能ではないとの見解を示している(Ibid., par.

BC7.41: pars. BC7.34―7.36)。

さらに,リサイクリングについては,資産または負債の売却などによる認識の中止時に純損

益に含められる収益・費用には,当該資産・負債に関してまだ純損益計算書に含められていな

い収益・費用が含まれるため,過去に OCI に含められた収益・費用は,戻入れされている場

合を除き,現時点で純損益に含められることになると説明している(Ibid., par. BC7.52)。し

かし,場合によっては収益・費用の純損益計算書への振替が,どの期間においても純損益計算

書における情報の目的適合性を高めるとは限らず,振替の適切な基礎がないことになる(Ibid.,

par. BC7.56)。振替の適切な基礎がなければ,こうした特定の収益・費用項目をもともと OCI

に含めるべきではないと考えられるが(Ibid., par. BC7.56),IASB は,「概念フレームワーク」

に,振替が適切である可能性があるのかに関する具体的なガイダンスを含めることを提案して

おらず,個々の基準を開発する際に決定することを予想しており(Ibid., par. BC7.57),概念

フレームワークの範囲は限定的であることを補足している。

こうした変化に対して,「これまでの硬直的資産負債アプローチに基づく純利益排撃と時価

図表2―1 純損益計算書とリサイクリングに関する結論の根拠

純損益計算書 リサイクリング

純損益を財務業績に関する主要な源泉であるとする理由は,純損益計算書が実務で使用されている方法とも整合することに留意し,すなわち多くの利用者が,純損益にかかる合計または小計を,出発点または企業の財務業績の主要な指標のいずれかとして分析に織り込んでいる(Ibid., par. BC7.39)。一方で,純損益計算書は財務業績に関する

情報の唯一の源泉ではないことも強調し,業績の深い理解にはOCI に含められた収益および費用――すなわち,すべての認識された収益および費用――の分析が必要になる(Ibid., par. BC7.40)。

「二本立ての測定アプローチ(3)」が使用される場合には,資産または負債の保有期間にわたりOCI に含められた累計額の振替は,当該アプローチの必然的な結果である(Ibid.,par. BC7.52)。しかし,収益および費用が二本立ての測定

以外のケースでOCI に含められる場合には,そうした振替は,採用したアプローチの必然的な結果ではない(Ibid., par. BC7.53)。振替は,収益および費用を純損益計算書に

含めることが,当該期間の純損益計算書に含まれる情報の目的適合性を高めることとなる期間に生じる(Ibid., par. BC7.55)。

―― IFRS の利益概念に関する一考察 ―― 83

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至上主義は鳴りを潜め,フローを重視する伝統的会計測定にかなり配慮した…180度の転換で

ある。(福井[2015],pp.28―29)」との指摘のように,IASB はこれまでの包括利益一辺倒の

利益観とはベクトルを異にする方向を模索しているようにうかがえる。

3.DP/2013(2013年討議資料)

