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12 アインシュタインの特殊相対性理論,一般相対性理論 アインシュタインの相対性理論については,一般的な科学的解説から専門書まで数多くの名著が出版されている. 明確な科学的,論理的思索,波乱と逆境の人生を生きたアインシュタインという科学者と人間性豊かな人柄と共に, 人間らしさを踏みにじる政治的,派閥的権威に反抗するヒューマニズム(人道主義)の精神に,親しさと感動を受け る.科学の面白さと人生の生き方について,多くの人々を感動させている. アインシュタインは,原子の世界の力学(量子力学)から,巨視的な日常生活における時間と空間の中における力 学,熱力学,さらに宇宙物理学に多大な影響を与えた物理学者の一人である.科学的な原理と理論,人間の科学的知 識が人間社会と私達の思考,思索に大きな影響を与えることを強烈に印象付けた. 縦,横,高さの 3 方向からなる私たちの空間を 3 次元空間という.日常の生活空間として,空気のように当然,そ こに存在するものと考えている.私たちの生活空間が,家や町,村などの小さな範囲に限られているならば何の疑問 も起こらないであろうが,地球や月,太陽系などと考える範囲が広がっていくと,空気の存在も空間の問題も当然で はなく,新しく考え直すことが必要となってくる.空間,時間,そこに存在する物体,物質などが,人間存在を考え る問題として,文学や哲学,芸術のテーマだけでなく,科学的問題としても現れることに感銘を受けるであろう. 時間に対しても,時間と空間は独立した関係のないものとする考え方に慣れている.木の上にある木の実や物体が, 下に落下するなどの常識的なことを理解していないと生活や命が危うくなり生きていくことはできない.慣れるとい うことが生きていくために基礎的に大切なことだからである.社会生活が安定して人々が自由に考えるようになり, 必要な実験的,観察事実が積み上がっていくとき,ニュートンやアインシュタインのような先見者 (seers) が出現す るのであろう.しかし,それが何時,どのように起こるのかは誰も予想がつかない. 時間と空間は独立したものではなくて,それらは切り離すことができない時空という連続したものであるという性 質が,アインシュタイン,H. ローレンツ,J. ラーモア,マイケルソンとモーリー等の理論,実験物理学者等により明 らかにされていくのである.その帰結として,特殊相対性理論が完成して,一般相対性理論,相対論的量子力学など が発展して行くことになる. 科学は,日常の常識や‘社会的常識’で凝り固まった人間の思考に,覚醒と感動を与えるものである.科学者は,そ のことを誇りにするべきである.そして,科学を理解するための障害となる社会的,心理的要因 (§ 9.10)で説明し たように,真理を阻害するセクショナリズムや権威主義に対抗する精神と誠実さを決して忘れてはならない.この精 神は,アインシュタインの生き方にも見受けられる性格である.アインシュタインという科学者の人間性と個性は, 彼の人生経験,社会背景とも関係しているものであろう.そこで,相対性理論について解説する前に,少し彼の人間 性や人生経験について調べてみることは,相対性理論が生まれ出る理由の理解に少し役立つであろうと思われる. 12.1 アルバート・アインシュタイン 1879 年,3 14 日,南ドイツのウルムに生まれた.1880 年,一家はミュンヘンに移り,父親がそこで事業を始め たので,アインシュタインは幼・少年期を同地で過ごしている.口をきくのが 3 歳と遅く,内気なため厳格な学校教 育になじめなかった.しかし,5 歳の頃には父親からもらった磁気コンパスを見て,方位磁針が北極と南極を指すよ うに動く様子を見て,目に見えない力が針を動かすという事実に非常に感動したことが伝えられている.父や伯父の 影響で自然への好奇心や,高度な数学に興味をもつようになり,12 歳ごろにはユークリッド幾何学の論理の明快さに 感銘を受けて独習して,16 歳ころには微分積分を理解して自然科学書を読んでいた. 1

アインシュタインの特殊相対性理論,一般相対性理論 · アインシュタインの相対性理論については,一般的な科学的解説から専門書まで数多くの名著が出版されている.

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Page 1: アインシュタインの特殊相対性理論,一般相対性理論 · アインシュタインの相対性理論については,一般的な科学的解説から専門書まで数多くの名著が出版されている.

12 アインシュタインの特殊相対性理論,一般相対性理論

アインシュタインの相対性理論については,一般的な科学的解説から専門書まで数多くの名著が出版されている.

明確な科学的,論理的思索,波乱と逆境の人生を生きたアインシュタインという科学者と人間性豊かな人柄と共に,

人間らしさを踏みにじる政治的,派閥的権威に反抗するヒューマニズム(人道主義)の精神に,親しさと感動を受け

る.科学の面白さと人生の生き方について,多くの人々を感動させている.

アインシュタインは,原子の世界の力学(量子力学)から,巨視的な日常生活における時間と空間の中における力

学,熱力学,さらに宇宙物理学に多大な影響を与えた物理学者の一人である.科学的な原理と理論,人間の科学的知

識が人間社会と私達の思考,思索に大きな影響を与えることを強烈に印象付けた.

縦,横,高さの 3方向からなる私たちの空間を 3次元空間という.日常の生活空間として,空気のように当然,そ

こに存在するものと考えている.私たちの生活空間が,家や町,村などの小さな範囲に限られているならば何の疑問

も起こらないであろうが,地球や月,太陽系などと考える範囲が広がっていくと,空気の存在も空間の問題も当然で

はなく,新しく考え直すことが必要となってくる.空間,時間,そこに存在する物体,物質などが,人間存在を考え

る問題として,文学や哲学,芸術のテーマだけでなく,科学的問題としても現れることに感銘を受けるであろう.

時間に対しても,時間と空間は独立した関係のないものとする考え方に慣れている.木の上にある木の実や物体が,

下に落下するなどの常識的なことを理解していないと生活や命が危うくなり生きていくことはできない.慣れるとい

うことが生きていくために基礎的に大切なことだからである.社会生活が安定して人々が自由に考えるようになり,

必要な実験的,観察事実が積み上がっていくとき,ニュートンやアインシュタインのような先見者 (seers)が出現す

るのであろう.しかし,それが何時,どのように起こるのかは誰も予想がつかない.

時間と空間は独立したものではなくて,それらは切り離すことができない時空という連続したものであるという性

質が,アインシュタイン,H. ローレンツ,J. ラーモア,マイケルソンとモーリー等の理論,実験物理学者等により明

らかにされていくのである.その帰結として,特殊相対性理論が完成して,一般相対性理論,相対論的量子力学など

が発展して行くことになる.

科学は,日常の常識や‘社会的常識’で凝り固まった人間の思考に,覚醒と感動を与えるものである.科学者は,そ

のことを誇りにするべきである.そして,科学を理解するための障害となる社会的,心理的要因 (§ 9.10)で説明し

たように,真理を阻害するセクショナリズムや権威主義に対抗する精神と誠実さを決して忘れてはならない.この精

神は,アインシュタインの生き方にも見受けられる性格である.アインシュタインという科学者の人間性と個性は,

彼の人生経験,社会背景とも関係しているものであろう.そこで,相対性理論について解説する前に,少し彼の人間

性や人生経験について調べてみることは,相対性理論が生まれ出る理由の理解に少し役立つであろうと思われる. 

12.1 アルバート・アインシュタイン

1879年,3月 14日,南ドイツのウルムに生まれた.1880年,一家はミュンヘンに移り,父親がそこで事業を始め

たので,アインシュタインは幼・少年期を同地で過ごしている.口をきくのが 3歳と遅く,内気なため厳格な学校教

育になじめなかった.しかし,5歳の頃には父親からもらった磁気コンパスを見て,方位磁針が北極と南極を指すよ

うに動く様子を見て,目に見えない力が針を動かすという事実に非常に感動したことが伝えられている.父や伯父の

影響で自然への好奇心や,高度な数学に興味をもつようになり,12歳ごろにはユークリッド幾何学の論理の明快さに

感銘を受けて独習して,16歳ころには微分積分を理解して自然科学書を読んでいた.

