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急性腎不全 相原 成志 松山赤十字病院 腎センター MATSUYAMA RED CROSS HOSPITAL NEPHROLOGY SERVICE

急性腎不全...ARFからAKIへ 近年、急激に発症した軽度の腎機能低下でも患者の予後に大きな影響を 与えることが明らかになっている。

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Page 1: 急性腎不全...ARFからAKIへ 近年、急激に発症した軽度の腎機能低下でも患者の予後に大きな影響を 与えることが明らかになっている。

急性腎不全

相原 成志

松山赤十字病院 腎センター MATSUYAMA RED CROSS HOSPITAL NEPHROLOGY SERVICE

Page 2: 急性腎不全...ARFからAKIへ 近年、急激に発症した軽度の腎機能低下でも患者の予後に大きな影響を 与えることが明らかになっている。

急性腎不全(Acute Renal Failure)とは?

急速に(時間から日の単位で)腎機能(糸球体濾過量)の急激な低下をきたし、体液の恒常性維持が困難となった状態

【参考】

① もともとのCr値が3.0mg/dL未満であれば1日0.5mg/dL以上の上昇 ② もともとのCr値が3.0mg/dL以上であれば1日1mg/dL以上の上昇 のときに、臨床的に急性腎不全と判断することが多い

しかし、明確な診断基準はなく…

従来は…

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ARFからAKIへ

近年、急激に発症した軽度の腎機能低下でも患者の予後に大きな影響を

与えることが明らかになっている。

「多臓器不全の一つとして生じる急性腎不全」の

予後を改善しようとする動きの中で提唱された概念。

(Acute Kidney Injury)

2004年 2007年

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Cr値だけではだめ…

Cr値

GFR 100

10

10

1

(mll/分)

(mg/dl)

0 7 (日) 3

尿量が減ってから、血清Cr上昇までにタイムラグがある。。

では尿量だけでよい❔

急性間質性腎炎などは、しばしば非乏尿性である…

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AKIの予後 すべてのネフロンにびまん性の非可逆的障害が生じるCKDと違って 基本的には適切な治療によって回復可能

しかし ある報告では…

ARF/AKIを起こした患者を追うとベースラインの腎機能を 回復したのは全体の46% 元々腎機能正常患者でも4割が中等度のCKDに進展

Ponte B, et al. Nephrol Dial Transplant 2008;23:3859-66

『ARF/AKIはCKDと同程度の将来の 末期腎不全のリスクを有している』

Ishani A, et al. J Am Soc Nephrol 2009;20:223-8

特に高齢者…

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AKIのリスクファクター

・高齢者は多くのリスク因子を抱えており、

ハイリスク群である

・高齢 ・既存のCKD/心血管疾患(CVD) ・高度の動脈硬化(高血圧/糖尿病) ・薬物(RAS抑制薬, NSAIDs, 造影剤など)

⇒ 周術期や体液量減少時には一時的な中止を検討

・CKDではRAS抑制薬や利尿薬を使用して

いることが多く、やはりハイリスク群

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AKI診断のフローチャート

Cr上昇/GFR低下, 尿量低下

腎エコー

腎性

血管病変 糸球体腎炎 間質性腎炎 急性尿細管壊死 = ATN

腎後性 CKD合併

両側水腎症 腎萎縮 FENa, FEUN, 尿Cl

腎前性

下大静脈(IVC)の虚脱

検尿/尿沈渣 尿中β 2MG/尿NAG その他

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実臨床では腎前性に遭遇しやすい 腎臓の灌流血液量が低下した状態で、腎臓に器質的変化は生じていない…

むしろ循環血漿量の低下に対して生理的な反応として適切に 糸球体濾過量が低下する機能的なもの。

合目的ゆえに尿中Na排泄量、排泄率は著明に低下をみる

=FENaの低下

1) 循環血液量の絶対的減少:脱水(イレウス、熱傷)、出血 2) 有効循環血漿量の減少:心不全、非代償性肝硬変、ネフローゼ 3) 腎血行動態の異常:RAS系抑制薬、NSAIDs、造影剤 4) 腎血管閉塞:血栓、塞栓、動脈解離 5) 腎組織圧上昇:『うっ血性腎不全』、両側腎静脈血栓 腹部コンパートメント症候群

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腎前性の診断と尿生化学

FENa<1% 感度 77% 特異度 96%

利尿薬(+)群では 〃 48%↓

〃 (-) 〃 〃 92%

※ 尿中Clについて 利尿薬(-)においては、尿Cl 20mEq/L以下は循環血漿量低下を強く示唆する

FEUN<35% 感度 90% 特異度 96% 利尿薬(+)群では 〃 89% 〃 (-) 〃 〃 90%

利尿薬の影響を受けにくいのは… 尿中UN

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輸入細動脈

輸出細動脈

糸球体内圧

腎血行動態の異常

蛇口

排水口

原尿 (GFR)

