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EU のルール形成に関する 調査報告書 2017 3 日本貿易振興機構(ジェトロ) 貿易制度課 ブリュッセル事務所

EU のルール形成に関する 調査報告書 - JETRO...EU のルール形成に関する 調査報告書 2017年3月 日本貿易振興機構(ジェトロ) 貿易制度課

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EU のルール形成に関する 調査報告書

2017年 3月

日本貿易振興機構(ジェトロ)

貿易制度課

ブリュッセル事務所

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本報告書に関する問い合わせ先: 日本貿易振興機構(ジェトロ)貿易制度課

〒107-6006 東京都赤坂 1-12-32 TEL 03-3582-5543 FAX 03-3585-7289

E-mail [email protected]

【免責条項】本報告書で提供している情報は、ご利用される方のご判断・責任においてご

使用ください。ジェトロでは、できるだけ正確な情報の提供を心掛けておりますが、本調

査報告書で提供した内容に関連して、ご利用される方が不利益等を被る事態が生じたとし

ても、ジェトロおよび執筆者は一切の責任を負いかねますので、ご了承ください。

禁無断転載

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EU のルール形成による、EU 市場で業務を行う外国企業への影響が懸念されるようにな

ってから久しい。問題点が指摘されながらも、EU ルールの国際標準化の傾向は留まるど

ころか、さらに顕著になってきている。以下の報告書は、ジェトロ・ブリュッセル事務所

からの委託に基づき、Van Bael & Bellis 法律事務所が、EU 機関の発表情報を中心に、ブリ

ュッセルで活躍する専門家に対する取材、専門紙などからの情報を基に作成した。まず、

EU 立法手続きを概観した後、一般的な EU ロビーの注意点に言及し、EU のルール形成に

関するロビー活動について説明する。報告書中のロビー活動については公式情報が少ない

ため、信頼できると思われる入手可能な非公式の情報を使用している部分がある点、お断

りしておく。

目 次

1. EU における立法機関と手続き ......................................................................................1

A. EU 立法機関 ................................................................................................................1

B. 立法手続き ..................................................................................................................3

C. EU 立法の種別 ............................................................................................................6

2. ロビー活動について ........................................................................................................7

A. ロビー活動の対象 .......................................................................................................7

B. EU におけるロビー活動の注意点 ............................................................................ 10

C. EU におけるロビー活動のプレイヤー ..................................................................... 10

3.EU におけるルール形成の具体例 .................................................................................. 11

A. EU の標準規格 ......................................................................................................... 11

B. F ガス規則 ................................................................................................................ 13

C. 一般データ保護規則(GDPR)及び刑事手続きにおける個人データ保護 ............. 15

D. 遺伝子組み換え作物(GMO) ................................................................................. 16

E. リサイクル由来のゴム製粒子の利用 ....................................................................... 17

F. 排出権取引制度 ........................................................................................................ 19

G. TTIP をめぐるロビー事例 ........................................................................................ 19

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1. EU における立法機関と手続き

A. EU 立法機関

EU の政策決定権限は「閣僚理事会(Council of the European Union、EU 理事会、理

事会ともいう)」と「欧州議会(European Parliament)」が独占しているが、政策の立

案や法案の提出、立法された法の執行などの役割は「欧州委員会( European

Commission)」が担う。EU の立法の範囲は、基本条約 1で定められており、EU が排他

的な立法権限を有し、加盟国が権限を有しない分野としては通商政策や関税などがあり、

EU と加盟国が権限を共有する分野(域内市場、農業・漁業、環境、交通、エネルギーな

ど)では、「補完性(subsidiarity)の原則」(後述)により、EU が権限を行使した場合

には加盟国はその権限を尊重し、原則としてその権限を行使しない。

EU の執行機関「欧州委員会」は、単一の集約的な組織ではなく、環境や競争政策、保

健・食品安全、教育・文化・青少年・スポーツ、通商、移民・内務・市民権、気候行動、法

務・消費者・男女平等、エネルギーなど異なる政策分野を扱う約30の「総局(DG)」に分

かれた組織であり、EU 立法手続きにおいて、唯一、法案を提案する権限を有する。各加

盟国から1名ずつ選出された「欧州委員(Commissioner)」がそれぞれの総局の最終的な

責任者として欧州理事会(European Council、加盟国首脳会議)2により 5 年の任期で選

ばれ、欧州議会の承認を受けて任命される。担当分野の政策について責務を負い、出身加

盟国の利害には影響されないことが求められる。次表に欧州委員会の主な総局をまとめる。

1 EU は基本的に、1993年発効の「EU条約(TEU)」(通称「マーストリヒト条約」)と、1958年に発

効した、欧州経済共同体(EEC)の設立を定めた「ローマ条約」に基づく「EU の機能に関する条約」

(通称「EU 機能条約(TFEU)」)という 2 つの条約を根拠とする。この他、加盟国の間で締結されて

いる諸条約を集約した「EU 基本条約」が、EU 機関の設立根拠となる。 2 加盟国の政府首脳、欧州理事会常任議長、欧州委員会委員長により構成される EU 機関だが、立法機関

ではなく、EU の全体的な政策方針や優先事項を決定することが主な役割。

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表:欧州委員会の主要な総局 総局 英語略称 所掌分野

農業・農村開発総局 DG AGRI 共通農業政策、農村開発、バイオ・エネルギ

ー、気候変動、農業と環境など

気候行動総局 DG CLIMA 気候変動に関する国際交渉、EU 排出権取引

制度、加盟国の温室効果ガス排出の監視など 通信ネットワーク・コン

テンツ・技術総局 DG CONNECT 産業・社会のデジタル化、インターネットの

普及促進など 競争総局 DG COMP 独占禁止法、企業合併、国家支援など

エネルギー総局 DG ENER エネルギーの輸入・供給、再生可能エネルギ

ー、省エネ、国際協力など

環境総局 DG ENV 化学品、大気質、海洋環境、自然保護、生物

多様性、持続可能な発展、廃棄物、水質など

保健・食品安全総局 DG SANTE 公衆衛生の保護と促進、食品安全、家畜の健

康を福祉など 域内市場・産業・宇宙・

起業・中小企業総局 DG GROW 域内市場における標準、産業振興、起業促

進、中小企業支援など

通商総局 DG TRADE 通商協定を含む国際通商政策、輸出入ルール

など 出所:欧州委員会ウェブサイトより作成

http://ec.europa.eu/info/departments_en

「欧州議会」は、5 年ごとにそれぞれの加盟国での直接選挙で改選される 751 名の議員

で構成される。欧州議会内には、国際通商、人権、経済・通貨、法務、地域開発など様々

な分野に特化した「委員会(committee)」が設けられている。

「閣僚理事会」は、各加盟国の閣僚により構成される。閣僚理事会は、一般問題理事会、

外相理事会、環境相理事会、農水相理事会、経済・財務相理事会、司法・内務理事会、雇

用・社会政策・健康・消費者問題担当相理事会など 10 の異なる分野に分かれている。また、

実務級の協議は、常任代表委員会(COREPER、大使級会合)などで行われる。

立法過程における諮問機関としては「欧州経済社会評議会(EESC)」と「地域委員会

(Committee of the Regions)」がある。EESC は、1957 年に署名された、EU の前身で

ある欧州経済共同体(EEC)の設立を定めたローマ条約に基づいて設置された。多様な経

済・社会的利益を政策に反映させるために、様々な分野で諮問機関としての役割を担う。

社会政策、経済と結束、農業と環境、消費者問題など関与する分野は広範である。メンバ

ーである評議員は、農業団体や消費者団体、職能団体の代表などが、加盟各国の政府の指

名の後、閣僚理事会によって任命される。地域委員会も諮問機関であるが、特に地域の特

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殊性に基づく立法関与が目的であり、地方自治体などの地域の利益や意見を反映させよう

