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特集 表面処理技術 01 はじめに ミストCVD(Chemical vapor deposition:化学気相成長 法)法は、霧状(ミスト)にした前駆体溶液を加熱した基板上に 輸送して化学反応により薄膜を形成する手法であり、溶液に さえできれば原料として用いることができるので、広範な材 料の成膜を行うことができる。本稿では、ミストCVD法の原理 と成膜可能な膜種、適用用途例として、京都大学発ベンチャー の㈱FLOSFIAで取り組んでいるコランダム構造酸化ガリウム (α-Ga2O3)によるパワー半導体デバイスとセラミックス成膜 によるサーミスタを紹介する。 02 ミストCVD法 ミストCVD法は、液体原料を霧状(ミスト)にして高温に加熱 された基板上に輸送し、非真空プロセスで成膜する方法であ る。図1に示すように、原材料は直径数ミクロンのミストのカプ セルの中に含まれた状態で輸送され、基板表面で加熱されて少 しずつ気化し、化学反応により高品質膜が堆積する。堆積する 最終段階では、通常のガスを用いるCVD法と同様の化学反応 株式会社FLOSFIA 取締役CTO 四戸 孝 Takashi Shinohe (CTO & Director) FLOSFIA INC. キーワード ミストCVD、酸化ガリウム、セラミックス ミストCVD法による各種薄膜形成技術 Thin film formation technologies by mist CVD method ບલ ޙ図1 ミストドライ ® 法(MIST EPITAXY ® 法含む)の原理 図2 各種薄膜形成技術への適用 8

ミストCVD法による各種薄膜形成技術特集 表面処理技術 01 はじめに ミストCVD(Chemical vapor deposition:化学気相成長 法)法は、霧状(ミスト)にした前駆体溶液を加熱した基板上に

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特集 表面処理技術

01 はじめに

 ミストCVD(Chemical vapor deposition:化学気相成長法)法は、霧状(ミスト)にした前駆体溶液を加熱した基板上に輸送して化学反応により薄膜を形成する手法であり、溶液にさえできれば原料として用いることができるので、広範な材料の成膜を行うことができる。本稿では、ミストCVD法の原理と成膜可能な膜種、適用用途例として、京都大学発ベンチャーの㈱FLOSFIAで取り組んでいるコランダム構造酸化ガリウム

(α-Ga2O3)によるパワー半導体デバイスとセラミックス成膜によるサーミスタを紹介する。

02 ミストCVD法

 ミストCVD法は、液体原料を霧状(ミスト)にして高温に加熱された基板上に輸送し、非真空プロセスで成膜する方法であ

る。図1に示すように、原材料は直径数ミクロンのミストのカプセルの中に含まれた状態で輸送され、基板表面で加熱されて少しずつ気化し、化学反応により高品質膜が堆積する。堆積する最終段階では、通常のガスを用いるCVD法と同様の化学反応

株式会社FLOSFIA 取締役CTO 四戸 孝Takashi Shinohe (CTO & Director)

FLOSFIA INC.

キーワード ミストCVD、酸化ガリウム、セラミックス

ミストCVD法による各種薄膜形成技術Thin film formation technologies by mist CVD method

成膜前 成膜後

図1 ミストドライ®法(MIST EPITAXY®法含む)の原理

図2 各種薄膜形成技術への適用

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が起きているので、高品質な膜を堆積することが可能となる。一方で、ガス状態にするのが難しくても溶液にさえできれば原料として用いることができるので、広範な材料の成膜を行うことができる。当社では、この成膜の特徴をとらえてミストドライ®

法と呼んでおり、特にエピタキシャル成長をさせる場合には独自にアレンジしたMIST EPITAXY®法を用いている。比較的低温で大気圧下での結晶成長ができ、準安定相金属酸化物であっても結晶構造が近い基板を選択することで成膜が可能となる。 ミストドライ®法は図2に示すように、粉体のコーティング、フィルターへのコーティング(細孔径制御)、金属表面へのコーティング(耐食性向上)、金めっき、ポリイミド上へのロジウムめっき、ポリマーの大気圧重合など半導体以外の成膜技術にも幅広く適用可能であり、8インチウェハ上への大口径成膜にも対応できる。 これまでミストドライ®法で成膜してきた金属酸化膜を周期律表上に示した(表1)。パワーデバイス用の酸化ガリウムをはじめ、半導体・磁性材料の酸化鉄、耐腐食性膜・保護膜の酸化クロム、絶縁膜の酸化シリコン・酸化アルミニウム、光触媒の酸化チタン、電極の金・銅、金めっき下地・はんだ下地のニッケル、触媒のロジウム、保護膜、意匠性膜に用いるポリスチレンやPMMA

