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有機化学Ⅰ 講義資料 第8回「アルケンへの求電子付加反応」 – 1 – 名城大学理工学部応用化学科 第8回「アルケンへの求電子付加反応」 前回は、アルケンへの求電子付加反応の反応機構について学んだ。また、カルボカチ オンの構造と性質についても学んだ。今回は、アルケンへの求電子付加反応のさまざま な特徴について、カルボカチオンの性質と関係づけながら学んでいく。 1. カルボカチオンの安定性:アルキル置換基の影響 前回の最後に、メチルカチオンの構造について学んだ。ここでは、エチルカチオンに ついて考えよう。エチルカチオンは、メチルカチオンの次に単純なカルボカチオンであ る。 エチルカチオンの2つの炭素のうち、正電荷を持つほうの炭素から出る3本の結合に ついては、特に変わったことはない。メチルカチオンと同様に、sp 2 混成軌道を使った σ結合である。注目すべきなのは、隣の炭素(メチル基の炭素)の C–H 結合である。 3つの H 原子のうち、1つはカルボカチオン平面に対して「立って」いる。もう少し 正確に言うと、H–C–C–H の二面角が 90° になっている。 この H 原子を含む C–H 結合は、カルボカチオンの空の p 軌道と同じ方向を向いてい る。このため、C–H の結合性軌道と空の p 軌道が少しだけ混じり合って、下図の右の ような分子軌道が形成される。この軌道は、もとの C–H 結合性軌道よりも少し広がっ ているため、電子が存在できる空間が広がり、エネルギーが下がる。 C C H H H H H ethyl cation カルボカチオン平面に対して 立っているH 二面角= 90° C‒H 結合性軌道 空のp軌道 + + 電子の非局在化 (=エネルギー下がる)

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有機化学Ⅰ 講義資料 第8回「アルケンへの求電子付加反応」

– 1 – 名城大学理工学部応用化学科

第8回「アルケンへの求電子付加反応」

前回は、アルケンへの求電子付加反応の反応機構について学んだ。また、カルボカチオンの構造と性質についても学んだ。今回は、アルケンへの求電子付加反応のさまざま

な特徴について、カルボカチオンの性質と関係づけながら学んでいく。

1. カルボカチオンの安定性:アルキル置換基の影響

前回の最後に、メチルカチオンの構造について学んだ。ここでは、エチルカチオンについて考えよう。エチルカチオンは、メチルカチオンの次に単純なカルボカチオンである。

エチルカチオンの2つの炭素のうち、正電荷を持つほうの炭素から出る3本の結合については、特に変わったことはない。メチルカチオンと同様に、sp2混成軌道を使ったσ結合である。注目すべきなのは、隣の炭素(メチル基の炭素)の C–H 結合である。

3つの H 原子のうち、1つはカルボカチオン平面に対して「立って」いる。もう少し正確に言うと、H–C–C–Hの二面角が 90° になっている。

この H原子を含む C–H結合は、カルボカチオンの空の p軌道と同じ方向を向いてい

る。このため、C–H の結合性軌道と空の p 軌道が少しだけ混じり合って、下図の右のような分子軌道が形成される。この軌道は、もとの C–H 結合性軌道よりも少し広がっているため、電子が存在できる空間が広がり、エネルギーが下がる。

C CH

HH

H

H

�������

ethyl cation

カルボカチオン平面に対して立っているH 二面角= 90°

C‒H 結合性軌道 空のp軌道

+ +

電子の非局在化(=エネルギー下がる)

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有機化学Ⅰ 講義資料 第8回「アルケンへの求電子付加反応」

– 2 – 名城大学理工学部応用化学科

分子軌道ダイアグラムを使うと、下のように書くことができる。C–H 結合の電子のエネルギーが、わずかながら低くなっている(安定化を受けている)ことがわかるだろう。

このように、軌道同士の相互作用によって電子が存在できる空間が広がることを、電

子の非局在化 delocalization of electrons と呼ぶ。エチルカチオンにおける電子の非局在化はそれほど大きなものではない(大部分の電子は元の C–H 結合性軌道と同じ空間を占めている)が、それでも電子のエネルギーに無視できない影響を与えている。

