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TAK-441 結晶形のキャラクタリゼーションと共結晶化による溶媒和物形成の抑制および溶解性 の改善 Characterization of TAK-441 Crystal Forms and Its Cocrystallization for Solvatomorphism Suppression and Solubility Enhancement 平成 28 年度 論文博士申請者 岩田 健太郎 (Iwata, Kentaro) 指導教員 深水 啓朗

1 TAK-441 結晶形のキャラクタリゼーションと共結 …TAK-441 の結晶形研究を通じてPSF の結晶形研究をさらに深めることを目 的とした。次に、共結晶形成を利用してTAK-441

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  • 1

    TAK-441 結晶形のキャラクタリゼーションと共結晶化による溶媒和物形成の抑制および溶解性

    の改善

    Characterization of TAK-441 Crystal Forms and Its Cocrystallization for Solvatomorphism

    Suppression and Solubility Enhancement

    平成 28 年度

    論文博士申請者

    岩田 健太郎 (Iwata, Kentaro)

    指導教員

    深水 啓朗

  • i

    目次

    諸言 ............................................................................................................................................... 1

    第一章:TAK-441 の結晶形探索と開発に適した結晶形の決定 ............................................... 9

    序論 ........................................................................................................................................... 9

    結果と考察 ............................................................................................................................... 10

    溶液からの再結晶で得られた結晶形 ................................................................................ 10

    無水物 form I の結晶構造 .................................................................................................. 12

    溶媒和物の結晶構造と熱に対する安定性 ........................................................................ 16

    溶媒和物の脱溶媒で得られた無水物結晶多形 ............................................................... 24

    無水物結晶多形の熱力学的関係 ...................................................................................... 26

    苛酷試験による無水物 form I 結晶の長期安定性の評価 ................................................ 30

    小括 ......................................................................................................................................... 32

    第二章:共結晶化による TAK-441 の溶媒和物形成の抑制および水溶性の改善 ................. 33

    序論 ......................................................................................................................................... 33

    結果と考察 ............................................................................................................................... 35

    共結晶スクリーニングの結果 .............................................................................................. 35

    共結晶とフリー体の溶媒和物形成能の比較 ..................................................................... 46

    共結晶とフリー体(無水物 form I)の水溶性 ....................................................................... 48

    共結晶の苛酷試験の結果 .................................................................................................. 56

    第二章の小活 ...................................................................................................................... 58

    総括 ............................................................................................................................................. 59

  • ii

    謝辞 ............................................................................................................................................. 60

    実験の部 ..................................................................................................................................... 61

    掲載論文 ..................................................................................................................................... 69

    参考文献 ..................................................................................................................................... 70

