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日皮会誌:90 (5),397-403, 1980 (昭55) 慢性枇素中毒症に合併したBowen病ならびに 枇素角化症の電顕的観察 犬山 勝郎* 貢原 宏始** 浜田 尚徳*** 慢ト生枇素中毒症に合併したBoxへren病と炭素角化症に っき光顕的,電顕的観察を行なった.自験例は,57歳男 性.23歳時梅毒に罹患,炭素剤の注射を受けた.2年前 より下口唇に腫瘤形成,また1年前から頚部に色素斑が 出現,臨床所見,組織所見から慢性枇素中毒症に生じた 枇素角化症とBowen病と診断,手術時に採取した口唇 腫瘤訊腫瘤辺縁口唇部および頚部色素斑部を材料とし た.光顕所見では多数の空胞細胞を認め,電顕所見でも 3病変部に多くのnuclear body が認められ,また電子 密度の高い放射状の核内封人体が観察され,戒素との関 連比を推測した. はじめに 医薬品・農薬・食品および鉱山などで枇素に接触した 場合,比較的長期間経てから,しばしば悪性腫瘍を発生 することはよく知られている八その発症機序はまだ解 明されていない.慢性枇素中毒症の皮膚病変を電顕的に 観察した報告は少なく, Kar'asek"がKeratosis Arseni- calsにみられた種々のnuclear bodyを報告,また小 野2)が慢性枇素中毒症の良性角化症につき検討し,有錬 細胞の核内にnuclear body と区別される電子密度の高 いコソペート様の核内封人体を報告している.今回我々 は慢性枇素中毒症に合併したBowen病,附素角化症の 腫瘍細胞核内にこれまで文献に記載のなト電子密度の高 い放射状の核内封人体を観察したので考察を加え報告す 一一一一一一 *熊本大学医学部皮膚科教室(主任 授) =・=・・・・・--・・■ 荒尾龍喜教 **熊本赤十字病院皮膚科(部長 桑原宏始) ***大分市開業 Katsuro Ohyama, Hiroshi Kuwahara and Masanori Hamada : Electron Microscopic observations of Bowen's Disease and arsenical keratosis Associated with Chronic Arsenism 昭和54年9月6口受理 別刷請求先:(〒8印)熊本市本荘1-1-t 本大学医学部皮膚科学教室 大山 勝郎 図1 下口属腫瘤 図2 赤褐色扁石隆起した頚部色素斑 る. 症例および観察方法 57歳男性.23歳時梅毒に罵弘 砥素剤(606号)の注 射を3ヵ月間受けた.2年前より下口唇に腫瘤を形成 (図1),腫瘤は次第に増大してきた.入院時検査所見 では梅毒血清反応が陽性であるが,その他の検査は正常 である.頚部色素斑部(図2)を含めてこれらを全摘し た.摘除した試料を2分割し,1つは光顕刑に10%ホル マリン固定, HE, PAS, Masson-Zimmerman染色等を行 ない,他方は電顕用として2%オスミウム液に2時間固 定.型のごとくエタノール系列で脱水Epon 812に包 埋.試料はPorter-Blum型超ミクgドームで超薄切片 作成後,酢酸ウラニル・クェソ酸鉛で二重染色し,目立 11-A型および目立H-300型電子顕微鏡で観察,写真撮

慢性枇素中毒症に合併したBowen病ならびに 枇素角化症の電顕的 …drmtl.org/data/090050397.pdf · 明されていない.慢性枇素中毒症の皮膚病変を電顕的に

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日皮会誌:90 (5),397-403, 1980 (昭55)

慢性枇素中毒症に合併したBowen病ならびに

     枇素角化症の電顕的観察

犬山 勝郎* 貢原 宏始** 浜田 尚徳***

           要  旨

 慢ト生枇素中毒症に合併したBoxへren病と炭素角化症に

っき光顕的,電顕的観察を行なった.自験例は,57歳男

性.23歳時梅毒に罹患,炭素剤の注射を受けた.2年前

より下口唇に腫瘤形成,また1年前から頚部に色素斑が

出現,臨床所見,組織所見から慢性枇素中毒症に生じた

枇素角化症とBowen病と診断,手術時に採取した口唇

腫瘤訊腫瘤辺縁口唇部および頚部色素斑部を材料とし

た.光顕所見では多数の空胞細胞を認め,電顕所見でも

3病変部に多くのnuclear body が認められ,また電子

密度の高い放射状の核内封人体が観察され,戒素との関

連比を推測した.

