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はじめに直感で「検査」をしていたあなたへ

札幌厚生病院 市原 真

1 HCCはなぜHCCっぽく見える?腹部臓器の超音波(エコー)といえば、得てして「主観的だ」とか、「術者の経験次第である」

と言われがちです。CTやMRI と比べると客観性に乏しく、個人の力量に負うところも大きいなどとされます。一方で、循環器の世界では、超音波はゴールド・スタンダードとしての立ち位置を確固たるものとしています。「昔は聴診器、今は超音波」などとも言います。心臓業界の人々からは、超音波は「ダイナミズムを捉えるうえで比肩するものがない最強の検査」だとか、「術者が欲しい画像を瞬時に手に入れられる」、「立体的な構築の把握に欠かせない」、「最も素早い解析が可能」などと、まるで腹部と同じ検査をしているとは思えない賞賛の数々を聞くことができます。いずれも同じ「エコー」。けれども、かたや腹部エコーは「客観的でない」、「CTと同等の情

報が得られればラッキー」などと言われ、かたや心エコーは「臨床の勘所をつかめる」、「診断の要」などと言われています。この差はどこからきているのでしょうか?おそらくですが、心エコーで得られる所見は、直感的に疾患名を予測しやすいのです。例えば、

僧帽弁が壊れて逆流が見られれば「僧帽弁逆流症」ですね。見た目と病態と疾患名が見事に一致しています。私たちは、心エコー検査を「主観的で当てにならない」とは言いません。「術者の力量さえあれば、ダイナミズム=心疾患の本態をとことん描出することができるツール」です。けれども、腹部エコーで得られる所見は、直感的には疾患名を予測できません。例えば、圧

排性の発育様式で周囲の肝組織を外方に押しやっている球状の結節を見て、「圧排性球形腫瘤」と診断してよいのならばラクでしょうが、実際にはこれを「肝細胞癌(hepatocellular carcinoma:HCC)」と診断したり、「やや特殊な転移性腫瘍」と診断したり、「限局性結節性過形成(focal nodular hyperplasia:FNH)」と診断したりしなければなりません。形態学的な見た目と、疾患の名前や病態との間に壁があります。「術者の力量があって、病変を描出できたとしても、その解釈にはさらに工夫が必要」だということです。

そのためか、現状、腹部エコーの用途は圧倒的に「スクリーニング」です。まずは局在診断。病変があるかないかを見極めることが第一義です。あるかないかについては「直感的に」解析することができます。形態と診断名との乖離が激しい腹部領域であっても、「異常があるかどうか」くらいならば、誰でもピンとくることができます。でも、その先に進むことはなかなか難しいものです。目に飛び込んできた病変が、「なぜそのような形態をしているのか」、「どういうメカニズムで

この像を形成しているのか」がわからない限り、腹部エコーはいつまで経っても「直感に準拠した主観的な検査」にとどまってしまいます。

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HCCはなぜHCCっぽく見える?

あるとき、1人の技師がある「直感」を抱きました。 「HCCって、なんだか、Bモードで画面から飛び出してきてるように見えるなあ(図1)」。

「何言ってんだこいつ」とバカにするレベルの妄言です。流行りの VR(ヴァーチャル・リアリティ)でしょうか。でも、このセリフが彼の口から出たのは 2010 年前後のことです。まだVRは世の中には広まっていなかった時代。オタクをこじらせて未来を予測したのかもしれません。彼は、長身でおしゃれな服ばかりを着て、子だくさんのムカつくオタクです(笑)。 彼はその妄言を、最初は1人で胸の中で抱えていました。しかし、とある病理医が講演で「HCCの病理」を説明したときに、その直感が再び頭をもたげました。病理医は言いました。「HCCというのは、病理で見ると割面に膨隆してきます(図2)」。

それを聞いた技師は思いました。「あぁ、Bモードと一緒だなぁ。やっぱりHCCは膨隆するんだ」。そして、技師は病理医のデスクにやって来ました。「先生、HCCを病理で見ると、割面に盛り

上がって見えるって言ってたじゃないですか。あれ、エコーでも一緒なんですよ。HCCってBモードだとなんか盛り上がって見えるんですよね。血管腫はへこんでいますし」。

HCCはなぜHCCっぽく見える?

