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太陽観測装置・彩層ライマンα線 偏光分光観測装置に用いる 回折格子評価法の構築 2011 年度卒業論文 08S1-013 久保雅稔 明星大学理工学部物理学科天文学研究室

太陽観測装置・彩層ライマンα線 偏光分光観測装置に用いる ......- 2 - 概要 本研究では、日・米・スペインの国際共同ミッションとして、太陽からのライマンα線

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  • 太陽観測装置・彩層ライマンα線

    偏光分光観測装置に用いる

    回折格子評価法の構築

    - 2011年度卒業論文 -

    08S1-013 久保雅稔

    明星大学理工学部物理学科天文学研究室

  • - 2 -

    概要

    本研究では、日・米・スペインの国際共同ミッションとして、太陽からのライマンα線

    (1215.67 Å ) を 偏光 分光 観 測す る ロケ ット 実 験 Chromospheric Lyman-Alpha

    Spectro-Polarimeter (CLASP)の観測装置に搭載する回折格子全面での波長分解能の評価

    を行った。CLASPは、彩層から遷移層間でのハンレ効果によって生じる直線偏光を真空紫

    外線域の輝線であるライマンα線で測定し太陽彩層磁場を精密に測定する事を目標とした

    実験である。観測装置に搭載する回折格子には等間隔球面回折格子を用いるが、磁場を求

    めるためには波長分解能 0.1Å以下を満たしていなければならない。

    ライマンα線の反射率が高いものは既製品では存在しないため、島津製作所と協力し、

    ライマンα線に反射率を持った等間隔球面回折格子を試作した。そのため、この回折格子

    の反射率と波長分解能の評価をしなければならず、本研究では波長分解能 0.1Å以下を満た

    しているかを評価するための方法を構築した。その評価方法の概略は、ライマンα線光源(重

    水素ランプ)を用いて回折格子全面に照射し、回折格子から 1 次回折光で反射したライマン

    α線の焦点位置にCCDを設置し波長半値幅を測定することで回折格子の波長分解能を評価

    するというものである。結果として波長分解能は 0.181Åと測定された。目標値よりも広く

    なってしまったが、その原因は計測システムにある可能性があり、それぞれの要因につい

    て対処することで、本測定に向けて改善法を提案する。

  • - 3 -

    目次

    概要

    1. 序論

    1.1 太陽観測衛星「ひので」の成果と新たな研究課題

    1.2 太陽磁場の測定

    1.2.1 ゼーマン効果について

    1.2.2 ゼーマン効果の限界

    1.3 ハンレ効果

    1.4 国際観測ロケット「CLASP」

    1.5 実験の意義

    2. 実験概要

    2.1 波長分解能の定義

    2.2 回折格子

    2.3 光学系基礎概要

    2.4 測定に使用された機器類・光学素子について

    2.4.1 UV光源

    2.4.2 球面鏡

    2.4.3 ピンホール

    2.4.4 CCD

    3. 実験系設計

    3.1 光学パラメータの決定

    3.1.1 光源の大きさ

    3.1.2 ピンホールを使用した場合の光量について

    3.1.3 集光する F値の決定

    3.1.4 収差による光量の減少

    3.1.5 散乱光の除去の方法

    3.2 実際の試験系の設計

    3.2.1 反射率と光学系への配置

    3.3 Zemaxによる収差解析

    3.4 アライメント手順

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・5

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・13

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・21

  • - 4 -

    4. 実験結果

    4.1 重水素ランプからの輝線の確認

    4.2 S/N比について

    4.3 波長分解能測定の結果

    5. 考察

    5.1 ①ピンホール径の大きさが与える影響

    5.2 ②焦点位置・ピント合わせ

    5.3 ③解析誤差

    5.4 ④回折格子の反射径劣化による影響

    5.5 ⑤0次光が生み出す散乱光

    5.6 ⑥平面鏡の面精度

    5.7 ⑦光源の元々持つ波長半値幅

    5.8 まとめ

    参考文献

    謝辞

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・34

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・44

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・45

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・40

  • - 5 -

    1. 序論

    太陽の研究は今から約 400 年前、ガリレオ・ガリレイが望遠鏡を太陽に向けて観測した

    際に黒点を発見したことから始まる。黒点は太陽全体からみればしみのような小さな点で

    あるが、まれに大きな黒点が現れることがあり、目の良い人は沈む夕日の中に見ることが

    出来る。20 世紀になって黒点には数千ガウスの磁場があることが発見された。その後、白

    色光だけでなく、Hα単色光・電波・X線などによる太陽観測が発展し、白色光だけで見

    ていた太陽では想像もつかない爆発(フレア)やコロナでの X 線ジェットなど大きな活動

    に満ち溢れた天体であることが分かってきた。これらはほとんどが磁場の影響によるもの

    であり、太陽の活動を観測するためには磁場の測定が必要不可欠である。なぜ磁場がある

    と黒点やフレア、ジェットが発生するのか。そもそも、どのような生成過程で磁場が存在

    しているか。その現象を突き詰めるために現代では様々な観測機器が作られている。

    1.1 太陽観測衛星「ひので」の成果と新たな研究課題

    太陽観測衛星「ひので」は日本(国立天文台/ISAS)、米国(NASA)、英国(PPARC)の国際

    協力で開発され、2006年 9月に打ち上げられた。ひのでには可視光-磁場望遠鏡(SOT)、極

    端紫外線撮像分光装置(EIS)、X 線望遠鏡(XRT)の3つの装置がある。これら観測装置を使

    って太陽の活動を観測することにより、様々な物理的現象が分かってきた。特に太陽の彩

    層は今まで穏やかな場所だとされていたが、コロナで起きている X 線ジェットのような現

    象が数多く観測され、更にMHD(magneto-hydro-dynamics = 磁気流体力学)波動と呼ばれ

    る、例えばアルベーン波(Alfven wave)という磁力線の横波によりエネルギーを伝える動

    的現象が太陽上の至る所で頻繁に起こっていることが分かってきた。これら彩層での活動

    現象はコロナ加熱問題を解く糸口としても重要な現象である。しかし、このような現象が

    起こっているのにも関わらず、ひのでを含めた太陽観測の歴史において彩層・コロナ全域

    の定量的な磁場測定がほとんどされてこなかった(後述)。今後の太陽研究において彩層を

    含む光球からコロナまでの高空間分解能測定が極めて重要となってきたのである。

    1.2 太陽磁場の測定

    地上で磁場の大きさや向きを測定する際には、磁気センサーや方位磁石を使えばよい。

    しかし太陽の磁場を測定しようとした時、これらを使うには太陽に近づいて測定を行わな

    ければならない。現実的に太陽に近づく事は出来ないので、太陽の磁場測定には、いくつ

    かの物理現象を利用し測定されている。その一つがゼーマン効果と呼ばれるものである。

  • - 6 -

    1.2.1 ゼーマン効果について

    ゼーマン効果とは、磁場をかけるとスペクトル線が磁場に比例して数本に分かれる現象

    で、1896 年に物理学者ゼーマンが発見した現象である。原子に束縛された電子のエネルギ

    ー準位は通常縮退しているが、磁場中では磁気量子数によって異なるレベルとなり、これ

    らと他のエネルギー準位との間の遷移で、スペクトル線もいくつかに分離する。その分離

    幅は B[ガウス]を磁場の強さ、λ0[Å] をスペクトル線の波長とすると、

    𝚫𝝀𝑩 = 𝟒. 𝟔𝟕 × 𝟏𝟎−𝟏𝟑𝒈𝑩𝝀𝟎

    𝟐 [Å]

    で表される。ここで gはランデの g因子( Landé g-factor)と呼ばれる係数で、それぞれの輝

    線に固有の値である。例えばFeの吸収線である𝝀𝟎 = 6302.5Åでのランデの g因子は g=2.50

    であるので、分離幅がΔλB = 0.1Å と測定されたら、磁場の大きさBは 2150 ガウスあるこ

    とが分かる。

    図 1.1 は 2007 年 4 月 30 日 8 時頃にひのでが黒点付近を分光観測した画像である。左図

    はスリットの位置を表しており、右図はスリット位置の光を分光した画像である。2本の

    黒い線は Fe の吸収線で波長は左から 6301.5Å,6302.5Åである。黒点の場所は光量が少な

    いので暗くなっているが、吸収線が 3 本に分かれている様子が分かる。この図からも分か

    るように黒点以外の場所では、ゼーマン効果によるスペクトル線の分岐が観測されていな

    い事がわかる。

    図 1.1(左)2007年 4月 30日 8時頃にひのでが観測した黒点の画像。黒い

    線はスリット位置を表している。(右)スリット位置の光を分光した画像。

    吸収線の波長は左から順に Fe6301.5Å、Fe6302.5Åである。

    (1)

