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水辺植生における異種寄生性ヤナギさび病菌Melampsora chelidonii-pierotiiの種生物学 誌名 誌名 日本菌学会会報 = Transactions of the Mycological Society of Japan ISSN ISSN 00290289 著者 著者 山岡, 裕一 新山, 雪絵 小幡, 和男 巻/号 巻/号 51巻2号 掲載ページ 掲載ページ p. 35-47 発行年月 発行年月 2010年11月 農林水産省 農林水産技術会議事務局筑波産学連携支援センター Tsukuba Business-Academia Cooperation Support Center, Agriculture, Forestry and Fisheries Research Council Secretariat

水辺植生における異種寄生性ヤナギさび病菌Melampsora ...日菌報 51:35-47, 2010 論文 水辺植生における異種寄生性ヤナギさび病菌 Melampsora chelidonii-pierotii

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Page 1: 水辺植生における異種寄生性ヤナギさび病菌Melampsora ...日菌報 51:35-47, 2010 論文 水辺植生における異種寄生性ヤナギさび病菌 Melampsora chelidonii-pierotii

水辺植生における異種寄生性ヤナギさび病菌Melampsorachelidonii-pierotiiの種生物学

誌名誌名 日本菌学会会報 = Transactions of the Mycological Society of Japan

ISSNISSN 00290289

著者著者山岡, 裕一新山, 雪絵小幡, 和男

巻/号巻/号 51巻2号

掲載ページ掲載ページ p. 35-47

発行年月発行年月 2010年11月

農林水産省 農林水産技術会議事務局筑波産学連携支援センターTsukuba Business-Academia Cooperation Support Center, Agriculture, Forestry and Fisheries Research CouncilSecretariat

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日菌報 51:35-47, 2010

論文

水辺植生における異種寄生性ヤナギさび病菌Melampsora chelidonii-pierotiiの種生物学*

山岡裕一1)• 新山雪絵1) **・小幡和男2)

1)筑波大学大学院生命環境科学研究科,〒305-8572茨城県つくば市天王台 1-1-1

2) ミュージアムパーク茨城県自然博物館,〒306-0622茨城県坂東市大崎 700

Species biology of a heteroecious rust, Melampsora chelidonii-pierotii in riparian vegetation*

Yuichi YAMAOKA1), Yukie SHINYAMA1) * *, Kazuo 0BATA2)

1) Graduate school of Life and Environmental Sciences, University ofTsukuba,

1 -1 -1 Tennoudai, Tsukuba, lbaraki 305 -8572 Japan

2) lbaraki Nature Museum, 700 Osaki, Bando, lbaraki 306-0622 Japan

(Accepted for publication September 10 2010)

Melampsora chelidonii-pierotii is a heteroecious rust species that parasitizes Salix chaenomeroides and S. eriocarpa as

uredinial-telial hosts and Corydalis incisa as a spermogonial-aecial host. Distribution of C. incisa and infection of plants with

the rust were investigated in the riparian vegetation alomg the Kokai River, Kinu River, Sakura River and Sugao-numa, West-

ern Ibaraki, Central Honshu, Japan. Corydalis incisa does not generally grow in willow forests but grows in Sawtooth oak (Quercus acutissima) -Japanese hackberry (Gettis sinensis var. japonica) forests adjacent to willow forests. Many plants of C.

incisa in the forests were infected with M chelidonii-pierotii. In some cases, single or a few willow trees grow in Sawtooth

oak -Japanese hackberry forests distant from willow forests near the riverside. Corydalis incisa plants growing in the forests

near the willows were infected at high frequencies. Another species of Corydalis, C. decumbens grows in Sawtooth oak -J apa-

nese hackberry forests adjacent to willow forests and many of the plants were infected with the rust. Corydalis incisa and C. decumbens appear to play an important role as spermogoniala—aecial hosts of rust. Riparian vegetation investigated in the

present study appears to be suitable for constant host alternation of M chelidonii-pierotii.

(Nippon Kingakukai Kaiho 51: 35 -47, 2010)

Key Words―Corydalis; ecology; Melampsora; riparian vegetation; Salix

緒言

さび病菌は,担子菌類のサビキン目 [Pucciniales

(= Uredinales)]に属する植物寄生菌で,世界で 14科,

166属 7,798種存在すると言われている (Kirket al.

* Contribution No. 229. **現住所日立ソフトウエアエンジニアリング株式会社ライ

フサイエンス本部〒230-0045神奈川県横浜市鶴見区末

広町 1-1-43Life Science Promotion Division, Hitachi Software Engineer-ing Co., Ltd., 1 -1 -43 Suehiro-cho, Tsurumi, Yokohama, Kanagawa 230 -0045 Japan

-35-

2008).さび病菌は絶対寄生菌であり,一般に宿主範囲

が狭い.種によっては,形態的.機能的に異なる 5種類

の胞子世代(精子. さび胞子,夏胞子,冬胞子,担子胞

子)を有し,その生活環を完了するために系統上近縁で

はない 2種の植物を必要とする異種寄生性のものがあ

る.ヤナギ類 (Salixspp.) に葉さび病を引き起こす

Melampsora属菌の多くはこのような異種寄生性の種で

ある (Hiratsukaet al. 1992).晩秋にヤナギ葉上で形成

された冬胞子はヤナギ落葉上で越冬し,春に発芽して担

子胞子を飛散し精子・さび胞子世代宿主に感染する.そ

の上で形成されたさび胞子がヤナギ類に感染する.従っ

て.異種寄生性のさび病菌がある地域で持続的に生活環

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山岡•新山・小幡

を全うするためには,精子 ・さび胞子世代と夏胞子 ・冬

胞子世代の宿主が,それぞれ担子胞子とさび胞子の到達

範囲内に分布することが必要である. しかし,実際に野

外で両世代の宿主がどのように分布し,またどのように

感染しているのか,詳しく調査した例はほとんどない.

