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1 筑波大学大学院博士前期課程 数理物質科学研究科修士論文 ビスジメチルシリルエステルを利用する 多置換アルケンの効率的合成 海老根 (化学専攻) 2009年2月

ビスジメチルシリルエステルを利用する 多置換アルケンの効 …...1 第1章 序論 アルケンは反応性に富むπ結合を有するため、イオン反応からラジカル反応、ペリ環状反応に至

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    筑波大学大学院博士前期課程

    数理物質科学研究科修士論文

    ビスジメチルシリルエステルを利用する 多置換アルケンの効率的合成

    海老根 大

    (化学専攻)

    2009年2月

  • 2

    筑波大学大学院博士前期課程

    数理物質科学研究科修士論文

    ビスジメチルシリルエステルを利用する

    多置換アルケンの効率的合成

    海老根 大

    (化学専攻)

    指導教員 市川 淳士

  • 3

    目次

    第1章 序論 1 第2章 ビス(ジメチルシリル)エステルを利用するアルデヒドからの

    α,β-不飽和エステルの効率的合成 1.緒言 14 2.結果と考察 19 3.実験項 32 4.参考文献 45 第3章 ビス(ジメチルシリル)エステルを利用するケトンからの

    α,β-不飽和エステルの効率的合成 1.緒言 47 2.結果と考察 50 3.実験項 61 4.参考文献 73 謝辞 74

  • 1

    第1章 序論

    アルケンは反応性に富むπ結合を有するため、イオン反応からラジカル反応、ペリ環状反応に至

    る広域な化学反応による変換が可能であり、重要な合成中間体として広く利用されている。アルケ

    ンの合成法としては、アルキンを Lindlar 触媒などで還元する方法や、メタセシス反応を用いる方法が知られているが、最も広く利用されているのはヘテロ官能基などで置換された炭素-炭素単

    結合のβ-脱離を利用する方法である 1)。これらの反応ではヘテロ置換基によって置換された炭素-

    炭素単結合を前もって合成し、酸や塩基、熱などを加えてβ-脱離させることでアルケンを合成で

    きる。また、系中で発生させたカルバニオンをアルデヒドなどのカルボニル化合物に求核的に付加

    させ、新たな炭素-炭素単結合を形成した後、連続的にβ-脱離させることでアルケンを得る手法が

    ある。後者のようなアルデヒド、ケトンに代表されるカルボニル化合物から直接アルケンを合成で

    きるアルケン化反応は、有機合成化学において重要な化学変換法の一つである 2),3)。このような反

    応は、特に、α,β-不飽和エステルの合成法として広く用いられている。代表的な反応例として、ホスホニウム塩を利用した Wittig 反応や、リン酸エステルを利用する Horner–Wadsworth –Emmons 反応 (HWE 反応)、α-トリアルキルシリルエステルを利用する Peterson 反応などを挙げることができる (Scheme 1)4),5),6)。これらの反応は、基質や反応条件を工夫することで生成するアルケンの立体化学を制御できるという利点を有する。

    Scheme 1

    Wittig Reaction

    CO2R4

    R5H

    (R3)3P

    X

    base

    (R3O)2P CO2R4

    R5H

    base

    (R3)3Si CO2R4

    R5H

    base

    Horner–Wadsworth–Emmons Reaction

    Peterson Reaction

    R2

    OR1

    R2

    OR1

    R2

    OR1

    R1R2

    CO2R4

    R5

    R1R2

    CO2R4

    R5

    R1R2

    CO2R4

    R5

    O

    Wittig 反応は、ホスホニウム塩と強塩基から調製したリンイリドがカルボニル化合物に求核攻撃し、オキサホスフェタンを形成した後、ホスフィンオキシドが脱離することで進行する (Scheme 2)。cis 体のオキサホスフェタンからは Z 体のアルケンが得られ、trans 体のオキサホスフェタンからは E 体のアルケンが得られることから、生成物の立体化学はオキサホスフェタンの立体化学に依存する。つまり、生成物の立体選択性はリンイリドのカルボニル化合物への付加段

    階で決定され、イリドの安定性、カルボニル化合物の種類、溶媒の性質、イリド生成の対イオンな

    ど多くの要素に影響されるが、イリドの安定性 (安定イリド、準安定イリド、不安定イリド) で立体化学を制御する手法が最も一般的である。例えば、塩のない条件下、非プロトン性極性溶媒中に

  • 2

    おいて、イリドが少なくとも一つの強力な電子求引基で安定化されている場合 (安定イリド)、E体のアルケンを主に与える。一方、アルキル基のみを有するイリドは、置換基が電荷の安定化に寄

    与しないため不安定イリドとして働き、Z体のアルケンを主に与える。置換基がアリールまたはアルケニル置換基の場合は、電荷の安定化が十分ではなく、準安定イリドとして働くため十分な選択

    性は得られない。また、不安定イリドを用いた場合でも、反応系中に臭化リチウムなどのハロゲン

    化リチウム塩を添加することで E 体のアルケンを得ることができる Schlosser 改良法なども知られている 7)。

    Scheme 2

    R1 O

    H

    Ar3P H

    R2

    OPAr3

    PAr3O

    R2

    R1

    H

    R2

    R1

    H

    R1

    R1 R2

    cis-oxaphosphetane

    trans-oxaphosphetane

    (Z )-alkene

    (E )-alkene

    if R2 = -CO2R, -SO2R, -CN, -CORif R2 = aryl, alkenyl, benzyl, allyl, Hif R2 = alkyl, H

    stabilized ylidesemi-stabilized ylidenonstabilized ylide

    R2

    Wittig 反応がホスホニウム塩から出発するのに対し、Horner–Wadsworth–Emmons 反応 (HWE 反応) はリン酸エステルを利用する。リン酸エステル基で安定化されたカルバニオンは、比較的穏和な条件下でカルボニル化合物と速やかに反応する。また、反応副生物は水溶性のリン酸

    塩であり、Wittig 反応の副生成物であるホスフィンオキシドに比べ除去が容易である点や、リン酸エステルの合成が Wittig 反応に用いるホスホニウム塩の合成よりも容易である点も特長といえる。HWE 反応も Wittig 反応と同様にカルバニオンがカルボニル化合物に求核付加することで進行し、erythro、threo の付加中間体を与える (Scheme 3)。この付加段階は可逆的に進行し、 erythro 体および threo 体からオキサホスフェタン中間体を通ってリン酸エステルが脱離することでそれぞれ Z 体および E 体のアルケンを与える。通常のリン酸エステル反応剤の場合、熱力学的に安定な threo 体、trans 体のオキサホスフェタンを経由して反応が進行するために E 体のアルケンを主生成物として与える。

  • 3

    Scheme 3

    O

    H

    R1

    R2(RO)2P

    (Z )-alkene

    (E )-alkene

    R2 P(OR)2

    R1 O

    OH

    H

    R2 P(OR)2

    H O

    OH

    R1

    OP(OR)2O

    H

    HR2

    R1

    OP(OR)2O

    R1

    HR2

    H

    OP(OR)2O

    OP(OR)2O

    erythro

    threo

    R1R2

    R2R1

    O

    cis-oxaphosphetane

    trans-oxaphosphetane

    一方、1960年代に Stillらはリン上に強い電子求引基を導入したリン酸エステル反応剤を用いると、(Z)-アルケンが主生成物として得られることを見出した (Eq. 1) 8)。リン酸エステルのα位に電子求引基が必須ではあるが、この反応は HWE Still–Gennari 変法と呼ばれ (Z)-アルケン、特に (Z)-α,β-不飽和エステルを選択的に合成する場合によく用いられている。反応機構については完全にはわかっていないが、リン上に強い電子求引性を有するフルオロアルコキシ基を導入するこ

    とでリン上が求電子的になり、脱離過程が初めの求核付加よりも速くなることで反応が本質的に非

    可逆 (速度論支配) となり (Z)-アルケンを与えると考えられている 5e)。また、1990年代後半に安藤は、リン上にフェノキシ基を導入したリン酸エステルが Z 選択的なアルケン合成に適用できることを見出した (Eq. 2)9)。安藤が開発したジフェニルリン酸エステル誘導体は極めて高い Z 選択性を示し、且つ調製が容易で、基質の適用範囲も広い。Still らの変法では塩基の他に高価で吸湿性の高い 18-crown-6 を 5当量必要とするが、安藤の変法では塩基のみで高立体選択的に進行し、より実用的であるといえる。そのため、安藤が開発したリン酸エステルは Z 選択的 HWE 反応試薬として現在最もよく利用されている。

    H

    R OEWG(CF3CH2O)2P

    base18-crown-6

    R O

    HEWG(ArO)2P

    base

    (1)

    (2)

    O

    O

    REWG

    REWG

    Wittig 反応や HWE 反応がそれぞれの基質を修飾することで立体選択的にアルケンを与えるのに対し、Peterson反応は中間体であるβ-シリルアルコールを後処理する際の条件によって立体異性体をつくり分けることが可能である。すなわち、β-シリルアルコールの純粋なジアステレオマ

    ーから E 体もしくは Z 体のアルケンの一方を選択的に得ることができる。Peterson 反応ではα-シリルカルバニオンがカルボニル化合物に求核付加することで、中間体であるβ-シリルアルコー

    ルのジアステレオマー混合物が生成する。その後、塩基性条件下ではβ-シリルアルコールの立体

    特異的 syn 脱離が、酸性条件下では立体特異的 anti 脱離が進行し、それぞれ異なる幾何構造を有するアルケンを与える (Scheme 4)。

  • 4

    Scheme 4

    O

    R2

    R1

    R3Si R3

    R4R1

    R1

    R4

    R3 SiR3R4

    R3 SiR3R4

    R4

    HO

    HO

    R2R1

    R1R2

    R3R2

    R2 R3

    base

    base

    acid

    R3Si-O-SiR3

    basic condition : syn-eliminationacidic condition : anti-elimination

    R3Si-O-SiR3

    カルボニル化合物のアルケン化反応として他にも、α-スルホニルカルバニオンを利用する Juliaカップリング (Eq. 3)10)、ハロホルムと二価クロムの作用によりハロアルケンを立体選択的に合成することができる高井-内本アルケン化反応 (Eq. 4)11)、低原子価チタン反応剤を用いる還元的カップリングによりアルケンを得るMcMurryカップリング (Eq. 5)12) などが知られている。Juliaカップリングでは、スルホニル基の強力な電子求引性を生かし、塩基によってそのα位にカルバニ

    オンを発生させ、カルボニル化合物に付加させる。その後,生成したヒドロキシ基をアセチル化し、

    ナトリウムアマルガムなどで二電子還元することでアルケンを得る。Juliaカップリングはカルバニオンの発生に強塩基を使う以外は比較的穏和な反応条件で進行するため、天然物の全合成などに

    よく利用されている 13)。一方、高井-内本反応の正確な反応機構はまだ解明されていないが、gem-ジクロム中間体を経由すると考えられている。この反応は Stille クロスカップリングなどに利用可能なハロアルケン部位を化合物中に導入することができるため、Juliaカップリングと同様に天然物の全合成に用いられることが多い 14)。

    (5)

    base(3)S

    O

    OPh

    CHX3 (4)CrCl2

    R4R3O low-valent Ti

    R1 O

    R2

    R1 O

    R2

    R1 O

    R2

    R1R2

    R3

    R1R2

    X

    R1R2

    R3

    R4

    R3

    上述のアルケン化反応はアルデヒドやケトンに対しては有効であるが、エステルやアミドなどの

    カルボン酸誘導体のアルケン化には無力であることが知られている。カルボン酸誘導体のアルケン

    化には Tebbe 試薬が有効であり、エステルからはエノールエーテルを、アミドからはエナミンを一段階で得ることができる 15)。Tebbeアルケン化の活性種は Schrock 型カルベン錯体のメチリデンチタノセンと考えられており、カルボニル基との反応によりオキサチタナシクロブタン中間体を

