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難読「企業ミ融合」六月躾り批評欄で睦めて簡環乍ら宋弘博士り所論l=封†ろ筆者の曾匪をホして置き皇したが、玄に再び
割箸の機曾な典へられょし圭ので、同じ趣旨をば、耕々詳論致しまして大方の御考察み煩し圭いミ思ひます。
セ
ナ法畢博士、未弘蔵太郎氏は∵薙誌「改造」の永聖二月貌忙「子弟の職業撰揮に就て」ビ題する“文々
濁げられて、現在」衆闇を惹きつつある智職階駿の失業開塩及び就職難セ、畢校数青空の鞠係を諭せ
られ、廉い観察を下されま℃た。
労働者階級の失業問題は、欧洲戦軍の凝結ご共に恍界の各観を見覿ふた、.粧臍的∵鹿骨約難問題の
商工軽臍.研究 竺奄弟四鶴 (軌藍録桝)
智識階級の就職放ミ教育
智識階叡の就職紫ヾJ教育
- 未弘博士の所論に射する批評 -
泉
大
一
(i〓ハ三)
OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ
弟】 巻 第四携
三六望 ・〓
;であつて、各固の焉故老、及び識者が抄なからす頭を惰ましてゐるものであ卜、従って叉之に濁
する各種の敢倉敷政約方策が基点しく接頭し凍った所以であります。然るに、期の様な静物者の失業
問題が今飼解決を見軒、鹿骨の禍根を為して居る今Fl、更に困難なる問題が我々の面前に現はれて凍
呈した。謂ふ所の智識階級の失業問題、
重雄して凍た経済界の不況ビ共に、其の脅威を窮めサ、幾多の拳校卒業者を憎亙して居るのであ入ソ1ま
す。従って兼弘博士の右の…文は、重く時機に投じた寄輿であるビ申さねばならないのであります0
殊に博士は、中央職業紹介肇鼻骨の委員ミ冨ふ、職業周蔵すは直接に関係ある立場にあられるので、
其の観察は極めて適切なものであ・り、従って単に此の文の筆者のみならす、心ある】般軋骨の人士、
特に子弟を擁する父兄及び職業を求めんどする子弟自身にごつて、考ふペき何物かを輿へたに相違あ
ちませぬ。唯、聾者の不敏なるが薦めか、博士の所論にほ敬服する所多いにも不拘、獅飽き足らぬ節
無しご致しませぬ故、蓑に博士の所詮を改めて伺ひ、講隅者をば、筆者の疑問写する所まで誇はふざす
る所以であります。
を開陳して行きたいビ恩ひます。
〓 小
OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ
兼弘博士に徒へば、大挙、尋問撃校等に学ぶ畢生が、其の就畢中から、早くも就職問題に就て苦慮
し、寧修の越腰も亦之に依って左右せられつつあるを観る時「教育制度の根本問題」どして考慮しな
ければならない串情が多く存在するビ言はれます。
籾て、此の問題に磯て、
ゐる権利軍費座富の範囲如何三云ふ問題であります。吾が国広於ては、今僻、子弟をば親の所有物の
磯に考へ、職業撰擢に戟ても、子弟の意思を金′、触成して、父兄一個の専断に依るこごが少くありま
せん。斯くの如きほ、往々にして、子弟の一生を誤るビ共に、又家庭的悲劇を惹き起す怖れのあるも
のであるから、「此の鮎に関する赴禽劇般の思想に射して、其の根本的舜草を切望せざるを得ない」だ
増され皇す。蓋し博士の考へにようますミ人には各々其の特色ビする所があり、軋脅は其の成員に
裁て、適材を適所に配し、各自の長所をば馨揮せしむるこどによつてのみ、鹿骨の進歩七繁粂ぜを困
るこぜが儲きるからであります。であるから、父兄が子弟ぉぼ、登然放償ま哉に養育するこざは宜し
て無いこビ勿論である労れぎも、
こで虜の様な博士の結論が参カまサ・「父現は管しく中東せラー々子弟の性格餞力等に就て、仔細なる
観察々怠らぜるビ同峰に、各挿職業東成て、正しき理解を得るこどを務め、子弟の職業撰揮に裁ては
先づ本人の意琴に塞きを置いた上、虚心以て親切なる相談相手ビなるが如き態度を、採らねばならな