3―1 DP/2013の概要

純損益を財務報告の重要な情報として表示する提案は ED/2015で突如として出現したもの

ではなく,ED/2015の前プロセスとして公表された DP/2013において「合計または小計とし

て要求すべき(Ibid., par.8.22)」との予備的見解の流れを汲むものである(4)。

ただし,DP/2013には純利益の直接的な定義は明記されておらず,OCI 項目の種類の記述

によるとされていた(Ibid., par. 8.35)(5)。ここで,純損益の維持を要求する結果,リサイクリ

ングも要求されることを明示しており(Ibid., par.8.34),リサイクリングを認める予備的見解

を形成するために,次の2点の対処が求められるとしている(Ibid., par.8.34)。

(a)OCI により認識される項目とは何によって区別されるのか

(b)OCI に認識した項目のうち,どのような項目をリサイクリングするべきか

このうち,(a)は今後取扱い項目の増加が予想される新たな OCI 項目の選択問題であり(6),

(b)は財務表間の非連繋すなわちクリーン・サープラスの議論に結びつくものである。

DP 2013は,「リサイクリングの禁止(アプローチ1)」と,リサイクリングを「維持するア

プローチ(アプローチ2A およびアプローチ2B)」を示している(Ibid., par. 8.97)。前述のよ

うに,DP/2013は,純利益の表示を予備的見解としている。したがって,アプローチ1は予

備的見解と両立しないものとしている(Ibid., par.8.97)。

図表3―1は,DP/2013「リサイクリングを維持するアプローチ」の提案比較である。

中村[2014]の解釈にしたがえば,「狭いアプローチ」は過去に認識された OCI すべてを最

終的に OCI に振り替えるが,リサイクル時に目的適合性を備えるものしか OCI として認識し

ないため当期損益にノイズを与える項目は最初から認識しないが,「広いアプローチ」は,「狭

いアプローチ」よりも広く OCI の認識をするものの,同じく目的適合性を維持・向上するも

のについてだけ認識する(中村[2014],p.111)。いずれの方法もレリバンスという将来キャッ

シュ・フローの予測可能性の確保がベースとなっており,当期損益に関しては予測価値の高い

収益・費用項目の集合に限定しリサイクリングによってもこれらの質的要件を維持しようと考

えている(中村[2014],p.111)。

―― 経 営 論 集 ――84

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DP/2013は, 図表3―1で示したリサイクリングを許容する2つのアプローチをより詳細に,

「橋渡し項目」と「ミスマッチのある再測定」(以上,アプローチ2A=狭いアプローチ)お

よび「一時的な再測定」(以上,アプローチ2B=広いアプローチ)といった3つの分岐装置を

設定して純損益と OCI への表示の流れを提示している。ここで,それぞれが単独で機能する

わけではなく,図表3―2で示すように「再測定」を開始点として一連のフロー・チャートに

もとづく手順を経て表示利益を決定する仕組みが提案されている。

図表3―3は,DP/2013に記されたアプローチ2B の具体的な適用例である(7)。

3―2 日本の主たる機関の対応

DP/2013は,こうした予備的見解を示したうえで,図表3―4に示す質問をコメントの公募

に付している。純損益の定義とリサイクリングの是非をめぐる DP/2013の質問に対して日本

の基準設定主体や情報利用者団体が応じたコメントを図表3―5に示す。

DP/2013は,純損益,包括利益ならびに OCI は収益または費用の項目の合計により算出さ

れる小計または合計の位置付けにとどめており(8),「概念フレームワークは,純損益について

の合計又は小計を要求すべきだという IASB の予備的見解に賛成するか否か(DP/2013質問

19)」の問いに対して,図表2―6「純利益の定義」欄のとおり総じて各機関ともに純損益を財

務諸表の構成要素として取り扱うべきと考えているため,DP の提案に同意しないとの回答を

示している。

JICPA は,各構成要素についての特段のコメントはないものの,DP/2013では資産および

図表3―1 DP/2013リサイクリングを維持するアプローチの比較

原則 狭いアプローチ(アプローチ2A) 広いアプローチ(アプローチ2B)

原則1純損益に表示する収益および費用の項目は,企業がある期間に自らの経済的資源に対して得たリターンに関する主要な情報源を提供する。(par. 8.40(a),par8.81(a))

原則2全ての収益および費用の項目は,ある項目をOCI に認識することで当該期間の純損益を目的適合性が高まる場合を除いて,純損益に認識すべきである。(par. 8.40(b): par. 8.81(b))(下線筆者)

原則3

OCI に認識した項目は,この後に純損益への振替(リサイクル)をしなければならない。これは,振替により目的適合性のある情報がもたらされる場合に行われる。(par. 8.40(c))(下線筆者)

過去にOCI に認識した項目は,振替が目的適合性のある情報をもたらす場合に,かつ,その場合にのみ,純損益への振替(リサイクル)をすべきである。(par. 8.83)(下線筆者)

―― IFRS の利益概念に関する一考察 ―― 85

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アプローチ 2A アプローチ 2B

(DP/2013,par.8.93)(DP/2013,par.8.69)

再測定

ミスマッチのある再測定

橋渡し項目

OCI に表示する 純損益に表示する

一時的な再測定

Yes

Yes

Yes

Yes

No

No

再測定

ミスマッチのある再測定

橋渡し項目

OCI に表示する 純損益に表示する

No

No

No

No

Yes

Yes

Yes

No

 その収益又は費用の項目が,資産,負債又は過去の若しくは予定された取引の結び付いた集合体の一部分を非常に不完全にしか表現しないために,IASB の意見では,当該項目は,企業が当期に自らの資源に対して得たリターンに関して目的適合性の乏しい情報しか提供しないか?