    経てアルケンを与える (Scheme 5)16)。

  • 5

    Cp2Ti

    H2C

    ClAlMe2

    Tebbe's reagent

    R2

    OR1 R2

    Lewis base Cp2Ti CH2 Cp2Ti CH2

    methylidene titanocene

    Scheme 5

    H2C TiCp2O

    oxatitanacyclobutane

    - Cp2Ti=OR2

    R1R1

    2006年、BrücknerらはWittig反応、HWE 反応、Juliaカップリングを駆使することで共役二重結合部位を構築し、カロテノイドの一種である Peridinin (Figure 1) の全合成を達成した 17)。この全合成では、望みの立体化学を持つアルケンを選択的に得るためにアルケン化剤の使い分けを

    している (Scheme 6)。具体的には、安定リンイリドを用いた E 選択的アルケン合成、安藤が開発したリン酸エステルによる Z 選択的アルケン合成、Kocienski 改良型 Julia カップリング 18)による一段階アルケン合成であり、この全合成はカルボニル化合物のアルケン化反応の有用性・多

    様性を示す好例といえる。

    AcOOH• O

    O

    OOH

    Wittig Reaction

    Julia Coupling HWE Reaction

    Figure 1

  • 6

    O

    N OMeOO

    O

    PPh3MeO2CO

    N OMeO

    OMeO2C

    Wittig Reaction : stabilized ylide

    O

    O

    OCO2Me

    H

    P(OPh)2

    O

    OCO2MeBr

    EtO2CEtO2C

    BrO

    base

    base

    AcOOH• S

    OO

    N SO

    H OO

    OHO

    AcOOH•

    OO

    OHO

    Horner-Wadsworth-Emmons Reaction : Ando-type HWE reaction

    Julia Coupling : Sylvestre-Julia-Kocienski coupling

    Scheme 6

    以上のように、カルボニル化合物のアルケン化には様々な方法が知られているが、多くの場合、

    カルバニオンの発生とカルボニル基への付加反応から成る二段階反応であり、カルバニオンの発生

    には強塩基を必要とする。従って、アルケン化反応の開発において、反応操作の簡便化、より穏和

    な反応条件の達成が重要な研究課題といえる。 有機ケイ素反応剤は有機金属反応剤に比べ安定で毒性が低く、入手、合成、および取り扱いが容

    易という点で優れており、広く精密有機合成に利用されている 19)。また、地球上に存在する岩石

    の主成分はケイ酸塩であり、ケイ素の Clarke数は酸素に次いで第二位である。ケイ素資源は極めて豊富に存在し,有機ケイ素反応剤の利用は資源・環境の観点からも極めて優れている。ケイ素は

    炭素、水素、酸素などと比較的安定な結合を形成するため、有機ケイ素反応剤自身は反応性が低く、

    通常、基質と自発的に反応することはない。しかし、添加剤によって基質あるいは反応剤自身を活

    性化させることで反応が可能となるため、添加剤、溶媒、反応温度の選択による反応制御が比較的

    容易であるという特長を有する。このように、有機ケイ素反応剤は多くの利点を有し、その開発や

    それを用いる合成反応の開発は現在でも活発に行われている。

  • 7

    シリルエノラートやアリルシランは安定なカルバニオン等価体として働き、炭素-炭素結合形成

    だけでなく官能基導入においても極めて有効なケイ素反応剤として知られている (Scheme 7)。Lewis 酸で活性化されたカルボニル化合物とこれらの反応剤との反応は、それぞれ向山アルドール反応 (Eq. 6)20)、細見-桜井反応 (Eq. 7)21) と呼ばれ、高効率的および高立体選択的な炭素-炭素結合形成反応として幅広く利用されており、その改良法や不斉反応も数多く報告されている 22)。

    OSiMe3

    SiMe3

    O E+

    E+

    O

    Scheme 7

    E

    E

    (6)

    (7)

    R3OSiR3

    O

    R1 H

    MX4 O

    R1 H

    MX4R1

    R3SiO O

    R3R2

    H+R1

    OH O

    R3R2

    O

    R1 HO

    R1 H

    MX4R3 H

    +

    R1

    R2

    R2

    MX4

    R2

    SiR3

    R1OMX3

    R2

    OHR3R

    3

    1990 年代から、ケイ素上の置換基を工夫することで、興味深い反応性を示すシリルエノラートがいくつかの研究グループによって開発されてきた (Figure 2)。例えば、Myers らや Denmarkらはシラシクロブタン環を有するシリルエノラートが Lewis 酸などの活性化剤がなくともアルデヒドとアルドール反応を起こすことを報告した 23),24)。この反応は 4 員環の分子歪みによってケイ素上の Lewis 酸性が高まり、反応を促進していると考えられている。また、Denmark らや小林らはケイ素上に塩素原子やトリフルオロメタンスルホニル基のような電気陰性度が高い置換基を

    導入することでもケイ素上の Lewis 酸性を高めることができ、無触媒でアルドール反応が進行することを報告している 25), 26)。さらに山本らはケイ素上にメトキシ基を導入したシリルエノラート

    を利用することで、高エナンチオ選択的な触媒的不斉アルドール反応の開発に成功した 27)。

    O

    R2

    Si Me OSiCl3

    R2OSiMe2(OTf)

    R2OSi(OMe)3

    R2

    MyersDenmark

    Denmark Kobayashi Yamamoto

    Figure 2

    R1 R1 R1 R1

    これらの報告に関連し、当研究室ではケイ素上の置換基を小さくすることでシリルエノラートの

    反応性が向上することを期待し、ケイ素上に水素を一つ有するジメチルシリル (DMS) エノラートを合成し、その反応性について検討した。その結果、N,N-ジメチルホルムアミド (DMF) のよう

  • 8

    な非プロトン性極性溶媒中において、ジメチルシリルエノラートが無触媒で効率よくアルドール反

    応を起こすことがわかった (Eq. 8)28)。また、エステルのα位にジメチルシリル基を導入したα-シリルエステルも、DMF 中で効率よくアルデヒドに付加することも明らかにした (Eq. 9)29)。どちらの反応においても、トリメチルシリルを導入したケイ素反応剤は低い反応性しか示さなかった

    ことから、ジメチルシリル基の導入によりケイ素反応剤の反応性が向上したと考えることができる。

    OSi

    (8)O

    HPh

    DMF, 50 ºC, 48 hO

    Si = SiHMe2Si = SiMe3

    79%38%

    OH

    Ph

    (9)O

    HPh

    DMF, 50 ºC, 48 h OH O

    OEt

    Si = SiHMe2Si = SiMe3

    81%44%

    O

    OEt PhSi

    上記のアルドール反応は無触媒でも進行するが、添加剤として塩化カルシウムや塩化リチウムな

    どのアルカリ金属またはアルカリ土類金属塩を加えることで、穏和な条件で、さらに効率よく反応

    が進行することもわかった 30)。通常、シリルエノラートのアルドール反応などに用いる活性化剤

    は Lewis 酸やフッ化物イオン源であるが、これらの活性化剤は有害なものや高価なものが多い。本反応は塩化カルシウムのような極めて安価で無害な促進剤を用いればよく、環境調和型反応とし

    て有用である。ジメチルシリルエノラートは、水と触媒量のジイソプロピルアミン存在下、N-トシルイミンと反応し、高収率、高ジアステレオ選択的にβ-アミノケトンを与えることも報告して

    いる (Eq. 10)31)。

    OSiHMe2

    R2(10)

    NTs

    HPh DMF, –78 ºC R2

    79-98%, 80-98%de

    Ph

    H2O (0.6 eq.)i-Pr2NH (0.024 eq.)

    R1

    TsHN O

    R1

    以上のように、当研究室では、ジメチルシリルエノラートや α-ジメチルシリルエステルが求核的な活性化を受けやすく、トリメチルシリル基を有する反応剤に比べて高い反応性を示すことを明

    らかにした。ジメチルシリルエノラートの合成化学的利用については他の研究者によっても検討さ

    れている。例えば、原田らは、チオエステルから誘導したジメチルシリルエノラートを用いること

    で、高エナンチオ選択的な触媒的不斉アルドール反応や不斉 Michael 反応の開発に成功した (Scheme 8)32),33)。

  • 9

    Scheme 8

    StBu

    OSiHMe2O

    Ar

    R1 R2

    Ph

    O

    O NB

    OOPh

    TsH

    p-biphenyl

    O

    O NB

    OOPh

    TsH

    (20 mol%)

    toluene, –10 ºC

    (10 mol%)

    CH2Cl2, –78 ºC

    up to 98% ee

    up to 98% ee

    Asymmetric Mukaiyama Aldol Reaction

    Asymmetric Michael Reaction

    StBu

    OSiHMe2O O

    StBu

    O

    R2R1

    O

    StBu

    OH

    Ar

    本研究では、α-ジメチルシリルエステルのアルデヒドやケトンに対する高い反応性に着目し、

    これを Petersonアルケン化反応に利用しようと考えた。α-ジメチルシリルエステルとカルボニル化合物の反応によりに生成するβ-ヒドロキシエステルに着目すると、エステルのα位にもう一つ

    シリル基を導入することで Peterson 脱離が進行し、α,β-不飽和エステルが生成すると考えられる。そこで、エステルのα位に二つのジメチルシリル基を有するα,α-ビス(ジメチルシリル)エステル 1 を新たに合成し、その反応性について検討した (Scheme 9)。

    Scheme 9

    O

    HR3

    R4R3O

    R3OX

    R1OR2

    O

    X = H or SiHMe2

    X = H or SiHMe2

    - (Me2HSi)2O

    - (Me2HSi)2O

    Me2HSiO

    OR2Me2HSi

    Me2HSi R1

    R3R1

    OR2O

    R3R1

    OR2OR4

    R3OX

    R1OR2

    O

    Me2HSi

    R4

    1

    第 2章では、ビス(ジメチルシリル)エステルとアルデヒドの反応を利用した二置換アルケンおよび三置換アルケンの合成について述べる。これまでの研究と同様に DMFを溶媒として用いた場合、ビス(ジメチルシリル)エステル 1 とアルデヒドの反応は進行しなかったが、硫酸リチウムなどの添加剤を加えることで目的とするアルケン化が進行し、α,β-不飽和エステルを良好な収率で与え

  • 10

    ることがわかった。溶媒を検討したところ、DMFと同じ非プロトン性極性溶媒であるジメチルスルホキシド (DMSO) を用いることで、無触媒でもアルケン化が効率よく進行することがわかった。DMSO 中での反応は様々なアルデヒドに適用可能であり、芳香族アルデヒドとの反応は高い E 選択性を示した。脂肪族アルデヒドとの反応では立体選択性の低下が見られたものの、α位に水素が

    存在してもアルケン化は高収率で進行した。 第 3章では、ビス(ジメチルシリル)エステルとケトンの反応を利用した三置換アルケンおよび四置換アルケンの合成について述べる。アルデヒドの場合とは異なり、DMSO 中でも様々なケトンとビスシリルエステルの反応は、無触媒ではほとんど進行しなかった。添加剤について検討した結

    果、硫酸リチウムや塩化カルシウムがケトンのアルケン化を効率良く促進することがわかった。添

    加剤を用いて DMSO 中で反応を行うと、立体選択性が低いという問題点は残るものの、様々なケトンをβ,β-二置換-α,β-不飽和エステルに変換することができる。ケトンのα位にハロゲンや酸素官能基を有する場合も、アルケン化は効率良く進行した。α,β-不飽和ケトンとの反応では、ビス(ジメチルシリル)エステルの共役付加を抑え、1, 3-ジエン部位を有するエステルを高収率で合成することができた。

  • 11

    参考文献 1) Brückner, R. Reaktionsmechanismen-Organische Reaktionen, Stereochemie, Moderne Synthesemethoden;

    Elsevier: München, 2004 2) Takeda, T., Eds. Modern Carbonyl Olefination; Wiley-VCH: Weinheim, 2004. 3) Trost, B. M.; Fleming, I., Eds. Comprehensive Organic Synthesis. Vol. 4; Pergamon Press: Oxford, 1991,

    Chapter 1-4. 4) Wittig reaction:

    (a) Wittig, G.; Schöllkopf, U. Ber. Dtsch. Chem. Ges. 1954, 87, 1318. (b) Wittig, G.; Haag, W. Chem. Ber. 1955, 88, 1654. (c) Schöllkopf, U. Angew. Chem. 1959, 71, 260. (d) Maercker, A. Org. React. 1965, 14, 270. (e) Corey, E. J.; Yamamoto, H. J. Am. Chem. Soc. 1970, 92, 226. (f) Vedejs, E.; Marth, C. F. J. Am. Chem. Soc. 1988, 110, 3848 (g) Vedejs, E.; Marth, C. F.; Ruggeri, R. J. Am. Chem. Soc. 1988, 110, 3940 (h) Maryanoff, B. E.; Reitz, A. B. Chem. Rev. 1989, 89, 863.