  • - 7 -

    ゼーマン効果を用いて太陽磁場を観測・記録するマグネトグラフは、波長方向に分かれ

    たスペクトル線が視線方向と磁場の向きの関係で円偏光や直線偏光になっていることを利

    用し、磁場を観測している。図 1.2 は輝線としてゼーマン効果による分離が起きた時の、

    磁場と視線方向の違いによる偏光状態の違いを表している。磁場が視線方向と垂直な時は、

    輝線が 3 本に分かれて見え中央が磁場に平行な直線偏光、両側が磁場に垂直な直線偏光を

    それぞれ出している。視線方向と平行な時は、輝線は 2 本のみ見え、それぞれ左/右円偏光

    となっている。この偏光方向の違いを利用して、10 ガウス程度の小さな磁場の大きさや、

    磁場の向きを測定することが出来る。太陽の光球を観測する場合には、スペクトル線が吸

    収線として現れ、磁場に対する偏光方向は輝線の時とは逆向きになる。例えば、磁場が視

    線方向と垂直な場合は横偏光が縦偏光になり、縦偏光は横偏光になる。

    1.2.2 ゼーマン効果の限界

    ゼーマン効果を利用した磁場の測定は、光球面では盛んに行われている。しかし彩層や

    コロナでは、ほとんど磁場の測定がされていない。それには2つの理由があり、1つ目は、

    光球表面よりも磁場が弱く、ゼーマン効果による波長分離幅が光球表面よりも小さいから

    である。2つ目は、光球表面よりも温度が高いことにより熱的ライン幅が広いことでゼー

    マン効果に影響を与え、非熱的運動によるドップラー効果により更に影響を与えてしまう

    からである。

    例えば光球表面と彩層とで偏光方向の違いを利用した磁場を測定したとする。偏光状態

    はストークスパラメータと呼ばれるパラメータ I、Q、U、V を使うことにより表すことが

    出来る。それぞれ Iは総強度、Q・Uは直線偏光度、Vは円偏光度を表している。ここでは

    簡単のため、光球表面と彩層の円偏光度 Vを求める。

    1.2.1 節にある通り、磁場が視線方向と平行な時は、輝線が2本に分かれる。波長が短い

    方、長い方に分離した時の強度分布をそれぞれ 𝑰(𝝀 + 𝜟𝝀𝑩)、𝑰(𝝀 − 𝜟𝝀𝑩) とする。ここで𝜟𝝀𝑩

    図 1.2 磁場と視線方向の違いによる偏光方向の違い

  • - 8 -

    はゼーマン分離幅である(式 1)。𝑰(𝝀) は磁場がない時の強度分布である。ここではガウス分

    布に広がっていると仮定すると、以下のように表すことが出来る。

    𝑰(𝝀) = 𝑰𝟎𝒆𝒙𝒑 [−(𝝀 − 𝝀𝟎)

    𝟐

    𝟐𝝈𝟐]

    ここで𝑰𝟎 は振幅の強さであるが、規格化をしたいため𝑰𝟎 = 𝟏 とする。 𝝈 は標準偏差であり、

    ガウス分布の半値幅wから求めることが出来る。

    𝝈 =𝒘

    𝟐√𝟐 𝐥𝐧𝟐

    実際に測定される強度分布 𝑰(𝝀)は

    𝑰(𝝀) =𝟏

    𝟐{𝑰(𝝀 + 𝜟𝝀) + 𝑰(𝝀 − 𝜟𝝀)}

    と表すことが出来る。仮に磁場が観測者の方へ向いている時、左円偏光は波長の短い方へ

    ずれ、右円偏光は波長の長い方へずれるので、偏光子や 1/4 波長板を使うことで左円偏光

    𝑰𝑳𝑪𝑫 と右円偏光 𝑰𝑹𝑪𝑫 をそれぞれの強度を測定する。このときの円偏光度 𝑽(𝝀)は以下のよ

    うになる。

    𝑽(𝝀) =𝟏

    𝟐{𝑰(𝝀 + 𝜟𝝀𝑩) − 𝑰(𝝀 − 𝜟𝝀𝑩)}

    左、右円偏光の強度分布をそれぞれテイラー展開すると、

    𝑰𝑳𝑪𝑫 = 𝑰(𝝀 + 𝜟𝝀𝑩) = ∑𝟏

    𝐧!𝐧𝒅𝒏𝑰(𝝀)

    𝒅𝝀𝒏(𝜟𝝀𝑩)

    𝒏 = 𝑰(𝝀) +𝟏

    𝟏!

    𝒅𝑰(𝝀)

    𝒅𝝀𝜟𝝀𝑩 +

    𝟏

    𝟐!

    𝒅𝟐𝑰(𝝀)

    𝒅𝝀𝟐(𝜟𝝀𝑩)

    𝟐 +⋯

    𝑰𝑹𝑪𝑫 = 𝑰(𝝀 − 𝜟𝝀𝑩) = ∑(−𝟏)𝐧

    𝐧!𝐧𝒅𝒏𝑰(𝝀)

    𝒅𝝀𝒏(𝜟𝝀𝑩)

    𝒏 = 𝑰(𝝀) −𝟏

    𝟏!

    𝒅𝑰(𝝀)

    𝒅𝝀𝜟𝝀𝑩 +

    𝟏

    𝟐!

    𝒅𝟐𝑰(𝝀)

    𝒅𝝀𝟐(𝜟𝝀𝑩)

    𝟐 −⋯

    テイラー展開した式の1次までを 𝑽 へ代入すると、

    𝑽(𝝀) ≅𝟏

    𝟐{[𝑰(𝝀) +

    𝝏𝑰(𝝀)

    𝝏𝝀∆𝝀] − [𝑰(𝝀) −

    𝝏𝑰(𝝀)

    𝝏𝝀∆𝝀]} =

    𝝏𝑰(𝝀)

    𝝏𝝀∆𝝀

    と表すことが出来る。(2)式を(3)式に代入することで、円偏光度 𝑽(𝝀) は

    𝑽(𝝀) =𝒅𝑰(𝝀)

    𝒅𝝀∆𝝀 = 𝜟𝝀𝑩 × (−

    𝟐√𝟐 𝐥𝐧𝟐 (𝝀 − 𝝀𝟎)

    𝒘) × 𝒆𝒙𝒑 [−

    𝟐√𝟐 𝐥𝐧𝟐 (𝝀 − 𝝀𝟎)𝟐

    𝟐𝒘𝟐]

    と表される。

    ひのでの SOT で測定するとした時、円偏光度の極大値(極小値)が 0.1%以上あれば磁

    場を測定できるので、光球表面と彩層でどのくらいの円偏光度 V があるかを極大値を求め

    (2)

    (3)

    (4)

  • - 9 -

    ることで計算する。極大値、極小値のλは𝝏𝑽(𝝀)

    𝝏𝝀= 𝟎 から求めることが出来るので、

    𝝀 = 𝝀𝟎 ±𝒘

    𝟐. 𝟑𝟓

    これを(4)式へ代入することで、極大値、極小値 𝑽𝒎𝒂𝒙 は、

    𝑽𝒎𝒂𝒙 = 𝑽(𝝀𝟎 ±𝒘

    𝟐. 𝟑𝟓) = ∓𝟏. 𝟒𝟑 ∙

    𝜟𝝀𝑩𝒘

    となることがわかる。

    観測するラインを決定すればランデ因子 g と半値幅 w は決まる。そして磁場Bを決定す

    ることで𝑽𝒎𝒂𝒙を求めることが出来る。光球表面の観測に鉄 Fe 6302.5Åを使用したとき、そ

    のランデ因子は g = 2.50であり、光球表面の磁場強度Bを 300G程度と決定する。波長半値

    幅は測定値から 1.5Åであるので、円偏光度𝑽𝒎𝒂𝒙 = 𝑽𝑷𝑺は、𝑽𝑷𝑺 = 𝟎. 𝟎𝟏𝟑 ≈ 𝟏𝟎−𝟐である。彩

    層の観測には、温度が高いため真空紫外領域の輝線が多く、特に水素の輝線であるライマ

    ンα線 1215.67Åが最も光量が多いため、ライマンα線で測定した場合を考える。ランデ

    因子 g = 1であり、彩層の磁場強度 Bを 30Gと決定する。波長半値幅は観測値から 0.6Åで

    あるので円偏光度𝑽𝒎𝒂𝒙 = 𝑽𝑪𝑺は、𝑽𝑪𝑺 = 𝟒. 𝟗𝟑 × 𝟏𝟎−𝟓 ≈ 𝟏𝟎−𝟓 である。ひのでの場合、偏光

    度は𝟏𝟎−𝟑として検出器が開発されたため、例えライマンα線に対して感度があったとして

    も、彩層のような偏光度が小さい場所での磁場を測定するのが出来ないのである。しかし、

    ハンレ効果を利用すれば、彩層やコロナの磁場に関する情報を得ることが出来る。

    図 1.3 円偏光度 Vの式に光球表面、彩層でのパラメータを代入した時のグラフの様

    子。縦軸が円偏光度 V[%]、横軸が中心を合わせるため、波長方向の範囲をスペクト

    ル中心線で割ったものである。赤線は光球表面、青線は彩層を表している。右は左

    のグラフの拡大図であるがこの2つを比べても明らかで光球表面よりも彩層付近の

    偏光度はとても小さい。

    ――――― 光球表面の円偏光度 (Fe 6302.5 Å)

    ――――― 彩層付近の円偏光度 (Lyα1215.67Å)