異種完成型さび病菌の 1種, Melampsorachelidonii-

pierotii Matsumotoは,夏胞子 ・冬胞子世代をマルバヤ

ナギ (別名アカメヤナギ Salialix chaenomeroides Kimu-

ra)およびジャヤナギ (S.eriocarpa Franch. et Savat.)

上で,精子 ・さび胞子世代をケシ科のムラサキケマン

(Corydalis incisa (Thunb.) Pers.)お よびクサノオウ

(Chelidonium majus L. var. asiaticum (Hara) Ohwi)で

経過することが知られている (Matsumoto1926 ; Kaneko

and Hiratsuka 1981 ; Hiratsuka and Kaneko 1982).

関東平野を流れる利根川水系の河川,湖沼の水辺では,

マルバヤナギ, ジャヤナギ, タチヤナギ (S.subfragilis

Andersson)を中心とするヤナギ林が形成される (奥田

1978;吉川 ・福嶋 1999;太田ら 2003).特に,茨城県西

部の小貝川,菅生沼では,マルバヤナギの純林も形成さ

れている (小幡ら 1996;小幡 2007).これらの地域に分

布するマルバヤナギとジャヤナギ上にも M.chelidonii-

pierotiiが寄生 していることが知られている(山岡 ら

2009).本菌 は,Matsumoto(1926)によっ て,オオタ

チヤナギ (Salixpierotii Miq.)に寄生する菌 として記載

されたオオタチヤナギとジャヤナギは しばしば混同さ

れたり,同種として扱われることがある (北村・村田

1982).そのため, Hiratsukaand Kaneko (1982), Hirat-

suka et al. (1992),中村ら (1998) は,この 2種のヤナ

ギを区別せず,本菌の宿主植物としてオオタチヤナギを

あげている しかし,木村 (1989)および Ohashi(2000)

は,オオタチヤナギとジャヤナギは別種であり,関東地

方に分布するものはジャヤナギとしている中村ら

(1998)が本菌の宿主として報告した小貝川水辺林のオ

オタチャナギも,ジャヤナギと考えて良い(未発表デー

タ).

小貝川,菅生沼周辺でも,ムラサキケマン上で本菌の

精子 ・さび胞子世代が採集記録されており(山岡ら

2009),中間宿主として機能していると 考えられる. し

かし,平地や山麓の主に日陰に生える越年草であるムラ

サキケマンが,ヤナギ群落の構成種として記載されるこ

とはほとんど無く ,ヤナギ林の周辺でどのように分布し

ているかは十分調査されていない.

そこで,本研究では,茨城県西部の 3河川と 1湖沼で,

水辺林とその周辺の植物群落内におけるムラサキケマン

の分布とムラサキケマンの M.chelidonii-pierotiiに対す

る感染株率調査を行い,これらの地域が本菌にとって持

続的に生活環を全うするのに適した環境であることを明

らかにしたまた,本調査中にムラサキケマンと同属の

ジロボウエンゴサク (Corydalisdecumbens (Thunb.)

Pers.)上にも Melampsora属菌の精子 ・さび胞子世代と

考えられる胞子堆を発見したジロボウエン ゴサクも M.

chelidonii-pierotiiの中間宿主であることを接種試験に

より証明した

材料および方法

調査地

茨城県西部の菅生沼,小貝川, 鬼怒川,桜川の水辺に

発達するヤナギ林とその周辺を調査地と した (表 1).

以下にその概要を示 したまた,ムラサキケマンの分布

は山地や林縁でも報告があるため(大井 1982),水辺か

ら離れた場所に生育するムラサキケマンについても調査

を行った

1. 小貝川下流域

A)左岸, 小貝大橋の北(筑西市寺上野) (図 2)

川沿いに約 30m幅のオギ群落(a:オギ,クサヨシ,

ヤエムグラ)が広がり,続いて約 40m幅で樹高約 8m

のマルバヤナギ林(b:林床はカサスゲ群落)が広がっ

ていた水辺からマルバヤナギ林までの間にはタチャナ

ギが混在 していたマルバヤナギ林よりも lm高い段

丘に約 20m幅でクヌギ ・エノキ列植(c),約 50m幅

A

3

波這

[iD

)

5

B

5

A

r[

>

4 km

図 l.調査地

-36-

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水辺植生における異種寄生性ヤナギさび病菌Melampsorachelidonii-pierotiiの種生物学

表 1.調査地の概要およびMelampsorachelidonii-pierotii精子・さび胞子世代宿主の分布と感染株率

No. 調査地

[感染率調査日]調査地内の主な植分

ヤナギか ムラサキケマン ジロポウエンゴサク クサノオウ

らの距離植分内で感染株率 植分内で感染株率 植分内で感染株率(m)a) の分布b) (%)[n=] の分布 (%)[n=] の分布 (%)[n=]

1A 小貝川下流域左岸,小貝大橋の北(筑

西市寺上野)N36" 12.7'El40" 00.3' [2008年4月218]

1B 小貝/II下流域右岸,小貝川ふれあい公

園(筑西市筑波島)N36" 12.0'El39'59.5' [2007年4月24日][2008年4月21H]cl [2009年4月11日]d)

lC 小貝JII下流域右岸.長峰橋の北(常総

市豊田)N36'07.0'El40'00.0' [2006年 4月21日]

1D 小貝川下流域左岸(つくば市上郷)N36" 06.4'El40" 00.1' [2006年4月21日]

2A 菅生沼右岸(坂東市大崎)N36'00.0'El39'55.1' [2006年4月30日]

2B 菅生沼左岸(常総市大塚戸町)N36'00.4'El39'55.2' [2009年4月11日]

3A 桜川下流域左岸.桜橋南(土浦市田士部.