    5) Horner–Wadsworth–Emmons reaction: (a) Horner, L.; Hoffmann, H.; Wippel, H. G.; Klahre, G. Chem. Ber. 1959, 92, 2499. (b) Wadsworth, W. S., Jr.; Emmons, W. D. J.Am. Chem. Soc. 1961, 62, 1733. (c) Roush, W. R.; Lesur, B. M. Tetrahedron Lett. 1983, 24, 2231. (d) Keck, G. E.; Boden, E. P.; Mabury, S. A. J. Org. Chem. 1985, 50, 709. (e) Maryanoff, B. E.; Reitz, A. B. Chem. Rev. 1989, 89, 863. (f) Vedejs, E.; Peterson, M. J. Top. Stereochem. 1994, 21, 1. (g) Lattanzi, A.; Orelli, L. R.; Barone, P.; Massa, A.; Iannece, P.; Scettri, A. Tetrahedron Lett. 2003,

    44, 1333. (h) List, B.; Doehring, A.; Fonseca, M. T. H.; Job, A.; Torres, R. R. Tetrahedron 2006, 62, 476

    6) Peterson reaction: (a) Peterson, D. J. J. Org. Chem. 1968, 33, 780. (b) Colvin, E. W. Chem. Soc. Rev. 1978, 7, 15. (c) Ager, D. J. Synthesis 1984, 384. (d) Prieto, J. A.; Larson, G. L.; Berrios, R.; Santiago, A. Syn. Commun. 1988, 18, 1385. (e) Hudrlik, P. F.; Agwaramgbo, E. L. O.; Hudrlik, A. M. J. Org. Chem. 1989, 54, 5613. (f) Ager, D. J. Org. React. 1990, 38, 1. (g) Barrett, A. G.; Hill, J. M.; Wallace, E. M.; Flygare, J. A. Synlett 1991, 764. (h) Van Staden, L. F.; Bartels-Rahm, B.; Field, J. S.; Emslie, N. D. Tetrahedron 1998, 54, 3255.

    7) Schlosser modification: (a) Schlosser, M.; Christmann, K. F. Angew. Chem. Int. Ed. 1966, 5, 126. (b) Schlosser, M.; Christmann, K. F. Liebigs Ann. Chem. 1967, 708, 1 (c) Schlosser, M. Top. Stereochem. 1970, 5, 1.

    8) Still–Gennari modification: (a) Still, W. C.; Gennari, C. Tetrahedron Lett. 1983, 24, 4405. (b) Yu, W.; Su, M.; Jin, Z. Tetrahedron Lett. 1999, 40, 6725.

  • 12

    9) Ando modification: (a) Ando, K. Tetrahedron Lett. 1995, 36, 4105. (b) Ando, K. J. Org. Chem. 1997, 62, 1934. (c) Ando, K. J. Org. Chem. 1999, 64, 6815.

    10) Julia coupling: (a) Julia , M.; Paris, J. M. Tetrahedron Lett. 1973, 14,4833. (b) Julia, M. Pure Appl. Chem. 1985, 57, 763.

    11) Takai–Utimoto reaction: (a) Takai, K.; Nitta, K.; Utimoto, K. J. Am. Chem. Soc. 1986, 108, 7408. (b) Okazoe, T.; Takai, K.; Utimoto, K. J. Am. Chem. Soc. 1987, 109, 951. (c) Fürstner, A. Chem. Rev. 1999, 99, 991.

    12) McMurry coupling: (a) McMurry, J. E. Acc. Chem. Res. 1974, 7, 281. (b) Mukaiyama, T.; Sato, T.; Hanna, J. Chem. Lett. 1973, 1041. (c) Tyrlik, S.; Wolochowiez, I. Bull. Soc. Chim. Fr. 1973, 2147. (d) McMurry, J. E.; Fleming, M. P.; Kees, K. L.; Krepski, L. R. J. Org. Chem. 1978, 43, 3255.

    13) Julia coupling were utilized for the synthesis of natural products.: (a) Kim, G.; Chu-Moyer, M. Y.; Danishefsky, S. J.; Schulte, G. K. J. Am. Chem. Soc. 1993, 115, 30. (b) Kirkland, A.T.; Colucci, J.; Geraci, S. L.; Marx, A. M.; Schneider, M.; Kaelin, E. D., Jr.; Martin, F.

    S. J. Am. Chem. Soc. 2001, 123, 12432. 14) Takai–Utimoto reaction were utilized for the synthesis of natural products.:

    (a) Yuki, K.; Shindo, M.; Shishido, K. Tetrahedron Lett. 2001, 42, 2517. (b) Kinder, F. R., Jr.; Wattanasin, S.; Versace, R. W.; Bair, K. W.; Bontempo, J.; Green, M. A.; Lu, Y.

    J.; Marepalli, H. R.; Phillips, P. E.; Roche, D.; Tran, L. D.; Wang, R.; Waykole, L.; Xu, D. D.; Zabludoff, S. J. Org. Chem. 2001, 66, 2118.

    (c) Longbottom, D. A.; Morrison, A. J.; Dixon, D. J.; Ley, S. V. Angew. Chem., Int. Ed. 2002, 41, 2786.

    15) Tebbe alkenation: (a) Schrock, R. R. J. Am. Chem. Soc. 1976, 98, 5399. (b) Tebbe, F. N.; Parshall, G. W.; Reddy, G. S. J. Am. Chem. Soc. 1978, 100, 3611. (c) Petasis, N. A.; Bzowej, E. I. J. Am. Chem. Soc. 1990, 112, 6392.

    16) Anslyn, E. V.; Grubbs, R. H. J. Am. Chem. Soc. 1987, 109, 4880. 17) Olpp, T.; Brückner, R. Angew. Chem. Int. Ed. 2006, 45, 4023. 18) Blakemore, P. R.; Cole, W. J.; Kocienski, P. J.; Morley, A. Synlett 1998, 26. 19) Silicon in Organic Synthesis:

    (a) Seyferth, D. Organometallic Chemisty Reviews: Organosilicon Reviews.; Elsevier Scientific Publishing Company: Amsterdam, 1976.

    (b) Colvin, E. W. Silicon in Organic Synthesis.; Butterworks: London, 1981. (c) Weber, W. P. Silicon Reagents for Organic Synthesis.; Springer-Verlag: Berlin, 1983. (d) Fleming, I.; Barbero, A.; Walter, D. Chem. Rev. 1997, 97, 2063. (e) Brook, M. A. Silicon in Organic, Organometallic, and Polymer Chemistry; Wiley: New York,

    2000.

  • 13

    20) Mukaiyama aldol reaction: (a) Mukaiyama, T.; Narasaka, K.; Banno, K. Chem Lett. 1973, 1011. (b) Mukaiyama, T.; Banno, K.; Narasaka, K. J. Am. Chem. Soc. 1974, 96, 7503. (c) Heathcock, C. H. Science 1981, 214, 395.

    21) Hosomi–Sakurai reaction: (a) Hosomi, A.; Endo, M.; Sakurai, H. Chem. Lett. 1976, 941. (b) Hosomi, A.; Sakurai H. Tetrahedron Lett. 1976, 17, 1295. (c) Sakurai, H.; Sasaki, K.; Hosomi, A. Tetrahedron Lett. 1981, 22, 745.

    22) Machajewski, T. D.; Wong, C.-H. Angew. Chem. Int. Ed. 2000, 39, 1352. 23) Myers, A. G.; Kephart, S. E.; Chen, H. J. Am. Chem. Soc. 1992, 114, 7922. 24) Denmark, S. E.; Griedel, B. D.; Coe, D. M.; Schnute, M. E. J. Am. Chem. Soc. 1994, 116, 7026 25) Denmark, S. E.; Winter, S. B. D.; Su, X.; Wong, K.-T. J. Am. Chem. Soc. 1996, 118, 7404. 26) Kobayashi, S.; Nishio, K. J. Org. Chem. 1993, 58, 2647. 27) Yanagisawa, A.; Nakatsuka, Y.; Asakawa, K.; Kageyama, H.; Yamamoto, H. Synlett 2001, 69. 28) Miura, K.; Sato, H.; Tamaki, K.; Ito, H.; Hosomi, A. Tetrahedron Lett. 1998, 39, 2585. 29) Miura, K.; Nakagawa, T.; Hosomi, A. Synlett 2005, 1917. 30) Miura, K.; Nakagawa, T.; Hosomi, A. J. Am. Chem. Soc. 2002, 124, 536. 31) Miura, K.; Tamaki, K.; Nakagawa, T.; Hosomi, A. Angew. Chem. Int. Ed. 2000, 39, 1958. 32) Adachi, S.; Harada, T. Org. Lett. 2008, 10, 4999. 33) Harada, T.; Adachi, S.; Wang, X. Org. Lett. 2004, 6, 4877.