とする意図で設けられている。

B. 立法手続き

現在の EU 立法手続きは、通常立法手続き(ordinary legislative procedure)と特別立

法手続き(special legislative procedures)に大別され、特別立法手続きはさらに同意手続

き(consent procedure)と諮問手続き(consultation procedure)に分類される。通常立

法手続きは、EUの設立を定めた 1992年に締結された欧州連合条約(TEU、マーストリヒ

ト条約)を根拠としており、最も一般的に使用される立法手続きである。一方、その他の

特別立法手続きは、閣僚理事会のみに立法権限を与えるシステムである。

なお、閣僚理事会の議決方式としては、全会一致と単純多数決、特定多数決がある。単

純多数決は加盟 15カ国の代表の賛成が必要であり、特定多数決は少なくとも EU域内の全

人口の 65%を代表する、55%の加盟国の代表の賛成が必要である。なお、理事会は過半数の

加盟国が出席する場合にのみ、採決することができる。特定多数決制度は、当初、域内市場

に関する案件に適用される議決方式として採用されたが、現在は、その他の事項でも広く

用いられている。

(1) 通常立法手続き

通常立法手続きにおいては、欧州議会と閣僚理事会が、欧州委員会が提案した法案を審

議し、必要に応じて修正を行い、合意する。そのため、通常立法手続きにおける法案の成

立には、欧州議会と閣僚理事会の合意が必要となる。

欧州委員会の草案は、欧州機能条約(TFEU)第 294 条に基づき、閣僚理事会と欧州議

会に提出される。さらに、全加盟国の議会、必要であれば、地域委員会、EESC へも送付

される。TFEU は、全加盟国が「補完性(subsidiarity)の原則」に基づき、立法手続き

に異議を述べる可能性も規定している。「補完性の原則」は、欧州連合条約(TEU)第 5

条とプロトコールに規定されており、EU に権限が完全に委譲されていない分野において、

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加盟国の方が適切に対処できる政策については、各加盟国自らによる自治の裁量を尊重す

るという原則である。

また、TFEU 第 304 条と第 307 条は、地域委員会と EESC は、EU 基本条約が定め、欧

州議会と閣僚理事会、欧州委員会が適切と判断する場合、諮問機関としての役割を果たす

と定めている。

法案の審議は、欧州議会と閣僚理事会による「三読会制」を採用している。欧州議会は、

法案を欧州委員会から受け取ると、第一読会で検討する。欧州議会は、「ラポーター

(rapporteur)」と呼ばれる報告者となる議員を主担当となる委員会のメンバーから任命

し、EESC の勧告や欧州議会内の他の委員会による修正を考慮した上で、議会修正案を作

成するなどの検討を行う。修正案の可決は単純多数決による。第一読会に時間的制限は設

けられていない。

その後、法案は、閣僚理事会の第一読会で検討される。通常、閣僚理事会内部では、そ

の法案を担当する作業部会で法案が検討される。閣僚理事会は、議会の修正付の欧州委員

会案を可決するか、「共通の立場(common poisition)」を採択するかの 2 つの選択肢が

ある。「共通の立場」は議会から送られてきた法案に対して、閣僚理事会が同意しない理

由を示し、法案への立場を明かにしたもので、実務的には閣僚理事会の修正案に相当する。

これに対し、欧州委員会は自らの意見を表明する。

閣僚理事会が「共通の立場」を採択した場合、欧州議会は、「共通の立場」と欧州委員

会の意見を受け取り、第二読会を開催する。法案成立には、閣僚理事会と欧州議会の合意

が必要であり、例外的に議会修正案を理事会がそのまま可決し、読会が 1 回ということも

あるが、通常 2 回の読会を経て両者の修正案が検討される。欧州議会は、閣僚理事会が

「共通の立場」を明らかにしてから 3 カ月以内に、第二読会の手続きを終了しなければな

らない。欧州議会の第二読会が 3 カ月以内に開催されない場合には、議会は閣僚理事会の

共通の立場を承認したものと見なされる。

欧州議会の第二読会の後、閣僚理事会の第二読会が開催されるが、承認が得られない場

合には、欧州議会と閣僚理事会から同数の人数を出す調停委員会(Conciliation

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committee)が設置され、両者の妥協案を協議する。妥協案が成立しない場合、法案は廃

案となる。一方、妥協案が成立した場合、欧州議会と閣僚理事会は第三読会を開催し、承

認されれば法案は成立、承認されなければ廃案となる。なお、欧州委員会は自由に法案を

撤回することができる。通常立法手続きの流れを次図にまとめる。

図:通常立法手続きの流れ

出所:閣僚理事会ウェブサイトなどから作成

http://www.consilium.europa.eu/en/council-eu/decision-making/ordinary-legislative-procedure/

なお、法案の提出に先立ち、欧州委員会は政策課題の議論のベースとなる緑書(Green

Paper)や白書(White Paper)、政策方針を説明したコミュニケーション(指針)を発表

欧州議会第一読会

閣僚理事会第一読会 不承認

共通の立場を表明

欧州委員会:共通の立場への意見

欧州議会第二読会

閣僚理事会第二読会

調停委員会手続 合意不成立

法案成立 法案成立

法案成立

法案成立

不承認:法案不成立 法案不成立

欧州委員会からの法案提出

法案修正なし

法案修正なし

欧州委員会:法案修正

議会修正案承認

共通の立場を承認 共通の立場の修正案

欧州委員会:議会の共通の立場の修正案への意見

議会修正案承認 欧州議会修正案不承認

法案修正あり

承認:法案成立

合意成立:第三読会へ

法案不成立

共通の立場を不承認

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し、利害関係者を対象とするパブリック・コンサルテーション(公開諮問)を実施するこ

ともある。一般に、法案検討プロセスの早期での働きかけが有効であるとされており、こ

うしたルール形成に向けた動きにも目を配る必要がある。

(2) 同意手続き

同意手続きでは、欧州委員会の法案を閣僚理事会が採択し、欧州議会が同意する。欧州

議会の権限は、法案の可否の決定のみに留まり、修正を求めることはできず、閣僚理事会

が欧州議会と合意する必要がない点が通常手続きと異なる。ただし、欧州議会が調停委員

会を通じてその意見を反映させることは可能であり、中間報告書を作成し、閣僚理事会に

対して意見を表明したり、閣僚理事会への同意を拒んだりすることはできる。

(3) 諮問手続き

諮問手続きは、閣僚理事会が欧州議会の諮問を受け、欧州委員会の法案について全会一

致あるいは特定多数決で法令を採択する。欧州議会の諮問を要するが、閣僚理事会は欧州

議会に拘束されないのが特徴である。

C. EU 立法の種別

TFEU 第 288 条が EU 立法の種別を規定している。主要な立法形式は以下の通り。

・ 一般的な効力を有し、加盟国へ直接拘束力のある「規則(regulation)」

・ 加盟国に対し、一定の目的に達するような国内法制定を義務づけ、そのフレームワ

ークを示す「指令(directive)」

・ 特定の団体や個人などに対し法的拘束力のある「決定(decision)」

・ 拘束力のない「勧告(recommendation)」と「意見(opinion)」

決定は特定の団体・個人などに対するものであり、勧告や意見は法的拘束力がないため、

一般的な効力を有する規則、指令が通常、ロビー活動の対象となる。

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2. ロビー活動について

EU でのロビー活動では、英国などのアングロ・サクソン系の考え方と、フランスなど

の大陸欧州の伝統的な姿勢が混在している。前者の考え方は、ロビー活動を個々の利益の

代弁とし、後者は、特定の団体の個別の利益を国家権力の圧力から保護するという姿勢で

ある。後者には、国家権力を不明確な形で制限することにもつながるため、伝統的に大陸

欧州の EU 加盟国ではロビー活動が表立って評価されることが少なかった。しかし、現在

は EU のルール形成についてのロビー活動は、大陸欧州側の加盟国を含めて、積極的に行

われている。その理由の 1 つとして、後述するように EU 機関に対するロビー活動の国際

化が挙げられるであろう。その一方、ロビー活動の方法は画一化されていない。

A. ロビー活動の対象

(1) 欧州委員会・欧州委員

欧州委員会は、上述のように異なる政策分野を専門に扱う総局から構成されている。分

野が複数の総局にまたがる政策の場合は、総局間の協力が求められるが、その調整役を担

うのが事務総局(Secretariat General)である。さらに、各総局は、それぞれ対応する政

策分野を担当する閣僚理事会内の作業部会、欧州議会内の委員会とも協力して法案を作成

する。

欧州委員会に対するロビー活動は通常、関連する政策分野を担当する総局を対象に実施

される。例えば、輸送業界に影響を及ぼす政策に関するロビーであれば、運輸総局への働

きかけが検討されよう。また、運輸担当欧州委員や、その側近スタッフなど、総局の上部

へのロビーも検討され得る。また、法案と関連する製品・サービスを担当する総局を対象

とすることもある。化学品が問題となっていれば、環境の保護と改善を担当する環境総局

が最も注目されるべき機関であろう。環境総局は、1973 年に創設され、環境汚染対策や、

持続可能な発展、廃棄物管理など広範囲な分野を担当する。例えば EU の「化学品の登録、

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評価、認可、制限に関する規則 1907/2006(REACH 規則)」や「化学物質および混合物