           はじめに

 医薬品・農薬・食品および鉱山などで枇素に接触した

場合,比較的長期間経てから,しばしば悪性腫瘍を発生

することはよく知られている八その発症機序はまだ解

明されていない.慢性枇素中毒症の皮膚病変を電顕的に

観察した報告は少なく, Kar'asek"がKeratosis Arseni-

calsにみられた種々のnuclear bodyを報告,また小

野2)が慢性枇素中毒症の良性角化症につき検討し,有錬

細胞の核内にnuclear body と区別される電子密度の高

いコソペート様の核内封人体を報告している.今回我々

は慢性枇素中毒症に合併したBowen病,附素角化症の

腫瘍細胞核内にこれまで文献に記載のなト電子密度の高

い放射状の核内封人体を観察したので考察を加え報告す一 一 一 一 一 一

*熊本大学医学部皮膚科教室(主任

 授)

=・=・・・・・--・・■

荒尾龍喜教

 **熊本赤十字病院皮膚科(部長 桑原宏始)

***大分市開業

Katsuro Ohyama, Hiroshi Kuwahara and Masanori

 Hamada : Electron Microscopic observations of

 Bowen's Disease and arsenical keratosis Associated

 with Chronic Arsenism

昭和54年9月6口受理

別刷請求先:(〒8印)熊本市本荘1-1-t 熊

 本大学医学部皮膚科学教室 大山 勝郎

図1 下口属腫瘤

    図2 赤褐色扁石隆起した頚部色素斑

る.

        症例および観察方法

 57歳男性.23歳時梅毒に罵弘 砥素剤(606号)の注

射を3ヵ月間受けた.2年前より下口唇に腫瘤を形成

 (図1),腫瘤は次第に増大してきた.入院時検査所見

では梅毒血清反応が陽性であるが,その他の検査は正常

である.頚部色素斑部(図2)を含めてこれらを全摘し

た.摘除した試料を2分割し,1つは光顕刑に10%ホル

マリン固定, HE, PAS, Masson-Zimmerman染色等を行

ない,他方は電顕用として2%オスミウム液に2時間固

定.型のごとくエタノール系列で脱水Epon 812に包

埋.試料はPorter-Blum型超ミクgドームで超薄切片

作成後,酢酸ウラニル・クェソ酸鉛で二重染色し,目立

11-A型および目立H-300型電子顕微鏡で観察,写真撮

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398 大山 勝郎ほか

図3 下口辱腫瘤部.細胞は大小不同,角化傾向が

 強く,深部に浸潤しているが,基底膜は保たれて

 いる.

図5 頚部色素斑部.表皮肥厚を示し.細胞配列は

 乱れている.空胞細胞,異常角化細胞も散見され

 る.

影を行った.

           観察成績

 A. 光顕的観察:① 口唇腫瘤部(図3).腫瘤周辺

から表皮は乳頭状に増殖するが,中心部は潰瘍を形成,

腫瘤を形成する細胞は異常角化細胞,空胞細胞および有

縁細胞様細胞などより成り,一部に異型性を示し,真皮

深層へ浸潤増殖する.腫瘍実質周辺にはリンパ球,組織

球などが浸潤,毛細血管拡張が著明である.以上腫瘍細

胞の性格から有休細胞癌も疑われるが,異型性が少ない

点より乳頭状を呈する砥素角化症と診断した.

 ② 口唇の腫瘤辺縁赤褐色浸潤部(図4).角質増殖,

不全角化,有休細胞の配列不整が見られる.全層にわ

たって正常細胞より大型の細胞質が空胞状となった細胞

が多数認められ,それらの細胞核の多くは異常所見を呈

 図4 腫瘤辺縁赤褐色口后部.空胞細胞が目立つ.

する.すなわち著明に濃染するものから,核の変性,崩

壊,消失を来したものまで多様の所見を呈するが,しか

し明らかな浸潤性増殖所見を認めず,枇素角化症と診断

した.

 ③ 頚部色素斑(図5).著明な角質増殖,不全角化,

表皮肥厚,乳頭状増殖を示し,細胞配列は著明に不整化

する.これらの細胞は色質に富む核の大きい異型性著明

な細胞からなり,唐素角化症部位に見られた空胞細胞が

多数見られる.これらに混じてclumping cell,異常角

化細胞が散見され,本病変は既素角化症との密接な関連

が推測されるBowen病である.

 B. 電顕的観察:① 口唇腫瘤部.この部には2種の

細胞群が観察され,その1つは細胞間隙が闘犬し,微細

絨毛に富みdesmosomeが所々に見られ細胞質内に脂質

順粒を含有細胞群(図6)と,他の1つは細胞が密着し

desmosome-tonofilament complex に富んだ細胞群であ

る(図7).前者の細胞核は大きく,核は長楕円形ある

いは不整形で核・原形質比は大,核小体は顕著で網状構

造を呈し,核内には限界膜に囲まれた楕円形のnuclear

body 3個を認める.さらに注目すべきことはnuclear

bodyより電子密度が高く,大きさ約0.3μの放射状を

呈する核内封人体を認めることである(図8).

