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– 25 – はじめに マイクロ波照射を用いた材料開発は、特異的反応性 や反応の効率向上などの有用性から近年注目を集めて いる研究分野の一つである。最近、我々は有機化合物 の水素、重水素の H/D 交換反応がマイクロ波照射によ り高効率に促進することを見出した。従来法と比較し 飛躍的な反応時間の短縮が望める合成方法である。そ こでマイクロ波照射を用いた様々な有機化合物の重水素 化反応並びに材料への応用について研究を進めている。 研究対象と狙い 下図に分類される有機材料に注目しそれらの重水素 化合物を得ることを一つの目標としている。また同位 体を用いることによる機能付加、性能向上を狙ってい る。本発表では、有機 EL デバイスに用いられるりん光 材料の重水素化物を検討調査したのでこれを報告する。 方法 有機 EL デバイス用りん光材料として最も広範に研 究されている化合物群のひとつであるイリジウム錯体 を対象に、緑色発光材料である Ir ppy3 :トリスフェ ニルピリジナトイリジウム(III)錯体の重水素化物を 合成した。緑色発光材料としての基礎的発光特性と調 べるため、溶液中の発光スペクトル、量子収率、発光 寿命等を測定し、同位体効果(重水素化効果)調査し た。特に発光量子収率については相対測定法と絶対測 定法の 2 種を用いて比較検討した。 結果 Ir ppy3 -h 24 /d 24 各溶液中の測定結果、算出したパラ メータ等を表に載せる。発光極大(λ max / nm)は各溶 液中で緑色発光領域:511nm(トルエン中)~ 523nm (アセトニトリル中)を示し、顕著な同位体による差 異は見られなかった。発光量子収率はそれぞれ、溶媒 の種類によって Ir ppy3 -h 24 : Φ = 0.82 0.89, Ir ppy3 d 24 では Φ = 0.90 0.95 が得られ、いずれの溶液中に おいても Ir ppy3 d 24 が少し大きな値をとった。速度 定数を比較すると溶媒種によって輻射速度が異なる一 方、同位体効果は主として無輻射速度定数の差異に表 れたと見られる。無輻射の振動失活を伴って励起状態 から緩和する場合、一般的にその振動エネルギーが低 い方が速度は遅い。重水素化によって無輻射失活が抑 制された結果、発光効率が増大したと考えている。既 知材料の重水素化でポジティブな同位体効果を期待で きることが確認された。 謝辞 本研究の一部は、NEDO「革新的マイクロ反応場利 用部材技術開発」プロジェクトの支援を受けて行われ た。 図 重水素化合物を用いた機能性材料への応用例 1 Ir(ppy) 3 - h 24 / d 24 の発光特性に関するパラメータ (293K) Φ τ (10 -6 s) k r (10 5 s -1 ) k nr (10 5 s -1 ) solvent Ir(ppy) 3 -h 24 0.87 a 1.5 5.8 0.9 toluene 0.84 b 1.6 5.1 1.0 tetrahydrofuran 0.89 b 1.4 6.4 0.8 dichloromethane 0.82 a 1.8 4.6 1.0 acetonitrile Ir(ppy) 3 -d 24 0.93 a 1.6 5.8 0.4 toluene 0.90 b 1.8 5.1 0.6 tetrahydrofuran 0.92 b 1.7 5.5 0.5 dichloromethane 0.95 a 2.1 4.6 0.2 acetonitrile a b TX テクノロジー・ショーケース in つくば 2009 P-23 物質・材料 有機 EL 用重水素化イリジウム錯体の発光特性と評価 代表発表者 安倍 太一(あべ たいち) ■キーワード : 1)有機 EL 2)りん光材料 3)重水素化合物 所   属 (独)産業技術総合研究所 ナノテクノロジー研究部門 問合せ先 305-0051 つくば市東 1-1-1 中央第 5 TEL: 029-861-6296, FAX: 029-861-6296 [email protected]