の分類、ラベル表示および包装に関する規則 1272/2008(CLP 規則)」などを環境総局が

担当している。一方、危険化学物質や殺虫剤、薬品については、保健・食品安全総局が環

境総局と緊密に協力していることもある。そこで、数多くの総局の職員の中から、法案の

関連分野を専門に扱う部署あるいは職員を知ることからロビー活動は始まる。

さらに注意すべきことは、総局によっては国際的な活動も活発に行っており、外国の状

況もかなり研究している点である。例えば、環境総局は、気候変動、バイオ・セーフティ

ー(バイオテクノロジーによって改変された生物が、生物多様性の保全と持続可能な利用

に及ぼし得る悪影響の防止)、環境汚染などグローバルな環境問題も担当する。欧州委員

会は EU を代表し、多国間交渉や、国際連合での議論などにも参加している。そのため、

分野によっては、EU へのロビー活動は、EU機関の所在地であるベルギー・ブリュッセル

やフランス・ストラスブールなどに限られず、世界の主要都市で繰り広げられていると言

っても過言ではない。

特に、日本との関係では、環境総局は日本政府の環境省及び経済産業省と、協力と相互

理解の改善を目的とする年次会議を開催している。さらに、EU と日本は、アジア欧州会

合(ASEM)においても、1996 年以来協力体制を構築している。例えば、2013 年に採択

された、水銀の人体と環境への悪影響に関する「水銀に関する水俣条約」は両者の協力の

成果が反映されていると言われており、ルール形成に関する欧州委員会の影響力は EU 域

内にとどまらない。

一方、より政治的、政策的な影響を目指すロビー活動の場合には、担当欧州委員あるい

は欧州委員の官房(cabinet)の側近スタッフをターゲットにしたロビー活動が組織される

ことがある。欧州委員とその側近は、必ずしも欧州委員会の担当者と同意見ではなく、異

なる観点から立法手続きに関与している可能性がある。そのため、欧州委員会の担当職員

を説得するよりも容易な場合もある。

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(2) 欧州議会議員

欧州議会議員へのロビー活動も盛んであるが、各加盟国の選挙区の市民によって選ばれ

ている欧州議員は、選挙区の市民の声を重視する傾向があることは無視できない。ただし、

投票権がなくても、議員が選ばれた選挙区に投資し、経済活性化や市民の生活向上に貢献

している企業であれば、欧州議会議員を通じた議会や欧州委員へのロビー活動がしやすく

なるであろう。また、欧州委員の任命に際して、欧州議会で審査が行われるため、任命当

初から欧州議会議員と欧州委員の間に一定の信頼関係が醸成されることがある。そのため、

議員を通じた欧州委員へのロビー活動も行われている。

(3) EU 加盟国

欧州委員会などの EU 機関以外にも、加盟国などにロビー活動を実施することが必要と

なる場合もある。EU の立法プロセスにおける、欧州委員会と欧州議会、閣僚理事会の

「三者協議(trialogue)」と呼ばれる段階では、1カ国あるいは複数の加盟国を対象にロ

ビー活動を展開する必要性が生じる可能性もある。「三者協議」は、立法手続き中、どの

時点で開催されるかは定められておらず、法案に関する議論の内容によって必要に応じて

開催される。通常、加盟国へのロビー活動においては、北欧と南欧の加盟国で法案に対す

る立場が異なる場合が多いことに注意が必要である。

(4) ロビー活動の対象選定における注意点

このように EU でのロビー活動は、立法権が議会に集中している国でのロビー活動と異

なり、EU の立法制度を踏まえた対象の選定が重要となる。欧州委員会は、法案を準備・

提案するなど、立法手続きにおいて重要な役目を果たしている。また、立法だけでなく修

正、廃案についても、やはり欧州委員会への働きかけが重要となる。

一方、最近は、ルール形成を含む法令制定に、EU 全体としての利益だけでなく、一定

地域の特殊性や一定の職業や産業分野の利害をより強く反映させようとする傾向が見られ

る。EU のルール形成の動向を見守るに当たり、地域や産業の利益を代表する機関への目

配りの重要性も増している。

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ただし、全ての EU 機関を対象にロビー活動を展開すれば効果的だということはなく、

EU の政策執行機関などに対するロビー活動は一般に、あまり活発ではない。例えば、欧

州医薬品庁(EMA)に対するロビー活動はあまり行われていない模様であり、EMA は製

薬会社のロビー活動の影響を受けない中立な機関という評価もある。

B. EU におけるロビー活動の注意点

EU には、欧州議会と欧州委員会が管理するロビイスト登録制度「透明性登録簿

(Transparency Register)」があるが、現状では登録は義務ではなく任意となっている。

そのため、企業は社名を表に出すことなく、ロビー活動をすることが可能であり、一部で

は、資金力のある外国系ロビー団体が、ロビー活動を水面下で展開することを懸念する向

きもある。こうした状況から、公平性や手続きの法的安定性の問題や、外国系ロビーの強

力な圧力が、EU のためのルールを作るよりも、大企業に有利なグローバル・ルールを普

及させている可能性も想定される。そのため、欧州委員会は、ロビイストの登録義務付け

を提案し、2016 年 3 月 1 日~6 月 1 日にかけてパブリック・コンサルテーション(公開諮

問)が行われた。

C. EU におけるロビー活動のプレイヤー

さらに、EU 機関が集中するベルギー・ブリュッセルで活躍する企業内ロビイストは、

欧州レベルの産業団体の代表であると同時に国際商工会議所などでも活躍し、EU とグロ

ーバル・レベルのロビー活動を同一人物が担当している事例も散見される。例えば、環境

法規に関するロビー活動であれば、EU と国際連合でのロビー活動を同一ロビイストが担

当し、欧州とグローバルでの戦略に齟齬のないロビー活動を行うことができる。このよう

な状況が EU 標準の国際展開の可能性を高める素地ともなっている。

なお、ドイツのフラウンホーファー研究機構やベルギーの EU 政策に関する有力シンク

タンク欧州政策研究センター(Center for European Policy Studies、CEPS)や欧州政策

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センター(European Policy Center、EPC)なども充実したロビー活動の情報収集・意見