 細胞内器官として糸粒体は比較的多く,糸粒体㈲の明

瞭なもの,あるいは膨化,空胞化なども観察された.粗

面小胞体も散見できたが特に著変はなく,また原形質内

に多数のpolysomeを認め, Golgi装置は極めて発育不

良,その他細胞質内に脂肪滴が散見された.

 ② 口唇の腫瘤辺縁赤褐色浸潤部.細胞間には完全な

 desmosome-tonofilament complex を認め,核は一般

に長楕円形を呈し,不整形のものは少なく,核小体は

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慢性枇素中毒症の電顕的観察

図6 下口唇腫瘤部nuclear body(NB)と電子密度の高い放射状の核内封入体(・・)を認める.

 ×4,500.L : Lipid, BL : Basal lamina

図7 下口計腫瘤部.細胞はお互いに密着している.×5,400.核内封入体(↓).N:核

399

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400 大山 勝郎ほか

図8 下目唇腫瘤部.核は大きく,不整形である.3個の放射状核内封入体(↑)が見られる.右上

 (b)はその拡大像(j4).(a)×9,㈲0.(b)×54,000.

図9 頚部色素斑部の異常角化細胞.細胞質内は凝集あるいは渦巻状に交錯する張原線維束で占めら

 れる.×4,800.

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慢性枇素中毒症の電顕的観察

Bowen病細胞,有縁細胞癌細胞に比して著明でないも

のが多い.しかし表皮基底細胞の核内に腫瘤部細胞核内

に見られたと同様の高電子密度の放射状構造を呈する封

人体を認めた.細胞内小器官として糸粒体の豊富なこと

が印象的であり,他の器官に著変は見られなかった.

 ③ 頚部色素斑.細胞間隙は非常に狭く,微細絨毛は

極めて少ない.核の大多数は長楕円形を呈するが,一部

に多核に見え,あるいは不整形を呈する巨大な核が観察

される.核小体は一般に顕著で,核内には上述した同様

の高電子密度の放射状を呈する封人体が散見された.

細胞内器官として多数の糸粒体が目立ち,その大部分に

intramitochondrialgranules が見られ,糸粒体の変性は

殆ど見られない.細胞内は比較的グリコーゲンに富み,

張原繊維はよく発育する. Bowen病に典型的な異常角化

細胞も観察され(図9),その細胞は隣接するkeratino-

cyteの約2倍大で,所々に小さなdesmosomeが見られ

る. desmosome-tonofllament complex は張原線維に無

関係に存在する部位があり,細胞内の大部分は張原線維

束で占められ,それらは凝集し,渦巻状に交錯する.核

は辺縁に圧排され,核膜は不明瞭化する.細胞内器官は

少数小型の糸粒体を認めるだけで他の器官はほとんど観

察されなかった.この異常角化細胞に隣接する細胞内に

も張原線維の凝集傾向が見られた.