  • 1

    諸言

    低分子医薬品原薬の多くは安定性 1や製造性 2などの観点で有利な結晶状態で製剤化され

    る。医薬品化合物の結晶形は、単一成分で構成されるフリー体に加えて、複数の成分で構成

    される塩、3 共結晶 4や溶媒和物 5あるいはそれらの混成物に加えて、構成成分は同じものの

    結晶構造が異なる結晶多形 6の組合せであるため多様性に富む(図 1)。医薬品化合物は高い

    頻度で複数の結晶形をとることが知られており、7それぞれの結晶形に応じて融点や溶解性、8

    吸湿性、9 打錠成形性 10あるいは安定性 11などのさまざまな物理化学的な特性が異なる。この

    違いは製品における経口吸収性や製造性、有効期限などにも影響する場合がある。12 開発

    候補化合物の特性を考慮した結晶形の選定は、合理的な製剤設計と製品の品質管理の観点

    から重要な課題である。

  • 2

    図 1: 医薬品化合物の主な結晶形態。 充填様式が異なるものは結晶多形を示す。一般的には、塩はイオン性結晶であることから他の

    結晶と、13 共結晶は常温常圧で構成する各成分が単独の状態では固体状態であることから溶媒和物と区別されている。14

  • 3

    医薬品開発では、フリー体または塩などの多成分結晶のなかでも無水物あるいは水和物を

    用いることが一般的であり、脱溶媒による結晶形転移のリスクや溶媒に由来する毒性の発現の

    懸念などから 15有機溶媒を含む溶媒和物で開発することは稀である。16 さらに、開発では無水

    物あるいは水和物の結晶多形のなかでも熱力学的に最も安定な結晶形が望ましい。17 これは、

    準安定形は安定形の出現によって再現性良く生産できなくなり、開発中あるいは上市後に結

    晶形を変更するリスクが高いためである。18-20 また、安定形は一般に準安定形より溶解度が低

    く、8 安定形への変更は薬物の吸収性に影響を与えるおそれもある。21-23 開発途中の結晶形

    の変更は、製剤設計や臨床試験のやり直しによって開発スケジュールを遅延につながることさ

    えある(図 2)。24 Ritonavir (製品名:Norvia®) の例では、form I 結晶の懸濁液をカプセル製

    剤として処方化した製品で上市後に安定形の form II 結晶が出現した。Form II は低い溶解度

    のため、上市した処方で服用しても治療に必要な吸収が得られないおそれがあった。さらに、

    製剤中に form II がわずかに混入するだけでも form I から form II への結晶形転移が促進され

    るうえに、form II の混入を回避した製品の生産が困難であった。以上の事情から市場から製品

    を回収して form II を用いた処方を再開発することになった。25,26 このような例では、製品の回

    収によって製薬企業が経済的な損失を被るばかりでなく、医療現場への製品供給が滞ることに

    よって疾患の治療が中止されることもある。近年では、結晶形変更のリスクを最小限に抑えるた

    めに、化合物の構造最適化が終了した段階で積極的に結晶形スクリーニングを行い、27,28 開

    発初期に最適な結晶形を選定する創薬開発戦略が一般的になっている。29,30

  • 4

    図 2: 近年の医薬品の結晶形に関連する主な事件(参考文献 24 より改変)。

  • 5

    最近の開発化合物は、薬剤標的分子との結合親和性に基づいた化合物の設計で薬理活性

    が飛躍的に高まった。一方、化学構造が複雑化するとともに脂溶性も高まっている。31,32 この

    傾向に伴い、開発化合物の水に対する溶解度が低下しており、事実、経口吸収を志向した多

    くの医薬品候補化合物で低溶解性の問題が生じているといわれている。33 また、結晶化の際

    に空隙が生じやすくなるなどの理由から溶媒和物を形成しやすくなる傾向も高まっている(図

    3)。34,35 さまざまな有機溶媒と溶媒和物を形成する化合物は promiscuous solvate former

    (PSF)として知られている。36 医薬品化合物のなかにも PSF があることが少なからず報告されて

    おり、37-42 その中には形成した溶媒和物の脱溶媒によって複数の無水物の結晶多形が誘起

    されるものも存在する。たとえば、PSF の性質が顕著であった Axitinib(製品名:Inlyta®)は、溶

    媒和物の脱溶媒で 5 つの無水物が誘導された。43 さらに、これら無水物の熱力学的安定性の

    決定も溶媒和物の形成で実験手法が極端に制限されるなどの事情から難航したことが報告さ

    れている。これまでのところ、PSF の研究報告のほとんどは化合物と溶媒間の分子間相互作用

    に着目した研究であり、医薬品開発を目的とした結晶形の最適化研究や溶媒和物形成の抑制

    に積極的に取り組んだ研究はほとんど見あたらない。

  • 6

    図 3: 近年の開発化合物の設計と結晶化の概念図。

  • 7

    本研究ではモデル化合物として TAK-441 を用いた。TAK-441 は、武田薬品工業株式会社

    で創製された抗がん剤候補化合物であり、44-47 化学構造中に官能性の置換基をもたない中

    性化合物である(図 4)。48 この化合物は、Frizzled ファミリーに属する 7 回膜貫通タンパク質の

    1 つである Smoothened (Smo)に作用してヘッジホッグシグナル伝達経路を阻害することによっ

    て抗がん作用を発揮する。ヘッジホッグシグナル伝達経路は組織・器官のパターン形成、細胞

    増殖、細胞分化など胚発生や生体の恒常性などの過程を制御している一方で、がんや細胞増

    殖性疾患、神経障害、骨形成異常などにも関与することが報告されている。49

    TAK-441 は経口固形製剤としての開発を志向しており、第Ⅰ相試験で 50 mg/日から 1600

    mg/日までの投与量逐次漸増試験が行われた。50 その結果、50 mg/日で一例のみ薬力学的

    効果が認められ、本化合物の最大耐用量は 1600 mg/日と見積もられた。なお、本化合物は創

    製時にさまざまな種類の有機溶媒で再結晶が行われ、いずれの結晶中にも数%の溶媒が残

    留していたことから PSF であることが示唆されていた。

    本研究は、まず TAK-441 の結晶形研究を通じて PSF の結晶形研究をさらに深めることを目

    的とした。次に、共結晶形成を利用して TAK-441 の溶媒和物形成を抑制するとともにその水溶

    性を改善できる結晶を見出すことを目的とした。

  • 8

    図 4: TAK-441 の化学構造。

  • 9

    第一章:TAK-441 の結晶形探索と開発に適した結晶形の選定

    序論

    結晶形スクリーニングの結晶化法には熱転移 51 などさまざまな方法が考案されているが、28

    開発においては無水物だけでなく水和物などの溶媒和物も対象となるため、溶媒を用いた方

    法が広く用いられている。7 開発では試験する化合物の結晶化のプロファイルは未知であるた

    め、溶液中の化合物の過飽和度のコントロール 52 よりも物性の異なる有機溶媒の種類でスクリ

    ーニング条件の多様性を確保している。53 見出された結晶形をスケールアップ調製したのち

    に、吸湿特性や化学的安定性などの物理化学的特性とともに製造性を考慮したうえで無水物

    あるいは水和物のいずれかの結晶形が選定されることが一般的である。結晶多形間の選定で

    は、製品の保存安定性の観点から室温における熱力学的安定性が最も重視される。さらに、室

    温安定形と他の結晶多形で安定性の序列が全温度で変わらない単変性(monotropy)と転移温

    度を境にして前後で逆転する互変性(enantiotropy)のいずれであるかとともに、54 互変型の場

    合は転移温度などの情報も堅牢な品質管理を行ううえで重要である。熱力学的解析としては溶

    媒媒介転移を利用した方法 55 が操作の簡便性から最も汎用されており、他にも安定形と準安

    定形の溶解度差 8 を利用して溶解度を測定して決定する場合もある。56 示差走査型熱量計

    (DSC)を用いた方法も報告されているが、57 正確な測定が難しいなどの問題があり利用は限定

    的である。

    本章の研究では、TAK-441 の結晶形を探索して、得られた結晶多形の熱力学的関係を明ら

    かにすることにより最も開発に適した結晶形を見出すことを目的とした。

  • 10

    結果と考察

    溶液からの再結晶で得られた結晶形

    各有機溶媒あるいは混合溶媒から再結晶して得られた析出物は、無水物 form I を除いて全

    て溶媒和物が得られ、酢酸エチル溶媒和物および酢酸イソプロピル溶媒和物では結晶多形が

    認められた(表 1)。アセトンおよびテトラヒドロフランは単一溶媒系で溶媒和物を形成したが、ア

    セトンと蒸留水、アセトンと n-ヘプタンあるいはテトラヒドロフランと蒸留水からは form Iが結晶化

    した。溶媒和物を形成する溶媒中では無水物より溶媒和物の溶解度ほうが低いために溶媒和

    物として結晶化しやすいことが経験的に知られている。しかし、これらの溶液では溶媒の活量が

    貧溶媒との混合によって溶媒和物を形成する臨界活量以下まで溶液中の有機溶媒の実効活

    量が低下したために無水物が結晶化したと考えられた。5 一方、有機溶媒の実効活量が最も

    高く溶媒和物が結晶化しやすいと期待されるエタノールあるいはテトラヒドロフランの単一溶媒

    中においても、溶媒和物と form Iが競合的に結晶化した。この結果は、form Iの結晶化には溶

    媒の実効活量以外の別の要因が関与していることを示唆していた。

  • 11

    表 1: TAK-441 の再結晶実験で得られた結晶。 結晶形 結晶化溶媒

    無水物 form I

    メタノール、アセトニトリル、エタノール a)、 メタノール/水(1/1, v/v)、アセトニトリル/水(2/5,v/v)、 エタノール/n-ヘプタン (1/9,v/v)、 アセトン/水(1/9,v/v)、 アセトン/n-ヘプタン(1/9,v/v)

    エタノール溶媒和物 エタノール c) アセトン溶媒和物 アセトン 酢酸エチル溶媒和物 form B 酢酸エチル/n-ヘプタン(5/17,v/v) トルエン溶媒和物 トルエン、トルエン/n-ヘプタン(25/36,v/v) 酢酸イソプロピル溶媒和物 form B 酢酸イソプロピル/n-ヘプタン(13/20,v/v) 酢酸イソブチル溶媒和物 酢酸イソブチル、酢酸イソブチル/n-ヘプタン(10/17,v/v) 2-プロパノール溶媒和物 2-プロパノール、2-プロパノール/n-ヘプタン(1/5,v/v) テトラヒドロフラン溶媒和物(b テトラヒドロフラン、テトラヒドロフラン/n-ヘプタン(1/4,v/v) メチルエチルケトン溶媒和物 メチルエチルケトン、メチルエチルケトン/n-ヘプタン(1/9,v/v) 酢酸エチル溶媒和物 form A 酢酸エチル 酢酸イソプロピル溶媒和物 form A 酢酸イソプロピル アニソール溶媒和物 アニソール、アニソール/n-ヘプタン(5/8,v/v)

    a)異なるロットからの析出物。 b)微量の無水物 form I 結晶との混晶。

  • 12

    無水物 form I の結晶構造

    開発候補である form I の性質を構造の観点から把握するために X 線結晶構造を取得した

    (表 2)。TAK-441のトリフルオロエトキシ基の末端は不規則構造をとっており、トリフルオロエトキ

    シ基の酸素原子とアミドの窒素原子の間で分子内水素結合を、TAK-441 のグリコリル基の間で

    分子間水素結合を形成していた(図 5 AおよびB)。Form Iの単位格子に着目すると、c軸に並

    行して単位格子を貫くチャネル構造が認められた(図 5 C)。チャネル内部に溶媒の電子密度

    像は確認できなかったが、これは form I が脱溶媒結晶である可能性を示唆していた。

    Form I が溶媒中では溶媒和物を形成していたことを確認するためにエタノール溶液から単

    離した直後の結晶の X 線結晶構造を取得した。溶媒の蒸発を防ぎ結晶構造中の分子運動の

    抑制する目的で、単離した結晶を直ちに−173 °C に冷却して回折実験を行った。得られた構造

    は 25 °C の form I と類似した結晶構造と類似した充填様式をとっており、結晶構造から算出し

    た粉末 X 線回折パターンと form I の実験パターンが類似していた(図 6)。単離直後の結晶で

    は溶媒が不規則構造をとっていたために溶媒の電子密度を断片的にしか確認できなかった。

    しかし、form I の結晶は−173 °C の冷却でチャネル内部が大きく収縮していた一方で、溶媒か

    ら単離して直ちに冷却した結晶ではほとんど収縮していなかった(図 7)。これは内部に充填さ

    れている溶媒によって物理的に収縮が阻害されたためであり、単離直後の結晶が溶媒和物で

    あることを示唆していた。したがって、form I は脱溶媒和物であり、溶液中では form I の前駆体

    である溶媒和物(エタノール和物 form B とする)が結晶化して、溶液から単離した際にエタノー

    ル和物 form B が直ちに溶媒を失って form Iが得られていることが明らかとなった。また、form I

    が得られたほかの溶液でも同様に脱溶媒しやすい溶媒和物が結晶化していたと類推できること

  • 13

    から、TAK-441 は検討した全ての溶液から溶媒和物として結晶化したと考えられた。さらに、こ

    の溶媒和物は form Iと類似した結晶構造であったことから、form Iの isomorphic desolvateであ

    ると考えられた。58

    再結晶実験で認められたエタノールおよびテトラヒドロフランの溶液中における溶媒和物と

    form Iの競合的な結晶化は、厳密には form I ではなく form Iの前駆体の溶媒和物と各溶媒の

    溶媒和物の競合的な結晶化であったと考えられた。

  • 14

    表 2: TAK-441 form I の結晶構造の結晶学的パラメータ。 Form I (25 °C)

    Form I (−173 °C)

    Form I (溶液から単離直後)

    empirical formula C28H31F3N4O6 C28H31F3N4O6 - Mr 576.57 576.57 - temperature (K) 298 100 100 crystal size (mm) 0.60 × 0.40 × 0.15 0.20 × 0.20 × 0.20 0.60 × 0.40 × 0.10 crystal system monoclinic monoclinic monoclinic space group C2/c P21/c C2/c a (Å) 26.9301(5) 11.6230(2) 26.5176(5) b (Å) 18.7690(4) 18.7138(4) 18.4139(4) c (Å) 11.8275(3) 25.8604(5) 11.9808(3) α (°) 90.00 90.00 90.00 β (°) 103.076(1) 100.6201 101.5000(7) γ (°) 90.00 90.00 90.00 V (Å3) 5823.2(2) 5528.6(2) 5732.7(2) Z 8 8 8 F (000) 2416.00 2416.00 2416.00 μ (cm-1) 9.011 9.491 9.153 ref collected/unique 33684/5338 89159/10107 33288/5229 parameters 399 741 398 final R indices [I > 2σ(I)] 0.0700 0.0581 0.0566 R indices (all data) 0.2160 0.1793 0.1592 goodness of fit on F2 1.1010 1.138 1.063

    図 5: TAK-441 form I の結晶構造のパッキングモデル。 A: Form Iの水素結合様式、B: 水素結合様式の分子モデル。破線は水素結合を示す。B: c軸に沿って表示した単位格子中の結晶構造。トリフルオロエトキシ基の末端は不規則構造をとっ

    ていたため、モデルでは 2 つの構造を重ね合わせている。

  • 15

    図 6: Form I 結晶の粉末 X 線回折パターンと各結晶構造の計算パターン。 (a) Form I 結晶の粉末 X 線回折パターン、(b) 25 °C の form I 結晶構造の計算パターン、(c): −173 °C の form I 結晶構造の計算パターンおよび(d): −173 °C のエタノール溶液単離直後の結晶構造の計算パターン。

    図 7: 25 °Cおよび−173 °C の form I結晶のおよび−173 °Cのエタノール溶液単離直後の単位格子中のパッキングモデル。 A: 25 °C の form I 結晶、B: −173 °C の form I 結晶および C: −173 °C の form I のエタノール溶液単離直後の結晶。各構造は単位格子中のモデルを space fill で c 軸に沿って表示している。

  • 16

    溶媒和物の結晶構造と熱に対する安定性

    再結晶で得られた複数の溶媒和物で、類似した粉末 X 線回折パターンが得られた(図 8)。

    これは結晶構造が類似していることを示唆しており、その類似性から得られた溶媒和物を form

    I の前駆体である溶媒和物を含めて 4 種類のタイプに分類した。粉末 X 線回折パターンの 2θ

    で 8.7°と 9.3°に特徴的なピークを示すエタノール和物をタイプ 1 とした。11.6°および 14.5°付近

    に特徴的ピークを示すタイプ 2には、常温常圧で溶媒を失いやすいアセトン和物および酢酸エ

    チル和物 form Bと、熱重量分析(TGA)の結果から脱溶媒温度は 100 °C以上であったトルエン

    和物、酢酸イソプロピル和物 form B および酢酸イソブチル和物があった(図 9)。これらの溶媒

    和物の熱に対する安定性は、溶媒の沸点よりも分子の大きさが熱に対する安定性と関係して

    おり、良溶媒の分子サイズの指標となる分子量で 88.11の酢酸エチルと 92.11のトルエンの間を

    境界として脱溶媒温度が飛躍的に高まっていた(表 3 および図 10)。タイプ 3 では、6.5°、8.4°

    および10.6°に特徴的なピークを示す溶媒和物で、室温で脱溶媒しやすい2-プロパノール和物、

    テトラヒドロフラン和物と、メチルエチルケトン和物、酢酸エチル和物 form B、酢酸イソプロピル

    和物 form Aおよびアニソール和物があった。これらの溶媒和物でも分子量で 72.11のテトラヒド

    ロフランあるいはメチルエチルケトンと 88.11 の酢酸エチルの間を境界として脱溶媒温度が飛躍

    的に高まる傾向が認められた。一方、熱に対する安定性の低かった 2-プロパノール(沸点:

    82.24 °C)と熱に対する安定性の高かった酢酸エチル(沸点:77.11 °C)を比較すると溶媒の沸点

    からは熱安定性を説明できなかった。したがって、タイプ 3 も沸点よりも溶媒分子の大きさが熱

    に対する安定性と関連していると考えられた。タイプ 4 は form I の前駆体である溶媒和物とし

    た。

  • 17

    図 8: TAK-441 の溶媒和物の粉末 X 線回折パターン。

    タイプ 1 溶媒和物(赤): (a) エタノール和物 form A。タイプ 2 溶媒和物(緑): (b) アセトン和物 form A、(c) 酢酸エチル和物 form B, (d) トルエン和物 form A、(e) 酢酸イソプロピル和物 form B および(f) 酢酸イソブチル和物 form A。タイプ 3 溶媒和物(青): (g) 2-プロパノール和物form A、(h) テトラヒドロフラン和物 form A、(i) メチルエチルケトン和物 form A、(j) 酢酸エチル和物 form A、(k) 酢酸イソプロピル和物 form A および(l) アニソール和物 form A)。

  • 18

    図 9: TAK-441 の溶媒和物の TGA および DSC 曲線。 タイプ 1 溶媒和物(赤): (a) エタノール和物 form A。タイプ 2 溶媒和物(緑): (b) アセトン和物、(c) 酢酸エチル和物 form B, (d) トルエン和物、(e) 酢酸イソプロピル和物 form B および(f) 酢酸イソブチル和物。タイプ 3 溶媒和物(青): (g) 2-プロパノール和物、(h) テトラヒドロフラン和物、(i) メチルエチルケトン和物、(j) 酢酸エチル和物 form A、(k) 酢酸イソプロピル和物 form A および(l) アニソール和物。

    表 3: TAK-441 溶媒和物のタイプおよび TGA 重量減少量。

    タイプ 結晶形 TGA データ

    化学量論比(c 良溶媒のデータ

    脱溶媒開始 温度 a) (°C)

    重量減少(b (%)

    分子量 (g/mol)

    沸点 59 (°C)

    1 エタノール溶媒和物 form A 95 7.2 1.0 46.07 78.29 2 アセトン溶媒和物 < 30 5.1 0.5 58.08 56.07 酢酸エチル溶媒和物 form B 30 2.3 0.2 88.11 77.11 トルエン溶媒和物 110 7.4 0.5 92.14 110.6 酢酸イソプロピル溶媒和物 form B 110 8.6 0.5 102.14 88.60 酢酸イソブチル溶媒和物 115 9.8 0.5 116.16 116.6

    3 2-プロパノール溶媒和物 < 30 7.0 0.7 60.10 82.24 テトラヒドロフラン溶媒和物(d 30 11.3 1.0 72.11 65.97 メチルエチルケトン溶媒和物 30 10.7 1.0 72.11 79.58 酢酸エチル溶媒和物 form A 95, 120(e 7.2 0.5 88.11 77.11 酢酸イソプロピル溶媒和物 form A 65, 105(e 9.4 0.6 102.14 88.60 アニソール溶媒和物 55, 105(e 8.7 0.5 108.14 153.6

    a) TGA 曲線の重量減少の開始温度。測定開始時点で脱溶媒が始まっているものは全て< 30°C とした。 b) 30 °C から DSC で見積もった融解温度までに TGA で認められた重量減少量。 c) TGA の重量減少が全て良溶媒と仮定したときの TAK-441 の分子量に対する良溶媒の分子量の比。 d) 微量の無水物 form I 結晶との混晶。 e) 2 段階の重量減少。

  • 19

    図 10: タイプ 2 および 3 の脱溶媒温度と良溶媒の分子量あるいは沸点。

    A: タイプ 2 の溶媒和物の脱溶媒温度と溶媒の分子量、B: タイプ 3 の溶媒和物の脱溶媒温度と溶媒の分子量、C: タイプ 2 の溶媒和物の脱溶媒温度と溶媒の沸点および D: タイプ 3 の溶媒和物の脱溶媒温度と溶媒の沸点。破線は脱溶媒温度=溶媒の沸点の直線を示す。

  • 20

    溶媒和物の構造的特徴と類似性を確認するために、各タイプの代表的な溶媒和物の X 線

    結晶構造も取得した(表 4)。タイプ 1 のエタノール和物 form A の化学量論比は 1:1(TAK-441:

    溶媒)であった。TAK-441 はエタノールと水素結合を形成しており、エタノールは TAK-441 によ

    って隔離された空間に充填されていた(図 11 A および B)。タイプ 2 および 3 の溶媒和物は、

    タイプ 4 と同じくチャネル中に溶媒を内包する溶媒和物であった。タイプ 2 のアセトン和物と酢

    酸イソブチル和物の結晶構造は、TAK-441 がほぼ同じ充填様式であり、a軸にほぼ平行にチャ

    ネル構造を形成していた(図 11 C および D)。いずれも水素結合を示唆する分子間相互作用

    はなく、アセトン和物の化学量論比は 1:1(TAK-441:溶媒)であった。TGA の脱溶媒に伴う重量

    減少量から化学量論比が 1:0.5(TAK-441:溶媒)と推定されていた酢酸イソブチル和物は、結晶

    構造中で溶媒分子は不規則構造をとっていたために溶媒を特定できなかった。タイプ 3 のメチ

    ルエチルケトン和物と酢酸エチル和物 form Aもほぼ同じパッキング様式をとり、TAK-441のグリ

    コリル基の OH と 4-オキソピロロピリジンの酸素原子の間で水素結合を形成した head-to-tail 型

    の二量体が b 軸に沿って積層してチャネルを構成し、TAK-441 と溶媒分子との間に水素結合

    を示唆する分子間相互作用はなかった(図 11 E、F および G)。メチルエチルケトン和物の化

    学量論比は 1:1(TAK-441:溶媒)であった。酢酸エチル和物は不規則構造をとっていたため結

    晶構造中の溶媒を特定できなかった。

    不規則構造によって溶媒のモデルを含まない結晶構造を利用して、タイプ 2、3 および 4 の

    溶媒和物中のチャネルの平均断面積を算出した(図 12)。断面積は大きい順にタイプ 4>タイプ

    3>タイプ 2 であった。この結果から、タイプ 4 の溶媒和物が溶媒を失いやすいのはチャネルの

    穴が大きくて溶媒が抜けやすいためと推察された。

  • 21

    表 4: TAK-441 の各溶媒和物の結晶学的パラメータ。

    エタノール和物form A アセトン和物 酢酸イソプロピル

    和物 form A

    メチルエチルケトン

    和物

    酢酸エチル和物 form A

    empirical formula C28H31F3N4O6, C2H6O C28H31F3N4O6, C3H6O

    - C28H31F3N4O6, C4H8O -

    Mr 622.64 634.65 - 648.68 -

    temperature (K) 100 100 100 100 100 crystal size (mm) 0.60 × 0.10 × 0.05 0.30 × 0.30 × 0.05 0.40 × 0.10 × 0.05 0.25 × 0.08 × 0.05 0.80 × 0.20 × 0.10 crystal system monoclinic triclinic triclinic triclinic triclinic space group P21/n P1 ̅ P1 ̅ P1 ̅ P1 ̅a (Å) 13.1698(3) 9.8775(3) 9.9970(3) 10.4172(2) 10.7573(3) b (Å) 12.1820(3) 13.1864(4) 13.0749(3) 11.4906(3) 11.4193(4) c (Å) 18.9898(5) 13.4772(4) 13.4367(3) 13.2190(3) 13.7386(4) α (°) 90.00 64.134(2) 63.551(2) 80.834(2) 74.026(2) β (°) 97.260(1) 84.447(2) 84.122(2) 80.647(2) 83.878(2) γ (°) 90.00 74.764(2) 75.542(2) 82.419(2) 80.058(2)

    V (Å3) 3022.2(2) 1523.69(7) 1522.61(7) 1532.17(6) 1595.01(7)

    Z 4 2 2 2 2 F (000) 1312.00 668.00 604.00 684.00 604.00

    μ (cm-1) 9.329 9.370 8.616 9.437 8.225

    ref collected/unique 34279/5522 17955/5448 18015/5449 18160/5509 18791/5722 parameters 411 407 371 415 371 final R indices [I > 2σ(I)] 0.0845 0.0737 0.0803 0.0611 0.0591 R indices (all data) 0.2632 0.1919 0.2454 0.1871 0.1602

    goodness of fit on F2 1.035 0.908 0.962 1.070 1.000

  • 22

    図 11: TAK-441 の各溶媒和物の水素結合様式と結晶構造のパッキングモデル。 A: エタノール和物 form A の水素結合様式 B: エタノール和物 form A の packing モデル C: アセトン和物の結晶構造の packing モデル D: 酢酸イソブチル和物の結晶構造の packing モデル E: メチルエチルケトン和物の水素結合様式 F: メチルエチルケトン和物の結晶構造のpacking モデル D: 酢酸エチル和物 form B の結晶構造の packing モデル。 TAK-441 は stick モデルで、溶媒分子は space fill モデルで表示している。水色の破線は水素結合、実線は単位格子を表し、左上の矢印は結晶格子の各軸の方位を示す。