つくば市上野)N36'07.4'El40'07.6' [2007年 4月22日]

a) オギ群落(タチヤナギ混在)

b)ヤナギ林(マルバヤナギ・タチャナギ)c) クヌギ・エノキ列植(ヤナギ林に隣接)

d) クヌギ・エノキ疎林(ジャヤナギ・マルバヤナギが僅か

に混在)])ジャヤナギ単木周辺

2)周辺にヤナギなし

a) ヤナギ林(マルバヤナギ, タチヤナギ)b)ヤナギ林に隣接する土手c) ヤナギ疎林 C)

d) アズマネザサ・メダケ群落縁

e) クヌギ・エノキ林(ヤナギ林に隣接)f) クヌギ・エノキ林(マルバヤナギ単木有り)c)

g)オギ・ヤエムグラ群落 d)

h) クヌギ・エノキ林 d)

i) クヌギ・エノキ林 d)

j) クヌギ・エノキ林

k) クヌギ・エノキ疎林(植栽)

a) ヨシ・オギ群落

b)ヤナギ林(マルバヤナギ・ジャヤナギ・タチヤナギ)c) クヌギ・エノキ林(やや疎)

d) クヌギ・エノキ林(やや密)e) 道沿い

a) ヤナギ林(マルバヤナギ・タチャナギ)b) アズマネザサ・メダケ群落縁

c) オギ群落(ヤナギ混在) (群落内小道沿い)d)草地

a) ヨシ群落

b) ヤナギ疎林(マルバヤナギ・ジャヤナギ・タチヤナギ)c) クヌギ・エノキ林

a) オギ群落

b)ヤナギ林(マルバヤナギ・ジャヤナギ・タチャナギ)c) ヨシ群落縁d)ハリエンジュ疎林

e) クヌギ林f) 草地・道沿い

g)アズマネザサ・メダケ群落

a) オギ群落b)ヤナギ林(マルバヤナギ・ジャヤナギ・タチャナギ)

c) クヌギ・エノキ林

d)照葉樹林縁,土手の上

a) ヤナギ林(マルバヤナギ・ジャヤナギ・タチャナギ)b)マダケ林縁

5 + + 100 [50]

5 + + 98.0 [50] 30 + + 720 [50]

5 + + 90.0 [30] 5 + + 100 [50] 5 + + 96.7 [30] 5 + + 93.3 [30] 5 + + 100 [50] 10 + 100 [10] 25 + + 60.0 [45] 25 + + 80.0 [30] 50 + + 83.3 [30] 50 + + 96.7 [30]

5 + + 90.0 [50] 15 + 60.0 [20] + + 15.2 [33] 15 + + 70.0 [50]

5 + 21.4 [14] 10 + + 62.2 [37] + 0 [12]

lE 小貝川下流域左岸(常総市曲田)

N36'05.8'El40'00.4' [2006年4月29日]

lF 小貝Jll下流域右岸,常総橋周辺(常総

市箕輪町)N36'01.8'El40'01.4' [2009年4月11日]

5 + +

++++

50505075

80.0 [50] + + 16.0 [50]

85.7 [21] 10.0 [50] 54.5 [22] 81.6 [38]

3B 桜川下流域右岸.桜橋南(つくば市栗原)

N36'07.6'El40'07.5' [2006年4月23Bl

4A 鬼怒川下流域左岸(常総市水海道高野町)N36'00.7'El39'58.4' [2006年4月29日]

5 + + 100 [30] 50 + 90.0 [20]

25 + 100 [20]

4B 鬼怒川下流域左岸.

石下橋北(常総市本石下)

十一面観音堂

N36" 07.8'El39" 57.4' [2006年4月29Bl

a) マルバヤナギ林b)マルバヤナギ・ジャヤナギ疎林

c) クヌギ・エノキ疎林

l)ヤナギ林側2)林内

3)ヤナギ林と反対側の林縁d) アズマネザサ・メダケ群落緑

e)草地

a) クヌギ・エノキ林(スギ林縁)b)土手

5A 民家に隣接する空き地(つくば市上郷)

N36'06.3'El40'00.6' [2006年4月29日]

5B 豊里ゆかりの森(つくば市遠東)

N36'06.4'El40'04.0' [2006年4月29Bl

a) マルバヤナギ・ジャヤナギ林b) メダケ群落縁

c) スギ林d) クヌギ・コナラ林

a) マルバヤナギ・ジャヤナギ疎林b) オギ群落縁

c) 堤防の上d)雑木林

e) メダケ群落縁f) ハリエンジュ林縁

a)空き地

a) 雑木林

b) スギ疎林

5C l:'.ノキ・スギ林縁(つくば市高野) a)県道沿いl:'.ノキ・スギ林縁N36. 06.4'El 40. 02.4' [2006年4月29日]

5D 耕作放棄地(つくば市西平塚) a) スギ林北側耕作放棄地N36. 05.8'El 40• 05.5' [2006年4月29Bl

a)植分内のムラサキケマンと最も近いマルバヤナギまたはジャヤナギとの距離b) +:植分内で 30個体未満, ++ :30個体以上生育確認

20 + + 100 [30] 30 + + 93.3 [30] 45 + + 93.3 [30] 50 + + 93.3 [30] 100 + + 15.0 [30]

50 + + 40.0 [50] 75 + 30.0 [20]

130 + + 80.0 [50)

190 ++ 20.0 [30]

65 + 87.5 [16] 120 + 0 [12]

240 + + 10.0 [30] 130 + + 69.6 [46] 150 + + 80.0 [30]

約750 + + 0 [50]

約 3,200 + + 0[100] 約3,200 + + 0 [50]

約3,600 + + 0 [30]

約2,300 + + 0 [30]

-37-

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山岡・新山・小幡

小貝川河道

1, 60.