           考  察

 欣素中毒症に於て皮膚症状としては黒皮症,白斑症,

角化症(特に手掌足礁)などが見られ,これらかさらに

進行した病変としてBowen病,基底細胞癌,有縁細胞

癌などが発生することはこれまでの多くの報告によって

明らかである, Sandersc�)は欣素による角化性病変を

keratosis,Bowenoid keratosis,Bowen's disease.s.c.c.に

分類した.著者ら4)は先に職業性の炭素中毒症が疑われ

た多発性Boweti病に老人性角化腫(malignant keratosis

あるいはBowenoid keratosisか), Bowen病,そして

Bowen病から4年後Bowen癌を生じた多彩な症状を示

した例を報告した.この多彩な皮膚症状は枇素が皮膚組

織に傷害を与えて角化症を生じ,次第に悪性化を促進す

ることを推測させる. Montogomery'りま本症に空胞状細

胞の出現が特徴と述べているが,本症例においては,空

胞状細胞は口唇腫瘤部には見られなかったが,その辺縁

の枇素角化症部位にかなり多数見られた. PAS,アルシ

ャソ青染色で陰性であり,電顕的にもこの空胞状細胞

がいかなるものか今回は観察追求することは出来なか

った.中村ら2)は慢性炭素中毒症の掌路角化部,色素斑

401

部,把状角化部およびBowen病様皮疹を6人の患者か

ら26ヵ所生倹し,空胞変性細胞を21標本(80%)に見出

している,田中ら6)も慢性炭素中毒患者の色素沈着部,

角化部に空胞変性した細胞を観察した. Montogomeryが

報告したこの表皮細胞の空胞化はLever"によれば炭素

と無関係のBowen病, s.c.c・でも観察されると述べ,

Sanderson3)もまた空胞変性化はBowenoid keratosis で

まれに見られ,炭素病変部の所見としてpathognomonic

なものではないと述べている.このような空胞細胞はウ

イルス性疾患Bowen病, Paget病, Clear Cell Acan-

thomaなどにも観察され,その発症病理もはっきりしな

い現在,枇素中毒症病変部にpathognomonicなものと

はいえないかも知れない.しかし今後それぞれの疾患の

空胞化細胞の性格を詳細に比較検討しなければ炭素中毒

症に見られる空胞化細胞が本症に特徴的なものではない

と断定するのは早計と思われ,この点今後更に追求して

いきたい.

 次に自験例の電顕所見を要約すると,ロ唇腫瘤部では

細胞間隙の開大した細胞群とほとんど細胞間隙の見られ

ない細胞群が観察され,いずれも核は不整形で核・原形

質比が大であった.核内にperjnuclear chroma tins と鑑

別される1~3個の直径約0.3μの放射状の封人体が認

められ,この構造物については小野ら2)の報告を除いて

未だ内外の文献に記載が見られない.この放射状封入体

は腫瘤辺縁赤褐色口唇部,頚部色素斑にも観察された.

また核内には限界膜に囲まれた円形のnuclear body が

2~3個認められた.腫瘤辺縁赤褐色口唇部では細胞間

は完全なdesmoson!e-tonofilament compleχ で接着し,

基底細胞に先に述べた放射状の核内封入体及び, 2, 3

のnuclear body が認められた.頚部色素斑部では細胞

は密着し,微細絨毛は殆ど見られなかった.

 炭素角化症に関する電顕的報告は極めて少ないが,小

野ら2)は宮崎県土呂久地区に発生した慢性炭素中毒患者

の良性角化症につき電顕的観察を報告した.それによる

と角化過程に異常があり,基底細胞層に近いkeratinocyte

においても張原線維の識別か困難で,太い張原線維東を

形成,更に特徴的なことは有錬細胞核内にnuclear body

とは別に電子密度の高いコソペート様の核内封入体がし

ばしば認められたが,電子線解析の結果砥素のパターソ

は示さなかったという.自験例で認められた放射状封人

体を電子染色を行なおず観察した成績ではクロマチンと

同程度の電子密度を示した.このことからこの核内封人

体はクロマチソの一部かあるいはクロ'マチソと関連の深

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402 大山 勝郎ほか

い構造物と考えられる.先の電子密度の高いコソペート

様の核内封人体と自験例で観察された電子密度の高い放

射状封人体とは同趣のものと考えられ,これまで観察さ

れた良性,悪性皮膚疾患に同様の構造物は認められてい

ないことから,砥素が核蛋白の代謝過程に関与したため

の産物であろうと推定される.しかし批素による核蛋白

の異常代謝過程についての検索は今後の検討に待たれる

所が多い.

 またKa�sekら1)は枇素角化症の異型性を示す細胞に

常にnuclear body を観察したという.自験例では腫瘤

部に多く見られ,腫瘤辺縁の口唇部,頚部色素斑部にも

散見された.観察されたnuclear body は先述した電子

密度の高い放射状の核内封人体とは異なり,直径0.3~

9.4μの円形ないし楕円形で普通限界膜を欠くが,時に

限界膜様構造物で囲まれ,内容は穎粒状を呈するものが

多く,また同様のnuclear body は真皮fibrocyteにも

見られた.著者が先に報告した多発性Bowen病4)では

有棟細胞全層にわたって多くのnuclear body が観察さ

れた.安澄8)はBowen病で多数のnuclear body が出現

することを述べ,そ0他老人性角化腫,角化辣細胞腫,

B.C.C≒s.c.c・,尋常性乾癖などにも見られることが知

られている.また木下9)は熱傷廠痕癌の研究で前癌性

変化部也癌巣にのみnuclear body が見られ,正常表

皮,表皮萎縮部位,表皮増殖部位には認められなかった

という.しかし著者らは稀に正常表皮細胞にもnuclear

bodyを認めることがあるが,しかしその発現頻度は極

めて少い,いずれにしろ悪性腫瘍に出現頻度が高く,核

の活発な活動を反映するものと考えた.

 張原線維は自験例の枇素角化症部位では核周囲に東を

なして存在し,正常表皮より増加するように思われた.