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学校での画一的な授業を嫌っていたため,歴史,地理,語学の単位が得られなかった.その 15歳の頃,父の会社が

倒産した.ギムナジウムを卒業する必要から,アインシュタインはミュンヘンに残ることになり,一家はアインシュ

タインをミュンヘンにおいて,イタリアのミラノに移った.しかし,軍国主義的な校風と教育に逆らい,翌 1895年,

ギムナジウムを退学して,ミラノの家族のもとへ向かった.両親の勧めで教育を受け直すことに決めて,同年秋,ス

イスのチューリヒにあるスイス連邦工科大学の入学試験を受験したが不合格となっている.

しかしアーラウのギムナジウムに通うことを条件に,翌年度の入学資格を得られることになった.アーラウの学校

の校風はある程度自由が保障されており,アインシュタインは,翌 96年に連邦工科大学に入学している.アインシュ

タインの興味は数学から物理学へと移り,しばしば授業を休んで実験室で興味のある実験に熱中したり,下宿で物理

学の本をよんだり,気晴らしにバイオリンの演奏を楽しんだりしていた.1900年に同級生からノートを借りるなどし

て卒業試験を突破したが,担任教授の評価が得られず大学に助手として残ることはできなかった.卒業後の 2年間を

家庭教師や代理の数学教師としてやりくりし,1902年に友人の父親の口利きで,ベルンのスイス特許局の特許審査技

師の職についた.

図 1 アインシュタイン: ドイツ生まれのアメリカ

人物理学者,アルバート・アインシュタインは,相対

性理論の概要を記した著書を 1905 年に発表したが,

科学界ではほとんど注目されなかった.また,彼は平

和主義者としても活動している.湯川秀樹らととも

に,世界連邦運動にも積極的に取り組んだ.

宇宙や自然に対する驚異の念と,それを理解しようと

する好奇心を持っていたけれども,機械的な暗記は苦手で

あり,大学でも目立たない学生であったらしい.そして,

大学は出たけれども就職先が見当たらず,友人の父親の

口利きで,スイス特許局の申請検査官の職にようやくあ

りついたが,彼がこの特許局に就職できたことは,人類に

とって幸運な出来事であったことになる.アインシュタ

インは,この特許局での仕事の余暇を利用して,特殊相対

性理論を発見するのである.アインシュタインの仕事は,

一線の研究所,大学で成し遂げられたのではない.面白

いことに,アインシュタインは物理学の教育や研究で報

酬をもらうのは少々やましいことだと考えていて,物理

学者は灯台守や鉛管工のような単純労働で暮らしを立て,

その余暇に物理の研究をするのが良いという考えであっ

たらしい.

このような彼の考え方や直感は,現代の数百人態勢で

科学を行うビッグサイエンス,数十人の科学者がグルー

プを組んで行う科学に,何らかの直感的な危険性を感じていたのであろうと思われる.彼の個性や人格から来るであ

ろう直感的な警告は,複雑化した現代社会と現代科学の役割において重要な問題として現れている.多数の研究者で

構成される研究グループにより,(科学的というより政治的に)研究費が抑えられて,研究論文のデータに不正があり

ながら真偽の検査機能が働かないことがビッグサイエンス,数十人の科学者がグループを組んで行う科学に顕著に現

れている(51論文の不正論文 (東大)の取り下げ 12月 27日 2013年,朝日新聞).このような事例は,氷山の一角で

ある.

1903年に,大学時代の同級生ミレーバ・マリチと結婚し 2人の息子ができたが,後のベルリンとスイスの二重生活

が原因となって,1919年に離婚に至り,同年,夫に先だたれた従兄のエルザと再婚した.1905年,分子の大きさの

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新しい測定法についての論文で,チューリヒ大学から博士号を得ている.また,この年には,20世紀の物理学の発展

に寄与することになる重要な 3つの論文を発表している.その第 1論文は,気体と液体中で不規則に動く微粒子のブ

ラウン運動についての論文で,分子の実在を説くこの理論は後に実験によって確認された.

第 2論文は,光電効果に関するもので,光の粒子性(光量子説)を主張するこの理論は,従来の波動説を覆す革命

的なものである.光のエネルギーは,光量子とよぶ光の振動数に比例した単位量をもつ粒子によって運ばれ,エネル

ギーは E = hνで表わされる.ここで hはプランクの定数,νは光の振動数である.光を光量子という粒子として

考える提案は,光は波動として振る舞い,そのエネルギーは連続的に変化するものと考えてきた当時の研究者等に受

け入れられなかった.しかし,10年後,実際にアメリカの物理学者ミリカンが,E = hνの式を実験で実証した.

ミリカンは真空中の陰極に光を当てて光電効果を起こし,そ

の時に陰極,陽極間に流れる電流を測定している.光電効果を

起こす物質に於いては,陰極,陽極間の電圧と光電子の運動エネ

ルギーの関係に次のような関係式を仮定して実験的に検証する

と共に,プランク定数を実験的に求めた.光電効果の関係式は,

光電子の運動エネルギーを Ek,電界が電子にする仕事を eV0,

光電効果を示す物質の仕事関数 (電子がその物質を飛び出すのに

必要な最小のエネルギーで物質特有のエネルギー関数) を W と

すると,

V0 =h

eν − W

e,

と与えられる. この V0 を正確に定義されたスペクトルの照射光の振動数 ν に対して測定してグラフとして描き,そ

のグラフの傾き(h/e)からプランク定数を求めている.ミリカンは光電効果からプランク定数を,h = 6.56 × 10−34

Js と求めた.独立に黒体輻射の実験から求められたプランク定数は, h = 6.558 × 10−34 Js となりほぼ一致してい

ることが示された.

1905年の第 3論文,「動体の電気力学について」が,特殊相対性理論として知られる内容を含んだものである.ア

インシュタインは,物理の法則はすべての慣性系で同じでなければならないという相対性原理(ローレンツ共変性)

と,真空での光の速度はどのような系でも一定であるという光速度不変の原理に基づく理論を提唱した.この 2つの

原理により,アインシュタインは,物質と電磁波の性質と相互作用について,異なる慣性系で起こった出来事につい

て矛盾の無い説明を与えることができた.そのことにより,時間と空間が独立したものではなく,時空という関係を

持ち,速度に依存した時間の遅れやアインシュタインのエネルギー公式が導かれた.1907年,有名な式 E = mc2 を

発表して,科学の分野だけでなく,相対性原理の深い思索が,哲学など,広い分野に多大な影響を与えた.*1

*1 アインシュタインの自伝,特殊相対性理論,一般相対性理論では,一般的な読み物から専門書まで,多くの本が出版されている.いくつかを紹介しておく.1. 科学の世紀を開いた人々,上・下,Newton Press,1999. 多くの分野の科学者の仕事について,要点を分かりやすく説明している.2. アルバート・アインシュタイン,「現代の科学II」,湯川 秀樹,井上 健 編集,中央公論社 1970.  アインシュタインの特殊相対論,

20世紀の物理学,歴史的な背景と社会,軍事に利用された科学と科学者達の平和運動などを詳細に知ることができる.3. はじめて学ぶ 物理学,阿部 龍蔵 著,サイエンス社,2006年.文科系学生のための物理学書.高校数学IIで学ぶ,微分積分の初歩だ

けでも理解していると読みやすい.4. 相対論的宇宙論,佐藤 文隆,松田 卓也 著,ブルーバックス,2003. ブルーバックスのシリーズには,相対論に関する本が多数出版

されている.相対論と宇宙論に関する話題が分かりやすく解説されている.理学系学生や,その他の科学系研究者の参考書も多数出版されている.5. 相対性理論,江沢 洋著,裳華房,2008年. 大学理系学部の学生に適している,特殊相対性理論と一般相対性理論への入門書.6. 一般相対性理論,内山 龍雄著,裳華房,1978年.物理学科の学生,大学院生に適した専門書.

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12.2 特殊相対性理論

電磁気学と光学(電磁波)についての法則が,力学の方程式が成り立つようなすべての座標系(慣性系)に対して

成り立つということと,光(電磁波)は真空中を,光源の運動状態に関係なく一定の速度 c で伝わっていくという仮

定が,特殊相対性理論の根本原理である.