図2. 小貝川下流域左岸,小貝大橋の北(調査地 No.lA)植

生の概略

でクヌギ・エノキ疎林(d:林床はクサヨシ・ヤエムグ

ラ群落)が発達していたこの疎林内には僅かであるが

マルバヤナギ, ジャヤナギが混在していた

B)右岸,小貝川ふれあい公園オオムラサキの森 (下妻

市筑波島) (図 3)

河川敷に約 200mx600 mの範囲にクヌギ・エノキ林

(e, f, h, i, j, k) が広がっており,それに隣接して

25 -50 X 100 -200 illのマルバヤナギを中心にしたヤナ

ギ林が数力所形成されていた川が蛇行している場所で

あり,また水路や古い水路跡があるため,川岸に近いヤ

ナギ林の他に,堤防よりにも小さなヤナギ林(a) ある

いは単木のマルバヤナギ高木 (f)があった結果,ヤ

ナギ林とクヌギ・エノキ林が隣接する箇所が多数あった.

C)右岸,長峰橋の北(常総市豊田) (図 4,7, 8)

水際にヨシ・オギ群落(a)が広がり ,続いて 20-30

m幅でマルバヤナギ大径木のヤナギ林 (b)が形成され

ていた林内にはジャヤナギ,タ チャナギが混在してい

た.堤防までの間には約 lOOx100 mのクヌギ・エノキ

林 (c:林床はヤエムグラ群落, d:ジャノヒゲ群落)が

発達していたまた,この河川敷には耕作地(小麦畑,

栗畑)も存在した.

河道

河道

図 3. 小貝川下流域右岸,小貝川ふれあい公園(調査地 No.lB)植生の概略

-38-

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水辺植生における異種寄生性ヤナギさ び病歯Melampsorachelidonii-pierotiiの種生物学

1 , 60 m

河道

図4.小貝川下流域右岸, 長峰橋の北 (調査地 No.lC)植生の

概略

D)左岸 (つくば市上郷)

約 50m幅でオギ群落が広がり ,所々に若いヤナギ林

(a),メダケやアズマネザサの群落 (b)が形成されて

いたまたオギ群落内に僅かではあるがマルバヤナギが

混在していた(c). オギ群落には所々に土手の下から水

辺に通じる小道が作られていた.

E)左岸(常総市曲田)(図5)

水際には小さな ヨシ群落 (a)が,続いてマルバヤナギ,

ジャヤナギ,タチャナギからなるヤナギ林 (b)が形成

されていた一段高い段丘上には約 100x50mのクヌ

ギ ・エノキ林(c)が形成されていた

F)右岸,常総橋周辺 (常総市箕輪町)

水際からオギ群落(a),ヤナギ林(b:約 100x30m)

が形成されていたヤナギ林の水辺から遠い側にもヨシ

群落(c) が形成されていた 一段高くなった段丘には

耕作地があり,その周辺にはハリエンジュ疎林 (d),

クヌギ林 (e),メダケ群落 (g)が形成されていた

2. 菅生沼

A)右岸(坂東市大崎)

菅生沼では,水辺からヨシ群落,オギ群落(a), ヤナ

-39-

河道 水路

図 5. 小貝川下流域左岸(常総市曲田)(調査地 No.lE)植生の

概略

ギ林 (b:マルバヤナギの大径木.所々にジャヤナギが

混在),クヌギ ・エノキ林 (c), メダケ ・アズマネザサ

群落,照葉樹林 (d)が形成されていた

B)左岸(常総市大塚戸町)

水辺からヨシ群落,オギ群落,ヤナギ林(a:マルバ

ヤナギ,タチヤナギ)があり続いて照葉樹林が形成さ

れていた水辺林に隣接する民家との境界にマダケ林

(b)が形成されていた

3.桜川下流域

A)左岸 (土浦市田土部,つくば市上野)(図6)

水際から約 25x100 mのヤナギ(タチャナギ,マル

バヤナギ,ジャヤナギ)の疎林(b)および, 30X50ill

のマルバヤナギ林 (a)があったそこから一段高くなっ

た段丘に約 50x50mのクヌギ ・エノキ林(c), アズマ

ネザサ ・メダケ群落 (d),耕作地,草地(e)が形成さ

れていた.

B)右岸(つくば市栗原)(図6)

上記調査地の対岸になり ,水際までスギ林,クヌギ ・

エノキ林(a)が迫っていた.

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、攀

]

60

山岡 • 新山・小幡

(a). この場所の周辺にはヤナギ類は生育 しておらず,

最も近いと考えられる小貝川河川敷のヤナギ林から約

750m離れていた

B)豊里ゆか りの森(つくば市遠東)

施設内の約 lOOx150 mの雑木林 (a:クヌギ, コナ

ラ林)の林床,約 50x50mのスギ疎林 (b) の林床に

ムラサキケマンが多数生育していた周辺にヤナギ類は

生育 しておらず, 最も近いと考えられる小貝川河川敷の

ヤナギ林から約 3,200m離れていた

C) ヒノキ ・スギ林縁(つくば市高野)

県道沿いのヒノキ ・スギ林の林縁(a:約 100mの範囲)

にムラサキケマンが生育していた周辺にヤナギ類は生

育 しておらず,最も近いと考えられる小貝川河川敷のヤ

ナギ林から約 3,600m離れていた

D)耕作放棄地 (つくば市西平塚)

スギ林に隣接する耕作放棄地(a:約 25X 50 ill) にム

ラサキケマンが生育していた周辺にヤナギ類は生育し

ておらず最も近いと考えられる桜川河川敷のヤナギ林

から約 2,300m離れていた.

クヌギ ・エノキ林 耕地

河道

図6. 桜川下流域桜橋南,左岸(調査地 No.3A),右岸(調査

地No.3B)植生の概略

4. 鬼怒川下流

A)左岸(常総市水海道高野町)

堤防から水際まで約 300mあり, きぬふれあい公園

と耕作地が広がっていた.水際のメダケ群落 (b) の間

に約 50X30 illの小さなヤナギ林 (a)が形成さ れていた

また公園の一部にクヌギ・コナラ林 (d)が残されていた

B)左岸,石下橋北 (常総市本石下)

この付近では,堤防が二重になっていた水際と一つ

目の堤防 (c)の間にマルバヤナギ ・ジャヤナギ疎林 (a),

オギ群落縁 (b) が形成されていた一つ目の堤防とニ

つ目の堤防の間に耕作地,雑木林 (d),メダケ群落 (e),

ハリエンジュ林(f)' スギ・ヒノキ林が形成されていた.