さらにBowen病部位では細胞質全体に張原線維加東を

なして存在し,一部凝集傾向か認められたdesmosome-

tonofilament complexには観察した限りにおいて特別所

                         文

1) Kara'sek, J. & Dubirin, I.: Nuclear bodies

  in keratosis arsenicalis, Virc.加切∫Arch. Abt. B

  Zellpath., 1:171-179バ969・

2)中村家政,荒尾龍喜,井上勝平,小野友道,石

 .井芳満,佐藤隆久,河南憲太郎,前川嘉洋,桑

  原宏始:宮崎県土呂久地区に発生した慢性枇素

  中毒症について(第1報),熊本医学会雑誌,

  47; 486-515, 1973.

3) Sanderson, K.V.: Arsenic and Skin Cancer,

  Cancer of the Skin,VolumeOne, Andrade, R.,

見を見い出し得なかった.異常角化細胞か散見され,そ

れらの細胞質内は張原線維重が大きな実状をなして凝集

し,核は辺縁に圧排される所見か認められた.隣接する

細胞質内にも張原線維の凝集が見られ,これらの細胞間

にはわずかにdesmosomeが存在するに過ぎず,清寺

ら1o)はこの細胞を異常物質の所産またはそれらの物質の

貪食によって生ずるのではないかと考え,上田ら11)も細

胞全体か張原線維で埋められ,核質が濃縮状となった細

胞を貪食した細胞を観察した. Olson et al.")はBowen

病に見られる異常角化をprimary dyskeratosisとsecon-

dary dyskeratosisに分類,前者では細胞質全体に張原線

維が分布して膜構造は認められず,細胞質内での異常な

張原線維の増加を示す,後者では他の細胞を貪食して生

ずるため,張原線維の凝集塊の周囲に膜構造か認めら

れるという.自験例ではすべて膜構造を認めずprimary

dyskeratosisに相当すると思われる.

 以上の如く自験例には空胞状細胞や異常な角化過程が

認められること,放射状の核内封人体が観察されたこと

は枇素と密接に関連する所見として興味が持たれ,今後

症例を重ねてさらに検討したいと思う.

           まとめ

 57歳男子.以前枇素剤による駆梅療法を受けた既往の

ある慢性枇素中毒症の症例にBowen病,角化症を併発

した.

 各病変を光顕的,電顕的に観察,空胞状細胞, nuclear

body,張原線維の異常増加などを認め,またこれまでの

文献にはほとんど記載のない電子密度の高い放射状の核

内封人体を観察,報告した.

 本論文の要旨は第103回日本皮膚科学会熊本地方会に

発表した.

 稿を終えるにあたり,御校閲を賜わった武内忠男教授

(熊本大学医学部第2病理学教室)に深謝する.

  Gumport, S.L., Porkin, G.L. & Rees, T。D.,

  Jst Ed., Saunders, Philadelphia, 1976, 473-

  491.

4)大山勝郎,桑原宏始,浜田尚徳:多発性Bowen

  病について,臨皮,32 : 931-938, 1978.

5) Montogomery, H. & Wafsman: Epithelioma

  atributable to arsenic, J. Inむest.Dぴη?。4: 365-

  383, 1941.

6)田中 宏,佐藤良夫,加藤吉策:枇素中毒にお

  ける皮膚所見について。皮膚臨床,2 : 649-

Page 7: 慢性枇素中毒症に合併したBowen病ならびに 枇素角化症の電顕的 …drmtl.org/data/090050397.pdf · 明されていない.慢性枇素中毒症の皮膚病変を電顕的に

慢性砥素中毒症の電顕的観察

  658, 1960.

7) Lever,χV.F.: Arsenical Keratosis and Car-

  cinoma, Histopathohgy of theSkin, 5th Ed・,

  Lippincott, Philadelphia. 1975, pp. 245-246.

8)安澄権八郎,杉原理一,伊藤信行,白井利彦,

  阪本弘典,三井宜夫,堀木 学:前癌細胞核の

  微細構造,西日皮膚, 34: 153-164, 1972.

9)木下敬介:熱傷痘痕の癌化に伴う細胞微細構造

  上の変化,西日皮膚,34 : 120-133, 1972.

403

10)清寺 真,水野房子:Bowen氏病の電子顕微

  鏡像について,臨皮,23 : 1235-1239, 1969.

11)上田恵一,中安清,真崎晴雄:Bowen病の電

  子顕微鏡的観察,京府医大誌,82 : 463-468,

  1973.

12) Olson, R.L., Nordquist, R.E. & Everett, M.A.:

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  81:676-680, 1969.