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(1998. 7) ForumofInternationalDevelo1 mentStudies, 10(July 1998) 日系企業の技術移転に関する研究 一一一台湾所荘の日系企業におけるスピンアウト, 及び下請企業への技術指導に重点を置いて一一 田中英式* Technology transfer by Japanese MNCs: Focusingonthe spillover effectonlocalcompaniesinTaiwan. Abstract I. はじめに II. 談題の設立を,及び誠査方法 1. 既存研究の問題点 2. 外部経済効果の援要性 3. 調査の概要 (1) 調査対象の設定,及び線交方法 (2 )調査内容と資料収集の方法 ①金業内技術移転について ② スピンプウトについて 下請企業への技術指導について m. 日系企業の技術移転 1. 日本多隠籍企業の対台湾筏接投資の現状 3. スピンアウト (I) 事例研究 ① 競合食業設立型~S 社, Ai :の当i l ②下請企業設定型~日社のt)f (2) 主主因分析 工場の機能 ② 企業内技術移転との関連 台湾特殊的要悶 (3) 子会社の対応、 4. 下請企業への技術指導 (1) 現地下請企業との取引関係 (2) 技術指導の'tf . 例~きめ刻l l かな技術指導 (3) 技術指導の効果に関する分析 TANAKA Hidenori * (4) 技術指導成功の鍵~ついてこれる月r r とついてこれない所 IV. 合意 Thepurposeofthispaperistoinv stigatetechnologytransferwhichaccompani S foreigndirectinvestment byJapan semultinationalenterprises based uponafield survey *名古屋大学大学院密際開発研究部博士課程(後期課程〕 173

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~~際開発研究フォーラム」 10 (1998. 7) Forum of International Develo1うmentStudies, 10 (July 1998)

日系企業の技術移転に関する研究

一一一台湾所荘の日系企業におけるスピンアウト,

及び下請企業への技術指導に重点を置いて一一

田中英式*

Technology transfer by Japanese MNCs : Focusing on the

“spillover”effect on local companies in Taiwan.

Abstract

I. はじめに

II. 談題の設立を,及び誠査方法

1. 既存研究の問題点

2. 外部経済効果の援要性

3. 調査の概要

(1) 調査対象の設定,及び線交方法

(2)調査内容と資料収集の方法

①金業内技術移転について

② スピンプウトについて

③ 下請企業への技術指導について

m. 日系企業の技術移転

1. 日本多隠籍企業の対台湾筏接投資の現状

2. 調査対象の概~3. スピンアウト

(I) 事例研究

① 競合食業設立型~S社, A老i:の当i仰l

②下請企業設定型~日社のt)f例

(2) 主主因分析

① 工場の機能

② 企業内技術移転との関連

③ 台湾特殊的要悶

(3) 子会社の対応、

4.下請企業への技術指導

(1) 現地下請企業との取引関係

(2) 技術指導の'tf;.例~きめ刻llかな技術指導

(3) 技術指導の効果に関する分析

TAN AKA Hidenori *

(4) 技術指導成功の鍵~ついてこれる月rrとついてこれない所

IV.合意

The purpose of this paper is to inv巴stigatetechnology transfer which accompani巴S

foreign direct investment by Japan日semultinational enterprises based upon a field survey

*名古屋大学大学院密際開発研究部博士課程(後期課程〕

173

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日系企業の技術移転に関する研究

in Taiwan.

The manufacturing industry plays a central role for industrialization in developing

countries. For host developing countries that r巴ceiveforeign direct investment inflows

from developed countries, the transfer of production t巴chnology,quality control, and

management skill is a very important factor. The previous literatur巴onJapanese foreign

direct investment and technology transfer has largely dealt with intra-firm technology

transfer of Japanese multinational enterpris巴s; i.巴, thatbetween th巴parentcompany and

overseas affiliat巴s.How巴V巴r,technology transfer also bring about the“spillover”effect on

local companies. In particular, this paper focus on two typ巴sof th巴 spillovereff巴ct:

“spin out”and technology guidance to local subcontract firms.

The results from the field survey suggest that J a panes巴multin日tionalenterprises have

contributed significantly to the improvement in productive efficiency and quality control of

the local enterprises in Taiwan.

しはじめに

本稿は, 日本多国籍企業の誼接投資に伴う

技術移転について,台湾での実地調査を踏ま

えて考察を行うものである。

これまで日本多国籍企業の直接投資に伴う

技術移転に関する研究は,いわゆる「日本的

生産システム」の移転可能性といった観点等

から企業内技術移転を中心に多くの蓄積があ

り,その成果に関しても示唆に富むものが少

なくない。しかしながら,企業内技術移転に

関する研究からは,海外子会社に移転された

技術がさらに受入圏内に普及してし、く過程

や,あるいは海外子会社が受入国の現地企業

に与える影響といった点、は必ずしも明らかに

はならない。技術移転を単に親会社から子会

社への移転として捉えるのではなく,技術が

現地社会に根付き,他の現地企業にまで普及

していってはじめて完結するものとして考え

る(斉藤 1979)とすれば,こうした企業内技

術移転からさらにもう一歩踏み込んだ分析が

必要になってくる。

以上のような問題意識から,本稿では直接

投資に伴う外部経済効果〔spillover)に注目

-174

し,その典型的な類型であるスピンアウト,

及び現地下請企業への技術指導の二点につい

て,日本多国籍企業の台湾子会社への現地調

査を通じてその実態を明らかにすることを試

みた。本稿の目的は,こうした外部経済効果

の調査を通じて,日系企業の技術移転はどの

程度現地化しているのか,現地化の度合が低

い場合,その原因はどこにあるのかを考察す

ることにある。本稿の分析対象は台湾、進出を

果たした臼系企業6社のみではあるが,ここ

でのフレームワークや調査結果を適切に活用

できれば,外国企業の誘致を通じて自国の技

術力を向上させようと考えている開発途上国

に対して一定の示唆を与えることも可能であ

ると考えている。

本稿の構成は以下の通りである。まず, II.

において,これまでの日本多国籍企業におけ

る技術移転に関する従来の研究成果を概観し

た上で,本稿の分析の視点を明らかにすると

ともに調査の方法を提示する。次にIII. は調

査結果をもとにした分析および考察である。

ここでは個々の技術についてなるべく具体的

な事剖をあげることを心がけ,スピンアウト

と企業内技術移転との関係や,スピンアウト

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が発生する要因,また下請金業への技術指導

の要因及びその効果といった点を考察してい

る。最後にIV. で結論を述べる。

II. 課題の設定,及び調査方法

1.既存研究の問題点

開発途上関の工業化にとって中心的な役割

を演ずるのは製造業である。製造業において

は,生産技術はもちろんのこと,効率的な生

産を行うための手法,制度といったものを総

合した生産システムの学習,及び構築が非常

に重要な要素となる。ただ,こうした生産シ

ステムはノウハウの領域に属する部分が多

く,実践を通じた学習 (learningby doing)

によらなければ身に付けることが困難であ

る。したがって,製造業の基盤が脆弱な開発

途上障が工業化を図る擦に,多間籍企業の誘

致を通じて,こうした生産システムを移転し

てもらい,高い水準の品賞管理や生産効率を

学習していくことは有効な戦略で、あるといえ

る。

これまで, 日本多倍籍企業の直接投資と技

術移転を扱った研究の多くが, システム,

あるいは経営ノウハウの移転といった点を非

常に重要視してきた。特に日本的生産システ

ムの移転を詳細に分析したものとして臼本多

国籍企業研究グループによる一連の事例研究

がある九

日本多国籍企業研究グループによる事例研

究の主眼は,日本企業の高い水準の生産効率

と品質管理の達成は,生産現場における作業

組織とその管理運営を中心とした独自の生産

システムによるものであるとし,その移転可

能性を分析しようとするものである。ここで

いう「臼本的生産システム」とは,「人的要素

175

を重視する現場主義的なヒトとそノの組織化

と管理運営によって格段に高い水準の作業効

と品質管理が実現されるJもの〈安保 1991)