(Polymethyl methacrylate:ポリメタクリル酸メチル樹脂)、太陽電池用の硫化亜鉛など多彩な材料の成膜が可能である。

03 コランダム構造酸化ガリウム(α-Ga2O3)によるパワー半導体デバイス1-2)

 酸化ガリウムGa2O3にはいくつかの結晶多形が存在するが、最もバンドギャップが広くパワーデバイスに向いているのがコランダム構造のα-Ga2O3である。熱的に最安定なのがβ構造3)

で、通常の結晶成長手法ではβ構造のみが得られる。バルク基板が市販されており、デバイス開発が国内外で盛んにおこなわれている。β構造以外は相性の良い下地基板上にエピタキシャ

ル成長で作製されるが、最近までGa2O3に適した成長方法が知られてこなかったため、これらの物性値に関するデータは十分ではない。 サファイア基板上にミストCVD法による結晶成長を行うと、X線ロッキングカーブ半値幅60arcsecという高品質なα-Ga2O3単結晶が得られることが2008年に京都大学から報告された4)。これが、超高圧・高温環境以外で成膜された初めてのα-Ga2O3単結晶であり、まだ材料が登場してから10年ほどしか経っていない。透過型電子顕微鏡による断面観察において、らせん転位密度は観察限界以下、刃状転位密度は1010cm-2であった5)。その後、α-(AlxGa1-x)2O3をバッファ層として用いて2桁の転位密度低減が図られ6)、m面やa面などの他の面方位での成長、HVPE法(Hydride vapor phase epitaxy:ハイドライド気相成長法)による成長7)なども行われるようになってきた。 酸化ガリウムGa2O3のパワーデバイス開発は、バルク基板が市販されているβ-Ga2O3が先行していたが、2008年にミストCVD法で成膜に成功したα-Ga2O3は、広く流通しているサファイア基板上に成膜できるという特徴を活かして、急速にデバイス開発が立ち上がってきた。材料物性から予測されるパワーデバイスの性能指数(バリガ性能指数)では、α-Ga2O3は、SiC

(Silicon carbide:炭化ケイ素)、GaN(Gallium nitride:窒化ガリウム)、β-Ga2O3をはるかに凌いでおり(表2)、パワーデバイスとしてのポテンシャルは非常に高い。 当社では、2015年にSiC-SBD(Schottky barrier diode:ショットキーバリアダイオード)の1/7の特性オン抵抗を持つ縦型SBDの試作例を報告した8)。小面積素子(直径30µmと60µm)ではあるが、耐圧531Vで特性オン抵抗0.1mΩcm2、耐圧855Vで特性オン抵抗0.4mΩcm2が得られている。これらの値をパワーデバイスの特性比較を行う図面にプロットすると、既にSiC限界を超える特性が実証されていることがわかる

(図3)。 その後、実用化を見据えたプロセス開発が進められ、2インチの金属支持基板上に10µm程度の薄膜α-Ga2O3を張り合わせたウェハレベルでのプロセスが構築された9)。熱伝導性の低

表1 ミストドライ法で成膜できる金属酸化膜

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18

H HeLi Be B C N O F Ne

Na Mg Al Si P S Cl ArK Ca Sc Ti V Cr Mn Fe Co Ni Cu Zn Ga Ge As Se Br KrRb Sr Y Zr Nb Mo Tc Ru Rh Pd Ag Cd In Sn Sb Te I XeCs Ba Lanthanoid Hf Ta W Re Os Ir Pt Au Hg Tl Pb Bi Po At RnFr Ra Actinoid Rf Db Sg Bh Hs Mt Ds Rg Cn Nh Fl Mc Lv Ts Og

表2 パワー半導体材料の性能比較

材料名 Si 4H-SiC GaN β-Ga2O3 (βガリア構造) α-Ga2O3 (コランダム構造)

バンドギャップ Eg (eV) 1.1 3.3 3.4 4.5 5.3

移動度 μ(cm2/Vs) 1,400 1,000 1,200 300 300(推定)

絶縁破壊電界強度 Ec (MV/cm) 0.3 2.5 3.3 7 10(推定)

比誘電率 11.6 9.7 9 10 10(推定)

バリガ性能指数 Si = 1低周波 (εμEc

3) 1 340 870 2,307 6,726(推定)

高周波 (μEc2) 1 50 104 117 238(推定)

