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- 1 - 2006 年 10 月4日発行 ベトナムは新型感染症にどう対応したか ~中国との比較を交えながら~

ベトナムは新型感染症にどう対応したか...が中国南部で「風土病になった」と発言した7。 図表 4 過去におけるH5N1の主な出現事例 96年

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Page 1: ベトナムは新型感染症にどう対応したか...が中国南部で「風土病になった」と発言した7。 図表 4 過去におけるH5N1の主な出現事例 96年

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2006 年 10 月4日発行

ベトナムは新型感染症にどう対応したか

~中国との比較を交えながら~

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本誌に関する問合せ先

みずほ総合研究所㈱ 調査本部

アジア調査部 香港駐在 稲垣博史

℡ 852-2103-3590

E-mail [email protected]

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1. はじめに-なぜ感染症の問題を考えるべきか

03 年以降、重症性急性呼吸器症候群(以下 SARS)、高病原性鳥インフルエンザ(以下 H5N1)

と、ヒトに重篤な症状をもたらす感染症の流行がアジアで相次いだ。こうした流行があっ

たとはいえ、企業が海外における事業所の立地を選定する際に、感染症の問題まで検討す

ることは少ないであろう。しかし、以下の2点を指摘したい。

まず、中国一極集中リスクが今日のようにとりわけ強調されるようになったそもそもの

きっかけは、03 年における SARS の流行であったということである。SARS 流行時には、中

国を中心に商談や投資計画が滞り、一部では生産ラインにも悪影響が出た。

次に、03 年終盤以降、世界中を席巻している H5N1 が、ヒトからヒトに容易に感染する新

型インフルエンザに変異するリスクが高まってきたことである。新型インフルエンザが流

行すれば多数の犠牲者が出ると考えられており、必然的に企業活動にも大きな影響が及ぶ

であろう。

危険度が高い感染症がいつどこで発生し、それがどういった影響を企業活動に及ぼすか

を完全に予測することは、事実上不可能である。ただし、上記のような状況を踏まえれば、

これまでに明らかとなった以下の事実関係を把握しておくことは意義があろう。

2. 新型感染症の出現

SARS と H5N1 は、いずれもアジアで発生し、アジアを中心に蔓延したが、これは単なる偶

然ではないと考えられている。

(1) SARS 最初に SARS が発生したのは広東省佛山市であることが明らかとなっているが、間もなく

広東省から香港・台湾を含む中国各地に伝播、その後香港経由で感染は世界各地に広まっ

ていった(図表1)。

図表 1 SARS 伝播の概念図(主な伝播地域のみ)

香港

感染者1,755人死者299人

03年2月21日

広州市の医療関係者がメトロポールホテルに宿泊、大規模感染発生

台湾

感染者346人死者37人

03年2月25日

広東省への旅行者経由で伝播 シンガポール

感染者238人死者33人

中国

感染者5,327人死者349人

広東省02年11月16日

佛山市で第一号患者発生03年1月30日~

広州市で初の大規模感染

その他の省市03年3月2日~

その他の国・地域(大部分は国外感染)

感染者116人死者8人

カナダ

感染者251人死者43人

03年2月23日

宿泊客経由伝播

ベトナム

感染者63人死者5人

03年2月23日

宿泊客経由伝播

03年2月25日

宿泊客経由伝播

香港

感染者1,755人死者299人

03年2月21日

広州市の医療関係者がメトロポールホテルに宿泊、大規模感染発生

香港

感染者1,755人死者299人

03年2月21日

広州市の医療関係者がメトロポールホテルに宿泊、大規模感染発生

台湾

感染者346人死者37人

03年2月25日

広東省への旅行者経由で伝播

台湾

感染者346人死者37人

03年2月25日

広東省への旅行者経由で伝播 シンガポール

感染者238人死者33人

中国

感染者5,327人死者349人

広東省02年11月16日

佛山市で第一号患者発生03年1月30日~

広州市で初の大規模感染

その他の省市03年3月2日~

広東省02年11月16日

佛山市で第一号患者発生03年1月30日~

広州市で初の大規模感染

その他の省市03年3月2日~

その他の国・地域(大部分は国外感染)

感染者116人死者8人

カナダ

感染者251人死者43人

03年2月23日

宿泊客経由伝播

カナダ

感染者251人死者43人

03年2月23日

宿泊客経由伝播

ベトナム

感染者63人死者5人

03年2月23日

宿泊客経由伝播

ベトナム

感染者63人死者5人

03年2月23日

宿泊客経由伝播

03年2月25日

宿泊客経由伝播

(資料)WHO Regional Office for the Western Pacific(2006)、WHO ウェブサイト

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SARS の病原体である SARS コロナウイルスの出現に際しては、ハクビシンが何らかの役割