と理念化され,その作業組織と管理運営の特

性をモデル化すると以下の三点が重要とな

る2)。

① 多能工的現場作業員による,狭い職務

区分にとらわれない, フレキシブノレな作

業組織の編成と運営システムの,存在

② そうした現場作業者による自発的な作

業の改善,改良を通したノウハウの蓄額

と,それにもとづいて,作業現場のフレ

キシフソレな編成に対応した生産技術,製

造技術体系をつくりだしていくシステム

の存在

③ こうした作業現場システムの特質に

よって高い生産効率と品質管理が達成さ

れること

分析方法としては,こうした特質を有する

臼本的生産システムを構成する要素を実際の

生産現場に当てはめ,「23項目 6グループ評

価Y としてまとめている。そして,それぞれ

の項目について日本的なシステムをそのまま

採用している場合を適用,現地のシステムの

中に日本的システムを応用させている場合を

適応とし,完全に日本的システムを適用して

いる場合を5,逆に完全に現地のシステムを

採用している場合を 1として通用・適応度を

評価している。この評価枠組みは高い生産効

率と品質管理を誇る日本的システムの具体的

な内容を的確かつ明糠に示しており,日系企

業の技術移転状況の分析に広く応用できるも

のである。これは技術移転分析における方法

論上の大きな資産といえよう。実際,この研

究の分析結果から,日本的生産システムの移

転状況がかなり明確に明らかにされている。

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呂系企業の技術移転に関する研究

園や産業による相違は当然だが,総体的に

いって,日系企業の多くは臼本的生産システ

ムの移転にやぶさかではなく,現地との摩擦

に直面しながらも,高い効率と品質を自指し

て工夫をこらしている。また,多能工化,メ

ンテナンス,といった倍別の項目な見ること

によって,現地の作業者がどの程度技能を身

につけているかといった状況や,国別,産業

別の開題点といったものも理解することがで

きる。

このように日本多国籍企業の企業内技術移

転に関する既存の事例研究については,方法

論上も豊かな蓄積があり,分析結果について

も示唆に富むものが多I,,4)。ただ,問題はこう

した技術移転に関する既存研究はほとんど全

て企業内技術移転,すなわち親企業から海外

子会社への技術移転の分析に終始していると

いうことである。しかしながら,受入菌側の

技術力の向上という観点から臼系企業の技術

移転を論ずるに当たっては,別の視点が必要

となる。すなわち,日本の親会社から日系企

業に移転された技術が,いかにして受入国内

に波及されるかという視点である。企業内技

術移転は重要であるが,企業内技術移転に関

する事例研究だけでは受入国経済,つまり現

地の企業への技術の移転(あるいは伝播,

及〉の状況は必ずしも明らかにはされない。

企業内でし、くら有効な技術移転が実施されて

いても,日系企業がし、わゆる「飛び地

(enclave)Jを形成していたのでは受入国の

期待に応えることができなし、。斉藤〔1979〕

が指摘する通り,技術移転とは,移転された

技術が現地化し,普及していくことによって

進展するものであるとすれば,その内実及び

効果,問題点を明らかにするためには企業内

技術移転に関する事例研究だけでは不十分で

176

ある。

アジア諸国の経済成長の要因として, 日本

多国籍企業の麗接投資による技術移転に関す

る指摘は多い。もしも実際に日本多国籍企業

企業の直接投資による技術移転が受入国経、済

に影響を与えているとしたら,それは海外子

会社から現地企業への技術移転が行われてい

ることを意味する。その形態としては海外子

会社に移転された技術が何らかの形でさらに

現地企業に拡散することや,海外子会社が直

接現地企業に技術移転を行うことなどがあ

る。こうした事象は,直接投資に伴う外部経

済効果として捉えられている。ここに,産接

投資に伴う受入盟経済への直接的な技術移転

として,外部経済効果に関する事訓研究の必

要性が求められるのである。こうした問題意

識から,本稿は上で述べてきたような企業内

技術移転についての事例研究の資産を活用

し,外部経済効果について分析を試みようと

するものである。

2. 外部経済効果の重要性

一般に,外部経済効果とは,ある経済主体

の行動が,市場を介せずに他の経済主体に与

える効果のことをいう。直接投資に伴う外部

経済効果は,多間籍企業の企業特殊優位性が

外部に「漏れる」ことを指し(田中 1994),

spilloverと呼ばれている。

直接投資とは,多国籍企業論でいえば,投

資側,すなわち多閏籍企業が優位性をもって

行うものとされる。多国籍企業が輸出やライ

センシングよりも直接投資を好むのは,企業

特殊優位性が消散しないように統制すること

が可能だからである(ラグマン 1983)。しかし

ながら,そうした優位性が外部に漏れること

がある。これがspilloverである。すなわち,

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spilloverとは,多国籍企業子会社の操業が現

地企業の技術あるいは生産性の改善を引き起

こす状況をいい,当該子会社は当然予に入れ

るべき利益を完全には手中にできないのであ

る(Kokko1992)。

Spilloverの経路としては,次のような類型

がある。まず,多国籍企業の海外子会社が引

き起こす競争による現地金業の技術力の向上

である。例えば,競争圧力から,現地企業が

新しい技術やより効率的な生産方法を発見す

ることなどが含まれる。第ニに現地企業によ

る製品,製造技術の模倣がある。第三は,海

外子会社の従業員の移動,及びスピンアウト

である。最後に,海外子会社による現地下請

企業への技術指導や育成があげられる九

こうした spilloverの諸類型は,全て受入閣

における当該産業の技術力の向上や生産性の

上昇につながるものであり,非常に重要で、あ

る。従って,この spilloverに関する研究も少

なくない。しかしながら,各類型に関する内

実については突はそれほど明確にはなってい

ない。というのも,直接投資に伴う spillover

が現地企業の生産性の向上を引き起こすこと

は指摘されつつも,具体的にどのような経路

を辿り,どういった効果が現地企業の生産性

を引き上げているのかといった点が明確にさ

れていないためである。これはspilloverに関

するこれまでの研究が数量的な把謹を主眼と

する実証研究を中心に行われてきたことに由

来する。

Spillover命の実証研究の主なものとしては,

Blomstrom and Persson (1989), Kokko

(1991), 臼本では縄本 (1995)などがある。

こうした研究で、は,特定の国,産業における

外資系企業と現地企業との生産性の比較や,

閤帰分析などによって現地企業の生産性と外

177

資系企業の影響との相関を実証するというも

のである。例えば, Blomstromand Persson

(1989)は, 1970年におけるメキシコの製造

業 215産業におけるそれぞれの現地資本工場

の労働生産性と向産業における外資系企業の

シェアとでクロスセクションの回帰分析を

行っている。分析結果は統計上有意であり,

メキシコにおけるある産業の現地資本工場の

労働生産性は,同産業における外資系企業の

存在と相関があるとし、う仮説を否定すること

はできないと結論づけている。

確かにこうした研究から spilloverを数量

的に実証することは可能である。また,菌加,

産業別の比較によって spilloverの要因につ

いてもある程度は明確にされるであろう。し

かしながら,こうした研究は, spilloverを現

地企業の生産性の向上とし、う非常に大きな枠

組みで、捉えているために具体的な事例が明

らかにされておらず,要問分析も説得力に欠

けるきらいがある。現地企業の生産性の向上

としづ現象は,実際には外資系企業から(意

識的であれ無意識で、あれ〉技術が移転されて

いることを意味する。こうした外資系企業の

インパクトを spilloverとして総体的に捉え

てしまったのでは,特に技術に関して,個別

の問題というものは明らかにはされない。例

えば,現地企業の生産性を t昇ーさせているの

は生産技術なのか,あるいは経営ノウハウや

生産システムと呼ばれているものなのかはっ

きりしない。さらに,数量的な実証だけで外

資系企業の存在と現地企業の生産性の向上と

の間に相関が見られるといっても,その内突

が明らかにならなければ,外国企業の誘致を

通じて自国の企業の生産性や技術力を高めよ

うとする開発途上国の政策の立案にもあまり

役に立たないであろう。そうだとすれば,数

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日系企業の技術移転に関する研究

図II-1. 技術移転の経路

企業内技術移転

量的な実証だけでなく spilloverを技術移転

の一形態として捉え,各類型ごとに詳細な事

例を丹念に調査し,その現状,効果,要因な

どを具体的に明らかにする必要がある。実際,

技術移転に関する理論レヴェルの議論におい

ては,その重要性が指摘されているめにもか

かわらず, spilloverに関しては,企業内技術

移転の場合のような詳細な事例研究はほとん

ど見当たらないのである。

こうした問題意識から,本稿では上にあげ

たspilloverの諸類型の中から,スピンアウ

ト,及び下請企業への技術指導の 2点を取り

上げ,日系金業の技術移転として実地調査を

行った。この 2点を選んだのは,他の spil-

lover,例えば技術の模倣などと比較すると実

地調査が行いやすいことはもちろんのこと,

技術移転の形態として特に重要だと思われる

からである。関II-1に示すように,スピン

アウト,及び下請企業への技術指導の 2点は,

子会社に移転された技術がさらに受入国企業

に移転される経路として捉えることができ

る九前者は,企業内で移転された技術が企業

者精神と結合して受入国内に波及していく経

路であり,後者は,多闇籍企業子会社による

現地企業に対する藍接の技術移転である。こ

の二点について,具体的な事例を調べること

受入国

スピンアウト

従業員の移動

により,多国籍企業から現地金業への技術移

転の状況というものが明らかとなろう。

3.調査の概要

(1) 調査対象の設定,及び調査方法

以下に述べる理由から,台湾を対象国とし

て選別した。すなわち,日本多国籍企業の台

湾への進出の歴史が古く,現在でも直接投資

の件数が多いことである。スピンアウトや下

請企業への技術指導を調査するにあたって

は,調査対象となる現地子会社にある程度の

操業期間が必要となる。というのも,スピン

アウトとは,一定期間の企業内技術移転を前

提とするものであるし,下請企業への技術指

導についてもある程度の取引期間が必要にな

るからである。こうした観点からすると,臼

本多闇籍企業の直接投資の歴史の深い台湾は

格好の対象国といえることができるのであ

る。なお, 日本多国籍企業の台湾における直

接投資の動向はIII. で述べる。

次に対象企業については以下の通りであ

る。まず事前に,日本において,台湾に進出

しており,調査対象となり得る企業を 30社ほ

ど選別し,調査を依頼した九その際,基準と

したことは,地理的なことなど非本質的なこ

とを除くと,台湾での業務にある程度の壁史

-178-

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を持っている製造業であること,扱う部品が

多く下請を多用しているであろうと考えられ

ることなどである。必然、的に機滅工業,電気・

電子工業に絞られたが,最終的にS社, F社,

A社, O社, i社, H社の計6社に謂査の許

可をいただくことができた。各社の詳細はIII.