電子の非局在化にはいくつかのパターンがある。エチルカチオンの場合のように、σ結合の電子が関与する非局在化のことを超共役hyperconjugation と呼ぶ。超共役という言葉は、第4回ですでに紹介した。今後もさまざまな形で登場する重要な概念である。

分子のエネルギーは、分子中のすべての原子核・電子のエネルギーの総和である。従って、ある C–H 結合電子のエネルギーが低下することは、分子全体のエネルギーの低下、つまり安定化につながる。このことから、エチルカチオンはメチルカチオンにくら

べて、超共役による安定化を受けていると言える。

注1:本当は、メチルカチオンとエチルカチオンは構成原子の数が違うので、エネルギーを直接比較することはできない。ここでいう「安定性」は、ある基準物質、たとえばアルカン(メタン、エタン)と比較した場合の安定性の差と解釈する。

さて、エチルカチオンは、メチルカチオンの水素原子を一つメチル基 CH3 で置き換

えたものと見なすことができる。水素原子はあと二つ残っているから、順に置き換えてみるとどうなるだろうか。

空のp軌道

C‒Hσ結合性軌道

相互作用によって生まれた新しい軌道エ

ネルギー

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– 3 – 名城大学理工学部応用化学科

エチルカチオンは第一級カルボカチオン、イソプロピルカチオンは第二級カルボカチオン、t-ブチルカチオンは第三級カルボカチオンである。エチルカチオンは、超共役に関与できる C–H 結合が1つ存在していた。これに対して、イソプロピルカチオンでは

2つ、t-ブチルカチオンでは3つの C–H結合が超共役に関与できる。

従って、これらのカルボカチオンの安定性について、次のように言える。

この傾向は、カルボカチオンに結合しているのがメチル基の場合だけでなく、アルキル基一般について成り立つ。つまり、下のように考えてよい。

CH

HH C CH

HH

H

HC C

C

HH

H

H

H H

HC C

C

CH

H

H

H H

H

H HH

�� ����

methyl cation�� ����

ethyl cation���� ����

isopropyl cation��� ����t-butyl cation

カルボカチオン平面に対して立っているH

CH

HHC C

H

HH

H

HC C

C

HH

H

H

H H

HC C

C

CH

H

H

H H

H

H HH

�� ���

�� ��

�� ��

���� �

���

���

�� �� ��

��������

������� ���������

��������

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– 4 – 名城大学理工学部応用化学科

このように、アルキル置換基の数が多いほどカルボカチオンの安定性が高まるという事実は、カルボカチオンが関与する反応に重大な影響を及ぼす。

注2:「アルキル置換基の数が多いほど」というのを「アルキル基の級数が大きいほど」と言ってはならない。世界標準では「級数」「級の数」という概念は存在しないことはすでに述べた。

2. 非対称アルケンに対する HBrの付加反応

前回に付加反応の例として用いたアルケン(trans-2-ブテン)は、二重結合の両側の

2つの炭素原子に同じ置換基がついている(メチル基が1つ、水素が1つ)。今度は、2つの炭素原子に異なる置換基がついているアルケンについて考えてみよう。たとえば、2-メチル-2-ブテンである。

HBrの求電子付加反応では、二重結合の一方の炭素原子に Hが結合し、もう一方の炭素原子に Brが結合する。対称アルケンでは、Hがどちらの炭素原子に結合しても同じものができる。しかし、非対称アルケンでは、Hがどちらの炭素原子に結合するかに

よって、異なる生成物が得られる。

C CH3C

H CH3

H

trans-2-butene�����������

C CH3C

H CH3

CH3

2-methyl-2-butene�� �������

����� ������

C CH3C

H CH3

H+ H Br

C CH3C

Br CH3

HH H

C CH3C

H CH3

BrH H

������

���

C CH3C

H CH3

CH3+ H Br

C CH3C

Br CH3

HH CH3

C CH3C

H CH3

BrH CH3

������

����

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– 5 – 名城大学理工学部応用化学科

2つの生成物はどのような割合で得られるのだろうか。どちらか一方だけが得られるのか、それとも両方とも生成するのか。また、両方とも生成するとしたら、同じ量ずつできるのか、それとも一方が優先的に生成するのか。