智識階級ら就職難ミ教育
(ニ栗丘) 三
OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ
い」ゼ。(三月購攻造)
博士が蓼げられる考摩の第二瓢は、子弟の養育致養を以て、」樗の扱資事業の如くに考へ.るこぞの
課を正さんどする所に在ちます?而して、此の謬見から、子弟の職業撰楼上にも、悲しむりべき結果を
靡らすこどの多い夢は、最も注意しなければならない鮎である空中されるのであります。
∵子弟の職業撰野上、其の父兄が探るペき正常なる鹿度は右の通りでありますが、最後に最も憲蟄で
あるざ博士自らも考へられる畢は、智議階戯の失業問題及び就職難ぜ職業撰繹問題ビの関係であちま
す。博士は、此の鮎に観察を加へて、次の如くに諭せられます。智識階級の失業問題乃至就職難は、
今日膏々の等しく憎みつつある社骨柄でありますが、其の原因ピして考へられるのは、叫方に於て、
経済界の不振に因る=ビ勿論であります。然し「それよりも、一層根本的の原因ビして考へねば写宣
ないのは、明治此の方二股に行はれ凍りたる散骨思想の根本的誤謬である」ビ博士は噺せられます0
蓋し、博士によれぼ、従凍、吾が囲の教育なるものは、成功出倣の手段ビ考へられ、従って「観家有
為の材」の養成ゞニー臼ふこどばかちに熟申して賽たものでありますが、之は致育の本位を根本的に誤解
した思想ビ申さねばなりませぬ。
す「人間-人前宜して、何靂に出しても恥しからぬだけの智識ビ政審ビを備へ、叉固僅∵人前せしで
何厳に出しても退けを取らぬだけの見滴ビ賓カビを有つて屠りさへすれげ、我々は人せして叉国民セ
第」 巻 .路、四沸
(二六大) 四
OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ
して何等恥づる所なき立派な人格者である。而して散骨は、賓に斯くの如き人間ビして、観民空して
立鹿芥二人前の資格を作う輿へるこどに本位を濃かねばならないのであつて、闘家致育制度も亦賓に
この基礎の上に轟かれねばならないこビ素よトエ吉ふを侠たない」のであちます.。(き月兢峻嶺)
智識階級あ失業問題及び就職難ビ、畢校数育ビの関係に就て、康弘博士が説かれる所は、凡を看尤
説述した所で之を鼓したど考へられます。之を約言致しませば、鹿骨の一般的敵背思想を改めて父兄
並に子弟自身が、綻凍の誤れる出際達哉、成功主義の迷夢よら醒め、敦育の本義を酷認するこどが、
智讃階凝の失業及び就職難ある今日、最大の急務であるビ申さるるに在ります。
三
以上を以て大鰐、束弘博士の説かれる桝を沼述し得ただ信じますから、以下、其の各項に騙tて筆
者の考摩ご批評ヱを披渡して襲うます。
博士が、子弟に射する父兄の権利軍茸任ゼを明かにせられて居る瓢、及び、教育の本義を輝明せら
れで居る鮎忙就ては」筆者も其の趣旨に全く賛意を表するものであります。同時に、此の校な改めら
れ.た畠思想が、劇日も早く一般的輿論だして行はるるに至るこごを渇仰するこミノ放て人後に落つる
ものではない軍信℃て居ります。
¢
智識閥級の就職駄ゼ教育
(二六七) 玉
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第一奄.弟四班
(二六八) 六
唯1親が其の子弟をば所有物成する思想は、博士の言はるる如く、今筒存在するに疑無いのであり
ますけれざ‥も、筆者は之が甚だしー、其の勢力を失ひつつあちビ確信するも・のであ、ります。最近に於
て吾々は、家庭に生ずる新嘗思想の衝突三富ふ軋禽的現象を屡々耳にし、叉賓見もするのであうます
が、此の革質は、一面に於て、餞思想の存在するこぜを示すビ共に、他面に廉て、倦蔵的なる親権萬
髄ま我がh、次第に其の地歩を奪はれつつあるこざ蟹示すものども疲られます。少くど㌔常務の思想
