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The Silent Treatment スイッチトリラクタンスモータ(SRM)は,低コストで効率に優れ,しかも高温状態などの 過酷な環境でも動作するので,次世代の電気自動車用トラクションモータに採用される可能性を 秘めています.しかし,SRM は,トルクリップルが発生しやすく,これによって車両に煩わしい 騒音が生じることがあります.Continuous Solutions 社は,電磁界シミュレーション ソフトウェア ANSYS Maxwell を使用して,農業機械,鉱山機械,民間・ 軍事アプリケーション用トラクション モータの電動化に使われる SRM のトルクリップルを 90%, 全体の騒音を 50% 低減 しました. Nir Vaks (米国 ポートランド, Continuous Solutions, CTO) Nyah Zarate (米国 ポートランド, Continuous Solutions, CEO) Next Generation of Electric Vehicle Motors – 次世代の電気自動車用モータの騒音を低減 24 I ANSYS ADVANTAGE ISSUE 1 | 2019 自動車

Next Generation of Electric Vehicle Motors – The …...解析ツールで設計し,Simplorerに含まれる通常のSRM インバーターに組み込みました.次に,このSimplorer

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Page 1: Next Generation of Electric Vehicle Motors – The …...解析ツールで設計し,Simplorerに含まれる通常のSRM インバーターに組み込みました.次に,このSimplorer

The Silent Treatmentスイッチトリラクタンスモータ(SRM)は,低コストで効率に優れ,しかも高温状態などの

過酷な環境でも動作するので,次世代の電気自動車用トラクションモータに採用される可能性を

秘めています.しかし,SRM は,トルクリップルが発生しやすく,これによって車両に煩わしい

騒音が生じることがあります.Continuous Solutions 社は,電磁界シミュレーション

ソフトウェア ANSYS Maxwell を使用して,農業機械,鉱山機械,民間・

軍事アプリケーション用トラクション

モータの電動化に使われる SRM

のトルクリップルを 90%,

全体の騒音を 50% 低減

しました.

Nir Vaks(米国 ポートランド,Continuous Solutions,CTO)Nyah Zarate(米国 ポートランド,Continuous Solutions,CEO)

Next Generation of Electric Vehicle Motors –

次世代の電気自動車用モータの騒音を低減

24 I ANSYS ADVANTAGE ISSUE 1 | 2019

自動車

Page 2: Next Generation of Electric Vehicle Motors – The …...解析ツールで設計し,Simplorerに含まれる通常のSRM インバーターに組み込みました.次に,このSimplorer

SRM の基本原理SRM は磁束を利用して動作します.磁束は,電流とよく似ており,磁気抵抗が最小になる最短経路を選んで移動します.鉄や鋼などの低磁気抵抗材料が磁界に沿って整列する傾向が強いのは,このためです.SRM のステータには多相巻線が使われ,ロータは,磁気抵抗が高い領域(凸部)と低い領域(凹部)が交互に配列された低磁気抵抗材料で構成されます.ステータ巻線に電力が供給されると,ロータの磁気抵抗によって,ロータ極(低磁気抵抗のピーク)と最寄りのステータ極を一直線に整列させようとする力が発生します.SRM では,このステータ巻線を連続的に切り替えて,ステータの磁界によってロータを回転させることで,回転を維持します.

ロータは,鋼の中実ブロックから製造したり,磁極ノッチを有する薄い鋼板をプレス加工して製造したりすることができます.ロータに永久磁石と巻線を使用しない SRM は,従来の永久磁石電動モータよりもかなり低コストで製造できます.また,ロータに電流が流れないため,DC モータに使用される整流子とアマチュアコイルや,誘導モータに使われているような鋳造製のかご形導体が不要です.さらに,永久磁石とロータ巻線を使用しない SRM は,より高い温度環境で動作させることができます.これは,車両用トラクションモータには非常に有利な特長です.