交換の場となる可能性がある。フラウンホーファー研究機構はドイツを中心に複数の拠点

を有し、多くの職員を抱え、技術研究開発だけなくコンサルティング業務も行っているよ

うである。CEPS や EPC などのシンクタンクが開催する、EU 機関の担当者などを招いた

セミナーなどのイベントは、意見交換の場ともなり得る。官公庁で行われるヒアリングな

どと異なり、比較的自由な意見交換の場の提供は、立法担当者がリラックスした雰囲気で、

問題となっている分野の専門家を交えて議論が行われることが多い。

3.EU におけるルール形成の具体例

EU の立法手続きに対するロビー活動において、どの企業や産業団体がどのように活動

しているのかは外部には明確ではないことが多い。ここでは、特に、日本企業に大きな影

響を及ぼすと考えられる規制に関わる幾つかのロビー活動の事例を挙げる。

A. EU の標準規格

(1) EU 標準策定の枠組みとロビー活動

EU 標準は、加盟各国の標準化機関を通じ、欧州標準化機関(ESO)が域内の経済・社

会的利益を考慮し、EU 機関や産業団体などを含む利害関係者の合意を得て決定される。

EU 標準の策定は、主に欧州委員会のイニチアチブによって開始されるが、消費者団体や

中小企業団体による提案で開始されることもある。

EU の標準化政策は、主に「欧州標準化に関する規則 1025/2012」により規定されてい

る。具体的に同規則は、ESO と加盟国の標準化機関、加盟国政府、欧州委員会の協力体制、

EU 標準の策定、費用負担、利害関係者の参加、情報の伝達について言及している。標準

策定における欧州委員会の主な役割としては、標準化についての法案の作成、パブリッ

ク・コンサルテーションの実施、EU 官報への標準の掲載、EU 標準の管理などがある。

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ESO は、上述の規則の添付文書の中に記載されており、欧州標準化委員会(CEN)と欧

州電気標準化委員会(CENELEC)、欧州電気通信標準化協会(ETSI)の 3団体がある。

これらの団体は「一貫性、透明性、開放性、同意、任意の適用、中立性、効率性」という

WTO の原則に則って標準を策定する。また、加盟国の当局や中小企業などの利害関係者

が、適切に国内・EU の標準化プロセスで意見を表明できるようにすることが求められて

いる。

在 EU 企業は EU、そして加盟国の標準策定に財政的に貢献している。さらに、標準を

検討する会合に専門家の派遣をしている企業もある上、実際に標準を自社の製品・サービ

スに使用している。そのため、これらの企業が参加する産業団体による、EU 標準の策定

プロセスにおけるロビー活動は、影響力が大きく、重要度が高い。

(2) EU 標準策定の国際展開

上記の規則1025/2012の前文第6項は、EU標準のグローバル化について言及しており、

EU 標準の国際展開への意図を明らかにしている。特に、標準化が国際通商において一層

重要となっているとし、EU は、ESO と ISO(国際標準化機構)などの国際標準化団体と

の協力体制を構築すべきだと述べている。さらに、標準化における域外の第三国との二国

間協力の促進も打ち出しており、EU 標準を自由貿易協定(FTA)などにおける協力の対

象とすることにも積極的である。また、二国間協定の締結や、EU からの専門家の派遣に

よる、EU 標準のグローバル展開も示唆している。

このような積極的な国際展開も、EU ルール形成過程の最近の傾向である。特に自社製

品を域外に輸出したい EU 企業にとって、EU 標準と国際標準の一致は重要であり、規則

1025/2012 は、ESO と企業の会議体や共同事業体との相互協力関係も強化すべきとしてお

り、産業界の意見を二国間あるいは多国間協力に反映させていく構えである。さらに、欧

州委員会は、こうしたポイントを織り込んで標準化を要請するケースが多く、欧州委員会

は EU 標準の策定や、その国際展開においても強い影響力を有していると言える。

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B. F ガス規則

欧州委員会による法提案、欧州議会、閣僚理事会による共同決定手続き 3で立法が進め

られた「F ガス規則 517/2014」は、環境保護の観点から、特に冷蔵庫やエアコンなどに冷

媒として使用される温室効果の高いフロンガスの段階的な使用制限を定めている。主に、

ハイドロフルオロカーボン類(HFC)など特定のフロンガスを利用した冷蔵庫・冷凍庫や

ガラス窓などの、一定期日以降の上市の禁止と、市場におけるフロンガスの流通量の段階

的制限の 2 つの柱からなる。

フロンガスは不燃性で、化学的に安定なため、当初は有益な物質として歓迎されていた

が、オゾン層破壊などの環境に対する影響の懸念から、世界的に使用制限を厳格化する方

向に向かっている。EU においても、先行法令である規則 842/2006 の改正の検討が 2011

年前後から開始されていたが、その手続き中、大手企業によるロビー活動がブリュッセル

を中心に繰り広げられた。ロビー企業には、欧米の化学大手に加えて、日本の大手メーカ

ーも含まれ、個々の企業として、あるいは欧州エネルギー環境パートナーシップ(EPEE)

や欧州フルオロカーボン技術協議会(EFCTC)、欧州化学工業連盟(CEFIC)などの産

業団体を通じてロビー活動を行ったとされている。

本件を対象に 2011 年後半の段階で、19 の産業団体と 33の企業がロビイストとして活動

しており、10 を超す日本企業の現地法人が、多数のロビイストを投入していた模様である。

また、PR 会社も産業団体や企業の窓口となって、企業のロビー活動に参加していた。こ

うした産業界によるロビー活動は、当時の欧州委員会のコニー・ヘデゴー委員(気候行動

担当、デンマーク出身)や、本件を担当していた欧州委員会の気候行動総局や企業・産業

総局(当時、現在は域内市場・産業・宇宙・起業・中小企業総局に統合)の職員を対象に

行われたようである。

欧州委員会を対象に実施されたロビー活動については、欧州委員会の当初の提案の内容

はかなり修正され、環境保護の観点が希薄となったと言われていることから、比較的効果

的なロビー活動が行われたと推測される。例えば、当初の欧州委員会の草案には、代替手

3 EU 基本条約を修正するリスボン条約の発効(2009 年)以前において、「通常立法手続」に対応する立

法手続き。

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段がある場合の、商業用の冷蔵庫への HFC の使用禁止が含まれていたが、削除されたと

言われている。ロビー活動を行った企業が、禁止に反対したためだという。

一方、欧州議会はフロンガスの中でも、特に HFC について態度を硬化させていた。欧

州議会は 2014 年 3 月 12 日にラポーターに指名された、環境保護派として知られるバス・

アイクハウト(Bas Eickhout)議員(欧州緑グループ・欧州自由連盟、オランダ選出、)

の修正案を採択した。議会修正案は、代替技術の利用を促すために、2020 年までに最も温

室効果の高いフロンガスを使用した製品の上市を禁止するものだった。例えば、欧州委員

会案では、温室効果が一定以下の HFC を利用した製品を上市禁止の対象外していたのに

対し、欧州議会の修正案は、あらゆる種類の HFC を利用した製品の上市の禁止を提案。

また、欧州議会は、欧州委員会が提案したフロンガスの市場での流通量を 2016 年から段

階的に制限し、2030 年に 21%まで引き下げるという目標の修正を提案し、フロンガスの

90%を占める HFC の流通量を 16%まで引き下げるという、より厳格な段階的制限を含む

修正案を採択した。

立法手続きは欧州議会での審議の後、欧州議会と閣僚理事会、欧州委員会による三者協

議に移った。EPEE は修正案には技術的検討な欠陥があるとの議論を展開した。コンサル

ティング企業である SKM Enviros の報告書 4によると、HFC の全面的な利用禁止はコス

トが大幅に高くなるのみならず、環境への恩恵が少なくなるという。EPEE は、同報告書

の内容を積極的に用いて、三者協議の間、地中海沿岸の加盟国を中心にロビー活動を展開

したようである。なお、スペインなどから選出された、産業界と見解の近い欧州議会の議

員もおり、HFC の全面的な利用禁止の提案を阻止するキャンペーンに積極的に関与してい

たようである。

結局、3 回の三者協議では同意に達せず、選択肢としては再度、三者協議を開催して妥

協案を探るか、第二読会に進むかという状態になった。しかし、2014 年 5 月に欧州議会選

挙が迫っており、ここで妥協案に合意しなければ新議員の選出に伴う手続きなどにより、

2 年ほど立法手続きが遅滞する恐れがあった。廃案を目指す場合には、結果の予想が難し

い第二読会に手続きを進めることによって、立法の見通しを不確実にする戦略も考えられ

4 “Further Assessment of Policy Options for the Management and Destruction of Banks of ODS and F-Gases in the EU” SKM Enviros, March 2012 https://ec.europa.eu/clima/sites/clima/files/ozone/docs/ods_f-gas_destruction_report_2012_en.pdf