特殊相対性理論の全体は,数編の論文により議論されている.この理論を‘特殊’と呼ぶのは,後に発表されるこ

とになる一般相対性理論と異なり,慣性系(外部から力が働いていないとみなせる物理系)にのみ言及していること

による.この特殊相対性理論の発表から 10年後にアインシュタインは,重力を含む一般的な座標系の理論である「一

般相対性理論」を発表することになる.

物体の速度が真空中の光の速度と比較できる程大きい場合,Newton 力学では不都合なことが生ずる.特に,

Newton力学では,時間 t の進む速さは,どの観測者にとっても同じであり,絶対的な時間が仮定されている.しか

し,Einsteinは,そのような絶対時間を仮定すると,矛盾が生じることを示した.

特殊相対論の仮定は次の 2つである.

1. 互いに等速度で運動する物理系に於いては(慣性系),力学,及び光学のあらゆる法則はどの慣性系においても

同じ形で成立する(相対性原理).

2. 真空中の光の速さは光源の運動状態に無関係に一定である(光速不変の原理).

上述の仮定だけから,特殊相対性理論の性質が導かれていく.それでは,ニュートン力学により良く表わされる,日

常の運動に直感的な矛盾が生じることを考えてみよう.

最初に図 3 のような大きな部屋の中にいて,光の信号

の伝わり方を実験しているとする.部屋の大きさは,縦

と横が C(3.0 × 108) m (光が 1 秒間に進む距離)とす

る. 部屋の左端に光を発信する信号機械があり,右端に

は信号を受信する機械として鏡があるとする.部屋にい

る観測者は発信器から出た光が,1秒後に受信機に到達す

ることを確認するという実験である.

部屋の中にいる観測者の立場に立って光信号を観測す

ると,光の速度は一定であるので,1秒後に光の信号が受

信機である鏡に到達することは,常識的に考えて何の疑

問もないであろう.

それでは次の図 4のように,部屋の中にいる観測者は,

実は,宇宙を飛ぶ宇宙船の中にいて光信号を見ていたとする場合を考える.宇宙船の中でも光信号は,部屋の中にい

た場合と同様であることには,現代の人々は直感的に理解するであろう.つまり,宇宙船の中にいるのか,部屋の中

にいるのかを,部屋の中だけを見て区別することはできない.望遠鏡で詳しく太陽系を確認できないときは,太陽が

地球の周りを回っているのか,地球が太陽の周りを回っているのか誰も区別することはできないことから経験的に理

解できる.

7. P.A.M. Dirac, General Theory of Relativity, John Wiley & Sons, (1975); 一般相対性理論,江沢 洋 訳,東京図書 (1977). 大学院生,研究者に適した専門書で,宇宙物理学への入門書,教科書といえる名著である.

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ここで,地球に別の観測者がいて,宇宙

船の中の実験を確認することを考えてみよ

う.宇宙船は,地球の観測者から見て,速

度 V で地球のすぐ近くを飛んでいるとす

る.よって,光信号が出た瞬間,地球の観

測者も同時に測定を開始する.宇宙船の中

にいる観測者の場合と,地球上にいて宇宙

船の中の同じ実験を地球から見た場合につ

いて,それぞれの立場から考えることが必

要である.

同じ現象を観測しているのであるから,

物理の法則はすべて同じ形式で成立すると

いう仮定(相対性原理)より,図 3 の部屋

の中の観測者と同じ結果を得ることが予想される.宇宙船の中の観測者にとっては,図 3で説明したことと何も異な

ることはないので,宇宙船の観測者の結論は,「光信号は,右側の鏡(受信機)に 1秒後に到達した」となる.

次に,地球上で実験を見ている立場になっ

て考える.地球上の観測者から宇宙船の光

信号の実験を見ると,光は受信機の方向に進

んでいくのであるが,宇宙船が速度 V で飛

んでいるので,受信機は 1秒後には,V × 1

m だけ前方に進んでいることになる.よっ

て,1秒後には,「光は元の受信機のあった

ところまで進んでいるが,受信機は,V × 1

m だけ前方に進んでいるから,光は受信機

に到達していない」という結論になる.

以上の宇宙船と地球上の観測者の実験結

果は,1 秒後の光信号の現象についての結

論であるが,物理的に 1 秒後の 1 つの結果

に対して,実験をしている人の立場により,

「光は受信機に到達した」,「光は受信機に到達していない」という異なる結論,矛盾した結論が得られることになる.

上述の結論は,宇宙船と地球の人にとっては同じ 1秒後の結論である.よって,この実験から導かれる推論として

は,どの観測者にも共通な絶対的時間という考え方は誤りであるとするものであろう.以上の簡単な思考実験から,

光の速度や光が 1秒間に進む距離という大きさ,スケールでは私達の日常の常識と異なることが起こることが理解で

きるであろう.

12.3 空間の移動と時間,ガリレイ変換とローレンツ変換

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空間の移動(座標変換)による運動法則を考える.図 6

にあるように,二つの直角座標 S(x, y, z), S(x′, y′, z′) を

導入する.座標系の x 軸は一致していて,x 軸方向に相

対速度 V で等速運動している.また,t = 0 のとき,両

方の座標系は原点で一致していたとする.すなわち,

x′ = x− V t , y′ = y , z′ = z (12.1)

であるとする.時間については,古典力学に観点から絶

対時間として,t = t′ (12.2)

となる.関係式 (12.1) と (12.2) は特にガリレイ変換という.次の定理が成立する.

[定理] 関係式 (12.1) と (12.2) による座標変換では,ニュートン力学の方程式は不変である.

(証明)

ニュートンの運動方程式は,F = ma であり,議論を少し簡単化して x 成分だけを考えて微分方程式で表わすと,

Fx = md2x

dt2(12.3)

となる.式 (12.1) より,x = x′ + V t であるから,時間 t で微分すると,

dx

dt=

dx′

dt+ V , となるので, Vx = Vx′ + V (12.4)

と表わされる.式 (12.4) は,日常的に経験する速度合成則である.時速 80で走る車にとっては,時速 100で走る車

は,時速 20で走っているように見えることなどは,日常生活で良く経験することである.すなわち,系Sにおける物

体の運動は,系S’から見ると,S’における速度に相対的な運動速度 V を加えたものとなる.さらに時間で微分し

て加速度を求めると,d2x

dt2=

d2x′

dt2(12.5)

となるので,ニュートンの運動方程式は,ガリレイ返還によって不変であることになる.すなわち,

F ′x = Fx , であり, F ′

x = md2x′

dt2(12.6)

となる.

このガリレイ変換の結果は,アインシュタインの仮定 1と一致しているが,絶対時間 (12.2) が仮定されている.し

かし,絶対時間は,光速度不変の原理と矛盾している.例えば,S′ 系において,ある粒子が光の速さで飛んでいたと

すると,(12.4) により,S 系から同じ粒子を観測すると,Vx = C + V となり,光の速度より速くなっていることに

なり,光速度不変の原理に矛盾する.このようなことが実際に起こるかどうか,実験により詳しく調べられた (マイ

ケルソン-モーレイの実験).その結論は,光は観測者のいる慣性系に関係なく,あらゆる方向に一定速度で伝播する

というものであった.

光があらゆる方向に一定の速さで進むとすると,光信号の伝わり方は x, y, z 座標の方向に一様に広がっていくこと

になる.よって,t 秒後の光信号の方程式を書くと,x2 + y2 + z2 = c2t2 となる.この式は,どの慣性系にいる観測

者にも同形式になっていなければならない.しかし,ガリレイ変換の式 (12.1) を光信号の式に代入すると同じ形式に

ならないことがすぐに確認される.つまり,x2 + y2 + z2 = c2t2 の形式が,S′ 系では,x′2 + y′2 + z′2 = c2t′2 でな

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ければならないが,そのようになっていない.すなわち,速度が光の速さに比較できる程の運動が関係すると,明ら

かに,仮定 1の相対性原理を破ることが分かる.

物理学者のローレンツやアインシュタインは,相対性理論の 2つの仮

定を満足して,ニュートン力学の運動方程式を光の速さに比較して非常

に小さいとき(v/c << 1)に満たす変換を見出した.この変換は,こ

れまで説明した電磁気学と古典力学間の矛盾を回避するために,物理学

者のラーモアとローレンツにより提案されていたもので,ローレンツ変

換と呼ばれている.