トルクリップルの問題SRM の設計に伴う最大の課題の 1 つは,各相のインダクタンスがロータ極との整列の程度に比例することです.ステータとロータ間の相互作用によって構造変形および磁気吸引力によるトルクの高調波が生じると,過剰な振動と騒音が発生します.この問題に加えて,インダクタンスがロータの角度と非線形制御に応じて激しく変化するという特長があります.

理想的なインダクタンス

理想的な電流

電流

電圧

SRM形状のモデル(ANSYS Maxwellで作成)

非対称ブリッジコンバーター電気回路のダイアグラム(上)とこの 電気回路によるSRM波形

「この新しいモータは,同等の永久磁石モータよりも 価格が 20% 低く,しかも 50% 高い温度環境で動作します.」

SRM の概念は 180 年前からありますが,その制御に必要な電気回路が複雑なことが原因で,産業分野では最近まであまり使われていませんでした.しかし,高性能なマイクロコントローラー集積回路と,高度な制御方式によって,ここ10 年ほどで SRM がより現実的なものになってきました.残された課題は,SRM が動作時に大きな騒音を発生させる傾向があることです.高級乗用車,戦闘用車両,および過酷な環境で使われるその他の機械などの分野では,こうした騒音は受け入れがたいものです.

Continuous Solutions 社のエンジニアは,ANSYS スタートアッププログラムを通じ,電磁界シミュレーションソフトウェア ANSYS Maxwell を使用して,有望な SRM 設計の仮想プロトタイプを作成することで,こうした課題に取り組んでいます.同社のエンジニアは,Maxwell のシステムシミュレーション機能を持つ Simplorer を用いて SRM の制御アルゴリズムをモデリングし,このアルゴリズムを調整してトルクリップルを打ち消すことで,モータ全体の騒音と振動を大幅に低減しています.

© 2019 ANSYS, INC. ANSYS ADVANTAGE I 25

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こうした相互作用は,トルクリップルとして知られるトルク変化として現れます.また,トルクリップルは,ロータやステータのアンバランスなどの機械的な問題が原因で生じることもあります.その結果,振動が生じて騒音が発生し,モータの寿命が短くなる可能性があります.

新しいトラクションドライブモータの設計に取り組んでいる Continuous Solutions 社では,従来の永久磁石モータと同等の効率・出力密度・騒音目標を満たしつつ,永久磁石モータよりも低価格で,しかもより高い温度環境で動作するモータと制御方式を開発することを目指しています.同社のエンジニアは最初に,設計パラメータを探索して,より有望な設計案を特定するプロセスをスピードアップするために,社内製のカスタム多目的 3 次元磁気等価回路(MEC)最適化プログラムを用いました.このプログラムは,遺伝的アルゴリズムを使用して,様々な設計パラメータ(ステータの歯丈,励磁電流,極対の数など)を探索しながら,設計目標(効率向上や質量低減など)の改善に向けて最適化を繰り返します.

モータ設計のモデリングContinuous Solutions 社のエンジニアは,最適化プログラムで特定した有望な設計パラメータの詳細なモデルをANSYS Maxwell で作成しました.モータの形状を迅速に決定するために,エンジニアはテンプレートベースの設計ツール ANSYS RMxprt を用いました.モータの部品を描く必要はなく,RMxprt のパラメトリック設計機能を使用して SRM のコアを定義しました.コアのパラメータ(極数,および巻線の数と太さ)を入力してから,端子を作成して,巻線に励磁条件を割り当て,この巻線をモータの Z 軸に沿って複製しました.次に,ステータの極数の指定,巻線の追加,巻線ターミナルの割り当てを行って,ステータ構造を定義しました.エンジニアは,モータの筐体も定義しました.