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たであろう。しかし、本件では、このような差し迫った選択がロビー活動を行う産業団体

側に有利に働き、合意形成が困難な HFC の全面禁止案は放棄され、当座の妥協策を模索

する方向で審議が進んだ。

結果として、2014 年に新規則 517/2014 が採択され、2015 年 1月 1日から適用開始され

た。最終的な妥協案は、フロンガスの流通量の制限の基準値となる 2015 年の流通量レベ

ルについて、2009~2012 年の販売量の年間平均とすることで合意し、欧州委員会の当初

案の通り、2030 年までにその 21%までの削減を目指すとことで妥協した。また、例えば

商業用冷蔵庫への HFC の使用禁止は、温室効果が二酸化炭素(CO2)の 150 倍以上の

HFC については 2022 年以降、禁止とすることで合意した。

特定のフロンガスを利用した製品の上市の禁止について、当初の欧州委員会提案が大幅

に修正された結果、一部からは、コスト効率性の高い、市場で入手可能な代替物質への移

行が実現できなかったとの批判もあり、環境保護団体などにとっては納得し難い内容だっ

たと推測される 5。一方、冷蔵庫、空調などの製造業者にとっては、当面は EU 域内での

HFC の全面使用禁止は免れる結果となった。本件で企業、ロビー団体とそれに対峙する環

境保護団体など非政府組織(NGO)は、欧州委員会を中心にロビー活動を繰り広げたが、

300 億ユーロ以上の市場売上高と欧州での 20 万以上の雇用を背景とする産業界の影響は無

視できず、産業界が有利に活動を展開し得たことが窺われる。

C. 一般データ保護規則(GDPR)及び刑事手続きにおける個人データ保護

高額な制裁金が話題となっている EU の一般データ保護規則 2016/679(GDPR)及び刑

事手続きにおける個人データの扱いに関する「指令 2016/680」の立法過程では、米国を含

む EU 域外のロビー団体が、立法準備段階の早期から集中的にロビー活動を行った。特に、

米国の情報通信技術(IT)大手企業が、米国よりも厳しい EU の規制を遵守する義務が発

生することを恐れて、活発に意見を述べた。また、米国は、指令2016/380の改正により、

5 例えば、"HFOs: the new generation of F-gases" Greenpeace, July 2016 http://www.greenpeace.org/international/Global/international/documents/climate/HFOs-the-new-generation-of-f-gases.pdf

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EU 加盟国当局による国際刑事事件に関する情報収集が制限され、米国当局との情報供有

も困難になるリスクを主張して、法案の修正を試みた 6。欧州議会が提案した数々の修正

は、米国の IT 大手や米国・EU の産業団体などによって作成された修正案や意見書と酷似

しているとの批判もあった。2012 年に始まった立法手続きの後、2016 年 5月 4日、EU 官

報に GDPR と指令 2016/680 が公示された。内容は、米国企業のロビー活動による修正が

強く反映されたものとの印象がある。

GDPR は米国、日本など他の法域の立法にも影響を及ぼすため、EU 域外の企業も、非

常に厳格で高レベルの EU のデータ保護への対応を検討せざるを得ない状況になってきて

いる。他の法域と比較して大変厳格な GDPR のデータ保護レベルに加えて、データ保護の

レベルが EU と同等かそれ以上でない国にデータを送ることが禁止されているため、グロ

ーバルに事業展開する企業は、情報保護については EU 規制を遵守しているかを検討し、

もしそうであれば、おそらく他の国でも問題はないとの判断を下す可能性が高い。そのた

め、GDPR がグローバル展開する企業のデータ保護対策の事実上の基準となる可能性もあ

ろう。なお、指令 2016/680 は、2018 年 5 月 6 日までに EU 加盟各国で国内法化されるた

め、ロビー活動の成果に対する評価は、各加盟国がどのような国内法を立法するのかによ

って決まるだろう。

D. 遺伝子組み換え作物(GMO)

EU では、遺伝子組み換え作物(GMO)の認可制度が導入されており、EU レベルで認

可された GMO についても、加盟国が国内での栽培を制限・禁止することが認められてい

る。米国は、既に以前からEUの認可手続きが遅いことを不服としており、これらのGMO

製品の輸入や販売マーケティングの複数の加盟国での禁止は、セーフガード措置に該当す

るとして問題視してきた。米国と EU のこの分野における立場の違いは、常に通商問題を

含む様々な軋轢を生じてきた。

6 “Informal Comment on the Draft General Data Protection Regulation and Draft Directive on Data Protection in Law Enforcement Investigation” https://edri.org/files/US_lobbying16012012_0000.pdf

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2017 年 2月現在、問題となっているのは、逆育種(Reverse Breeding)など分子生物学

的な手法を利用した品種改良技術「新しい育種技術(New plant Breeding Techniques:

NBT)」である。EU では 2007 年から NBT が GMO 規制の対象となるのか、検討が進め

られており、加盟国間で意見が割れている。特に、英国やオランダ、ドイツなどが、欧州

委員会に一定の技術の規制を緩和するよう働きかけている。特にオランダは、同種間(シ

スジェニック)GMO の開発に公共投資を行っており、オランダ政府や、同国の EU 代表

部、同国の国会議員は欧州委員会への働きかけを行っている模様である。

また、企業側の活動としては、例えば、2015 年 6 月にブリュッセルで、NBT に関する

産学団体NBTプラットフォーム(NBT Platform)が「EUにおける育種技術の未来(The

Future of Plant Breeding Techniques in the EU)」と題するイベントを開催した。また、

上記のように、加盟国間でかなりの立場の違いがみられるため、ロビー活動の対象として

は欧州委員会だけでなく、加盟国担当当局も重視されたようである。欧州種苗協会(ESA)

や欧州農業組織委員会(Copa)・欧州同業協同組合委員会(Cogeca)などの産業団体、

欧州植物科学機構(EPSO)など学術団体がロビー活動を実施し、極度に厳格な規制は、

農家に対する不当な競争制限となり、不安定な現状は法的安定性の点から問題があるだけ

でなく、この分野における知識や雇用が失われるリスクがあると強調していた。欧州委員

会は、本件につき 2017 年中に結論を出す予定である。このロビー活動が規制緩和につな

がれば、オランダなどの加盟国へのロビー活動が EU のルール形成に影響を与えることに

成功した事例の一つとなろう。

また、ロビイストは、遺伝子組み換えの新技術は通商問題にも関係するため、EU と米

国の包括的貿易投資協定(TTIP)交渉を政治的圧力の 1 つとして使ったようである。EU

の政策がグローバルに影響を及ぼす事例が増えているため、第三国と通商関係も EU ルー

ル形成にインパクトを与える傾向がみられる。

E. リサイクル由来のゴム製粒子の利用

リサイクル由来のゴム製粒子は、古タイヤのゴムなどをリサイクルして製造され、運動

場の人工芝などを充てんするために使用される。ゴム製粒子に含まれる、スチレン・ブタ

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ジエンゴムやエチレン・プロピレン・ジエン・モノマー(EPDM)などの物質が問題とな