ここで,図 6 の関係にある系のローレンツ変換について考える.相

対速度 V で動く系 S, S′ に対して,相対性原理と光速度一定の要請を

満たす変換は,次のように与えられる.

x′ =x− V t√1− V 2

c2

, y′ = y , z′ = z , t′ =t− V x

c2√1− V 2

c2

. (12.7)

この変換の重要点は,1つの慣性系から他の慣性系へ移動するとき,空間座標の変換だけでなく,時間も変換する

ことを表わしている.つまり,時間の進み方が異なっていることが驚くべき結論である.式 (12.7) を逆に解いて,

x, y, z, t を x′, y′, z′, t′ で表わすと,物理的に予想されるように

x =x′ + V t′√1− V 2

c2

, y = y′ , z = z′ , t =t′ + V x′

c2√1− V 2

c2

, (12.8)

相対速度 V を −V とした結果を得る.

光速度一定の原理より光の速度が一定と仮定すると,慣性系 S と S′ において,x2 + y2 + z2 = c2t2 が成立して,

S′ 系に於いても x′2 + y′2 + z′2 = c2t′2 が成立しなければならない.式 (12.8)を x2 + y2 + z2 = c2t2 に代入すると,

方程式が同形式となっていることが直接に証明できる.

12.4 ローレンツ変換による速度合成定理

質点が x 軸上を運動するとして,相対速度 V で運動する座標系から観測したとき,速度がどのように表わされ

るのか,速度合成の規則を考える.このとき,注意すべきことは,S 系では,質点の運動が S 系の時間 t により

x(t), y(t), z(t) と表わされて,S′ 系では S′ 系の時間 t′ により, x′(t′), y′(t′), z′(t′) と表わされることである.すな

わち,S 系と S′ 系,それぞれの固有時間を t と t′ として区別しなければならない.

ローレンツ変換により,座標相互の関係式 (12.8) が厳密に定義されているので,速度変換の関係式が直接に求めら

れる.速度の厳密な定義は,それぞれの慣性系における位置座標を時間で微分することにより得ることができる.微

分の定義と合成関数の微分法を使う.S′ 系での速度を求めるために,式 (12.7) を t′ で微分する.

dx′

dt′=

dx

dt

dt

dt′− V

dt

dt′√1− V 2

c2

=vx

dt

dt′− V

dt

dt′√1− V 2

c2

, (12.9)

を得る.時間微分 dt/dt′ は,t′ を t で直接微分すると,

dt′

dt=

1− V⃗

c2dx⃗

dt√1− V 2

c2

=1− V⃗

c2v⃗x√

1− V 2

c2

, (12.10)

7

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となる.式 (12.10) を (12.9) に用いてまとめると,

vx′ =vx − V

1− v⃗x · V⃗c2

, (12.11)

を得る.この式は,x′ 系から見た粒子の速度 vx′ と x 系の粒子の速度 vx の関係を表わしている.この式を逆に解

いて,

vx =vx′ + V

1 +v⃗′x · V⃗c2

, (12.12)

を得る.この式は,x 系から見た粒子の速度 vx と x′ 系の粒子の速度 vx′ の関係を表わしている.両方の式は,相対

速度 V や粒子の速度が光の速度に比べて,非常に小さいとき (vxV/c2 << 1),普通に日常生活で使われる相対速度

の計算式に一致していることが分かる.

簡単な演習問題として,x′ 系において観測している粒子の速度が光の速度 vx′ = C とする.そして,x′ 系にたい

して,相対速度 V = C で運動している x 系から観測した粒子の速度 vx を計算してみよう.式 (12.12) を用いる.

速度 vx は光の速度 C と等しくなり,粒子の速度は光の速度を超えないことが確認される.

12.5 質量の速度依存性

速度合成則が,相対速度により変更を受けることが示されたが,速度,加速度を基本として構成されているニュー

トン力学において定義される他の物理量,運動量,エネルギー,質量などに対しても,重要な概念の改革,拡張が示

されることになる.

最初に,運動量保存則はローレンツ変換則により,どのような

変更を受けるか考える.速度合成則が変更されているので,運

動量保存則も何らかの変更を受けるであろうが,質量 m は速度

の変更を受けずに不変のままになるであろうか.直接に計算し

て調べてみる.

慣性系 S′ 系において,質量 m の 2個の球が x 軸上を +v′ と

−v′ で動いて衝突する場合を考える(図 8参照).完全衝突と仮

定して衝突した瞬間について運動量保存則の式を立てる.

慣性系 S 系から見た両球の運動を一般的に (m1, v1),(m2, v2)

とおく (当然,S′ 系において m1 = m2 である).衝突した瞬間

に於いては,

m1 +m2 = M (質量保存)

m1v1 +m2v2 = MV (運動量保存則),(12.13)

が成立する.衝突した瞬間では,S′ 系では静止しているので, S 系から見ると 衝突した瞬間では MV の運動量とな

る.ガリレイ変換では,上述の式から得られる結論は,m1 = m2, v1 = v2 = V である.

今回の場合,式 (12.13) に対して,速度合成法則 (12.12) を用いなければならない.速度 v1, v2 について書き下

すと,

v1 =v′ + V

1 +v′V

c2

, v2 =−v′ + V

1− v′V

c2

, (12.14)

8

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となる.式 (12.14) を 式 (12.13) の運動量保存の関係式に代入すると,

m1v′ + V

1 +v′V

c2

+m2−v′ + V

1− v′V

c2

= m1V +m2V ,

となり,この式を m1, m2 についてまとめると,

m1

m2=

1 +v′V

c2

1− v′V

c2

, (12.15)

を得る.質量がそれぞれの速度に依存していることが分かる.

式 (12.15) を 速度 v1 と v2 を用いて書き換える. (12.14) の式を

√1− v21

c2の式に代入すると,

√1− v21

c2=

√1− v′2

c2

√1− V 2

c2

1 +v′V

c2

, (12.16)

となる.同様に, (12.14) の v2 を用いると,

√1− v22

c2=

√1− v′2

c2

√1− V 2

c2

1 +v′V

c2

, (12.17)

の関係式を示すことができる. 式 (12.16) と (12.17) を質量の式 (12.15) に用いて整理すると,

m1

m2=

√1− v22

c2√1− v21

c2

, (12.18)

を得る.(12.18) 式より,質量 m1, m2 などが対応する v1, v2 で表わされることが分かる.相対論的な質量は,

m1 =定数√1− v21

c2

, (12.19)

という形式になっていることが分かる.速度 v1 = 0 (静止)のとき,m1 = m0 (静止質量)とすると,

m =m0√1− v2

c2

, (12.20)

という形式にかけることが分かる.この質量公式が良く知られた,ローレンツ・アインシュタイン公式である.

12.6 特殊相対性理論によるエネルギー公式

式 (12.20) より,質量が速度に依存しているので,質量も時間的に変化する.よって,ニュートンの運動方程式は,

F =d

dt(mv) =

dm

dtv +m

dv

dt, (12.21)

としなければならない.エネルギーの定義は,変位を dr と書くと,dW = F · dr で与えられる.(12.21) 式を用いる

と,エネルギーの微分について,

dW = F · dr =( d

dt(mv) =

dm

dtv +m

dv

dt

)dr

= mdr

dtdv + v

dr

dtdm = mv · dv + v · vdm

= mv · dv + v2dm ,

(12.22)

9

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を得る.この (12.21) 式は,エネルギーの微分を速度と質量の微分で表わした式である.質量 m は,速度の関数と

して,ローレンツ・アインシュタイン公式 (12.20) 式で表わされているので,微分 dm の部分を速度による微分に書

き換えることができる.ローレンツ・アインシュタイン公式を速度 v で微分すると,

dm =m0

v

c2(1− v2

c2

)3/2dv , (12.23)

となるので,(12.22) 式に代入すると,

dW =m0v(

1− v2

c2

)1/2dv +

m0v3

c2(1− v2

c2

)3/2dv =

m0v(1− v2

c2

)3/2dv , (12.24)

となる.(12.24) は速度 v に依存する力学的エネルギーを表わす.速度が 0 から v まで増加するときに獲得するエネ

ルギーは積分することにより得られる.積分を実行すると,

Wkin =

∫ v

0

m0v(1− v2

c2

)3/2dv =

[m0c

2(1− v2

c2

)1/2

]v0

=m0c

2(1− v2

c2

)1/2−m0c

2 , (12.25)

となる.この結果が,特殊相対論による力学的エネルギーの式である.ニュートン力学に於いて与えられる運動エネ

ルギーの式と異なる.粒子の速度が光速 c に比べて遅いとき,(v << c, または,v/c << 1)のときを比べる.