を果たしたとみられている1。広東省は、かねてから珍しい野生動物を食用とすることで知

られていたが、SARS の発生により、そうした習慣が危険を伴うことが広く認識されるよう

になった(図表2)。WHO は、「省都広州の動物市場は、ハクビシン、ヘビ、カメ、アナグ

マ、ハリネズミ、カエルなど、珍味として様々な生きた動物を提供しており、珍しいウイ

ルスを人間に近付けている」と警告している2。実際には、SARS レベルの極めて危険な感染

症が、広東省で毎年のように発生してきたわけではない。しかし WHO の警告が正しいので

あれば、仮にハクビシンの取引を停止したとしても事態の根本的な解決とはならず、今後

も新しい感染症が発生しうると解釈できる。

図表 2 中国南部で新型感染症が発生しやすい理由

・風変わりな(exotic)食品を食べる地元の慣習

・非衛生的な生鮮市場

・高い人口密度

・劣悪な畜産慣行

―家畜はしばしばペットと人間のすぐそばで育てられる

(資料)WHO Regional Office for the Western Pacific(2006), 74P

なおベトナムでも、広東省と比べた場合の普遍度合いは不明だが、一部で「ハクビシン、

ネコ、アルマジロなどを食べる習慣がある」(現地ヒアリング)ことは事実である。こう

した食習慣が維持される限り、広東省・ベトナムとも、市場の衛生環境向上や取り扱い上

の注意点の啓蒙活動等に十分配慮することが求められる。

(2) H5N1 中国南部は、少なくとも過去2度、世界的に大流行したインフルエンザの発生源となっ

た(図表3)。渡り鳥の飛来地でかつ家畜が放し飼いされているため、渡り鳥→家禽→ブ

タ→ヒトという経路でウイルスが伝播しやすいためとみられている3。鳥取大学農学部獣医

学科の大槻教授によれば、「WHO は 96 年から中国南部が新型(インフルエンザ)発生地と

して有力視し調査を進めている」4という状況であった。

1 WHO Regional Office for the Western Pacific (2006), 228P 2 WHO Regional Office for the Western Pacific (2006), 74P 3 日経ビジネス(2004)、『探・ニュース特報=鳥インフルエンザ 日本上陸 ヒトへの感染 カギ握る

変異 北極圏近くが“故郷” カモが運びアヒルへ ブタ媒介し「新型」に』(「西日本新聞」04 年1

月 16 日、http://www.nishinippon.co.jp/news/2004/tori_influenza/kiji/kiji19.html)などを参照。 4 『こちら特報部 鳥インフルエンザから新型ウイルスへ 3段階の危機(下) 中国の情報開示がカギ

タイは「1000万羽感染死」なのに「5万羽」は少ない? 過去に「新型」たびたび発生』(「東京

新聞」2004 年2月 19 日)

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図表 3 20 世紀におけるインフルエンザの大流行事例

発生時期 発生源

1918~20 年(スペインかぜ・H1N1) 北米、中国(諸説あり)

1946~48 年 オーストラリア、中国

1957~58 年(アジアかぜ・H2N2) 中国南部

1968~69 年(香港かぜ・H3N2) 中国南部

1977~78 年(ソ連かぜ・H1N1) 中国北西部

(注)1946~48 年の流行はイタリアかぜ(H1N1)とみられるが、出所資料に記載がないため省略した。

(資料)中外製薬ウェブサイト「インフルエンザ情報サービス」(http://influenza.elan.ne.jp/index.php)、

中島(2004)等

そうしたなか、96 年に中国南部の広東省のガチョウから H5N1(Gd96)が分離されたが、

これに由来するとされる H5N1 が 97 年に香港の家禽に感染、そして初めてヒトにも感染し

た(図表4)。ブタを経由せずにトリからヒトに直接感染した点は当初の想定と異なるが、

香港を含む中国南部のいずれかが発生源になったと言える5。そしてその後も H5N1 は香港で

散発的に発生、03 年にはやはり中国南部の福建省に旅行した香港人家族が同ウイルス感染

により死亡した。中国当局は、彼らは福建省で感染したのではないと主張している6。この

ように香港では、同ウイルスの出現は決して珍しいことではない。香港政府当局者は、H5N1

が中国南部で「風土病になった」と発言した7。

図表 4 過去における H5N1 の主な出現事例

96 年 広東省のガチョウから H5N1 を分離

97 年 香港の養鶏場と市場で H5N1 の発生が報告される

8月

香港で5月に死亡した3歳の男児から、Gd96 に由来するとされる H5N1

を発見、初のヒトへの感染例。合計 18 人が感染し、6人が死亡

12 月 98 年1月にかけ、香港で合計 140 万羽以上の家禽を殺処分

01 年 5月 香港の市場で家禽から H5N1 を発見、合計 120 万羽の家禽を殺処分

02 年 1月 香港の養鶏場で H5N1 を発見、20 万羽以上を殺処分

03 年 2月 福建省に旅行した香港人の家族2人が感染、1人が死亡。福建省旅行

中に死亡した家族1人の死因も H5N1の疑い

(資料)WHO(2003)、(2006c)、Department of Health, Hong Kong(1997)、(2001)、『新型インフルエンザ

ウイルス、香港が安全宣言』(「日本経済新聞」98 年1月 24 日)、『香港、新型インフルエン

ザ問題、ニワトリ処分開始――食材用のアヒルなども』(「日本経済新聞」97 年 12 月 30 日)、

『香港で鳥120万羽処分 食用のすべて、インフルエンザの疑い』(「読売新聞」01 年5月 19

日)、『繰り返されるニワトリ・インフルエンザ騒ぎ 香港の食卓不安増殖 まずい行政の対応、

混乱に拍車』(「東京新聞」02 年2月 11 日)、“Beijing Sars case H5N1, doctors say”(South

China Morning Post, 06 年6月 23 日)

