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大腸菌は、宿主-ベクター系が整備されており、遺伝子 工学で最も頻用されている微生物宿主である。大腸菌の 形質転換体は、栄養要求性や抗生物質耐性に基づき選 択される場合が多い。特に後者は広く用いられる方法で あり、その種類も、アンピシリン、カナマイシン、クロラムフ ェニコール、トリメトプリム、スペクチノマイシン、ストレプト マイシン、リファンピシンなど、作用点や作用機序の異なる ものが豊富に存在する。 一方、形質転換体から特定の遺伝子断片やそれを含 むベクターを除去する為の手法は、カウンターセレクショ ン(あるいはネガティブセレクション)法として知られる。カ ウンターセレクションマーカーとしてはチミジンキナーゼや PheS、SacBなどが知られているが、ポジティブセレクション マーカーに比べ、その種類は少ない。 合成生物学の発展に伴い、複数のベクターを自在に出 し入れするというニーズは拡大すると想像され、カウンタ ーセレクションマーカーの拡充は重要な技術要素の一つ であると言える。このような現状を踏まえ、新しい原理に基 づくカウンターセレクションシステムの開発を試みた。特に、 トキシン-アンチトキシン(TA)システムに着目し、アンチト キシン遺伝子の発現を抑制する方法により、トキシンの効 果を顕在化させることで細胞死を誘導した。 大腸菌の生育必須遺伝子の中にはTAシステムのアン チトキシン遺伝子も含まれている。TAシステムは、トキシン の毒性の中和方法によって、5つに大別される。大腸菌で はTypeⅡが最も多く、トキシン遺伝子とアンチトキシン遺 伝子がオペロン構造を取っている。平常時はトキシンとア ンチトキシンの発現量バランスが維持されているため、トキ シンは中和されている。 このバランスを破綻させること、―「トキシンの過剰発現」 または「アンチトキシンの発現抑制」―により、細胞死を誘 導できると考えた。後者を利用したカウンターセレクション の報告はない。前者を利用した方法ではトキシン遺伝子 の僅かな発現漏れにより遺伝子のクローニングが困難な 場合があるのに対して、後者では、アンチトキシン遺伝子 の発現漏れが細胞の表現型に大きな影響を与える可能 性が低いと思われる。「アンチトキシンの発現抑制」にはア ンチセンスRNA(asRNA)を適応した。asRNAを標的遺伝 子(アンチトキシン遺伝子)のmRNAに相補的な配列を持 つように設計することで、細胞質内にasRNAが存在すると、 相補的なmRNAと塩基対を形成して翻訳を妨げ、標的遺 伝子の発現を抑制できる。 以上に基づき、まず、大腸菌ゲノムにコードされたType Ⅱに属するアンチトキシン全てのmRNAに対してasRNAを 設計した。次に、それらのasRNA遺伝子を発現ベクターに 組み込み、発現誘導することで、高い致死効果を示す asRNAを評価した。なお、発現誘導にはイソプロピル‐β‐ チオガラクトピラノシド(IPTG)を用いた。 Tsukuda, M. Nakashima, N. and Miyazaki, K. (2015) Counterselection method based on conditional silencing of antitoxin genes in Escherichia coli. J. Biosci. Bioeng. 120, 591-595. 代表発表者 問合せ先 3 0 5 - 8 5 6 6 1 - 1 - 1 6 - 9 2 2 4 T E L 0 2 9 - 8 6 1 - 6 0 3 3 F A X 0 2 9 - 8 6 1 - 6 0 3 3 (1)カウンターセレクション (2)トキシン-アンチトキシンシステム (3)アンチセンス RNA *: MetaCyc database にて生育に必須として報告されている P-101 103

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Page 1: P-101 アンチトキシンの発現抑制による 生命科学 …...antitoxin genes in Escherichia coli. J. Biosci. Bioeng. 120, 591-595. 生命科学 アンチトキシンの発現抑制による