で述べるが,主な業務はそれぞれ顕に,鋳造

設備機械の製造,エレベーター及び関連製品

の製造,各種電気電子製品製造,電子製品及

び部品の製造,水銀灯の製造,エアコンの製

造である。この内, S社が2社, F社がI社,

I社が2社,それぞれ下請企業の訪問調査も

許可して下さった。

1997年 8月 17日から 26日にかけて台湾

を訪崩し, と記の日系企業 6社,及び台湾下

請企業 5社に?せする実地調査を??った。

調査は,下請も訪問した所がおよそ終日,

それ以外は半日をかけて,インタビューと工

場見学を中心に行った。インタビューの相手

は工場の責任者が主で,必要に応じて,生産

部長,生産管理部長等に同席していただいた。

以下,インタビューの質問項目について説明

する。

(2) 調査内容と資料収集の方法

インタどュ…は三三つの中心部分により構成

されている。すなわち,企業内技術移転の状

況,スピンアウト,下詩企業への技術指導の

王点である。

① 企業内技術移転について

会業内技術移転について謁査するのは,ス

ピンアウトとの関連を確かめるためである。

製造業における技術移転とは単なる生産技術

の移転のみを指すのではなく,生産システム

の移駈が重要であることは先述した。まずは,

こうした技術の移転状況を分析するための指

標を作成しなければならない。そこで先の日

本多潤籍企業研究グループをはじめとする先

行研究にならって,以下の質問事項を用意し

た。

-多能工の養成

・OJTの実施状況(教育訓練制度の現

状〉

・日本への技術者の派遣及び、日本からの

技術者の派遣

-作業長について

・小集団活動や改善提案制度の有無

-機械設備のメンテナンスの作業者への

浸透

-製品の品質管理の作業者への浸透

多能工養成については,職務IK分の程度,

ジョブローテーションの有無などを中心に質

問する。教育訓練については, OJT中心かど

うか,作業者が幅広い技術を身につけること

のできる教育制度があるかどうかといった質

問が中心となる。また, 日本においては,現

場の熟練工が作業長に昇進し,生産現場で主

導的な立場にあるが台湾子会社で、は作業長の

位置づけはどのようになっているかについて

も質問する。さらに機械設舗のメンテナン

ス,及び製品の品質管理が一般の作業者にど

の程度まで浸透しているかという点,また,

設備機械や生産工程の理解をより深めるもの

として,小集団活動および改善提案制度の実

施状況に関しても質問している。

② スピンアウトについて

ここでいうスピンアウトとは,それまで多

国籍企業子会社で勤務していた人聞が業務を

通じて身につけた技術をもとに独立して企業

を起こすことをいうものとする九スピンア

ウトは多国籍企業が最も恐れている行為の一

つである。スピンアウトが多く発生すれば,

製品についてのブーメラン現象も起こりかね

179-

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日系企業の技術移転に関する研究

ない。多国籍企業にとっては由々しき問題で

あるが,受入国の立場からすれば非常に有効

な技術移転の一形態である。独立して企業を

起こすにぜよ,現地企業に移動するにせよ,

全くコストをかけずに自国に新しい企業を創

出したり,既存企業の技術力の向上を達成し

たりすることが可能だからである。

スピンアウトに関しては以下の質問項目を

用意した。

・スピンアウトの有無,ある場合は件数

・スピンアウトした人間の職務

・スピンアウトの経緯及び詳細

.スピンアウトの影響

.スピンアウトへの対応

スピンアウトについては,先行研究がほと

んどないので,まずはその有無,ある場合は

どれだけの件数があるのかといった現状の把

握から始めなければならない。さらに,スピ

ンアウトの事例がある場合には,スピンアウ

トによって設立された企業の業種や現在の状

況などからとやれほど技術移転効果があるかを

判断する。次に,以前の職務やスピンアウト

の経緯といった詳細を確認する。こうした質

問の背景には,上の企業内技術移転に関する

質問と合わせて,スピンアウト発生の要因の

解明が念頭に置かれている。仮説としては,

生産システムに関する企業内技術移転が作業

者の技術を向上させていれば,スピンアウト

を誘発する可能性が高いということが考えら

れる。上で見てきた通り,日本的な生産シス

テムとは生産現場の作業者に品質管理と生産

効率の向上に資する手法,ノウハウ,技能と

いったものを身につけることを要求する。こ

うした生産システムの移転により作業者が製

造業における実用的な手法,ノウハウ,技能

を身につけることによってスピンアウトの可

180

能性が拡大しているのではないだろうか。

また,スピンアウトに対する子会社側の対

応についても質問している。上述の通り,ス

ピンアウトとは受入国にとっては格好の技術

移転経路であるが,企業側にとっては由々し

き問題である。スピンアウトが発生した後の

企業側の対応は輿味のあるところである。特

にその後の企業内技術移転に対する耳元り組み

方への影響といった点が重要で、あろう。

③ 下請企業への技術指導について

多闇籍企業が現地下請企業に技術指導を

行ったり,育成したりする事実はかなり以前

から注目されてきた10)。ただ,この点に関して

も,日系企業の場合,具体的な事例を扱った

先行研究がほとんどないため,実際にそうし

た指導や育成が実施されているのかどうか,

実施されているのならどういった方法によっ

てかといった現状把譲から始めなければなら

ない。そうした事実がある場合には, 日系企

業の技術がどれほど移転されているのかを費

関する。

質問事項は以下の通りである。

・機械設備の日本からの輸入比率及び部

品のローカノレコンテント

-取引関係のある下請企業の数,及びそ

の技術レヴェル

-取引関係は継続的か

-技術指導を行っているか,行っている

場合の方法

・事例

まずは,機械設備の日本からの輸入比率,

及び部品のローカルコンテントから現地化の

度合を確認する。次に取引関係のある現地下

請企の数,及び台湾の部品サプライヤーの技

術レヴェルは日本と比較してどの程度と捉え

ているか,取引は継続的か否かといった点を

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確認した上で,技術指導や育成の有無と,あ

る場合にはその手法について確かめる。こう

した質問の関心は,技術指導の質を明らかに

することにある。すなわち,単なる生産技術

の移転が主なのか,それとも企業内技術移転

と向様,生産システムの移転までなされてい

るのかということを明らかにすることを意図

している。そして最後に,事例について詳細

を質問する。

なお,本調査では,台湾、下請企業自体にも

数社インタビューを行っている。

台湾下請企業に対しては,以下の費問を用意

した。

・技術指導を受けている場合, どのよう

な技術指導を受けているか。

• B系企業の技術指導によって技術が向

上した事例

・業務展開に関する影響

下請企業側のインタビューは,技術指導の

効果に拐するものが中心である。日系企業側

だけでなく,下請企業にも技術指導の効果に

関する質問を行うことでより深い分析が可能

となる。

III. 日系企業の技術移転

1. 日本多国籍企業の対台湾、連接投資の現状

89年を境に減少傾向にあった日本多国籍

企業の対台湾産接投資は, 94年から再び増加

傾向を見せている(図III-1参照〉。これは電

子工業などの高付加価値製造業部門,あるい

はサービス業などへの投資が増加したため

(経済企顕庁 1997)であり,投資先としての

の台湾に新たな魅力が顕在化してきたことを

