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政治的リスクと新興国投資 革新的なマルチアセット戦略 2015 年 4 月

政治的リスクと新興国投資 革新的なマルチアセット戦略...政治的リスクと新興国投資 2 サマリー 1. 2008年から2009年にかけて発生した世界的な金融危機以降、新興国市場のマクロ政

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Page 1: 政治的リスクと新興国投資 革新的なマルチアセット戦略...政治的リスクと新興国投資 2 サマリー 1. 2008年から2009年にかけて発生した世界的な金融危機以降、新興国市場のマクロ政

政治的リスクと新興国投資 革新的なマルチアセット戦略

2015年 4月

Page 2: 政治的リスクと新興国投資 革新的なマルチアセット戦略...政治的リスクと新興国投資 2 サマリー 1. 2008年から2009年にかけて発生した世界的な金融危機以降、新興国市場のマクロ政

政治的リスクと新興国投資

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サマリー 1. 2008 年から 2009 年にかけて発生した世界的な金融危機以降、新興国市場のマクロ政

治リスクが高まっており、新興国ポートフォリオの運用においてトップダウン分析の重要度が増しています。

2. 政治危機や経済危機の発生頻度および重大度が増していることから、新興国市場について

は、より体系的な手法によって政治的リスクを測定し、その市場相場への影響を評価していく必要があります。

3. 新興国市場では、政治的リスクの上昇を受けて資産価格の相関性が大きく高まる局面を除

き、ボラティリティの高まりや各国間の資産価格の乖離を背景に、マルチアセット戦略を通じてより優れたリスク調整後リターンの達成を期待できるという点が中心的な投資テーマとなっています。

4. 新興国市場においては、幅広いアセットクラスに投資すること、トップダウン・アプロー

チにより国・アセットクラス別のリスク配分をダイナミックに管理すること、政治的リスクとそれが新興国資産に及ぼす影響を体系的に測定し、それを投資プロセスに明確に取り入れること、という「3 本柱」のアプローチが有効であると考えます。

本白書の完成までにご協力いただいた以下の方々に感謝の意を表します。 日興アセットマネジメント:アル・クラーク、ロバート・サムソン、タヌージ・デュット、ピーター・ナイト ユーラシア・グループ:アレキサンダー・カザン、アディティ・マリセッティ

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政治的リスクと新興国投資

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セクション1: 新興国市場のマクロ政治リスクの管理 ─ 米国が世界でリーダーシップを発揮する意欲や力

が低下しているなか、実際にその代わりを務められる存在が台頭してきていないなど、国際社会における政治・経済的影響力のバランスが構造的にシフトしている結果として、マクロ政治リスクが高まりつつあります。

─ 2008年~2009 年の世界金融危機以降に盛んに議論された新興国と先進国の「デカップリング」は進んでおらず、実際には、米国の金融政策など、マクロ面のファクターの方が新興国市場のテールリスク(低い可能性で大きな損失が発生するリスク)に大きく寄与しています。

─ 体系的な政治的リスク指標を取り入れたトップダウン・アプローチは、従来からのボトムアップ・アプローチよりも優れたリターンを提供できる可能性があります。

マクロ政治リスクの高まり 過去 25年間において、新興国株式のリターンは先進国株式のリターンを年率3.3%上回ってきました。新興国株式は、このように相対的にリターン水準が高い代償として、リスクも大幅に高く、リターンのボラティリティは年率 23%に達しています。その一方、先進国株式のリターンのボラティリティは年率 15%と、大幅に低い水準にありました。 新興国投資では、相対的に高いリターンを享受するための必須条件として、相対的に高いリスクが受け入れられていましたが、最近は投資家の間で、そのリスクの高さに十分見合うリターンを得られるか疑問視され始めています。また、以下の二つの理由から、そうした懸念は強まっています。 i) 市場を揺るがすショックの発生頻度が増した結果、ドローダウンが生じる頻度も増していること

ii) リスクの源泉が、分散投資が効果を発揮する個別または銘柄特有のリスクから、分散投資が効果を発揮しないマクロ政治リスクへと変わりつつあること

日興アセットマネジメントでは、新興国市場におけるリスクの変容、そしてそれが新興国資産に及ぼす影響に関する理解を深め、マクロ政治リスクの上昇を巡る懸念に対処していくために詳細な独自調査を実施しました。その調査結果を見ると、新興国では市場を揺るがすショックの発生頻度が増加しつつあることが分かります。 以下のチャート1は、2001 年以降における新興国株式の週間下落率を示しています。右側に進むほど折れ線グラフの密集度が増していることから、金融危機時とそれ以降に市場の調整局面の頻度や深刻さが増大していることがうかがえます。 チャート 1:新興国株式の週間下落率 (対象期間:2001 年~2014 年)

出所:信頼できると判断した情報をもとに日興アセットマネジメントが作成

長期投資の観点から見ると、市場が持続的な上昇基調でなくボックス圏で推移しているときに、ドローダウンリスクがさらに深刻な懸念の種となります。上のチャートを見ると、新興国株式のリターン動向が世界金融危機の前と後で大きく違うことが分かります。世界金融危機以前の株価は、下落から回復に転じる度に1段階高い水準へと切り上げていました。しかし、近年は株価がボックス圏で推移しているため、以前と同じくらいの規模や頻度でドローダウンが生じる場合でも、その打撃が大幅に増しています。

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2005

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2008

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2012

2013

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累計リターン(%)

週間下落率(%)

Weekly Drawdown (Left Hand Axis)

Total Return (Right Hand Axis)

当白書では、マクロ政治リスクを国内全体に影響を及ぼすリスク、ミクロ政治リスクを国内の特定のプロジェクトやセグメントに影響を及ぼすリスクと定義し、その二つを区別しています。より幅広い政治的リスクに言及している場合、その意味には、景気見通しや経済的価値の変化を招くあらゆる政治的変化が含まれます。

週間下落率(左軸)

トータルリターン(右軸)