・NSAIDsは『蛇口』を閉める ・敗血症は『排水口』が開く ことで腎前性AKIが生じる

CKDや高血圧で使われる RAS抑制薬(ACE-I/ARB)は 『排水口』を開く薬。

糸球体内圧を低下させ、 糸球体の動脈硬化や 尿蛋白の濾過(漏れ)を予防し、 長期的にはCKDの進行を 抑制することができる。

しかし『排水口』が開き過ぎると GFRは低下する。 脱水や血圧低下でGFR低下が 助長される=腎前性AKI

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腎臓は血圧低下に弱い①

=自動調節能 の破綻した腎臓 すなわち AKIのリスク患者

= 140/80 = 120/60

平均動脈圧(MAP) = DBP+(SBP-DBP)/3

GFR (腎血流) (正常の何%)

=正常な腎臓

Abuelo JG, et al. N Engl J Med 2007; 357:797-805

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腎臓は血圧低下に弱い②

平均動脈圧(MAP) = DBP+(SBP-DBP)/3

140/80 120/60

正常血流量 の割合(%)

70/40

Bellomo R et al. Crit Care Med 2008; 36: S179-86

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輸入細動脈が 1)器質的・ 2)機能的に狭小化 3)輸出細動脈の収縮反応が悪い 場合

1) 高齢、動脈硬化、既存のCKD 2) NSAIDs、造影剤、高Ca血症 3) RAS抑制薬、敗血症

正常血圧性虚血性AKI (NT-AKI;NormoTensive ischemic AKI)

臨床にて…

明らかな低血圧がないか、あっても血圧低下が軽い場合にも 高度なGFR低下を認めることをしばしば経験。

腎灌流の

自己調節の破綻

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ARF/AKIの治療

『無尿の治療は対症的なものである。 もし循環不全があれば、これを適切に治療すべきである。』

『そういう状況になければ腎臓が自然に回復するきっかけを 得るまで体液恒常性の維持に努めるだけである。』

『過去における重大な誤りとして、無尿の患者は“脱水”と されて過剰な輸液で危険な肺水腫をつくってきた。』

『人工腎臓や腹膜透析など効果的な症例もあるが 対症的なものであり利尿を促すものではなく評価を得ていない。 腎臓に生理的な負担をかけ腎臓の回復を悪化させうる。』

腎臓病学の父 Homer W Smith 1951 “The Kidney Structure and Function in Health and Disease”

『腎臓には驚くべき回復力があることは注目に値する。』

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AKI治療のアルゴリズム

Cr上昇/GFR低下, 尿量低下

緊急事態への対応

①尿毒症 ②高K血症 ③体液量過剰 (心不全) ④代謝性アシドーシス

緊急事態 (尿毒症・高K血症・心不全・代謝性アシドーシス) への対応

・速やかに改善ができない場合(腎前性・腎後性以外)は透析

・メイロン®iv, ブドウ糖+インスリンdiv

・各種利尿薬、硝酸薬

・重曹po, メイロン®div

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AKI治療のアルゴリズム

Cr上昇/GFR低下, 尿量低下

緊急事態への対応

泌尿器科的処置

①適正な体液量の維持 ②血圧 (腎灌流圧) の維持 ③腎毒性物質の中止・回避

①尿毒症 ②高K血症 ③体液量過剰 (心不全) ④代謝性アシドーシス

腎後性の除外

腎前性の除外

腎炎の除外 腎生検を検討

CVP: 8-12mmHg, MAP≧80mmHg

輸液の1stは生食。低Alb血症や敗血症ではアルブミン製剤を検討。

CVPが目標値内に達しても血圧が維持できない場合には昇圧剤を検討。 ※ノルアドレナリンに腎保護作用あり!抵抗性では少量バソプレッシンも。

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AKI治療のアルゴリズム

Cr上昇/GFR低下, 尿量低下

緊急事態への対応

泌尿器科的処置

①適正な体液量の維持 ②血圧 (腎灌流圧) の維持 ③腎毒性物質の中止・回避

①尿毒症 ②高K血症 ③体液量過剰 (心不全) ④代謝性アシドーシス

①腎前性と同じ管理 ②必要に応じ、透析を検討 ③腎機能回復まで待つ(栄養管理を含む)

腎後性の除外

腎前性の除外

腎性

腎炎の除外 腎生検を検討

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遭遇しやすいAKIについての各論

造影剤によるAKI

NSAIDsによるAKI

うっ血性腎不全❔

(正常血圧性虚血性AKI)

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【定義】

【機序】

【予防】

≪重要≫ 造影剤投与直後にGFR低下が生じるため、

検査後のHDに予防効果なし!!

造影剤投与後3日以内にCr値が0.5mg/dl以上 or 25%以上増加

1) 輸入細動脈の収縮 (tubuloglomerular feedbackを介した)

2) 尿細管の直接的な障害 (浸透圧利尿→Na輸送→酸素消費) etc.