示している。このことは,台湾に進出してい

る臼系製造企業の業種別内訳からも明らかで、

ある。東洋経済の『海外進出企業総覧』 1997

年度版によると,全産業 1069件の内,製造業

は666件で全体の約 62%を占める。図III-2

は製造業における業種別内訳である。機械産

業が多く,全体のおよそ半分を占めている。

特に電子機器は23%と圧倒的である。また化

学工業が 15%と多い。こうしたことから,台

湾への投資が,技術的により高度な産業へと

移っていることが伺える。

次に表III-1は,日系企業の台湾への進出

動機をまとめたものであるが,現地市場の確

保という動機が最も多い。これは日系企業の

対台湾直接投資が従来のような安価な労働力

国III-1 日本の対台湾E支援投資

100万ドノレ600

500

400

300

200

100 。

出所:経済全額庁調査局済 1997』,統計資料より作成

181

年度

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日系企業の技術移転に関する研究

思Ill-2 日系企業の業種別内訳

岳製JI存,部品

9%

輸送局機器

1%

千注気機探23%

繊維業

5% パノレプ, 紙

。%

ゴム,皮:lfi.3%

機械

13%

i議

%

工市川淵切

3

口m

LT

L 出所:東洋経済 f海外進出企業総覧 1997,1より作成

表III- 1 日系企業の進出動機

動機 件数

資源・素材の確保、利用 28

労働力の確保・利用 198

現地政府の優遇 57

国際的な生産・流通網構築 292

現地市場の縫保 474

第 3国への輸出 79

民本への逆輸入 79

関連企業の進出に随伴 43

資金調達・為替リスク対策 9

ロイヤワティ・情報収集 127

務品などの企樹開発研究 39

新規事業への進出 26

地域統括機能の強化 6

通商摩擦対策 10

H:l所:東洋経済ご海外進出企業総覧1997.n

より作成

を利用した国捺生産基地型のものから,一人

あたり所得の増加した現地市場を狙った投資

へと転換していることを意味している。

2. 謂査対象の概要

対象工場の概要は表III 2に表わしてあ

る。操業開始時期については各工場ともに 10

年からそれ以上の歴史を有している。特にH

社やS社などは台湾、に進出した日系企業の中

でも最も初期の部類に属する。

こうした台湾子会社の現在の位置づけとし

ては,上述の通り,現地市場の確保という目

的が最も多い。現在の台湾は従来の輸出加工

区としての役目を終えているため,直接投資

の目的も一人当たり所得の上昇した現地市場

確保が主流である。今回の調査においても 6

社中ほとんどの子会社が,当初の進出動機に

かかわらず,現地市場の確保を現在の子会社

の佼罷づけとしていた。

各工場の製品と生産工程について簡単に説

明しておこう。 S社の鋳造設備機械, F社の

エレベーター, H社のエアコン,チーラーは,

大型の機械組立工程である。ただ, 3社とも,

関連するパーツ類なども内製している。 A社

の電子機器, O社の制御パーツ類はともに電

子工業に属するもので,室内の組立工程が主

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表III-2 調査企業の概要

工場 立地 操業開始時期 λ 〈人〉 主要生産品鼠

S社 新王E 1968年 鋳造設備機械

F校: 新竹 1980年 242 エレベーター,及び関連部品

Aネ士 三i挟 1970年 792 電子機器,及び関連部品

0社 桃園 1987年 144 制御パーツ類

I社 新竹 1987年 50 水室長ランプ

H{士 桃除l 1965年 1244 エアコン,チ ブー

表III-3 スピンアウトの概要

ユ: ;場 S老I: F社 A{土 0社 I{土 H社

スピンアウト c 「

の有無× 0 × × 。

現在はなL、が, ただし,設計の 製造と設計の ただし,コピー

/ 作業者が下請

20年前に一l司, 人間が競合会 謀長クラスが 製品は多く出 企業を設立し

事例j 12年前に 2閉 社に転戦した 各々競合会社 問っている。 た事例がある。

|発生。 事例がある。 を設立した事

例あり。

な工程となる。 I社の水銀ランプについても,

主な工程は組立工程である。

3. スピンアウト

表III-3は,各工場のスピンアウトについ

ての機要をまとめたものである。対象工場6

社のうち, 3社にスピンアウトが{確認された。

ただし,完全なスピンアウトではないが,従

業員の競合会社への移動や製品の模倣といっ

たスピンアウトと関連した例も見られ,全く

スピンアウトが無かったのは I社のみであ

る。まずは, S社, A社, H社の事例からス

ピンアウトが生ずる要因,職務や経緯などを

明らカ吋こしよう。

(1) 事例研究

①競合企業設立型~ S社, A社の事例

今回の調査でスピンアウトの件数が最も多

かったのがS社である。 30年近いS社の台湾

183

での諜業主ピ通じて,注目すべきスピンアウト

は3件発生したとのことである。 1件は,お

よそ 20年前,残りの 2件はおよそ 12年前で,

いずれも鋳造設備機械を扱う企業としてS社

の競合相手となっている。スピンアウトの形

態は,し、ずれも舟様であり,設計を担当して

いた従業員が独立して競合企業を設立すると

いうものである。機械メーカーとは, J甑端に

いえば,額面さえあれば後は全部外注で何と

か生産することが可能であり, S社において

も,設計技術だけを持ち出して独立し,外注

を科用して同じような製品を生産していると

いう。同じ図面を利用しているため,機械の

形式から機種まで全て同様で、あり,驚くべき

ことに製品のカタログすらメーカー名を変え

ただけで同じものを利用する場合もあるとい

う。

こうしたスピンアウト企業の製品について

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日系企業の技術移転に関する研究

も, S社でしか生産できない製品は別として,

標準品で価格が安ければ品質は二の次という

顧客も多いため,毎回競争になるとのことで

あった。

次に, A社の場合も,スピンアウトして競

合企業を設立するとし、う事例である。 2件確

認できた。 A社は,高雄と三峡とのこつの工

場を有するが,一件は, 3年前に高雄の工場

でボワュームの製造を担当していた諜長クラ

スの人聞が,外部の人間と共同経営で独立し

て,向じくボリュームを生産する会社主ど設立

したとし、う事剣である。もう一件は,今回調

査をさせていただし、た三峡の工場で、4年前,

チューナーの設計を担当していた課長クラス

の人間と組長クラスの人間が共同で独立し,

同じくチューナーを生産する企業主ど設立した

とし、う事例である。両者とも現在でも健在で,

A社の競合企業となっている。

② 下請企業設立型~日社の事例

H社は主にエアコンを生産しているが,託

社に勤務していた人間が同様にエアコンを生

産する企業を設立した事釧はない。このこと

はエアコンを生産するために必要な莫大な初

期投資という閣から考えて当然であるが, H

社においては,独立して部品会社を設立する

とし、う事例が確認できた。 H社は部品の内製

率が比較的高く,工場内で肢金や金型などの

部品が製造されている。スピンアウトは板金

加工の技術を身につけた作業者が独立して部

品サプライヤーを設立したというものであ

る。

この種のスピンアウトは,別に競合企業と

なるわけではないので,日社にとってそれほ

ど影響力や問題点といったものはない。逆に,

条件さえ一致すれば,同社の下請企業として