  • - 10 -

    1.3 ハンレ効果

    ハンレ効果(Hanle effect)とは純粋に量子力学的現象であり、非等方的な放射場による励

    起状態の偏り(atomic polarization:後述)によって、偏光した光を放射するが、磁場があった

    場合その偏光過程に影響を及ぼし偏光状態を変える現象のことを言う。実際にハンレ効果

    によって磁場が強くなるにつれて偏光方向が変わっていく様子が図 1.4である。

    図 1.4のグラフは太陽の縁付近と太陽中心での直線偏光(ストークスパラメータ Q)がハ

    ンレ効果により変わっていく様子を計算したものである。太陽の縁付近では、ゼーマン効

    果とは違い、磁場がない場合ですでに偏光しているが、磁場が大きくなるにつれて偏光度

    が下がってきている。逆に太陽の中心付近を観測すると磁場が無い場合には偏光は生じて

    おらず、磁場が大きくなるにつれて偏光度も大きくなっている。磁場がない場合ですでに

    偏光しているのは atomic polarization という現象が原因となっている。

    atomic polarization を説明する例として、光球上空に浮いた1つの原子による散乱過程

    をここで考える(図 1.5 参照)。まず光球に垂直な軸を Z軸とする。この時、原子には光球

    の表面からしか光が照らされていない事になる(非等方的な放射場)。次に原子が光子のエ

    ネルギーを吸収した時、例えば水素によってライマンα線 1215.67Åが吸収された時は基

    底状態 n=0 にある電子は n=1 の状態に励起される。通常、等方的な放射場において、n=0

    →1に励起する際、磁気量子数に関係なく均等に励起される。しかし非等方的な放射場にお

    いて、光球から発せられる無偏光の光を右・左偏光の和と考えると、角運動量保存の関係

    から磁気量子数 m=±1 の状態にしか励起しない。この偏りが生じる現象の事を atomic

    polarization と呼ぶ。吸収された光は等方的に放射されるが、観測する場所により無偏光

    に観測されたり直線偏光が観測されたりする。磁気量子数m=±1の状態を古典論的に考え

    ると、Z軸に対する右回りと左回りの電子の回転とみなすことができ、X軸上からはどちら

    も Y 軸に平行な運動と見える。ゆえにそこから発せられる光は Y 軸に平行な直線偏光とし

    て観測される。一方 Z 軸上で観測した時、電子の運動からそれぞれ右偏光と左偏光の光が

    図 1.4 ハンレ効果による偏光度の変化モデル(Trujillo Bueno et al. 2011)

    (左)太陽の縁付近、(右)太陽中心

  • - 11 -

    同量だけ放射されるため、結果的に無偏光となって観測される。

    ここで更に磁場がある場合を考える。atomic polarization により、上記過程を経て偏光

    が生じるが、磁場があることによりその偏光過程に影響を与える。そのことにより偏光度

    が変化する現象のことをハンレ効果という。図 1.4から太陽の縁を観測した場合、磁場がな

    くとも𝟏𝟎−𝟑以上の偏光度が期待でき、彩層のような磁場が 30G程度と低い場所でも、偏光

    度の関係から磁場を測定することが出来る。

    図 1.5 atomic polarizationとその影響による偏光過程を表した様子

  • - 12 -

    1.4 国際観測ロケット CLASP

    彩層からコロナまでの磁場を測定するには、ハンレ効果を用いて測定する必要があるこ

    とを前節で示した。地上観測では、HeⅠ 10830Åのラインを用いてハンレ効果を検出し、

    彩層上部の磁場の直接観測が試みられている。しかし地上から観測できるという利点はあ

    るものの、観測できる場所が限られてくる。104~105 K のプラズマからの輝線は真空紫外線

    領域に多数存在するが、真空紫外線は大気によって吸収されるため、宇宙からの観測が不

    可欠である。水素のライマンα線 1215.67Åは彩層上部~遷移層で生じる強度の最も強いス

    ペクトル線であるため、その波長を用いた彩層ライマンα線分光偏光装置(Chromospheric

    Lyman-Alpha Spectro-Polarimeter) CLASPを開発し、世界で初めてライマンα線でのハ

    ンレ効果による彩層の偏光観測を行い、磁場を測定する。

    図 1.4が示すような偏光状態を観測するには、光を波長方向に分解する回折格子を用いな

    ければならない。そして CLASPにおいて実際の回折格子が全面にわたり設計通りの波長分

    解能を持っているか評価することはとても重要な事である。ハンレ効果の影響を正確に分

    離し、図 1.4 にある偏光の波長プロファイルを再現するには波長分解能(後述)0.1Åが必

    要である。

    1.5 実験の意義

    1.4節の通り、CLASPで使用する回折格子には波長分解能 0.1Åを達成していなければな

    らない。しかし、一般的な素材は、真空紫外線に対しての反射率は極めて低い。そのため、

    CLASPで使用する回折格子の開発・評価を目的とした、真空紫外線用の回折格子の試作や

    ライマンα線に対する反射率試験、波長分解能を測定する試験などを行う必要がある。本

    論文では特に、回折格子全面での波長分解能を測定する試験方法の構築と、その評価につ

    いて述べる。

  • - 13 -

    2. 実験概要

    我々の使用する回折格子は波長分解能 0.1Åの結像性能を持っていなければならない事

    は前章にも記述した(1.5 節参照)。波長分解能は、回折格子の単位長さ当たりの溝本数と

    光線の当たる面積により決まってくる。溝形状は矩形波の形をしているが、それを形成す

    るには光の干渉を利用し製作されている。しかし、完璧な矩形波は再現されないため、回

    折格子の溝深さなどが変わり、波長分解能に大きく影響を与えてしまう。我々の求める回

    折格子は、波長分解能が 0.1Åを達成している必要があり、本研究では、ライマンα線を出

    す光源を使用し、CCDを使って波長分解能を測定する方法を構築した。

    2.1 波長分解能の定義

    一般的に望遠鏡の分解能とは、その望遠鏡で見分けることができる物体の最小の角距離

    の事を言う。例えば 2重星などの 2点源を望遠鏡で見たい場合、その 2重星の角距離θ より

    も高い分解能を持った望遠鏡でなければ見ることが出来ない。それと同じように、波長分

    解能とは、回折格子によって分解できる最小の波長差 ∆λL の事を言う。レイリーの判断基

    準によれば図 2.1 のように波長の第一極小値の位置に λ + ΔλL のスペクトルの最大値があ

    る時、2つの波長は分解できるとされている。

    一般的には波長分解能は λ/∆λL と表され、以下の式によって求められる。

    𝝀

    𝜟𝝀𝑳= 𝒎𝑵×𝑾

    ここでmは次数、Nは 1mmあたりの溝本数、Wは回折格子の幅である。しかし実際には

    光学系の収差や、光源、スリットまたはピンホールがある程度の大きさを持っており点光

    源として扱えないため、スペクトル線はレイリー限界より広がってしまう。

    そこで、ここでは波長分解能をスペクトルの最大値に対する 50%の強度の部分での広が

    り「半値幅(FWHM)」で定義し、∆λ ≡ FWHM とする。

    我々が評価したいのは回折格子単体での波長分解能であるが、実際の測定で測る事が出

    来るのはピンホール径と光源が元々もつスペクトル幅の影響を受けたものであり、それは

    図 2.1 レイリーの判断基準による波長分解能

    𝝀 𝝀+ ∆𝝀𝑳

  • - 14 -

    畳み込み(convolution)で表すことが出来る(図 2.2 参照)。畳み込みとは、関数 fを平行移動

    しながら関数 gを足し合わせる二項演算である。関数 f,gの畳み込みは f*g と表され、次

    のように定義される。

    (𝒇 ∗ 𝒈)(𝒕) = ∫𝒇(𝝉)𝒈(𝒕 − 𝝉)𝒅𝝉

    ここで光源の輝線幅とピンホールの径が既知である場合、光線追跡ソフト「Zemax」で計

    算される収差を使って、畳み込みをした値と実験で測定した半値幅とを比較することで、

    回折格子の収差で決まる波長分解能を評価出来る。

    2.2 回折格子

    回折格子は、光路差が波長の整数倍(= 𝒎𝝀)になるとき干渉して強め合い明線として現

    れる。以下の図は反射式回折格子の簡単な模式図を表している。今、図 2.3の上から波長

    𝝀 の光を入射角𝜶で入射し反射角𝜷で反射した時、明線が現れる条件を考えると、反射で

    生じた光路差が波長の整数倍となればよいので、𝜶 , 𝜷 (𝜶 > 𝟎,𝜷 > 𝟎)と 𝝀 の関係は以下の

    ようになる。

    𝝈(𝒔𝒊𝒏𝜶 − 𝒔𝒊𝒏𝜷) = 𝒎𝝀

    ここでσは溝間隔である。さらに、格子定数 N≡1/σと表すと、

    𝒔𝒊𝒏𝜶 − 𝐬𝐢𝐧𝜷 = 𝑵𝒎𝝀

    となる。

    図 2.3 回折格子の反射経路

    図 2.2 畳み込みで求める波長分解能 最終的に求められるスペ

    クトルの半値幅を求めることで分解能が求められる。

  • - 15 -

    本研究で使用する回折格子は球面回折格子と呼ばれるもので、通常の平面回折格子に

    球面鏡の性能を持ち合わせてあり、コリメートレンズや集光レンズを使わずに光学系を

    構成できる利点がある。

    今回、我々が用意した回折格子のパラメータは表 2.1の通りである。ここで面粗さに使わ

    れている単位 RMS(Root Mean Square)とは基準の平面(曲面)から測定曲線までの偏差の

    二乗を平均した値の平方根である。デューティー比とは溝周期に対する溝幅の比である。

    材質 合成石英

    外形寸法[mm] 120 ×120

    中心厚さ[mm] 20±0.05

    最大厚さ[mm] 22.8±0.05

    曲率半径[mm] 1120.95±0.2

    面粗さ 0.5nmRMS 以下

    有効領域[mm] φ116

    溝本数 2400±2.4 本/mm

    溝深さ[nm] 31±5

    デューティー比 0.5±0.2

    コーティング Al+MgF2

    我々はライマンα線を用いて研究を行うため、波長𝝀 = 𝟏𝟐𝟏𝟓.𝟔𝟕 [Å] 、次数𝒎 = +𝟏 、ア

    ライメントのしやすさから入射角𝜶 = 𝟎°、格子定数は表 2.1 より𝑵 = 𝟐𝟒𝟎𝟎 [𝟏/𝒎𝒎] であ

    るので、反射角は𝜷 = 𝟏𝟔.𝟗𝟔𝟑°となる。

    表2.1 回折格子の仕様

  • - 16 -

    2.3 光学系基礎概要

    波長分解能を測定する方法として、今回我々が用いたのはローランドマウンティンとい

    う手法である。図 2.4 にあるように、球面回折格子の曲率半径 R を直径とした円周上に点

    光源、または線光源を置くと、同じ円周上に必ず波長方向の焦点があると言う特徴がある。

    さて、我々の持つ回折格子が波長分解能 0.1Åを達成しているかを我々の持つ CCD(2.