  • 14

    第2章 ビス(ジメチルシリル)エステルを利用するアルデヒドからのα ,β-不

    飽和エステルの効率的合成

    1 . 緒言 α,β-不飽和エステルは多様な反応性を持ち、合成中間体として有用である。そのため、様々な合成法が開発され、α,β-不飽和エステルの立体選択的合成が天然物合成の鍵段階となることも多い 1)。実例を挙げると、Monti らが 2001年に初めて達成した光学活性 Lancifolol (Figure 1) の全合成では、Peterson 反応による (Z)-α,β-不飽和エステルの合成が鍵段階となっている 2)。Monti らは、得られたα,β-不飽和エステルを水素化リチウムアルミニウムで還元し、アルコールのアセチル化を行うことで最終段階のクロスカップリング反応に必要なアリルエステル部位を構築した (Eq. 1)。第1章に示したように、カルボニル化合物のアルケン化によるα,β-不飽和エステルの合成には、数多くの方法が知られている。Monti らは、この鍵段階において様々なアルケン化反応を試みたが、Peterson 反応以外では Z 選択的にα,β-不飽和エステル部位を構築できなかった。

    Figure 1

    HO

    Z-Selective Peterson Reaction

    O

    Me3SiCH2CO2Et

    (Cy)2NLi, THFCO2Et

    LiAlH4

    Et2O Py, Et2O

    CH3COCl

    OAc

    (1)

    TBSO TBSO TBSO

    Peterson 反応では、α-シリルカルバニオンのカルボニル化合物への求核付加反応により、まずβ-シリルアルコール中間体が生成する。これを酸または塩基で処理するとシラノールが脱離し、

    アルケンになる。この脱離反応では、反応条件を変えることでアルケンの立体化学を制御できる。

    特にケイ素のα位に電子供与基を有する場合、β-シリルアルコールを単離できる場合が多く、ジ

    アステレオマーを分離できれば、二つのジアステレオマーを別々の条件で処理することにより、望

    みの立体化学を有するアルケンを得ることができる (Scheme 1) 3)。例えば、threo 体のβ-シリルアルコールを酸性条件下で処理すると (Z)-アルケンに変換することができる。erythro 体は塩基性条件下で処理すると (Z)-アルケンに導くことができる。

  • 15

    HO SiMe3

    H PrPr H

    threoPr

    H H

    Pr

    H

    Pr H

    Pr

    H2SO4H2O, THF

    KHTHF

    ca. 99%E : Z = 8 : 92

    ca. 96%E : Z = 95 : 5

    Scheme 1

    HO SiMe3

    Pr PrH H

    erythro

    H2SO4H2O, THF

    Peterson 反応の正確な反応機構は未だ解明されていないが、酸性条件下においてはプロトン化されたβ-シリルアルコールの E2 脱離 (anti 脱離) が進行し、アルケンを与えると考えられている (Scheme 2)4)。一方、塩基性条件下では、協奏的な機構と段階的な機構のどちらも考えることができる。協奏的な機構では五配位ケイ素の構造をもつオキサシラシクロブタンを経由し、段階的な機

    構ではシリル基の 1, 3-転位と続くシロキシ基の脱離が起こると考えられている (Scheme 3)5)。

    HO SiMe3

    R2 R3R1 R4

    H2O

    R2 SiMe3R1

    R4R3

    H2O

    R2

    R1 R3

    R4

    acid

    Scheme 2

    Scheme 3

    HO SiMe3

    R2 R3R1 R4

    base O SiMe3

    R2 R3R1 R4

    Me3SiO

    R2 R3R1 R4

    R2

    R1 R4

    R3

    SiMe3

    R2 R3R1 R4O

    Peterson アルケン合成では、β-シリルアルコール中間体の立体化学によりアルケンの立体化学が決まるため、高ジアステレオ選択的にβ-シリルアルコールを合成することが重要となる。また、

    通常、β-シリルアルコールはα-シリルカルバニオンとカルボニル化合物の反応により合成される

    が、必要とするα-シリルカルバニオンが容易に調製できるとは限らない。そのため、β-シリルア

    ルコールを別経路で合成する方法が様々な研究グループによって開発されている。代表的な方法は

  • 16

    α-シリルケトンへの求核付加反応や α,β-エポキシシランの求核的開環反応を利用する方法である。例えば、Jenkins らはα-シリルケトンにビニルマグネシウムブロミドを作用させ、β-シリルアルコールを合成した。その後、酸性条件下で Peterson 脱離を行い、2-置換-1, 3-ジエンの合成に成功した (Eq. 2)6)。また、Fürstner らは、trans-α,β-エポキシシランにナトリウムアジドを作用させることで高ジアステレオ選択的にβ-シリルアルコールを得た。これを N-アシル化と塩基性条件下での Peterson脱離により、(E)-エナミドに変換した (Eq. 3)7)。

    R

    OSiMe3

    CH2=CHMgBrOH

    SiMe3R R

    (2)

    NaN3, NH4Cl (3)

    AcOH

    O

    R1 SiMe3 MeOH/H2O

    OH

    R1 NH2

    SiMe3

    R2COCl

    THF, Et3NEt2O

    LiAlH4 KOt BuR1

    HN

    O

    R2

    冒頭にも示したように、Peterson アルケン合成では、電子不足アルケンの合成のために、電子求引基を有するシリルメタン (Me3SiCH2-EWG) が良く利用される (Scheme 4)8)。これらのケイ素反応剤にリチウムジイソプロピルアミド (LDA) を作用させ、α-シリルカルバニオンを調製し、アルデヒドやケトンに反応させることで様々な電子不足アルケンを合成することができる。このアル

    ケン化反応の欠点として、(1) 活性で不安定なカルバニオン種をアルケン化の直前に調製する必要があり、反応操作が二段階になること、(2) LDA などの強塩基を必要とし、反応を低温で行う必要があるため、反応条件が必ずしも穏和ではないことが挙げられる。従って、合成の迅速化と省エ

    ネルギー化、基質適用範囲の拡大の観点から、反応操作の簡便化と穏和な反応条件の達成が必要と

    考えられる。

    O

    OPh2MeSi

    Me3SiS

    SEt

    Me3SiO

    C5H11

    O

    OEtMe3Si

    Me3SiN

    tBu

    NMe2

    OMe3Si

    O

    R2 R3

    X

    R1Me3SiLDA

    XLi

    R1Me3Si

    X

    R1SiMe3

    OH

    R2R3

    - (Me3Si)2O

    R1

    X

    R3

    R2

    N

    O

    Me3Si

    Ph

    Ph C NMe3SiX

    R1Me3Si

    Scheme 4

    :

  • 17

    Peterson アルケン合成を一段階の反応操作で行うため、 Palomo らはビス(トリメチルシリル)メタン反応剤を開発した。これらの反応剤は、フッ化物イオン源であるトリス(ジエチルアミノ)スルホニウム ジフルオロトリメチルシリケート (TASF) あるいはテトラブチルアンモニウムフロリド (TBAF) の存在下、アルデヒドのアルケン化に利用できる (Eq. 4)9)。このアルケン化反応は、 LDA のような強塩基を用いてα-シリルカルバニオンを予め調製することなく、触媒量のフッ素源、一

    段階の反応操作で極めて穏和な条件下で進行する。Scheme 5 に示したように、この反応ではフッ化物イオンが片方のシリル基を攻撃し、まずα-シリルカルバニオンが生成すると考えられる。α-

    シリルカルバニオンはアルデヒドに付加し、生成したβ-シリルオキシドが Peterson 脱離を起こすことでアルケンを与える。脱離したトリメチルシロキシドとフルオロトリメチルシランとの反応に

    より、ジシロキサンが生成し、フッ化物イオンが再生する。

    O

    HR1Me3Si

    Me3Si

    R2 R1cat. TASF or TBAF

    CH2Cl2 or THF, rt(4)R2

    R2 = Ph, CO2tBu, CN, PO(OEt)2, SPh, SO2Ph

    TASF :

    TBAF :

    SiMe3F2(Et2N)3S

    Bu4N F

    Scheme 5

    F– Me3Si R2

    O

    HR1Me3Si

    Me3Si

    R2R2

    R1

    SiMe3O

    - Me3SiFMe3SiO–R

    1R2

    Me3SiO– Me3SiF F– Me3Si-O-SiMe3

    Palomo らが開発した反応剤は芳香族アルデヒドには有効であるが、α位に水素を有するアルデヒドとの反応では、脱プロトン化によりトリメチルシリルエノラートが副生する。例えば、α,α-ビス(トリメチルシリル)ニトリルと芳香族アルデヒドとの反応は極めて効率良く進行し、桂皮ニトリル類を収率良く与えるが、2-メチルプロパナールとの反応では、トリメチルシリルエノラートの副生により目的物の収率が低下する (Scheme 6)。これは、中間体として生成するメタルフリーのエノラートが求核性と同時に高い塩基性を有し、脱プロトン化を起こしやすいためだと考えられる。

    このように、α位に水素を有するアルデヒドのアルケン化は、芳香族アルデヒドのアルケン化に比

    べて難しいという問題点がある。

  • 18

    Scheme 6

    O

    HAr

    Me3Si CN

    Me3Si

    Ar = C6H5, 4-Cl-C6H4, 4-Me-C6H4, 4-MeO-C6H4

    cat. TASF or TBAF

    CH2Cl2 or THF, 20 ºC, 1 hCNAr

    80-90%

    O

    HMe3Si CN

    Me3Si THF, 20 ºC, 1 h

    cat. TASF

    65% 10%

    CNOSiMe3

    当研究室ではこれまでに、ジメチルシリル基を導入したケイ素反応剤の反応性と有機合成への利

    用について研究を行ってきた。その中で、α位にジメチルシリル基を有するエステルが塩化カルシ

    ウムのような金属塩により容易に活性化され、 30 ℃ という極めて穏和な条件下で様々なアルデヒドやケトンに効率良くアルドール付加を起こすことを報告した (Eq. 5)10)。そこで、エステルのα位にもう一つジメチルシリル基を導入すれば、極めて適用範囲の広いアルケン化剤を開発できる

    のではないかと考え、研究を行った。その結果、α,α-ビス(ジメチルシリル)エステルを用いることで DMSO 中、30 ℃、無触媒という極めて穏和な条件下で、様々なアルデヒドから効率良くβ-置換-α,β-不飽和エステルを得ることができた (Eq. 6)。本アルケン化反応は芳香族アルデヒドだけでなく、α位に水素を有する脂肪族アルデヒドに対しても、脱プロトン化を起こすことなく効率

    良く進行し、合成化学的に極めて興味深い。以下、その詳細について報告する。

    R H

    OMe2HSi

    O

    OEt

    CaCl2 (1.0 eq.)

    DMF, 30 ºC R

    O

    OEt

    OH(5)

    O

    HR1R1

    OX

    R2OR3

    O

    X = H or SiHMe2

    - (Me2HSi)2OMe2HSi

    O

    OR3Me2HSi

    Me2HSi R2R1

    R2OR3

    O

    DMSO(6)

    R = aryl, alkyl, alkenyl

  • 19

    2 . 結果と考察 2.1. α,α-ビス(ジメチルシリル)エステルの合成 ビス(ジメチルシリル)酢酸エチル (1a) は、 LDA とジメチルクロロシランを用いるシリル化を二回行うことで、酢酸エチルから合成した。同様に 2,2-ビス(ジメチルシリル)プロパン酸エチル (1b) も中程度の収率で得ることができた (Eq. 7)。また、ジメチルフェニルシランから調製したジメチルシリルトリフラートを用いることで、酢酸エチルから一段階で 1a を合成できることもわかった (Eq. 8)。

    O

    OEtR1

    1) LDA

    2)Me2HSiCl

    1) LDA

    2)Me2HSiClOEt

    OMe2HSi

    R1OEt

    OMe2HSi

    Me2HSi R1(7)

    R1 = HR1 = Me

    60%91%

    1a,1b,

    41%43%

    O

    H3C OEtOEt

    OMe2HSi

    Me2HSi(8)

    Me2HSiOTf (2.0 eq.), Et3N (2.0 eq.)

    THF, –78 ºC to rt, 6 h

    1a, 65% 2.2. 反応条件の最適化 ジメチルシリルエノラートやα-(ジメチルシリル)エステルのアルドール反応に最も効果的であった N,N-ジメチルホルムアミド (DMF) を溶媒として用い、ビス(ジメチルシリル)エステル 1a とベンズアルデヒド (2a) との反応を行うことで、添加剤について検討した (Table 1)。反応温度は 30 ℃、添加剤として 1 当量の金属塩を用いて、反応時間は 6 時間とした。硫酸リチウムを添加剤とした場合、桂皮酸エチル (3aa) が収率 76% で得られた (Entry 1)。硫酸リチウム以外に塩化リチウム、炭酸リチウム、リチウムトリフラートを用いたところ、いずれも 3aa の収率が低下し、添加剤としては硫酸リチウムが最も適していることがわかった (Entries 2-4)。

    Table 1. Screening of Additives

    O

    HPh

    O

    OEtMe2HSi

    Me2HSi

    1a (1.2 eq.)2a

    O

    OEtPh

    3aa

    Additive (1.0 eq.)

    DMF, 30 ºC, 6 h

    Entry Additive Yield (%)a E : Zb

    1234

    Li2SO4LiClLi2CO3LiOTf

    76646666

    76 : 2470 : 3074 : 2671 : 29

    aIsolated yield. bDetermined by GC analysis.

