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2 SOKEIZAI Vol.53 2012No.3 高周波熱処理は代表的な表面硬化法として種々の機械部品に適用され、疲 労強度、耐摩耗性、靱性の向上に役立っており、電気加熱のため CO 2 排出 量が少なく、環境への優しさも注目されている。以下では中空部品の加工 と高周波熱処理事例について紹介する。 中空部品の加工と高周波熱処理 1.はじめに 高周波熱処理は、周波数が高い電力を用いた誘導 加 熱(IH:Induction Heating)を 焼 入 れ、 焼 戻 し、 焼鈍等の加熱に使用する熱処理で、浸炭焼入れ、窒 化と並ぶ代表的な「表面熱処理法」として知られて おり、加熱面の特徴である(1)急速短時間加熱、(2) 表面加熱、(3)部分加熱を活用した表面硬化、表面圧 縮残留応力の付与、組織微細化により、機械部品の 疲労強度、耐摩耗性、靱性の向上に役立っている 1) また、昨今、熱処理設備、技術にも地球環境への優 しさが要求され、熱処理業界でも低炭素社会を目指 してCO 2 排出量の低減、省エネルギー・省資源化が 推進されており、その中でクリーンな電気エネルギー を用いる高周波熱処理は、図1 に示すように、各種 表面改質処理よりCO 2 排出量が少なく、部品の小型 化・軽量化・低コスト化に役立ち、W-Eco ® (Ecological & Economical)熱処理としても注目されている 2) 高周波熱処理は、主に中実部品やリング部品に適 用されることが多いが、形状的に軽量化を目指す中 空部品に適用される例もあり、弊社では、自動車ス テアリング用の中空ラックバー、ドアインパクト ビ ー ム(DIB:Door Impact Beam)、“NAPPユ ニ ッ ® (Non Abutment Pre-tensioning & Pre-stressing Method)工法”用中空PC鋼棒(Pre-stressed Concrete 構造物強化用)等を製品化しており、新しい軸部品 加工方法である「軸肥大 ® 拡径加工」を中空材に適 用すべく開発を進めている。 以下では、これらの代表例をはじめ中空部品の高 周波熱処理適用事例を紹介する。 川 嵜 一 博  山 脇   崇  生 田 文 昭  高周波熱錬 ㈱ 1 各種表面改質処理での CO2 排出量(計算値) 2.1 中空ラックバー 3) ラックバーとは、図2 に示すように、自動車のハ ンドルからピニオンシャフトを介して動力を伝達し タイヤを動かす舵取り装置のステアリングギア BOX 2.中空部品の高周波熱処理事例

特集 ネツレン 120222sokeizai.or.jp/japanese/publish/200706/201203kawasaki.pdf加熱(IH:Induction Heating)を焼入れ、焼戻し、 焼鈍等の加熱に使用する熱処理で、浸炭焼入れ、窒

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2 SOKEIZAI Vol.53(2012)No.3

高周波熱処理は代表的な表面硬化法として種々の機械部品に適用され、疲労強度、耐摩耗性、靱性の向上に役立っており、電気加熱のためCO2 排出量が少なく、環境への優しさも注目されている。以下では中空部品の加工と高周波熱処理事例について紹介する。

中空部品の加工と高周波熱処理

1.はじめに

 高周波熱処理は、周波数が高い電力を用いた誘導加熱(IH:Induction Heating)を焼入れ、焼戻し、焼鈍等の加熱に使用する熱処理で、浸炭焼入れ、窒化と並ぶ代表的な「表面熱処理法」として知られており、加熱面の特徴である(1)急速短時間加熱、(2)表面加熱、(3)部分加熱を活用した表面硬化、表面圧縮残留応力の付与、組織微細化により、機械部品の疲労強度、耐摩耗性、靱性の向上に役立っている 1)。また、昨今、熱処理設備、技術にも地球環境への優しさが要求され、熱処理業界でも低炭素社会を目指してCO2 排出量の低減、省エネルギー・省資源化が推進されており、その中でクリーンな電気エネルギーを用いる高周波熱処理は、図 1に示すように、各種表面改質処理よりCO2 排出量が少なく、部品の小型化・軽量化・低コスト化に役立ち、W-Eco®(Ecological & Economical)熱処理としても注目されている 2)。 高周波熱処理は、主に中実部品やリング部品に適用されることが多いが、形状的に軽量化を目指す中空部品に適用される例もあり、弊社では、自動車ステアリング用の中空ラックバー、ドアインパクト