    4.4節参照)で確認できるかについてだが、回折格子の式から CCDの 1pixel(=13.5μm)が

    受光する波長幅 ∆𝝀 は以下の式によって表される。

    𝜟𝝀 = 𝝈𝒄𝒐𝒔𝜷 𝜟𝜷 = 𝝈 ∙ 𝜟𝒍

    𝑹

    ここで 𝜟𝒍 は CCD1pixel の大きさ、𝑹は球面回折格子の曲率半径である。溝間隔

    𝝈 = 𝟏/𝟐𝟒𝟎𝟎、𝜟𝒍 = 𝟏𝟑. 𝟓𝝁𝒎、𝑹 = 𝟏𝟏𝟐𝟎.𝟗𝟓𝒎𝒎 なので、波長幅 ∆𝝀 は 0.05Åとなる。測定

    したい波長幅は 0.1Åであるので、波長分解能を測定することが出来る。

    図 2.4 ローランドマウンティング

    𝐋𝟏 𝐋𝟐

    𝐑

    𝛂 𝛃

    Spherical grating

    Grating normal Rowland circle

    Entrance slit Detector

  • - 17 -

    したがって、光源から回折格子までの距離をL1 、回折格子から CCD までの距離をL2 とす

    ると、

    𝑳𝟏 = 𝑹𝒄𝒐𝒔𝜶 = 𝟏𝟏𝟐𝟎. 𝟗𝟓 × 𝐜𝐨𝐬𝟎° = 𝟏𝟏𝟐𝟎.𝟗𝟓 [𝒎𝒎]

    𝑳𝟐 = 𝑹𝒄𝒐𝒔𝜷 = 𝟏𝟏𝟐𝟎. 𝟗𝟓 × 𝒄𝒐𝒔𝟏𝟔.𝟗𝟔𝟑° = 𝟏𝟎𝟕𝟐. 𝟏𝟖𝟏 [𝒎𝒎]

    となる。

    本研究では、2.2 節にある回折格子の波長分解能を測定するために、このマウンティング

    法を利用して、図 2.5のような基本設計を考えた。

    図 2.5 基本光学系の概略図

    1000mm

    Deuterium lamp

    Light source

    Concave mirror Pin-hole

    Grating CCD

    𝐋𝟏

    𝐋𝟐

  • - 18 -

    2.4 測定に使用された機器類・光学素子について

    2.4.1 UV光源

    今回の測定に使用したのは、浜松ホトニクス社製水冷式150W高出力重水素ランプL1835

    である(図 2.6 参照)。重水素ランプの発光点の大きさおよび、そこからの F値はそれぞれ

    φ2.5mm、F/5.5である。

    図 2.7にあるのはNIST(National Institute of Standards and Technology)で測定された

    重水素ランプの真空紫外線のスペクトル強度である。左の山が重水素由来の輝線、右の山

    が水素由来のライマンα線である。この重水素ランプは、我々のもつ重水素ランプとは形

    式が異なるので参考情報でしかないが、NISTによると測定装置による広がりがほとんどで

    あるとのことで、この幅、0.13Åを輝線の最大幅と思って回折格子の評価を行う。

    図 2.7 ライマンα線近傍でのスペクトル強度

    左の輝線は重水素由来の輝線、右の輝線はライマンαの輝線。

    図 2.6 重水素ランプの写真・図面

  • - 19 -

    2.4.2 球面鏡

    重水素ランプから来る光を集光するために、球面鏡は溝尻光学社製球面鏡、直径 165mm

    (有効径 150mm)、焦点距離 613.7mm の物を使用した(図 2.8 参照)。ライマンα線は酸

    素や窒素に吸収されるため、通常の鏡だと酸化したアルミに吸収されてしまい、ライマン

    α線に対する反射率が落ちてしまう。そこで、鏡の表面には特殊なコーティングをする必

    要がある。その一つが、酸化していないアルミの上に MgF2 コーティングをすることであ

    る。球面鏡にはそのコーティングがされており、ライマンα線に対する反射率は 20%程度

    である。

    図 2.8 実験に使用した凹面球面鏡

  • - 20 -

    2.4.3 ピンホール

    前節にある球面鏡を使い集光した光を点光源のように扱うため、ピンホールを使用した。

    このピンホールはシグマ光機社製精密ピンホールの直径 25μm,400μm の 2 種類である。

    波長分解能測定用に 25μmの物を使用し、アライメントのために 400μmのピンホールを

    使用した。図 2.9はピンホールと測定に実際に使用したピンホールホルダーである。ピンホ

    ールには径の大きさの数字(単位:μm)が書いてある。

    2.4.4 CCDカメラ

    測定に用いた CCDカメラは Andor社製 DX434である。これは 1 pixelあたり 13.5 μ

    m、有効 pixel 数は 1024×1024 pixel(13.8mm×13.8mm)のものである(図 2.10 参照)。ラ

    イマンα線は真空紫外線のため、真空層の中での実験となるが、この CCDカメラは真空中

    でも使用可能である。

    図 2.10 CCDカメラの図面

    図 2.9 ピンホールとピンホールホルダー

  • - 21 -

    3. 実験系設計

    3.1 光学パラメータの決定

    図 2.5にある光学系に何故なったのか、また光学系に使われる光学素子について記述する。

    波長分解能測定の光学系の概略図は図 2.5にある通りであるが、光学パラメータを決めるた

    めに、以下の5つの点考慮すべきことがある。なお、今回の測定に使用する CCDカメラは

    2.4.4節にあるものである。

    ①発光点の大きさが CCD1pixelに比べて十分に大きいと、1pixelあたりの波長幅が 0.05Å

    よりも大きくなってしまうため、発光点の大きさを小さくしなければならないこと。

    ②ピンホールを使用した際、ライマンα線の光量を考慮しなければならないこと。

    ③光を回折格子の全面に当てて評価をしたいため、光束は全面に当たる F 値にしなければ

    ならないこと。

    ④球面鏡の斜入射角が大きいと収差により像が大きくなり光量が減ってしまうため、入射

    角はなるべく小さくしなければならないこと。

    ⑤散乱光を除去するために特殊なフィルターを使わなければならないこと。

    以上、5つの点について各節で検討していく。

    3.1.1 光源の大きさ

    発光点の大きさが CCD1pixelよりも大きい場合、1pixelあたりの波長幅が 0.05Åよりも

    大きくなってしまう。今回使用する光源は浜松ホトニクス社製水冷式 150W 高出力重水素

    ランプ L1835 である。この重水素ランプの発光点の大きさは直径 2.5mm あるため、光源

    の持つスペクトル線に影響を与えてしまう。そこで、ピンホールを使い、光源の大きさを

    小さくすることで光源の大きさに対するスペクトル線への影響を少なくさせる必要がある。

    では実際にどのくらいの大きさのピンホールが必要であるのかを 2.1 節にある畳み込みの

    計算からピンホールの径の長さを決定する。今回は、光線追跡ソフト「Zemax」を使い、

    図 2.5 に示された光学系の PSF を計算し、光源のスペクトル幅を 0.1Åと仮定した時のピ

    ンホール径 10μm, 25μmを比べた。その結果、スペクトル幅は図 3.1のとおりである。

    図 3.1 は 1pixel あたり 0.05Åに対応する。黒実線が光源の元々持っている輝線の幅、赤

    点線が光源の輝線幅と光学系の PSFと 10μmのピンホールを畳み込みしたもの、青点線が

    光源の輝線幅と光学系の PSFと 25μmのピンホールを畳み込みしたものである。半値幅は

    それぞれ、0.103Å,0.120Åとなった。25μmのピンホールによって無視できないほど半値

    幅が広がってしまっているが、畳み込みを考慮すれば回折格子の評価をすることが出来、

    光量もピンホール径が大きい物の方が稼ぐことが出来る。光量が多いと、S/N比を上げられ

    るので、より正確な測定が出来る。したがって今回はピンホール径 25μmの物を選択した。

  • - 22 -

    3.1.2 ピンホールを使用した場合の光量について

    重水素ランプが放つ拡散した光束の中にピンホールを置いただけでは、ライマンα線の

    光量が距離の二乗やピンホールの直径に比例して減ってしまう。重水素ランプから F/5.5の

    光が出てくるため、重水素ランプの発光点から距離 𝒍 の場所に大きさ半径 𝒓𝒑 を持つピンホ

    ールを置いた場合、距離 𝒍でのライマンα線の光量との比 𝑨 は、

    𝑨 =𝒓𝒑𝟐

    (𝒍/𝟓. 𝟓/𝟐)𝟐

    となる。

    図 3.2 光源の F値とピンホールの径

    図 3.1 ピンホール径の違いによる 0.1Åの輝線幅の広がり。実線

    は 0.1Åの幅、赤点線は 10μmで、青点線は 25μmで畳み込み

    を行った結果。

    光源の輝線幅(①)