5.水辺林から離れたムラサキケマン生育地

A)民家に隣接する空き地(つくば市上郷)

ムラサキケマンが生育していた民家に隣接する空き地

調査方法

各調査地では,ムラサキケマンおよびクサノオウの分

布の有無を調査した.分布が確認された場合には個体

ごとに M.chelidonii-pierotiiの精子 ・さび胞子世代形成

の有無を記録した調査地内に分布する個体数が多数の

場合には, 30-50個体を選び調査 した調査地内で,

ムラサキケマンと同属のジロボウエンゴサクが生育して

いた場合調査の対象としたまた,胞子堆が形成され

たムラサキケマンおよびジロボウエンゴサクを各調査地

から標本として採集し,光学顕微鏡を用いて精子・さび

胞子世代の形態観察を行った

広範囲で分布が確認されたムラサキケマンでは,ヤナ

ギ類からの距離と感染株率の関係を解析するため,回帰

分析を行ったその植分内に分布するムラサキケマンと

ヤナギ類との最短距離に基づき,各植分を分け (5m単

位)感染株率の平均値を求め,解析に用いた.

接種試験

ヤナギ林に隣接するクヌギ ・エノキ林で,ムラサキケ

マンと同属のジロボウエンゴサク上に Melampsora属菌

の精子・さび胞子世代と思われる胞子堆が発見された.

Melampsora chelidonii-pierotiiの精子・さび胞子世代の

可能性が高いと考え,以下の接種試験を行った.

担子胞子による接種試験: 2006年3月5日と 16日の

2回に分けて,小貝川沿いのヤナギ林 3カ所(茨城県常

総市曲田,常総市豊田,筑西市寺上野)からジャヤナギ

-40-

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水辺植生における異種寄生性ヤナギさび病菌Melampsorachelidonii-pierotiiの種生物学

とマルバヤナギ落葉上の M.chelidonii-pierotii冬胞子を

採集した.冬胞子は紙袋に入れ,接種に用いるまで 5℃

の冷蔵庫で保存した被接種植物のムラサキケマンとジ

ロボウエンゴサクは,茨城県常総市曲田のクヌギ・エノ

キ林内で採集し,ポット植えにして筑波大学植物寄生菌

学研究室のグロースキャビネット (20℃,明期 14時間:

暗期 10時間,約 6,000lux)で生育させた.数日後植物

体上で胞子堆形成がないことを確認し,接種に供試した.

接種は,ポット植えの植物体を用いる方法と切り葉を

用いる方法(リーフ・カルチャー法)の二つの方法で行っ

たポット植えの植物体を用いる方法では,冬胞子堆を

形成したヤナギの葉を一晩流水でさらした後ムラサキ

ケマンまたはジロボウエンゴサク葉上にのせ, 20℃,湿

室に 2日間保持したその後接種された植物体はグロー

スキャビネットに戻し生育させた. リーフ・カルチャー

法では,ムラサキケマンとジロボウエンゴサクの葉を切

り取り, 9cmプラスチックシャーレに入れ,葉柄の切

り口を 40ppmジベレリン水溶液をしみこませたキムワ

イプで挟んだ.その他の接種方法はポット植え植物の場

合と同様である.

さび胞子による接種試験: 2008年4月21日に小貝川

沿いのヤナギ林に隣接するクヌギ・エノキ林2カ所(茨

城県常総市曲田,常総市豊田)で,ジロボウエンゴサク

葉上に形成されたさび胞子堆を採集した.被接種植物の

ジャヤナギとマルバヤナギは,茨城県常総市曲田,常総

市豊田のヤナギ林で枝を採集し,実験室で水差しにより

発根させた後ポット植えにして使用した.

接種はろ紙法(佐藤ら 1983)を用い,ヤナギの展開

したばかりの葉の裏にさび胞子を接種した.接種の際

一つのさび胞子堆で形成されたさび胞子をジャヤナギと

マルバヤナギの両方に接種した.接種された植物はグ

ロースキャビネットで生育させた.

結果

ムラサキケマンの分布と感染

各調査地の植分でのムラサキケマンの分布と感染株率

は.表1に示した.

1. 小貝川下流域

小貝川下流域 6カ所で調査を行った結果,ムラサキケ

マンは水辺に面するヨシ群落や多湿なヤナギ林内では認

められず,ヤナギ林よりも水辺から遠い位置に形成され

たクヌギ・エノキ林の林床,アズマネザサ,メダケ群落

の縁,オギ群落の縁で認められた.特にクヌギ・エノキ

林の林床では(図 8),多数の個体が生育していた.ク

-41-

ヌギ・エノキ林は,ヤナギ林に隣接していることが多かっ

たため,マルバヤナギまたはジャヤナギと最も近いムラ

サキケマン個体との距離は 5m-50 mであった.小貝

川ふれあい公園オオムラサキの森(下妻市筑波島)のヤ

ナギ疎林 (lBc, 図9) は,河道から一段高い起伏のあ

る段丘上に形成されており,クヌギ・エノキ林に隣接す

る低い箇所に水がたまりその周囲を中心にアカメヤナギ

が生育していたが,クヌギ・エノキ林に隣接する比高が

高いところは比較的乾燥しており,ムラサキケマンが多

数生育していた.堤防側の旧水路に沿ったヤナギ林は土

地が高くなるにつれクヌギ・エノキ林(lBe)に変わるが,

両者が共存する境界付近にもムラサキケマンが生育し,

M chelidonii-pierotiiが感染していた.