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政治的リスクと新興国投資

新興国市場は投資対象として成熟化しているものの、ショックに対する脆弱性は増す一方です。チャート2は、過去 15年間でドローダウン幅が最も大きかった30週間を抽出したものです。世界金融危機の間とそれ以降に生じたドローダウンは濃い青色で色分けされています。金融危機が発生して以降のドローダウン数は、合計 30回のうちの20回を占め、世界金融危機以前の2倍にのぼります。また、2000年代前半に比べ、近年の方がドローダウンの幅が大きくなっています。 チャート 2:新興国株式の週間下落率ランキング (対象期間:2001 年~2014 年)

出所:信頼できると判断した情報をもとに日興アセットマネジメントが作成 上記の分析結果は、市場を揺るがすショックの発生頻度や深刻さが増しているという我々の懸念の裏付けとなるだけでなく、新興国市場のリスクの性質が変化していることを鮮明に示しています。そうしたストレス局面では銘柄間やアセットクラス間の相関性が高まるため、安全性が高いと見なされている分散投資も、ポートフォリオのリスク管理手段としての有効性が低下します。したがって、ポートフォリオにおける主なリスク源泉は、分散投資が効果を発揮する個別または銘柄特有のリスクから、分散投資が効果を発揮しないマクロ政治リスクへと変わります。

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-20%

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-10%

-5%

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20081010

20081121

20010914

20090220

20020726

20110805

20060519

20040430

20070302

20080118

20111125

20010921

20070727

20040514

20130621

週間下落率(%)

変容するマクロ政治リスクを理解するため、マルチアセット型の新興国ポートフォリオを構築し、様々なアセットクラスによるリスク寄与度の長期的な変化を分析しました。ポートフォリオには、新興国株式、ハードカレンシー建て新興国債券、現地通貨建て新興国債券(通貨リスクは別個のリスクとして切り離して分析)を均等なウェイトで組み入れました。その分析結果はチャート3の通りです。 チャート 3:新興国マルチアセット戦略の代表的 ポートフォリオにおける資産間のリスク配分状況

出所:信頼できると判断した情報をもとに日興アセットマネジメントが作成 2008年以前では、ポートフォリオ全体のボラティリティに対する株式部分(個別銘柄リスクの寄与度が最大)の寄与度が約70%と大部分を占めた一方、通貨部分の寄与度は 20%、債券部分の寄与度は10%程度でした。2008年の金融危機時に、マクロリスクの高まりが意識され、ポートフォリオ全体のリスクに対する債券部分と通貨部分の寄与度が上昇したことは想定内と言えます。ただし、金融危機以降、通貨と債券のボラティリティ(マクロ政治リスクの寄与度が最大)が高止まりしており、足元においてポートフォリオ全体のボラティリティに対する寄与度が 50%を超えていることは想定外と言えます。 これらの分析結果は、後ほど紹介するユーラシア・グループによる分析結果とも一致します。ユーラシア・グループの分析には、フロンティア市場、先進国市場、新興国市場の政治的リスク指数が用いられています。 そうした変化の引き金になったと考えられる要因は多数存在しますが、ユーラシア・グループの調査では、次のポイントに焦点が当てられています。

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2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014

E uitiesq Local BD Hard Bd FX■株式 ■現地通貨建て債券

■ハードカレンシー建て債券 ■為替

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政治的リスクと新興国投資

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─ 世界における米国のリーダーシップが低下しているなか、その代わりを務められる存在が台頭してきていないこと

─ 新興国の影響力が増しているなか、その政治体制は国によって様々であり、世界各国による利害も多様化していること

─ 新興国は世界経済との結びつきが強まっており、マクロ政治・経済に関する外的なショックに対する感応度も上昇していること

当面は、これらのリスク寄与要因が解消される可能性は低い様子であり、引き続き、マクロ政治リスクが新興国ポートフォリオのパフォーマンスを大きく左右していく見通しです。したがって、新興国ポートフォリオの運用においては、従来からのボトムアップ・アプローチよりも、トップダウン・アプローチの方が優れていると言えます。 トップダウン・アプローチによる新興国投資 新興国ポートフォリオの運用にトップダウン型の投資アプローチを用いることにより、新興国資産のリターンに影響を及ぼすマクロ政治リスクの重要性が高まっている点と、相対的に経済規模が大きい新興国の多数において資本市場が急速に発展している点の両方に対処することができます。日興アセットマネジメントでは、トップダウン・アプローチには3本の柱が必要であると考えています。 i) リターン源泉を追加するとともに、ポート

フォリオ全体のリスクを低減するため、株式だけでなく複数のアセットクラスへと投資機会の対象を拡大すること(株式、現地通貨建て債券、ハードカレンシー建て債券、通貨)

ii) 下方リスクに対する防衛手段として、それらのアセットクラス(例えば、新興国ポートフォリオの柱となるインド株式やブラジル債券など)へのリスク配分をダイナミックに管理すること

iii) 政治的リスクと、それが新興国資産のリターンに及ぼし得る影響を体系的に測定し、定量化する手法

これらの 3本柱を重視した投資プロセスを構築できれば、新興国投資のリスクの変容や、そのポートフォリオへの影響に適応していくことが可能となります。 第 1 の柱: 投資ユニバースを拡大する利点は、前述した新興国資産(株式、現地通貨建て債券、ハードカレンシー建て債券)の等加重ポートフォリオの単純なリターン分析によって示すことができます。チャート4が示すように、2002 年以降、このポートフォリオは新興国株式を若干アンダーパフォームしましたが、ハードカレンシー建て債券と現地通貨建て債券の両方をアウトパフォームしました。

その一方、投資ユニバースの拡大は、リスク水準の大幅な低下に大きな効果を発揮しました。等加重ポートフォリオは、同期間におけるボラティリティ水準が新興国株式に比べて約半減したほか、2008 年のドローダウン幅が、新興国株式の 53%に対し、20%に留まりました。 チャート 4:新興国マルチアセット戦略の代表的ポート フォリオと他のアセットクラスのパフォーマンス比較