取引きを開始しているとのことである。

184

(2) 要因分析

① 工場の機能

以上のようなスピンアウトの事例から明ら

かなことは,スピンアウトが発生するかしな

いかは第一に工場が有する機能の差に依存す

るということである。まず,設計部門という

機能が一つの条件となる。 S社の事例やA社

の事例のように設計部門からのスピンアウト

が目立った。また, F社の場合,設計部門の

課長クラスの人間が図面を持ち出して他の競

合企業に転職したという例も見られる。 S社

のところで、述べた通り,機械メーカーの場合,

図面さえあれば,外注だけで生産を開始する

ことができる。また,設計の技術は技術者個

人に体化され,かつ,場所を変えても損なわ

れることはなし、(佐藤 1990)。すなわち,設計

部門を有しているということは,スピンアウ

トが発生しやすいということができる。

また, H社の事慨を見ると,単なる組立工

程ではなく,部品の内製も工程に含まれてい

ることがスピンアウトの条件のーっと考えら

れる。スピンアウトが確認されなかったO社

や I社の場合,ほとんど部品の内製は行われ

ておらず,すべて外注である。しかしながら,

こうしたことは単なる条件にすぎない。実際,

設計部門を有していてもスピンアウトが発生

してない工場もあるし,部品の内製部門から

のスピンアウトもない工場もある。

② 企業内技術移転との関連

II. において,生産システムに関する企業

内技術移転の良好な工場ではスピンアウトが

発生しやすいとの仮説を立てたが,各工場の

企業内技術移転状況を調査した限り,こうし

た仮説はある程度支持されるものと思われ

る。この仮説の妥当性を端的に表わしている

のが, H社の企業内技術移転状況である。筆

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者が判断する操り,生産システムの移転とい

う観点からすると, H社の企業内技術移較の

パフォーマンスは今回の調査の中でも最も良

好であった。まず,他の多くの工場では多能

工の養成が閤難とされていることとは対照的

に,日社では,作業の効率化を園るために計

画的に多能工の養成を実施していた。もちろ

ん,品質を維持するためにはある稜度職務は

区分されるが,同区分の中では効率化を意図

して,計画的,あるいは臨時的にジョブロー

テーションが実施されている。また,教脊訓

諌に関してもH社の制度は徹底していた。ま

ず,新入作業員は,生産現場に出る前に2週

間の職前研修を受ける。ここで作業に関する

基本事項を学んだ後,実際に生産現場におい

てOJTを通じて技術を身につけていく。ま

た,こうした OJTとは別に,毎年,年間計画

を組んでの教育訓練も用意されている。これ

は訓練センターのようなところで,管理者,

現場作業者,新人等の段階別に年間を通じて

研修,訓練を行うものである。

機械設備のメンテナンスに関しては,生産

技術部とし、う部署が設けられており,専門的

なメンテナンスはここが担当している。けれ

ども,高度に専門的なメンテナンスを除く,

日々の簡単なメンテナンスに関してはこの生

産技術部の指導のもとに一般の作業者が行っ

ているとのことである。品質管理に関しても,

一般の作業者の果たす役割は大きい。 H社に

おいては,作業標準の中に品質チェックの項

目が含まれている。具体的には「QC工程図」

といものがあり,各工程の中で製品の品質に

影響を及ぼす簡所が明示されてり,品質管理

に気が配られている。また,組立ラインには

ラインストップ用のブザーが設置されてお

り,何か品質に問題がある場合は一般の作業

185

者であってもラインを停止することができ

る。

小集団活動に関しても H社は活発であっ

た。 H社においては独自の QCCがある。これ

は, 10数組のグループを組んで,作業現場に

おける様々な問題の中から一つのテー?を決

めて,クソレ…プ別にその対応策を検討すると

うものである。計闘的に毎月実施されており,

参加率も 100%に近いとしづ。なお,この小集

団活動に関しては,手当てや報{賞といったも

のは一切無い。これとは別に改善提案制度が

あり,これは生産現場における改善の提案に

対して,採用され生産性に効果があれば,相

当の手当てがつくというものである。こうし

た小集団活動,改善提案制度を通じて作業者

の改善に対する意識が向上しているものと考

えられる。

以上のように生産システムの移転という

観点から見たH社の企業内技術移転状況は非

常に良好であり, H社において作業者の中か

らスピンアウトが発生したことは非常に示唆

的である。また,今回の調査では,現場の作

者よりも,設計を担当していた技術者

(engineer)や,課長など上級職員のスピンア

ウトの事例が罰立ったが,こうした事例にお

いても生産システムの移転や技能形成といっ

た企業内技術移転の実施状況との桔関が観察

で、きる。

S社の事例は,設計部門の技術者がスピン

アウトしたというものであった。 S社におい

ては設計に関しても,生産現場と同様, OJT

で教育訓練が行われているとのことであっ

た。すなわち,一定の見習い期間の後,初め

は簡単な図面から次第により接雑な図面へ

と,現場で学習していくとし、う形態である。

また, S社では,台湾政府の産業支援も活

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日系企業の技術移転に関する研究

用しており, CAD設計システムを導入する

捺,技術部の人間を政府傘下の研究所に派遣

して研修を受けさすなどの措置も講じてい

る。このように, S社では,設計の技術者に

関しても, OJTをはじめとする日本的な教育

訓練を実施しており,スピンアウトも単に設

計技術の移転から発生したものではなさそう

である。

A社の場合は,課長クラスの人間がスピン

アウトしたとし、う事例であった。 A社におい

て上級職員のスピンプウトが多いのも,企業

内技術移転と関連がある。 A社においては,

従業員はワーカーと職員とに区別されてい

る。ワーカーとはその名の通り,現場の一般

作業者であり,こうしたワーカーに対しては

技術に関しての要求は少なく,さほど特別な

教育訓練は実施されていない。これに対して

職員とは,高卒以上の学歴で,現場において

もラインリーダー以上を担当する者をし、う。

彼らについては,職場での指導者としての投

舗が要求されるため, OJTによる教育訓練

や, 3年周期でのジョブローテーションなど

が実施されている。また,品質管理について

も,ラインを停止する権限を有するのはライ

ンリーダー以上の職員であり,彼らには製品

の品質についての見極めが要求される。この

ような良好な企業内技術移転が上級職員のス

ピンアウト発生の要因のーっとして考えられ

る。

以上,それぞれの事例を分析した結果,ス

ピンアウトと生産システムや技能形成に関す

る企業内技術移転との関連に関する仮説は概

ね支持されるように思われる。すなわち,良

好な企業内技術移転がスピンアウトを誘発し

ている可能性を指摘できる。

186

③ 台湾特殊的要閣

調査を通じて,スピンアウトの要因に関し

て,台湾の経済発展状況や社会的,あるいは

文化的背景に起因すると思われる点がし、くつ

かあった。ここでは次のニ点だけ指摘してお

こう。

まず第一に前者に関して,台湾においては

部品サプライヤーや板金加工などの下請業者

が発達していることがあげられる。 S社の事

例は,設計技術を持ってスピンアウトし,全

て外注で生産を開始したというものであっ

た。同様に, A社においても設計部門の人間

がスピンアウトしている。このような形態の