    ①*PSF*10μm Pinhole

    ①*PSF*25μm Pinhole

  • - 23 -

    重水素ランプの直前にピンホールを置くとした時の発光点から距離は 𝒍 = 𝟏𝟏𝟎 𝐦𝐦 、ピン

    ホール半径 𝐫𝐩 = 𝟏𝟐. 𝟓 𝛍𝐦 を使用した時のライマンα線の光量との比は約𝟏𝟎−𝟔となってし

    まう。そのため重水素ランプから放たれた光束を球面鏡で光を集光させ、焦点の位置にピ

    ンホールを置くことで光量を稼ぐ。

    ここで使用した球面鏡は 2.4.2節のものである。光源、球面鏡、ピンホールを図 3.3のよ

    うに設置した。球面鏡によって作られた像の大きさは、物点(この場合は、重水素ランプ

    の発光点)から球面鏡までの距離 a と球面鏡から像点までの距離 b によって決まる。発光

    点の大きさを Sとした場合、像点の大きさ S’は、

    𝑺′ = 𝑺 ×𝒃

    𝒂

    となる。したがって像点にピンホールを設置した時の光量比 A’は以下のようになる。

    𝑨′ = (𝟐𝒓𝒑

    𝑺′)

    𝟐

    = (𝟐 𝒂 𝒓𝒑

    𝑺 𝒃)

