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現代ドイツ語俳句選集 ―― はじまりから 1990 年まで (その 3) ―― Die Anthologie der Deutschen Haiku von Heute : von den Anfängen bis 1990 (Nr. 3) マルグレート・ブァーシャーパー (編者) Margret Buerschaper 治 (抄訳) übersetzt von Kenji Takeda この選集の編者であるドイツ俳句協会・名誉会長、マルグレート・ブァーシャーパーさんが亡く なった。小学校の教師をしながら、各地にいた俳句作者たちに呼びかけ、1988 年に同協会を設立 し、15 年もの間、会長を務め、協会を運営した功績は大きい。ドイツ語俳句界のいわば「肝っ玉 母さん」(Mutter Courage) 的存在であった。 同協会の会員にはドイツ語圏の国のみならず東欧諸国やアメリカの人々もいて、現在の会員数 は 200 名 ほ ど で あ る。季 刊 誌 (は じ め は『ド イ ツ 俳 句 協 会 季 刊 誌』・Vierteljahresschrift der Deutschen Haiku ― Gesellschaft、2005 年の 71 号からは、『ゾマー・グラース・Sommergras、夏 草』 ) は 2016 年現在で通巻 114 号に達している。この雑誌には俳句は勿論のこと、俳論や連句、短 歌、刊行された句集の紹介や書評などが掲載され、とても充実した内容となっている。彼女が残し てくれた原稿『現代ドイツ語俳句選集 ―― はじまりから 1990 年まで』(146 句) の日本語への翻 訳の完成を見ることなく、彼女は明るく旅立ってしまった。 哀悼と顕彰の気持ちをこめて、彼女の功績の一部と訃報の内容を以下に記しておきたい。 37

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現代ドイツ語俳句選集

――はじまりから 1990 年まで (その 3) ――

Die Anthologie der Deutschen Haiku von Heute :

von den Anfängen bis 1990 (Nr. 3)

マルグレート・ブァーシャーパー (編者)

Margret Buerschaper

竹 田 賢 治 (抄訳)

übersetzt von Kenji Takeda

は じ め に

この選集の編者であるドイツ俳句協会・名誉会長、マルグレート・ブァーシャーパーさんが亡く

なった。小学校の教師をしながら、各地にいた俳句作者たちに呼びかけ、1988 年に同協会を設立

し、15 年もの間、会長を務め、協会を運営した功績は大きい。ドイツ語俳句界のいわば「肝っ玉

母さん」(Mutter Courage) 的存在であった。

同協会の会員にはドイツ語圏の国のみならず東欧諸国やアメリカの人々もいて、現在の会員数

は 200 名ほどである。季刊誌 (はじめは『ドイツ俳句協会季刊誌』・Vierteljahresschrift der

Deutschen Haiku ― Gesellschaft、2005 年の 71 号からは、『ゾマー・グラース・Sommergras、夏

草』) は 2016 年現在で通巻 114 号に達している。この雑誌には俳句は勿論のこと、俳論や連句、短

歌、刊行された句集の紹介や書評などが掲載され、とても充実した内容となっている。彼女が残し

てくれた原稿『現代ドイツ語俳句選集――はじまりから 1990 年まで』(146 句) の日本語への翻

訳の完成を見ることなく、彼女は明るく旅立ってしまった。

哀悼と顕彰の気持ちをこめて、彼女の功績の一部と訃報の内容を以下に記しておきたい。

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(主な著書)

・Atemholzeiten、(俳句、短歌、詩) (1979?)

・Zwischen allen Ufern、(詩集) (1985)

・Zwischen den Wegen、(詩集) (1986)

・Rasten auf bemoostem Stein、(俳句、詩) (1987)

・Das deutsche Kurzgedicht in der Tradition japanischer Gedichtformen,

― Haiku, Senryu, Tanka, Renga、(修士論文) (1987)

・Hast du heute schon gelebt、(詩集) (1988)

・Später Gast im eigenen Reich、(歌仙、編集) (1988)

・Tränen im Schweigen、(連歌、編集) (1988)

・Freude auf das Mögliche、(詩、俳句、川柳) (1989)

・Golden im Blatt steht der Gingo、(俳句、詩、編集) (1990)

・Auch wenn ich im Herbst komme . . . (日本紀行、句文集) (1992)