5 東京大学の山内名誉教授によれば、この H5N1 は香港で発生する前に既に広東省で発生していたと推測さ

れるが、中国政府はその点をはっきりさせなかった(日経ビジネス[2004 年]) 6 “Tests confirm 2003 mainland bird flu death” (South China Morning Post, 06 年8月9日) 7 『鳥インフルエンザ、南部の“風土病”に 香港政府、警戒強める』(「FujiSankei Business i.」06

年2月9日)

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さて、現在世界中を席巻している H5N1 は、以上の事例と関係があるのだろうか。WHO は、

これら過去の出現事例と今回の流行(03 年央以降)とを切り離して考えてきた経緯があり、

発生時期は「03 年半ば」、発生源は「アジア」としか特定してこなかった(図表5)。ト

リへの最初の感染確認は 03 年 12 月の韓国の事例で、ヒトへの最初の感染事例は、従来は

03 年 12 月のベトナムの事例であるとみなされてきた。ちなみに広東省動物防疫監督総所の

余業東所長は、広東省当局が 03 年5月から家禽へのワクチン接種を開始していたことを 04

年2月6日の記者会見で明らかにしたが8、省内での H5N1 発生を確認していたわけではなく、

あくまで防疫が目的であったとしている。

図表 5 今回の H5N1 流行初期の推移

03 年 半ば ― 03 年半ばにアジア(のどこか)で発生し始めたが、未検出で報告もない(06

年5月時点での WHO の公式見解)

10 月 末頃 ベトナムで感染者と似た症状の患者が出始める(感染確認はできず)

11 月 25 日 北京市で中国初の感染者が発症、12 月3日に死亡

12 月 ― タイの動物園で、ニワトリを食べた後に死亡したトラ・ヒョウから検出

19 日 韓国が家禽の死因として確認

04 年 1月 8日 ベトナムが家禽への感染を報告

11 日 ベトナムがヒトへの感染を報告(発症は 03 年 12 月)

12 日 日本が家禽への感染を報告

23 日 タイが家禽とヒトへの感染を報告

24 日 カンボジアが家禽への感染を報告

27 日 ・中国が家禽への感染を確認(南部の広西チワン族自治区)

・ラオスが家禽への感染を確認

2月 2日 インドネシアが家禽への感染を報告

(注)上表は WHO の公式発表に基づいており、マスコミ報道のみを出所とする情報は含まれない。

(資料)WHO (2004)、(2006a)、(2006c)、” Avian influenza A(H5N1) in China - update 10” (04 年1月

27 日)、” Avian influenza – situation in China – update 13” (06 年8月8日)

しかし、06 年6月に英国の科学誌が「03 年 12 月初に北京市で SARS により死亡したとみ

られた人民解放軍兵士の死因は、実際には H5N1 であった」とする中国の8人の科学者によ

る連名のレターを掲載9。この H5N1 の系統は 96 年に広東省で分離されたウイルス(Gd96)

に遡り、また中国各地に伝播したウイルスやタイとベトナムで確認されたウイルスと酷似

していると報じられた10。これを受け、WHO と中国衛生部は同兵士の死因を再調査し、H5N1

による死亡であったことが06年8月8日に発表された11。今回の流行においてこの事例が、

現時点において確認された、最初のヒトへの感染とそれによる死亡ということになる。従

来、中国で最初にヒトへの感染が確認されたのは 05 年 11 月 16 日とされてきたが12、約2

年間も早まった。WHO はこれを踏まえ、これまで SARS 感染と認定されてきたケースについ

8 『广东大型家禽养殖企业无一感染禽流感』(「新華網広東頻道」04 年2月7日) 9 Qin E-de, at el (2006) 10 “Beijing Sars case H5N1, doctors say”(South China Morning Post, 06 年6月 23 日) 11 中华人民共和国卫生部(2006) 12 WHO (2006c)

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て再検査を中国当局に求めたが13、中国衛生部副部長は、これが SARS の症状とは異なる唯