    𝟐

    例えば、球面鏡の焦点距離(=613.7mm)の位置に物点を置いたとき、a,b共に 1227.4mm(レ

    ンズの公式より、3.1.4 節参照)となる。したがって S’=S となるので、像の大きさ S は発

    光点の大きさである直径 2.5mm となる。ピンホール半径 𝐫𝐩 = 𝟓 𝛍 � のピンホールを使用

    した場合の光量比 A’は𝟏. 𝟔 × 𝟏𝟎−𝟓となるので、集光しない場合よりも 100 倍も光量を稼ぐ

    ことが出来る。

    図 3.3 球面鏡を置いた場合のレイアウト図

  • - 24 -

    3.1.3 集光する F値の決定

    回折格子全面に当て評価をしたいため、光束は全面に当たるF値にしなければならない。

    重水素ランプからの光束の F値は F/5.5であるため、640mm以上離せば回折格子全面に光

    を当てることが出来る。しかし 3.1.2節より、球面鏡を使い光源から来る光を集光すること

    にした。その時の F値𝑭𝟐は、球面鏡で集光した点(焦点)から回折格子までの距離を𝑳𝟐 と

    し、回折格子の直径を𝐝𝟐 とすると、

    𝑭𝟐 =𝑳𝟐𝒅𝟐

    球面鏡によって集光される F値𝑭𝟏は球面鏡から焦点までの距離を𝒃とし、球面鏡の有効径

    を𝒅𝟏 とすると、

    𝑭𝟏 =𝒃

    𝒅𝟏

    である。光源の F 値は小さいほど立体角が大きくなるので、回折格子全面に光を当てるに

    は、𝑭𝟏と𝑭𝟐 の関係は以下の式のようになる。

    𝑭𝟏 < 𝑭𝟐

    上式から球面鏡から焦点までの距離𝒃 についての式にすると、

    𝒃 <𝑳𝟐 × 𝒅𝟏𝒅𝟐

    となる。ここに 2.3 節から 𝑳𝟐 = 𝟏𝟏𝟐𝟎. 𝟗𝟓 [𝒎𝒎] 、𝒅𝟏 = 𝟏𝟓𝟎 [𝐦𝐦] 、表 2.1 より

    𝒅𝟐 = 𝟏𝟏𝟔[𝒎𝒎] となるので、𝒃 = 𝟏𝟒𝟒𝟗. 𝟓[𝒎𝒎] 未満であれば、回折格子全面に光を当てら

    れる。

    図 3.4 球面鏡からの F値、回折格子への F値

    球面鏡

    回折格子

    d1 d2

    F1 F2

    bL2

  • - 25 -

    3.1.4 収差による光量の減少

    球面鏡が作る像の大きさは 3.1.2 節にあるように、a,b の距離によって決まる。しかし、

    入射角が大きくなるほど、収差により作る像の大きさが S’よりも大きくなってしまい、光

    量が減ってしまう。ランプとピンホールとの位置の干渉を避けるため、重水素ランプから

    出た光は球面鏡へある程度入射角をつけなければならない。しかしこの入射角を大きく入

    れてしまうと、収差により作る像の大きさが大きくなってしまう。図 3.5 は Zemaxにて入

    射角 2°、入射角 5°の二つのケースでの像の様子を表したものである。光源から球面鏡ま

    で距離を a,球面鏡から像点の位置までの距離を bとすると、球面鏡の焦点距離 fとの関係は

    以下のレンズの式によって表される。

    𝟏

    𝒂+𝟏

    𝒃=𝟏

    𝒇

    球面鏡の焦点距離は曲率半径の 1/2 であるので、𝒇 = 𝟔𝟏𝟑.𝟕 [𝒎𝒎] 、𝒃には仮に 3.1.3 節で

    求めた上限値𝒃 = 𝟏𝟒𝟒𝟗. 𝟓 [𝒎𝒎] を代入すると、𝒂 = 𝟏𝟎𝟔𝟒. 𝟑𝟐 [𝒎𝒎] となる。これについて

    各角度での像の様子を、Zemaxを使って表した。

    (a)入射角 2°の配置 (b)入射角 5°の配置

    (d)入射角5°の像の大きさ (c)入射角 2°の像の大きさ

    図 3.5 入射角の違いによる配置と像の大きさの比較

    光源 光源

    2.5mm

    2.5mm

    像の位置

    2.5mm

    像の位置

  • - 26 -

    今回の測定において入射角を決定するために、逆光線追跡を行った。逆光線追跡とは、物

    点と像の位置を入れ替え、収差等を計算し、PSF 等を計算することである。これにより得

    られた結果の像の大きさがもし光源の大きさよりも大きくなっていた場合、光源の大きさ

    よりも外側は実際には発光していないため光束が小さくなり、実際の F 値とは異なってし

    まう。今回の場合、入射角が大きくなるにつれ、収差により像が大きくなってしまう。し

    たがって、狙った F 値が必要な場合、この逆光線追跡によって得られた像の大きさと実際

    の光源の大きさを比べ、像と光源の大きさが同じになる入射角が最大の入射角となる。

    図 3.6 は Zemax で入射角 2°,4°,8°の時の像の大きさの様子である。ここでのパラメー

    タは上記にある𝒂、𝒃 の値と同じである。図の 1辺が光源の大きさである 2.5mmであるの

    で、これよりも像が大きくならない角度が、鏡への入射角となるが、図から入射角 8°で 1

    辺の長さが 2.5mmを超えているので、入射角は 7°以下にしなければならないということ

    が分かった。

    図 3.6 逆光線追跡による像の大きさの様子。左から入射角 2°,4°,8°

    2.5mm 2.5mm 2.5mm

  • - 27 -

    3.1.5 散乱光の除去の方法

    重水素ランプからはライマンα線以外にもたくさんの光を出している。波長分解能の測

    定において他の波長、特に可視光線は散乱光の原因となり、CCD に映り込んでライマンα

    線が見えなくなってしまう。そのため、このライマンαフィルターを CCDの直前に置くこ

    とで散乱光の対策を行った。このフィルターはライマンα線付近の波長をよく透過し、そ

    れよりも短波長側の波長は吸収、可視光領域の波長は反射させるフィルターである。

    Narrow(N)、Very Narrow(VN)、Extra Narrow(XN)の 3種類のフィルターがあり、それぞ

    れでライマンα線付近、可視光領域での透過率が違い、XN になるほど透過率が低くなる。

    図 3.7 は過去に極端紫外光研究施設 UVSOR にて、それぞれのフィルターのライマンα線

    付近での透過率、可視光領域での透過率を測定されたグラフである。

    測定の結果から、ライマンα線付近の透過率それぞれ約 20%、約 15%、約 10%、可視光

    領域での透過率はそれぞれ約1%、約0.1%、約0.01%である。今回の測定では可視光の散乱

    光を抑えるため、XNフィルターを CCD前に設置することで散乱光対策を行った。

    図 3.7 各フィルターの透過率測定グラフ

    ライマンα線付近での測定 可視光領域での測定

    N

    VN

    XN

  • - 28 -

    3.2 実際の試験系の設計

    我々の観測する波長は真空紫外線と呼ばれている領域のものであるため、真空中での測

    定が必要となってくる。国立天文台にある真空チェンバー(内径 120cm、図 3.8)の中にこ

    の光学系で各光学部品を置いていかなければならないが、図 2.5から光学系の全長は約 2m

    近くある。

    図 2.5の光学系をこのチェンバー内に収めるためには、平面鏡を用いて光学系を折りたた

    まなければならない。ここで光学系を折り畳むときの注意点が2つある。

    注意[1] 平面鏡のライマンα線に対しての反射率が高くなければならない。

    注意[2] 光源から出た光束が光学部品を支えているジグにより蹴られないような角度

    で反射させなければならない。

    図 3.8 国立天文台の真空チェンバー

  • - 29 -

    3.2.1 反射率と光学系への配置

    平面鏡には球面鏡同様に、真空紫外領域の波長、特にライマンα線に対しての反射率が高

    い物を選択する必要がある。今回使用した平面鏡は Acton 社製 2inch Al+MgF2 coating

    Mirror、面精度(※)はコーティング前でλ/10(@632.8nm)であり、ライマンα線に対する反射

    率は 78%である(図 3.9参照)。真空チェンバー内に光学系を収めるため、図 2.5にある光

    学系を折りたたむように各場所に平面鏡を設置しなければならないが、その際、光線が他

    の支えジグ等に干渉をしないよう平面鏡の設置個所や設置角度を Zemaxで光線追跡を行い

    ながら決定する必要がある。今回の実験での配置場所は球面鏡-ピンホール間、ピンホール-

    回折格子間、回折格子-CCD間の 3か所である。反射率が保障されている有効径は中心から

    直径の 85%であるため 2 インチ(50.8mm)の場合、中心から 43.18mm のみを使用するよ

    うに試験系を設定した。

    図 3.9 Actonの 2インチ平面鏡

    (※)面精度とは表面の粗さを表す一つの指標であり、面の一番高いところと低いところの差”高低差”

    を表している。したがってこの場合の高低差は 63.28nm以下である。

  • - 30 -

    3.3 Zemaxによる収差解析

    3.2 節にある注意点を考慮しチェンバー内に収めるよう光学系を折り畳んだ配置が図

    3.10 であり、今回の測定における光学パラメータを表 3.1のように決定した。

    ①光源-球面鏡間の距離 1295.589mm

    ②球面鏡への入射角 2.5°

    ③球面鏡-M1 間の距離 893.03mm

    ④M1 への入射角 33°

    ⑤M1-ピンホール間の距離 270mm

    ⑥ピンホール-M2 間の距離 150mm

    ⑦M2 への入射角 35°

    ⑧M2-回折格子間の距離 970.95mm

    ⑨回折格子-M3 間の距離 892.181mm

    ⑩M3 への入射角 20°

    ⑪M3-CCD間の距離 180mm

    表 3.1 真空チェンバー内の光学系パラメータ

    図 3.10 真空チェンバー内の光学系の配置

  • - 31 -

    表 3.1 にあるパラメータの中で回折格子の曲率半径 R(=𝑳𝟏 =⑥+⑧)とローランドサー

    クルの点までの距離𝑳𝟐(=⑨+⑪)を固定パラメータとして設計した。平面鏡の三枚(表では

    M1~M3)の入射角については、3.2.1節のとおりである。②は 2.4.4節にあるように 7°以

    下となればよい。①、③、⑤は真空チェンバーの内径を最大限利用した長さとなっている。

    ①の長さが決まれば、球面鏡の焦点距離は定数であるので、レンズの公式より b(=③+⑤)

    も決まる。

    Zemaxにて真空チェンバー用の光学系で光源からCCDまでの光線を追跡しCCD上で得

    られる像を描かせたのが以下の図 3.11である。

    図 3.11 の左の図は CCD サイズのスケールで見た像の様子である。黒線で囲った部分が

    CCD の大きさ(=13.8mm×13.8mm)である。出来た像が CCD 面内に収まっている様子

    が分かる。これは良く見ると弓なりに曲がっているため、実際に光学系で測定した時と解

    析結果を比べてみる必要がある。右図は CCD の 1pixel サイズのスケールで像を見た様子

    である。黒線で囲った部分が 1pixelに相当する。実際には縦方向に連続しているが、Zemax

    の計算の限界があり、離散的に表現されている。ここではライマンα線±0.05Åの輝線も表

    示させており、それぞれの波長で 1pixel内に収まっているのが分かる。半値幅が 0.1Åであ

    る場合は、ライマンα線(図では青の線)があるピクセルと波長方向で隣にあるピクセル

    と光量を比べた場合、2:1の比率になっていれば半値幅が達成されていることになる。

    20mm 67.5um

    CCD Size

    (=13.8mm×13.8mm)

    1pixel

    (=13.5μm×13.5μm) ― 1215.62Å

    ― 1215.67Å(Lyα-center)