図1 HCCの Bモード像

図2 HCCのマクロ像

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1 シェーマで学ぼう肝細胞癌札幌厚生病院 市原 真

1 肝細胞癌の「固有の特徴」 肝臓の腫瘤性病変については、まず「三大病変」を理解するのが近道です。肝臓の三大腫瘤といえば①肝細胞癌(hepatocellular carcinoma:HCC)②血管腫③転移性腫瘍です。 「この他にも肝内胆管癌(intrahepatic cholangiocarcinoma:ICC)や限局性結節性過形成(focal nodular hyperplasia:FNH)などがあるじゃないか」というご意見が聞こえてきそうですが、病変の頻度を考慮すると、この3つから考え始めるのが一番良いでしょう。この3病変は画像的にも、病理組織学的にもかなり異なっていますので、その違いをきちんと理解することが大切です。

 最初に取り上げるのはHCCです。肝臓エコーを行っていて、あなたが直感的に「あっ、HCCだな」とピンとくる所見というのは何でしょうか? みなさんそれぞれに思うところがあるでしょうが、本書ではまず「病理のマクロ像」からHCCの特徴を抽出することにします。病理でHCCの特徴がはっきりわかれば、超音波画像にも同様の特徴が見いだせるかもしれません。

①神の目はいらない

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シェーマで学ぼう肝細胞癌

 さて、ここに並んでいるのはいずれもHCCです。ブルーバックにぼんやり見られるマス目の1辺は2cm大。大きいものもあれば小さいものもあります。内部の色調もさまざまです。 これらを、全く病理の知識のない人(例えば小学生)に見せると、どれかとどれかは「なんとなく似ている」と言うでしょう。真ん中の上下などはわりと似ていますよね。けれども、一番右上や右下の病変などは、他とは違う病気ではないかと考える人が多そうです。色調とかツヤとか、構成成分が異なっているように見えますから。

 でも、ある程度肝臓を見慣れた病理医は、これらのマクロ像を瞬間的にすべて「あっ、HCCだ」と見抜きます。顕微鏡を見るまでもありません。病理医は顕微鏡を見なくても細胞の姿を想像できる特殊能力(あるいは神の目?)を持っているのでしょうか。そんなわけはないのです。病理医が多彩なマクロ像をすべて「HCCである」と判断できる、「共通の特徴」があるということです。 ではその共通点とは何でしょう。モザイクパターンでしょうか? 良い線をいっていますが、右上の病変や右下の病変にはモザイクっぽさがありませんね。 正解は、「割面に膨隆してくる病変であるということ」です。

②HCCは割面に膨隆してくる HCCは原則的に、病変の大小を問わず、摘出してきた臓器をホルマリン固定する前に割を入れたときに、割面に膨隆してきます。拡大写真をご覧ください。

 背景の肝組織に比べて「ぐっ」と盛り上がってきていることがおわかりでしょう。 左のような大きな結節はまだしも、右の結節はたかだか1cm程度ですが割面に盛り上がってきています。これはかなり強力な所見で、「あーHCCだろうなー」と直感できます。病変に割を入れた瞬間に、病理医が「あっ、HCCだ」とピンとくるポイントは、この「割面に対する盛り上がり」。極意と言ってもよいでしょう。

 HCCが割面に盛り上がってくるのには理由があります。一番大きな理由は、病変内の細胞の

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1 リアス式マージナルストロング札幌厚生病院 市原 真

1 なじみの深い血管腫

①血管腫の病理なんて見たことない? 肝臓三大腫瘤の2番目は血管腫です。超音波検査に携わっている方々にとっては、嚢胞と並んで最もなじみ深い病変のひとつでしょう(図1)。

 ところがこの血管腫、エコーではとても頻繁に遭遇する病変ですが、なかなか病理をみる機会がありません。そもそも、手術されませんからね。ごく一部の例外を除いて手術の適応とならない血管腫は、日常診療では対比はおろか、「病理像」自体を検討することが難しい病変です。おそらく皆さんも、エコーで発見した血管腫についてはMRI の T2 強調画像などで診断を確定することがほとんどだと思います。生検も手術もしません。 血管腫は、ありふれているにもかかわらず、「なぜ超音波像がこのようになっているのか」を検討しづらい病変です。

 本書では血管腫の病理像をいっぱい掲載します。血管腫は良性腫瘍(benign tumor)であり、WHO分類にもしっかりと記載されている病変ですが、どの教科書をめくっても組織画像が結構「おざなり」です。これは執筆者の一人である市原の勝手な想像ですが、仮に本書がバカ売れする可能性があるとしたら、その一番大きな理由は「血管腫の病理がいっぱい載っているから」ではないかと思います。それくらい、血管腫の病理写真を載せた本というのは少ないのです。 では、なぜ筆者は手術をしないはずの血管腫の画像をいっぱい持っているのかって……? それは簡単です。10年以上前に、「血管腫の病理がない」ことに気づいた私たちは、長年かけて、HCC や転移性腫瘍の治療目的に切除された肝組織に「偶然含まれる血管腫」をしつこく追いかけ続けたのです。切り出しのときに、「この人って偶然血管腫含まれてませんでしたか?」と外科医に尋ねながら……。そしたら、ぽつりぽつりと小さな血管腫が見つかり、標本作製する

