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94 日看管会誌 Vol. 12, No. 2, 2009 The Journal of the Japan Academy of Nursing Administration and Policies Vol. 12, No. 2, PP 94-105, 2009 資料 日本とフィリピンにおける 病院看護業務の比較 ―タイムスタディー法を用いた主要業務の検討― A Comparison of Nursing Practice in Hospital between Philippines and Japan ―Examination of Main Nursing Practice by Using Time and Motion Study Method― 田中博子 1) 志賀由美 2) 西垣 克 3) Hiroko Tanaka 1) Yumi Shiga 2) Masaru Nishigaki 3) Key words: nursing practice, Filipino nurses, details of clinical training, acceptance of foreign nurses : 看護業務,フィリピン人看護師,臨床研修内容,外国人看護師受け入れ Abstract The purpose of this study is to examine the details of clinical training to be provided to Filipino nurses to accept them into the Japanese hospitals. For this purpose, we conducted the continuous observation surveys both in hospitals of Japan and the Philippines. Each nurse was attended by one investigator, who recorded and encoded the nursing tasks every 30 seconds, and then summarized the frequency with which each task was observed based on the classification table of nursing practice. When the practices are arranged in descending order of observation frequency in the medical wards and surgical wards, the top three practice, i.e., "recording and checking of documents", "reporting and information exchanging" and "assistance of medical diagnosis and treatment" are common in both countries, although the sub-items included in the task of "assistance of medical diagnosis and treatment" are different. There is a difference among the nursing practice ranked in fourth place or lower between the two countries. The results obtained in Japan show that the fourth-place practice is "care of daily life", followed by "instruction along with medical treatment" and "observation and rounds in the ward", indicating the tendency toward the tasks directly related to patients' care. On the other hand, the tasks ranked in fourth place or lower in the Philippines demonstrate the tendency that the tasks directly related to patients' care are fewer. In summary, the principle nursing tasks are common between the two countries, while some differences are found due to the specific medical circumstances and the cultural gap. To accept the Filipino nurses, the trainings should aim to (1) continuously support their mastery of the Japanese language essential to the information recording and exchanging, (2) improve their practical abilities to directly care for patients, and (3) deepen their understanding of the nursing system specific to Japan, as well as the characteristics of the Japanese society and culture. 本研究の目的は,日本とフィリピンにおける病院看護業務内容と観察回数の比較から,フィリピ ン人看護師を受け入れる際の臨床研修内容を検討することとした.タイムスタディー法を用い,1 受付日:2008 年 5 月 2 日  受理日:2008 年 12 月 27 日 1) 神奈川県立保健福祉大学 Kanagawa University of Human Services 2) 前静岡県立大学 Former University of Shizuoka 3) 静岡県立大学 University of Shizuoka

日本とフィリピンにおける 病院看護業務の比較 - 日 …janap.umin.ac.jp/mokuji/J1202/10000009.pdf94 日看管会誌 Vol. 12, No. 2, 2009 The Journal of the Japan

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94 日看管会誌 Vol. 12, No. 2, 2009

The Journal of the Japan Academy of Nursing Administration and Policies Vol. 12, No. 2, PP 94-105, 2009

資料

日本とフィリピンにおける 病院看護業務の比較

―タイムスタディー法を用いた主要業務の検討―A Comparison of Nursing Practice in Hospital between Philippines and Japan ―Examination of Main Nursing Practice by Using Time and Motion Study Method―

田中博子 1) 志賀由美 2) 西垣 克 3)

Hiroko Tanaka1) Yumi Shiga2) Masaru Nishigaki3)

Key words: nursing practice, Filipino nurses, details of clinical training, acceptance of foreign nursesキーワード : 看護業務,フィリピン人看護師,臨床研修内容,外国人看護師受け入れ

AbstractThe purpose of this study is to examine the details of clinical training to be provided to Filipino

nurses to accept them into the Japanese hospitals. For this purpose, we conducted the continuous observation surveys both in hospitals of Japan and the Philippines. Each nurse was attended by one investigator, who recorded and encoded the nursing tasks every 30 seconds, and then summarized the frequency with which each task was observed based on the classification table of nursing practice. When the practices are arranged in descending order of observation frequency in the medical wards and surgical wards, the top three practice, i.e., "recording and checking of documents", "reporting and information exchanging" and "assistance of medical diagnosis and treatment" are common in both countries, although the sub-items included in the task of "assistance of medical diagnosis and treatment" are different.

There is a difference among the nursing practice ranked in fourth place or lower between the two countries. The results obtained in Japan show that the fourth-place practice is "care of daily life", followed by "instruction along with medical treatment" and "observation and rounds in the ward", indicating the tendency toward the tasks directly related to patients' care. On the other hand, the tasks ranked in fourth place or lower in the Philippines demonstrate the tendency that the tasks directly related to patients' care are fewer.

In summary, the principle nursing tasks are common between the two countries, while some differences are found due to the specific medical circumstances and the cultural gap. To accept the Filipino nurses, the trainings should aim to (1) continuously support their mastery of the Japanese language essential to the information recording and exchanging, (2) improve their practical abilities to directly care for patients, and (3) deepen their understanding of the nursing system specific to Japan, as well as the characteristics of the Japanese society and culture.