一の事例であったとして、再検査の予定はないとしている14。また中国では、家禽への最初

の H5N1 感染は広東省やベトナムと隣接する広西チワン族自治区で確認されたが、同自治区

から遠く離れた北京市でヒトへの最初の感染が確認された背景については明らかにされて

いない。この事例に限らず、中国衛生部は殆どのヒトへの国内感染事例で直接の原因は不

明としている15。

これまでの経緯を踏まえ、かつて広東省や香港で出現した H5N1 が何らかの形で中国に残

り、それが今回の流行につながったとする見方があるが(図表6)、WHO は上記の北京市の

事例が明らかになった後も、「中国起源説」についてはコメントを避けている。東南アジ

アでも庭先で家禽の放し飼いをする習慣があるほか16、ベトナムではさらに早い段階から

H5N1 への感染が疑われる患者が出ていたため、発生源は東南アジアであった可能性も否定

できないということであろう。

図表 6 今回流行している H5N1 の発生源に関する諸説

1.南部を中心にとする中国 ・華南農業大学の畢英佐教授:01 年以来、中国では H5N1 が広くみられていた。

・消息筋:03 年 10 月に広東省中山市の養鶏場で大規模な感染があったが、広東省政府が事実を隠蔽し、

適切な措置をとらなかったため感染が急に広がった。

―” Guangdong `hid deaths'” (The Standard, 04 年2月4日)

・動物衛生研究所(日本):今回流行している H5N1 の HA 塩基配列は、Gd96 と近縁で 03 年2月に香港で

死者を出したウイルスと 97%一致している。

―『山口・ベトナムの鳥インフルエンザ 中国のウイルスと近縁 96 年に発生 遺伝子分析 流行の発端

か』(「中国新聞」04 年2月6日)

2.ベトナム

・米国疾病対策センター(CDC)とベトナム国立衛生研究所:01 年にハノイで売られていたガチョウから

H5N1 が見つかっていた。

―『01年ベトナムで検出 鳥インフルエンザウイルス H5N1』(「朝日新聞」04 年1月 31 日)

・発生は 03 年7月には北部で確認され、感染が疑われる患者は同年 10 月ごろから出ていたが、同年 12

月の国際スポーツ大会開催を前に公表を控えていた

―『制圧に苦しむ「内なる敵」 ハノイ(地球儀)』(「朝日新聞」04 年2月5日)

(注)上表の記述内容は、報道ベースでの情報。ベトナムで 03 年 10 月頃から H5N1 感染が疑われる患者

が出始めていた点を除き、WHO が確認したわけではない。 (資料)表中参照

また仮に中国が発生源であったとしても、ベトナムなど一部の東南アジア諸国は中国南

部と国境を接しており、家禽放し飼いの習慣があれば H5N1 の危険性が高いことには変わり

がない。結果的に、東南アジアでヒトからヒトに感染する新型インフルエンザが誕生する

可能性は高いとみるべきであろう。WHO の李事務局長(当時)は、05 年 10 月 17 日に「東

13 『新型肺炎感染死?は鳥インフル…中国で発表の2年前』(「読売新聞」06 年8月9日) 14 “No new tests despite bird flu find” (South China Morning Post, 06 年8月 11 日) 15 “Xinjiang bird flu death confirmed” (South China Morning Post, 06 年8月 15 日) 16 『鳥インフルエンザ 東南アジア諸国 再び流行の兆し』(「中日新聞」06 年4月 10 日)

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南アジアのどこか」が将来的に新型インフルエンザの発生源になると発言した17。

3. SARS・H5N1 への対応―高評価を維持したベトナム

ここでは、SARS と H5N1 の流行に際しての中国政府とベトナム政府の対応について簡単に

振り返ってみたい。

(1) SARS SARS は中国・ベトナムの双方で流行し、大きな被害をもたらしたが、その際の政府によ

る対応には決定的な差があった。

先述の通り SARS の発生源は広東省であったことが後に明らかとなったが、中国政府は当

初、国内での SARS 発生を否定するなど正確な情報を開示せず、WHO による支援の申し出や

調査を拒み、結果的に自国内だけでなくアジアを中心に国外まで SARS が蔓延することにつ

ながってしまった18。広東省は 03 年6月7日まで、北京市は同年6月 18 日まで、WHO によ

る「SARS 域内感染地域」リストに止まることとなった(図表7)。

図表 7 SARS 域内感染地域

国名 地域名 いつから いつまで

ベトナム ハノイ 03 年 2 月 23 日 03 年 4 月 27 日

モンゴル ウランバートル 03 年 4 月 5 日 03 年 5 月 9 日

フィリピン マニラ 03 年 4 月 6 日 03 年 5 月 19 日

中国 江蘇省 03 年 4 月 19 日 03 年 5 月 21 日

中国 湖北省 03 年 4 月 17 日 03 年 5 月 26 日

中国 天津市 03 年 4 月 16 日 03 年 5 月 28 日

中国 吉林省 03 年 4 月 1 日 03 年 5 月 29 日

中国 陝西省 03 年 4 月 12 日 03 年 5 月 29 日

シンガポール ― 03 年 2 月 25 日 03 年 5 月 31 日

中国 内モンゴル自治区 03 年 3 月 4 日 03 年 6 月 3 日

中国 広東省 02 年 11 月 16 日 03 年 6 月 7 日

中国 河北省 03 年 4 月 19 日 03 年 6 月 10 日

中国 山西省 03 年 3 月 8 日 03 年 6 月 13 日

中国 北京市 03 年 3 月 2 日 03 年 6 月 18 日

中国 香港特別行政区 03 年 2 月 15 日 03 年 6 月 22 日

カナダ 拡大トロント地域 03 年 2 月 23 日 03 年 7 月 2 日

中国 台湾 03 年 2 月 25 日 03 年 7 月 5 日

(注)本リストが最初に発表されたのは 03 年3月 16 日。域内での感染を確認(発生ではない)すると 20 日間後までリ

ストに留められ、その間に新規の感染がなければ 21 日後にリストから除外される。ベトナムの場合 03 年4月7

日に最後の感染者が隔離され同 27 日までリストに留まり、同 28 日にリストから除外された。

(資料)WHO Regional Office for the Western Pacific (2006)