 その収益又は費用の項目は,以下の両者の差額を表すものか?・純損益の決定に使用する測定値・財政状態計算書に使用する再測定

 その収益又は費用の項目は,認識されている資産又は負債の現在測定値の変動の結果か?

 その収益又は費用の項目は,認識されている資産又は負債の現在測定値の変動の結果か?

 その収益又は費用の項目が,資産,負債又は過去の若しくは予定された取引の結び付いた集合体の一部分を非常に不完全にしか表現しないために,IASB の意見では,当該項目は,企業が当期に自らの資源に対して得たリターンに関して目的適合性の乏しい情報しか提供しないか?

 その収益又は費用の項目は,以下の両者の差額を表すものか?・純損益の決定に使用する測定値・財政状態計算書に使用する再測定

その項目は以下のテストのすべてに該当するか?(a)実現/決済の期間の長い資産又は負債の再測定から生じる,(b)全部が元に戻るか又は著しく変動する可能性が高い,(c)OCI の使用により純損益の中の項目の目的適合性と理解可能性が高まる。

橋渡し項目の場合: 純損益に表示する認識及び測定の基礎に従ってリサイクルする。ミスマッチのある再測定の場合: 当該項目を対応する項目と一緒に表示できる時にリサイクルする。

橋渡し項目の場合: 純損益に表示する認識及び測定の基礎に従ってリサイクルする。ミスマッチのある再測定の場合: 当該項目を対応する項目と一緒に表示できる時にリサイクルする。

図表3―2 アプローチ2Aとアプローチ2Bのフロー・チャート

―― 経 営 論 集 ――86

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図表3―3 現行 IFRSの OCI 項目の取扱いと提案アプローチの適用

IFRSまたは IFRS案 認識される資産または負債 OCI 項目 OCI 処理の根拠

IFRS9号 2012年 ED OCI を通じて公正価値で測定する金融資産 割引率の変動 橋渡し項目

保険契約2013年 ED 保険契約 割引率の変動

IAS16号,IAS38号IFRS6号

有形固定資産,無形固定資産,探査および評価資産

再評価益または戻入れ 一時的な測定

IAS19号 年金――確定給付資産または負債の純額 再測定 一時的な再測定

IAS21号在外営業活動対に対する純投資(およびヘッジ)

為替差額 ミスマッチのある再測定

IFRS9号 2010ED キャッシュ・フロー・ヘッジ手段

公正価値の変動の有効部分 ミスマッチのある再測定

IFRS9号純損益を通じて公正価値で測定するものにした金融負債

発行者自身の信用リスクに起因する構成価値変動

一時的な再測定

IFRS9号 資本性金融商品に対する指定された投資 構成価値の変動 一時的な再測定

DP/2013,par8.94を筆者一部訂正

図表3―4 純損益の定義およびリサイクリングの是非に関する質問

純利益の定義(質問4) リサイクリング(質問20)

次の各計算書についての構成要素を,2.37項から2.52項で簡潔に論じている。純損益及びその他の包括利益を表示する計算書(収益及び費用),キャッシュ・フロー計算書(現金収入及び現金支出)及び持分変動計算書(持分への拠出,持分の分配,持分のクラス間での振替)である。これらの項目について何かコメントはあるか。「概念フレームワーク」がこれらを財務諸表の構成要素として識別することは有用か。(DP/2013,p. 238)

「概念フレームワーク」は,過去にOCI に認識した収益及び費用の項目の少なくとも一部をその後において純損益に認識する(すなわち,リサイクルする)ことを許容又は要求すべきだという IASBの予備的見解を8.23項から8.26項で議論している。これに同意するか。同意又は反対の理由は