  • 23

    図 12: TAK-441 のタイプ 2、3 および 4 の溶媒和物のチャネルの平均断面積。

  • 24

    溶媒和物の脱溶媒で得られた無水物結晶多形

    脱溶媒して得られる結晶形の充填効率が低く準安定形であることが多いうえに、58 製造時に

    溶媒和物を介する必要があることから溶媒の残留のリスクなどを考慮もあることから、開発にお

    ける優先順位は低い場合も多い。しかし、TAK-441 の場合は form I も脱溶媒結晶であるため、

    その他の脱溶媒和物との熱力学的関係を調べて安定形を特定する必要がある。Form I以外の

    脱溶媒和物を探索するために、再結晶で得られた各溶媒和物を加熱や真空乾燥によって脱

    溶媒させた(表 5)。80 °C の真空乾燥で脱溶媒したタイプ 1 のエタノール溶媒和物 form A は

    無水物 form II に、タイプ 2 のアセトン溶媒和物および酢酸エチル溶媒和物 form B は無水物

    form IIIに、タイプ 3 の 2-プロパノール溶媒和物、テトラヒドロフラン溶媒和物および酢酸エチル

    溶媒和物 form A は無水物 form VIに転移した。80 °C の真空乾燥での完全な脱溶媒はできな

    かった溶媒和物は、130°C~140°C で加熱して脱溶媒させたところ無水物 form V に転移した。

    さらに form V は、form I を除く無水物を 130°C~140°C で加熱して熱転移させることによっても

    得られた。得られた無水物 form II、form III、form IVおよび form V はそれぞれの前駆体の溶

    媒和物と異なる粉末 X 線回折パターンを示したことから、これら溶媒和物とは異なる結晶構造

    を形成していると考えられた(図 13)。

  • 25

    表 5: TAK-441 の各溶媒和物の脱溶媒後の結晶形。 タイプ 溶媒和物の結晶形 脱溶媒後の無水物 脱溶媒条件

    1 エタノール溶媒和物 form A Form II 80˚C 真空乾燥

    2 アセトン溶媒和物 Form III 80˚C 真空乾燥

    酢酸エチル溶媒和物 form B Form III 80˚C 真空乾燥

    トルエン溶媒和物 Form V 140˚C 加熱

    酢酸イソプロピル溶媒和物 form B Form V 140˚C 加熱

    酢酸イソブチル溶媒和物 Form V 140˚C 加熱

    3 2-プロパノール溶媒和物 Form IV 80˚C 真空乾燥

    テトラヒドロフラン溶媒和物(a Form IV a) 80˚C 真空乾燥

    メチルエチルケトン溶媒和物 Form V 130˚C 加熱

    酢酸エチル溶媒和物 form A Form IV 80˚C 真空乾燥

    酢酸イソプロピル溶媒和物 form A Form V 140˚C 加熱

    アニソール溶媒和物 Form V 130˚C 加熱 a) 微量の form I との混晶。

    図 13: TAK-441 の各無水物の粉末 X 線回折パターン。 (a) form I、(b) form II、(c) form III、(d) form IV および(e) form V。

  • 26

    無水物結晶多形の熱力学的関係

    融点および融解エンタルピーから結晶多形間の熱力学的関係を推察する経験則に Burger

    およびRambergerの融解熱則がある。60 これに従えば、2つの結晶多形の融点の差が小さく(<

    30 ℃)、高融点の結晶形が低融点の結晶形よりも小さい融解エンタルピーを示した場合、互変

    性の関係であり、高融点の結晶形が大きい融解エンタルピーを示す場合は単変性の関係とな

    る。TAK-441 の無水物の熱力学的関係を調べるために、それぞれの無水物について DSC 測

    定を行い融点および融解エンタルピーを決定した(図 14)。Form I および form V の DSC 曲線

    では、それぞれ約 161 °C と約 170 °C を頂点とする 1 本の融解に伴う鋭い吸熱ピークを示し、

    TGA では融解の前後で熱分解を示唆する重量減少はなかった。Form II の DSC 曲線では、

    90 °C 付近から融解に伴うなだらかな吸熱ピークを示したのちに form V として再結晶した成分

    の融解に由来する約 161 °C を頂点とする吸熱ピークがわずかに認められた。Form III および

    form IV も同様に 120 °C 付近 を頂点とする 1 本の融解に伴うなだらかな吸熱ピークを示し、

    約 144 °C 付近で form V の結晶化に伴う発熱ピークを示したのちに 170 °C 付近で再び融解に

    伴う吸熱ピークを示した。それぞれの結晶形でDSCの融解ピークの面積から融解エンタルピー

    を見積もり、外挿融点を算出した(表 6)。この結果から、form I と form V および form II と form

    III は互変性の関係であると推察された。一方、form I あるいは form V と form II、form III ある

    いは form IV との融点の差は 30 °C 以上あり、融解熱則の適用条件を満たさなかったため、熱

    力学的関係を判断できなかった。

  • 27

    図 14: 各無水物の TGA(A)および DSC 曲線(B)。 (a) form I、(b) form II、(c) form III、(d) form IV および(e) form V。

    表 6: TAK-441 の各無水物の DSC 測定結果から算出した融点と融解エンタルピー。 結晶形 DSC 外挿融点(°C) 融解エンタルピー(kJ/mol) Form I 157 32 Form II 89 17 Form III 112 14 Form IV 105 17 Form V 167 31

  • 28

    結晶多形間の熱力学的解析方法として汎用されている溶媒媒介転移法は操作が簡便であ

    るが、速やかな転移を促すために 7 mM~20 mM 以上の溶解度と示す溶媒和物を形成しない

    溶媒が必要である。29,61 TAK-441 は十分な溶解度を示す溶媒と溶媒和物を形成するため本法

    による解析はできなかった。一方、溶解度は結晶形が転移しない溶媒を用いる必要があるが、

    必ずしも高い溶解度を必要としない。再結晶実験で水和物が結晶化しなかったことから、

    10%(v/v)のアセトニトリルを加えた日本薬局方崩壊試験第 2 液中の溶解度を測定して各無水

    物の熱力学的関係を決定することにした。いずれの無水物も結晶形の転移を伴わずに溶解度

    を測定でき、10 °C~50 °C では form I が最も低い溶解度を示した。各結晶形の熱力学的関係

    をより詳細に解析するため、得られた溶解度を使ってvan't Hoffプロットで各結晶形の溶解度の

    温度依存性を予測した。62 Form I、form II および form V の溶解度は融解エンタルピーの温

    度依存性によって近似直線に対してわずかに下に凸を示したが、63 form I と form II、form II と

    form V および form III と form IV の近似直線が交差していた。(図 15) これは交差が認められ

    た各結晶形間の熱力学的関係が互変性の関係にあることを示している。近似直線の交点から

    結晶多形間の溶解度が等しくなる温度すなわち結晶多形間の転移温度を算出した。Form I と

    form II、form II と form V および form III と form IV の転移温度はそれぞれ 7 °C、46 °C およ

    び 36 °C であった。したがって、7 °C 以上の温度で form I が最も安定であると判断した。

  • 29

    図 15: TAK-441 の各無水物の溶解度から作成した van’t Hoff プロット。

  • 30

    苛酷試験による無水物 form I 結晶の長期安定性の評価

    25 °C における form I 結晶の化学的な安定性を短期間で予測するために、60 °C(密栓)の

    60 °C相対湿度75% (開栓)で過酷試験を行った。TAK-441の分解の活性化エネルギーを医薬

    品の分解で一般的な 15 kcal/molと想定した場合、Arrheniusの式から 60 °Cにおける 3ヶ月間

    の保存は、25 °Cにおいて約 1290日(約 3.5年間)に相当する。64 Form I結晶は、60 °C(密栓)

    および 60 °C相対湿度 75% (開栓)のいずれの条件においても 3ヶ月の保存まで類縁物質の増

    加を示唆する面積百分率含量の低下および化学的な分解を示唆するTAK-441の残存率の低

    下もなかった(表 7)。また、いずれの条件においても 3 ヶ月の保存まで結晶形の転移もなかっ

    た。よって、form I結晶は 25 °Cで少なくとも 3.5年間は化学的に安定であると予測され、原薬と

    して十分な安定性を有していると判断した。

  • 31

    表 7: 各過酷条件で保存した form I 結晶の HPLC 分析結果。

    保存条件 保存期間(月) 残存率 a) (%) 面積百分率 a) (%)

    60°C (密栓) 1 100.1 99.1

    2 100.2 99.1

    3 100.1 99.1

    60°C /相対湿度 75% (開栓) 1 100.2 99.1

    2 100.7 98.8

    3 100.2 99.1

    a) 報告値は n=2 の結果の平均値。

  • 32

    小括

    TAK-441 は検討した 12 種類の有機溶媒全てで溶媒和物を形成し、溶媒和物を介してのみ

    無水物が得られた。溶液中で結晶化したように見えた form I は溶液からの単離で直ちに溶媒

    を失う溶媒和物の脱溶媒結晶であった。TAK-441 の溶媒和物は、結晶構造の類似性から 4 種

    類に分類でき、脱溶媒あるいは熱転移によって合計 5 種類の無水物が結晶化した。5 種類の

    無水物のなかで 7 °C 以上の温度で form Iが熱力学的に最も安定であり、開発に十分に耐えう

    る化学的安定性も有していた。したがって、今回見出されたTAK-441の結晶形のなかで form I

    が最も開発に適していると考えられた。

    また、この研究を通じて PSF の化合物のなかには、溶液中で溶媒和物を形成しても溶液から

    単離した際に直ちに溶媒を失ってあたかも無水物が結晶化しているように見える化合物も存在

    することが明らかとなった。

  • 33

    第二章:共結晶化による TAK-441 の溶媒和物形成の抑制および水溶性の改善

    序論

    第一章で、TAK-441 はさまざまな溶媒と溶媒和物を形成する PSF 化合物であることが明らか

    となった。この性質によって結晶形を制御するためには原薬の結晶化で使用する溶媒が極端

    に制限される。さらに、最も開発に適していた form I は溶媒和物の脱溶媒を介して結晶化する

    ことから、原薬の大量生産では溶媒和物の乾燥のむらによる溶媒の残留を防ぐ措置が必要に

    なる。また、form Iは大きな空隙を含む必ずしもパッキング効率の高い結晶ではないため、結晶

    中において分子は最も密になるように充填されていく Kitaigorodskii の最密充填原理 65に従っ

    てより充填効率の高い未知の結晶形に転移するリスクがある。58 よって、溶媒和物の脱溶媒を

    介さずに結晶化できる結晶が開発にはより望ましい。

    さらに、経口吸収性の観点からは低溶解度が問題であると考えられる。動物試験の結果から

    TAK-441 の膜透過性は高いことが示唆されている一方で、48 form I の 37 °C における溶解度

    は約 0.02 mg/mL であり、コップ 1 杯の量に相当する 250 mL の水にわずか 5 mg しか溶解しな

    い。これは、第Ⅰ相試験で推定された最大耐用量の 1600 mg/日よりもはるかに少量であること

    から、50 TAK-441 は Biopharmaceutical Classification System (BCS)66 で Class II (低い溶解度