・Deutsch ‒ Japanische Begegnungen in Kurzgedichten (荒木忠男 編) (1992)

・Schnee des Sommers、(俳句、川柳、短歌) (1993)

・Meerweit Moor、(詩集) (1995)

・Worte kehren zurück am Spinnenfaden、(俳句、連句) (1998)

1990 年 バート・ホンブルク (ドイツ) での日独俳句大会に参加

内田園生 (国際俳句交流協会)、荒木忠男 (ケルン日本文化館館長)、沢木欣一 (俳人

協会)、金子兜太 (現代俳句協会)、稲畑汀子 (日本伝統俳句協会)。

ブァーシャーパー (ドイツ俳句協会)。

1990 年 松山の国民文化祭での国際俳句大会に参加

記念講演:ドナルド・キーン

竹 田 賢 治38

(Sommergras, 第 1 号、2005年、通巻 71 号)

(ドイツ俳句協会・季刊誌・第 1 号、1988 年)

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パネルディスカッション:佐藤和夫、ブァーシャーパー、朱實、コー・ヴァン・デン・

ヒューベル、金子兜太。

筆者に届けられた彼女の訃報を次に記す。

(訃報の内容)

左のページには、教会でのお別れの会で歌われたであろう歌、『あらゆる道を歩む』、(Alle

Wege schreiten) の楽譜。

右のページの内容は以下のとおり。死を予感していたのであろう、遺言のような詩と文章が書か

れている。

(3 行詩、俳句)

Wenn ich denn sterbe . . . たとえ私が死んでも

pflückt einen Feldblumenstrauß 皆さんは野の花を摘んで

singt ein Wanderlied. ハイキングの歌を歌って下さい。

皆さんは悲しんではなりません、

マルグレート ブァーシャーパー (1937. 4月 22 日 生、2016. 4月 20 日 没) の死を。

私の芸術と詩をとおして

多くの人々に贈ることが許された

喜びとしあわせが

家族と仕事と俳句協会の中で

また、私に恵まれた友人たちの心の中で

幾重にも根を広げ、花を咲かせますように。

これが私の願いです。

家族の名前の一覧。

親しい人々による祈り。2016 年 4月 29 日、19時 15分より、ルッテンの聖ヤコブ教会にて。

(抄訳・最終)

*凡例:(1) の後に付けた (11) はブァーシャーパーの原稿の通し番号。

下線はブァーシャーパーによる季語。

(竹田) は訳者。

現代ドイツ語俳句選集 39

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Vorfrühling ― Frühling

(早春、春)

(1) (11)

Hartmut Steegmaier (ハルトムート・シュテークマイアー)

Auf Krokusknospen クロッカスの蕾の上で

verfallen die Kristalle 三月の遅い雪の

des späten März-Schnees. 結晶が崩れていく

(クロッカス春の斑は

雪だれ

を崩しゆく)

(2) (22)

Roswitha Zauner (ロスヴィータ・ツァウナー)

Wintertränen sind 雪解ゆきげ

schon verweint. Der Hollenderbusch 早くも始まる。ニワトコの茂みの葉が

trägt sein fünftes Kleid. 五枚目の葉を付ける

(ニワトコの樹齢五年や雪解水)

(3) (26)

Andrea Kaiser ― Pöttschacher (アンドレア・カイザ―・ペットシャッハー)

Tränende Herzen ピンクの花を付けたケマン草と

und der Zweig des Brautstrauches 白いウツギの花の枝が

in einer Vase ひとつの花瓶に生けられて

(花瓶にも悲喜こもごもの春の花)

(4) (27)

Rainer E. H. Maas (ライナー・E. H. マース)

Blüten im Wasser 水の中で花が

sie zittern bei jedem Schlag ふるえる

des Stundenhozes. 鹿しし

威おど

しが落ちる度に

(落ちるたび花震はすや鹿威し)

*作者は 1945 年生まれのエンジニアで、ベルリン日独協会会員。度々、来日しているので「鹿威

竹 田 賢 治40

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し」を知っている。

(5) (29)

Jan Bruggen (ヤン・ブルッゲン)

Apfelblühtentraum 林檎の花の夢が

sprießt aus greisem Stumpf hervor 老いた切り株から芽生えて

und verklärt das Grau その灰色を晴れやかにする

(古株の林檎に花の夢咲けり)