さらに,エンジニアは詳細な有限要素法解析を行うために,運動および構造の設定,ステータ / ロータ鋼の鉄損,巻線および励磁の設定を 3 次元形状とともに Maxwellに直接転送しました.Maxwell は,トルクと速度の関係,電力損失,空隙の磁束,力率,効率などの性能データを計算して,モータの回転トルク(ニュートンメートル単位)と回転角度との関係を示すトルクレポートを生成しました.次に,エンジニアはより詳細な診断を行うため,時刻歴においてトルクがピークや谷に達する重要なポイントで,ロータとステータの断面に磁束をプロットしました.これらのプロットにより,ステータに電力が供給されたときに各極対から発生する磁気吸引力によってステータがロータに引き寄せられることが主要な騒音源の1 つであることが明らかになりました.この問題に対する 1 つのアプローチとして,ステータの強度を向上させることが挙げられますが,これによってモータのコストと重量は増えることになります.

磁束鎖交(VS)

角度(度) 角度(度)

トルク(Nm)

ANSYS Maxwellを使用して,ロータの断面にプロットした磁束

様々な負荷条件における鎖交磁束vsロータ角度のANSYS Maxwellによる計算結果.

様々な負荷条件におけるトルクvsロータ角度のANSYS Maxwellによる 計算結果.

26 I ANSYS ADVANTAGE ISSUE 1 | 2019

Silent Treatment (続き)

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トルクリップル低減前

トルクリップル低減後

トルクリップル低減

トルク(Nm)

角度(度)

電流負荷およびロータ角度に対して発生した磁束 鎖交の関係を示す3 次元マップ

Continuous Solutions社のトルクリップル低減コントローラーによって, SRMのトルクリップルが低減された.

制御アルゴリズムの設計Continuous Solutions 社は構造力学的な解決策を探す代わりに,通常は励磁していない巻線に対して正確なタイミングで電流を供給し,励磁している巻線から,トルクに寄与しない方向成分の磁気吸引力が発生したときに,その力を打ち消す制御アルゴリズムを設計することにしました.エンジニアは,この制御アルゴリズムを社内の解析ツールで設計し,Simplorer に含まれる通常の SRMインバーターに組み込みました.次に,この Simplorerインバーターを ANSYS Maxwell のモータモデルにリンクしてから,モータを制御アルゴリズムで駆動しました.Continuous Solutions 社のエンジニアは,時刻歴におけるトルクおよび磁束プロットを利用したことで,トルクリップルを効率的に取り除くことができました.このコントローラーは,モータが左方向に回転しようとすると,右方向に回転させる信号を流して,モータ固有の動きを打ち消し,トルクリップル波を消失させます.

「エンジニアは,モータ特性と制御 アルゴリズムの組み合わせがすべての目標を

達成するまで,モータ設計と制御アルゴリズムの両方を同時に改善していきました.」

マルチフィジックスシステムシミュレーション手法に よる電動システムのモデリング(英語)ansys.com/electrical-drive

電流負荷およびロータ角度に対して発生したトルクの関係を示す 3 次元マップ

また,同社のエンジニアはモータ設計を完成させるために,Maxwell を使用して複数の設計案を評価しました.エンジニアは,一連の設計を繰り返し,モータ特性と制御アルゴリズムの組み合わせがすべての目標を達成するまで,モータ設計と制御アルゴリズムの両方を同時に改善していきました.

その後,Continuous Solutions 社のエンジニアが新しいモータ設計のプロトタイプを作成してテストしたところ,その性能はシミュレーション結果とよく一致しました.さらに,同社は大量生産を目指し,この技術の商用化に向けて,Nidec Motor 社と戦略的パートナーシップを結びました.この新しいモータは,同クラスの永久磁石モータと同等の効率,出力密度,騒音性能を備えつつ,永久磁石モータよりも価格が 20 ~ 50% 低く,しかも 50% 高い温度環境で動作します.

磁束鎖交(Vs)

トルク(Nm)

電流(A)

電流(A)

角度(度)

角度(度)

< Continuous Solutions社の100kW SRM用 MIL規格コントローラー(トルクリップル 低減技術を採用)

© 2019 ANSYS, INC. ANSYS ADVANTAGE I 27