    かつ高い膜透過性)の化合物に分類される。よって、高い経口吸収性の獲得にあたってはさら

    に高い水溶性が望ましい。

    近年、化合物の化学構造を変換せずに原薬特性の改変が可能で、化学構造中に解離性の

    官能基を必ずしも必要としない結晶工学技術として共結晶形成が注目されている。67,68 共結

    晶形成は、溶解性の向上による bioavailability の改善 69,70 や安定性を向上 71,72 に利用されて

    いる。さらに、共結晶形成で水和物形成を抑制した報告もある。73,74 一方で、共結晶形成で溶

  • 34

    媒和物を形成しやすくなった報告もあり、75 近年の Cambridge Structural Database (CSD)の解

    析では、登録されている共結晶の溶媒和物はホスト分子のみが形成する溶媒和物よりも頻度が

    高かったことが報告されている。75 したがって、共結晶形成は必ずしも溶媒和物の形成を抑制

    するわけではない。さらに、共結晶形成で PSF の溶媒和物形成を抑制する可能性が議論され

    ているが、その根拠は溶媒が水素結合を形成する化合物の部位で共結晶化剤(CCF)が水素

    結合を形成するためであり、76 TAK-441 のように溶媒が特定の部位で水素結合を形成してい

    ないチャネル型の溶媒和物を形成する化合物でも抑制できるかについては不明である。

    本章の研究では、共結晶形成を利用して PFS の性質の抑制と TAK-441 の水溶性の改善と

    を同時に果たす高いパッキング効率をもった結晶形を見出すことを目的とした。

  • 35

    結果と考察

    共結晶スクリーニングの結果

    共結晶のスクリーニングのCCF候補には、塩での使用実績 77,78から安全性が確認されており、

    79 さまざまな医薬品化合物と共結晶を形成することが確認されている 80 カルボン酸を用いた。

    本研究では、共結晶を結晶化させる効率と溶媒和物を形成する情報も重要となるため、さまざ

    まなスクリーニング法のなかで Reaction crystallization 法 81 を採用した。スクリーニングの結

    果、L-リンゴ酸あるいは L-酒石酸の飽和溶液で新しい結晶形を見出した(表 8 および図 16)。

    これらの結晶形はお互いに類似した粉末 X 線回折パターンを示したことから、類似した結晶構

    造をとっていることが示唆された(図 17)。L-リンゴ酸および L-酒石酸で新規結晶形が得られた

    一方で、化学構造が似ているコハク酸では新規の結晶形は見出されなかった。この結果から新

    規結晶形の形成にはヒドロキシル基が重要な役割を示していることが推察された。L-リンゴ酸お

    よび L-酒石酸の新規結晶形はともに DSC で 1 本の鋭い融解に伴う吸熱ピークを示し、そのピ

    ークとベースラインから算出される外挿融点は、L-リンゴ酸で 150 °C、L-酒石酸で 169 °C であっ

    た(図 18)。フリー体 form I の融点が 157 °C で、L-リンゴ酸あるいは L-酒石酸の融点はそれぞ

    れ約 100 °C あるいは 168~170 °C であることから、78 得られた結晶はいずれも共結晶でよく

    見られるフリー体と CCF の間の融点を示していた。82 TGA で融解まで有意な重量減少がな

    かったため、これらの結晶は無水物であると考えられた。

  • 36

    表 8: TAK-441 の共結晶スクリーニングの結果(Reaction crystallization 法)。

    共結晶化剤(CCF) 残渣の結晶形

    エタノール アセトン 酢酸エチル テトラヒドロフラン

    安息香酸 COOH

    - - - -

    クエン酸 HOOCHOOC

    COOH

    OH - - - -

    フマル酸 H

    HOOC

    COOH

    H - - - -

    マレイン酸 H

    HOOC

    H

    COOH - - - -

    L-リンゴ酸 HOOC

    COOH

    OH + + - -

    コハク酸 H

    HOOC

    COOH

    H - - - -

    L-酒石酸 HOOC

    COOH

    OH

    HO

    + + - -

    なし - - - -

    +は新規結晶形を-はフリー体溶媒和物を示す。

  • 37

    図 16: 新規結晶およびフリー体 form I 結晶の Raman 散乱スペクトル。

    (a) L-リンゴ酸飽和溶液から得た新規結晶、(b) L-酒石酸飽和溶液から得た新規結晶、(c) フリー体 form I 結晶、(d) L-リンゴ酸結晶および(e) L-酒石酸結晶 L-リンゴ酸結晶および L-酒石酸結晶のスペクトルは強度を 5 倍に拡大して表示している。

  • 38

    図 17: 得られた新規結晶およびフリー体 form I 結晶の粉末 X 線回折パターン。 (a) L-リンゴ酸飽和溶液から得た新規結晶、(b) L-酒石酸飽和溶液から得た新規結晶および(c) フリー体 form I。

    図 18: 新規結晶およびフリー体 form I 結晶の TGA(A)および DSC 曲線(B) 。

    (a)L-リンゴ酸飽和溶液から得た新規結晶、(b) L-酒石酸飽和溶液から得た新規結晶および(c) フリー体 form I。

  • 39

    新規結晶形の結晶構造

    得られたそれぞれの結晶が TAK-441 と L-リンゴ酸あるいは L-酒石酸との複合体結晶である

    ことを確認し、さらに塩であるか共結晶であるかを識別するために赤外吸収スペクトルを測定し

    た(図 19)。得られた結晶はフリー体 form I あるいは CCF 単独のいずれとも異なるパターンを

    示し、TAK-441とCCF由来の振動を含んでいたことから、複合体結晶であることが示唆された。

    一般に、カルボン酸の CCFを含む結晶では、カルボニルの伸縮振動が塩と共結晶のいずれで

    あるかを識別する指標となる。13,83 複合体結晶中の L-リンゴ酸あるいは L-酒石酸は、強いカル

    ボニル逆対称伸縮振動がそれぞれ約 1730 cm−1 あるいは 1734 cm−1 に認められたことから、84

    CCF は結晶構造中で非解離型として存在し、複合体結晶はともに共結晶であると考えられた。

  • 40

    図 19: 得られた新規結晶および各単一成分結晶の全反射赤外吸収スペクトル。 (a) L-リンゴ酸飽和溶液から得た新規結晶、(b) L-酒石酸飽和溶液から得た新規結晶、(c) フリー体 form I、(d) L-リンゴ酸結晶および(e) L-酒石酸結晶。 アステリスクはカルボン酸の強いカルボニル逆対称伸縮振動を示す。

  • 41

    共結晶の単結晶構造

    TAK-441 と L-リンゴ酸あるいは L-酒石酸の結晶中の分子間相互作用を確認するために結晶

    構造を取得した(表 9)。実験の温度差でわずかにピークがシフトしていたが、粉末 X 線回折の

    実験パターンと単結晶からの計算パターンはほぼ合致した (図 20)。よって、得られた結晶構

    造はスクリーニングで得られた結晶と同じ構造であると判断した。いずれの結晶中にも脱溶媒

    和物を示唆する空隙はなく、非対称単位に 2 分子の TAK-441 と 1 分子の CCFを含んだ 2:1

    (TAK-441: CCF)の結晶であった。CCF のカルボン酸の C-O 間の結合は非等価であったことか

    ら共結晶であることを支持していた(図 21)。13 TAK-441 はフリー体 form I と同様に分子内水

    素結合を形成し、共結晶の水素結合様式は互いに類似していた(図 22)。この結合様式は

    Etter らが提唱した水素結合の一般経験則である「6 員環の分子内水素結合は分子間水素結

    合より優先される」および「分子内水素結合に関与しなかった最適な水素結合の donor と

    acceptor 間で分子間水素結合が形成される」をいずれも満たしていた。85 TAK-441/ L-リンゴ酸

    (2:1)共結晶中では、L-リンゴ酸は 2 種類の充填様式をとっていた。お互いの様式は主鎖に対し

    て垂直な軸で 180°反転した関係にあった。それぞれの占有率はほぼ 50%であったことから、

    これらはエネルギー的にほぼ拮抗していると推察された。L-リンゴ酸のカルボン酸はそれぞれ

    異なる TAK-441 と水素結合を形成し、ヒドロキシル基は 4-oxopyloropyridine あるいは別の

    TAK-441 のグリコリル基と水素結合を形成していた。TAK-441/ L-酒石酸(2:1)共結晶では、

    TAK-441/ L-リンゴ酸(2:1)共結晶と同じく L-酒石酸のカルボン酸はそれぞれ異なる TAK-441 と

    水素結合を形成し、さらに L-酒石酸の 2 つのヒドロキシル基は 4-oxopyloropyridine あるいは別

    の TAK-441 のグリコリル基のいずれとも水素結合を形成していた。よって、いずれの共結晶で

    もヒドロキシル基は水素結合の形成に関与しており、結晶構造の形成に重要な役割を果たして

  • 42

    いると考えられた。これはスクリーニングでコハク酸が共結晶を形成しなかった実験結果とも合

    致した。

  • 43

    表 9: TAK-441 の各共結晶の結晶学的パラメータ。

    (TAK-441)2/ L-リンゴ酸共結晶 (TAK-441)2/L-酒石酸共結晶 empirical formula C28H31F3N4O6・0.5C4H6O5 C28H31F3N4O6・0.5C4H6O6 Mr 643.62 651.62 temperature (K) 100 100 crystal size (mm) 0.40 × 0.20 × 0.10 0.40 × 0.30 × 0.20 crystal system triclinic triclinic space group P1 P1 a (Å) 10.3561(3) 10.26620(19) b (Å) 12.3038(3) 12.2121(2) c (Å) 13.2703(4) 13.5689(2) α (°) 115.840(8) 116.5660(13) β (°) 97.331(7) 97.2384(10) γ (°) 99.302(7) 98.6225(8) V (Å3) 1464.00(15) 1468.07(5) Z 2 2 F (000) 674.00 682.00 μ (cm-1) 10.252 10.432 ref collected/unique 27366/9507 27842/9716 parameters 840 840 final R indices [I > 2σ(I)] 0.0428 0.0426 R indices (all data) 0.1147 0.1199 goodness of fit on F2 1.083 1.063

  • 44

    図 20:共結晶の粉末 X 線回折パターンと結晶構造の計算パターン。 (a) (TAK-441)2/ L-リンゴ酸共結晶の粉末 X 線回折パターン、(b) (TAK-441)2/ L-リンゴ酸共結晶構造の計算パターン、(c) (TAK-441)2/ L-酒石酸共結晶の粉末 X 線回折パターンおよび(d) (TAK-441)2/ L-酒石酸共結晶構造の計算パターン。