要  旨

本研究の目的は,日本とフィリピンにおける病院看護業務内容と観察回数の比較から,フィリピン人看護師を受け入れる際の臨床研修内容を検討することとした.タイムスタディー法を用い,1

受付日:2008 年 5 月 2 日  受理日:2008 年 12 月 27 日1) 神奈川県立保健福祉大学 Kanagawa University of Human Services2) 前静岡県立大学 Former University of Shizuoka3) 静岡県立大学 University of Shizuoka

日看管会誌 Vol. 12, No. 2, 2009 95

名の調査対象者に 1 名の調査要員が追従し,30 秒ごとに業務内容を記録,コード化し業務分類表に基づき集計した.その結果,両国の内科,外科病棟で観察回数が多い上位3業務は,『書類の記録・点検』,『報告・連絡・情報交換』,『診療の介助』で共通だった.しかし,『診療の介助』に属する小項目業務は異なっていた.

一方,4位以下の業務には違いがみられた.日本では4位以降に続いた『身の回りの世話』,『療養上の指導』,『観察・巡視』は直接患者に関わるケアという特徴があり,フィリピンの4位以下の業務は,患者に直接関わるケアが少ないという傾向が明らかになった.

以上より,日本とフィリピンでは,主たる看護業務に共通性がある一方で,医療事情や文化などによる違いが認められた.フィリピン人看護師を日本で受け入れるためには,①記録や情報交換に必要な日本語の習得への継続的支援,②患者に直接関わるケアの実践能力を高める,③日本独自の看護制度や社会・文化の理解,を含めた研修が必要である.

Ⅰ.はじめに

日本政府はアジア諸国との経済関係を強固にするため経済連携協定(EPA)の調印を進めた結果,2006 年 9 月にフィリピン政府との締結に至った.これには,関税撤廃や物の移動だけにとどまらず,人の移動も盛り込まれる結果となった.この協定により,日本に外国人看護師が就労する門戸が初めて開かれ,受け入れ条件や第 1 回目の受け入れ人数枠が決定され,受け入れのプロセスが進行しつつある.

では,外国人看護師を受け入れる際に問題点とは何であろうか.諸外国では外国人看護師受け入れの歴史があり,外国人看護師が異国で看護を行う際の障害・問題点もいくつか明らかにされている.一つは言葉の問題である.外国人看護師が受け入れ国の言語を使えないことに対し,受け入れ国も問題視しており,語学研修,試験を課し基準のクリアを要求する制度を設けるなど語学政策をとる国もある(Buchan, 2005;Hawthorne, 2001;浦野 , 山口 ,2007).

送り出し国と受け入れ国間での看護業務の違いによる問題も挙げられる.WHOのレポート(Abou, et al., 1997)では,多くの国で様々な要因により看護業務が異なることが報告されている.山本(2003)は,各国には看護師の業務内容を規定する法律が存在し,その法律が看護業務の範囲を規定していること,医師をはじめとする医療職者の数が看

護師業務の広がりに関与していると述べている. Miles, et al.,(2006)によれば,看護師の処方行為を許可している国もあり,それはその国の医療サービスのニーズから生じているとされる.これらの報告より,送りだし国で看護師に実施が認められていない技術,あるいは実施したことのない看護業務が受け入れ国で求められる場合があるということが言える.さらに,看護師として働くために必要な基準や能力および資格は国によって異なり,両国で共通する知識・技術に関しても,受け入れ国とは異なる方法で教育・訓練を受けている場合もある(Buchan, et al.,2005)という.

このように,看護業務範囲,必要とされる知識・技術の内容やレベル,受けた教育方法は国により異なるため,その違いを十分に検討した上で,外国人看護師が受け入れ国の看護への適応できる対策をとることが,受け入れ国の医療の質と安全を確保する上で重要である.

今回のフィリピン人看護師受け入れのプロトコールは,臨床経験 3 年を経たフィリピン人看護師は,入国後は 6 か月間の日本語研修を受け,その後医療機関で 2 年半の間,就労研修を受けながら日本の看護師国家試験受験をし,合格した場合は日本人と同等の条件で就労可能というものである.日本看護協会は受け入れ側医療機関で実施する就労研修の在り方が重要課題であるとの認識を示している(岡谷 ,2005).臨床での研修体制の整備を進める際には,国により看護業務が異なるこ

96 日看管会誌 Vol. 12, No. 2, 2009

とを前提に,日本とフィリピンにおける看護業務の違いを把握の上で,具体的な研修項目,方法を検討することが必要である.外国人看護師受け入れに関する研究では,宮下ら(2006)の利用者のニーズを明らかにしたものや,朝倉ら(2007)のフィリピン主要関係機関を対象に日本での就労の可能性とその問題点などを調査したものはあるが,実際の観察に基づいて日本とフィリピンの看護業務の違いに焦点を置いた研究はない.

そこで本研究では,日本とフィリピンにおける看護業務観察の分析から,共通点と異なる点を明らかにし,フィリピン人看護師を受け入れる際の臨床研修内容を検討することを目的とした.