* 1955 年、オランダ生まれの作者は生物学を専攻し、オランダやベルギーの雑誌に物語や詩を発

表している。

(6) (31)

Otto Reinhards (オットー・ラインハルツ)

Selbst bei trübem Licht ほの暗い光の中でも

leuchtet das strahlende Weiß 鮮やかに光る

der Apfelblüte. 白い林檎の花

(ほの暗き霧の中から花林檎)

(7) (34)

Ferdinand Blume ―Werry (フェルディナント・ブルーメ・ウェリー)

bühende eichen ヴェランダの柱の後ろで

hinter verandasäulen 樫の木が花を咲かせた

wachsen die schatten 影が伸びる

(ヴェランダに樫の花影伸びにけり)

*(竹田) 全て小文字で書かれている。

Sommer

(夏)

(8) (35)

Dorothea Wittek (ドロテーア・ヴィテク)

現代ドイツ語俳句選集 41

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Die Trauerweide 枝垂れ柳が

am spiegelklaren Bergsee ― 鏡のように澄んだ山の湖畔に―

lichtgetränkt das Tal 谷は光に満ちる

(光満つ山の湖面に柳影)

(9) (41)

Rainer Randig (ライナー・ランディヒ)

Im Nieselregen 遠景をやさしく包む

Der sanft die Ferne ausfüllt 霧雨の中で

Schnaubendes Kälbchen 子牛がくしゃみをする

(くさめする子牛かなたは小糠雨)

(10) (42)

Martin Kainz (マルティン・カインツ)

Des Sommers Regen 夏の雨が

Warm und tief der Erde zu 暖かく深く大地に沁みて

bringt Frucht und Nahrung 実りと糧をもたらす

(夕立や大地に命甦る)

(11) (44)

Simone Seym (ズィモーネ・ザイム)

Blumen grüßen zur 花たちが挨拶する

gelben Mohnblumenblühte : 黄色のヒナゲシに

Regen zieht vorbei ・・・ 雨が避けるようにとおり過ぎる

(女王のヒナゲシ避けて通り雨)

(12) (46)

Ingrid Springorum (イングリート・シュプリンゴルム)

Die Grillen sägen コオロギたちが声高に鳴いている

den Tag um. Ein Schimmelhengst 一日中。一頭の雄馬が

grast im Abendrot. 夕焼けの中で草を食んでいる

(すだく虫草食む牛の日暮れ哉)

竹 田 賢 治42

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(13) (48)

Edeltraud Klima (エーデルトゥラウト・クリーマ)

Heckenrosenstrauch 野いばらの茂みが

auch über Zäune hinweg 垣根を越える

schenkst du Blütenpracht ! その色の美しさ

(我知らず垣根を越えし花いばら)

(14) (54)

Rudolf A. Schmeiser (ルドルフ. A.・シュマイザー)

Johannisbeeren, 唇にはさんだ

zwischen zwei Lippen so heiß スグリの実。暑く

leuchten rot wie Blut. 血のように赤く光る

(スグリの実噛めば暑き日血のごとし)

*(竹田) スグリの実:甘酸っぱいスグリ (ヨハニスベアー、Johannisbeer) は暑い日の清涼剤。

(15) (55)

Marianne Leppin (マリアンネ・レピン)

flimmernder asphalt ゆらめくアスファルト

glühendes blech. die sonne 煮えたぎるブリキ。太陽が

flirrt in den scheiben. 窓ガラスの中でチラチラ燃える。

(炎帝や道もブリキも音ね

をあぐる)

*すべて小文字で書かれている。

(16) (58)

Carl Scholz (カール・ショルツ)

Sommerwarme Nacht 夏の夕暮れが

läßt Fledsermäuse wandern, 蝙蝠たちを飛翔させる。

ein Hauch von Jenseits. ちらりとあの世が。

(蝙蝠のちらりと彼岸かすめ飛ぶ)

現代ドイツ語俳句選集 43

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(17) (60)

Gerda Dahmen ― Romahn (ゲルダ・ダーメン ローマン)

Von bergender Nacht 庇護する夜に

bewacht : die Schafe schlummern ― 見守られて、羊たちが眠っている

es duftet das Gras ・・・ 牧草が香る

(安らかにまどろむ羊草香る)

(18) (61)

Magda Nell (マグダ・ネル)