式 (12.25) の分母にあらわれる式を v/c << 1 の条件で近似的に展開する.(参照.((1+x)n ≈ 1+nx , x << 1

を用いる.)1(

1− v2

c2

)1/2=

(1− v2

c2

)−1/2

≈ 1 + (−1

2)(−v2

c2) +O(v4) + · · · = 1 +

1

2

v2

c2.

この近似式を (12.25) の結果に使うと,

Wkin ≈ m0c2(1 +

1

2

v2

c2)−m0c

2 =1

2m0v

2 , (12.26)

となって,ニュートン力学による運動エネルギーと一致する.ニュートンの運動エネルギーの式では,v = 0 では

Wkin = 0 である.しかし,アインシュタインが得た (12.25) 式では,速度 v = 0 において力学的エネルギーの差し

引きが 0 となっているのであり,v = 0 の運動エネルギーは 0 ではない.力学的エネルギーの他に,v = 0 におい

て,m0c2 というエネルギー(静止エネルギー)が存在することを示している.この静止エネルギーは,物体が運動し

ていなくても,その質量の分のエネルギー,すなわち,

E = m0c2 , (12.27)

というエネルギーが存在することを示している.一般的に,速度 v のときの相対論的な粒子のエネルギーは,(12.25)

式の結果の第 1項を

E = mc2 =m0c

2(1− v2

c2

)1/2, (12.28)

として与える.特に,v = 0 のときの静止エネルギーは m0c2 と表わす.逆に,粒子の速度 v が光の速度に近づくと

(v/c ∼ 1),分母が小さくなるため,質量 m が非常に大きくなる.つまり,光速に近づくためには大きなエネルギー

が必要であるが,そのエネルギーは粒子の質量を大きくする効果として現れることになる.この結果は,光に近い速

さを持つ粒子では,質量は重くなるというように表現される.

[運動量と運動方程式]

10

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ニュートンの運動方程式は,F = ma : 力=質量×加速度 として表現される.微分を使って加速度を表わすと,加

速度は粒子の位置の 2階時間微分 a = d2x/dt2 として表わされるが,相対論では質量が速度の関数となるので,この

運動の法則を少し変更した形式で一般的に表現しなければならない.

ニュートン力学では,最初に速度 v の定義(微分の定義)から始まる.質量 m は速度 v と関係のない定数である.

速度の微分として加速度が定義されるが,その前に重要な物理量として,運動量保存則を表わす量:運動量=質量×

速度 p = mv という物理量がある.この運動量の時間変化(微分)として,基本的な運動方程式は,

F = ma =dp

dt, (12.29)

と表現される.この運動量 p という変数を用いた運動方程式の表現 F = dp/dt は,力学の基本方程式として最も一

般的 (a generalized equation of motion)であるということが,力学の理論(解析力学)から理解されるようになる.

よって,粒子の運動量を p = mv と表わすと,質量 m に (12.25) 式を用いて,運動量は,

p =m0√1− v2

c2

v , (12.30)

と表わされる.さらに,粒子のエネルギーは (12.25) 式

E = mc2 =m0c

2√1− v2

c2

で与えられていたが,(12.30) 式の両辺を 2乗して,v2 を p2 について解き上式に代入すると,

E2 = m20c

4 + p2c2 , (12.31)

という相対論的一粒子エネルギーの式が得られる.エネルギーは正の数であると考えられるから,(12.31) 式から E

を表わすと,

E = ±c√m2

0c2 + p2 ,

となるが,正の量 E = c√m2

0c2 + p2 を一粒子エネルギーと考える.光のエネルギー(光子)では,光の質量は

m = 0 であるので,E光 = cp となる.この式が,光を含めて一般的に電磁波が持つエネルギーを表わす.

[質量とエネルギーの同等性,ウランの核分裂]

静止エネルギーが存在するという結果は,原子核物理学の分野で,原子核エネルギーの理論的,技術的研究を飛躍

的に発展させることになる.E = mc2 の式は,質量とエネルギーの同等性を意味する.質量はエネルギーに変換す

ると共に,エネルギーも質量に変換される.光速 (3.0 × 108 m) の 2乗という大きな値が質量にかかっているので,

E = mc2 の式の中の質量が,陽子や中性子等のように目に見えず非常に小さくても(約 1.674× 10−27 kg),原子核

の世界から,人類が想像できなかった膨大なエネルギーが生成されることを示しているのである.この結果が,第 10

章の原子核エネルギーを計算するときの基礎理論である.

ウランなどの放射性物質などから生成されるエネルギーは,原子核の質量における質量欠損という現象として知ら

れている.原子核全体の質量は,それを構成する陽子と中性子の静止質量の合計よりも少し小さくなっている.その

質量欠損を δm とおくと,E = δm× c2 のエネルギーが放出されたことになるのである.

ウランの核分裂について,質量欠損と放出されたエネルギーを計算してみる*2.ウランの核分裂でパラジウム Pd

ができることは,仁科芳雄のグループにより世界で初めて発見された.

n+ 23592U −→ 211746Pd + 2n .

*2 前掲著:相対性理論,江沢 洋著,裳華房,2008年,pp109-113 参照

11

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この反応で,中性子のエネルギーは無視して,左辺のウラン 23592U と,右辺の 2個のパラジウム 117

46Pd の結合エネル

ギーを比べて,放出されるエネルギーの大まかな量を計算する.

ウラン 23592U の 1 核子あたりの結合エネルギーは測定値表を利用して,核子の数 A = 235 で割って求める(エネル

ギー単位については第 10章の説明参照).ウランの 1核子あたりのエネルギーは,7.60 MeV であるから,

23592Uの結合エネルギー = 7.60× 235 MeV = 1786 MeV .

パラジウムの 1核子あたりのエネルギーは,8.52 MeV で,

11746Pdの結合エネルギー  = 8.52× 117 MeV = 997 MeV .

となる.よって,結合エネルギーの差をとると,

∆E = 2× 997− 1786 = 208 MeV .

となり,208 MeV のエネルギーが放出されることがわかる.この反応過程が,図 9のように2つの荷電球に分裂し

たと考えてみる.

そして,2 つの荷電球を Pd の原子核として考えて,大まかなエネ

ルギー変化を計算する.原子核の半径は核子数 A を用いて,およそ

1.20× 10−15A1/3 m と表わされることを使う.パラジウム 11746Pd の半

径は,r = 1.20× 10−15 × (117)1/3 = 5.9× 10−15 m ,

となる.電荷 46e の 2つの球が図 9のように接触しているときの位置

エネルギー U は,

U =1

4πϵ0

(46e)2

2r=

1

4π8.9× 10−12 C2/(N ·m2)

(46× 1.60× 10−19 C)2

2× 5.9× 10−15 m

= 4.1× 10−11 J(ジュール)= 260 MeV ,

(12.32)

となる.2球の運動エネルギーや電磁エネルギーなどの分を差し引いて考えると,この結果は,質量欠損で計算した

値 ∆E = 208 MeV にほぼ等しい.ウランの核分裂により放射されるエネルギーは,質量欠損によって起こると考え

られる.ウランの質量欠損 ∆m の分が ∆E = ∆mc2 として,原子核からのエネルギーとして放出されるのである.

非常に簡単化した議論であるが,エネルギーと質量の同等性が良く理解されるであろう.

ある放射性原子 の質量 δm = 1 g が原子力機関によって,完全にエネルギーに変換されたとして,どれだけのエネ

ルギーとなるか概算してみると,

E = mc2 = 1× 32 × 1016 ジュール = 2.5× 107 kwH(キロワット時) = 2500万 kwH ,

という莫大なエネルギーとなる.2009年の日本全体の年間総電力量は,約 1億 kwHであるので,1g の質量で,日

本全体の年間総電力量の 1/4 のエネルギーを取り出すことができることになる.しかしながら,原子力エネルギーの

章で説明したように,原子力の膨大なエネルギーをコントロールすることは技術的に困難である.将来,多くの科学

者の努力により,問題が科学的に明確に解決されることが期待される.