河道とヤナギ林の間に形成されたオギ・ヤエムグラ群

落 (lBg),つくば市上郷地区のヤナギ類が混在するオ

ギ群落の縁と群落内の小道沿い (lDc),常総市箕輪町,

常総橋周辺の堤防とヤナギ林の間に形成されたヨシ群落

の縁 (lFc)でもムラサキケマンが生育しており,感染

が認められた.また,小貝大橋の北(筑西市寺上野)の

クヌギ・エノキ疎林 (lAd),小貝川ふれあい公園オオ

ムラサキの森(筑西市筑波島)のクヌギ・エノキ林 (lBf)

(図 10)では,マルバヤナギ,ジャヤナギの単木が混

成している箇所があり,極めて近接してムラサキケマン

が生育していることがあった.

調査地のすべてでM chelidonii-pierotiiによるムラサ

キケマンの感染(図 11)が認められた長峰橋の北(常

総市豊田) (lC),常総市曲田 (lE) のクヌギ・エノキ

林の林床では,ジロボウエンゴサクが生育しており,そ

の上でも精子・さび胞子世代が形成されていた(図

12).なお,今回の調査地ではクサノオウは生育してい

なかった.

2. 菅生沼

菅生沼の水辺に近いところに成立するヨシ群落,オギ

群落,ヤナギ林内ではムラサキケマンの生育は認められ

ず,比較的水辺から離れたところに成立するクヌギ・エ

ノキ林内,メダケ・アズマネザサ群落縁,照葉樹林縁,

民家横のマダケ竹林の縁で認められたそれぞれの植分

でM.chelidonii-pierotiiによるムラサキケマンの感染が

認められた.

3.桜川下流域

桜橋下流の調査地周辺では,下流に向かって左手に

カーブしており,左岸にはヤナギ林が形成されていた.

ヤナギ林内にはムラサキケマンは生育していなかった

が,そこから一段高くなった段丘に形成されたクヌギ・

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山岡・新山・小幡

図7.小貝川下流域右岸,長蜂橋の北 (調査地 No.lC)のヤナ

ギ林 (S)と隣接するクヌギ・エノキ林 (Q)

回9. 小貝川下流域右岸,小貝JI!ふれあい公園(調査地 No.

lB)のクヌギ林に隣接するヤナギ疎林.林床にムラサキ

ケマンの群落 (C).

図 11. ムラサキケマン上のさび胞子堆.茨城県筑西市寺上野

にて, 2008年4月21日に撮影乾燥標本 (TSH-

Rl0982)として保存

-42-

屈 8.同調査地のクヌギ・エノキ林内の様子.林床にムラサキ

ケマンの群落 (C), 中央奥がヤナギ林 (S).

図 10. 同調査地のクヌギ・エノキ林縁のマルパヤナギ単木 (S)

図 12. ジロボウエンゴサク上のさび胞子堆.茨城県常総市豊

田にて, 2008年4月21日に撮影.乾燥標本 (TSH-

Rl0976)として保存

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水辺植生における異種寄生性ヤナギさび病菌Melampsorachelidonii-pierotiiの種生物学

エノキ林.アズマネザサ・メダケ群落縁,草地で多数生

育が認められた.対岸では.水際までスギ林,クヌギ・

エノキ林が迫っているが,スギ林縁.クヌギ・エノキ林

にムラサキケマンは多数認められ, M chelidonii-pierotii

による感染株率も高かった.

4.鬼怒川下流域

2カ所ともヤナギ林内にはムラサキケマンは生育して

いなかったが.内陸側のメダケ群落の縁.クヌギ・コナ

ラ林.ハリエンジュ林などでムラサキケマンは多数認め

られ,ヤナギ林から 100m以上離れていたがM cheli-

donii-pierotiiによる感染が確認できたまた.常総市本

石下では堤防の上でクサノオウが生育していた.周辺の

ムラサキケマンに感染が確認できたがクサノオウには認

められなかった.

5.水辺林から離れた場所に生育するムラサキケマン

最も近いと考えられるヤナギ林(小貝川または桜川)

から 750-3,600m離れた場所で.ムラサキケマンが生

育する 4カ所を調査地とした.これらの調査地では, M.

chelidonii-pierotiiによる感染は認められなかった.

接種試験

1. 担子胞子による接種試験

小貝川沿いの 3カ所で採集したマルバヤナギおよび

ジャヤナギ落葉上の冬胞子を発芽させて得た担子胞子

を,ムラサキケマンとジロボウエンゴサクに接種した.

その結果,すべての接種源でムラサキケマンとジロボウ

エンゴサクの両方で精子器およびさび胞子堆が形成され

た(表2).

2. さび胞子による接種試験

小貝川沿いの 2カ所で採集したジロボウエンゴサク上

のさび胞子を接種源として用いた 1病斑上のさび胞子

堆で生産されたさび胞子をマルバヤナギとジャヤナギに

接種した.その結果豊田で採集したさび胞子は 5菌株

ともマルバヤナギのみに,曲田で採集したさび胞子は 3

菌株ともジャヤナギのみに感染した(表3).

表2. ジャヤナギおよびマルバヤナギ上で形成された担子胞子による接種試験

接種源 被接種植物 接種結果

No, 冬胞子の宿主植物 採集地 採集日 植物名 培養方法 精子器 さび胞子堆

1 ジャヤナギ 常総市曲田 2008/3/16 ジロボウエンゴサク L, F) 2/2 (7)b) 2/2 (13-18) ムラサキケマン L, p 3/3 (7-9) 1/3 (11)

2 ジャヤナギ 常総市豊田 2008/3/16 ジロボウエンゴサク L, p 2/2 (7) 1/2 (18) ムラサキケマン p 1/2 (7) 1/2 (13)

3 ジャヤナギ 筑西市寺上野 2008/3/5 ジロボウエンゴサク L. p 2/2 (7) 2/2 (13-18) ムラサキケマン L 1/2 (7) 1/2 (18)