出所:信頼できると判断した情報をもとに日興アセットマネジメントが作成

第 2 の柱: 投資ユニバース拡大の効果を最大限に活かすため、トップダウン・アプローチでは、ポートフォリオのリスク配分を臨機応変に管理していくことが重要となります。投資のリスクプレミアムは一定でないこと、そして、マクロ政治リスクの上昇が新興国資産に影響を及ぼし続ける見通しを踏まえ、投資プロセスにおいては、新興国資産のリスクプレミアムの変化に対応できなければなりません。 日興アセットマネジメントでは、規律あるアプローチによりダイナミックなリスク配分を行なっています。従来の市場指標に囚われることなく、独自のモデルに基づき、以下の魅力的な特色を1個以上持つと判断される資産のみがポートフォリオに組み入れられます。 ─ 魅力的なバリュエーション ─ ポジティブなモメンタム ─ 追い風となるマクロ政治動向 第 3 の柱: マクロ政治リスクの定量化、また、そのリスクが新興国市場の資産価格に及ぼし得る影響の測定は一筋縄では行きません。そのため、日興アセットマネジメントは、ユーラシア・グループと提携し、その体系的な分析手法を活用することで、政治的リスクを定量化し、その結果を投資プロセスに取り込んでいます。次のセクションでは、ユーラシア・グループによる政治的リスクの測定手法を詳しく説明します。

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累計パフォーマンス

(2001年12月の水準を100として指数化)

EM Equities EM Local Currency Debt

EM Hard Currency Debt EM Multi Asset現地通貨建て債券 新興国マルチアセット

新興国株式 ハードカレンシー建て債券

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政治的リスクと新興国投資

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セクション2: 政治的リスクと資産価格 ─ 政治的リスクは、新興国投資における重要なリ

ターンドライバーです。政治的リスクの測定は難しく、その資産価格に対する影響は十分に認識・理解されていません。

─ ユーラシア・グループは、政治情勢と市場価格の間のつながりに関する理解を深めるため、政治的リスクを測定し、それを資産価格モデルに適用する体系的な手法を開発しました。

─ 足元のマクロ政治動向を見ると、ショックの発生頻度や伝播スピードが以前よりも増しているなど、新興国ポートフォリオの運用において、政治的リスクを体系的に分析するアプローチを取り入れる必要性が高まっています。

上述の通り、政治的リスクは、新興国市場のリターンを左右する重要な要素と言えます。しかし、政治的リスクは測定が難しく、投資プロセスへ正式に取り入れにくいことから、その資産価格への影響は投資家に十分に認識されていない傾向があります。 こうした問題に対処するため、ユーラシア・グループは、政治的リスクの体系的な測定手法を開発しました。この手法は、セクション1で説明した投資アプローチの3本柱により成り立っています。本セクションでは、なぜ政治的リスクが新興国の資産価格にとって重要なのか、政治的リスクの影響拡大を促している要因は何か、(日興アセットマネジメントの投資プロセスにも組み込まれている)政治的リスクを体系的に評価するアプローチをユーラシア・グループがどのように実践しているかについて、取り上げていきます。 政治的リスクが重要な理由 - 重要なドライバー 様々なアセットクラスにおいて、政治的リスク関連ファクターとリターンの間に強い関係性があることが実証されています。そうした関係性は、株価指数のボラティリティ1、債券のスプレッド 2、通貨のスポットレートとフォワードレート間で形成されるリスクプレミアム 3、CDSスプレッド 4などにおいて確認されています。また、研究結果によると、新興国市場では政治がとりわけ大きな影響を及ぼしていることが示されています。 そのなかでも、なぜ政治動向が新興国市場の資産価格にとってそれほどまでに重要かを説明する主要ファクターとして、次の5つが挙げられます。

─ ショックに対する制度面の対応力: 政治機構、政権基盤、社会と政府の関係性などによって、経済に打撃を及ぼす外的や内的なショックに対する政府の対応力に大きな制約が課されます。例えば、制度上の制約が、景気の収縮局面に対処するための財政政策や金融政策、緊急時法制、危機管理、経済改革などの足かせとなる場合があります。米国の量的緩和縮小に対するブラジルとインドの政策対応が対照的であった点には、そうしたショックに対する対応能力の差が表れています。

─ 政治の不確実性: いたって根本的な問題として、政治には将来の政策に関する不確実性がつきものであり、それが投資、税制、消費者信頼感や企業景況感、金利や与信動向などに影響を及ぼすことで、期待される経済活動(経済成長)や収益性の水準も左右されます。無論、資産価格は実際の政策変更に敏感に反応しますが、選挙関連の報道の見出しに市場が過剰反応する「ヘッドラインリスク」など、将来的な政策変更の可能性を示唆するシグナルに対しても敏感に反応します。

─ 競争環境や事業環境: 政治によって、競争の水準や形態、市場の方向性、国内経済の「開放度」が決まるなど、生産動向や消費動向の基調が左右されます。そして、競争環境の影響を直に受ける企業の価値と事業環境の安定性は、いずれも資産価格に反映されます。その上、政治動向は、企業による事業運営自体にも不確実性をもたらす可能性があり、(サプライチェーン、法令、裁判などに関するリスクによって)生産水準に大きな打撃を与える場合があります。

─ 国の信用力:政治動向や政策決定は、政府や国有企業の債務を返済する能力や姿勢に直接的な影響を及ぼします。

─ 市場構造によって政治的ショックの影響が増大する可能性: 政治情勢の想定外の変化を受け、理想とされるポートフォリオ構成が大幅かつ急速に変化した結果として、資産価格が急激な調整局面を迎えることもあります。政治動向に関するシグナルに応じて早い段階でポートフォリオを調整することができれば、新興国投資の下方リスク管理に大きく寄与する可能性があります。