12.7 相対論的な長さの測定と時間の測定

特殊相対論は,これまで説明したように速度,エネルギー等に関して革新的な結果を示すが,光速で運動する物体

の時間は遅れることや,物体の長さが縮むこと,相対的な物の考え方などが,科学だけでなく自然観や思索に大きな

影響を及ぼす.

12

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光速で運動する物体の長さや時間が縮んだり,遅れたりする現象について考える.物体が観測者に対して静止して

いるならば,物体の長さを決定するということは,その物体の空間座標を測定して,その差を計算することにより厳

密に決めることができる.物体が,観測者に対して静止しているときに決定された長さを静止長さ,または,固有長

(proper length)という.

物体が運動しているときはどうであろうか? 最初に,物体の両端の

空間座標を同時に決定しなければならないと思うであろう.しかし,座

標と同様に,時間が相対的に観測者により決まるので,同時という概念

は使えない.ローレンツ変換の式 (12.7) を使用しなければならない.

静止している S 系の観測者は,棒の長さを座標 xA と xB の差とし

て決定する.ローレンツ変換の式を使うと,

xB − xA =(x′

B − x′A) + v(t′B − t′A)(1− v2

c2

)1/2, (12.33)

を得る.棒は S 系では静止しているから,棒の長さは,S 系では同時に決定できて,L0 = xA − xB (固有の長さ)で

ある.この棒の測定に対して,相対速度 v で運動している S′ 系の観測者は,L = x′A − x′

B として棒の長さを S′ 系

の時間で同時 t′B − t′A = 0 に決定することができる.

従って, S 系で決定された棒の長さ L0 と S′ 系で決定された棒の長さ L は,

L0 =L(

1− v2

c2

)1/2, (12.34)

 となっていることが分かる.(1− v2

c2 )1/2 < 1であるから,S 系にいる観測者からみると,L0 > L0(1− v2

c2 )1/2 = Lと

なって,S 系にいる観測者は,S′ 系の長さが短くなっているという結果を出す.この結果をローレンツ-Fitzgerrald

収縮という.

[例題] 簡単な例として,宇宙船A,Bが互いに近づきすれ違う場合を考えてみる.宇宙船Aの観測者が,宇宙船

Bにある 1mのものさしを観測して測ったとき,0.8 m となっていることが分かったとする.このとき,宇宙船Aか

ら見た,宇宙船Bの速度はどのくらいとなるか.

この場合,L = 0.8m, L0 = 1 m の場合,相対速度 v はいくらになっているかという問題であるから,L/L0 =

0.8 =√1− v2/c2 の両辺を 2乗して,v を求めると,v = 0.6c.光速度の 0.6倍の速度となることが分かる.

次に時間の遅れについて考える.

これまでの議論と同様に,S 系の観測者が,2つの事象 A, B(例えば,光の信号の点滅など)を同一の場所で観測

したとする.これらの 2つの事象の間隔は,その系の時計によって決定される.この時間の間隔は,

tB − tA = ∆t0 , (12.35)

と決定される.S′ 系の観測者も同一の場所で起こる事象 A, B を観測したとすると,これらの 2つの事象の時間間隔

は,S′ 系の時間によって決定される.よって,時間間隔 (proper time interval)は,

t′B − t′A = ∆t′ , (12.36)

となる. (12.7) 式より,時間のローレンツ変換の 2つの式の差をとると,

∆t0 =∆t′0 −

v

c2(x′

B − x′A)(

1− v2

c2

)1/2, (12.37)

13

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を得る.S′ 系の観測者は,2つの事象が同一の場所で起こったものであることを確認できるので,x′B − x′

A = 0 であ

る.従って,

∆t0 =∆t′(

1− v2

c2

)1/2, (12.38)

となる.(1− v2

c2 )1/2 < 1 であるから,∆t0 > ∆t0(1− v2

c2 )1/2 = ∆t′ となるので,S, S′ 系の時間間隔,1秒などの間

隔は等しくないことが分かる.S′ 系は S 系に対して,相対速度 v で動いているとして考えている. (12.38) 式の結

果は,光速に近い速度で運動している物体の時間は遅れることを意味している.

例えば,地球から出発して相対速度が光の 60%, v = 0.6c で飛 んでいる宇宙船を考える.地球では ∆t0 = 100 日

の時間が経過したとき,宇宙船の中では,100× (1− (0.6c)2

c2 )1/2 = 100× 0.8 = 80 日しか経過していないことになる

のである.このような時間遅れの効果は,宇宙船で宇宙に出た旅行者が地球に帰ってきたとき,地球では何百年も時

間が経過していたというSF映画などで紹介されている.この時間効果を浦島効果ともいう.

第 11章の放射性元素の崩壊で説明したように,放射性元素は一定の半減期を持ち崩壊する.また,多くの粒子は

(µ 粒子,中間子,ハイペロンなど)は一定の半減期で崩壊する.宇宙から地球に降り注ぐ宇宙線には,光の速度に比

較できる程の速度を持った粒子がある.その宇宙線を調べて走る素粒子の寿命が延びていることを最初に観測したの

は,B. Rossi であった*3.Rossi は山の上に降ってくる素粒子(µ粒子)の数,N1 と地上で観測される粒子数 N2 を

測定して,N1/N2 のデータから素粒子の寿命の伸びを考慮して,素粒子の固有寿命を決定した.その結果は,素粒子

実験で正確に測定された値と良く一致していたのである.

[質問箱]

相対論的な効果として,光の速度に近い速さで運動している系の中では,時間が遅れて,長さが短くなることを説

明してきた.ここで,これまでのことを少し考え直して見よう.相対論的効果は,科学の実験だけでなく,身近な応

用として現代では,(Global Positioning System, GPS)全地球測位システム(地球上の現在位置を精密に測定する

ためのシステム)がある.また,正確な位置決定のためにカーナビゲーションにも利用されている.他にも船舶や航

空機の航法支援や測量などに用いられている.

ところで,速度の決定は観測者に任せられていて,観測者は相対論的なものの見方をするならば,相手の宇宙船が

速度 v で近づいているのか,自分の宇宙船が速度 v で近づいているのか,区別できるであろうかということを考えて

みよう.区別できるならば問題はないが,区別できないならば,どちらの時間が遅れるのか分からなくなってしまう

ことになる.

宇宙船同士が互いに離れていくとき,速度が増加していったとする.加速している宇宙船はどちらか,どのように

区別できるであろうか? この問題は,特殊相対性理論関係の専門書では議論されているもので,物理的内容は深い

ものである.車を運転してアクセルを踏んで加速しているときに,運転者は座席に押しつけられるような,見かけの

力を受けることは経験的に知っているであろう.加速している宇宙船は,加速度による (床に押し付けられるような)

見かけの力を観測するであろう.加速していない方は,加速している宇宙船に対して静止している系とみなす.この

見かけの力を観測するかしないかが,時間の遅れを区別する物理的理由となると考えられるのである(詳しい議論を

知りたい人は,特殊相対性理論,一般相対性理論の専門書を参照).

[質問箱 2]

相対論的効果は,宇宙における銀河や星などの,長さや時間, 質量のサイズに関係した現象を考える場合,重要な

*3 相対性理論,江沢 洋著,裳華房,2008年.pp39-41 に詳しい解説がある

14

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効果として現れる.ところで,その逆の原子核などのサイズの現象を考える場合はどうであろうか? 原子核の中で

は,陽子,中性子などの核子は,光の速度の何% 程度で運動しているのであろうか? この問題は,原子核物理にお

いて,どれ程の相対論的効果を考えなければならないかという問題のことであり,原子核物理の重要な問題の 1つで

ある*4.また,太陽などの恒星のエネルギーや超新星爆発などの膨大なエネルギーの源は原子核のエネルギーである.

原子核物理学と宇宙物理学の微視的世界と巨視的世界は,エネルギーという点で非常に強く関係している*5.宇宙の

ような大きな世界の現象とと原子核の小さな世界の現象は,強く結び付いている.科学の世界は興味深いものである.