図1 なじみ深い血管腫

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リアス式マージナルストロング

ことができました。やればできるもんですよ。

②血管腫のエコー所見のまとめ 血管腫の病理像を勉強する前に、血管腫の典型的なエコー所見をまとめておきます。このあたり、エコー技師さんであれば「当たり前」かもしれませんが、本書の読者の方のなかにはエコーを使い始めたばかりの研修医や、病理医のタマゴの方もいるかもしれませんので、改めてきちんと解説しましょう。

 血管腫のBモード像は、HCCほど周囲を圧排することがなく、既存構造を押したり破壊したりすることがありません(図2)。内部に既存の血管が貫通していることもしばしばです。形状に緊満感がなく、ヘンなところが尖っていたり、きちんとした円形ではなく楕円形だったり、ひしゃげたひし形だったりします。エコーレベルは高いことも低いこともあります。

 有名な所見としてmarginal strong echo と呼ばれる病変辺縁の高エコー像を見ることが多く、有力な診断の手がかりとなります。その他、wax and wane sign と呼ばれる「エコーレベルが経時的に変化する所見」や、カメレオンサインと呼ばれる「体位変換によってエコーレベルが変化する所見」なども知られています。 面白い所見としては、「病変内部にもやもやとしたものが見える」fl uttering signal(別名、ミミズサイン)なんてものがあります。「もやもやとしたものは赤血球だ」という人もいて驚きます。最新の解像度の良いエコー装置を使わずとも、「昔のエコーでも見えたよ」などと仰る人もいらっしゃるわけですが、本当はいったい何が見えているんでしょうね?

 血管腫のエコー所見はBモードだけでもかなりたくさんあります。良性腫瘍で、妊婦やエストロゲン製剤の服用など特殊な背景がなければまず変化しない病変であり、ムダな精査を繰り返さないことが患者にとっての利益となる病変ですから、日常的なエコー検査できっちりと見極めなければいけません。だからこそ、「名前のついた所見」がいっぱい発明されています(逆に言うと、どのような病変にも“名付けようと思えば”さまざまな所見が見つかるのではないか、とも思うのですが……)。

図2 血管腫のBモード像

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1 ちょっとヘンな肝細胞癌 腹部画像研究会

 ここからは各論です。札幌厚生病院にて毎月開催されている「腹部画像研究会」にて検討された症例のなかから選りすぐって、画像と病理の対比を行います。 本章では、肝臓の三大腫瘤性病変である肝細胞癌、血管腫、転移性腫瘍の症例を。ただし、「普通とはちょっと違う」、「ちょっとヘンな」症例を見ていこうと思います。

1 それってヘンじゃない? それでは、まずは「ちょっとヘンな肝細胞癌(HCC)」。

症例1 高エコーのHCC

 Bモード像です。 えっ、どこがヘンなの? と思われるかもしれません。「別にHCCでいいんじゃないの?」。まぁそう言わずに、少しお付き合いください。確かにHCCでいいのです。しかし、「ちょっとヘン」なところがあります。 類球形(動画でなくてすみません)の腫瘤性病変で、外側には比較的均質な厚さの低エコー帯が形成されています。内部は基本的に周囲よりも高エコーの部分が多いですが、比較的低エコーな領域も混在しており、nodule-in-nodule の形態なのかな、と思います。後方エコーは不変。 類球形=内圧が高い=細胞密度が上昇している病変で、外側に均質な低エコー帯を伴うことからHCCを考えました。内部が高エコーですから、広く脂肪沈着を伴うのかな。 ……ところが、ここで、1人の技師さんが疑問を呈しました。「この症例は、造影 CTですとかなり強く染まって抜けるんです。ですから造影 CTの読影上は、中分化型HCC疑いとなっています。でも、脂肪沈着を伴うHCCって、普通は高分化型じゃなかったですか?」。 そう、HCCは時に脂肪沈着を伴いますが、脂肪沈着というのは高分化型HCCにおいてしばし

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ちょっとヘンな肝細胞癌

ば見られる現象であり、被膜を有し圧排傾向も強いゴリゴリの進行肝細胞癌ですとあまり見られなくなります。小結節境界不明瞭型の、早期肝細胞癌(early HCC)であればなんの不思議もないのですが……。 普通、肝臓の腫瘤性病変で、類球形の結節で、高エコーとなると(血管腫っぽくはないので)脂肪沈着くらいしか考えつきません……。肝腫瘤が高エコーになる原因は、脂肪沈着以外にもあるのでしょうか?

 摘出標本で、左がホルマリン固定前、右がホルマリン固定後です。

 ホルマリン固定前の割面に突出してくるのは、細胞密度が高いことを意味しています。ホルマリンに浸漬して十分に固定した標本を、ナイフできれいにトリミングすると、右のように断面が現れます。全周に線維性被膜を有する、単純結節型の病変です。もうこの時点で顕微鏡を見なくてもほぼ間違いなくHCCです。Bモードともよく対応しています。 さあ、細胞はどうなっているでしょうか? こちらはAzan 染色。膠原線維が青く染まる染色です。

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