った。これらの物質は、人体に対する有害性の懸念から、化学品の登録、認可、評価、制

限を規定した REACH 規則により、規制されていた(なお、REACH 規則は 2007 年 6 月

に導入されたが、米国や日本などから手続きの煩雑さ、動物実験の必要性などの観点から

反対のロビー活動が行われた)。

ゴム製粒子に関するロビー活動は、2016 年前後に行われた模様である。リサイクルや廃

タイヤ処理業者も含む 300 社以上のタイヤ関連の企業をメンバーとするオランダの産業団

体 VACO などがオランダ政府に働きかけ、加盟国の立場を修正させており、本件も加盟国

に対するロビーの成功例と考えられる。また、日系の大手タイヤメーカーもメンバーとし

て名を連ねる欧州タイヤ工業会(ETRMA)も、欧州委員会へ働きかけていたようだ。

リサイクル由来のゴム製粒子によるスポーツ施設内や人工芝の充てんに対する REACH

規則による制限について、2016 年にブリュッセルで開催された加盟国担当当局と EU 機関

の会議では、リサイクル由来のゴム製粒子がスポーツ施設の人工芝に使用される場合、

「混合物」と見なされる旨の合意がなされた。その結果、REACH 規則の化学物質そのも

のに対する制限は適用されないこととなった。

これを受けて、REACH 規則の混合物に対する規定の適用をめぐり、欧州委員会は 2016

年 6 月 6 日に欧州化学品庁(ECHA)に対して、リサイクル由来のゴム粒子を人工芝など

に利用した場合、人体に害を与えるリスクがあるか、また、リスク管理措置を取らなけれ

ばならないかどうか検討を依頼した。ECHA は、2017 年 2 月 28 日に健康リスクは非常に

低いとする報告書を提出した 7。

7 “An Evaluation of the Possible Health Risks of Recycled Rubber Granules Used as Infill in Synthetic Turf Sports Fields” ECHA, February 2017 https://echa.europa.eu/documents/10162/13563/annex-xv_report_rubber_granules_en.pdf/dbcb4ee6-1c65-af35-7a18-f6ac1ac29fe4

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F. 排出権取引制度

EU は、2005 年から温室効果ガス(GHG)の排出権取引制度(EU-ETS)の運用を開始、

現在は 2013 年 1 月から 2020 年 12 月までの第 3 フェーズの運用中である。排出枠の恒常

的な余剰により、排出権価格は制度開始時からかなり低い価格で推移しているが、EU は

電力市場の改革などと共に、2020 年までに GHG 排出を 1990 年比で 20%、2030 年まで

に 40%抑制するという、GHG 抑制目標の達成に向けた有力な手段と位置付けられている。

EU は、企業の後押しも受けて、2017 年中に排出権取引制度の導入が見込まれる中国に

専門家を派遣、技術援助を行うなどしている。そのため、中国が EU と類似した排出権取

引制度を導入する可能性もある。ただし、中国の国内事情を考えると EU 型の排出権取引

制度は理想的でないとの見方もある。そのため、中国では、各省によりそれぞれ異なる排

出権取引制度の導入・運用も検討されており、その場合、全ての省が必ずしも EU 型の制

度を導入しない可能性もある。

G. TTIP をめぐるロビー事例

「包括的貿易投資協定(TTIP)」交渉は、2013 年 7 月の第 1 回交渉会合(米国・ワシ

ントン D.C.で開催)以降、2016 年 10 月の第 15 回交渉会合を経ても、妥結の見通しが立

っていない(2017 年 3 月時点)。欧州側の有識者からも「トランプ大統領の政策は保護主

義的で、政治的コストが高い TTIP にリソースをつぎ込むとは考えにくい」「TTIP は死ん

だ」などと指摘されている。しかし、先進国・地域間での通商協定を通じた国際ルール形

成に対する産業界の関心は高く、様々な産業団体や企業が両政府に積極的な働き掛けを行

っている。ここでは、TTIP 交渉をめぐる事例を紹介する。

【事例①】

ロビー主体: 「欧州自動車工業会(ACEA)」「米国自動車工業会(AAM)」「全米

自動車政策評議会(AAPC)」の 3 団体

要望テーマ: 自動車安全分野での EU と米国の当局間の「規制協力」

情報公開時期: 2016 年 11 月 25 日(要望書提出)

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「欧州自動車工業会(ACEA)」「米国自動車工業会(AAM)」「全米自動車政策評議

会(AAPC)」の 3団体は、米国での大統領選挙後の 2016 年 11月 25日に自動車安全分野

での EU と米国の当局間の「規制協力」を「包括的貿易投資協定(TTIP)」の中で進める

ことをもとめる要望書を欧州委に提出した。この中で、欧米の自動車産業を代表する同 3

団体は「自動車安全基準をめぐる EU と米国の当局間の連携強化の結果、双方の相互理解

はこれまで以上に進んでいること」「(この結果)野心的な交渉成果の実現が射程内に入

ったこと」を明言。更に、この要望書の中で、EU・米国の双方は「同等」と看做し得る

基準や規制のリスト作成なども進め、自動車分野での合意形成は近い(“within reach”)

との認識を示した。

他方、同 3 団体は「今回の米国の政権交代に伴う TTIP 交渉の停滞は不可避」との懸念

も表明。これまでの双方の努力が無駄にせず、交渉成果の実現に向けて取り組むように欧

州委に注文を付けた。具体的には「EU・米国の双方で既に“同等”と看做すに至った自動車

安全基準・規則に関するリスト」「概ね“同等”と看做すに至ってはいるが、幾つかの技術

的要件を満たす必要のある自動車安全基準・規則に関するリスト」「規制協力を通じて調

和が進みつつある追加的な自動車安全基準の進捗状況」「1998 年協定に基づく自動車基準

調和世界フォーラム(WP29)の作業成果を強化・優先的に取り組むため、そして、世界

統一技術基準(GTRs)をより多く採用するための共通理解」「EU・米国双方の連携によ

って進める自動車安全基準に関する研究についての実務作業」などを文書化し、来るべき

“交渉再開”に備えるべきとしている。

これに対して、欧州委員会は 2017 年 1 月 31 日付で 3 団体に対する回答書を公開。欧州

委のセシリア・マルムストロム委員(通商担当)は「a. 双方の利益を両立する自動車安全

基準の実現、そして、b. EU・米国の間あるいは国連・欧州経済委員会(UN/ECE)の下

で策定・改正が進められてきた「国連の車両等の世界技術規則協定(1998 年協定 )」の

枠組みでの相互協力の促進について、EU と米国の自動車分野の専門家・政策担当者によ

る広範な協議を重ねてきた。この分野の成果は極めて大きい」との見解を明らかにし、上

記 3 団体による、これまでの協力に謝意を述べた。しかし、「米国での大統領選挙の結果、

その TTIP 交渉は停止状態に陥った」との厳しい見方も示した。

【事例②】

ロビー主体:農業機械・世界最大手ディア&カンパニー(米国)

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要望テーマ:農業機械分野における EU・米国間の①「労働安全」「走行安全」「環境保

全」に関する「基準の整合化」,②「相互認証システム確立」,③「規制協力アプロー

チの導入」

情報公開時期: 2015 年 11 月 7 日(要望書提出)

「ジョンディア」ブランドで知られる農業機械・世界最大手ディア&カンパニー(米国)

が欧州委員会のセシリア・マルムストロム委員(通商担当)に宛て,12 月 10 日に個別面

会をもとめる書簡を出状(11 月 7 日付)した。書簡を出状したディア&カンパニー(本

社:米国・イリノイ州モリーン)のマーク・フォン・ペンツ(Mark von Pentz)氏は、同

社の農業機械・芝刈り機部門統括責任者(President)であり、欧州 CIS・アフリカ・アジ

ア担当役員を務める。書簡は、同社の欧州統括拠点のあるドイツ・マンハイムから出状さ

れており、欧州委員会が 11 月 11 日付で公開した。

書簡の形式上の主旨は、同役員のブリュッセル訪問時の 12 月 10 日に、欧州委員会・通

商総局(DG Trade)のトップであるマルムストロム委員に個別面会を要請することであ

る。また、欧州議会の複数の議員との面談もセットしていることにも言及している。

この中で、同社として「TTIP に期待すること」として以下の 3 点を明記した。

① 「労働安全」「走行安全」「環境保全」に関する基準の整合化

農業機械を EU 及び米国市場で上市する場合の「労働安全」「走行安全」「環境保全」

に関する評価基準を整合化すべき。欧州農業機械工業会(CEMA)がもとめているよう

に、国際標準化機構(ISO)/欧州標準化委員会(CEN)基準、あるいは国連・欧州経済

委員会(UNECE)基準など共通のルールの確立を EU・米国の間で急ぐべき。

② 相互認証システム確立

ISO/CEN の協議でも,EU・米国の政府間折衝でも構わないが、(農業機械に関する)