12.8 電磁場の荷電粒子に対する相対論的効果

第 10章で粒子加速器(サイクロトロン,シンクロトロンなど)を紹介したが,高速で運動する粒子に対する相対論

的効果について説明する.このセクションの話題は少し高度になるが,興味ある話題として紹介する (微分方程式や

ベクトル解析などの基礎的な知識を必要とするので,その分野を学んでいない場合は,この章を省略しても良い).

電荷 qを持つ粒子が磁束密度 B の磁場の中に速度 vで入射するとき,粒子に働く力は次のベクトル積,F = q(v×B)

で与えられる(電磁場の章を参照).z 軸方向に時間的に一定の一様な磁場 B があるとして,入射する質量 m の荷

電粒子の運動を考える.運動方程式は,(12.29) 式より (ベクトル成分を x, y, z で表わす),

d

dt

m0vx√1− v2

c2

= qBvy

d

dt

m0vy√1− v2

c2

= −qBvx

d

dt

m0vz√1− v2

c2

= 0 ,

(12.39)

となる.ただし,速度は v =√

v2x + v2y + v2z である.

(12.39) 式は,速度 vx, vy, vz に対する非線形連立微分方程式である.直接に解こうとすると困難であるが,物理的

な直感が利用できると解をうまく求めることができる.(12.39) 式は,速度 vx, vy, vz 時間的に変化することを表わし

ているが,全体としての速度 v =√

v2x + v2y + v2z は一定であることが,計算で証明できる.物理的に説明すると,磁

場は粒子の進行方向を変えて z 軸の周りに一定半径の回転運動を引き起こそうとするが,今の場合,角運動量が保存

されているので.結果として,速度 v が一定であることが示される.速度 v が一定である事実を使うと,(12.39) 式

の問題は,非常に簡単化され,物理的に理解されやすくなる.

速度 v =一定 であることの説明をしておく.

次の,分数型関数の微分を実行して書くと,

d

dt

v√1− v2

c2

=

1

v(vx

dvxdt

+ vydvydt

+ vzdvzdt

)√1− v2

c2

+ vd

dt

1√1− v2

c2

, (12.40)

*4 Brian. D. Serot and John. D. Walecka, Advances in Nuclear Physics, edited by J. W. Negele and E. Vogt (Plenum, New

York, 1986), Vol. 16.

Hiroshi Uechi, Nucl. Phys. A501 (1989) 813; Hiroshi Uechi, Phys. Rev. C41 (1990) 744.*5 Hiroshi Uechi, Schun. T. Uechi and Brian D. Serot Neutron Stars: The aspect of high density matter, equations of state and

related observables, Nova Science Pub. (2012) 1-295pp.

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である.ところで,(12.39) 式の第 1式に vx,第 2式に vy, 第 3式に vz をかけて加えると,

vxd

dt

m0vx√1− v2

c2

+ vyd

dt

m0vy√1− v2

c2

+ vzd

dt

m0vz√1− v2

c2

= 0 , (12.41)

の関係式があることがわかる.積の微分の公式を利用すると,(12.41) 式は,

m0(vxdvxdt

+ vydvydt

+ vzdvzdt

)√1− v2

c2

+m0v2 d

dt

1√1− v2

c2

= 0 , (12.42)

となることが分かる.(12.40) 式と (12.42) 式を比べると,(12.40) 式を v 倍した式が (12.42) 式に等しいことが分か

る.従って,

vd

dt

v√1− v2

c2

= 0 , (12.43)

であることが得られるため,積分して v/√1− v2/c2 = 定数 となり,v =定数 となる. (証終)

(12.39) 式の第 3式より,vz = 一定 となる (z 方向へは等速運動).式を簡単化するため,γ = 1/√1− v2/c2 と

おくと,第 1式と第 2式は,

dvxdt

= ωvy ,dvydt

= −ωvx (ω =qB

m0γ=一定) , (12.44)

と書くことができる.この簡単な連立微分方程式で,vy を消去すればd2vxdt2

= −ω2vx となり解は,

vx(t) = c1 cosωt+ c2 sinωt , (12.45)

となる.この解を代入して vy の解を求めると,

vx(t) = −c1 sinωt+ c2 cosωt , (12.46)

を得る.定数 c1, c2 は初期条件より決まるが,簡単のために,vx(0) = vx0, vy(0) = 0 とすると,c1 = vx0, c2 = 0

となり,解は,vx(t) = vx0 cosωt , vy(t) = −vx0 sinωt , (12.47)

となる.この解は,v2x(t) + v2y(t) = v2x0 となっていることから,速度の大きさが vx0 の等速円運動をしていることが

分かる.さらに,時間で積分して粒子の位置を求めると,

x(t) =vx0ω

sinωt+ x(0) , y(t) =vx0ω

cosωt+ y(0) , (12.48)

となる.この式は,(x(t)− x(0))2 + (y(t)− y(0))2 = (

vx0ω

)2 , (12.49)

と書けるから,粒子は,中心 (x(0), y(0)), 半径 r = vx0/ω の円軌道上にあることが分かる.これが,第 10章で説明

していた粒子加速器,サイクロトロンでの粒子の運動を表わしている.この問題では,粒子は z 軸方向には等速度で

運動しいるので,半径 r の螺旋運動となっている.

x, y 平面上の円軌道を一周する時間 (1周期)は,

T =2π

ω= 2π

m0γ

qB= 2π

m0

qB/

√1− v2

c2, (12.50)

で与えられるので,粒子の速さ v が大きいほど周期は長くなる.これは相対論的に粒子の速さが増すと質量が増す効

果として現れている.ニュートン力学では,周期 T は磁場 B によって決まる.サイクロトロンは,磁場の中で荷電

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粒子に円運動させて,その途中に加速電極を置き,高周波をかけて加速する.加速エネルギーが(粒子の静止質量×

c2)に近づくようになると,周波数が遅れてくるので粒子の速度を加速しなければならない.このような装置をシン

クロ・サイクロトロンという.

現在,粒子加速器で物質の根源を探る物理学から発展した,サ

イクロトロンの精密な技術は,癌を治療する,放射線医療技術と

して発展している.サイクロトロンの粒子加速のための円経路

は数 km となるが,装置で作られるビームはミリメートル程度

の精密さで標的に衝突させる.この正確な技術は,癌細胞だけを

狙って放射線を照射することができる.局所的な放射線治療の

特徴として,全身への影響が小さいため,高齢者や全身状態が悪

化した患者に対しても負担が少なく,苦痛を緩和する緩和医療 (palliative care)の重要な手段としても用いられてい

るのである.

12.9 平和な社会と科学の課題, 科学者と原子核エネルギー

原子核エネルギーが発見された時代は,第 2次世界大戦という世界的に政情が不安定なときであり,原子核エネル

ギーは戦争に利用されるという悲しい運命となってしまった.アインシュタインや他の物理学者たちは,平和運動を

通して懸命に活動したのであるが,米国,ソビエト連邦などの,大国の軍事拡大競争という世界状況の中で,政治的

圧力を受ける多くの科学者がいたのである.

ジュリアス・ロバート・オッペンハイマー(Julius Robert Oppenheimer)は,アメリカ人の物理学者である.理

論物理学の広範な領域にわたって国際的な業績をあげたが、第二次世界大戦当時,ロスアラモス国立研究所の所長と

してマンハッタン計画を主導した.第二次世界大戦の敵国であるドイツにおいても,原子爆弾を製造する可能性があ

り,ドイツに先だって,原子爆弾を作る計画がマンハッタン計画であった.多くの物理学者,数学者,科学者が集め

られた.戦後,1947年には米国に亡命したアインシュタインのいるプリンストン高等研究所所長に任命されたが,核

兵器の国際的な管理を呼びかけて,原子力委員会のアドバイザーとして活動を行い,ソ連との核兵器競争を防ぐため

努力している.