に封立すべき新勢力が勃興しっつあるこどを欝讃するものである軍考へ毎らる.るのであります。従っ
て、家庭に於けるデモクラグシーは、侶命、吾が図の様な特別なる勒静を有って屠る家族制度の図に
於ても、今後益々有力ビなるこどが自然の勢ひである空中されます。であるから、此の翫に関しては
摩ろ楽観的立場を探るこどが能きるビ私は断言するものであちます。
第二の鮎を考へまサ。子弟の教養を以て、投資率業の⊥辟旦琴俄す思想は、博士が指摘せちる.ろ如
′、甚だしい謬見であります月面して此の誤れる思想は、吾が観に於て、強大なる根を張って居る.一般
的息想であるご聾者も考へます。けれぎも私は、之に罰して、斯くの如き潜果を誘致するに壷つヤ必
然的事情までも立入って考へねばならないざ思ふものであります。或る撰つた結果が生じた場合それ
を教生せしめたこ寧に就七二偶の粘から原因が老へられます。一つほ環境軍は関係なく、覇立に垂心
た場合であり鼓す。即ち偶螢性のもので、例へば焉故老の思想そのものが盛薄なために弊窓を蘭らす
′
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場合なぎ之であります。此の様な場合には、其の考へ方をさへ改めれば弊忍は自ら滑滅せしめらるる
こだごなり皇す。其の二ほ、誤謬が、畢純に誤謬をなした人だけの罪に踪するこミが能きない場今
換言すれば、環境が自ら人々をして、其の誤謬を虜さしめる様に出凍上ってる場合であり呈す。・かゝ
る場合には、一カに於ては誤謬をなし佗人の思想を改めるビ共に、他方に於ては、その諺囚を形追っ
てゐる環境其のものに向つても方策を施して行かねばならないのであります。今、謬想が赴魯的なも
のであるだすれば∵環境は敢曾的環境即ち種々なる敵令状態、或は経済状態に外なりよせぬ。之等の
状態が耐根ざこはつて謬想を誇導助成して居る場合には、敢禽状態や鞋臍状態に向つても改善を加へて
行かなくては、完全を期するこどが不可能であります。
籾て、子弟の教養を目して投資事業の如く考へ之に依って父兄が婿蒸に牧黍を得やうどする誤った
思想は、私によれば、・以上叙べた二秤の謬見の中の後者に廃するものであります。即ち、吾が図の「
般人に斯る誤謬を抱かせて居るには、必然的な外部的事情が存在するご考へられるのであります?然
らば、其の事情ごは何であるか軍曹三ぼ筆者の考へにょる時少くだも二っあらます。一つは、吾が図
に倦成約なる家族制度の慣習であり、其の二は、経済的生活程度の問題之であります。前者の億統的
なる家族制度の慣習だ申すのは、吾が図に於て家系が時に靂要成せられて居るこどに由凍するもので
言はば家系主義富も言ふペきものであります。其の結果、時にほ親が、自己の個人的欲望及び愉楽を
有識階故の就職詳ざ教育
(こ六九) 七
OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ
筋.山 金、廉四癖
八
ハニ羞0)
犠牲ごして、も、.子女を育成教養するこどをば義務空電ふるご共に、亭女は叉、成人の後、競り保護養
老に勉めるものであつて、此の蓮培的交互関係は、象系又は家門の維持教展写いふ思想に淵源するも
のであります。之は歴史的経過に才つて形成せられたものであTつて、犬にしては吾が園の豊兢が連綿
ビして窮り克く、鋸き親先崇拝の思想の上に葵かれて居る如く、小にtては叉、鵬般人の家庭に於て
も同じ膝史的鹿追ビ思想ビを認め得るのであります。斯くⅥ如き家系主義に動かさるる場合には、親
が子弟を教養するに普り、家届維持のための犠牲を渇くすが常であるから、従って叉、朝が其の活動
力セ失った老後の保障を子に求めるが如き期待戚を抱くのは一面常然ビ言はねばならないのでありま
す。
後者の経臍的生活程度ゼ冨ふのは、番が囲に於て国民の生活程度が一般に低く∵家庭内羊経済的飴