Ⅱ.研究方法

1.調査対象日本とフィリピンの首都圏に位置する公立総合

病院各 1 施設の内科病棟と外科病棟各 1 病棟に勤務する看護要員とした.看護要員とは,看護師と看護補助職を含み,日本は,看護師,看護助手,病棟クラーク延べ 68 名,フィリピンでは看護師,看護助手延べ 40 名であった.対象病院の概要は表1に示す.

表1.調査対象施設の概要

日本 フィリピン

開設年 1960 年 1941 年

病床数 637 床 300 床

平均在院日数 23.3 日 5.0 日

1 日平均外来患者数 1620 人 485 人

医師数 77 人 123 人

看護師数 423 人 128 人

准看護師数 5 人

助産師 26 人 Midwives 7 人

看護助手 * Nursing Aids 41 人

薬剤師 19 人 7 人

*:外注要員

( 注)日本のデータは平成5年度の対象病院年報、フィリピ

ンのデータは Hospital Statistical Report for the year of

1994 を参照した

2.調査期間1994 年 9 月に日本で,10 月にフィリピンで調査

を実施した.各病棟での調査は深夜帯から開始し連続 2 日間のデータを収集した.

3.調査方法およびデータ収集項目1)タイムスタディー法による看護業務調査タイムスタディー法を用い,1 名の調査対象者

に 1 名の調査要員が追従し,30 秒毎に看護師が行っている業務内容を記録した.調査要員とは,看護師の業務内容を記録する役割であり,研究者は日本・フィリピンにおいて,現地の調査要員へのデータ収集方法の説明・訓練を実施し,確実に記録で きることを確認した.調査期間中は少なくとも研究者 1 名が,病棟内に待機した.待機中には看護業務の記録はせず,患者や付き添い者,医療職の観察を行い,疑問点は業務調査に支障がない範囲で質問した.また,フィリピンの日勤帯では,業務をコード化する際の補助目的に看護師業務をVTRにて記録した.各病棟 2 日間のうち 1 日目は病室にて定点録画し,2 日目は看護師1名を追跡録画した.2)患者属性患者の属性情報として,疾患名,年齢,性別,

看護度を収集した.看護度は前田ら(1985)が使用した看護度分類(表 2)を用い,看護師が各勤務帯の一定時刻に記入した.フィリピンでは,研究者が英訳した看護度を使用した.記入された看護度は,研究者が患者を観察し,カーデックス情報と照合して確認した.3)看護要員属性年齢,看護師経験年数,調査病棟勤務年数を収

集した.4)フォーカスグループによる看護業務調査結

果に対する討議調査データの単純集計が済んだ 1994 年 12 月に,

両国の看護管理者と看護教育者,国際機関の看護担当者および研究者による調査結果に関する意見を収集した.

日看管会誌 Vol. 12, No. 2, 2009 97

4.分析方法タイムスタディー法により得られた看護業務の

データは,越河(1987)による看護業務内容分類基準を一部変更したものを用いてコード化し,中分類 26 項目別(表 3)に観察回数を集計した.コード化は記録した調査要員自身が行い,研究者が後に確認し分類の妥当性を確保するよう努めた.

分析は,国別,病棟別に中分類 26 項目の全観察回数に対する割合を算出した.以下,中分類項目を『 』,小分類項目を「 」で示す.尚,『診療の介助』はそれに属する小分類業務においても集計した.また,今回は看護要員のうち,看護師を分析対象とした.

表3. 看護業務中分類表

コード/業務 コード/業務

01 観察・巡視 15 器械・器具・材料の取り扱い

02 カンファレンス 16 薬品の取り扱い

03 療養上の指導 17 助産師の行っている業務

04 報告・連絡・情報交換 18 管理業務

05 書類の記録・点検 19 環境の整備

06 身の回りの世話 20 請求・受領

08 食事の世話 21 各所との連絡

09 与薬 22 会議・教育

10 検温 23 スタッフの職業人としての成長

11 各種測定 24 雑用(患者に関する)

12 患者の移送(送り出し・迎え)25 私用

13 診療の介助 26 一般事務(その他雑用)

14 諸検査介助 28 手洗い(*)

(*)”手洗い”は、今回追加したコードである

5.倫理的配慮対象病院には,事前に研究目的・方法を文書で

説明し承諾を得た.看護要員へは病棟看護管理者を通じ研究目的および方法を説明し,承諾を得た.患者へは,病棟師長または看護師が,調査目的・方法ならびに治療,療養生活には支障が及ばないことを口頭で説明した.看護ケアの実施場面では,調査要員は看護師の動きを察知できる場所にて待機し,患者のプライバシーを保護に努めた.また,看護師と患者の情報は,個人が特定されないよう収集し,データ処理した.