何か。同意する場合,OCI に表示したすべての収益の項目を純損益にリサイクルすべきだと考えるか。理由は何か。…(以下略)(DP/2013,p. 246)

―― IFRS の利益概念に関する一考察 ―― 87

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図表3―5 国内団体等によるDP/2013へのコメント

回答主体・団体コメント

純利益の定義 リサイクリング

企業会計基準委員会(ASBJ)

ある期間における企業の事業活動に関する不可逆的な成果(irrevers-ible outcome)についての包括的な(all inclusive)測定値を表すように記述する。(ASBJ[2014],p. 44)

リサイクリングは仕組みとして自動的に達成されることになり,リサイクリングのない項目は存在しないと考えているため,本DPの提案に同意しない。(ASBJ[2014],p. 44)

日本公認会計士協会(JICPA)

包括利益をどのように純損益とOCI に区別するかが明確になっていない。OCI の取り扱いを首尾一貫したものとするために,概念フレームワークにおいて,財務業績を定義すること等により純損益とOCI の 区 別 の 明 確 化 が 必 要。(JICPA[2014],pp. 4―5)

DP/2013に同意するが,本DPでは財務諸表利用者が指標として利用する純損益の必要性が主張されるものの,何を純損益として認識すべきかの明確な指針は提供されていない。純損益の情報としての目的適合性を明らかにするために,純損益に認識すべき項目とOCI に認識すべき項目との区別の基礎を提供する財務業績の定義を検討すること等により,純損益に認識すべき項目を明らかにすることが望ましい。(JICPA[2014],p. 17)

日本経済団体連合会企業会計委員会企画部会

純損益は,財務業績を表す最重要の項目であり,構成要素として定義づけることを強く求める。(経団連[2014],p. 3)

「実現」:純損益は,「投資のリスクから解放された実現損益」であり,未実現損益を含まない点で,包括利益と区別される。未実現損益部分OCI であり,「実現」した時点で,純損益に自動的にリサイクリングされることになる。どこかで「実現」している項目を,永久に,その他の包括利益累計額(AOCI)に積み増してリサイクリングしないのは,継続企業の取引実態を適切に表さず,極めて不健全である。(経団連[2014],p14)「測定方法の2面生」:OCI は,2通りの測定方法の違いにより生じるものであり,資産・負債が消滅する場合には,測定方法による差は消滅するので,OCIが消滅し,自動的に純損益にリサイクリングされることになる。(経団連[2014],p15)

日本証券アナリスト協会(SAAJ)

純利益を構成要素として定義する理由は,純利益には当期に実現した株主に帰属する利益としてのボトムライン性という他の指標にはない特徴があり,幅広く用いられている利益指標となっているからである。(SAAJ[2014],pp. 6―7)

OCI に認識された評価差額のすべては,一定のトリッガーをもって純損益にリサイクルすべき。OCI 項目をすべてリサイクルしないと,長期的に見て純利益累計額と資本取引を除く留保利益の変化額が一致しなくなる。純利益を堅牢にするためフルリサイクリングは必要である。(SAAJ[2014],p. 7)

※秋葉[2015],ASBJ[2014],JICPA[2015],経団連[2014],SAAJ[2014]より筆者作成

―― 経 営 論 集 ――88

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負債の変動を収益及び費用と定義するにとどめており,包括利益をどのように純損益と OCI