裕の極めて少いニーざを怠放するのであります。近頃、家計調査のこ首が頻らに唱へられ、近い内にそ
の賓際調査に着手するどか聞いて居ります。その結果が螢表せられれば、藩が国民の経済的生活程度
が、一層はつきりして愈るのですが叢には乗れを採用する術を持ちょせん。けれざも種々なる統計資
料によりまして、善が図の人口ビ蜘富、女人ロビ観民所得ぜの問に、非常な大きい開きのあるこどは
察せられます。今その二、三の例を示して見ます 一
大戴省の調べによりますミ大戦後に於ける倣界の主要観に於ける国民所得の∴人宛卒均所得額は
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又、来観バンカーストラ人ソスト禽赴の一九二三年(大正十二彗に於ける、政界ま要図の国富一人宛平
均額は次の如くであらます。
大磯左の如くであり皇す。
次に日本物業銀行の調べに∵よる、各観の貯金高を見るに一九二二年末に於て左の永く示されて居り
ます。
米 蘭
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日 悌 英 自 伊 米 智識階故の就職静ミ教育ノ
観
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本
四、一九四円
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二〇六五 (
貯金者こ人常平均額)
六五七円
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圃 退 園 観 閲 観
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円
(人口育三付貯金者ノ割合)
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四九
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こ七一) 九
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二、九七八円
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五三七
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(こ七二) 一〇
第一巻 第四覇
貯金局-㌣り昨年出ました「貯金局統計年報」によりますど、嘗固に於ける郵便貯金預金者欺は、大正
十三年末に於て、約三千萬人。絶入口八千二百番人に比し約三部五分に替ります。而して其の預金額
の一人昔年均貯金額は、三十六固九十餞であります。英園は日本ビ似で、全人口の約三剤八分が郵便
貯金を致して屈うますが、其の一人皆卒均貯金額は官四十四囲三十七餞官報告せられて屠ト‥ます。
之等によりましても、日本人の経済螢活に飴裕の少い空言ふこ芭が伺はれるビ思ひます。
それ政子弟に高等致育を授けんどするこごは容易な業ではなく、若し放てなす時は、それが焉めに
多くの犠牲を沸はねばならないのであります。子弟に梱嘗なる教養費を供給しても、親が何充分なる
生活費を獲得し得るならばよいけれぎも、斯くの如きは寧ろ少く、多くは子弟を教養するだけでも甚
だ過塞なる負撥どなり、辛じて・之を渇すか或は之をなす可能性を全く有たない人々も甚だ多いのであ
ト‥ます。此の如く、経済的に鎗裕のない父兄が、子弟の畢修のために少なからざる犠牲を排った場合
に於ては、畢業終了後の子弟に対して経済的にも期待感を抱くこピは一国無理からぬこごであり、此
のこどから又、畢校数育をば、就職の手段成する結果も導き出されるのでほありますまいか。