反応機構に基づいて、結果を予想することができる。2-メチル-2-ブテンと HBrの反応の機構を考えてみよう。trans-2-ブテンと同様の反応機構で進むと仮定すれば、この反応も二段階反応であり、第一段階は二重結合に対する H+の付加である。(これまでは

「HBrの求電子攻撃」と呼んできたが、生成するものは H+とアルケンが結合したカルボカチオンなので、これからは「H+の付加」と呼ぶことにする。)

上の図にあるように、この段階ですでに二通りのカルボカチオンが生成する可能性が

ある。このカルボカチオンの安定性を比較してみよう。上の方は「二級」のカルボカチオン、下の方は「三級」のカルボカチオンである。前回学んだ通り、三級カルボカチオンの方が二級カルボカチオンよりも安定である。

反応のエネルギー図を描いてみると、下のようになる。

C CH3C

H CH3

CH3+ H Br

C CH3C

H CH3

HCH3 + Br–

CCCH3

CH3H

HH3C + Br–

CCCH3

CH3H

HH3CC C

H3C

H CH3

HCH3

������� �������

������

C CH3C

H CH3

HCH3 + Br–

反応座標

エネルギー

遅い

速い

小さい大きい

活性化エネルギーが

(より安定)

C CH3C

H CH3

CH3+ H Br

CCCH3

CH3H

HH3C + Br–

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安定な三級カルボカチオンを作る経路(実線)の方が、「越えるべき山」が低いことがわかるだろう。すなわち、活性化エネルギーが小さく、反応が速い。 第二段階はどうだろうか。実はこの反応では、第二段階の活性化エネルギーは小さく、

反応速度に大きな影響は及ぼさない。全体の反応速度を決めているのは、大きな活性化エネルギーを持つ第一段階である。このように、多段階反応の中で「最も遷移状態のエネルギーが高い」段階を律速段階 rate determining stepと呼ぶ。律速段階は、多段階反

応の中で最も速度の遅い段階であり、反応全体の速度を決める段階でもある。 第二段階まで含めて、この反応のエネルギー図を描くと、下のようになる。

実線の反応の方が速く進行するため、生成物も多くなる。従って、下の化合物が主生成物 main product である。上の生成物は少量しかできない。これは副生成物 by-product となる。

以上をまとめると、次のことが言える。非対称アルケンに対する HBr の求電子付加

反応では、より安定なカルボカチオン中間体を経由する生成物が主生成物となる。

3. マルコフニコフ則

非対称アルケンに対する HBr の求電子付加反応で、アルケンの置換基が飽和のアルキル基または水素のみである場合は、付加する位置について次の法則が成り立つ。

「求電子剤(この場合は H+)は、より多くの水素が結合している sp2炭素に結合する。」 この法則を、提案者の名前をとってマルコフニコフ則 Markovnikov’s rule と呼ぶ。マ

ルコフニコフ則が提案されたのは 1870 年である。当時は量子力学もなく、有機化合物の結合の正体についてはほとんど何もわかっていなかったため、このような経験則を積

反応座標

エネルギー

主生成物

C CH3C

H CH3

HCH3+ Br–

C CH3C

H CH3

BrH CH3

C CH3C

Br CH3

HH CH3 副生成物

C CH3C

H CH3

CH3+ H Br

(より安定)

CCCH3

CH3H

HH3C + Br–

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み上げて行くことに十分な意味があった。しかし現在では、カルボカチオンの安定性の違いについて量子力学の原理で明快に説明できるようになった。このため、このような経験則を記憶することにはほとんど意味がない。また、機械的にマルコフニコフ則を当

てはめると誤った結果を導く例もある。従って、マルコフニコフ則は歴史的な経験則としての認識にとどめ、あくまでも「カルボカチオン中間体の安定性」で反応性を理解することをおすすめする。