4 マルバヤナギ 常総市曲田 2008/3/16 ジロボウエンゴサク L, p 2/2 (7) 2/2 (13) ムラサキケマン p 1/2 (7) 1/2 (13)

5 マルバヤナギ 常総市豊田 2008/3/16 ジロボウエンゴサク L, p 2/2 (7) 1/2 (13) ムラサキケマン p 1/2 (7) 1/2 (13)

6 マルバヤナギ 筑西市寺上野 2008/3/16 ジロボウエンゴサク L, p 2/2 (7) 2/2 (13) ムラサキケマン p 2/3 (8) 2/3 (11-16)

a) L:リーフ・カルチャー法, p:ポット植えの植物体接種

b)接種陽性回数/接種回数(接種から胞子堆出現までの日数)

c) 2008年3月17日に担子胞子を接種

表3. ムラサキケマンおよびジロボウエンゴサク上で形成されたさび胞子による接種試験

接種源No,

さび胞子の宿主植物 採集地 採集日被接種植物 夏胞子堆形成回数/接種回数

7

8

ジロボウエンゴサク 常総市豊田 2008/4/21 マルバヤナギ

ジャヤナギ

ジロボウエンゴサク 常総市曲田 2008/4/21 マルバヤナギ

ジャヤナギ

5/5 0/5 0/3 3/3

a) ジロボウエンゴサク接種日: 2008年4月22日

-43-

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山岡・新山 ・小幡

精子・ さび胞子世代の形態

小貝川沿いの 2カ所で採集したジロボウエンゴサク上

の胞子堆を標本 (TSH-Rl0973,茨城県常総市曲田 (lE)

にて 2008年4月21日採集; TSH-Rl0976,茨城県常

総市豊田 長峰橋の北 (lC)にて 2008年4月21日採集)

とし,形態観察に供試したこれらの標本は,筑波大学

生命環境科学研究科植物寄生菌学研究室にて保存 してい

る.

ジロボウエンゴサク上で形成された精子器は Hiratsu-

ka and Cummins (1963) のタイプ 3(図 13),さび胞子

堆は Caeoma型 (図 14)であ ったさび胞子は (図

15),亜球形,楕円形,角形で, 12-17 X 10 -16 μm,

壁の厚さは 1μm, 表面は税状突起(図 16)で覆われて

いたこれらの形態的特徴は,Hiratsukaet al. (1992)

の記載と比較した結果, さび胞子の長径がやや短いこと

を除いて一致した.

図13. ジロボウエンゴサク上の精子器 (TSH-Rl0973). Scale

bar=30 μm

図15. ジロポウエンゴサク上で形成されたさび胞子 (TSH-

Rl0976). Scale bar= 10 μm

-44-

考察

これまでの報告で, M.chelidonii-pierotiiの精子・さ

び胞子世代宿主として,ムラサキケマンとクサノオウが

報告されているが,今回の調査ではムラサキケマンのみ

で精子・さび胞子世代を確認することができ,また,新

たにジロボウエンゴサクも精子 ・さび胞子世代宿主とな

ることが確認された本菌は,オオタチヤナギを夏胞子・

冬胞子世代宿主,クサノオウを精子 ・さび胞子世代宿主

とする菌として Matsumoto(1926)が新種記載したし

かし,それ以降この異種寄生性に関しては確認されてい

ない (Hiratsukaand Kaneko 1982). Matsumoto (1926)

は,岩手県盛岡市で採集した試料を用いており,関東地

方に分布する系統とは寄生性が異なる可能性もある. 今

回の調査を行った茨城県西部では,本菌はムラサキケマ

ンとジロボウエンゴサクを精子・さび胞子世代宿主とし

図14. ジロボウエンゴサク上の Caeoma型さぴ胞子堆 (TSH-

Rl0973). Scale bar = 30 μm

図16. ジロボウエンゴサク上で形成さ れたさび胞子の表面

(TSH -Rl0976). Scale bar= 10 μm

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水辺植生における異種寄生性ヤナギさび病菌Melampsorachelidonii-pierotiiの種生物学

て利用していると考えられる.

Melampsora chelidonii-pierotiiには,マルバヤナギに

寄生性を有する系統と,ジャヤナギに寄生性を有する系

統が存在し,両系統ともムラサキケマンを中間宿主とし

ていることが知られているが(中村ら 1998),今回の接

種試験結果もそれを支持するものであったまた,両系

統ともジロボウエンゴサクを精子 ・さび胞子世代宿主と

して利用することが明らかになった

今回実施したフィ ール ド調査の結果から, M.cheli-

donii-pierotiiの精子・さび胞子世代宿主であるムラ サキ

ケマンとジロボウエンゴサクは,いずれもヤナギ林に隣

接するクヌギ・エノキ林内,林縁やアズマネザサ ・メダ

ケ群落縁に多数生育 していることが確認できたマルバ

ヤナギ,ジャヤナギは関東地方では河道勾配が緩やかな

蛇行帯や(吉川・福嶋 1999;小幡 2007),渡瀬遊水池や

菅生沼のような過湿地に生育している(奥田 1978;小

幡ら 1996).菅生沼やその周辺の関東地方の水辺で見ら

れる典型的な植生配分としては,水辺から,ハナムグ

ラーオギ群集またはセリークサヨシ群集, タチヤナギ群

集ジャヤナギーアカメヤナギ群集,ゴマギーハンノキ

群集の順に配列し,ヤナギ林(ジャヤナギーアカメヤナ

ギ群集)にゴマギーハンノキ群集が隣接することが報告

されている(奥田 1978).今回の調査でクヌギ,エノキ

が優占していた植分はゴマギーハンノキ群集で,クヌギ

を人工的に植栽するなどの手が加わった代償植生と考え

られるこの植分は,ヤナギ林より 一段高い (1-2m)

段丘に位置していることが多く,さび胞子堆を形成して

いたムラサキケマンとヤナギの業が直線距離で数m以下

の箇所を複数発見することができた

一般に水辺林では,洪水による流路の変動などによる

植生の破壊,撹乱頻度や撹乱後の遷移段階の違いなどに

より ,種構成と構造の異なる植生のモザイクが形成され

る(進ら 1999; Shin and Nakamura 2005 ;指村ら 2008).