相互認証システムを確立すべき。相互に認証された共通の評価手順が確立すれば、関係

企業は管理・検査コストの削減ができる。

③ 規制協力アプローチの導入

今後、農業機械分野で、法制面/規制面での協力アプローチの導入が進むことに期待。同

社として、新法導入前に両政府間で協議する機会を確保するシステムを提言したい。同

システムのフローでは、産業代表など利害関係者の見解にも適切な配慮がなされるべき。

同社のこうした取り組みの背景には、CEMA が 2014 年 5 月に発表した意見書の思想が

投影されている。CEMA は TTIP を成功させるためには、双方の規制の相違を評価し、可

能な限り削減するため、そして、将来においても新たな貿易に対する技術的障害

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(Technical Barriers to Trade:TBT)を効率的に回避するために規制協力が重要との考

えを明らかにしている。具体的には、CEMA は EU・米国の当局間の技術的な相違を調整

する“対話”として、農業機械分野の「規制協力ワーキング・グループ(Regulatory

Cooperation Working Group on Agricultural Machinery)」を専門的な協議会形式で、立

ち上げるべきと提言した。

【事例③】

ロビー主体: 欧州化学・医薬品大手メルク(ドイツ)

要望テーマ: 医薬品分野での EU と米国の当局間の「規制協力」「市場アクセス改善」

情報公開時期: 2015 年 10 月 20 日(要望書提出)

ドイツの化学・医薬品大手メルクは欧州委員会のセシリア・マルムストロム委員(通商

担当)に「EU 米国間の包括的貿易投資協定(TTIP)」に対する強い期待を表明する意見

書(2015 年 10 月 20 日付)を提出した。この中で,同社は「環太平洋パートナーシップ

(TPP)協定交渉の妥結が世界貿易の新たな推進力になる」と指摘。また,TTIP は行政

当局の緊密な連携を実現し,新薬の利用者への迅速な供給と安全性水準維持の両立に貢献

する,との考えを示した。

この意見書はドイツ化学医薬品大手メルク(本社:ヘッセン州ダルムシュタット)傘下

の EMD セローノ※(本社:米国メーン州ロックランド)のパリス・パナイオトプロス社

長による署名で提出(2015 年 10月 20日付)された。ドイツ企業の米国法人のトップとい

う、米国における欧州側の権益を代表する“最前線の経営者の声”という形式をとっている。

意見書冒頭で、「メルクは野心的で包括的な EU 米国間の包括的貿易投資協定(TTIP)

の“強力な支持者”である」と前置きしつつ、a.「“規制協力”と収斂」、b.「市場(医薬品利

用者)アクセス」、c.「世界(最高)水準の知的財産規範」の 3 点について、欧州委員会

のセシリア・マルムストロム委員(通商担当)に対して具申している(これを同委員が

2015 年 10 月 22 日付で公開)。特に“規制協力”は、欧米市場を“主戦場”とする新薬メーカ

にとって、欧米で異なる行政手続きを整合化し、開発プロセスを効率化できる好機とあっ

てロビー活動も活発化している。TTIP の中でも、“目玉”のひとつだ。

先ず、TTIP は行政(規制)当局の緊密な連携を可能にし,新薬の利用者への迅速な供

給と同時に安全性水準の維持にも貢献するとして、TTIP によって実現される“規制協力”の

重要性を指摘した。具体的には、EU と米国の間の “規制協力”を通じて、次の点が実現で

きるとしている。

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1)新薬開発を担うスポンサー・行政当局双方の規制対応に関わる負担軽減

:新薬開発のスポンサー(開発投資を行う医薬品企業や医療財団、医学会など)と行政

当局の規制対応に関わる負担を軽減するために、①「医薬品などの製造管理・品質管

理の基準(Good Manufacturing Practice;GMP)」や「医薬品などの臨床試験実施

の基準(Good Clinical Practice;GCP)」を(EU・米国が)相互承認すること、そ

して、②要請に応じて全ての医薬品に関する国際共同治験相談(スポンサーが開発中

の新薬に関して国・地域を越えて同時進行する科学的見解(Parallel Scientific

Advise・PSA;治療効果などの評価・分析情報)について共有)にアクセスする権利

を認めること、③「クオリティ・バイ・デザイン(QbD)」※の手法に基づく同時並

行的な評価を行うために、欧州医薬品庁(EMA)と米国食品医薬品局(FDA)の間

で、現行パイロットプログラム※を正式に採択すること、が必要である。

2)“責任ある”データ共有システムの構築

:患者のプライバシーを守り、規制見直しプロセスに一体性をもたせ、権利・契約の関

係で公表できないデータ(Proprietary Data)に関わる権利を保護することを前提と

する“責任ある”データ共有を実現する「データ開示方針」を打ち出す。

3)共同作業としての治療関係のガイドライン策定

4)偽造医薬品を抑止するためのモニタリング・システム構築

:偽造医薬品を抑止するため、医薬品の流通をモニタリングする国・地域共通のコー

ド・システム基準を開発する。

5)日米 EU 医薬品規制調和国際会議(ICH)の枠組みに基づく共同連携

:日米 EU 医薬品規制調和国際会議(ICH)の枠組みに基づいて「(市販以降の)医薬

品監視」「反復検査要件」「ベネフィット・リスク評価」などの共同連携の強化を図

る。

医薬品事業を主軸とする EMD セローノとしては、こうした国際的な医薬品開発には、

EU と米国との間の官民の共通のルール(規制・基準)や治験情報を共有する基盤が重要

と指摘している。この他、同社は TTIP の効果として、「適切な薬価設定と医療コスト削

減を両立する(EU・米国共通の)原則の採択を通じた、透明性の高い市場アクセスの実

現」「高いレベルでの知的財産保護政策の整合化」も挙げた。また、同社は「環太平洋パ

ートナーシップ(TPP)協定」交渉の妥結が世界貿易の新たな推進力になるとも指摘、

TTIP 妥結に対する強い期待感を滲ませた。

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※EMD セローノ:メルク(Merck KGaA)の米国子会社だが、米国には同名の医薬品企

業(Marck & Co.;1917 年に分離・独立)が存在するため、メルクは北米地域では、

EMD セローノの社号で事業運営している。EMD は同社“中興の祖”エマニュエル・メル

ク(イン・ダルムシュタット)に由来。

※クオリティ・バイ・デザイン(QbD):ICH で作成されたガイドラインで提唱されてい

る医薬品の品質管理の手法。安全性と品質維持のための運用ガイドラインである「Q8

(製剤開発)」「Q9(品質リスクマネジメント)」「Q10(医薬品・品質システム)」

(Q トリオ・ガイドライン)に基づく。

※現行パイロットプログラム:医薬品の品質データに対して QbDの手法を用いて同時並行

評価を行う EMA と FDA の共同プログラム。2011 年 4 月に 3 年計画で第 1 期プログラ

ムに着手、その後も計画を延長して評価プログラムを継続。なお、同プログラムには、

日本の医薬品医療機器総合機構(PMDA)も 2011 年 12 月から“オブザーバー参加”して

いる。

【事例④】

ロビー主体: 「欧州化学工業連盟(CEFIC)」

要望テーマ: 化学分野での EU と米国の当局間の「規制協力」「国際標準のシステム化」

情報公開時期: 2015 年 9 月 8 日(ポジションペーパー発表)