スピンアウトが可能なのは,部品サプライ

ヤーや下請業者が多く,また,技術的にもあ

る程度の水準にまで達しているからであろ

う。実際,今回の調査においても,台湾では

サプライヤーの裾野が広く,それが日本企業

の投資先としての…つの魅力であるとの意見

も聞かれた。こうした下請企業の発達という

点が,特に設計に関するスピンアウトが発生

する要因の一つで、あると考えられる。

第二に,後者に関して,人々の旺盛な独立

志向と,それを可能にする人間関係があげら

れる。 A社の事例は,外部の人間と共開で独

立するというものであった。台湾においては,

歴史的に「関係(グワンシ〉」と呼ばれる人間

関係が非常に重課される(ヴォーゲル 1993)。

台湾では独立して企業を起こす人のことは

「老板(ラオパン)Jと呼ばれ, こうした老板

が経済発展を支えたということがよく指摘さ

れるが,沼崎(1996)は,老板的企業発展を

可能にしたのは,こうした関係指向とパート

ナーシップに支えられた「台湾社会の開かれ

たネットワーク」であったとしている。おそ

らく,設計技術をもとにスピンアウトして,

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全て外注で生産が開始できるのもこうした人

間関係に依る部分も大きいのであろう。

(3) 子会社の対応

最後に以上のようなスピンアウトに関して

の各工場の対応について述べる。今回の調査

で明らかな通り,スピンアウトの効果は非常

に大きい。他の技術移転形態によって,現地

の企業が,競合企業として日系企業と競争し

たり,下請企業として日系企業を満足させる

だけの品質の部品を供給したりする程度に成

長するためには膨大な時間とコストが必要で

あろう。

しかしながら,受入閣にとってはこのよう

に効果的な技術移転形態であるスピンアウト

も下請企業を設立する場合を除けば,子会社

側からすれば由々しき問題である。子会社の

対応によってはスピンアウトが抑制されるこ

とも考えられる。

最も重要な問題は,スピンアウトが企業内

技術移転の抑制に結び、つかないかという点で

ある。作業者に技術を移転してもすぐに辞め

られるのであれば,はじめから技術移転を制

援するということは当然考えられる対応であ

る。しかしながら,今回の謂査において,ス

ピンアウトの発生を恐れて企業内技術移転を

抑制しているといった工場は全くなかっ

た1九というのも,企業内で技術を移転しなけ

れば仕事にならないからである。スピンアウ

トは痛手であるが,多少のリスクは覚J悟して

いるという工場が多かった。しかしながら,

全く対応策を講じていないというわけではな

い。例えば, H社では,スピンアウトを念頭

に置いて,同じ職務の作業者を複数育成して

いる。すなわち,辞められた場合の予備箪を

準備しているわけである。もっとも,これは

H社のような大企業のみ可能な対応策であろ

う。また, F社では,設計部門の従業員に競

合企業に転職されたとし、う経験を持つが,そ

れ以来,図面などの設計関連の資料の管理に

気を配っている。設計部門の従業員が辞職す

るときにはコピ…管理などを徹鼠し,資料の

持ち逃げを防いでいる。

逆にスピンアウトを評価する声もあったこ

とも付け加えておこう。台湾では下請産業の

裾野が広いことは先にも述べたが,そのよう

な下請の部品サプライヤーの中には日系の部

品メーカーからのスピンアウトが非常に多い

としづ。 20~30年前に日本の成形,金型メー

カーが台湾に多く進出したが,そこの元従業

員が非常に多くスピンアウトして問様の会社

を設立しており,それが現在のような幅広い

下請企業群の形成に一役買っているとのこと

である。現在では,労働力が多く必要な組立

作業などの投資は大陸などに次々と移転され

ているが,そういった安価な労働力の利用と

いう期間が終了したあとも台湾には部品や機

械設備を生産する力が残っている。こうした

実力を利用するために次の段階の投資も既に

始まっていることも事実であるという。

4. 下請企業への技栴指導

(1) 現地下請企業との取引関係

まず,日系企業と現地下請企業との取引関

係はどの程度の水準にあるのかという点を確

認しておこう。表III-4は各工場のローカル

コンテントをまとめたものである。表から明

らかな通り,各工場のローカノレコンテントは

非常に高い数字であり,現地化が進接してい

ることが伺える。 I社のみ 18%と極端に低い

が,それは I社の扱う製品が特殊なものであ

るため,台湾では生産されていない部品を多

く必要とすることに由来する問。しかしこう

187-

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日系企業の技術移転に関する研究

表III-4 ローカノレコンテント (%〉

孟~ 日本からの輸入現地日系サプライ 現地地場サプライ 第三間サプライ

ヤーからの調達 ヤーからの調達 ヤーからの調達

S社 15 30 55 。F社 30 。 55 15

A社 8 3 88 1

0社 22 17 57 4

I社 80

H主!こ 20

した例外を除くと残りの各工場のローカノレコ

ンテントは非常に高く,実際,ほとんどの工

場が,部品調達に関してはできる罷り現地の

ものを利用すると答えている。これは, 日本

から部品を輸入していたので、はコストがかか

りすぎるためで、ある。

注目すべきは,台湾に進出している日系部

品会社よりも,現地の部品会社からの供給の

方が多いことである。また,ほとんどの工場

が下請企業と継続的な取引を続けている。日

系企業と現地下請企業とは相当強く結びつい

ているといえよう。

(2) 技術指導の事例~きめ細かな技術指導

表IV 5は,各工場の技術指導の概要であ

る。表に明らかな通り,ほとんどの工場が自

ら下請企業まで出向いていって,工程の審査,

改善を指導している。

印象的なことは,今回の対象工場のほとん

どが非常にきめの細かい技術指導を実施して

3

15 2

54 20

おり,現地下請企業の技術の向上に大きく寄

していることが実感できたことである。こ

こではA社の事例を取り上げ,技術指導の形

態やその効果について概観する。

A社では部品を調達しているサプライヤー

が 123社,組立や半製品の加工を依頼してい

る加工外注が 19社ある。具体的にはりそコン

ケース,基盤,プレス部品といったものを調

している。こうした下請企業とは捜ね総統

的な取引を続けているが,ただ,これは,こ

れまでの操業を通じてA社の技術指導につい

てこれた所が残っているだけであって,すべ

ての下請企業と縦続的な取引を行っているわ

けではない。すなわち,下請企業を選ぶ際,

そこの社長の考え方,生産設備の状況,管理

の状況などをみて, こちらの要求に応え得る

と判断した所に対しては長期的に技術指導を

行うが,ついてこれないと判断した場合には

変更することもあったということである。

表III-5 各工場の技術指導の概要

S社 F社 A社 O社 I社 日社

図面の説明及び 出向いて工程の 出向いて工程の 出向いて工程の 図面の説明が主 出向いて工程の

助言が主だが, 審査,改善を指 審査,改善を指 審査,改善を指 だが,問題のあ 審変,改善を指

それほど効果は 導。下請の品質 導。下誇の品質 導。下請の品質 る場合には下請 導。下請の品質

ないとのこと。 水準向上に効果 水準向上に効果 水準向上に効果 に出向いて指 水準向上に効果

あり。 あり。 あり。 導。 あり。

-188-

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下請企業の品質水準に関しては,総体的に