    図 21: 共結晶中の L-リンゴ酸(A)および L-酒石酸(B)のカルボン酸の炭素-酸素間距離。 単位はオングストローム(Å)。括弧内は標準偏差を示す。

  • 45

    図 22: TAK-441 共結晶の水素結合様式およびパッキングモデル。

    A: (TAK-441)2/ L-リンゴ酸共結晶の水素結合様式。B および C: (TAK-441)2/ L-リンゴ酸共結晶の分子モデル。D: (TAK-441)2/ L-酒石酸共結晶の水素結合様式および E および F: (TAK-441)2/ L-酒石酸共結晶の分子モデル。右下の枠はもう一方の L-リンゴ酸の充填様式を表す。水素結合様式の破線および分子モデルの水色の破線は水素結合を示す。

  • 46

    共結晶とフリー体の溶媒和物形成能の比較

    得られた共結晶が溶媒和物の形成を抑制していることを確認するために、原薬製造で汎用

    されている有機溶媒中でのスラリー晶析を行った。評価には、系中の溶媒の活量が高く最も溶

    媒和物を形成しやすいと期待できる CCF を含まない単一の溶媒を用いた。86 検討した溶媒の

    大半でフリー体の溶媒和物に転移したものの、エタノールおよびアセトンではいずれの共結晶

    も転移しなかった(表 10)。また、いずれの溶媒からも共結晶の溶媒和物は結晶化しなかった。

    さらに製造の条件に近く最も溶媒の活量が高くなる条件である各有機溶媒からの再結晶を

    行った(表 11)。TAK-441/L-リンゴ酸(2:1)共結晶はアセトン/n-ヘプタンの溶液のみ同じ共結晶

    が得られた。TAK-441/L-酒石酸(2:1)共結晶では、アセトン/n-ヘプタンをはじめ、アセトン、酢酸

    イソブチル、メチルエチルケトン/n-ヘプタン、酢酸イソプロピル/n-ヘプタンおよび酢酸イソブチ

    ル/n-ヘプタンの溶液から得られた。これらの結果から、共結晶化によって溶媒和物の形成が抑

    制されていることが確認できた。TAK-441/L-酒石酸(2:1)共結晶が複数の溶液から再結晶でき、

    スラリー条件でもフリー体へ転移しにくかった。この理由として、これらの溶媒における TAK-441

    と L-酒石酸の溶解度の差が小さかった 87,88 あるいは溶解度積が TAK-441/L-リンゴ酸(2:1)共結

    晶よりも小さかったため考えられる。81 いずれにせよ、複数の溶媒から得られる TAK-441/L-酒

    石酸(2:1)共結晶は、TAK-441/L-リンゴ酸(2:1)共結晶よりも原薬の製造プロセスのデザインスペ

    ースが広く、開発により適した結晶であると考えられた。

  • 47

    表 10: TAK-441 フリー体と TAK-441 共結晶と各溶媒のスラリー残渣の結晶形。 溶媒 TAK-441 (TAK-441)2/L-リンゴ酸共結晶 (TAK-441)2/ L-酒石酸共結晶

    エタノール - + +

    アセトン - + +

    2-プロパノール - + +/-

    テトラヒドロフラン - - +/-

    メチルエチルケトン - +/- +/-

    酢酸エチル - +/- +/-

    アニソール - +/- +/-

    蒸留水 - +/- +/- +:試験前の共結晶、-: TAK-441 の溶媒和物および+/-: 試験前の共結晶と TAK-441 の溶媒和物の混晶。

    蒸留水は 0.1% (w/v)の tween 80 を含む。

    表 11 TAK-441 共結晶を再結晶して得られた結晶形。 溶媒 TAK-441 a) (TAK-441)2/L-リンゴ酸共結晶 (TAK-441)2/L-酒石酸共結晶

    エタノール - - -

    アセトン - - -

    2-プロパノール - N.D. +

    テトラヒドロフラン - - -

    メチルエチルケトン - - -

    酢酸エチル - - -

    アニソール - N.D. N.D.

    酢酸イソプロプイル - - -

    酢酸イソブチル - +/- +

    エタノール/n-ヘプタン - - -

    アセトン/n-ヘプタン - - +/-

    2-プロパノール/n-ヘプタン - + +

    テトラヒドロフラン/n-ヘプタン - +/- +

    メチルエチルケトン/n-ヘプタン - +/- +

    酢酸エチル/n-ヘプタン - - +/-

    アニソール/n-ヘプタン - - -

    酢酸イソプロプイル/n-ヘプタン - +/- +

    酢酸イソブチル/n-ヘプタン - - + +:試験前の共結晶、-: TAK-441 の溶媒和物および+/-: 試験前の共結晶と TAK-441 の溶媒和物の混晶。

    a) 第 1 章の結果

  • 48

    共結晶およびフリー体 form I の水溶性

    共結晶とフリー体 form I の溶解速度を比較するために、一定の表面積からの溶出を比較で

    きる固有溶解速度を測定した。いずれ結晶の溶出プロファイルも sink条件を示唆する良好な直

    線性(R2 > 0.999)を示した(図 23)。TAK-441/L-リンゴ酸(2:1)共結晶および TAK-441/L-酒石酸

    (2:1)共結晶はフリー体 form I よりもそれぞれ 3.1 倍あるいは 2.4 倍速い固有溶解速度を示し、

    TAK-441/L-リンゴ酸(2:1)共結晶、TAK-441/L-酒石酸(2:1)共結晶およびフリー体 form I の

    0.2%(w/v)のラウリル硫酸ナトリウム(SDS)を含有するリン酸緩衝液(pH6.8)における固有溶解速

    度はそれぞれ 1.166±0.006 μmol/L/min/cm2、0.923±0.009 μmol/L/min/cm2 および 0.379±

    0.004 μmol/L/min/cm2 であった。共結晶の溶出の 物質移動モデル によると、共結晶の固有溶

    解速度は医薬品化合物だけでなくCCFも界面活性剤あるいは分散媒中の pHによる可溶化効

    果の影響を受ける。89 共結晶の溶出では CCF の溶解によって分散媒の pH を低下させるおそ

    れがあったが、溶出試験の前後の分散媒の pH に差がなかったことから、この試験で得られた

    固有溶解速度の pH 変化による影響はほぼ無視できると考えられた。また、L-リンゴ酸(pKa1 =

    3.46 および pKa2 = 5.10)78 および L-酒石酸(pKa1 = 3.02 および pKa2 = 4.36)78 の pKa の値から

    いずれの CCF も pH6.8 ではその大多数がイオン化状態で溶解しており、SDS による可溶化効

    果も無視できるほど小さいと考えられた。89 さらに、ラマン分光法で溶出試験後の原薬ディスク

    表面の結晶形に転移は認められなかったことから(図 24)、得られた固有溶解速度の溶出試験

    中の結晶形転移の影響もなかったと判断した。

    共結晶の薬物の経口吸収においては、溶解速度とともに早い溶出によって達成される過飽

    和状態の持続も重要な要素となる。90 溶出と過飽和の持続をより実際に近い条件で確認する

    ためにフリー体 form I 結晶あるいは共結晶と乳糖の混合末からの溶出プロファイルを確認した

  • 49

    (図 25)。いずれの共結晶も溶液の pHの変化を伴わずにフリー体 form Iよりも高い溶出速度を

    示すとともに、数時間に渡って過飽和状態を維持した。このプロファイルは経口吸収性の促進

    には有利なプロファイルであると考えられた。固有溶解速度では、TAK-441/L-リンゴ酸(2:1)共

    結晶の方が TAK-441/L-酒石酸(2:1)共結晶よりも速かったが、混合末からの溶出では両結晶で

    ほぼ同等であった。これは混合末中における両共結晶の粒子径の違いに由来する実効表面

    積の差が溶出に影響していると考えられた。91

  • 50

    図 23:共結晶あるいはフリー体 form I の結晶ディスクからの溶出プロファイル。 青: (TAK-441)2/L-リンゴ酸共結晶、赤:(TAK-441)2/L-酒石酸共結晶および黒:フリー体 form I。

  • 51

    図 24: 溶出試験前後の共結晶あるいはフリー体 form I の結晶ディスク。

    (a) 溶出試験後の L-リンゴ酸共結晶のディスク表面、(b) 溶出試験前の L-リンゴ酸共結晶のディスク表面、(c) 溶出試験後の L-酒石酸共結晶のディスク表面 (d) 溶出試験前の L-酒石酸共結晶のディスク表面(e) 溶出試験後のフリー体 form I のディスク表面および(f) 溶出試験前のフリー体 form I ディスク表面。

  • 52

    図 25:共結晶あるいはフリー体 form I 結晶と乳糖の混合末からの溶出プロファイル。

    青: (TAK-441)2/L-リンゴ酸共結晶、赤:(TAK-441)2/L-酒石酸共結晶および黒:フリー体 form I。

  • 53

    さらに、共結晶とフリー体 form I のさまざまな分散媒中での溶解度を比較した。いずれの共

    結晶も各溶媒でフリー体 form Iよりも高い溶解度を示し、24 時間まで過飽和状態を維持してい

    ることが明らかとなった(図 26)。TAK-441/L-リンゴ酸(2:1)共結晶および TAK-441/L-酒石酸

    (2:1)共結晶の蒸留水における試験後の pH はそれぞれ pH 4.3 および pH 4.0 に変化していた

    が、他の分散媒では試験前後で pH の変化はなかった。したがって、過飽和状態の維持は溶

    液の pH の低下により飽和溶解度が上昇したためではないと考えられた。また、この結果から溶

    出が胃腸のどの部位で起ったとしても過飽和状態を維持できるため、フリー体よりも高い経口

    吸収性が期待できる。

    共結晶よりもフリー体 form I のほうが低い溶解度を示すため、共結晶の溶解度測定試験後

    の残渣は完全にフリー体に転移していることが予測された。しかし、24 時間のインキュベーショ

    ンにもかかわらず試験後の残渣は共結晶と新規の結晶の混晶であった(図 27、A および B)。

    別途単離した新規の結晶は、室温から 80 °C までの範囲で 2.5%(w/w)の重量減少を伴って

    DSC の吸熱ピークを示し、L-リンゴ酸あるいは L-酒石酸を含まれていない結晶であったことから、

    TAK-441 の水和物であると考えられた(図 28)。経験的には、無水物よりも水和物のほうが水溶

    液中の溶解度が低いため、共結晶と同様に無水物も水和物へ転移すると期待されるが、92,93

    フリー体 form I の溶解度残渣ではこの水和物は検出されなかった(図 27、C)。理由としては、

    この水和物の結晶化は極めて遅いが、共結晶の溶出で達成された高い過飽和状態によって

    結晶化が促進されたためと考えられる。94 フリー体 form I も蒸留水中で 2 週間スラリー懸濁し

    たところ、残渣はこの水和物に転移していた。

  • 54

    図 26: TAK-441 共結晶およびフリー体 form I の 37 °C、24 時間後の溶解度。

    A: 蒸留水、B:日本薬局方崩壊試験第 1 液、C: FaSSIF および D: FeSSIF。 青: (TAK-441)2/L-リンゴ酸共結晶、赤:(TAK-441)2/L-酒石酸共結晶および黒:フリー体 form I。