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政治的リスクと新興国投資

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政治的リスクの測定手法 政治動向が新興国ポートフォリオのテールリスクに対する大きな寄与要因であることは明らかですが、リターンへの影響を分析するためには、これらの政治的要素が市場に及ぼす作用を定義・定量化する必要があります。 政治的リスクの影響をモデル化する際、最初に直面する大きな課題は政治的リスクの定義化です。政治的リスクの意味は、普通、その文脈によって様々に異なります。 次の大きな課題は、政治的リスクを体系的に測定する手法の開発です。 ユーラシア・グループでは、政治的安定性、社会的安定性、(国内外の脅威に対する)安全保障、(短期的および長期的な)経済的安定性という4つの主要な特性を用いて政治的リスクを定義しています。これらの特性については、後ほど詳しく説明します。 政治的リスクなどの可変要素を測定する方法の確立は一筋縄には行きません。政治的リスクを直接的に表す指標は存在しません。さらに、各国の政治的リスクを測定する「既成」の指標はあまり存在せず、発表頻度も低いため(通常は年1回の更新)、資産価格の時系列データと比較する対象としては非実用的です。 政治的リスクを測定する手段、または各国市場や各アセットクラスのプライシングへの影響を評価する手段がほとんどないことから、投資家は、その場限りの分析結果や、多くの場合は定性判断のみに依拠したアプローチを用いる傾向にあります。 「第 3の柱」の箇所で説明した通り、こうした問題を解消するため、ユーラシア・グループは、トップダウン型の国別配分を決定するにあたり、政治的リスクを測定し、その結果をシグナルとして活用する体系的な手法を開発しました。この枠組みは、以下に挙げる三つの重要な要素によって構成されています。 1. 現時点における各国の政治的な安定度を算出し、

国ごとに数値化する(グローバル・ポリティカル・リスク・インデックス)

2. 各国の政治的な安定度および、それがビジネス環境におよぼす将来的な影響度を測る(ポリティカル・トラジェクトリー)

3. 政治的リスクと市場価格の相関を予測する資産評価モデル

グローバル・ポリティカル・リスク・インデックス グローバル・ポリティカル・リスク・インデックス(GPRI:Global Political Risk Index)は、国としての安定性(政治制度や政府の安定性)を相対的に評価した指数です。政治制度とは、国家機関の設立根拠となる一連の規則であり、各機関の権限を定めるとともに、国家と社会の間の関係性を左右します。政府は、政治制度の行政機能を握っています。GPRI では、各国に対して1から 100までの定量スコアが付与されます。この数値が高いほど、リスク水準が低いことを示します。また、これらのスコアを基づいて各国の順位を示すランキングも決定されます。 チャート 5:グローバル・ポリティカル・リスク・ インデックス(GPRI) ユーラシア・グループが算出するGPRI は、国が政治的ショックを吸収できる能力を数値化したものであり、数値が高いほど国の安定性が高いことを示します。

出所:ユーラシア・グループ GPRI には、「政府」「社会」「安全保障」「経済」という4カテゴリーのスコアも含まれています。これらの各カテゴリーは、現在の政治制度や政府の正当性に影響を及ぼし得る要因であり、各国の国家としての安定度に寄与しています。

0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100

Czech RepublicPoland

HungaryMalaysia

South KoreaChile

Saudi ArabiaMexico

BulgariaChina

IndonesiaBrazil

ColombiaIndia

ArgentinaPeru

ThailandTurkey

South AfricaRussia

MoroccoPhilippines

AlgeriaKenya

IranVenezuela

NigeriaEgypt

UkrainePakistan

Government Society Security Economy■政府 ■社会 ■安全保障 ■経済

チェコ共和国ポーランドハンガリーマレーシア

韓国チリ

サウジアラビアメキシコ

ブルガリア中国

インドネシアブラジル

コロンビアインド

アルゼンチンペルータイ

トルコ南アフリカ

ロシアモロッコ

フィリピンアルジェリア

ケニアイラン

ベネズエラナイジェリア

エジプトウクライナパキスタン

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政治的リスクと新興国投資

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─ 「政府」のスコアは、政治制度と政府の盤石性と持続性を基準とした国家の安定度を示しており、検討するファクターには、政府と野党の結束力、国民の間での政府の支持率、政府機関の健全性や透明性などが含まれます。

─ 「社会」のスコアは、国家の安定を脅かしかねない社会的緊張の存在や深刻さ、また、社会的緊張が生じる可能性を示しています。検討するファクターには、所得格差、民族/社会階級間の対立、都市人口の増加率、また、乳児死亡率の高さや識字率の低さなど、公共サービスの劣悪さに起因する緒問題が含まれます。

─ 「安全保障」のスコアは、国内外における安全保障上のリスクを基準とした国家の安定度を示しており、検討するファクターには、軍事費、テロ、国内外での武力衝突、安全保障同盟などが含まれます。

─ 「経済」のスコアは、短期的および長期的な経済の不安定化リスクを総合的に捉えた国家の安定度を示しています。短期的なファクターとして景気動向や国家財政など、長期的なファクターとして経済構造や民間セクターを取り巻く環境などが検討されます。

ポリティカル・トラジェクトリー ユーラシア・グループの「ポリティカル・トラジェクトリー」(Political Trajectories)は、向こう6ヵ月から2年において政治が国内の景気(経済・投資環境全般)に及ぼす影響の方向性を予測した指標です。ポリティカル・トラジェクトリーは、今後の政治動向の見通しやその景気への影響を捉えることを目的として、政府の安定性/結束力、社会の安定性、安全保障、経済政策、投資政策という政治に関連する5分野を対象としたアナリスト調査の結果に基づいて算出されます。 ユーラシア・グループの国別担当アナリストは、様々な定性評価項目を定量化して総合スコアを算出する体系的な手法を用い、ポリティカル・トラジェクトリーのスコアを決定します。その際、アナリストは、各国の政治に関する前述の主要5分野の見通しを評価した後、それぞれの見通しが各国のマクロ経済環境に与える影響を評価します。また、政治に起因するリスクとチャンスを生み出す可能性という点から各分野の相対的な重要度を決定し、それに基づいて各分野の見通しが及ぼす影響をウェイト付けします。こうした段階を経て、定性評価結果が生のスコアに変換されます。