今回の調査地の中で小貝川では,通常ムラサキケマンが

生育していないヤナギ疎林,オギ ・ヤエムグラ群落,ヨ

シ群落の縁などにムラサキケマンが生育しており,また,

ムラサキケマンが多数生育するクヌギ・エノキ林内にマ

ルバヤナギやジャヤナギが単木として生育している箇所

があった小貝川の蛇行帯は洪水による被害が多い地区

であり(鬼怒川・小貝川読本編築会議編集委員会 1993),

種構成と構造の異なる植生のモザイクが形成されたため

と考えられる.

また,この段丘は耕地として利用された場所が多く,

人工的に造られた水路またはその跡が存在していて,そ

の周辺にヤナギ類の生育が認められた.このことから,

現在の河道から離れた段丘上のムラサキケマンが多数存

-45-

在する植分内に少数のヤナギ個体が孤立して存在するこ

とになったと推定される今回の調査でこれらの生育場

所でムラサキケマンがM.chelidonii-pierotiiの精子・さ

び胞子世代宿主として使用されていることが確認され

たこのように,人為が加わることによってさらに植生

のモザイク化が進み,マルバヤナギ,ジャヤナギとムラ

サキケマンの遭遇する機会が増加すると考えられる

担子胞子の飛散距離は,カイヅカイプキを中間宿主と

するナシの赤星病菌, Gymnosporangiumasiaticum Mi-

yabe ex Yamadaで 1,500m以上 (梅本ら 1989),キハダ

を中間宿主とするアカマツ葉さび病菌,Coleosporium

phellodendri Komarovで約 200m という報告があるが

(浜 1987),一般的にはもっと短く 10m程度と考えら

れている(佐保 1968).今回の鬼怒川での調査の例では,

240 m離れた雑木林内のムラサキケマン上でも胞子堆形

成を確認することができたそこで,ヤナギからの距離

と感染株率の関係を解析するため,回帰分析を行った

その結果(図 17),決定係数 (Rり0.54の回帰直線を得

ることができ ,ヤナギからの距離が近いほど感染株率が

高く,ヤナギに近いムラサキケマン個体ほど感染に寄与

していると考えられる.ヤナギさび病菌の担子胞子の実

際の飛散距離は計測していないが, X軸切片は 307mで,

担子胞子による有効感染距離は 300m前後と考えられ

るただし,冬胞子を有するヤナギ落葉も風や水で移動

するので,担子胞子自体の飛散距離を越えて感染が起

こっていると考えるのが妥当であろう.

一方, さび胞子の飛散距離は担子胞子に比べ長いと考

えられており, ヒヨドリバナを中間宿主とする五葉松葉

120

100

ミとi9印0I • ` .

咲瞼 a o y=.o.匹9な+ 919繕

R’= 0.S39

20 . ゜゚ 100 200

ヤナギからの距離(m)

. 300

●感染株率の平均値

_ 踪 形近似[感染株率の平均値]

図 17. ムラサキケマンのヤナギからの距離と感染株率平均値

の関係

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山岡・新山・小幡

さび病菌 Coleosporiumeupatorii Hirats. f.では約 100m

まで(陣野ら 1965)という報告がある.今回の調査では,

ヤナギから数十 m以内の範囲に精子・さび胞子世代宿

主であるムラサキケマン上で多数のさび胞子堆形成が認

められた.これらの胞子堆で形成されたさび胞子は,風

向きにもよるがヤナギヘの感染源として機能する可能性

は高いと考えられる.

以上のことから,茨城県西部の水辺林において,マル

バヤナギ,ジャヤナギが分布する小貝川や桜川の蛇行帯

や菅生沼では,洪水や土地利用の変遷によってムラサキ

ケマン,ジロボウエンゴサクがヤナギ類と非常に近い位

置に生育する環境が作り出されており, M.chelidonii-

pierotiiが生活環を全うするに適した生息場所であると

考えられる.

和文摘要

異 種 完 生 型 さ び菌の 1種Melampsorachelidonii-

pierotiiは.夏胞子・冬胞子恨代をマルバヤナギ (Salix

chaenomeroides).ジャヤナギ (S.eriocarpa)上で.精子・

さび胞子世代をキケマン属のムラサキケマン (Corydalis

incisa)上で過ごす.茨城県西部の小貝川,鬼怒川.桜川,

菅生沼の水辺林とその周辺の植物群落において.ムラサ

キケマンの分布と本菌に対する感染株率を調査した.ム

ラサキケマンはヤナギ林内にはほとんど分布せず.ヤナ

ギ林に隣接したクヌギ・エノキ林に広くかつ高密度で分

布し.本菌が高頻度で感染していた.クヌギ・エノキ林

内にも単木や少数のヤナギ類が混在する場合があり,周

辺のムラサキケマンに高頻度で感染が起きていた.以上

の結果より,調査地域一帯は本菌が生活環を全うするの

に適した生息場所であると推測できる.また,ヤナギ林

に隣接するクヌギ・エノキ林内には.キケマン属のジロ

ボウエンゴサク (C.decumbens)が分布し.本菌が感染

していた.ジロボウエンゴサクもムラサキケマン同様に

精子・さび胞子世代宿主として機能していると考えられ

る.

謝辞

本研究を遂行するに当たり,下妻市小貝川ふれあい公

園,国土交通省関東地方整備局下館河川事務所にご協力

いただいたまた,元筑波大学生命環境科学研究科教授

徳増征二博士には,原稿を精読していただき,数々のご

助言とご指導をいただいた.心よりお礼申し上げる.本

研究の一部は, 日本菌学会第 51回大会 (2007年)で発

表した.

-46-

引用文献

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