  • 20

    添加剤を硫酸リチウムに固定し、次に溶媒について検討した (Table 2)。 DMF の場合と同様に、非プロトン性極性溶媒であるジメチルスルホキシド (DMSO) やジメチルイミダゾリジノン (DMI) を用いた場合も反応は進行し、 DMSO の場合は収率 67%、 DMI の場合は収率 62% で 3aa を与えた (Entries 2 and 3)。また、収率は DMF の場合と比べると若干低いが、反応は極めて高い E 選択性を示すことがわかった。他にもアセトニトリルやニトロメタン、テトラヒドロフラン (THF) について検討したが、反応はほとんど進行しなかった (Entries 4–6)。無溶媒条件下でも検討したが、やはり目的物は痕跡量であった (Entry 7)。

    Table 2. Screening of Solvents in the Presence of Li2SO4

    O

    HPh

    O

    OEtMe2HSi

    Me2HSi

    1a (1.2 eq.)2a

    O

    OEtPh

    3aa

    Li2SO4 (1.0 eq.)

    Solvent, 30 ºC, 6 h

    Entry Solvent Yield (%)a E : Zb

    1

    2

    3

    4

    DMF

    DMSO

    DMI

    CH3CN

    76

    67

    62

    trace

    76 : 24

    99 : 1

    96 : 4

    -

    Entry Solvent Yield (%)a E : Zb

    5

    6

    7

    CH3NO2THF

    neat

    trace

    trace

    trace

    -

    -

    -

    aIsolated yield. bDetermined by GC analysis. 合成反応としての有用性を高めるために、無触媒で反応が進行する溶媒を調べた (Table 3)。その結果、添加剤存在下では最も有効であった DMF を溶媒とした場合、アルケン化はほとんど進行しなかった (Entry 1)。この結果から、DMF を溶媒とした場合には、添加剤である硫酸リチウムが活性化剤として極めて有効に働いていることがわかる。一方、DMSO やヘキサメチルホスホンアミド (HMPA) を溶媒とした場合には、無触媒条件下においても極めて効率良くアルケン化が進行した (Entries 2 and 3)。特に、DMSO を用いた場合には、収率 98% とほぼ定量的に 3aa を与え、立体選択性も高いことがわかった。他にもアセトニトリルやニトロメタン、エーテル系溶媒、ヘキ

    サン、トルエン、ハロゲン系溶媒、無溶媒条件についても検討したが、いずれも目的物は痕跡量か 0% となった (Entries 4–11)。以上の結果から、溶媒としては DMSO が最も適していることがわかった。

  • 21

    Table 3. Screening of Solvents without Additive

    O

    HPh

    O

    OEtMe2HSi

    Me2HSi

    1a (1.2 eq.)2a

    O

    OEtPh

    3aa

    Solvent, 30 ºC, 1 h

    Entry Solvent Yield (%)a E : Zb

    1

    2

    3

    4

    DMF

    DMSO

    HMPA

    CH3CN

    trace

    98

    84

    trace

    -

    98 : 2

    95 : 5

    -

    Entry Solvent Yield (%)a E : Zb

    7

    8

    9

    Et2O

    hexane

    0

    0

    0

    -

    -

    -

    5

    6

    CH3NO2THF

    trace

    0

    -

    -

    10

    11

    CH2Cl2neat

    0

    trace

    -

    -

    toluene

    aIsolated yield. bDetermined by GC analysis. 溶媒として DMSO が最適であるという結果から、添加剤として少量の DMSO を用いる反応について検討した (Table 4)。ヘキサンを溶媒とした場合、1 当量の DMSOを用いてもアルケン化はあまり進行しなかった (Entries 1-3)。THF を溶媒とした場合には、DMSO 1 当量で効率良く反応が進行した (Entries 4–6)。無溶媒条件下においても、3aa を収率良く得るためには 1 当量の DMSO が必要である (Entries 7–9)。以上のように、DMSO を 1 当量まで減らしてもアルケン化は比較的効率良く進行するが、溶媒として用いた場合に比べて収率と立体選択性はともに低いという結果に

    なった。この結果を踏まえて、DMSO を溶媒とする無触媒条件を 1a による 2a のアルケン化の最適条件とした。

    Table 4. DMSO-Catalyzed Alkenation

    O

    HPh

    O

    OEtMe2HSi

    Me2HSi

    1a (1.2 eq.)2a

    O

    OEtPh

    3aa

    Solvent, 30 ºC, 24 h

    Entry Solvent Yield (%)a E : Zb

    1

    2

    3

    4

    hexane

    hexane

    hexane

    THF

    0

    trace

    43

    6

    -

    -

    90 : 10

    77 : 23

    Entry Solvent Yield (%)a E : Zb

    6

    7

    8

    THF

    neat

    77

    41

    42

    76 : 24

    80 : 20

    89 : 11

    5 THF 28 74 : 26

    9 neat 80 94 : 6

    neat

    DMSO (X eq.)

    X

    0.2

    0.5

    1.0

    0.2

    0.5

    1.0

    0.2

    0.5

    1.0

    X

    aIsolated yield. bDetermined by GC analysis.

  • 22

    2.3. 芳香族アルデヒドのアルケン化 DMSO 中、様々な芳香族アルデヒドと 1a の反応を行い、アルデヒドの適用範囲について検討した (Table 5)。電子供与基であるメチル基やメトキシ基を有する芳香族アルデヒドの場合、反応は 1 時間では完結しなかったが、長時間反応させることでα,β-不飽和エステル 3a を高収率で得ることができた (Entries 2 and 3)。アセトキシ基やジメチルアミノ基を有する芳香族アルデヒドでは、反応時間を延ばしても収率は中程度に止まった (Entries 4 and 5)。一方、電子求引基であるニトロ基やメトキシカルボニル基を有する芳香族アルデヒドとの反応は、良好な収率で 3a を与えた (Entries 7 and 9)。ただし、シアノ基やアセチル基を有する芳香族アルデヒドは反応性が若干低いことがわかった (Entries 6 and 8)。ハロゲンを有する芳香族アルデヒドとの反応では、良好な収率で 3a を得ることができた (Entries 10 and 11)。また、立体的に嵩高いナフトアルデヒドも良好な収率でアルケン化することができた (Entries 12 and 13)。芳香族アルデヒドとの反応はいずれも高い E 選択性を示した。

    Table 5. Alkenation of Aromatic Aldehydes with 1a

    O

    HAr

    O

    OEtMe2HSi

    Me2HSi

    1a (1.2 eq.)2

    O

    OEtAr

    3a

    DMSO, 30 ºC, Time

    Entry

    Yield (%)a E : Zb

    1

    2

    3

    4

    -

    90

    99

    63

    -

    96 : 4

    90 : 10

    93 : 7

    Ar

    Yield (%)a E : ZbConditions 1 Conditions 2

    Time (h) Time (h)

    5

    6

    7

    8

    9

    10

    C6H5

    4-Me-C6H4

    4-MeO-C6H4

    4-AcO-C6H4

    4-Me2N-C6H4

    4-NC-C6H4

    4-O2N-C6H4

    4-Ac-C6H4

    4-MeO2C-C6H4

    4-Cl-C6H4

    11 4-Br-C6H4

    2a

    2b

    2c

    2d

    2e

    2f

    2g

    2h

    2i

    2j

    2k

    1

    1

    1

    1

    1

    1

    1

    1

    1

    1

    1

    -

    4

    24

    24

    24

    24

    24

    24

    24

    24

    24

    98 98 : 2

    79 95 : 5

    42 93 : 7

    29 98 : 2

    26 99 : 1 59 99 : 1

    56 98 : 2 68 98 : 2

    69 97 : 3 85 98 : 2

    46 98 : 2 72 98 : 2

    72 97 : 3 80 98 : 2

    82 98 : 2 88 98 : 2

    47 95 : 5 89 97 : 3

    12

    13

    1-naphthyl

    2-naphthyl

    2l

    2m

    1

    1

    76 98 : 2 24 87 97 : 3

    81 99 : 1 24 89 99 : 1

    aIsolated yield. bDetermined by GC analysis.

  • 23

    2.4. 酸性官能基を有する芳香族アルデヒドのアルケン化 酸性官能基であるヒドロキシ基やカルボキシ基を有する芳香族アルデヒドと 1a との反応について検討した (Table 6)。これまでと同様に 1a を 1.2 当量用いて 1 時間反応を行ったが、4-ヒドロキシベンズアルデヒド (2n)、4-ホルミル安息香酸 (2o) のどちらの場合も 3a は低収率でしか得られなかった (Entries 1 and 7)。反応時間を 24 時間に延ばし、再度検討したが、収率を大きく改善することはできなかった (Entries 2 and 8)。2n との反応では、添加剤として硫酸リチウムを用いたが、効果的ではなかった (Entries 3 and 4)。ヒドロキシ基およびカルボキシ基との反応により 1a が消費される可能性を考慮し、1a の使用量を 2.4 当量に増やして反応を行った (Entries 5, 6, 9, and 10)。その結果、長時間の反応により高収率で 3an、3ao を得ることができた。

    Table 6. Alkenation of Acidic Aromatic Aldehydes with 1a

    O

    HAr

    O

    OEtMe2HSi

    Me2HSi

    1a (X eq.)2

    O

    OEtAr

    3a

    DMSO, 30 ºC, Time

    Entry Yield (%)a E : Zb

    1

    2

    3

    4

    Ar Time (h)

    5

    6

    7

    4-HO-C6H4

    4-HO2C-C6H4

    2n

    2o

    1

    24

    1

    24

    1

    24

    1

    32 94 : 6

    40 83 : 17

    38 92 : 8

    48 80 : 20

    29 94 : 6

    89 96 : 4

    20 98 : 2

    Additive (1.0 eq.)

    Additive

    none

    X

    1.2

    1.2 none

    1.2

    1.2

    Li2SO4

    Li2SO4

    8

    9

    10

    1.2

    2.4

    2.4

    26

    33

    88

    none 24 86 : 14

    none 1 80 : 20

    none 24 57 : 43

    2.4

    2.4

    1.2

    none

    none

    none

    aIsolated yield. bDetermined by 1H NMR. 2.5. 脂肪族アルデヒドのアルケン化 脂肪族アルデヒドのアルケン化について検討した (Table 7)。ノナナール (2p) と 1a の反応は、1 時間では完結せず、24 時間反応させることで 3ap をほぼ定量的に得ることができた (Entry 1)。3-フェニルプロパナール (2q) との反応は 1 時間で効率良く進行し、反応時間を延ばすことで収率を改善することができた (Entry 2)。2-エチルブタナール (2r) の反応は遅く、 1 時間では低収

  • 24

    率となったが、 24 時間では収率良く 3ar を与えた (Entry 3)。シクロヘキサンカルバルデヒド (2s) の反応は 2r に比べて速く、1 時間では中程度の収率で 3as を与え、反応時間を延ばすことで収率の向上が見られた (Entry 4)。Table 5 および Table 7 の結果からわかるように、脂肪族アルデヒドは芳香族アルデヒドに比べ E 選択性が低くなる傾向にある。また、反応時間による立体選択性の変化が著しいこともわかった。

    Table 7. Alkenation of Aliphatic Aldehydes with 1a

    O

    HR

    O

    OEtMe2HSi

    Me2HSi

    1a (1.2 eq.)2

    O

    OEtR

    3a

    DMSO, 30 ºC, Time

    Entry

    Yield (%)a E : Zb

    1

    2

    3

    4

    97

    83

    81

    79

    92 : 8

    88 : 12

    76 : 24

    91 : 9

    R

    Yield (%)a E : Zb

    Conditions 1 Conditions 2

    Time (h) Time (h)

    n-C8H17PhCH2CH2Et2CH

    c-C6H11

    2p

    2q

    2r

    2s

    1

    1

    1

    1

    24

    24

    24

    24

    37 94 : 6

    74 94 : 6

    35 97 : 3

    53 99 : 1aIsolated yield. bDetermined by 1H NMR.