In blausschwarzer Nacht 青黒い夜に

fernab leuchtende Wetter. 遠くで光る稲妻

Schwüle weicht dem Sturm. 蒸し暑さが嵐に屈する

(青き夜に遠雷光り涼来たる)

(19) (63)

Johanna Anderka (ヨハンナ・アンデルカ)

Grasklale Qualle : ガラスのような海月くらげ

auch sie wirft Schatten unter 海月でさえ影を落とす

dem Blick der Sonne. 太陽の光のもとでは

(水底に揺れる海月の淡き影)

*(参考) (竹田)

帚ははき

木ぎ

に影といふものありにけり (虚子)

(20) (64)

Helma Michielsen van Deurzen (ヘルマ ミヒルセン ファン デールゼン)

Im weißen Sand 白い砂の上に

bleiben die Hufe tastbar 馬の蹄ひづめ

の跡がくっきりと残っている

Siebdruck des Galopps. シルクスクリーンに刻まれたギャロップ

(白砂に蹄の跡のくっきりと)

*作者はオランダ人。

竹 田 賢 治44

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Spätsommer ― Altweibersommer ― Herbst

(晩夏 ― 小春日和 ― 秋)

(21) (68)

Hedwig Meutzner (ヘートヴィヒ・モイツナー)

O halbrunder Mond 半月よ

des Sommers letzte Mücke 夏の終わりの羽虫が

verehrt dich im Tanz あなたを敬まって舞っている

(半月を敬うが如羽虫舞う)

*(参考) リルケのハイカイ (竹田)

リルケ (Rainer Maria Rilke, 1875-1926) は「ハイカイ」と称するフランス語のハイカイを 2 句、

ドイツ語のハイカイを 1句残している。下はドイツ語のハイカイ。

HAÏ―KAÏ

Kleine Motten taumeln schauernd quer aus dem Buchs ;

sie sterben heute Abend und werden nie wissen,

daß es nicht Frühling war.

小さな蛾が身をよじらせ、ふるえながら黄楊つ げ

の木から出てくる。

彼らは今晩命絶え、春でなかったことを、

知らぬままで終えるだろう。

(『リルケ』、星野慎一、小磯 仁 共著、清水書院、2001 年、P. 59)

(22) (69)

Marianne Seger (マリアンネ・ゼーガー)

Morgennebel klebt もの言わぬ葦に

tränenklar am stummen Schilf 涙のように朝霧が残って

näßt Berberinnen. ベルベル人の女を濡らす

(朝霧に葦も女おうな

も濡れにけり)

(23) (77)

Claus ― Peter Böhner (クラウス―ペーター・ベーナー)

Kurz vor Stari Grad 古びた町の向こうの

現代ドイツ語俳句選集 45

Page 10: 現代ドイツ語俳句選集 - HIA 国際俳句交流協会現代ドイツ語俳句選集 ――はじまりから1990年まで(その3)―― DieAnthologiederDeutschenHaikuvonHeute:

karstige Höhenzüge ― 岩だらけの山脈―

es naht schon der Herbst. 早くも秋が近づく

(秋近し岩山迫る古き町)

*(参考) (竹田)

石山の石より白し秋の風 (芭蕉)

(24) (78)

Ellen Seib ― Schäfer (エレン・ザイプ―シェーファー)

Gelbe Laterne 黄色のランタンが

schwankt am Quittenbaum― erdwärts マルメロの木で揺れる―大地に向かって

tanzen die Schatten. 影が踊る

(マルメロの実の枝に揺れ影も揺れ)

(25) (80)

Angelika Ortrud Fischer (アンゲリカ オルトルート・フィシャー)

Überreife Frucht 熟し過ぎた実を

Wespen zerfressen zwischen 剛い毛の生えた茎で

struppigen Halmen すずめ蜂が食べている

(熟れ過ぎて実は早や蜂に食はれけり)

(26) (83)

Henk Lettink (ヘンク・レッティンク)

In großen Schwärmen 大きな群れをなして

fliehen Vögel die Kälte. 寒さを避ける渡り鳥たち

Lassen mich zurück. 私を残したまま

(群れなして鳥渡りけり我はここ)

(27) (85)

Walter Hamm (ワルター・ハム)

Knusprig und pechschwarz, こんがりとやがて黒焦げに

in Glut und Äsche gegart, 熾火と灰の中に残った

竹 田 賢 治46

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eine Kartoffel. ジャガイモひとつ

(黒焦げのジャガイモひとつ残さるゝ)

