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IIJmio meeting 13
「ゼロ・レーティングについて」
2016/10/15
株式会社インターネットイニシアティブ
佐々木太志
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「ゼロ・レーティング」とは
• データ通信サービスにおいて、ある特定のアプリケーションや通信先との通信に係るパケットのみを、選別して無料化する(使い放題とする)ようなサービスの総称– 提供する事業者等により、様々な名称で呼ばれることがある
• カウントフリー
• ノーカウント
• スポンサード・データ
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ゼロ・レーティングにかかる課題
1. 通信の秘密
2. ネットワーク中立性原則
3. 利用者間の公平性
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1. ゼロ・レーティングと通信の秘密
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「通信の秘密」とは
• 「通信の秘密」とは– 通信の秘密は、個人の私生活の自由やプライバシーを保護するとともに、通信が人間の社会生活にとって必要不可欠なコミュニケーションの手段であることから、憲法の基本的人権の一つとして位置付けられている。
– 通信の当事者は、通信の内容、通信の存在、通信の相手方といった事実を第三者に知られない権利を持つ
• この「第三者」には、電気通信事業者や郵便事業者等の、通信自体を媒介する者を含む
• この「第三者」には、電気通信事業者が使う通信装置を含む
• 日本国憲法– 「第21条第2項検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない」
• 電気通信事業法– 「第4条電気通信事業者の取扱中に係る通信の秘密は、侵してはならない」
• ところで– 電気通信事業者は、通信履歴からサービス料金を算出したり、通信装置によって通信の宛先を見て通信を可能としている
• つまり、電気通信事業者は日常的に通信の秘密を侵害している
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「通信の秘密の侵害」が許容されるケース
• 正当業務行為– 刑法第35条の「法令又は正当な業務による行為は罰しない」に根拠を有するもの– 正当業務行為の例
• 課金を目的として利用者の通信履歴を閲覧したり、処理したりする場合
• ネットワークの安定運用を目的として、相当と認められる手段で利用者の通信の制御を行う場合
• 捜査機関の令状提示に対して、利用者の通信履歴を提出する場合
• 通信当事者の同意– 正当業務行為に該当しなくても、通信当事者の有効な同意がある場合には、通信当事者の意思に反しない利用である限り、電気通信事業者が通信の秘密の侵害をすることが許容されるとされている
– 「有効な同意」とは• 十分な説明により利用者がその意味を正確に理解し、同意すること、と解釈されている
– 「約款に書いてあるだけ」とか、「ホームページで周知している」だけではダメ– 他の様々な同意事項と抱き合わせての(包括的な)同意ではダメ– つまり「個別」かつ「明確な」同意である必要がある、とされている
• その他のケース– 「正当防衛」「緊急避難」という臨時的なケースがあるが、恒常的にゼロ・レーティングを提供する理由とはなり得ないため省略
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ゼロ・レーティングと通信の秘密
• 「ある特定のパケットについて無料化する」行為– パケットを検査し、通信先や通信内容を調べて無料化対象であるか否かを判定する行為は、通信の秘密を侵害していることは明らか
• 正当業務行為に相当するか?– パケットを検査する行為が「正当業務行為」と見なされるかについてはケースバイケース
– ただ、正当業務行為と見なされるためには、通説により「目的の正当性」「行為の必要性」「手段の相当性」の3要件がある
– 現時点で、「ゼロ・レーティングのためのパケット検査」が正当業務行為に相当するとの判断は難しいのではないか
• 少なくとも、利用者には3要件が満たされていることを確認するための情報が与えられるべき
• 通信当事者の同意?– 契約者の有効な同意により、その意思に反しない範囲でパケットを検査する行為は許容される
– このときの「有効な同意」は、「十分な説明」に基づく「個別」「明確」な同意のことであり、やはり、秘密の侵害の態様や内容について、十分な説明が行われた上での同意でなければならない
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ゼロ・レーティングとネットワーク中立性
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ネットワーク中立性とは
• ネットワーク中立性とは、インターネットにおける全てのデータを通信事業者が公平に取り扱うべき、という原理のこと– 2000年代初頭のアメリカにおける議論を踏まえ、2003年、コロンビア・ロースクールのティム・ウー教授が提唱したとされる
– 「インターネットは全てのコンテンツやアプリケーション利用者に対してオープンであるべき」
• オープンなインターネットによって、新規参入事業者に機会が与えられ、新しいアプリケーションの登場、革新が期待される
• 日本でも、ネットワーク中立性原理に基づく議論が総務省の有識者会議で行われており、一般にこの考え方は尊重されている– ただし、法制化はされていない
– 電気通信事業法では、「不当な差別的取扱いの禁止」までとなっている
• 第六条(利用の公平) 電気通信事業者は、電気通信役務の提供について、不当な差別的取扱いをしてはならない。
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ゼロ・レーティングとネットワーク中立性
• ある電気通信事業者が、特定のアプリに関するパケットの無料化を行うことは、ネットワーク中立性からみて問題があると見なせる– 差別的な取扱いにより、電気通信事業者に優遇されたアプリが市場での支配力を強めると同時に、優遇されなかったアプリが市場競争力を弱める可能性がある
– 電気通信事業者によるアプリの選別が、全てのコンテンツやアプリケーションに対してオープンであるべきとするネットワーク中立性を損ねることは間違いない
• 場合によっては、利用者の不利益に繋がる可能性も– それぞれの電気通信事業者が異なるアプリを優遇することで、利用者の体験が分断される可能性も• ex. ドコモ・KDDI・ソフトバンクがそれぞれ異なるSNSを優遇したら…?