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い酸化物半導体を薄膜とすることにより、実用レベルのアンペア級素子を標準的なTO220パッケージに実装して熱抵抗を測定した結果は市販のSiC-SBDと同等の良好な値が得られている。スイッチング試験では市販のSiC-SBDと同等以上の高速特性を示しており、1MHz昇圧コンバータに組み込んだ試験でも市販SiC-SBDと同程度の高効率性能が実証された。

 2018年7月には当社からMOSFET(Meta l ox ide semiconductor field effect transistor:金属酸化物半導体電界効果トランジスタ)のノーマリオフ動作実証をアナウンスした10)。新規開発されたp型層をp型ウェル層として用いた横型MOSFETを試作し、反転層チャネルによるノーマリオフ動作を実証した(図4)。測定した電流・電圧特性から外挿したゲート閾

図3 小面積α-Ga2O3 SBDのベンチマーク

図4 MOSFETのノーマリオフ動作実証

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値電圧は7.9Vと高く、高速動作でも負ゲートバイアスなしで誤動作しにくい特性を示した。これにより、電気自動車をはじめとする安全・安心が求められる幅広い電源領域での適用が期待される。

04 セラミックス成膜によるサーミスタ

 セラミックスは身近にある「陶器」と同様に、ペースト状の材料を焼き固める「焼結法」で合成されており、1000℃を超える高温処理により、結晶(多結晶体)を形成して機能を発現させる。しかしながら、焼結の過程で生じる粒界や溶媒の抜け道として生じる穴はデバイス特性の限界となっていた。 2019年1月には当社からミストドライ®法を用いることで、原子層レベルでセラミックスを化学合成することにより高品質セラミックスの合成に成功したとのアナウンスを行った11)。これにより、焼結法では不可能であった配向性を持ち表面凹凸が極めて小さな薄膜の高品質セラミックスが実現された(図5)。ミストドライ®法では、1000℃を超えるような高温処理は不要であり、すべての工程を300℃から800℃程度の温度に抑えることができるので、Si半導体の部品の中にセラミックス部品の機能を組み込むことが可能となる。その結果、セラミックス部品でしか得られなかった多様な機能をメモリーやイメージセンサ、パワーデバイス、MEMS(Micro Electro Mechanical Systems:微小電気機械システム)デバイスなどあらゆる半導体にインテグレーションできるようになる。実際にサーミスタの実証試作に取り組み、小型表面実装サーミスタの試作に成功している。粒界がなく高純度で配向性の材料を活用することでデバイスの高機能化が可能となり、薄膜化による低抵抗化や大電流化、材料選択の自由度向上に伴うセンシング温度の感度アップ、温度補償用途等で期待されている高周波特性の改善などが可能となる。

05 まとめ

 ミストCVD法は非真空プロセスで広範な材料を高品質成膜できる技術であり、これまでの薄膜成長方法にはない可能性を秘めている。本稿では、ミストCVD法の適用用途例として、我々が開発したコランダム構造酸化ガリウム(α-Ga2O3)によるパワー半導体デバイスとセラミックス成膜によるサーミスタを紹介した。いずれも従来の薄膜形成技術では成膜できなかった材料を用いて新たな付加価値をもった部品の創出につながっており、今後の大きな飛躍が期待される。

参考文献1) 人羅俊実,金子健太郎,藤田静雄,電気学会誌137(10),693-696(2017).

2) K.Kaneko,JournaloftheSocietyofMaterialsScience,Japan 66(1),58-65(2017).

3) M.Higashiwaki,K.Sasaki,A.Kuramata,T.Masui.S.Yamakoshi,Phys.StatusSolidiA211(1),21-26(2014).

4) D.Shinohara,S.Fujita,JapaneseJournalofAppliedPhysics 47(9),7311(2008).

5) K.Kaneko,H.Kawanowa,H.Ito,S.Fujita,JapaneseJournalofAppliedPhysics51(2R),020201(2012).

6) R.Jinno,T.Uchida,K.Kaneko,S.Fujita,AppliedPhysicsExpress 9(7),071101(2016).

7) Y.Oshima,E.G.Víllora,K.Shimamura,AppliedPhysicsExpress 8(5),055501(2015).

8) M.Oda,R.Tokuda,H.Kambara,T.Tanigawa,T.Sasaki,T.Hitora,AppliedPhysicsExpress9(2),021101(2016).

9) 河原克明,織田真也,徳田梨絵,神原仁志,奥田貴史,人羅俊実,第78回応用物理学会秋季学術講演会(福岡,2017-9-5/8,応用物理学会)5a-C17-10 (2017).

10)https://flosfia.com/20180713/(参照2019-8-1).11)https://flosfia.com/20190108/(参照2019-8-1).

図5 ミストドライ®法による高品質セラミックス薄膜

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