勿論、筆者ご錐も、右に簸べた慄な、子弟に射する親の期待戚従って又、寧校数育をぼ就職手段せ
考へる土ごを正しいごて是認するものでは毛頭ありません。畢校数育1否筍くも絶ペて教育たるも
のは1教育なる文字が示す如′、、智識ご人格ビに就て教導、育成して行くべきもの陀るこそには疑
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四
智識階顔の失業問題及び就職難ビ職業横澤問題ビの関係に裁て、未弘博士は、.嚢にも紹遁致した過
ち智識階叔の失業及び就職難の根本的原園は教習思想の根本的誤謬に在りビ申されます。即ち徒凍の
致育は、成功出世の芋段ビ考へられ、之が今筒一般的思想ざ二はつて居るが、是甚だしき詳解であつて
教育の本位け「人格の完成」に在るこざを高調せらるるのであります。
敵背を以て風功出眩の手段ドニはすこミ即ち一つの登龍門ビ看るこごの正しからぬこどは言ふを供
ちませぬ。・唯、博士の申される如く、此の謬想が、然かく有力に現存し、而も智識階叔の失業及び就
職難の根本的原因をなして・居るものであるかに就ては、私ビしで一考無きを得ないものであhてます0
明治の初年、欧風の教育制度が浸潤し凍り、之登早けた者が、敢愈的に大なる便宜を虚へられた所
ひありません。唯如上の綴りたる思翠は、軍縮なる謬見ビして一蹄し得る以上に、一層根本的な考察
を嬰求するものであるビ思はるるのであります。そして、この根本的な考察の結果は、即ち聾者が蚤
に示した二つの原因ビなるのであうます。故に此の試れる一般観念を、正しき方向に改めんごするに
常っても、筆者が示した二偶の原因に注目して為されねばならないこごを指摘せんビ欲するのであ♭
ます。 智
識階紋の就職雛ミ教育
(二些ニ) 】一
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(二七四) 】】芯
琴】 巻 欝四披
から、教育は恰も出世の敦備門の如くに考へられ、而して此の風習は永く赦曾に爾後して、今日も其
の遺風の存在するこどは、或は是を認め得るでありませう。けれざも、此の出低主義が現在博士の申
される様に有力なものであるどは考へ得られないのであります。現在の畢生を以て、等しく出世ま義
成功主義に動かれて居るものであるざ言ふ観察は、明治時代の畢生思想を、其の皇ま移して今日の畢
生に適用せんどするものではあト‥ますまいか。それども亦、畢生の思想上の挺遷を閑却して、明治の
風習が、現在も其のまま玉條宣して遵奉せられて居るものどなすものではあり呈すまいか。筆者を⊥
て富はしむれば、現在の嬰生には、博士の言はれる様な出世重義、成功主義ほ甚だ稀少であるビ断言
します。現在の畢生ほ、最早乗れ程、夢幻的ではなくて、温かに現質的ダニはつて居るビ観るのが重曹
ではあhソ⊥ます去いか。教育を出鹿成功の手段たこソビ考へる程、畢生の思想は不易で且つ軍縮ではなか
らうだ思ひます。
筆者に徒へば、故習の現状は、出世、成功の手段だせられて居る呈昌はんよりも、職業獲得の手段
ごせられて居るビ言はんだ欲するのであります。即ち、翠に成功空か出世ビか言ふ如き莫然たる封象
ではなくて、直に糊口の問題宣して切賃に迫る「職業」が剖象でありまサ。だから、今日の故習は、侶
ちに之をば、職業獲得重義に動かされつつある教育ご申しても、さしで過言ではないのであります。
然乍、職業獲得ま義による教育も、やはり敵背をば「人格完成」以外のものへの手段てなすこぜ言隼
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五
時じて智識階顔の失業及び就職難ご教育ごの関係に移ります。此の失業及び就職難が、博士の申さ
れ名標に最も多く、敵背思想の誤謬に基くものであるぜ断定するとご龍対してけ、私は遥かに首肯す