4. アルケンに対する水の付加

アルケンは水とは反応しない。水は求電子剤として極めて弱く、アルケンに対して付

加することができないためである。しかし、酸触媒の助けがあれば、アルケンは水と反応することができて、アルコールが得られる。

この反応で、酸触媒はどういう役割を果たしているのだろうか。今まで私たちが学ん

だことを使って、酸触媒が必要な理由を理解することができる。 プロペン・水・少量の硫酸を混合すると、何が起きるだろうか。まず、硫酸は強い酸

なので、H2Oに対して H+を渡そうとするだろう。その結果、オキソニウムイオン H3O+

が生成される。

次に、H3O+が求電子剤として働き、プロペンに H+を渡す。プロペンは極めて弱い塩基なので、この平衡は極端に左に偏っているのだが、右辺のカルボカチオンがほんの少

しでも生成すれば、反応は次の段階に進むことができる。

なお、プロペンも「非対称アルケン」なので、H+が付加する位置は二通りある。しかし、中央の Cに H+が付加してできるカルボカチオンは一級カルボカチオンで不安定

であるため、上式のように末端の Cに H+が付加する。

CH3CH CH2H2SO4

CH3CH CH2OH H

+ H–OH

� ���� �

�������

H–OH + H OHH

+ O–SO3HH–OSO3H

H OHH

CH3CH CH2 + CH3CH CH2H

+ H–OH

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– 8 – 名城大学理工学部応用化学科

次の段階では、カルボカチオンに対して求核剤が反応する。この時点で反応系中に存

在するのはプロペン・水・HSO4–・H3O+ である。この中で、水が最も高濃度で存在するため、カルボカチオンは水と優先的に反応する。

この段階の生成物は、「プロトン化されたアルコール」である。正電荷を持ったカルボカチオンと、電荷を持たない水が反応するので、生成物も正電荷を持っている。ここで、HO– が求核剤になることはあり得ないことに注意しよう。この反応は酸を加えた

条件で行っているため、HO– の濃度は極めて低く、反応には不十分である。

まだ反応は終わりではない。「プロトン化されたアルコール」は、O 上に正の形式電荷と H原子を持っている。この構造は、オキソニウムイオン H3O+ と似ており、酸として働く。反応系中には、反応物である H2O がまだ残っているため、下のような酸・

塩基反応が起こる。

ようやく生成物の 2-プロパノールが現れた。中間体の数が多いので、初めは理解す

るのが大変だろう。しかし、このように H+がついたり離れたりする反応は有機化学で数多く登場するため、そのうちに慣れてくることだろう。特に、巻き矢印を正しくつけるよう常に心がけていれば、次に起きる反応が自然に見えてくるようになる。

CH3CH CH2 + H3O+

CH3CH CH2H

CH3CH CH2H

�������������

�������

CH3CH CH2H

+ H–OH CH3CH CH2OH H

H�����������

CH3CH CH2H

+ CH3CH CH2OH H

HO–

HO– (

CH3CH CH2OH H

H

H–OH+ CH3CH CH2OH H

+ H OHH

���

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有機化学Ⅰ 講義資料 第8回「アルケンへの求電子付加反応」

– 9 – 名城大学理工学部応用化学科

「酸触媒によるプロペンへの水の付加」反応の完全な反応機構を書くと、次のようになる。

最後に H3O+が再生されていることにも注意しよう。H3O+は、最初にプロペンとの反

応で消費されるのだが、最後に 2-プロパノールが生成する反応で再生されるので、結果として増えることも減ることもない。このように、プロペンへの水の付加反応では、

H3O+が触媒として機能している。 水の付加反応のことを水和 hydration と呼ぶ。上記の反応は、「酸触媒によるプロペ

ンの水和反応」と呼ぶことができる。

5. アルケンに対するアルコールの付加

アルコールもアルケンに対して付加することができる。この場合も、水の付加と同様

に、酸触媒の助けが必要である。生成するのは、エーテルである。

この反応の機構は、アルケンに対する水の付加とほとんど同じである。赤字の OHをOCH3 に置き換えればよい。

H OHH

CH3CH CH2 + CH3CH CH2H

+ H–OH

CH3CH CH2OH H

H

CH3CH CH2OH H

+ H OHH

H–OH

H–OCH3CH3CH CH2 + CH3CH CH2OCH3 HH2SO4 � �����

������ �����

H–OCH3 + H OCH3H

+ O–SO3HH–OSO3H

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有機化学Ⅰ 講義資料 第8回「アルケンへの求電子付加反応」