    2.6. α,β-不飽和アルデヒドのアルケン化 α,β-不飽和アルデヒドである (E)-桂皮アルデヒド (2t) と (E)-2-ヘキセナール (2u) のアルケン化について検討したところ、2t との反応は極めて効率良く進行し、良好な収率で 3at を与えた (Eq. 9)。その際、共役付加した生成物は得られず、カルボニル炭素への付加が選択的に進行した。一方、2u の反応は途中で停止し、長時間かけても 3au の収率は中程度に止まった。この場合も共役付加は確認されなかった。

    O

    H

    O

    OEtMe2HSi

    Me2HSi

    1a (1.2 eq.)2t,2u,

    O

    OEt

    3at or 3au

    DMSO, 30 ºC, Time(9)

    R R

    2t, 1 h:2t, 24 h:

    85%,90%,

    2E : 2Z * 77 : 2375 : 25

    2u, 1 h:2u, 24 h:

    38%,58%,

    2E : 2Z * 89 : 1184 : 16

    R = PhR = Pr

    *Determined by 1H NMR.

  • 25

    2.7. フェニルアセトアルデヒドのアルケン化 エノール化が起こりやすいフェニルアセトアルデヒド (2v) と 1a の反応について検討した (Table 8)。DMSO 中、30 ℃、無触媒で 1 時間反応させたところ、収率 60% で 3av を得ることができた (Entry 1)。反応温度を 60 ℃ に上げた場合には収率が低下した (Entry 2)。反応温度を 30 ℃ に固定し、反応時間について検討したところ、反応時間を長くするほど収率が低下した (Entries 3–5)。添加剤として硫酸リチウムを用いた場合、 1 時間では 3av を与えたが、24 時間反応させると 3av の異性化により、β,γ-不飽和エステルが生成し、3av の収率が低下した (Entries 6 and 7)。添加剤として塩化カルシウムを用いた場合、収率と立体選択性がともに著しく低下した (Entries 8 and 9)。臭化リチウムを添加剤とした場合も、収率の改善は見られず、立体選択性が低下した (Entry 10)。溶媒を DMF に変えると、アルケン化は進行したが、無触媒では低収率となった (Entry 11)。硫酸リチウムを添加することで中程度の収率で 3av を得ることができた (Entry 12)。塩化カルシウムの添加は DMSO 中では効果がなかったが、DMF 中では極めて効率良く反応を促進し、立体選択性は低いが、高収率で 3av を与えた (Entry 13)。

    Table 8. Alkenation of Phenylacetaldehyde with 1a

    O

    H

    O

    OEtMe2HSi

    Me2HSi

    1a (1.2 eq.)2v

    O

    OEt

    3av

    Solvent, Temp., Time

    Entry Yield (%)a E : Zb

    1

    2

    3

    4

    Solvent Time (h)

    5

    6

    7

    1

    1

    2

    3

    24

    1

    24

    60 (50)c 99 : 1 (96 : 4)

    26 95 : 5

    45 97 : 3

    41 98 : 2

    16 99 : 1

    51 99 : 1

    trace -

    Additive (1.0 eq.)

    Additive

    none

    none

    none

    none

    8

    9

    10

    38

    14

    56

    1 50 : 50

    24 99 : 1

    1 77 : 23

    Ph Ph

    DMSO

    DMSO

    DMSO

    DMSO

    DMSO

    DMSO

    none

    Li2SO4

    Temp. (ºC)

    30

    60

    30

    30

    30

    Li2SO4DMSO

    30

    30

    DMSO

    DMSO

    CaCl2

    CaCl2

    30

    30

    DMSO LiBr 30

    11

    12

    13

    16

    52

    91

    1 99 : 1

    1 99 : 1

    1 49 : 51

    none

    Li2SO4

    30

    30

    DMF CaCl2 30

    DMF

    DMF

    aIsolated yield. bDetermined by 1H NMR. cWith 1a (2.4 eq.).

  • 26

    2.8. 光学活性アルデヒドのアルケン化 光学活性なグリセルアルデヒド誘導体 2w と 1a の反応について検討したところ (Table 9)、低収率ながらアルケン化は進行し、高い E 選択性でα,β-不飽和エステル 3aw を与えた (Entry 1)。硫酸リチウムを加えることで少しだけ収率を改善できた (Entry 2)。また、 1a の使用量を 2.4 当量にすることで中程度の収率で 3aw を得ることができた (Entry 3)。塩化カルシウムを添加した場合には、低収率となった (Entry 4)。いずれの場合も出発のアルデヒドと同じエナンチオマー比 (R : S = 85 : 15) で 3aw が生成していたことから、本反応においてα位のエピマー化は起こらないことがわかった。

    O

    HO

    OEtMe2HSi

    Me2HSi

    1a (X eq.)2w (R : S = 85 : 15)

    O

    OEt

    3aw

    DMSO, 30 ºC, 24 hO

    OO

    O

    Additive (1.0 eq.)

    Table 9. Alkenation of Optically Active Aldehyde with 1a

    Entry Yield (%)a E : Zb

    1

    2

    3

    98 : 2

    48 98 : 2

    57 98 : 2

    Additive

    none

    Li2SO4

    X R : Sb

    85 : 15

    84 : 16

    85 : 15

    Li2SO4

    1.2

    1.2

    2.4

    42

    4 35 98 : 2CaCl2 85 : 151.2aIsolated yield. bDetermined by GC analysis.

    2.9. ジアルデヒドの二重アルケン化 フタルアルデヒド (2x) とテレフタルアルデヒド (2y) を用いて、両方のホルミル基のアルケン化 (二重アルケン化) が一度に進行するか検討した。 2x と 1a との反応は長時間を必要とするが、二つのホルミル基がアルケン化された生成物 3ax が良好な収率で得られた (Eq. 10)。テレフタルアルデヒド (2y) の反応も良好な収率で二重アルケン化体 3ay を与えた。さらに、硫酸リチウムの添加により収率が向上し、高収率で 3ay を得ることに成功した (Eq. 11)。

    O

    OEtMe2HSi

    Me2HSi

    1a (2.4 eq.)2x 3ax

    DMSO, 30 ºC, 24 hH

    O

    H

    O

    OEt

    O

    OEt

    O

    (10)

    78%, EE : EZ *

    90 : 10*Determined by 1H NMR.

  • 27

    H

    O

    H

    O

    O

    OEtMe2HSi

    Me2HSiDMSO, 30 ºC, 24 h

    Additive (1.0 eq.)

    EtO

    O

    OEt

    O

    2y 3ay1a (2.4 eq.)

    Without additive:With Li2SO4:

    71%,81%,

    (11)

    95 : 593 : 7

    EE : EZ*

    *Determined by 1H NMR.

    2.10. 水存在下でのアルケン化 以前の研究成果から、ジメチルシリルエノラートは水溶媒中でも効率良くアルデヒドに付加する

    ことがわかっている。そのため、1a も水存在下でカルボニル基に付加し、アルデヒドをアルケン化できるのではないかと考え、検討した (Eq. 12)。DMSO にジメトキシアセトアルデヒド (2z) の水溶液を加え、 1a によるアルケン化を試みたが、目的物を得ることはできなかった。そこで、NMR 実験により、重 DMSO 中において 1a が分解するかどうか調べた。その結果、1a は重DMSO 中のわずかな水により分解し、酢酸エチルになることが確認された。従って、1a が水によって分解され、酢酸エチルになったためにアルケン化が進行しなかったと考えられる。

    O

    H

    O

    OEtMe2HSi

    Me2HSi

    1a (1.2 eq.)2z

    O

    OEt

    3az

    DMSO, 30 ºC, 24 h

    Additive (1.0 eq.)MeO

    MeO

    MeO

    MeO

    Without additive:With Li2SO4:

    Not observed.Not observed.

    (12)

    60 wt% aq. solution

    フェニルグリオキサール水和物 2a´ のアルケン化についても検討したが、無触媒条件下、あるいは添加剤として、硫酸リチウム、塩化カルシウム、または塩化リチウムを用いた場合においても、

    いずれも目的物を得ることはできなかった (Eq. 13)。

    O

    OEtMe2HSi

    Me2HSi

    1a (1.2 eq.)2a' 3aa'

    DMSO, 30 ºC, 24 h(13)

    Without additive: Not observed.

    • H2OPh

    OH

    OPh

    O

    O

    OEtAdditive (1.0 eq.)

    With Li2SO4, CaCl2 or LiCl: Not observed.

  • 28

    2.11. 反応機構 反応機構に関する知見を得るために、ビス(トリメチルシリル)エステル 1c を合成し、DMSO 中で 2a との反応を行った。しかし、1a を用いた場合とは異なり、アルケン化生成物 3aa はまったく生成しなかった (Eq. 14)。また、溶媒の検討の際に (Table 3)、THFやジエチルエーテル、ジクロロメタンなどの求核性の低い溶媒を用いた場合にも反応が進行しなかった。これらの結果から、

    本反応は、DMSO など求核性の高い溶媒により、ビス(ジメチルシリル)エステルが求核的に活性化されることによって進行していると考えられる。1c の場合はケイ素周りが立体的に込み合っており、DMSO による求核的活性化が起こり難いためにアルケン化が進行しなかったと推測できる。

    O

    HPh

    O

    OEtMe3Si

    Me3Si

    1c (1.2 eq.)2a

    O

    OEtPhDMSO, 30 ºC, 1 h

    Not observed.

    (14)

    以下に本反応の推定反応機構を示す (Scheme 5)。まず、 DMSO による求核的活性化により 1a から、一つのジメチルシリル基が脱離し、α-シリルカルバニオンが生成する。その後,アルデヒ

    ドへのアルドール付加を経て、syn-アルドラート A と anti-アルドラート B になる。これらの中間体から Peterson 脱離が進行すると考えると、分子内での酸素とケイ素の相互作用により syn 脱離が進行し、A からは (E)-アルケン、 B からは (Z)-アルケンが生成する。脱離したシロキシド (Me2HSiO-) は DMSO 上に移動したジメチルシリル基、あるいは、未反応の 1a のジメチルシリル基を求核攻撃してテトラメチルジシロキサンになる。エノラートイオンとアルデヒドのアルドー

    ル反応は、酸素原子間の電子的反発によりアンチペリプラナー型の遷移状態を経由することが提唱

    されている 11)。今回の反応では、 C または D のような遷移状態を経由すると考えられるが、 D はアルデヒドの置換基 R とエノラートのジメチルシリル基との間に立体反発があるためにエネルギー的に不利である。従って、主に C を経由して反応が進行するため、syn-アルドラート付加体 A を選択的に与える。その後、A が syn 脱離による Peterson 脱離を起こすと解釈することで、(E)-アルケンが主生成物として得られたことを説明できる。重 DMSO 中で 2a と 1a との反応を行い、NMR による中間体の観測を試みたが、アルドール付加体を確認することはできなかった。しかし、反応系中でテトラメチルジシロキサンが生成していることは確認できた。

  • 29

    O

    O

    OEtMe2HSi

    Me2HSi

    Me S Me

    OO

    OEtMe2HSiO

    OEt

    R

    O

    H

    O

    OEtR

    O

    SiHMe2

    O

    OEtR

    O

    SiHMe2

    R

    O

    OEt

    syn-elimination

    syn-elimination

    (E)-alkene

    (Z)-alkene

    OEt

    OR

    A

    B

    R

    HMe2HSi

    H

    Scheme 7

    O

    O H

    RMe2HSi

    H

    O

    OEt OEtA B

    C D

    Me2HSi-O-SMe2

    Me2HSiO

    Me2HSiO

    (Me2HSi)2O

    1a

    Me2HSi

    2.12. アセタールのアルケン化 アセタールを効率良くアルケン化することができれば、天然物合成などの際に脱保護を省くこと

    が可能となり、省エネルギー化の観点から魅力的である。そこで、環状アセタールである 2-フェニル-1,3-ジオキソラン (2b´) を用いて 1a との反応を検討した (Eq. 15)。まず、DMSO 中、無触媒で 24 時間反応させたが、 3aa を得ることはできなかった。添加剤として硫酸リチウム、塩化カルシウムを加えた場合も同様に反応はまったく進行しなかった。

    O

    OEtMe2HSi

    Me2HSi

    1a (1.2 eq.)