(28) (87)

Helmut Beck (ヘルムート・ベック)

Mondbleich die Sonne, 蒼ざめた月のような太陽

und im Nebel ertrinken 霧の中に姿を隠す

die Weiden am Bach. 小川べりの柳

(日も見えぬ霧に柳も消えにけり)

(29) (89)

Ilse Hangert (イルゼ・ハンゲルト)

Nebelfrasen in 秋の色に染まって梢に残った

herbstgefärbten Baumkronen 霧の房

Sturm entkleidet sie 嵐がそれを吹き飛ばす

(秋風や霧も紅葉もちりぢりに)

(30) (90)

Alfons Podèu (アルフォンス・ポデユー)

In nebligem Rauch 煙る濃霧の中で

frösteln kürzere Tage 短日が身振るいして

unmerklich ins Herz. 心の中に忍び込む

(短日が霧にまぎれて忍び込む)

(31) (91)

Siegfried Schüller (ズィークフリート・シュラー)

Reiher im Nebel 霧の中のアオサギが

hebt den Schnabel zum Himmel. くちばしを空に向けている間に

Die Schleie lernt fliegen. 鯉が飛ぶ練習をする

(くちばしの休めば霧に跳ねる魚)

現代ドイツ語俳句選集 47

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(32) (93)

Willi Volka (ヴィリ・フォルカ)

Zittern die Äste 梢が震えるのは

vor Knisterschritten in Gold? 金色の落ち葉の中のカサコソという足音のせいか?

Fußfeuer ohne Glut. 燃えることのない足もとの火

(落ち葉踏めば梢も震ふそぞろ寒)

(33) (95)

Dieter Scherr (ディーター・シェア)

Ins Belverdere ベルヴェデーレ宮殿の中へ

schickt gelbe Blätter der Herbst 秋が黄葉をプレゼントする

hier sitzen kußt nix キスを忘れた老人たちが只で座っている

(キス忘る年寄りの居る城黄葉もみじ

)

*ブァーシャーパーの注に依れば、kußt nixは本来は küßt nichts (「決して接吻しない」) を意味

するが、ここでは、日常語のことば遊びで kost nixすなわち kostet nichts (料金が要らない只)

という意味で使われている。さらには、ウィーン郊外のベルヴェデーレ宮殿の庭に腰をおろし

ている不機嫌そうな老人たちは「接吻することをもはや忘れている」ということも暗に意味し

ているという。

(34) (99)

Magdalena S. Gmehling (マグダレーナ・S.グメーリング)

Himmel brauseiden. 青い絹のような空。

Ahorngold blitzt sonnentflammt. 楓黄葉もみじ

が日に光る。

Häher rätscht keckernd. カケスの鋭い警告の声。

(秋の空楓黄葉を裂くカケス)

(35) (101)

Dorit Paschke (ドーリト・パシュケ)

Blattweise tropft Herbst, 葉っぱのように秋が滴り

spiegelt sich, kreiselt im See 湖に映り、舞う

mit kahlen Bäumen . . . 裸の木々とともに

竹 田 賢 治48

Page 13: 現代ドイツ語俳句選集 - HIA 国際俳句交流協会現代ドイツ語俳句選集 ――はじまりから1990年まで(その3)―― DieAnthologiederDeutschenHaikuvonHeute:

(湖に円を描ける葉と枯れ木)

(36) (103)

Flandrina von Salis (フランドリナ・フォン・ザーリス)

Herbstsonne, im Laub 秋の日が葉っぱに

Gefangen. Der Greis bückt sich 包まれている。老人が腰をかがめて

Und hebt ein Blatt auf. その一枚を拾いあげる。

(秋の日を落ち葉とともに拾う人)

*作者はスイス生まれ。

(37) (107)

René Marti (ルネ・マルティ)

Früchte des Ahorns 楓の実が

wirbeln im Herbstwind umher. 秋風の中で渦を巻いて落ちる。

Das Werden beginnt. 新たな生が始まる。

(楓の実「死して生な

れよ」と風に乗る)

*(参考) (竹田)

Und solang du das nicht hast,

Dieses : Stirb und werde !

Bist du nur ein trüber Gast

Auf der dunklen Erde.