表2.本研究で使用した看護度

分類内容      点数

Ⅰ.看護観察の程度絶えず観察が必要である(1時間以内)

5

2 ~ 3 時間ごとの観察が必要である 4

1 ~ 2 時間ごとの観察が必要である 3

定時の観察程度でよい 2

Ⅱ.生活の自由度常に寝たままである(安静度上、機能上)

5

ベッド上で体を起こせる(自力で、介助によって)

4

病棟内の歩行(車イス、松葉杖等の使用を含む)ができる

3

一人で歩行ができる(病棟内) 2

一人で制限なく歩行ができる 1

Ⅲ.意識レベルの程度反応しない、あるいは反応するが呼んでも答えない

5

呼んでも答えないが、開眼したり動かして反応する

4

覚醒しているが、どこかぼんやりしている

3

正常 2

Ⅳ.精神症状の程度妄想・幻覚・拒絶などがあり、常に不安定

5

時々不安定になり、協調しなくなる 4

特に問題ない 3

Ⅴ.生活の自立の程度

イ.食事 経管栄養をしているか、禁食中である

5

食事介助が必要である(自力摂取が困難)

4

準備・後始末が必要である 3

一人で自由にできる 2

ロ.排泄 カテーテル留置・オムツ交換をしている(失禁患者、下痢、自己管理できないコロストミー患者)

5

介助が必要である(便器、尿器使用)4

誘導・介助にてトイレまで行ける 3

自由に一人でできる 2

ハ.清潔 自分では全くできない(安静度上、機能上)

5

部分的な介助が必要である 4

入浴またはシャワー浴介助が必要である

3

自分で自由にできる 2

二.衣服の着脱 自分では全くできない(安静度上、機能上)

5

部分的な介助が必要である 4

自分で自由にできる 3

Ⅵ.その他

レスピレーター装着中 5

(持続)吸引 5

モニター装着中 5

持続点滴(CV,IVH等を含む) 5

感染症(隔離、褥創等) 5

各種チューブ、ドレーン留置 5

98 日看管会誌 Vol. 12, No. 2, 2009

Ⅲ.結果

1.入院患者の属性入院患者の平均年齢は,日本内科 62.6 ± 16.6 

歳,外科 55.7 ± 17.1 歳,フィリピン内科 49.9 ±18.4 歳,外科 33.2 ± 14.4 歳であり病棟別では日本の方が高かった(t- 検定:p < 0.05).疾患では,日本は「新生物」が,フィリピンでは「感染症および寄生虫症」,「損傷および中毒」が多かった(表4).看護度では,内科病棟では日本の患者の方が看護観察の頻度が多い一方,外科病棟ではフィリピンで安静度が高い傾向にあった.尚,各日あたりの心電図モニター装着患者は,日本の内科 6 名,外科3名,フィリピンでは内科・外科ともに0であった(表 5).

2.看護師の属性看護師の平均年齢は日本 26.5 歳,フィリピン

28.9 歳であった.調査病棟の平均経験年数は,日本 2.7 年,フィリピン 1.8 年で,日本の方が長かった(t- 検定:p < 0.01).

3.調査病棟の看護要員数,患者数,調査要員数

調査期間中の実調査要員数は日本 25 名,フィリピン 15 名であった.看護要員数および患者数は表

6 に示す.

4.連続観察法による看護業務観察回数1)看護業務中分類 26項目の分析(1) 内科病棟2 日間の看護業務観察回数は,日本では 25653

回,フィリピンでは 14299 回であった.観察回数が多い上位3業務は,日本は,『書類の記録・点検』

(20.1%),『診療の介助』(17.1%),『報告・連絡・情報交換』(15.8%)であった.フィリピンでは,『書類の記録・点検』(32.0%),『報告・連絡・情報交換』(17.8%),『診療の介助』(17.0%)であった.この 3 業務は両国で共通しており,さらにこれらで総観察回数の 50%以上を占めていた(図 1).4位から 6 位の業務は,日本では『身の回りの世話』

(9.5%),『観察・巡視』(4.7%),『療養上の指導』(4.7%)で,すべて患者と直接接する業務であるのに対し,フィリピンでは,『与薬』(4.5%),『その他雑用』(4.4%),『会議・教育』(3.6%)であった.

『診療の介助』中,注射業務の占める割合は,日本65.5%,フィリピン 85.4%であった(図 3-1).尚,注射業務とは,「点滴注射介助」,「注射前準備」,「静脈注射介助(管注)」,「皮下皮内注射実施」,「筋肉注射実施」,「筋肉注射介助」を含むものとした.(2) 外科病棟2 日間の看護業務観察回数は,日本では 33940 回,

表4.入院患者の疾患

日本 フィリピン内科 外科 内科 外科

Ⅰ.感染症および寄生虫症 0 0 18 0

Ⅱ.新生物 15 32 5 5

Ⅲ.内分泌、栄養、および代謝疾患ならびに免疫障害 2 0 4 1

Ⅴ.精神障害 0 0 1 0

Ⅵ.神経系及び感覚器の疾患 0 0 1 0

Ⅶ.循環系の疾患 0 0 15 0

Ⅷ.呼吸系の疾患 1 0 8 0

Ⅸ.消化系の疾患 21 11 7 22

ⅩⅡ.皮膚および皮下組織の疾患 0 0 2 2

ⅩⅥ.症状、兆候および診断名不明確の状態 2 0 0 0

ⅩⅦ.損傷および中毒 0 0 1 11

  *社会保険表章用 99 項目疾病分類表・索引表(平成元年)を使用した

日看管会誌 Vol. 12, No. 2, 2009 99

表5. 入院患者の平均看護度

Ⅰ.