ビーム(DIB:Door Impact Beam)、“NAPPユニット®(Non Abutment Pre-tensioning & Pre-stressing Method)工法”用中空PC鋼棒(Pre-stressed Concrete構造物強化用)等を製品化しており、新しい軸部品加工方法である「軸肥大®拡径加工」を中空材に適用すべく開発を進めている。 以下では、これらの代表例をはじめ中空部品の高周波熱処理適用事例を紹介する。

 川 嵜 一 博  山 脇   崇  生 田 文 昭 高周波熱錬㈱

図 1 各種表面改質処理でのCO2排出量(計算値)

2.1 中空ラックバー 3)

 ラックバーとは、図 2に示すように、自動車のハンドルからピニオンシャフトを介して動力を伝達しタイヤを動かす舵取り装置のステアリングギアBOX

2.中空部品の高周波熱処理事例

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3Vol.53(2012)No.3 SOKEIZAI

特集 部品軽量化に向けた中空成形技術

の主要部品で、種々の形状があるが、基本的にはラック部とバー部で構成される。弊社ではこのラックバーに炭素量0.3%程度で、外径が24~38mm、肉厚が 3.7~5.6mm、長さ550~820mmの電縫鋼管を用いて、独自の冷間逐次成形法によりラック部の歯を成形加工し、ラック部と軸部の肉厚全体を高周波焼入れ・焼戻し(580~600HV)して製品化している。 写真 1は各加工工程での形状で、歯型を成形する前に中空材の一部を平潰しした後、平らな面に金型を押し当て、パイプ内にマンドレルをくり返し挿入しながら金型との空隙を埋めるようにパイプの肉を盛り上げて歯型を冷間逐次成形する。そして端部加工後、歯部と軸部を高周波焼入れし、高周波焼戻し後、曲がり矯正、表面仕上げを経て製品としている。この高周波焼入れでは低変形化処理を実施しており、歯型寸法、偏径差、曲がり等において高精度を実現している。

 写真 2は代表的な歯型形状で、形状・角度が全体に同じであるCGR(Constant Gear Ratio)および、部分で異なるVGR(Variable Gear Ratio)がある。切削加工ではないため、金型形状を変えるだけで任意の歯の角度や寸法が得られニアネットシェィプ化が容易なのが冷間逐次成形法の特徴で、最近では、ステアリングの切れ味をより多面的にチューニングするためにVGR化が進んでおり、モータに使用されるレアメタル価格の高騰からモータ負荷を軽減するためにもVGRが増加している。弊社では、顧客の要求仕様を基にCADを利用して自社で金型設計を行うことが可能で、試作品データのフィードバックにより、顧客の仕様設計にも協力し工程間コラボレーションを実現している。

 図 3は中実材と<断面積×長さ>を同じにした場合の中空化による軽量化効果を示したもので、40%

図 2 ラック&ピニオン式ステアリングシステム

写真 1 中空ラックバーの各加工工程での形状   (素管→平潰し→歯成形→端部加工) 図 3 ラックバーの中空化による軽量化効果

写真 2 中空ラックバーの製品形状

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4 SOKEIZAI Vol.53(2012)No.3

程度の軽量化が可能で、かつ図 4に示すように歯部の曲げ試験では中実材以上の曲げ強度が得られている。現在、弊社では油圧パワステ(HPS)および電動パワステ(EPS)用に12万本/月程度生産している。 2011年10月20日に経済産業省・国土交通省は、CAFE(企業別平均燃費規制)方式による乗用自動車の新しい燃費基準(トップランナー基準)を公表し、さらなる低燃費化を要望している。同じパワートレインであれば軽量化が最も低燃費化に合理的で有効な施策である 3)ことから、中空ラックバー化は今後さらに進むものと推察している。