有機EL用重水素化イリジウム錯体の発光 ...€¦ · 飛躍的な反応時間の短縮が望める合成方法である。そ こでマイクロ波照射を用いた様々な有機化合物の重水素

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Page 1: 有機EL用重水素化イリジウム錯体の発光 ...€¦ · 飛躍的な反応時間の短縮が望める合成方法である。そ こでマイクロ波照射を用いた様々な有機化合物の重水素

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■ はじめにマイクロ波照射を用いた材料開発は、特異的反応性

や反応の効率向上などの有用性から近年注目を集めている研究分野の一つである。最近、我々は有機化合物の水素、重水素の H/D交換反応がマイクロ波照射により高効率に促進することを見出した。従来法と比較し飛躍的な反応時間の短縮が望める合成方法である。そこでマイクロ波照射を用いた様々な有機化合物の重水素化反応並びに材料への応用について研究を進めている。■ 研究対象と狙い下図に分類される有機材料に注目しそれらの重水素

化合物を得ることを一つの目標としている。また同位体を用いることによる機能付加、性能向上を狙っている。本発表では、有機 ELデバイスに用いられるりん光材料の重水素化物を検討調査したのでこれを報告する。

■ 方法有機 ELデバイス用りん光材料として最も広範に研

究されている化合物群のひとつであるイリジウム錯体を対象に、緑色発光材料である Ir(ppy)3:トリスフェニルピリジナトイリジウム(III)錯体の重水素化物を合成した。緑色発光材料としての基礎的発光特性と調べるため、溶液中の発光スペクトル、量子収率、発光寿命等を測定し、同位体効果(重水素化効果)調査した。特に発光量子収率については相対測定法と絶対測

定法の 2種を用いて比較検討した。■ 結果

Ir(ppy)3-h24/d24各溶液中の測定結果、算出したパラメータ等を表に載せる。発光極大(λ max / nm)は各溶液中で緑色発光領域:511nm(トルエン中)~ 523nm(アセトニトリル中)を示し、顕著な同位体による差異は見られなかった。発光量子収率はそれぞれ、溶媒の種類によって Ir(ppy)3-h24 : Φ = 0.82~ 0.89, Ir(ppy)3

−d24では Φ = 0.90~ 0.95が得られ、いずれの溶液中においても Ir(ppy)3−d24が少し大きな値をとった。速度定数を比較すると溶媒種によって輻射速度が異なる一方、同位体効果は主として無輻射速度定数の差異に表れたと見られる。無輻射の振動失活を伴って励起状態から緩和する場合、一般的にその振動エネルギーが低い方が速度は遅い。重水素化によって無輻射失活が抑制された結果、発光効率が増大したと考えている。既知材料の重水素化でポジティブな同位体効果を期待できることが確認された。

■ 謝辞本研究の一部は、NEDO「革新的マイクロ反応場利

用部材技術開発」プロジェクトの支援を受けて行われた。

図 重水素化合物を用いた機能性材料への応用例

表 1 Ir(ppy)3-h24/d24 の発光特性に関するパラメータ (293K)

Φ τ (10-6 s) kr (105s-1) knr (105s-1) solvent

Ir(ppy)3-h24 0.87a 1.5 5.8 0.9 toluene

0.84b 1.6 5.1 1.0 tetrahydrofuran

0.89b 1.4 6.4 0.8 dichloromethane

0.82a 1.8 4.6 1.0 acetonitrile

Ir(ppy)3-d24 0.93a 1.6 5.8 0.4 toluene

0.90b 1.8 5.1 0.6 tetrahydrofuran

0.92b 1.7 5.5 0.5 dichloromethane

0.95a 2.1 4.6 0.2 acetonitrile

a b

TXテクノロジー・ショーケースin つくば 2009

P-23 物質・材料

有機 EL 用重水素化イリジウム錯体の発光特性と評価

代表発表者 安倍 太一(あべ たいち) ■キーワード : (1)有機 EL(2)りん光材料(3)重水素化合物

所   属 (独)産業技術総合研究所ナノテクノロジー研究部門

問 合 せ 先 〒 305-0051 つくば市東 1-1-1中央第 5TEL: 029-861-6296, FAX: [email protected]