看護観察

の程度

Ⅱ.

生活の

自由度

Ⅲ.

意識レベル

の程度

Ⅳ.

精神症状

の程度

Ⅴ.生活の自立の程度 Ⅵ.

その他イ.食事 ロ.排泄 ハ.清潔 ニ.衣服の着脱

内科病棟

日本

(n=77)3.3 ± 1.2 2.6 ± 1.8 2.4 ± 0.9 3.3 ± 0.7 3.1 ± 1.3 3.2 ± 1.4 3.3 ± 1.4 3.7 ± 0.9 11.6 ± 7.7

フィリピン

(n=104)2.8 ± 0.9 2.9 ± 1.2 2.3 ± 0.7 3.1 ± 0.5 2.8 ± 1.1 3.1 ± 0.9 3.1 ± 1.1 3.6 ± 0.8 5.0 ± 0

外科病棟

日本

(n=81)2.6 ± 1.0 2.2 ± 1.5 2.2 ± 0.6 3.2 ± 0.5 2.8 ± 1.3 2.8 ± 1.1 3.2 ± 1.3 3.5 ± 0.7 7.5 ± 4.4

フィリピン

(n=69)2.7 ± 0.8 3.3 ± 1.2 2.0 ± 0.2 3.0 ± 0.2 3.1 ± 1.2 3.3 ± 0.9 3.6 ± 0.9 4.0 ± 0.8 5.0 ± 0

注)2日間の平均 (t- 検定 **:p< 0.01、 *:p< 0.05)

日本

勤務帯

看護要員

合計

1 日当り

総看護要

員数

患者数

患者

/ 看護

要員

(人)

看護師

看護助手+

病棟クラーク

内科病棟

1 日目

深夜 2 0 2

16

35 17.5

日勤 9 2 11 35 3.2

準夜 3 0 3 39 13.0

内科病棟

2 日目

深夜 2 0 2

16

39 19.5

日勤 9 2 11 39 3.5

準夜 3 0 3 40 13.3

外科病棟

1 日目

深夜 3 0 3

18

40 13.3

日勤 10 2 12 40 3.3

準夜 3 0 3 42 14.0

外科病棟

2 日目

深夜 3 0 3

18

42 14.0

日勤 10 2 12 42 3.5

準夜 3 0 3 40 13.3

フィリピン

勤務帯

看護要員

合計

1 日当り

総看護要

員数

患者数

患者

/ 看護

要員

(人)看護師 看護助手

内科病棟

1 日目

深夜 2 1 3

10

53 17.7

日勤 3 1 4 53 13.3

準夜 2 1 3 53 17.7

内科病棟

2 日目

深夜 2 1 3

12

51 17.0

日勤 4 1 5 54 10.8

準夜 3 1 4 54 13.5

外科病棟

1 日目

深夜 2 1 3

9

35 11.7

日勤 2 1 3 38 12.7

準夜 2 1 3 35 11.7

外科病棟

2 日目

深夜 2 1 3

8

36 12.0

日勤 2 1 3 38 12.7

準夜 1 1 2 36 18.0

〕**

〕** 〕* 〕* 〕** 〕* 〕** 〕*〕* 〕**

n=14299

n=25653

書類の記録・

点検

書類の記録・点検 その他

その他

報告・連絡・

情報交換

報告・連絡・

情報交換

診療の介助

  診療の介助

上位3業務

直接看護ケア

日本

フィリピン与 

与 

身の回りの世話

観察・巡視

療養上の指導

その他雑用

会議・教育

私 

0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80% 90% 100%

図1.内科病棟における業務項目の比較(中分類)

日本

フィリピンn=10519

n=33940

書類の記録・点検 その他

その他診療の介助

診療の介助 私用

書類の記録・

点検

報告・連絡・

情報交換

報告・

連絡・

情報交換

身の回りの世話

観察・巡視

その他雑用

会議・教育

療養上の指導

直接看護ケア

上位3業務

0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80% 90% 100%

図2.外科病棟における業務項目の比較(中分類)

表6.調査対象病棟の看護要員数および患者数

100 日看管会誌 Vol. 12, No. 2, 2009

日本

フィリピン 注射業務

注射業務 その他

留置カテーテル介助酸素吸入

n=2437

n=4379

酸素吸入

その他

胃管吸引

気道内吸引介助

気道内吸引介助

0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80% 90% 100%

図3-1.『診療の介助』の小分類業務の比較(内科病棟)

フィリピンでは 10519 回であった.観察回数が多い上位3業務は,日本では,『診療の介助』(24.7%),

『書類の記録・点検』(15.0%),『報告・連絡・情報交換』(14.2%)であった.フィリピンでは,『書類の記録・点検』(25.1%),『診療の介助』(15.7%),『報告・連絡・情報交換』(15.5%)であった.この 3業務は両国で共通しており,さらにこれらで総観察回数の 50%以上を占めていた(図 2).4位から6 位の業務は,日本では『身の回りの世話』(12.1%),

『観察・巡視』(6.6%),『療養上の指導』(4.3%)で,すべて患者と直接接する業務であるのに対し,フィリピンでは,『私用』(9.7%),『その他雑用』(7.6%),

『会議・教育』(6.8%)であった.『診療の介助』中,注射業務の占める割合は,日本 45.4%,フィリピン 88.9%であった(図 3-2).