17 『鳥インフルエンザ 「大流行起きる」』(「中日新聞」05 年 10 月 19 日) 18 この節の事実関係については、WHO Regional Office for the Western Pacific (2006)、『新型肺炎、

SARSの感染被害:これまでの主な経緯』(ブルームバーグ Web サイト 04 年3月4日、

http://quote.bloomberg.com/apps/news?pid=80000003&sid=aq1z_oU7ixBU&refer=top_kaigai)等を参照。

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一方ベトナムでは、03 年2月 23 日に最初の感染者が入国、同年3月3日の時点で重篤な

肺炎の発生が報告されていた(図表8)。そして、多少のもたつきはあったものの、3月

9日には早くも WHO との協調体制が確立される方向となり、その後 WHO の提案等に基づき、

矢継ぎ早に対策が打たれていった(図表9)。

図表 8 ベトナムへの SARS 伝播当初の推移(03 年)

2 月 23 日 最初の患者が香港から入国

2 月 26 日 同患者がハノイ-フレンチ病院(以下「HF 病院」)に入院

2 月 27 日 症状が通常の肺炎と異なるため、HF 病院はベトナム駐在の WHO 感染症専門家に相談

2 月 28 日 同専門家が患者を診察。重篤な症状であったことから、患者の隔離、高性能マスクの使用等

を HF 病院スタッフに勧告

3 月 3 日 同専門家は、WHO ベトナム代表に対し厳格な感染制御の必要性を報告、患者の血清等を東京、

アトランタ、ハノイに送付。WHO は即座に事態を保健省に通告

3 月 5 日 HF 病院スタッフ7人が入院、WHO はフランス滞在中の病院管理者に帰国と早期の対策を要求。

ただし、保健省・病院管理者は、B型インフルエンザへの感染として対応せず

3 月 7 日 HF 病院スタッフ 12 人が入院、一部他の HF 病院スタッフも発病。WHO は保健省と HF 病院管理

者に対応を要求。WHO 専門家チームへのビザ発給手続きを早めるよう提案。

3 月 9 日 保健副大臣と WHO スタッフが会談、副大臣は HF 病院の調査・統制を命じるとともに、WHO 専

門家チームの受け入れを決定。

3 月 10 日 11 日にかけ WHO 専門家チームが到着

3 月 12 日 WHO と保健副大臣、国立衛生疫学研究所長による緊急会合開催

HF 病院から SARS 以外の患者を退院させ、入院患者の新規受け入れも原則停止

(資料)WHO Regional Office for the Western Pacific (2006)、山内(2003)

図表 9 ベトナムで早期に SARS を制圧できた要因

・保健省内に高官による SARS タスクフォースの設置(毎日会合)、

政府横断的な SARS 統制運営委員会の設置

・SARS 患者への対処に当たった医療関係者に対する物資支援・訓

練・支援のための、保健省に対する予算措置

・SARS 疑い例の患者のための病院を指定

・国境、空港、港湾での検疫エリアと隔離室の設置

・3月前半時点での省政府への警戒呼び掛け、省レベルの SARS 統制

運営委員会の設置、地方の医療関係者への訓練、指針の通告

・国民がパニックに陥ることを防ぐための公的キャンペーン実施

(資料)WHO Regional Office for the Western Pacific (2006)、99P

WHO は、「ベトナムにおいても感染制御は決して完璧ではなく、運がなければ大規模感染

が発生していた」としている。また、ベトナムに駐在していた WHO の感染症専門家による

対応が極めて迅速であったことも、非常に良い結果をもたらした。しかし、対応が後手に

回った中国政府と、WHO の助言を早期に受け入れたベトナム政府との差異は明らかであろう。

そしてベトナムは 03 年4月 28 日、「SARS 域内感染地域」リストからの除外第一号となっ

た。

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(2) H5N1 H5N1 の出現にあたって、少なくとも 04 年以降、ベトナムは情報を積極的に開示し、国際

機関等と協力して対策に乗り出した。この点は評価に値するが、ベトナムでは全世帯の約

半数19(地方では4分の3)で家禽が飼育され、特に最貧困層ほど家禽生産への依存が強か

った20。人口8千万人のベトナムにおいて、実に 790 万21もの養鶏場が存在していたことに

なり、現実問題として、短期間のうちにこれら全てに対する監督体制を構築するのは困難

である。実際、SARS 発生時に比べると当初の H5N1 対策は不徹底であった。例えば 04 年に、

家禽取引業者の約8社に1社が、取引を禁止された後も、H5N1 に感染した家禽を市場で売

却し続けていたという22。この結果ベトナムは、長期に渡り H5N1 の流行に悩まされ、多数

の死者を出すことにつながった(図表 10)。

図表 10 H5N1 による感染者数・死者数の推移

(単位:人)