に区別するかが明確になっておらず,OCI の取り扱いを首尾一貫したものとするために,概

念フレームワークにおいて純損益に認識すべき項目と OCI に認識すべき項目との区別の基礎

を提供するように「財務業績を定義」することなどにより純損益と OCI の区別を明確化する

ことが必要だとしている(JICPA[2014],pp.4-5)。

また,経団連においては,純損益は財務業績を表す最重要の項目であり,構成要素として定

義づけることを強く求めるものとし,事業会社における財務業績の管理・報告の観点から最も

理解しやすく,納得感のある「実現」概念を核として「純損益とは,投資のリスクから解放さ

れた実現損益である」との定義を提案している(経団連[2014],pp. 3―4)。また,「実現」と

は,一定の確実性を持った将来キャッシュ・フローが獲得された時点とし,企業としての重要

な判断(critical decision)がなされたか否かという点が,「実現」を判断するひとつのメルク

マールになるとしている(経団連[2014],p.4)。

同様に,SAAJ においても純損益の定義を求め,「収益-費用=利益」という定式からすれ

ば利益は収益と費用の残余であるが,この式は因果関係を示すものではなく単に両辺が等しく

なる恒等式であり,右辺(利益)を財務諸表の構成要素に定義することで左辺の収益と費用の

定義に影響し,真に堅牢な財務報告が可能になるため,利益の定義を避けるべきではないとし

ている(SAAJ[2014],pp. 2―3)。加えて,OCI は貸借対照表における AOCI(その他の包括

利益累計額)の当期変動額であり,歴史的には当該数値は損益計算書に表示されておらず,貸

借対照表の変化を損益計算書に反映させるために表示されるようになった経緯があることか

ら,OCI の本質は,「貸借対照表と損益計算書の連携(linkage)」を図る項目である。かたや,

純利益は税金を含む全ての費用を支払った後で株主に帰属する当期の利益として極めて重要な

指標であるとコメントしている(SAAJ[2014],p.3)。

それぞれの論拠が異なるため釈然としない点は残るものの,三者ともに各々の立脚する主張

をもって純損益の定義を必要としているところは共通している。結局は,純損益の定義を求め

ることでリサイクリングの必要性を求めることに通じるが,DP/2013の論理的は根底には「目

的適合性」が所与の条件としてあることに留意が必要である。つまり,議論の出発点に齟齬が

生じているのではないかと考えられる(9)。

4.ASBJ の提案

前章のコメントを受けて ED/2015付属の「結論の根拠」において次の一節が記されている

ところに着目したい。

―― IFRS の利益概念に関する一考察 ―― 89

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…(略)…コメント提出者が,それらのアプローチの変形又は新たなアプローチを提案した。

例えば,あるコメント提出者は,純損益を不可逆な成果の包括的な測定値として記述するこ

とを提案した。…(略)…(ED2015/BC,pae.7.31)(下線筆者)

ここに記された,「純損益を不可逆な成果の包括的な測定値」とする提案は,ASBJ の DP/

2013に対する提案(ASBJ[2014])に一致する。この点について,DP/2013への回答直前に

ASBJ が会計基準アドバイザリー・フォーラム(ASAF)会議に提出した会議資料(ASBJ ア

ジェンダペーパー[2013])と ASBJ[2014]をたどりながら ASBJ の提案を確認しよう。

ASBJ アジェンダペーパー[2013]は,4章から構成されており,第1章の「包括利益,純

損益及び OCI の定義」からはじまり,第2章で「純損益の特徴」を述べ,第3章「同一項目

に対する2つの異なる測定基礎の使用」,第4章「リサイクリング」まで随所に工夫を凝らし

た定義付けによりそれぞれの利益の役割を提案している。

ASBJ アジェンダペーパー[2013]の第1章では,「資産,負債,持分,純損益,包括利益

及び OCI は,すべて財務諸表の構成要素として扱うべきだと(ASBJ アジェンダペーパー

[2013],9項)」主張している。第一の論拠として,包括利益は「財政状態」,純損益は「財

務業績」の観点から目的適合性の高い情報を提供するものとしている(ASBJ アジェンダペー

パー[2013],11項)。第二の論拠として,包括利益と OCI は,財務諸表間の相互関係を表す

ために構成要素として扱う必要があり,持分を財務諸表間の構成要素として扱う場合には包括

利益が,OCI も純損益と包括利益を構成要素とする場合には OCI がそれぞれ「連携」のため

図表4―1 ASBJ アジェンダペーパー[2013]利益の定義

包括利益

純資産を構成する認識された資産及び負債について企業の財政状態の報告の観点から目的適合性のある測定基礎を用いて測定したある期間における純資産の変動のうち,所有者の立場での所有者との取引から生じた変動を除いたものである。(ASBJ[2014],135項(1):ASBJ アジェンダペーパー[2013],5項(1))