5.VTRによる看護師業務の記録VTR には,患者には家族が常に付き添い,見の

回りの世話や看護師の指示をうけ洗面や清潔ケアをしている場面,患者の変化を看護師に伝えに行く場面等が記録されていた.

6.フォーカスグループによる看護業務調査結果に対する討議

日本とフィリピンの看護師業務の違いについて,フィリピン人有識者からフィリピンにおけるベッドサイドケアの概念は,患者ケアに家族を巻き込むことであること,これは文化の一部である,との発言があった.

Ⅳ.考察

1.日本とフィリピンに共通して多い業務:『書類の記録・点検』,『報告・連絡・情報交換』,『診療の介助』

両国の内科,外科病棟で観察回数が多い上位3業務は,『書類の記録・点検』,『報告・連絡・情報交換』,『診療の介助』で共通だった.これらの3業務が共通して上位であった理由を考察し,日本でのフィリピン人看護師の就労研修内容を検討する.

最初に,『書類の記録・点検』である.患者への医療サービスは看護部門をはじめとして検査部門,栄養部門等,諸部門の連携が求められる.諸部門との連絡・調整は,患者に対して直接行う看護活動ではないが,部門間と調整を図るのは看護師である(Allen, 2007).他部門との連絡・調整の手段は,正確に情報伝達をする必要性から記録による方法が望ましい(波多野 , 小野寺 2001).また,看護師間においても複数で交代制シフトを組むことから,情報交換には看護記録が用いられる.情報交換の他に看護記録を行うことの意義は,看護実践を記録することが,責任の所在を明確にすること(上泉 ,2006)でもあり,看護ケアの評価をするうえでも重要である.以上より各々の患者に関係する部門との連絡・確認や看護実践は記録作業が伴うため,両国で共通して多い業務となったと考える.また,Allen(2007)による看護業務に関する実施調査の文献レビューでは,記録に関する業務はか

日本

フィリピンn=1647

n=8338

その他

包交の介助

輸血の介助

注射業務

注射業務

包交車の点検・準備

その他気道内吸

引介助

診察の介助(回診)

0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80% 90% 100%

図3-2.『診療の介助』の小分類業務の比較(外科病棟)

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なりの部分を占めていると報告しており,本研究結果とも合致する.

次に,『報告・連絡・情報交換』であるが,本研究では,これを口頭による情報の伝達と位置付けた.この業務には,定時申し送り,看護師間あるいは医師への連絡・報告,患者家族等への連絡などが含まれる.看護師は,勤務帯が変わる前後には次の勤務帯の看護師に患者の情報を口頭でも伝達し,業務調整を行っている.24時間を交替しつつ,複数の看護師が患者のケアにあたるため,看護師同士あるいは医師,家族等との情報交換は欠かせない.よって,『報告・連絡・情報交換』の観察回数も,両国において多く観察されたものと考えられる.

これらの『書類の記録・点検』,『報告・連絡・情報交換』は,言語能力を求められる業務である.フィリピン人看護師が日本で勤務する場合,言語が異なることによる生じる問題は何であろうか.

外国人看護師の経験に関する先行研究では,受け入れ国側の言語を習得することは非常に難しく,一般的な言葉と専門用語の習得が必要であること,言葉の障害を体験する(Buchan, 2005;志賀 , 平岡 ,2003;浦野 , 山口 ,2007)と言われている.フィリピン政府は,バイリンガル政策の成果による英語を話せることを武器として海外での労働を奨励しており(大橋 ,1987;山田 ,2005),フィリピン人看護師は,その語学力を活かしてイギリスや米国などの英語圏では多数就労している(日本看護協会 ,2004).しかし,高い英会話能力を持つ看護師であっても記録や理解に困難な場合がある

(Magnusdottir, 2005)とも報告されている.本研究の結果から言語能力が問われる業務の量的比重の高さが明らかになったが,これはフィリピン人看護師が日本で就労研修する場合にいかに日本語能力が求められるかを示すものである.フィリピン人看護師がサウジアラビアで勤務した際,1 年半の滞在期間中では患者に教育できる語学力に達しなかったとの報告(朝倉ら ,2007)もある.日本語教育を全く受けたことのないフィリピン人看護師が専門用語を含めた日本語能力を向上させるた

めには,研修受け入れ前の 6 か月では不十分であり,国家試験合格を目指す通算 3 年の研修期間を通して検討されるべきである.各受け入れ機関は,研修プログラムに,日本語の習得の支援についても具体的に組込む必要がある.さらに,広い意味で,受け入れ国社会に融合するためにも,その後の訓練と支援が必要である(Buchan, 2005)との指摘もあることから,フィリピン人看護師が日本の看護師国家試験合格後も,免許を取得した専門職としての業務を遂行できるレベルの日本語能力を獲得できるような継続的支援も重要となろう.