  • 55

    図 27: 各結晶の溶解度試験後の残渣および TAK-441 水和物の粉末 X 線回折パターン。 A: (TAK-441)2/L-リンゴ酸共結晶、B:(TAK-441)2/L-酒石酸共結晶および C:無水物 form I。(a)蒸留水中の残渣、(b) JP1 中の残渣、(c) FaSSIF 中の残渣、(d) FeSSIF 中の残渣 (e)試験前の結晶 (f) TAK-441 水和物および(g) フリー体 form I。 アステリスクで示したピークは TAK-441 水和物に由来するピーク。

    図 28: TAK-441 水和物結晶の TGA(A)および DSC 曲線(B)。

  • 56

    共結晶の苛酷試験の結果

    TAK-441/L-リンゴ酸(2:1)共結晶と TAK-441/L-酒石酸(2:1)共結晶も 60 ° C(密栓)の 60 °C 相

    対湿度 75% (開栓)の過酷条件で保存して、25 °C における化学的な安定性を短期間で予測し

    た。いずれの共結晶も 60 °C(密栓)および 60 °C 相対湿度 75% (開栓)のいずれの条件におい

    ても 3 ヶ月の保存まで面積百分率含量から示唆される類縁物質の増加も残存率の低下もなか

    った(表 12)。また結晶形の転移もなかった。したがって、これらの共結晶も 25 ° C で少なくとも

    3.5 年間は化学的に安定であると予測され、95 原薬として十分な安定性を有していると考えら

    れた。

  • 57

    表 12: 各過酷条件で保存した TAK-441 共結晶の HPLC 分析結果。 結晶形 保存条件 保存期間(月) 残存率 a) (%) 面積百分率 a) (%)