あこゼの懐きないものであります。
何アニはれば、試れる教習思想が、就職難の最も根本的原因であるrビすれば、之が改められた時には
智識階顔の失業及び就職難の大部分は除かれねば月らないわけであります。けれざも私には、致背恩
想定職魔猿得ビは、本務何等の関連も無い事柄であるビ偲はれ呈す。教育思想が改められたごして鳥
痙臍組織がヨワ多数の活動者を収容し得るのでなけれぼ、就職難は依然せして存在するのではありま
於ては、出世主義ビ撰ぶ研があらません。・従って之場数育の本義を誤った邪道であう、掻斥すべきも
ので′透って、博士の非覿は其のまま加へ得らる
生をも、明治時代、殊に明治の初期のそれの如く∵いつまでも「青雲の志」を擁いて、郷関を出づる様
な亀のの如くに考へられるのに、同じ得ないこぜを明かにしたのであり鼓す。而して叉、此の畢生心
遡を描き出した鮎では、極く最近皇で、畢生々活に在った筆者のカが、或は来弘博士よりも■、一層愛
嘗なる観察を下し得たのではあるまいかど、秘かに自負するものであります。
智識階級の就職静ミ教育
(二七五) 】三
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すまいか。
殊に、就畢者の細べてが、螢業終了後ご維も、父兄又は其他の擁護者から、恩恵を享けて生活t符
牒程の者ならば、経済的問題はありません。然し、斯くの如きは、棒く少数の恵まれたる子弟に限ら
れます。多数の畢生は、既に言及致した様に決して此の様な壁活の貸金地潜を有つてゐるものではあ
も‥ませぬ。大多数の畢菜終了者は、・校門を出た其の瞬間から、先づ期日の費ゃ求めねばならない状態
に置かれてあトごます。著し、一定の畢業を終了した老は、必ず一定の生活を保障せられるものどすれ
ぼ、教育は怖らく、最も理想的に行はれ、各人は生活の脅威に競々たるこアニ甘く、暢然光る態度を以
て、所謂「人格完成」の喪を馨げるこどが儲きるであらう。屡々繰返す如く、致育が就職の手段で無
いこごは之を認めるに巻かなるものではないけれぎも、馬入が顔回の如く、一蟹の食、一瓢の飲、随
巷に在って筒其の異を改めざる底の悟界に朝上げられない限り、就畢賓が就畢の問、全く職業開題に
頻らはされない宣言ふこモは理想に止まるビ申さねばなりますまい。吠が如豹のみで生てるものでな
いこざは、眞理たるに疑あうませんけれざも、同時に人は、勉豹なくしでは生くるもので克いこゼも
も眞理であります。嬰業終了後、通常なる職業獲得の保障公く存在しない今日、或ほ暇令職ほあって
も通普な牒生活資料が得られぬ写すれば、畢校数膏自身は、八蟄元成に立脚してなtたどしても就職
難は、其のま主席在する筈であります。要するに筆者が言はん宰欲するこどは、次の一瓢にあるので
第一巻 第、四紙
(二七六) 一四
OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ
す
疲青息想を改めるこミが、直ちに就職難の消滅ビなるモは考へられぬビ富ふのであります。少し困
苦亮しく申せぼ、前者の思想的、観念的領域が、直ちに後者の経済組織的、現嘗的領域の改染着ビは
なち得ないゼ言ふのであります。斯く申せばどて、筆者が、思想ビ現欝(嘗際)どの密接なる関係を否
定する着であるどて攻難されるの吋不労であちます。筆者は寧ろ、思想ビ現賓セの相関々係をば特に
強く認めるものに外なら甘いのです。唯、薔々の問題に就いで見る時、特に教育忠想ゼ就職難ぜを因
果的に考ふるこどに封tて疑問を挟むものに過ぎないこざを注意して欲しいのであります。
一つの慣例を以て申しますぺ菰に二爛の青年があるどし、彼は豊かな塾術的天分を有って居るた働
金生涯を奉げて、自己の良所の螢輝に勉めやうど決心したピ致します。彼の家庭も亦、彼の希望に射
