Title 左交叉性睾丸転位にHernia uteri inguinalisをともなった1例

Author(s) 日原, 徹; 長田, 恵弘; 勝岡, 洋治; 木下, 英親; 河村, 信夫

Citation 泌尿器科紀要 (1985), 31(11): 2065-2070

Issue Date 1985-11

URL http://hdl.handle.net/2433/118650

Right

Type Departmental Bulletin Paper

Textversion publisher

Kyoto University

2065

泌尿紀要31巻11号

1985年11月

左 交 叉 性 睾 丸転 位 にHerniauteriinguinalis

を と も な っ た1例

東海大学医学部泌尿器科学教室(主 任:河 村信夫教授)

日 原 徹

長 田 恵 弘

勝 岡 洋 治

木 下 英 親

河 村 信 夫

A CASE OF HERNIA UTERI INGUINALIS WITH LEFT

CROSSED ECTOPIC TESTIS

Tohru HIHARA, Yoshihiro NAGATA,

Yogi KATSUOKA, Hidechika KINOSHITA and Nobuo KAWAMURA

From the Department of Urology, School of Medicine, Tokai University

(Director: Prof. N. Kawamura)

A 70-year-old man with the complaint of dysuria and painless swelling of the right scrotal

sac and inguinal region was operated on for suspected right inguinal hernia. The hernia sac

contained two testis and immature uterine tissue, which were pathognomonic of left crossed

ectopic testis complicated by hernia uteri inguinalis. The chromosomes were normal. Statistics

on 57 similar cases indicated that this was the eldest of all such patients reported in Japan;

since he had two children, he seems to have been fertile.

Key words : Hernia uteri inguinalis, Crossed ectopic testis

は じ め に

HerniauteriinguinalisはMUIIer管 の 遺 残 に よ

る先 天奇 形 と解 釈 され て お り,男 性 半 陰 陽 のひ とつ に

分類 され る.外 観 は 鼠 径 ヘ ル ニア状 で,そ の 内 容 が 子

宮 であ る も ので 奇 形 の なか で も,か な りまれ な もの に

属す る。

また交 叉性 睾 丸 転 位 も比 較 的 まれ な疾 患 で あ るが,

身体 他 部 の 奇形 を と もな い や す く,Herniautcri

inguina且isと の合 併 も報 告 され て い る.わ れ わ れ も,

この2つ の症 状 の合 併 した 高 年 者 の1例 を経 験 した の

で報 告す る。

症 例

患 者170歳,男 性

初 診:1983年10月1日

主 訴:排 尿障害

家族歴1特 記すべ きことな し

既往歴:1942年 と1944年 に右鼠径ヘ ルニア根治術施

行.1965年 虫垂炎切除術施行.1966年 気管支拡張症.

1967年 左膿胸にて胸郭形成術施行.

現病歴11983年9月26日 よ り排尿障害出現 し,近 医

受診 した.感 冒 といわれ投薬受け るも症状 改善せず 当

科受診 した.

入院時現症:胸 腹部 の視触診上,左 膿胸に て胸郭形

成術後の搬痕 以外異常所見な し.外 陰部 は発達良好.

右陰嚢は手挙大に腫脹,圧 痛な し,透 光性 なし,波 動

性な し,左 陰嚢部に睾丸触知.

検査成績 ・ 〈尿検査〉 黄色混濁,蛋 白(±),糖

(一),pH6,比 重1.013,沈 渣,赤 血球1～5/毎 視野,

2066

娩'、ウ

泌尿紀要31巻11号1985年

驚承

珍

譜Fig.1.陰 嚢部外観 左睾丸は右側陰嚢 内容が大 きいため ほ とん ど触れ

られぬ もの と考 えられた

,膨 拶レ

嬬 ・r騰

ぴ

載・臨 い

麿毒

「

グ ρ ・・

ゆ

触鷺

雛

多望

窒

● 霧

Fig.2.IVP15分 像.右 腎機 能 低 下 低 下 を み とめ る

lf[1血i球50～loo/毎 視 野.

〈血 液 化 学 検 査>RBC:489,WBC:6,400,Hb:

14.4,Ht:40,platc]6.6,T.P:7.7,Alb:4.3,GOT

8,GPT:12,Al-P=88,LDH:167,BUN:23,

Creatinine:1。1,Na:正45,K=3.9、Cl:104,血 沈

1時 間 値74mm,2時 閥 値106mm.1

〈血 清検 査>VDRL(一),TPHA(一),CRP

6十 。HB抗 原(一),HB抗 体(一)

圏Fig.3.

『毒

.