最後に,『診療の介助』業務の検討に移る.『診療の介助』業務は,医療処置に伴う業務であり,両国において 3 位以内に観察された業務である.しかし,『診療の介助』に含まれる小分類項目(41項目)を分析すると,両国で違いがあることが明らかになった.『診療の介助』中,フィリピンの内科,外科とも

注射業務が 80%以上を占めていた.一方,日本では,その比率はフィリピンより低かった.つまり,

『診療の介助』業務の特徴として,フィリピンでは注射業務が中心,日本では注射業務に加えて,患者の疾患・症状に対応した医療処置の比率がフィリピンより高いという特徴が明らかになった.

フィリピンにおいて注射業務の比率が高い理由は,内服薬や注射薬を含め薬品全般は家族が処方箋を持参し,薬局で購入するシステムが背景にあるためと考えられる.実際にフィリピンで観察された「注射前準備」の看護師の業務は,①看護師は処方を家族に渡し,薬局にて薬を購入するよう説明をする.②薬品は家族管理になっているため,看護師は投与時間に家族から 1 回分の薬を受け取る.③処方箋と薬品とを確認する.④ナースステーションで薬品を注射器に準備するであった.これらの業務は薬品確保のために家族を介している点が日本と大きく異なっている.日本での同業務は,すでに病棟にストックされている薬品を薬品庫から取り出すところから始まるため,薬品確保の時点から看護師が関与しない.このプロセスの違いから,フィリピンでは「注射前準備」に看護師の

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時間が割かれており,このことが注射業務観察回数の多さに影響したものと考えられる.

また,「静脈注射介助(管注)」については,調査当時のフィリピンの看護業務を規定する法律

「The Philippine Nursing Act of 1991」には,静脈注射が看護師の業務として明記されており,当時の日本では認められていない静脈注射の実施が法的に認められている.フィリピンで注射に関連する業務が多いのはこのような家族が薬品を購入する制度と,看護師による静脈注射の実施を認めている法律の存在にも起因していると思われる.

 その反面,フィリピンで注射以外の『診療の介助』業務が少ない理由としては,日比の医療水準の違いと患者の特徴の違いが影響したものと思われる.

本研究におけるフィリピンの調査対象病棟の疾患は,内科病棟は結核や腸管感染症などの「感染症および寄生虫症」,高血圧などの「循環系の疾患」が,外科病棟は急性虫垂炎などの「消化器系の疾患」,外傷,熱傷などの「損傷および中毒」が多かった.当時のフィリピン国全体の疾病構造は,肺炎,結核,麻疹,下痢が多く(Layo-Danao ,1989),この国レベルの疾病構造は,本研究における調査対象病院の入院患者の疾患にも反映されていた.

一方,日本の調査対象病棟における疾患では,内科・外科とも「新生物」,いわゆるがんが多かった.1996 年の我が国における入院受療率では,循環器系疾患,精神および行動の障害が高く,次いで,悪性新生物となっている(厚生統計協会 ,2000).本研究の調査対象は精神科病棟ではないため,全国調査結果から精神疾患を除外して比較すると,悪性新生物による受療率が次いで高いこととなり,本研究の患者傾向と一致する.このことより,両国の入院患者の疾病構造が異なることが明らかである.

日本でのがん治療に伴う主な医療処置は,術前術後には口腔内(気管内)吸引,酸素療法,ドレーン管理等がある.内科的治療では,重症の場合は人工呼吸器による呼吸管理や持続ドレーン管理,輸液ポンプや各種モニターなどの医療機器を使用

した治療が行われる.実際に,日本での調査中,病棟に心電図モニターを装着していた患者が数名存在していたが,フィリピンでは,医療機器は病棟には無く,心電図モニターを装着した患者はいなかった.つまり,日本とフィリピンにおいては疾病構造の違いとともに,治療に用いられる医療処置や機器にも違いがあることがいえる.これらの背景が診療介助の下位項目の違いに反映されたと考える.

今回の調査対象病院は,フィリピン首都圏にある公立総合病院の 1 つであり,その性格からマニラ首都圏の一般市民を対象とした地域医療を担う施設とみなすことができる.日本の対象病院も同様,公立総合病院であり,地域住民が第2次医療施設として利用する病院である.このような公立病院での経験があるフィリピン人看護師が日本で就業研修を受ける際には,経験したことのない,あるいは経験の少ない看護技術を日本で求められることが推測される.フィリピンには都市部に大学病院や専門病院もあり,日本に近いレベルの医療処置を提供している施設も確かにあるが,フィリピン国内ではごく一部である.日本に来るフィリピン人看護師研修候補生のすべてが日本の医療のスタンダードに近い病院での臨床経験がない可能性は高いと思われる.さらに,現在日本は,医療制度改革に伴い在院日数の短縮化に向かっている.このことは,病院で急性期医療を受ける患者および重症化した患者の増加を意味しており,期待される看護ケアと技術も高度化かつ複雑化することが予測される(伊豆上 ,2007).このように両国では医療水準や疾病構造が大きく異なるため,日本で求められる診療介助技術はフィリピンと異なるといえる.