■ はじめに 大腸菌は、宿主-ベクター系が整備されており、遺伝子

工学で最も頻用されている微生物宿主である。大腸菌の形質転換体は、栄養要求性や抗生物質耐性に基づき選択される場合が多い。特に後者は広く用いられる方法であり、その種類も、アンピシリン、カナマイシン、クロラムフェニコール、トリメトプリム、スペクチノマイシン、ストレプトマイシン、リファンピシンなど、作用点や作用機序の異なるものが豊富に存在する。

一方、形質転換体から特定の遺伝子断片やそれを含むベクターを除去する為の手法は、カウンターセレクション(あるいはネガティブセレクション)法として知られる。カウンターセレクションマーカーとしてはチミジンキナーゼやPheS、SacBなどが知られているが、ポジティブセレクションマーカーに比べ、その種類は少ない。

合成生物学の発展に伴い、複数のベクターを自在に出し入れするというニーズは拡大すると想像され、カウンターセレクションマーカーの拡充は重要な技術要素の一つであると言える。このような現状を踏まえ、新しい原理に基づくカウンターセレクションシステムの開発を試みた。特に、トキシン-アンチトキシン(TA)システムに着目し、アンチトキシン遺伝子の発現を抑制する方法により、トキシンの効果を顕在化させることで細胞死を誘導した。

■ 活動内容

大腸菌の生育必須遺伝子の中にはTAシステムのアンチトキシン遺伝子も含まれている。TAシステムは、トキシンの毒性の中和方法によって、5つに大別される。大腸菌ではTypeⅡが最も多く、トキシン遺伝子とアンチトキシン遺伝子がオペロン構造を取っている。平常時はトキシンとアンチトキシンの発現量バランスが維持されているため、トキシンは中和されている。

このバランスを破綻させること、―「トキシンの過剰発現」または「アンチトキシンの発現抑制」―により、細胞死を誘導できると考えた。後者を利用したカウンターセレクションの報告はない。前者を利用した方法ではトキシン遺伝子の僅かな発現漏れにより遺伝子のクローニングが困難な場合があるのに対して、後者では、アンチトキシン遺伝子の発現漏れが細胞の表現型に大きな影響を与える可能性が低いと思われる。「アンチトキシンの発現抑制」にはアンチセンスRNA(asRNA)を適応した。asRNAを標的遺伝子(アンチトキシン遺伝子)のmRNAに相補的な配列を持

つように設計することで、細胞質内にasRNAが存在すると、相補的なmRNAと塩基対を形成して翻訳を妨げ、標的遺伝子の発現を抑制できる。

以上に基づき、まず、大腸菌ゲノムにコードされたTypeⅡに属するアンチトキシン全てのmRNAに対してasRNAを設計した。次に、それらのasRNA遺伝子を発現ベクターに組み込み、発現誘導することで、高い致死効果を示すasRNAを評価した。なお、発現誘導にはイソプロピル‐β‐チオガラクトピラノシド(IPTG)を用いた。

■ 関連情報等(論文) Tsukuda, M. Nakashima, N. and Miyazaki, K. (2015)

Counterselection method based on conditional silencing of antitoxin genes in Escherichia coli. J. Biosci. Bioeng. 120, 591-595.

生命科学

アンチトキシンの発現抑制による カウンターセレクション法の開発

代表発表者 野沢 汎 (のざわ はん) 所 属 東京大学大学院 新領域創成科学研究科 産業技術総合研究所 生物プロセス研究部門

問合せ先 宮崎 健太郎 (みやざき けんたろう)

〒305-8566 つくば市東 1-1-1 第 6-9 224 室 TEL:029-861-6033 FAX:029-861-6033

■キーワード: (1)カウンターセレクション (2)トキシン-アンチトキシンシステム (3)アンチセンス RNA

*: MetaCyc database にて生育に必須として報告されている

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