03 04 05 06 合計

感染 死亡 感染 死亡 感染 死亡 感染 死亡 感染 死亡

アゼルバイジャン 0 0 0 0 0 0 8 5 8 5

カンボジア 0 0 0 0 4 4 2 2 6 6

中国 1 1 0 0 8 5 12 8 21 14

ジブチ 0 0 0 0 0 0 1 0 1 0

エジプト 0 0 0 0 0 0 14 6 14 6

インドネシア 0 0 0 0 17 11 46 37 65 49

イラク 0 0 0 0 0 0 3 2 3 2

タイ 0 0 17 12 5 2 2 2 24 16

トルコ 0 0 0 0 0 0 12 4 12 4

ベトナム 3 3 29 20 61 19 0 0 93 42

合計 4 4 46 32 95 41 100 66 247 144

(注)06 年9月 19 日時点。

(資料)WHO http://www.WHO.int/csr/disease/avian_influenza/country/en/index.html

しかしベトナムでは、05年 11月 25日を最後にヒトへのH5N1感染は報告されていない23。

シンガポール分子細胞生物研究所の井上雅文室長が現地で得た情報によれば、「昨年(05

年)まで、個人が自由にニワトリの飼育、処理、販売をすることができた。しかし、今で

はウイルスの拡大を抑えるため、それらのすべてが政府の監視下に置かれている。またニ

19 FAO, “SUBJECTSECONOMICS - The Viet Nam perspective” http://www.FAO.org/ag/againfo/subjects/en/economics/facts/vietnam.html 20 MRAD and MOH (2006) 21 FAO, “The hen which lays the golden eggs - Or why backyard poultry are so popular” http://www.FAO.org/ag/againfo/subjects/en/economics/facts/VN_Backyard-poultry.pdf 22 WHO, OIE and FAO (2005) 23 WHO, ”Avian influenza – situation in Viet Nam – update 43”(05 年 11 月 25 日)

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ワトリにも、H5型のワクチンが打たれている。それらが功を奏している」24とのことであ

る。現在、養鶏場の移転と衛生管理を目的に、家禽生産ゾーンが設置されている25。05 年6

月からは、殺処分の際の補助金が引き上げられた(図表 11)。ベトナムの対応が相対的に

成功したことで、WHO は「ベトナムの経験がほかの地域にも役立てられないか検討を急ぐ方

針」26であるという。ただしベトナムが採用した対策は決して目新しいものではなく、いか

に徹底できるかが重要であろう。いずれにせよベトナムは、06 年に入って H5N1 をほぼ封じ

込めたことで、再び感染症対策で高い評価を得た。

図表 11 ベトナムが採用した H5N1 対策

1.殺処分・予防措置といった伝統的な手法

2.家禽の移動統制

3.戦略的ワクチン接種

4.国民の注意喚起

5.診断能力の強化

6.調査研究能力の強化

7.カモ孵化の一時的禁止

8.感染ルートと野鳥の役割を解明するための疫学的調査

9.市場価格の 10~15%であった殺処分の補助金を 05 年6

月に 50%(15,000 ドン、1ドル弱)に引き上げ

(資料) MARD and MOH (2006)、3P

ただし、現在のベトナムにおいても、H5N1 対策が完璧ということではない。トリへの感

染については、国境検疫所での発見を除き 05 年 12 月 17 日27以降長らく報告されていなか

ったが、06 年8月9日に南部ベンチェ省のカモ4羽が H5N1 の検査で陽性反応を示した28。

ニワトリの管理はかなり厳格化したが、政府が孵化を禁止しているにもかかわらず、H5N1

のキャリヤーと目されるカモの数は増え続けており、政府のコントロールがうまくいって

いないことを農相が認めている29。しかも、国内飼育数が 800 万羽に上るカモ(white-winged

duck、ハジロモリガモ)には、未だ有効なワクチンが開発されていないという30。現時点で

は4羽のカモが検査で陽性反応を示したに過ぎず、流行再発とまでは言えないが、周辺諸

国での流行が終結していないこともあり、ズン首相は再発の危険性は高いと述べている31。

一方中国も、家禽の殺処分や家禽へのワクチン接種を行なっている。家禽への免疫接種

24 『「所感雑感」 鳥インフルエンザ対策を』(「高知新聞」06 年3月 31 日)。 25 ADB (2006a) 26 『鳥インフルエンザ“人感染” ベトナム 去年暮れからなし WHO が注目』(「NHKニュース」06

年5月6日) 27 FAO (2006) 28 “Bird flu hits Ben Tre” (Vietnam News, 06 年8月 10 日) 29 “Outbreaks of bird flu fan fears of new spread” (The Standard, 06 年8月4日) 30 “Public education remains vital to control bird flu: committee” (Vietnam News, 06 年8月3日) 31 “PM calls for strict bird flu vigilance” (Vietnam News, 06 年8月9日)