曳ず

両側RP.右 尿管 の偏位,狭 窄 と右水腎,

水尿管 をみ とめ る

〈染色体検査>46XY

胸部X-Pで は左膿胸に よる胸郭形成術後の所見が

あ り,IVPで は,左 腎は正常だが右腎は水腎症状 で

造影剤排 出が わ るい ため,逆 行性腎孟 造影をお こな

い,高 度の水腎,水 尿管 を認め,そ の原因は膀胱尿管

移行部近 くの尿管の通過障害 と考 えられた(Fig.2,

3).

臨床診断:以 上の所見か ら,右 鼠径ヘル ニア とそれ

がなん らかの形 で尿管に影響 した右水腎症 と考 えた.

日原 ほ か:交 叉 性 睾 丸転 位 ・Herniauteriinguinalis 2067

璽

夕

吻

Fig.4.術 中 所 見.索 状 物 に 絹 糸 をか け て示 す

募㍗ ・臓γ1

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網 、ル ダ ノ

4～擁

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.・、 〃脇 μ

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,〆 施'が

も 〆

Fig.5.摘 出物所 見.両 側睾丸 と幼若子宮組織の管腔状組織 を示す

ヘルニアの 手術が,す でに2回 おこなわれ て いるた

め,尿 管 もきま込 まれた癒着を疑 った.ま た排尿障害

については,右 側か らの膀胱外の ものの圧迫 が関係す

るものと考えた,パ ンエ ンドスコープ上,尿 路 閉塞 の

所見はなか った,ヘ ルニア根治 と尿管剥離 を予定 して

手術を施行 した.

手術所見:下 腹部正中切開 で右鼠径管部に達 し,陰

嚢内の組織を脱 転 して固有鞘膜を切開す ると,内 容は

睾丸2個 と索 状臓器 であ り後腹膜腔 と交通をな くして

いた(Fig.4),腸 管 はみ られ なか った.睾 丸表面には

嚢胞状 のものが,左 右 とも数個認 め られた・ さらに上

方に剥離す ると,索 状物は膀胱の後方にむかい,管 腔

様に なってつなが っていた.膀 胱を切開 してみたが,

この管 腔状 の組織 と1直接 の交通は み とめ られ なか っ

た.3度 目の手術 で あることと70歳 と高齢で あるこ

と,お よび正 常 の睾 丸 でな い こ とか ら,2個 の 睾 丸 と

管 腔 組 織 を 切除 し手 術 を終 了 した 。 鼠径 管 の開 大 は な

か った(Fig.5).摘 出物 は2個 の 睾 丸,副 睾 丸,精

管 と管 腔 組 織 で,病 理 組 織 的 検 索 に よ り,こ の管 腔 組

織 は 粘 膜 が 腺 管 構 造 で 平滑 筋 が 認 め られ,幼 若 子 宮 と

判定 され た(Fig.6).こ の た め 左 交 叉性 睾丸 転 位 と

Herniauteriinguinalisと い う診 断 が 確定 した.睾

丸 は 両側 共 萎 縮 して,Lcydigcellprominantで あ

り,の う胞 を と もな って い た が,副 睾 丸,精 管 は 両側

と も正 常 で あ り,精 嚢 も存 在 した.な お 卵 巣 に あ た る

組 織 は 発 見 され なか った.本 例 の水 腎症 の原 因 に つ い

ては,ヘ ハ ニア嚢 周 辺 の 癒 着 が2回 に わ た る手 術 の た

め に ひ ど く残 って お り,こ れ に よ り牽 引 され た も の と

思 わ れ た.尿 管 周辺 を で き るだ け 剥 離す るに と ど ま っ

た.