ユーラシア・グループは、2005年以降の 22の新興国市場の株式リターンと債券スプレッドの時系列データに対し、前述の政治的リスク関連の変数を適用する実証研究を行ないました。まず初めに、マクロと市場のファンダメンタルズに関する一連の変数を用いて、リターンとスプレッドの回帰分析を行なった後、それに政治的安定性に関する時系列データを導入することで、株式リターンと債券スプレッドの変動要因をより明確に把握できるか検証を行ないました。この研究の主な結果としては、以下のものが挙げられます。 ─ 株式市場については、政治的リスクに関する指標

を取り入れることで、株式市場のファンダメンタルズのみを用いたモデルに比べ、各国のリターンが乖離する理由の説明力が有意に改善しました。

─ 政治的リスクに関する指標は、総じて株式市場のファンダメンタルズとの相関性が低いことから、各国株式市場のリターンのばらつきと政治的リスクの間には独自の因果関係があることが分かります。

─ 株式に関するマクロ要因を分析するファクターモデル(利益成長率、株式のリスクプレミアム、PBRなど)に対して、政治的リスクに関するファクターとしてGPRI を追加すると、各国のリターンに乖離が生じる理由の説明力が約 18パーセントポイント 5上昇します。

─ 新興国債券のスプレッドについても同様の結果が確認されました。正式な政治的リスク指標を取り入れることで、マクロやクレジットのファンダメンタルズのみを用いたモデルに比べ、各国間で債券スプレッドに乖離が生じる理由、また長期的に各国の債券スプレッドが変動する理由の説明力が有意に改善しました 6。

─ マクロファクターモデル(GDP成長率、経常収支、短期金利、財政収支)に政治的リスクを追加することで、各国間でスプレッドに乖離が生じる理由の説明力が約11パーセントポイント上昇します(また、長期的に各国のスプレッドが変動する理由の説明力も改善します)。

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政治的リスクと新興国投資

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政治的リスクが新興国マルチアセット投資 戦略に及ぼす影響のケーススタディー: インドとブラジルの実例比較 2014 年はインドとブラジルの明暗が別れる年となりましたが、これは、どうすれば政治関連のシグナルをポートフォリオ運用の意思決定に活かせるかを示す好例と言えます。 2014 年には、それぞれの国で国政選挙が実施されました(インドは 5月、ブラジルは 10月)。また、GDP成長率の鈍化、経常赤字の拡大、インフレの高止まりなど、両国とも選挙前に同じようなマクロ経済面の逆風に直面していました。いずれの国の選挙においても、長年にわたり政権の座を維持してきた与党に対し(ブラジルでは 2003 年から労働者党が、インドでは 2004年から国民会議派が政権与党を担っていました)、経済改革を公約に掲げる野党(ブラジルではブラジル社会民主党、インドではインド人民党)が対抗するという構図となりました。インドでは、ナレンドラ・モディ氏(現大統領)率いる野党・インド人民党が、予想通りに下院の圧倒的過半数を獲得して勝利し、ブラジルでは、野党の獲得議席が伸びず、ジルマ・ルセフ大統領が僅差で再選を果たしました。 チャート 6:ブラジルとインドのポリティカル・ トラジェクトリーの乖離

出所:ユーラシア・グループ インド 5 月の選挙において、市場重視色が比較的強いインド人民党(BJP)が大勝し、1984年以降で初めて単独政党が議席の圧倒的過半数(連邦議会下院の 543議席中 282 議席)を獲得することになりました。こうしてBJP の党内予想や大半のアナリスト予想も上回る大差で選挙に勝利した結果、モディ氏は自身の政党と政権の両方を完全にコントロールできる立場となりました。BJP は、連邦議会の主導権を握ったことにより、経済のさらなる対外開放、インフラの近代化・拡充、設備投資や雇用創出の促進といった公約を押し進めていける体制が整いました。

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3M before 2M before 1M before Month of election

乖離度(インド-ブラジル)

政治軌道

選挙前における短期的な政治軌道の乖離

Brazil India Difference (India- Brazil)

チャート 7&8:インドの GPRI スコアとポリティカル・ トラジェクトリー

出所:ユーラシア・グループ 選挙が近づくにつれ、ユーラシア・グループの政治関連シグナルには、BJP 政権誕生の見通しを巡る楽観ムードの高まりが映し出されました。向こう 6ヵ月間のインドのポリティカル・トラジェクトリーに関するスコアは選挙前に改善を見せ、選挙を 1ヵ月後に控えた 2014年 4月には「ニュートラル」から「ポジティブ」へと引き上げられました。また、インド政府の安定性に関するスコアが有意な改善を見せたことを受け、(GPRI によって示される)全般的な政治の安定性に関するスコアも 2014年の当初から上昇しました。こうしたシグナルはいずれも、経済政策や投資政策が選挙後のマクロ経済環境に好影響を及ぼす見通しの高まりを示しています。 その一方、日興アセットマネジメントの新興国投資戦略のバリュエーションモデルでは、インド株式に対するニュートラルな見方が示されていたことでしょう。モメンタム関連シグナルはプラス圏内に入っていたものの、バリュエーション面の追い風が欠如していたことから、グローバル新興国ポートフォリのなかでインド株式をオーバーウェイトに引き上げるには、さらなる好材料が必要でした。そうした際、ユーラシア・グループの政治関連シグナルを活用することで、日興アセットマネジメントは、2014年 4月末時点でインド株式をオーバーウェイトに引き上げる判断材料を得られていたことになります。

0102030405060

Govt stability Society Security GPRI

インドのGPRI:2014年の選挙でモディ政権が誕生する前

1/31/2014 2/27/2014 3/31/2014 4/30/2014

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3M before 1M before 1M before 1M after

インドのポリティカル・トラジェクトリー:2014年選挙でモディ政権が誕生する前後

ST trajectory LT trajectory

3ヵ月前 2 ヵ月前 1 ヵ月前 選挙当月

ブラジル インド 乖離度(インド-ブラジル)