    O

    OEtPh

    3aa

    DMSO, 30 ºC, 24 h

    Additive (1.0 eq.)

    Ph O

    O(15)

    2b'Without additive: Not observed.With Li2SO4 or CaCl2: Not observed.

  • 30

    2.13. 2,2-ビス(ジメチルシリル)プロパン酸エチルを用いた三置換アルケンの合成 各種アルデヒドと 2,2-ビス(ジメチルシリル)プロパン酸エチル (1b) を反応させ、三置換アルケンの合成について検討した (Eq. 16)。ベンズアルデヒド (2a) と 1b の反応は、DMSO 中、無触媒で効率良く進行し、収率 81% でβ-置換-α,β-不飽和エステル 3ba を高立体選択的に与えた。硫酸リチウムを加えると、収率が若干向上した。

    O

    HPh

    O

    OEtMe2HSi

    Me2HSi

    1b (1.2 eq.)

    DMSO, 30 ºC, 1 h(16)

    Me

    Additive (1.0 eq.)Ph

    O

    OEtMe

    2a

    Without additive:With Li2SO4:

    E : Z*98 : 298 : 2

    81%,87%,

    3ba

    *Determined by 1H NMR.

    次に、ヘキサナール (2c´) あるいはシクロヘキサンカルバルデヒド (2s) を用いて 1b との反応について検討した (Eq. 17)。どちらの場合も無触媒でアルケン化は進行するが、収率は中程度に止まった。特に、 2c´ との反応は収率が 53% と低く、長時間反応させた場合でも 61% に止まった。添加剤として硫酸リチウムを用いることで収率は向上し、 3bc´ を収率 74% で得ることができた。2s との反応は、無触媒では中程度の収率であったが、硫酸リチウムの添加により反応は促進され、高収率で 3bs を与えた。いずれの反応も (E)-アルケンを主生成物として与えたが、立体選択性はベンズアルデヒドとのアルケン化に比べて低くなった。同様な傾向は 1a によるアルケン化の場合にも見られた (Table 7)。

    O

    HR 1b (1.2 eq.) (17)R

    O

    OEtMe

    Without additive:Without additive (24 h):With Li2SO4:

    E : Z*77 : 2377 : 2378 : 22

    53%,61%,74%,

    3b2

    Additive (1.0 eq.)

    R = n-C5H11 (2c')

    R = c-C6H11 (2s) Without additive:Without additive (24 h):With Li2SO4:

    63%,71%,85%,

    E : Z*82 : 1879 : 2181 : 19

    DMSO, 30 ºC, 1 h

    *Determined by isolated yield.

  • 31

    (E)-桂皮アルデヒド (2t) と 1b との反応は極めて効率良く位置選択的に進行し、収率 81% で1, 3-ジエン部位を有するエステル 3bt を与えた (Eq. 18)。反応時間を延ばすことで収率はさらに向上した。この反応では、添加剤による収率の変化はなかったが、塩化カルシウムを用いた場合に

    は立体選択性が低下するという傾向がみられた。

    O

    H1b (1.2 eq.) (18)

    O

    OEtMe

    3bt2t

    Additive (1.0 eq.)

    Ph

    Without additive:Without additive (24 h):With Li2SO4:With CaCl2:

    2E : 2Z*73 : 2773 : 2769 : 3155 : 45

    81%,89%,81%,84%,

    PhDMSO, 30 ºC, 1 h

    *Determined by isolated yield. 2.15. まとめ 本研究では、α,α-ビス(ジメチルシリル)エステルと各種アルデヒドの反応を利用し、二置換アルケンおよび三置換アルケンを効率的に合成することができた。本反応は様々なアルデヒドに適用

    可能であり、特に芳香族アルデヒドとの反応は高い E 選択性を示した。脂肪族アルデヒドとの反応では立体選択性の低下が見られたものの、α位に水素が存在してもアルケン化は高収率で進行し

    た。本反応はアルドール付加に続く、Peterson 脱離を経て進行していると考えられるが、反応機構については不明な点が多く、さらなる検討が必要である。

  • 32

    3.実験項 3.1. 分析機器 通常の蒸留の場合、沸点として蒸留装置の冷却管入口の蒸気温度を採用した。クーゲル蒸留は柴

    田理化 Glass Tube Oven GTO-250 RS を用いて、沸点としてオーブン内の温度 (bath temp.) を採用した。赤外吸収 (IR) スペクトルは日本分光 FT/IR-230 フーリエ変換赤外分光光度計、または Horiba FT 300Sを用いて測定した。核磁気共鳴 (1H NMR, 13C NMR) スペクトルは Bruker AVANCE 500、または JEOL JNM-EX270 により測定し、テトラメチルシラン (1H NMR, 0.00 ppm)、重クロロホルム (1H NMR, 7.26 ppm; 13C NMR, 77.0 ppm (中央のピーク))、重ベンゼン (1H NMR, 7.16 ppm; 13C NMR, 128.00 ppm (中央のピーク) を内部標準とした。質量分析スペクトルは島津 QP-5050を用いて測定した。分析ガスクロマトグラフは島津 GC-17A (パックトカラム: キャピラリーカラム DB-1、長さ 30.0 m、液層の膜厚 0.25 µm、内径 0.25 mmID、圧力 100kPa、線速度 32.5 cm / sec、スプリット比 15、カラム流量 1.40 ml / min、全流量 2.5 ml / min、N2)を用いた。エナンチオマー比は分析ガスクロマトグラフ島津 GC-17A (パックトカラム: Supelco, Beta DEX™ 120 キャピラリーカラム、長さ 60.0 m、液層の膜厚 0.25 µm、内径 0.25 mmID、 圧力 26.4 KPa、スプリット比 37.5 mL / min、カラム流量 1.4 mL / min ) を用いて測定した。元素分析は筑波大学化学系元素分析室に依頼した。 3.2. 試料 3.2.1. 溶媒 ジメチルスルホキシド (DMSO)、N,N-ジメチルホルムアミド (DMF)、アセトニトリル、ジクロロメタンは窒素雰囲気下、水素化カルシウムにより乾燥、蒸留したものを用いた。ニトロメタンは

    窒素雰囲気下、塩化カルシウムより乾燥、蒸留したものを用いた。ジエチルエーテル (Et2O)、テトラヒドロフラン (THF)、トルエンは窒素雰囲気下、ナトリウム-ベンゾフェノンケチルにより乾燥、蒸留したものを用いた。 3.2.2. 反応試薬 液体のアルデヒド、アセタールは、単蒸留 (減圧蒸留) したものを用い、固体のアルデヒドは減圧下において昇華精製したものを用いた。酢酸エチル、プロパン酸エチルは塩化カルシウムより乾

    燥、蒸留したものを用いた。金属塩は減圧乾燥したものを用いた。ジメチルクロロシラン、トリメ

    チルクロロシランは N,N-ジエチルアニリン存在下、蒸留したものを用いた。ジイソプロピルアミンは水素化ナトリウムにより乾燥、蒸留したものを用いた。その他の反応試薬に関しては、特に断

    らない限り、市販品をそのまま用いた。

  • 33

    3.3. 原料合成 ジメチルシリル酢酸エチル: [129505-18-6]12)

    O

    OEtMe2HSi

    窒素雰囲気下、反応容器に i-Pr2NH (15.4 mL, 110 mmol) と THF (100 mL) を加え、-78 ℃に冷却した後、n-ブチルリチウムヘキサン溶液 (2.6 M, 42.3 mL, 110 mmol) を 10 分かけて滴下し、そのまま 20 分撹拌した。次に、酢酸エチル (10.0 mL, 100 mmol) を 10 分かけて滴下し、そのままの温度で 2 時間撹拌した。最後にジメチルクロロシラン (12.7 mL, 115 mmol) を 20 分かけて滴下し、2 時間後に -78 ℃から室温まで自然昇温させながら、12 時間撹拌した。溶媒である THF とヘキサンを減圧蒸留により除去し、ペンタン (50 mL) を加え、その混合物をセライト濾過した。沈殿を除去した反応溶液を濃縮し、減圧蒸留により単離精製した。Bp 58 ºC (180 mmHg); IR (neat) 1669, 1253, 1205 cm-1; 1H NMR (270 MHz, CDCl3) δ 0.20 (d, J = 3.6 Hz, 6H), 1.23 (t, J = 6.9 Hz, 3H), 1.96 (d, J = 3.3 Hz, 2H), 4.06 (sept, d, J = 3.6, 3.3 Hz, 1H), 4.10 (q, J = 6.9 Hz, 2H); 13C NMR (68 MHz, CDCl3) δ –4.36, 14.09, 24.08, 59.91, 172.54; Anal. Calcd for C6H14O2Si: C, 49.53; H, 9.69%. Found: C, 49.27; H, 9.65%.

    ビス(ジメチルシリル)酢酸エチル (1a)

    O

    OEtMe2HSi

    Me2HSi

    ・ 二段階合成法 窒素雰囲気下、反応容器に i-Pr2NH (15.4 mL, 110 mmol) と THF (100 mL) を加え、–78 ℃ に冷却した後、n-ブチルリチウムヘキサン溶液 (2.6 M, 42.3 mL, 110 mmol) を 10 分かけて滴下し、そ のまま 20 分撹拌した。次に、ジメチルシリル酢酸エチル (14.6 g, 100 mmol) を 10 分かけて滴下し、そのままの温度で 2 時間撹拌した。最後にジメチルクロロシラン (12.7 mL, 115 mmol) を 20 分かけて滴下し、2 時間後に –78 ℃から室温まで自然昇温させながら、12 時間撹拌した。溶媒である THF とヘキサンを減圧蒸留により除去し、ペンタン (50 mL) を加え、その混合物をセライト濾過した。沈殿を除去した反応溶液を濃縮し、減圧蒸留により単離精製した。Bp. 35 ºC (1 mmHg); IR (neat) 2962, 1700, 1440, 1253 cm-1; 1H NMR (270 MHz, CDCl3) δ 0.19 (d, J = 2.6 Hz, 6H), 0.21 (d, J = 2.6 Hz, 6H), 1.24 (t, J = 6.9 Hz, 3H), 1.67 (t, J = 3.2 Hz, 1H), 4.00 (sept, J = 3.2 Hz, 2H), 4.09 (q, J = 6.9 Hz, 2H); 13C NMR (68 MHz, CDCl3) δ –4.14, –3.58, 14.46, 25.71, 60.00, 173.70; MS m/z (relative intensity) 203 (M+, 2), 189 (M+ –Me, 4), 59 (100); Anal. Calcd for C8H20O2Si2: C, 47.01; H, 9.86%. Found: C, 46.97; H, 9.56%.