2068 泌尿紀要31巻11号1985年

難翁琶1騰養編,:嘘 ◎:1繋 磯Fig.6.摘 出物病理標本 。管腔組織部 は,粘 膜 は腺管構造で 平滑筋層 も

あ り幼若子宮 と判 定され た

Tab互e1.本 邦 の交叉性睾丸転位例

Nα 報告年次 報告者 年 齢 患側 術 前 診 断 合 併 症 畢丸転位部 治 療

48

49

50

51

52

53

54

55

56

57

1977

1978

1979

1979

1980

1980

1981

1981

1981

1984

小山

親松

福士

福士

勝見

神保

小寺

大滝

柳沢

自験例

5

27

2

13

22

11

37

32

25

70

右

左

左

右

左

右

左

右

右

左

陰 嚢 内 欠 如

交叉性翠丸転位

両 側 停 留 睾 丸

交叉性睾丸転位

交叉性睾丸転位

交叉性睾丸転位

畢 丸 腫 瘍 十腹 部 停 留 筆 丸

右 陰 嚢 内 欠 如左 陰 嚢 内 腫 痩

交叉性奉丸転位畢 丸 腫 瘍

右鼠径ヘ ルニア

膣

子宮 ・卵管

子 宮

子宮 ・卵管

子 宮

Seminoma

子 宮

子 宮embryonalCa,Seminema

子 宮

腹腔内

陰嚢内

鼠径部

陰嚢内

鼠径部

陰嚢内

陰嚢内

陰嚢内

腹嚢内

陰嚢内

Transseptal

orchiopexy

固 定 術

固 定 術

固 定 術

Transseptal

orchiopexy

摘 出

摘 出

摘 出

摘 出

考 察

本邦 での交叉性 睾丸転位症の報 告は,自 験例を入れ

て57例 であ る.こ こに は鈴木 らDが まとめた1977年 ま

での報告に続 くもの として48～57症 例を一覧表に示す

(Tablc1).

このなかで女性性器(子 宮,卵 管)な どの遺残組織

をともた っている ものが少 くない.す なわ ちこの奇形

は,女 性化現象 また は半陰陽のひ とつのタイブとして

現われ て くるようであるが,卵 巣を有 した ものの報告

はみ られない.

Gambelllo)に よれば,睾 丸転位症は 以下の5型 に

分類 され る.

1)会 陰部睾丸転位症

睾丸が鼠径管を出た後会陰部に転位 した もの.

2)間 質性睾丸転位症

鼠径管を出た後,外 腹斜筋腱膜部に転位 したもの

であ り,腹 部睾丸転位 とも呼ばれ る.

日原 ・ほ か:交 叉 性 睾 丸 転 位 ・Herniauteriinguinalis

3)大 腿部睾丸転位症

鼠径管 を出た後,Scarpa三 角に転位 した もの.

4)陰 茎部睾丸転位症

鼠径管を 出た後,陰 茎根部に 転位 した ものであ

り,恥 骨部睾丸転位 とも呼ばれ る.

5)交 叉性睾丸転位

本邦 では前述の57例 中,34例 に なん らか の女性臓器

が見出されてい る.す なわ ち約60%に は,女 性臓器の

遣残が あ り,そ れ以外 の症例 では記載不備 もあ って有

無不詳 のものが多い。子宮を有す るものは32例,56%

にあた る.

これ ら症例 の発見時年齢分布は,若 年時が多 く,10

歳以下18例,10歳 代17例 などで,51歳 以上は2例 にす

ぎず,本 症例 は本邦報告の最年長例である.

本症例は,外 国でも少な く,Fourcoroyら11)は,文

献上1982年 までに7例 と記 してい るが,こ れ は調査不

足で,1939年Nilsoni2)が35例 を集計 している.1951

年のYoung13)の 文献で さらに2例 が 追 加され てい

る.1907年Arnoldss4)の 記載が第1例 の ようで,本

邦では,1912年,岩 崎 の報告が第1例 である15).

患老についての記載をみ ると,右33例,左25例,不

明1例 で左右差があ るとは思われない.

本邦 のHerniauteriinguinalis報 告例 を集め て

みても,32例 のすべてか交叉性睾丸転 位を ともなって

いるものであ り,既 述 の集計に 含まれ てしま うことに

よって,単 独にHerniauteriinguinalisの み とい

う例はない.

このよ うな先天奇形 の発症原因につ いてはあ きらか

にされ てお らず,た んにMUIIer管 遺残が睾丸に対

し,位 置関係か ら下降 を阻害す るものであろ うと言わ

れている.

Nilsonl2)に よる と,Herniauteriinguinalisも

3タ イ プにわ け'られ る.

TypeI:子 宮 と両側 附属器が ヘ ル ニア内にあ る,

TypeII=子 宮 と片方 の附属器が あ り,他 側は腹腔

内に ある.

TypeIII=双 角子宮 の一一一・方 と,そ れに属す る附属

器がヘル ニア内,ま たは陰嚢 内に あ り,他 は腹 腔

内にあ る.

自験例はTypeIに 属す る ものであった.

睾丸組織にっ いては,本 来睾丸 の発育に影 響のない

奇形 であるか ら,正 常 のはず である.

本症例 はす でに子供 が2人 あ り,組 織学的には萎縮

がみ とめ られ ていたが,そ れ は年齢 のため と長 年の鼠

径部への停 留状 態のため と考 えている・

本症例 の診 断は,偶 然発見された もの,あ るいはへ

2069

ルニアとして手術中に発見 された ものが多い ようであ

る.本 例はヘル ニア として手術を開始 したものである

が,術 者の1人 が 同様 な 症例を一度 経験 していた の

で,嚢 状部を開 くと同時にHerniauteriinguina-

lisと 判断 し,子 宮様組識を追い求 めておこな った も

のであ る.本 邦例 では,術 前に12例 につ いて診断が確

定 している.