政府の安定性 社会 安全保障 GPRI

■短期的な軌道 ■長期的な軌道

3ヵ月前 2 ヵ月前 1 ヵ月前 1 ヵ月後

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政治的リスクと新興国投資

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ブラジル インドとは対照的に、ブラジルでは、10月の大統領選挙で再選を目指す労働者党のジルマ・ルセフ大統領が苦戦を強いられ、アエシオ・ネベス氏との決選投票でかろうじて僅差の勝利を収めました。前期に比べると政権基盤が弱まっており(政権基盤に関するスコアが低下)、ルセフ大統領は選挙に勝利したものの、経済改革法案の成立や実施もままならぬ状況にあります。低迷する経済成長、迫りくるエネルギー危機、ペトロブラス社の汚職疑惑、インフレの高止まりなど、今後もルセフ大統領が直面する政治課題は厳しさを増していくでしょう。こうした状況を映し出すように、ユーラシア・グループが選挙前の段階で測定した政治関連シグナルには、選挙後の政治の先行きが悪化の一途をたることが示されていました。向こう 6ヵ月および向こう 24ヵ月のポリティカル・トラジェクトリーのスコアは、選挙前にいずれも低下し、9月には、ブラジル政府の短期的な安定性に関する見通しのスコアがマイナス圏内に入りました。全般的な政治の安定性を示すスコアがすべて急低下したほか、10月の選挙までの 4ヵ月間において政府の安定性、社会の安定性、安全保障環境に関するスコアが軒並み低下しました。 チャート 9&10:ブラジルの GPRI スコアと ポリティカル・トラジェクトリー

出所:ユーラシア・グループ

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ブラジルのGPRI:2014年の選挙でルセフ大統領が再選される前

6/30/2014 7/31/2014 8/31/2014 9/30/2014

出所:ユーラシア・グループ この場合においても、ユーラシア・グループの政治関連シグナルは、ブラジル株式のアンダーウェイトを決定するにあたり極めて重要な役割を果たしたものと考えられます。日興アセットマネジメントの当時のモデルポートフォリオでは、ブラジル株式のバリュエーションが割高水準にある一方、株価モメンタムは上昇基調に転じたことが示唆されていました。そうした際に、政治の先行きの悪化を勘案することで、慎重な姿勢が促され、また、その結果として、(すでに強気な見方に転じていたと考えられる)インド株式をよそに、ブラジル株式はアンダーウェイト幅が引き上げられていたことでしょう。 実際、2014 年 4月から 2015 年 2月末までの期間の米ドル・ベースのリターンを比較すると、インド株式はブラジル株式を 50%超上回っていたことから、上記のアロケーション変更は大きな効果を発揮したものと考えられます。

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3M before 2M before 1M before Month of election

ブラジルのポリティカル・トラジェクトリー:2014年の選挙でルセフ大統領が再選されるまで

ST trajectory LT trajectory

3ヵ月前 2 ヵ月前 1 ヵ月前 選挙当月

政府の安定性 社会 安全保障 GPRI

■短期的な軌道 ■長期的な軌道

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政治的リスクと新興国投資

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政治的リスクに対する体系的アプローチの必要性の高まり マクロ政治情勢が報道の見出しをにぎわせ続けており(ロシア・ウクライナ情勢、ISIS 関連情勢、シリア情勢、イラク情勢)、市場の全般的な先行き不透明感やボラティリティが増しているものの、概して、それらの影響は現地に限定されたものであると見なされてきました。 現在は国際社会における政治・経済的影響力のバランスが構造的にシフトしていることから、マクロ政治を巡る危機的状況の発生頻度や深刻度は増して行くものと予測されます。 米国が世界でリーダーシップを発揮する意欲や力が低下しているなか、未だ米国の代わりを務められる存在は台頭してきていません。従来からの米国の同盟国は、自国内の問題に悩まされており、以前ほどの一枚岩ではなくなっています。新興国は、世界的なイニシアチブの決定を阻むことができるほど影響力を増していますが、独自の代案を提示できるほどの力(または連携体制)は備えていません。中国の隆盛やロシアの衰退、また、優先事項が異なり、政治体制も多種多様な新興国が多数存在することにより、世界に影響を及ぼす大国が増加し、利害関係も多様化しつつあります。世界は、「マクロ政治の創造的破壊」という時代を迎えており、世界経済にも大きな影響が及ぶでしょう。 政治的リスクが上昇すれば、その影響が新興国市場にも及ぶため、投資家は、政治的リスクの伝播に関してより体系的に検討していく必要があります。 右のグラフが示すように、ユーラシア・グループのGPRI を見ると、2008 年~2009 年以降のマクロ政治情勢の構造的なシフトに伴なって、マクロ政治情勢の安定性が低下しており、特に新興国市場のリスクが高まっていることが分かります。これは世界の政治的リスクを示す合成指数(各国の政治的安定性の評価結果をGDP加重(購買力平価ベース)した上で合算)であり、その推移からは、近年において政治的リスクが世界経済に与える影響が大幅に高まっていることが示唆されます(チャート 11を参照)。

チャート 11:グローバル・ポリティカル・リスク・インデックス、フロンティア市場、新興国市場、 先進国市場の比較

出所:ユーラシア・グループ

インドとブラジルのケーススタディーで示した例、そして、両国の選挙結果が影響し、米国の量的緩和縮小(いわゆる「テーパータントラム」=量的緩和縮小懸念によって引き起こされた市場の混乱)などのマクロ政治・経済面の課題に対する政策対応に差が出た点からも、外的ショックに対する新興国の感応度が高まっていることは明らかです。 こうした政治的リスクは市場相場への寄与度がさらに高まっているため、新興国ポートフォリオの運用においては、政治関連シグナルの体系的な測定手法の必要性が増しています。

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2008年~2009年の金融危機以降、政治的リスクが世界経済に及ぼす影響は増加

Frontier Emerging

Developed Global Average (right axis)フロンティア市場 先進国市場

新興国市場 世界平均(右軸)

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政治的リスクと新興国投資

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セクション3: 新興国マルチアセット戦略における 政治的リスク指標の活用 ─ 現在は新興国と先進国のいずれも世界経済との