(aus “West ― Östlicher Divan”, von Goethe, Selige Sehnsucht)

「この、死して成れ! このことを、

ついに会得せぬかぎり、

おまえは暗い地の上の

暗く悲しい孤客にすぎぬ。」

(ゲーテ、『西東詩集』の中の「至福の憧れ」、生野幸吉 訳)

*作者はスイス生まれ。

(38) (108)

Marianne Ullmann (マリアンネ・ウルマン)

現代ドイツ語俳句選集 49

Page 14: 現代ドイツ語俳句選集 - HIA 国際俳句交流協会現代ドイツ語俳句選集 ――はじまりから1990年まで(その3)―― DieAnthologiederDeutschenHaikuvonHeute:

Nadel an Nadel 嵐の中のトウヒの木

die Fichten mitten im Sturm 針の枝の一本さえも

der Herbst färbt sie nicht. 秋の色に染まらない

(秋風にトウヒの針の耐えてをり)

*(参考) (竹田)「もみの木」(クルスマス・ソング)

O Tannenbaum, o Tannenbaum, もみの木、もみの木

dein Kleid will mich was lehren : 緑の君の葉

die Hoffnung und Beständigkeit 変わらぬ希望は

gibt Trost und Kraft zu aller Zeit, いつでも慰む

O Tannenbaum, o Tannenbaum, もみの木、もみの木

dein Kleid will mich was lehren : 緑の君の葉

(39) (110)

Annette Gonserowski (アネッテ・ゴンセロフスキー)

Kalter Mond, wenn die 太陽が顔を隠すと

Sonne ihr Antlitz verbirgt, 11月の寒々とした月が。

die Trauer beginnt. 悲しみが始まる

(寒月や追悼の月始まりぬ)

Winter

(冬)

(40) (113)

Irmgard Aurich (イルムグラート・アウリッヒ)

Die Astern sterben, アスターが枯れると

und die Vögel fangen an 鳥たちは

Bettler zu werden. 物乞いに成り始める

(アスターの枯れるや餌を求む鳥)

(41) (115)

Heinrich Kahl (ハインリヒ・カール)

竹 田 賢 治50

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Hell de Morgensteern

in de düüster Winternacht

öber `t ole Dack.

*原文は低地ドイツ語で書かれている。以下はブァーシャーパーによる標準ドイツ語。

Hell der Morgenstern 暗い冬の夜に

in der dunklen Winternacht 明るく明星が

überm alten Dach 古い馬小屋の上に

(馬小屋の上に明るき星生まる)

(42) (117)

Herbert Flattner (ヘルベルト・フラットナー)

Jahr vom Schnee jetzt weiß.― 年の暮れの雪が白い―

Vöglein hüpft im Winterbaum 小鳥たちが冬木の上で跳ねている

wie allwissend fort ! 物知り顔で

(春知るが如雪の木に鳥遊ぶ)

(43) (120)

Hans Wipperfürth (ハンス・ヴィッパーフュルト)

Auf die Wolken schreibt 風の中の枯れ木が

blätterloser Ast im Wind 雲に描く

lyrisches Gedicht. 抒情詩

(風に揺れ雲に詩を書く枯れ木哉)

(44) (122)

Bernhard Kleinschimidt (ベルンハルト・クラインシュミット)

Das Haus : Rauch steigt auf ; 一軒の家。煙がひとすじ立ち昇る。

die Läden sind geschlossen. 窓の戸はかたく閉ざされたまま。

Winterwind im Haar. 髪の間をとおる冬の風。

(寒風や寂さび

しき家に煙立つ)

*(参考) (竹田)

現代ドイツ語俳句選集 51

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俳句を知っていたブレヒト (Bertolt Brecht, 1898-1956) の短詩。

Der Rauch 煙

Das kleine Haus unter Bäumen am See. 湖畔の木影に小さな家。

Vom Dach steigt Rauch. 屋根から煙が立ちのぼる

Fehlte er もしも煙がなかったなら

Wie trostlos dann wären なんとわびしいことだろう

Haus, Bäume und See. 家も木立も湖も。

(45) (125)

Maria Mathieu (マリア・マチュー)

Januarmorgen. 一月の雨。

Glasperlen in den Zweigen 枝に残ったガラスの珠に

spiegeln mein Gesicht. 私の顔が映っている

(我が顔を映して枝のキララ哉)

(46) (127)