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率は 98%を超えたと報じられた32。そのほか、家禽へのヒト用抗インフルエンザ薬品の使用

禁止(ウイルスが薬品に対する抵抗力を付ける可能性があるため)、広州市での「新型感

染症監視・調査・訓練のための WHO 協同研究センター」の設置、渡り鳥飛行ルート下の地

域・湖沼・鳥インフルエンザ発生地域を監視するための農業省による緊急命令の発布など

の対応も採られた33。総じて言えば、前向きの対策がかなり採られるようになってきたこと

は間違いなかろう。ただし中国の場合、国土が広大なこともあり、全国的にみてどの程度

徹底した対策が採られているか確認することは難しい。ちなみに中国では、06 年夏時点で、

H5N1 のトリ・ヒトへの感染は散発的に続いている34。

また中国の場合、どのような H5N1 対策が採用されているかという議論とは別に、その情

報開示姿勢や感染状況の調査体制に対し、一部で厳しい見方も出ているという点を付け加

えたい(図表 12)。

図表 12 厳しい見方をされる中国の情報開示・調査体制の例

1.国内初の家禽への感染事例では、香港のメディアが報じるまで感染の疑い例があるこ

とを公表せず 、また日本政府による事実関係の確認に対しては「そのような事実はな

い」と回答 。直後に発生を認め、その後わずか 20 日足らずの間に 34 ヶ所での感染を

確認したと発表。 2.報告された H5N1 感染者数が少な過ぎるとの見方が出されている。

鳥取大学大槻教授(04 年3月):「中国国内に感染者がいないというのは信じられな

い」(実際には 03 年 11 月に最初の患者が発生していたことが後に明らかとなった)

匿名専門家:「鳥インフルエンザがまん延している中国で感染者がこの程度のはずがな

い。もっといるのだろうが、情報が出てこない」 3.広州市衛生当局は病院に対し、メディアとのインタビューが行なわれる2日前までに

その趣旨と質問内容を詳細に報告するよう指示、また、この規則の全文公開を拒否。4

月と6月にも、一部の市当局が情報統制を実施 (資料)”China probes duck deaths amid bird flu fears – HK TV” (Reuter News, 04 年1月 26 日)、『鳥インフルエ

ンザ 中国での発生、亀井農相が否定』(「読売新聞」04 年1月 27 日)、『鳥インフルエンザ 中国 新たに

4か所で感染確認、計34か所に』(「NHKニュース」04 年2月 14 日)、『鳥インフルエンザ発生源?の中

国に関心 感染者ゼロに専門家「不思議」』(「日本経済新聞」04 年3月7日)、『新型インフルエンザで国

際協調――中国の対策促進念頭に』(「日本経済新聞」06 年1月 17 日)、”Media attacks new rules on reporting health emergencies” (South China Morning Post, 06 年7月 22 日)

ちなみに、直接投資獲得競争においてベトナムのライバルとなりうるアセアン4諸国を

みると、インドネシアでは多数の犠牲者が出ており、その被害はいまだ続いている。イン

ドネシア政府は、家禽の大量殺処分に踏み切ることに躊躇しているという。保証金の問題

があることに加え、ベトナム同様、各家庭の裏庭で何百万羽もの家禽が飼われているとい

う事情により現実問題として難しいためだ35。

32 『家きんの免疫接種率、98%以上に 農業部』(「人民網」06 年9月5日) 33 ADB(2006a) 34 ヒトについては、新疆ウイグル自治区の事例が最近であり、6月 19 日に発症し7月 12 日に死亡。WHO,

“Avian influenza – situation in China – update 14”(06 年8月 14 日) 35 前出“Outbreaks of bird flu fan fears of new spread” (The Standard, 06 年8月4日)

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マレーシアではトリへの感染が散発的に報告されているものの最近は頻度が低く、また

ヒトへの感染は報告されていない。フィリピンではトリ・ヒトとも H5N1 の発生が一切報告

されていない。被害が相対的に少ないマレーシア、フィリピン両政府は、国境検疫の強化

などを通じ、国内への伝播の食い止めを図っている。

タイは、ベトナムと同様に H5N1 のヒトへの感染に早くから苦しんできたが、いったん沈

静化させることに成功した。しかし 06 年7月に入ると家禽の大量死が発生、同月 24 日に

トリ(闘鶏)への感染を約8ヶ月ぶりに確認した36。また同月 26 日には、死んだ闘鶏を処

理したヒトへの感染も確認、7ヶ月ぶりに死者が出た37。原因としてタクシン首相(当時)

は、養鶏業者らが行政の家禽処分を恐れウイルス感染による家禽の大量死を隠しているこ

とと、農業・協同組合省に届けず家禽を飼育するケースが多いことを挙げ、また農相は「多

くの家禽の死亡を把握できず、対策は不十分と認識している」と述べた38。このタイの事例

は H5N1 がいかに執拗であるかを示しており、厳格な対応を続けなければベトナムでも流行

が再発する危険性は非常に強い。

(3) 新型インフルエンザ 前節では、主としてトリからトリ、トリからヒトに感染する従来の H5N1 について考えて

きた。ここでは、ヒトからヒトに容易に感染する新型インフルエンザ(pandemic influenza)