結びつきが強まっており、同じようなマクロ政治的ショックに敏感に反応するようになっていることを背景に、近年は新興国投資と先進国投資による分散効果が低下しています。

─ また、政治的リスクが高まると、あらゆる資産の相関性が高まる傾向にあるため、危機的局面においては、新興国市場のアセットクラス間における分散投資効果も大幅に低下します。

─ こうした状況を受け、早い段階から政治的リスクに関するシグナルを解釈し、それをトップダウン型の国別配分の判断に取り入れることが必要となっています。

ポートフォリオ運用と政治分析の関連性 セクション1で指摘したように、新興国において現地通貨建て債券やその他のアセットクラスの市場規模が拡大したことを受け、現在、投資家には複数の超過収益源泉が提供されています。こうした様々な新興国資産のボラティリティが高まるほど、より優れたリスク調整後リターンの創出機会が生じるものと見られてきました。 2008 年から 2009年までの金融危機以降、マルチアセット型の新興国ファンドが次々と設定されました。それらのファンドの多くは、当時広く支持されていたある見解に基づいていました。それは、先進国市場と新興国市場の「デカップリング」が進み、新興国市場は先進国市場にあまり左右されない自律的成長局面に突入しつつあるという見方です。 しかしながら、前述の通り、デカップリングが進み、各国内におけるボトムアップ型の成長要因が原動力となるどころか、実際、新興国はトップダウン型のマクロ要因に対する感応度が高まったほか、先進国と同じようなマクロ政治的ショックからますます影響を受けるようになりました。 現在、求められているのはボトムアップ分析ではなく、マクロ政治的イベント、新興国による政策対応、それらが資産価格に及ぼす影響の間の関係性をより明確に理解することです。 新興国市場ではアセットクラス間での分散効果が高く、マルチアセット戦略が効果を発揮するという想定には別の問題点もあります。それは、頻繁に起きるようになりつつある政治的危機下においては、そうした想定が通用しないということです。

大きな政治的リスクを招くイベントの発生前や発生直後においては、国内のアセットクラス間の相関性が急激に上昇します。これは、政治に関するポジティブ・ショックとネガティブ・ショックの両方に当てはまります。表1は、過去 15年間を対象期間として、2000年のビセンテ・フォックス氏のメキシコ大統領就任(政治面のポジティブな「ショック」)から、2014年 10月のジルマ・ルセフ氏のブラジル大統領再選(ネガティブ色の方が濃いリスクイベント)に至るまで、新興国市場における主な政治的リスクイベントの代表例を示したものです。その例には、政治制度に関する危機(2001 年のトルコ、2005年のフィリピン)や、政権崩壊(2001年のアルゼンチン、2011年のエジプト、2013 年のウクライナ)などが含まれます。こうしたイベントのなかには、十分に想定されていたイベントもありますが、想定外のイベントもありました。 表1が示すように、重大な政治的リスクイベントの発生に伴ない、株式とソブリン債の間の相関性が高まっています。そのため、国内資産全般の価格が政治的イベントを巡るマクロリスクに左右される傾向が強まっており、アセットクラスのファンダメンタルズに左右される傾向は弱まっています。政治イベントの発生前後における様々な期間の相関性の中央値に注目することにより、各イベントによる国内資産の相関性への影響の推定パターンを導き出したところ、相関性は、イベントが発生する3~6ヵ月前に有意な上昇を見せ、30日前にピークを迎え、発生後は「平常水準」に落ち着いていく傾向が示されました。 インドとブラジルの場合、選挙結果の明暗が別れたことを受け、その後の資産価格の動向にも差が見られましたが、アセットクラスの相関性は、両国ともに目を見張るほど似通った推移を遂げました。インド株式とインド債券の相関性は、選挙実施の6ヵ月前にはやや高い水準(0.36)となり、選挙日が近づくにつれて着実に上昇していった後、選挙の30日前にピーク(0.64)を迎えました。また、選挙終了後の6ヵ月間には相関性が徐々に低下し、かなりの低水準(0.14)まで下がりました。ブラジルにおいても、選挙を前にして相関性が上昇し始め、選挙の90日前には0.83 でピークに達し、その後は低下に向かいました。ただし、ブラジルの政治的リスクが依然として高水準にあることを反映してか、未だ相関性は比較的高い水準に留まっています(選挙の6ヵ月後で 0.68)。 政治的リスクを効果的に理解できる体系的な枠組みは、相関性やボラティリティの変化の予測に寄与することから、ポートフォリオ運用におけるトップダウン・アプローチの有効性を高めることができます。ケーススタディー(9ページを参照)が示すように、投資プロセスにおいて、政治的リスクを正確に測定し、把握できれば、バリュエーション、モメンタム、マクロに関する指標の分析の有効性が著しく高まるものと考えられます。

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政治的リスクと新興国投資

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表 1:政治的危機下における新興国市場のアセットクラス間の相関性

イベント 国 発生日 180 日前 90 日前 30 日前 30 日後 90 日後 180 日後

フォックス大統領の誕生 メキシコ 2000年 12月 1日 0.38 0.36 0.34 -0.58 -0.08 0.19

2001年 2月の通貨危機 トルコ 2001年 2月 22日 0.52 0.82 0.72 0.84 0.79 0.71

デラルア大統領の辞任 アルゼンチン 2001年 12月 21日 0.69 0.57 0.14 -0.51 -0.13 0.14

ルーラ氏による大統領選挙 勝利

ブラジル 2002年 10月 27日 0.84 0.80 0.86 0.92 0.89 0.78

選挙違反を巡る疑惑・危機 フィリピン 2005年 6月 1日 0.36 0.33 0.34 0.60 0.57 0.32

ズマ陣営の選挙勝利 南アフリカ 2009年 4月 22日 0.50 0.29 0.80 0.56 0.17 0.24

ムバラク大統領の退陣 エジプト 2011年 2月 11日 0.21 0.24 0.61 0.50 0.33 0.36

フマラ大統領の2期目再選 ペルー 2011年 4月 10日 0.32 0.18 0.04 0.72 0.47 0.50

ヤヌコビッチ氏がロシアへ 逃亡

ウクライナ 2013年 11月 2日 0.38 0.49 0.63 0.13 0.53 0.19

モディ首相の誕生 インド 2014年 5月 26日 0.36 0.60 0.64 0.39 0.20 0.14

ルセフ大統領の再選 ブラジル 2014年 10月 26日 0.45 0.83 0.71 0.57 0.68 ..