純損益

純資産を構成する認識された資産及び負債について企業の財務業績の報告の観点から目的適合性のある測定基礎を用いて測定したある期間における純資産の変動のうち,所有者の立場での所有者との取引から生じた変動を除いたものである。(ASBJ[2014],135項(2):ASBJ アジェンダペーパー[2013],5項(2))

OCI

企業の財政状態の報告の観点から目的適合性のある測定値と企業の財務業績の報告の観点から目的適合性のある測定値が異なる場合に使用される「連結環」である。(ASBJ[2014],137項:ASBJ アジェンダペーパー[2013],7項)

―― 経 営 論 集 ――90

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に構成要素として必要であると(ASBJ アジェンダペーパー[2013],12項),論理立った説明

を加えている。また,OCI の定義においては,DP/2013では OCI を「橋渡し項目」,「ミスマッ

チのある再測定」および「一時的な再測定」の3区分に分類しているが,ASBJ は提案の定義

(第7項)にもとづき単一の区分として「連結環」を提案する(ASBJ アジェンダペーパー

[2013],14項),としている。

さらに,包括利益は資産及び負債の変動に基づいて体系的に決定できるが,純損益はできな

いという主張があり得るが,包括利益と純損益の相違は,一部の資産・負債の測定基礎の相違

だけから生じるものであり,包括利益と純損益の両者とも純資産の変動に基づいて体系的に決

定されるものと考えている。したがって,包括利益と純損益との間の相違は本質的には時期の

相違であり,概念上,全会計期間の純損益の累計額は,全会計期間の包括利益の累計額と等し

くなるべきである(ASBJ アジェンダペーパー[2013],14項)と述べ,企業の存続期間の包

括利益と純損益の総和は一致するとの見解を述べている。このことは,フルリサイクリングの

必要性を求めるエビデンスに通じよう。

次いで第2章では,純利益の特徴について論じている。包括利益概念を否定する立場をとる

者は,包括利益は定義として決まっても,その性格は資産負債の測定に依存し一義的に決まる

ものではないという理由があり,今回の提案で純利益と包括利益を相似的に定義することでこ

の指摘は純利益にも当てはまることになり,純利益の説明が必要となる(西川[2015],p.

230)。

この純利益の特徴が,本章の冒頭で示した「不可逆な成果の包括的な測定値」を含むパラグ

ラフであり,「純損益は,ある会計期間における企業の事業活動に関する不可逆な成果につい

ての包括的な測定値を表す(ASBJ アジェンダペーパー[2013],18項)」として,2つのキー

ワード「不可逆(irreversible)」,「包括的(all-inclusive)」を用いて純損益の特徴を導いてい

る。前者は,成果が不可逆となるまで企業の事業活動の成果に関する不確実性が減少すること

を意味する(西川[2015],p.230)。具体例のパラグラフを,次に示す(10)。

「投資をトレーディング目的で行っている場合には,企業の事業活動の成果は不可逆とみ

なされる。企業は現在市場価格の変動に関する不確実性を積極的に受け入れたのであり,し

たがって,取得原価と現在市場価格との間の変動は,こうした投資の目的に照らせば,事業

活動の成果を表すものだからである。したがって,現在市場価格の変動は,発生時に純損益

に認識すべきである。(ASBJ アジェンダペーパー[2013],26項)」

また「包括的に」とは,「ある期間に発生したすべての取引および事象が考慮されること

―― IFRS の利益概念に関する一考察 ―― 91

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(ASBJ アジェンダペーパー[2013],29項)」を意味し,「包括利益と純損益との間の相違は