が発生した場合について考えてみたい。

図表 13 アジア太平洋地域における新型インフルエンザへの準備計画の整備状況

国名 計画の現状 刊行年 英語版

オーストラリア 確定 2005 あり

カンボジア なし

中国 草案段階 2005 あり

香港 確定 2005 あり

インドネシア なし

ラオス なし

ニュージーランド 草案段階 2005 あり

タイ 確定 2005 あり

ベトナム 確定 2005 なし

(資料)Coker R. and Mounier-Jack S.(2006)

06 年8月、英国の医学誌に、アジア太平洋9カ国に対する新型インフルエンザへの準備

計画に関する、ロンドン大学衛生・熱帯医学部の研究者による共同論文が掲載された(図

表 13)。詳細は省略するが、これによると、オーストラリア、香港、ニュージーランドの

36 『北部で鳥流感再発、男児ら 4人感染疑い』(「NNA」06 年7月 26 日) 37 『鳥流感で 16 歳少年死亡、北部で再発生』(「NNA」06 年7月 27 日) 38 『首相が感染隠ぺい非難、鳥流感死者で』(「NNA」06 年7月 28 日)

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計画は既存の資源(ワクチンなど)をいかに有効活用してゆくかに焦点が当てられており、

欧州諸国中の最高レベルの対策に匹敵する。また、資源に乏しい中国、タイ、ベトナムの

計画は、将来的な対応能力の強化に焦点が当てられており、具体的な行動計画に欠けてい

る。調査対象国のうちカンボジア、ラオス、インドネシアには、刊行された計画がない。

(感染症の伝播を防ぐため、)各国の対策が一致していることが重要であると国際機関

の間で広く認識されているものの、欧州と異なりアジアでは、このように計画の二極化傾

向が見られるという。これらアジア6カ国については、他国の準備計画の長所を参考にし

得ると指摘されている。ただし、新型インフルエンザ対策の資源に乏しいだけに、もとも

と先進国並みの計画を立てることは難しい。そこで、国際機関からの支援の多くが供与で

はなく貸付となっていること、また資金援助のペースが遅いこと、などの問題点が提起さ

れている。

この論文の発表を受け WHO の当局者は、①WHO は各国に指導はするが命令はできない、適

切に計画を立てていないのであればその責任は各国政府にある、②鳥インフルエンザに悩

まされたインドネシア、ラオス、カンボジアに、なぜ刊行された計画が依然ないのかとい

う疑問には、各国政府自身のみが回答し得ると発言39、アジアの一部政府に対し事実上の強

い警告を発した。ただし、資源(資金)不足の問題については途上国サイドだけでは対応

が難しく、先進国や国際機関との協調体制強化も必要であろう。

4. 結論

新型の感染症がいつどこで発生し、どれだけの被害が生じるかを予測することは難しい。

しかし、中国南部でこれまで感染症が発生してきたことには理由があるという点、また東

南アジア各国も H5N1 に対しては脆弱であり、新型インフルエンザが将来発生する地域とし

て WHO 事務局長が名指ししたという点については認識しておくべきであろう。

図表 14 企業に求められる日頃からの H5N1 対策

・仕事に出かける前の体温チェックを従業員に奨励すべき

・ビデオ会議システムを構築する

・可能であれば従業員が自宅から業務を行なうことを認める

・インフルエンザ責任者を任命し、非常事態発生時の対応

(contingency plan)を監督するチームを選出する

・定期的訓練は各自に何をすべきか確認させるのに役立つ

(注)Continuity Business Solutions 社による提言。

(資料)”No time for complacency on bird flu” (South China Morning Post, 06 年7月 30 日)

どこで新型の感染症が発生しても、ヒトやモノの移動がますます活発になるなか、SARS

や H5N1 の例を見るまでもなく、アジアのかなり広範な地域に伝播するリスクがある。その

ため、個社による感染症対策も必要になってくるかもしれない(図表 14)。ただし、国土

39 “WHO issues warning on pandemic plans” (South China Morning Post, 06 年8月 24 日)。

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全体を新型感染症が席巻し、主要取引先も影響を受けるなかでは、その有効性に限界があ

る。やはり、政府の対応が重要になってくるであろう。

以上のような状況を踏まえれば、中国政府とベトナムなど東南アジア各国政府は、未知

の感染症の発生に対する警戒を常に怠らず、情報を迅速かつ徹底的に開示し、WHO を始めと

する国際機関との協力により適切かつ速やかに対処し、被害を最小限に止める努力をする

ことが求められる。ベトナム政府による感染症への対応は、紆余曲折はあったにせよ、既

に見た通り、これまでのところ概ね適切なものであったと評価されている。新型感染症へ

の対応をいかに強化してゆくかが今後の焦点となろう。

5. 参考文献

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学術講演会記録、2004 年 11 月

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学者、東京大学名誉教授] 家畜感染症は「文明病」』日経 BP、2004 年3月

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症[第 144 回])日本獣医学会ウェブサイト、2003 年5月

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