平均 0.46 0.50 0.53 0.38 0.40 0.36 ※青色は、アセットクラス間の相関性がピークに達した時期を示しています。 出所:ユーラシア・グループ

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政治的リスクと新興国投資

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結論 1. 資本市場が急速に発展しているなか、デカップリングが生じる代わりに、新興国はマクロ政治

ショックに対する感応度が高まってきています。したがって、新興国ポートフォリオにおいてはトップダウン分析がますます重要になってきています。

2. マクロ政治ショックの発生頻度や、それが新興国の資産価格に与える影響が増してきているた

め、政治的リスクを体系的に評価する手法の重要性が高まっています。 3. 新興国市場では投資可能な資産の幅が増しており、マルチアセット戦略を用いることによって

分散投資やリターン獲得の機会を捉えることができます。ただし、政治的危機が訪れる局面では、それらの資産間の分散効果が低下するため、下方リスクの管理にあたっては、トップダウン・アプローチによるダイナミックな国・資産別配分がカギとなります。

4. 大幅な下方リスクを管理していくためには上記のアプローチを取り入れて、新興国市場の多様

化するリターン源泉を捉えるマルチアセット戦略、そして、バリュエーションとモメンタムに加えてマクロリスクに関するファクターも考慮するダイナミックなアセットアロケーションを実践していく必要があります。

5. この新たな投資手法は、日興アセットマネジメントがユーラシア・グループとの提携によって

有効性を確認しています。

参考文献:

1 Biaklkowski, Jedrzej, et al (2006) 2 Moser (2007) 3 Bernhard and Leblang (2006) 4 Balding (2011) 5 Eurasia Research Political Risk Country Portfolio: A systematic framework linking politics to asset prices, 2 June 2014 6 Eurasia Research: Political Risk Country Portfolio: Political risk and sovereign debt- a systematic framework, 1 October 2014”.

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政治的リスクと新興国投資

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ユーラシア・グループについて ユーラシア・グループは、地政学的リスク分析を専門とするコンサルティング会社のさきがけとして、1998年に発足しました。以来、60余名のアナリストが、アフリカ、アジア、ユーラシア、欧州、米州、中東地域の100以上の国々に関する政治的なリスク分析を行い、機関投資家や多国籍企業に対し、マーケットを動かす要素となる政治的リスクについてアドバイスやコンサルティングを行っています。各国の安定性、財政・金融政策、選挙、治安、法案や規制リスクなどに関するリスクやビジネスチャンスを分析・予測するほか、国境を越えた地政学事項、たとえば、安全保障、貿易、エネルギー、サイバーセキュリティ、金融規制、グローバルな公衆衛生問題なども分析しています。米国および欧州のおよそ 300社の顧客(うち約 40社が日本顧客)を抱えており、銀行・証券、保険、アセットマネジメント、大手総合商社、エネルギー会社、重工業、自動車、テクノロジー、電化製品 をはじめとする各種製造業、政府系機関など、国際政治経済の最先端で活躍する幅広い分野の皆様を対象にアドバイスを行うほか、政官界とも頻繁に意見交換を行っています。 日興アセットマネジメントについて 日興アセットマネジメント株式会社(以下、日興アセット)は、1959 年の設立以来、さまざまな地域や資産クラスを対象とするアクティブ運用、パッシブ運用、オルタナティブ運用など幅広い資産運用サービスを提供しています。長年にわたり培ったグローバルな専門性や優れた運用能力が、リッパー、モーニングスター、マーサー、R&I、アジアンインベスターなどの外部評価機関から高い評価を受けています。 日興アセットは経営の独立性を担保することでお客様の利益を最優先とする経営基盤を確立しています。この理念を背景に、三井住友信託銀行株式会社が当社株式の過半を、シンガポールのDBS 銀行が一部を保有しています。 日興アセットグループ*は、世界 12 ヵ国 26拠点に 1,400 余名の従業員を擁し、290名超の運用プロフェッショナルが 18兆円**を超える資産を運用しています。銀行、証券会社、ファイナンシャルアドバイザーおよび生命保険会社などが構成する合計300 社超のアジア有数の販売ネットワークを通じ、内外の機関投資家や個人投資家のお客様にサービスを提供しています。 (上記データはすべて2014年 12月末現在) *日興アセットマネジメント株式会社および海外子会社の連結運用資産残高(投資助言を含む)の2014 年 12月末現在のデータ

留意事項 当白書はユーラシア・グループの情報などに基づき、日興アセットマネジメント(弊社)が市場環境等についてお伝えすること等を目的として作成した資料であり、特定商品の勧誘資料ではありません。また、当白書に掲載する内容は、弊社ファンドの運用に何等影響を与えるものではありません。資料中において個別銘柄に言及する場合もありますが、これは当該銘柄の組入れを約束するものでも売買を推奨するものでもありません。当白書の情報は信頼できると判断した情報に基づき作成されていますが、情報の正確性・完全性について弊社が保証するものではありません。当白書に掲載されている数値、図表等は、特に断りのない限り当白書作成日現在のものです。また、当白書に示す意見は、特に断りのない限り当白書作成日現在の見解を示すものです。当白書中のグラフ、数値等は過去のものであり、将来の運用成果等を約束するものではありません。当白書中のいかなる内容も、将来の市場環境の変動等を保証するものではありません。尚、白書中の見解には弊社のものではなく著者の個人的なものも含まれていることがあり、予告なしに変更することもあります。 当白書は弊社の許可なく転載及び引用される事を固く禁じております。 日興アセットマネジメント株式会社 金融商品取引業者 関東財務局長(金商)第368号 加入協会:一般社団法人投資信託協会、一般社団法人日本投資顧問業協会、日本証券業協会

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政治的リスクと新興国投資 革新的なマルチアセット戦略

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2015 年 4月