– 電気通信事業者が自ら優遇するアプリを選別する際に、画像・動画の圧縮やその他電気通信事業者に有利なコンテンツの改ざんをアプリ事業者に要求する可能性も?
• ただ、ネットワーク中立性は現在のところは一つの原理に過ぎず、議論の余地は大きい– ネットワーク中立性はインターネットの革新を促進するものなのか、それとも過剰なネットワーク中立性の重視が革新を止めるものなのか、識者でも考え方は分かれる
– 日本では、ネットワーク中立性に関する議論は必ずしも十分でない
• 今後、日本でもネットワーク中立性に関する議論が行われることが必要
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ゼロ・レーティングと公平性
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利用者間の公平性
• ネットワーク中立性(インターネットがアプリを公平に扱うべき)だけではなく、ゼロ・レーティングは利用者間の公平性を阻害する恐れがある
データ通信サービスの提供には原価(コスト)が必要
そのコストは、利用者が負担するべきもの
そのコストは誰の負担に?
ゼロ・レーティングの場合
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無料となったそのパケットのコストは誰の負担?
1. 無料化対象のサービスを、その通信事業者が自ら提供する場合
– 例:携帯電話会社が同社の利用者に対し、自社の提供する雑誌読み放題サービス関するパケットを0円にした場合
2. 無料化対象のサービスの提供事業者が、通信事業者に対しコストを支払う場合– 例:MVNOが、他社の提供する雑誌読み放題のサービスのパケットを0円とした分、そのサービスの提供事業者がMVNOにお金を払う場合
3. 無料化対象のサービスのコストを誰も負担しない場合– 例:MVNOが他社の提供する雑誌読み放題サービスのパケットを0円としたのに、誰も
MVNOにお金を払わない場合
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1. 無料化対象のサービスを、その通信事業者が自ら提供する場合
• 例:携帯電話会社が同社の利用者に対し、自社の提供する雑誌読み放題サービス関するパケットを0円にした場合
• この場合、利用者間の公平性は担保されているかは一概に判断できない– このケースでは、公平性の確保の証明は難しい
– むしろネットワーク中立性などからの検証がされるべきだろう
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2. 無料化対象のサービスの提供事業者が、通信事業者に対しコストを支払う場合
• 例:MVNOが他社の提供する雑誌読み放題のサービスのパケットを0円とした分、そのサービスの提供事業者がMVNOにお金を払う場合
• この場合、利用者間の公平性は保たれている
– ゼロ・レーティングの対象となるコストはサービスの提供事業者が負担をしており、その事業者は雑誌読み放題の利用者の支払う料金をその負担に充当していると考えられるので、回り回って雑誌読み放題の利用者のみがコスト負担をしている
利用者
サービス提供事業者
MVNO
サービス料金 コスト負担
ゼロ・レーティング
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3. 無料化対象のサービスのコストを誰も負担しない場合
• 例:MVNOが他社の提供する雑誌読み放題サービスのパケットを0円としたのに、誰もMVNOにお金を払わない場合
• この場合、利用者間の公平性は確保されていない
– 「ゼロ・レーティングで得をしている」利用者がいるのと同じだけ、実際は「ゼロ・レーティングにより損をしている」利用者がいる
利用者
サービス提供事業者
MVNO
サービス料金 コスト負担なし
ゼロ・レーティング
他の利用者
通信料金支払い
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ゼロ・レーティングと利用者間の公平性
• MVNOがゼロ・レーティングサービスを提供する際は、公平性から見た検討が必要
• なお、この場合に仮に「不公平」があったとしても、必ずしも法で禁止される程度の不公平ではないことに注意– 完全に公平であるサービス提供は、実のところ極めて困難
• そのため、「事業者として何に重きを置くか」「利用者としてその不公平は許容可能なものか」の問題となる– 事業者により、利用者により、導かれる結論は異なるだろう
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まとめ
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ゼロ・レーティングをどう捉えるべきか
• ゼロ・レーティングは、それ自体必ずしも悪ではない
• ただ、3つの観点について、ゼロ・レーティングを提供する通信事業者は、その考え方を利用者に説明することが望ましい– 通信の秘密
– ネットワーク中立性
– 利用者間の公平性
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IIJの考え方
• 通信の秘密– IIJは、これまでも通信の秘密を尊重し、その侵害を必要最小限とするよう努力をしてきました。今後も継続して努力していきます
– ゼロ・レーティングを仮に採用する場合は、利用者に対し十分な説明を行い、必ず「事前」に「個別」かつ「明確」な同意をいただきます
• ネットワーク中立性– ネットワーク中立性は、インターネットのこれまでの進歩に対し、プラスの影響を与えてきたと考えます
– インターネットの変化により、今後、ネットワーク中立性の望ましい在り方についての議論が行われる場合は、IIJとして積極的に参加していきます
• 利用者間の公平性– ゼロ・レーティング対象サービスの提供事業者がコストを負担しないモデルの提供は、現時点で導入の意思はありません
– ゼロ・レーティング対象サービスの提供事業者がコストを負担するモデル(スポンサード・データ)については、現時点で予定はしていないものの、もし提供することがあれば他の2つの観点(通信の秘密、ネットワーク中立性)からの検証を行います
• MVNEとしてのIIJの考え方– 技術的なゼロ・レーティングの実現についてはパートナーMVNOからの相談に応じます– ゼロ・レーティングにまつわる法令規則等の建付や、基本かつ尊重すべき考え方を、パートナーMVNOからの求めに応じ提供していきます