Christoph Janacs (クリストーフ・ヤーナク)

das haus, der garten 家も庭も

und die kleine, alte frau 小さな老女も

farbtupfer im schnee. 雪の中で色の水玉となって。

(雪の珠たま

家も老女もあるがまま)

(47) (129)

Johanna W. P. Hell (ヨハンナ・W. P. ヘル)

Im grauen Winter 灰色の冬の低地は

die Helle kleiner Felder かなたの高みにある

unterreichbar hoch 明るい小さな原野を憧れる

(雪山を憧がる冬の低地かな)

(48) (137)

Helmut Uebbing (ヘルムート・ユビング)

Wintermond : stummer 冬の月:

竹 田 賢 治52

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Reflex aus Licht und Schatten 東と西の光と影を映す

zwischen Ost und West. 無言の鏡

(冬の月黙して映す西東)

(49) (139)

Edelgard Pollmer (エーデルガルト・ポルマー)

Farbenleere Welt ― 色なき世界―

In einer Vase blühen 花瓶に咲いた

die roten Tulpen. 赤いチューリップ

(冬の日を赤く咲きたるチューリップ)

(50) (141)

Gabriele Haas ― Rupp (ガブリエーレ・ハース・ルップ)

Der Winterwind weht 春の夢を見ている

vergessenes Herbstlaub in 忘れられた秋の葉を

Frühlingsgedanken. 寒風が吹き飛ばす

(寒風に枯葉の夢は吹き飛びぬ)

(51) (143)

Edward Dvoretzky (エドワァルト・ドゥフォレツキー)

Schneemann hält Wache 見張り番の雪だるま

bis Sonne ihn zwingt, seinen 太陽が彼の任務を

Dienst aufzugeben. 解くまで

(太陽に見張り解かるゝ雪だるま)

(52) (145)

Ingeborg Münch (インゲボルク・ミュンヒ)

Februarsonne. 二月の太陽

Reste von Schnee am Wegrand ― 道の辺に残り雪―

und schon Huflattich. それでも もうタンポポが

(タンポポや早や道の辺の斑はだれ

雪)

現代ドイツ語俳句選集 53

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お わ り に

以上、今回の 52 句の翻訳よって、ブァーシャーパー編になる『現代ドイツ語俳句選集』のすべ

てを紹介することができた。完訳を待たずに彼女が逝ってしまったことは、とても残念である。

日本語にするにあたっては彼女の注に助けられた。短い詩なので、そこに込められた作者の意図

を読み解くことは、なかなかに難しかった。翻訳の出来、不出来はともかくとして、「その 2」で

述べたとおり、この原稿が現代ドイツ語俳句の一里塚を記した「記念碑」であることには変わりは

ないと思う。

最後にブァーシャーパーへの哀悼と感謝の気持ちを込めて、彼女の俳句 4句を紹介しておこう。

ブァーシャーパーの句・4句

(Schnee des Sommers、『夏の雪』、1993 年より)

(春)

(P. 12)

Die Morgenstille 朝の静けさを

Zerreißt der Schrei des Raben ― カラスの啼き声が切り裂く

Die Amsel verstummt アムゼルは黙る

(カラス啼いてアムゼル黙す静寂しじま

哉)

(夏)

(P. 28)

Altweibersommer ! 小春日和だ

Spinnenwinzlinge reisen 蜘蛛が旅をする

an Silberfäden 銀の糸に乗って

(蜘蛛の糸銀に漂う日和哉)

(秋)

(P. 34)

Im Netz der Spinne 蜘蛛の巣の中に

― als umgewollte Beute ― 望んだわけではない犠牲―

Braunes Buchenblatt 茶色のブナの葉っぱ

(蜘蛛の囲に捕らわれの身の枯れ葉哉)

竹 田 賢 治54

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(冬)

(P. 44)

Grauer Wintertag ! 灰色の冬の日!

Einsames Boot auf dem See : 湖上の孤舟

Heute schwimmt es nicht 今日は動かない

(冬の日や今日は動かぬ舟ひとつ)

(新年)

(P. 49)

Neujahresspaziergang ! 新年の散歩!

Die dicken Köpfe rauchen, 大きな頭が煙草を吹かしている

auch ohne Tabak 煙草もくわえずに

(あらたまの散歩頭が煙草吹く)

現代ドイツ語俳句選集 55