検査前後の輸液 :12時間前~12時間後に生食1000~2000ml

造影剤によるAKI (造影剤腎症=CIN; Contrast-Induced Nephropathy)

【危険因子】 ①腎障害(Cr 1.2以上) ②糖尿病

③多発性骨髄腫 ④高齢者(70歳以上)

⑤循環血液量の低下(心不全・脱水) ⑥腎毒性薬剤の併用 (NSAIDs、RAS抑制薬)

⑦造影剤多量投与(200ml以上) ⑧高浸透圧性造影剤

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医薬品調整機構委託事業『薬剤による副作用発生防止に関する検討』研究班2002〜2003年

【死亡例】 【非死亡例】

薬剤性腎疾患の原因薬剤

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障害 機序 危険因子 対応・治療

急性腎不全 PG⬇→RBF⬇→GFR⬇

CKD、CHF、肝硬変、 脱水、

利尿剤、加齢、 敗血症、ショック、高レニン・アルドステロン血症

NSAIDs中止

時に透析

高カリウム血症 PG⬇→RAAS⬇→

遠位尿細管K排泄⬇

CKD、CHF、DM、 ACE-I、

多発性骨髄腫、K含有薬、

抗アルドステロン薬、

NSAIDs中止

ナトリウム貯留 高血圧

PG⬇→RBF⬇→GFR⬇

→NaCl再吸収⬆

NSAIDs使用、肝硬変、 脱水、 CKD、HT、DM、利尿剤使用、

高齢、循環障害

NSAIDs中止

尿蛋白 間質性腎炎

リンパ球活性化(LT産生)

糸球体・尿細管周囲の透過性亢進

高齢、女性

フェノプロフェン

NSAIDs中止

時にステロイド

腎乳頭壊死 直接毒性・PG⬇ NSAIDsの大量使用

脱水

NSAIDs中止

脱水の補正

Clinical Nephrotoxins Marc E.DE Broe 2008 Springer

NSAIDsによるAKI,腎臓に及ぼす影響

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NSAIDsは高血圧・心不全を増やす □ NSAIDs治療開始後に高血圧治療のオッズ比が70%増加。

JAMA 1994;272:781-786

□ NSAIDs服用は高血圧患者のみに血圧上昇(平均5mmHg)を起こした。

Arch Intern Med 1994;121:289-300

ACE-I (ARB) = BB > NTG > CCB = Diuretics *RAAS抑制薬, BB, NTGはその降圧機序にPGs系を有するため

*CCBはPGs系を介さない降圧薬

NSAIDsの降圧薬拮抗作用

□ 大規模メタ解析でNSAIDs服用者の92%に血圧上昇(3.5〜6.2mmHg)。

Arch Intern Med 1993;153:477-484

Arch Intern Med 1994;121:289-300

□ NSAIDs長期服用で女性に容量依存的に高血圧のリスクが上昇。 Hypertens 2002;40:604-608 (総計381,078人の対象者を8年以上追跡調査)

□ NSAIDsは心不全の発症率を増やさないが、再発率を増やす(RR:9.9) Lancet 2000;355:865-872

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うっ血性腎不全❔ (Congestive Kidney failure)

心腎症候群(Cardio renal syndrome) 心腎連関(Cardio renal connection) 『急性非代償性心不全では3割が急性腎障害を呈し 慢性腎臓病5期(GFR<15mL/min/1.73㎡)では心血管死が死因の5割を占める』

Ⅰ型:急性心不全による急性腎障害 Ⅱ:慢性の心不全による進行性の慢性腎臓病 Ⅲ型:急性腎障害による急性心不全 Ⅳ:慢性腎臓病による心不全 Ⅴ型:全身疾患(糖尿病、敗血症など)に伴う心・腎不全

AKI

心拍出量低下 静脈うっ滞

腎血流量低下 腎内血流うっ滞

輸入細動脈の収縮 腎静脈圧上昇 RASの賦活化 エンドセリン-Ⅰの活性化

別名 『うっ血性腎不全』(?)

ハンプ、硝酸薬

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最後に…

“renalism”について 例えば… ・IHDが疑われる患者に対して 「CAGが必要だけど腎臓が悪いから、造影剤は使用したくないな…」 ・臓器保護を期待して 「RAS抑制薬を使用したいが腎障害と高K怖いな…」 ・挿管、CHDF管理下の体液量過剰患者に対して

「挿管していて呼吸状態が悪化すればFiO2を上げればいいし、

なるべく腎臓に血流がいくように利尿期まで除水はしないようにしとこう…」

= “腎臓至上主義”

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まとめ

①ちょっとしたCr値の変動も見逃さない(AKI)

②エコー・尿検査で速やかに鑑別

③投与薬剤や病歴、既往歴、合併症にも注目

④適正な血圧・体液管理

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ありがとうございました。