欧州化学工業連盟(CEFIC)は 2015 年 9 月 8 日に、EU と米国の「規制協力」を進め

るためのメカニズム確立と、「化学品の分類及び表示に関する世界調和システム(GHS)」

などに関する見解を示すポジションペーパーを発表。CEFIC によると、化学品に関する

EU と米国の規制の更なる収斂を支持しているという。なお、CEFIC は 2015 年 9 月のポ

ジションペーパーで、下記の点を優先事項としている。

① 化学品の分類と表示における整合性の促進:CEFICは、GHSの実施において、EUと

米国の規制当局が規制の収れんに取り組み得ると指摘した。化学品の分類に関する EU

と米国の協力の強化は、GHS 分類された化学品のグローバル・リストの優れた基盤とな

るとしている。また、企業にとっては、化学品の安全データシートや表示における負担

の削減となる。

② 優先する化学物質の評価と評価方法における協力:CEFIC は、化学品の評価での協力

を一段と強化し得ると指摘した。米国と EU 加盟国による評価を共有することで、作業

の重複を回避し、当局による検査と承認を加速できるとしている。規制当局の負担軽減

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となるほか、新製品の市場流通が早まるため、化学業界や川下の顧客にも恩恵をもたら

す。

③ 規制当局間の情報共有、知的財産権と企業秘密(CBI)の保護:CEFIC は、安全情報

に関する情報交換について、IUCLID(国際統一化学情報データベース)のような共通

のデータ様式に合意することにより、より容易にデータを共有できるようになるとして

いる。

【事例⑤】

ロビー主体:欧州農業組織委員会(COPA)・欧州農業協同組合委員会(COGECA)

要望テーマ: 農業・食品分野での対先進国(米国・日本)FTA の推進

情報公開時期: 2016 年 9 月 19 日(要望書発表)

欧州を代表する農業生産者団体である COPA・COGECA のマルティン・メリル会長が

2016 年 9 月 19 日,欧州委員会のセシリア・マルムストロム委員(通商担当)との会見で

対米FTAの交渉が膠着状態に陥っていることを問題視。同団体では,対米FTA締結のEU

側の利益の約 4 分の 3 は「非関税障壁撤廃」に伴うものと見ているが,その分野の交渉停

滞が著しいと指摘した。他方、「日本との経済連携協定(EPA)」を今後半年以内に妥結

することが,市況低迷に喘ぐ EU 農業・食品産業の危機的状況打開に貢献するとの見解も

表明した。

同団体(COPA)のマルティン・メリル会長(デンマーク農業・食品協議会の会長も務

めている)は欧州委員会のセシリア・マルムストロム委員(通商担当)とのブリュッセル

での会見で、現在の EU 農産品市場の厳しい市況に鑑みて、現状を打開するためには自由

貿易の推進が必要で、特に「日本との経済連携協定(EPA)を今後の半年以内にまとめる

べき」との立場を表明した。同会長は「EU の酪農品・豚肉市場で、市況回復の兆しがあ

る。しかし、これらは飽くまで兆候でしかなく、これまでの危機的状況に伴う生産者の損

失を解消するには相当の時間を要するだろう。市況回復の背景のひとつには、中国の需要

が戻ってきたことがある。また、欧州委の尽力で輸出市場が拓かれて来たこともある。今

後、“日本”やインドネシアなどとの自由貿易協定(FTA)ができれば、EUの農業・食品産

業にとって極めて大きな利益となる。我々は今後 6ヵ月の間に日本との EPA を妥結するよ

うに EU に迫りたい。何故ならば、日本は我々にとって第 2 位の豚肉輸出市場なのだ」と

の見解を発表した。

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メリル会長が「日本」を強調した背景には、米国やカナダとの FTA に対する EU 域内の

反発が激しさを増していることがある。2016 年 9 月 17 日にはドイツで、2016 年 9 月 20

日にはブリュッセル(ベルギー)で、EU による対米(TTIP)、対カナダ(CATA)の

FTA に反対する大規模な抗議デモが立て続けに起こっている。同会長は「TTIP について

は、チャンスとリスクの両面あると思う。ただ、将来的にどのような成果があるのかも判

らない段階で、EU 市民があのように猛烈な抗議をすることが理解できない」と語る。こ

うした市民感情に加えて、米国の政治情勢が複雑化してきたことも、今後の TTIP 交渉を

めぐる不安要素である。同会長としては、TTIP 交渉の膠着状態を横目に見つつ、日本と

の EPA 交渉を早期に妥結して欲しいというところだろう。

また、COPA・COGECA の推定では、TTIP 締結の EU 側(農業・食品分野)の利益の

約 4 分の 3 は「非関税障壁撤廃」に伴うものとされる。しかし、メリル会長によれば、こ

の分野の交渉の進展が芳しくないという。同会長は、EU の酪農生産者が乳製品(米国の

グレードA規格)」を米国市場に輸出できない原因は米国側の非関税障壁にあると指摘す

る。米国には EU にとっての同様の非関税障壁が「フルーツ・野菜」分野でも存在するの

だとし、EU 側から見た米国・非関税障壁に対する不満を漏らす。

他方、同じ FTA の相手でも、南米南部共同市場(メルコスール)は「話が別」と

COPA・COGECA では見ている。この発表の中で、「EU・メルコスール FTA」について

は「EU の牛肉・鶏肉産業に壊滅的な打撃をもたらす虞がある」と警戒感を露わにした。

「EU・メルコスール FTA」の問題については、欧州の食品・農業・観光産業に従事する

労働者の権益を守るための労働組合を束ねる欧州食品・農業・観光関係労働組合連合会

(EFFAT)も 2016 年 9 月 9 日、「EU・メルコスール自由貿易協定(FTA)が発効した

場合、南米南部共同市場(メルコスール)側から EU 市場への鶏肉・牛肉輸出が急増する

リスクがある」との見解を発表している。

なお、この対メルコスール FTA に関する意見表明に対して、マルムストロム委員は今秋を

目処に総合的なインパクト評価の分析を発表する予定と応じたという。

おわりに

EU ルールの国際化は、必ずしも日本企業に“一方的に不利”という訳ではない。例え

ば、東欧で輸出品を製造する日本企業は、欧州向け製品と米国・アジア向け製品を同一の工

程で製造することができ、効率的な生産、製品設計などが可能になるかもしれない。問題

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点は、国際化を志向する EU 標準が日本企業にとって、不当に不利なものとして設定され

ていないかどうかを事前にチェックすることであろう。ルール形成に取り残されないよう

に、ルールが検討されている段階で、その立法手続きに参加することができ、日本企業が

意見を表明することができれば、最終的に採択されるルールにその意見を反映させること

もできるだろう。その結果、規制違反の手続きを回避し、製品製造・新製品開発などのプ

ロセスを簡略化できる利益は著しいと考えられる。

EU 機関へのロビー活動は、必ず日本企業を代表する産業団体を通す必要がある訳では

ないので、EU 域内の団体を使ってその利害を反映させることも可能だろう。ロビー団体

は、一定の類似する利害関係者を集めてその共通の利益を追求しようとするが、達成した

い目的(有利な立法内容など)が同じであれば、ロビー団体構成メンバーとの他の共通点

は大きな問題にはならない。また、産業セクターの異なる企業とロビー活動を共同して行

う利点として、競合企業と行う場合と異なり、EU 競争法違反の疑いを生じるリスクが少

なくなることが挙げられる。

ロビー活動による競合企業間の協議は、時として企業の重要なビジネス情報の交換を促

すことがあり(例えば、欧州での今後の生産量や輸入量など)、それらがお互いのビジネ

スに反映されなくても、情報交換自体が競争法違反となる可能性がある。2016 年、記録的

な制裁金が課されたトラック・カルテル事件では、欧州委員会は排ガス技術導入の時期を

遅らせ、その技術導入のコストを消費者に転嫁することを中、大型トラック製造企業 6 社

が合意したと認定、違法と判断した。関与企業は、排ガス技術法規遵守を回避する意図は

なかったという。ルール形成過程におけるロビー活動は、カルテル行為の正当化事由には

ならないため、競争法違反などと見なされる行為を行わないように注意する必要もあるだ

ろう。

以 上

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EU のルール形成に関する調査報告書

2017 年 3 月作成

作成者 日本貿易振興機構(ジェトロ)知的財産・イノベーション部貿易制度課

〒107-6006 東京都港区赤坂 1-12-32

Tel. 03-3582-5543