本質的には時期の相違であり,概念上,全会計期間の純損益の累計額は,全会計期間の包括利

益の累計額と等しくなるべきであると考えている。(ASBJ アジェンダペーパー[2013],30

項)」,「全会計期間の純損益の累計額は,全会計期間の正味キャッシュ・フローの累計額(所

有者としての立場での所有者との取引から生じたキャッシュ・フローを除く。)と等しくなる

べきである。(以下略)(ASBJ アジェンダペーパー[2013],31項)」との説明からいわゆる「合

致の原則」を求めている。同項の説明は,改めるまでもなくリサイクリングによりもたらされ

る性質である。

続く3章「同一項目に対する2つの測定基礎の使用」は,同一の項目に対して2つの測定基

礎が使用すべき,つまり OCI を連結環として使用すべきとする理由は,リスクに晒されてい

る資産および負債を報告日現在で更新された情報を用いて再測定することは,財務状態の報告

の観点からは目的適合的であるが,財務業績の報告の観点からは目的適合性がない(ASBJ ア

ジェンダペーパー[2013],36項),とするものである(11)。財政状態からの観点は,報告日現

在のリスク要因を反映した測定値であり,財務業績の観点は,成果が不可逆となっていないこ

とを反映している測定値である(西川[2015],p.231)。

最後の第4章「リサイクリング」については,メカニズムとして自動的に生じるものであり,

その発生時期は,(1)関連する資産又は負債の認識の中止が行われる時点,(2)関連する資産

について減損損失が認識される時点,(3)時の経過に従って自動的な戻入れが生じる時点があ

げられている(ASBJ アジェンダペーパー[2013],46項)。

むすび

これまでみてきたように,IASB の利益概念は資産と負債を定義し,収益と費用は資産と負

債の変動をもって認識測定されるように定義されている。ここで測定される利益は,収益・費

用は利得・損失を含むため,計算構造自体が包括利益を計算する構造になっており,もともと

純利益を計算する機能は想定されていないものと考えられる。加えていえば,純資産を構成す

る資産と負債の再測定差額を含む収益と費用からは,OCI を内包した利益(包括利益)が導

かれることになる。

また,再評価差額の内訳には貸借対照表と損益計算書のいずれかで目的適合的な情報が測定

されるという内容に関しては,これらの混在を峻別する思考がないため,純利益と OCI を区

分して計算する必然性はないと考えられる。両者を区分する必要がなければ,当然にリサイク

リングは不要という論理は正当性をもつと思われる。

―― 経 営 論 集 ――92

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このように, 少なくとも DP/2013・ED/2015公表以前の IFRS の概念フレームワークでは,

収益と費用の合計または小計を純利益に類似した包括利益の部分集合として表示できるが,純

利益と OCI を区別して表示できない事情が明らかになる。要約すれば,IASB 概念フレーム

ワークでは資産と負債が収益と費用を規律する定義上,純利益と OCI は「表示の問題」とし

て基準を設定できるが,構造上「仕組みの問題」としてシステムを改修できないという「定義

の制約」が存在するものと思われる。

こうした制約に対して ASBJ アジェンダペーパー[2013]では,包括利益は「財政状態」の

観点から,純損益は「財務業績」の観点から説明を導き,OCI は前両者の測定値が異なる場

合の「連結環」とする定義を提案している。さらに,包括利益と純利益の差異は時点の差に過

ぎず,概念上は両者の全期間を通算した合計値は一致するものとすれば,「リサイクリング」

は整合的かつ不可欠の処理になる。ASBJ は,資産負債に2つの測定値があるという DP/2013

の見解に着目して,純利益の定義を包括利益と相似形の定義とし,資産・負債から純利益の定

義を可能にする提案であり(西川[2015],p.234),折衷案を模索しながらも純利益重視の立

場を表明している。

このように,ASBJ は包括利益を純利益と OCI の「積み上げ」を包括利益としてとらえず,

財政状態と財務業績の観点から両利益概念の「並行」させる試みを提案している。同時に,OCI

を「連結環」として定義することでリサイクリングの定義を導く説明は納得できるものである。

若林[2015]が指摘するように,「ED/2015は当期の業績に関する情報源として損益計算書

を最も重視し(ED/2015,par. 7.21),資産と負債の評価差額として OCI を認め,OCI を純損

益に振り替えるリサイクリングを肯定しているものの,それらの定義や規準が決して明らかに

なっているわけではなく,これらの判断を relevance に委ねている(若林[2015],p.4)」な

ど議論の火種は燻っている。しかし,IASB が概念フレームワーク改訂の討議資料・公開草案

をとおして純利益回帰への議論を俎上に載せたことで国際的な会計基準の統一または収斂に資

する新たな方向性を打ち出したところに注目し期待したい。

【注】

(1)ED/2015/3は,「純損益計算書」という用語を,独立の計算書(純損益についての合計を示す)と単一の計算書中の独立のセクション(純損益についての小計を示す)の両方を指すものとして用いているとしている。(ED/2015, foot note14)