は高いといえるが,国民性ないしは考え方の

違いにより,次のような問題があるとしづ。

すなわち,モノを造るとき,一般的に日本人

は,細かいところまでつめていって,これな

ら大丈夫というところまで徹底してやる。し

かし,相対的に台湾人の場合,ある程度の水

準の見通しがつくとそこで止めてしまう。し

たがって, 日本でスイッチ,ボリュームに関

して満足できる不良率といえば,数 PPMの

水準だが,台湾では数百PPMということと

なり,二桁の違いが出てくるのである。そこ

で, A社では,この間をとって,せめて数十

pp引の水準にするよう指導しているとのこ

とであった。このような日本と台湾との品質

に関する考え方の相違は多くの日系企業の経

営者の方が指摘するところである。

さて, A社では抜き取りで受入検査を行っ

ているが,問題がある場合には,品質基準に

基づき,品質管理,購買,製造部門などが立

ち会い,直接指導を行っている。この場合,

図面をもとにした話し合いよりも,生産現場

で工程を見て技術者(場合によっては日本人

も〉が指導することが多い。関面の説明だけ

で問題を解決できる下請企業は非常にし、し、下

請企業であるが,実際には説明だけでし、し、モ

ノは入ってこない。したがって,自ら出向き,

工程を見社てもらって,そこで一緒に考え,

例えば,この工程にはこういう方法を取り入

れた方がいいのではなし、かとか,この工程と

この工程を入れ替えたらどうかとかの助言を

与えるのである。このように, A社では,工

程の改善による問題の再発防止とし、う部分に

きを置いている。

A社の指導によって品質が改善された事例

としては,以下のコマンダーのフィノレムにつ

-189

いての事例がある。コマンダーとは,カース

テレオの CDチェンジャーのことをいう。こ

のコマンダーの電光表示部分に付いている保

護シートに関してその品質が問題となった。

すなわち,電光表示部分は,ガラスの上にブ

ランド名などが印刷されたポリエステル製の

保護フィノレムが取り付けられているのだが,

このフィルムに傷が多いとし、う外観不良の苦

情が寄せられたのである。この不良のため,

完成品で 4.7%が工程落ちしていた。そこで

常務の指示のもとタスクフォースが組まれ,

開題解決のための技術指導が行われた。まず,

下請企業に入札要国分析のために工程を審

査してみると,材料にはほとんど問題はなく,

工程の中で自分たちで傷をつけていることが

判明した。この保護フィルムの生産工程とは,

まずローノレの形で入ってきた原材料を切断

し,印刷を施し,プレス機で形状を整えると

いうものであるが,こうした各工程に様々な

問題があったのである。そこで,一つ一つの

工程を見直した上で,作業ポイントを指導し

たり,あるいは工程の組替えを助言したりす

るなどの技術指導が行われた。例えば,生産

ラインの中で,半製品を高いところから落と

していたために傷がついていたので,その高

さな低く調整し臨したりするなどの改善であ

る。こうした技術指導の甲斐あって, 6ヶ月

で, 4.7%から 0.35%まで工程落't-が減少し

たという。

(3)技術指導の効果に関する分析

以上の事例をもとに,下請企業の技術指導

の効果について分析していこれまず上の事

イ宛から明らかなことは, 日系企業の技術指導

の主眼が製品の品質改善にあるということで

ある。したがって,生産工程の改善の指導や

実用的なノウハウの伝授などが指導の中心的

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日系企業の技術移転に関する研究

な内容となっている。このような品質向上の

ための生産工程の改善や設備機械に関する実

用的なノウハウといったものは,日本企業が

その操業を通じた長い年月の中で身に付けて

きたものであり,現地の企業が独自に開発し

ようとしても一朝一夕でできるものではな

い。こうした観点からすると, 日系企業の技

術指導は,現地の下誇企業にとって非常に効

果的なものであるといえる。今回,台湾の下

請企業も 5社訪問したが,実際,日系企業の

技術指導によって扱う製品の品質が向上し,

取引先が増えたというところが多かった1め。

また,このような品質の改善を意留したポ

イント指摘型の指導から一歩前進して,より

高い品質と効率を意囲して生産システムの移

転を行う工場もあった。すなわち,百社では,

QCCを数社の下請企業にも採用させたり, 5

S運動を推進したりしている。また, F社の下

請企業の一つであるK社では,工場の床の色

を薄くして汚れを目立たせ,整理整額を促す

ようにしていたが,こうした手法も日系企業

の助言によるものだという 14)。

(4)技術指導成功の鍵~ついてこれる所とつ

いてこれない所

多くの日系企業に共通した姿勢は,多少品

質が悪くてもこちらの要求に応えようとつい

てくる所には継続的に技術指導を行うが,そ

うでない所は変更するというものである。こ

のように下請企業への技術指導の成否は下請

企業側の主体性に大きく左右される。このこ

とは現在,下請企業への技術指導がうまく

いってないという S社の事慨をみても明らか

である。

現在, S社と耳元引のある下請企業は,購入

品を除いて,機械加工,製缶,鋳物の三業種

である。この内,機械加工と製缶については

納入される部品の品質が良く,技術指導の必

要はない。ただ,鋳物に関しては不良品が相

当多く,問題となっている。その一例として

鋳物の内部に「巣」と呼ばれる空洞が生じて

いる欠陥があげられる。外観からは判断でき

ないが,鋳物の内部に巣があると,完成品を

使用している段階になって鋳物部分にひびが

入ったり,割れたりしてしまうのである。こ

うした苦情が顧客から出された場合, S社と

してもまずは下請企業への技術指導を行う。

具体的には, 日本での溶解液の材質や,溶解

液の投入の仕方に関するノウハウなどを解説

した「鋳造法案」というものを下請企業に提

出し,助言を与える。

しかし,この鋳造法案によって品質を改善

した例もあることはあるのだが,実際にはほ

とんど効果がみられない。というのも, S社

が発注する鋳物の数量はそれほど多いわけで

はないので,鋳物の下請企業からすれば,少

ない発往で厳しい桂文をされるということ

で,なかなか雷うとおりにはしてくれないの

である。このように,日系企業側に技術指導

の意志があっても,現地下請企業側が積極的

にそれを受け入れない場合は,技術の向上は

望めない。

日系企業と下請企業とは,いわば持ちつ持

たれつの関係で、ある。技術指導によって下請

食業の品質が改善されれば,日系企業の工程

内でのロスが減り,コストが下がる。また,

下請を頻繁に変更することのコストも節約で

きる。下請企業にとっても品質改善によって

コストが下がるのはもちろんのこと,取引先

が増えることは上述の通りである。こうした

良好な関係を維持していくためには両者の思

惑の一致が必要となる。日系企業側は技術指

導を行うことによって下請企業の品費改善を

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していこうとしづ意躍は共通している。問題

は下藷企業側の主体性であって,上のS社の

下請企業のように技術指導を受け入れる意思

がない場合には良好な関係が機能しないので

ある。

IV.含 意

以上のように,本稿の分析から,これまで

数量的な実証が主であった spilloverに関し

て,その内実や発生要因,問題点などがある

程度明確にすることができた。こうした spil-

loverによる日系企業の技術の現地化が台湾

の製造業の技術蓄積に大きく貢献していると

えることカ1で、きょう。