して正しい理解を看ち、其の目的を達成せしめるために、通普なる致養を輿へやう亡したどします。
然るに、彼の家庭は資力の触芋セめ、辛じて彼をげ〓定率稜だけを了へさせ得て、それ以上は少しの
経済的援助々も典へ得ないビ
た場合の如きは別ビして、通常ほ、先づ生活の食めに、時には本務の目的ビは異なる職業を求めねば
ならない†〕ゼも無いごは眉はれません。そtて。この状態が、大磯に於て吾々が生存してる今日の妖
飴である宮中して差支へないビ思ひます。職業撰揮なり、教養打アりに関して正しい理解から之をなし
智識僧顔の就職駄ミ瑚育
(二七七) 一五
OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ
たどしても、その儀果が常に必ずしも職業獲得の保障ビはなり得ないのであbます。
校内単一歩外に出れぼ、何人も山粒の蓼だに輿へてくれな小現在に於ては、就辟者が就車中、既に
就職問題に考慮を巡らすこヱは、一面鎗らに督然のこごでほあり呈すよいか。「何々食ひ、何を飲み、
何を着んぜて恩ひ煩ふな」(最大停六ノ≡) ダニ呂ふ基督の致への眞理も認められますけれざも、同時に
文「衣食足って砲節を知る」てふ思想も考ふべき眞理を有つものであるざ倍やるのであり皇す。
大
粒臍啓上の入日理論に於て、其の創始者たる粂容を荷負ふて居るロバート、マルサスは、人口が食
物よりも邁かに速かに増加し咽くこど、従って之を、何等の制限なき状感に放任しておけぼ、入間の
経済赴曾が低落して行くこ宰を敦へました。つまぺ入間は、∵万に於て自由に結婚し、訂由に生殖す
る権利をもつて居るが、他方には又」そのために磯俄に露らされる自由もあるこざセ致へたものであ♭
ます。著し生れ寒々る者をすべて生存せしめやう写すれぼ、一定限度以上には出生するこどを賛じな
ければならない鷺です。若し又出生の方を自由にしておくならば、出生する絶べての生存を保障する
こごが不可能だなるので為らま甘。此の関係は、移して学業終了者せ職業ビの関係にも持ってくるこ
ざが能きるビ思はれます。学業終了者は毎年1而も幾分曙加し乍ら1多数に鹿骨に選り出されま
第∴ 令 弟四兢
(二七入) 一六
OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ
す。世界戦寧後、賓業尋問畢校なぎは非常に曙設せられたため、一層多数の嬰業終了者が出るこドニこ
なつて居る現状です。然るに、職業は、之†同じ歩調を以て収容力を増加して行くさは申されません
殊に世界的不況以凍は、経済界が縮少し、その収容力を桝簸せられつつあるにも不拘、螢業終了者は
規則的に檜加しでゆくのであトます。恰も人口ビ食物ビの如くであちます。
それ故、著し畢業終了者は常に職業獲得の保障が輿へられる正するならば、免づ畢校数背を享ける
者の款な制限する必要があります。之に反して、教育は之を自由にするならば、総べての学業終了者
が何れも直に職業を得るこごはーi殊に経済界の不況なる場合には一因難ごなるは普然ご恩はるる
のであちます。
原則ビしては、畢業終了者が増加し、従って欲望が曙加し、之が経済組織を療破してゆくこビビな
って、人口ビ経済組織ビが相協調して行くべきでありますけれざも、その調節が直に行はれるこどが
困難であり、加ふるに他の種々なる外部的原因が之を妨げるのであbます。
斯くて我々は、経臍組織の収容力が一方に於て大ごならなければ、偶命、教育のま哉だけを改めて
も、就職難は依然存在するもめである軍観なければならぬ立場に締着したのであります。
(完)
(附託) 引用した統計に就てほ、北條、本田両氏の靴底に預る=ざ少なからず。玄に蒜して謝意を表します。
智識階硯の就職難竜教育
(二世九)′ 一.七
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