    ― 1215.72Å

    図 3.11 CCD上に作る像の様子。左は CCDサイズで見たときの様子。右

    は 1pixel サイズまで拡大した時の様子。ライマンα線±0.05Å離れた波

    長の像も描かせている

  • - 32 -

    3.4 アライメント手順

    各光学素子を表 3.1のパラメータの通りに真空層の中に配置しなければならない。しかし、

    人間の手で配置をしていく以上、必ず誤差が出てしまう。アライメント(alignment)とは位

    置合わせの事であり、その配置による誤差を少なくするためのアライメント方法を考えな

    ければならない。たいていの光学実験ではトレランス(tolerance)と呼ばれる誤差の許容範囲

    が計算され、それに基づいた光学の設計、アライメント方法を検討しなければならないが、

    今回の実験ではそれを怠っていることを此処に記す。そのため、位置の許容範囲や、その

    位置ずれの影響を吸収する機構などの詳細は記載せず、ここでは実際に光学系を組む際に

    行ったアライメントの手順を光学系の上流から記述していく。

    ①光学定盤の設置

    光源として使用する重水素ランプは真空層のフランジにある程度固定される。光学定盤

    は、その光源の高さに合わせて中空にとどまるよう、光学定盤の足の高さを調節した。あ

    らかじめ光学定盤上に球面鏡、平面鏡、スリットを光学定盤の公差で決まる位置に設置し

    ておき、そこに重水素ランプの光が鏡全面にあたるように、光学定盤を真空層内に設置す

    る。

    ②光源-球面鏡のアライメント

    重水素ランプと球面鏡の間には、図 3.12 のような照準器を定盤に固定することで、重水

    素ランプの光軸と球面鏡の光軸を合わせることが出来る。照準器は入り口穴と出口穴の二

    つがあり、その両方の穴を通過するように定盤を回転させることで方位を決定している。

    重水素ランプと球面鏡の距離は、重水素ランプからの光束が鏡全面に当たるように定盤を

    設置した。

    図 3.12 照準器の概略図。光軸の合わない場所では赤い光路をたどる。本測定で

    は定盤を動かすことにより、図中の黒線、光軸を合わせた。

  • - 33 -

    ③球面鏡-ピンホールのアライメント

    球面鏡によって集光された光が、球面鏡-ピンホール間にある平面鏡に収まっているかを

    確認しながら定盤を微調整した後、平面鏡を回転させることにより、ピンホール中心に像

    中心が来るように調整した。

    ④ピンホール-回折格子のアライメント

    ピンホールから出た光は平面鏡で反射され、回折格子に入射角 0°で入射する。ここでは

    まず 400μm ピンホールを使用し回折格子全面に光が照らされていることを確認する。回

    折格子に入射角 0°で入射した光が0次光として 0°で跳ね返ってくる事を利用し、ピンホ

    ールをロッド中心に回転させ、入射角の決定を行った。ピンホールを支えるロッド立ては

    光軸方向に動かすことが出来、回折格子の0次光によって作られる像が最小の位置になる

    場所に固定した。波長分解能を測定するためのピンホール径は 25μm であるため、400μ

    mのピンホールでの焦点合わせ(4.1節参照)が終わり次第、25μmピンホールで上記と同じ

    アライメントを行った。

    ⑤回折格子-CCDのアライメント

    ここでは特に回折格子-CCD間にある平面鏡が CCD面と平行にしなければならないため、

    CCD設置個所に、レーザーを定盤と水平・CCD面中心の高さとなるように設置した。まず、

    レーザーが定盤に対し水平であるかを水準器を使い、②光源-球面鏡のアライメントと同じ

    ように図 3.12 の黒い線を通るようにレーザーを設置した。そのレーザー光を平面鏡に当て

    ることにより、反射した光が照準器の2つの穴を通り、レーザー光照射部に跳ね返るよう

    平面鏡のあおり角を決定した。

  • - 34 -

    4. 実験結果

    波長分解能測定は国立天文台先端技術センターにある中クリーンルーム内の真空層を使

    用した(図 3.8 参照)。表 4.1 にまとめたように、まず 400μm のピンホールを使い重水素

    ランプからの輝線が見えているかアライメントの確認をし、次に 25μmのピンホールを使

    い波長分解能の測定を行った。

    目的 撮影日時 ピンホール径 露光時間 CCD 温度 真空度

    アライメント 2011 年 7月 26日 00 10 秒 10℃ 10−

    波長分解能測定 2011 年 8月 11日 25 600 秒 -20℃ 10−

    4.1 重水素ランプからの輝線の確認

    重水素ランプからの輝線が出ているのかの確認と、アライメントを行った。ここでは光

    量を増やすため 400μmのピンホールを使用し、露光時間を 10秒として撮影した。露光中

    に発生する熱電子による信号”暗電流”を除去するために、測定撮像の前後で同じ CCD 温

    度・露光時間にし、シャッターを閉じたまま撮像した Dark画像を取得した。この取得した

    Dark画像を輝線の撮像画像から引き算することで、暗電流を除去した(図 4.1)。

    図 4.1 400μmピンホールで撮影した重水素ランプの輝線。左は焦点

    が合っている場所で撮影。右は焦点をずらした場所で撮影したもの。

    表 4.1 CCD撮影時のパラメータ

    空間方向

    空間方向

    短 長 短 長 波長方向 波長方向

  • - 35 -

    CCD直前にある平面鏡には真空用のモーターがついているため、角度や距離を変えるこ

    とで、焦点の位置を調整できる。焦点が合っていない場合、図 4.1(右)にあるように像が

    丸く映ってしまう。図 4.1(左)は 400μmのピンホールで焦点位置をなるべく合わせたも

    のであり、ここで最も明るいのがライマンα線の輝線である。但し、それ以外にも筋状の

    輝線像があり、水素(重水素)以外の多数の輝線も重水素ランプから出ている事が分かる。

    焦点合わせは、CCD で撮影した像から、ライマンα輝線像の波長方向の幅が最小になる位

    置を求めることで行った。それから 25μmのピンホールを使い、より焦点が合う位置へ平

    面鏡を動かし焦点位置を決めた。

    4.2 S/N比について

    本測定において、十分に良い精度で波長分解能を測定するために必要なCCD温度と露

    光時間を S/N 比を評価することで決定した。S/N 比とは、シグナル量とノイズ量の比であ

    る。今回の測定の場合シグナルは、水素のライマンα線のフォトン数である。ノイズはダ

    ーク(暗電流)ノイズ、CCDの読み出しノイズ、散乱光、シグナル自体のノイズの 4種類

    あり、このノイズの 2乗和の根号をとることで S/N比を計算することが出来る。仮に CCD

    温度を 20℃、露光時間を 10 秒とした時、25μm のピンホールを使い、光量を増やしたと

    した時、S/N比は以下のように表せる。

    SN⁄ = √

    (S1)2

    (N1)2 + (N2)2 + (N3)2 + (N4)2

    ここで S1 = Signal , N1 = Signal N ise , N2 = Da k N ise , N3 = Sca e ligh n ise ,

    N4 = Read u N ise の事である。それぞれの値は観測値やデータシートから、ライマンα

    線のSignalは0.12 [photon/pixel/10s]、Signal Noiseは0.35 [photon/pixel/10s]、Dark Noise

    は 15.97 [photon/pixel/10s]、Scatter light Noiseは 1.12 [photon/pixel/10s]、Read out Noise