2.2 鋼管製ドアインパクトビーム ドアインパクトビーム(DIB)とは、自動車の衝突時に乗員の安全を確保すべく側面衝突エネルギーを吸収するためにドア内部に取り付けられる補強材で、高強度鋼板や鋼管が用いられている 4)。弊社では、1987年に日本で初めて鋼管製DIBの全体高周波焼入れを実施し、鋼管の切断、端部処理、高周波焼入れを含む専用製造ラインを設置して一貫生産を行っている。 図 5に代表的な高周波熱処理鋼管の断面形状とDIBの適用例を示す。 仕様に応じて種々の形状・寸法(外径22~40mm、肉厚1.4~4.0mm)の電縫鋼管(低炭素鋼)を高周波焼入れしている。短時間加熱ゆえに表面脱炭が極めて少ない微細マルテンサイト組織が得られ、仕様によるが硬さ480HV程度を確保しており、写真 3に示す独自の多軸低変形焼入機を用いることから曲がりの発生が少なく、取付け精度の向上に役立っている。

2.3 “NAPPユニット®” 工法用中空PC鋼棒 5)

 PC鋼棒とは、圧縮には強いが引張り・曲げ(せん断)には弱いコンクリート構造物のせん断補強用の高強度鋼棒で、コンクリート構造物内に配筋された後、引張られ(緊張され)、その反力でコンクリート構造物に圧縮力を与えるために使用され、電柱(ポール)、基礎杭(パイル)、鉄道用マクラギ、橋梁・橋脚、鉄骨製高層建築物などに幅広く適用されている。弊社では1960年代に高周波誘導加熱焼入れ・焼戻しを用いたPC鋼棒の連続熱処理法を開発し、その後、多種多様な製品群を開発実用化し、毎年、およそ 7~10万トンを製造している。 このPC鋼棒製品群の中に “NAPPユニット” 工法用中空PC鋼棒がある。中空材には炭素量0.3%程度で外径が29~43mm、肉厚が3.6~7.2mmの電縫鋼管を用い、中実のPC鋼棒同様に連続高周波焼入れ・焼戻しによりTS=1080MPa級に調整して製品としている。 図 6に標準的なNAPPユニットの外観と構造を示す。NAPP工法は、図 7に示すように、たとえば鉄道用や道路用の橋脚・橋梁に使用され、工事現場でのプレストレス導入が簡便かつ確実に行え、工事工数削減にも役立っている。 ※詳細は「NAPP 工法技術研究会」ホームページ    (http://napp-kouhou.com/index.html)。

図 4 中空ラックバーと中実ラックバーの曲げ試験結果

写真 3 多軸低変形焼入機を使用したDIB焼入状況

図 5 高周波熱処理鋼管の形状とドアインパクトビーム(DIB)適用例             

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特集 部品軽量化に向けた中空成形技術

2.4“軸肥大®拡径加工法”の中空材適用 弊社では、愛媛大学と協働で“メカニカルラチェット現象”を利用して軸物の中間部に切削せずに太径部を冷間成形できる“軸肥大”拡径加工法を開発実用化している 6),7)。