    (TAK-441)2/L-リンゴ酸 60°C (密栓) 1 100.1 99.4

    共結晶 2 100.7 99.4

    3 100.7 99.3

    60°C /相対湿度 75% 1 100.2 99.4

    (開栓) 2 101.4 99.4

    3 100.7 99.3

    (TAK-441)2/L-酒石酸 60°C (密栓) 1 100.1 99.2

    共結晶 2 100.5 99.3

    3 100.1 99.1

    60°C /相対湿度 75% 1 99.7 99.3

    (開栓) 2 100.9 99.3

    3 100.2 99.3

    a) 報告値は n=2 の結果の平均値。

  • 58

    第二章の小活

    共結晶スクリーニングでTAK-441/L-リンゴ酸(2:1)共結晶の方がTAK-441/L-酒石酸(2:1)共結

    晶が見出された。いずれの結晶も結晶構造がお互いに類似しており、結晶構造中に脱溶媒和

    物を示唆する空隙がない無水物であった。

    得られた共結晶は、水溶液中でフリー体 form I よりも 2~3 倍程度高い溶解速度を示し、過

    飽和状態を 24 時間以上維持した。これらの結果から、共結晶はフリー体よりも高い経口吸収性

    が期待できると考えられた。

    得られた共結晶はともに溶液から結晶化でき、検討した溶媒中では共結晶の溶媒和物の形

    成が認められなかった。これらの結果から、共結晶化によって溶媒和物の形成が抑制されてい

    ることが示された。さらに、TAK-441/L-酒石酸(2:1)共結晶では、複数の溶媒から再結晶が可能

    であったことから TAK-441/L-リンゴ酸(2:1)共結晶よりも製造に適していると考えられた。最後に、

    過酷試験の結果から、これらの共結晶もフリー体 form I 結晶と同様に原薬として十分な安定性

    を有していると予測された。

    本研究から共結晶化は PSF 化合物の溶媒和物形成を抑制するとともに水溶性を改善できる

    優れた技術であることが明らかとなった。

  • 59

    総括

    第一章の研究の TAK-441 の結晶形の最適化研究から、PSF 化合物のなかには有機溶媒中

    で溶媒和物として結晶化しても、溶液からの単離直後に溶媒を失ってあたかも無水物が結晶

    化したように誤解しやすい化合物が存在することを明らかにした。

    第二章の研究から、共結晶化は PSF 化合物の溶媒和物形成を抑制するとともに水溶性を改

    善できる優れた技術であることを示した。この方法でPSFの製品の品質管理をより堅牢なものに

    すると同時に経口吸収性の促進によって製品のパフォーマンスを高めることができる可能性が

    ある。

    これらの研究成果は、低分子医薬品の結晶形を最適化する研究の発展に貢献するとともに、

    開発における製品の価値を高めるための実用的な手法の発展に寄与するものと考えている。

  • 60

    謝辞

    本研究に終始懇篤なるご指導とご鞭撻を賜りました明治薬科大学薬学部分子製剤学研究

    室の深水啓朗教授に深く感謝いたします。

    本研究の遂行にあたり特段のご便宜を賜りました武田薬品工業株式会社の Glenn Steven 所

    長に心より厚く御礼申し上げます。本研究の計画から完成に至るまで多くの激励とともにご指

    導を賜りました武田薬品工業株式会社の池田幸弘リサーチマネージャーに深甚なる感謝の意

    を表します。TAK-441 の結晶多形および溶媒和物の研究の推進にあたり議論を通じて有益な

    るご教示を賜りました武田薬品工業株式会社の小嶌隆史アソシエイトサイエンティフィックフェロ

    ーに厚く御礼申し上げます。また、TAK-441 の共結晶研究の完成まで多大なるご指導ならび

    にご助言を賜りました武田薬品工業株式会社の辛島正俊主席研究員に深謝いたします。さら

    に、研究にあたり貴重な TAK-441 原薬をご提供いただきました武田薬品工業株式会社の中岡

    圭一郎課長代理に謹んで御礼申し上げます。そして、本研究の実施にあたり日常の業務を通

    じてさまざまなご支援を頂きました武田薬品工業株式会社 Analytical Development の研究員の

    皆様に御礼申し上げます。

    最後に、これまで筆者を支えてくれた両親に感謝すると共に、本研究に専心できるように家

    庭面から終始支えてくれた妻 里織と毎日元気に送り出してくれた娘 桜佳に感謝します。

  • 61

    実験の部

    試料と調製

    TAK-441 は武田薬品工業株式会社 Process Chemistry で合成されたものを用いた。溶媒お

    よび試薬は和光純薬株式会社の試薬特級あるいは HPLC グレードのものを使用した。

    TAK-441 の無水物 form I 結晶は、55 °C のエタノール飽和溶液を調製したのちに 5 °C まで

    徐冷して晶析させたのちにろ取によって得た。エタノール和物 form A は、55 °C エタノールで

    飽和溶液を−20 °C で急冷することに析出させてろ取によって得た。無水物 form II、form III あ

    るいは form IV の結晶はそれぞれエタノール和物 form A、アセトン和物あるいは 2-プロパノー

    ル和物を 80 °C 真空乾燥により脱溶媒させて得た。無水物 form V の結晶は、アセトン和物を

    140 °C で結晶形転移させて得た。得られた無水物は、各サンプル間の粒子サイズを揃えるた

    めに、結晶を乳鉢と乳棒で軽くすり潰したのちに孔径 500 μm のメッシュで篩過した。

    TAK-441/L-リンゴ酸(2:1)共結晶は、TAK-441 の無水物 form I 結晶約 1 g (1.73 mmol) と約

    130 mg の L-リンゴ酸(0.97 mmol) を 11 mL のアセトン/エタノール(10/1, v/v)に約 50 °C で溶解

    させて熱時ろ過したのち、17 mLの n-ヘプタンを静かに加えて室温で放置することにより析出さ

    せた。TAK-441/L-酒石酸(2:1)共結晶は、TAK-441 の無水物 form I結晶約 1 g (1.73 mmol) と

    約 146 mg の L-酒石酸(0.97 mmol)を 11 mL のメチルエチルケトン/エタノール(10/1, v/v)に約

    75 °C で溶解させ熱時ろ過したのちに 9.5 mLを静かに加えて室温で放置することにより析出さ

    せた。これらの共結晶をろ過により回収したのち、結晶を乳鉢と乳棒で軽くすり潰したのちに孔

    径 500 μm のメッシュで篩過した。TAK-441 の水和物は、室温で TAK-441/L-リンゴ酸(2:1)共結

    晶を蒸留水中で 7 日間懸濁・攪拌したのちに、残渣をろ取して風乾することによって得た。

  • 62

    溶液からの再結晶による結晶形の探索

    再結晶実験は辛島らが報告した手法を用いた。96 TAK-441を 55 °Cで加熱したメタノール、

    アセトニトリル、エタノール、アセトン、2-プロパノール、テトラヒドロフラン、メチルエチルケトン、

    酢酸エチル、トルエン、酢酸イソプロピル、アニソールあるいは酢酸イソブチルに溶解させて孔

    径 0.22 μmのメンブレンフィルターで熱時ろ過して飽和溶液を調製した。調製した溶液あるいは

    溶液に蒸留水あるいはn-ヘプタンを貧溶媒として混和させた溶液を5 °Cまで徐冷した。徐冷に

    よって析出した固体をろ過によって回収し、粉末を粉末X線回折計、熱重量分析あるいは示差

    走査熱量計を用いて分析した。さらに、得られた溶媒和物は 80 °C で減圧乾燥あるいは常圧

    で 140 °C まで加熱して脱溶媒和物を調製した。同様に得られた脱溶媒和物を粉末 X 線回折

    計、熱重量天秤あるいは示差走査熱量計を用いて分析した。

    TAK-441 無水物の溶解度測定

    溶媒には、10%(v/v)のアセトニトリルを加えた日本薬局方崩壊試験第 2 液(リン酸緩衝液

    pH6.8)を用いた。試験はフラスコ振とう法で行い、10 °C、20 °C、30 °C、40 °Cおよび50 °Cの各

    温度で 3 時間インキュベーションした。振とう中は 30 分間隔で各懸濁液をボルテックスミキサー

    で激しく攪拌した。得られた各懸濁液を遠心分離機にかけて残渣を分離したのち、直ちに上清

    を孔径 0.22 μm のメンブレンフィルターでろ過した。ろ液を一定量採取してろ液からの結晶の析

    出を防止するために同量のアセトニトリルで希釈したものを HPLC の定量分析に用いた。残渣

    は、ろ過して回収し、風乾後に粉末 X 線回折計にて結晶形の確認を行った。

    原薬の苛酷試験

    各温度各時点それぞれについて精密に秤量した結晶をメスフラスコに移したものを用意して、

    栓をしたものを 60 °C の恒温保存じた。さらに、開栓のものは飽和塩化ナトリウム水溶液 (相対

  • 63

    湿度 75%)97とともにデシケータに入れてふたをした状態で保存した。同様に精密に秤量した結

    晶の入った密栓のメスフラスコをサンプルと同じ保存期間 5 °C で保存したものを標準試料とし

    た。各時点でサンプルと標準試料のメスフラスコを取り出し、20mM リン酸緩衝液(pH 7.0):アセト

    ニトリル(1:1, v/v)で結晶を溶解させて、メスアップして溶液を調製した。各時点の実験は 2 回

    (n=2)ずつ実施した。また、別途各過酷条件で保存したサンプルを用いて、各時点で取り出した

    サンプルの結晶形を粉末 X 線回折計で確認した。

    共結晶スクリーニング

    スクリーニングは Reaction crystallization 法 81 で実施した。共結晶化剤には、安息香酸、クエ

    ン酸、フマル酸、L-リンゴ酸、L-酒石酸、マレイン酸およびコハク酸を用いた。エタノール、アセト

    ン、酢酸エチルあるいはテトラヒドロフランを溶媒として用いた。1 mL のガラススクリューバイア

    ルに TAK-441 の form I 結晶 20 mg~60 mg と予め共結晶化剤で飽和させた溶媒約 0.1 mL を

    入れてマグネチックスターラーを入れて固くふたをした。約 24 時間懸濁・攪拌したあとの残渣を

    ろ過して回収し、ラマン分光法、粉末 X 線回測定および熱重量分析あるいは示差走査熱量分

    析で結晶形を確認した。

    固有溶解速度測定

    固有溶解速度の評価には回転ディスク法を用いた。98 約 20 mg のサンプルを IR 錠剤成型

    機(リケン精機)で 10 MPa で圧縮して直径 7 mm の円形ディスクを調製した。試験には富山産

    業株式会社 NTR-6200A/AC 溶出試験機を用いて、分散媒は sink 条件を満たすために 0.2%

    (w/v)ラウリル硫酸ナトリウム(SDS)を溶解させた 20 mmol/L リン酸緩衝液(pH 6.8)を使用前に脱

    気したものを使用した。分散媒 250 mL を予め 37 °Cで平衡化したのち、試料ディスクの平面を

    回転軸の先に固定した液面から約 5 cm の位置固定した状態で 100 rpm で回転させて経時的

  • 64

    に約 1 mL ずつ分散媒をサンプリングした。試験終了後に分散媒の pH を確認し、ディスク表面

    の結晶形はラマン分光法で確認した。各時点の分散媒中の TAK-441 の濃度は HPLC によっ

    て決定した。各実験は 3 回ずつ(n=3)で実施した。

    混合粉末からの溶出試験

    混合粉末からの溶出試験は、高田らの報告の方法とほぼ同じ方法で実施した。99 結晶のぬ

    れを改善するために、約 50 mg の結晶と 50 mg の乳糖とともに乳鉢と乳棒で分散させた混合末

    を試料として用いた。分散媒として 250 mL の使用前に脱気した空腹時人工腸液(FaSSIF)100 を

    富山産業株式会社 NTR-6200A/AC 溶出試験機のベッセルに入れて 37 °C で予め平衡化し

    たのちに、パドル速度 50 rpm で回転させて混合末を加えた。分散媒を経時的に約 1 mL ずつ

    分散媒をサンプリングして、孔径 0.22 μm のメンブレンフィルターでろ過したろ液を正確に 0.5

    mL 採取して 析出を防止するために 0.5 mL のメタノールで希釈した。試験終了後に分散媒の

    pHを確認した。各時点の分散媒中のTAK-441 の濃度はHPLCによって決定した。各実験は 3

    回ずつ(n=3)実施した。

    溶解度測定

    約 5 mg の結晶に 2 mL の分散媒を加えて、数秒間超音波を照射して分散させたのちに

    37 °C で24時間フラスコ振とう法で評価した。分散媒には、日本薬局方崩壊試験第1液(JP1)、

    FaSSIF、食餌人工腸液(FeSSIF)100 あるいは蒸留水を用いた。振とう後、遠心分離機にかけて

    残渣を分離したのち、直ちに上清を孔径 0.22 μm のメンブレンフィルターでろ過した。ろ液を一

    定量採取してろ液からの結晶の析出を防止するために同量のメタノールで希釈したものを

    HPLC の定量分析に用いた。残りのろ液で、試験後の pH を確認した。残渣は、ろ過して回収し、

    風乾後に粉末 X 線回折測定で結晶形を確認した。

  • 65

    溶媒媒介転移実験

    共結晶あるいはフリー体 form I の結晶約 40 mg に溶媒 0.1 mL を 1 mL のガラススクリューバ

    イアルに攪拌子とともに入れて固くふたをして 25 °Cで 24時間攪拌した。溶媒にはエタノール、

    2-プロパノール、アセトン、メチルエチルケトン、酢酸エチル、テトラヒドロフラン、アニソールある

    いはぬれ性の改善のために 0.1% (w/v) の Tween 80 を加えた蒸留水を用いた。残渣は、ろ過

    して回収し、風乾後に粉末 X 線回折計で結晶形の確認を行った。

    再結晶実験

    フリー体と同様に、共結晶をそれぞれ 55 °Cで加熱したエタノール、アセトン、2-プロパノール、

    テトラヒドロフラン、メチルエチルケトン、酢酸エチル、酢酸イソプロピル、アニソールあるいは酢

    酸イソブチルに溶解させて孔径 0.22 μm のメンブレンフィルターで熱時ろ過して飽和溶液を調

    製した。調製した溶液あるいは溶液に蒸留水あるいは n-ヘプタンを貧溶媒として混和させた溶

    液を 5 °C まで徐冷した。徐冷によって析出した固体をろ過によって回収し、粉末を粉末 X 線回

    折測定で結晶形を確認した。

    粉末 X 線回折測定

    粉末 X 線回折測定は株式会社リガク Ultima IV を用いた。X 線源は管電流 50 mA、管電圧

    40 kV の銅 Kα 線源を用いた。シリコン製無反射試料板にサンプルを塗布して室温で測定した。

    データは走査スピード 6°/min で走査角(2θ)2° から 35°まで 0.02°刻みで取得した。

    熱重量分析(TGA)と示差走査型熱量測定(DSC)

    熱重量分析は、アルミニウムパンに秤量した約 3 mg の試料を、メトラートレド株式会社

    TGA/DSC1 を用いて、100 mL/min の窒素気流下にて昇温速度 5 °C/min で 25°C から 300 °C

    まで測定した。示差走査熱量測定は、アルミニウムパンで封入した約 3 mg の試料をメトラートレ

  • 66

    ド株式会社 DSC1 で 40 mL/min の窒素気流下にて昇温速度 5 °C/min で 25°C から 200 °C ま

    で測定した。

    単結晶 X 線結晶構造解析

    株式会社リガク R-AXIS RAPID とグラファイトで単色化した銅 Kα 線源を用いて単結晶 X 線

    回折測定を行った。結晶構造は直接法によって初期構造を発生させて、full-matrix 最小二乗

    法によって構造を精密化した。非水素原子は異方性温度因子を用いて精密化した。水素原子

    は幾何学的に理想的な位置に発生させたのち、riding model で等方性温度因子を用いて精密

    化した。直説法による初期構造の発生および精密化は SHELXL-97101 を用いて、その他の構

    造計算は、株式会社リガク Crystal Structure を用いた。酢酸イソブチル溶媒和物 form A、エタ

    ノール和物 form A およびエタノール和物 form B の構造精密化には、PLATON102 の

    SQUEEZE を用いて disorder した溶媒に由来する残留電子密度を調整した単位格子あたりの

    solvent accessible voids、Vsolvent (Å3)は PLATON の SOLV を用いて算出した。

    チャネル構造内部の平均断面積 Across (Å2)は、チャネル構造が円筒形であると仮定して、次の

    式から算出した。

    Across =VsolventLchannel

    ここで Lchannel (Å)は結晶格子中のチャネルの長さを示す。本研究で得られたいずれの溶媒和

    物もチャネルは結晶格子の 3 つの軸のいずれかとほぼ平行に走っているため、平行な軸の長

    さと合致する。結晶構造の図は viewer ソフト Mercury103 を用いて発生させた。

    Raman 分光法

    Raman 散乱スペクトルは Kaiser Optical Systems 株式会社 RXN2 で取得した。サンプルのレ

  • 67

    ーザー出力 450 mWの波長 1064 nmのダイオードレーザーを励起源として、空冷式CCD検出

    器と 10 倍対物レンズを用いて検出した。露光時間 5 秒、積算時間 2 回で 170 cm−1 から 3200

    cm−1 まで 4 cm−1 刻みにスペクトルを取得した。波長校正にはシクロヘキサンを用いた。

    全反射赤外分光法

    全反射赤外吸収スペクトルは、株式会社島津製作所 IR Prestige-21 に Smiths Detection 株

    式会社 Dura Sample IR II を組み合わせて取得した。サンプル粉末をダイヤモンド結晶に押し

    付けて、積算回数 32 回で 600 cm−1から 4000 cm−1 まで 4 cm-1.刻みにスペクトルを取得した。

    波長校正にはポリスチレンを用いた。

    HPLC 分析

    溶解度あるいは溶出試験における HPLC による定量分析はウォーターズコーポレーション

    2695 セパレーションモジュールとフォトダイオードアレイ検出器 2996 を用いて 220 nm から 400

    nmまでの吸光度を測定、あるいは e2695セパレーションモジュールを使用して、紫外吸光度検

    出器 2489 を用いて 240 nm の吸光度を測定した。HPLC カラムは株式会社ワイエムシィ YMC

    PackPro C18 (粒子径: 5 μm、カラムサイズ: 4.6 mmφ× 150 mm)を用いて、カラム温度 40 °C �