さて,次に以上のような分析結果からは以

下の合意が縛られる。

第一に, 日系企業の技術は,企業内技術移

転による内部化だけでなく, spilloverを通じ

て外部,すなわち現地企業へ移転されている

ということである。下請企業への技術指導の

事例から明らかな通り,現実には部品の内製

や日本からの輸入といった内部化はそれほど

有利で、はなく,現地企業を育成して品質を向

上させた上で部品を調達する方がコスト上の

効果が大きいのである。したがって, 日系企

業は積極的に現地企業と取引を行い,品質管

理の手法,ノウハウを移転している。また,

讃極的ではないにしろ,スピンアウトを通じ

ても日系企業の技術は現地に移転されてい

る。

第二に,こうした spilloverの発生には,台

湾のように現地下請企業の技術がある一定の

水準に到達していることが前提となるいうこ

とである。しかしながら,逆にいえば,現在

の開発途上閣であっても,下請企業の技術を

ある一定の水準にまで引き上げれば,多国籍

企業子会社からの spilloverを十分享受でき

るということを示唆している。こうした意味

で,車接投資を通じた技術移転を成功させる

ためには,開発途上閣内における技術吸収能

力(Capabilitiesof technology absorption)

を向上させるべきだという議論(Yamasita

1995〕は正当性を持つものと思われる。製造

業に関しては,基礎的な技術は告閣で備え,

より効率的な生産,より高い品質管理といっ

た生産システムに関しては多国籍企業を利用

するという一つの発展類型が考えられる。そ

の際,資金や情報の提供など,政府の果たす

役割は大きなものとなろう(Lall1992)。

、現

1)日本多国籍企業研究グノレープによる…速の研究

とは,安保綴(1988),安保,板垣,上山,河村,

公文 (1991),板垣編 (1997)をおす。

2〕このように日本的な生産システムにおいて人的

な側面がZ重要であるという見解は広くコンセンサ

スが得られている。 17Uえば,小池・猪木 (1979)

は,多くの持ち場をこなす能力と知的熟練という

二つの要素からなる作業者の技能が重要で、あると

しているし,島問 (1988〕は,人部と技術の関わ

り合い方をヒューマンウ zアという概念で表して

し、る。

3)ここにいう 6グループとは,「i'I'業組織とその管

理運営J,「生産管理J,「部品調達」,「参随意識」,

「労使関係J,「親一子会社関係」をま告す。 23宅建割

については,安保編 (1988),安保・板垣・上山・

河村・公文(1991〕,板短編 (1997)を参日告。

4) 日本的な生産システムの移転という観点から,

開発途上国における日系企業の企業内技術移転を

認まました研究として主なものは,東南アジアの日

系企業を調査した小林〔1992)や,同じく東南ア

ジアの日系企業に対するインタビュー調査を行っ

-191

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臼系企業の技術移転に関する研究

た山下他 (1989〕などがある。

5) spilloverの形態については, Blomstrom

〔1991),街中 (1994〕を参照。

6)例えば,斉藤〔1979)は,海外投資を通じた技

術移転においては,「外国会業から民族企業への技

術移転があってこそ自立的工業化に貢献できるJ

〔p.476)とし,下請企業への技術指導やスピンア

ウトの重要性を指摘している。また,菰閏〔1987〕

も,「食業内技術移転が途上隠の緩済開発に結びっ

くか否かは,企業内技術移転を契機として非市場

型技術移転がどれだけの尽さでどれだけの規模に

おいて生ずるかにかかっている」(p.208〕として

本稿でいうところの spilloverの重要性を指摘し

ているし,関口(1988)も,直接投資の長期的利

益として,「経営技術や,生産技術が習得され,そ

れが被投資国内に普及することから生じる「外部

経済効果」が最大の利益になる」(p.49〕としてい

る。

7)技術移転と外部経済効果とは概念の混乱が見ら

れる(問中 1994)が,ヌド稿では, I二述の通り,技

術移転とは移転された技術が現地化して完結する

ものとし,外部経済効果も技術移転に含まれるも

のとして考える。

8)対象企業を選出するに当たっては,東洋経済,

『海外進出企業総覧 1997』を参考とし,『有価証券

報告書』で詳細を確認した。

9)本稿ではスピンアウト(spinout)という用語を

使用するが,文献によってはスピンオフ(spinoff)

とし、う用語が使用されることもあり,統一された

見解はない。また,今聞の実地調査において,日

系企業の経営者の方から,「スピンアウトという言

葉の著書きには,はじき出されたというイメージが

強い。しかしながら,実際には自ら身につけた技

術を持って独立することを指すのであり,もっと

適切な用語会使用するべきだ。」とのご指摘を受け

た。非常にもっともなこ桐指摘で、あるが,適当な用

語が見つからないため,ヌド有害Jて、は通例lに従ってス

ピンアウトという用語を使うこととした。なお,

他の企業への移動は一般にジョブ・ホッピング

(job hopping)と呼ばれてスピンアウトとは区別

される。しかし,単なる転職ではなく,身につけ

-192-

た技術を生かして現地企業に移動する場合にはス

ピンアウトと同じ効果を持つものと考えられるの

で,本稿においてはそうした移動についてもスピ

ンアウトと同様に扱うものとする。

10)例えば, Ranisand Schive (1985〕は, 1964年

に台湾に進出したシンガーミシンが現地の部品サ

プライヤーに技術支援を笑施したことが当時の台

湾のミシンiliI業全体の生産性の向上に大きく寄与

したことを指摘している。また, Limand Fong

(1982〕は多国籍企業が開発途上国において引き

起こす蚕直連関という観点からシンガポーノレにお

ける電気機器食業を調査しているが,ここでも下

請企業への技術指導の重要性が指摘されている。

日系企業については, JI[村(1997〕が,台湾,韓

閣における日系電気組立工場が現地下請企業に対

して技術指導念行っていることについて指摘して

いる。

11〕ただ,子会社としては好ましくないことには変

わりなく,次のような厳しい意見もあったことも

事実である。すなわち,技術を身につければすぐ

に辞めて独立するという行動指針を改めなけれ

ば,台湾に潟度な技術は入りにくくなるだろうと

いう怠兇である。設備はお金を出せばJ'fiえるが,

それを使いこなす技術は人間に体化される。五三業

としてはそうした人聞を育成しようと投資してい

るのに,それが卜分間収できない内に辞められた

のでは,そうした投資意欲は減退してしまうので

ある。

12)例えば,向社の扱う水銀ランプ@には非常に強度

の高い硬質ガラスな必婆とするが,台湾において

は,軟質ガラスは生産されているものの,硬質ガ

ラスは全く生産されていない。

13〕現地下請企業のインタビューによると,日系企

業との取引を通じて製品の品質が向上すると,国

内で信頼できるサプライヤーとして認識されるよ

うになり,笠伝効果が大きいとのことである。

14) K社は,日系企業F:f:I:の下請企業で,エレベ

ターの関連部品を製造しているが, F社以外の日

系企業との取引もあり,こうした手法は他の日系

企業から移転されたものである。

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謝辞

本稿の執筆にあたり,多大なる御協力をい

ただきました日系企業6社の方々,並びに日

本本社の方々に心より感謝いたします。