    ・ 一段階合成法 窒素雰囲気下、反応容器にジメチルフェニルシラン (15.3 mL, 100 mmol) を入れ、–78 ℃に冷却した。その後、反応容器にトリフルオロメタンスルホン酸 (9.7 mL, 110 mmol) をゆっくりと加え、そのまま 1 時間撹拌しジメチルシリルトリフラートを調製した。別の反応容器に窒素雰囲気下で酢酸エチル (4.9 mL, 50 mmol) 、トリエチルアミン (15.3 mL, 110 mmol) および THF (100 mL) を

  • 34

    加え、–78 ℃ に冷却した。そこに、別の反応容器で調製しておいたジメチルシリルトリフラート (100 mmol) をゆっくりと加え、そのままの温度で 2 時間撹拌を続け、その後、室温まで自然昇温させた。室温で 3 時間撹拌した後、反応溶液を炭酸水素ナトリウム水溶液 (200 mL) で処理し、ヘキサン (200 mL) で素早く三回抽出操作を行った。抽出した有機溶液を硫酸ナトリウムで乾燥した後、濃縮し、減圧蒸留により単離精製した。 2, 2-ビス(ジメチルシリル)プロパン酸エチル (1b)

    O

    OEtMe2HSi

    Me2HSi Me

    ・一段階目(2-ジメチルシリルプロパン酸エチル: [207446-11-5]12)の合成) 窒素雰囲気下、反応容器に i-Pr2NH (15.4 mL, 110 mmol) と THF (100 mL) を加え、-78 ℃に冷却した後、n-ブチルリチウムヘキサン溶液 (2.6 M, 42.3 mL, 110 mmol) を 10 分かけて滴下し、そのまま 20 分撹拌した。次に、プロパン酸エチル (11.5 mL, 100 mmol) を 10 分かけて滴下し、そのままの温度で 2 時間撹拌した。最後にジメチルクロロシラン (12.7 mL, 115 mmol) を 20 分かけて滴下し、2 時間後に -78 ℃から室温まで自然昇温させながら、12 時間撹拌した。溶媒であるTHFとヘキサンを減圧蒸留により除去し、ペンタン (50 mL) を加え、その混合物をセライト濾過した。沈殿を除去した反応溶液を濃縮し、減圧蒸留により単離精製し、2-ジメチルシリルプロパン酸エチルを得た。Bp. 84 ºC (58 mmHg); IR (neat) 1722, 1316, 1253, 1184 cm-1; 1H NMR (270 MHz, CDCl3) δ 0.13 (d, J = 3.6 Hz, 3H), 0.15 (d, J = 3.6 Hz, 3H), 1.20 (d, J = 7.2 Hz, 3H), 1.23 (t, J = 6.9 Hz, 3H), 2.13 (qd, J = 7.2, 2.3 Hz, 1H), 3.90 (sept, d, J = 3.6, 2.3 Hz, 1H), 4.06 (dq, J = 10.2, 6.9 Hz, 1H); 13C NMR (68 MHz, CDCl3) δ –5.91, –5.38, 11.23, 14.44, 28.10, 59.83, 175.81; MS m/z (relative intensity) 159 (M+–1, 0.5), 75 (100); Anal. Calcd for C7H16O2Si: C, 52.45; H, 10.06%. Found: C, 52.45; H, 10.36%. ・二段階目 窒素雰囲気下、反応容器に i-Pr2NH (15.4 mL, 110 mmol) と THF (100 mL) を加え、-78 ℃に冷却した後、n-ブチルリチウムヘキサン溶液 (2.6 M, 42.3 mL, 110 mmol) を 10 分かけて滴下し、そのまま 20 分撹拌した。次に、合成した 2-ジメチルシリルプロパン酸エチル (16.0 g, 100 mmol) を 10 分かけて滴下し、そのままの温度で 2 時間撹拌した。最後にジメチルクロロシラン (12.7 mL, 115 mmol) を 20 分かけて滴下し、2 時間後に -78 ℃から室温まで自然昇温させながら、12 時間撹拌した。溶媒である THFとヘキサンを減圧蒸留により除去し、ペンタン (50 mL) を加え、その混合物をセライト濾過した。沈殿を除去した反応溶液を濃縮し、減圧蒸留により単離精製した。Bp. 68 ºC (7.8 mmHg); IR (neat) 2960, 1710, 1463, 1253 cm-1; 1H NMR (500 MHz, CDCl3) δ 0.13 (d, J = 3.7 Hz, 6H), 0.17 (d, J = 3.7 Hz, 6H), 1.23 (s, 3H), 1.24 (t, J = 7.1 Hz, 3H), 3.98 (sept, J = 3.6 Hz, 2H), 4.01 (q, J = 7.1 Hz, 2H); 13C NMR (68 MHz, CDCl3) δ –5.56, –4.81, 14.09, 14.55, 25.26, 59.91, 175.14; MS m/z (relative intensity) 217 (M+, 1), 189 (M+, 2) 133 (100); Anal. Calcd for C9H22O2Si2: C, 49.49; H, 10.15%. Found: C, 49.27; H, 9.97%.

  • 35

    ビス(トリメチルシリル)酢酸エチル (1c): [65946-55-6]13) O

    OEtMe3Si

    Me3Si

    窒素雰囲気下、反応容器に酢酸エチル (4.9 mL, 50 mmol) とトリエチルアミン (13.9 mL, 100 mmol) 、THF (100 mL) を加え、–78 ℃ に冷却した後、トリメチルシリルトリフラート (18.1 mL, 100 mmol) をゆっくりと加え、そのまま 2 時間撹拌した。その後、室温まで自然昇温させ、室温で 3 時間撹拌を続けた後、反応溶液を炭酸水素ナトリウム水溶液 (100 mL) で処理し、ヘキサン (100 mL) で素早く三回抽出操作を行った。抽出した有機溶液を硫酸ナトリウムで乾燥した後、濃縮し、減圧蒸留により単離精製した。IR (neat) 2956, 1698, 1446, 1251 cm-1; 1H NMR (270 MHz, C6D6) δ 0.78 (s, 18 H), 1.04 (t, J = 2.3 Hz, 3H), 1.68 (s, 1H), 4.03 (q, J = 5.1 Hz, 2H); 13C NMR (68 MHz, C6D6) δ –0.42, 14.27, 30.69, 59.27, 179.58; MS m/z (relative intensity) 217 (M+–Me, 15), 73 (SiMe3, 100); Anal. Calcd for C10H24O2Si2: C, 51.67; H, 10.41%. Found: C, 51.86; H, 10.22%. 3.4. 本反応 α,α-ビス(ジメチルシリル)エステル 1 を利用するアルデヒドのアルケン化反応 (一般的操作) ・ 無触媒条件 窒素雰囲気下、反応容器に DMSO (1 mL) を加え、30 ℃ で加熱撹拌した。その後、反応容器にアルデヒド (0.5 mmol) とα,α-ビスシリルエステル 1 (0.6 mmol) を加え、そのまま 30 ℃ で設定時間撹拌した。反応終了後、反応溶液に水 (10 mL) を加え、5 分間撹拌した後、酢酸エチル (10 mL) で三回抽出した。抽出した有機溶液を硫酸ナトリウムで乾燥した。乾燥した溶液を濃縮後、シリカ

    ゲルカラムクロマトグラフィー (ヘキサン–酢酸エチル系、ペンタン–ジエチルエーテル系) により目的生成物を単離し、収率を求めた。 ・ 触媒存在下 窒素雰囲気下、反応容器に金属塩 (0.5 mmol) と DMSO (1 mL) を加え、30 ℃ で加熱撹拌した。そのまま、5 分間撹拌を続け、金属塩を溶解させた。その後、反応容器にアルデヒド (0.5 mmol) とα,α-ビスシリルエステル 1 (0.6 mmol) を加え、そのまま 30 ℃ で設定時間撹拌した。反応終了後、反応溶液に水 (10 mL) を加え、5 分間撹拌した後、酢酸エチル (10 mL) で三回抽出した。抽出した有機溶液を硫酸ナトリウムで乾燥した。乾燥した溶液を濃縮後、シリカゲルカラムクロマト

    グラフィー (ヘキサン–酢酸エチル系) により目的生成物を単離し、収率を求めた。

  • 36

    (E)-3-フェニル-2-プロペン酸エチル (3aa): [4192-77-2]14)

    O

    OEtPh

    1H NMR (500 MHz, CDCl3) δ 1.34 (t, J = 7.1 Hz, 3H), 4.27 (q, J = 7.1 Hz, 2H), 6.44 (d, J = 16.0 Hz, 1H), 7.37–7.41 (m, 3H), 7.51–7.55 (m, 2H), 7.69 (d, J = 16.0 Hz, 1H); 13C NMR (68 MHz, CDCl3) δ 14.25, 60.42, 118.18, 127.96, 128.79, 129.61, 134.36, 144.51, 166.91; MS m/z (relative intensity) 176.15 (M+, 42), 148.20 (M+ –Et, 22), 131.15 (M+ –OEt, 100); Anal. Calcd for C11H12O2: C, 74.98; H, 6.86%. Found: C, 74.68; H, 7.13%. (E)-3-(4-メチルフェニル)-2-プロペン酸エチル (3ab): [24393-49-5]15)

    O

    OEt

    Me

    1H NMR (500 MHz, CDCl3) δ 1.34 (t, J = 7.1 Hz, 3H), 2.37 (s, 3H), 4.26 (q, J = 7.1 Hz, 2H), 6.39 (d, J = 16.0 Hz, 1H), 7.19 (d, J = 8.1 Hz, 2H), 7.42 (d, J = 8.1Hz, 2H), 7.66 (d, J = 16.0 Hz, 1H); 13C NMR (68 MHz, CDCl3) δ 14.24, 21.34, 60.28, 117.05, 127.94, 129.15, 131.62, 140.49, 144.48, 167.08; MS m/z (relative intensity) 190 (M+, 79), 145 (M+ –OEt, 100). (E)-3-(4-メトキシフェニル)-2-プロペン酸エチル (3ac): [24393-56-4]16)

    O

    OEt

    MeO

    1H NMR (270 MHz, CDCl3) δ 1.33 (t, J = 7.1 Hz, 3H), 3.83 (s, 3H), 4.25 (q, J = 7.1 Hz, 2H), 6.30 (d, J = 16.1 Hz, 1H), 6.87–6.93 (m, 2H), 7.45–7.50 (m, 2H), 7.66 (d, J = 16.1 Hz, 1H); 13C NMR (68 MHz, CDCl3) δ 14.27, 55.26, 60.24, 114.21, 115.63, 127.08, 139.60, 144.17, 161.23, 167.27; MS m/z (relative intensity) 206 (M+, 100), 191 (M+ –Me, 2), 161 (M+ –OEt, 89). (E)-3-(4-アセトキシフェニル)-2-プロペン酸エチル (3ad): [383429-26-3]15a)

    O

    OEt

    AcO

    1H NMR (270 MHz, CDCl3) δ 1.34 (t, J = 7.1 Hz, 3H), 2.31 (s, 3H), 4.26 (q, J = 7.1 Hz, 2H), 6.39 (d, J = 16.0 Hz, 1H), 7.07–7.17 (m, 2H), 7.48–7.59 (m, 2H), 7.66 (d, J = 16.0 Hz, 1H); 13C NMR (68 MHz, CDCl3) δ 14.30, 21.12, 60.55, 118.45, 122.10, 129.15, 132.20, 143.42, 152.01, 166.85, 169.12.

  • 37

    (E)-3-(4-N,N-ジメチルアミノフェニル)-2-プロペン酸エチル (3ae): [39806-13-8]17)

    O

    OEt

    Me2N

    1H NMR (270 MHz, CDCl3) δ 1.33 (t, J = 7.1 Hz, 3H), 3.02 (s, 6H), 4.24 (q, J = 7.1 Hz, 2H), 6.22 (d, J = 15.8 Hz, 1H), 6.62–6.71 (m, 2H), 7.38–7.47 (m, 2H), 7.62 (d, J = 15.8 Hz, 1H); ); 13C NMR (128 MHz, CDCl3) δ 14.42, 40.22, 60.13, 111.93, 112.74, 122.44, 129.76, 145.11, 151.85, 167.95. (E)-3-(4-シアノフェニル)-2-プロペン酸エチル (3af): [62174-99-6]18)

    O

    OEt