本症の治療 は,一 般には転位 している睾丸を正常側

へ持 ってい って固定 し,子 宮様 のものは切除す るのが

普通 であ り,ま た若年者では当然そ のよ うにすべ きで

あるが自験例はすでに高年 でもあ り,峯 丸腫瘍 も否定

で きぬ ようなの う胞状の変化があ ったため切除をお こ

なった.文 献上で も,や や古 くは切除例が多 く,1960

年以後には整復例が多いよ うであ る.

妊孕性 のあ った例 がす でに1例 報告され てお り,自

験例 も2人 の子供が あった ので小児 では除睾 よ り整 復

をお もに考えるべきものと思われ る,

以上,左 交叉性睾丸転位にHern且auteriingui・

nalisを ともなった1症 例を報告 した。 本邦報告例の

中で最高年者例 である.

本症例 については1984年2月16日 第424回 日本泌尿器科学

会東京地方会 において報告 した.

文 献

1)鈴 木孝治 ・田近栄司 ・山川義憲 ・松 浦 一 ・津川

龍三 ・和 田知久:交 叉性睾丸転位の1例 一本邦

報告例 の集計 と考察一 金医大誌2:176～183,

1977

2)小 山右人 ・高木健太郎 ・斉藤隆司:停 留睾丸多発

の家系にみ られた交叉性睾丸転位の1例.日 泌尿

会誌68:210,1977

3)親 松 常男 ・堀 内誠三=家 族的に起 った子宮を伴な

う交叉性 畢丸転位症.日 泌尿会誌69=526,1978

4)福 士泰夫 ・光川史郎 ・千葉隆一:女 性性器の遺残

を伴 った交 叉性睾丸転位 の2例,西 日泌尿41:

733～738,1979

5)勝 見哲郎 ・田近栄司 ・管田敏 明 ・平野一則=交 叉

性 睾丸転位症 の1例.日 泌尿会誌71:302,1980

6)神 保 進 ・小林幹男 ・熊坂文成 ・中井克幸 ・黒沢

功 ・洞 口龍夫 。山中英寿:右 交叉性睾丸転位症 の

1例.臨 泌34=473～476,1980

7)小 寺重行 ・大石寺彦 ・木戸 晃 ・岡崎武二郎 ・柳

沢宗利 ・吉田正林 ・大西哲郎 ・町田豊 平:左 交叉

性睾丸転位 に右睾丸腫瘍 お よび子宮 を 伴 った1

例.泌 尿紀要27:529～535,1981

2070 泌尿派己要31巻11号ig85年

8)大 滝 三 千 雄 ・宮 城 徹 三 郎 ・林 守 源 ・松 原 藤 継=

Herniauteriinguinalisの1例.日 泌 尿 会 誌

72:944～945,1981

9)柳 沢 宗 利 ・町 田 豊 平 ・大 石 幸 彦 ・木 戸 晃 ・高 坂

哲 ・徳 川 博 忘 ・ 近 藤 直 弥 ・小 寺 重 行=Hemia

uteriinguinalisを 合 併 し興 味 あ る 経 過 を 示 し た

睾 丸 腫 瘍 の1例,泌 尿 紀 要28:793～799,1981

10)DajaniAM:Transverseectopiaofthetes-

tis.BritJurol41:80～82,1969

11)FourcoroyJLandBelmanAB:Transverse

testicularectopiawithpersistentmttllerian

duct。Urology19=536～538,1982

12)NilsonO:正[erniauteriinguinalisbain

Manne.ActachirScandinav83:231～249,

1939

13)YoungD:Hemiauteri三nguinalisinthe

male.∫Obst&Gynec58:830～831,1951

14)ArnoldsVerinderArzteDUsseldorfs:

pseudohermaphrodrtismusmasculinusinter-

nus.DMW33:325,1907

15)岩 崎 衛 二=睾 丸 転 位 の1奇 形.中 外 医 事 新 報,

770=545～548,1912

16)LinkKH=ZurKenntnisderLageanoma-

1ieadermannlichenkeimdrUsen,insbeson・

derederDystopiatestistransversa.ZUrol

Chir29=175～185,1930

17)MelicowMMandUsonAC=Aperiodic

TablcofsexualAnomal三cs.Juro191:402

～425,1964

18)SloanWRandWalshPC:Familialpersls・

tentmullerianductsyndrome.Jurol115:

459～461,1976

(1985年3月1日 受 付)