従って,酸素投与,気道分泌物の吸引などの基本的技術はもちろん,日本の研修病棟においては,頻度の高い医療処置の基本的知識と技術,観察点,日本の疾病構造をふまえた疾患と治療方法の知識が習得できるよう計画する必要がある.

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2.日本とフィリピンでの異なる業務:患者に直接関わるケア

両国で観察された4位以下の業務には違いがみられた.日本では『身の回りの世話』,『療養上の指導』,『観察・巡視』,フィリピンにおいては,『一般事務』,『請求・受領』,『与薬』であった.日本で 4 位の『身の回りの世話』は,フィリピンでは内科で 18 位,外科 17 位と下位であった.この結果から,日本では 4 位以降の『身の回りの世話』,

『療養上の指導』,『観察・巡視』は直接患者に関わるケアという特徴があり,一方フィリピンの 4 位以下の業務は,患者に直接関わるケアが少ないという傾向が明らかになった.

直接ケアがフィリピンで少ない理由の一つには,『身の回りの世話』に対する看護の概念の違いがあるためと考えられる.日本では看護師による援助は,フィリピンでは家族により行われており,VTR 記録には,家族が常に患者のベッドサイドに付き添い身の回りの世話をしている場面や,看護師が朝・晩の洗面や清潔の援助を家族に指示している場面が記録されていた.フィリピンにおいて患者への直接ケアが少ないことについて,フォーカスグループにおけるフィリピン側の有識者からは,フィリピンにおけるベッドサイドケアの概念は,患者ケアに家族を巻き込むことであるとの説明があった.また,WHO のレポートにも同様の報告がある(Abou , et al., 1997).

このような看護ケアの概念から,フィリピンでは,看護師は家族が行う身の回りの世話の確認や指示をする役割があり,実際に看護師達はそれらを行っていた.患者の身の回りの世話は,文化的影響から看護師ではなく家族が行うのが通常であるとの報告は数多くあり(王ら ,2007;志摩 ,1998;田中 ,1997;戸塚 ,1999),特に途上国と呼ばれる国に多い.このため,フィリピンでは観察回数が少なかったと考える.『観察・巡視』についても,日本と比べフィリピ

ンでは少ない業務であった.日本では基準看護制度があり,家族の付き添いは原則不要で,観察や身の回りの世話のほとんどは看護師が担っている.

一方フィリピンでは,このような制度自体が無く,患者に付き添う家族が最も早く変化に気づき,看護師へ伝えていた.このことから,家族は,看護師に状態の変化を伝える役目を果たしており,『観察・巡視』の少ない理由の一つであると考える.しかし,全く看護師が患者の観察・巡視を行わないわけではない.日勤の開始時には,申し送りを兼ねて walking conference を行っており,ベッドサイドで医師の指示やケアの確認をすると同時に患者の観察を行っていた.本研究では,walking conference を『報告・連絡・情報交換』に分類したため,『観察・巡視』の観察回数としては集計されなかったことも,『観察・巡視』観察回数が少なくなった一因であろう.『諸検査介助』も,日本と比較してフィリピンで

は観察回数が少ない業務である.これは,疾患構造の違いや臨床検査項目・頻度が異なるためであろう.

以上のことから,特に,『身の回りの世話』,『療養上の指導』,『観察・巡視』,『諸検査介助』等,両国で観察回数の差が大きい業務について,安全・確実に実施できるよう支援する必要がある.最近はフィリピン人看護師の看護技術レベルの低下が懸念されている(明渡,2007)との報告もあることから,これらの技術を着実に習得できるような研修計画立案が重要である.異なる国から来る看護師は,異なる方法で訓練を受けている場合がある(Buchan,2005)ため,一つ一つの観察の知識・技術,日常生活援助の知識・技術,清潔ケアの方法,安楽に対するケア,検査方法・介助手順等についても,付加的に訓練や教育をする必要があろう.特に,日本では高齢患者が多い特徴から,高齢者に看護技術を提供する際の具体的な配慮点や注意点も望まれる.また,日常生活援助の看護を行う際には当然,文化的理解が欠かせない.文化的観点からも日本で求められるケアは何であるかをはっきりとさせたうえで,研修計画に盛り込む必要がある.また,フィリピン人看護師の日本文化の理解を助けるためにも,周囲の日本人関係者の日常生活におけるサポート体制も必要であろう.

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Ⅳ.結論

日本とフィリピンでは,主たる看護業務に共通性がある一方で,医療事情や文化などによる違いが認められた.フィリピン人看護師を日本で受け入れるためには,①記録や情報交換に必要な日本語の習得が不可欠,②患者に直接関わるケアの実践能力を高める,③日本独自の看護制度や社会・文化の理解を含めた研修,が必要である.

謝辞:本研究にあたり,日本,フィリピン両国での

データ収集においてご尽力を頂きました元フィリピ

ン女子大学 Mrs. Celeste Dimaculangan 氏をはじめ

フィリピンおよび日本側病院関係者の皆様に心から感

謝申し上げます.尚,本論文は,東京大学大学院国際

保健学専攻に提出した修士論文の一部である.また本

論文の要旨は第 10 回日本看護管理学会学術集会(平

成 18 年)に発表した.

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