– 10 – 名城大学理工学部応用化学科

6. カルボカチオン転位

ある種のアルケンは、HBrと反応して奇妙な生成物を与えることがある。

2-ブロモ-3-メチルブタンは、「普通の」生成物である。末端の炭素原子に H+が付加して二級カルボカチオンが生成し、そこに Br–が結合して得られる。ところが、これは副生成物であり、実際に主生成物となるのは 2-ブロモ-2-メチルブタンである。この生成

物では、もともと二重結合があった位置とは異なる炭素原子に Brが結合している。この化合物の生成は、今まで学んできた反応機構では説明することができない。 この奇妙な反応は、カルボカチオン転位 carbocation rearrangement によって説明す

ることができる。カルボカチオン転位とは、カルボカチオンの隣の炭素原子に結合している原子または置換基が移動することによって、カルボカチオンの位置が隣に移る反応である。

カルボカチオン転位は、下のように進行する。遷移状態では、移動する水素原子が2

つの炭素原子の両方と弱い結合を作っている。

H OCH3H

CH3CH CH2 + CH3CH CH2H

+ H–OCH3

CH3CH CH2OCH3 H

H

CH3CH CH2OCH3 H

+ H OCH3H

H–OCH3

CH CHCH3

CH3

CH2

���������

+ H–Br CH CHCH3

CH3

CH3 C CH2CH3

CH3

CH3+Br Br

����������� �����������

���� ����

C CCH3

CH3

CH3

H

HC CCH3

CH3

CH3

H

H���������

carbocation rearrangement

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有機化学Ⅰ 講義資料 第8回「アルケンへの求電子付加反応」

– 11 – 名城大学理工学部応用化学科

カルボカチオン転位は、いつでも起きるわけではない。まず、転位は必ずカルボカチ

オンの隣の炭素との間で起きる。これは、遷移状態が三員環構造であることによる。下のように、1つ離れた炭素に転位が起きることはない。

また、転位後のカルボカチオンが転位前よりも安定でなければならない。先ほど示した転位反応では、二級カルボカチオンから三級カルボカチオンが生成するので、転位後

の方が確かに安定である。下のように、転位後のカルボカチオンが元よりも不安定である場合には、転位は起こらない。

カルボカチオン転位を巻き矢印を使って表してみよう。反応に関与する電子は、カルボカチオンの隣の炭素原子と、移動する水素原子の間の結合電子である。

この2個の電子が、新たな C–H結合の電子になる。従って、次のように書くことができる。巻き矢印の出発点は、切断される C–H結合の真ん中付近でなければならない。

H原子から出発してはいけない。

C CCH3

CH3CH3

H

HC CCH3

CH3CH3

H

HC CCH3

CH3CH3

H

H����

C CH2CH3

CH3C

HCH3

HC CH2CH3

CH3C CH3

H

H�����

������

H2C C CH3

HH2C C CH3

H

H H����

�����

C CCH3

CH3CH3

H

H

�� �� �������

���������

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有機化学Ⅰ 講義資料 第8回「アルケンへの求電子付加反応」

– 12 – 名城大学理工学部応用化学科

下図のように、新しく生成する結合を点線で描いて、その結合に向かって巻き矢印をつけてもよい。特に、転位反応ではこの表記法の方がわかりやすい。この場合も、巻き

矢印の出発点は C–H結合の真ん中付近である。

カルボカチオン転位では、水素原子ではなくアルキル基が転位することもある。次の例では、メチル基が転位している。

7. 今回のキーワード

・カルボカチオンの安定性 ・非対称アルケンへの求電子付加 ・律速段階

・アルケンへの水の付加 ・アルケンへのアルコールの付加 ・カルボカチオン転位

【教科書の問題(第6章)】 カルボカチオンの安定性:3, 4a 非対称アルケンへの求電子付加:6, 7

水の付加:10, 11, 84a アルコールの付加:12, 14, 15, 80

C CCH3

CH3CH3

H

HC CCH3

CH3CH3

H

HC CCH3

CH3CH3

H

H

��

C CCH3

CH3CH3

H

HC CCH3

CH3CH3

H

H

C CCH3

CH3CH3

CH3

HC CCH3

CH3CH3

H

CH3