    は 2.86 [photon/pixel]であるので、S/N比は約 0.01にしかならない。この S/N比を向上さ

    せるため、暗電流を減らすよう CCD温度を-20℃に設定した。ノイズ量を減らすため、ダ

    ークノイズは CCD温度を-20℃に冷却して減らした。読み出しノイズは CCDを使用する上

    で必ず出てくるノイズであるため、減らすことは出来ない。散乱光、シグナルのノイズは

    時間方向に、あるいは空間方向に、もしくはその両方を積算し、その平均をとることで減

    らした。シグナル量を増やすためピンホール径の大きさ 25μmとし、S/N比を計算したと

    ころ 0.25となった。更に時間方向に 3枚、空間方向に 700pixelに積算しているため、S/N

    比は 11.45となった。したがって波長分解能の測定には表 4.1にあるパラメータで測定を行

    うこととした。

  • - 36 -

    4.3 波長分解能測定の結果

    2011 年 8 月 11 日に真空チェンバー内で波長分解能を測定した。今回は 3 枚撮影し時間

    方向に積算することでノイズを減らした。撮影前後には dark画像を 1枚ずつ撮影した。図

    4.2はその時撮影した 3枚の画像を平均しダーク処理を行った画像である。左側には散乱光

    が入り込んで明るく写っている。右側には輝線が見えている様子が分かる。散乱光が写り

    込んでいるのは、ライマンαフィルターに穴があいている事が原因である。画像の右付近

    に散乱光があまり写り込んでいないため、その場所に明るい輝線が来るように、真空モー

    ターを使い調整した。

    ローランドマウンティングの特性によりピンホールが非点収差により線上に広がって、

    波長方向の短い方へと湾曲することが 3.3 節の Zemax の解析により分かっている。図 4.2

    の画像を拡大すると、輝線の部分が波長の短い方へ最大で 8 pixelも湾曲している様子が判

    った。図 4.3は図 4.2を波長方向に拡大し、輝線付近を切り取ったものである。湾曲してい

    る画像と Zemaxでの解析による湾曲との比較は、次節にて記述する。解析の際はこの湾曲

    を波長方向にずらすことにより直線化し、それを空間方向に積算し平均化することで散乱

    光とシグナルのノイズを減らし S/N比を向上させた(4.2節)。

    図 4.2 波長分解能測定にて撮影した画像

    空間方向

    波長方向 短 長

    Stray Light

    Ly-α Line

  • - 37 -

    波長方向にずらした画像の輝線部分を拡大してみると 2 本の輝線が分かれて見える(図

    4.4参照)。重水素ランプから出ている光であるため回折格子からの反射角や図 2.7のNIST

    で測定された重水素ランプのスペクトル強度グラフを考えると図 4.4 の左側の明るい輝線

    が重水素の輝線、右側が水素のライマンα線であることがわかる。

    図 4.4 を縦方向に積算した結果が図 4.5 である。縦軸は 1pixel あたり、600 秒あたりの

    A/D Unit(ADU)であり、横軸は空間方向の Pixel Numberである。A/D Unit とはアナ

    ログ-デジタル変換単位の略であり、CCDカメラのデータシートによれば、今回測定した設

    定では電子 2個が1ADUに対応する。CCD面にライマンα線のフォトンが1つ当たると、

    平均 2.8eの電子を発生させる。

    空間方向

    図 4.3 撮影した画像を縮小した時の輝線の様子

    短 長 波長方向

  • - 38 -

    図 4.5のグラフにある2つの山をガウスフィッティングしたところ、それぞれのガウス分

    布の中心値はそれぞれ、957.072 [pixel number]と 963.630 [pixel number]となった。NIST

    のデータベース(※)によれば、ライマンα線の波長は 1215.67Åであり、その付近にある重水

    素の輝線の波長は 1215.34Åである。この波長差とピクセル数の差より、測定時の 1pixel

    あたりの波長幅(≡プレートスケール)は 0.0503 [Å/pixel]となった。このガウスフィッテ

    ィングから半値幅を求めた結果、ライマンα線、重水素の輝線の半値幅はそれぞれ 0.181Å

    であることがわかった。

    プレートスケール DⅠ1215.34Åの半値幅 HⅠ1215.67Åの半値幅

    0.0503Å/pixel 0.181Å 0.181Å

    (※)http://physics.nist.gov/PhysRefData/ASD/lines_form.html より

    表 4.2 波長分解能測定によって得られた結果

    図 4.4 輝線部分の拡大図。ラインが 2本に分かれている様子が分かる。

    波長方向

    空間方向

    http://physics.nist.gov/PhysRefData/ASD/lines_form.html

  • - 39 -

    957.072 963.630

    0.181Å

    0.181Å

    図 4.5 空間方向に積算し平均したグラフ

  • - 40 -

    5. 考察

    この測定方法で出来た事は二つある。1つ目は、重水素の輝線とライマンα線の輝線を

    分離することが出来た事によりプレートスケールが 0.05 Å/pixel である事が確認出来た事

    だ。これは 2.3 節で求めた本試験の設計値∆𝜆 = 0.05 Å/pixel とほぼ同じ値であり、設計通

    りの試験が出来ていることを示している。プレートスケールは実際の CLASP の試験でも重

    要な測定項目の一つであり、今回、重水素ランプでの試験で確実に測定できることが示せ

    た。

    2つ目は、輝線の半値幅から波長分解能 0.181Å以下であることが確認出来たことである。

    しかし、今回測定したい波長分解能は 0.1Å以下であり、要求する波長分解能には到底及

    んでいない。この、波長分解能が広くなってしまった原因について表 5.1 にまとめた。こ

    こでは、それぞれの原因について、波長分解能にどのくらい影響があるのかを考察し、今

    後の真空紫外線領域での波長分解能測定法で、今回の反省点を踏まえたそれぞれの改善法

    を記述する。

    ①ピンホール径の大きさが与える影響

    ②焦点位置・ピント合わせ

    ③解析誤差

    ④回折格子の反射系劣化による影響

    ⑤0次光が生み出す散乱光

    ⑥平面鏡の面精度

    ⑦光源のもともと持つ波長半値幅

    5.1 ①ピンホール径の大きさが与える影響

    3.1.1 節でも触れているが、重水素ランプが持つ輝線幅が元々0.1Åである場合、25μm

    のピンホールを使用し測定をしても、半値幅の値は 0.1Å以上になってしまい、半値幅から

    直接波長分解能を求めることは出来ない。3.1.1 節にあるように 25μm の場合、半値幅が

    0.12Å以下であれば、回折格子の波長分解能が 0.1Åであると判断できる。しかし、今回測

    定された半値幅は 0.181Åと大きく、ピンホール径の大きさだけでは説明がつかない。

    5.2 ②焦点位置・ピント合わせ

    25μmφのピンホールでの焦点位置合わせは、CCD カメラで撮像した像の波長方向の大

    きさが小さく(半値幅が短く)なるような場所が焦点位置であるとし、焦点を合わせた。

    しかし、最小となる位置が広がりを持っており、今回の測定では±0.13 mm の範囲でし

    表 5.1 半値幅が大きく測定された原因

  • - 41 -

    か焦点距離を合わせられていない。光源系を考えると、その回折格子からCCDへのF値は、

    F/9.51であるため最大 0.13 mm 離れている場合、像の大きさは 13.7 μm大きくなる。実

    際の光源が 25μmφのピンホールであるため、3.1.1節で行った畳み込みの計算に、焦点ず

    れを点光源の広がりを表す関数 PSF(Point spread function) を考慮して畳みこみすれば良

    い。今回は簡単なため、半値幅 13.7μm を持つガウス分布で、①の原因で示した半値幅を

    使い計算を行った結果、半値幅は 0.133 Åと計算された。しかし、これでも今回測定され

    た半値幅には及ばない。

    5.3 ③解析誤差

    ここで言う解析誤差とは、図 4.3から図 4.4への湾曲した輝線を直線化した時に、その直

    線がどのくらい直線に出来ているかという誤差である。まだ詳しい解析を行っていないた

    め、ここでは数値的に考察出来ない。

    5.4 ④回折格子の反射径劣化による影響

    回折格子の波長分解能は、2.1節の式にある通り、1 mmあたりの溝本数、回折格子の幅、

    次数、波長によって決まる。回折格子の 1mm あたりの溝本数、幅はそれぞれ、2400 本、

    116mm であるため、ライマンα線での波長分解能∆λL は約 0.005Åとなる。しかし、何か

    しらの原因で回折格子の表面に劣化が生じている場合、結像した像の半値幅に影響を及ぼ

    してしまう。波長分解能は 0.1Åあればよいので、2.1節の式から、回折格子の幅は約 5 mm

    となる。また、別実験の同じ回折格子を用いた反射率測定の結果から、少なくとも 40 mm

    の範囲であれば反射率むらが少ないため、それよりも小さいスケールでの測定には反射率

    むらを考慮しないで測定することが出来る。このことから、回折格子にマスクをするかF

    値を変え、光の照射面積を小さくし半値幅を測定した時、得られた半値幅が今回測定され

    た半値幅 0.181Åよりも小さくなれば、この回折格子は”全面”にライマンα線を照射した時

    には波長分解能 0.1Åを達成していないと言うことが分かる。

    5.5 ⑤0次光が生み出す散乱光

    ピンホールから、0度で光を回折格子に入射しているため、反射した 0 次光はそのまま

    ピンホールへと戻ってくる。ピンホールに戻ってきた光は、わずかながらアルミで出来た

    ピンホール面に入射し、回折格子を通して CCDへと入射してしまう事が考えられる。しか

    し、真空紫外線の反射率を考えると、その影響はほとんど少ないものと思われる。今回の

    測定で図 4.5 から10分露光でライマンα線のカウント数はバックグラウンドの値を引く

    と 10 カウント以下であることが分かる。ライマンα線集光用に用意した球面鏡(2.4.2 節参

  • - 42 -

    照)でも 20%の反射率しか持ち合わせていないため、ピンホールアルミ面での反射率がそれ

    よりも大きいということ考えられない。したがって仮に 10%反射するとしても10分露光

    で 1カウント未満ということになり、半値幅に影響していないと考えられる。

    5.6 ⑥平面鏡の面精度

    3.2.1節にある光学系を折りたたむために使用している平面鏡の波面精度は、AL + MgF2

    coating 前でλ/10(@632.8nm)である。しかしライマンα線での面精度は約λ/2程度にしか

    ならないため、像がぼやけてしまう。ローランドマウンティングがしてあるピンホール

    -CCD間はこの平面鏡が 2枚あり、更に影響を与えてしまっている恐れがある。

    5.7 ⑦光源の元々持つ波長半値幅

    重水素と水素の輝線が持つ元々の波長半値幅はドップラー幅(※)の影響を考えると質量数

    が 2倍違うため重水素の方が狭くなるはずである。しかし、本測定において、図 4.5のグラ

    フからもわかる通り、重水素と水素の輝線の半値幅は各々0.181 Åと等しい。仮に重水素

    の輝線がドップラー幅の影響で 0.1Å広がっていたとすると、ライマンα線の輝線はドップ

    ラー幅の影響で約 0.14Åにならなければならない。したがって重水素と水素の輝線にほぼ

    等しい値となっているため、元の光源の持つ波長半値幅は 0.1Åに比べ、とても狭いと考え

    られる。2.4.1節にある NISTのデータからも重水素と水素の輝線幅は共に 0.13Åであるこ

    とから、実際の輝線幅はもっと狭いのではないかと NISTも同じ見解を示している。

    (※)ドップラー幅:ある気体・プラズマ中にある原子、分子、イオンが温度 Tでの熱運動により、それらが放出す

    る電磁波がドップラー効果により静止波長を中心に広がりを持つ。正規分布にひろがるため、この時の半値幅を

    ドップラー幅と呼んでいる。ドップラー幅を ∆λD 、原子、分子、イオンの質量を M 、静止波長を λ0 とすると、

    ∆λD = 2λ0 (2kBT

    Mc2) ln2 となる。ここでkBはボルツマン定数、c は光速度である。

  • - 43 -

    5.8 まとめ

    水素・重水素の輝線と2倍も違うのにも関わらず、同じ半値幅になってしまったのは、

    輝線幅が 0.1 Åよりも短いため、質量の影響による違いが少なくなり、同時に①~⑥(⑤

    を除く)の原因が影響していることにより 0.181Åまで半値幅が広くなっていると考えられ

    る。これらを改善し、回折格子単体の波長分解能を求める必要があるが、"解析"と"試験"の

    二つの観点で改善法をまとめた。

    解析法の改善点として、原因③の解析誤差について早急に改善しなければならない。こ

    れについては、図 4.4にある直線化した画像から更に直線化の操作を行うことでこの原因を

    軽減する。他にも 5.1節で取り上げているように、測定した波長半値幅はそのまま回折格子

    の波長分解能ではないため、測定した半値幅から①ピンホール径の大きさが与える影響の

    成分を引いてやらなければならない。畳み込みで波長の広がりを説明してきたが、回折格

    子の波長分解能を求めるにはピンホールの影響を逆畳み込みする必要があり、それを行う

    ことでピンホールの影響を引く事が出来る。⑥の平面鏡の面精度についても、この面精度

    を測定し、面精度が与える影響が数値化出来れば逆畳み込み等の計算でこの原因の影響を

    引く事が出来る。

    試験方法の改善として、原因②が大きな原因であると考えられる。そのため、焦点位置

    を±0.13 mm よりも厳しく合わせる必要がある。そして、④回折格子の反射系劣化による

    影響については、回折格子に当たる光の面積を小さくするため、回折格子にマスクをする

    か、F値を変える必要がある。この時測定した半値幅が今回測定したものよりも狭くなる

    ようであれば、部分的には波長分解能がよく、回折格子全面では 0.181Åも広がっているた

    め、回折格子全面での波長分解能 0.1Åに達していないことが判断できる。しかしここまで

    の改善で波長分解能 0.1Åを達成していない場合、この測定方法を最初から見直さなければ

    ならない。原因でも取り上げるべきではあるが、ここでは時に光学系のアライメント方法

    を早急に見直す必要が出てくると思われる。

  • - 44 -

    参考文献

    [1] E・G・ギブソン,桜井邦朋 “ 現代の太陽像” 講談社

    [2] 桜井隆,小島正宜,小杉健郎,柴田一成 “シリーズ現代の天文学 10 太陽” 日本評論社

    [3] Daniel J.Schroeder “ASTRONOMICAL OPTICS Second Edition” ACADEMIC

    PRESS

    [4] 常田佐久,NHK「サイエンス ZERO」取材班 “太陽活動の謎” NHK 出版

    [5] 尾崎洋二 “宇宙科学入門” 東京大学出版会

    [6] John R・Taylor,林 茂雄,馬場 凉 “計測における誤差解析入門” 東京化学同人

    [7] Trujillo Bueno,J., Štěpán,J.,&Casini,R., 2011, ApJ, 738:L11(5pp)

    [8] 成影典之,石川遼子 “UVSOR#9 report”12/07/2011(PPT)

  • - 45 -

    謝辞

    本研究を行うに当たり、国立天文台ひので科学プロジェクト室長・常田佐久教授、同プ

    ロジェクト、鹿野良平助教、坂東貴政専門研究員職員、他 CLASPメンバーの方々には、実

    験の準備や装置の使い方、理論的な考え方など1から10までを丁寧にサポートして頂き

    ました。また学振研究員である岡本丈典氏には IDLの使い方や太陽の基本的な知識、観測

    装置について、そして国立天文台にお世話になるきっかけとなって頂きました。明星大学

    理工学部物理学科・祖父江義明教授には、ゼミを通し実験や解析方法、その他、刺激の受

    けるご意見を頂きました。大学4年生の卒業研究として、とても大きな事に関われるよう

    な研究が出来たことは、今後の人生における貴重な経験になれたと思います。支えになっ

    てくださった全ての方々に感謝いたします。