 図 8は基本プロセスを示したもので、(1) 型(スリーブ)に被加工物(ワーク)を挿入し、

間隔L0(初期つかみ幅)を空ける。(2) 軸圧縮荷重を負荷して加圧し、ワークを回転さ

せる。(3) 片側のスリーブ保持装置を回転加圧しながら角

度を数度付加しつつ押し込む。(4)(4)を継続することにより肥大が進行する。(5) 所定の肥大寸法に達したら徐荷し、軸芯を合わ

せるために回転しながら角度を 0度に戻す。(6) スリーブからワークを取り出すと、軸の中間部

に容易に太径部を創成され、軸肥大が完了する。この時、スリーブ内のワークは弾性変形分が除荷されて戻るので、スリーブからは容易に取り出せる。

図 8 軸肥大拡径加工法の基本プロセス

図 7 NAPPユニットの鉄道高架橋への施工例

図 6 NAPPユニットの外観と構造

NAPP ホルダー

アンカーナット

樹脂充填

反力PC鋼棒

エンドホルダー

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6 SOKEIZAI Vol.53(2012)No.3

 写真 4に軸肥大加工後と仕上加工後高周波焼入れした製品事例を示す。 軸肥大加工の特徴は、(1) 切削加工のように切削くずが出ないため材

料の大幅な節約が可能。(2)冷間での大変形加工が可能。(3) 加工発熱が少ない(加工度に応じて50~

150℃に上がる程度)。(4)長尺軸部品の加工が可能。(5) スリーブ使用のため、少量・多品種にも対

応可能。(6) 高炭素合金鋼、ステンレス鋼、純Ti 等の加

工も可能。

(7) スリーブ形状の調整によりニアネットシェイプ化が容易。

等の特徴があり、省資源・省エネで環境に優しく、かつ低コストな加工法として注目し、開発実用化を進めている。 軸肥大加工は中空材にも適用可能であるが、図 9に示すように、内径形状は据え込み比と肥大率の関係により必ずしも一定ではなく、常に同一内径(断面形状が軸方向にフラット)にはならない 8)。そのため、同一内径が要求される場合には後加工が必要となるが、中実材から内径を削孔するより効率的である。 弊社では受託加工と試作開発を進めるとともに、愛媛大学と協働でさらに加工技術や対象材料の拡大を目指した基礎研究開発を行っており、軸肥大加工後の仕上加工および熱処理(高周波焼入れ、浸炭焼入れ、窒化など)まで含む一貫加工を目指した工程間コラボレーション開発を進めている。

2.5 超大型中空ロールの高周波焼入れ 写真 5に、直径1,350mm、長さ9,200mm、肉厚200mm、重さ約50トンの超大型中空ロール(SUJ2)

図 9 中空材の軸肥大拡径加工での据え込み比と肥大率の関係

写真 4 軸肥大拡径加工品と仕上げ加工品事例

写真 5 超大型中空ロールの高周波焼入れ

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特集 部品軽量化に向けた中空成形技術

高周波熱錬株式会社 技術本部〒254-0013 神奈川県平塚市田村 7-4-10TEL. 0463-55-7853 FAX. 0463-55-1210http://www.k-neturen.co.jp

の高周波焼入状況を示す。1200kW、3 kHzの大型の誘導加熱電源を用いて、高周波焼入れの加熱面での特徴のひとつである移動焼入れ(加熱コイルとワークの相対位置が変化する)を有効利用することにより大径長尺品の表面硬化を可能にしている。硬化層深さは約 8 mmで、製紙時の紙の圧延用のヒートロールとして使用される。

2.6 薄肉パイプの高周波焼入れ 写真 6は、二輪車用のフロントフォーク・インナーチューブで、製造可能な仕様は、直径40~50mm、長さ500~600mm、肉厚1.5mm程度で、現在は冷間引抜溶接管を高周波焼入れ・焼戻しにより客先仕様硬さ(TS)に調整後、寸法微調整、外観仕上げして製品としている。ここでは、前述のドアインパクトビームや中空ラックバーで培われた低変形焼入技術、表面処理技術を活かしており、安定して高精度、高品質を確保するのに役立てている。

写真 6 高周波焼入れした二輪車フロントフォーク・インナーチューブ        

 日本の産業・企業は 6重苦にさらされていると言われる昨今、すでにものづくり企業の片道切符?のグローバル化が急速に進んでおり、弊社が生業とする熱処理産業も5年先、10年先を語るのが難しくなっている。この厳しい経済環境の中で生き残るには、やはり「世界をリードできる優れた技術力」が必要で、従来の熱処理技術をより熟成し、新たな開発を積極的に進めて行くことが大切であり、その中で、素材、前後加工と熱処理の工程間コラボレーションによる商品力・品質力の向上とコスト低減が重要な攻め所となる。 機械部品の軽量化がますます必要となる中、中空材と高周波熱処理の協働には、まだまだ適用拡大の可能性があると思われるが、浅学な筆者にはその可能性・対象に関する情報が乏しく、本稿が読者各位のユニークな発想のヒントになれば幸いで、提案も期待したい。

 参考文献1 ) 川嵜一博:日本熱処理技術協会編:熱処理技術入門,“4.1高周波熱処理作業”, p.272, 大河出版 (1998).

2) 川嵜一博,三阪佳孝,生田文昭:熱処理, 50, 4, p.368(2010).

3) 日経Automotive Technology:特集 “鋼管で車を軽くする”, p.58, p.63 (2010-2).

4)田邉弘人,宮坂明博,山﨑一正,他:新日鉄技報, 354,  p.48 (1994).5) NAPP 工法カタログ:NAPP 工法技術研究会(高周波熱錬㈱本社内).

6) 岡部永年:塑性と加工(日本塑性加工学会誌),51,599, p.64 (2010).

7) 生田文昭,桑原義孝,岡部永年:チタン,58,2,p.104(2010).

8) 桑原義孝:愛媛大学博士(工学)学位論文,第 7 章,p. 115(2010).

3.おわりに