1948 年頃から 1950 年にかけて,米国とソビエト連邦の冷戦を背景に,米国の共和党上院議員であるジョセフ・

マッカーシーが赤狩り (red purge) を強行した.マッカーシーと彼の協力者たちは,アメリカ合衆国政府と娯楽産業

などにおいて,共産党員と疑われた者へ攻撃的排除を行った.これらの政治的活動はマッカーシズム,または赤狩り

(red purge)という圧力活動として知られている.1948年頃から 1950年代半ばのアメリカで起きた,特に激しい反

共産主義運動であり,その時代のメディア,映画産業,政治家,その他の公私の場に関係なく,共産主義者への共感

について疑われた人々を社会的に排除した.それ以来,マッカーシズムは,政府が認めていない思想や政治的態度を

罰することを意味する言葉として使われた.

オッペンハイマーに対する政治的圧力は,彼の妻,実弟やその妻,オッペンハイマーの大学時代の恋人にも及び,

オッペンハイマーも共産党系の集会に参加したことが暴露されるなど,個人的行動がすべて政府の監視下に置かれた.

1954年,原子力委員会は,オッペンハイマーを危険人物として,事実上の公職追放とした*6.科学者の中には,あか

らさまに政府機関よりの発言と擁護をする科学者など (goverment sponsored scientist)もいる.2011年 3月 11日

*6 この出来事は,オッペンハイマー事件として知られている

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に発生した東日本大震災のときにも,発生した放射性物質を花粉のように払いのければ問題はないと,テレビなどの

メディアを通して説明する科学者もいたことは失望させるものである.科学者は科学に関して説明するときは,真実

を基にすべきである.科学の真理を無視するとき,人は多大な損害を被ることになる.オッペンハイマーは私生活も

常に FBIの監視下におかれるなど,生涯に渡って抑圧され続けた.1955年,哲学者バートランド・ラッセルと共に,

核兵器の廃絶や戦争の根絶,科学技術の平和利用などを世界各国に訴える内容の,ラッセル=アインシュタイン宣言

に署名している.1963年,アメリカ政府は,原子力研究に対するオッペンハイマーの功績にフェルミ賞を贈り,オッ

ペンハイマー事件の非を認めている.

科学は多くの新しい現象の発見と理論的な発見,定量的な実験により,原子の世界から生物,人間社会と科学技術,

時間と空間,太陽系,宇宙という自然界の理解に大きな影響を与えてきた .科学の発展は人間の知恵,知性の発展の

歴史でもある.つまり,人間の考え方や社会観,世界観も,同じように少しずつ発展してきた歴史を理解することは

大切なことである.人間は科学だけでなく政治的論理を使うけれども,科学は真理が土台であり,自然の真理を無視

するとき人類は,甚大な災害を受けることを良く理解するべきである.

20世紀は,科学的な発見と科学技術の発展が急速に進んだ世紀であった.特に,A.アインシュタインによる特殊

相対性理論や,微視的な原子の力学,さらに原子の内部を研究する原子核理論などにおける発見と進歩は,人類の時

間,空間,エネルギー,世界観に革新的な進歩をもたらした.

しかし,これらの科学と科学技術の発展に対して,人間社会における人間の自由と権利,平等の意識,民主主義政

治や経済協力などの社会情勢は,世界中に普及しておらず,非常に遅れていた.そのために,政治的争いの中で,政

治権力者たちにより科学技術が悪用されて,大量破壊と殺戮の第一次,第二次世界大戦などの戦争へ国民を向かわせ

ることになったのである.これらのことは,人類にとっても科学にとっても,悲しいできごとであった.科学技術だ

けでなく,神や真理を強調して人々を結びつける役目をしてきた宗教や哲学も,政治的な争いの中で,政治権力者と

戦争に利用されたのである.

第二次世界大戦後,人間の自由と平等,人間性尊重のヒューマニズム(人道主義)の運動が世界的に広がっていっ

た.ヒューマニズム(人道主義)の考え方は,人間としての自由と平等を基本にして,自分の意思と知的活動により

環境に適応して生きていくことを目的としている.そして,政治的な権力や権力者に頼らない,多くの人々が人間と

しての能力と理性を信じ,互いの連帯と協力を信頼する考え方の基礎である.科学にとってもヒューマニズムは大切

な考え方であり必要であるが,人間の自由と平等の考え方が強い基礎を持って世界的に広まっていったのは,20世紀

になってからである*7.人間社会の仕組みや人道主義的考え方は,良く発達していなかったので,輝かしい科学の発

展の影で,科学技術が戦争と破壊に使用されるという歴史を人類は経験してきた.科学の進歩とともに人類は,人間

の想像以上の破壊力と暴力を手にしているのである.科学技術は開けてはならない箱(パンドラの箱)を開けたよう

に,両刃の剣として良いことも悪いことも同時に,人類がコントロールできない程の現象を起こすことができるよう

になってしまったのである.

平和運動家であるインドのM.K.ガンディーは,コントロールできないほど巨大になってきた人間の暴力を批判

して,暴力を使わない非暴力による運動を展開することで,世界平和を築くための運動と精神を示して,世界的に影

響を与えた*8.このような世界的視野をもつ知性こそ,地球に住む人間に必要とされているものであり,科学を破壊

*7 エーリッヒ・フロム,『 自由からの逃走 』,日高 六郎 訳,東京創元社,1997;『 人間における自由 』,谷口 隆之,早坂泰次郎 訳,東京創元社,1955;『 疑惑と行動 』,東京創元社,1965.

*8 William T. Randall, 『 Social Justice through Nonviolence in the Twentieth Century: A Peace Studies Reader on Mohandas

Gandhi and Martin Luther King, Jr. 』, Toyo Plan Editing Studio, Okinawa, Japan (2001): ウィリアム・T・ランドール著,儀部 景俊,比嘉 長徳,新垣 誠正 訳: 『 非暴力思想の研究 』,- ガンディーとキング - ,東洋企画 2002年.

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から守る大切な精神となっていくと思われる.

平和を望む多くの人道的な人々や科学者たちが,平和な社会を築いていく努力と,科学を戦争や環境破壊に利用さ

れないように守る努力をしてきている .アインシュタインが数理論理学者 B.ラッセルとともに,核兵器廃絶と戦争

廃止のための平和声明 (ラッセル=アインシュタイン宣言)を発表した*9.その声明には各国の代表として,著名な科

学者 11名の署名があり(日本から湯川秀樹),後に各国の科学者が戦争回避のために意見を交換するパグウォッシュ

会議をつくるもとになった.

科学だけでなく,政治や社会生活の中に解決すべき深刻な問題は多い.科学技術,情報技術の発展はこれからも期

待されるものであるが,人間社会と人間としての人生,自然との共存に科学が私たちの代わりに答えを出してくれる

ものではない.この地球と社会の中で,どのような生き方を構築していくのか,私達に数多くの問題が解決されずに

残されている.平和を守り,日常生活の中で直面する社会的問題を解決していこうとする人道的な人々の努力は,平

和な社会で生きることについて,私たちに重要な問題を考えさせるものである.科学を学んで受け継ぎ,発展させて

いくと共に,科学を戦争などの破壊から守り,平和と自由を守ることは,全世界の人々の願いである.学問の知識と

共に,忍耐強く慎重に考えていく論理と知性,心の強さを養っていくことが大切である.ガリレオやアインシュタイ

ンのように,科学は,真理や自由を求める人間が守り発展させてきたものであることを,科学者は科学的真理の追究

者として,最初に自覚しなければならない.

多くの人々が科学や文学,芸術,平和と自由,人間性の解放のために努力して,そして人間社会が進歩,発展して

いるということが,歴史的に重要な事実である.産業革命以後における技術革新と進歩により,自然に対する人間の

活動と影響力が飛躍的に変化した.現代の科学技術と理論的発展,情報科学の進歩など,これからの将来の新しい変

化がどのようなものであろうと,人々の活動や自然観,社会観,世界観が過去の人々に比べて,広く深く発展してい

くということが事実であり,結果であろう.科学技術の進歩と共に,人間の社会観,世界観,倫理と責任も高度なも

のが要求される.なぜならば,人間が扱うエネルギー,人間が成し遂げられる生命に関する技術も,莫大で高度なも

のとなることは確実だからである.高度な科学技術を持つ人間が高度な倫理観を土台として,世界的規模の平和を守

り,地球環境を大切にして共に生き,新しい波が躍動する時代を,これから築いていくことを切に願うものである.

*9 前掲著:アルバート・アインシュタイン,『 現代の科学 II 』,湯川秀樹,井上 健 編集,中央公論社 1970.

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