(2)収益とは,持分の増加を生じる資産の増加又は負債の減少(持分請求権の保有者からの拠出に関するものを除く)である。(Ibid., par.4.48)

費用とは,持分の減少を生じる資産の減少又は負債の増加(持分請求権の保有者への分配を除く)である。(Ibid., par.4.49)

(3)具体例として,「金融資産を財政状態計算書において公正価値で測定し,関連する収益及び費用を純損益

―― IFRS の利益概念に関する一考察 ―― 93

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計算書において歴史的原価で測定することは,二本立ての測定の事例である。(Ibid., par. BC7.50)」があげられている。

(4)「IASB は,情報の作成者や多く投資者,債権者,作成者等が,純損益を有用な業績指標と見ており,小計または語句としての「純損益」が経済,ビジネスおよび投資者の精神に浸透していることを過去に認識していた。すべてのセクターからの利用者が,純損益を,追加的な分析の出発点としてまたは企業の業績の主たる指標として,分析に組み込んでいる。(Ibid., par.8.19)」

純損益の維持を支持する主張は次のようにまとめられている。(a)財務諸表の利用者は,純損益を企業の配当支払能力および負債支払能力に与える影響に関する情報と

して関心を持っており,純損益の表示は利用者のニーズを支持する。(Ibid., par.8.20(a))(b)純損益は,再測定による利得および損失のうち,持続または反復する可能性が低く見積りまたは価格

変動に左右され将来キャッシュ・インフローの予測の役立ちが低いものを除外する。(Ibid., par. 8.20(b))

(c)純損益は,包括利益合計よりも企業の事業モデルと密接に合致する可能性が高く,企業の資源がどのように使用されたのかに関する経営者の観点からの情報を提供する。(Ibid., par.8.20(c))

(5)「…本ディスカッション・ペーパーは,純損益を定義したり直接記述したりしようとはしていない。純損益に含まれる項目は幅広いことから,本ディスカッション・ペーパーでは,純損益と OCI 項目の区別を,何を純損益に認識できるかではなく,OCI に認識できる項目の種類を記述することによって行うことを提案している。(Ibid., par8.35)」

(6)米国会計基準 SFAC130の限界が指摘できよう。(7)アプローチ2B とは,アプローチ2A に「一時的な測定」が加わったものであるととらえられるため,本

論文ではアプローチ2B の例示にとどめた。アプローチ2A と会計基準との適用例は,pae. 8.71に記されている。

(8)「純損益,OCI 合計および包括利益合計は,財務諸表の構成要素ではなく,収益または費用の項目を合計することにより算出される小計,または合計である(Ibid., par.2.39)」

(9)IASB の2010年に改訂する以前の旧概念フレームワークの質的特性では,「目的適合性」と「信頼性」に「トレードオフ関係」でチェックし合う関係を持たせ,信頼性を担保するために配下に「忠実な表現」と「検証可能性」をさらにトレードオフの関係として配置する構造となっていた。2010年改訂の概念フレームワークでは,「目的適合性」と「忠実な表現」が「有用性」を頂点とする「序列関係」に位置付けられている。(IASB[2010], par. QC18)

(10)(西川[2015],p. 230)「不可逆な成果」は,ASBJ の討議資料「概念フレームワーク」で定義された「リスクからの解放」や「確実な成果」などの表現から「不可逆な成果を選択した」と記されている。

(11)ASBJ アジェンダペーパー[2013]では,DP/2013に合わせて測定の区分を(1)原価ベース,(2)現在市場価格,(3)キャッシュ・フロー・ベースの測定に分けている。なお,公正価値は,現在市場価格の区分に含まれる。(ASBJ アジェンダペーパー[2013],脚注10)

引用文献

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―― 経 営 論 集 ――94

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―― IFRS の利益概念に関する一考察 ―― 95